早朝、まだ日も上がらない時間のIS学園。その運動部用のジムで総司はサンドバッグに拳を打ち込んでいた。
使ったことがバレない程完璧に後片付けをするという条件で千冬に話をつけて早朝の限られた時間、ジムを使わせてもらえることになったのだ。
同室の箒が寝ているうちにこっそり抜け出して、こうして日課のトレーニングに打ち込んでいるというわけである。
「今日こそ俺に答えてもらうぞ。男でもISを動かせるようにするなんてくだらないことがお前の全てじゃないだろう?」
トレーニングを終えた総司は隠し持って来た銀のベルトを問い詰めて、ジムを後にした。
※
「ISのレーザー兵器は砲身内部に取り付けられた特殊な鏡の反射によって光線の威力を増大させることで従来の兵器とは比べ物にならない高火力を実現させており…」
副担任の山田先生によるレーザー兵器の講習を半分耳に入れながら、箒は最善列の真ん中の席に座る総司を見ていた。昨日イギリス代表候補生セシリア・オルコットに彼が喧嘩を売ったということは瞬く間に学校中を駆け巡った。今日の放課後行われる1年1組のクラス代表決定戦は生徒会主導で指定席の売買が行われたらしく、学校全体を上げたお祭りの様相を呈していた。
箒は自分のことでもないのに吐きそうな程緊張していた。だって勝てるはずがない。総司はただISを動かせたというだけでこの学園に来たのだ。対するセシリアは専門の訓練を積み、最新鋭の専用機を本国から与えられたエリートである。そんなセシリアに大口を叩いて喧嘩を売ったのだ負ければ学校での総司の立場は危ういものとなる。黙って見過ごせるわけはない。何か助けられることは無いか、箒は何度も総司に尋ねたが答えは“必要無い”の一点張り。今も平気な顔で山田先生の講義をノートにまとめている。
(何を考えているんだ総司…)
次第に授業を忘れ、総司ばかり見るようになった箒の頭には千冬の拳骨が落ちた。
※
『クラス代表決定戦を行います。1年1組の天道総司君、セシリア・オルコットは第三アリーナの控え室へ』
放送が流れると学校中がワッと騒がしくなる。廊下でそれを聞いていた総司と箒を山田先生と千冬の2人が呼び止めた。
「天道君。あ、篠ノ之さんも一緒ですか?どうぞ第三アリーナまで案内します」
山田先生の言葉に総司が素直に頷く。箒も引き連れた四人は第三アリーナの格納庫へ向かった。
「急だったので天道君には
「いらん、俺はこのまま試合に出る」
並べた二機のISを交互に示す山田先生が聞いたのは総司の信じられない回答だった。千冬や箒も慌てて総司を止めるが総司はさっさと歩いて行き、あろうことか生身でアリーナへと出て行ってしまった。
「よう」
総司はアリーナへ出ると先に専用機を展開し浮遊していたセシリアにふてぶてしい挨拶をする。
「なんのつもりですの?」
セシリアが聞くのも当然だ。臨戦態勢の自分に対し、向こうは生身、そして一切の緊張感すら漂わせていない。舐められている。そう判断したセシリアの対応は早かった。
セシリアは専用機ブルーティアーズのメインウェポンであるレーザーライフルを瞬時に構え総司に向けて引き鉄を引いた。発射されたレーザーは総司のスレスレを通り過ぎ、彼の背後で爆発を起こした。
どうだ?この威嚇射撃で少しはビビっただろうか?セシリアは総司を観察する。彼は微動だにしない。
なんだこいつは…
面食らったのはセシリアだった何を考えているかわからない。そこが見えない。男なんてISのある今の世の中では女にへつらうことしか出来ない弱者のはずなのに。この天道総司という男は自分が今まで見てきた奴らとは何もかもが違う。まるでドラゴンにでも立ち向かっているかのようなプレッシャーを感じる。
自分でも気づかなうちに引き鉄にかけているセシリアの指は震えていた。
「なんなんですのあなた…何を考えているのですか?」
「俺は待っている。来るべきものを…おばあちゃんは言っていた。俺が望みさえすれば運命は絶えず俺に味方する。なぜなら…俺は選ばれし男だからだ」
総司が宣言した時、空中から何かが飛来した。色はメタリックな赤、カブト虫のようなそれは体当たりでセシリアのライフルの銃身を総司から逸らすと一目散に総司へと飛行し、彼の右手に収まった。
「とうとう来たか…俺はお前を待っていた。俺が選ばし者である証明たるお前を…お前という未来を掴むこの一瞬のために生きて来た」
「一体、何を…?」
「変身…!」
総司が静かに叫ぶ。彼の腰には銀色の機械のベルトがあった。彼はそれへ赤いカブト虫をセットした。
『HENSHIN』
機械音声が鳴る。すると総司の体を幾つもの六角形が展開し彼の体を装甲で覆った。総司はスマートな下半身とアンバランスな巨大な装甲覆われた上半身を持つ“カブト”へと変身を遂げたのだ。
