遊戯王デュエルモンスターズGX 伏臥する無限の竜   作:マンボウ

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強者は己を卑下するべからず。
最強は誰すらも卑下をせず。


帝王の強さ

 翔がどこかに行方をくらませてから、十代は岸壁から海を眺めていた。

 そこに、明日香、雪乃、理有が歩み寄る。

 三人の姿を認めた十代は、再び視線を海に戻す。

 

「なあ、みんな。どうして翔って、あんなに辛そうに決闘をするんだろうな?」

 

 確かに、途中から翔の様子はおかしかった。何かから逃避するような、そんな雰囲気と、デュエルと、行動だった。

 

「俺さ、ずっとデュエルって楽しいものだと思ってたけどさ、翔は全然楽しそうじゃなかったんだ。戦い終わってから振り返ってみて、気づいたことだけどさ」

 一呼吸入れて、

「それに変なんだ。翔、《パワー・ボンド》なんてキラーカードを持ってたのに、全然使わなかったんだ。あれがあれば、自分に有利な場を作ることができたかもしれないのに、お兄さんに封印されているから、って」

 

「っ……!」

「――明日香? もしかして貴女、翔のボウヤが《パワー・ボンド》を使わなかった理由、心当たりがあるの?」

 

 雪乃が、明日香の呑む息から推測して、問いかける。

 明日香は逡巡するように視線を空に動かして、それから言葉を作り始める。

 

「……私も詳しい事情は知らないわ。でも、心当たりはある。このアカデミアには、翔君の実の兄さんがいるのよ。それもオベリスクブルー三年、最強の決闘者が」

「最強?」

 

 理有の問いに、明日香は頷いて、続ける。

 

「アカデミア内の生徒間での決闘成績は、無敗。文字通りの最強よ。名前は丸藤亮。別名、アカデミアの帝王――『カイザー』」

「ま、また仰々しい通り名だね」

 まさに絶対君主のような強大さをイメージさせる通り名だが、実際にカイザーの実力は、半端なく強い。

「……確かに、カイザーのボウヤは、このアカデミア最強よ。私も、彼と何度も戦ったけど、一度も勝てなかったわ」

「あの藤原さんが!?」

「ええ」

 

 うわー、と理有は血の気が引いた。あのデミスドーザー相手に全勝とか、どれだけ強いんだそのカイザーって男は。

 

「……よーし、そのカイザーと決闘だ!」

「え!?」

 

 十代の意気揚々とした発言に皆が驚く。今の話を聞いて戦いたいとか、どういう思考回路してるんだ。

 

「だって、そいつデュエル強いんだろ? そんな強い奴と、オレ戦ってみたいし、俺の戦いで翔に何か伝えられれば、きっとアイツだって」

 

 確かに、勝つことができれば、翔にも勇気をあたえることができるだろう。だが負ければ、結局強い人間には勝てないんだ、と諦めてしまうかもしれない。

 そして、雪乃に全勝しているカイザーに、いくら十代でも勝てるかどうか。負ける公算のほうが大きい。

 分が悪い賭けだ、とは思う。だが、十代なら何かしてくれるかもしれない、という期待が、理有の中にもあった。

 

「よーし、さっそくカイザーに対戦申込みだーっ!」

 

 ダッシュで十代はどこかへと走り去ってしまう。

 そんな姿を見送りながら、雪乃と明日香は、十代のことを、こう評した。

 

「十代のボウヤ、本当に面白い子ね」

「ええ。デュエルバカではあるけど、アイツと一緒にいると、毎日が楽しくなりそうね」

 

 

 

 その後、オシリスレッド寮に歩いて戻った理有は、デッキ構築にいそしんでいた。

 

「うーん。やっぱりボクのデッキは全体破壊に弱いから、そこをどうにかして守らないと」

 

 やはり《終焉の王デミス》のようなカードを使われて、ロックカードを破壊されると対処しきれない。

 

「こうなったら、罠破壊を回避するカードを入れようか。でも、何がいいかなー」

 

 理有は手持ちのカード入れから、適当なカードを探していく。

 と、そこでちょうどいいカードを見つけた。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

《偽物のわな》

通常罠

自分フィールド上に存在する罠カードを破壊する魔法・罠・効果モンスターの効果を

相手が発動した時に発動する事ができる。

このカードを代わりに破壊し、他の自分の罠カードは破壊されない。

セットされたカードが破壊される場合、そのカードを全てめくって確認する。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

《宮廷のしきたり》

永続罠

このカードがフィールド上に存在する限り、

お互いのプレイヤーは「宮廷のしきたり」以外の

フィールド上に表側表示で存在する永続罠カードを破壊できない。

「宮廷のしきたり」は自分フィールド上に1枚しか表側表示で存在できない。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 これなら、罠破壊に対抗できる。

 よし、と理有はデッキから何枚のカードを対策カードと入れ替えるかを考え始めようとした、矢先。

 

「あー、ちくしょー! クロノス先生めー!」

 

 表から、十代の大声が聞こえてきた。

 十代と言えば、カイザーと決闘する、と息巻いていたはずなのだが、あの声の様子だと失敗したようだ。

 理有は、一度デッキ構築を中断して、表に出た。玄関外、非常階段のような鉄づくりの2F廊下に出て、そこから声をかける。

 

「おーい」

 

 十代がこちらに気付いたらしい、階段を上がってこちらまで来た。

 

「その様子だと失敗したようだけど、どうしたの?」

「クロノス先生、俺がカイザーとのデュエル申請を出そうとしたら、許可しないって許可書を破り捨てやがってさ」

「なにそれひどい」

 

 いくらなんでもあんまりではなかろうか。

 どうにもクロノスは、入学式の時からずっと、十代を徹底的に敵視しているらしい。月一試験のときは巻き添えとしてオベリスクブルーのキザ野郎(バーン使い)と当たってズタボロだったし、自分の策略のために周りを巻き込まないでほしいものだ。

 授業の時はしっかりしているのに、どうも十代が絡むとダメ人間だなー、と理有は頭の隅で思っていると、

 

「……こうなったら、かたっぱしからカイザーを探してやる!」

「え!? ちょ、ちょっと十代君! かたっぱしって言ったって、この島結構広いよー!」

 

