海上に浮かぶ島丸ごと一つからなるIS学園と、日本の本土を結ぶモノレール。
物資輸送用の港を除けばIS学園へと渡る唯一の手段たるこの交通機関であるが、実のところ利用者はほとんどいない。
なにせIS学園は基本的に全寮制の学校であるため外部からの登下校という行為が存在せず、生徒が許可なく外出することも禁止されている。
それに加え、ISに関する機密や操縦者、代表候補生などが多数存在しているために外部から気楽に客が来るなどということもありえず、必然的にこのモノレールが使われるのは主に休日、生徒が学園外へと買い物などに出かけるときに限られてしまう。
だから、今まさに俺が乗っている電車にも客などほとんどおらず、少なくともこの車両には他の乗客がいない。
普通であればこのモノレールの運営が正常に行われているのか不安に思うところなのだろうが、今は、今だけはすごく助かっている。
なぜならば。
「うぅっ……、ぐす……ふぇええ……」
「……ほら、そろそろ泣きやめ」
俺の隣には、ボロボロ泣いている女の子がいるのだからして。
誤解の無いように言っておこう。
この子を泣かせたのは、決して俺ではない。
何故なら俺は、俺だ。
一夏のようにフラグを無駄に乱立させたり、その上で全てへし折ったり、その結果として女の子を怒らせたり泣かせたりなどと言うことはこれまでの人生で一度としてなかった。
……まあ、自慢になるかどうかは微妙だが。
ともあれそんな俺だからこの子に何かひどいことをして泣かせてしまったなどということはなく、むしろ逆だと主張させていただこう。
ではなぜ彼女が泣いているのかと言えば。
「映画見に行って泣くのはまあいいとして、映画館からここまで泣きっぱなしはさすがにどうかと思うぞ、簪」
「ご、ごめ……っ。あの映画、すごくうれしくて。う、うぅぅ~……」
……そんな理由だった。
もう少し詳しく状況を説明しよう。
俺の隣の席で泣いているこの少女、名を更識簪と言う。
一年四組に所属する、一年生専用機持ち最後の一人……であるはずなのだが、専用機完成間近に製作元である倉持技研が一夏用の白式開発へ全精力を傾けてしまい、彼女用の専用機開発が滞ってしまったという不運な経歴を持っている。
簪は、それを見るに見かねて自ら引き取り、専用機を自力で完成させようとしている知恵と力と努力の子。
そして同時にIS学園生徒会長更識楯無さんを姉に持つ、ひょっとしたら忍者的な技の一つも覚えているのではないかと思われる逸材だ。
この子はそういった理由から日々整備室に引きこもり、整備科の先輩達にも頼らず一人で自分のISを完成させようと頑張っているのだが、俺とはひょんなことから仲良くなった。
「さて、今日も強羅の最適化するか! 最初っからクライマックスで!」
「ぴくっ」
「よしできた! それじゃあ先輩達、ひとまず装着するんで見ててください。キバって、いくぜ!!」
「ぴくぴくっ」
大体こんな感じ。
俺がもはや意識せずとも自然にこぼしてしまうネタの数々に、整備室内で唯一反応してくれていたのがこの簪だった。
本来ならばもう少し時が過ぎ、専用機持ちタッグトーナメントのあたりで一夏の前に現れるはずなのだが、俺の行動範囲は一夏のそれと異なっていたためにこの時期既に出会うことになったようだ。
だが、そうして出会った同好の士を無視する理由はない。
無口で無愛想な簪の対応にもめげずに何度か話しかけてみたら案の定とても話が合い、今では普通に会話ができるくらいには仲良くなることができたわけだ。
しかしそこで問題が一つ発生してしまった。
簪は俺と同じくヒーローが好きであり、アニメから特撮まで一通りイケる口の優秀なヒーローオタクだ。
だが、現在は家庭の事情もあって自分の専用機を完成させることしか頭になく、昼夜を忘れて整備室に引きこもっている状態にある。
とくれば彼女が世情に疎くなるのは自然の流れであり、例えば劇場公開されている映画のことなど全く知らなくなっていたりもする。
「そういえば、簪って例のライダー大集合映画は見たか?」
「…………………………………………………………え?」
その時の簪の表情は、ちょっと言葉にしがたいものだった。
ギギギギ、と関節が錆ついてでもいるかのようなぎこちない動きで首だけをこちらに向け、妙なタイムラグを伴って喉の奥から絞り出された声は死人のうめき声のよう。
手に持っていた工具はバラバラと崩れ落ち、整備室の硬い床に跳ねてどんがらがっしゃーんと盛大な音を出して周囲の注目を集めまくる。
信じられないことを聞いたとでも言わんばかりに見開かれた目は瞳孔すら開きかけ、まるでどこぞのうさみみ小学生探偵がインスピレーションを働かせた時のようである。
……別に俺は変態じゃないぞ。
仮に変態だとしても、それは変態と言う名のロマンだよ。
