IS学園の中心で「ロマン」を叫んだ男   作:葉川柚介

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第21話「40秒」

 シグナルレッド。

 

 レース開始の瞬間が目前に迫ったことを告げる、真っ赤なランプが点灯する。

 スターティングリッドに居並ぶ俺達一年生専用機持ちのISは、その全てが普段とは異なる高機動仕様となり、ただひたすら誰よりも早く前へ進もうという意志とエネルギーを総身にみなぎらせ、スタートの時を待つ。

 

 シグナルイエロー。

 

 どのスラスターにも既に火が入っている。すぐにも飛び出したいと甲高い咆哮を上げるそいつらを宥めすかして、限界まで高めた集中力で最高のタイミングを推し量っているのは、みんな同じはずだ。

 なにせ今日はIS学園の敷地から飛び出してのイベントであり、いつにない大観衆が俺達を見ている。せっかく来てくれた人達の期待を裏切らないためにも、そして何より勝利をこの手に収めるためにも、ISと高機動パッケージの最高の性能を引き出してやらねばらならない。

 

 タイミングと、出力調整と、ライン取りと、バトルの勘。

 それら全ての能力が要求されるキャノンボール・ファストのスタート。その始まりを告げるシグナルが。

 

 シグナルブルー。

 

 今、灯った!

 

 

『さぁ、はじまりましたキャノンボール・ファスト、一年生専用機持ちの部! 今年新設された一年生レースの中でも、特に7機の専用機が入り乱れるこのレースは注目度、特・大・です!』

 

 全機一斉にブレーキを開放し、イグニッション・ブーストにも迫る勢いで瞬時にトップスピードとなってスターティングリッドから飛び出す俺達7機。連続するソニックブームがシグナルを揺らし、レースを盛り上げるアナウンサーの実況がひと段落するより速くスタート直後のストレートを飛びぬけ、次々にコーナーへと突っ込んでいく。

 

 スタート位置とその後の加速の関係上瞬く間に一直線になった俺達は、それぞれが異なるライン取りでコーナーのより内側を狙い、攻撃のそぶりを見せ、相手の動揺と隙を誘いながら、しかしまずは一発の妨害弾もなく第一コーナーを抜けた。

 

 加速時にわずかのみ後方へと消し飛んだ景色はすぐさまハイパーセンサーによって補正され、意識の上に明瞭な焦点を結んで投影される。自機の速度、高度、他のISとの相対速度と位置はもちろんのこと、客席で歓声を上げる人たちの顔や叫ぶ声の内容まで把握することが可能な高速設定のハイパーセンサーは、今日も絶好調のようだ。

 

 あ、最終コーナーの出口あたりに簪とワカちゃん見っけ。

 文化祭の時に仲良くなったのか、今日も一緒に並んで観戦してくれているようだが、ワカちゃんそんなに興奮してるとしまいにゃ転げ落ちるよ? ……あれ、しかもその隣にいるのって、確か文化祭の強羅握手会に来てくれた子じゃないか?

 やっぱりそうだ。強羅のプラモデルを持ってきてくれていた、あの子に間違いない。

 ……よっしゃ、ここは一丁いいところ見せるとしますか!

 

『のぅおりゃああああああああああああああああああああっ!!』

「なっ、真宏!?」

「……来たか!」

 

 キャノンボール・ファストは超音速状態が基本となるレースであり、なおかつ市のISアリーナ内を会場としているため、コースは楕円形のごくありふれた周回型となっている。

 だからこそ超高速のISでのレースも肉眼で捕えられ、また単純ながら奥深いライン取りの妙も楽しむことができるし、なにより単純かつ安定したコースは攻撃機会も多く取ることができる。

 

 第一コーナーを抜け、いきなりトップに躍り出たセシリアをトップとした先頭集団から少し遅れた一夏、箒、俺の後方集団。俺はその中でも最後尾から叢の出力を上げ、紅椿の出力調整に手間取っていた箒を即座に抜き去り、まずはその先に位置していた一夏を狙う。

 

「実習のときも思ったけど、毎回速度も安定性も上がってるじゃないか!」

『当然! 頼りになる奴がサポートしてくれてるんでね! だからさっそく、順位を貰うぞ!!』

 

 そう叫び、武装の狙いを定める。

 スラスターと装備の組み合わせが複数存在する叢の中でも、今回俺が選んだ4号機は特に最高速度に優れるが、残念なことに武装の数は少ない。

 ……いや、少ないっつーか実は一つしかないんだけどね?

 

『ほらよっ!』

「クソっ、ショットガンか!」

 

 それがこの、ショットガンだ。

 ドバンッ、と銃火器離れした独特の発砲音と共に、一夏の未来位置一帯へと大量の弾丸が飛散し、白式の装甲にいくつも被弾する。

 実はこれまで強羅ではあまり使ったことのない、むしろシャルロットの十八番とも言うべきこの種の武装、多数の小口径弾を広範囲にぶちまけるという性質がキャノンボール・ファストに有効なのは、鈴が今回のパッケージで衝撃砲を拡散仕様にしていることからも明らかで、事実かなり素早い白式を相手にしてもプレッシャーを与えられる。

 

 その後も数発、こちらが連続して射撃するのをぐるんぐるんと左右にロールしながら回避し続ける一夏であるが、射程が短いショットガンとはいえ、近接武装しか持たない一夏と比べれば圧倒的なリーチの差がある。となれば、回避に気を取られた結果、前進のためのスラスター出力が低下する。

 

 そして俺は、必ず来るとわかっていたそのタイミングを逃すことなく、昨日までの叢なら怖くてできなかっただろうほどの勢いでスラスターを最大出力にして噴射。一気に白式を後方へと置き去りにしてやった。

 

『あばよっ、一夏!』

「あっ、待て!」

 

 一夏が減速したのは、ちょうどカーブの終わる直前。となればあとは叢4号機の最も得意とするストレートが目前に開けるわけで、少し距離を置いた地点でトップを争っているラウラ達へと迫ることも可能になる。

 

 いやむしろ、叢の特徴を考えれば継続的に順位を上げて行くのは難しいだろうから、トップ争いに食い込むチャンスはここしかないと言っていい。しかもおあつらえ向きに、後方の一夏は追いついてきた箒と小競り合いを始めて意識がそがれているし、トップ集団はこちらに構っていない。

 

 ……チャ~ンス。

 

 よろしく頼むぜ、叢。

 相棒の能力に期待し、ショットガンの銃身を保持していた左手でパシパシと軽くスラスターを叩く。最初に使った時からかなりのじゃじゃ馬だったが、ここのところ毎日、簪と共同で出力制御のシステムを組んでいった結果、大分素直に言うことを聞いてくれるようになった。

 他のISに負けなかったスタートダッシュしかり、一夏を抜き去るチャンスを逃さずスムーズな加速をしてくれたさっきもしかり。

 

 だから、今だってきっといけるはずだ。

 先日蔵王重工の訓練所でワカちゃんと一緒に訓練した際、「あの叢がここまで……本当にすごいですっ!」とワカちゃんをしてすら驚かせたほどの完成度にまで至った今の叢なら、安心してフルスロットルに叩きこむことができる!

 

 

『一気に、いくぜえええええええええええええええええええええええええっ!!!』

 

 

 強羅と、叢と、簪の作った制御システムはその信頼に応えてくれた。

 ガオンっ、と空間を抉りそうな音と共に衝撃波を撒き散らして、強羅の巨体が一瞬にして叢の出しうるトップスピードへと加速してのけたのだ。

 

 PICですら打ち消しきれないGが体を襲い、高速仕様のハイパーセンサーを使っていても色を持った線と化した景色が見える。

 だがその甲斐あって、強烈な視野狭窄の感覚とともに一瞬で先頭集団との距離を詰めた。

 

 さぁ、追いついたぞっ。

 

 お、しかもちょうどいいところに鈴がいる。

 ……よし、せっかくだから鈴の順位もいただくぜッ!

