IS学園の中心で「ロマン」を叫んだ男   作:葉川柚介

25 / 95
第25話「タイマン」

「まーくんまーくん、大変だよ!!」

「う~……ん?」

 

 ある日の朝のこと。俺は、束さんの声に叩き起こされた。

 

 国際指名手配レベルの捜査網をかいくぐって俺の部屋に侵入し、朝っぱらから人の上にまたがって肩をゆすって乳揺れを見せつけてくるなどわけがわからないのだが、束さんの行動を一々理解しようとするなどという無駄なことはしない。

 幼少の頃から束さんの言動に慣らされてきた俺は既に諦めている。だから、しばらく薄眼を開けて眼福を楽しませてもらってから、おとなしく起き上がった。

 

「どうしたんですか、束さん。何かあったにしたって俺を巻き込まないでもなんとかできるでしょう……事態を面白がってるのでもなければ」

「ぎくっ!? ち、違うよ、本当に大変なの! ……これを見て!」

 

 束さんの言葉ほど額面通りに受け取れない物もないのだが、それでも多分何かやらかしてしまったのは事実なのだろう。寝ぼけ眼を擦りながらそう思っていると、なにやらベッドの下に置いてあったサンタクロースが持っていそうなレベルの巨大な袋をごそごそとやって、取りだした物を俺に見せた。

 それこそが。

 

 

「モッピー知ってるよ。今はモッピーの天下だってこと」

「……」

 

 なんかニヤニヤしながらこんなことを口走る、そこはかとなく箒に似たクリーチャーだった。

 

 

 束さんの説明によると、何やらちょっと古めのゲームを徹夜でやって、そのまま天井知らずに上がったテンションの赴くままに機材を動かしていたら、なんか変な物ができたらしい。そして、よくはわからないがとりあえず使ってみようと思って獲物を探しにIS学園にやってきたはいいのだが、何をどう間違ったかその発明品――ランプのついたヘルメット――は箒の頭に装着され、その結果なんか箒が分裂。

 このヘルメットをかぶったクリーチャーが大量発生し、学園中に散らばったのだそうな。

 

 そうつまり言うなれば、このクリーチャーの名前は、モッピポサル。

 

「モッピー知ってるよ。真宏は妖怪ロマン男だってこと」

「というわけで、まーくん。このまま放っておくと大変だから、箒ちゃんを元に戻すためにこの子達を全部捕まえてきて! このゲットアミ貸してあげるから。タダチニ ソウビ シタマエ!」

 

 そんなわけで、俺のモッピポサル捕獲が始まった。

 

「モッピー知ってるよ。一夏のシスコンは多分一生治らないってこと」

「モッピー知ってるよ。セシリアはちょろエロいってこと」

「……ゲッチュ!!」

 

 とまあそんな感じに、放っておいたらそのうち何かとんでもないことを口走りそうなこ奴らに網をかぶせ、多分束さんの根城である基地か何かに次々と転送していった。

 

「モッピー知ってるよ。モッピーを捕まえても第二第三のモッピーがいるってこと」

「それどころかもう数十匹捕まえたわ! ゲッチュ!!」

 

「ののわ~ん」

「ゲッチュ!」

 

「ゆっくりしていってね!」

「ゲッチュ!!」

 

「あらあら~」

「海にまで出やがった! ゲッチュ!」

 

「ミクダヨー」

「うおおおお! なんかすげえプレッシャー!? でもゲッチュ!」

 

 ……途中何か違う物もとっ捕まえた気がするが、気にするな。多分束さん驚異の科学力が違う奴らは弾いてくれるから。

 

「あーもう、手が足りん! 一夏、お前も手伝え!」

「お、おうわかった。……狩らせてもらうぞ、お前の魂ごと!!」

「魂狩ってどうするんじゃこのナンバーズハンターがああああああああああっ! やっぱいい、お前はやめろ!!」

 

 頼りにならない仲間も引き連れて、頑張れ、俺!

 

 

「……って、なんだ夢か」

 

 そんな夢を見ることも、あったりします。

 タッグトーナメントの話題とは、全く関係ないんだけどさ。

 

 

◇◆◇

 

 

 IS学園には、なんだかんだとイベントが多い。

 

 世界最強を誇る兵器ISの教育を施すため、手近かつ具体的な目標兼生徒の実力を計る指標とするのためなのか、はたまたお祭り好きなだけなのかは分からないが、大体1、2カ月に一度は何がしかの行事が催されている。

 ……今年の場合はそのことごとくに謎の無人機やら悪の秘密結社やら新型ISの暴走やらが関わってうやむやになってはいるが、例年ならばイベントの度に専用機持ちやその他の生徒が訓練とISの整備に大忙しとなるはずで、実のところ整備室というのはいつもそれなりに人がいる。

 

 そして、急遽専用機持ちのタッグトーナメントなどが開催されることとなれば、急ぎ自分の専用機のコンディションを整えようという生徒とそれを補助する生徒が集い、必然的に整備室も常ならぬ熱気を持つことになる。

 

「この機動データ取ったの誰!? なんで打鉄でこんな変態機動してるのよ!」

「あ……れ……? なんかこっちの回路死んでない!?」

「そんな時はおまかせ! さあ! よみがえるのだ! この電撃でー!!」

 

「おー、活気あるなあ」

「……一部別方向の活気もあるけどな」

 

 そんなところに初めて足を踏み入れる一夏は、少し雰囲気に圧倒されているようだった。普段からおしとやか……というには色々踏み外したところの多いIS学園生たちであるが、今この場では紛れもなく本気で目の前のISに向き合っていて、言葉にし難い緊張感と熱意がある。別の何かも混じっている気がするが。

 

 大型工作機の駆動する轟音と十代女子の叫びが乱舞する一体どのジャンルの紳士を喜ばせるのかよくわからないこの場所にやってきたのは、俺と一夏と簪。そそくさと職員室でタッグ申請を済ませ、その勢いで簪の専用機開発を手伝う為に、こうしてやってきたわけだ。

 ちなみに、遠くの方でセシリアがなかまに なりたそうに こちらをみているのだが、一夏と目が合うなり自慢の金髪に似合うツンデレっぷりを発揮してそっぽを向いていた。最近のセシリアは他のヒロインズの例にもれず一夏をこんな風に扱っているから、スキンシップが足りなくなって逆に追い詰められたりもしているらしい。先日もこっそり俺の部屋に最近の一夏の写真を求めにきたし。

 ……まあ、それは鈴もラウラもシャルロットも同様なのだが。

 そんなになるならそろそろ話しくらいしてやればよかろうに。でもま、まいどあり。

 

 

「うぅ……セシリアもみんなも、どうしたっていうんだよ。……あっ、でもまずは簪さんのほうだな。はじめよう」

「まずは機体を出してくれるか、簪」

「う……ん。おいで、『打鉄弐式』」

\シャバドゥビタッチヘンシーン!/

 

「……なんだ今の声」

「さすが簪だ」

 

