IS学園の中心で「ロマン」を叫んだ男   作:葉川柚介

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第10話「力技だ」

「作戦を説明する」

 

 俺達が御厄介になっている旅館の宴会用大座敷、風花の間に運び込まれた空中投影ディスプレイの光に照らされた千冬さんが厳かに口を開く。

 室内には千冬さんの他、インカムをつけて外部とやり取りしながら様々な測定・通信機器をせわしなく操作する臨海学校引率の先生方と、俺も含めた専用機持ち7人。

 中でもまだ詳しい事情を知らされていない俺達生徒はみな一様に千冬さんに注目し、事態を把握しようと努めていた。

 

「依頼主はIS学園上層部。目標は、ハワイ沖で試験稼働中だったアメリカ・イスラエル共同開発の第三世代型軍用IS、銀の福音――シルバリオ・ゴスペル――だ。制御下を離れて暴走状態に陥った当機への対処が、任務の主な内容になっている」

 

 淡々と簡潔に告げる千冬さんの言葉は聞いているだけでこちらの緊張感を増し、これが訓練ではなく本物の事件であり任務なのだと、言外に告げている。

 ちらりと見渡した各国代表候補生たる面々は真剣な表情で、作戦内容をかけらも聞き漏らすまいとする様子が見て取れた。

 

「監視空域離脱後に衛星で追跡した結果、福音は今から50分後にここから20キロ離れた空域を通過することが予想されている。そのため教員が学園の訓練機でこの海域及び空域を封鎖している間に、お前達専用機持ちにこの作戦の要である直接の戦闘を行ってもらう。……こんなところか。それでは、作戦会議を始める。意見のある者は挙手をしろ」

 

 そんな風にして、千冬さんがどこか聞き覚えのある口調で始めた作戦会議。

 おそらくこういう事態にも対応できる訓練をしっかりと積んでいるであろう代表候補生のセシリア達が積極的に発言し、一夏がそこはかとなくおろおろとしている中、俺の心にはある一つの感想が浮かんでいた。

 

 突如発生した軍用ISの暴走という、ひょっとしたら民間人の生活圏に深刻な被害をもたらしかねないこの事件に対し、こう思ったのだ。

 

(――マッチポンプ臭えぇーーーーーーーっ!?)

 

 シリアスな空気の中ごめんなさい。でも、割と本気でそうとしか思えない。

 

 IS学園の臨海学校が行われている日に暴走し、すぐ近くを通る軌道を取る軍用IS。これだけでも奇妙な偶然だというのに、しかもさらに今日はこの臨海学校に束さんが現れて、彼女の妹に専用機を与えたのだという。

 この情報を手に入れた者は、おそらく事件の当事者となったアメリカ、イスラエルを含め各国の軍首脳部なんかでも同じ結論に達していると思う。

 ぶっちゃけ原作でこの事件のくだりを読んだ時にも思ったのだが、こうして作戦会議に参加すると感じ取れるマッチポンプ臭は増すばかりであった。

 

 なんというか、俺も一夏も最近ではシャルロットも大好きな例のロボゲでよくある、騙して悪いがミッションと同系列の任務に思えてならないんだよね、これが。

 

「現在も福音は超音速で移動中だ。アプローチは一回が限度。そこで決める」

 

 そうこう考えているうちに、話がまとまって行く。

 さすがは軍事訓練も受けている代表候補生と、歴戦のIS学園教師陣。開示された福音のスペックと現在の状況から最適と思われる作戦を立案し、攻撃を担当するべき者もすぐさまはじき出されることとなる。

 超音速飛行に追従できる機動性と、わずかな接触時間で軍用機を撃破しうる高威力の両立が可能なIS。

 一斉に集った視線は一夏の元に。

 

 昔誘拐されたことがあるとはいえ、それ以外では特別荒事に関わることもなかった一夏がたじろぐのも当然のことであるが、自分にしかできないことをするのにためらうような一夏ではない。

 すぐに、作戦参加を承諾した。

 

 具体的な作戦内容は、超音速飛行中の福音自身に接敵できるほどの速度を持った機体で白式を接敵予想地点まで連れて行って零落白夜で叩き斬るという、ごく単純なもの。

 

 小難しいことなどできるはずもない一夏の訓練状況も考えればそれが最も妥当であり、そしてそれは俺にとって最も歯がゆい作戦だった。

 

 なにせ、俺のISは強羅。

 パワーと防御力ならば第三世代型にも負けない自信がある反面、機動力は第二世代型の中でも低い方であり、仮に高速戦闘パッケージを装備したとしても、他の高速戦闘パッケージを持つ第三世代型を差し置いて最高速度がマッハ2に迫る福音へのアプローチ役に選ばれる道理はない。

 

 そしてこの道理はそのまま、福音に一夏と箒が撃破されるのを止められないことを意味する。

 

 俺が強羅で出撃したからといって、確実に福音を倒すことができるとも、一夏達が怪我するのを止められるとも限らない。

 この一件が一夏と箒の成長のためには欠かせないものだから諦めろと囁く声と、見過ごすことしかできない自分をなじる心がぶつかり合うのは、どうにも度し難い息苦しさであった。

 

「待てぇい!」

 

 俺が内心で葛藤し、作戦がセシリアと一夏による接敵必殺に決まりかけた頃に天井裏から響く声。

 なんかさっきも似たような展開あった気がする、と誰しもが思いながら視線を上げると、天井ど真ん中の板が外れてそこから逆さに顔を出す人がいた。

 

「荒れ狂う翼が天を駆けるとき、大いなる真紅の稲妻が現れる。その強き光の前に、翼は力を失い、やがて墜ちる。人、それを『紅椿』と言う!」

「あ、あなたはっ!」

「貴様らに名乗る名前はない! とうっ!!」

 

 ……しかも、無駄な口上付きで。

 驚いた山田先生にまでお決まりの言葉を返し、勇ましい掛け声とは裏腹に可愛らしい動きでくるりんと一回転して床に降り立ったのは、さっきのカッコイイ口上がやたらと似合わないゆるゆる系一級危険美人、篠ノ之束さんである。

 

「ちーちゃんちーちゃん、困った時の束さんを忘れちゃだめだよ! こういうときは任せて! 私にいい考えがある!!」

「黙れ、出て行け、二度と来るな」

 

 千冬さん渾身の罵り三連撃であるが、その程度で怯むような束さんではない。

 むしろはぁはぁと妙に息を荒くしながら千冬さんに詰め寄り、いつの間にやらジャックしたらしき空間投影ディスプレイに紅椿のスペックデータを表示した。

 

「高速戦闘パッケージなんてなくても、紅椿ならちょちょいと展開装甲をいじればそれだけであら不思議! 超音速戦闘に対応できるようになるんだよ!」

 

 束さんの言葉を裏切ることなく、ディスプレイの中で装甲形状を変化させた紅椿のスペックは高機動戦闘に対応できるものとなり、比較のために表示された強襲用高機動パッケージを装備したブルーティアーズのデータを一部の機能では勝ってさえいた。

 同時にパッケージもなくこんなスペックを叩き出すことが本当にできるのかという疑問が湧いて出たが、それも一瞬のこと。きっと本当に可能であるに違いないと確信する。

 

 なぜなら、紅椿を作ったのはかつてISの開発をもって世界に存在したあらゆる兵器を凌駕してのけた篠ノ之束博士なのだから。

 こいつならやりかねない、というのがその場に居合わせた全ての人の偽らざる本音である。

 