 

『避けるなよ、鈴! 随分久しぶりな男のロマンを!!!』

「え、ちょ、何すんのよ真宏おおおおおお!?」

 

 ほぼ直線状態であった加速の路線からわずかに進路を変更し、鈴と軌道が交差するルートに入る。

 既に超音速状態にあるISどうしでのことなので、強羅と甲龍の距離は一瞬にして詰まり、鈴の驚愕に染まる顔がすぐに大きくなるのが、はっきりと見えた。

 

 

 ……ところで、今回高機動装備として使っている叢4号機の「武装」はショットガン一つしかないのだが、「装備」は一つではなかったりする。

 

 では他に何があるのかと問うならば、それは「脚部装甲」であると答えよう。

 それは両脚前部に取り付けられた、やたらめったら頑丈にして重厚な追加装甲であり、いざ防御に使うときになれば折りたたまれた装甲を展開して盾となってくれもする。本来の叢4号機の盾とは接続位置が異なるが、強羅との重心バランスの関係上ここに配置するのが最も適切ということになったのだ。

 機体を重くするんだからつけない方が良いと思われるだろう代物だが、実は旋回時に振り回す重りにしたりなどと用途は重要だし、盾として使えば当然かなりの防御力を示してくれる。

 

 だが、実のところこの追加装甲にはもう一つ使い道がある。

 

 それは、叢シリーズの中でも最高の速度を誇る4号機を、ISの中でも最重量級と名高い強羅が装備した時に可能となる、ある種究極の一撃。

 ただひたすらに重い強羅が、無駄に硬い追加装甲を突き出し、使いどころが難しすぎる大出力スラスターの最高速度で相手にぶち当てる、技。

 

 そう、その名も。

 

 

『ブーストッ、チャアアアアアアアアアアジッ!!!!』

「んっきゃああああああああああああああああああああ!??」

 

 重量と速度を合わせて放つ、この技だ。

 

『ちぃっ、浅いか!』

「浅いじゃ済まないわよ! ヘタに当たると死ぬわよ、それ!?」

『なに、今の鈴のプライマルアーマー……じゃなかった、シールドバリアなら平気だろ!』

 

 しかし相手はさすがに中国代表候補生の鈴。あのタイミングでも直撃とはいかず、せいぜいかすった程度にしかならなかった。その結果として本来ブースト・チャージの叩きだす予定だった絶大なダメージは与えられず、バランスを崩して後方に下げることしかできていない。

 くっ、相変わらず見事過ぎる反応速度だ。

 

 だが、それでもこれまで後ろで燻っていた強羅がトップ集団に食い込むという目的は果たせた。これならこれで、やりようはあるさ。

 

『お待たせっ!!』

「なっ、強羅だと!」

「あの機体でここまで加速いたしますの!?」

「やっぱり、真宏は一筋縄じゃいかないよね」

 

「ふっ、ふふふ。やってくれるじゃない……っ! でも、格の違いって奴を教えてあげるわ。……今のあたしはねぇ、高機動パッケージを装備してるからエネルギー無限のレギュ1.15も同然なのよぉおおおおおっ!!!」

 

 とはいえ、ますます油断はできなくなった。

 ここにいるのは一人の例外もなく俺より優秀なIS使いばかりであるし、すぐそばまで迫ったカーブを曲がるため、体をねじって強引にスラスターの向きを変えて半ばドリフトのようにしたから、追いつくための速度も大分殺してしまった。

 

 ……しかも、なんだか鈴が色々ふっきれてしまったようでとても怖い。衝撃砲から緑の光とかこぼれださないだろうな。

 あ、今ちらっとハイパーセンサーにいつぞや鈴をジープで追いかけまわしていた中国美人さんが見えた。鈴の言葉が届いたか、腕を組んでうんうんと満足そうに頷いているあたり、俺の想像が当たっているような気がしてますます恐ろしい限りだ。

 

 とはいえ厳しい戦いになるのは元より覚悟の上だし、望むところだ。

 さぁ、本当に本気の勝負を始めようじゃないか。

 

 

 ――そう、思った。

 事実、この先頭集団でも叢は普段の強羅の鈍重さを感じさせない俊敏な機動を見せてレースの最後まで健闘してくれるはずだったし、そうできるだけの準備はしてきた。

 

 それができなかったことが、残念でならない。

 

 

◇◆◇

 

 

「がんばれーーーっ! 強羅ーーー!!」

「いいっ、いいですよ真宏くん! その加速っ、その装甲っ、その突撃! 私はこれが見たかったんですっ!!」

「がん……ばってっ!」

 

 強羅が、キャノンボール・ファストに出る。

 その話を教えてくれたのは、いつものように父親だった。

 

 時折母親すら呆れるほど、自分と同じくらい強羅のことが好きな父親とはこれまでも事あるごとに強羅のカッコよさについて語り合い、強羅が出るニュースを録画しては一緒に見て、プラモデルやグッズなどを買ってきてくれる時はこっそり自分用の物も確保していることも、少年は知っている。

 だから、こうして今日開催されるIS学園と市のイベントであるキャノンボール・ファストに本来ならば出場しないはずの一年生が出場し、強羅も当然その出場枠の中にあるという話も、どこにどういうアンテナを伸ばしているのかわからない父親が真っ先に教えてくれたのだ。

 仕事から帰るなり、そのことを語る父親のはしゃぎようといったらなかった。父親に作ってもらったプラモデルを握りしめて行った文化祭の時は運悪く仕事が入ったせいで行けなかった分、今度こそと息巻く表情は少年の目から見ても輝いて見えるものだったのだから。

 

 

 ……まぁ、なんだかんだで色々な人に頼りにされているらしい父親は、今日も例のごとく急な仕事が入ってしまい、後ろ髪を引かれに引かれる様子で母親に背中を蹴り飛ばされてようやく仕事に行ったのだが。

 学校の友人達が、せっかくの休みにも仕事をしている父親への不満を口にするのを聞いたこともあるが、自分の父親の様子を見ているとむしろかわいそうに思えてくる。

 ともあれ、そこはかとなく世間一般の家庭とはズレた両親を持っているのではなかろうかと思いながらも、少年はまたこうして強羅の活躍を見に来ることができたわけだ。

 

 父親が魂をかける勢いで苦心の末に入手してくれた席はコースに近く、なおかつアリーナ全体をあますことなく見渡せる絶好の位置。すぐ隣の母親も、最近では毒されだしたか強羅の出るニュースを見ることも増えてきたおかげか、はたまたキャノンボール・ファストという競技の迫力のせいか、とても楽しんでいるようであった。

 

 ちなみに少年は、母親の反対側の隣で自分に負けないくらい声を張り上げて強羅を応援している二人のお姉さんになんとなく見覚えがある気がするのだが、今はあまり気にしている余裕がない。

 確かあの文化祭の時、ステージの上で司会をしていた小さいお姉さんと、そんなお姉さんや強羅をステージの袖からちらりちらりと見守っていたIS学園の生徒らしきお姉さんにとてもよく似ているような。

 

「ぃよしっ! トップ集団に食い込みました! これなら一位だって狙えますよ!」

「確かに、すごいチャンス……! でも、叢はまだまだ不安定だから……もし一度でも失速したら、それで終わり……」

 

 とりあえず、解説役として申し分ないのでこの幸運を喜ぶことにした。

 

 

 声を枯らして声援を送る最中も、レースは超音速で続いている。

 先頭集団ではトップを走るシュヴァルツェア・レーゲンの巧みな機体操作と肩に背負った大口径リボルバーカノンの妨害が後続のアタックを阻み、そのすぐ後に続くラファール・リヴァイヴは未だ抜きにかかる隙こそ見いだせていないものの被弾はなく、一瞬の油断でもあれば即座に一位を奪い取るだろうことは間違いない。

 ブルー・ティアーズと甲龍もまた負けてはおらず、セシリア・オルコットは高速機動中でありながらも精密な狙撃を駆使して狙った相手を着実に足止めし、凰鈴音は何故かヤケになったように拡散仕様の衝撃砲を乱射して、アリーナの地面や観客席前のシールドに幅広く衝撃を叩きつけている。

 

 そんな乱戦状態であるためか、当然集団としての速度は遅くなり、後方少し遅れたところにいた紅椿と白式の二機もまたその中へと、ほどなく飛び込んでくる。ともに近接戦闘をメインとした機体ではあるが、紅椿には刀身から飛ぶ光波があるし、白式はほぼ完全に格闘戦オンリーとはいえ、追加スラスターをつけるまでもない瞬発力がある。

 どちらの操縦者もISの操縦という点では多少荒削りな面もあるが、機体性能と思い切りの良さはこの距離ならば十分以上の武器となる。

 

「……というわけで、負けちゃだめですよ真宏くん!」

「まだ、叢には余裕があるから……! 行ける!」

 

 ……などという内容の実況じみた叫びが、隣から上がるので少年としてはとても助かっていた。

 なにせ、これだけ目まぐるしいバトルが繰り広げられていながらもまだレース自体はようやく二週目に入ったばかり。

 余りの速さに一般人たる少年の目では展開を追いきれない局面が多々あり、そんな時には隣から聞こえてくる二人の解説がとても役に立った。

 

 実際のところ、解説とはいっても矢継ぎ早の、決してわかりやすいとは言えないどころか、レースに興奮した女子二人の叫びに過ぎない。

 だが大好きな強羅を前にして、その行動を理解したいと強く願う集中力があればこそ、少年の目は次第にISの動きに追従できるようになっていく。

 まだレースの今後を予想できるほどの物ではないが、強羅が今どのような状況になるかくらいは、理解できるようになってきたのだ。

 

 強羅は先頭集団に追い付いてから、その中央ほどの位置を常に維持するように軌道を取っていた。

 というよりむしろ、叢という高機動パッケージの最高速度に優れる代わりに小回りが効かないという性質が災いし、そうする以外ライン取りの自由がほぼ無いと言っていいらしい。

 そのためいかにも予測が簡単なコースを突き進み、結果として相手からの攻撃も受け放題となる。

 

