ベルの大冒険   作:通りすがりの中二病

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今回はバーン様パートです。一部独自解釈を含めます。
あまり深く考えず「こんな解釈もあるんだー」程度に思ってくれれば幸いです。


運命の夜

「どういう事だナァーザ!?」

店ごと震わせる様な怒声が響く。

ミアハはその端正な顔立ちを怒りの表情で染め上げて、目の前にいる自分の眷属に問質す。

その怒声を投げ掛けられて、その犬人の少女はブルリと小さく身を震わせた。

ナァーザ・エリスイス…ミアハ・ファミリアの唯一の団員であり、薬師である。

事が起こってから、まだ十分程度しか経っていないだろう。

先刻のバーンの言葉、初めこそミアハも含めた神の三柱は首を傾げたたが…瞬時に顔色を変えた神がいた。

そう、店主でありファミリアの主神であるミアハである。

「まさか、そんな筈は…」と、小さく呟きながらショーケースや棚にある品物を手に取る。

そこからの行動は早かった。

中身を明かりで透かして見て、蓋を上げて匂いを嗅ぎ、指の腹に数滴ポーションを垂らして舌で舐める。

「――っ!」

その瞬間、ミアハの表情が変わった。

ミアハの中の疑惑が確信に切り替わった、その決定的瞬間だった。

――薄い。

ミアハは自分が手にした魔法薬が薄められているのに気づいた。

時間経過による品質の劣化などではなく、明らかに故意的に薄められたもの

しかも、ただ薄められていたのではなく染料や香料も混ぜる事によって、一見では気づかない様にされていたのだ。

幸い全ての商品ではなかった様だが、その数は決して少なくない。

では、一体誰がこんな事を――。

そこまで考えて、ミアハはそこから先の答えを思い描いて…瞬時に首を横に振った。

『そんな筈はない、あの娘はそんな事をする子ではない』

己の中に巣くう新たな疑惑を必死に否定するが、現実的に考えればそれが答えだった。

神とて下界にいる今は商売人、定期的な検品は欠かさない。

――ならば、擦り替えられたのは検品の後。

薬品に混じった染料と香料、これは素人ではできない細工だ。

――ならば、コレを行ったのは素人ではない。

そもそも部外者に、多数の薬品を入れ替える事は可能なのか?

――部外者にはおよそ不可能、ならば身内が行った事。

 

ミアハの脳裏に、一人の少女が頭を過る。

そして、知ってしまった以上見過ごす事はできない。

ミアハは店の奥で作業をしていたナァーザを呼び出し、先の事情について尋ねた。

その瞬間、ナァーザの顔は瞬時に青ざめ…やがて観念した様に頷いた。

そして今に至る。

「魔法薬とは冒険者を初めとする全ての者達の命綱だ!それを過度に薄めてしまったらどうなるのか、それによってどんな危険を招き入れて、どの様な惨事を引き起こすのか…冒険者であったお前自身が、その事を誰よりも理解している筈だろう!!?」

「………」

「幸いバーン殿が気づいてくれたから未然に防げたもの、一つ間違えれば取り返しのつかない事態になっていたかもしれんのだぞ!?何故この様な行いをした!答えよ!?」

店内の空気ごと震える様な怒声が響き渡る。

普段の温厚と柔和の塊が服を来て歩いている様な、ミアハの激昂。

その普段の姿から到底想像できないミアハの姿に、ヘスティアは完全に固まり言葉を失っている。

ヘファイストスも最初こそは動揺したものの、今はやや険しく鋭くなった視線で二人を見つめている…どうやら同じ商売人として、事の重大さを理解しているのだろう。

そして、事の切っ掛けとなったバーン。

切っ掛けが自分の言葉だっただけに、誰よりも熱心に二人のやり取りを見ている…という事は一切なく、ミアハ達の事の成り行きに特に目もくれず、店の商品の品定めをしている。

三者三様に事態の様子を見守る中、ナァーザは俯かせたまま呟く様に告白する。

 

「…お店の、経営のため。少しでも赤字を、少なくするため…」

その言葉が引き金になったのか、絞り出す様に事の経緯を話す。

「切り詰められる部分は全部切り詰めた、限界まで諸経費の削減もした…それでもダメ。

店の借金も、利子を返すだけで精一杯。今のままじゃ、利益を出すなんて無理…このままじゃ、近い内に破産する…」

「…しかし、それで肝心の魔法薬の質を落としては元も子もないだろう? それに金庫にもまだ幾らか予算が…」

「あのお金は、本当に最後の砦。アレすら無くなったら、材料費すら捻出できなくなる…そうなったら、もうおしまい。私達は路頭に迷う事になる」

「……っ」

「なのに、ミアハ様は無料で魔法薬を配る…店が破綻寸前って事くらい分かっている筈なのに、私が何度言っても無料で配るのを止めてくれない。

……こんな状況で、経営を立て直すのなんて無理。私だって薬師の端くれ、薬を薄めるなんて真似はしたくなかったけど…今破滅するかゆっくり破綻するかの、どちらかしか選択肢がなかった」

 