「えっへん、展開装甲は第四世代型の装備だからね、このくらいチャラヘッチャラさ!」

「だ、第四世代!?」

 

 しかし、紅椿のスペックだけならまあ許せても、さすがに現在世界中で研究されているISの世代を一つ通り越していると言われては驚かずにいられない。

 さっきまで必死にそれぞれの仕事に集中していた先生たちまでもが束さんに振り返り、いらいらと腕を組む千冬さんは食いしばった歯を噛み砕かんばかりの様子であった。

 

「天才の束さんに言わせれば今さら第三世代型を作ってる世界なんて速さが足りないっ! んだよ。なにせ展開装甲第一号は白式の雪片弐型だからね! 展開装甲技術も束さんは既に5カ月くらい前に通過しているッッ!」

 

 次々と開かされる、場所によっては国家機密レベルの情報の数々。

 ここで知ったことを下手に口外すれば、一生遊んで暮らせるような報酬を得られるか、一生気の抜けない監視がつくかのどちらかだろうという嫌な不安がどうしても脳裏をよぎってしまうがどうしようもない。

 相手は天才にして天災。俺達のような凡人など、せめて早く飽きてどっか行ってくれないかなあと祈るしかできないのだ。

 

「え、雪片に……?」

「うん。それでよさげな感じだったから紅椿は全身を展開装甲にしてみたんだ~。いうなれば、白式がシナンジュで紅椿がユニコーンみたいな? 色は真逆だけど!」

 

 わーお、わかりやすい説明どうも。

 俺と一夏くらいにしか通じない例えだけど、言ってる内容自体は正確なもの。

 そしてそれはすなわち、紅椿の持つ力はさっき示されたスペック以上の物となる可能性があるということだ。

 

 示された可能性の大きさを理解しているのは、おそらくこの中でも束さんと俺と一夏、そして千冬さんくらい。

 はっきり言って事件を引き起こしたシルバリオ・ゴスペルよりも、今後の世界情勢的に考えればこっちの方が大問題なのは間違いない話しである。

 

 目の前の、昔からそれなりに知っているおねーさんがやはり只者ではないどころか完全なるジョーカーなのだという思いを新たにし、カタカタと震える俺をよそに話はどんどんと進んでいく。

 

 海での事件ということで白騎士事件を思い出した束さんがした発言を遮った千冬さんにより、この作戦が白式と紅椿での共同作戦として行われることが決定。

 決まってしまえばきびきびと動きだす者達ばかりが集まっているため、作戦会議の最中とも束さんの登場によるものともまた違った騒がしさが発生する。

 

 束さんは早速紅椿の調整に取り掛かり、移動型ラボなるものを起動して紅椿を弄っていた。

 

「ふふーん、すごいでしょまーくん。これが私の移動型ラボ、その名も『名前は無数にある――イッパイアッテナ――』なんだよ」

 

 なんか妙な名前を聞かされた気もするが、束さんの場合だと良くあることなので放っておこう。今はそれよりも、大事なことがある。

 

 シルバリオ・ゴスペルとの一戦目に俺が関われないのであれば、せめて一夏と箒の助けになってみせる。

 箒は束さんが紅椿の調整をしているから任せるとして、セシリア達と一緒に超高感度センサーのことを一夏に教えてやるとしよう。

 

「まず、超高感度ハイパーセンサーを使用したときですが……」

「世界がスローモーションに感じるのよ。最初だけなんだけどね」

「りっ、鈴さん!? わたくしが説明しているんですのよ!?」

「まあ、平たく言えばクロックアップみたいなもんだ。せいぜい天の道を行って総てを司ってこい」

「真宏さんまで!」

「なるほど、ナンバーズを回収できそうだな」

 

 勝手のわからない機材の運搬と設置は先生方に任せ、どやどやと一夏の周りに集まって超高感度ハイパーセンサーについての講義を始め、俺だけではなくセシリアも鈴もシャルロットもラウラも、山田先生まで一夏に即席で教え込んでいく。

 この作戦に実働要員として参加するのは一夏と箒だけである以上、俺達が二人の力になってやれるのは今この時だけしかない。

 そのことをみんな分かっているから、こうして必死に、それでいてどこかおどけた様子でいるのだろう。

 

 どうしても、二人に帰ってきてほしいから。

 その願いを託す方法なんて、他に考え付かないんだ。

 

「よう、箒」

「む……真宏か、どうした」

 

 作戦会議が終わった直後、旅館の廊下にて。

 俺は一夏と共に出撃せんとする箒に声をかけた。

 

 作戦が始まるまでの時間がないからあまり褒められたことではないのだが、せめて一言だけでも言葉を交わしておきたい。

 

「いやなに、せっかくだから激励にね」

「そうか、ありがとう。だが時間が無いのだ、手短に頼むぞ」

 

 箒の言葉は厳しいような突き放したようなものであるが、珍しく声が弾んでいる。

 無理もない。新型の専用機を手に入れ、一夏と共に強敵に挑むんだ。俺だってそんなシチュエーションになれば心が躍って仕方ないだろうと予想がつく。

 

 とはいえ、俺はそのことを危惧しているわけではない。

 箒は少々力に振り回されるきらいがあるが、それでも人として大切な守るべきものはしっかりとその胸の中に収めている子だ。

 小学校時代、俺や一夏と一緒になってスーパー戦隊に夢中になっていたのだから間違いない。

 

 だから俺は、いつもの俺らしく箒を元気づけてやるとしよう。

 

「ところで箒、今日が何月何日か覚えているか?」

「っ! ……七月七日だ」

「そう、つまりは箒の誕生日だよ。実に素晴らしい! ハッピーバースデー!! もちろん、誕生日プレゼントも用意してあるから期待していてくれ。――俺、この事件が終わったら箒にプレゼント渡すんだ……」

「待て、なぜこの状況でお前が死亡フラグを立てる!?」

 

 天頂高く太陽が昇りかけた空を見上げて遠い目をする俺に全力のツッコミを入れてくれる箒。

 思えば小学校の頃、まだ荒々しかった一夏が暴れようとする前に俺がしゃしゃり出て弄り倒し、そんな一夏が本気でキレる寸前で俺にツッコミを入れて止めてくれたのが箒だった。

 さすがに数年が経って色々あったせいもあってか、IS学園に入学してからはそういうやり取りともご無沙汰になっていたのだが、やはり箒は変わっていなかったらしい。

 

「なぁに、俺のフラグも危険も何もかも、箒と紅椿なら吹き飛ばしてくれるだろ?」

「また真宏の良くわからない理屈か。……だが、感謝はしておこう。少し落ち着いた。プレゼント、楽しみにしているぞ」

 

 どうやら、少しは箒のためになれたようだ。

 ツッコミで落ち着く15歳というのも乙女的にどうかと思うのだが、それが箒のいいところだと思うことにしておく。

 くるりと身を翻し、ポニーテールを揺らしながら姿勢よく歩いて行く箒の背を見送り俺は立ち尽くす。

 

 今度ばかりは、俺の知る未来が訪れて欲しくないものだ。

 

 

◇◆◇

 

 

『ミッション開始。まずは紅椿に乗って一気に距離を詰める。超高速戦だ、目を回すなよ』

 

 蒼空を超音速で飛翔する紅白一塊りの機影が、眼下に海と雲を眺めて目標とする地点へと針路を取る。

 あらかじめ指定されていた作戦開始時間となるのを待って、この作戦のオペレートを担当する千冬からミッション開始の指示が出たのを聞き、一夏と箒は自らにより一層の集中を課した。