 そうやっていつもの愉快な仲間達に思いを馳せるのも楽しいことなのだが、あいにくと今はそちらにばかり関わっているわけにもいられない。整備室に来たのは簪の専用機をどうにかするためだし、タッグトーナメント開催までの日を考えれば、もたもたしている暇はないからさくっと指輪からISを展開してもらった。なんか余計なSEが混じったような気もするが、簪ならむしろ平常運転だろう。

 というか、簪はいいとしても、俺と一夏がサポートする程度でどうにかなるとは思えない。そもそも一夏の白式だってこれまでほとんど手つかずだったのだから、そっちも何とかするべきだし、人手が足りなすぎる。……いやー、ホントどっかにクワガタとカマキリとバッタのメダルとか転がってないかな。人手かあるいは技術が足りなすぎる。

 

 

「へえ、これが……って。ひょっとして、機体自体は完成してるのか?」

「ん……外側、だけ。武装は発注してるから……もうすぐ。でも制御システムと……稼働データが無いから、実戦は……無理」

「ふむ……でも前に見せてもらった時よりはらしくなってきたじゃないか」

 

 しかし、今はそんなことを考えてもしょうがない。誰かに手伝ってもらうにはまず簪がそれを良しとしてくれなければならないし、できることからやっていこう。

 

 というわけで、簪が展開した打鉄弐式を見る。

 日本の傑作量産機である打鉄の後継発展型であるところの弐式だが、実のところ外見上は打鉄とあまり似ていない。

 防御重視の打鉄と違ってスカートアーマーが独立ウィングスカートになっているし、肩のシールドもウィングスラスターとジェットブースターに換装されている。腕部装甲もスマートだし、むしろ白式とこそ通じるものが感じられる。

 俺は強羅を使っている重装甲信者だが、それはIS適性が低くて普通の女性操縦者ほど機敏に動かせないから、ならば防御を固めるしかないという面もあってのこと。簪レベルの操縦者であるなら確かに機動性を重視した方がいいだろう。

 

 ……ただしワカちゃんは除く。あの子ちらっと聞いた限りでは、強羅を使っていても俺とは違ってIS適性かなり高いらしいし。Aランクで収まっていればいいのだが、蔵王重工のスタッフに聞いても全員が口を濁すことからして、ひょっとするとそれ以上かもしれない。

 

「なるほど……ところで武装って何を搭載するんだ?」

「マルチロックオンシステムを使った、高性能誘導ミサイル。……それと近接戦闘用の薙刀に、荷電粒子砲……」

「一応白式も倉持技研製だし、セカンドシフトで出てきたものとはいえ雪羅の荷電粒子砲のデータが使えるかもしれないな」

「そうか! ……あ、ミサイルの方なら真宏のデータが使えるんじゃないか? 学年別トーナメントのときに使ってた奴」

「あぁ、パーティータイムか。あれは弾頭ごとのマルチロックをしてるわけじゃないから完全には流用できないけど、確かに参考くらいにはなるかもな」

 

 などという会話を経て、俺たちはさっそく整備に取り掛かる。

 

 白式と強羅のデータで使えそうなものを転送し、簪は無表情ながらどこか生き生きとキーボードを叩いては弐式を動かして反応を見て、またしばらく考え込んでは何がしかの記述をするということを繰り返している。

 しかもそれだけではなく、隣で白式の調整をしている一夏に、スラスターの燃焼効率が悪くなっている原因やエネルギー出力の無駄があるところを助言するなど、さすがの処理能力を見せつけてくれる。

 

 一方の俺は、強羅の調整をさほど急いでやることもない。普段からちょくちょく手をかけているのだから今日は二人のサポートに専念しようと、白式のスラスターのパネルを開いて中を弄ったり、打鉄の装甲状態をチェックしたりなどしていた。

 

「へぇ……真宏も案外手慣れてるんだな」

「まあな。俺は強羅の調整とか結構やってたし」

「あれ、そうなのか。……そういえば簪さんとも前から知り合いだったみたいだけど、整備室で会ったとかか?」

「珍しく察しが良いな、その通りだ。ちょうどシャルロットとラウラが編入してきて、対戦成績が悪くなったころから調整に手を出して、そのとき知り合ったんだ。……勝てない相手が出てきたら、ガレージにこもってアセンに頭ひねるだろ?」

「あ、それすげぇわかる」

 

 そこで役に立つのは、やはり相棒たる強羅をこれまで見てきた経験だ。さすがに整備科の人たちや蔵王重工のスタッフほど精通しているわけではないが、これまで強羅を使っては調整をしてきたことで、何をするとISにどんな影響が出るのかということを多少なりと感覚的に理解できるようになっている。

 打鉄弐式の方は難しすぎてよくわからないものの、一夏の白式調整に関してはそれなりに役に立ってやれただろう。

 

「おりむー、まっひー、か~ん~ちゃ~ん~」

「む……、この声は!」

「そして異様に遅い喋り方は!」

 

 それでも、打鉄弐式も援護が必要なのは同じこと。こういうときはもうちょっと専門知識を持った仲間が必要だと痛感していたそんなとき、整備室の入口から妙に遅くのんびりした喋りとふわふわした足音がやってくる。

 

 その正体は言わずもがな、我が一年一組の誇る癒し系女子、のほほんさんである。

 いつものように長い袖をひょいひょいと振りながら、速さが足りない動きでのたのたとこっちにやってくる。……あの子、前世はかたつむりかなんかだったんじゃないかと見る度に思う。

 

「本音……」

「えへへ~、手伝いに来たよ~」

 

 更識家の使用人家系にして、簪の専属メイドを自称するのほほんさん。整備科の主席たる虚さんの妹でもあり、本人も来年整備科へ進むことを嘱望されている彼女ならば、確かにこういうときには力になってくれるだろう。

 これまでの簪は、そんなのほほんさんのペースが苦手なこともあって手伝いを断っていたという話だが、はて。

 

「かんちゃん、私にも手伝わせて~。いいよね? 答えは聞いてない~」

「あっ、ちょ……! ……べ、別に……もういやだなんて……言わないから」

「え~……?」

「だから……よ、よろしく」

「……………………わかった、任せて、かんちゃん!」

「で……でも、かんちゃんはやめて……っ」

 

 どうやら心配は杞憂に終わったらしい。

 既に俺と一夏が手伝うことになっているのだから、今さらのほほんさんからの手伝いを断ろうものならどうしてやろうかと思っていたのだが、ようやくのほほんさんを受け入れてくれる気になったらしい。

 うん、自分の身を案じてくれる誰かにちゃんと頼れるようになって、おにーさんは嬉しいぞ。

 

「よし、それじゃあ始めようか。簪はシステム構築と、やることがあったら俺なり一夏なりに指示してくれ」

「は、はいっ……!」

「のほほんさんは……機体システムの最適化なりシールドエネルギーの調整なりやってくれ」

「わかった~」

「俺は力仕事を請け負おう。強羅を部分展開すれば、大抵の機材は持てるからな」

「ん……お、お願い」

「なあ真宏、それじゃあ俺はどうするんだ?」

「一夏は白式の調整やってろ」

「ひでぇっ!?」

 

