ベルの大冒険   作:通りすがりの中二病

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誓い

 

「…だ、大魔王…バーン?」

目の前の老人が名乗った名前、綴った言葉をベルはそのまま口にする。

――大魔王――

それは恐らく、ベルが最も良く知る単語の一つであろう

ベルが毎日の様に読んでいる英雄譚には、決して欠かせない存在

勇者や英雄とは、対極の位置にいる存在。

ある詩では、それは世界を滅ぼす存在

ある話では、それは全ての魔物や悪魔を統べる存在

ある本では、それは幾千の人間や亜人が束になっても敵わない存在

「フフ、まあ…行き倒れて死に掛けていた年寄りが言っても、説得力はないか…」

目の前で呆然とするベルを見て、バーンと名乗った老人は再びおかしそうに笑う。

こんな田舎の片隅で行き倒れ

子供に励まされながら生死の境を彷徨い

布切れ一枚で出来た病人用の衣を纏った、未だベッドの上から降りる事が出来ない大魔王

自分がこの少年の立場なら、吹き出して笑い転げている所だろう…そんな風にバーンは思ったからだ。

「……す……」

だがしかし、ベルの反応は老人の予想とは異なるモノだった。

「すっ…ごおぉーーい!!」

 

――妙な小僧だ――

両の瞳を輝かせて自分を見つめるベルの姿を見て思う

普通なら先ず信じる訳が無い、こんな死に掛けていた年寄りがそんな事を言っても

呆けた年寄りの戯言として、呆れられるか流されるかのどちらかだろう

相手が子供ならそれこそ笑いの種になるだろう。

では仮に信じたらどうなるのか?

