IS学園の中心で「ロマン」を叫んだ男   作:葉川柚介

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第12話「荒神」

 ザブザブ、と俺の体に波が打ち寄せる。

 穏やかな凪の時間であるとはいえ波というのは無くなるものではないし、まして今は大気を震わせ海を荒れさせるものが空にあるのだから、海面は時折激しい振動にうねっている。

 

『……おめでとう。一夏、箒』

 

 辛うじて作動しているPICで浮力を得てそんな波間に顔を出し、これまでにないほどボロボロになった装甲の強羅に包まれた俺は、福音と一夏達の戦いを遠くの空に見上げていた。

 

 セカンド・シフトした白式を引っ提げ絶妙のタイミングでやってきてくれた一夏と、その姿を見てワンオフ・アビリティーに覚醒した箒。

 俺の友にふさわしいロマンを体現してくれた二人に祝いの言葉を呟いて特等席でこの戦いを眺めながら、それでも俺は一つの危惧を捨てきれずにいた。

 

 俺の知る限り、紅椿のエネルギー供給と協力があればたとえ軍用ISたる福音を相手にしても、白式・雪羅が負ける道理は無い。

 

 だがそれでも、胸がざわつく。

 さっきまで福音が見せていた戦力は確かにその予想通りのもので、今の一夏と箒が揃った戦力に敵うとは思えない。

 事実として今も二人の連携は確実に福音を追い詰め、雪片と雪羅が何度となくエネルギー翼を切り裂いて散らしている。

 戦場には一夏と福音が描く白と銀の軌跡と紅椿が散らす赤金の粒子が舞い散り、零落白夜に斬り飛ばされて宙を舞う福音のエネルギー翼のなれの果てが散らばっている。

 その光景はまるで、夕暮れの海に舞い散る季節外れの雪のようですらあった。

 

 ……なんだと? 切り飛ばされたエネルギーが、滞留している?

 

『……! 一夏、箒!! まずいぞ!!!』

「え?」

 

 もし俺の抱いた危惧が事実であるなら最も危険なのは一夏と箒だが、俺と同じようにこの辺りの海を漂っているはずのセシリア達も同様に危険なはず。

 だから俺は、オープン・チャネルで声の限りに叫びを上げる。

 

 福音はこの戦いで生き残るため、あることをたくらんでいるかもしれない。

 もしも予想が当たっていれば間違いなく、俺達は再びピンチに陥れられる以上、なんとかしなければ。

 

 しかし、遅かった。

 

「なっ、福音の翼が!?」

「巨大化しただと!」

 

 ああ、やっぱりか、くそっ。

 

 その時福音が為したこと自体は、特別おかしなことではない。

 零落白夜によって斬り落とされ、辺りを漂っていたエネルギー翼の残滓。

 それを再び福音のエネルギー翼の一部として結集し、巨大な翼となしただけのこと。ただし、タイミングと規模が最悪だ。

 

――キアアアアアアアアアアアアッ

 

 その時響いたマシンボイスの高周波は、おそらく福音の咆哮であったに違いない。

 あれだけ激しい戦闘をした後でどこに溜め込んでいたのかと思うほどのエネルギーを一挙に放出し、福音は翼を広げる。

 

 さっきまで周囲を漂っていたエネルギーまで再結集して作り出された翼はウィングスラスターの形状と似ていたころよりもさらにさらに伸びていく。

 途中で複雑に枝分かれし、天使の羽を思わせる形状になったそのエネルギー翼は、優に直径50メートル以上。

 

 いっそ荘厳ですらあるその光景に目を奪われそうになるが、あれは福音の翼だ。

 それすなわち、あれだけの翼が全てエネルギー弾として射出可能なことを忘れちゃいけない。

 いや、忘れる心配は無いか。

 

 福音は、そんな暇を与えず攻撃に移ったのだから。

 

「うおわあああああ!?」

「くっ、この! なんだこの弾幕は!」

 

 文字通り一切の比喩なく全方位へと放たれる光の魔弾。

 翼の先から根元から場所を選ばず飛んでいく光弾は一夏と箒のすぐそばをかすめ、空中で爆発し、海面に着弾して熱へと変わって水蒸気を爆発的に吹き上げる。

 

 それだけの攻撃にさらされながら、一夏と箒はなんとか接近を試みるが、上手く行かない。

 雪羅に装備された零落白夜のシールドを展開して近づいても、ある一定以上まで近づくと、無作為に放たれる光弾の密度が増すことで高まる圧力に押し返されてしまい、無理を承知であっても近づくことすらできはしない。

 箒の絢爛舞踏があるからエネルギー切れの心配は無いが、今福音を倒すために必要なのはそれではない。

 

 徹底的に、圧倒的に、敵を斬り伏せる巨大な力。

 邪悪の矛先を全て受け、それでなお悲劇も嘆きも終わらせる、神のごとき力。

 

 今は、それが何より必要だ。

 

『……まったく、どこのシューティングのラスボスだっての』

 

 ざばり、と海水の中から右腕を持ちあげる。

 最初に古鉄の一撃をかました時に表面装甲が剥がれ、内部機構がむき出しになった腕を海水に浸してしまっていたが、ISはそもそも宇宙開発を目的として作られただけあってその程度のことでは機能に支障が出ないらしい。

 セルフチェックの結果は、問題なし。

 装甲剥離による防御力の著しい低下以外は、全ての機能が問題なく稼働できる、とある。

 

『……………………』

 

 その腕を、じっと見つめながら考える。

 福音との距離はかなり離れているが、それでも時折飛来する光弾の爆発が起こす波に揺られているのに、どうしてか心は静かで、落ち着いていた。

 

 できるか?

