朝起きて窓を開けて外を見る。小鳥がピピピと鳴いている声と、犬の散歩をしているお爺さんが見える。そんな光景が習慣化して、果たしてもう何年になったのだろう。そんななんでもないようなことを思いながら、わたしは身支度を進めていく。
部屋でパジャマ代わりにしていたゆるいシャツを脱ぎ、下着のままで廊下を闊歩する。はしたないと言われかねないというか、実際、おかーさんには怒られることもあるけれど、女二人の暮らしとなるとどうしても楽な方向に流れたくなるものだ。
それに見られて恥ずかしい身体でもないからね。
起伏に富まない、スッとした、まるで小学生のようだと言われる自分の身体を見て自虐的にそんなことを思う。小学生のようだと言ってみたが、最近の小学生は体格に恵めれた子もいるので、わたしはそうした体格の良い子と比べたら圧倒的に負ける。
…………悲しくなってきた。
凹んでいても仕方ないと、わたしはいそいそとお風呂場へと向かうことにした。
おかーさんに見つかったらまた怒られる。
小さいくせに出るとこは出ているおかーさんに見つかりお小言をもらうのは避けたいところである。
無駄に広い我が家は、部屋からお風呂まで距離がある。古き良き、というにはさすがに時代が経ちすぎている日本家屋。それも武家屋敷と言っても違和感のない家なのだから、何年前のセンスだと問いたい。
何年前のセンスも何も、何年どころではない昔から改修こそしていても建て替えることもなく在り続けたらしいのだが。何せこの土地にこの家を構えたのは、遡れば本当に数百年前なんて歴史になるらしいのだから、驚きを通り越して呆れてくる。
とは言っても、内装は数百年前そのものなんてわけはなくて、外装こそ和式の家屋ではあるが内装はすっかり現代風で、床はフローリングだし、わたしの部屋は年頃の女の子らしい飾り付けも違和感のない、洋部屋だ。だからと言って年頃の女の子らしい模様替えはしていないのだけれど。
春も過ぎ去りもうすぐ梅雨の季節かとも考え出す五月の半ば、廊下を下着姿で歩くのもあまり寒さを感じなくなってきた。
冬場は下着に朝から着て行くために用意していた制服のブレザーを羽織るという方法で寒さをやり過ごしていたが、暖かくなってきたので堂々と下着姿で歩ける。……何を言っているんだ、わたしは。
別に見せたいわけじゃない。
抜き足指し足。急ぎながらも忍んで足を進める。
この時間、おかーさんは食事を作っていて、だから隙だらけだ。それでなくてもぽけっとしていていて、わたしからすれば足元がお留守ですよと言いたくなるほどに隙だらけなんだけれど、とは言え見つかるときは見つかる。広いと言っても所詮は超豪邸のようにマンションひとつを家にしたような広さではなく、あくまでも普通よりも大きな一軒家程度なのだから、鉢合わせなんてことは普通にある。
なんでこんなに気をつけてまで下着姿で風呂場に向かいたいのか、何だかよくわからなくなってきているが、たぶんただの意地だと思う。
スネーク活動を楽しんでいるだけとも。
そしてなんと、朝から気を張ることで目覚まし効果も目論んでいるのだ! ババーン!
色々言ってるけど朝起きた勢いそのままに部屋で脱いできちゃったから、着直すのも面倒くさいだけという、至極だらけた理由が主なんだけれど。
なんてことを言っている間に脱衣所まで来た。ここまで来れば下着姿でいるのはむしろ当然であり誰に責められることも怒られることもない。
下着を脱ぎ、部屋で脱いできたシャツを洗濯かごに入れて、持ってきた気替えの服をラックに置いて風呂場の戸を開ける。カポーン、なんて音はしない、極めて普通の浴場には湯気が舞っている。
はて、おかーさんかお風呂を沸かしてくれたのだろうか。
シャワーで済ませるつもりだったけれど、どうせだから少しつからせてもらおうかな。
「ふんふんふふーん」
鼻唄を歌いながらシャワーを浴びる。暖かいお湯が寝汗でベタついた身体をスッキリとさせる。
シャンプー、コンディショナー、ボディソープ。
お風呂場三種の神器で身体を清めてからでないと湯船にどぼーんすることは御法度です。何故ならこの後、恐らくおかーさんが入るから。おかーさんはわたしを見送ってからお風呂へ入っているので、先に一番湯をいただいているわたしは、できるだけ汚さないようにしてから入るようにしている。
「ふふこわふふーん」
手に取ったボディソープを擦り泡立ててから、身体に撫でるように刷り込んでいく。
シミ一つない輝くような肌は、女性としての魅力に乏しい、貧相でちんちくりんなわたしが唯一誇れるもので、繊細に綺麗にしなければならない。
ボディタオルでゴシゴシと洗うと、肌にキズを作るとかなんとか、そういう話を聞いて以来、手のひらで優しく洗うようにしている。というか、ゴシゴシ洗うのって、何となく男の子っぽいし。
色気はなくても女の子なのです。
目の前の鏡を見る。泡に包まれるわたしの身体は相変わらず貧相だ。胸囲は驚異的なまでにつるんとしてスッとしてまな板のようだし、幼児体型のようにくびれの少ない、まっすぐに一直線。すとんと言う擬音ですべてを表現できそうなほどだった。
全体的に細く、アバラが微かに浮き上がっている姿は、どこかひ弱にすら感じる。肉付きがないから触ってもゴツゴツとしていそうで、女性らしさというか、母性みたいなものも感じられない。