 何故か俺が仕切ることにはなっていたのだが、多分簪が指示したとしても同じような形になっていただろうし、まあいいだろう。

 もうあまりない時間を有効に使う為にも、迅速な行動が必要だ。

 

 

 そうして行われた開発と調整は、それなりに進んだと言っていいだろう。

 簪は慣れたものだし、のほほんさんもああ見えて実は案外頭がいいし、手先も器用らしい。袖に隠れた手でどうやっているのかは分からないが、細かい作業も正確かつ素早くこなしているところは、普段の動きの遅さからは想像もつかない。

 俺は俺で、一夏やらのほほんさんがISの装甲を展開して直接パーツを弄る必要があるときは、胸から腕までを部分展開した強羅のパワーアシストによって手伝ってやっている。通常なら整備用のマシンアームを使ってもかなり力が必要になるこの作業だが、強羅のパワーはそういうものを軽々越えているため、こういうときはとても役に立つ。

 ……役に立ちすぎて、整備室にいるときは整備科の人たちに問答無用で手伝わされることもあるから善し悪しなのだが。

 

 ともあれ、普段は一人でしかしていなかった作業も、それなりに人数が揃えばはかどるもの。俺と一夏はあまり役に立っているとは言えないが、それでも力仕事やのほほんさんの奮闘もあって、かなり順調に進んでいく。

 

「かんちゃ~ん、装甲チェック終わったよ~」

「ん……ありがと。それじゃあ、次はシールドバリアの方を見て」

「簪さん、白式のスラスターのバイパスにエネルギー割り振ってみたんだけど、見てもらえるかな」

「……そこ、無駄が多いから減らした方がいい」

「おおっ、なるほど。助かるよ!」

「よっ……と。外した装甲、ここに置いておくぞ」

「さて、次は肩の装甲ですか。……うーん、でもちょっと届かないですね。真宏くん、私を持ちあげてください!」

「ほいきた。そーれ、高い高ーい」

 

 うん、やはり人海戦術というのはとても頼もしい。二名ほどあまり役に立っていないが、それでも五人もいれば……。

 

「ん?」

「ん?」

「……あれ?」

「え~?」

 

 そこで一つ、なんかおかしいことに気が付いた。

 

 今日の俺たちは簪の打鉄弐式開発を手伝う為、整備室に集った愉快な仲間達。そのメンバーは、当事者である簪と、タッグパートナーである一夏と、簪の専属メイドであるのほほんさんと、ついでに俺。

 ……この、四人。でもなんか、今ひとり増えていたような……。

 

「打鉄の発展形なのにどうして装甲削っちゃうんでしょうねえ。うちに開発を任せてもらえれば、もっともっとミサイルを積める要塞のようなISにしたんですけど……って、あれ?」

 

 残念ながら、その疑念は勘違いではない。

 座敷わらしのようにごく自然に混じり、さりげなくひと際手早く装甲の展開とその内部パーツの調整を行っていた人物が、いる。

 俺達もよく知るその女性とは……。

 

 

「何故ワカちゃんがここにっ!?」

「……あ、あはー。バレちゃいました」

 

 そう、ワカちゃんだ。

 身長の低さやら千冬さんの一つ下とは思えないほど幼げな雰囲気やらのせいか、いつの間に混じっていたのか気付かないほど当たり前のようにそこにいたのは、我らが蔵王重工の誇るテストパイロット、ワカちゃん。

 ……確かに色々と学生の中に混じっていても違和感がない人なのだが、多分気付けなかったのはその背の低さだけが理由ではない。

 

 整備室は、ISを展開することがあるため、装着の可能性がある生徒はISスーツを着用することが基本であり、実際に簪と一夏と俺はISスーツを着ていて、のほほんさんは制服のままとなっている。

 

 それではワカちゃんはどうなのかというと。

 

 

「「しかも、なんでIS学園の制服着てるんだっ!?」」

 

 

 俺と一夏が揃ってツッコミを入れてしまうほど、まごうことなきIS学園の制服姿であった。

 

 白を基調に黒やら赤やらのラインが入ったカッコいい例の制服。改造自由であるため、元のデザインなど誰も覚えていないのではないかと思われるそれを、御歳23歳のワカちゃんが、着込んでいるのだった。

 

「いえ、最近いつも通りスーツで来るとすぐに千冬さんにバレるんで、変装です。えへへー、似合ってますか?」

 

 どうせワカちゃんらしいアレな理由だと思っていが、案の定だった。そもそも千冬さんにバレたら追い出されるようなことを毎度しているのだから自業自得だとも思うのだが、それを自重してしまってはワカちゃんではない。

 

 嬉しそうに笑いながらくるりとその場でターンして見せてくれる制服姿は、確かに似合っていた。

 華奢な細い体を少しだけサイズの合っていない制服に包み、袖が掌を半ばほどまで隠す上着に、膝上程度までの長さのスカートが長い髪と一緒にターンに合わせてふわりと膨らむ。すらっとした足は短めのソックスとオーソドックスな革靴に包まれていて、まさしく学生風。

 ……ただ、どっちかというと「あれ、IS学園に中等部ってあったっけ?」という感想になるあたりがワカちゃんの恐ろしいところだ。制服姿に違和感が無いのを通り越して、こういう格好をしていると俺達より年下なのではないかとすら思える。この子、これから外見が年をとっていくことがあるのだろうかと、常々思っていることがますます現実味を帯びてくる。

 

「……うん、すごく似合ってはいるんだけど、どうしたのワカちゃん。まさかこんなところで打鉄弐式の開発に混じるのが今日の目的だったりするのかい?」

「え? ……はっ! ち、違いました! 真宏くん達が目についたからつい手伝っちゃいましたけど、別の用事で来たんでした! そ、それじゃあ簪ちゃんと真宏くんと一夏くんとなんかのほほんとしたそこの子、すみませんけど、急ぐので失礼しますっ!」

「あ……う、ん」

「おー、もう行っちゃった~」

 

 しかし、そんなレアキャラなワカちゃんがとどまっていたのは長いことではなかった。さすがに単なる趣味で制服を着てまでやってきたわけではないらしく、すたこらさっさと整備室を出て、どこかへ行ってしまった。

 

「……」

「……」

「……」

「……」

 

 あとに残されたのは、何が何やらわからず無言のままにワカちゃんの出て行った扉を見つめる俺達四人。

 ……多分また何かしら企んでるんだろうなーとそこはかとない不安と期待を感じながらもしばらくそのままでいた俺たちは、しかしまた何事もなかったかのように作業に戻る。

 ワカちゃんの行動の奇抜さは俺達程度では想像もつかないし、また止めようとしたって止められるような人じゃない。

 うん、だから今はやっぱり簪の打鉄弐式をなんとかしないとね。

 誰もが至ったその思考、現実逃避ではないと信じたい。

 

 

「……よしっ、俺達の準備はできたな。簪さんのほうはどうだ?」

「スラスター出力……チェック。スタビライザー、PIC……オールクリア。……いける」

『それじゃ、一夏が先行してくれ。その後簪、俺の順番でいこう』

 

