IS学園の中心で「ロマン」を叫んだ男   作:葉川柚介

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第13話「ISファイト、レディゴー」

 妙に暗い、というのがその時抱いた最初の感想だった。

 

 そもそも、今俺がいるここは室内なのか屋外なのか。

 人工の照明はおろか、星明かりすらないその真っ暗な世界においては、自分がどこにいるのか判断できるものが何一つ感じ取れないのだ。

 

 いや、ここがどこか以前に自分は本当にこの場に存在しているのだろうか。

 そんな漠然とした不安すら感じてしまうほど、真の暗闇の底にあるといっていいその場。

 これ以上長くこの場にいたらどこからともなくSAN値チェックですとか聞こえてくるのではないか。段々とそう思えてくることが少し怖い。

 しかし本当の闇に包まれていた時間はそう長いものではなくすぐに明かりが灯り、俺はほっと息をつくことができた。

 

 バシャン、と音がする。

 同時に上方のどことも知れぬところから円錐状の光が降ってきたことから考えて、あの音は照明を遮っていたシャッターを開いた音だったのだろう。

 

 そう思いながら光の中へ視線を向けると、そこには誰かがいた。

 

 スツール、というのだったか。

 背もたれの無い丸椅子に、足を組んで腰掛ける人物。

 赤いスーツにピンクのシャツ。ゆったりと組んだ腕とそっとつぶった右目は楚々として、ライトに照らされ月光のごとく輝く銀髪と左目を覆う黒い眼帯が目を引く。

 そしてそれらはどこか人形を思わせる美しさを持つ少女にミステリアスな空気を纏わせ、ドレスでも着ていれば夜空の下で妖精に出会ったと錯覚するような印象を抱かせてくれた。

 

 まあそれにも増して、既にこの時点で俺の心にはラウラ何やってんだという思いがふつふつとわき上がっているのだが。

 

 しかし、普段ならばそう思った瞬間にはツッコミを発するはずである俺の口がどういうわけかその時は動かず、ただ黙って様子を窺っていたのには我が事ながら少し違和感を覚えた。

 

 そうこうしているうちにラウラは俯き気味だった顔をゆっくりと上げて右目を開き、瞼の奥の赤い瞳を俺のいる方へひたと向ける。

 俺のいる場所は暗い闇の中であるはずなのに、こっちの居場所が分かるのだろうか。

 どちらにせよラウラは俺の考えなど知らぬげな目で、こちらへ向かって語りかけてきた。

 

 その、内容は。

 

「本日の対戦カードは、世界で最初の男性IS操縦者、織斑一夏操る白式・雪羅と、世界で二番目の男性IS操縦者、神上真宏操る強羅の激突です。この世界にたった二人の男の代表にして、長年友情を育んできた親友同士。互いを知り、互いを思い合う彼らの間でぶつかる力と力、意地と意地、ロマンとロマン。それを越えた向こう側に一体何が生まれるのか。……今日みなさんは、それを目撃することになるでしょう」

 

 言っている内容にラウラ自身心躍る物があるのか、徐々に言葉に熱が込められていき、ついには抑えきれないとばかりに椅子を蹴立てる勢いで立ちあがる。

 

「それでは!」

 

 スーツの上着を片手に掴み、バサリと一息に腕を振り抜けば上着はどこへともなく姿を消し、いつの間にやら右手にマイク、左手に外した眼帯を持つラウラがそこにいた。

 

 そして普段は眼帯に隠されている金の瞳、ヴォーダン・オージェを常になく煌めかせ、小指を立てて持ったマイクへと、ラウラは高らかに持ち前の美声を注ぎ込むのだった。

 

 

「ISファイト!! レディィィィッ、ゴォッ!!!」

 

 

 天高く両手を突き上げて叫ぶその声は、闇の中へとどこまでも響いていった。

 

 

◇◆◇

 

 

『……と、いう夢を見たんだ』

「それが正夢になるってどういう頭の構造してるんだ、真宏」

 

 強羅を展開した俺と、同様に白式・雪羅を展開した一夏が向かい合うのは毎度おなじみIS学園第三アリーナ。

 各種授業や試合の他、自主訓練などでもよくお世話になっているこのアリーナであるが、今日は観客席にすらほとんど人がいない。

 

 ただその一方でピットの中には妙ちきりんな観測機器にへばりつく変態技術者たちが潜み、こちらへの注意を一時も逸らさず注ぎ込んでいるのがハイパーセンサーによって感知されている。

 いっそ物理的な干渉力すら持ちそうなほど妙に粘つく視線を感じるのだから、間違いないだろう。

 

 そんな何とも言えない物悲しさのなか、俺と一夏は久々の模擬戦をするために対峙していた。

 

 一年生専用機持ちである俺達には、先日起きた福音事件後に立てこんだ事情聴取その他のごたごたが控えていたのがまず一点。

 それに加え、IS学園が遅めの夏休みに入ったことで各国の代表候補生たるセシリア達が本国での行事に呼ばれたりして集まりが悪くなり、模擬戦も少々ご無沙汰になってはいた。

 

 だがだからといって、どうして鼻息荒くぎらついた視線を向けてくる変態共の前で模擬戦をしなければならなくなったのかと言えば、その理由を説明するには昨日まで時をさかのぼる必要がある。

 

 

◇◆◇

 

 

 山田真耶は、IS学園で1年1組の副担任を務める女性である。

 

 かつてはISの日本代表候補生であり、第一回モンド・グロッソにて総合優勝に輝いた織斑千冬との個人的な付き合いもあり、若さと眼鏡と胸の大きさに似合わず、実はIS学園内でもかなり重要な立場にいたりする。

 

 冷房の効いた職員室のデスクに半分ほど処理が終わった書類の山を積み上げ、熱い茶の美味さにほんわかと表情を崩している姿からは到底想像できないが、それは紛れもない事実だ。

 

「うぅ……やっと、やっと一学期の総まとめが終わりました……」

 

 一仕事やり終えた達成感も手伝って、茶の暖かさが五臓六腑に染みわたる。

 真耶はIS操縦者の中でも選りすぐりたる代表候補生でいただけあってかなり優秀な人材であり、多少の書類仕事程度であればてきぱきと済ませるだけの能力を持っている。

 だが、それも通常の書類、普通の教師の職務内であればの話。

 

 今年は、どうにもイレギュラーな事態が多すぎるのだ。

 

「織斑くん、篠ノ之さん、そして神上くん……はぁ」

 

 まず、いっそ呪われているのではないかと思うほど、IS学園でイベントがある度に何かしらの事件が起こる。

 無人機やらVTシステムやら軍用ISの暴走やら、仮にどこか余所で起きた他人事であったとしても笑い話で済むようなものではない。

 それだけでも大事件と言っていいのだが、特にそれらの事件になんらかの形で関わることの多いこの三人が問題だ。

 

 真耶が担当するクラスに六人いる専用機持ちの内の三人であるが、一夏と真宏は世界でも二人しか確認されていない男性IS操縦者。

 そして箒は篠ノ之束博士の妹にして、どこの国の代表候補生でもないのに専用機――それも、束博士の言葉によればまだ世界のどこにもない第四世代機――を所有している。

 

 こんなに立場が中途半端でありながら美味しい存在は早々なく、連日様々な国や組織から身柄引き渡し要求がIS学園に寄せられ、それらはどういうわけか学園上層部で取沙汰されることなく、そのまま全て真耶のデスクへとスルーされてくるのである。

 一夏と真宏はそれぞれ国と企業に一応の所属があるからまだマシだが、箒に至ってはそういった後ろ盾が一切なく、全貌の見えない「篠ノ之束」という名の影がうっすらと覆っているのみ。

 その影こそがある意味この世で一番恐ろしいものであるのだが、怖いもの見たさと様子見がてら、とりあえず手を突っ込んで見ようと考える輩が多いのもまた事実であり、必然的にそういった手合いの処理を任されている真耶の仕事は時を追うごとに増えて行く。

 

 真耶としては、個人としても教師としてもこの三人に隔意は無い。

 多少立場に気を使ってはいるつもりだが、それでも大切な生徒達であると断言できる。

 まして三人とも授業や訓練を真面目にこなし、入学からほんの数カ月に過ぎないというのにメキメキと実力を伸ばしているのがわかるのだから、真耶の心にほのかな達成感の温もりを与えてくれてもいる。