 ――できます!

 

『そうか。……ありがとな、強羅』

 

 自分の心の中で問いかけ、答えを得る。

 強羅はまだ戦いたいと願っている。

 中の俺も強羅自身も傷だらけでもうまともに動くことすらできないけれど、それでも仲間達を守るために戦いたいと。

 そのために、できることがあると。

 

 強羅がそう言っているのが、俺にははっきりわかるんだ。

 

『それじゃあ、行くとしよう。……一夏と箒と、そして福音も驚かせてやろうぜ』

 

 福音にボコボコにされてからしばらく時間が経過したことである程度修復されたPICを起動して、海面から浮かび上がる。

 

 通常時と比べてすら呆れるほどに遅い速度ではあるが、なんとか拡散した福音の弾幕を回避しながら上昇できる程度の出力はある。

 ふらりふらりと、時折強い風に吹かれてよろめいたりもしながら、いつもからすれば見る影もなくボロボロになった前面装甲と腕を抱え、体のあちこちから響いてくる痛みを無視して、俺は強羅で空へと上がっていった。

 

 

『まあ、こんなところかな』

 

 現在高度、海抜100メートルほど。

 ちょうど福音と同じ程度の高さであり、福音を挟んで一夏と箒が戦っている空域の真逆にあたる。

 お陰で攻撃の密度は低く、今の強羅の低い機動性でもなんとか被弾せずに済んでいる。

 相変わらず福音はわけのわからない量のエネルギーを光弾として破壊的にぶちまけ続け、一夏達の接近も、雪羅に装備された荷電粒子砲の射撃すら寄せ付けない圧倒的な攻撃圏を維持している。

 

 おそらく、あの光弾の雨あられを貫いて攻撃を加える手段があるとすれば、あらゆるエネルギーを無に返す零落白夜のみ。

 だが今の一夏と箒だけでは攻撃を届かせることができず、じり貧になりかけている。

 

 正直なところ、今から俺がすることが事態を打開する策になるという自信はあまりない。

 俺が言うのもなんだが荒唐無稽に過ぎる上、成功するかどうかわからないどころか、ISにそんなことができるという話を聞いたことすらないからだ。

 

 だが、それでも不思議と確信がある。

 

 強羅ができると言ってくれた気がするし、何よりこのシチュエーション。

 

 強大な敵。

 次々倒れる仲間。

 ピンチに颯爽と登場する、パワーアップした主人公。

 

 今回は主人公の親友ポジションにすぎない俺はもうまともに戦うことはできないけれど、手はある。

 さっきまでの戦闘では主にサブジェネレータのエネルギーを使っていたから、ダメージによって本体機能が低下している代わりにメインとなるエネルギーはほとんどが残っている強羅。

 それこそが、この戦いを勝利に導くカギとなる。

 

 ――きっと、「アレ」ができるはずだ。

 

 そう思うと、ふつふつと心に熱い何かが湧きあがってくる。

 俺は、一夏だけでなく俺までもがISを使えると知って、日本政府からの専用機提供を断ってまで強羅を相棒に選んだ。

 そして強羅と共にロケットパンチやドリルやビームといったロマンに溢れる装備を使い、世界に男のロマンを示し続けてきたつもりだ。

 

 だがISの形状とサイズを考えるに、それらの中でも屈指のロマンを誇る「アレ」だけはできないと半ばあきらめていた。

 

 だが、できる。

 できるのだ。

 

 きっと今この時だけは、俺と、強羅と。一夏と、白式が。

 必ず夢をかなえてくれる。

 だから。

 

『さあ、行くぞ。強羅』

 

 かつてセシリアを相手に、初めて強羅と一緒に戦ったあの日のごとく、腕を高々と天に掲げた。

 ドクン、と強羅のコアが脈動したのを感じる。

 全身あますところなく、コアから装甲から全てのエネルギーを右手に込めるため、強羅自身がその身を奮い立たせているのだろう。

 

 俺はそれに逆らうことなく念じる。

 たくさん、たくさんエネルギーを込めろ、と。

 

 強羅の右手に集まるかつてない量のエネルギーが渦を巻き、全身の装甲がリミット・ダウンを起こして消えて行く。

 だがそれでもなおエネルギーの集中を続け、足の、腰の、胸の、頭の装甲が消え、ついには右腕以外全ての装甲が姿を消してもさらにエネルギーを注ぎ込む。

 

――!