 そしてやって来ました、第六アリーナ。

 のほほんさんとワカちゃんがいてくれたおかげか、そこそこのところまで開発が進んだ俺たちは、実際に打鉄弐式の機動データを取るためにここで飛行テストを行うことになった。

 さすがに開発真っ最中の機体を単独で飛ばすのは怖いし、ちょうどここにはそれなりに動けるISが二機もあるのだから使わない手はない、ということで俺と一夏で簪をはさんで飛ぶわけだ。

 

 

「織斑一夏、<白式>! 行きます!!」

 

 さっそく一夏が先行して、フルアーマー形態で最終決戦にでも挑むかのような叫びをあげて発進していく。こういうカタパルトから飛び出す場合はやはり宇宙世紀っぽい叫びを上げたくなるのがお約束なのだが、一夏もよくわかっているな。

 

『……さて、次は簪だ。何かあっても俺と一夏がフォローするから、思いっきり行って来い』

「う……ん、ありがとう」

 

 そして続く簪と俺もカタパルトに押し出され、間をおかずに続いていく。

 強羅はさすがに重量があるため先の二機ほど早くはないが、それでも機体の調整をしつつ慎重に飛んでいく簪に追従するくらいのことはできる。

 俺はハイパーセンサーの指向性を簪に集中させ、その軌道を見守りながらタワー外周に沿ったコースを上昇し続ける。

 

「……っ、出力が、不安定」

『簪、大丈夫か?』

「ん……大丈夫、心配ない」

 

 途中、シールドバリアの展開と同時に機体の推力ががくりと落ちるというアクシデントもあったが、そこはさすがの簪。むしろ見ているこちらがびっくりするほど冷静に投影型のキーボードを呼び出して再設定を行い、そのまま飛行を続行する。

 しばらくはふらふらと軌道が安定していなかったが、それも本当に少しの間のこと。腕部装甲を解除した簪の素の指がキーを叩くにつれてそれも収まっていき、コースを昇りきるあたりでは機体の制動と飛行系システムをほとんど完成させていたようだった。

 

「こうして見ると、簪さんってホントにすごいな」

『まったくだな。冷静に対処してたけど、見てるこっちの方がはらはらした』

「そんなこと……ない」

 

 タワー上空、簪と俺が一夏に合流するころになると、もはや軌道は完全に安定している。こうして空中に静止している時でもPICが微妙な制動をしているらしく、風にあおられることもない。ほぼ完璧な飛行と言っていいだろう。

 そのことを俺と一夏が褒めると照れくさそうにしているのだが、まんざらでもないのは俯き気味の横顔を見ていればわかる。

 ……うん、開発が進むのはもちろん、こうやって簪が少しでも自信を持ってくれればよいのだが。

 

「それじゃ……戻ろう」

『ああ、そうだな。今度は俺が前にいこう。……遅いからって抜かないでくれよ?』

「それは、真宏次第だな」

 

 しばらくその場にとどまって、システムに粗が無いかをチェックして戻ることにする。本来ならばもっと長時間の飛行や複雑な機動なども試してみるべきところなのだが、武装や他のシステムなども組み上げていない段階で飛行だけの完成度を高めてもあまり意味が無い。そのため今日はこのくらいにしようということになっているのだが……。

 

 二人に先行して強羅を急降下させながら、俺はさりげなく思考の片隅で拡張領域を探る。

 その中には、普段の強羅ならあまり使わないような装備を用意してある。

 

 簪とのほほんさんの機体整備の腕を信頼しないわけではないが、それでも開発途上にある機体というのは様々な危険を含んでいるものだ。ましてや打鉄弐式はまともな飛行はこれが初めてのこと。予期せぬ危険が起きる可能性はあるし……俺の記憶はその可能性が高いと言っている。

 だから用意したこの装備、使わないに越したことはないのだが、万一を想定して用意した。

 

 さて、どうなることやら。

 

 

 タワー外周を下るコースは、昇りの際と同じコースを逆に下るだけで特に注意するべきところもない。強羅の機動性では打鉄やラファールといった量産機ともどっこいレベルの物になってしまうが、強羅は速度を求めていないのだから当然のことだ。俺は前方に必要最低限の注意を払うとともにハイパーセンサーの全周知覚能力を駆使して、後方を飛んでいる簪の様子に注意を向け続けた。

 

 強羅の速度が遅いことを見越してある程度距離を離してから発進した簪の打鉄弐式は、スムーズな加速を披露して白式を引き連れつつ俺の通ったコースをなぞるようにして飛行している。

 その速度はスペック上ブルー・ティアーズにも迫るという話の通り、確かに見事なものだった。

 

 速度を上げつつ強羅に近づき、近づき……減速の素振りもなく強羅のすぐ隣をかすめるコースに入り、機体の後方に見えるスラスターからの噴射炎がちらついたのを見た。

 

 危ないっ!?

 

 

――ボンッ!!

『簪!』

「!?」

 

 気付きはしたが、しかし間に合わない。

 俺が咄嗟に声を上げたのとほぼ同時、打鉄弐式の右脚部スラスターが爆発を起こし、その衝撃が機体におかしな方向への力を加える。

 爆発は打鉄弐式の機体を運悪くタワーの方へと吹き飛ばし、搭乗者たる簪も視界を埋め尽くしているだろう大量のエラーメッセージに対処しきることができていない。

 

 このままではまずい。

 後方の一夏ではイグニッション・ブーストを使っても間に合うかわからず、簪自身には打つ手が無い。かといって強羅は元より鈍足であり、今の簪に追いつく術などありはしない。

 

――正当な手段に限るならば。

 

『デュオデック!!』

 

 俺はすぐさままっとうな方法を選ぶことを諦め、叫びをあげて先ほどからずっと脳裏に描いていた装備を展開する。

 常に思考の只中に置き、待機させてあるに等しかったその装備を、名前まで叫んでいるのだから展開するのはたやすいこと。強羅の手の中に、一丁のグレネードランチャーが展開される。

 

 蔵王重工が開発した新型爆薬を搭載した弾頭専用の、短銃身に単発仕様、ごくごく単純な機構を持ったこのデュオデックは、初めて強羅を扱う訓練をしたときにワカちゃんからもらった一品だ。

 一度に一発しか撃てないから実戦にはあまり向かないものの、その分比較的取り回しやすく拡張領域もさほど使わずに済む。展開も素早くすることができ、初心者向けということで選んでくれた、思い出のもの。

 ……まあ、そもそもグレネードが初心者に向くのかとか、威力は蔵王重工基準じゃないかとかツッコミ所は色々とあるのだが、ひとまず置いておこう。

 

 俺がこの装備を選んだのは他でもない。

 なによりこういう事態になった時に必要とされる展開速度と、もう一つ。

 

 強羅で簪に追いつける速度を得るためだ。

 

『一夏は危ないから離れてろっ!』

「真宏!?」

 

 一応の警告だけを投げかけ、返事を待たずに俺は考えていたことを実行に移す。

 展開した直後のグレネードを脇を通して背中に向け、そのことに気づいて急停止した白式のいる後方に迷わず発射。

 

「!?」

 