 

 ……だが、ただそれだけでは済まないのが彼らの立場。

 先にも述べた身柄引き渡し要求などをしてくる、絶大な権力を保有する国だったり組織だったりする相手が本格的な実力行使に出ないよう、気を使いつつのらりくらりとかわすのとて楽ではない。

 

 しかもそれが三人。

 一人の場合と比べて仕事量は単純に三倍である。

 

 ……いや、日々「一夏を寄こせ」「真宏くんうちの国にはロマン武装があるよ」「箒タンは我が国の嫁」「男二人のIS使い……ふらやましいよ」「箒さん、一夏くんとの結婚式場を用意しています。そちらにとっても、悪い話ではないと思いますが?」「えぇい面倒だ三人ともよこしやがれ」と手を変え品を変えた要求が次々寄せられることを考えれば5倍、6倍でも効かないかもしれない。

 一つ一つの問題も合わせれば遥かに面倒が増すとは、なんなのだろうこのパーフェクトハーモニー、完全調和は。

 

 そして、かくなればストレスと仕事が溜まり、残業が増え、お肌の張りもなくなろうというもの。

 先日など、ついうっかり酒に酔った勢いで「あなたはやりすぎたんです! 消えなさいイレギュラー!」と叫んでIS保管庫に突撃し、ラファール・リヴァイヴあたりを強奪して三人――特に調子に乗っては面倒を引き起こす真宏――を襲撃してくれようかなどと思ってしまったほどだ。

 幸いその時は一緒に飲んでいた千冬が手刀の一撃で昏倒させることによって計画を練る段階で止めてくれたが、もしあの場に千冬がいなければどうなっていたかはわからない。恐ろしいことである。

 

 そもそも、これ以外にも真耶が担任するクラスには問題とまでいかなくともおかしなことが多い。

 

 織斑一夏と神上真宏という、本来ならば女性しか使えないはずのISを使える男子が二人も現れた。これは、まあいい。

 その二人が揃ってIS学園に入学し、同じクラスになる。これも当然の配慮といっていいだろう。

 となれば各国、各企業はこの機を逃すわけがなく専用機持ちの代表候補生という形で次々に生徒を送り込んでくる。国家と企業のありようを考えれば何もおかしなことはない。

 

 だが、その結果実に8人もの専用機持ちが一学年に集中し、しかもそのうち6人が自分の担当する生徒ともなればどうだ。目眩がしてくる。

 

「……影響があるのは良いんですけど、せめてもう少し包み隠してくれないものでしょうか」

 

 どうせ職員室には他に誰もいないし、と思えばこそ真耶の口からそんな言葉がこぼれ落ちる。

 

 IS学園はその設立規定においてどこの国や組織にも属さないとされているが、それは逆説的に『全ての国と組織から等しく影響を受ける』ということの証左に他ならない。

 無論その影響とはそれぞれの持ちうる力に比例した力ではあるし、ことISの世界においては、世界最強のIS使いにして開発者篠ノ之束博士の盟友でもある千冬が在籍するIS学園自体一つの国に近い影響力を持つのだが、それは所詮パワーゲームへの参加権を持つというだけのことだ。

 もし仮に、今の状態でIS学園から千冬が離れることがあったら。

 その瞬間IS学園を舞台に代表候補生たちによる代理戦争の一つも始まりそうだという想像は、決して冗談と笑い飛ばせるものではない。

 

 そういえば、と真耶は思い出す。

 先日真宏が「IS学園ってカラードみたいだよなー……オーメルに相当するのはどこなのやら。有澤は確定だけど」などと呟いていたが、一体どういう意味だったのだろう。

 

「ふうっ、あと少し、頑張りますか」

 

 しかしいつまでも物思いにふけっていたところで、目の前の書類の標高が減ってくれるわけでもなし。

 多少は鋭気も養ったことだし、そろそろ仕事に戻るとしよう。

 

 そう意気込んで書類に手を伸ばし、手元に引き寄せたそのとき。

 

 はらり、と。

 

 一枚の書類がつられて滑り落ち、その途中で二枚に分裂した。

 

「あら?」

 

 普通に考えれば、ただ単に書類どうしがくっついていただけのことだから、気に留める必要などない。

 落ちた書類を拾って元の場所に戻し、あとで処理すればいいだけだ。

 

 だが、今まで重なっていたこの書類、何故か見覚えがないような。

 

 全ての書類は処理の優先順位をつけるため、真耶はひとまず一度目を通してある。

 真耶の記憶力を持ってすれば、少なくともそうして見たはずの書類に見覚えが無いことなどあり得ないはずなのだが、どういうことなのか。

 

 妙に嫌な予感を感じて書類を手に取り、ざっと目を通す。

 

「……」

 

 もう一度目を通す。

 そんなまさか、ありえないですよねうふふという意味を込め、冷や汗を垂らしながらもう一度。

 

 そして、結論を下す。

 

「……私、聞いてないっ」

 

 その結論は、「かなりヤバい」であった。

 

 

◇◆◇

 

 

 うだるように暑い八月のとある金曜日。

 俺は一人、自室でいつものロボゲに励んでいた。

 

 俺がISを動かせると知る前からずっと好きで、IS学園に入学してからもプレイ時間が増す一方のこのゲーム。

 なんだかんだで空中戦闘時のターゲッティングや回避の最適化に関してはIS戦闘でも参考になる点が多く、今でも実際にISを使用しての訓練の次くらいには時間を使っている気がする。

 一夏やシャルロットと違って相変わらず二段ブーストもまともにできないが、そういう技術的な力量の不足は練習量と機体のアセンで覆す。

 このゲームもISもそれができる物だし、なによりそれが男の、ロマーンなのだっ。

 

 てなわけで今日も元気に、いつぞやの学年別トーナメントの時の山田先生みたいな喋り方をする、綺麗なおねーさん声の依頼仲介人に誘われるまま重要施設の占拠ミッション(詳細全部こっち任せ)に出向き、セシリアみたいな名前の子を含めた5機のロボに騙して悪いがをされている。

 

 ゲームの中身が少しでも現実の強羅の機動に近づくよう、機体構成は機動力を犠牲に防御力と火力を高めたガチタン。

 それでもなお直撃すればこっちの防御を平然と貫いてくるような奴らを複数相手どるのはさすがに大変だ。

 だがだからこそ集中力は無駄に高まり、コントローラーを操る手は普段強羅を操るときのように俺の意思を余すところなく機体に伝えてくれる。

 

 辛うじて相棒をしてくれている逆関節の仲間は早々に落ちてしまったが、むしろ望むところ。

 相手がAIだからといってバカな動きをしないよう正々堂々挑み、一機また一機と撃墜し、最後に残ったどことなく千冬さんを思わせる桜色の機体を倒し、俺の機体だけがその場に残っているのだった。

 

「……ふうっ」

 

 その後は今の結果をもとに機体を微調整。

 ついでに、整備科の先輩や整備室に引きこもり気味な同級生の友人に手伝って貰って強羅を最適化するときの方向性など考えておく。

 引きこもり同級生とは、整備室で強羅を最適化するときに知り合ったなかなかに趣味が合う俺の友人だが、まあ詳しいことはまた今度語ろう。

 

 そんな楽しく愉快なことを考えているとあっという間に時間が過ぎ、窓の外に見える太陽の色はとっくに赤く染まり出していた。

 立ち上がって伸びをしながら窓へと近づいていくと、ガラス越しに体に当たる日の光はこの時間でも随分と暑く感じられるだけの強さを持っている。

 

 さっきも言ったが今日は金曜日。

 IS学園も既に夏休みに入っているから特に曜日が重要だということはないのだが、明日はちょっと特別な用事が入っている。

 

 先日ワカちゃんから入った連絡によれば明日、俺と一夏及び強羅と白式の調査のため、倉持技研と強羅の開発企業の技術者連中がタッグを組んでやってくるという話だ。

 白式がセカンドシフトしたことはおろか、緘口令がしかれているはずの情報である強羅と白式の合体までどこからか聞きつけた技術者共は目に狂気じみた緑色の光を宿らせ、IS学園に突撃かましかねない勢いとなってワカちゃんは抑えるのに苦労しているとかなんとか。

 