 紅椿の推力に物を言わせ、イグニッション・ブースト以上の速度で砂浜を飛び立ってしばし。予想されている接敵ポイントへの距離が刻一刻と縮まっていくのを、一夏と箒の二人は緊張と共に感じ取っていた。

 

 展開装甲を高速戦闘用に調整した紅椿と、その背に乗ってブーストによるエネルギー消費の軽減に努める白式は、ISの搭乗者保護機能によって超音速飛行の負荷を体に感じることこそないが、それでも視界を流れる雲の速さから否応なしに自らの移動速度を感じ取る。

 本来ならばそれほどの高速移動中では自分の現在位置すらはっきりとは分からなくなってしまうところだが、紅椿が監視衛星とのリンクを構築したため、大洋のただなかにありながら敵の位置を知り、同時に旅館の司令部から通信を受け取ることができていた。

 

 幸いにして今日は晴天。

 ISのハイパーセンサーを持ってすればどのような天候であろうとも彼我の位置関係と周辺の地形状況を把握することは難しくないが、それでも肉眼で周囲を見渡せるというのは数少ないながらも安心材料となり、視界を遮らない程度に浮かぶいくつもの雲が瞬く間に背後へ流れて行く光景は敵にも味方にも有利な条件となるだろう、戦うには悪くない空模様であった。

 

「目標確認! 増速して接敵する。しっかりつかまっていろよ、一夏!」

「おう!!」

 

 接敵予想地点に近づき、福音を視認した箒は高速巡航状態からさらに加速し、一夏の間合いへと収めんとする。

 相手となるシルバリオ・ゴスペルは白いフルスキンの装甲に、頭から伸びる二本のウィングスラスターが特異な形状を形作るISだ。

 展開装甲のブースターが出力を増し、視界の中心に収めた福音以外のすべての物が加速に伴う視野狭窄によって排斥され、それに比して集中もまた高まって行く。

 

 お膳立ては箒が整えてくれるから、自分はただ刀を振るうだけ、難しいことはなにもないと言い聞かせる。

 いかに第三世代型の軍用ISであるとはいえ、零落白夜ならば届けば落とせるのは間違いない。

 一夏は自分の手の中にある必勝の剣を握りしめてすぐ、その時は待つまでもなく訪れた。

 

 超音速飛行状態にある福音以上の速度で迫り、さらに白式自身のイグニッション・ブーストも加えて加速。光の刃で福音の背のブースターを斬り裂かんとし。

 

――!

「なっ!?」

 

 福音は速度を変えずに体の向きを反転。装着者の顔が全く見えないバイザーが一夏を無感情に見つめてくる。

 

(――だけど、今さら止まれるか!)

 

 互いに超高速で移動していながら刀の間合いに相手を捕えることなど、そう何度もできるはずはない。

 ならばこのまま押し通すことこそが正解だと信じ、一夏は掲げた雪片を薙ぎ払った。

 

 しかし。

 

――敵機確認。シルバー・ベルにて迎撃を選択。稼働開始

「っやば!」

 

 突如聞こえた、ISの物と思しき機械音声。

 なんら色を持たないはずのその声色にはしかし、聞く者の肌を粟立てるほどの「敵意」が滲んでいた。

 

 憎しみも怒りも伴わない、鉄の臭いがするような無機質の敵意。

 どこか異質なその感覚に囚われた一夏はかつてないほどの脅威と危険を感じ、そのまま震えようとする体を無視して全力で雪片を振った。

 

「ぜえええええいっ!」

 

 だが迷いのある太刀筋は乱れ、遅い。

 零落白夜の光刃は揺らめくように体を翻した福音の装甲に届くことはなく、最高速度のまま突撃した一夏と福音の距離は再び離れて行く。

 

「箒、また仕掛ける!」

「了解した、援護は任せろ!」

 

 最初の攻撃は失敗したが、まだ機体に速度とエネルギーは残っている。福音をここから逃がさないためにもここは多少無理でも再攻撃をするべきだ。

 箒の紅椿は通常のブーストですらイグニッション・ブーストに匹敵する速度を出せるため、福音への牽制には十分以上の役割を果たせる。

 

 速度を殺さず、Gを無視して鋭い弧を描いた急旋回が福音と何度も交差し、時にブーストの高出力噴射で意表を突いた急接近を繰り返して両手の雨月と空裂を何度となく叩きつけ、何度回避されようとも食らいつく。

 そうしていれば福音は必然的に箒の対処に全神経を集中しなければならず、そのためにできた隙を狙って一夏が零落白夜を突きたてればこの作戦は成功するのだが、当たらない。

 

「このっ!」

 

 シルバリオ・ゴスペルというIS最大の特徴は頭部に備えたウィングスラスター。軍用の名は伊達ではないその出力と機動力は一夏と箒二人を相手にしてなお健在である。

 

 なにせ、ウィングスラスターの完成度が異常なほどに高い。

 箒のニ刀と一夏の零落白夜。いずれも避けやすくはない連撃であるというのに、最大速度へと達するの自体が早く、そして反応までのタイムラグすらほとんどないためどれほど追い詰めてもするりするりと避けられてしまう。

 

 ただそれだけならば大したことはない。たとえこれまで全ての攻撃を避けられようと、一夏と箒はその度にもう一度と思い、何度でも挑むだけの気概を持っている。

 

 それを許さないのは、一夏の手にある零落白夜。

 自身のシールドエネルギーを削って必勝の力に変えるその刃は必然的に戦闘時間をも喰らい、一振り逃す度に未来のもう一度のチャンスを失って行くのに等しい。

 

 その状況で焦るなというのが無理な話。

 一夏の動きは次第に当初の鋭さを欠いていき、それは致命的なまでの、隙となる。

 

「これは……!」

 

 稼働音すらなくウィングスラスターの表面が開く。

 それまで以上に翼を思わせるその変形はいっそ美しくすらある姿であったが、一夏が目を奪われたのはその装甲の奥、自分に向いてぽっかりと空いた穴。

 作戦会議で聞いた「広域殲滅を目的とした特殊射撃型」というフレーズが脳裏をよぎる。

 

 一夏は自分に向けられたいくつもの虚ろな空洞に破壊的な光が灯るのを見るより早く身をよじり回避機動に入る。

 そしてその瞬間、放たれた圧縮エネルギー弾のうち避けきれなかった半数以上が一夏の体を打ち据えた。

 

「ぐあっ!?」

「一夏!」

 

 羽の形をしたエネルギー弾はまさしく鳥の羽ばたきに合わせて舞い散る羽毛のごとく空間へとばらまかれ、ISの装甲に触れるそばから爆裂する。

 これこそがシルバリオ・ゴスペル最大の兵装、シルバー・ベル。

 他の武装は一つも持たず精度も決して高くはないが、それでも同時発射可能数と接触反応式の爆発作用。それらが合わさればまさしく全方位全距離対応の必殺兵器となりかねない。

 

「大丈夫だ! それより、挟み撃ちでいくぞ!」

「わかった、任せろ!!」

 

 この武器に対応するためには、二人で一つ所に固まっているわけにはいかない。

 それまで互いをフォローできる位置を取り続けていた箒と一夏は左右に散開し、相手に狙いをつけさせない複雑な回避機動で福音へと迫り、タイミングをずらして斬撃を繰り出した。

 しかして攻撃と回避に特化した福音の機動力と回避のマニューバは伊達ではなく、どうしてもあと一歩で有効打に至らない。

 