 大丈夫だー、と根拠もないのにダッシュする十代を見て、理有はどうしよう、と考える。

 オシリスレッドの人間に、オベリスクブルーがカイザーの居場所を話すだろうか。微妙なところだ。

 十代が対戦届を提出できれば終わると思っていたのだが、どうやらそうでもないようだ。想定していた状況が変わったから、カイザーと決闘できる状況はこっちから作る必要がある。

 そこまで考えて、理有は思い出した。そういえばいるではないか、自分とコネがあるオベリスクブルーの人間が。

 すぐに理有は懐に入れていたPDAを取りだして、名簿を探す。それは昨日、翔が姿を消した後、念の為と交換した、明日香と雪乃の連絡先だ。

 その中で、まず明日香にコールをかける。

 

「……あ。もしもし、明日香さん。ちょっと、制裁デュエルに関連して、お願いがあるんですけど。……はい、翔君の件です」

 

 そこで、理有はカイザーに会って直接話をしたい、と要件を伝える。 

 

「……え? 明日香さんもそれ、考えてた? じゃあ、ちょっとカイザーと会話する機会を作ってもらえませんか? 日時は早いほうがいいんで。……はい。はい。じゃあ、お願いします」 

 

 通話しながら頭を下げるという日本人的な習慣に、理有は電話が終わってから気づいて、癖が抜けないなー、と笑う。

 

「ま、蛇の道――じゃないけど、こういう時は、コネがありそうな人間に頼むのがベストだね」

 

 

 

 待ち合わせは、アカデミアの校舎前。

 理有は昇降口の柱にもたれて天井を見上げながら、今度のデッキ構成を考え続けていた。

 

「あとはどうやって、相手の妨害を止めるかだねー……」

 

 ちょっと十代君たちに頼んで、カウンター罠を譲ってもらおうかなー、などと考えていたところで、

 

「すまない。待たせた」

 

 右手から声がして顔を上げると、そこには自分より頭二つほど背の高い、オベリスクブルーの制服を着た男が立っていた。

 彼の言葉遣い、風格からして、理有は自分が待ち望んでいた人物だと理解する。

 さすがに、この風格を眼前にしては、緊張の糸が一気に張り詰める。

 

「い、いいえ、それほど待っていません。――はじめまして。円影理有です」

「丸藤亮だ。ここでは、カイザーなんて大仰な二つ名でよばれているが、亮でいい」

「じゃあ、えっと、亮先輩、で。……歩きながら、話しましょうか」

「ああ」

 

 二人は、校舎を出て歩き出す。

 オシリスレッドへと向かう道すがら、理有は話を切り出す。

 

「亮先輩は、翔君のお兄さんなんですね?」

「……翔を知っているのか?」

「はい。同じ寮生で友達ですから……たまに変な方向へ発想が飛ぶから、呆れを通り越して愉快なんですけど」

「そうか。翔が苦労をかける」

「いえ。騒動もありますけど、楽しい毎日です。……ところで、亮先輩は、ボクや遊城十代君と一緒に、翔君が制裁デュエルを受けるのを知ってますか?」

「ああ、知っている。鮫島校長から聞いた」

「え? 鮫島校長から?」

「俺はサイバー流道場の免許皆伝。そして鮫島校長はサイバー流の師範だ」

「な、なるほど」

 

 思わぬ人間関係だった。

 納得した理有は、おっと、と話がずれていることに気付いて、話を戻すことにした。

 

「それに関連して、先輩にお聞きしたいことがあります」

 

 そして、理有は、十代と翔の決闘について、どのような流れで決着に至ったかを話し、さらに《パワー・ボンド》というカードについても言及した。

 

「結果的に翔君は、《パワー・ボンド》を使っても、使わなくても、最終的には《E・HERO サンダー・ジャイアント》の効果で《スチームジャイロイド》を破壊され、負けていました。でも、もし十代君が逆転手を引いていなければ、そのまま押し切れていたかもしれない。まあ、これは『たら、れば』なのて、今更言っても詮無きことなんですけど」

 

 でも翔君が全力を尽くせていない状況が問題でして、と理有はため息を吐き、

 

「お兄さんに封印されている――その理由を、貴方の口からきいてみたかったんです。それが、事態の解決の糸口になるんじゃないか、って」

 

 粗方の話を聞き終わった亮を見ると、眉尻が下がっている。

 

「そうか……翔の悪い癖は、まだ治ってはいなかったのだな」

 

 どこか、残念を感じさせる言葉の色に、理有はその意図を探る。

 

「それって、自分と相手のフィールドをしっかり見てないこととか、そういう部分ですか?」

「それもあるが、翔の性格的な部分もある。そもそも、翔は自分を美化し、調子に乗りやすく、対戦相手を侮りやすい傾向がある。昔、俺が《パワー・ボンド》を封印するに至った理由も、そこにある」

「?」

 

 それから亮は、自信と翔が今よりずっと幼いころの出来事を語りだした。

 近所の子供と翔が決闘した時、翔はさんざん相手を小馬鹿にした上で、《パワー・ボンド》を使って融合モンスターを出そうとした。

 

 だが、それがそもそもの判断の誤りだ。パワーボンドは、以下のような効果を持つ魔法カードだ。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

《パワー・ボンド》

通常魔法

自分の手札・フィールド上から、

融合モンスターカードによって決められた融合素材モンスターを墓地へ送り、

機械族のその融合モンスター1体を融合召喚扱いとしてエクストラデッキから特殊召喚する。

この効果で特殊召喚したモンスターの攻撃力は、その元々の攻撃力分アップする。

このカードを発動したターンのエンドフェイズ時、

自分はこのカードの効果でアップした数値分のダメージを受ける。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 そして、相手の場には《魔法の筒》が伏せられていた。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

《魔法の筒(マジック・シリンダー)

通常罠

(1):相手モンスターの攻撃宣言時、

攻撃モンスター1体を対象として発動できる。

その攻撃モンスターの攻撃を無効にし、

そのモンスターの攻撃力分のダメージを相手に与える。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 つまり、翔が強力な融合モンスターを召喚しても、《魔法の筒》でダメージを跳ね返された挙句、《パワー・ボンド》のダメージを喰らって敗北していた。

 それを亮が寸前で止め、相手にレアカードを渡すことで穏便に済ませた。

 その上で、亮は翔が《パワー・ボンド》を使いこなせないと判断し、使うに値すると亮が判断するまで封印したのだ。

 

「……翔くん、そりゃだめだ」

 

