IS学園の中心で「ロマン」を叫んだ男   作:葉川柚介

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第15話「握手」

『ふっはははははは! どうした一夏、そんなに離れていたら刀が俺に届かないぞ!?』

「近づかせる気もないくせに、良く言うな!」

 

 夏休み明けの九月三日、毎度おなじみ第三アリーナ。

 一組二組合同の実戦訓練にて、俺と一夏の模擬戦が行われていた。

 

「いくぞっ、荷電粒子砲! ……って充填まだ終わってないのかよ!?」

『エネルギー武器の充填率すら失念するとは、射撃型としては未熟、未熟ぅ!!』

 

 セカンド・シフトに伴って出現した雪羅と雪片を手に挑みかかってくる一夏に対し、俺が使っているのはマシンガンとビームマグナムという基本の二丁。

 しかも最近ワカちゃんがマシンガン用増加弾倉を開発してくれたお陰でバラまける弾薬量がさらに増え、トリガーハッピーな気分が大満足できるようになっている。

 

 一夏を相手とした場合、さすがに試合開始直後は白式の機動力に押されて危ない面もあるが、そこさえ乗り切ることができればあとはあっという間にエネルギーが尽きかけになって自滅する。

 マシンガンによる実体弾の弾幕で機動を制限し、ビームマグナムの威力によるダメージ、あるいは雪羅の零落白夜シールドで受け止めさせることによるエネルギー消耗を狙うことが可能となり、そうなってしまえば現在の一夏の技量ではその戦況を覆すことなど容易ではない。

 

 この前は白式と強羅の調査会というイベントだったから俺も一夏に合わせて近接戦闘装備で戦ったが、本来はこれが俺の戦闘スタイルだから実に馴染む。

 マシンガンのマズルフラッシュを空中に転々と残しながら、横方向にスライドするようにして一夏の狙いを外しつつ側面に回りこみ、牽制の弾幕を張る。

 常に相手の射線から逃れる横方向への移動を続けつつもこちらの狙いは逸らさない。

 例のロボゲをやっていたころからの基本戦術であり、いまだに一夏のような近距離型相手にはきわめて有効な戦法だ。

 さすがに強羅の機動性では白式を中心にとどめ置くというよりむしろ俺が周囲を旋回する白式を移動しながら狙い続けている形になるが、それでも武器の射程差はいかんともしがたく、一夏が段々とじれてくる様子が手に取るように分かる。

 

 今日の模擬戦は仲間内勝率ランキングにも関わるのだから、手加減などしてやる義理もない。

 この前やった近接武器オンリーの時とは違う、俺の本気を見るがいい。

 

 

 常人の肉眼ではとらえることすら難しい機動力でアリーナ上空を旋回する一夏と、旋回の中心で一夏を牽制する俺。

 白式は束さんが関わっていることもあり高性能機なのだが扱いが難しく、特にエネルギー効率の悪さは目も当てられない。

 現に今も白式はエネルギーがほとんど底を尽きかけ、雪片弐型はただの実体剣となり、イグニッションブーストも荷電粒子砲も使えなくなっている。

 こうなれば一夏に勝てる望みはほぼなく、事実ついさっき行われた鈴との模擬戦でも同じパターンで見事な敗北を喫していた。

 

 だが油断は禁物。

 一夏はそんな自分の短所も長所も全て理解した根っからのブレオン使い。

 自身のシールドエネルギーが尽きる最後の一瞬まで最善を尽くすことを諦めない奴なのだ。

 

『む、弾切れか』

「! チャァアアアアアンスッ!!」

 

 だからこそ、好機は必ずや捉えてのける。

 

 これまでもマシンガンの射撃を白式の機動力でかなり回避し、一撃で致命的なダメージとなりうるビームマグナムも避けるなり雪羅のシールドで受けとめるなりときっちりこなしてきた一夏。

 いかにイグニッションブーストが使えないとはいえ、元々機動力の高い白式を相手にそうそう楽に勝負を決められるはずもない。

 弾薬消費が激しいマシンガンと装弾数の少ないビームマグナムを使っていては白式のエネルギーが尽きてからそう遅れることなく弾が尽きることとなり、それを待っていた一夏はすぐさま攻勢に転じた。

 

 白式は腐っても近接戦闘型。

 強羅を雪片の間合いに収めんと迫ってくる勢いは、通常加速であっても強羅の最大速度を遥かに凌駕する。

 それまでの回避機動から一転、鋭い弧を描いてこちらに向き直った一夏は雪片を大きく振りかぶって加速。

 半ば破れかぶれのその一撃、見事なものだ。

 

『甘いな一夏! たとえ弾が尽きても、まだ俺には必殺技がある!』

「なんだと!?」

 

 だが、しかし。

 

 いくら機動力に勝る白式であっても、実体剣としても高い威力を持つ雪片であっても、早々負けてやる気はないんだよ。

 

 

 一夏が接近してくる一瞬のうちに左手のマシンガンを放り捨て、右手のビームマグナムをくるりとひっくり返して銃口付近を両手に掴む。

 となれば当然硬くてでかくて重たいストックが先端となり、バットでも振るように構えてやれば何をするかは一目瞭然。

 でありながら、勢いのついたISはたとえPICがあっても急には止まれない。

 

 さあ見るがいい、たとえ最後の弾丸を撃ち放ったあとでさえ諦めることを知らず、徹底的に戦いぬく男にのみ許されたこのロマン。

 

 俺の意図を理解し、顔を引き攣らせた一夏は白式の機動力が仇となって、もはや魅惑のストライクゾーンへの突入コースから逸れることすらできず。

 

『くらえ、奥の手必殺! ティロ・フィナーレ(物理)!!』

「ちょっ、待……ッ、あべしっ!?」

 

 ごうっ、と風切り音を立てて振り抜かれたビームマグナムが一夏の顔面に直撃し、絶対防御の発動とともにふっ飛ばされた一夏がひゅるひゅると錐揉み状態で地面へと落下した瞬間、試合終了のアラームが鳴り響いた。

 

 うん、みんなの唖然とした表情が心地よい勝利だ。

 

 

◇◆◇

 

 

「2連勝~」

「2連勝~」

「……お前らなぁ」

 

 午前の実習を終え、みんなで昼食を取るために集まった食堂にて、出会い頭にヘーイ!とハイタッチをかます俺と鈴。そして、そんな俺達をぐぬぬ顔で見ている一夏。

 まあついさっきボコボコに負けた相手二人にこんな態度を取られればそうもなろうよ。

 

「いやあ悪いな一夏、昼飯はおごってもらうぞ」

「まあ、そういう約束だったからいいけどさあ。……俺はもう2回もおごらされてるのに」

「いいじゃない、あたしは転校する前に実家で13回おごったわよ」

 

 ぶつくさ言いながら俺達の分も含めて会計に回る一夏。

 確かに、「午前の実習での模擬戦成績最下位だった奴が全員分昼飯をおごる」というどこぞのゴチみたいなシステムは、いかに味よし見目よし値段よしなIS学園の食堂でもキツイ物があるだろう。

 ……と思っているのは一夏だけで、代表候補生たる他の面々の場合、国からの助成金でかなり潤ってるから大したダメージではないと言うことには、一夏のためにも言わずにおくべきだろう。武士の情けだ。

 

 ちなみに、今まで言う機会がなかったが俺も財政面では特に不自由がなかったりする。

 

 IS学園入学以前から、死んだじーちゃんの残した蓄えがどうやって稼いだのか不安になるくらいあったし、強羅を貰い受けてからは蔵王重工の製品の宣伝に役立っているということで給料的なお金が出ているし、何故かロマン武装を使うたびにボーナスが出る。

 しかもそのロマン武装がグレネード的なものだったりすると、それとは別にワカちゃんのポケットマネーから個人的な「おひねり」まで出ると言う始末。

 その際の金額については以前、セシリアと鈴を助けるため、ラウラを相手に蔵王重工製の大グレネードを使った後に通帳を見たときは本気で目を剥いたという事実からお察しいただきたい。