 ただ、俺は今に至るまでそんな話を山田先生からも千冬さんからも聞かされていない。

 これはすなわち書類処理上のミスか何かがあったからであると思われ、多分そろそろ気づいた山田先生が青い顔をして俺と一夏に通達しにくることだろう。

 

 窓の外、イギリスへの帰省から戻ってきたらしいセシリアが一夏と並んで寮へ入ってくるのを眺めながらそんなことを思う。

 

 まず間違いなく、これは鈴とセシリアが一夏にプールデートすっぽかしを食らうフラグ。

 いくら相手が一夏とはいえ、見事に肩透かしを食らうことになる二人の乙女心に冥福を祈らずにはいられない。

 できれば今すぐにでも二人に教えてやりたいところなのだが、一夏が鈴とプールに行く約束をしているという事実を俺は聞かされていないから、できることはない。

 

 いやね、さっきから何度か鈴の部屋に行ったり一夏の部屋に行ったりしてみたんだけど、どういうわけか入れ違いに次ぐ入れ違いでまともに顔を合わせることもできないし、携帯も部屋に忘れていたり電源を切っているらしく連絡の一つも取れないんだよ。

 これが原作的な意味での強制力という奴なのだろうか。

 もしそうだとするならば、一夏のフラグを創造し破壊する能力は尋常なものではない。

 

 明日どんな調査が行われるかは知らないが、せめて可能な限り早く終わるように協力しよう。

 きっと何も知らずにワクワクとした気持ちで明日を迎える二人のためにも、そうすることを誓うぐらいしか、俺にはできないのであった。

 

「あっ、あの神上君! 副担任の山田です! ちょっとお話があるんですけどいいですかー!?」

「はーい、山田先生。今開けます」

 

 ちょうどそのとき、慌てた様子で扉をノックする音と山田先生の声が部屋に響く。

 どうやら、俺の想像は当たっていたらしい。

 せめて山田先生に少しでも落ち着いてもらうため、良く冷えた麦茶の一杯も振舞おうと考えながら、俺は扉へ向かって歩いて行った。

 

 

◇◆◇

 

 

 そして、明けて翌日。

 俺は一夏や山田先生、千冬さん達と共に、白式と強羅の調査にやってきた倉持技研と強羅の開発企業の研究員を迎えていた。

 

「さあ、織斑くんまずは白式を! 白式を見せて、新しく出てきたっていう雪羅を特にいいいいい!」

「合体! 合体!! 合体ィィィ!!!」

「白式×強羅なのか、強羅×白式なのか。それが問題だ!」

 

「うわぁ……」

 

 迎えていたのだが、俺と一夏は揃って引いた。

 問題なのはお前達のほうだろと思いはしたが口に出さなかった俺を誰か褒めてくれ。

 

 今日の調査はIS学園内で行われるため派遣された研究員は全員が女性だったのだが、先に到着した白式の開発元である倉持技研側の人間は全員がこんな感じである。大丈夫なのか倉持技研。

 専用機開発をここに任せず自分で引き取った整備室の盟友よ、その判断は正解だったと思うぞ。

 

 俺とて白式の第二形態への変身や合体には胸躍る物があったのはもちろんだが、さすがにここまでヒドくはない。

 山田先生が必死になって抑えようとする体の隙間からこちらに腕を伸ばす姿は、もはや亡者か檻の中の囚人にしか見えない。何だこの変態企業。

 

 

 ちなみに、今日の調査対象の中に箒は入っていない。

 本当なら臨海学校が終わってすぐ、箒が束さんから専用機・紅椿をもらったことを知った国や企業が調査に名乗りを上げてひと騒動起きそうになったのだが、そのときを見計らったようにIS学園に一通の手紙が届けられた。

 

 差出人は当然束さん。

 その内容は、以下の通り。

 

『多分紅椿を調べようと思ってるだろうけど、やめた方がいいよん。束さん以外の人が紅椿をバラそうとしたら、デスロックシステムが作動して箒ちゃんとちーちゃんといっくん以外の近くにいる人を皆殺しにするようにできてるから! ……だけど紅椿の中にエターナル・サイクラーなんてないよ、ほんとだよ!

 

 追伸。

 そうそうまーくんもデスロックシステムには狙われないんだった。すっかり忘れてたよ。てへぺろ☆(・ω<)』

 

 ちなみにこの手紙は最初、束さんから俺へ直々に手渡されました。

 

 

「コレ……読んでくれるかな、まーくん?」

 

 もじもじしながら上目遣いで。

 IS学園一年生寮の俺の部屋で。

 便箋は当然のようにピンクのハートのシールで止められて。

 

 差し出す両手の間で寄せ上げられた箒以上のおっぱいは大変眼福だったのだが、どうせまたろくでもない手紙なのだろうと思っていたら御覧のあり様である。

 

 いい加減IS学園のセキュリティをディスるのとかちょっとウザいこと言うのとかやめてもらえないだろうか。

 てへぺろを見た瞬間イラっときて、破り捨てたい衝動を抑えるのがすごく大変だったし、俺よりイラっときたらしい千冬さんが本気で破ろうとするのを止めるの大変だったんだから。

 そもそもそれは妹のギャグであろうに。

 すごく小さい頃に箒が開発したという話を聞いただけで、箒自身がやっているのは見たことないが。

 

 ともあれこの手紙。

 無視するには危険な臭いが強すぎるということで実際にごくごく軽く調査したところ、下手に触ると本当にヤバげなシステムが作動しそうということが分かり、各国の調査団は即時解散となったのだった。

 そのくらいのことならばちょっと調べただけで分かるようにしてあるあざとさ、汚いなさすが束さん汚い。

 

 束さんのセリフがネタまみれであり、技術力の高さ以外はあまり信用ならないということは世界的に知られているのだが、あの人の場合本当に紅椿に無限エネルギー機関とか組み込んでいそうなところが本気で怖いもんである。

 

 

「おーいっ、真宏くーん!」

「……真宏。誰だあれ」

 

 そんなことを考えていると、倉持技研のメンバーに少し遅れて、IS学園と本土を繋ぐモノレール駅の方から一人の女性が白衣の一団を引き連れて手を振りながら走ってきた。

 

 身長は高く見積もってもせいぜい150cmほど。

 一応スーツを着てはいるが、サラサラの黒髪とぱっちり大きな瞳が若々しいを通り越して幼い印象を与え、ぱたぱたと走り寄ってくる姿はどことなく妹や娘といった年下の女の子らしい雰囲気に満ちている。

 そんな女の子が、胸に強羅を開発した企業の社章をつけていることを疑問に思っただろう一夏からの声に、俺はごくあっさりと応えてやった。

 

「ああ、あれが噂のワカちゃんだ。……久しぶり、ワカちゃん。ほーら、高い高ーい!」

「きゃああああっ! すごいです真宏くん力持ち! ……って、それを年上の女性にするのは失礼じゃないですか!?」

 

 ひとしきり楽しげな声をあげてぐるぐると回された後、我に返ったワカちゃんはぷりぷりと怒りだしたのでゆっくりと下ろす。

 俺や一夏よりも低い身長で腰に手を当てこちらをにらんでくるのだが、あまりにも可愛らしくてむしろ微笑ましい気分になってくる。

 

「ごめんごめん、つい」

「つい、で何回私を高い高いするんです! うちの社員のみんなもそうですけど、レディに対する敬意が足りません! ぷんすか!」

 

 そんな様子を一夏も微笑ましげな顔で見ているが、そんな彼女こそ、我らが強羅の開発企業たる「蔵王重工」のIS操縦者だ。

 

 蔵王重工は元々軍需産業に強い旧財閥系企業であり、ISが世に出てからは一目散に飛びついてロマン溢れる大口径火器の開発を手掛けて早々に確固たる地位を築いている。

 世間的には先見の明があると言われているが、趣味と道楽がうまいことこじれた結果であることはワカちゃんを見ていればはっきりとわかる。

 

 自社製品の試験用の意味合いが強い強羅以外のISは開発していないが、それでもIS用実弾火器の分野においてはかなりのシェアを誇り、他の各社・各国が製造したISの制式装備に採用されている武装も数多い。

 