自分達の無力さを噛み締めるように、ナァーザは全てを告白する。

このまま行けば近い内に間違いなく、借金の支払いが滞り店を手放す事になる。

本拠地を失い、金もなく、団員も一人しかいないファミリアでは、到底オラリオではやっていく事できない。

少なくとも、『ミアハ・ファミリア』としての未来は閉ざされるだろう。

「――でも、こうなったのは…全部、私のせいだから」

次第にナァーザの表情が、くしゃりと歪み声に嗚咽が混じり始める。

体を小さく震わせて、ポロポロと涙が細く頬を伝っていく。

「そもそも、全部わたしの所為だから。私のせいでミアハ様は『ディアンケヒト・ファミリア』に頭を下げて借金を頼み込んで、そのせいで皆いなくなっちゃったから…」

ミアハ・ファミリアの転落、その経緯はミアハと交流のあるヘスティアとヘファイストスも大雑把な範囲で知っていた。

元々ミアハ・ファミリアはこのオラリオでも中堅レベルのファミリアで、このオラリオでも商業ファミリアとして中々の知名度を誇っていた。

しかし、ナァーザがダンジョンでの戦闘において、半死半生の様な重傷を負ってしまった。

ミアハの治療と当時の団員の助けもあって、一命は取り留めて千切れかけていた手足も無事にくっついた。

だが、完全に魔物に喰われてしまったナァーザの右腕だけは元に戻らなかった。

そこでミアハは、『ディアンケヒト・ファミリア』を頼る事にした。

ディアンケヒト・ファミリアは魔法薬だけでなく、治療系の道具や医療系のアイテムの製造もしており、そこでナァーザ用の義手を作って貰う事を考えた。

生来の肉体の様に動かせる、特注の銀義手。

しかし、その額は桁外れの額だった。

当時のミアハ・ファミリアでも支払いきれず、借金を背負う程の――。

借金覚悟で義手を購入しようとしたミアハを、当時の団員は止めた。

安定してきた店の経営を、地盤ごと叩き割ってしまう程の借金。

『いくら何でも軽率すぎる』『命が助かっただけでも儲け物の筈だ』『もっと店の経営が安定してからの購入でも遅くはない筈』

――だから、考え直してくれ――

彼らが薄情だった訳ではない、もしそうならナァーザの四肢は千切れたまま…そもそも、ダンジョンで命を落としていただろう。

借金にしても、きちんと返済計画が練られる範囲だったら、彼らも了承しただろう。

しかし、背負うであろう借金とそれによる利子があまりにも大きすぎたのだ。

商業系ファミリアとして経営と金回りの事を熟知していた当時の団員達は、ディアンケヒト・ファミリアに借金をすれば…経営そのものが破綻すると解っていた。

しかし、当時の団員たちの言葉を振り切って、ミアハは義手を購入して借金を背負った。

団員の言っている事は尤もな意見だったが、当時のナァーザは精神的にも深く傷ついていた。

魔物に殺されかけて、生きながら四肢を食い荒らされたのだ…その時の恐怖と絶望は、想像を絶するモノだっただろう。

これ以上、この状態が続けば…この娘は、取り返しのつかない事になる。

ミアハは当時のナァーザに対して、そう結論を出した。

今の状況が続けば精神的な死、もしくは『狂人』の類に傾いてしまうかもしれない…そう思ったからだ。

ナァーザの精神的な傷、その最大の原因は失った右腕だ。

ナァーザの精神を癒すには、失くなった右腕の代わりになる義手が最適…当時のミアハはそう判断した。

その甲斐あってか、ナァーザは精神面でも回復し、日常生活を送れるようになり、ダンジョン探索こそできないが薬師としては以前と同じように仕事が出来るようになった。

しかし、代償は当然あった。

金の切れ目は縁の切れ目、そのルールにおいては神も例外ではなかった様だ。

自身の言葉を聞いてくれなかった、団員の反発。

膨大な借金の背負った事に因って傾き始めた、ファミリアの経営。

一人、また一人と団員が去っていき…残ったのは、今のナァーザだけだった。

「…だから、私が何とかしなくちゃって思った。全部、私が招いた事だったから…私が解決しなくちゃって思ったから…」

「もう、いい」

ナァーザの言葉をミアハが遮る。

その顔は先程までの憤怒の色は完全に消えて、今はナァーザ以上に悲痛な表情をしていた。

「…すまなかった。全ては私の力不足と配慮無さが招いていた事だったのに、お前にだけ重荷を背負わせてしまっていた」

震えるナァーザの体をそっと抱きしめて、ゆっくりとその背を摩る。

そして己の過失と非を認めて謝罪する。自分の『家族』の苦しみに気づかず、知らぬ内に追い詰めて、その事に気づかず叱咤してしまった事に、ミアハはナァーザに心から謝罪する。

ナァーザの様子が落ち着くまで、ミアハはそんな所作を数度繰り返していき

「――惨めなモノだな、神ミアハよ――」

ここで、一つの声が響く。

その声の発信源に、神の三柱は視線を向ける

幾つかの小瓶を手の中で転がす大魔王が、ミアハに向かってそう言い捨てた。

「嘗ては人望を集め、富を築きながらも、たった一つの事で全てが崩れ落ち、残ったのは小さな店とたった一人の眷属」

コツコツと歩を進めて、バーンは対面する様にミアハの前に立つ。

「そして僅かに残ったその財産も、今やいつ消えるとも分からない風前の灯火

己の眷属達に見限られ、商売敵に頭を下げ、金を搾り取られ、そうまでして守った己の眷属の苦しみに気づかない」

「………」

「誠、神の身でありながら大した道化振りよ。だが喜劇としての出来は中々だった、正直言って笑いを堪えるのに苦労したぞ?」

「…そうだな、正に道化だ。返す言葉もない」

ククっと口元を楽しげに歪めて言うバーンに、ミアハは力なく微笑んで返す。

ミアハの腕からナァーザが射殺す様な視線でバーンを見ていたが、バーンはそれに目を向けず尚も楽しげに笑い、納得した様に嗤い、ミアハを指してバーンは嘲笑う。

その言葉に、流石にストップを掛け様とヘファイストスが前に出ようとして

 

