そこはとある武器屋にある、とある応接室だった
黒塗りのテーブルを挟んで横長の革張りのソファーが一対並んでおり、その片方には長い白髪と顎鬚を生やしたエルフを思わせる老人が座っている。
自分のテーブルの前には、つい先程この店の店員らしき女性が淹れてくれた紅茶が湯気を立てている
茶葉の匂いは仄かに心地よく香り、一口飲めばそれは安物の粗茶でなく、上質の茶葉を独自にブレンドしたものだと解る。
また部屋に備えられた家具やインテリアは簡素なデザインでありながら、よくよく見ればそれは職人が手間暇を掛けて作り上げた一級品の品々だというのが解る
また部屋の壁には商売道具のシンボルとも言える剣や槍、鎧や盾が飾られている
こちらもやはり超が付くほどの一級品、少しでも戦いに身を置いた者がソレを見れば、その造りの見事さに感嘆と感動の息を吐くだろう。
技術は紛れもない本物
後は自分の希望する品を、相手が作ってくれるかどうかだ。
……この様な商談をするのも、かの『名工』と交わした時以来だな……
もう何十年前になるかは分からない、その出来事を思い出す
あの時はかの名工を自軍の軍団長として迎えたかったが、あの時の自分は失敗し、その名工は『勇者側』に着いた。
「……今思えば、あの時に彼奴の引き入れに成功していれば…余の勝利は確定していたな」
恐らく、自分はどこかで『武器』の力というのを過小評価していたのだろう
どんなに強力な武器でも、どんな強靭な鎧でも、己に勝てるはずがない
あの時自分は、心の片隅でそんな風に思っていたのだろう。
だが、実際にはそれが後に大きな誤りだった。
名工が勇者側についた事によって、勇者側の戦力は爆発的に増した
勇者メンバーはそれぞれが超一流の戦士であり、またその戦力を十二分に発揮できる武器を得た
また単純な戦力だけでなく、それによって勇者軍の士気がこれ以上ない程に高まった。
『――私は強靭な肉体と精神を持った者は、敵味方問わず尊敬する――』
『――諸君らの活躍は永久に心に留めておく事を約束しよう――』
その奮戦たるや、嘗ての自分の忠臣がそう評価する程だ。
それに勇者との最終決戦を考えても、やはり最後の決め手は武器だった
素手での戦闘なら『鬼眼』の力を解放した自分の方が優勢だった
最後の決め手になったのは、やはり勇者が持つ剣だった。
故に、この商談が今後の自分に深く大きく関わってくる…そう言っても過言ではないだろう。
「さて、後は余の交渉次第か」
自分が使える手札を思い浮かべながら、バーンは大凡の考えを纏め上げる
そして待つ事数分、ついにお目当ての神がそこにやってきた
紅いロングヘアーを後ろで纏め、顔の半分を隠す黒い大きな三角形の眼帯、しかし露わにされている顔のもう半分は『女神』と呼ぶに相応しい美しさを宿している
上半身は薄地の白いブラウス、下半身は黒いタントジーンズという簡素でボーイッシュな格好だが、不思議と様になっている
そしてその女神もまた、バーンの対面につく
「待たせたわね。ようこそ我が『ヘファイストス・ファミリア』へ
自己紹介は必要ないかもしれないけど、私がここの主神のヘファイストスよ」
「バーンという者だ。急な来訪でありながら、こうして商談の席を設けて頂いた其方の寛大な心遣いに感謝する」
「気にしなくて良いわよ。それに名指しでのオーダーメイドなんて、随分久しぶりだったしね」
「そうか、ならば早速商談の方に移らせて貰おうか」
よろしく、と微笑えんでヘファイストスは軽く一礼する
次いでバーンが予め渡され記入しておいた注文書を提示して、二人本格的な商談に入る
「作って欲しい得物は魔法使い用の杖で、希望する仕様・付加能力・特性は……へぇ、中々変わったモノを希望するのね」
「難しいかな?」
「問題ないわよ。素材も確かストックがあった筈だから、時間を貰えれば製作の方に特に問題ないわ」
作る分には問題ない、その言葉を聞いてバーンも納得が言った様に頷く
そしてヘファイストスは、見積もり用の書類を出してバーンに尋ねる。
「先ずは基本的な確認なんだけど、支払いの方は大丈夫かしら?
ここに来るまでにウチの子達の武器があったとおもうのだけれど、結構な額になるわよ?