「やっと気付いたか、福音。……だが、手遅れだ」

 

 それと同時、強羅のハイパーセンサーが捉える福音の肩がピクリと動き、突如こちらへの攻撃密度が増した。

 既に強羅の右腕は有り余るエネルギーで引きはがされた装甲すら復元し、それでもなお抑えきれないエネルギーの大きさに光を放っている。

 

 辛うじて体を包んでいるPICが俺を空中に留めてくれているが、補助動力分のエネルギーすら右腕に込めた今の状態では普段軽々と振るっている強羅の腕がやけに重い。

 

 だが、これから起こることを考えればその重さすらいっそ心地よく、悪くない感触だった。

 

 はるか彼方の福音をこの場所から思いっきりぶんなぐる気で右手を引き絞り、こちらへと差し向ける光弾の量を増やしたことにかまいもせず。

 

 俺は、放つ。

 

「いぃぃっけええええええええええええええぇぇぇっ!!!」

 

 振り抜いた拳の先、一瞬で音速を越えた右腕は、光り輝く軌跡を残して一直線に福音へと向かって行った。

 しかし、最後に残った強羅の装甲をも射出してしまった俺にその行く末を見届ける術は無く、PICの力を失って真下の海面へ向かってまっすぐに落下していく。

 

 ISを使っているときはほとんど意識に上らない重力の強さを感じながら、俺はふと思った。

 

――ひょっとして今朝束さんが言っていたのはこのことだったんだろうか、と。

 

 

◇◆◇

 

 

 福音がその脅威を感じ取ったのは、既に強羅の拳が自分のすぐ背後まで迫ってからだった。

 

 最初から、良くわからなかった敵。

 

 ハイパーセンサーの情報を解析した結果、最初に自分を襲撃してきた6機のISの中で最も性能が低いと判断された機体、強羅。

 であるにもかかわらず、バカげた威力の武装で自分に深手を負わせ、至近距離からのシルバー・ベルの直撃にも耐えてブースターをミサイルのように使ってみせた第二世代機。

 福音の中のデータに沿って考えれば最も脅威が低いはずの敵でありながら、自分に与えたダメージは最も多い。

 もちろんこちらが与えたダメージはそれ以上であろうが、しかし今こうして背後から自分を狙い、またしてもバカげた威力の攻撃で再び自分を危機にさらしたのは、あのISだ。

 

 もう、我慢がならない。

 

 福音は背を向けたままハイパーセンサーで拳が十分に近づいているのを確認。

 相手が必殺の意思を込めたであろう拳は過剰なほどのエネルギーを取りこんでいるため、もしも直撃すれば自分とてただでは済まないだろう。

 目の前で今もこちらへの攻撃機会を窺っている二機のISですらできなかったほどの接近を成し遂げただけでもその威力はわかるというもので、見過ごすわけにはいかない。

 

 だから福音は、着弾の寸前、踵からのエネルギー噴出で光の翼を伸ばす頭部を支点として伸身宙返り。

 瞬時に上下逆さの体勢へと入れ替わることによって、ごくあっさりと避けてみせた。

 

 いかに強力な攻撃とはいえ、ハイパーセンサーを搭載したISの反応速度を持ってすればただまっすぐにしか進まない単発の飛翔体を回避するなどたやすいこと。

 目標を失った強羅の腕部は虚しくさっきまで福音がいた空間を穿ち、搭乗者から離れて展開状態を維持できなくなっているせいか、誘導され反転する様子もなくそのまま飛んで行った。

 

 だが福音はまだ終わらせるつもりが無い。

 さんざん自分をこけにしてくれた敵に、今度こそトドメを刺す。

 

 上下逆さになった視界のまま、遥か遠くを落下していく生身の強羅操縦者を光弾で打ち据えるべくハイパーセンサーの感度を上げ、視野狭窄にも似た感覚を残して対象へと注目し。

 

「……避けてくれて、ありがとよ」

――!?!?!?

 

 その言葉を聴覚が拾うと同時、福音のコアに言い知れぬ恐怖が走った。

 

 福音は再び踵からのエネルギー噴射で即座に二度目の反転。

 海面へと落下を続ける強羅の操縦者のことなど忘れ、さっき自分を狙っていた腕を――自分が避けることを前提として放たれた腕を――視線で追った。

 

 強羅の腕は収めきれないエネルギーを粒子状にこぼしながら福音の弾幕圏内を飛び続け、搭乗者から離れたことで腕自体の展開を維持できなくなりリミット・ダウンを起こしている。

 

 装甲の端から瞬く間に光へと還って行きながらもただひたすらまっすぐに飛び続け、その全てが光となったとき。

 

 その拳の中に握りこまれていた、強羅の待機形態であるベルトバックルに全てのエネルギーが取りこまれ、真宏が狙った本当の相手である、一夏の腕に受けとめられた。

 

 

 一夏は、呆然とその手の中に収められたバックルを見る。

 これは自分も見慣れた親友のISそのもの。

 IS学園に入学して専用機を受領し、子供のころから誰よりヒーローに憧れていた真宏が嬉しそうにベルトに装着して見せてくれた日のことは、はっきりと覚えている。

 

 とても大切で、最高の相棒だと友が認めたISが、この手の中にある。

 強羅も真宏自身もボロボロの状態で無理して空へと舞い上がり、全てのエネルギーを込めてこの手に託してくれた、ISが。

 

 ざわざわと落ち着かない心は、自分の物なのか白式のものなのか、それともこの手の中で溢れるエネルギーを優しい色の光でこぼす強羅のものなのか。

 