「一夏、私が動きを止める! その隙に討て!」

「……了解!!」

 

 零落白夜の連続使用によって、白式のシールドエネルギーはもうほとんどない。

 ましてこれまでの攻撃全てが届かなかった以上、取るべき策もまた底を突きかけた以上、ここは賭けに出るしかない。

 

 それこそが、捨て身の覚悟で相手の動きを止めての一撃である。

 

 危険は確かにあるが、それでも紅椿の性能と零落白夜ならばいける。

 二人でその思いを共有すればこその、最後のチャンスだ。

 

「はああああっ!」

 

 雨月と空裂の打突と斬撃によって生じたエネルギー刃が福音をかすめ、体ごとぶつかるようにしての斬閃断打が追い詰める。

 福音がウィングスラスターの精密な使用でどれほど逃げようとも、箒の紅椿は必死に食らいついて距離を離さず、展開装甲が攻撃に合わせて放つ光波も合わせれば福音をしてすらいよいよもって避けきれず、ついに防御行動を取らせた。

 

 交差した腕へと叩きつけた空裂が激しい火花を散らし、紅椿と福音の力が拮抗して、その動きを止める。

 

――よしっ、行ける!!

 

 それこそが二人の望んで勝ち得た瞬間。

 零落白夜を維持できるのは残り数秒と言えど、白式のスピードがあれば必ず届く。そして、届けば終わらせることができる。

 

 だがそれは福音も知るところであり、座して自らの終焉を待つようなことは暴走状態であってもありえない。

 

「Laaaaaaai――!」

 

 耳の奥まで突き刺さるように甲高い、歌のような機械音。

 人に不安と苛立ちを掻き立てるその音も、しかしISにとってはその名の通りの福音。

 シルバリオ・ゴスペルのウィングスラスターに備えられた36の砲口はその歌声に唱和せんと口を開き、雷電のごとき速度で全方位に無数のエネルギー弾を解き放つ。

 

「そんなもの……! 真宏のごとく押し通る!!」

 

 しかしてそれは同時に攻撃密度の低さをも意味している。

 箒は昔からの友人がしている通り、紅椿の防御を信じて被弾を最小限に抑えて肉薄し、両手の双刀で斬りつけた。

 一切怯まず弾幕を突き抜ける箒の姿は福音をして予想外であったか、反応はわずかに一瞬遅れて回避を選べず、防御するも受け切れずにこの戦闘で初めて吹き飛ばされる。

 

 それこそ先にも勝る絶好の好機。

 いかに福音のウィングスラスターといえど全力射撃直後に体勢を崩されてすぐさま復帰できる道理はなく、一夏と白式ならば仕留めきれる。

 

「うおおおおおおおおおおおっ!!」

 

 上空から箒を信じて福音への狙いを定めていた一夏は重力の加速とイグニッション・ブーストを合わせて福音へと迫り。

 

 零落白夜を振ることなく交差し、直下の海面へと向かっていた一発の光弾を切り裂いた。

 

「なっ、一夏!?」

「箒! 下に船がいる!!」

 

 箒は慎重に福音から距離を取りながらハイパーセンサーの知覚を一夏の示した方に向けると、確かに現地点のすぐ下を航行している漁船が見える。

 IS学園の教師たちが一帯に避難勧告を出した上で封鎖していることを考えればありえない話ではあるが、それでもまだ残っているということは、この海域を出ることを確認されるわけにはいかない、密漁船などの後ろ暗い物であるのは間違いない。

 

 この任務の中でわざわざ守る義理があるかどうかは知らないが、一夏はその船を守るために福音を無視し、そのため零落白夜がシールドエネルギーを食い尽して雪片が元の姿へと戻ってしまったのだ。

 

 零落白夜による一撃必殺を期していた当初の作戦は失敗。

 しかもこれまで福音への主たる攻撃を担当していた一夏はこの状況をチャンスとして見た福音からの反撃を受けかねない。

 

 だから箒は、一夏に叫んだ。

 

「馬鹿者! 早く上がってこい!」

「すまん! チャンスを生かせなくて……って、え?」

「一夏がそこにいては福音の狙った流れ弾が船の方に行くかもしれん! 少しでも射線をこちらに引きつけろ!!」

 

 叫ぶなり箒は再び福音へと立ち向かっていく。

 少しでも上を取ろうと遷移しながらの機動での連撃は鋭く、時折反撃で繰り出されるシルバー・ベルの射撃も紅椿のシールドに阻まれるか、上空へと打ち出されて消える。

 

 そしてその結果、ただの一発も海上の密漁船へは向かわない。

 

「零落白夜が使えなくともまだPICは生きているだろう! そこにいては下の船が危険だ!」

「……ああ、わかった!」

「今度は私が攻撃を仕掛ける! ……私は犯罪者どもにかける情けなど持ち合わせていないが、一夏がそういう性格だと言うのは知っている。だから、私がやってやる!」

「待て、紅椿のエネルギーは!?」

 

 それまでの機動からすれば止まっているとすら思えるほどの遅さで高度を上げた一夏を尻目に、箒は幾度も福音へと挑む。

 箒自身が身につけた剣の技と、ISというもの自体の開発者たる束が手ずから仕上げた紅椿の力が合わさり、専用機での初陣とは思えないほどの強さを以って福音と戦う箒であれば船がこれ以上危険にさらされることはないだろうが、一夏には一つの危惧がある。

 

 通常時ですらイグニッション・ブースト並かそれ以上の速度を出し、打突と斬撃が繰り出す攻性エネルギーがあり、展開装甲からすらエネルギー刃が飛び出て行くのだ。

 これまでに箒が使ったエネルギーはおそらく莫大な物であり、いかに第四世代型の機体といえどあとどれほど戦えるのか……。

 

 人のことを言えた義理ではないが、だからこそ一夏が感じた危険は当然のこと。

 たった一人で軍用ISに挑む箒が見せる勇気と力は決して悪い物ではないが、紅椿の操縦に慣熟していないためかその動きにはまだ無駄が多く、エネルギーの放出も多い。このままでは。

 

 そして、その恐れは、的中する。

 

「くっ、紅椿!?」

「箒!」

 

 ガクン、と箒の勢いが消えてしまう。

 驚愕の声とともに自身のISを見下ろした箒の目に、展開装甲を開いて眩いばかりにエネルギーを解き放っていた紅椿の装甲が次々と閉じて行く姿が映る。

 エネルギー残量が無くなり、展開装甲の戦闘形態を維持できなくなったのだ。

 

――!