ましてや私のオーダーメイドになる訳だから、『マスター・スミス』級の値段よりも一桁上の額は覚悟して貰うわよ?」
そちらの予算は?とヘファイストスが尋ねる
やはり商売事である以上、先ずは金関係を明確にさせるのは当然の事だろう。
「手持ちの現金は53万ヴァリス、蓄えを含めて約500万ヴァリス
後は魔石とドロップアイテムが少々…と、言った所かな?」
「……その魔石とドロップアイテムを見せて貰えるかしら?」
「勿論」
そう言って、バーンは袖の中から幾つかの魔石とドロップアイテムを取り出す
ヘファイストスはそれを一つずつ、丁寧に見て取って
「へえー、中々良い物持ってるじゃない。結構なレア物揃い…是非ともウチで買取りたい品もあるわね」
「別に構わぬよ。それで、金額の方は届きそうかな?」
「…そうね」
粗方の品定めを終わって、ヘファイストスは瞼を閉じて少しの間沈黙する
そして答えが出たのか、再びバーンに向き合って
「私が自信を持って推薦できる子を紹介してあげるわ、それでどうかしら?」
その答えとその言葉
神の答えは恐らく、その意味の通りという事だろう
「…フム、少々桁が足りなかったかな?」
「そうね。ざっと見積もっても、ここにあるアイテム・魔石の総額は大体200万ヴァリス…貴方の蓄えを含めても、出せる額は大体500万ヴァリスって所ね
私がオーダーメイドで作るとなると、あと桁が一つか二つ必要ね」
「…成程、少々安く考え過ぎていた…という事かな?」
「頭金・手付け金で受け取って、後はローン払いって言うのも可能だけど…何か身分証明できる物は?」
「生憎、今日初めてこの街に来たものでな。商会やギルド、ファミリアの登録や加盟は愚か…まだ今日の宿すら取っていないのが現状だ」
「なら、現状で取れる選択肢は二つね、一つは額に合った相応の武器を購入する。
もう一つは然るべき機関で身分証明書の類を発行して貰って、どこかの信用の置ける商会もしくはファミリアに所属してからのローン払いね」
バーンの出せる額と粗方の見積もりを考えながら、ヘファイストスはその二つの案を提示する
次いで改めてより現実的な案を提示する
「でもこれだけの額が出せるのなら、かなりのモノが用意出来るわよ?
ウチの子達の作品は、『第一級冒険者』にも受けが良くてファンも多いわ。ここのフロアの品は見たかしら?あれと同等の出来と品質を保証するわ」
「うむ、確かに。どれもこれも実に素晴らしい一品だった。この老耄が思わず惚れ惚れする様な業物が揃っておったわ
特に『ツバキ』という鍛冶師の作品は、正に至高の一品と言うに相応しい出来栄えだった」
「お褒めの言葉ありがとう。あの娘はどちらかというと刀剣類の方が専門だから、今回の話には不向きだけれど」
でもそうね、と…ヘファイストスは顎に手を当てて少し考えるような所作をした後に、再びバーンと向き合って
「貴方の出せる金額で、貴方の希望する品を作ってくれそうな子を何人か紹介出来るわ…それでどうかしら?」
現実的に考えれば、このヘファイストスの出した案はベターなモノだろう
客と店の両者の希望を間を取った折衷案、『ファミリア』の主神が推す以上腕前や技術には問題ないだろう
ならば、普通であればこの辺りで妥協するのが無難と言える。
――しかし
「それは無理な話だ」
バーンは一言で切って捨てる
「恐らく、其方の品以外では余の力に耐えられぬ」
その一言で、ヘファイストスは押し黙る
ある意味自分のファミリアや団員に対する侮蔑にも思える言葉だが、不思議とヘファイストスは怒りが沸いてこなかった
この老人は、自分に対して一切の嘘は言っていないからだ
先の賛辞の言葉も、今の言葉も、この老人の言葉に嘘はない。
「随分と私の事を買ってくれているのね、でも私が作った物は売り場には置いてなかった筈よ?」
「そこの展示品、一番左の白い両刃剣」