 本来ならば、これは一夏にとってかなり危険なことだ。

 白式は相手の攻撃を避けることを前提としているためにさほど装甲が厚くなく、まして雪羅のシールドで無効化できるエネルギー系の攻撃でもないグレネード、それも蔵王重工製の例によってバカげた威力のものが直撃すれば一撃でシールドエネルギーが底を突く。

 だから驚かせてしまったのは済まなく思っている。それでも今はこうしなければならない。

 

 俺が簪に追いつく唯一の方法。それは……。

 

 

『行くぜっ!!!!』

 

 

 背後に向かって打ち出し、信管の設定を弄ってあるため「その直後」にグレネードを起爆

 至近で爆発したグレネードの爆風は当然強羅をも襲うことになるが……これでいい。

 

 

『簪ィィィィィィィィッ!!!!!!』

 

 

 強羅は機動力を軽視した機体であるが、それでも背部には巨体に見合った大出力のスラスターが存在している。普段は強羅自体の特性として瞬発力など望むべくもないのだが、今は違う。

 

 本来スラスター翼からエネルギーを放出した後、それを内部に取り込み、圧縮して再び放出することによって大推力の加速を得る、高機動型のIS操縦者には必須スキルたるイグニッション・ブースト。

 俺程度の技量では為し得ないはずのその技術も、エネルギーを外部供給という簡易な方法にし、なおかつ莫大なエネルギーを秘めたグレネードの近距離爆発で補ってやれば、可能となる。

 強羅に速さはいらないが、それでもたまには必要な時がある。そう感じたワカちゃんが編み出したこの技、名を爆裂加速――エクスプロージョン・ブースト――という。

 

 

 そうして辿り着いた速度の領域は、キャノンボール・ファストのとき以来のもの。

 意識の上ではほんの一瞬、ISのサポートがなければ一片の思考すら挟めなかったであろうその刹那に簪へと追いつき、抱きとめ、勢いのまま回転して、タワーの外壁へと背中から叩きつけられた。

 

『がは……!?』

「え……、ど、どうして!?」

 

 さすがに強羅と言えど、亜音速レベルの速度で建造物に叩きつけられば搭乗者保護機能でもフォローしきれないほどの衝撃を受ける。

 背中から全身に広がった痛みにかすれた呻きがこぼれてしまうが……それでも、腕の中の簪は無事だった。

 

『なぁに……ちょっと、無茶してな。……それより、怪我はないか?』

「うっ……、うん……」

『そうか、それは良かった』

 

 驚いた顔の簪には、確かに怪我がないようだと打鉄弐式が伝えてくる。……ふう、安心したよ。

 

「おーい、真宏!」

『ちょっと、そこの生徒達! 何があったの!? なんかかつてないレベルでタワーの破損警報が鳴り響いて、タワー自体がぐらぐら揺れてるらしいデータが出てきてるんだけど!?』

「あ、はい。IS訓練中の事故です。俺は織斑一夏。当事者は神上真宏と……」

「よ……四組の、更識簪……です」

『怪我はない、大丈夫!? ……とにかく、動けるようだったらゆっくりでいいから降りてきて!』

「了解です!」

 

 激突の衝撃で俺はすぐ言葉を返せるような状況じゃないことを見てとったか、すぐに飛んできてくれた一夏と、実際に体が痛みで動かないから腕の中に抱えられたままの簪が応対してくれる。うん、やっぱりこういうときは友がなにより頼りになるね。

 

「簪さん、大丈夫か? もし片方のスラスターが生きてて飛べるんだったら、今度はゆっくりでいいから降りて行ってくれ。俺は真宏を抱えて……って、重ぉっ!?」

『……いつつ。無理するな、一夏。強羅はまだ動けるから、そんなに全重量を支えようとしなくても大丈夫だ』

「そ、そうか……っていうか本気で重いんだな、強羅って」

 

 なんとか痛みの退いてきた腕の中から簪を開放して、めり込んだタワー外壁から一夏にひっぺがされると、そこには見事に強羅の背面装甲の形にへこんでいた。

 あれだけの速度でぶつかったのだから当たり前といえば当たり前だが、これはひどい。後々書くことになる報告書とそれを処理するであろう山田先生の勤務時間がどれほどになるのか、正直考えたくはない。

 

 

 でも、ま。

 

「……あの、あ……ありがと」

『なに、俺も強羅も頑丈だからな。無事で何よりさ』

 

 簪が無事なんだから、俺はそれが一番嬉しかったりするんだよ。

 

 

◇◆◇

 

 

 そして、なんとか三人とも無事にピットに戻ると。

 

「……反省してますか、真宏くん」

「もう言いつけを破ったりしないよ」

 

 そこには、ISスーツ姿のままピットの硬い床の上で正座させられる俺の姿が!

 

 

 俺にありがたいお説教を下さっているのは、誰あろう我が偉大なる師匠であるワカちゃんだ。

 さすがにもう制服は着ておらずスーツ姿だが、いつも通りの小さい身長でもこうして見下ろされているとかなりの迫力がある。そんなワカちゃんの前で、俺は小さく小さく正座をして叱られているのであったとさ。

 

 

 実は、さっきのエクスプロージョン・ブーストはワカちゃんに伝授こそされたものの、その使用を禁じられた技でもあった。

 それも当然のこと。原理的にはイグニッション・ブーストと同じことをしているとはいえ、このエクスプロージョン・ブーストはそれに加えて「グレネードにブッ飛ばされる」という一面がある。というかむしろそっちの方が大きい。

 である以上、いかに強羅の重装甲を持ってしても衝撃は大きく、危険も大きい。だから今のままの強羅では使ってはいけないと、伝授されると同時にそう言い渡されてもいたのだった。

 

 実際、この方法での加速はイグニッション・ブーストに迫る物があるが、使用しているIS操縦者はワカちゃんくらいしかおらず、まったく名が知られていないことからもそのデメリットの大きさを押して知るべきだろう。普通のISがやってしまった場合、文字通りの自爆と変わらないのだから。

 

「……まあ、簪ちゃんを助けるためには仕方なかったみたいですから、いいんですけど。でも反省はしっかりしてください」

「ハイ……肝に銘じますです」

 

 現時点でこの技を使いこなせるのはおそらく、ただでさえ頑丈な強羅をさらにセカンドシフトまでさせた、この目の前のワカちゃんくらいのものだろう。

 

 なにせ、ワカちゃんは強羅を世に発表した当初……

 

 

◇◆◇

 

 

『えー、マジ防御重視ー!?』

『カターイ!』

『防御重視が許されるのは打鉄までだよねー!』

『キャハハハハハハ!!』

 

 

◇◆◇

 

 

 こんなんだった世界の反応も軽く無視して強羅を使い続けた猛者なのだ。

 そして装備テスト用ISとしての有効さを見せつけるとともに、各企業にテストしに出かけがてらその企業やら国やらの代表やら代表候補生やらと戦いグレネードの恐怖を叩きこんだというのだから、年季が違う。

 

 