怯えるか逃げるかのどちらかだ、人間にとって「大魔王バーン」の恐怖は記憶に新しい

如何に子供伝手と言っても、それは十分に警戒に値し、恐怖を揺り起こす言葉だ。

仮に大魔王本人ではないとしても、魔族がそんな事を言えば魔王軍に与する者と判断されてもおかしくない。

そして今の自分には嘗ての力はない、精々残りの魔力を使って移動呪文を使うのが関の山だ

仮に呪文封じでも使われたら、少々覚悟を決めねばならないだろう。

今後のリスクの事を考えれば、現時点で大魔王を名乗るのはどう考えても悪手だった。

しかし、リスクに怯えて命の恩人に…ましてこの様な幼子相手に、真実を隠すというのも自分の矜持や沽券に関わる…そう思ったからだ

元々この者によって拾われた命、ならばこの者によって危機に晒されても致し方なし…そう判断したからだ。

…なのだが

「スゴイすごーい!神様だけじゃなくて魔王もいたんだ!もしかして絵本に出てくる勇者や英雄で実在する人とかいるんですか!?」

―ー等々、目の前の少年はそう言った事を欠片も出さず、興味津々と言った様子で矢継ぎ早に自分に質問をしてくる

最初は信じていないか、それとも冗談だと思って話に乗っているかとも考えたが…どうやら違う。

「…そうだな、其方が言う勇者が誰を指すのかは分からぬが。勇者と一戦交えた事ならある」

「おおぉ!じゃあじゃあ!伝説の存在って言われる黒い竜の事なんですけど…」

このベルという少年は、自分が大魔王である事に疑っていない

それでいて尚、自分に興味を持ちこうして質問をしてくる

だから疑問に思う、如何に子供と言えど『大魔王バーン』がどういう存在か位は知っている筈

「ベル坊、少し静かにしろ」

「あた」

そんな時だった、自分を診てくれた医者が手に持った本で「パコン」と軽い音を立ててベルの頭を叩いた

どうやら騒がしいベルに対して注意をしに来た様だ。

「相手はまだ病み上がりだ、お喋りも良いが程々にしておけ」

「はーい、ごめんなさい」

「それから爺さん、アンタもだ。子供をからかいたいのは分かるがそれ位にしとけ

特にベル坊にその手の事を吹き込むと、後で冗談でしたじゃ済まねえぞ?」

「…フム、時に医師殿。其方はどう思う?余の言葉について」

「冗談が言える位に回復した様で何よりだ」

そう言って医者は再び退室し、先のやり取りに関して一考する。

……妙だな……

目の前のベルとは違い、あの者は大人だ

真偽は兎も角として、仮にも『大魔王バーン』を名乗った魔族に対してもっと警戒しても良い筈

だがしかしあの者は、『大魔王』という存在そのものを信じていない様に思えた。

――何かが違う、何かがずれている、何かが噛み合っていない――

――何かが起こっている、自分が全く予想も予期もしていない『何か』が起こっている――

そして再び、ベルに視線を向けて

「ベルよ、少々頼まれてくれぬか?」

――何だ、コレは?――

バーンは開かれた書物に目を走らせながら思う

今バーンが読んでいる本は、ベルに頼んで医者に借りてきた貰った物やベルの自宅にあったものだ

そこに書かれているのは、全く知らない世界、全く知らない歴史

幾百幾千もの間生きた自分すら知らない世界と歴史が、そこに書かれていた。

――違う、全く違う――

――『コレ等』は自分が全く知らない『モノ』だ――

世界地図や歴史が違う

人間や獣人、エルフが入り混じり暮らしている

そんな事がどうでも良くなる程の衝撃の事実が、そこにある。

 

――神々共が、降りてきているだと?――

 

それは絶対に有り得ない事

自分の知る限り神とは三界のバランスを維持するモノであり、調停者だ

基本的には下界に不干渉であり、三界の均衡を崩す『何か』が現れた時にようやく神は動く

そう、三つの神によって作り出された最強の騎士『竜の騎士』によって、再び元のバランスと均衡を維持する。

だがしかし、ここにある歴史は何れも違う

遠い遠い昔、神は地上に住む事に娯楽を見出し降りてきた。

神は地上に置いてその力のほぼ全てを制限されているが、人の潜在能力や可能性を引き出す『恩恵』を授ける事ができる

現代において、降りてきた神々の殆どは『迷宮都市』に居を移し、各々の眷属を従え『ファミリア』なるモノを結成し『ダンジョン攻略』を生業としている

その事実は、バーンの中にある知識や考えの根底を覆すものだった。

――有り得るのか、そんな事?――

バーンは自分自身に問う、しかしそれなら自分が感じていた違和感の説明がつく

念のため、後で自身でも確認をしてみるが…恐らく答えは変わらないだろう

それに何より、自身の勘がそれが真実だと告げている。

――自分が今居るこの世界は――

――自分が今までいた世界とは、全く違う世界だと言う事を――

「…ふ、くく…」

その事を認めた瞬間、思わず笑いが溢れる。

――我ながら、随分と奇妙な運命だ――

 

現状を把握しながら、バーンは思う

しかしそこには先程とは違って、自嘲の響きや感情はない。

今の自分には、嘗ての力はない

最強の肉体も、最強の軍も、自身の居城も、忠実な臣下も…大凡全てのモノを失った。

――だが、余は生きている――

自身の記憶が確かなら、『勇者』は自分に打ち勝った

若き『大魔道士』や『姫君』も恐らく健在だろう

『嘗ての軍団長』や『伝説の名工』を始めとする彼奴等の仲間もその多くが健在だろう

ほぼ全てのものを失った自分では、最早天秤の対にすら成りえないだろう。

―ーだが、余は生き延びた――

極めつけは、自身の現状

自分が居るのは、完全なる未知の異世界

仮にここで嘗てと同じ行動を完遂したとしても、魔界には一雫の光すら届かない。

――だが、余はまだ終わっていない――

 

まだこの心臓は動いている、血は全身を廻っている

目は見える、音が聞こえる、四肢と五指に力が入る

掌を握り、五指に力を込めてグっと握る

生きている、自分はまだ生きている。

確かに殆ど全ての力を失った――なら再び得れば良い――

確かに自分の軍は壊滅した――なら再び結成すれば良い――

今の自分には、あらゆる物が足りない――なら再び用意すれば――

そして、今の自分には忠実な臣下もいない――なら再び――

「………」

その瞬間、バーンの脳裏に嘗ての忠臣の姿が過る

自分の手となり足となり、影の様に付き従い、永い永い間忠義を尽くしてくれた自分の腹心

――こればかりは、仕方がないか――

やや諦める様に呟く

如何に世界は広いと言えど、嘗ての忠臣以上の存在とは決して出会えないだろう

少なくとも、これまで生きていた時の中で一度も巡り会えなかった

そして恐らく、もう二度と巡り会う事はないだろう

 