「………」
「あれは其方が作った物、もしくは先の『ツバキ』という者を遥かに越える技量の鍛冶師が作り上げた物とお見受けするが?」
そのバーンの言葉を聞いて、ヘファイストスの眼が細く鋭い光を帯びる。
壁に掛かっている、十本余りの展示用の武具
竜の首すら容易く断ち切れる様な戦斧、城壁すらも簡単に貫けそうな長槍
金剛石すら両断できそうな大剣、如何に強大な魔物も屠れそうな双剣
そんな至高の宝具が収められている額縁の片隅にソレはあった。
それは一見、簡素な造りの片手剣だった
他の物とは違って、特別な装飾や付加能力の魔石などもついていないシンプルな造りの剣
一見すれば、それは他の物よりも地味で目立たない剣だった。
「銘もヒエログリフも刻んでいないのに、何故そう思ったのかしら?」
「分かるから解った、としか答えられぬな。少々昔に『伝説の名工』と言われる者の傑作の数々を実際に目で見て、触れる機会があったのでな」
バーンが思い出すのは嘗て自分の下に献上された武具の数々、最終決戦の場で勇者一行が使用した傑作揃いの武具。
「優れた武具とはそれ自体が人を魅了し惹きつける、ある種の魅力、迫力、凄味、オーラを纏っている。生半可な武具では決して纏い得ない、『本物』の輝きを放っているものだ…そしてソレ等は鍛冶師の技量に比例して強くなっていくものだ」
「…見る目は確かな様ね」
「まあ、伊達に歳は食っていないという事だ」
感心した様にヘファイストスは呟く
バーンの言う通り、その一振りだけは自分が打ち鍛え上げた剣だったからだ
今までも何度かオーダーメイド希望の客をこの部屋に招いたが、ここまで自信をもってあっさりと見極められたのは初めてだった。
「ちょっと待ってね」
そう言ってヘファイストスは立ち上がり、展示品が飾られている大型の額縁の前に立つ
次いでシャツのポケットから小さな鍵を取り出して、カチャカチャと音を立てて額を開錠する。
そして展示品の中にある一本の杖を取り出して、バーンに見せつける。
「ウチの『最上級鍛冶師』が鍛え上げた、杖としてはこの店でも最上級の代物よ」
淡い紫光を纏う、白銀の杖
長さはバーンの身長よりも頭一つほど長い杖だ
先端部分には二又の槍の穂先の様になっていて、リング上に六つの魔法石が取り付けられている
ヘファイストスはそれをバーンに手渡して、バーンもそれをじっくりと観察する。
「――見事だ。余が『伝説の名工』を知る前に出会っていたら、一目惚れをしていただろうな」
「その杖には、貴方が希望していた付加能力の一つである『魔力を吸収して打撃や斬撃・貫通・防壁等に変換する』という特性があるわ」
「…ふむ」
「さっきの貴方の言葉、私の目の前で証明できるかしら?」
バーンの瞳を見据えながら、ヘファイストスは言う
『自分以外が作った武器では、耐えられない』、その言葉の真偽を見極めるためだ
ある種の『試し斬り』『試し撃ち』の様なものだ。
そしてヘファイストスの言葉を聞いて、バーンは薄く小さく笑い
「無論、構わぬ」
静かに宣言する
次いでバーンは杖の握りの感触を確かめ、くるくると回転させて数度重さや振り幅を確認する
「場所は変えなくてもいいのかな?」
「ただ魔力を込めるだけなら問題ないわ。こっちは仮にも『鍛冶の神』よ?実際に魔法をブっ放して貰わなくても、目の前で魔力を込めて貰えれば大体は見極めができるわ」
「成程」
片手で杖を握り、もう片方の手で軽く魔法石を撫でる
ヒュンヒュンと、軽く振った後にバーンは杖を構える。
「――では鍛冶神よ、活目せよ――」
次の瞬間、『ソレ』は生まれた。
「っ!!」
その瞬間、鍛冶神の前で『ソレ』は産声を上げた
六つの魔法石が目を眩ます程の光を放ち、杖全体が紫電を帯びる
杖の先端の穂先から、光の刃が生まれる。
その光に、輝きに、刃に、ヘファイストスの紅瞳がその光刃に釘付けになり縫い止められる