 だが、そこは強羅。

 その重厚な装甲に加え、今回は脚部とはいえ追加の盾までついているのだから、その強固なることはまさしく空飛ぶ要塞だ。リボルバーカノンにも、レーザーライフルの狙撃にも、衝撃砲の直撃にすら多少軌道がぶれるだけで突き進み続け、余裕があれば手に持つショットガンの広範囲・高威力射撃をお返しすらしてのける。

 

 一緒にレースをする方にしてみれば、強羅は軌道を変えることが難しく、しかもある程度まで近づけばショットガンの応射が待っている上、さらに近づけば今度こそあのシールドによる蹴りを食らうかもしれない、扱いに困りすぎる相手だ。無視しようにも攻撃力は十分以上に備えているし、うっかり意識を逸らそうものなら先ほどと同様の加速で、一気に抜かれる危惧さえある。

 そう考えれば常に集団の中央部に居座る強羅に全員が一定の注意を払わざるを得ず、それをもって強羅はこの集団から置き去りにされる可能性を力づくで捻り潰しているのだ。

 

「そう、それでいいんです! これぞまさしく正しい強羅の在り方、『当たってもどうということはない』!!」

「さすが、強羅……何ともないね……っ」

「いいぞーーーーーーー!! 強羅ーーーーーーーーーーー!!!」

 

 衝撃砲の直撃にもひるまず、リボルバーカノンの弾丸が吹き上げる爆炎を貫いて巨体を突進させる姿に少年もまた興奮が止まらず、応援の声を高らかに張り上げた。

 

 

 最終コーナーを回り、集団が再びスタート地点へと向かうストレートに入る。

 観客席前の遮断シールド越しとはいえ、超音速状態のISがコーナー終盤から加速に入る光景はこの上なく見ごたえがあり、ハイパーセンサーを持たない少年の目に映ったその情景は、それぞれのIS操縦者達の真剣なまなざしを一瞬にして脳裏に焼き付けた。

 

 間もなくレースは3週目。

 これから先、ゴールの時が近付くにつれますます白熱するだろうという予想はアリーナに詰めかけた全ての観客に共通するものであり、それは少年にとっても、その隣の簪とワカにとっても変わるものではない。

 

 例年ならば決してお目にかかれないほどの機体が参戦する一年生専用機持ち達による迫力のレースもあって、近年まれにみる盛り上がりを見せるキャノンボール・ファスト。誰にとっても最高の思い出となるだろうこのレースは、しかし。

 

 

 天から降り注ぐ二条の光によって、無慈悲にも終局を迎えることとなる。

 

 

◇◆◇

 

 

「ラウラ、シャル!?」

『くっ、敵襲か!?』

 

 乱入者の放ったレーザーが貫いたのは、先頭を争っていたラウラとシャルロット。入り乱れていた集団から頭一つ抜けていたとはいえ、それでも超高速状態にあるIS二機が瞬時に狙撃されるなんてことが偶然に起こるはずはなく、それは紛れもなく熟練のIS操縦者が襲撃をかけてきたことを意味している。

 

 スラスターを狙われたらしく、黒煙を噴きながら制御が効かずに地面へ墜落し、盛大にアリーナの隅まで滑っていった二人の元へと、俺と一夏は即座に駆けつけた。白式が雪羅のシールドを展開してラウラを守り、俺は叢を最大出力で逆噴射して慣性を殺しながらシャルロットの前へと滑り込み、掲げた強羅の腕部装甲によって追撃のレーザーを阻んだ。

 

『うわ、レーザーあちぃっ!』

「真宏も大丈夫か!?」

『あぁ、なんとかな!』

 

 だが、その甲斐もあってかラウラとシャルロットへのダメージは無い。

 相手の狙撃自体は恐ろしいほどの正確さで本当にスラスターのみを射貫いたため、二人のIS自体のダメージはさほどないようだった。

 だが超音速機動中に制動を失い、地面や壁やらシールドに激突すればその衝撃は尋常なものではない。突然の侵入者の登場と、その後二人が叩きつけられたことで。可視光を余り通さなくなるほど出力の上げられた客席の遮断シールドはまだ多少の余裕がありそうだが、ここは一般人も多い。

 幸い既に避難は始まっているようで、うっすらとした光輝を放つ遮断シールドの向こう側で観客達が逃げ惑う有様もハイパーセンサーで感じ取れるが、それでも余り戦闘などしたくはない場所だ。

 

「一夏さんと真宏さんはお二人をお願いします! ……この敵は、わたくしがっ!」

「ちょっ、セシリア!? ……あーもう、しょうがないわね!!」

 

 だが、そんなことも言っていられない。

 なにせ相手はどこかセシリアのブルー・ティアーズに似た雰囲気を持つIS、サイレント・ゼフィルス。イギリスから強奪されたあの機体はビットを使用したオールレンジ攻撃による多対一戦闘に優れており、自由にしておいては俺達のみならず混乱の最中で避難を開始した観客達にも被害が及ぶかもしれないのだ。

 

「くっ……、さすがに直接戦闘はできそうもないか……」

「ラウラ、大丈夫なのか!?」

「なんとかな。だが戦闘機動までは無理だ。私はここで固定砲台となろう」

 

 どうやらラウラは意識を取り戻したらしい。ボロボロになった追加スラスターを放り出し、迷うことなくその場で両足を踏みしめた上でブレードワイヤーを地面に突き刺して体を固定。リボルバーキャノンでの砲撃を開始した。

 弾種は例によっていつの間にやらグレネードが選択されており、セシリアと鈴がサイレント・ゼフィルスと交戦している空域に爆炎の球体が膨れ上がる。

 相手の機動力に翻弄されて直撃こそしないものの、決して広いとは言えないアリーナ上空においてその攻撃は一定以上の効果を発揮し、最近のラウラなら迷わずグレネードを使うに違いないと半ば諦めていたセシリアと鈴に対し、サイレント・ゼフィルスの機動は目に見えて精彩を欠き始めた。

 

「一夏、真宏。ここは僕が引き受けるから、二人は行って!」

『シャルロット、無事だったか……!』

「機体だけはね。スラスターはこんなになっちゃったよ」

 

 そして、ラウラに次いでシャルロットも起き上がってきた。

 言葉の通りに機体へのダメージはさほど残っていないようだが、その代わりというべきか、シャルロットが片手に持つスラスターはあちこちボコボコにへこみ、もはやまともな機能を果たしそうには見えない。

 

「でも……大丈夫なのか? 少しはダメージも残ってるだろうし……」

「大したことはないから、平気だよ。まだ実体盾も残ってるから、これで僕とラウラくらいなら守ってみせるよ。それに……」

『それに……?』

 

 ……だったのだが、なんだかシャルロットの様子がおかしい。

 しかも、決してシリアスな意味ではなく、なんかアヤシイ意味で。

 戦場の緊迫感に満ちた凛々しい表情から一転、にこりと笑う。まさしくそれはいつものシャルロットの優しい微笑みであり、……この場にそぐわなすぎてかなり怖い。

 

「せっかく……せっかくいい勝負をしていたところだったのに、こんな邪魔をしてくるなんて、許せないでしょう? だから、一夏と真宏でちょっとお灸をすえてきてくれるかな。……真宏直伝! 手投げブーストミサイルッ!!」

「って、スラスター投げたー!?」

『なんかミサイルみたいに飛んでったー!? あとそんなもん教えた覚えはないぞ!』

 

 懸念的中。

 なんかシャルロットさん、半壊したスラスターぶん投げましたよ!?

 しかもその途中でスラスターが点火し、ふらふらと不安定な軌道ながらまさしくミサイルのごとく噴煙を引いて高速で飛翔までして、絶対ロックも誘導もされていないはずだったのにサイレント・ゼフィルスのすぐそばをかすめて飛びすぎ、すぐに大爆発して一瞬相手の姿を爆炎の中へと押し包む。

 

 ……さすがはシャルロット。

 常日頃からとっつきらーとして、高機動の相手に対しても驚異的な先読み技能で至近距離へと近づいて、とっつきかます瞬間を虎視眈々と狙っているだけあり、恐ろしい精度の軌道予測だ。

 

「今だよ、行って!」

「お、おう……っ!」

『気をつけろよ、ラウラ、シャルロット!』

 

 とはいえ、これが好機なのは間違いない。ただでさえライフルにビットを加えた手数の多さを誇るサイレント・ゼフィルスは、仲間がいても容赦なくグレネードを放つラウラと、それを見事に予測して回避するセシリアと鈴、さらにはスラスター手投げミサイルなどという常識外のことまでやってくる相手に苛立ちだしたらしく、怒りにまかせた攻撃は時を追うごとに苛烈さを増し、脅威の度合いを上げつつある。このままでは、セシリアと鈴だけでは厳しくなってくるかもしれない。

 だから、シャルロットが作ってくれたこの隙は好機。俺と一夏は、一瞬だけサイレント・ゼフィルスの意識がこちらから逸れたその時を逃さず空中へと浮かびあがり、途中で箒とも合流して一気にサイレント・ゼフィルスとの距離を詰めた。