自分の影を務められるのは、後にも先にももう二度と現れないだろう。

「…………」

粗方の書物に目を通した後に、バーンを目を瞑る

ほんの数分間だけ目を瞑った後に、ゆっくりと開いて

「ベルよ、もう一つ頼まれてくれぬか?」

 

「バーン様、足元は大丈夫ですか?」

自身の肩に寄り掛かり、空いた片手で杖を突くバーンにベルは尋ねる

バーンが「問題ない」と答えると、ベルは移動を開始する。

バーンの頼み事、それは至極簡単なモノだった。

――太陽が見たい――

既に日は沈み始めていたので、一回部屋から出て外に出ないとその全貌が良く見えなかったからだ

少しの間苦戦して、二人は外に出て夕日が見える場所まで歩みを進めて

「…世界が変わっても、この輝きは変わらぬか…」

沈む夕日の光を一身に浴びて、感慨深く呟く

そのバーンの呟きを聞いて、ベルは不思議そうにバーンを見て

「バーン様は太陽が好きなんですか? お話だと悪魔や魔王って太陽とかが嫌いでしたけど?」

「そういう輩がいる事は否定しないが、余は違う…太陽とは素晴らしい力だ

例え勇者や魔王がどれだけの魔力を持っていたとしても、太陽だけは作り出す事は出来ぬ」

「そうなんですか?」

「少なくとも、余では無理だった…この世に存在する全ての命の源であり、力の源であるこの輝きだけは…誰にも作り出せぬのだ」

そのバーンの言葉を聞いて、ベルは『そうなんだー』と頷いて夕日を見る

バーンも沈みゆく夕日を、そのまま地平線に消えるまでずっと見つめる。

「…全てが未知の世界で、裸一貫でのやり直し…か」

その夕日の輝きに手を伸ばし、グっと掌を握り締める

見た目相応の老人の細腕ほどの力しか込められないが、それでもその光を手中に収めんと手を堅く握り

「――実に結構!それもまた一興!元より失った筈の命、惜しむ理由などないわ!」

その陽の光に向かって、大魔王は誓う。

――勇者よ!大魔道士よ!一時の間、そちらの世界と太陽は其方達に預けよう!!――

――余は確かに其方達に敗れた!全身全霊で挑み敗れた!――

――だが余は生きている!見知らぬ異世界で!ほぼ全ての力を失いながらも生きている!――

――大魔道士よ!其方は言ったな、例え結果が見えていようとも藻掻き抜いてやると!――

――例え残された時間が一瞬でも、閃光の様にあがいてやると!――

――ならば余もそれに倣おう!――

――もはや余には、全ての事が予想も想像もつかぬ!――

――我が肉体や鬼眼をも失った今、もはやこの躰はいつ朽ち果ててもおかしくないだろう!――

――まして余がいるのは未知の世界!如何に余とて異なる世界の渡り方など皆目検討がつかぬわ!――

――だからこそ、余も足掻こう!――

――残された時を、それこそ閃光の様に生き抜こう!――

――余は必ず嘗ての力以上の力を身につける!――

――余は必ず嘗ての魔王軍をも上回る軍団を結成してみせる!――

――そしてその時こそ!余は世界を渡り!其方達に勝利し!――

 

――太陽の輝きで魔界を照らしてみせよう!――

紅い夕日を全身に浴びながら、大魔王は新たな目標と誓をその胸に刻み込んだ。

 




文面だと格好良くバーン様は決めていますけど、外野から見れば孫に介護されてるおじいちゃんです(笑)
ちなみにベルくんがナチュラルに「バーン様」と読んでいる件ですが・・・そうですフラグです。
今回はバーン様視点が多かったですが、次回はベルくん視点の話になると思います。

最後にたくさんの感想ありがとうございます!感想は順々に返していきたいと思います!

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