瞳が、心が、魂が、大魔王の刃に抗う事無く惹きつけられる。
実体の無い光でありながら、それは研ぎ澄まされた業物だった
魔力で生まれた刃でありながら、それは鍛え抜かれた名刀だった
それは自分が辿り着いた領域とは異なる、もう一つの鍛冶師の究極だった。
バーンが持つ杖はこの店では最上級の一品
だがしかし、それでも自分の作品と比べればランクは落ちる。
鍛冶の極致に至る為に研鑽と修練を重ねた自分の武具と比べれば、遥かに質は落ちる杖の筈だ。
――だが、今は違う
――バーンが持つ事によって、大魔王が使う事によって、ソレは生まれ変わる
――鍛冶神が永い研鑽と修練の果てに辿り着いた領域に、大魔王の刃があっさりと踏み込み侵す
「…ここまで、だな」
その声が響いて、光は収まり刃は消える
杖の穂先には細かな罅が入り、幾つかの魔法石は小さな亀裂が入っていた。
「これ程の武具だ。再起不能にするのは惜しい」
見せるべきものを見せて、バーンはヘファイストスに杖を返す
やや呆然としながらもヘファイストスは杖を受け取り、損傷具合を確認する。
「…今の、本気だった?」
「やや本気、と言った所か」
バーンの言葉、その通りに受け取れば全力はまだまだ出していない…という事だろう
魔力を込めただけで杖が限界を迎えたのだ、もしもあのままで『武具』として使用していたら…結果は見るまでもないだろう。
そしてもう一つ、ヘファイストスの目の前で起こった事
この僅か数十秒の時において…自分の武具に並び超え得る武具が存在していた
今の自分ですら届かない領域にまで届き得る、最強の刃が存在していた。
「余は嘗て、一人の鍛冶師を手中に収めようとした事がある」
目の前で起きた事実を噛み締めているヘファイストスに、バーンが語る。
「その者の作る武具と防具は、正に至高の傑作揃いだった。またその者は鍛冶師としてだけでなく、剣士としても最強と呼べる実力も兼ね揃えていた。神業にも迫るその技量に余は惚れ込み、我が城へと招いた」
思い出すのは、『伝説の名工』と呼ばれた一人の鍛冶師。
「余はその者が望む全てのモノを与えた。絢爛豪華な屋敷、忠実な従者、軍団長としての地位、極上の酒と女…余は凡そ全ての物をその者に与えた。惜しいとは思わなかった、その者を傍におけるのなら、それこそ世界の半分をも用意していたかもしれん」
「………」
「だが、奴は余の申し出を断った」
――やはり俺は、ここに来るべきではなかった――
――あの程度の物を最高と言われては、俺の究極の武器への探求は完全に途絶えてしまう――
――俺は、腐りたくない――
「後にもう一度同じ話を持ちかけたが…やはり答えは同じだった」
――俺も何百年か生きてきたが、お前の下にいた時が最も恵まれていた、最も裕福だった――
――だが、一番退屈で一番自分が腐っていくのが実感できた時だった――
――あんな日々は、二度と御免だ――
「愚かな男だと思った。最高の評価と最上の褒美を約束されながらソレを断り、愚かにも敗軍に付いていたその男を…余には到底理解できぬ事だった」
自分の下に居れば、最高の至福と暮らしが約束される、望む物は全て手に入り、何一つ不自由する事無く、最上の人生が約束される
その誘いを躊躇い無く断ったあの男を、当時は愚かな男と自分は評した。
「だが、今は違う」
――この数週間は短いが、本当に充実した日々だった――
――俺の今までの生涯に匹敵する輝きがあった…!――
「余の誘いを断ったあの男の言葉を、今なら理解する事が出来る」
勇者との最終決戦に破れ、自分は未知の異世界であるこの世界にやってきた
天界とも違い魔界とも地上界とも異なる、全く別の世界
幾千年の時を生きた自分ですら知らなかった、異なる世界
自分が知る世界とは、完全なる別世界に来て
自分が知る歴史とは、全く異なる歴史を知って