 

 今は強羅もまだ高機動装備を付けている状態だから、この戦闘にも十分介入することができるはずだ。

 

「でりゃあああああ!」

『喰らえ!』

「はぁ!」

「……」

 

 一夏の雪片弐型と雪羅が繰り出す斬撃と、その合間を縫ってすれ違いざまに俺が放つショットガン、さらには箒の二刀から飛ぶブレード光波。それら波状攻撃の密度は決してたやすく回避できるものではないが、相手の技量はその状況をして生存を許す。

 一夏との格闘戦はレーザーライフル先端の銃剣でいなし、ショットガンの弾はそのことごとくを傘のようにビームを展開するシールドビットが阻み、箒の攻撃は読まれているかのように回避されてしまう。

 間違いなく、この相手はISの操縦……というよりもサイレント・ゼフィルスの操縦に深く精通している。戦闘技能の高さは元より、BT兵器という特殊な装備を完全に使いこなし、コンセプト通りの多対一戦闘をこうまで完璧に繰り広げるなど、並の人間にできることではない。

 

「負けませんわよ!」

「だから、さっきから突っ走るなって行ってるでしょ!?」

 

 その実力は、セシリアと鈴の攻撃に対しても例外ではない。

 ビットを推進力として使っているために手数の減ったセシリアとはいえ、射撃能力は高く、狙いは正確だ。鈴もなんだかんだいいながらそんなセシリアに合わせ、拡散衝撃砲の面制圧力を遺憾なく発揮してサイレント・ゼフィルスの機動を制限する。

 だが、その連続攻撃を阻むのは、やはりシールドビットだった。防御能力が極めて高い、というわけではないだろう。だが被弾時にのみエネルギーシールドを展開するという特性上機動力が高く、カバー範囲は広い。当然セシリアが急所を狙って繰り出す射撃が鋭くとも、事あるごとに阻まれる。まさかビットに防御能力が加わるとこれほどやりづらくなるものだとは、こうして戦うまで考えもしなかったよ、ちくしょう!

 

 

『んなろっ、舐めんなああああ!』

「俺も行くぞ、真宏!」

「……くっ!?」

 

 だからこそ、俺は少々無理矢理な戦法に出た。

 フレキシブルとレーザーライフルの射撃による攻撃を完全に無視し、サイレント・ゼフィルスへと突撃。本来ならば被弾による速度の減退や進路変更を余儀なくされるようなその攻撃でも、強羅ならばある程度は無視できる。

 当然のようにシールドバリアは削られるし、装甲内まで響く衝撃とレーザーに焼かれる熱が体を揺さぶるが、今はそんなことを気にしている場合ではない。フレキシブルの曲がる射撃でスラスターを狙われるのは背後に着いた一夏のシールドで守ってもらいながら、俺は一直線にサイレント・ゼフィルスへと迫る。

 強羅の装甲表面のあちこちで赤熱した装甲の破片が飛び散るが、そんな物はどうでもいいっ。こうでもしなければ肉薄することはできないし、そうしなければこいつを突破するなんて夢のまた夢だ。

 

『喰らええええええええ!』

 

 そして放ったのは、さっき鈴にやったブーストチャージ。ただし今回は胴回し空転蹴りのように全身を振り回し、装甲の追加された重厚な足をハンマーのごとく叩きつける形だ。

 強羅自体に備わった速度も相まってその勢いは紛れもなく凶器であり、直撃すればただでは済まないだろう。

 

 しかし。

 

「……ふんっ」

『だあっ、やっぱりか!?』

 

 相手はそんなときでも冷静だった。

 たとえ当たっても当たらなくとも隙ができると考えてサイレント・ゼフィルスの背後から迫っていた箒、鈴、セシリアの三人にはビットから牽制の射撃を放ち、俺に対してはショットガンを撃たれた時の備えだろう、シールドビットを従えた状態で真っ向から向かい合い、まるでそうするのが当たり前というように一歩分ほどこちらへと距離を詰め、足が振り切られる前にすり抜けるように回避した。

 

 その先にいるのは、当然俺の背後を守っていてくれた一夏。

 確かに今の蹴りは大振りな動きで、当てるよりもむしろ相手をひきつける囮に近いものではあったが、まさかここまであっさり回避されると思わなかった。そして同じ思いを抱いているだろう一夏は一瞬驚きによって大きく進路を動揺させ、それはすなわち致命的な隙となる。

 

「茶番だな。……くだらん」

「やばっ!?」

 

 一方で、この状況を作り出したサイレント・ゼフィルスの操縦者は周到だ。

 敢えて一夏以外の相手をビットにさせ、危険を冒してまで俺の攻撃を寸前で回避したのは、この瞬間を最大限に利用するため。

 すぐさまサイレント・ゼフィルスは一夏に回し蹴りを叩きこんで白式を観客席のシールドへと叩きつけ、それと同時にエネルギーをチャージしておいた最大出力のライフルを向ける。

 

 銃身が左右に展開し、封印されていたエネルギー機関と直結する最大の砲口をあらわにしたライフルはバチバチと励起されたエネルギーの火花を散らし、狙撃を主とするブルー・ティアーズの姉妹機ならば狙いをつけるまでもないだろう近距離で、慎重すぎるほどにひたりと銃口を向ける。

 

「さぁ……、死ね!」

 

 バイザーの下に除く唇を妖艶に歪め、壮絶な殺意を吐きだし、トリガーへと指をかけるのには、半瞬ほどの時間もかからない。

 

「くっ!」

 

 しかし、それにも反応してこその織斑一夏。シールドへの激突寸前に高機動仕様として出力を上げてあったスラスターを吹かすことで衝撃を殺してダメージを最小限に抑え、さらには空中で身を捻ってシールドを蹴ることにより、軌道を変える。

 

 その咄嗟の機動の鋭さはサイレント・ゼフィルスの操縦者の予想をすら越えるものであり、最大出力のレーザーを回避する絶妙の瞬間を突いていた。

 このままならば、ジェネレーターが過負荷を起こす寸前まで出力を上げられ、可視光の一部すら跳ね返すほどとなったシールドにレーザーが突き刺さるが、一夏は間一髪で回避ができる。

 いくら強固なアリーナと客席を隔てる強固な遮断シールドとはいえ、さきほど上空からラウラとシャルロットを狙撃してのけたレーザーの、今度は最大出力。おそらくそのシールドを貫き、その向こう側に灼熱するエネルギーをぶちまけることになるだろう。

 

「……!」

 

「こ、子供と女の子!?」

 

 まさに今一夏が気付いたとおり、ちょうどレーザーライフルの砲口の指すシールドの向こう側、逃げ遅れたらしき子供と、避難誘導を手伝っていたのかいまだ観客席に残るIS学園の制服を着た、どこか楯無に似た雰囲気を持つ少女、簪のいる、まさにその場に向かって。

 

 

 遮断シールドの出力が上げられていて、しかもある程度の時間は稼げたから心配はいらないと考え、なおかつ目の前の敵に集中し過ぎていたために気付けなかったこの事態。もはや射撃の中断など不可能なレベルまで高められたエネルギーが、レーザーとなって迸るのは止められるはずもなく、その向こう側で二人分の人影が瞬時に燃え尽きるだろう光景が幻視される。

 

 回避機動直後の一夏は制動が効かない。

 地面に自らを縫いつけたラウラも、そのそばでラウラを守っていたシャルロットも、サイレント・ゼフィルスの背後の鈴も、セシリアも、箒もそれを止めることはできない。

 

 サイレント・ゼフィルスの操縦者は、これから自分が引き起こそうとしていることに気付いているのか、いないのか。

 悲劇の未来に凍りつく一夏達をよそに、その引き金は躊躇なく引かれ、破壊的なエネルギーを込められた光が容赦なく、放たれた。

 

 

◇◆◇

 

 

「やはり、さすがはエムというべきかしら。専用機ばかりを相手に、そつなくこなすわね」

 

 わずかに時をさかのぼろう。

 

 サイレント・ゼフィルスの襲撃が察知されてすぐ。突然の事態に際しても遮断シールドの出力を上げる程度のことしかできなかった大会主催者の不手際と、「ISが襲撃してきた」という事態の重さに恐慌状態に陥った観客が逃げ出してしばらくしてからのこと。

 

 避難誘導のため客席に入ろうとする警備員は出口に殺到する観客に押し流され、レースを観戦していた一部の機転が効くIS学園生に、拙いながらも誘導された観客達が取るものも取りあえず去っていったため、荷物とパンフレットと飲みさし食べさしのコップや包みが散らばる雑然とした観客席に一人、事件のことなど何も知らぬげな美女の姿があった。

 決してデザインに優れたわけでもないステレオタイプなプラスチックの客席に腰を下ろし、赤いスーツの派手さにも負けないスタイルと美貌の女性がシャープな造形のサングラスをわずかに持ちあげ、ルージュの引かれた唇から蟲惑的な声を紡ぐ。