 一夏にそれはわからないが、だが一つだけはっきりしていることがある。

 

「……ありがとう。強羅、……真宏」

 

 これはすなわち、友からの信頼の証。

 最高の相棒を預けて、目の前の敵に勝てと言ってくれているのだ。

 

「一夏、それは……」

「大丈夫だ、箒。……ちょっと、行ってくる」

「……わかった。だが餞別くらいは受け取れ」

 

 そう言って箒が合わせてきた手から再びエネルギーが供給され、再び白式のエネルギーが回復するのを感じ取る。

 さっき、強羅の腕が自分の元へと届くのを慌てて確認したことからして、福音はどうやらこちらに気付き、そして恐れているらしい。

 

 目の前に投影されたディスプレイには、ロックオンされたことを伝えるアイコンが点滅し、けたたましい警告音をがなり立てる。

 これまでの無差別な攻撃を行っていたのと違い、確実に、少しでも早くこちらを倒そうとしているのだろう。

 実際に、さっきよりも自分の周囲で光弾の収束度が上がっているようだ。

 だが一夏の心は平然として揺るがない。

 

 なぜなら。

 

「行くぞ、白式、強羅。……真宏」

 

 この手には、無敵の力が宿っているのだから。

 

 溢れる光そのものとなったようにすら見える強羅バックルを天へと掲げ、きっと真宏も望んでいるだろう、この言葉を叫ばねばならない。

 

「さあ、良く見ろよ福音。これが俺と真宏と、そして全ての男子の憧れ。――男のロマン」

 

 さあ、天も地も海も聞け。

 これが、俺たちの。

 

 

「――合体!!!」

 

 

◇◆◇

 

 

「まったく、真宏は無茶しすぎだよ!」

「……いやあ、面目ない」

 

 福音からかなりの距離を取った、海面すれすれの低高度。

 ぶらりと垂れさがった足に時折波が触る程度の高さで、俺はシャルロットにお姫様だっこ状態で抱えられていた。

 

 強羅を手放してしまったことでPICが効かなくなって落下し、あと少しで海面に激突するという寸前でラウラのAICに止められ、降り注ぐ流れ弾をシールドで弾くシャルロットに助けられ、安全圏まで連れてきてもらった。

 

「戦場でISを手放して無防備になる奴なんて、初めて見たわよ」

「わたくしとしましては微妙にトラウマを刺激される技でしたけど……一体どうして今?」

「まったくだ。死にたいのか、貴様は」

 

 そして、周りには集まってきた鈴とセシリアとラウラ。

 一度は福音に撃墜されたが、その程度で再起不能になるような彼女らではない。

 ISの修復を進めながら反撃の機会を狙い、そんな最中に落下してきた俺を助けてくれた次第であり、しばらくは頭が上がりそうにない。

 

「死にたくもないし、意味もある行動さ。……ほら、見てみろ」

「見ろって……あれは!?」

 

 ふらふらと動きが定まらないが、それでもなんとか指差した先、一夏のいる空域。

 

 そこには、眩い光を放つ神がいた。

 

 強羅を一夏に託した俺は、もうハイパーセンサーを使える道理もない。

 だからその姿が生身の視力で見えたはずは無いのだが、それでもくっきりと見える。

 

 呆然とした様子で射撃を止めた福音の向こう側、大きく広げられた光の翼の向こうに一夏の姿。

 セカンド・シフトを成し遂げ、雪羅を装備した白式を纏っているはずのその姿はしかし、さっきまでとは違っていた。

 

 白式の特徴である流線形の白い手甲に覆われているはずの右腕が、強羅のものと同じ直線形状の四角い前腕装甲に変化し、その手には以前のVTシステム戦で姿を見せた巨大雪片が握られている。

 背部に浮かぶアンロックユニットにはファイヤーラインが走り、エネルギー射出口がさらに巨大化して、さらなる出力上昇を窺わせる形状。

 高機動型であるために決して厚くないはずの胸部装甲部分にはこの場の誰もが良く知る強羅のブレストアーマーが装着されることにより、白式の印象を大きく変えている。

 

 そして何より目を引くのは、一夏の頭を覆う兜。

 強羅のそれと違って顔が見えるようになっているその兜は、無骨で雄々しい形状をそのままに額から一本、強羅の複合ブレードアンテナを束ねた金色の角が伸びているのが何よりの特徴だった。

 まるで伝説に謳われる聖獣、ユニコーンのように。

 

――そう、これこそ白式にして強羅たる、新たな姿。

 

 俺が託した全てのエネルギーを込めた強羅と、一夏の愛機たる白式が一つとなった、今この瞬間においては間違いなく無敵のISだ。

 

「天空に轟き、大地を唸らせ、海原を引き裂くその勇姿。……見せてやれ、一夏」

 

「あれが……」

「白式と、強羅の」

「合体した、姿」

「その、名は」

 

 

「……燃え立つロマンは正義の証。滾る力は仲間のために! ――友情合体!!」

 

 

「白式――荒神!!!」

 

 

◇◆◇

 

 

――……!