「危ない!」

「しまっ……!」

 

 専用機を得た喜びか実戦の高揚か、はたまたそれら両方か。

 戦場に迷い込んだ眼下の船というイレギュラーも原因かもしれない。

 いずれにせよ、箒はほんの数秒エネルギー残量への注意を失って全力を出し、だからこそエネルギーが尽きるその瞬間は理解の外からやってきた。

 さっきまで紅椿が見せていた戦いぶりからすればエネルギー切れの反応は顕著で、その驚きも無理からぬことであったろうが、福音は機械であり戦闘者であるがゆえに頓着などしない。

 

 これまでの機動力が嘘のように鈍重な動きとなった紅椿に接近することなど福音にとってみれば無造作に一歩踏み出すことと変わらない。その腕にかき抱くような距離に、リミット・ダウンを起こし両手の双刀を維持できなくなった紅椿の全身をウィングスラスターで包み込んで、砲口を開く。

 

 36門のうちほとんど全てからの弾丸が、エネルギー切れで防御力の低下した今の箒に直撃すればどうなるか。

 

 そんなことは考えるまでもなくわかることであり、だから一夏は考えるより先に体が動いた。

 

「箒いいいいいいいっ!!」

 

 その手には、未だ手放さず持ち続けた雪片弐型。

 白式に残ったなけなしのエネルギーでイグニッション・ブーストと零落白夜の強制起動を成し遂げる。

 

 あそこまで密着されては、もはや箒と福音の間に割って入ろうとしても確実に間に合わない。

 一夏が今、箒を助けられる可能性があるとすればただ一つ。

紅椿と大差ないほどエネルギーが尽きた状態にある白式に放置できない危険があると、福音に思わせることのみ。

 

 一夏はその手に常からすればみすぼらしいほどに短く、ナイフほどの長さしかない光刃を宿した雪片弐型。

 だがそれでも全てのシールドを斬り裂く零落白夜であることに変わりはなく、福音は一夏に背中を向けながらもその脅威を感知した。

 

 結果、福音は箒をここで墜とすよりも背後に迫る危機を迎撃することを選択。

 

 零落白夜は福音の背中をわずかに削るだけで回避され、一夏は箒へと放たれるはずだったエネルギー弾をその身に受けた。

 

「ああああああああああああああああああああああああ!?」

 

 もはやシールドバリアは気休めにしかならない。

 秒の間すらおかずに着弾する爆発光弾の数は優に50を越え、その一つ一つが白式の装甲を砕き、衝撃が骨をきしませ、熱波が肌を焼き、そして。

 

「一夏!? 一夏ぁ!!」

 

 少女に悲痛な悲鳴を上げさせた。

 

 

 その後、一夏が必死に箒の頭を守るように抱えて海へ落ちて行く姿を、福音はただじっと見つめていたという。

 

 

◇◆◇

 

 

 小学二年生の年頃ともなれば、男女の別なしに良くも悪くも子供である。

 些細なきっかけで仲良くなっては毎日ともに遊んで笑い、またより小さなことが原因でケンカをする。

 与えられる知識や技術を驚くほどの速度で吸収しては成長し、時折それに反発したくなれば言いつけに背いて怠けることを学ぶ。

 

 そしてまたあるいは、友が増えることを純粋に喜び、一方それが男女の仲であるならば格好のからかいの的になりもするのである。

 

「おっ、今日は男女が木刀持ってないぞ! 今こそこの不届き者を仕留める絶好の機会!者ども出会え出会えい!」

「……あれは木刀ではない、竹刀だ」

「そう かんけいないね。男女には武器がお似合いって話なんだぜー!」

「……」

「なんだよ、喋り方も侍みたいだから合わせてやったのにだんまりかよ」

 

 三人の男子に囲まれた一人の女子。

 悪気があってかなくてかはやし立てる少年達に対し、少女は小学生離れした眼光で相手を睨み据えている。

 

 その少女の名こそ、篠ノ之箒である。

 

 だが加えてこの放課後の教室にはもう二人、誰もが掃除をさぼって遊びに行ったのも気にすることなく掃除を続ける男子がいた。

 うち一人が後に世界で最初の男性IS操縦者になる、織斑一夏であり、一夏は真面目に掃除している傍らでつまらないことをしている同級生に不快気な声をかける。

 

「お前らうっさい。そんなことしてる暇があるなら掃除手伝うか帰れよ」

「なんだよ、お前この男女の味方すんのかよ」

「あっ! 親分、わかりやしたぜ。あいつ男女のことが好きなんだ!」

「……ほほう」

 

 箒を取り囲む男子達のやり取りが小学生にしては妙におっさんくさいのだが、一夏と箒はそんなことを気にするどころではない。

 なにせただでさえ鬱陶しかった三人が、さっき箒を相手にしていた時以上につまらない材料を見つけてしまったのだ。

 箒はむっすりと押し黙り、一夏はますます苛立った。

 

「こりゃ面白いネタだぜ! バカ正直に掃除してる奴が男女のこと好きなんだぜ! おっもしれ……え!?」

 

 箒の中に、自分と一夏をからかってくる目の前の同級生をバカだと断じる心は確かにあるが、まだそれを自分の中だけに収めて穏便に済ませられるほど年を重ねてはいない。

 その結果が、日々鍛えられた腕で許せぬことを言った男子の胸倉を掴むという行動として現れたのだ。

 

「正直で真面目のどこかバカか。お前達のようなやつよりずっといい」

「……ははっ、なんだよお前達やっぱり夫婦かなんかかよ! やーい、夫婦夫婦ー!」

 

 胸倉を掴まれ、間近から箒の眼光を叩きつけられてなお軽口を叩く小学二年生男子の行動を、度胸と見るか無知と見るか。

 そのどちらによるものであったとしても、自身を掴む手を振り払った少年に対して箒と一夏の内心から沸き立つ怒りが減じるわけもなく、あと一言この男子達が何かを言えば激発するのは間違いない。

 

「なるほど! こいつがこの前男女のくせにリボンなんてしてたのはそのせいか! ははっ、笑っちま……うわっ!?」

 

 予想に違わず、幼い少年の軽い口はいい加減一夏の逆鱗に触れる言葉をこぼしてしまい、一夏は口を開くより先に相手を殴ろうと拳を振りかぶって、放つ。

 

 しかし激昂した一夏の振るう拳が顔面にたたきこまれるその寸前、少年の上半身は崩れるように落ちて難を逃れたのだ。

 

「なっ、何するんだよ、真宏!」

「何と言われても、見ての通りの膝カックンですが、何か?」

「何か、じゃねえええええええ!?」

 

 その原因は、いつの間にやら少年の後ろに回り込んで膝を蹴った、一夏と一緒に掃除を続けていたもう一人の男子たる神上真宏であった。

 いつものごとくニヤリと小学生離れした邪悪な笑みを浮かべ、尻もちをついた少年を見下ろしている。

 

「話は聞かせてもらった! 今のやり取りを総合するに、仲が良ければ夫婦になるということだな?」

「え……そうだったっけ?」

「なんか真宏が言うとそんな気もするし、騙されてるだけみたいな気もするし……」

 

 箒を取り囲んでいた三人が小学生と思えないほどおっさんくさいとするならば、この真宏は小学生どころか中学高校生にも思えないほど胡散臭いところがたまにある。

 無闇やたらと弁が立ち、それを利用して笑いを取ることもあれば、喧嘩をしそうになっているところに首を突っ込んでひっかきまわしてうやむやにしたりすることもある、良くわけのわからない奴と担任の教師にすら思われている。

 

 そんな真宏が、どういう気まぐれかこのケンカになりかねない状況に関わろうと思ったらしい。

 その表情と語る言葉の怪しさたるや、少年を殴ろうとした一夏が振るった拳をそのままに様子を見てしまうほどである。

 

「つまり仲が良ければみな夫婦。織斑と篠ノ之が夫婦というのなら……よっと」

「お、おう……ありがとう」

 

 一夏や箒と共に剣道を習い、体を鍛えている真宏ならば同級生一人を引き起こす程度のことなど造作もなく、片手でひょいと引っ張りざま、勢いがついて倒れかけた相手をもう片方の手で支える余裕すらあった。

 

 ただし、なぜか相手を途中で無駄にくるりと反転させ、手をまわして支えたのは背中側である。

 