「……もう、真宏くんに教えてあげられることなんてあまりないでしょうしねぇ」

「ん、ワカちゃん何か言った?」

「いいえ、何も。それじゃあ真宏くん、一夏くん、簪ちゃん。私はこれで。もし何か困ったことあったり、グレネードやら大型ミサイルやら追加装甲やらが欲しくなったら、いつでも連絡してくださいです」

「あ、うん。ありがとうワカちゃん」

「ん、……お世話に、なるかも」

 

 それが、今回簪を助けるにあたって起きた事件の顛末であった。事件というより俺の自業自得な気がしなくもないけど、まぁ気にするな。

 

 

「……なあ、簪」

「何……?」

「打鉄弐式の開発、整備科の人たちに応援を頼んだらどうだ?」

「ああ、それは俺も言おうと思ってた。……さすがに時間もないしな。急がなきゃいけないけど、安全第一だ」

 

 そして、アリーナからの帰り際。ISスーツから制服に着替える必要のある俺達三人は、コントロールルームでデータを取ってくれていたのほほんさんと別れ、更衣室へと向かって歩いていた。

 特に何をしゃべるでもない時間がしばらく続いたが、その途上で俺は口を開く。今回の一件を見るまでもなく、簪の打鉄弐式をタッグトーナメント開発までに間に合わせるには、どうしても専門知識を持った人間が簪以外にも必要だ、ということを。

 

 一夏もそれに賛成の意を示してくれている。

 もし今日と同じようなことが起こった場合、俺も一夏も必ず簪を守ってみせると心に決めているが、だからといって守られてばかりなのも簪は望まないだろうし、本当にどんな時でも助けられるかは分からない。

 

「……」

 

 自分だけの力で弐式を完成させようと思っていた頃の簪なら、きっと頷いてはくれなかっただろう。それは姉である会長に本当に敵わないと認めること同じだと、簪の中に根を張っていた思いだった。

 だが。

 

「うん。……そう、する」

「そっか。ありがとな、簪」

「ううん……お礼を言うのは、私の、ほう」

 

 今の簪なら、誰かに頼ることが弱さではないと知った簪なら、きっと大丈夫だと信じていたよ。

 

 

「よっし。そうときまれば一夏、さっそく整備科の人を集めよう。黛先輩に声かけてみるか?」

「ああ、それがいいな。俺達のことも知ってるし、顔も広そうだ」

 

 そこからは、とんとん拍子で話が決まっていった。やはりここは黛先輩に協力を依頼するのが最も妥当なのは間違いないだろうというのが、第一だ。

 一応お互いに知り合っているわけだし、会長つながりで簪の事情も知っているはず。多少パパラッチ気味な部分があるにはあるが、それでも最低限の仁義という物はわきまえている人……の、はずだ。

 

 簪のIS開発に向けて、これまで以上に事態が動きだした実感をひそかに感じつつ、俺達はわいわいぼそぼそと話しながら、更衣室へと向かって行った。

 

 そして。

 

「あの……ま、真宏っ」

「どうした、簪?」

 

「あ、あの、さっきは……ああああ……」

「あ?」

 

「あ……………………ありがとっ!」

「っ!?」

 

 別れ際、少し赤くなった顔でそんなことを言われたのだから、ますます頑張りたくなるってもんさ。

 

 

◇◆◇

 

 

「黛先輩、今日はありがとうございます」

「なぁに、他ならぬ織斑くんの頼みだからね。……でも私はレアよ。報酬は、そうね……織斑くんとのデート一回くらいが妥当かしら」

「ちょ、えぇっ!?」

「さすがは黛先輩、素晴らしい提案です。勿論お受けいたしましょう」

「いつものことだけど、なんでそういうのを真宏が勝手に決めるんだよ!? あとなんか喋り方いつもと違わないか!?」

 

 その翌日、例によって整備室にて。もはやタッグトーナメントまでは一刻の猶予もない状況にあるため、一夏経由で呼んで来てもらった黛先輩が、新聞部の腕章も輝かしくそこにいた。

 いかにもマスコミっぽい好奇心を過剰積載してちょっと危険な感じに輝くひとみは俺達を見まわし、いたずらっぽく細められて一夏に向かう。普段ならば何を調べられて何を書かれるかわかったものじゃないのだが、こういうところで見るととても頼もしい。

 だから一夏。女の子と契約して、協力の報酬になってよ。

 

「ちなみに、既に一夏くんとのデートをダシに二人ほど連れてきてあるわ。京子とフィーよ」

「よろしくね、三人とも。……ずっちん、ツーショット写真もお願いできる?」

「えぇ、もちろん一番良いカメラを用意してあげるわ」

「は~い、私はぁ、まっさぁじを受けたいですぅ~」

「あー、そのくらいだったらいいですよ」

「それじゃあ~、私はまっひーとデートでー」

「え、俺!? ま、まあいいけど。お手柔らかに頼む」

 

 という感じで、速やかに契約が結ばれていった。

 ちなみに一番警戒すべきなのは、多分最後にちゃっかり乗っかったのほほんさん。なんか俺を相手に指名してるし、あの子口ではデートと言っているが目は\スウィーツゥ! マキシマムドライブ!!/って感じで欲望のメダルがじゃらじゃらしてるから。ケーキ屋とかに連れていかれて、財布の中身すっからかんにされそうな気がしてきた。

 いやはや、黛先輩はこういうプロデュース業でも将来食べていけるのではなかろうかね。

 

 

「さて、それじゃあ話も始まったところだし……始めますか!」

 

 そして、IS操縦とはまた一味違った整備科のキツさ厳しさの神髄を、俺と一夏は身をもって知ることとなる。

 

 

「織斑くん! 40番縒り線を18インチ、ディトマー6番クリップ付きで20インチ分用意して!」

「はいぃっ!」

「神上くんはこっちに同じ長さのマイヤービア絶縁をダブルで! それから高周波カッターも!!」

「へいお待ち!」

「ふみぃ。こっちは空中投影ディスプレイが足りないです。液晶ディスプレイ八個くらい持ってきてください。それから、短い大型ドライバーとディトマー6番用のレンチ一対も」

「取って来ます!」

「電源用の小型発電機、ここに置きますよ!!」

 

 そこでの俺達の仕事は「走る」に尽きた。あっちから何を、そっちからどれを持ってきて、邪魔になった物をどかして元の場所に戻して別の班からアレを貸してくれだのなんだの言われる度に、東奔西走。まるでバラエティ番組のADか何かのような使われっぷりであったが、それを指示する整備科の先輩達はもっとすごい。

 

 躊躇いなく装甲を開いて端子を突っ込み、しばらくディスプレイを眺めたと思ったら再び装甲の内側に頭を突っ込んで猛然と手を動かし、その後顔を出したらまた新しい指示が飛ぶ。

 それによってスラスター、装甲、武装に内蔵火器のほとんどすべてがチェックされ、修正され、必要とあらばパーツを持ってきて組み換え、あるいは新造すらして機体を整えていく。

 そのあまりの手際の良さといったら、お前らいつの間に慣性中立化装置組み込みやがったとツッコミを入れる暇もないくらいだった。

 

 