 豊満な胸の下を交差する腕、組まれた長くすらりとした足の全てが巧妙なほどの美を感じさせる絶世の美しさであるが、遮断シールドの向こうのアリーナで今まさに激闘が繰り広げられている様子を平然と窺ってのけ、ほとんどの人が逃げだした後の客席にたった一人しかいないという異様な現実。

 それらは、彼女がただこの場に偶然居合わせただけの美女ではないということを雄弁に物語る。

 

 そもそも、出力の上がった遮断シールドはそれ自体が光を放つため、肉眼ではその向こう側を知ることはかなり難しい。

 もしそれでなお、この位置からアリーナの中で繰り広げられている戦いを正確に把握できるなら、それは彼女がISを所有し、そのハイパーセンサーからの情報を得ているからに他ならない。

 

「……それにしても、あの強羅というISは無茶苦茶ね。どうして被弾を恐れないのかしら?」

「それは、強羅だから仕方ないとしか言えないわね。それに真宏くん、格闘ゲームでも乱入されるのはあんまり好きじゃないって言ってたし」

 

 サングラスからのぞく眉根をわずかにしかめて、理解できないとばかりに述べた独り言に、背後から同調の声が返ってきた。

 

 その声の主もまた、この事件の渦中にあってなお泰然とした様子を崩さず、扇子を口元に傾け、立ち姿はたおやかにして不動の安定感を誇る。

 IS学園生徒会長、更識楯無である。

 

「あら、そうだったの? それなら前もって『近日参上』の矢文でも投げ込むべきだったかしら」

「……意外と古風なのね、ファントム・タスク」

 

 女性は、振り向かない。

 なぜなら、今回の一件を間近で見ようと決めたときから楯無が自分と接触を持ってくることはかなり高い確率であろうと予測されていたことで、今さら驚くこともなく、また過分に警戒する必要もないのであった。

 

「あなたのISは確か……ミストリアス・レイディだったかしら」

「その惜しすぎる間違いは意図的にやっているのかしら。貴方って、本当に最低の屑だわ……!」

 

 どうやら名前をお気に召さない方向で間違えてしまったらしいと気付いた女性――ファントム・タスクのスコール――は振り向きざま、謝罪がわりとして拡張領域に収めていたナイフを投擲する。

 当然その程度のことでは牽制にすらならず、瞬時に展開された盾無のISが手に持つ蛇腹剣に叩き落とされ、すぐさまその名の通り蛇のように伸長した刀身がしなりながら迫り、部分展開したISの腕で掴み取ることを余儀なくされる。

 

「せっかく来たんだから、IS学園の秘密の尋問し……じゃなかった、応接室でファントム・タスクの目的についてお話なんかいかがかしら。ぶぶ漬け出してあげるわよ」

「それ、確か日本では客に帰って欲しい時の作法じゃないの。……それに、そんな無粋なことを言わないでちょうだい。ようやく良いシチュエーションになってきたんだから」

「あら、そう。……なら、仕方ないわね!」

 

 元よりこの二人は、自らの内心を隠すことにかけては人後に落ちない手合いである。これ以上お遊びのような話を続けても得る物が無いと判断した楯無は、迷わず方針を変更。蛇腹剣を放り捨てて、代わりに展開したランスを向けて内蔵されたガトリングをスタンバイする。

 

 話してくれないのなら、まずは話すことしかできないくらいボコボコにする。

 これは、IS開発者たる篠ノ之博士も推奨する由緒正しきOHANASHIの仕方なのである。

 

「くらいなさいっ!」

「あら、下品よ」

 

 生身の人間に使うなどという状況は考えることすら躊躇われるような、IS用の四連ガトリング。いつぞや真宏が使ったシールドガトリングにこそ弾幕密度で劣るものの、楯無の技能はその武器性能差を補ってあまりある集弾率を実現し、一点にその破壊力を集中させる。

 

 幾重にも重なって途切れることのない射撃音と銃弾の激突が吹き上げる霞と硝煙の臭いが続いたのちに、楯無は一度射撃を止める。

 足元にばらまかれた薬莢は鈍く金色の光を弾いてきらめいているだろうが、あいにくとそんな情景は虚しすぎる。これだけの連射を一発の欠損もなく相手に命中させてのけたが、しかし楯無の表情はかけらも緩むことが無い。

 

 何故なら、着弾地点に残っているのはスコールの無残な遺体でも、展開されたISの姿でもなく、不気味な揺らめきを見せる金色の繭状の光だけだったのだから。

 

「あなたのISでは私のISの守りを突破できないことは、はじめからわかっていたでしょう? このあたりでやめたらどうかしら」

「……くっ」

 

 スコールの言葉は、楯無にとって確かに予想できていたことではあった。いまだその全貌どころか末端の構成員の情報すらまともに収集できていないファントム・タスクではあるが、今日この場に現れるだろうと予想された相手のISが、この程度でどうこうできるとは思っていない。

 だが、だからと言って戦わないのはIS学園生徒会長として為すべきことではない。

 そうと信じるからこそ楯無は今この場所に立っているのだし、これからもそうし続けるつもりだ。

 たとえ一つの武器が通じなかったとはいえど、楯無の戦いがこれで終わったわけではない。あの繭をどうにかしなければならないのならと、防御に回していた水のヴェールをランスに纏わせ、ドリルのごとく高速で流動させながら突撃をかけてやればいい。

 

 いいと思った、その時に。

 

 

「へぇ……。じゃあ、これにも耐えられますか?」

「「!?!?!?」」

 

 

 突如響いたその声に異常なほどの恐怖を掻き立てられ、慌ててランスの表面を取り巻いていた水を防御用へと引き戻し。

 

 ゴワォッ! と吹きつける音にもならない灼熱の衝撃波を、水の膜越しに総身で感じ取った。

 

「なっ……何!?」

 

 その言葉は楯無自身の口から出たのか、はたまたスコールが叫んだのかはわからない。

 だが突然の事態に混乱しつつ、防御に回した全ての水の内半分近くが蒸発しているのを見て顔を青くした。もしあのとき水を引き戻さなければ、あるいは絶対防御が発動していたかもしれない。

 

 その後、我に返って見まわした周囲の様子は、端的に言ってひどい有様だった。

 

 水の膜を通常のヴェール状に戻すと、シールドバリアがあるはずなのに顔や肌の露出部を焼けつくような熱風がなぞる。

 ISを装着しているからこそ周囲の状況を冷静に観察していられるが、先ほどの衝撃であたりの座席は軒並み吹き飛び、しかも遮断シールドや床、壁などに「溶けて」張り付いている、地獄のような有様だ。爆心地近くの椅子に、原形をとどめているものを見つけることなど不可能に近いだろう。

 

 そう、爆心地だ。

 

 スコールのいた地点――スコールを中に収めた金色の繭も、恐れを成したか先ほどとは違う場所に移動している――を中心に放射状に広がる破壊の爪痕は、紛れもなく莫大な衝撃と熱を持つ物理弾頭によるもの。

 

 グレネードが引き起こしたものだ。

 

「え゛ッ……、ま、まさか……っ!」

 

 スコールがそれまでの淑女然とした様子から一変し、引きつった悲鳴を上げるのも無理からぬこと。

 楯無と千冬の指示により、アリーナ内のみならず周辺地域からも住民の避難が始まり、この場にはIS関係者しかいないとはいえ、一瞬でこれほどの惨劇を引き起こすほどのグレネードの使い手。おそらくスコールにも、思い当たる人物は一人しかいないのだろう。

 

「……避けちゃ、だめじゃないですか」

「また出たわね、ワカ!」

 

 現れたのは、例によって小柄な体をスーツで包み、期待を裏切らず一つ目状に穴の開いたダンボールを頭にかぶった一人の女性。文化祭のときにオータムを襲撃して以来の登場となる、グレオン仮面であった。

 

「だから、ワカじゃないって言ってるでしょう……。ところで、ファントム・タスク」

「……あら、なにかしら」

 

 手には当然グレネード。しかも、セシリアとラウラの報告にあった、オータム追撃時に使っていたという物よりも明らかにひと回りは大きいそれを、今も隙なくスコールへ向けている。

 

 ただ、なんだかやけにテンションが低いような。楯無の知る限り、ワカはグレネード大好きっ子でこそあるものの、さすがにこんな状況で問答無用でぶっ放すほど話のわからない人では……まぁないこともないという話だったのだが、基本的に元気いっぱいでテンションの高い人物だと聞いていたのに、一体どうして。

 

「今日は、キャノンボール・ファストだったんですよ」

「そうね、それがどうかした?」

「しかも今年はIS学園の一年生も参加できて、この大舞台。真宏くんが……強羅が活躍する、絶好の機会だったんですよ?」

 

 と、考えているうちに楯無には大体わかってきた。

 なんとなく、ヤバいと。

 

「せっかくレースもいいところだったのに、それをあんな風に邪魔するなんて……そんな人は……」

「……」

 