 

 お前らそれでいいのか大人共とか、ワカちゃん他にお金の使い道ないのかと思ったことは数知れないが、くれるというなら貰っておくのが俺のスタンスだからとやかく言う気はない。

 ……だがそれでもあの金額は驚いた。

 

 と、話は逸れたが大体そんな感じで俺達の昼食が決まった。

 国際色豊かなIS学園学食のメニューからそれぞれの代表候補生たちは自国の料理を頼んでいたので、俺も豚角煮定食などを頼んでみた。

 

 圧力鍋でしっかりと煮込まれた豚肉はとろとろで味も染みており、思わず激気が溢れてしまいそうになる味だ。

 セットで付いてくる味噌汁もやたら爽やかな味で、以前学食のおばちゃんに秘密を聞いてみたら、トマトで出汁を取っているとのこと。

 幼女が失くした記憶も取り戻せそうなほどの美味さであった。

 

 美味しい料理をもっしゃらもっしゃらと食べている間に、女の子連中はお菓子の話題などで盛り上がっている。

 女三人寄ればかしましいというのだから、専用機持ちが5人も集まったこの状況ならさもありなん。

 飛び交う言葉が潜在的に持っているカロリーの高さにセシリアなど一部が顔をひきつらせていたりもするが、まあ好きに食べておけばいいんじゃないかなぁと、男としては思わざるを得ない。

 

 ……あ、お菓子で思い出した。

 そういえば俺はまた近いうちに何かお菓子を作らなきゃいけないんだった。

 

 いやね、いつぞや簪と映画を見に行って一夏達が実家に襲来したあの日のあと、例によって整備室で会った簪にそのときのことを話したら、簪も俺の菓子が食べたいと言い出しまして。

 普段から無口な簪がいつにも増して無口に、無表情に、冷たい目でこっちを見てくるとなればさすがに嫌とは言えず、整備室の入口からパチリと扇子を閉じる音も聞こえ出せば、拒否権など自然消滅しようって話だ。

 

「……その代わり、私も……作ってあげる。抹茶のカップケーキ」

「ほほう、そりゃ楽しみだ」

 

 そんな感じで、お互いに自作の菓子を持ち寄ろうということになったのでした。

 

 さて、どんな菓子がいいだろうか。

 せっかくだし、簪の作ってくれるものとは被らないように小豆の寒天寄せでも作っていくかな。

 柔らかく煮た粒のままの小豆をうっすら甘い寒天寄せにしたもので、まだまだ残暑厳しいこの時期にはなかなかに嬉しい涼しげな和菓子風の物。ついでにお土産がてらクッキーなど付けておけばよいだろう。

 よし、さっそく今夜から豆を水につけて、煮る準備しておかないと。

 

「はぁ……どうしてパワーアップしたはずなのに勝てないんだろう」

「そりゃあもちろん、あの燃費の悪さのせいでしょ。甲龍を使ってるあたしから言わせてもらうと、正直引くわ」

 

 一人豚の角煮に付ける辛子の量を吟味しながらそんなことを考えていたら、さっきからどんよりとした表情だった一夏がついにぼやきだした。

 どうやら、午前の模擬戦で全員に惨敗したことに悩んでいるらしい。

 

 それに対する鈴の言葉は、言い方こそヒドイと思うがもっともだ。

 ただでさえエネルギー消費の激しい零落白夜を標準装備した白式に、同じく零落白夜を使うクローとシールド、さらにはウィングスラスターとエネルギーを共有している荷電粒子砲を搭載した雪羅も乗せるとなれば、そりゃあ燃費も悪くなろうという話しだ。

 

 そんな会話から転じて、一夏の弱点を補うためには誰が組むのがいいかという話になり、ヒロインズは例によって誰が一夏とコンビを組むかで揉めているようだが、実際誰が組んでもそれなりの物になると思う。

 なにせ一夏はこの中でも特にトンがった性能の機体を使っているわけだから、他のどんな機体と組んだとしても自分に足りない部分を補って貰えることになるわけで。

 ましてやそれぞれ代表候補生として十分な力量を持つ彼女たちのこと。

 互いを支え合い助け合い、その実力は何倍にも膨れ上がるだろうという想像は、決して間違ったものではないはずだ。

 

「まあアレだ、二号ロボや合体ロボも新登場回はやたら強いけど、しばらくすると普通になるっていうあの展開だよ。とりあえず、一夏はあのロボゲにおけるブレオンのごとくエネルギー管理を上手くなることだな。そうでないと話にならん」

「前半はさておき、そうだよなぁ……。はあ、真宏みたいにあのゲームの動きをそのままISに応用できたらいいんだけど」

「……そうなったら千冬さん並の剣豪になりそうで怖いわー」

 

 いずれにせよ、強くなるために頑張るがいい、一夏。

 もうそろそろ、お前を含めた俺達全員が無関係ではいられない戦いが始まるかもしれないんだから、ね。

 

 もちろん、その時は俺も一緒だ。

 みんなを守るお前の背中は、俺達みんなで守ってやるさ。

 

「失礼なことを」

「考えただろう」

「ぐえっ!?」

 

 ……なんて思っている最中、おそらくシャルロットに対して箒とラウラは愛想がないとか余計なことを考えて、箒とラウラからチョップをかまされている姿を見るとどうにもやる気が無くなりそうなんだけど、ね?

 

 

「なあ真宏、ちょっと白式のコンソール見てくれないか?」

「ん? ああ、雪羅の調整か」

 

 IS学園の教育カリキュラムというものは、実のところ結構きつい。

 そもそもISの操縦者や整備・研究のための人材という、全世界レベルのエリートを育成するための機関なのだからレベルが高いのは当然といえば当然なのだが、それに加えて俺と一夏はこの学園にたった二人だけの男子生徒。

 当然トイレや更衣室のような男女別にするべき施設の数は絶望的に少なく、実習などで着替えが必要な時は実習場所とは離れたところに点在する更衣室などを時間に追われながら利用しなければならないことも多い。

 授業について行けずにお叱りを受けるのならばまだしも、離れた更衣室が遠いから着替えに時間がかかって授業に遅れ、千冬さんの出席簿アタックを受けるのはさすがに勘弁願いたいと、俺と一夏は常々話し合っているくらいだ。

 

 しかし幸い、今は昼休み。

 昼食を取ったあと更衣室に直行したため、午後からの授業が始まるまでの時間は多少の余裕があり、既にISスーツに着替え終わった俺達が少しゆっくりするくらいはできるし、一夏が白式のコンソールを展開し、調整についての意見を求めてくるくらいの時間はあるのだった。

 

「やっぱり雪羅にエネルギーを割きすぎてると思うんだよ。もう少し抑えられないかなあ……」

「確かにそこが一番エネルギーを食ってはいるけど、雪羅は白式の攻防の要だからな、ヘタにエネルギーカットしたらそれこそまともに戦えなくなるぞ」

「なんだよなぁ……」

 

 そんな感じでつらつらと一夏の戦闘スタイルについて話し合ったりなどしてみたり。

 白式が新たに備えた雪羅は相も変わらずのエネルギーバカ食いっぷりで、クローとシールド、荷電粒子砲を普通に使っているだけでその他の武装はおろか機動性にすら影響を与えるような代物だ。

 しかし当然のようにその消費に見合うだけの攻撃力もあるのだから、まさしくこれは己の命脈すら削る必殺武装。

 本当に、俺もうかうかしていられないほどのロマンっぷりだ。

 

 実のところ、この話題について話すのは初めてではない。

 何故なら、現在の白式が抱える最大の戦力にして最大の問題こそ雪羅であり、例のロボゲでかつかつのエネルギー量をものともせずに飛びまわってブレードの一撃を決めていた一夏をしてもその扱いにはまだまだ習熟しきれないからだ。