 この場合、亮の言い分のほうが正しい。

 確かに、《パワー・ボンド》は使いどころが難しいカードだ。状況判断を見誤り、攻撃をしのがれてしまえば、かなりのライフポイントを失ってしまう。初期ライフが4000の環境で半分を失うのは痛すぎる。

 

「分かってもらえたか。そういう意味で、翔はあのカードを使いこなせない。相手を、盤面を、ありとあらゆる状況判断を一歩でも誤れば、自分が破滅してしまう。相手をリスペクトし、相手が自分にとって脅威になりうる、対等以上の存在だと認識しなければ、あのカードを扱うことはできない。俺は、そうやって翔が大きな間違いをしてしまうことを恐れた」

 

 亮は、空を見上げて、何か寂しさや、憂いが感じられる声で、結論を述べる。

 

「相手を人間として見ていなかった翔は、――相手を一切リスペクトしていなかった翔は、あまりに未熟過ぎた。そういう理由で、翔の《パワー・ボンド》を封印した」

 

「――翔君に、今の考えを伝えました?」

 

「……いや、伝えていない。翔なら、いずれ分かってくれると思っていたが」

 

 やはり、弟への信頼は残っているようだ。だが、それはまずいな、と理有は思う。

 

「言葉ではっきり伝えたほうが、いいと思いますよ? 人間、相手の考えとかを読めるわけでもないですから」

「……それはそうだが、できれば自分で気づいてもらいたい」

「とか言ってると、一生相手に伝わらないこともあります。だって、言葉にしても伝わらないこと、多いですから」

「ほう。たとえば?」

 

「料理当番していた僕が、別の子に『ボウルもってきて』ってお願いしたら、何を考えたかバレーボールを何個も持ってきた挙句、熱々の油をはった中華鍋の中にぶち込んじゃって、破裂した上に油がとびって、おまけに中華鍋が使いものにならなくなって、もう散々でしたよ。――なぜか監督役のシスターがスーパーボールを大量に持ってきた時には、容赦なく余ったバレーボールでスパイク顔面にかましましたけど」

 

「……君、かなり凄いところからやってきたんだな」

「まあ、周囲のノリがおかしかったですから。とにかく、言葉を使ってその有様なんです。何も言わなかったら、一生相手は理解してくれませんよ? 言えば相手の受け取り方はある程度限られますけど、言わなければ、相手の想像するまま。受け取り方は千差万別です」

「……後輩に人間関係を説かれるとは思わなかった。だが、君の言い分は正しいと感じる。ならば、これから俺はどうするか、だ」

 

 それを真剣に考え始めた亮を見て、良くも悪くも真面目な人だな、と理有は彼の人間像を確定させる。

 無言になった亮は、今、頭の中で真剣に、翔への言葉を考えているだろう。

 だが、それが翔へ伝わるかどうかは怪しい。翔と亮の過去を聞く限り、また今の会話から察するに、この人はあまり言葉を選ぶのがうまくないというのもあるし、

 

「今更、ただ言うだけ、っていうのも難しいと思います。たぶん、翔君は亮先輩を尊敬しているんですけど、同時にプレッシャーにも思ってます。それに、過去の件が心的外傷(トラウマ)に近い状態になっていることもあって、素直に受け取ってくれるかも怪しいです」

「……そこまでなのか」

 

 亮としては、自分の言葉がそこまで翔の重荷になっていることが、意外だったようだ。

 正しさは、その強力さから、思いもよらない形で相手を傷つけることがある。現に亮の正しさは、翔をずっと苦しめる結果になったのだ。

 理有は今更に思う。本当に、言葉も、正悪も、難しいものだ。

 

「――今からでも、間に合うと思うか?」

 

 亮は、数巡して、そう聞いてきた。こういう時、他人の意見を求められる当たり、ほかのオベリスクブルーとは違う、と理有は心底感心していた。なんでリーダーがまともなのに、下にいる連中はそろいもそろって馬鹿なのだろうか。一部、明日香や雪乃のような例外がいるとはいえ。

 

 ……いや、まあ、藤原さんがまともか、って言われると、ちょっとアレだけど。

 

 フリーダムな性格の上に男弄りが大好きなのはわかるが、あそこまで煽情的にならんでも。

 理有は、そんな自分の中に渦巻き始めた黒い感情と余分な思考に、気が付いて、慌てて封じ込める。今はそんなものを胸に溜めている場合ではない。

 

「亮先輩。間に合わせましょう。そのためには、亮先輩に決闘してもらいたい、オシリスレッドの生徒がいます」

「オシリスレッドの生徒?」

「はい。名前は遊城十代――入学式でクロノス教諭を倒し、先日の試験で万丈目君を倒した、翔君のアニキ分です」

 

 アニキという言葉に、目を細めるカイザー。そして、一言。

 

「アニキ、か……」

「思うところはあるでしょうが、戦ってあげてください。そして、その決闘を翔君に見せて、大切な何かを伝えてあげてほしいんです」

 

 立ち止まり、お願いします、と頭を下げる理有に対して、亮は迷う素振りを理有に見せず、即座に結論を出した。

 

 

 

 理有は、途中で明日香、隼人と合流したあと、岸辺たどり着いた。

 十代からの連絡を受けた理有が、三人を案内したのだ。

 高台から見れば、海辺でずぶぬれになっている十代と翔がいた。そして沖合20メートルほどの海上では、がれきと化した丸太と旗が、海に沈んでいくところだ。

 どうやら、翔がいかだを作ってアカデミアを脱出しようとしていたらしく、十代が必死になってそれを止めたのだろう。

 

「……いかだを作るんじゃなくて、普通に退学を申し出たらよかったと思うんだなー」

「本当に行動が突飛ね、翔君は」

 

 隼人と明日香の突っ込みに、理有も乾いた笑いしか出てこない。

 

「ここから陸まで何百キロあると思ってるのかな……」

「……弟が迷惑をかけて、申し訳ない」

 

 なんとも言えなさそうな顔をする亮に、いえいえ、と理有は首を振って応える。

 と、十代と翔が、高台にいる四人を見た。

 

「え!?……お兄さん」

 

 翔の声に、驚きと同時に、畏れの色が見える。

 それを感じ取ったのか、亮の表情にいくらかの影が差した。

 理有に、心的外傷の件を指摘されたからこそ、翔の中にある負の感情に気付いたのだろう。

 