 俯きながら肩を震わせるワカの様子に、楯無も繭の中にいるだろうスコールも、無言。

 ただ楯無の方はじりじりとスコールin繭から距離を取りつつあるのだが、幸いワカは気付いていないらしかった。

 それは、下がりもしよう。

 

 だって、明らかに危ないし。

 

 楯無のその予想を裏付けるように、グレオン仮面はゆっくりとダンボールに隠された顔を上げ、最後の言葉を叫ぶ。

 それはもう楽しみにしていただろうイベントを、こんな形でつぶされた恨みつらみの全てを込めて。

 

「――焼き尽くします!」

「ちょっ、待って……きゃあああああああああああ!?」

 

 残念なことに、怒れるワカの耳に楯無の言葉は届かない。

 再び容赦なく放たれたグレネードの弾道は、繭に包まれたスコールへと既にまっすぐ飛びだした。

 

 だが、スコールもさるもの。今のワカに説得など通じはしないと気付いたがために一瞬だけ繭をほどき、再びナイフを放つ。

 

 それだけならば、ただの愚かな行いだ。

 蔵王重工が魂とロマンを込めたIS用のグレネードに対し、IS用の装備とはいえただ投擲されただけのナイフなど、蹂躙されるための塵芥に等しい。

 放たれた軌道が正確にグレネードの弾頭に直撃するものであったとしても、それは迸る烈火によって真っ先に蒸発させられる栄誉を賜るだけのものでしかなかっただろう。

 

 ただ一つ予想外だったことに、そのナイフがグレネードに触れると同時、相手の着弾に合わせるように大爆発しなければ。

 

「な、なんです!?」

「こんなのばっかりいいいいいいい!?」

 

 相乗効果が、あったかなかったか。

 いずれにせよ、どちらも相手に劣らぬほどの規模の爆発力を秘めたグレネードとナイフが撒き散らした衝撃は、既に焦熱地獄の様相を呈していたアリーナの一角をますます無残の色に染め上げ、もはや周囲から表面が焦げて剥がれたコンクリート以外の何物をも排除した。

 かろうじて階段状になっていた段差が残っていることが、このアリーナの工事が誠実になされたことの何よりの証左だろう。正直誇っていいと、楯無は思う。

 周囲の椅子は軒並み吹き飛ぶか溶け崩れ、チーズのようにぐにゃりと変形した座面は熱を持って煌々と輻射光を放つような状況、想定しろという方が無茶だ。

 崩れたアスファルトの破片が、熱せられた床面でぱちぱちと爆ぜる音を聞きながら、あとで頭を抱えるだろうアリーナを管理している市の担当者のことを、半ば呆然としながら案じた。

 

 なにせ、ISを保有する謎の組織ファントム・タスクの中でもかなりの地位と実力を有すると思われるスコールが、一目散に逃走を選ぶような状況だったのだから。

 

 周囲に濃く深く立ちこめていた爆炎と砂煙が晴れてみると、そこには爆撃でもされたかのような惨状を示す観客席に楯無と怒れるグレオン仮面だけがおり、もう一人の姿はどこにもない。

 

 しかし、ミステリアス・レイディのハイパーセンサーはこの場から高速で離れて行く一機のISの存在を探知している。どうやら元よりまともな戦闘をする気はなかったようで、離脱用のブースターでもつけているらしい速度で加速しつつこの場から離れて行く。

 おそらく、ファントム・タスクの構成員が現れた場合に追跡させようと待機させていた工作員も役には立たないだろう。

 元よりISを保有することが分かっている組織である以上、慎重に慎重を重ねた手段以外は無駄であるどころか最悪の被害をもたらしかねないとわかっていたため、その事実に対する落胆はないが、しかしそれでも楯無は悔しく思う。

 

(……前回も今回も、逃げられてばかり。少し、対策が必要かしら……)

 

 小さく唇を噛み、そう誓う。

 何から何まで完璧とはいかない人の身を呪うつもりはないが、だがなればこそ常に自らの出しうる最善を尽くさなければならない。それを成すための更識であり、それができるからこその楯無なのだから。

 

 だが、まずは。

 

 

「う~、私のグレネードに爆発ナイフで挑むなんて……! いい度胸です、次に会ったらラウラちゃんみたいな眼帯キャラにしてやりますからっ!」

「……」

 

 

 ひとまず、この荒れ狂う火薬の淑女を止めねばならないだろう。

 いくら正体を隠し、「謎のIS装備使い グレオン仮面」となっているため、「ちょっと」グレネードをぶっ放してしまってもファントム・タスクがやったと言い訳して押し通すことができるとはいえ、これ以上の損害を出すと大会運営の顔色が青くなり、IS学園教師陣、特にこういうとき真っ先に対応を丸投げされる山田先生の胃が危ないのだ。

 

 可能な限り八つ当たりは止めようと、楯無はある種悲壮な覚悟を決めた。

 

 

◇◆◇

 

 

 恐怖、という感情の本当の意味を、少年はこの日初めて知った。

 

 強羅の活躍に胸躍らせたキャノンボール・ファストのレースの最中、突如として先頭を飛んでいた二機を空から貫いたレーザーの光。

 制御を失って墜落する二機と、悠然とアリーナ内に降下してくる不気味な青いIS。

 その光景がもたらす驚愕から我に返るためにはわずかながらの時が必要だったかのように、間の抜けた一拍を置いて鳴りだすサイレンの音と、目の前にあることすら意識していなかった遮断シールドが光を放って出力を上げたことが、恐ろしい事態が起きたのだという認識となって観客達の間を波のように広がった。

 

 そこからの狂騒は、少年の短い人生だけで得た知見と言葉で語るには、あまりにも壮絶に過ぎた。

 大人達が身も世もない叫びを上げて逃げまどい、狭い観客席の出口には通りきることのできる人数の何倍もの人が押し寄せる。

 耳に入るのは怒号と悲鳴。無秩序にあちこちから上がるそれらの音も時折アリーナ内のIS達の攻撃が遮断シールドに当たって激震するときに限って揃い、だがそのすぐ後には居合わせた人の口の数だけ、聞くに堪えない悪罵が叫ばれた。

 

 この場から逃げようとする人に対して、それを誘導しようとする者の数が圧倒的に足りていなかった。観客席に居合わせたIS学園の生徒達が必死で声を張り上げ少しでも人の少ない出口を叫んでいるが、冷静にその言葉に耳を貸すよりも我先にと出口へ殺到する人の方が致命的なまでに多かったのだ。

 

 少年は、決して母の手を離すまいと思った。

 残念ながら、今の少年は幼く、小さく、力が無い。だから避難誘導を頑張っているお姉さんのようにせめて少しでも皆が逃げられるようにすることも、アリーナの中でISと戦っているだろう強羅たちのようになることもできない。

 

 自分にできるのはただ、この手を離さず母に心配させないことだけだ。

 弱さは悔しいけれど、それでもできることをする。

 それが、かつて憧れたヒーロー達に少年が教わったことで、それを成さなければ、このことを思い出させてくれた強羅に申し訳が立たない。

 

 

 しかし、混乱は少年のそんな決意をあざ笑う。

 

 あちらこちらからぶつかる幾多の人の体に、未だ幼い少年の細腕がいつまで母の手を離さずにいられただろう。

 一つの出口へ向かう者、今向かっている出口に見切りをつけて別の出口へ向かう者、混乱の極みに陥り右往左往するだけの者。秩序だった人の流れが望めないその場では一瞬後に起こる出来事すら予想できず、時に手を打たれ、足を踏まれ、母との間に人が押し寄せ、ついにはその手が、離れてしまう。

 

「――お母さんっ!」

 

 せめて、自分は無事だと伝えたかったこの叫びが届いたのかどうか。

 それすら少年にはわからない。

 

 

「ぅ……うう……」

 

 そうして母とはぐれてしまったことは覚えている。だが、その後に起きたことははっきりとは思いだせない。誰かに突き飛ばされた気もするし、遮断シールドから伝わる振動に足をもつれさせたようにも思う。

 だがいずれにせよ少年は観客席の中ほどの高さの位置に倒れてしばらく意識を失っていたようで、気付けば回りには誰もいなくなっていた。

 

「……早く、逃げなきゃ……」

 

 ふらふらと、立ち上がる。

 逃げ惑う人こそいなくなったものの、シールドの向こう側では未だIS達の戦いが繰り広げられていることは、アリーナから伝わる音と振動からはっきりとわかる。このままここにいては危ないのは間違いないし、早くはぐれた母親のところに戻って安心させてあげなければならない。

 そう思って、一歩を踏み出し。

 

「えっ……」

「あ、危ない!」

 

 まだ完全には意識が戻っていなかったようだ。踏み出した足は地面を捕えることなく滑り、体がぐらりと傾いでいく。

 自分の意志ではもはや止めようもなく、再び転ぶのかと思った一瞬はしかし、鋭い叫びと共に体ごと止められた。

 

「あ……お姉、ちゃん?」

「逃げ遅れた……の? ここは危ないから、一緒に逃げよう?」

 