「――だが、道化は道化なりに使い処があるのもまた事実よ――」

大魔王の微笑みがより深くなり、手に持っていた瓶を置いていく。

それはミアハの店の商品である魔法薬、薄められてはいないミアハ・ファミリア本来の商品だ。

 

「其方達の薬師としての腕、このまま腐らせるには惜しい」

 

バーンが嘗て居た世界において、殆ど存在しなかった魔力回復薬。

こちらの世界に来たその存在を知った時、バーンは勿論その事も調べた。

勇者との決戦において、下手をしていたらあの時点で死んでいたであろう…『竜闘気砲呪文』の連発。

竜闘気砲呪文は国を一つ、規模によっては大陸一つを消し飛ばす程の威力を持った、『竜の騎士』最強の呪文。

その消費魔力はその威力に見合う程に凄まじく大きく、歴代の竜の騎士であっても数える程しか使用された事がないものだ。

嘗ての世界でも多少は魔力回復の手段があったとはいえ、それは到底『竜闘気砲呪文』の魔力に満たない回復量だった。

故にそれはバーンの心の隙だった、『二発目はない、この一発を凌げは自分の勝ち』…それこそが、自分の心の中にあった油断だった。

現実として、勇者はかの超呪文をも撃てる程の魔力回復手段を持っていた。

呪文をメインにして闘う自分にとって、それは正に黄金以上の価値を持つ道具だったのは言うまでもないだろう。

故にこちらに来てからは、魔法薬の情報も集めていたのだが…如何せん、その回復量は物足りないものだった。

無論、相応の本数を飲めばある程度は回復するのだが…戦闘中にそんな時間がある筈も無い。

コンマ一秒の判断と行動が生死を分ける実戦に於いて、『飲む』という一行動ですら致命的な隙になるのだ。

 

故に、バーンの出した答えは非常にシンプルなモノだった。

――無いのなら、作ればいい――

 

しかし自分は魔王であって、薬師でも研究者でもなく新薬作りなど専門外。

――ならば、それに見合った人材を雇えば良い――

現状としては勿論の事、『これから先』の事を考えると大量の物資を蓄える必要がある。

独自の購入ルートを確保する事も重要だが、それとは別に新たな『研究職』の人間も必要になってくる。

嘗て己の部下であった『妖魔司教』の頭脳と発明は、魔王軍の軍事力拡大に貢献していたからだ。

目の前の薬師二人は、バーンの中で定めていた最低限度の技術力は満たしていた。

尚且つ解り易い弱みを持ち、自分はそれを満たす術を持ち、何より『神』をも掌に収めるという所業にも興味があった。

「神ミアハよ、其方に問おう」

故に、その言葉を放つのは大凡自然の成り行きだった。

『――余の配下にならないか?――』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…は…」

「…配下?」

 

ヘスティアとヘファイストスの、唖然とした声が響く。

ミアハとナァーザに至っては、我が耳を疑っている様だった。

それは当然の反応だろう、神とは下界の存在からすれば絶対者であり超越者だ。

如何にミアハの様な零細ファミリアの主神でも、『邪神』という存在でも、それは絶対の律なのだ。

このオラリオに於いても神に反旗を翻した者、或いは神を殺めた者

そんな人物こそは存在しても、神を支配下に置いた存在は今までにない。

故にバーンの発した言葉は、正に前代未聞と言っていいだろう。

「…バーン殿、貴方は自分が何を言っているのか…解っているのか?」

「無論、十分に理解しておる。余は今一人の神を金で飼おうとしている、何か間違っているかね?」

悪びれもせず、薄く笑みを浮かべてバーンは告げる。

間違いしかない、そんな言葉をヘスティアは叫びたくなるがそれを堪える。

「…まあ、配下というのは物の例えに過ぎんよ。一種の専属契約と言っても良いだろう。

其方達は余の希望に見合った魔法薬や万能薬、或いはそれに準ずる物を開発・提供し、余はそれに対価を払う

しかし、これはビジネス。如何に相手が神といえど、契約において余は『雇う側』であり其方は『雇われる側』だ。

このオラリオにおけるギルドや商業組合が定めたルールを犯さない限り、またそれに於ける余との契約内容の範囲において、神ミアハを含めて『ミアハ・ファミリア』は余に対して完全服従をして貰う。

――簡単に言えば、契約を結んだその瞬間より『ミアハ・ファミリア』は余の私物となる」

一個のファミリアを主神ごと私物にする、その大胆不敵な発言

ミアハとて神、その無礼千万とも言える下界の者に対して、決して良い感情を抱くはずはない。

だがそのバーンの威風、堂々とした物言い、底知れぬ佇まい

一瞬でありながら、ミアハは完全に呑まれていた。

「要は今まで神ディアンケヒトに下げていた頭を余に下げるだけだ、何も難しい話ではあるまい

そして何より、其方達のファミリアに選択肢も時間も無いと見受ける」

続けてバーンは、同行者であるヘファイストスに視線を向ける。

 

「…神ヘファイストスよ、一人の商売人として、一人の経営者として答えて欲しい。この店はどれ位もつと思うかな?」

「――ここで私に振るの?」

「他に適任がいないものでな、それに其方はもう大体の察しがついているのであろう?