などとどうしようもないことを直感的に考えてしまったりもしたが、それでもあえてあの時の簪の表情を一言で表すならば、そう。
絶望がお前のゴールだ、って感じ。
このままでは地獄を楽しんでしまいそうだった。
そんなわけで、歴代ライダー総登場の映画を存在すら気付かずに見逃したと知った簪の沈みようといったらなかった。
俺はてっきり、簪ほどのヒーローマニアなら当然一度ならず見た後だろうと思って声をかけた。だが実際蓋を開けてみれば、気付いた時には既にどこの映画館でも上映していないという時期になっていたなど、もし俺が簪の立場であったとしても耐えられまい。
こうなってしまった原因の一端は俺にもある。
元々映画の存在を知らなかったのだから、そのままに触れずにおいてやれば幸せだったものを最悪のタイミングで知らせてしまった以上、なんらかの形で責任を取らなければならない。
……というか、時々一人で廊下を歩いていたりする時に背後からパチンパチンと扇子を開いて閉じる音が聞こえるんだよね。
まるで、「早く簪をなんとかしろ」とでも急かすように。
うん、何とかしなければならない。
簪の友人的な意味でも、俺の身の安全的な意味でも。
虚ろな瞳の簪から見逃した映画のDVDを予約したことを知らされた俺はそう決意し、方々大型のシネコンから小さな劇場まで片っぱしから映画館を調べ上げた。
さすがにどこもかしこも既に上映を終了していたが、それでもしぶとく調べ続けた結果、まだこの映画を上映している劇場を昨日になってようやく見つけることができた。
「というわけで簪、一緒に映画見に行くけどいいよな? 答えは聞いてない!」
「えっ、あ……っ。……え?」
そして、相変わらず専用機(予定)である打鉄弐式の開発に絶賛行き詰まり中だった簪を半ば引きずるようにして学園を飛び出して、映画を見てきたというわけだ。
しかしその結果は御覧の通り。
映画見て感動しまくった簪の涙腺は脆くも決壊し、ダバダバと涙をこぼし続けているのでありましたとさ。
まあ、そういう俺も結構危なかったんだけどね。
最初に一人で見に行ったときは周囲に親子連れが入る中でありながらかなりボロ泣きしたし、今日だって隣に簪がいなかったら確実に泣いていた自信がある。
そんなわけで、本来ならば映画を見せたら適当なところで別れるつもりだったのだが、当の簪は御覧のあり様。
さすがに放っておくわけにはいかず、こうしてIS学園まで送り届けに来た次第である。
「ほら、もう駅に着く。立てるか?」
「ぅぐ……大丈夫」
最後にずずっと小さく鼻をすすり、IS学園駅のホームへと入ったモノレールから降りる俺達。
幸いにしてまだ昼間だからホームにすら利用者がほとんどおらず、ハンカチで目元を押さえながら俯く簪を慰める俺を見ている者は誰もいない。
「……今日は、ありがとう。それとごめんなさい。こんなに泣いて、迷惑かけて……」
「なに、そのことは構わんさ。俺もあの手の映画を人と一緒に見に行くのは随分久しぶりだから、楽しかった。……ただ、さすがに泣きすぎだ」
実のところ、俺は昨日からちょっと実家に帰っているため、簪を送れるのはここまでだ。
まだ目も鼻の頭も赤いものの、ようやく涙自体は止まってくれた簪と別れたらまた家に帰り、昨日の続きの掃除やら何やらをしなければならなかったりする。
モノレールの車内でも泣きやまなかった簪がこのままちゃんと寮まで帰れるかは少し不安だったのだが、見逃したと思っていた映画を見られて満足したのか少しすっきりした表情をしているから大丈夫だろう。
「うん、本当にごめん。……次からは、もうちょっと我慢できるようにするから」
「割と本気で頼む。じゃあ、そのための練習がてら笑ってみな。泣いてもいいんだよ、また笑えればそれだけで英雄だ。ほれ、にーっと」
「あぅ……に、にー?」
「次はにこっと」
「に、にこ?」
「にっこにっこ」
「ごめん、そのフリの先は私が言うべきじゃない気がする」
俺に言われるがままにぎこちないながらも笑顔を見せていたが、ボケ倒していたら次第に自然な笑みが浮かんできた簪。
眼鏡型ディスプレイの奥で涙にきらめく瞳と色よい唇の描く弧はそれでもなかなかの華やかさを表情に沿え、正直かなり可愛かった。
「……あ、ああ、それでいい。それじゃあまた、整備室で」
「うん、また」
そう言ってひらひらと手を振り合い、再びモノレールに乗る俺と、寮へ向かう簪。
いやはや、つい勢いで女の子を映画に誘ってしまったが、こういうのは一夏に押し付けるべきだったろうか。
慣れないことはするもんじゃないね、ホント。
一人になった途端に両肩へずしりと重みがかかるように感じられる疲労を持て余しながら、俺はそれでもどこか晴れ晴れとした気持ちを抱いて自宅へと帰って行くのであった。
ひょっとして、また簪を連れて映画見に行くフラグ立ったんじゃないか、とか思いながら。
……ホント、これで終わればいい話だったんだけどね?