 

 まあ実際問題、「何してもシールドとブーストが削られる」という雪羅のデメリットは確かにキツイだろうと思う。

 エネルギー系の武装はそれほど得意ではないものの、ISの武装に関しては俺の知る中でもトップクラスの知識と経験を持つワカちゃんにも雪羅について話を聞いてみたところ、「一瞬で勝つか、その後ずるずる負けるしかないです」とか言われたし。

 ……とりあえず頑張れ、一夏。

 

「……ん?」

 

 一夏と向かい合って空中に投影されたコンソールを睨みあっていたそんな時、ふと視界の端に何かが見えた。

 

 IS学園に二人しかいない俺達がほぼ占有しているこの更衣室に入ってくる人といえば、せいぜいが緊急の連絡が必要な時の山田先生くらいのはずなのだが、ロッカーの影にひょっこりと姿を現したのは青い髪。

 まさかと思って見ていれば、その後ぬっと突き出された顔は、つい先日妹への愛を叫びながら俺を滅殺せんと襲撃してきたあの生徒会長、更識楯無さんのものであった。

 

 ああ、そういえばそろそろそんな時期だったか。

 

 その怪しい行動を見ても俺ならば一夏に何も言わないだろうと考えてか、こっちの様子を気にしつつもそろりそろりと抜き足差し足で一夏の背後に近付いて行く会長。

 歩くとき本当にわずかも足音をさせないのはさすがといったところだが、今回のこれは明らかに使いどころを間違えてはおるまいか。

 

 ……この人妹が絡むと多少アレな感じになるが、それ以外のことであればこんな風に原作通りの愉快犯的な性格なんだよね。

 だがそれはむしろ俺としても願ったりかなったり。

 これまでさんざ一夏を弄ってきたのは伊達ではないのだからして。

 

 だけどまあ、一応俺は一夏の友人でもあることだし、そっちの義理も果たさせていただこう。

 

「織斑ー、うしろうしろ」

「ヘ、後ろ?」

「だーれだっ」

「うおわ!?」

 

 うおすげえ。

 俺が一夏に声をかけてから振り向こうとする一瞬の間に一夏との距離を詰めた会長は、そのときすでに後ろから目を塞ぎ、そして自慢の胸を背中に押し付けている。

 突然目の前が真っ暗になった一夏はなにがなにやらわからず、しかも背中に当たる感触が大変素晴らしくも恥ずかしいようでもぞもぞと動き、その反応に気を良くした会長はニヤニヤとした笑みを浮かべているのだった。

 うむ、羨ましいようで実はあまり羨ましくないな、一夏よ。

 

 

 一夏はひんやりすべすべの指の感触に半ばうっとりしながらも、生真面目に聞き覚えの無い声の主は誰なのかと考えてしばらくぼーっとしていた。

 しかしそのあたりはあの会長のこと、解答時間をたっぷりとってくれるはずもなく、瞼と背中に当たる魅惑の感触は名残惜しくもすぐさま離れて行ってしまう。

 

「はい、時間切れー」

 

 楽しそうな声とともに目を覆っていた両手が外され、振り返った一夏の目に映ったのはたおやかな手つきで扇子を揺らし、楽しそうに笑っている会長の姿。

 だが、楽しそうにとはいってもその笑いを浮かべているのは「あの」会長。

 一夏からしてみれば、今目の前にいる相手は無闇やたらと余裕綽々な感じで、リボンの色から二年生だと察しが付く以外は正体不明。

 そのときの一夏にとって、会長の笑顔とは猫科の猛獣あたりが獲物を見定めた時に浮かべる表情に等しく、ゾクリと背筋を緊張が走る。

 

 笑うという行為は本来攻撃的なものであり、獣が牙を剥く行為が原点だとかなんとか。

 思わずそんな考えが一夏の脳裏をよぎったという。

 

「んふふふふ……ふ?」

「え?」

 

 ほっそりとした白い喉の奥から漏れ出るような笑い声にますます駆り立てられた不安が頂点に達しようとしたその瞬間、会長の目線がついっと横に逸れた。

 一夏の背後に焦点を結んだと見えるその視線、まさかまた自分の背後に誰かいるのではないかと疑心暗鬼に囚われた一夏を振り向かせるには十分すぎるアクションであり、一夏はがばりと振り向くが誰もいない。

 はて、一体どういうことなのかと首をかしげつつ会長の方に向き直った一夏であるのだが。

 

「えい」

「むぐっ」

「あははっ、引っかかった」

 

 その時を狙いすました会長の扇子に頬をむにりと押されてしまった。

 

 一応男子の更衣室であるこの部屋に突然現れたこの人は、一体何をしたいのだろうか。

 相変わらず底知れぬ笑みを浮かべているこの人の正体が本気で気になり始める一夏。

 

 だが、そこは相手の間を外すことに定評のある会長。

 一体何者なのかと問う声をかけられるその寸前に、会長の声が滑り込む。

 

「そろそろ急いだ方がいいんじゃないかしら。織斑先生、怒ってるかもよ?」

「え……え゛っ!?」

 

 言葉の意味を理解してしまったことで生じる一瞬の呆然自失の後、慌てて時計を振り仰いだ一夏が目にしたのは無情にも授業開始後三分を指す時計の針。

 どうあがいても、遅刻することが確定の時間である。

 

 その時一夏の感じた絶望は時間を吹き飛ばす爆弾を起爆するのに十分なくらいだったらしいが、残念ながら一夏は女性の手フェチでも、爪が伸びるのが早いわけでもないためにスタンド能力が発動することもなく、千冬さんからありがたーい罰を受ける運命は変えようがない。

 

「そんな……くそっ、まずい! ヤバすぎる!!」

 

 そしておろおろと辺りを見渡せば、既に元凶となった女生徒と、ついさっきまで一緒にいたはずの友人が薄情にも姿を消しているのであったとさ。

 

 

◇◆◇

 

 

「……なるほど、それが遅刻の言い訳か」

 

 という詳しい話を、俺は後になって一夏から聞いた。

 会長が出てきた時点で授業時間が迫っているのは気付いていたから、会長が一夏の視界を封じた時点で更衣室を後にしていたのだ。

 

 あのとき一夏を置いて逃げたのは正解だったと胸を撫で下ろすそんな俺の目の前では、冷や汗を流して俯く一夏と、地獄の獄卒はおろか賽の河原の外道衆すらビビって逃げ出しそうな低い声を出す千冬さんが向かい合っている。

 授業に遅刻した時点で千冬さんから慈悲が消え、しかもその理由が見知らぬ女の子といちゃついていた(ヒロインズ視点)からともなれば彼女らからも優しい心が無くなった。

 イケメンは辛いねホント。

 

「デュノア、ラピッド・スイッチを実演しろ。ターゲットは……わかるな?」

 

 振り向きもせずにそう言い放つ千冬さんと、いつの間にやらラファール・リヴァイヴを展開してその隣に待機しているシャルロット。

 一夏はシャルロットなら、それでもシャルロットならなんとかしてくれると期待して縋るような視線を向けているが、甘いな。

 シャルロットの背後から立ち上る嫉妬エネルギーに気付かぬようでは、お前のような奴はこのIS学園で生きていけないぞ。

 

「にこっ」

「お、おぉぉ……っ!」

「――真宏、グレネード貸して。一番大きい奴」

『イエス、ユアハイネス』

 

 やたらめったら平坦なシャルロットの声に、半ば反射的に応える俺の体。

 かつてない速度で強羅が拡張領域に収めている中でも特大のグレネードを展開し、速やかに跪いてシャルロットの手に恭しく渡しておいた。

 

 人から借りたらラピッド・スイッチにならないだろうとお思いかもしれないが、心配はいらない。

 シャルロットの怒りがグレネードの一丁や二丁で収まるはずもなく、一夏はこの後アサルトライフル、ショットガン、ミサイル、バズーカと次々にラピッド・スイッチで持ちかえた武器の射撃にさんざ追いかけられたのだから。