 そしてワカちゃんは、この蔵王重工に所属するテストパイロットを務めている。

 御歳23のれっきとした社会人であり、IS操縦経験もかなり長い。

 仕事柄もあってか、主に蔵王重工の製品であるグレネードや大グレネードやガトリング、ミサイルなどなどの重めな武装の取り扱いに長け、その分野に限定すればおそらく千冬さん並みかそれ以上の腕を持つのではなかろうか。

 俺より先に強羅を使っていたグレオンの申し子にして、IS学園入学前の俺にISの基礎を叩きこんでくれた師匠のような人でもあるという、見た目とは裏腹にとてもすごい人だったりする。

 

 それだけならば一夏にとっての千冬さんみたいな人と言えなくもないのだが、基本的に可愛らしく、色んな意味で蔵王重工の社員に愛されているワカちゃんを見ているとどうしても妹か何かのように思えてしまう。

 

 ……まあ、蔵王重工におけるワカちゃんの発言力の大きさとか、系列グループの社長さん達すら頭を下げていることから考えられる彼女の本名というか正体は一つしかないような気もするのだが、そこは気にしないでおくのが花である。

 

「よく来たな。倉持技研の研究員は調査を行う第三アリーナに既に向かっている。蔵王重工側の研究員も早く移動させろ」

「あっ、千冬さん! お久しぶりです」

 

「……なあ真宏、ひょっとしてあの人は千冬姉と知り合いなのか?」

「らしいな。まあワカちゃんはIS使って長いし、日本の企業に所属しているんだから接点くらいあるだろうよ」

 

 身長にはかなり差があるが、それでもスーツを着た若い女性同士。

 互いに仕事モードであるために事務的な内容の会話がほとんどのようであるが、それでも気負ったところなく話す様子は二人が友人なのだろうという印象を抱かせるに十分な姿であった。

 ……もしあの二人がタッグを組んだら割と本気で世界を滅ぼせるのではなかろうか。

 

 

 ともあれ、そろそろ俺達も第三アリーナへと向かうべきだろう。

 あの研究員達に体やISを調べられることに関しては不安しかないが、それでも一応はプロなのだから大丈夫だろう。

 ……大丈夫だと思わなければやっていけない、という事実には目をそむけることにしておかないと、ね。

 

 しかし予想に反してというべきか、調査自体はごくごく普通なものだった。

 俺と一夏の身体検査やパーソナルデータの収集、白式と強羅を展開しての機体データ調査などなど定番の物ばかりで、正直拍子抜けだった。

 ……まあ、それをしている相手も普通だったかと言えば疑問なのだが。

 

「へぇ、これが白式・雪羅……うっ、……ふう」

「強羅のほうは戦闘でボロボロになったっていう話だけど、綺麗に修復されてるわね。これも合体のせいかしら。……ちっ、せっかく修理にかこつけて魔改造しようと思ったのに」

「ねえ、フラグメントマップ見て。強羅と白式、何となく似てない?」

「本当だ。これも合体の影響かしら。……あ、強羅のほうにバグ発見」

「あれ、でもこの前見たときは無かったですよ? それに随分深いところにあるバグみたいです」

 

 などなど、約一名まだ帰ってこれていない人もいたりするのだが、「普通」の範囲に収まらないほど真面目かつ優秀なオーラを出して白式と強羅の調査をしてくれていた。

 まあ合体の原理については束さんですらわからないらしいからこの調査で判明するなどと思ってはいなかったが。

 

 白式のセカンド・シフトについてはまあ、いい。

 ただ順当にISが成長した結果であるから成長ペースに目をつぶれば驚くほどのことではないが、合体などという世界でも例の無い現象は一体何が原因であり、なおかつその影響がどのように出ているのかすらよくわからなかったらしい。

 

 なにせ、再現性もないのだからして。

 白式は今もセカンド・シフトした状態のままで雪羅なども装備しているし、強羅も白式と合体した影響でダメージがほぼ回復した状態になっているが、あれ以来何度やっても白式と強羅は合体してくれなかったのだ。

 

 そのため、調査団としての見解は「原因不明」。

 合体は結局ISにまつわる多数のわけがわからない現象の一つであるとして公表は見送られ、おそらく関係各所へと秘密裏にこの情報が回覧されることになるのだろう。

 ……俺としては、単に合体するような状況じゃないと強羅が判断しているだけな気がするのだが。

 俺のISだけあって、なんだかんだで強羅もロマンに対するこだわりが強いような気がするんだよね。

 

 ただ、ISそれぞれの縮図とも言うべきフラグメントマップを見比べたところ以前の記録から変化が見られ、白式と強羅にどこか似通った部分が認められたようだった。

 そして最後にワカちゃんが言っていた通り、合体の影響か特に強羅の方に白式の情報でも混ざったようなバグがいくつか見つかっていた。

 その中の取り除ける物は取り除き、深いところにある割に影響が無さそうな物はひとまず様子見することが決定したというのが、この日の調査の主なところであった。

 

 

『ふう。……それじゃあ、そろそろ終わりかな?』

「はい、お疲れ様でした。……あっ、でも」

「ん、どうかしたか、ワカちゃん?」

 

 それらを一通り終えたのを見計らってそう呟く俺を引きとめるワカちゃん。

 既に一夏からもワカちゃんと呼ばれるようになっているあたり、彼女の持つ年下オーラの凄まじさがわかるというものだろう。

 

 繰り返しになるが、ワカちゃんは見た目の割に優秀な人だ。

 今日も実はたんなる賑やかしではなく、倉持技研と蔵王重工による調査の指揮役として派遣されてきており、トチ狂いかけた研究員の手綱を握って見事に暴走を抑え、ちょこまかと一生懸命に働いていた。

 

 そしてそんな最中にも俺と一夏への気遣いを欠かさないという離れ業をしてのけ、その可愛らしさとキリッとしたところのギャップに途中一夏が何度か頬を染めたのも無理からぬことだろう。

 年下と年上双方の属性を兼ね備えたワカちゃんに対し、一夏が心動かされるのも無理からぬことなのだ。

 

 ……唯一問題があるとすれば、そんな一夏を横から見ている千冬さんの視線の温度が氷点下に落ちてもなお下がり続けたことなのだが。

 気付けよ、一夏。主にワカちゃんの身の危険を防ぐために。

 

 ともあれそんなワカちゃんから、一つの提案がなされた。

 

「せっかくだから、真宏くんと一夏くんで模擬戦をやってもらえないですか?」

『それはまたなぜに?』

 

 そう、俺と一夏の模擬戦。

 この時点で俺の脳裏には今朝見た夢の内容がよぎっていたのだが、ひとまず理由を聞いておこう。

 

「やはり、この調査一番の目的は白式と強羅の合体という未知の現象の解明です。これまでの調査では再現できませんでしたが、二人が模擬戦をすればひょっとしたらなにか変化がみられるかもしれないでしょう」

「ふむ。まあ今日はこのアリーナを一日中使えるようにしてある。IS学園としてはかまわんぞ」

「そうなんだ。……どうする、真宏」

『俺も構わん……と言いたいところだが、ワカちゃん』

「はい、なんです?」

 

『本音は?』

「真宏くんの強羅と一夏くんの白式が戦ってるところを見たいです!!」

 

 そして、静まり返る一同。

 唖然とした顔の一夏と山田先生に、またかとばかりに額を押さえる千冬さん。

 ワカちゃんは笑顔で言い切った表情のまま固まり、その後ろでは研究員の一部(主に蔵王重工側)がうんうんと全力で頷き、残りは調査中を上回る素早さで、片付け始めていた機材の再展開とアリーナの遮断シールド起動を始めていた。

 

 まあ、ワカちゃんならしょうがない。

 毎日自分の強羅をニヤニヤしながら磨き上げ、服を選ぶ時間よりもグレネードの手入れの時間の方が長く、休日にすることと言えばカタログ(グレネードやガトリングやらの重い武器オンリー)を眺めることくらいだと言っていたくらいの子なのだから。

 

「……ううっ、今日は初対面の一夏くんにデキる大人の女って見てもらうためにがんばったのに」

「気にすることはないわ、ワカちゃん! 私達だってみんな見てみたいって思ってたんだから!」

 

 めそめそとぐずるワカちゃんと、どこか恍惚とした表情でフォローする研究員達。

 さりげなくISの日本代表を狙えるだけの実力があり、整った容姿も相まって蔵王重工の広告塔になれる存在であるにも関わらず、実際のところはマスコット扱いされる女の子。それがワカちゃんなのであった。