◇◆◇
「ふぅ……さすがに買いすぎたか?」
ガサガサと騒がしい音を立てるスーパーのビニール袋が両手にぶら下がる数、実に六個。
近所のスーパーで久々の買い出しをしていたら、ついつい買うものが増えてしまっていた。
どうせ俺一人が数日滞在するだけだからそれほど食料品は必要ないが、それでも掃除用具やらなにやらの日用品も一緒に買ったからかなりの量であり、重い。
しかしそれでも足元が揺るがず歩いていられるのは、IS学園での鍛錬の賜物だろう。
……時々一夏をからかったりヒロインズをあおったりしては千冬さんにグラウンド10周やらアリーナ30周(PIC、補助動力を切った強羅装着バージョン)を課されているから、この程度屁でもないのさふぅははは。
昔じーちゃんが死んですぐ、一人暮らしを始めたばかりの頃はヒィヒィ言いながら買い物袋を提げてふらふらと歩いていたことを考えればエライ進歩である。
過程を考えれば間違った進化である可能性は否めないのだが、結果がすべてと言うことでスルーさせていただこう。
「それにしても、今年の夏も色々あったなぁ」
そんな風に買い物袋など下げて夕暮れ時に家路を歩いていると、やはりこれまでのことを振り返りたくなったりもする。
例えば思い出されるのは、先日行われた白式と強羅の調査会。
模擬戦最後の激突で気を失い、目覚めた俺と一夏を待っていたのはウォーターワールドというプールで面倒事を引き起こした鈴とセシリアの回収任務があった。
本来ならば誰かIS学園の先生が出向くべきところであるが、第三アリーナに未だ大きく残っていた模擬戦によるダメージの修復をしなければならないために、手が足りなくなったのだそうな。
そんなわけで俺と一夏でウォーターワールドへ向かい、むくれる鈴とセシリアに一夏が超高いパフェを奢らされることになったりしていた。
まあ、結果として約束すっぽかしたのは事実だから妥当な線だろう。
続いてその夜、一夏が鈴とセシリアに連れて行かれたメイド喫茶的な店でおみやげに買ってきたクッキーを持ってシャルロットとラウラの部屋へ行く際も、どういうわけか連れて行かれてしまった。
まあ別に断る理由もないし、面白い物も見られるだろうと付いて行ったら案の定、シャルロットとラウラはのほほんさんが普段から愛用しているのに似たきぐるみ風パジャマを着ていたのだった。
ただ、その日に出かけて買ってきたらしい白猫と黒猫のパジャマを着ていた二人の姿も、そんな姿を一夏に目撃されて照れる姿も大変可愛らしかったのだが、壁の一面を占領している一夏の等身大ポスターが異様な雰囲気を放っていた。
いやあ、いつぞやラウラにプレゼントしたあのポスター、有効活用してくれているようでなによりだよ。
一夏は鏡があるわけでもないのに圧倒的な存在感を持ってそこにある決め顔決めポーズな自分の写真にげんなりとしていたが、まあそれもお前の生まれ持った宿命だから受け入れるがいい。
「な、なあシャルロット。やはりこういうパジャマは私には似合わんから裸でいい。そもそも一夏は私の嫁なのだから、そうすれば自慢の婿の誕生だぞ」
「それ遠回しな死亡フラグだよ、ラウラ」
……一夏がお土産のクッキーを食べるため、ホットミルクなど用意しに行った後の二人がそんな会話を交わしたりしていたのだが、まあ日本に馴染んできたからということにしておこう。
この二人を同室にしたのは間違いだったのではなかろうかと、部屋に備え付けられたテレビの下に綺麗に整頓されたGガンダムとビッグオーと仮面ライダーカブトとWのDVD(全て俺が貸した物)を見て不安に思う俺なのだった。
ちなみに、ラウラと一夏が婿と嫁なら千冬さんの立ち位置ってテラーのお父様である意味ぴったりすぎね、とかちょっと思ったりもしたのは気のせいだ。
気のせいだったら気のせいだ。
「篠ノ之神社の祭りに行けなかったのは少し残念だったけど……まあ、箒にとってはその方が良かったか」
そしてそのしばらく後に行われた篠ノ之神社の夏祭りについてだが、これまであまりいいところの無かった箒のため、是が非でも一夏を行かせようと奔走した俺は、ちょうどその頃簪を映画に連れていくために劇場を調べまくっていたせいで行くことができなかった。
まあ、これまでせいぜい臨海学校の夜くらいしかイベントの無かった箒にだって一夏と二人きりになるチャンスくらいあってもいいはずだから、結果オーライといったところか。
……あとで箒に夏祭りのことを聞いてみたら、結局最後にヘタレてキスの一つもしなかったようなのだが。
まったく、イベントの数こそ少ない物の、その全てがあとちょっとでキスレベルまで行っているというのに間の悪い子だよ、箒は。
「まあいいや。さて、今日は久々に思う存分料理しよう」
昨日の内に自分の部屋とじーちゃんの部屋、そして台所周りは積もったほこりを払い、徹底的に綺麗にしてある。
IS学園にいると食堂の料理がおいしいし、しょっちゅう厨房を借りるのもなんなのであまり料理をしていないが、それでも十年来の習慣兼趣味になっている料理をするのは楽しい物。
今日は自分の好きなものを好きなだけ作るとしよう。
「お、帰ってきたか真宏。おかえり」
「……どうして鍵かけたはずの自宅に帰ってきたら平然とお前がいるのか説明してもらおうか、一夏」
あ、ありのまま今起こったことを話すぜ!