※
「なんだアレは…⁉︎」
総司が変身したカブトに千冬は驚愕の声を上げる。ISの試合に生身で出て行った大馬鹿者を見ていたはずだった。それなのにアレは…アレは一体なんなんだ…
気付くと千冬は同じように唖然としていた山田先生と箒を引っ張り、管制室へ駆けていた。
※
「全身装甲のIS…⁉︎」
恐る恐る、ブルーティアーズのハイパーセンサーでカブトを分析してみて声に出してみる。しかしあれがISだとセシリアはにわかには信じられなかった。アレはどう見てもパワードスーツ、ISの形状の原理原則を逸脱している。PICも付けられていない。あれでは空を飛ぶことすら叶わないだろう。
デカイ口を叩いてカッコつけた割に大したことはない。自分を安心させるため心の中でうそぶく。しかしその時、
いつの間にか右手に呼び出していたカブトの銃が火を吹いた。銃弾は寸分の狂いも無くブルーティアーズの飛行を助けるPIC装置の片方を撃ち抜く。
「しまった!しかし、まだ飛べますわ!」
自由な飛行は制限されてしまったが地上で撃ってくる銃弾を回避するには充分。セシリアは飛んで移動すると専用機ブルーティアーズの特徴的なスカートを展開、そしてそこからビットを幾つか発射した。
「このビットの名はブルーティアーズ。私の専用機の最大の特徴ですわ。この子達に360度囲まれて、生きて入られますか?踊ってみなさい!」
それを合図に4つのビットが移動してカブトを取り囲む。カブトはまず正面のビットを射撃で破壊、さらに銃をクルリと手で回すと今度はハンドアックスとして使い、二つ目のビットを叩き割る。しかし追撃する2つのビットがそれ以上の反撃を許さなかった。一発、二発、順番に放たれた二つのレーザーがカブトを吹き飛ばした。
「変身した時は何事かと驚きましたが、所詮は不恰好なIS擬き。このブルーティアーズの敵ではありませんわ。最後はこれでトドメをさします」
セシリアはライフルを構えカブトに語る。しかしカブトは彼女の言葉を一つも聞いていなかった。うつ伏せに倒れたカブトはじっと、先ほど自分が叩き落としたブルーティアーズのビットを見ていた。
“やはりおばあちゃんの言っていた通りだ。俺が望みさえすれば、運命は絶えず俺に味方する”
カブトは脳内で瞬時に計算、セシリアを倒す目算をつける。カブトの計算が終わったちょうどその時、セシリアのライフルの銃口が光った。
「はっ!」
その瞬間を見逃さずカブトは立ち上がる。そして手にした銃で叩き落としたビットを撃ち抜いた。ビットが砕け散り、中から粉々に砕けたレーザー光線を増幅するための特殊なミラーが散らばる。
突然何を?戸惑いながらもセシリアは引き鉄を引く。
狙い通り…!
カブトはすかさず銃を反転、ハンドアックスとして持ち変え、光る刃でレーザーを反射した。反射したレーザーを砕け散ったミラーからミラーへ網目状の軌跡を描き、目にも止まらぬ速さで次々反射し熱量を増幅させる。
しまった!してやられた!
セシリアが気づいた時、すでにブルーティアーズは反射されたレーザーで撃ち抜かれ、エネルギーを全て持って行かれていた。
偶然、否、彼、天道総司にそれはない。反射角の計算とレーザーのタイミング合わせ、その全てをシュミレートし、一発で成功させた。完敗だ。
セシリアは己の敗北を認めた。悔しくないと言えば嘘になるが、天道総司に賛辞を贈りたいと思った。
「負けましたわ…」
「恥じることはない。世界最強の男にギリギリの戦法を取らせたんだからな、ほら、立て」
ベルトからカブト虫が飛び立ち、装甲を解除した総司の手を取り、セシリアは立ち上がる。昨日はなんとも思わなかったが、彼の整った綺麗な顔が近くにあることを意識して、なんだか恥ずかしい。
「あ、あの昨日はすみませんでした。非礼を詫びます」
「気にするな、俺は人間がデカイからな。端から気にしちゃいないさ。お前も気に止むことはない」
「そうですか、ではあなたの言う通り気にしないよう事にしますわ“総司”さん」
「ああ」
セシリアと総司、互いの手を取り健闘を讃え合う。しかし厳しい顔をした千冬によってその時間は終わった。
「天道総司、お前を拘束する。同時にそのベルトを渡してもらおう。抵抗が無駄なことはわかるな?」
「やれやれ、そんなに欲しいならくれてやる」
総司が外した機械のベルトを千冬が受け取ると、山田先生がバンドで総司を拘束した何か言おうとするセシリアを千冬が目線で制すと、総司はアリーナから連行されて行った。道中、心配そうな顔をした箒ともすれ違ったが、総司は心配するなとはにかんで見せた。