 手を差し伸べてくれたのは、人目でIS学園の生徒とわかる制服を着た少女だった。しかもよくよく見れば、さっきまで自分の隣で強羅を応援していた内の、IS学園生の方であった。おそらく避難誘導をした後、観客席に残っている人がいないか見回っていたのだろう。

 

「大丈夫、歩ける?」

「……う、ん。なんとか。ありがとう、お姉ちゃん」

「ん……よかった」

 

 優しく体を支えていてくれた手を離し、しゃがみ込んで目線を合わせて優しく微笑むIS学園の生徒。落ち着いた雰囲気と柔らかな微笑みはシールド一枚を隔てた向こうでIS同士の戦闘が繰り広げられている場所に取り残された今の状況であっても、ほっと安心させてくれるだけの暖かさがあった。自然と、少年もつられて強張った頬が少しだけ笑みの形にほぐれる。

 まだ自分が笑えることに、少しだけ安心できた。

 

 だが、今はとにかく逃げなければならない。そのことは言葉を交わすまでもなく明らかで、今度こそしっかりと足を踏みしめた少年に、IS学園の生徒は手を貸して支えた。

 

 ふらつく足に喝を入れ、IS学園生と手を繋いで手近な出口へ向かおうと二人でゆっくりと、だがしっかりと歩きだして、三歩目。

 

 

「さぁ……、死ね!」

 

 

 遮断シールドの向こうから、やけにはっきりとそんな声が響いてきた。

 

「!?」

「なっ、……敵のISが!」

 

 二人はびくりと身を震わせ、動けなくなった。

 

 当たり前であろう。シールドを隔てて届いた声には、口汚い子供が叫ぶような見せかけだけのものではない、本物の殺気があったのだ。

 目の前の相手の命を奪おうと、無残な死に様を与えようという激烈な怒りとドス黒い憎悪。人を恐怖させ、威圧するに足るだけの物を込められたその言葉が少年と少女の心を竦ませるのは、当然のことだ。

 引きつった表情で振り向いたシールドの向こう側、光にさえぎられてぼんやりと見えるアリーナ内で、尋常ならざるエネルギーによってシールド以上に眩く光る破壊の光を帯電させるレーザーライフルが、こちらを向いているのがわかる。

 相手は見たこともないISに身を包み、バイザーで顔の上半分を隠した口元は冷徹に引き結んでいるような。

 

 そのISと自分達の間には、強羅とは別の男性IS操縦者の使う白式の背が見えていたが、機動力は殺されていないらしくすぐに回避して射線から逃れた。

 しかし、レーザーライフルはいまだこちらを向いたまま。おそらく、発射までの猶予はない。

 

 遮断シールドがあっても絶対ではないことは、先ほどまでの混乱の中で感じた衝撃が雄弁に伝えている。そんなところにもしあれほどの光が突き刺さったらどうなるか。そんな物、想像するまでもなくわかりきっている。

 

 手を繋いでくれている少女は恐怖に表情を引き攣らせ、動けない。

 

 

 そして、少年は……。

 

 

◇◆◇

 

 

『――ぐああああああああああああああああああああっ!!』

「真宏ぉ!?」

 

 一瞬の灼熱感を背後に感じたと同時、連続で大出力噴射を行った結果、過熱状態にあったスラスターに大出力レーザーが直撃したため大爆発が起こり、俺はその衝撃で遮断シールドへと叩きつけられた。

 

 爆風とシールドの生み出す反発力に挟まれて、強羅の装甲をしてすら押しつぶされそうな圧迫感にまさしく肝が潰れるような恐怖を感じるが、そんなもんはそれだけだ。

 

 ギリギリで射線に飛び込むことができたがために強羅自身が盾となり、遮断シールドの向こうには毛一筋ほどのレーザーも通さずに済んだのだから。

 

『ぐ……ぁ……』

「真宏、大丈夫なの!?」

『ああ……なんとかな。さっきのシャルじゃないが、スラスターは半分方お釈迦だが』

 

 爆発が収まると同時、シールドの反発力に押し返されるようにしてアリーナの地面に投げ出され、その途中で既に原形をとどめないまでに破壊されたスラスターの残った部分が、パージするまでもなく崩れ落ちる。

 爆発の衝撃であちこちひしゃげたパーツと共に重い音を立てながら落下し、仰向けのまま見上げた空中ではサイレント・ゼフィルスに鈴達が再び挑みかかっていく。

 

 だが、俺にはそれよりも気になることがある。

 至近距離での爆発に晒されたにも関わらず、叢は直撃を受けた左側の大型スラスターとその隣幾本か以外は多少のダメージを負った以上の損壊を見せないので、とにかくPICを起動し、シールド越しに簪達の元へと近づいて行く。

 

『か、簪……、それからそこの子、無事か!?』

「だ、大丈夫!」

「うん……!」

 

 そう、シールドの向こうでサイレント・ゼフィルスの射撃に晒されかけたこの二人の安否だ。

 おそらく逃げ遅れた少年と、そんな少年を逃がそうとしていたらしい簪がこの場に居合わせてしまったのは偶然だろうが、その状況に気付いてしまえば、強羅が遅いとか、相手の攻撃が強力だなんて言っていられない。なんとしても助けなければならないと思って無理やり強羅を加速させたが、まさか本当に間に合ってくれるとは。

 元より他のISとは比較にならない低機動力の強羅であるが、こんなときに無茶を聞いてくれるなんて、さすがは俺のISだよ。

 

『良かった……。それじゃあ、早く逃げた方がいい。……あ、それから』

「え、ご……強羅?」

 

 ともあれ、ここは危険だから可能な限り速やかに離れてもらわなければならない。特に子供の方はさっき母親も隣にいたようだから、きっと心配もしている。

 

 ……でも、一言お礼を言わないと。

 

 

『君は確か、文化祭にも来てくれていたよね……? ありがとう。そのお姉ちゃんは、大切な友達なんだ。……守って、くれたんだろう?』

「……!」

 

 

 そう、この少年は、簪を守ろうとしてくれたのだ。

 サイレント・ゼフィルスと対面し、仕方ない事ながらへたり込んだ簪。そんな簪と一緒にいたこの少年は、ほんの一歩だが前に出て、莫大なエネルギーをスパークさせるレーザーライフルの前に立ちはだかって見せた。

 敵に直面したとしても、勝てもしなければ、誰かを守ることもきっとできなかったであろうそんなとき、それでも誰かより前に立つ、その勇気。

 

 強羅を好きでいてくれる少年が、そんな心を持っていてくれたこと。

 俺はそれが嬉しくて嬉しくて。いくら感謝しても足りない。

 

 言葉では語りつくせないだろうその思いを、だから俺はその一言に込めた……つもりでいる。

 

「う、……うん」

『良い返事だ。やっぱり君は強いよ。勇気もある。……さぁ、そろそろお母さんの所に戻って、安心させてあげたほうがいい。行けるかい?』

「平気! ……ありがとう強羅、お姉ちゃん。……あ、でももう一つだけ」

『ん、なんだい』

 

 気持ちは、きっと伝わっただろう。少年の笑顔が何よりの証拠だ。だからちょっとくらいの寄り道は許してあげたい。問われたことには、なんだって答えよう。そう身構えて。

 

 

「……僕も、強羅みたいに強くなれる?」

 

 

 あまりにもうれしいその問いに、強羅の仮面の下で涙がこぼれそうになる。

 

『ああ、俺よか強くなれるぜ』

「……ありがとう!」

 

 少年は、そう叫んで出口へと向かって駆けていく。

 こんな時まで観客席に残っていたのだから、足にケガでもしたのではないかと心配したのだが、どうやら杞憂だったようだ。

 

 レーザーがシールドを貫いて二人を傷つけることはなく、怪我もない。……本当に、安心したよ。

 さあ、気を取り直して続きと行こう。

 

「サイレント・ゼフィルス! ここから出ておいきなさい!!」

「くっ……!?」

 

 戦闘はまだ終わっていない。

 既に空中機動力をほぼ失っているシャルロットとラウラの他、一夏は雪羅の使用によってエネルギーがほとんどなくなり、鈴も受けたダメージが大きい。

 しかも、そんな状況であるためかセシリアは相手との一騎打ちを狙って突撃をかけた。ストライク・ガンナーのスラスター出力に物を言わせてサイレント・ゼフィルスに組みつき、一気に上空の遮断シールドへと叩きつけようとする。

 

 一方のサイレント・ゼフィルスは、その拘束から容易には逃れられないと判断してか周囲を滞空するビットに一斉に指令を下す。

 自身に先行させて、遮断シールドに向かわせたビット二機からレーザーを集中放射。一点のみに二条の光線を叩きつけられたシールドは強度を低下させ、セシリアに押し込まれてシールドに激突する瞬間にはその部分のみ強度が低下した状態とすることに成功。

 結果、サイレント・ゼフィルスはほとんど衝撃を発生させることなくシールドを突き破り、ブルー・ティアーズもろともに市街地上空へと飛び出した。

 

「ふんっ……!」

「逃がしません……! ブルー・ティアーズ、突貫いたしますわ!」

 

 そして、サイレント・ゼフィルスはセシリアの手を振り払い、反転加速。セシリアはどこぞの試作2号機を追いかけるニンジン嫌いのようなセリフを叫び、二機ともに一気に飛び去って行ってしまった。

 

『こりゃあ……俺も、行くとするか』

「……待って!」

『ん?』

 

 その光景を見て、再び飛び立とうとスラスターのステータスを眼前に表示した俺に、シールドの向こうから声がかけられた。

 相手は当然、簪。俺と共に少年を見送ってから、なおこの場に残っていたようだ。

 

『ど、どうしたんだ簪。お前も早く逃げた方がいいぞ』

「それは……わかってる。でも」

 

 シールドに触れるか触れないかというほどに近づいた簪は、PICの調子が悪くなって少しふらふらしながら浮遊している俺に、まっすぐ視線を向けてくる。

 かつてないほどに強いその視線、強羅を身に纏った今の俺をしてすらわずかにたじろがせるほどの力が込められている。……いや、なんかマジで迫力あるんですけど?