 一方のソフトウェア。

 こちらは簪がメインで扱っているものだが、これもまた劣らずすごい。

 いくら基本は打鉄の物を流用しているとはいえ、機体の性質やバランスなどもかなり変わっているからパラメータはほぼすべて設定し直さなければならないし、しかも現在進行形で整備科の皆さんの手によって着々と変えられていっている。それを予測し、試験し、反映し、それでいてなお両手両足指を使ってキーボードを駆使する簪の開発速度は、その変化に十分付いて行けている。

 推進システムの最適化と効率化、機体全体のエネルギーバランスの調整に、PICとシールドバリアのチェック、テスト、修正。はっきり言って、俺ではこういうことがされていた、程度にしか説明できない。一つ一つが専門的すぎる上、この人たちの処理能力は精々強羅を簡単に調整してやる程度のことしかできない俺に付いていけるレベルじゃないからだ。

 

「よっしゃあ、大体なんとかなった! 織斑くん、パワーアームとドリルアーム持ってきて!」

「こっちはエレキハンドと冷熱ハンド! 持ってきて神上くん!」

 

 まして、こんな状態なのだからして。相変わらず御所望の品が月面基地でも作れそうなほど妙な物であることも気にしてはいけない。

 強羅を部分展開してすら運びきれないほどの機材を次々と保管場所から持ってきて、使い終わった物を返して、ついでにまた別の物やさっき使った物を別の用で使うのに持ってくる。そんなことを一夏と二人してやっていたのだから、千冬さんの授業に匹敵するくらいキツかった。

 

「……ふふっ」

 

 まあそれも、こうしてみんなに手伝ってもらって幾分余裕が出たせいか、自然に笑顔を浮かべる簪を見られるならば安い物なんだけどね。

 

 

◇◆◇

 

 

「さて……これで大体完成かしら。簪さん、機体の挙動に違和感はない?」

「はい、大丈夫……です。あの……っ、ありがとうございましたっ」

「いいってことよ。結局ソフトの方はほとんど簪さん任せになったし、織斑くんと神上くんが提供してくれたデータもあったればこそだしね」

 

 そんな作業が連日続いて、今はタッグトーナメント開催前日の午後九時過ぎ。これだけの人を集めても、打鉄弐式が一応の完成を見るまでにはこれほどの時間がかかってしまった。

 まあそれでもなんとか完成までこぎつけられたのだから、万々歳なのだが。

 

 一方、向こうの方で弐式の周りをぐるりと見ている黛先輩や、ミサイルのロックシステムについて相談している簪と京子先輩をよそに、俺と一夏は整備室の隅で無造作に積みあげられた布団のように寝そべっていた。

 毎日あんなことしてたら、そりゃあこうもなろうよという見本である。

 

「うぅ……」

「あぁ……」

「お~、おりむーとまっひーがゾンビみたいな声上げてる~」

 

「かゆ……」

「うま……」

「うみゅ。でも、リクエストに応えるってことはまだ余裕があるのかも知れませんね~」

 

 主に力仕事を休みなくこなしてきたせいもあって精根尽き果てた男二人は、まだまだこき使えば良かっただろうかという意思を滲ませるそんな怖いセリフにも反応する余裕が無い。

 重量級の機材を運んで西東、簪も含めた5人から矢継ぎ早に飛んでくる指示に応えるため馬車馬のように働くのは、いくらなんでもキツイ物があった。体中超いてえ。

 

 ちなみに、今こういうことをしているんだとワカちゃんに話したら、蔵王重工の開発室でも日々似たようなことが行われているのだと言っていた。そこでは研究担当から俺達のやっていたような雑用に近いことを担当する人たちまで、一人の例外もなく恍惚とした表情で働く楽しい職場だというのだから、むしろ恐ろしくてならない。さすが蔵王重工。

 

 

「よっし、それじゃああとは片づけを織斑くん達に任せて……っていうのはかわいそうだから、みんなで片付けて帰りましょ。専用機持ちの三人は明日試合もあるんだから!」

「そうだったっけ。サクッと片付けちゃうかー」

「は~い」

「は~い」

 

 ……うん、ここで俺だけなり一夏だけなりに任されなくて本当によかった。そんなことあったら軽く死ねそうなくらい、本気で疲れていたからね。

 

「あの……二人とも、大丈夫?」

「簪さん……ま、まぁなんとか」

「確かに死ぬほど疲れたけど、なんとか間に合ったし……それに、楽しかったよ」

 

 いい加減発酵しそうなほど隅の方でのたくっていた俺と一夏を心配したのだろう、簪がこっちまでやってきて声をかけてくれた。辛うじて残っていたなけなしの体力をかき集めて返事を返し、片付けも手伝わなければならないからと、俺と一夏はようやく立ち上がる。

 簪はいつもの通り不安げな表情をしていたけど、せっかく自分の専用機が完成したんだ。今日くらいは笑っていい。そう思ったのは一夏も同じであったか、ちょっとばかり引きつる頬を無理矢理引っ張って笑みを作り、簪の肩をポンポンと叩いて片付けに向かう。

 

 明日は朝が早いわけではないが、それでも特別な日であることに変わりはない。

 これ以上はあまり夜更かしせずにさっさと寝て、しっかりトーナメント当日に備えようじゃないか。

 

 ……そう思って、いたんだけどね?

 

 

◇◆◇

 

 

 IS学園で俺が一番安らげる部屋である、自室のベッドの上。

 仰向けに寝転んだ俺の視界には見慣れた天井が映り、少し視線を下にずらせば俺のコレクションにしてロマンの源であるマンガや小説やDVDとフィギュア類がずらりと並ぶ棚があり、それらが整然と並んでいるのを見るだけで満足する心が湧きあがってくる。

 

 現在時刻は、10時過ぎ。片づけを終え、着替えも済ませ、あとはもう寝るだけとなったこの時間。高校生が寝るには少しだけ早いかもしれないが、それでも明日のことを考えれば決して異常ではないのだが……それでも俺は、どうにも寝付けないでいた。

 

 理由は明白、簪だ。

 

 特に簪に何かがあったというわけではない。

 別れ際の様子も、ここ数日協力し通しだったせいか恐縮していた様子はあったが、それでも俺と一夏にきちんと挨拶をして、寮の自室へと帰っていった。

 さすがに俺も一夏も今日のハードな作業と明日の一大事を思えばこのあと揃って何かをしようとは思えずそのままそれぞれの部屋に分かれたわけで、今日という日はこれで終わりになると……そう思っていた。

 

 だが、俺の記憶がどうにもざわつく。

 最近すっかり忘れがちだが、俺はISというのがどんなものなのか、この世に生れ出る前から知っていた特殊な生い立ちをしている。そんな記憶があるせいか、今日このまま寝てしまうのはどうなのだろうと、そう思うのだ。

 

 俺の知る限り、今日は見事打鉄弐式が完成する日。

 簪はそのことで一夏に感謝しつつ思いを寄せ、そのお礼がてら得意な菓子である抹茶のカップケーキなど渡しに行こうとしているはずだ。

 だからといって、俺も手伝ったからひょっとしたらついでに俺の分も作ってくれないかな、とそわそわ期待しているわけではない。……いや、ちょっとくらいは期待してるんだけど、今俺が感じている胸騒ぎはそういうのではなく。