「しっかり施錠した家に帰りついてみたら、家の鍵を持ってないはずの一夏が当たり前のようにいた」
な、何を言ってるのかわからねーと思うが面倒だから以下略。
そういえば一夏も今日あたり自宅に帰っているという話を聞いてはいたが、なぜそんな奴がここにいるのか。
……待てよ、篠ノ之神社の夏祭りが終わった後のIS学園の夏休み、一夏が自宅に帰る日といえばっ。
「一夏だけではなく、私もいるぞ」
「お、お邪魔してるね、真宏」
そしてぞろぞろ出てくる一夏ヒロインズ。
ラウラにシャルロット、そして箒、鈴、セシリアとぞろぞろ居間の方から出てきやがった。
そうだよ、一夏と二人っきりになろうと考えた五人が同時に織斑家へと押しかけるイベントの起きる日だったよ。
「……で、一夏?」
「いやあ、どういうわけだかみんな俺の家に遊びにきてさ。せっかくだから真宏も呼ぼうと思ったんだけど連絡付かなかったから、こうして来てみたってわけだ」
「玄関のカギは私が開けた。真宏、あの程度の鍵ではセキュリティ上問題があるぞ」
問題があるのはどう考えてもラウラの方だというツッコミを入れることもできたのだが、どうせ無駄だからやめておこう。
ふんぞり返って自慢げに言うラウラの後ろのシャルロットがごめんとばかりに手を合わせていることからするに、止める間もなく鮮やかな手並みで開けてしまったのだろうからして。
特殊部隊で鍛えた技能をこんなところで発揮しよってからにこの子は。
「ふう。まあいいや、来てしまったのならば仕方ない。まとめて歓迎してやろう、盛大にな!」
「おう、俺も真宏の家に来るのは久々だからな。色々遊ぼうぜ」
「それ、あたしが前に言ったわよ真宏」
だがまあ、これはこれで悪くない。
そもそも無口すぎてほとんどしゃべることすらなかったじーちゃんと一緒に住んでいたころから騒がしいこととは無縁であり続けたこの家が賑やかになるというのも、たまにはいいものだからね。
「いけっ、ファンネル!」
「ガトリングとミサイルのフルバーストっていいよね!」
「あああああっ、あたしのナタクがー!?」
「おっ、お前達エクシアとナタク相手にそれはないだろう!?」
そして、繰り広げられるゲーム大会。
ついさっきまでモンハンをやっていたのだが、双剣使いの鈴が一夏の太刀にふっ飛ばされまくるのでソフトを変えた次第。
いやあ、昔の鈴はこの手のテレビゲームがそれはもうどうしようもないほどに弱かったけれど、俺と一夏が時折ロボゲの話題で盛り上がっているのを見てなんとかその輪に入ろうと頑張っていた結果、人並程度の実力は手に入れることができたようでなによりだ。
とはいえ、さすがに例のロボゲをここでやったら俺と一夏とシャルロットが他のメンバーに負けるなどあり得ないため、ガン○ムVSガ○ダムをやっている。
このゲームはなかなかの人気であり、ここにいる面子は全員持っているからこういうときにはちょうどいい。
IS学園は外と隔絶されているからこういう娯楽用品を手に入れるのが難しいかと思ったら、さにあらず。
そもそも設立の趣旨からして多国籍であることを宿命づけられたIS学園の購買は、こうしたゲームやらボードゲームなんかの類も含めて各国の物が多数存在しているために実のところ品ぞろえは異様なほどに豊富だったりする。
おそらく、今後それぞれの国を背負って立つことになるエリートたる代表候補生やIS関係者へのさりげない宣伝のためなのだろう。
本当に、商魂たくましいことである。
今プレイしているのはラウラ・シャルロットチームVS鈴・箒チーム。
キュベレイMk-Ⅱのラウラとガンダムヘビーアームズ改のシャルロットが、近接戦闘型であるガンダムナタクの鈴とガンダムエクシアの箒を一切近づけさせずにボコっている。
双方遠距離戦が得意な機体のチームと近距離特化のチームであるため、どちらかが圧倒すると言うことが起きやすい。
とはいえ、今回こそ一方的な展開になっているがさっきはファンネルを掻い潜った鈴と箒がまずラウラを血祭りに上げ、返す刀でシャルロットをボコるという逆の展開が見られたりもしたから、意外と熱い戦いになったりするのであった。
「いくぜっ、デストロイモード! ……だあっ、また当たらない! どうして真宏はその機体でそんなに強いんだよ!?」