 お姫様を抱きとめる王子様のようだ、と箒は思った。

 事実、ほとんど再び倒れかけた相手の背を支え、掴んだ手を高く掲げたその姿は劇の一幕のようであり、箒の連想した通りの光景だった。

 

 ……どちらも男子であるということを除けば、の話だが。

 

「こうやって、今助けてやった俺とお前も夫婦だな?」

「なにそれこわい」

 

 その時ゾクリと背筋に震えが走ったのはその場の全員。

 真宏に助け起こされた少年が反射的に片言で口走った言葉は、紛れもなく一夏と箒を含めた全員に共通の思いであった。

 

「や、ヤバい! また真宏が変なこと言いだしたぞ!」

「ひぃぃぃぃ、いつものことだけど巻き込まれないうちに逃げろ!」

「ちょっ、俺を置いていくな! なんか足が震えて上手く走れないんだよ!」

 

 その恐怖は同年代の女子一人に三人で寄ってたかるような男子程度に耐えられるものではないらしく、みな一目散に教室から逃げて行った。

 

 バタバタとランドセルを抱えて廊下を走っていく三人のいなくなった教室に、事態が良く飲み込めず呆然とする箒と、当たることなく振り抜かれたままの拳を持て余す一夏、そしてさっきまでと変わらぬ妙に満足げな笑みを浮かべる真宏が残った。

 

「はっはっは、撃退完了だ。……ちなみに、さっきの本心じゃないからね?」

「あ、ああ……わかっているぞ、神上」

「……邪魔すんなよ」

 

 助けてもらった、のだろうか。

 妙に気持ちの悪い動きでぐるりと首だけをこちらに向けて言う真宏のせいで今一つ実感がわかないが、それでも一応感謝の言葉を述べる箒と、拗ねたような顔をしている一夏。

 真宏の行動のあまりの突飛さばかりが目立ったために誰も気にしてはいなかったが、相手を殴ろうとして果たせずに空振ってしまうというのは、小学生の男の子にとって少々恥ずかしすぎることだ。

 

「まあそう言うなって織斑。確かにあいつらはヒドかったけど、だからって鍛えてるお前が殴るのは、ちょっとずるい」

「ずるくねーよ、向こうは三人もいたんだから。……それとも何か、一緒に鍛えてる神上なら殴ってもいいのかよ」

「いいともさ。……ただし殴れるもんなら、だけどね」

 

 ああそうかい、と返した一夏は真宏とにらみ合う。

 真宏の方はさっきまでと変わらぬへらへらとした笑い顔であるが、それでも瞳はしっかりと一夏に向けられているあたり、今の言葉は紛れもなく本気であるのだろう。

 二人は向き合ったままじりじりと足の位置を直し、重心を下げ、両手を最近習ったばかりの篠ノ之流における無手の型へと構えて静止。

 ゆっくり、ゆっくりと互いの距離を縮め、相手に向けた手と手が行き過ぎて間合いへと入る。

 

 その瞬間、二人の手が拳を形作って相手の顔面めがけて迸り。

 

「やめんかーーーーーーーーーー!!!」

「「げっふぅっ!?」」

 

 二人揃って、横から回り込んだ箒の貫手を脇腹に突き刺された。

 

「ぐおおおおお、ここまで腹が痛いのは暮れにガキ使見て爆笑して以来……ッ!」

「し、篠ノ之! お前何するんだっ!」

「そういうことはこんなところでやらずに道場でやれといつも言っているだろう、バカ共め。なんなら今日は二人まとめて相手になってやるぞ」

 

 腹を抱えてうずくまる二人を、両手の手刀を構えながら見下ろす箒。

 今の貫手からもわかる通り、いくら剣道をやっているといっても始めて一年程度の一夏と真宏では箒の実力に敵わない。

 だからこそ、これまでこの仲が良いのか悪いのかわからない二人が学校でもめ事を起こしそうになった時、二人まとめてしばいて止めるのは箒の役割だったのだ。

 

「くっそぉ……! 神上、今日の勝負はお預けだ! まずは篠ノ之を倒す! 俺が最初な!!」

「わかった、今日こそ篠ノ之から一本取るぜ! ……織斑がボコボコにされた後になぁ!!」

 

 さっきまでは本気で喧嘩する気でいたろうに、すぐこれだ。

 男同士の友人関係というのは女の子である箒には理解しがたくわけがわからないが、しかしそれでも目の前の二人はどうにも嫌いになれない。

 

 ひょっとすると、真宏はこうすることで一夏と自分を守ってくれたのだろうかという考えが一瞬脳裏をよぎり、すぐに忘れる。

 どちらにせよ、この二人が自分の大切な友人であり剣道仲間なことには変わりがないのだ。

 

「……箒だ」

「へ?」

「私の名前、いい加減に覚えて呼べ。家に帰ったら父も母も姉も篠ノ之なんだから、区別がつかないだろう」

「……いいぜ、箒。なら俺も織斑は二人いるから一夏って呼べよ」

「むう、なら俺も! 神上は一人しかいないけど俺も真宏で!」

 

 出会ってから一年が経過し、ようやく互いを名前で呼ぶようになった三人。

 今にして思えば一夏が誰かと喧嘩しそうになる度、真宏がどこからともなく現れてその矛先を真宏自身に向け、一夏の暴力が誰かを傷つけないようにしていたのではないかと思う。

 だから一夏はそれほど問題を起こすこともなく、楽しい日々を過ごすことができていたのだろうか。

 

 だがあの頃の箒はそんなことを考えもせず、一緒に家に帰って友人二人とともに竹刀を振るうのが、なによりも楽しく、好きだった。

 

 

◇◆◇

 

 

 スウ、と静かに障子が開いて閉じる。

 対福音戦の作戦室に使われている風花の間のすぐ隣、海から引きあげられた一夏が横たわる部屋からシャルロットが出てきた。

 部屋のすぐ前の中庭に面した廊下に、立つなり座りなりしてめいめいに不安げな顔をしていたセシリア、鈴、ラウラとそして俺の目がシャルロットに向けられ、撃墜され、収容された一夏を目にして以来の暗い表情が変わっていないのを見て溜息を吐く。

 

「一夏は……まだ?」

「うん、ISの致命領域対応の昏睡状態のままだったよ」

 

 シールドエネルギーが尽きかけた状態で福音のエネルギー弾をいくつも受けた一夏は、本来ならばその威力の前に命を落とすはずだった。

 それでもなお今もって生き永らえていられるのは、白式が操縦者を守る絶対防御の重度の使用である致命領域対応を行い、生命を維持されているからだ。

 この機能のおかげで本来ならば死に至るほどの重傷でありながらなんとか生きることができているが、同時にその生命はISと深くつながることとなり、白式のエネルギーが回復するまで一夏が目を覚ますことはない。

 

 俺たちは一夏と白式に負担をかけないよう交代で一人ずつ部屋を訪ね、その様子を見舞っている。

 ついさっき、シャルロットの前に俺も一夏の様子を見てきた。

 点滴を繋がれ、力なく布団に横たわる一夏の皮膚はところどころ焼けただれ、それでありながら苦痛に呻くことすらない姿からはおよそ生きている気配すら感じられず、まるで……。

 そこより先に思考を進めるのは止めにした。

 

 この状況が俺のせいだ、などと自惚れる気はない。

 俺と強羅ではあの作戦で有効な戦力になれたとは思えないし、そもそも「どうしてあの事件が起こったか」という裏の原因を考えれば、千冬さんが一夏と箒以外の参加を許すとは思えなかった。