 

 

 以上が、こうして俺と一夏が模擬戦をすることになった理由だ。

 ワカちゃんからの要望が出た瞬間からあっという間に用意が進められ、のっぴきならなくなったところでアリーナ内へと放りこまれた俺と一夏は今、20mほどの距離を置いて向かい合っている。

 

 調査の最中にISを展開させられた時のままであった俺と一夏はそれこそいつでも戦える状況にあったのだから、準備時間などあってないようなものだ。

 そして俺は、こうなって見て初めてじっくりとセカンド・シフトした一夏の姿を見ることができた。

 

 元と変わらぬ白い装甲に、顔や体の一部が露出したいかにもISらしい形。

 左手に備えた多機能武装たる雪羅は攻防いずれにも高い能力を持ち、巨大化したアンロックユニットのスラスターが機動力も飛躍的に向上させている。

 根本的に強羅以上の火力バカである白式の方針か今までよりもさらに燃費は悪くなっているようだが、その分武装の威力も上がっているからロマン十分。

 本当に、良い機体になったものだ。

 

 

『それじゃあそろそろ始めますから、真宏くんも一夏くんも用意してくださーい』

「はい」

『了解』

 

 そして、ISのオープン・チャネルでワカちゃんの声が響くと同時にアリーナの遮断シールドが展開され、模擬戦の準備が整った。

 

 ……いいね。

 やはり一夏との、男同士の対戦はどうにも胸が熱くなるものがある。

 

「臨海学校以来ごたごたしてたから、こうやって模擬戦をするのも久々だな、真宏」

『そうだな。まあ今日はいつもみたいに勝率を決めるわけじゃないから、気楽に行こう』

「それがいい。……いいと思うんだけど、ならその背中から見えてる物はなんだ」

 

 ふふふ、さすが一夏はお目が高い。

 別に隠すつもりはなかったが、それでもこの模擬戦のためにワカちゃんが持ってきてくれたロマン溢れる新装備の存在に気付いたらしい。

 

『なに、せっかく一緒に訓練してる仲間内ランキングを気にしなくていいわけだから、たまには一夏に近接装備で挑んでみようと思ってな?』

 

 そう言いながら体を半身に開き、背中全面を覆うサイズの大型近接武装コンテナ<弁慶>に外付けされた幅広肉厚の重厚大剣<大鉄塊>を引き抜き、切っ先を一夏に向けて腰だめに構える。

 反りも鍔もない、柄に刃のついた鉄板を打ちつけただけのような無骨すぎる鉄色の直線。

 定規さえあれば書けそうなくらい単純な見た目をしているが、放つ威圧感は半端なものではない。

 

 大剣とは言うが、それは剣と言うにはあまりに大きすぎた。

 大きくぶ厚く重くそして大雑把すぎた。

 それはまさに鉄塊だった。

 

 ……などと思わず言いたくなるくらい、例によって威力はあるかわりに普通のISならばPICがあってもまともに扱えないような代物である。

 時々ワカちゃんがキラキラした目で「強羅なら使えるはずです!」と無駄にプッシュして送ってくる武装の中の一つだ。

 ワカちゃん自身はブレード系の近接戦闘武器はほとんど使えないらしいのだが、だからこそ俺に使ってほしいらしく猛烈に薦めてくれる。

 

 しかしそんな不合理な扱いづらさと威力を武器を、切っ先側からこちらを見たら妙にパースが効いていそうなこの構えで持てば負ける気などかけらもしやしないのだから、世の中は不思議にできているよ、本当に。

 ……はいそこ、「そんなのお前だけだ」とか言わない。君もやってみればわかるから。

 

「くうっ、なんだこの無駄なプレッシャー……っ! だがいいぜ、真宏。お前がブレオンで俺に勝てると少しでも思っているのなら。まずはその、ふざけた幻想をブチ殺す!」

 

 一夏は一夏で、あらゆる意味で似合うセリフを叫ぶとともに雪片弐型を右手の中へと展開して構え、双方並び立つ。

 

 これまでにも一夏と模擬戦をしたのは10回や20回ではきかないが、一夏に射撃型相手の訓練を積ませるためと、そして何より負けないために射撃武器ばかりを使ってきたから、近接武装のみで挑むのは初めてだった。

 だが俺も一夏も男の子。

 互いの顔が見え、一瞬の判断ミスが命取りとなる近接戦闘に燃えないわけがないのである。

 

 だから今、俺たちの心は燃え上がる。

 ピットでこの模擬戦のデータを取ろうとしているだろうワカちゃんや千冬さん達の存在も今だけは忘れ、存分に技量の限り戦おうじゃないか、親友。

 

 さあ、ゴングを鳴らすとしよう。

 

 

「ISファイトォォォォォォォーーーーーーーーッ!!!」

『レディィィィィィイイイイーーーーーーーーッ!!!』

 

 

「『……ゴォォォォオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!!!!』」

 

 

 こうして、白式の背後にウィングスラスターがきらめいた次の瞬間には目前へと迫った一夏をなぎ払うべく、大鉄塊を全身で振り抜くことからこの戦いははじまった。

 

 

◇◆◇

 

 

 その時一夏が全身で感じ取った音はどう表現したらいいのか、とっさには判断がつきかねるものだった。

 ぞんっ、とも、ぶおんっ、とも言い難い、大質量の物体が自分の体を両断しようと迫る音というのは、多少実戦を経験した身であっても鳥肌が立つのを止められないものだ。

 

 試合開始と同時に真正面から接近した一夏と、それを負けないくらい真正面から迎撃しようとした真宏。

 二人の最初の交差は、真宏が水平に薙いだ大鉄塊を一夏がわずかに垂直上昇して回避するところから始まった。

 

『ぜえええええええええええええええええええええいっ!!』

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!?」

 

 一夏の持つ雪片弐型は長刀型のブレードであるが、零落白夜を最大出力で起動させた場合でもなければ一般的な刀と大差ない長さしかなく、ISの身長を優に超える強羅の大鉄塊の間合いには敵わない。

 

 それを互いに理解しているからこそ真宏は先手必勝を期し、一夏はそれを回避してのカウンターを狙った。

 

 さすがに強羅の腕力で振るわれる大鉄塊の存在感は恐ろしく、紙一重でかわした顔にかかる剣圧が一夏の心臓にゾクリとした冷たさを走らせる。

 

 

 だが、一夏と白式は回避した。

 大鉄塊の攻撃力は、直撃すればおそらく零落白夜並にシールドエネルギーを削り取るはず。

 しかしそれも当たればの話であり、セカンド・シフトを果たした白式の推力ならばそう難しい機動ではない。

 そして一度外してしまえば、いかに強羅のパワーがあれど、あれだけの質量をすぐさま引き戻して二の太刀へつなげられるはずもない重量級の得物。勝機は十分にある。

 

 そう考えた上での一夏の突撃であるがしかし、そんなことを真宏がわからないはずもなく、また自分の戦う相手がそういう奴だということを、一夏は誰より知っていた。

 

『そぉいっ!』

「って、そっちから!?」

 

 毎度何をしてくるかわからない相手である真宏のことだから、予想外のところから次の攻撃をするに違いないと考えていたが、案の定。

 一度薙ぎ払って回避された大剣を真宏は止めることなく振り回し、首の後ろを通して肩に担ぐかのように構え直すことで懐に入り込んだ一夏を狙ってのけた。

 一歩間違えば手首が剣の柄もろとも吹き飛びかねないほどの負荷がかかるこんな動きをするなど、強羅でもなければ無理であったに違いない。

 

「このっ」

『ちっ、さすがに威力が乗らないか!』

 

 しかし無理な体勢であることは間違いなく、一撃目と違って一夏の雪片弐型にあっさりと受け止められる。

 雪片で大鉄塊との重量差をそのまま受け止めるのが得策ではないと判断した一夏は、自分から後ろへ吹き飛ばされることを選択。

 両脚と左手でざりざりと地面を削りながらも踏みとどまった。

 

 だが。

 

『せぇ……のっ!!』

「どわあああ!?」

 

 一夏に受けとめられた反動すら利用して上段に構え直された大鉄塊がすぐさま真上から降ってきた。

 