「んむふはははははは! 舐めてはいけない、舐めてはいけないのだよ、俺のロマンを! そして俺の……アッガイを!」
その一方、こちらは一夏のユニコーンガンダムと俺のアッガイが無駄に熱い戦いを繰り広げていたりもする。
なぜか一夏は執拗にユニコーンガンダムしか使わず、俺の方は色々な機体を使うが、中でもアッガイで仲間内最強の座についているから、早々負けてはやれない。
たとえビームマグナムが来ようとデストロイモードで攻めてこようと、俺の先読み技能とアッガイの機動力の前ではカトンボ同然なのだよ。
「うぅっ、みなさん楽しそうですわー……」
「まあ、そう落ち込むなセシリア。次一夏との対戦代わってやるから」
そして今回は対戦から外れ、一人ターンXでアーケードモードを進めているセシリア。
セシリアが溢れてしまったのは、別に仲間はずれにしようなどという意図があろうはずもなく、ただ単に人数割りの都合と、そしてセシリアについて回る特異体質が原因となって除外されてしまっているのだ。
セシリア自身はラウラ同様ごく普通にファンネル系の機体を好んで使う子であるのだが、何故か対戦をしていると一定の割合で原因不明のバグが発生し、本来プレイヤーは使えないはずのサイコガンダムMk-Ⅱが乗機になってしまうという、難儀な体質をしていたりする。
パイロットとセシリアの声が妙に似ているところが怪しいのだが、原因は不明ということにしておこう。
ともあれそんな不思議現象がよくおこるし、しかも無駄に強い。
バグに混乱してがちゃがちゃと動かしているだけのはずなのに、絶妙のタイミングで迎撃のビームが飛んでくるのだから、一体なんの呪いだって話である。
どうしてゲームをするだけでもこんなにカオスになるのか、この面子は本当にわけがわからないよ。
「だああーっ、ダメ! やっぱりこれじゃ勝てない!」
「あ、あはは……ごめんね、鈴。僕もつい熱くなっちゃって」
俺とセシリアが交代し、例によって発生したバグで一夏のユニコーンガンダムがサイコガンダムに挑まなければならなくなったころ、隣から鈴の叫びが上がった。
多少マシになったとはいえ、やはりテレビゲームが得意とは言えない鈴の負けがこんできたらしい。
例のロボゲにおいてIS学園最高峰のとっつきらーであるシャルロットと、途中からこっそり眼帯を外してヴォーダン・オージェを使っているラウラ相手ならばそうもなろうというものなのだが。
本気出しすぎだろお前ら。特にラウラはそんなにあっさり使っていいものなのか、それ。
しかし、こうなるとこの後の展開もきっといつも通りなのだろう。
「それはしょうがないからいいわ。でもここまで勝てないと悔しいから……」
「悔しいから?」
「おい、デュエルしろよ」
そして、流れるようにデュエルが始まるのでありましたとさ。
いつぞやラウラが一夏に勝負を挑むために言ったこのセリフ。
あのあと本当の意味はどういうものなのかを聞かれた俺がついうっかりアニメを見せながら説明したところ、ラウラが妙にハマり、周囲に感染し、元から俺たちに付き合う意味でやっていた箒と鈴に加え、今では皆がデッキを持つようになってしまった。
ゲームからカードまで何でも売っているIS学園の購買は、本当に品ぞろえが豊富だよね。
「私のターン! フィールド上のドラゴン族モンスター一体を除外して、レッドアイズダークネスメタルドラゴンを特殊召喚!」
「くっ、またレダメか! だが私の極神聖帝オーディンに敵うと思うなよ!」
ちなみに、鈴はドラゴン族デッキでラウラはオーディンデッキであったりする。
その他セシリアは魚族デッキ、シャルロットはドラグニティ、箒は六武衆デッキを使ってくる。
お前ら本当にISの訓練してるんだろうなと思うほどによく練られたデッキを使ってくる彼女らなのだが、特に箒とシャルロットはマジ勘弁なデッキだから困る。
ちなみに、俺と一夏のデッキは。
「墓地にライトロードと名のつくモンスターが四体以上あるときっ、裁きの竜ジャッジメントドラグーンは手札から特殊召喚することができるっ! そしてライフを1000払い、フィールド上に存在するこのカード以外の全てのカードを破壊する!」
「甘い! トラップカード、スターライト・ロードを発動! その破壊を無効にして裁きの竜を破壊し、スターダストドラゴンを特殊召喚!」