自分が知る常識とは、かけ離れた常識に触れて
最初は驚き、その次に疑い、次いで困惑し、同じように動揺し
――そして、興奮した。
自分が今まで知らなかった異世界に、そこに実際にやってきた事実に
バーンは童心の様に心臓を激しく高鳴らせ、どうしようもない程に気分が昂揚した
食い入る様に貪る様にこの世界の事を調べ、弟子の修行にかこつけてあらゆる場所を巡り歩いた。
そこには、新しい世界があった
そこには、未知の世界が広がっていた。
未知なる書物の頁を一枚捲る毎に期待で心が揺さぶられた
異界の地に足を運び、新しい風景と光景を見て魂が震えた
自分が今まで全く知る由もなかった新しい『何か』を知る度に、そこには大いなる刺激に溢れていた
あの大魔王宮に居た時では、決して知りえなかった世界がそこにあった。
「今の余は、彼の者と同じ探求者…故に、今ならあの者が何故余の誘いを断ったのか理解できる」
「………」
「己が道を行く探求者が真に欲するものは、金でも富でも地位でもない…彼奴等が真に欲するのは未知の世界、新たな世界だ。
今まで己が見てきた事、聞いた事、知った事、感じた事…それ等を打ち破ってくれる己の殻を打ち破ってくれる刺激、衝撃、感動だ。
常に新しい世界を求め、新しい刺激を受けて、己が糧として血肉に変えて、己が行く道をただ只管に強欲に貪欲に突き進む…それが探求の道だ。
こと創作の道、創作の探求ともなれば、その欲望は一際大きいものだろう」
「………」
「そして、それは其方も例外ではあるまい。神ヘファイストス?」
バーンの瞳とヘファイストスの瞳が交わる
バーンの言葉をヘファイストスは否定しない、バーンの言葉は創作に携わる者の性の様なモノ
そしてソレが、バーンが異世界の暮らしで知った事実だった。
「確かに今の余は、其方の言う金を用意する事は出来ぬ…だが今の余であるからこそ、其方に用意する事が出来るモノがある」
故に、バーンはそれを利用する。
「余ならば其方に提供できる。まだ其方が見ぬ世界を、未知なる刺激を、新しい衝撃を、其方が知らない新しい『何か』を…!」
道を究め己が探求を極めようとする者が、千金を持ってしてでも得たいモノをバーンは利用する
「余にはソレが出来る、その力の証明は先程してみせたつもりだ…もしもまだ不服だと言うのなら…」
そしてバーンは袖の中からソレを取り出す、白銀の光を放つ六体のチェスの駒
「前金代わりだ、しかと見よ」
駒が光輝く、目も眩む程の閃光がヘファイストスの紅瞳に入り込み思わず目を閉じる
数秒ほどして光が止み、ヘファイストスはゆっくりと目を開ける。
――そして
「なっ!!」
ヘファイストスが驚愕の声を上げる
目の前の光景に、突如現れた六体の白銀の騎士に、その眼が見開かれる
細身でありながら筋肉質の格闘家を思わせる『兵士』
身の丈300Cを優に超える、巨大な全身甲冑に身を包んだ『城兵』
全身が鋭利な刃によって構成されている『僧侶』
細身の体を軽鎧で包み、中型のランスを構えた馬面の『騎士』
白銀の外套を纏い、女性を思わせる端正な顔質の『女王』
そして、五体の騎士を束ねる存在である『王』
「……触っても?」
「構わぬ」
バーンの了承をとって、ヘファイストスは騎士の体を注意深く観察し、軽く触り手の甲で軽く叩く
「…この光沢にこの感触…アダマンタイトね」
「流石だな。そしてコレ等は余の魔力によって生まれた騎士達だ…まあ、一種の手品だな」
「…手品、ね」
そのバーンの言葉を聞いて、これ程の力でもまだこの老人の力の一端でしかない事を悟る
次いで改めて、このバーンという老人を見る。
見た目はエルフの老人だが、純粋なエルフとは何処か違和感がある…恐らくエルフ寄りの混血だろう
この迷宮都市に始めてきたという話だから、少なくとも『冒険者』ではない
ではこの力の正体は?先程の桁外れの出鱈目な魔力は?