 

『さすがシャルロット。あの展開の早さは参考になるなあ』

「感心してないで助けろよこの薄情者おおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!?」

 

 銃声と砲火の轟くアリーナに、友の声が木霊する。

 背後で次々と爆炎が噴き上がる中を全力疾走する姿は特撮ヒーローみたいでちょっとかっこいいと思えなくもないのだが、本当に本気でビビっている表情が全てを台無しにしていた。

 スパルタな赤い先輩戦士にジープで追いまわされながら鍛えられた獅子座L77星の王子でもああはなるまいよ。

 

 許せ、一夏。

 お前はそれどころじゃないから気付かないだろうが、今も俺の隣では「次は私の番だ」とばかりに箒達が怒気を漂わせながらスタンバってるんだよ。

 さすがの俺でもそれを止める手立てはない。

 唯一できるのは、お前の悪運が尽きないことを祈るだけなんだっ。

 

 

◇◆◇

 

 

「ですから! 実弾装備を送って下さいと何度も!」

『……ですから、あなたの役目はBT兵器の稼働データ採取ですと何度も申し上げています。そもそも、なぜ実弾装備が必要なのです?』

 

 一限目から六限目までのハードなIS実習を終え、それでもなおおしゃべりに興じる元気だけはどこからともなく湧いてくる女子達でごった返すロッカールーム。

 主に一夏達専用機持ちの見せた戦いの感想と、どうということもない雑談が大勢を占めてざわざわきゃいきゃいとした独特の騒がしさがあった。

 

「やっぱり速くて脆くて、でも強い! ブレオンはいいわよね!」

「そうは言っても、今日の織斑くんはイマイチの戦績だったじゃない。やっぱり時代はとっつきよ、とっつき! デュノアくんは私のエンジェルだわ、破壊天使的な意味で!!」

「ボーデヴィッヒさんも最近はレールガンでもっぱらグレネードを使ってるし、ワイヤーブレードもかっこいいのよねぇ」

「でも、凰さんの双天牙月も捨てがたいじゃない。自分の体並に大きい青竜刀だもん」

「二刀流でいうなら、あたしはやっぱり日本刀がいいなあ。しかもブレード光波が出る贅沢仕様の篠ノ之さん。まさに完璧だわ」

「セシリアも、ブルー・ティアーズを使うときに『俗物どもが!』くらい言ってくれればいいのにー」

 

 ……感想というか、ナニカに感染してしまった少女達のリビドーの叫びばかりが上がっているようだった。

 真宏がこの場にいれば、いい感じに染まりつつある現状に満足しつつも怒涛の勢いで賛同とツッコミを入れていただろう。

 

 しかしセシリアはそんな周囲の状況に気付かない。

 雑談に盛り上がる一団から離れ、携帯電話を片手に本国の整備部門担当者との交渉に忙しく、それ以外のことを気にかける余裕がないのだ。

 

『そもそも、ブルーティアーズは第三世代兵器の実験機とはいえ、他のISにはないオールレンジ攻撃が可能な機体です。実体弾がない程度のことが致命的な不利になる状況などそうはないでしょう』

「それは……っ、そうですが」

 

 整備担当者の言葉に嘘はない。

 確かに、ブルーティアーズは世界でもまだ数少ない第三世代型ISの一機。

 まだ学生であり、IS操縦者としては未熟な面もあるセシリアに大きな力を与えてくれていて、セシリア自身の射撃技能とビットによる多角攻撃は隙なく相手を捕え、嵐のごとく降り注ぐレーザーはこれまでに多くの勝利をセシリアの元へと運んできた。

 

 しかし、今は違う。

 つい先日セカンド・シフトを成し遂げた一夏のIS、白式・雪羅。

 新たに発現した多機能武装腕たる雪羅はエネルギー攻撃を無効化する零落白夜のシールドとクローを備え、レーザー以外の武装を持たないブルーティアーズに対して圧倒的な優位を築きつつあるのだ。

 

 もちろん、そのことはイギリス本国もこの整備担当者も知っているはずだ。

 いかにセシリアのブルー・ティアーズを専門的に担当する者とはいえ、世界に二人しかいない男性IS操縦者、とりわけ短期間でセカンド・シフトすらしてのけた白式の存在を知らないことなどありえないし、それほど有名な機体に祖国の威信をかけた機体が負け続けなど看過しえるはずがない。

 

 

 だがそれでも、この対応。

 まるで一夏と白式に関わることを避けているようにも感じられるような態度なのはおそらく、先のデュノア社の一件が関係しているのではないかとセシリアは思う。

 

 織斑一夏と神上真宏という二人の男性IS操縦者に近づかせるため、デュノア社がシャルロットを男と偽ってIS学園に入学させたことは、実のところ世間的にはそれほど広まっていない。

 なにせ、一夏と真宏がISを動かせる男であると判明した時とは違い、シャルロットの存在は一切公表されることがなく、その話がIS業界に噂のように流れた程度の物だったのだ。

 

 この事実から考えるに、あの事件はデュノア社が単独で行ったものではなく、他の国家や企業も積極参加こそしないものの、黙認することを決めた上で行われたものだったのだろう。

 でなければ、いかにIS学園が外部からの影響力の大部分を遮断できるとはいえ、さすがにシャルロットが今もこうして大手を振って通い続けられるはずもない。

 

 一夏や真宏についての調査のためにシャルロットが送り込まれたのは事実だろうが、偽装発覚前後の速やか過ぎる事件収束の手際と、整備担当者のこのそっけない態度。

 まず間違いなく、イギリスも大なり小なり関わって、今後一夏と真宏の二人に対しては静観を決め込む腹だ。

 でなければ、いかにセシリアの役目がBT兵器のサンプリングにあるとはいえ、一夏との模擬戦におけるセシリアの今の戦績を容認するなどありえない。

 

 無論この話の流れは悪いことばかりではなく、シャルロットが変わらずIS学園に通い続けられるのだからむしろ良かったと真宏などは言っているし、セシリアもそれには一も二もなく同意できることだが、さすがに整備担当者のこのすげない対応には頭が痛む。

 

 話は終わり、とばかりにぷつりと切れた携帯電話の表示画面を睨むが、それも長く続きはせずに目から力が抜け落ちる。

 この様子だと、おそらく何度申請を出しても暖簾に腕押しだろう。

 

「はぁ。現在の成績は、確か……」

 

 セシリアの脳裏に、今日の模擬戦の結果も合わせて専用機持ちの戦績がはじき出される。

 現時点では、上から順にラウラ、シャルロット、鈴、真宏、そして箒と一夏とセシリアが下位でほぼ並んでいる。

 

 そもそもからして純粋に強いラウラとシャルロット、そして鈴が順当に上位を占め、相手の意表を突くロマン武装で時々ラウラやシャルロットにも勝利を収める一方、そのロマン武装が捨てきれずに内包する隙と取り回し辛さを捉えられ、接近を許してしまった箒や一夏にボロ負けすることもあるという不安定な真宏。

 その後にはまだ新しい専用機を使いきれていない箒と一夏、白式との相性が最悪になったことで調子を落としてきているセシリアとなっていた。

 

(うぅっ、こんな成績では……)

 

 改めて今の自分の体たらくを思い、丁寧に薄い色のリップを塗られた艶やかな唇に似合わぬ重いため息がこぼれ、ゴージャスにカールした自慢の髪もどことなくしおれてしまう。

 

 

 雪羅を使う一夏に対し、ブルー・ティアーズでどう挑めばいいのか。

 既に数え切れなくなるほどに繰り返されたその思考とシミュレーションはいずれも勝利の道筋を見せてはくれず、途方にくれる。

 

 そしてどうしたらいいのかわからなくなった時、セシリアは時々強羅との戦いを思い浮かべる。

 