一夏がライトロード、俺が蟹デッキだったりする。
一夏の方は強力なモンスターだらけであるものの、出せば出すほどデッキという命が削られるライトロードデッキ。
そして一方の俺はアニメの主人公である蟹こと遊星のデッキに多少の実用性を混ぜたものの、基本的に開幕手札全ぶっぱというスタイルを継承しているために速攻で勝負を決めなければズタボロに負けるという、一夏に負けず劣らずの恐ろしいデッキだ。
そんな二つのデッキが戦えばどうなるか。
それはもちろん、短期決戦以外にはありえない。
「くっ、倒しきれなかったか! だが次のターンになればまだ望みはある!」
「俺のターン、ドロー! ……悪いな一夏、俺の勝ちだ」
「何!? ま、まさか!」
「その通り! エンジェルリフトでチューニングサポーターを蘇生! 手札からターボシンクロンを召喚してフォーミュラシンクロンをシンクロ召喚! そしてアクセルシンクロ、シューティングスタードラゴン! ……くらえ一夏、スターダスト・ミラージュ、グォレンダァ!!」
「なんでそんなにチューナー入ってるんだよおおおお!?」
上手くハマればこうしてロマン溢れる勝利を得ることもできるこのデッキ、なかなか気に入っておりますです。
◇◆◇
「あー……結構気合入れて遊んだな」
「そうだなー……」
そんなこんなで騒がしく時が過ぎ、今は夕食後のまったりタイムである。
とは言っても主にまったりしているのは俺だけで、一夏は今のセリフの最中も眉間に深いしわを刻んでいたりするのだが。
まあ、一夏に手料理を振舞おうと奮起した五人の料理を食べたのだから無理もないだろう。特にマンガおでんのラウラとビーフタバスコガノフのセシリア。
一夏は家事も上手く人当たりも良い奴なのだが、人が作った料理に客観的な評価を下せないのが難点である。
それでもセシリアの料理を平らげることができるのは正直驚きの一言だが、せめて一言当たり障りのない言葉で味見を勧めてやればよかろうに。
俺に累が及ばない限りどうこう言う気はないが、どうしてこいつはこうやってわざわざ難儀な道に進むのであろうか。
「洗い物、終わったぞ」
「料理してるときから思ってたけど、真宏の家ってすごく綺麗なキッチンだよね」
とかなんとか、一夏と二人で膨れた腹を抱えているところに声をかける、台所から出てきた五人の少女達。
さすがに客人に料理の支度から後片付けまでさせるのはどうかと思ったのだが、片付けを終えるまでが料理と言ってきかなかったので、せっかくだからご厚意に甘えることにした。
いやはや、この家がこんなに賑やかになったのは初めてだから、なかなか楽しいもんだ。
「ありがとう、みんな。……そうそう、ちょっとしたデザートを作ってある。お礼だ、食べて行ってくれ」
「へえ、真宏って料理も上手だけどお菓子も作れるの?」
「作れるどころか、ヘタするとお店で出せるレベルよ。……ホント、一夏といい真宏といいどうしてあたしの周りの男は料理上手ばっかりなのよ」
「さっき冷蔵庫の中にあったアレですわね。それならわたくしがチェルシー直伝の方法で紅茶を入れてさしあげますわ」
料理の出来はお察し下さいなセシリアだが、しっかりと目端の利くところを生かして俺特製デザートの存在に気付いていたらしい。
久々に食べたくなったこともあって半ば無計画に作りすぎ、なんならIS学園に持って帰って寮のご近所さんにでも配るかと思っていたのだが、これだけの人数がいれば十分食べきれるだろう。
冷蔵庫の中で器ごとしっかりと冷やされたデザートと切り分け用のナイフを盆に乗せて、わくわくと待っている十代女子のもとへと向かって行く。
「へいお待ち。今日作ったのは洋菓子三種類。それぞれ……」
「プリン! トルテ! ティラミス!」
「の、プトティラセットだ。どうぞ召し上がれ」
「……ああ、だから冷やしてあるんだ」
「ほう、ドイツの菓子も用意するとはわかっているではないか」
「相変わらず真宏の作るものは何でも美味そうだな……。ふむ、このトルテの上に並んでいるのは桃か」
シャルロットが名前の由来に気付いてくれたようでなにより。
そう思いながらコトコトと音を立てて器をテーブルに置いていくたびに、さすがに女の子だけあって甘いものに目がない少女五人の表情が輝いていくのは、なかなかに悪くない気分だ。