「相変わらずそういう変な剣の使い方が得意だな、真宏!」

『正攻法じゃ一夏や箒に勝てないんでね、こうもなるさ!!』

 

 そう、昔から真宏はこうだったと一夏は内心に思っていた。

 千冬と共に篠ノ之道場に通って剣道を習っていた頃から、まっとうに剣を握っての試合であれば真宏になど負ける気がしなかったのに、ひとたび剣の正道、王道ともいうべきやり方を外れた真宏は途端にやりづらい相手へと変貌したものだ。

 

 竹刀を振ると見せかけて投げる、足がもつれたように見せかけて肩から体当たりをしかける、足払い、眼つぶし、「あっ、UFO」に代表されるこちらの注意を逸らす言葉の数々など、奇襲とも呼べない妙なことをやらせれば右に出る物はいないと言っていい。

 篠ノ之道場は古流剣術の流れを汲む道場だからこそ、そういった外道な手段もある意味実戦的とされて大目に見られていたが、普通の剣道場であれば確実に出入り禁止を喰らっていただろうほど、真宏の戦い方は自由で先の読めないものだった。

 しかしその一方で、一度本気で戦うと決めたらどんな苛烈な攻撃にもひるまずに真正面から挑む勇気も持ち合わせた不思議な剣の使い手。

 それが神上真宏であった。

 

 最近の真宏はさらにその傾向に磨きをかけて強羅のロマン武装を使っていたが、今日はこうして久々の剣と剣の格闘戦。

 さっきちらりと見えた背中にはコンテナのようなものがあったから、おそらくまだ他にも武器を隠し持っている。

 だからこの大鉄塊という無駄に大きい剣のままで戦ってくれるとは思えないが、それはむしろ望むところと一夏は思う。

 

 友と互いの全力を持って競い合うことができるのは、とても悪くないシチュエーションなのだから。

 

「その重い剣を振り下ろしたのは失敗だったな、真宏!」

『ぐおっ、確かに!』

 

 真宏はどうやら全力で大鉄塊を振り下ろしていたらしく、アリーナの地面に刃渡りの半分ほどがずぶりと沈み込ませていた。

 もしあれを正面から喰らっていたらジョーカーエクストリームになっていたかもしれない、という事実は考えない。

 ただこのチャンスを逃さぬために一夏は再びスラスターの出力を上げ、両手で剣を必死に持ち上げようとする、というベタな構図を目の前で再現している強羅へと零落白夜を起動して迫撃する。

 

 強羅の装甲は硬い。

 しかも機動力が低いことを自身の防御技能で補っている真宏に対して通常の雪片弐型ではほとんどダメージを与えられず、零落白夜を使うしか勝つ方法はない。

 真宏とて間抜けではないから、剣を引っこ抜こうとしている姿がフェイクであるのは間違いなく、別の手を隠しているのは確実だ。

 それに過去の模擬戦において、いざとなれば武器を捨ててただ拳のみでラウラやシャルロットに挑むことすら厭わなかったような良い意味でのバカなのだから、今度も同じことをやりかねない。

 

 だが、それを力尽くで踏み越えてこそのブレオンというスタイルであり、男の戦い。

 零落白夜を使えば一撃必殺の威力を得る代わりに戦闘時間は短くなるが、そんな物は知ったことか。

 どうせ真宏も今日だけはこちらのエネルギー切れなど狙わず真正面から戦ってくれるはず。

 ならば最速で自分の持てる全力を示すことこそがその思いに報いる唯一の手段だと内心に誓う。

 

「いくぞおおおおおっ!」

『来い一夏、迎え撃ってやる! ……大鉄塊以外の武装でなぁっ!』

 

 突進の勢いも乗せた一夏の斬撃を、真宏はあっさりと大鉄塊から手を離してのバックステップで回避。

 強羅はISの中では鈍重な機体であるが、それでも地に足を付いていれば強羅の床を蹴る力と真宏自身の足さばきが合わさり、それなりの速度で動くことができる。

 ましてや今日の相手はこれまで長年の友であり、剣においては同門とも言うべき一夏。

 間合いや呼吸は完全に把握されているに等しく、このような正面からの攻撃は回避されて当然のものであった。

 

「くっ、やりづらい!」

『次はこいつで行くぞ、マンティスライサー!!』

 

 そして、真宏からの返しの一手は<弁慶>に格納された双剣<マンティスライサー>。

 背中側に回した両手の元へ、<弁慶>の左右両側の壁が下端を支点として展開される。

 

 現れた逆手小太刀の二刀の柄が掌へと収められ、すぐさまそれぞれ一閃。

 名前の通り逆手に持てばカマキリのようにも見える小太刀の二刀の連撃で、身をのけぞらせた一夏のシールドをわずかに削った。

 

「今度はそうくるか! 強羅のくせに速いじゃないか!!」

『生憎、強羅は白式と違ってただの火力バカじゃないんだよ!!』

 

 そして次々と交差する剣閃。

 一夏の斬撃は、一つ一つが剣士のそれとしての成熟を迎えつつある若くともまっすぐな太刀筋であるが、真宏はそもそも得物からして邪道。

 

 太刀に対する逆手の小太刀という絶望的なまでの間合い的な不利を、多少シールドが削れてもかまうものかとばかりに思い切りのいい踏み込みと小太刀故の取り回しのよさ、そして双刀による手数の多さに任せて補っている。

 強羅の防御力を信じ、どんなに傷ついても最後に立つのが自分ならば構わないと思っているのが語るまでもなく伝わってくる戦い方である。

 

 当然、実体剣であるマンティスライサーでエネルギー刃の零落白夜と斬り結べるはずはないが、そこはそれ。

 あくまで零落白夜は雪片弐型の柄から伸びているものであり、その根元にある柄や白式の篭手を狙えばマンティスライサーでも十分に打ちあえるということは、これまでに鈴やラウラ達と繰り広げた模擬戦からとうにネタが割れている。

 

 そもそも剣の実力に劣る真宏が零落白夜を持つ一夏と格闘戦をするのであれば、取るべき道は二つ。

 

 「零落白夜よりも間合いの長い武器で戦う」か「零落白夜よりも速い剣で手数に勝る」のどちらかしかあり得ない。

 そして間合いの有利に関してはひとたび出力を上げられてしまえばすぐに覆り、そもそもそれだけの長さを持つ剣であれば必然的にさきの大鉄塊のように重くなって白式の機動に追従できなくなる。

 

 だからこそのマンティスライサーであり、事実ISのハイパーセンサー無しには捉えることすら難しい速度で応酬される斬撃の数は時を追うごとに増え、一夏の表情が獰猛な笑みの形になっていく。

 

「ははっ、楽しいな真宏!」

『同感だ、たまにはこういうのも悪くない!!』

 

 二人の戦場は既に地上を離れ、空中へと移っている。

 一度地に足がつかなくなってしまえば強羅の重量を動かすのは機体に装備されたPICとブースターしかなく、その出力は白式に及びもつかない。

 

 新しい形へと進化したウィングスラスターで自由に空を飛びまわる一夏が、強羅のハイパーセンサーへ空を裂く姿なき轟音のみを残す。

 あらゆる方向から強羅へと迫り、その度に振るう零落白夜の軌道のみが、ピットから見ている数少ない観客の目に映る。

 空に描かれた交差は既に数え切れないほどに膨れ上がり、なおも留まることを知らなかった。

 

 

 強羅の両手には、いつの間にか一夏に弾き飛ばされたマンティスライサーの代わりとして袖部分に装着するクローが伸びて、一夏の攻撃を受けとめている。

 後ろから上から下から、あらゆる死角を狙って突撃する一夏の攻撃を真宏は全て間一髪で回避し、クローで持ち手を削ろうとし、時にカウンターすら叩きこむ素振りを見せてしのいでいたのだ。

 

 機動力の面では、圧倒的に不利な状態でありながら。

 

「くそっ、なんでそんな爪みたいなのが強いんだよ!」

『そういう一夏こそ! こっちの攻撃はかすりもしないじゃないか!!』

 

 大鉄塊からマンティスライサー、今装備している<虎爪>と間合いはどんどん短くなっているが、その分取りまわしやすさが上がっていることもまた事実。

 空戦性能では白式に届くはずもない強羅が辛うじて零落白夜の直撃前に一夏と斬り結ぶことができているのは、ひとえに獣の爪撃そのものと言っていい反射と速さを兼ね備えた虎爪あってこそである。