如何に神と言えど時には現実を突きつけてやるのも、友の役目だとは思わんかな?」

「はー…貴方、本当にイイ性格してるわね」

 

疲れた様に、ヘファイストスは大きく息を吐く。

店内を軽く見渡す、店の敷地面積や品数や値段をざっくり見渡して

 

「ミアハにとっては、かなり耳に痛い話になると思うけど?」

「…いや、構わない。寧ろここで有耶無耶にされる方が、精神的にきつい」

「――そう」

 

ここで再び溜息、ただの町案内の筈がどうしてこうなった?と内心一人で毒吐いて。

 

「ミアハ、ナァーザ、答えられる範囲で良いわ。

この一年における貴方たちのファミリアの業績、ディアンケヒト・ファミリアへの借金返済状況、その他諸々の経費、コレ等を教えて」

 

ヘファイストスの言葉を聞いて、二人はファミリアとしての重要機密に当たる部分以外の全ての状況をヘファイストスに伝えていく。

最初こそは乗り気な風ではなかったヘファイストスであったが、話を聞いていくにつれてその顔はどんどん曇り、引き攣っていき

 

「……マジ?」

 

頬をピクピクと振るわせて、顔を無理矢理な作り笑いにして、確認を取る様にヘファイストスは尋ねる。

目は口程に物を語る、もはやそれはミアハ・ファミリアの運命を現しているのと同じだった。

 

「…半年もったら上出来、一年もったら奇跡だと思って頂戴」

 

ヘファイストスが、苦々しい表情をしながらその評価を下す。

その評価を聞いて、ミアハとナァーザの表情はより一層強ばった。

やはり幾ら覚悟していた事とはいえ、実際に突き付けられると衝撃が大きい様だった。

「成程、大いに参考になった」

次いでその声が上がる。

バーンはバーンで、大まかなプランが出せた様だ。

そしてバーンは、店のカウンターに備え付けされているメモ帳とペンを取って

「其方達に課す当面の新薬、或いは道具における材料費を初めとする開発費及び研究費、そして定期的な生産・提供による対価…それ等を考えた月々の契約料は、こんなもので如何かな?」

「「っ!!?」」

サラサラと数字を書き綴って、バーンは二人にその金額を見せる。

バーンの出した金額を見て、二人は目を驚愕に見張った。

(…こ、これなら…店の維持費や薬の生産費、私たちの生活費、それに月々の借金返済…全部払っても貯金が出来る!…)

ナァーザは、その計算を弾き出す。

ミアハも同じ様な答えを得たらしく、それと同時にバーンに尋ねる。

「…ファミリアの私物化という話だが、今の店を続ける事は可能か?」

「既存の魔法薬であれば何も問題ない。だがこれから其方達に開発して貰う新薬及び新道具においてはその限りではない、恐らく殆どの物は余が独占させて貰う事になるだろう。だが逆を言えば、それ以外の新薬ならこの店の新商品として扱って良い」

「その際のロイヤリティーは?」

「それも商業組合の定めた範囲で行う。だが借金返済までは何かと金は入用だろう?当面の間は無視してよい」

「…材料費込みという話だが、その額は常に一定か?」

「確たる理由があれば、相応の額の上乗せを行う。だが事前に報告をしてもらう必要があるな」

「商業組合のルール内という話だが、それは新薬作りにおいても同様かな?」

「無論、郷に入っては郷に従おう。其方の取引に関係なく、余は今後において禁止薬物及び違法薬物を扱うつもりはない、アレ等は余の好みから著しく外れておるのでな。

其方に課す新薬とは、其方が今まで生業としている物。つまり回復薬や魔力回復薬といった魔法薬だ…そうだな、明日にでも商業組合に掛け合って契約内容を明記した正式な契約書を発行して貰おう」