卵をたっぷり使い、カスタードクリームの甘さをカラメルの濃厚な香りで包むとろとろのプリンに、さくさくの生地の上に噛めばシロップが溢れる桃のコンポートを並べたトルテ。
そしてビスケットとクリーム、ココアパウダーの色合いも美しく三層になったティラミス。
どれ一つとってもそこらの女子を唸らせる出来との自負があるデザート三連発。
これらならば、代表候補生4人を含む彼女らにもきっと満足してもらえるだろう。
「わ、このティラミスすっごくおいしい。ここへ来る前に一夏の家で食べたコーヒーゼリーもおいしかったけど、こっちはミントとお皿に乗ったチョコレートソースの飾りも綺麗だし、このままお店に出せそうだね」
「とか何とか言いながら躊躇なく砂糖菓子人形の首をかじりに行く当たりさすがだよな、シャルロッテ……じゃなかったシャルロット」
皆大変上品に食べているのだが、約一名シャルロットだけ砂糖菓子人形が妙に好きらしく、真っ先に食べていた。
しかも首から。
俺の言葉には首を傾げていたので自分がマミったことはわかっていないようだが、それでも相変わらず口に首なし人形を咥えながらなので本来可愛らしいはずの仕草が妙に恐ろしかった。
そういえば簪もあのアニメを見て涙目になっていたなあ。
奇跡も魔法もある魔法少女ものだと思っていたら、夢も希望もない血みどろ展開だったのだからしょうがないが。
あそこまで涙目になっていたのは、いつぞや戦わなければ生き残れない平成ライダーバトル特撮を一気見してしまったとか言っていた時以来だったよ。
「ちょっとラウラ、あんたそのトルテ桃の多いとこ取りすぎじゃない!?」
「そういう鈴こそ既にプリンを一つ平らげているではないか!」
「お前達、喧嘩をするな。真宏は食べ物を粗末にする者を絶対に許さんぞ」
「……粗末にしない、という名目ならおかわりのティラミスをそんなに大きく切り取っても許されるとお思いかしら、箒さん?」
とまあそれはさておき、他の面々も楽しんでくれているようだった。
所詮俺の趣味の領域を出ないモノではあるが、友達と一緒にわいわい食べれば美味しいものだからね。
「いや、お世辞じゃなく美味いぞ真宏。……うーん、俺もこういうのを練習してみようかなあ」
「そして千冬さんに振舞うんですね、わかります」
そして真剣な顔をしてティラミスの味を見る一夏と、俺のセリフに反応してそこはかとなく鋭く熱い視線を一夏に注ぐ女子連中。
いやはや、やっぱり楽しいものだねこういうのも。
わいわいと騒ぐ一団から目を逸らし、ちらと視線を向けた先にはこぢんまりとした仏壇がある。
俺が5歳の頃に亡くなるまでの間育ててくれていた、じーちゃんの仏壇だ。
本当に無口で、俺のこと、俺の親のこと、じーちゃん自身のことなどほとんど喋ってはくれなかったけれど、それでも良い年のじーちゃんが一人で文句も言わずに優しく育ててくれたのはよく覚えている。
血もつながっていないらしい俺のことをとても心配してくれていた、只者ではないらしいじーちゃん。
ひょっとしたら俺がISを使えることにも関係しているのかもしれないけど、そんなことはどうでもいい。
俺にとって、じーちゃんはいつまでたってもじーちゃんなんだ。
――友達もいるし、楽しくやってる。だから、心配はいらないよ
仏壇に飾られた、無愛想そうなじーちゃんの遺影を見て、胸中にそう呟く。
写真の中の表情は変わるはずもないけれど、俺の仲間たちを見て少しは安心してくれたら、嬉しいもんである。
「真宏ーっ、あらかた食べ終わっちゃったんだけど他にはないのー?」
「って食べるの速くないか!? ……えぇい、ならばしかたない! こんなこともあろうかと用意しておいたこれも手作りのアイスを出してやろう! 今度の三つの味は……」
「ターメリック! トリュフチョコ! バニラ!」
「の、タトバアイスだ。好きなのを好きなだけ食べるがよい!」
「ターメリックってウコンのこと!? どうしてそんなのまであるのよ!」
「だが、他の二つは美味そうだ。……誰が、ターメリック味を食べるかが問題だな」
「わ、わたくしはバニラがいいですわ~」
さすがにターメリック味に怖気づいたか、多少ためらいながらそれでも歓声が上がる居間。