 防御力とパワーという、普通のISならばさほど重視しない点をこれでもかというほどに強調した真宏のIS。

 入学してすぐのころ、初めて戦った時はなんの冗談かと思ったが、実際のところは本人自身の努力と戦術もあり、あのISは意外なほどに強い。

 

 頑健な装甲はちょっとやそっとの被弾をものともせずに射撃体勢を維持し、真宏本人の卓越した勘と強羅の優秀なFCSの軌道予測に基づいて行われる偏差射撃はグレネードや大型のマシンガンによる大威力射撃を油断できない位置にばらまき、それを掻い潜って近づいたとしても今度は強羅の剛腕が唸りを上げる。

 両手それぞれに持って使われる多才な銃火器の扱いはシャルロットにも引けを取らないほど精通しているし、実弾武装が多いためにシャルロット同様セカンド・シフトした白式に対する相性もさほど変わりがない。

 先日鈴ともども一夏にプールデートをすっぽかされた日に行われた調査会では真宏も近接武装のみを使って模擬戦を行ったらしいが、勝率をしっかりと計算して順位を出す今日のような戦闘においては「この際プライドは抜きだ!」と言って情け容赦なく豊富な射撃兵装を使っており、一夏相手の勝率はラウラにも迫る。

 

 マシンガンやビーム兵器、グレネードやガトリングにミサイルなどを、シャルロットのように状況に合わせての高速展開こそ行えないものの、どっしりと構えて放たれる射撃の精度とタイミングの上手さはセシリアから見ても脅威に値するほどのもの。

 そしてそれらを支える、仮に被弾したとしても一歩も引かずに立ち向かう根性の強さ。

 ラウラの肩キャノンが放つグレネードを至近距離で浴びながらもすぐさま応射を返すなど、強羅の防御力が飛びぬけていることを差し引いてもそうそうできることではない。

 真宏を退けるには生半可な攻撃では話にならず、強羅の装甲も相まってまさしく人間サイズの要塞を相手にしているに等しい。

 

 しかも、そんな手堅い強さと矛盾せずに同居する、ロマンという名の突拍子の無さ。

 

 奇妙にして不可思議でありながらも、強い。

 それが神上真宏であり、彼の操る強羅であった。

 

「そういえば、今日の模擬戦ではビームマグナムで一夏さんを殴っていましたわね……」

 

 射撃に特化した戦術を得意とするセシリアの目から見れば、真宏があのとき両手の銃を同時に弾切れにしたのはあからさま過ぎる罠であったが、そうとは知らず懐に飛び込んだ一夏を迎え撃った逆持ちビームマグナムによるフルスイング。

 銃剣術など、銃を棒術のように扱い近接戦闘をする技術についても、セシリアは本国での訓練によって多少は身につけているが、まさかISでそれをする者がいるとは夢にも思わなかった。

 

 しかし、ビームマグナムのように十分な重量と強度のある物であれば、鈍器のように振り回すだけでもかなりの威力になるというのは、さっき目にした通り。

 

「……………………」

 

 何気なくブルー・ティアーズのデータを呼び出してみるセシリア。

 BT兵器稼働率37%という表示は目に痛いが、今気になっているのはメイン兵装たるレーザーライフル、スターライトMkⅢ。

 両手持ちを前提とした設計であるため、サイズ的に見れば普段強羅が片手で扱っているビームマグナムよりも一回り以上大きく、重量だって……。

 

「ねえ、セシリア」

「はっ、はいぃ!?」

 

 自分がスターライトMkⅢの銃口側を両手に持ち、野球のバッターのように構えている姿を想像した瞬間に背後からかけられた声に、セシリアはびくりと飛び上がる。

 汗を流すためにシャワーを浴びたあと、チェルシーにしてもらった時ほどには満足できないが、それでも自分でしっかりと乾かした髪が遠心力でぶわさーっと広がるほどの勢いで振り向くと、そこには上体をのけぞらせてセシリアのロール髪パンチを避けたシャルロットがいた。

 

「も、もうしわけありませんわ、シャルロットさん。……どうかなさいまして?」

「ああ、うん。えーっと、この後学食カフェに行かないかなって思って。……今日は一夏と真宏は呼ばないで、女の子だけで。どうかな?」

 

 少し乱れた髪を手櫛で整えるセシリアに、少し驚いた様子ながらも声をかけてくれたシャルロット。

 おそらく、模擬戦の成績が悪く気分が落ち込んでいたセシリアを心配してくれているのだろう。

 元々よく気が付く優しい少女であるシャルロットだが、ふんわりと気遣いを込めて浮かべられた微笑はより一層魅力的で、セシリアの心を解きほぐしてくれた。

 

「……ええ、そうですわね。たまには男性抜き、というのもいいですわ」

「うん、そうだよね。それじゃあセシリア、またあとで」

 

 そう言って箒達を誘いに行ったであろうシャルロットの背を見送って、セシリアもシャルロット達を待たせぬため、自分のロッカーへと向かう。

 

 ああしてシャルロットにお茶に誘われ、これから学食で繰り広げられるだろう仲の良い友人達との楽しい会話を思えば、さっきまで強張っていたセシリアの顔も自然と笑みの形になってくる。

 現状の問題を忘れたわけでも棚上げしたわけでもないが、だからといってこうして弾む心を無駄にする理由はない。

 お誘いを受けた以上、それに相応しい振舞いをしなくてはイギリス貴族の名折れというものだ。

 

 チェルシーは言っていた。

 高貴な振る舞いには高貴な振る舞いで返せ。

 それがセシリアの、ノブリス・オブリージュなのだ。

 

 ロッカーまでのわずかな距離を歩む間に、セシリアは常のごとき自信に満ちた立ち居振る舞いを取り戻していた。

 一歩進む度体に合わせて揺れる髪をかきあげ、ふわりと翻させれば気合十分。

 そこにいるのは紛れもなく、ブルー・ティアーズを駆るイギリス代表候補生、セシリア・オルコット。

 

 その自信と余裕が友のくれたものであるという自覚と、ひょっとすると真宏の戦い方が何かのヒントになるかもしれない、という思いを抱きながらの歩みはとても堂々としたものだった。

 

「スターライトmkⅢは狙撃用で繊細ですから、さすがに物理攻撃に使うのはやめておきましょう。……スターライトは」

 

 ……後者の方はむしろ二度とは戻れぬ道への片道切符なのだが、真宏を筆頭にシャルロットやラウラなど、スクラム組んでアレな方向に進む友人を持ってしまった宿命か、そのことには気付けないのが吉と出るか凶と出るか。

 

 それはまだ、だれも知らない。

 

 

◇◆◇

 

 

 その翌日。

 一夏自身の無駄に高い生身での回避能力と、シャルロットの絶妙な手加減によってなんとか生き延びた一夏も含め、IS学園の全校生徒は今月半ばに催される文化祭についての話が為される全校集会に出席していた。

 

 周囲を見渡せば、女、女、女と本当に女の子しかいない。

 そりゃあここはIS学園なのだから当たり前なのだが、この女集団の中にぽつりぽつりと男二人だけ取り残されるとやはりとんでもないところに来てしまったのだという印象をあらためて強く受ける。

 ついこの間まで夏休みだったし、どうにも慣れてきた部分があったからついつい忘れかけてたよ。

 

「それでは、生徒会長から説明があります」

 

 壇上に姿を現した、のほほんさんを凄まじくキリッとさせたような感じの生徒会役員が上げた声が響くとともにさっきまでのざわめきがすうっと引き、それを待って舞台の袖から現れた一人の女生徒がマイクの前へと進み出る。

 

 二年生であることを示すリボンを締めた制服に青い髪。

 余裕綽々の笑みを浮かべた上級生の出現に、俺の隣の一夏は驚きの声を上げないよう必死に抑えているようだった。

 