――破格の条件だ――。

ミアハとナァーザは、その結論に瞬時に辿り着く。

バーンとの月々の契約料だけで経営は黒字になる。それに加えて店の売り上げが加算されれば、終わりがない様に思えた借金生活にも遠くない内に終止符が打てる。

また契約内容は商業組合のルールの範囲内であり、きちんとした契約書も作ってくれる。

『神の前では、下界の子供達は嘘をつけない』つまりコレはバーンの偽りざる本心。

また契約書に明記していない事を無理に強要すれば、それは即ち契約違反。

発覚した瞬間にバーンには罰則と違約金が課せられ、『前科持ち』になればオラリオにおいて行動は大きく制限される。

自分達の様な零細ファミリア対し、バーンがそこまでのリスクを負ってまで陥れるメリットは思いつかない。

そしてこの場には、神ヘファイストスが居て自分達の会話を聞いている。

ヘファイストス・ファミリアは商業系ファミリアの最大手であり、組合においてもその発言力は大きい。

そしてミアハはヘファイストスとヘスティアの神格を良く知っている、間違っても詐欺紛いの事に力を貸す神ではない。

自分たちにとってはメリットしかない、正に最高の契約だ。

これを逃す手はない。

――だが。

「………」

ナァーザは手を伸ばせない。

これを手にしてしまったら、自分達のファミリアは一個人の私物になるからだ。

自分だけなら良い、寧ろご禁制の物や違法薬物にさえ手を出さないのなら、それこそ犬の様に従順に従っただろう。

だが、そこにミアハが加わるというのなら話は別だ。

今までミアハは、自分の為に頭を下げ続けていた。

ディアンケヒトにどれだけ馬鹿にされようとも、どれだけ横暴な態度をとられても、どれだけ強引な取り立てにあおうとも、頭を下げ続けてきた。

だがこの契約を結べば、ミアハはついに『下界の子供』にまで頭を下げなければならなくなる。

実際に頭を下げる訳ではないが、『使われる』身になるというのはそういう事だ。

少なくとも、商業組合が定めたルール内において…バーンはミアハの上に立つ存在になる。

このオラリオにおいて、神とは全ての下界の存在の上に立つ者。

嘗て下界の者達に『恩恵』を与え、今の世界の基盤を作り上げた絶対の君臨者。

家族の様に親しくなろうとも、親友や恋人の様な間柄になろうとも、それは絶対なのだ。

 

ではもしも、そんな神がギルドやファミリアと言った組織ではなく、下界の『一個人』に服従してしまったら…果たしてどうなる?

しかも金銭を得る為という、世俗にまみれた理由で…そんなファミリアに、一体誰が入団したいと思うだろう?

 

 

仮にそれで借金を返済しても、ホームを死守できても、そこで終わりだ。

新規団員の獲得は絶望的になる…それは即ち、ファミリアとしての未来の終わりを意味する。

それ以上にこの事が他の神に知れ渡れば、あの『娯楽』に飢えた神々は決して放っておかないだろう。

特にあのディアンケヒトが放っておくはずない、『下界の者に飼われるとはなー。ついに神としての誇りも売ったかぁ、ミアハあぁ?』等と言って馬鹿笑いする光景が目に浮かぶ。

ミアハの背を指差し、嘲笑するだろう。

その笑いは彼らの眷属にも広がり、やがては一般市民にまで広がるかもしれない。

聞く人が聞けば『そんな大袈裟な』と笑う人もいるだろうが

オラリオでは『そんな大袈裟な』事は珍しくないのだ。

自分を助けるために頭を下げ続けたミアハが、オラリオ中の笑い者になる。

自分がこの世で一番尊敬する大好きな神が、オラリオ中で指をさされて馬鹿にされる。

そんな最悪の未来を想像して、ナァーザはギチリと奥歯を噛み締める。

(……ダメ、そんなの絶対ダメ!……)

未練がないと言えば大嘘になるだろう

正直に言うと、喉から手が出る程に欲しい契約だ

しかし、この契約はナァーザにとって受け入れられるものではなかった。

(……他に手段がない訳じゃない、移動販売の範囲とペースをもっと上げて…他の店での委託販売も、もう少し委託側の条件に寄り添えば取り扱ってくれる店も増える筈……)

だから、直ぐにでも断る

そう覚悟を決めて、バーンに告げようとした時だった。

「――解った、その契約を結ばせて貰おう」

ナァーザよりも早く、ミアハが動いた。

「フム、随分と思い切りが良いな神ミアハよ。正直な所、もっとごねるかと思ったぞ?」

「善は急げというしな。それに幾ら時間を掛けたとしても、この取引以上に良い考えが思いつきそうにない」

「悪魔の取引かもしれぬぞ?」

「悪魔は取引を守るものだ」

「ファミリアの未来が閉ざされるかもしれぬぞ?」

「今が終われば、未来もあるまいよ」

「神として、最低限の誇りを捨てる事になるぞ?」

「先程これ以上ない程に、恥を晒したばかりだ」

「神々共からの、嘲笑の的になるぞ?」

「なにせ道化だからな」

「――中々言うではないか」

大魔王の瞳と男神の視線が交わり、大魔王は小さく笑う。

「其方の思い切りの良さとその決断、余は評価するぞ。

今後の働きと成果によっては、一つの軍を授けても良いぞ」

「ハハハ、それは光栄な事だ」

「では明日にでも、正式な内容を決めて契約書を発行して貰うとしよう

出来れば組合までの同行を願えるか? 恐らくその方がスムーズに事が進む筈だ」

「ウム、了承した」

では明日と、互いに日時の確認をしてバーン達は店から出ていき、ミアハとナァーザはその背を見送っていた。

店に残るのは、耳に痛い程の静寂。

そんな状態がどれだけ続いただろう? ナァーザは小さく呟いた。

「…なんで、ですか」

掠れる様な小さな呟き、風が吹けばかき消される程の小さな声

その呟きを聞いて、ミアハは居心地が悪そうに表情を崩して髪を掻いて

「…そうだな。さっきも言った通りだ、あの契約以上に良い選択が思いつかなかった。

それにヘファイストスの見立て、あれは恐らく正しいだろう…今のままでは半年も持たない、良くて数ヶ月程度かもしれんな」

「でも、まだ出来る事はあった筈、です」

「そうだな。だがそれは、今以上にお前に負担を掛ける事になっていただろう…これ以上に肉体と精神に負担を掛けても、良い結果に繋がるとは思えなかった」

「………」

ミアハの言葉を聞いて、ナァーザは黙る。

自分でも解っていた、あれ以上の選択肢は自分たちにない。

自分が考えていたプランも、いつか何処かで無理が生じていた…という事も。

「まあディアンケヒトのお陰で、精神面ではタフになったという自信はある。

暫くの間は他の神達の話の種にされるだろうが、そこはまあ甘んじて受け入れるさ。

授業料の一つと思えば悪くない」

「………」

「見損なったか?」

「ええ、見損ないました」

「…そうか、だがお前まで私の我侭に付き合う必要はない。もしナァーザが望めば改宗も」

「――本当にミアハ様は、私がいないとダメだという事が良く分かりました!――」

深く息を吐いて、観念した様にナァーザは呟いて

ミアハの言葉を遮り、そして一気に言葉を噴出させた。

「大体、さっきの事もそうです!折角相手が契約書を作ってくると言っていたのですから、それを見てからでも遅くはなかった筈です!