この家で、俺の作ったものを食べて喜んでくれる人がたくさんいるというのも、なかなか悪くないものだ。
「よぉし、それなら誰がどのアイスを取るか、このEカードで決めましょう! あたしの奴隷は二度刺すわよ!」
「いいえ、ここは花札で決めるべきですわ! 分の悪い勝負は嫌いじゃありませんの!」
……悪くないものだと思いたいから、可能な限り穏便に決めてくれよ専用機持ち共。
どこぞの山田先生の言葉じゃないが、一夏の取り合いをしているうちはまだしも、お前らが暴れたら戦争だろうがっ……、てなるんだから。
でもまあ、そんなハプニングも含めて、楽しい夏の思い出だった。
このときまでは。
◇◆◇
「……真宏くん、あなたはいいわよねぇ」
ヒロインズと一夏を帰して数日、自宅からIS学園へと戻って来てみたら、どういうわけかモノレール駅にて扇子を持った青い髪の上級生が出迎えてくれました。
しかも、しばらく見ないと思ったら袖無しの黒いコートを着て地獄から這い上がってきたどこぞの兄貴みたいな、ヤサグレマくった表情で。
「ど、どうしたんですかそんなヒドイ顔をして。美人が台無しですよ?」
「うふふふふ……もう更識も生徒会長もないのよ……!」
ゆらりと顔が上げられ、目元を覆い隠していた前髪の隙間から見える妙に血走った眼がこちらをギラリと睨み据えてくる。
あれ、俺いつの間にこの人に恨まれるようなことをした!?
「本音ちゃんから聞いたわ。真宏くん、簪ちゃんと映画を見に行ったそうねぇ……」
「うげっ!?」
「しかも、帰ってきたときには簪ちゃんを泣かせていたとか、いなかったとか」
バカな、あのとき周りに誰もいないと思ったのに、実はのほほんさんが見ていたというのか!?
あれだけ動きが遅い人なら周りから浮きまくって気付くのも容易なはずなのにっ。
その辺は更識家のお手伝いさんだけあって気配を隠す術を心得ているとでも!?
のほほんさんすげぇ!
「本当に……いいわよねぇ。私なんて、簪ちゃんと一緒に映画を見に行ったことなんてないのにっ」
「……あー、そうだった。この人も実はシスコンこじらせてるんだったよ」
どうして俺の周りの姉弟姉妹はこうもシスコンブラコンが激しいのだろうか。
篠ノ之姉妹とこっちの更識姉妹は色々面倒事を抱えているが、それでも根本的な部分では姉スキーの妹スキーだし。
「映画を見に行くのは……かなり許せないけど簪ちゃんがずっと見たがっていた映画らしいから死に物狂いで我慢してまだ許すとしても、泣かせたのは許せない……ッ」
「そこまで言うならいっそ自分で連れて行ってあげなさいな。あと泣かせたのは俺じゃなくて映画です。……だからその部分展開したISをしまって冷静に話せばわかります」
「問答無用!!」
こういうのは本来一夏の役割ではなかったろうか。
そんなことを思いながら、ミステリアス・レイディの蛇腹剣、ラスティー・ネイルを必死になって掻い潜りつつ、遠くにちらりと見えた千冬さんがこちらに来てくれるまで命が続いていることを切に願う。
横薙ぎに振るわれたラスティー・ネイルを避けるために上体を反らして見上げた空の色はまだまだ夏の深い青さを保ち、秋風が吹くには今しばしの時間が必要だと思わせる。
だが夏休みはもうすぐ終わり、その頃にはIS学園の次なる行事、今まさに俺を斬り伏せんと悪鬼羅刹のような表情を浮かべている更識楯無生徒会長が一夏の前に姿を現す文化祭が待っている。
その時起こるだろう事件と、既に仕込みを始めているイベントのことを思ってワクワクする心は、確かに高鳴って俺の胸を熱くしてくれた。
……まあ、まずはその時まで生き延びなきゃいけないんだけどさぁ!
「簪ちゃんが! 私のことを『おね~えちゃん♪』と呼んでくれるまで! 殴るのをやめないっ!」
「殴るんじゃなくて斬りつけてきてるでしょうが! あとそうして欲しいなら自分から歩み寄れって何度も言ってますよね!?」
「いい加減にせんか貴様らあああああ!!」
俺達三人の叫び声と、千冬さんが夏休み期間中なのにどうしてか持っていたのか出席簿によるアタック(縦)が俺と会長の頭に炸裂する二度の音が夏空へ木霊した。
色々ハプニングも多かったが、本当に楽しい夏だったよ。
それだけは、間違いないのだ。