気にしていない、というのは嘘になる。
こう見えてもーー小学生によく間違えられるような外見をしているがーーわたしだって思春期の女の子であり、だから外見を気にする。人にどう見られるか、なんてわけじゃなくて、自分自身で魅力を感じられないということは、存外気掛かりなのだ。
……それに。最近だと、鈴白くんに、ちっちゃくてかわいいとか、頭を撫でられたりして子供扱いされるのも嬉しくないわけであって。何でかわからないけれど、彼にそうやって子供扱いされるとモヤモヤとした気持ちになる。
「というか、わたしはあんな子供扱いされるような年齢じゃないもん」
大人でもないけれど、子供でもない。思春期特有の感情の間ーーとはいえわたしは自分がまだ子供であることを自覚してはいるが、しかし彼の子供扱いはもっとこう、まるで、それこそ本当に小学生を相手にしているかのような扱いだ。子供扱いするにしても年齢相応の扱いを受けたいのである。
「ぺたぺた」
意味もなく胸を触ってみる。胸板と評されても違和感のない、絶壁っぷり。ついでおなかを触る。引き締まっているが、硬すぎず柔らかすぎない、理想的な筋肉の付き方をしている。ほんのりプニっとつまめないことも、まあないだろうか。ほぼ皮だが。
痩せているに越したことはないけれど、もう少しだけ脂肪も欲しい。普通、女性は成長をするに連れて程よく肉付きのある体格になっていくのだが、これでは本当に子供そのものの体格である。
彼に子供扱いされずに済む日が、果たして本当に来るのだろうか。いやいや、まだまだこれから成長の余地のある年齢でもあるわけだし、と自分を誤魔化して(ここ三年ほど身長、胸囲ともに成長無しという事実から目を逸らして)泡を洗い流した。
シャンプーを手のひらに取り、髪の毛にワシャワシャさせて泡立てる。きゅっと目を瞑って目に泡が目の中に入らないようにする。入ったら痛い。
ガリガリと引っ掻くようにはせず、指で頭と髪の毛を揉み込むように洗髪していく。頭皮を傷め、髪の毛を傷めることは枝毛の原因にもなるし。
後ろ髪を触る。肩甲骨より少し上の当たりまで伸ばしている髪の毛、その毛先までしっかり泡で包んでいく。しっかりしないと、毛先が傷むから。
髪の毛を少し弄ぶようにいじり、自分の髪の毛の長さを、大体の感覚で捉える。目を瞑っているので正確にはわからないが、鏡で見た姿を思い出せばある程度はどれほどのものか把握できる。
んー、後ろ髪はまだ伸ばしたいし、散髪はしばらく大丈夫かな。しいて言えば前髪が少し伸びてきたかな、ぐらいだ。これは今度、自分で鏡を見ながら調整しよう。切り過ぎないように調整して。ぱっつん前髪は恥ずかしい……というか、余計に幼く見えるから、本当、慎重にやらないといけない。
頭を洗い流して、コンディショナー。同じ容量で髪の毛に揉み込んでいく。毛先まで手櫛で塗り込んていき、頭がすーっとした清涼感を感じるまでしっかりと、全体的に、しっかりとやる。
本当は五分ほどシャワーキャップなるものを被って時間を置かないといけないらしいんだけど、うちにはそんなものはないし、五分も待つには朝の時間は限られている。
ゆっくりお風呂につかりたいし、ここはさっと一分ほどだけど放置して、流すことにしよう。
「……ん?」
違和感。一分ほど待とうと、顔を上げて、鏡を見る。先ほどまでと何か違うーー何か、明るい? いや、朝だから明るいのは当然だし、お風呂場は電気をつけているから、暗いなんてことは有り得ないのは確かだけれど、それにしても明るい。
明るいというか、眩しい。
何かが光っているような、そんな感じだ。
窓越しに太陽の光が差し込んでくるようになったのか。いや、窓は開けてない。すりガラス越しでは違和感を覚えるほどの強い光は入ってこない。
そもそも太陽光とは違う。
何というか、近くで発光している。
近くでというか、浴槽が光っていた。
違和感というか、はっきりとした違和だ。
何だろう、おかーさんが浴槽に何か仕込んだのだろうか。入浴剤かもしれない。発光する入浴剤があるのかどうかという審議はさておき。色なんて見た目以上の意味を持たないことの多い入浴剤においてもしかしたら発光して見えるような入浴剤が開発されたのかもしれないと思えなくもない。
全部溶け切ったら反射して光を放つように見えるようになるとか、そういった不思議商品。そういうびっくり商品って、たまにある気がする。
そんなふうにして、余裕を持って頭を洗い流す。
……………危機意識が足りない、平和ボケした人間であることを、まったく自覚していなかった。
このとき、もう少し慌てて、たとえばお風呂を飛び出していれば、今後の運命は変わっていたかもしれない。いや、変わらなかったのかもしれない。どうなのだろう。結局のところたらればでしかない。
あのときこうしていればーーなんてことはいくら考えてもいくら考えても、詮のないことだ。
だからきっと、こうすることが、こうなることがわたしの物語であり、無数に枝分かれする中から選んだ、道だったのだろう。
何の躊躇いもなく、発光する浴槽に、わたしは。
「どっぼーん!」
勢いよくーー飛び込んでしまったのだった。
女の子の肋骨とか、撫で回したいと思うのは普通だと思うんですよ
特に小さな少女の肋骨