あれから数日はとても平穏な日々だった。姉ちゃんが洞窟の奥で何をしているか気になって見に行ったら、恥ずかしいポーズ取りながら叫んでいた姿を目撃して勇義と二人で笑ったり、落ち込んだ姉ちゃんを励ましたり、ずっとこんな日が続けばいいと思っていた。しかし、そんな幸せな日は唐突な来訪者と共に終わりを告げて閉まった。
「そこのお主、少々よろしいか。」
「こんな穴蔵に何か用か?天狗さん?」
「貴様!!この方を天魔様と心得ての口の聞き方か!!」
勿論知らない。だって初対面だもの、それにしてもあのおっさんが天魔か。勇義の旅の話で勇義自身がぜひとも戦いたいと言っていた天狗の長らしい。近くにいるだけで、表情を保つだけで精一杯だ。こんな奴と戦いたがるなんて、鬼というものは無謀で、馬鹿な生き物だ。けれど、そんな馬鹿を好きになってしまったのだから俺こそが真の馬鹿なのだろう。
「よさんか。
スマヌな御仁ら、コヤツの無礼を許してやってくれ、われの名に免じてどうか許してやってほしい。」
そういうと天魔は深々と頭を下げてきた。…このオッサン強いだけじゃなく、頭もキレる。長というのは強いだけでは成り立たないんだ。無駄な争いを避けねばならない、回避できるかもしれない争いで群れの命を捨てるわけにはいかないからだ。しかし、長が頭を下げるというのは現実的に難しい、長ともなればプライドや面目によって頭を軽々しく下げることはできない。そのオッサンはいとも簡単に、躊躇いもなく頭を下げてきた。侮ることはできない。
「こちとら怒ろうなんて気は微塵もない。その頭を上げてくれ。
それより、天狗の長であるあんたが俺になんのようだ?」
「お主のその妖気と佇まい、お主がこの山の長なのだろう?」
「一応そうゆう事になっているな。」
「やはりワシの目に狂いはなかった。唐突ですまないがお主たちにはこの山を出て行ってもらいたいのだ。」
…ハッ?このオッサン飄々と恐ろしい事を言ってくれる。
「天狗の社会も今、大きく成長している。大きくなりすぎてしもうたんだ。だから群れが、全員が生活するためには今より大きな山が必要なのだ。」
「勿論断わ…」
「面白い事言うじゃないか。その話私が与らせてもらうよ。」
……最悪だ奥の方で鍛えていた勇義が騒ぎに気づい戻ってきたようだ。嫌な予感しかしない。
「お主は、誰じゃ?」
「コイツの妻だよ。私達も住み慣れた山を出るのは簡単なことじゃない。そこでだ、私達と三本勝負をしないか?」
嘘をつけ。お前住み慣れてないじゃないか。
この前だってこの洞窟は暗いだの何だの言ってたくせに。
「……ムゥ解った。その要求を受け入れよう。して、その三本勝負というのは何をするんじゃ?」
「待ちなよ。お前さんにはもうひとつ条件を飲んでもらいたい。」
「この際じゃ、ワシにできる範囲ならば飲む事も吝かではない。」
「三本勝負の一本目。私と勝負してもらいたい。種目はそっちで決めてくれて構わない。」
コイツ、もしかしなくてもこれが本命だ。戦えればその後、負けようが、山を去ろうがどちらでも良いみたいな顔してくれちゃって。
「その要求も飲もう。」
「ッシャア!じゃあ三本勝負は明日な。」
そう言うとニコニコと笑いながら奥の方に姿を消していった。勇義の奴絶対後で怒ってやる、そういう感情とあの笑顔が見れたのなら別に良いか、という感情に俺は揺れていた。…そんな暇はない。
「日程は明日にしようか。俺も家族に話さなきゃいけないし、オッサンも一度群れに戻るんだろ?場所は取り敢えずまたこの洞窟に来てくれ、別の場所まで案内する。」
「解った。それでは、また明日。」
……俺の平穏な日々は長続きしないのか?