『父さん!母さん!』
『総司…これを…生きろ、生きるんだ!行け!』
※
「父さん…」
頬を伝う涙を感じ、総司は目を覚ました。目覚ましをセットした時間にはまだ早かったが、二度寝をするのもだらしが無い。それに早起きは三文の徳とも言う。むしろラッキーだと思おう。総司はベッドから起き上がるとジャージに着替え、家の一階にあるガレージに降りた。
ガレージに降りると、総司はおもむろに腕立て伏せを始めた。それが終わると腹筋、背筋、スクワット、さらには天井の梁に捕まって懸垂、そして締めにはサンドバッグを相手に格闘の訓練を行う。小学生の時から今日まで続けて来た総司の毎日の日課だった。
「ふう…こんなものかな…」
トレーニングを終えて汗だくの体を拭うためにガレージ内のロッカーを開ける。ロッカーからタオルを取り出すとその下に隠すように置いてあるシルクの包みが目に入った。包みの中身は銀色の機械のベルトである。総司がこの世でもっとも大事にしている物だった。
「おい、お前、いったいいつまで俺を待たせるつもりだ?」
当然のことながら答えなど帰って来ない。総司は自嘲気味に笑うと身嗜みを整えて、家の中へ戻った。
「やばっ!」
天道家の二階の自室で天道千冬は跳ね起きた。一階から聞こえてくるクラシック音楽の愛の挨拶。今日はこれを聞かないつもりだったのに。
「総司⁉︎」
寝間着を着替える間も惜しんでリビングへ駆け下りると、そこには一仕事終えた様子でクラシックに耳を傾けてブラックコーヒーをすする弟の姿があった。
「おはよう、姉さん。朝食の用意は済んでるぞ」
総司が顎で示す先には焼き鮭、卵焼き、味噌汁にお浸しなど、定番の和食が置かれている。彼は先に食べたのだろうか、テーブルには一人分しか置かれていない。
「…て、そうじゃない。今朝の朝食は私が作ると約束しただろう」
普段から三食総司に任せている千冬だったが今日は別だった。何しろ今日は総司の高校受験があるのである。彼を育てる姉としてそんな日の弟に飯を作らせるわけにはいかない。いかなかったのだが…
「今朝は偶然早く起きたんだ。トレーニングの後も特にやることがなかったから、暇つぶしってやつさ」
「いや、受験生なんだから勉強の最終チェックだとか、そういうのがあるだろう…」
「普段からしっかりしておけばいかなる時も焦らずに済む。早起きして復習するなんて俺には必要ないよ」
「はあ、そうか?まあ全国模試は不動の一位だったお前のことだから、そう心配しちゃいないが…」
千冬の弟、総司は10人いれば10人が天才と呼ぶ少年だった。運動部に入ればすぐにエースになり、勉強をやらせれば頂点から微動だにしない。
姉として鼻が高いが少しは心配させて欲しいと思うのは贅沢な悩みなのだろうか…
手のかからない弟と不甲斐ない自分に大きなため息を吐いて千冬はテーブルに着いて朝食をとった。味噌汁の出汁が変わっていたがいつものように美味かった。
「じゃあ姉さん、俺はそろそろ行くよ」
千冬に食後のコーヒーを差し出して総司はソファに置いていたリュックを手に取る。そしてガレージに向かった。
世界最強と呼ばれる兵器、インフィニット・ストラトス。通称IS、女性にしか動かせないというこの兵器の欠陥のお陰で世の中は女尊男卑の風潮に染まりつつある。もちろん総司も例外ではなかった。街に出ると突然見知らぬ女性から偉そうな顔をされることがある。まあ大抵の場合、総司のルックスや能力を目の当たりにして自分の発言を撤回することになるのだが…まあとにかく世の男性は苦労を強いられているのである。だが悪いことばかりではない。ISのお陰で世間は機械や乗り物に寛容になり、中学生でも難しい試験をパスすれば大型バイクに乗ることができたりもする。総司の愛車であるトリコロールカラーの1000CCのスポーツバイクは総司が試験をクリアした記念に彼がこの世で最も尊敬する女性、おばあちゃんから与えられたものである。
優しくタンクを撫でてからエンジンをかけるとバイクはそれに素直に答えた。
行くか。受験票など必要な物を入れたタンクバッグをタンクに取り付ける。しかしその時、何か直感めいたものが働いて、総司はガレージにあるロッカーを開けた。
「お守りだからな。一応、持って行っておこう」
シルクの布に包まれた銀色のベルトである。そこそこの重量があるがバイクの走行に支障をきたすレベルではない。そう判断して総司はバッグにベルトを詰めて、バイクを出した。
※
“IS学園受験会場”
次世代のIS操縦者の育成機関であるその学園は本日、入学試験の日を迎えていた。試験の内容は筆記、そして実際にISを操縦してもらい模擬戦を行う実技試験に分けられる。学園側は本日の試験のために大学のキャンパスを借切り、ISの実機を会場へ搬入していた。
「受験生が来るまでに搬入を終わらせましょう。急いで」
国から派遣されたと思わしき黒スーツの女性がスタッフと連携し、ベーシックな量産機である打鉄、そしてリヴァイヴを会場へ運び込む。
そうしているとそこへ一台、トリコロールのスポーツバイクが通り過ぎていく。
バチン!