「お前がこのまま、何も成せずにアカデミアを去るというのなら、俺はそれを止めはしない」

 

 あまりにも突き放すような台詞に、理有はあっちゃー、と思う。やっぱりこの人、不器用だ。

 案の定、その言葉に、翔の隣でずぶぬれになっていた十代が、激高して声を上げる。

 

「カイザー!」

 

 今にもつかみかかってきそうな表情のまま、十代は決闘版を構えようとするが、

 

「聞け」

 

 短い命令。

 揺らぎのない、強い眼光。

 今そこにいるのは、間違いなく帝王と呼ばれた男なのだ。その命令は、王権という威圧をもって、十代の言葉を封じる。 

 

「俺の言葉はまだ続きがある。……アカデミアを去るなら止めはしないが、せめてその前に、俺からも伝えておかないといけないことがある」

 

 亮が、岸壁から飛び降りた。

 高さ10メートルはあるだろう切り立った崖を、何の躊躇もなく飛び降りた。

 地面に激突するかと思われたが、そんなことはない。途中にある木の枝などを足場にすること二回、あっさりと地面に着地を決めた。 

 なんという運動能力か。

 彼のことをよく知っている明日香と、家族の翔以外は開いた口がふさがらないが、周囲の状況などかまわず亮は決闘版のスイッチを入れる。

 

「お前に足りないもの、お前に欠けているもの、それが何かを、いまこの場で伝えよう。アカデミアを去るかどうかは、それを知って決めればいい」

 

 へ?――と十代は目を点にするが、亮はそんな十代を見て、それから背後の崖の上にいる理有を親指で指してから、翔に言う。

 

「いいアニキと友達を持ったじゃないか。二人に感謝しておくといい」

「お兄さん……!?」

 

 翔と共に、十代は理解した。理有がカイザーに事情を説明し、お膳立てを射てくれたということに。

 亮は、十代と向かい合う。帝王(カイザー)としての威光、威圧を隠すことなく発しながら、なお眼光は十代を正面から射貫く。

 

「遊城十代。――君が望む通り、全力を賭して戦おう」

 

 

 

 カイザーと十代が互いにデッキをシャッフルする。

 そんな中、カイザーはふと、思ったことを十代に問う。

 

「カードは濡れてないな」

「ああ。海に飛び込む前に、決闘盤とデッキは外しておいたからな」

「……決闘者の鑑だな」

「え?……へへっ、そこまでじゃねえぜ」

「フ。君とはいい決闘ができそうだ。……先に言っておくが、先行は譲ろう」

「え? そうか。じゃあ、遠慮なくいただくぜ」

 

 二人が己のデッキを決闘盤にセットして、背を向け、離れ始める。

 その様は、まるで西部劇のよう。

 ここから始まるのは、互いの誇りを賭けた戦いなのだ。

 二人が同時に立ち止まり、そして身を翻し、向かい合う。

 

「いくぞ、カイザー!」

「来い、十代」

 

「決闘!」

 

 

 

「俺のターン、ドロー!」

 

 先行の十代はカードを引き、手札を見て、すぐに判断した。

 

「よし! 俺は《E・HERO バーストレディ》を守備表示で召喚! 伏せカードを1枚セット! ターン終了だ!」

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

《E・HERO バーストレディ》

通常モンスター

星3/炎属性/戦士族/攻1200/守 800

炎を操るE・HEROの紅一点。

紅蓮の炎、バーストファイヤーが悪を焼き尽くす。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

十代

   場 :《E・HERO バーストレディ》 守備表示

      伏せカード × 1

   手札:6枚→4枚

   LP:4000

 

「俺のターン、ドロー」

 

 亮は手札を眺め、そこから1枚のカードを取り出す。その動作一つ一つも、王者の風格漂う落ち着きがある。

 デュエルディスクにセットしたのは、亮のフェイバリット・カード。

 

「《サイバー・ドラゴン》を攻撃表示で特殊召喚」

 

 出現したのは、メタリック感が溢れる、重厚な金属で構成された電脳の龍だ。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

《サイバー・ドラゴン》

効果モンスター

星5/光属性/機械族/攻2100/守1600

(1):相手フィールドにモンスターが存在し、

自分フィールドにモンスターが存在しない場合、

このカードは手札から特殊召喚できる。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

「あー。だから先行は譲るなんて言ったのか。したたかな人だなー」

 

 皆と一緒にがけ下まで降りて観戦していた理有は、カイザーの狙いをすぐに理解した。

 

「どういうこと、なんだな?」

「《サイバー・ドラゴン》は、相手のフィールド上にモンスターがいて、自分フィールド上にモンスターがいない場合、ノーコストで特殊召喚できるんだよ」

 

 隼人は理有の答えを聞いて、驚いた。そんなモンスターがいたのか、と。

 その能力は、歴代レベル5モンスターの中でもかなりのハイスペックだ。

 だが、《サイバー・ドラゴン》を生かすには、相手の場に先にモンスターが存在しなければならない。だから必然的に後攻になる。それを「先手は譲る」なんて言って、カモフラージュしたのだ。

 

「アレはアレでカイザーのスタイルなんだね」

「そうっス。お兄さんのサイバー流は、火力がとても凄いっス」

「それに、亮のボウヤが凄いところは、これで終わりじゃないわよ?」

 

 と、理有が聞こえてきた声に隣を見れば、雪乃がいた。

 

「あれ!? なんで藤原さんがここに!? ってか、いつの間に!?」

「明日香がこっそり連絡してくれたのよ。面白そうな決闘が見れるかも、って話で」

「海岸に向かうっていう話だったから、大体の位置を伝えて、ね」

 

 なるほど、と理有は納得したが、同時にこうも思う。明日香さんもだけど、藤原さんはやっぱりこちらを驚かせることばかりするなあ、と。

 雪乃は眼下の光景を見て、いつもの余裕ある笑みのまま、

 

「亮のボウヤは、まだ先を行くわよ?」

 

 雪乃の言葉通り、亮はさらなる手を繰り出す。

 

「さらに《プロト・サイバー・ドラゴン》を召喚し、魔法カード《融合》を発動! 場の《プロト・サイバー・ドラゴン》と、手札の《サイバー・ドラゴン》を融合! 現れろ! 《サイバー・ツイン・ドラゴン》!」