仮に都市外に拠点を置く神の『恩恵』を受けていたとしても、オラリオ以外の場所では碌に『経験値』が溜まらない筈
そして何より、このバーンという老人からは…一切『恩恵』の力を感じない
つまりこの老人は、神の力や恩恵に頼らずにあの魔力や此等の魔法を得たという事
神として永い間存在しているヘファイストスでさえ、今まで知る事のなかったイレギュラーが目の前にいる。
「一つ質問を良いかしら?…貴方は、何者?」
「神に成り損ねた大魔王…と言った所かな」
「…大きく出たわね」
くすり、とヘファイストスは小さく笑う
桁違いの魔力と出鱈目な魔法を見せ付けられて、極め付けに大魔王と来たものだ。
故に、興味が沸いた。
もしも自分が精魂込めて打ち、鍛えた杖をこの『大魔王』が手にしたら…一体どうなるのか
その時自分は何を見るのか、何を思うのか、何を感じるのか、何を得るのか…それを確かめたくなった。
永い間に薄れつつあった『娯楽』と『刺激』を求める心が、燻り始めた瞬間だった。
「――OK、乗って上げるわ。大魔王サマの取引にね」
ニヤリ、と楽しげな笑みを浮かべてヘファイストスはバーンの申し出を了承する
そのヘファイストスの返事を聞いて、バーンも満足げに頷く。
「…だけど、この場合でも一種の分割払い…つまり、ローンを組む事になる訳よね?細かい部分は追々決めるとして…
頭金は貴方のお金からある程度貰うとして、残りの支払いはそれなりに長期に渡る訳だから…やっぱり何処かの商会かファミリアに属して、支払いの保証先を用意してもらう必要があるわ。後はまあ…事情が事情だから、極力外部や他人にこの事を漏らさない事」
「ふむ、やはり其処は避けらぬな」
「でも逆に言えば、ソレさえ満たせば今すぐにでも製作に取り掛かれる訳よ」
そこで再び、ヘファイストスはニヤリと笑う
先程とは違って、それは悪戯心が透けて見える子供の様な笑みを浮かべて
「確かさっきの話だと、どこのファミリアにも属していないのよね?」
「うむ、その通りだが?」
「――なら一人、貴方に紹介したい神がいるのだけれど――」
ギルド本部が存在するメインストリートである『冒険者通り』
その名が示す通り、冒険者を管理するギルドの本部がある事から、この街道は冒険者達が最も行き交う街道の一つである
またその冒険者たちをターゲットに定めた商売魂逞しい商人たちが店を構え、露店や移動販売等を行っているために、この街道の賑わいはオラリオでも屈指のものだった。
あらゆる人種、あらゆる者達が所狭しと行き交う雑多の中に…その男は居た。
男はこのオラリオの中でも、最も顔が知れ渡っている者の一人だった
クセのある白髪から覗かせる尖った耳、若さと野性味に溢れながら整った端正な美形と呼べる顔質、顔の左半分に刻まれた顳顬から顎下まで伸びるタトゥー
黒いアンダーウェアに黒いズボン、その上から纏っている白いジャケット、両手両足には白銀の徹甲とメタルブーツ
はだけたジャケットから見える体は鍛えられた胸筋と腹筋が見事な主張をしており、体は細身でありながら引き締め鍛えられている事が解る。
男の名はベート・ローガ。
この迷宮都市においても、数少ない『レベル5』に属する第一級冒険者であり
迷宮都市に数あるファミリアの中でも最強の一つに数えられる『ロキ・ファミリア』に所属する団員だった。
「……ちっ」
小さく舌打ちをする
ベートはその表情や雰囲気に不穏な気配を纏わせながら、人混みの中を歩く
人の洪水とも言える雑多の中、ベートの前だけは常に道が出来ていた。
第一級冒険者の中でも、ベートは特に好戦的な部類に入っていた
『狂狼』の二つ名を持ち、弱者を切り捨てる蔑ろにする発言や考えを常に周囲に言い放ち
純粋なまでの『実力至上主義』の第一級冒険者
そんな人物が不機嫌さを滲みませながら、人混みの中を歩く
意識してなのか無意識なのかは分からないが、自然と人が避けるのは当然とも言えた。
――事の起こりは、ほんの数十分前だった
そう遠くない内に行われるダンジョンへの『大規模遠征』の準備での事だった。
他の団員とちょっとした事から口論となり、ヒートアップし過ぎたのが原因だった
『思いやりがない』『弱者を顧みない傲慢な男』『仲間を何だと思っている』
最早お決まりとなった文句を、彼は嘲笑混じりで返し…今回は少々お互いに熱くなり過ぎたのが事の原因だ。
『少し外で頭を冷やして来い』
思い出すのは、自分のファミリアの中でも最古参のエルフの女
言う通りにするのは癪だが、それ以上その場にいてもイライラするだけだったので、こうして気分転換を兼ねて街を歩いている。
ベートは弱い者が嫌いだ
弱い者を擁護する者も等しく嫌いだ
別に弱い者全てが嫌いな訳ではない
だが『冒険者』である以上、弱くてはならない
ダンジョンという理不尽で不条理な場所に行く以上、弱くてはならない
どんな素晴らしい理想論を口にしようとも、どれだけ耳触りの良い事を言ったとしても
あの場所では、その全てが無意味だ
弱ければ死ぬ、至ってシンプルなルールだ…そしてソレが全てだ。
ソレを指摘して何が悪い?