「みんな、おはよう。今年は立てこみ続けていたから挨拶がまだだったけど、私の名前は更識楯無。このIS学園の生徒会長、つまりあなたたち生徒の長よ」

「「「オサ! オサ! オサ!」」」

「「「会長ー! か、かーっ! カアアーーっ!! カアーっ!!」」」

 

 さすがは会長、大人気だな。

 ……なにやら名乗った直後に、石仮面をかぶった族長を讃えるかのような叫び、あるいは人気声優でも讃えるような声があちこちから上がり、会長はやたらめったら満足そうな顔をしているようだが気にしない。

 とにかく、今は会長が語るだろう今年の文化祭についての話を聞かねばなるまいて。

 

 ……まあ、俺は既にあらましを聞かされていたりするんだが。

 

「……みんな、悲しんでいると思うわ。今年はどういうわけだかIS学園で何がしかのイベントがある度に騒動が起きて、そのことごとくが中止に追い込まれている。クラス代表対抗戦も、学年別トーナメントも、一年生は臨海学校も途中から中止になっちゃったし、ね?」

「うっ」

 

 悲しげに目を伏せ、まるで会長の上だけ冷たい雨でも降っているかのような悲壮感を漂わせながら一つ一つ、俺達がIS学園に入学してからの思い出を数えるように中止されたイベントを上げる会長。

 その言葉の節々でちらりちらりと視線を向けられる一夏は、その全てに自分が関わっているという自覚があるから無駄な罪悪感を感じているらしく、胸を抑えている。

 すげーな、会長。これだけの距離を隔ててピンポイントに一夏の精神を抉るとは。

 

 しかも、それがこの後の布石になっているんだからなおのこと。

 

「だから、私達生徒会役員共は考えたわ。誰が悪いわけでもない、本当に誰かのせいってわけでもないこの不幸を払拭するための一大イベント。……それこそがっ!」

 

 

 叫びと共に手慣れた所作で水平に振り抜かれた扇子の先に、特大の空間投影ディスプレイが展開。

 ディスプレイ起動に伴う一瞬の閃光に眩んだ俺達の目が回復した時、そこに現れたのは。

 

 

「名付けてっ、『各部対抗織斑一夏争奪戦』!!」

 

 

 全長が5メートルはあろうかというサイズの一夏の写真(超キメ顔)である。

 

「な……」

「「「「「「なんだってーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!?」」」」」」

 

 そして響き渡る撃震。

 年若い女の子たちの叫び声であるから超音波でも混じっているのか、窓ガラスがビリビリと危険な周期で振動しているのがここからでもわかる。さすがだな、IS学園女子。

 ちなみにこの写真、例によって提供者は俺であったりする。

 

「明日の全校集会で使おうと思ってる写真なんだけど、こんな写真で大丈夫かしら?」

「一番良い写真を頼みます」

 

 とまあこんなやり取りがあり、夏休み中俺の家に一夏達一行がやってきたときに偶然撮れた一夏のイケメン顔写真を提供しておきました。

 会長はいつぞやの臨海学校以来のお得意様だから特別サービスです。

 一夏の写真に関しては、新聞部の黛先輩にだって負けないぜ。

 

 ちなみにそのせいか、先ほど上がった驚愕の叫び声の最中にも一部の女子達はうっとりとした溜息をついていたりした。

 写真だけでフラグ立てるとか、さすがだよ一夏。

 

「いいかしら。……ルールは簡単。基本的にやることは例年通り、各部活動ごとに行う催し物に対して投票を行うだけ。ただし、景品はこれまでの特別助成金では……ないわ」

「……ごくり」

 

 少しだけ前かがみになり、マイク越しにも声をひそめた会長の演説手腕にあっさりと乗った生徒一同は生唾を飲んでその後の言葉に耳を澄ます。

 今も空間投影ディスプレイで眩しすぎるイケメンっぷりを振りまいている一夏の写真に、さきほど会長の言っていた言葉から推測される景品。

 ひょっとするともしかして、現在超有望物件たるアレなのでは、という希望と欲望と愛しさと切なさと心強さが渦を巻き、その緊張が頂点に達する瞬間を正確に見切った会長はパーフェクトなタイミングで叫ぶのだ。

 

「織斑一夏を、一位となった部活に強制入部させましょう! 私にはできる! なぜなら私は、IS学園生徒会長だからよ!!」

「きゃあああああああああ!」

「さすが生徒会長! 私達にはできないことを平然とやってのける!!」

「そこにシビれる!」

「アコガれるぅっ!!」

 

 盛り上がりに盛り上がった生徒達の勢いはもはや止めることなど不可能な域に達し、完全に寝耳に水状態だった一夏は口を閉じることすら忘れたまま呆然と会長に視線を向け、ぱちりと魅惑的なウィンクを返されている。

 まあ諦めろ、一夏。

 会長がやろうと決めてしまった時点で、お前の未来は決まっていたのだよ。

 

 一夏から俺へと視線を転じ、グッと力強いサムズアップを向けてきた会長にこちらも親指を立てて返し、今後の面白展開を思って抑えきれない笑みを浮かべる俺と会長なのだった。

 

 

◇◆◇

 

 

「だから却下だ! 誰が得するんだよこんな企画!」

「私達は得よ! 超お得よ、織斑くんと触れあえるんだから!」

 

 生徒総会の勢いを残したままクラスの出し物の話しあいになだれ込んだ一年一組教室内にて、教壇に立って意見をまとめようとするクラス代表の一夏と女生徒軍団が激論を交わしていた。

 

 主な議題は、文化祭の出し物として伝家の宝刀「織斑一夏の○○」シリーズ、あるいは「織斑一夏と○○」シリーズをやるか否か。

 クラス代表としての権限で一人健気に全てを却下しようとする一夏と、一つ却下されれば十の候補を出してやるわいとばかりの物量作戦で挑む女子連合との熾烈な争いが繰り広げられている。

 

 例としてこれまで提案されたものを挙げると、「織斑一夏のドリームクラブ」「織斑一夏のアイドルマスター」「織斑一夏と野球拳」「織斑一夏とピロートーク」「織斑一夏のご奉仕するにゃん」などなど。

 一部何をしたいのかさっぱりわからないし、これらもごく一部に過ぎない。

 少しは自重しやがれクラスメイト共。

 

「真宏! お前も黙ってないでなにか候補出せよ!?」

「お、ついに俺にお鉢が回ってきた」

 

 しまいには半ば涙目になった一夏から、八つ当たりじみた声が飛んでくる。

 ちょっと追い詰められた織斑くん可愛い、などとクラス内に潜む一部の猛者からうっとりとした溜息が漂ってきたりもしたが、敢えてスルーだ。

 あの辺りはさすがの俺でも手出しがし難いし、自分をそんな目で見ている奴らの存在をわざわざ気付かせて、今の一夏にこれ以上の精神ダメージを与えることもあるまい。

 

「あー、それはもっともな意見なんだがな、一夏。実は俺、文化祭のクラスの出し物にはほとんど関われないんだよ」

「……え、どういうことだ? 真宏は確か部活にも入ってなかったはずだし……、何か別の仕事があるってわけじゃないだろ」

「ところがどっこい、その別の仕事って奴だ。……っつーかさすがに知ってるかと思ったんだがな、ホレ」

 

 そう言ってひょいと差し出したのは、俺の持ってる携帯電話。

 最近の携帯電話は高性能だから、ぽちぽちちょちょいと弄っただけで保存してあった映像を再生することができる。

 

 そうして映し出されるのは、俺が今回の文化祭に余り参加できない理由を手っ取り早く説明するため、この携帯の中に保存しておいたもの。

 その映像と言うのが。

 

 

『君達、IS学園で僕と握手!』

 

 

 毎年出てくる5人組の中の赤い奴のごとく、IS学園をバックに握手している強羅のCMであった。

 

「……真宏?」

「言っておくが俺が発案したわけじゃないぞ。蔵王重工から直々に頼まれてな、このCMは夏休みのうちに撮ってきた」

 