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

《プロト・サイバー・ドラゴン》

効果モンスター

星3/光属性/機械族/攻1100/守 600

このカードのカード名は、フィールド上に表側表示で存在する限り

「サイバー・ドラゴン」として扱う。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

《融合》

通常魔法

(1):自分の手札・フィールドから、

融合モンスターカードによって決められた融合素材モンスターを墓地へ送り、

その融合モンスター1体をエクストラデッキから融合召喚する。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

《サイバー・ツイン・ドラゴン》

融合・効果モンスター

星8/光属性/機械族/攻2800/守2100

「サイバー・ドラゴン」+「サイバー・ドラゴン」

このカードの融合召喚は上記のカードでしか行えない。

このカードは1度のバトルフェイズ中に2回攻撃する事ができる。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 隼人は、亮が繰り出した戦術に息を呑む。

 

「《融合》使い!? それに、2回攻撃の強力モンスターなんだな!?」

「あ。十代君、詰んだかも」

 

 そりゃあ、これだけの攻撃性能と速攻が発揮できれば、すぐに終わるはずだ。

 明日香はそれに、と続ける。

 

「亮はドロー運も凄いわ。ほとんど狙ったカードをピンポイントで引いてくるのよ」

「……まるで頭のいい十代君だ」

 

 あのドロー運にカード単体の強さと戦略が加わったら、手が付けられない。そりゃあカイザーと呼ばれるわけだ。

 

「あれ? でも藤原さんなら《終焉の王デミス》で吹っ飛ばして《デビルドーザー》で殴って終わりじゃないの?」

「亮のボウヤは私と対戦するとき、ここぞという時に攻撃防止の罠を伏せてて、ターンを稼がれ反撃されるのよ。まったく、とことん主導権を握ってくるから駆け引きもあったものじゃないわ」

 

 雪乃としては、そこがお気に召さないらしい。

 

 

 

「《サイバー・ドラゴン》で攻撃! 『エボリューション・バースト』!」

「トラップ発動! 《ヒーローバリア》! E・HEROに対する攻撃を一度だけ無効にする!」

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

《ヒーローバリア》

通常罠

自分フィールド上に「E・HERO」と名のついたモンスターが

表側表示で存在する場合、相手モンスターの攻撃を1度だけ無効にする。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「続いて、《サイバー・ツイン・ドラゴン》の攻撃! 『エボリューション・ツイン・バースト 第一打』!」

 

 あっけなくブレス攻撃で《E・HERO バーストレディ》が破壊される。

 

「まだだ! 《サイバー・ツイン・ドラゴン》の2回目の攻撃! 『エボリューション・ツイン・バースト 第二打』!」

「ぐうっ!?」

 

十代

  場 :なし

  LP:4000-2800=1200

 

「そして魔法カード《タイムカプセル》を発動。デッキから1枚カードを選び除外。2ターン後のスタンバイフェイズに手札に加える」

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

《タイムカプセル》

通常魔法

自分のデッキからカードを1枚選択し、裏側表示でゲームから除外する。

発動後2回目の自分のスタンバイフェイズ時にこのカードを破壊し、

そのカードを手札に加える。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「ターン終了だ」

 

  場 :《サイバー・ツイン・ドラゴン》×1

     《サイバー・ドラゴン》×1

     《タイムカプセル》×1

  手札:6枚→1枚

 

「俺のターン、ドロー! 俺は《E・HERO バブルマン》を攻撃表示で召喚!」

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

効果モンスター(アニメ版効果)

星4/水属性/戦士族/攻 800/守1200

手札がこのカード1枚だけの場合、

このカードを手札から特殊召喚する事ができる。

このカードが召喚・反転召喚・特殊召喚に成功した時に

自分のフィールド上に他のカードが無い場合、

デッキからカードを2枚ドローする事ができる。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「手札を2枚ドロー!……いくぜ! 魔法カード《融合》を発動! 《E・HERO バブルマン》、《E・HERO フェザーマン》、《E・HERO スパークマン》を融合! 現れろ! 《E・HERO テンペスター》!」

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

《E・HERO フェザーマン》

通常モンスター

星3/風属性/戦士族/攻1000/守1000

風を操り空を舞う翼をもったE・HERO。

天空からの一撃、フェザーブレイクで悪を裁く。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

《E・HERO スパークマン》

通常モンスター

星4/光属性/戦士族/攻1600/守1400

様々な武器を使いこなす、光の戦士のE・HERO。

聖なる輝きスパークフラッシュが悪の退路を断つ。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

《E・HERO テンペスター》

融合・効果モンスター

星8/風属性/戦士族/攻2800/守2800

「E・HERO フェザーマン」+「E・HERO スパークマン」+「E・HERO バブルマン」

このモンスターは融合召喚でしか特殊召喚できない。

このカード以外の自分フィールド上のカード1枚を墓地に送り、自分フィールド上のモンスター1体を選択する。

このカードがフィールド上に表側表示で存在する限り、選択したモンスターは戦闘によっては破壊されない。(ダメージ計算は適用する)

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

十代:

 手札:5枚→6枚→3枚

 

「カードを1枚セットしてバトルだ! 《E・HERO フェザーマン》で《サイバー・ツイン・ドラゴン》に攻撃だ! 『カオス・テンペスト』」

 

 《E・HERO テンペスター》の腕と一体となった銃から風の弾丸が打ち出され、《サイバー・ツイン・ドラゴン》のブレス攻撃と相打つ。

 互いにモンスターが消滅するタイミングで、十代が宣言する。

 

「《E・HERO テンペスター》の効果で俺の場の伏せカードを墓地に送り、《E・HERO テンペスター》自身を対象に選択! このカードは戦闘で破壊されない!」

 《E・HERO テンペスター》の腕から発する竜巻と、《サイバー・ツイン・ドラゴン》のレーザーがぶつかり、爆風が起こる。

 《サイバー・ツイン・ドラゴン》は風の衝撃をもろに喰らい砕け散るが、テンペスターは伏せカードをエネルギーにした風のシールドで防ぎきった。

 

 

 

 明日香は現在の戦況を見て、正直に言って、心の中で十代を賞賛していた。

 アカデミアの普通の決闘者なら、最初の亮のターンで決着はついている。それを凌ぎ、逆に《サイバー・ツイン・ドラゴン》を倒せる学生はそういない。

 