 だがそれでも、こうなると知っていながら何もできなかった自分を、誰より自分自身が責めるのもまた止められない。

 

 一通り一夏を見舞った俺たちは、千冬さんに待機を命じられたためにこの場に集っていた。

 とてもではないが、控室として用意された部屋にこもっている気にはなれない。

 

 鈴は歯を食いしばっている。

 セシリアは力の限り自分の腕を掴んでいる。

 シャルロットは涙を堪えるために硬く目を閉じている。

 ラウラは見掛け上普段と変わらないが、きっと内心は一夏への心配と福音への対処が目まぐるしく渦を巻いているだろう。

 

 そして、一人室内から出ようとしない箒は、それら全てを自らに課していることだろう。

 

 さっき俺が部屋に入った時も、シャルロットが退室の際にちらとのぞいた時も、箒はじっと一夏の枕元で俯いていた。

 歯を食いしばり、拳を握り、涙をこらえて自責の念が脳裏で渦を巻いているだろうことは想像に難くない。

 今の箒は一夏のことで頭がいっぱいで、自分から立ちあがろうと考える余裕すらないだろう。

 

 福音との戦いの際、作戦室で戦況を窺っていた俺たちは、あの戦いで何があったかを大体のところは把握している。

 一夏と箒が封鎖海域内に残っていた密漁船を守るためにチャンスを逃してしまい、その後の戦闘でも福音には敵わずエネルギーが尽きたところでエネルギー弾の集中砲火を浴びそうになった箒を、一夏がかばった。

 

 箒が悪くないと言うことはできる。

 確かにエネルギー残量の見逃しというミスは単純なものであったが、専用機とはいえ慣れない機体を使っての初陣とは思えないほどの戦いを見せた後のことであるし、一夏と箒が注意を逸らす原因となってしまった密漁船を発見できなかった先生達も深く自分を責めているはずだ。

 

 でもその指摘が箒にとってなんの救いにもならないこともまた、わかりきっていることだ。

 自分の力と注意が足りなかったために目の前で一夏が墜ちた。

 その事実はなにより重く箒にのしかかって、そう簡単に振り払えるはずもない。

 

 もしも立ち直れるとすればそれは、箒自身が辛くても再び立ち上がろうと思った、そのときだけだ。

 

「――そうか、感謝する」

「……ラウラ?」

 

 誰ひとりとして何も言えない沈黙が旅館の明媚な中庭に満ちるなか、ラウラが久しぶりに口を開いた。

 唐突に、誰かと会話でもしていたかのように呟かれたその言葉に疑問を感じた俺たちが顔を上げ、ラウラを見る。

 最近は一夏と関わることで可愛い面も端々で見えるようになり、友達としての付き合いもあるラウラであったが、今の口調は紛れもなくIS学園に転入したての頃と変わらない軍人としてのものだったことに違和感を覚えたのだ。

 

「これから私が話すことは、聞いただけでも問題になるかもしれないことだ。……だが、どうか協力して欲しい」

 

 俺たちの視線を集めたラウラは、ただそうとだけ言って身を翻し、歩き出す。

 おそらく、いまISのプライベート・チャネルでどこかと交信した情報を俺達にも教えてくれようとしているが、それは作戦室に近いこの場で話すわけにはいかないことだろう。

 

 ……いや、おそらくなんて言うまでもない。

 さっきの軍人口調での会話と思しき言葉と、千冬さんたちに聞かれてはまずい話。各国の代表候補生ともあればそれらの事実からラウラの話そうとする内容を察せられないはずはなく、俺もまた予想はついている。

 福音の居場所が判明したんだ。

 

 俺達が互いに顔を見合わせたのはわずかに数秒。すぐに無理矢理ニヤリと笑って、廊下の角を曲がるラウラの小柄な背中を追いかけた。

 

 俺だって、原作を知っているとかいないとか、そんなこととは関係なしにみんなの仲間でいたいんだ。

 

 

◇◆◇

 

 

「箒、ちょっといいか」

「……ああ」

 

 一夏の隣を動こうとしなかった箒に真宏が声をかけたのは、部屋の時計が4時を指す頃であった。

 先に真宏が訪れた際は座りもせずしばらく一夏を見て、箒を見て、そのまま何も言わずに出て行った。

 そんな真宏が再びこの部屋を訪れ、今度は箒を誘ってきたのだ。

 拒否など、できるはずもない。

 

 IS学園において、一夏と最も親しいのが誰あろうこの神上真宏だ。

 一夏と出会った時期こそ箒と同じ小学生の頃であるが、家庭の事情で引っ越さねばならなかった箒や鈴と違い、小学校も中学校も同じところに通い、ずっと友人でいたのだという。

 ましてや例外を除けば男と会うことすらほぼありえないIS学園におけるたった二人の男子生徒。仲が良くなるのは当然のことだ。

 そしてそんな縁があるからか、よく一夏をからかいながらも真宏は一夏のことを親身に考え、一夏もまた真宏を信頼し、千冬にも一目置かれているのだと、箒は理解している。

 そんな真宏がさっきの訪問で一夏にも自分にも声をかけずにいたのは、やはり内心で自分にも劣らぬ葛藤があるからだろうかとも思う。

 

 部屋を出た真宏について歩き、旅館を出てしばらく。

 波音に気付いてあたりを見渡せば、いつの間にか砂浜を歩いていた。

 

 少し湿った砂を踏みしめて、そういえばと思いだす。

 一日目の自由時間はせっかく一夏に水着を見せるチャンスだったというのに、専用機を作ってくれただろう束が来ていることに加え、いざ新調した水着を着てみたらどうにも気恥しくて人前に出ることができなくて、砂浜に来なかった。

 夏休みが控えているからまだチャンスがあるとはいえ、せっかく一夏に見てもらおうと思ったあの水着を披露できないのは少々もったいない。

 

 それにひょっとしたら、もうあの水着を一夏に見せる機会はなくなってしまうかもしれない。

 

(っ! いかん、泣くな私!)

 

 不意に浮かんだその考えが、涙となってこぼれ落ちる。

 

 一夏がああして倒れたのは自分のせいなのだからそんな資格はないはずなのに、こうして一夏から離れて、二度と会えないかもしれないという考えにわずかな実感が伴った途端に堰を切ったように熱い涙が湧いて出た。

 

「ふぅっ……! く、……ぁあ!」

 

 口元を抑え、目をきつくつぶり、必死に泣くなと言い聞かせても、もう遅い。

 紅椿を手に入れて得た力ですら一夏を守れず、むしろかばわれてしまった無力感。

 血を流したせいで、ぞっとするほど冷たくなった一夏の皮膚の感触が思い出されて喉が引き攣れるような痛みを感じる。

 今自分を連れ出した真宏や、セシリア達戦闘に直接関わることすらできなかった友や千冬、先生達こそその心は自分よりもずっと強いだろうから、泣いてはいけないはずなのに。

 

 だが悲しかった。

 だが怖かった。

 

 一夏がいなくなってしまうかもしれないことが。

 一夏をああした福音が今も存在していることが。

 

 自分が専用機を望んだから、初めて使うのに自分は戦えるなどと考えてしまったから。

 ならばいっそ、もうISなど使わなければ……。

 