 

「何を……するつもり?」

『な、何をって、そりゃあ……』

「答えたくないなら、質問を変える。……そのボロボロになった叢で、何ができるの……?」

『うっ』

 

 さ、さすがは簪。痛いところを突いてくる。

 

 確かに簪の言う通り、今の叢はヒドイ状態だ。

 レーザーの直撃とその後の爆発によって、左半分のスラスターは大破した上に剥がれてしまっているし、残った右半分だって決して無事なわけではない。一番外側の大型スラスターこそ多少外装が焦げ付いているだけだが、残りの細身のスラスターはまともに動作するかさえ怪しい。

 ただでさえ安定性が低く、簪の作ってくれたシステムを組み込むまでは錐揉み回転がデフォルトだった叢。今の状態では、そもそもまともに起動できれば奇跡と言っていいレベルであり、簪の言うことは紛れもない正論だ。

 

 しかし。

 

『まぁ……なんとかなるさ。俺も強羅もまだ動けるし、セシリアだって今まさに戦ってる。……それなのになにもしないでいることは、できない』

 

 サイレント・ゼフィルスは強力で、セシリアはいまだブルー・ティアーズの力を全て引き出すには至っていない。そんな状態での実戦において、手助けできる可能性があるのに手をこまねいていることなど、こんなにヒーローらしいデザインの強羅を使っていて許されるはずがないのだ。

 俺はそう思っているし、だからこそ強羅も力を貸してくれているのだと、信じているんだから。

 

「でも……っ! すごく、危ないし……それに、まだ白式だって……っ!」

『あー、うん。白式な。あっちはまだダメージ少ないから戦えるかもな。……でも、あんなだぞ?』

 

 簪の言わんとすることはわかる。確かに一夏はまだまだ戦えるだろうし、エネルギーの問題も紅椿のサポートがあればすぐにも解決できるだろう。

 だが、箒はまだ自身のワンオフ・アビリティを完全に使いこなせているわけではないし、それに……。

 

「頼む、箒! 『絢爛舞踏』を使ってくれ!!」

「だ、だがあれはそう簡単に使える物では……」

 

「そんなことないって! 頑張れ頑張れできるできる絶対できるもっとやれるってやれる気持ちの問題だ頑張れ頑張れそこだ! そこで諦めるな絶対に頑張れ積極的にポジティブに頑張る頑張るセシリアだって頑張ってるんだから!」

 

 

 ……などと、一夏の説得がとても暑苦しいのだからして。

 

「……わかった、やってみよう」

「ありがとう、箒!!」

 

「――行くぞ、紅椿。……もっとだ! もっと! もっと輝けぇぇえええええええ!!」

 

 そして、それに応える箒もまた負けないくらい、暑苦しい。

 あ、でもしっかり絢爛舞踏の光が出てきた。……紅椿も、案外ノリのいい奴なのかもしれない。

 

『……どうよ、簪』

「……………………」

 

 おそらく、セシリアとてただではやられないだろうし、一夏が追い付けばなんとかなりもするだろう。だけど、どうにも俺は心配性でね。こういうときに見てるだけというのはどうにも肌に合わないんだよ。

 

『まあ、あんなでも一夏と箒は信用できる。でも、俺も強羅もまだ戦える。……行かせてくれないか?』

「……」

 

 残念ながら、俺が簪に言えることはこれで全部だ。今自分のしたいと思うことを言うしかできないし、もしそれでもなお引き止められるなら、俺は簪の言葉を無視してでも行かなきゃならないだろう。……そんなの、本当はイヤなんだけどさ。

 

『……』

「……行っちゃ、ダメ」

『……………………そうか』

 

 簪の言うことは、正しい。叢を損傷した今の強羅では、仮に飛べたとしてもセシリア達に追いつけるかどうかすらわからないのだ。今はまだ辛うじて広域ハイパーセンサーの端のほうに二機の位置が引っかかっているから所在もわかるが、それもあと少しの間だろう。ここは一夏に任せるのが最も良い手だと、俺も思う。

 

 でも、それでも、と俺の心は叫びを上げる。

 仲間を助けたい、助けになりたいと。

 

 ……だから、仕方ない。簪に背を向けて、セシリア達が出て行ったときのまま修復が終わらないシールドの裂け目を睨みあげ、PICの出力を上げようとして。

 

「少しだけ、待って」

『……へ?』

 

 簪に呼び止められ、振り向き。

 

 そして、眼前に展開したいくつものディスプレイに目まぐるしい勢いで眼球を走らせ、さらに得意の両面キーボードで超高速タイピングをする簪を目にした。

 

 ……うおっ、叢の制御システムがスタンバイモードに入った!? 打鉄弐式からの作成者権限って……まさか!!

 

『簪!?』

「片肺だけだと……これまでのシステムじゃ、飛ぶことも……できない。いますぐ、直すから……ちょっとだけ待ってて」

『…………くぅ~~~っ! ありがとう、簪は最高にいい女だ!!』

「……40秒で、仕度するから」

 

 遮断シールドに詰め寄って、かぶりつかんばかりになった俺の大げさな言葉に簪は頬を朱に染める。だがその間も一指たりとて休めず、打鍵をし損じることもなく、強羅側のハイパーセンサー上にも無数のステータスウィンドウが現れては消え、半分しかなくなった叢を何とか飛ばすためのシステムが瞬く間に構築されていく。

 

 この人間離れした速度でのシステム構築。そして、それをこんなときに迷わず見せてくれること。これでこそ、俺の信じる簪だ。

 

「……完了っ」

『ありがとう簪! 今度絶対お礼するから!』

「ん……期待、してる。飛んでいく最中に新しいシステムの説明をするから……プライベート・チャネルを気にしておいて」

『わかった!!』

 

 簪がシステムを再構築したのは、きっかり40秒後。まさに完璧だ。

 思わず叫びながら返事をした俺はその場でクロス・グリッドターンをして、再びセシリア達の飛んでいったシールドの穴へと向き直る。

 スラスターへ最大出力での噴射を命じると、即座に応えた新しいシステムが現在のスラスター状況をモニターして、PICともども最適な出力配分をしてくれる。

 さっきまでと全く変わらぬように、とは言えない。多少ロール方向にふらつきがあるし、出力だってさすがに落ちてはいる。だが俺が一人で四苦八苦しながらも飛んで行こうと考えていた時に予想していたのより、格段に動かしやすい。

 

 ……よしっ、これならいける!

 

『一夏、先に行くぞ!』

「わかった! 俺もすぐに追いかける!」

 

 紅椿からエネルギーを受け取っている白式へすれ違いざまに声をかけて、ピッチアップ。さらにゆっくりと右ロールをしながら軌道をシールドの穴へと向けて、加速しながらすぐさまアリーナの外へ出る。

 

 そこに広がっているのは、昼過ぎの太陽に照らされて青くどこまでも続く空。

 のどかで静かな佇まいを見せる町並みを眼下に、しかしセシリア達の向かった方へと指向性を高めたハイパーセンサーは、その先で繰り広げられている激しい戦闘の気配をはっきりと捕えている。

 

『さぁて……行きますか!』

 

 必ず、追いついて見せる。

 そう心の中で強く誓い、スラスターの出力をさらに上げて空気を切り裂いて飛ぶ。

 アリーナの外、本当に制限のない空を自由に飛び回れることに感じた一瞬の高揚も今だけは心にしまい、抑えきれないバランスの悪さでゆっくりとロールしていく視界と、それでも強大な推進力を全身に感じながら、俺はセシリアの戦場へと針路を取った。

 

 

 高速で流れる市街地と雲をハイパーセンサーで感じながら、しかし意識だけは視野狭窄の中心点、目指すセシリアとサイレント・ゼフィルスの元へと向ける。

 一秒でも早くと願いながらの飛行は、とても弾丸のように速く――キャノンボール・ファスト――とは、感じられなかった。


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