「やるわね、十代」

「だね。十代君、カードの使い方は上手いからなー」

 

 理有も同意見だった。

 他方、翔は驚いている。どうやら、彼の中では、十代ですら亮に一矢報いるのは無理だと思っていたらしい。

 

「……アニキ、すごい」

「そうね。十代のボウヤ、なかなかやるわ。しっかり逆転の手を構築して、状況を有利にしている」

 

 でも、と雪乃は言葉を続ける。

 

「亮のボウヤはそこで終わらないわ。この程度で終わるような、半端な装飾じゃないわよ、カイザーの名は」

 

 

 

「よし! 俺はこれでターン終了だ!」

 

十代:

 LP:1200

 場 :《E・HERO テンペスター》

 手札:3枚→2枚

 

「……フ」

 

 十代の宣言とともに、亮は静かな笑みを見せる。余裕を含んだ、しかしどこか喜びの感情もある。

 

「やるな。十代」

「ああ! アンタも強いぜカイザー! こんな戦い、ワクワクして仕方ねーよ!」

「ああ。……久しぶりに心躍る戦いだ」

「久しぶり?」

「俺と相対して、折れることなくあきらめず、それでいて楽しそうに決闘をする。そういう決闘者は、アカデミアでは少なくてな」

「……そっか。じゃあ、今日は精一杯楽しもうぜ! カイザー!」

「ああ。いい決闘にしよう。俺のターン、ドロー!」

 

 ドローしたカードを一瞥したカイザーが、動く。

 

「伏せカードを1枚セット。さらに魔法カード《エヴォリューション・バースト》を発動! 効果で《E・HERO テンペスター》を破壊する!」

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

《エヴォリューション・バースト》

通常魔法

自分フィールド上に「サイバー・ドラゴン」が存在する場合に発動できる。

相手フィールド上のカード1枚を選択して破壊する。

このカードを発動するターン、「サイバー・ドラゴン」は攻撃できない。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「ああっ! 《E・HERO テンペスター》が!」

「このカードを発動したターン、《サイバー・ドラゴン》は攻撃できない。ターン終了だ」

 

 場:《サイバー・ドラゴン》×1

   《タイムカプセル》×1

 LP:4000

 手札:なし

 

十代

 場:なし

 LP:1200

 手札:2枚

 

「俺のターン、ドロー!……魔法カード《死者蘇生》を発動!」

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

《死者蘇生》

通常魔法(2015年7月現在 制限カード)

(1):自分または相手の墓地のモンスター1体を対象として発動できる。

そのモンスターを自分フィールドに特殊召喚する

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「効果で《E・HERO バブルマン》を守備表示で特殊召喚して効果発動! 特殊召喚されたときも場にカードがない場合、カードを2枚ドロー!」

 

十代

 手札:2枚 → 3枚 → 4枚

 

 十代が最後のカードをドローしたとき、彼の表情が破顔した。

「来てくれたか、相棒!――俺は《ハネクリボー》を守備表示で召喚!」

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

《ハネクリボー》

効果モンスター

星1/光属性/天使族/ATK 300/DEF 200

(1):フィールドのこのカードが破壊され墓地へ送られた場合に発動する。

ターン終了時まで、自分が受ける戦闘ダメージは全て0になる。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「カードを1枚セットしてターン終了!……さあ来いカイザー!」

 

十代

 手札:4枚 → 2枚

 

 

 

 亮は、この戦いに久方ぶりの感情の昂ぶりを覚えていた。

 

 ……ここまで切迫した状況に追い込んでくる相手は、久しぶりだ。

 

 一つの判断を間違えれば負ける。綱渡りの戦い。

 これもまた、決闘の一つの醍醐味。

 親友がいなくなってから、久しく味わっていなかった感覚を、感情を、奥歯でかみしめる様に、味わうように愉しめる。これを昂らずしてなんとするか。

 だから、その感情のまま、頭は冷静に意思を遂行する。

 

「十代のターンの終了前、伏せカード《月の書》を発動する。効果で《ハネクリボー》を裏側守備表示にする」

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

《月の書》

速攻魔法(2015年7月現在 制限カード)

(1):フィールドの表側表示のモンスター1体を対象として発動できる。

そのモンスターを裏側守備表示にする。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「ああっ! 《ハネクリボー》が!?」

 

 横向け、裏向けになったカードの下に、隠れるようにもぐりこんでしまう。

 そこで、亮はもういいだろう、と一言確認を取る。

 

「十代。君は《進化する翼》を伏せて、俺の切り札を返り討ちにしようとしたのだろう」

「げっ! なんでバレてるんだよ!?」

 

 あっさり自分からバラしてしまった十代に、翔も理有も、明日香たちも脱力する。

 亮は、己の推測が当たったことを確認してから、この決闘の目的に沿った話をする。翔が、これで己に足りないものを自覚してくれたら、と。

 

「以前の月一試験での決闘、俺も見ていたからな。君の切り札の一つが《ハネクリボー LV10》。そして、このタイミングで《ハネクリボー》と伏せカードに手札2枚――ここで大体察しが着く」

「え! カイザーが俺の決闘を見てたのか!?」

「ああ。君は面白い決闘者だからな、自然と人目を惹く」

 

 亮の視点から見れば、十代は学園のほかのどの学生と比べても、飛びぬけた強さを持っている。

 それは、勉強のできるできないとは関わりない側面。

 瞬間的なひらめきと、勝利への道筋をつける頭脳。

 最後まであきらめないタフな精神。

 カードとの信頼、ここぞというタイミングでのドロー運。

 さまざまな面で、他のオベリスクブルー生徒を凌駕している。

 

「……認めよう、十代。君は俺にとって数少ない、好敵手になりえる人間だ」

 

 その言葉に、離れて見ていた翔が驚いた顔を見せている。

 自らの理念を口にした亮だが、果たして翔が気づくかどうか。

 

 そんな考えとは別に、自らには学園最強の意地も、少なからずある。

 

 

 ――だからこそ、先輩として、この場は勝たせてもらう!