 これこそ、俺が文化祭でクラスの出し物に関われない理由である。

 

 実のところこのCM、既に全国レベルで放送されていて大反響を呼んでいるのだとか。

 なんだかんだで世界に二人しかいない男性IS操縦者である一夏と俺、そして俺達の使うISである白式と強羅はなかなかの知名度を誇り、特に蔵王重工はこれを広告としない手はないと考えたらしい。

 

 そのため、代表候補生がよくやるというグラビア撮影のようなノリで俺もこれまで何度か、主に強羅装着状態で写真を撮られ、その写真が掲載された雑誌――主に児童誌やホビー誌なのだからいかにもらしい――を見たこともある。

 今回のこれはその一環をさらに発展させたものとして、本物の強羅と直接触れ合うイベントを設けることにしたのだそうな。

 

 なんでも全国レベルで小学生以下の子供達から応募を募り、その中から抽選で選ばれた100人程度の子供達とその保護者をIS学園文化祭当日に招待して、CMの通り強羅と握手するというイベントなのだとか。

 

 当然、こんな企画を行うからにはIS学園からの許可も取ってある。

 さすがに招待した子供達と保護者を無制限に敷地内に入れるわけにはいかず、モノレール駅を降りてすぐの場所に会場を設営しての握手会とすることで話がついたらしいが、既に倍率100倍ではきかないくらいの応募が来ているとワカちゃんが言っていた。

 

「なるほど、大体わかった。……ところで真宏、このCMで強羅の腕にしがみついて満面の笑みで握手してるのって……」

「……ああ、ワカちゃんだ」

「……あの人俺達より年上のはずなのにどうして全く違和感ないんだ」

 

 そしてこの企画の立案者というのが、そもそもワカちゃんらしい。

 敷地の端っこの方とはいえ、IS学園の敷地内に一般人を入れるなどという特例を押し通すため、蔵王重工の持つ発言力とワカちゃん自身の見た目に似合わぬ交渉力が無駄に火を噴き、事態に気付いた千冬さんがワカちゃんの頭に拳骨を落としたころには時すでに遅し。

 もはやのっぴきならないところまでこの企画を進めていたのだという。

 

「うふふふふ、これで『ごうらにあってみたいです』とお手紙をくれた子供達にも強羅をその目で見てもらえます! がんばりますよ、私は!」

 

 たんこぶで少し身長が伸びたワカちゃんがガッツポーズ決めながら言うその言葉はとても純粋で、そんなことを聞かされればこっちも全力で協力しなければなるまいて。

 IS学園の関係者以外にも強羅のロマンを示す絶好の機会。これを逃す手はありゃしないのだ。

 

 

「まあそんなわけで、このイベントのための準備が忙しくてな、あんまり関われないんだよ」

「そ、そうか……。じゃあしょうがないな、頑張ってくれ」

 

 とまあ、俺はあまりクラスの出し物には関われないことになりそうだ。

 当日もし時間が空いたら手伝いに来る程度のことはできるだろうが、それまでの間はこの企画実現のため、IS学園内で色んな人と連絡を取ったり許可を取ったり千冬さんに睨まれたりしないといけないので、実は結構忙しくなりそうだったりする。

 本来ならばワカちゃんがやるべき折衝の類も多いのだが、この前千冬さんに拳骨くらって以来、ほとぼりが冷めるまで可能な限りIS学園に近づかないほうがよくなったため、俺が代理でやらざるを得ない案件がいくつかある。

 クラスの出し物の手伝いがあまりできないのは残念だが、このイベントにはそれだけの価値があると思っている。

 文化祭を訪れた子供達の笑顔を思えば、たとえワカちゃんの暗躍を思って機嫌の悪くなった千冬さんの相手もなんのその。頑張ってやるともさ。

 

 当日もし何かがあったとしても子供達は命に代えても守って見せるし、ワカちゃんもいる。

 だから、必ず成功させて見せようじゃないか。

 

 

「というわけで、一組は喫茶店になりました」

「というわけで、IS学園に来る子供は100人より増えるかもしれません」

「また無難なものを選んだな。……と言いたいところだがお前達のことだ、ひとひねりあるんだろう。神上の方は、……もうかまわん。好きにしろ」

 

 おぉう、ついに千冬さんが諦めの溜息をついた。

 

 現在職員室にて、ラウラの提案で決まったクラスの出し物を一夏が、今朝ワカちゃんから連絡された握手イベントについての追加項目を俺が報告に来ていた。

 千冬さんはラウラがメイド喫茶を提案したのだと聞いて笑い、ワカちゃんがイベントのために用意したステージが予想よりかなり大きいと聞いて顔をしかめるという、大変忙しげな表情変化を見せてくれた。

 ただでさえ面倒その他の多いIS学園教師稼業に加えこれらの面倒、心中お察ししますよ、ええ。

 

「……と言いながら、貴様も楽しみにしているんだろうが、神上」

「それはもう」

 

 まあ、こういうイベントも俺は思いっきり楽しませてもらう主義ですからね!

 

 

◇◆◇

 

 

 そうして千冬さんへの報告を終え、一夏に続いて職員室を後にすると、廊下に出たばかりのところで一夏の背中に出くわした。

 おいおい、そんなところで止まっていたら邪魔だろうに。

 一体どうして止まっているのかと思いながらひょいと肩口から前を見ると、それだけで立ちどころに疑問は氷解した。

 ああ、そりゃ止まるわ。

 

「やあ」

「……」

「おや、会長。やあ」

 

 気さくな挨拶の声をかける会長と、嫌な物を見たとでも言いたげな表情で固まる一夏と、あっさりと挨拶を返す俺。

 この瞬間から一夏が俺と会長を見る目が胡散臭い共犯者を見る物になっていたあたり、さっきの全校集会の騒動と写真が会長立案、俺共犯によるものだと理解したのだろう。

 

「うーん、織斑くんからはへんじがない。どうしたのかしら、ただのしかばねになっちゃった?」

「なら強制連行して問題ないでしょう。一夏は常々言っていますから。俺の屍をこえていけ、と」

「って誰がそんなことを言った!?」

 

 更衣室での出会いから全校集会での一夏を文化祭のダシにするような発表まで、会長が油断のならない人物だと警戒して身構える一夏だったが、どうやら俺と会長を接触させておく方が危険だと気付いたらしく、慌てて会話に割って入ってくる。

 残念ながらその判断は正しいぞ、一夏。

 

「あら、ようやく返事してくれたわね。おねーさんは寂しかったわ」

「ああそうですか」

「そんなに警戒しちゃ、いやん」

「誰のせいです、誰の」

 

 くねりくねりとシナを作ってすり寄る会長と、じりじり下がって避ける一夏。

 警戒もあらわなその様子であるが、ほどなくそれが無駄なことであると気付くだろう。

 

 少なくとも俺は、この前簪と映画を見に行った一件で身に染みている。

 知らなかったのか? 生徒会長からは逃げられないっ。

 

「いえね、やっぱり最初の出会いはインパクトが重要でしょう? それとも一夏くんは私に土とか食ってみろというつもり?」

「あんたはどこの外交官だ」

 

 敢えて言うならロシアだろうと思うけれど、スルー体勢の俺。

 実は更識楯無さん、俺の知る限り束さん並に言うことの一つ一つがネタまみれだったりするのだから、一々ツッコミを入れていたらキリがない。

 一夏のツッコミから段々とキレがなくなってくるのも致し方なし。

 まるで束さんを相手にしている千冬さんのようだ。

 

 

 とはいえ、やはり俺は会長のことも嫌いではない。

 生まれや境遇はなかなかにシリアスなようだが、根本的に面白いこと好きで、これまでの短いやり取りを見るだけでも一夏いじりのセンスに溢れていることが分かるこの人とは臨海学校前から付き合いがあり、今ではなかなかに愉快な人だと思える程度にはなっている。

 束さんにも負けず劣らずなシスコンっぷりだけは何とかして欲しいところだが、暴走しない限りは愛嬌で済むレベルなのでよしとしておこう。

 彼女の妹である簪との間もせめてもう少し何とかなってくれればなお良いのだが、まあそれは追々の課題とするのが妥当だと思う。

 

 だからまあ、この文化祭に伴う諸々の間にも一緒に楽しませていただこうじゃないか。

 

 いつの間にやらちゃっかり一夏の隣を歩き、今朝の全校集会を受けて打倒会長の方向に行動が傾いた格闘系部活動の刺客を次々に返り討ちにしながら悠々と歩いて行く姿は実に頼もしいことだし、頑張ってついて行かせてもらいますよ、会長。

 

「二人に教えてあげるわ。IS学園において、生徒会長とはすなわち最強であるということ。いつでも襲っていいし、そして勝てたらその者が生徒会長になるのよ」

「なんだその世紀末理論」

「どこぞの十本刀にそんなのいなかったっけ」

 

 ……まあ、こんな制度で就任した生徒会長を本当に信じていいのかは、少々悩ましいところなのだがね?