あのバーンとか言う爺が、土壇場で条件を変えてきたらどうするつもりだったんですか!?」

「ぅっ…ま、まあそうなのだが、決断が鈍らない内にやっといた方が良いと思ってな。それに嘘はついていない訳だし、あのヘファイストスとヘスティアの前で堂々と詐欺行為を行う筈はないだろう?」

「その考え自体が甘いと言っているんです! 詐欺師はそういう『自分は大丈夫』という相手の心の隙を突いてくるものです!

それに合法の契約でも、法の隙間を突いた様な、幾らでも相手から金を搾り取れるケースだってあるんです! 良いですか!社会契約は疑って掛かって然るべし!注意はし過ぎるという事はないんです!」

「だ、だがしかし、そんな手間暇を掛けて我らの様な零細ファミリアを陥れるメリットはないだろう?」

「メリットはあります! 契約を盾にミアハ様を好きにできるというメリットが!」

「…はい?」

「どこぞの狡猾な女がミアハ様を手篭めにする為に、あの爺さんを自分の身代わりとして使ったという筋書きが考えられます!

…いいえ、もしかしたらあのバーンとか言う爺その人がミアハ様の肉体目当てで…!」

「落ち着けナァーザ! 幾らなんでも不敬が過ぎるぞ!?」

「とにかく!明日は私も同行しますからね!良いですか!?」

「う、うむ!」

ナァーザの剣幕に押されて、ミアハは頷く。

ナァーザも一通り思いの丈を吐き出して落ち着いたのか、荒れ気味の呼吸を整える。

――そういえば、こんなナァーザは久し振りに見るな。

ミアハは己の眷属の表情を眺めながら、そう感じる。

恐らく、今までは自分の気持ちを押し殺してずっと過ごしていたのだろう。

溜まりに溜まった感情というのは、却って吐き出す事が難しくなる。

恐らく金銭的な解決方法が出来た事で、ナァーザの緊張も緩んだのだろう。

己の眷属の表情を見る限り、どこか吹っ切れた様な表情だった。

(……この事だけでも、バーン殿には感謝しなくてはな……)

ナァーザの言う様に、恐らくあのバーンという老人は一癖も二癖もある人物だろう

油断は禁物。下手を打てば、あの者は神と言えど容易く食い物にするだろう。

神とて人を推し量る眼はある。

だが、あの者はそういう小狡い事をコソコソと行うタイプではないだろう。

今日初めて会った相手だが、ミアハには確信にも似た思いがあった。

(……だがしかし、あの老人は何者だろうか?……)

今更ながらにミアハは疑問に思う。

会話の節々から、つい先日この都市にやってきた事が読み取れたが…気になるのは、ソコではない。

(……下界の者には違いないが、あの存在感はどちらかと言えば我々に近いモノがある……)

尋常ならざる気配と迫力、見れば吸い込まれそうになる独特の雰囲気。

あそこまで言われたら、幾ら自分でも腹を立てただろうが…そんな気持ちは湧かなかった。

 

事実、自分は知らぬ内に『バーン殿』と呼び

自分達の薬師としての腕を認められた時、得も言わぬ充実感と誇らしさを感じた位だ。

(……神々が下界に降りてからの歴史は永い、神と人との間に子をなしたという話は聞いたことがないが……)

かの『魔剣鍛冶師』の血脈の様に、何らかのイレギュラーによって生まれた存在なのかもしれない。

ミアハにはどうしても、あのバーンという老人がただの下界の存在とは思えなかった。

(……だがまあ何にしても、先ずは目先の事だ……)

バーンの望む新薬の開発

あの契約料から察するに、生半可な物を献上しようものなら即時契約は解消されるだろう。

折角の取引で、最初から失敗して契約破棄にでもなったらそれこそ目も当てられない。

「さて、これからはより忙しくなるぞ」

 

 

「ウム、実に有意義な時間だった。褒めて遣わすぞ神ヘスティア」

「どこが有意義だあぁ!! 僕があの店にいる間どれだけ胃を締め付けられていたのか君に分かるのかぁ!!? ああぁぁぁ!これからどんな顔してミアハと会えば良いんだあぁ!!?」

バーンは満足そうに呟くが、ヘスティアは顔を思いっきり歪めながら叫ぶ。

どうやら先程の一件、その衝撃がまだ抜けきっていない様だった。

そしてもう一人の神であるヘファイストスも、呆れたように息を吐いて

「ったく、相変わらずぶっ飛んでるわね貴方」

「だが、刺激的だっただろう?」

「そうね、退屈じゃなかったのは確かだわ。お陰でミアハの店も持ち直しそうだし、悪くない時間だったわ」

未だ喚いているヘスティアとは正反対に、ヘファイストスの方は落ち着いていた。

昨日の一件で、バーンが何かしらの事を起こすのは予想できていたし

ミアハの店も、バーンの契約が無ければ恐らく半年も持たないだろうと思っていたからだ。

「でも貴方。私の店のローンもあるのに、ミアハの店にまで毎月あんな額を支払えるの?」

「金勘定を疎かにする程、耄碌していないつもりだ。それに神ミアハにはそれだけの価値がある。

これからはダンジョン探索を初めとする収入源もあるし、此処以外の拠点には隠し財産もある…まあ、いざとなったら適当にクエストでも受ければ問題ない」

「ダンジョンに潜るにしても、クエストを受けるにしても、ギルドの登録は必須よ?