 

 福音のコアに、機体のセンサーから続々と情報が寄せられる。

 それらは戦術判断を行う内蔵システムによって分析され、瞬く間に敵の脅威の度合いをはじき出す。

 

 目の前に対峙する一機のIS。

 一度は自分が撃墜し、今再び立ち塞がりはしたものの、決して倒せぬ相手ではないと判断された相手に、今の福音はそれまでと違った心を抱いていた。

 戦術判断システムの結果を待つまでもなく、その違和感の正体ははっきりとわかる。

 

 さっきまでのダメージなど既にかけらも見えない装甲。

 全身どこにも無駄な力が入ることなく、その手に自然体で握る巨大な刀。

 異様な装備を持ち、倒れてもなお自分に向かってきたISに似た胸部装甲と兜。

 

 その姿と、光学的に観測できるほどの密度を持ってオーラのように輝き周囲を漂う莫大なエネルギー。

 戦術判断システムの弾きだした結論は、「脅威甚大・全力退避」。

 

 だが、福音はその結論に従うことはできない。

 

 怖いのだ。

 目の前に存在するこのISが、その操縦者が、自分を見ていることがどうしようもなく恐ろしかった。

 

――キアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!

 

 それまで以上の出力で空へと響き渡る福音のマシンボイス。

 悲鳴にも似たその声で、いまなお空を隔てるように広げられたままだった巨大な光の翼の隅々まで自らの命令を伝える。

 

 曰く、敵を倒せ。

 

 銀に輝く翼は、主に対し従順にして強力。

 白式・荒神の前面、あらゆる方向から回避不能な速度と密度で殺到し、回避も防御もせずじっと福音を見つめていた一夏へと着弾。

 次弾が届くまでには四半秒とかからず数百数千の光弾が命中し、爆発の光と残留エネルギーが一夏の姿を覆い隠す。

 

 相手の姿が見えないこともまた不安であったか、福音は一時射撃を中断して様子を窺う。

 その様子はこれまでのようなどこか自信を感じさせる超然としたものではなく、むしろ怯える小動物のような印象を抱かせる弱々しさに満ちていた。

 

「……これが全力か、福音」

――!

 

 だがそれも、仕方のないことだろう。

 福音は薄々勘付いていたのだ。

 

 これだけの攻撃を浴びせ。

 普通のISならば搭乗者の命すら危険にさらす攻撃を叩きこみ。

 

「なら俺の……俺たちの勝ちだ!」

 

 自分では傷一つ付けられないほど、強大な敵を呼び覚ましてしまったことに。

 

――!?

 

 ただのISであれば、絶対防御があってなお搭乗者の命すら危険にさらされるほどの攻撃を受けてもダメージのない一夏を見た福音は、恐慌状態に陥った。

 第三世代型の軍用ISとして開発され、これまでの戦闘では複数の専用機を圧倒した自分を、今度は逆にたった一機のISが追い詰めている。

 さっきまでは妙なシールドを使って光弾を消していたというのに、今はその形跡もない。

 ただ単に、今の白式・荒神の防御力は自分の攻撃力を上回っているという、あまりにも単純すぎる理由でダメージを与えられなかった。

 

 本来ならばIS一機につき一つしかないはずのコアを二つ同時に搭載した状態にある、白式・荒神。

 コア同士のリンクによるエネルギー供給ですら精密な同調が必要であり、そうそうできることではないはずだというのに、目の前の機体はわずかの齟齬も感じさせずに二つのコアが同居し、力を合わせて何倍にも高めている。

 

 まさしくISコアのツインドライブ。

 白式と強羅、二つで一つの無限の力だ。

 

 福音は自分がこうなってしまった理由も、セカンド・シフトした理由も、エネルギー翼がこうまで巨大になった理由も何もかもわからないが、それでも一つだけはっきりしていることがある。

 

――あいつには、勝てない

 

 それはもはや福音の中で確固たる事実。

 だからこそ、福音は生まれて初めて感じたその恐怖に逆らうことすら考えずに逃走を選択。

 

 相手に背を向け、両手足と背中の5点イグニッション・ブーストで、自分の出しうるスペックを遥かに超える超高速によって現空域の離脱を計る。

 

 だが。

 

「遅い」

――!?

「ふんっ!!」

 

 相手と反対方向へと飛び出してトップスピードに到達した瞬間、目の前に現れた一夏の刀剣形態である巨大雪片に斬りつけられ、辛うじてガードこそ間に合ったものの逆方向へと凄まじい勢いで吹き飛ばされた。

 

 この戦場で最も速い存在であったはずの自分が、これまでで最も速い方法で逃げようとしたのに、あいつはそれにやすやす追いついた。

 そして、防御態勢をとった自分にこれほどのダメージを与えてきた。

 

 ああ、やはり。

 このISとは戦ってはいけなかったのだ、と福音は思う。

 

 吹き飛ばされたまま海面すれすれで体勢を立て直し、なんとか海への落下を免れた福音は自分の飛んできた方へと向き直って静止。

 

 そして。

 

 

「はああああああああああああああああああああああああああああっ!!!」

 

 

 その手に持った巨大雪片の鍔部分に、胸部から分離した強羅のブレストアーマーを接続して頭上に掲げ、天を貫く長い長い零落白夜の剣を持つ白式を見るに至り、福音はもはや逃げることもできなくなった。

 