 

 

 高機動近接戦闘特化型ISである白式らしい戦い方をする一夏に対し、そのスタイルに合わせている真宏が強羅本来の戦いをできているとは言い難いが、この戦闘がとても見ごたえのあるものなのは間違いない。

 なにせ零落白夜という、現世界でも最強に近い光の剣を振るうセカンド・シフトした第三世代型ISの猛攻を、頑丈にして鈍重な第二世代型ISが防いで捌いて互角の戦いを見せているのだ。

 オーディエンスの興奮は最高潮となり、仕事に来ているはずの研究員がどうせ情報の記録は自動なんだからと歓声を上げるのも無理からぬことだ。

 

「きゃーっ、真宏くんがんばって! 無敵のビームサーベルなんて、鉄臭い実体刃のロマンの前にはただの懐中電灯だって教えてあげてくださいっ!!」

 

 そして、その中で最も興奮しているのがワカであるという事実もあったりするのだが、気付いているのは一歩離れたところで呆れた表情を浮かべている千冬と真耶だけであり、二人は今日見た試合以外の光景は一切忘れようと誓ったのでこのことを知る者はほとんどいないのだった。

 

 

「ぜぇっ……ぜぇっ……そろそろ決着つけるか、真宏」

『の、望む……ところだ……っ。つーかこれ以上やったら俺がボロ負けになるからな……っ』

 

 そんな激しい戦いはしかし、決して長く続くものではない。

 

 白式の零落白夜は自身のシールドエネルギーをすら攻撃に転化するために継戦能力に乏しく、一方の真宏はたとえどれほど手を変え品を変えて挑んだところで一夏の近接格闘戦能力には敵わず、じわじわと零落白夜の光刃によってシールドを削られてきた。

 

 お互いに戦える時間はもうそれほど長くない。

 ならば、この楽しい楽しい激闘の最後をこれまで以上の華々しさで飾ろうと思うのが男のロマン。

 長年の親友なればこそその思いは等しく胸に宿り、試合開始直前の高揚よりもなお心が高ぶるのだ。

 

「……わかってるよな、真宏」

 

 右手の雪片弐型を放り捨て、一夏は雪羅をクローモードに展開させる。

 一夏は白式唯一と言っていい武装である雪片弐型の扱いを極めるつもりではあるが、さっきまでの真宏との戦いでクローも使いようによってはかなりカッコいいのではないかと思えたのだ。

 

『当然。男同士の戦いは――』

 

 真宏もまた、右手に残ったクロー以外は全ての武装を使いきっている。

 大鉄塊は地に突き刺さり、マンティスライサーは弾かれ、クローも思ったように一夏を捕えることはできなかった。

 一夏の雪羅から伸びる零落白夜のクローと比較すれば短く、弱く、みすぼらしいこの爪一つ。

 だがたったそれだけの武器で相手の攻撃を掻い潜り、必勝の一撃を叩きこむ瞬間を想像すれば胸に湧き上がるロマンの熱が止まらない。

 

 

 結局、二人ともこの戦いを思う存分楽しんでいるのであった。

 

「踏み込みと……」

 

 だから一夏はウィングスラスターにありったけのエネルギーを込め。

 

『間合いと……』

 

 真宏も顔の横にクローを引き絞り。

 

 

「『気合だぁっっ!!!』」

 

 

 互いに全くの同時で飛び出した。

 

「おおおおおおおおおっ!」

『はああああああああっ!』

 

 白式の高機動もあって二人の距離が0へと至るまでの時間は一瞬。

 その間に二人は一切の駆け引きやフェイントを挟むことなくただまっすぐに狙うべき相手の一点を見据え。

 

『ストライクッ!』

「レーザーッ!!」

 

『「クローーーーーーーーッ!!!」』

 

 必殺技名も高らかに叫び、クローを振り抜き交差した。

 

 

 突撃の速度そのままにクローを振り抜いた二人は振り返ることもなくわずかな距離を飛翔する。

 振り向きも軌道変更もしないまま慣性のみに任せてふらふらと飛び、そして。

 

 そのまま、真っ逆さまに地上へ落ちた。

 

 

 ピットの観客達の元まで空気の振動が響くほどの衝撃と轟音、そして土煙がアリーナに上がり、誰もが唖然として口を開く。

 

「え……まさか、相打ちですか?」

「かもしれん。……バカ共が」

 

 ワカと千冬の言葉も無理がない。

 決してエネルギー効率が良いといはいえない戦い方を繰り広げた一夏に、本来射撃型のスタイルが基本のはずでありながら一夏に近接戦を挑んだ真宏。

 その二人の模擬戦の結末がこんなものだなどとなれば、その呆れも当然のことだ。

 

 

 だが一つ読み誤ったことがあるとすれば。

 

『一夏ぁあああああああああああっ!』

「真宏ぉおおおおおおおおおおおっ!」

 

 この期に及んでなお決着をつけようと思う、二人の心の強さであろうか。

 

 

 白式も強羅もこれまでの戦闘でのシールド損耗が激しく、良くてあと一度の攻防が限度。

 PICやスラスターも機能を低下させ、次の一撃が本当に最後となるだろうことは明らかだ。

 

 とくれば、やることは一つ。

 二人は同時にそう考える。

 

「雪羅、荷電粒子砲モード!」

『右腕部装甲アタッチメント、換装!』

 

 雪羅が再び変形し、掌を開いたような形となって中央に備えられた荷電粒子砲の砲口を強羅へ向ける。

 一夏の技量ではこの距離であっても強羅に当てられる保証はないが、知ったことではない。当たらないというのなら、逆に外れない距離まで近づいてやればいいだけのことなのだから。

 

 一方の真宏は右前腕装甲をパージして、弁慶内でも最も多くの空間を占有していた特殊前腕装甲を装備した。

 通常の強羅の腕よりも一回り以上大きいそれは雪羅に匹敵するサイズであり、見るからに頑丈そうな形をしているが、指は三本しかない。

 だがそれでも内に秘められたロマンと力が尋常でないことは、真宏がこの状況で選んだ武装であることからも明らかだ。

 

「へぇ……またゴツイ武器じゃないか」

『ふっふっふ、そうだろう。喜べ一夏。本邦初公開、強羅の溶断破砕マニピュレーター<光神>の最初の相手になれることをな』

 

 それぞれ眼前へと掲げた雪羅と光神が輝きを放つ。

 これまでの戦いの興奮と、残ったエネルギーの全てをつぎ込んだ影響か、二人の周囲の空気が音もなくきしみ、アリーナの地面がビリビリと震えている。

 

 ただ目の前の相手の身を見据える一夏と真宏。

 既に戦闘の駆け引きなどは全て頭から放り出されてしまっている。

 

 自分とあいつとどちらが強いのか。

 それ以外のことは何も考えていない。

 

 ゆえに決着は、正面からの力比べの他にはあり得ない。

 

 

「……」

『……』

 

 内圧と外圧が高まり、それが最高潮に達しようとする瞬間。

 この力が解き放たれるその時は、もうすぐそこまで来ているのだ。

 

 だから。

 

 

「俺のこの手が光って唸る!!」

『勝利を掴めと轟き叫ぶ!!』

 

「ひぃっさぁぁぁぁつっ!!」

『ばぁぁぁぁぁくねつっ!!』

 

 

 叫ぶとともに二人は飛び出す。

 

 光そのものと化したがごときその手を伸ばし。

 曲がらず逸れずまっすぐに相手への最短距離を最高速で突っ走り。

 

「白式ィッ!!!」

 

『強羅ァッ!!!』

 

 

「『フィンガァァァァァァァアアアアアアアアッッッ!!!!!』」

 

 互いに真っ向から打ちあった。

 

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」

『負けるかあああああああああああああああああああああああっ!!』

 

 激突の衝撃と、互いの手から迸る圧倒的なエネルギーは拮抗し、簡単には勝利を渡さないと語る光が溢れだす。

 バチバチと爆ぜる火花と荒れ狂う熱量が二人の周囲の空間を容赦なく焼き散らし、世界とすら隔絶したかのような激しい戦いをその場に刻む。

 一夏が押し、真宏が押し返し、一歩たりとて下がらぬと踏み締められた足が地へとめり込んでいく。

 