それでどう?今日一日つきあって、ヘスティアの感想は?」

「個人的には悪くない。余計なしがらみもなく、他の団員がいないというのも余にとってはメリットだ。それに、どこぞの調停者気取りの神々よりはずっと好感が持てるぞ?

だがもう少し、神ヘスティアの神格を掴みたい」

 

「…と言うかもう、バーンくんは…ヘファイストスの所に入るのが一番いいんじゃないかな…?」

「そうね、個人的には歓迎するけど…他の団員の事を考えるとちょっとねー」

「ウム、賢明な判断だ。余は鍛冶師にとって『最高に白ける相手』らしいからな。未来の名工達の成長の妨げになるのは、余も望む処ではない」

――等など、バーンを含めた神御一行はその後も街を案内して回っていった。

その後も幾つかの店を回り、街を見て回り、他愛も無い雑談をかわしながら時間を過ごし、気が付けば陽は完全に沈んでいた。

粗方の目的も見て回り、三人はバベルの前まで来ていた。

 

「フム、中々に愉快な一時だった。礼を言うぞ神ヘファイストス、神ヘスティア」

「それはどうも、楽しんで貰えた様で何よりだわ」

「まあ、何だかんだで僕も結構楽しかったよ。明日は商会の方に出向くんだろ? ってことは、僕達も直接そっちに行った方が良いかい?」

「そうだな、そちらの方が何かと都合が良かろう」

「そうね、それじゃあまた明日」

 

そう言って、神二柱はバーンに軽く手を振って別れを告げる。

バーンもまた軽く手を振って、夜の都市の雑踏の中へと消えていった。

バーンの後姿を見送り、二人はバベルの中に戻って行く。

その途中、ヘファイストスが思い出したように声を上げた。

 

「ああそれと、明日は私は付き合えないからそのつもりで」

「ん?あー、そうか…今日一日、付き合せちゃったから」

「そう、お仕事が溜まってるの。それに貴方の方も最初こそは面食らってたけど、最後の方には随分自然に振舞えてたじゃない?」

「最初にあれだけかまされればねー、感覚も麻痺するさ」

「あはは、確かに」

「まあでも、確かにヘファイストスが面白いって言ってた意味は分かる気がする…バーン君は何と言うか、色々と刺激が強い」

「でしょ?」

 

そんな雑談をしている内に、二人はヘファイストス・ファミリアのフロアに着く。

ヘスティアは自分に宛がわれている客室に、ヘファイストスは自分の執務室に行く。

執務室に着いたヘファイストスは、昨日バーンが書いた注文書を取り出し、そのまま自分の工房に足を向ける。

 

(……今日一日、あの大魔王に張り付いていたお蔭で…大体のイメージは固まった……)

 

ヘファイストスは今日一日、神友の付き合いだけで過ごしていた訳ではない。

自分が請け負った仕事の為に、あの大魔王の人物像をより深く知っておきたかったからだ。

普段のヘファイストスは、オーダーメイドを受けたとしてもそこまではしない。

だが、そこまでやらなければ…恐らく自分の作品でも、あの大魔王の力に耐え切れないと思ったからだ。

 

(……さて、少ーしばかり…骨が折れる仕事になりそうね……)

 

工房に着き、作業着に着替え、道具や炉のチェックを行う。

まだ正式な注文を受け付けた訳ではないが、あの大魔王は近日中にローンの問題は何とかするだろう。

 

(……見せて貰うわよ大魔王……)

 

そしてそれ以上に、ヘファイストスは自身の熱が冷める前に行動をしたかった。

 

(……私が打った杖で貴方が此処で何を為すのか、貴方がオラリオに何を刻んでいくのか、その有様をね……)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そこは、オラリオの街道を外れた裏路地の一つだった。

街の喧騒と明かりは遠く人気は少ない、夜闇の中に申し訳程度の魔力灯の明かりがある、そんな路地だった。

 

「ぐっはあぁ!」

 

そんな路地で、金属音が鳴り響いて誰かの声が響く。

黒い外套に全身を包んだその男は、弾かれた様に地面に転がった。

男の周りには、男と同じ黒外套に身を包んだ男が四人ほど倒れ、蹲っている。

 

黒外套の男は次いで目深くかぶったフードから視線を動かす、其処には狼人の男が一人立っていた。

 

「ったく、情けねえな…テメェ等五人掛かりでこの様かよ」

 

手に持った剣を遊ばせながら、狼人の男…ベート・ローガは見下した様に相手を見た。

ダンジョンからの帰り、気まぐれでいつもと違う道を通ってみようとした所、ベートは奇襲を受けたのだ。

 