 これ以上は歩くこともできずに立ち止まった箒に合わせてか、いつの間にか真宏も歩みを止めていた。

 IS学園の制服に包んだ身を潮風が撫でるに任せ、水平線に視線を向けている。

 その姿は一見いつも通りのようであったが、今の箒には真宏もまた無力と嘆きを必死に抑えているのがわかる。

 ポケットの中へ無造作に入れられた手が震えているのは、おそらく拳を強く握りしめているからだろう。

 時に箒も感心するほどにピシリと筋が通って伸びた背からは、真宏の無念の思いが立ち上っているようにさえ見える。

 

「箒」

「……っ」

 

 一夏の眠る部屋から連れ出されて以来、真宏が初めて声をかける。

 その声色はいつもの明るい物ではなく、稀に……ごく稀に本気で語りかける時の声だった。

 

 真宏ならば箒が泣いていることになどとうに気付いているだろうから、今さら取りつくろう必要もない。

 せめて不様は晒すまいと覚悟を決め、制服の袖で涙を拭って滲んだ視界を開き、半身でこちらに視線を転じた真宏と正面から見つめ合う。

 

 そして真宏はゆっくりと口を開き、言った。

 

「その顔はなんだ」

 

「!」

「その目は! その涙はなんだ!! ……お前のその涙で、誰かを救うことができるのか」

 

 優しい言葉を期待したわけではない。

 叱責も仕方のないことだと覚悟していた。

 

 だから箒も怒りを覚えたわけではなく、真宏の言葉の中に隠された相手を奮い立たせようとする励ましの思いに触発されたのだろうと、後に振りかえって思うのだ。

 吸いこんだ涙の重さに垂れ下がったまなじりを吊り上げ、硬く引き結ばれた口を開き、箒は真宏に思いの丈をぶちまけた。

 

「ならばっ、どうしろというのだ! 相手の居場所もわからず、闇雲に探し出せというのか!?」

 

「居場所ならわかる」

「!?」

 

 激した箒にどこまでも冷静な声を届けたのは、いつの間にやら近くに来ていたラウラであった。

 その手に持った端末を素早く操作し、表示された周辺一帯の地図を示してくる。

 

「ドイツ軍の監視衛星を使い、ここから沖合30キロ地点の上空に静止しているシルバリオ・ゴスペルの機影を目視で確認した。……IS学園側は確認していないにも関わらずこちらが見つけられたのはおそらく、現在目標がステルスモードに入っているが、軍用ISならば搭載されているはずの光学迷彩が使えないようになっているからだろう。……お前と一夏の与えたダメージのお陰だ」

 

 地図には、確かに言われた通りの位置で胎児のように丸くなっている福音の映像がピックアップされていた。

 超音速移動をしているのでなければ、30キロという距離はISにしてみればそれほど離れた距離ではない。

 また、戦うことができる。

 

 理解が染み込むのと同時、心臓がとくんと一つ脈打った。

 凍えるように冷たくなっていた体に熱い血が再び流れるようなその感覚は胸からじわりと体全体に広がって行く。

 

 しかしまだ足りない。

 相手は、一夏と二人で挑んでも勝てなかった福音。たとえ真宏とラウラの協力があったとしても、勝てるかどうか。

 

「だ、だが私達三人だけでは福音には……」

 

「誰が三人だけだってのよ」

「鈴!」

 

 心に再びかかりかけた暗雲は、友の声が晴らしてくれた。

 振り向いた先には、自分の後に一夏の幼馴染になったという少女の姿。

 

「専用機持ちは、他にもいるんだよ。みんなパッケージのインストールも終わってるしね」

「シャルロット!」

 

「箒さん、これで涙をお拭きになって。……まったく、真宏さん。こういうときは殿方がレディーの涙を拭って差し上げるものでしてよ」

「セシリア……っ!」

 

 気付けば箒の周りには仲間がいた。

 自分のせいで一夏を傷つけたことなど気にした様子もない彼女らの目には、ラウラや真宏と同じ不屈の光がある。

 今度こそ、必ず勝って見せるという意志の色だ。

 

「なぁに、俺たちは『待機』を命じられたわけだからね、事態の変化にすぐ対応できるようISをあらかじめ起動して、そのうち学園も知るところになるだろう福音の近くで『待機』しておくだけさ」

「また出たわね、クラス代表対抗戦以来の真宏の屁理屈。それが通るとでも思ってるの?」

「通るわけはないさ、ただの予防線だよ。……っつーか、仮に通ったとしても確実にあとで千冬さんから大目玉を食らう。正直俺は福音に挑むことよりそっちの方が怖い」

「……こ、怖いですわ」

「ちょっ! そのことは考えないようにしてたんだから思い出させないでよね!?」

「あ、あはははは。……ごめん、本当に怖い」

「お前達、遺書は用意してあるか。私は書いてきた」

「ラウラ、すげー震えてるぞ」

 

 どこかおどけた様子のやり取りは、真宏を含めたこのメンバーでのいつものこと。

 ……さすがに話題が話題だけあって顔は多少引きつってもいるが、この調子ならば今度こそ驕りも油断もなしに福音へ挑むことができるのではないかと、そう思えた。

 

「……勝てるのか、福音に」

「当然。策ならある」

 

 だが最後にこれだけは確認する。

 たとえ専用機持ちがこれだけ集まろうとも、福音は無策で勝てるような相手では決してない。

 福音を倒せるほどの策は、その手にあるのか否か。二度とあんな思いをしないためにも、これだけは絶対に聞かねばならない。

 

 策の内容を聞こうと見つめる箒に対し、真宏は普段の底知れない表情からは想像できないほど真面目な顔をして、言った。

 

「――力技だ」

「……ははっ、結局お前は『そう』なのだな、真宏」

 

 帰ってきたのは望んだ答えではなかったが、とても「らしい」答えであった。

 これからすることは紛れもない無茶であり、危険も伴う。

 

 だがその危険もロマンと勇気で打ち砕くという、真宏が変わらず持ち続けた理屈に合わない信念が、箒にも他の仲間にも伝染ってしまったようだ。

 ――だがそんな今の心は、希望と信頼に溢れた悪くない気分だった。

 

「よう、箒。シルバリオ・ゴスペルを襲撃する。つきあわないか?」

「……当たり前だ!」

 

 差し出された真宏の手は、叩くような勢いで掴んでやった。

 

「当然、私も」

「軍用ISがなんだってのよ。進化の現実ってやつを教えてやるわ」

「ラファールのとっつきなら撃ち負けはしないよ。……当たればね」

「高機動空中戦闘なのですから、わたくしのブルーティアーズの力は必須ですわ」

 

 そして次々と友の手が重ねられる。

 掴んだ手にかかる力の強さはそのまま絆に変わり、一人の力を過信した自分の傲慢と、震えて縮こまっていたさっきまでの自分を洗い流してくれるようだった。

 

 重ねた手を離して夕焼けの海辺で一列に並んだ6人は、それぞれが待機状態のISへと触れた。

 既にラウラのシュヴァルツェア・レーゲンから、福音の位置情報はそれぞれのISへと伝達され、簡単ながら作戦会議も終わっている。

 

 あとは行って、勝つだけだ。

 

 

 さあ、今度こそ勝利を掴み取ろう。

 

「紅椿!」

「シュヴァルツェア・レーゲン!」

「甲龍!」

「ラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡ!」

「ブルー・ティアーズ!」

「強羅ァ!!」

 

 

「「「「「「――変身!!!」」」」」」

 

 

 ISの転送による量子光が収まるより早く飛び出した六つの機影は、目指す決戦の場へと、まっすぐに飛び立って行った。

 

 仲間とともに、今度こそ勝利を収めるために。


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