 

 

「俺のターン」

 

 自然と指先の感覚が強くなる。

 

「……ドロー!」

 

 カードを引き、天に掲げた カイザーの右手が、夕日を反射したのか、金色に輝いた。

 

「……まずは《タイムカプセル》の効果。2ターン経過したので《タイムカプセル》を破壊し、除外していたカードを手札に加える。さらにそのカードを場に伏せ、魔法カード――《天よりの宝札》を発動!」

 

 

 

「はぁ!? このタイミングで!?」

 理有はカイザーの悪魔じみたドロー運に目を見開いた。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

《天よりの宝札》(アニメ版効果)

互いのプレイヤーは手札が6枚になるようにカードを引く。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

亮;

 手札:1枚→2枚→1枚→6枚

 

十代:

 手札:2枚→6枚

 

 亮は一気に手札を1枚から6枚に増強した。これで採り得る戦略の幅が一気に広がる。

 それにしても、なんという豪運だ。これはいくらなんでも、理不尽というものではなかろうか。

 

「あれが亮よ。十代に勝るとも劣らないドロー運と、それを支えるタクティクス、観察眼、精神力、カードパワー……どれをとっても、アカデミアトップクラス」

 

 なるほど、帝王(カイザー)と呼ばれるわけだ。アレならプロに入っても十分上位に食い込めるのではなかろうか。

 

「でも、あれだと十代のアニキもカードを引けるっすよ?」

 

 確かに、翔の言う通り、これで十代の手札も上限まで回復した。

 

「でも、翔君。こう考えてみて? 手札が引かれても、使われずに勝てばいいんだ、って」

「え?」

「たとえ手札が余るほどあって、それがどんなに強力でも、使えなければ意味がない。亮先輩は十代君に、手札を使えるターンを、返す気がない。このターンで勝負をつける気だ」

 

 その言葉の通り。 

 亮は充足した手札に瞬時に目を通し、――その視線に、力が籠る。

 それから場を確認し、よし、と一息。

 

「《サイクロン》で、その伏せカードを破壊する」

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

《サイクロン》

速攻魔法

(1):フィールドの魔法・罠カード1枚を対象として発動できる。

そのカードを破壊する。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 カードから巻き起こった青の竜巻が、十代の場に残された蟷螂の守りを剥がし取る。

 

「くっ!」

「《進化する翼》は場から消えた。ならば、もう攻撃を防ぐ手段はない。魔法カード《死者蘇生》を発動! 墓地から《サイバー・ドラゴン》を特殊召喚する」

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

《死者蘇生》 (2015年7月現在 制限カード)

通常魔法

(1):自分または相手の墓地のモンスター1体を対象として発動できる。

そのモンスターを自分フィールドに特殊召喚する。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 いよいよ、カイザーは最後の詰めに入る。

 

「魔法カード――《パワー・ボンド》を発動!」

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

《パワー・ボンド》

通常魔法

自分の手札・フィールド上から、

融合モンスターカードによって決められた融合素材モンスターを墓地へ送り、

機械族のその融合モンスター1体を融合召喚扱いとしてエクストラデッキから特殊召喚する。

この効果で特殊召喚したモンスターの攻撃力は、その元々の攻撃力分アップする。

このカードを発動したターンのエンドフェイズ時、

自分はこのカードの効果でアップした数値分のダメージを受ける。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「あのカードは!?」

「亮先輩が、翔君に使うなと言ったカード、だね。じゃあ翔君、この場で《パワー・ボンド》を使っていい理由は、何かな?」

「え!? い、いきなりっスか!? え、えーっと……」

 

 翔はいきなり言われて数秒考え込み、だが、答えにたどり着いた。

 

「ひょっとして、アニキが何もできないと踏んだ……から?」

「うん。そんなところだね。十代君の伏せカードはなくなったし、あっても《進化する翼》は《ハネクリボー》が裏側守備表示の時は発動できない。このターン、十代君は対抗手段がなく、完全な無防備になる」

 

 つまり、

 

「《パワー・ボンド》が確実に通って、勝負をつけられるタイミングを、亮先輩は《月の書》で作ったんだ。そのためには、相手の盤面を見て、相手のカードを推測して、冷静に状況を判断できる力が必要になるんだ」

「つまり、相手も強いんだと意識すること。相手を決闘者としてリスペクトして、そのうえで相手を圧倒する戦術を構築すること……それが、僕に足りなかったこと!」

 

 翔が、その答えにたどり着いた。

 知らず相手を見下し、自分の妄想にふけってばっかりだった翔に、これが切っ掛けとなってくれれば。

 理有が翔の前途を思う中、決着へ向け状況は加速する。

 

 

 

「融合素材に場の《サイバー・ドラゴン》2体と、手札の《サイバー・ドラゴン》を融合! 現れろ!」

 

 寮の手札から立体映像化した《サイバー・ドラゴン》とあわせて三体が、フィールドの上に集まり、光となってひとつとなる。

 鮮烈な光、強烈な熱量はまさに太陽。

 他者を焼き尽くす存在感が、視界を埋めるほどの光から出現する。

 一つの胴に三つ首、機械肌の龍。

 亮が絶対的に信頼する相棒が、光すら喰らい飲み込み、取り込んで形を確定させる。

 

 龍の名は――《サイバー・エンド・ドラゴン》。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

《サイバー・エンド・ドラゴン》

融合・効果モンスター

星10/光属性/機械族/攻4000/守2800

「サイバー・ドラゴン」+「サイバー・ドラゴン」+「サイバー・ドラゴン」

このカードの融合召喚は上記のカードでしか行えない。

(1):このカードが守備表示モンスターを攻撃した場合、

その守備力を攻撃力が超えた分だけ戦闘ダメージを与える。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「《パワー・ボンド》で融合したモンスターの攻撃力は2倍になり、ターン終了時、融合召喚したモンスターのもともとの攻撃力分のダメージを、俺は受ける」

 

 だが、そんなことは関係ない。

 

《サイバー・エンド・ドラゴン》

 ATK:4000→8000

 

「《サイバー・エンド・ドラゴン》は貫通効果を持つ。このターンの戦闘で十代、お前のライフをゼロにする!」

 

 その戦法、他者を圧倒する力の誇示は、まさしく王者のそれだ。

 生半可な戦法など通じない、真正面から叩き伏せる王道は、なるほど、強者のみに許される力の振るい方。

 

「……すっげえ! すっげえぜカイザー! アンタやっぱり最高だ!」

「――そう目を輝かせてくれるなら、俺も戦った甲斐があるというものだ」

 

 亮の顔に、自信と、満足の笑みが浮かぶ。

 

「いくぞ! 《サイバー・エンド・ドラゴン》の攻撃! 『エターナル・エボリューション・バースト』!!」

 