 組み合わされた指の隙間から、強羅の光神に弾かれた荷電粒子を撒き散らす雪羅。

 真っ赤に赤熱し、それでなお雪羅の荷電粒子砲に阻まれ白式の装甲を溶け抉るにはいたらぬ光神。

 

 必勝を願う主の想いに答えんとする白式と強羅は意地でもつぎ込むエネルギーを途切れさせるつもりはなく、激突するエネルギー総量は時を追うごとに増えて行く。

 

 より眩く、より熱く。

 二人の手から吐き出されるエネルギーは秒を追うごとに天井知らずに上がり続け。

 

「『はあああああああああああああああああああっ!!!!!!!!』」

 

 叫びに呼応し、二人の激突する狭間からアリーナに集った全ての人の目と耳をつんざく閃光と轟音が迸り、世界を震わせた。

 

 混じり合い、弾かれあったエネルギーが巨大な爆発を引き起こし、一夏と真宏をアリーナの遮断シールドへと叩きつけるに至るまで暴走したエネルギーの爆発が、強制的にその戦いに終止符を打ったのだった。

 

 

◇◆◇

 

 

「……そして結局あのザマか」

「いやー、いいものが見られました。あとで真宏くんにはお礼を言っておかないとですっ」

 

 遮断シールドに守られたピットの中、光が収まったアリーナの中央に現れた巨大なクレーターの両端に倒れ伏す一夏と真宏の二人を眺めながら、千冬とワカが言葉を交わす。

 

 周りにはこれまでの戦闘データをまとめる者とアリーナ内へと救援に駆けつける者とに分かれているが、二人はそれらへと参加することもない。

 IS学園側と今回の調査団側それぞれの管理者の立場にあるからという理由もあるが、それにも増して、こうして二人だけで話せる機会がようやく回ってきたことも大きかった。

 

「それにしても、昔篠ノ之道場にいた頃と比べれば神上の成長も著しい。さすがはお前が鍛えただけはあるか」

「鍛えたってほどでもないです。私が近接戦闘なんて教えられるはずはありませんし、それ以外だって強羅のフィッティング前後にちょっと訓練に付き合った程度ですよ。一夏くんこそ、あそこまでピーキーな性能の白式を使いこなせてすごいです」

 

 二人の身長差はかなりあるため、並び立ってしまえば実際以上に二人の年齢が離れているように感じられるが、時折千冬は自分の隣に立つ小柄なこの女性が、自分より遥かに年経た海千山千の強者なのではないかと思うときがある。

 

「それに、今日真宏くんが見せてくれた戦いは私の期待以上でした。……ふぅ、強羅をあんなにカッコよく使ってくれるなんて、最高ですっ」

「……そうか」

 

 あるのだが、大抵次の瞬間にはこうして跡形もなく緩むために今一つその想像に自信が持てなかったりする。

 

「そして、最高だからこそ真宏くんには頑張ってほしいです。きっと一夏くんだけじゃなくて真宏くんも、これから色々大変ですから」

「……束のことは聞いたか」

「臨海学校に姿を現して妹さんにブレード光波を出す専用機をプレゼントして、多分シルバリオ・ゴスペルの暴走を引き起こしただろうということくらいは」

「おそらく、束は今後も世界中どこの国家や組織にも捕えられないだろう」

「でしょうね」

 しかしそれでも千冬はワカという人間を信頼している。

 友人と呼ぶには仕事めいた付き合いばかりが先に立っている上に、ISに関わる企業の人間という千冬にとって微妙な立場の相手であるが、それでもその人となりが根本的に善人なのは間違いない。

 IS学園の教師として、天涯孤独に等しい身の上の真宏に対してワカが有形無形の支援を施していることを知らないはずもないのだから。

 

 

 しばし押し黙る二人。

 今のこの世界のありようはどこか歪つなように見えて、だが奇妙に安定している。

 ISという強大な力の存在と、それを作り出した篠ノ之束。

 これらが混じった世界は一体どこに向かっているのか。

 

「だというのに、織斑の奴め。本来射撃型の相手にこれほどまで追い詰められるとは。ますますしごいてやらねばならんか」

「ほどほどにしてあげた方がいいと思いますよ、一夏くんもすごく頑張ってましたから。……本当なら、<弁慶>にはもっとロマン溢れる長柄の武器がたくさんあったんです。先端がアタッチメント式になっている槍とか斧とか鎌とか。真宏くんがそういうのを一切使えなかったのは、真宏くんの思った以上に一夏くんが強すぎてどんどん短くて速い武器にしなきゃ戦えなかったからですし」

 

 ほう、と千冬は感心する。

 初めて会った頃は「ブレード? 新種のグレネードですか?」などと半ば本気で聞いてくるような、火力バカと大艦巨砲主義が悪魔合体して生まれたようなIS使いであったというのに、あの戦闘からその事実を読み取れるということはなかなかどうして成長しているらしい。

 

「なるほど、お前も少しはマシになったようじゃないか。――蔵王重工「若」社長は伊達ではないな。……いい加減、日本代表に就任したらどうだ。モンド・グロッソでもお前ならいい成績を収められるだろうに」

「前からいろんな人にそう言われる度に言ってますけど、グレオン部門が開設されたら出ます。……それより、周りに人がいるところでその名前で呼ばないでくださいよ。せっかく真宏くんにとっては『ちょっと親しみやすいお姉さん』で通ってるのに、正体がバレちゃったらどうするんです?」

「……ああ、すまんな」

 

 ほぼ確実にバレているだろうことにこの女はまだ気付かないのだろうか、とは思うだけにとどめて口に出さない千冬。

 グレネード系の大物火器の扱いと、時折見せる知性の深さ以外は大抵こんな感じであるが、それでもワカとの会話が楽しく得る物も多いのは紛れもない事実。

 

 実は今日の調査団受け入れについても、ワカが蔵王重工の発言力を駆使して他国の動きを牽制したために白式と強羅の開発元だけが調査に来る形になったという情報もあることだし、なかなかどうして頼れる相手だ。

 

 ようやく収容されてきた、半分気絶している真宏と一夏が思ったよりひどい有様であったことに驚き、慌てて駆け寄るワカの後ろ姿を眺めながら、千冬は真耶に保健室の手配を頼む。

 

 

 臨海学校で久々に直接会った束の言葉と行動。

 そこで得た、篠ノ之束という存在がこれからも数々の事件を引き起こすだろうという確信を思う。

 

 ひょっとすると、再び自分も剣を取ることになるかもしれない。

 

 篠ノ之束の親友。

 ブリュンヒルデ。

 白騎士。

 暮桜。

 

 世界最強。

 

 自分の身について回るいくつものしがらみを思ってため息をつき、さっきまでの有能そうな雰囲気はどこへやら、慌てた様子で一夏と真宏の周りを駆けずり回っているワカの様子を見ながらそちらへ歩みを進める。

 

 次々上がる報告によれば、いつぞやの学年別トーナメントで真宏が戦った時のように遮断シールドのジェネレータが悲鳴を上げ、アリーナの整備にはかなりの時間を要するのだという。

 しかも今日のこの調査は極秘とまではいかないものの、一般生徒やその他の教師には可能な限り秘匿されるべきものであるため、そう簡単に直すこともできない。

 

 ひとまず、二人が起きたらウォーターワールドで面倒を起こしたとさっき報告があった、セシリアと鈴の引き取りに向かわせよう。

 一夏は今日の調査のために結果として鈴との約束をすっぽかした形になっていることだし、埋め合わせにもちょうどいいだろうと思いながら、目を閉じた一夏の様子を見て少しだけ足を速める。

 

 

 一夏と真宏の元へと歩いて行くと、アリーナをぐるりと囲むひさしの影から光の元へとその身を投じることになる。

 ギラリと輝く夏の太陽に照らされ、スーツに染み込む熱を感じながら、普通の学生ならば友人と遊び回るだろうこんな日に、大人に囲まれ研究材料にも近い扱いを受けている自分の弟と、その友人の境遇を思うのだった。

 

 

 ……まあ、二人揃って物凄い楽しんでいる気がしなくもないのが、唯一の救いかもしれないのだが。


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