バイクが通り過ぎたその直後、ISが一瞬、強い静電気のような物を発した。しかしそれは一瞬であったため、スタッフ達は気の所為だと、問題にはしなかった。
※
“市立藍越学園”
総司が志望したその高校は学区で一番の名門校であり総司の家の近くで、バイクで行くのに便利な場所だった。家がある住宅街から大きな道路に出てそこを道なりに飛ばせば良い。
冬の名残がある冷たい空気を浴び、総司はバイクを飛ばしていた。
しかしその道中のこと、ちょうど大きなグラウンドのある大学のキャンパス近くを通り過ぎた時である。今日必要な荷物を詰め込んでいたタンクバッグが激しく唸ったのである。
「なんだ⁉︎」
突然のこと、総司は思わず声を上げバイクを路肩に止める。タンクバッグを開けるとお守りに持って来ていた銀のベルトが激しく帯電している。
「ようやくお目覚めか!」
時が来た!総司は歓喜した。もう高校の受験などどうでも良かった。ベルトが何かに反応している。総司の頭にはそれしかなかった。ベルトに帯びる電気は指でもさすように今さっき通り過ぎた大学のキャンパスを指し示していた。総司はバイクをUターンさせ、正門前に停車させると帯電するベルトを装着し、校舎内へ堂々と侵入した。
「なんだ君は⁉︎」
ベルトが指し示す方へズンズンと進んで行くと何やら黒服の女性達が総司の行く手を阻んで来た。ベルトが指し示すのはこの先、そしてこの監視態勢。どうやらベルトはなかなか大変な物をご所望らしい。
「なぜ男子がここにいる。帰りなさい君の来る所じゃない」
「どいてくれ、俺の行く先に人類の未来がある」
そう言うと総司は自分の肩を掴む女性を軽々と投げ飛ばし、さらにはそれを見て臨戦態勢になった黒服達と乱闘を演じ、全員を無力化してさらに奥へと進んで行った。
「IS?」
黒服達を倒して進んだ先で総司はそれを見つけた。ズラリと綺麗に並べられた十数台のIS、量産機であることは一目瞭然だった。
「量産型のIS?なぜ俺をこんな所に導いたんだ?」
答えが返って来ない事など分かりきっていながらもベルトへ問い掛けるとベルトは激しく唸ることでそれに答えた。俺に何をさせたいんだ?疑問に思いつつも総司はISに触れたみた。するとその時ベルトとISが激しく輝いて共鳴し、わけもわからぬまま、総司はISを纏っていた。
「なんだ…男の俺がなぜこいつを…」
「動くな!…なっ⁉︎なぜISを動かしている⁉︎と、とにかく投降しろ!」
ISを纏う男である総司に驚きを隠せない様子でありながらも拳銃を構えた黒服達が総司を取り囲む。抵抗しても良いことは無さそうだ。外れてくれ。頼んでみるとISは素直に総司を解放してくれた。
無防備になった総司は両手を上げて敵意がない事を示したが、ノータイムで手錠をかけられると、流れるような速さで応援に来ていた警察のパトカーへ押し込まれた。
この一件は大ニュースとなり、その日の夕方には日本中、いや世界中が知ることとなった。
“ISを動かせる少年現ると”