 攻撃対象は《E・HERO バブルマン》。下手な効果がある《ハネクリボー》より確実に、ダメージを通せるが故の選択だ。

 もはや、十代には、カイザーの攻撃を防ぐ手はない。《サイバー・ツイン・ドラゴン》ならまだ手はあったが、貫通持ちの《サイバー・エンド・ドラゴン》で《E・HERO バブルマン》を狙われては、もはやなすすべがない。

 圧潰を伴う光のブレスは、瞬く間に目も眩むほどの奔流となり、バブルマンごと十代を飲み込んだ。

 

 

 

「……終わり、ね」

 

 明日香にとって、結末こそは予想通りだった。ただ、十代がここまで亮に喰らい付くとは思わなかった。あの場面で亮が《月の書》を伏せていなかったら、負けていたのはカイザーのほうだ。

 だが、だからこそ、あの局面で正解のカードを伏せていたカイザーの運勢と、抜け目のなさ、判断力が輝いて見える。

 彼女にとって、丸藤亮は兄の親友であり、旧知の人間であり、そして超えるべき目標でもある。

 そんな亮は、己のカードを腰のデッキケースに仕舞ってから、自身の前でひざを突く十代を見る。

 彼はソリッドビジョンシステムのショックに、地に膝をつけながら、でも視線は前をまっすぐに見ていた。

 

「大丈夫か?」

 

 カイザーは近寄り、十代に手を差し伸べる。

 十代も、その手を握り、曲げていたひざを伸ばして立ち上がる。

 

「……へへっ。ガッチャ! 楽しかったぜカイザー!」

「ああ。久しぶりに、骨のある決闘者と闘えて、俺も楽しかった」

 

 立ち上がった十代に、カイザーは改めて、右手を差し出す。

 

「また戦ってくれるか、十代」

 

 二度目に差し出した手は、親身なものだと分かり、十代は笑顔でうなづき、もう一度、その手を握り返した。

 

「ああ! もちろんだぜカイザー!」

 

 己が果たせる全力をぶつけ合った結果、二人の表情は満ち足りていた。

 亮はクールながらも口元に笑みをたたえ。

 十代は白い歯を見せる溌剌とした笑みだ。

 そんな二人は、どちらからともなく手を離し、二人は互いに別れを告げ、背を向けた。

 

 途中、カイザーは翔を見て、

 

「――」

 

 何か言葉を作ろうとして、やめた。

 翔の目に、今までにない力が宿っている。

 その視線に何を受け、何を感じ、何を信じたかはわからない。だが、カイザーは、確かに笑みを浮かべながら、彼らのもとを去っていく。

 そんな翔の隣で、同じ視線で戦いを眺めていた理有は、つぶやく。

 

「……翔君。カイザー、徹底的だったね」

「うん。でも、相手のことを、しっかり見て、そのうえで戦ってたって、よくわかったッス」

「相手をリスペクトか……きっとその分、加減が効かないんだろうね」

 

 だから、ほかに並び立てる人がいないのだろう、と思った。

 それに対して、明日香はいいえ、と小さく首を振り、

 

「昔はいたのよ。私の兄、天上院吹雪が」

「……なるほど。そのお兄さんは、亮先輩の同級生?」

「ええ。お調子者な兄だったけど、亮とは決闘で凌ぎを削ってたわ」

「……そっか」

 

 その兄がどうしていなくなったのか、というのは、聞くには野暮だ。

 だから、理有は口をつぐみ、その代わり、今の決闘から受けた刺激を、どう明日の制裁デュエルでどう生かそうかと考えていた。

 亮の影響を受けたのは、翔だけではない。

 たとえトラウマで攻撃ができなくとも、守りの一手を打つしかなくても、相手を見据えて、侮らずに戦うことができるはずだ。

 理有はそう信じて、それから

 

「そうそう、十代君、翔君、風邪ひくからさっさと風呂に直行ね?」

「「あ」」

 

 海水で全身ずぶぬれになったのを忘れるぐらい、十代と翔は熱くなっていたらしい。

 

 

 

 同日の夜。

 理有は、明日に備えてベッドの上で深い眠りの中にいた。

 制裁デュエルを回避する方法は、結局思いつかなかった。だからこそ、制裁デュエルに全力で挑むことにしたのだ。

 デッキ調整も万全。ロック戦術の考えうる手をすべてつぎ込んだ。

 自分はその方法でしか勝てないからこそ、徹底的に戦術を考え抜き、そしてひとまずの形に落ち着いた。ここまできたら、あとはなるようになれ、だ。

 だからだろうか、理有は少しの安心感と、ここしばらくの疲れから、すっかり熟睡してしまっていた。いくら普段通りを装っていても、制裁デュエルが目の前に迫っているのは、精神的にきついものがあったのだろう。

 

 ――そこで、ちらつく奇妙な影。

 

 本来部屋に一つしかいないはずのヒトガタが二つある。

 姿かたちは分からない。今日は月も雲に隠れているから、外から見たとしても、きっと誰かはわからない。

 ヒトガタは、ぐっすりと眠っている理有を見て、それから勉強机の上に置いてあるデッキケースを見た。

 

 にたり、とヒトガタが笑う。

 

 その笑みは、粘質の悪意を孕んでいた。

 




少しだけ正史から改変させていただきました、十代 V.S. カイザーでした。

あちこちでネタにされることが多いサイバー流ですが、ここでは真面目系で行かせていただきます。

その真面目続きで、大会にちょくちょく参加してると分かるものなんですが、カイザーの決闘スタイル自体は、そこまで異質ではないと感じる部分も。
下手に手加減すると逆転負けするから手は抜けないわ、相手がどんな手を打つのか予測・対応しないといけないから盤面も相手の仕草も観察しないといけないわ。
リスペクトという言葉が先行してますが、相手が自分を打倒し得るライバルと思って、全力で戦う。翔に足りなかったところは、そこだと、私は思っています。

まあ、サイバー流がアニメ的にいろいろ変な方向突っ走ったのもあって、ネタにされるのは今に始まったことではないですし、ゴォルェンダァ!――は私も好きなネタです。

さて、つぎは制裁決闘。
迷宮兄弟との闘いについては、省略させていただく方向で。
ここからが、このストーリーの肝になりますので。

それでは、次話までしばしお待ちください。

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