しかし、奇襲を受けただけだった。

ベートは奇襲を掛けた五人を容易く切り伏せ、捩じ伏せ、蹴り伏せていた。

ベートはオラリオが誇る『第一級冒険者』であり、格下の冒険者が徒党を組んだとしてもその絶対的な実力差だけは埋まらなかったのだ。

 

――まずい――と、襲撃者の一人は思う。

何かと目障りなベート・ローガを確実に仕留める為に、今日のこの日まで機会を伺い、絶好のチャンスに恵まれながら仕留められなかった。

このまま逃走しようにも、何人かの者は足にダメージを負っている。

分かれて逃走したとしても、確実に追いつかれ捕らわれる…そう判断したからだ。

 

だが、まだ運に見放されていなかった。

男は自分の目に飛び込んできたその光景を見て、そう思い笑みを零す。

 

男の視線の先には、一人の老人。

路地の角から、その老人が姿を見せたからだ。

 

「ボス!来てくれたんですね!?」

 

そのエルフの老人を見据えて、男は叫ぶ。

その老人は一瞬呆けた様な表情を浮かべて、ベートもまたその老人へと視線を向ける。

その瞬間を突いて、男は仲間たちにアイコンタクトを送る。

男の考えを汲み取って、仲間たちは頷いて声を上げた。

 

「ボス!手筈通りベート・ローガの足止めをしておきました!」

「どうかボスの力、見せつけてやって下さい!」

 

そう言って、黒外套の男達は四方に散って夜闇に姿を消す。

ベートは男達を追わなかった、と言うよりも追う気になれなかった。

胸の中は呆れの感情で埋め尽くされ、既に戦意は消失していた。あんな小物相手に、態々追いかけっこをする気にはなれなかったからだ。

 

それに、相手側の考えも読めてる。

 

恐らく、この爺さんは偶然居合わせただけだろう。

そうでなければ、自分の隙をつけるあの機会を見逃す理由はない。あの様に大声を上げる必要も無い。

あの連中は念入りに顔と姿を隠しておきながら、この老人は顔を隠すことなく堂々と晒している。

あの連中が自分達の逃走時間を稼ぐために、一芝居を打ったという所だろう。

 

(……ったく、雑魚の癖に下らねえ事は思いつくみてえだな……)

 

次に会ったら、足の一本でも折っておこう。

ベートはそう思い、件のエルフの老人に目を向ける。

 

「一応確認しとくが、爺さんが俺にアイツらを差し向けたっつうボスか?」

 

そんな事はないだろうが念の為、確認を取っておく。

その確認を終えたら予定どおりホームに帰ろう、ベートがそう思っていた時だった。

 

「うむ、その通りだ」

 

その老人は、あっさりとベートの言葉を肯定した。

 

 

 

 

「余こそが彼奴らに其方への襲撃を命じた、魔王だ」

 

 

 

 

――恐らくベート・ローガは、生涯この日を忘れる事はないだろう――

 

――ベート・ローガの記憶から、生涯この夜が消える事はないだろう――

 

――この日は彼が初めて大魔王と対面した日であり、ベート・ローガが大魔王を認識した日――

 

――それは、ベートにとっての運命の夜――

――これは、ベートにとっての始まりの夜――

 

 

この夜より、ベート・ローガの運命は大きく変わっていく事になる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




<速報>バーン様、ミアハ・ファミリアを買収!

という訳で、今まで忙しかったその反動なのか、最近は結構時間が取れて早く更新できました。
今後もあまり間隔が開かない様にしたいと思います。

今回はバーン様パートです。
先ずは前半、ミアハ・ファミリア買収についてです。
ミアハ様はめでたく某ザボエラの後任となりました!(笑) ミアハ様もベルくんや紐神様と同様に、初期から立ち位置が確定していたキャラです。
対立候補として、この位置にはアスフィさんも考えていたのですが、作者的にミアハ様の方が扱い易いと判断しました。

そしてバーン様による、ファミリアの買収。
これも前から描きたいと思っていたネタです。ファミリアによらずバーン様個人で『ファミリア』を所有するネタを描きたかったので、今回ぶっこんでみました!
上記の理由もあって、今回のミアハ・ファミリアの買収の話になりました。

今後のバーン様とミアハ様の関係
現代風に言うとバーン様は社長で、ミアハ様は研究部(開発部)長、ナァーザは社員(部長補佐)、という感じです。

作中のミアハ・ファミリアの経営状態について。
本編は原作と違って、ベルくんというカモが存在していないので、原作よりも経営状態は悪いです。
ちなみに本編では、店の魔法薬は薄めているのがバレない様に香料や着色料を使っています。
流石に水で薄めているだけではミアハ様に速攻でバレます。
水で薄めるよりもコストは掛かりますが、原作の魔法薬の価格を考えると十分利益が出せます。

次回で大魔王師弟の、二日目の夜は終わるかと思います。
初日以外はサクサク進めるという話は、一体どこに消えてしまったのか…(汗)
今のペースだと師弟合流まで結構時間が掛かりそう、この辺りも今後検討中。

ちなみに、現時点での大魔王師弟のフラグスタイル。

ベルくん・美女と徐々にフラグを立てていくスタイル
バーン様・イケメンと積極的にフラグを立てていくスタイル

――ヤダ、この師弟ってばとんだ面食いだわ…(真実)

という訳で、次回に続きます。



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