「……搭乗者も含めて救ってやる。だから、これで落ちろ! シルバリオ・ゴスペル!!」

 

 その声に怯える心のまま、福音は巨大な光の翼を自分の体へ幾重にも巻きつけ、繭のような形になる。

 攻性エネルギーで作られた翼とはいえ、ここまで多重に降り重ねればそれはあらゆるものの接触を拒む壁と同じこと。

 

 だが。

 

「ギャラクシィィィィィッ!! ソォォォォォォーーーーーーーーーーーードッ!!!!」

 

 振り下ろされた、長さ数キロメートルにもなる光の剣はやすやすとその翼ごと福音を切り裂き。

 

 実に数百メートルもの距離において、その直下の海を、「割った」。

 

 

◇◆◇

 

 

「……ぁー」

「だ、大丈夫か、真宏?」

「……今度ばかりはダメかもしんない」

 

 臨海学校三日目、クラス別帰りのバスにて。

 運転席のすぐ後ろ、最前列の自席にて俺はひたすらに溶けていた。

 

 軟弱な、などと思うことなかれ。

 なにせ俺は今回かなり頑張ったんだ。

 

 クラス代表対抗戦の無人機よろしく、例によって何故か妙に強かった福音にみんなと一緒に勝負を挑み、ボコボコにされた上に生身で海へと墜落しかけたのだから、まずその時点でオレノカラダハボドボドダ。

 結局一夏が福音を倒し、搭乗者も鈴がしっかり救助してくれてハッピーエンドに終わったものの、現実はそれだけで終わるはずがない。

 旅館へ帰ったら帰ったで、これまたみんな一緒に千冬さんからのお叱りを受けるに至り、俺のライフはもう0よ。

 さすがに足とかシビれまくった。

 

 そしてそれだけならばまだしも、もう一つイベントが残っていたのだ。

 

 

「私も一つ、たとえ話をしてやろう」

「ホント? 嬉しいな」

「神様は人間を救いたいと思ってた。だから、手を差し伸べた」

「千冬さんそれたとえ話違う。昔話です」

 

 俺は嬉しくねえよ、と口を挟める空気ではない夜の崖上まで千冬さんに連れていかれてしまったんだよね、これが。

 

 本当ならば旅館をこっそり抜け出して、一夏と箒のラブいシーンとその後の専用機持ちヒロインズによるコメいシーンを遠くからデバガメしようと思っていたのに、気付けば俺には似合わないドシリアスな状況になっていた。

 

 いや、こっちの二人もあっちに負けず劣らず美人で大変よろしいのだが、話している内容が少々物騒すぎるんだよ。

 

「例えば、とある天才は一人の男子の高校受験会場を間違わせることができて、行きつく先にその時だけ動くISを置いておくことができたとする。――そうすれば、『ISを動かせる男』が誕生することになるわけだ」

「うん、その通りだね。……けどそれだとずっとは動かないし、その後に見つかった男の子がISを動かせる説明にもならないから、根本的な解決にはなりませんよね?」

「そのやたらと人をイラつかせる妙な敬語をやめろ。……で、どうなんだ」

「うーん、わかんない! 正直なところ私もどうして白式が動くのかわからないんだよ。もちろん、……まーくんのほうも」

 

 この期に及んで相変わらず俺の名前を忘れかけていたらしい束さんはいつも通りで安心したが、言っていることは物騒極まりない。

 ここで聞いたことをどこかで少しでも口にした場合、俺がIS学園から「転校」するくらいのことは軽く起こりそうなほどである。

 

「でも、まーくんについて言うなら白式と強羅を合体させちゃったことの方が驚いたな。まーくんと強羅ならやりかねないとは思ってたけど、合体の原理のほうは束さんをしてもわけがわからないよ」

「さいですか。あとその言い方すごくムカつく淫獣思い出すんでやめてください」

「……ねえ、ちーちゃん、まーくん。今の世界は楽しい?」

「そこそこにな」

「マンガとアニメと特撮がある限り俺は死にませんが、何か?」

「……そうなんだ」

 

 その後も束さんは何かを呟いたようだったが、突如吹き上げた強い風に紛れて俺の耳に届くことはなく、風が止むのに合わせて束さんが姿を消したのを見て深いため息をつく千冬さんも、何を言っていたのか教えてはくれなかった。

 

「……千冬さん」

「すまん、真宏。お前がいれば束も少しは話すかと思ったのだが……」

 

 確かに、俺と束さんはとても軽く緩い付き合いをしているわけだから、少しは口を滑らしてくれる可能性がなくもない。

 それに加え、俺はこの会話を聞く前からそのあたりの事情を大体察していたこともあるから、釘をさす意味も含めて聴衆に選ばれたのだろう。

 俺としては余計なことを言いふらすつもりなどないが、それでもやはり福音事件を始めとして束さんが起こす厄介事の数々は座視できないモノばかりだから、当然と言えば当然だろう。

 

 世界を変えた天才と、世界の頂点に君臨した戦乙女。

 この二人はいずれ劣らず俺の目標とすべき高みにいる人であり、その人達に認められるのは喜ばしいと同時に、己の未熟さを否応なしに思い知らされる。

 