 

 

◇◆◇

 

 

 その後、生徒会室に連行される一夏について行って、一夏を文化祭の景品とした理由についての会長の話を聞き流しながらのほほんさんにケーキを餌付けし、虚さんに余り甘やかさないようにと言われ、専属コーチを買って出た会長の挑発にコロっと乗せられた一夏が会長と戦うことになったのだった。

 

 だったのだが。

 

「で、なぜ俺も戦うことになるのか」

「あら、さっき私のおっぱいは真宏くんだって見えたでしょ? おねーさんの下着姿は高いの。……だから、これは決して簪ちゃんの手作りお菓子を食べられていいなぁなんていう私怨じゃないのよ」

「ならそのマジ過ぎる目をなんとかしてから言ってくださいよこのストーカー」

「こっ、これはストーキングじゃないわ! とめどなくあふれ出る妹愛よ!」

 

 そんな犯罪者じみた理屈で俺までもが稽古をつけていただくことになってしまったのだから、勘弁して欲しい。

 おのれ一夏、確かに男のロマンをたっぷり詰めたがごとき会長のおっぱいは眼福だったが、こんなとばっちりが待っていようとは。

 

 なにせ俺は、生身では一夏どころか箒にすら及ばない程度の体術しか修めていない。

 一方相手たる生徒会長はシスコンの恨みを総身に滾らせた古くから続く超実戦的な武門の家系の御当主様。

 強羅を使っての試合ならばたとえ会長が相手でも負けてやるつもりはないが、素手の俺なんぞが到底敵う相手ではない。

 

 シスコンたる者あらば、気合の鎧を身に付け、地割れのごとくシスコンを切り裂く戦士の必殺技のごとく、あらゆる攻撃を無視して自分の間合いに入るなり攻撃してくれようかとも思ったが、さすがにそんな浅知恵で歯が立つはずもない。

 だから結局俺も、妹と仲直りしたいが万一こじれて嫌われたらどうしようとうじうじしているシスコンの八つ当たりに晒されることになってしまうのだった。

 

「さっき一夏と戦っている時から思ってたけど、その動き……カポエイラ!」

 

「空手よ。TAKE THIS! イヤーッ!」

 

 

 最後のあがきでそれだけ言って、上下逆さになった姿勢からヘリのローターと錯覚する勢いで繰り出されたカポエラキックに首を刈り取られるように蹴り飛ばされ、俺の意識は闇へと落ちた。

 

 ……くそっ、今度やるときは絶対一矢報いてやるからなぁ!

 

 

◇◆◇

 

 

「一夏くんに真宏くん、か。……楽しいことになりそうね」

 

 畳の敷き詰められた武道場の中央に、この場ただ一人の勝者が佇んでいる。

 

 その足元には、完全に伸びた一夏と真宏。

 空中コンボで仕留めた一夏も、側頭部を蹴り飛ばされた真宏もまだ当分は起きないだろうから、虚あたりを呼んで保健室に運ぶのを手伝ってもらわなねばならない。

 

 そんな二人の様子を見まわした楯無は、どこからともなく取りだしたトレードマークの扇子で唇を押さえ、くすくすと喉で鈴を転がすように軽やかな笑い声を洩らす。

 

 この組手の勝者は誰が見ても明らかな通り、楯無である。それは変わらない。

 年が一つ下であり、同時でないとはいえ男二人を倒したとは思えぬたおやかな淑女然とした姿はまだいくらでも余裕が合ったことを示すものだが、観察眼に優れた者がよくよく見れば、その肩がわずかに上下していることに気付いただろう。

 

「ちょっと、危なかったわね……」

 

 楯無がこぼした言葉に混じる真面目な雰囲気が、ごく僅かながら彼女の息が切れていることを肯定する。

 

 IS学園に二人しかいない男子生徒である彼らは、まだまだ未熟である。

 硬軟自在にして、複数の格闘技に精通した楯無には彼ら二人が同時にかかってきたとしても手玉に取り、たやすく下す自信があった。

 

 だが、現実は少し異なる。

 一夏は予想よりも速い上にタフであり、最後に掴みかかられたときは胴着が脱げて一夏が動揺しなければあのまま投げに持ちこまれていたかもしれない。

 女だてらに襟元を合わせただけの胴着を身につけて組手をしていれば、下着の一つや二つ相手に見えてしまうことなど覚悟の上なので一夏の驚きをむしろ有効利用させてもらったが、そもそもそんな風に掴みかかられることなどないと考えていただけに、あれは楯無にとっても驚きだった。

 

 一方の真宏は、彼自身が認識していた通り生身での格闘技術は一夏に一歩劣る物だった。

 だがそれとて織斑一夏という、世界最強の女性たる織斑千冬の弟にして自身も類稀なるセンスを持った男と比較しての物。

 強羅という強靭だが無数の被弾を免れぬISを身に付け、彼が「ロマン」と呼ぶ癖のありすぎる武装を使いこなすために積んだ研鑽と努力、築き上げた肉体の強靭さは決して侮れない。

 一夏のような目を見張る技の冴えこそなかったものの、楯無の攻め手を受けても倒れずひたすらに突き進んでくる姿には、まさしく彼のISである強羅を思わせる迫力があった。

 

 なにせ、一夏に対して使った時は呼吸を一瞬止めた双掌打を叩きこまれてもその歩みを止めず、むしろ近づいた好機とばかりに腕を取ろうとしてきたのだ。

 あれは確実に呼吸停止に至る衝撃を受けたのに、気合で我慢していた。

 真宏の専用機である強羅は確かにそんな戦い方をしているようだが、まさか生身でも同様だったとは。

 咄嗟に身を引いてバク転しながら放ったカポエラキックはしっかりと手加減出来ていたか、今思い返すとあまり自信がなかったりする。

 

 だが私は謝らない。

 最近自分を差し置いて簪と仲の良い真宏には、ちょうどいい天誅なのだと、楯無の中のお姉ちゃんな部分が全力肯定しているのだから。

 

「一夏くんには生徒会の出し物にも参加してもらう予定だし、真宏くんにもアイデアを出してもらうとしましょうか。……うふふ。本当に、楽しみだわ」

 

 彼らが入学した当初から、IS学園の生徒会長としても、更識家当主としても見過ごすことなどできようはずもなく注目していた二人の男子生徒。

 彼らの実力と今後の成長が自分の思っていた以上の物だとわかり、楯無の頬に浮かぶ笑みがますます深くなる。

 

 

 今年の文化祭は、きっととても楽しいものになると、IS学園生徒会長、更識楯無は思う。

 同時に、危険も孕んでいる。男性IS操縦者が見つかったことと、その内の一人が織斑一夏であることに伴う当然の流れだ。

 しかしだからこそ本当に楽しい物にして見せようと、更識家十七代当主、更識楯無は覚悟するのだった。


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