確かにチームワークや連携は、ダンジョン攻略の上では必要不可欠だろう
その重要さは自分も重々理解している
だが『力不足』を指摘して何が悪い?『足手纏い』を指摘して何が悪い?
あの理不尽と不条理が溢れる空間で、いつも誰かが守ってくれると思っているのか?
あの理不尽と不条理がまかり通る空間で、いつも誰かが助けてくれると思っているのか?
仲間だからいつでもサポートできるのか?
信頼しているからいつも守れるのか? 同じファミリアだからいつも協力し合えるとでも思っているのか?
仲間だ信頼だの言うよりも、先ず必要なのは最低限の強さだろ?
いざともなれば、自分一人になっても生還できる最低限の実力だろ?
どんな理想論を掲げようとも、どんな綺麗事を並べようとも
それ等は全て『力』有ってのモノだろう?
それを指摘して何が悪い?
「……ちっ」
とは言って、もいつまでも宛てもなくブラブラしている訳にもいかない
適当な所でホームに戻ろう
ベートがそんな風に思い始めていた時だった。
――ベートの視界に、その老人が映りこんだのは。
「………」
見たままで判断すれば、エルフの老人
かなりの高齢の様だが、背筋はしっかりと伸びていてその足取りは力強い。
そしてお互いの進路方向は、対面するような直線上
どちらかが道を譲らなければ、正面からぶつかる事になるだろう。
「………」
ベートは特に気にしていなかった
別に自分は『年寄りを敬う』などの老人愛護という高尚な志は持っていない
いつもの様にあっちが勝手に避けていくだろう
そんな風に、歩みを止める事なくそのまま進み続けた
エルフの老人も、特に気にする事なく歩みを進めている。
「………」
「―――」
残す距離はもう十歩分もないだろう、既にお互いの顔が視認できる程の距離
ベートは構わずに歩みを進めて、次いで少し右に寄って老人と擦れ違う
そのままお互い何事もないままやり過ごし、ベートは変わらず歩みを進み続けて
――自分が今、何をしたのかに気付いた――
(……俺が、避けた?……)
思わず立ち止まる
(……俺が、道を譲った?……)
そのまま振り返る
既に老人の後ろ姿しか見えず、長い銀色を帯びた白髪が揺れているのが見えているだけだった。
ベートは、僅かばかりに疑問に思う
自分からあの老人に道を譲った事に対してではない
――まるで当たり前の様に、当然の事の様に、極当たり前な様に
何の疑問もなく、何の迷いもなく、何の躊躇いもなく、自然な動作であの老人に道を譲った事に、少しだけ疑問を感じた。
(……ま、気にする事でもねえか……)
だが、それだけだった
確かに少しばかり自分らしくない行動だったが、たまにはこんな事もあるだろう
そのまま特に気にする事なく、ベートもまた足を進めて人混みの中に消えていく。
――故に、この時ベートは知る由もなかった――
この一瞬のすれ違いが
この僅かな時の邂逅が
どこかの英雄を目指す少年の運命が大きく変わった様に
ベート・ローガの運命を大きく変えてしまう事を…まだ本人は気づいていなかった。
また更新に時間が掛かってしまった…(汗)
どうも作者です、前回の投稿から三週間ほど経っての投稿です。
色々見直したり書き直したりしている内に気が付けば三週間…えらい時間が掛かってしまった。次回からはもちっとスピーディーにやっていきたいと思います。
さて、今回はバーン様のターンです。
今回の内容は至ってシンプル、バーン様がヘファイストス様を口説いているだけです(笑)
感想でも多かった「お金大丈夫なの?」の作者なりに対する答えを書いてみました。
本文では少々端折っていますが、ヘファイストス様はある程度の金額はきちんと請求しております。本文では色々言っておりましたが、簡単に纏めるとバーン様がヘファイストス様に定期的に面白い物や刺激になる物を提供している間は料金が割引になる程度の認識でOKです。
そして、今回は更にもう一つ
作者の次の毒牙に掛かるであろう、もう一人の人物です。
ぶっちゃけこの人に関しては、ベルくんよりも先に扱いが決まっていました
――だってこの人、かなり魔王軍よりの人なんだもん(笑)
という訳で次回に続きます。