 これからますます危険と脅威の度合いを増すだろう事件の数々と、世界の変化。

 どうやら、俺も無関係ではいられないようだ。

 

 

「真宏、本当に大丈夫か? 具合が悪いなら織斑先生を呼んでくるぞ。それとも背中をさすってやろうか」

「――ん、大丈夫だ。ちょっと考え事をな」

 

 そんな風に座席に深々と身を沈めて昨夜のことを考えていたら、箒が優しくねぎらう声をかけてくれた。

 普段とは違う様子に一夏が目を丸くして箒を見ているが、その気持ちはわかるぞ。

 これは、昨日の夜一夏と一緒に海から帰ってきたときに渡したプレゼントが効いたのだろうか。

 

 

 昨日の夜、束さんとの秘密の会合から帰り、宿に戻ってきた一夏を千冬さんが旅館抜け出しの罰説教へと連れて行ったあとに箒へプレゼントを渡したのだ。

 時間は結構ギリギリで誕生日当日には間に合わないのではないかと思ったのだが、何とか間に合ってよかったよかった。

 

「遅くなったな、箒。これが俺からの誕生日プレゼントだ。ハッピーバースデー!」

「ありがとう、真宏。夜だから声量は控えめか。それにしても、こんな日に無理をしなくてもいいというのに……これはっ!?」

「ふふふ……どうやら気に入って貰えたようだな、その……」

 

 

「一夏特選写真集は」

「な、なんと……! こんなアングルをどうやって!? そ、それにこの量……! これがあれば、私はあと10年は戦える!」

「さらに10年間片思い続けるつもりかお前」

 

 そんな感じで、箒が転校したあとを中心につい最近まで、俺が撮り溜めた一夏の写真の中から特に厳選した写真を集めたアルバムをプレゼントした。

 笑っている顔、澄ましている顔、得意げな顔、ついでに寝顔。

 学校のイベントやらプライベートな日常の出来事やらで一夏が浮かべた表情を余すところなく激写した写真達。

 いずれも俺の写真の腕と一夏自身の雰囲気により、イケメン度が2割増しくらいになっているし、箒の恋する乙女フィルターも合わせれば天井知らずにカッコよく見えていることだろう。

 食い入るように見つめる箒の表情はアルバムに隠れて見えなかったが、恐ろしいほどに真剣か、呆れるほどに蕩けているかのどちらかであったに違いない。

 

「ちなみに、その中の写真はどれも千冬さんにさえ見せていない門外不出の超レアものだ。気に入って貰えたかな?」

「今日ほどお前と幼馴染でいて良かったと思ったことは無いぞ、真宏!」

 

 どうやら大層お気に召していただけたようで、がっしりと握手してくれた。

 こうなると、プレゼントした方も冥利に尽きるね、うん。

 

 

「まあ真宏も昨日はすごく頑張ってたから無理もないか。……ところで、何か飲み物持ってないか?」

 

 どうして箒が俺に対して妙に優しいのか解せないだろう一夏は、睡眠時間がほとんど取れなかった上にIS追加装備の片づけという重労働をさせられた疲労から来るものだろう喉の渇きを訴えてくる。

 俺の方はそもそも体がまともに動かなかったし、強羅の分の追加装備たる不知火は福音戦で海の藻屑と消えたのでその作業が必要なかったが、それでもこの状況で水分を切らすのは割と死活問題なのでそこらじゅう痛む体に鞭打ってなんとか自販機で購入してあるのだ。

 

「ペットボトルの茶くらいならあるぞ」

「ホントか!? だったら……ッ!」

「だが悪いな、このペットボトルは一人用なんだ」

「お前はどこのスネ夫だ!?」

 

 許せ、一夏。

 友として飲み物くらい恵んでやりたい気持ちは決して小さくないのだが、お前の後ろでペットボトルを片手に「余計なことするんじゃねえ」とスゴイ目で睨んでくる女の子が四人もいるんだよ。

 大方、俺が物思いにふけっている間に一夏を邪険に扱い、直後にそのことを反省して自分用に持ち込んでおいた飲み物を恵んでやろうとしているのだろう。

 ……箒すらその中に入っていて人でも殺しそうな目をしていることについては、深く考えないようにする。

 一夏の友人であるというのはすなわちこういうことなんだよ、うん。

 

「いっ、一夏!」

 

「あなたが、織斑一夏君?」

「……はい?」

 

 だが、そこはタイミングの悪さに定評のある一夏ラバーズの四人。

 ただし鈴は二組なのでいない。

 一世一代の覚悟でかけた声は、その直後に響く大人びた声の前にあっさりと雲散霧消してしまうのだった。

 

 一夏に声をかけたのは、さも当たり前のようにバスに乗り込んできた金髪のおねーさん。

 スタイルの良い体をオサレな青いサマースーツで彩り、颯爽とした歩みで俺の一つ後ろにある一夏の席の隣に立ち、腰を曲げて覗き込む。

 

「ふうん、あなたが……」

「えーと、どちらさまで?」

 

 見た目から推測される年齢はせいぜい20歳ほどであるが、どこかしっとりと落ち着いた雰囲気を持ち、瞳は興味深げに一夏に向けられてくりくりと動いている。

 彼女の境遇を知っていれば気になるのもわかる話だが、一夏にしてみれば見知らぬ年上の女性に近づかれてたじたじと言ったところだろう。

 なにせ、一夏は年下の女の子に甘く、年上の女性に弱いのだからして。

 

「私の名前は、ナターシャ・ファイルス。シルバリオ・ゴスペルの操縦者よ」

「あ……あなたが」

「ええ。あなたのお陰で助かったわ。だから……」

 

 艶やかな唇で弧を描いて浮かべたのは魅力的な微笑。

 そしてその笑顔に見惚れた一瞬の隙に両手を伸ばし、一夏の顔を引き寄せて、頬にそっと口付けた。

 

「ちゅっ。……これはお礼よ。ありがとう、白いナイトさん」

「え……えぇっ!?」

「うふふっ。それじゃあ、またね」

 

 驚いた顔で口付けられた頬を押さえ、呆然としている一夏の後ろに控えていた四人の少女たちは、それぞれの手に500mlペットボトル――つまり、合計2キログラムの質量――を持ってわなわなと震えている。

 本当に、一夏も難儀な奴なことだ。

 

 そんな風に微笑ましく思っていた。

 思っていたのだが。

 

「そして、もちろんあなたもね、神上真宏君」

「へ?」

「ありがとう、鋼鉄の勇者さん。……ちゅっ」

 

 バーイ、とひらひら手を振りながらバスを降りて行くナターシャさんの後ろ姿を見つつ、俺はさっきの一夏と同じように今さっき彼女の唇が触れた頬を触り、後ろから響き渡る一夏の悲鳴を聞いていた。

 

 何された?

 ほっぺにちゅー。

 

 誰が?

 俺が。

 

 誰に?

 美人のお姉さんに。しかも金髪。きん! ぱつ!

 

 いつもより大分遅い速度で思考がそこまで辿り着き、気付いた時には首あたりから顔から頭のてっぺんまで妙に熱くなっていた。

 いやあ、七月だけあって暑いなあ。

 掌で顔を覆っている方が冷たく感じるくらいだよふはははは。

 

「……不覚!」

 

 とかなんとか自分に言い訳をしながら、恥ずかしいくらい赤くなった顔を必死で隠す俺。

 

 改めて尊敬するぞ、一夏。

 あれだけの美人達に普段からしょっちゅうこんなことされていて、それでも平然としていられるお前はすごい。

 

 

 嫌になるほどにどうしようもないことで友人の評価を改めながら、ようやく臨海学校が終わる。

 

 冷房の効いた車内の温度と、開いた扉から漂ってくる夏の熱気が混じり合う空気の中、珍しく後先考えられない状態の俺は冷房の噴出口に首筋を近づけ、必死にクールダウンを計っていた。

 

 どうやら俺も、まだまだあらゆる意味で修業が足りないようである。

 

 窓際で熱を増すばかりの夏の太陽に首筋をあぶられながら、今度から少しだけ一夏を労わってやろうと思うのであった。

 

「真宏っ、助けてくれええええ!」

「ええい、観念しろ一夏! 今日という今日はその性根、叩き直してくれる!!」

 

 ……うん、今度から。

 だから今は関わらないようにしよう。

 

 

◇◆◇

 

 

 おまけ

 

 白式・荒神――びゃくしき・あらがみ――

 

 対シルバリオ・ゴスペル戦で確認された織斑一夏のIS。

 セカンド・シフトした一夏の白式・雪羅と、神上真宏の強羅が「合体」した形態。

 

 福音戦において苦戦していた一夏へ真宏が強羅を託し、白式展開中に強羅も同時展開したことによって誕生した。

 

 右腕装甲が強羅と似た形状に変化し、アンロックユニットに炎のような紋様、ブレードアンテナが中央に向かって折りたたまれた顔面の見える兜、強羅のものと良く似たブレストアーマーなどが追加されているのに加えて、全身のカラーリングもどこか強羅と似た物になっていた。

 

 強羅由来と思しき高い防御力とパワーを持ち、福音の攻撃では装甲に傷一つ付けられないことが確認されている。

 さらに機動力も単体の白式時を凌駕する性能となっており、セカンド・シフトした福音のイグニッション・ブーストに追いつくという驚異の速度を披露した。

 

 装備は対VTシステム戦に見られたものと同型と思われる巨大雪片と雪羅。

 白式のエネルギー総量が増加したのか、どちらもかなり余裕を持って使えるようだ。

 またブレストアーマーが分離して雪片の鍔部分に接続されることにより、全長数キロメートルに及ぶ超長剣形態の零落白夜が発動。

 エネルギー翼を多重に纏うことによって防御体勢を取った福音を一刀のもとに斬り伏せると同時、戦闘空域直下の海面を数百メートルに渡って割り開くほどの威力を示した。

 

 その他の装備、及び継戦能力などの詳細については不明。

 この事件のあとに行われた調査ではどうやってもこの形態が発現しなかったため、未だその機能の全貌は明らかになっていない。

 

 この形態が発現した原因としては、VTシステム戦において一夏が強羅の腕を装備し、そのエネルギーを使って零落白夜を起動したことであると考えられている。

 事実、この事件以後白式と強羅のフラグメントマップにはそれぞれ対応した類似点が見られるようになった。


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