 

 ――一夏が提供したデータの中に会長の機体のデータが混じっていたと知った時、簪がどう思うのか、ということだ。

 

「……っあぁもう、部屋にいたってしょうがない!」

 

 誰にともなく呟いて、俺は持ちあげた足を勢いよく振り下ろす反動で体を起こし、そのまま部屋の扉へ向かう。

 俺は基本的に、助けを求められなければ手を差し伸べるということをしないようにしている。必要とあらば問答無用で助け起こしたりもするのだが、俺の友達はみんな助けがいるときは必ず頼ってくれると、そう信じているからだ。

 その信頼は、簪にも等しく向けられている。だからこれまではどれほど専用機の開発に詰まっていても、たまに無理矢理整備室の外へ連れ出したり映画館へと拉致ったりする以外は、手を出さずにいた。

 

 だから、もし仮に簪が会長の差し金がそこまで深くまであったと知ってショックを受けることがあったとしても、そのことを俺に打ち明けない限り俺からは何も言わないのが礼儀だと思っていた。

 ……思っていたのだが。

 

「――簪には、泣いて欲しくないんだよちくしょうっ」

 

 それでも今だけは、どうしてもその独りよがりな欲望を優先したかった。

 

 

◇◆◇

 

 

 勢いで部屋を出た俺は、そのまま一夏の部屋の方へ向かう。

 ひょっとしたら簪が俺の部屋へやってこようとして入れ違いになってしまうかもしれないが、その時はその時。なんとなくだが、簪のことだから俺の部屋に行くか一夏の部屋に行くかで迷ってうろうろしてるうちに、一夏の部屋から仲よさげに出てくる会長を目撃しそうな気がする。簪って、どうしてか幸薄い感じだし。

 

「……!?」

「おぉっと。……簪」

 

 そして、セブンセンシズにでも目覚めたかと思うほどに冴え渡っている俺の勘は、気の向くままにうろついただけでばったりと目的の人物に対面させてくれた。

 

 角を曲がってすぐ、目に涙をたたえる簪に。

 

「ごっ……ごめ、……通して!」

「そうはいくか」

 

 泣き顔を見られたことに気付いたか、俺の横をすり抜けようとする簪の手首を咄嗟に掴む。あるいは体勢を崩すかも、と身構えてはいたのだが、そのあたりは心配なく少々たたらを踏んだだけで簪は踏みとどまった。さすが、こう見えて案外鍛えているらしい。

 

「は……離してっ」

「離さない。知らなかったか? この俺からは逃げられない……っ」

 

 涙を見られたくないのか、こちらを向こうともしない簪の顔を見ることはできない。

 だがそれでも、声の震えを聞き強く握りしめられたその細い指を見れば、簪の様子など見なくてもわかる。

 

「……ちょっと、来てくれるか」

「……………………」

 

 返事はない。

 徐々に力の抜けていく腕の感触からすると、あるいは色々な物を諦めたのかもしれない。

 簪はうなだれたまま抵抗をやめ、手を繋ぐのではなく手首を掴まれるという何とも色気のない方法で、俺に引かれるがままに付いてきてくれた。

 ……俺って、本当はこういうの苦手なんだけどなあ。

 

 

 簪の手を引き、着いた先は俺の部屋。

 既に気力も枯れ果てたらしき簪は俯いたままふらふらと進み、膝が崩れたかと錯覚する勢いでベッドに腰を落とす。

 その様はまるで魂をどこかに取り落としてきたかのように虚ろで、見ている方が悲しくなってくるだけの悲哀を一身に背負っている。

 ……俺は簪に何が起こったかを、おおよそ把握している。だがそれを簪は知るよしもないし、俺自身も簪から何か言うまで問いただすつもりはない。

 ここに連れてくるだけでも、実のところ簪に嫌がられたりしないかとかなり不安だったのだから、そんな余裕が無いとも言うが。

 

「ほら。あったかいもの、どうぞ」

「……あったかいもの、どうも」

 

 だからできることといえば、せめて簪が少しでも落ち着くようにと、甘めのココアを入れることくらいだ。あとはただ、近からず遠からずの距離を取ってこの場にいてやることくらい、だろうか。

 

 

「……さっき、聞いたの」

「ん」

 

 簪が口を開いたのは、しばらくしてからのこと。俺が自分の分のココアを飲み終わる頃であり、ベッドに座った簪の正面、勉強机の椅子に座っている俺の方はまだ向かず、自分の手の中のカップに向かってこぼすように呟いた。

 

 そこから語られた内容は、とぎれとぎれの上に話が前後したりもしていたが、おおよそのところ俺が予想した通りだった。

 

 すなわち、打鉄弐式開発に当たって俺と一夏が提供したデータの中に、会長の機体の物が混じっていた。

 

 

 それは、ショックだろう。

 自分一人での開発にこだわらず人からの協力を受け入れたとはいっても、会長の背を目標にしていたのは変わりない。そこに少しでも追いつきたいという意地にも似た思いがこれまでの簪を支えていたし、今回のこともまた、その心が簪を促してくれたのは間違いない。

 

 同じ舞台に立つ決意を固めて、ついに完成させた自分の専用機。それが会長の協力もあって完成したのだなどと言われれば、掌で踊らされていたと思ってしまうのだろう。

 

「やっぱり、私なんて……」

「ハイ、そこまで」

 

 鬱々と俯けた顔から、説明の合間と同じようにネガティブな言葉を口にし続けていた簪は、このままならば何も解決できないだろう。

 最近少しはマシになったとはいえ、それでもまだ簪の中に深く根付いたコンプレックスは一つとして解消されていないし、むしろそのトラウマに近い部分に衝撃を受けたのだから、仕方ない。

 

 

 もっとも、だからといってそれを許すつもりなど毛頭ないのだが。

 

 

「いただきっ」

「え? ……あ。メ、メガネ……返してっ」

 

 簪の言葉を遮るとともにつかつかと歩み寄り、そのまま流れるような動きでメガネを奪い去る。

 咄嗟のことで驚いた簪はすぐに取り返そうと手を伸ばすのだが、それでも俺が離れる方が早い。そして簪は、まだ顔を見られたくないのかますます下を向いていて、メガネを探すように振るわれる手はかすりもしない。

 

 別に目が悪いわけでも、メガネと呼ぶこの携帯用ディスプレイをかけなければ人前に出られないわけでもない簪なのだが、今奪ってしまえばこうなるだろうという予測は、ばっちり当たっていた。

 

 本当に自分に自信が無いんだな、簪は。

 

 

「なあ簪」

「……なに」

 

「どうして、会長のデータが混じってたらいけないんだ?」

「……えっ?」

 

 だから、こんなことでも不安になるんだよ。

 

「まあ確かに驚くのは分かる。そうだろうと思っても、敢えて言わずにもいた。だが私は謝らない」

「なんで……一人称変えてるの」

 

 相変わらず簪は俯いたままでいるが、それでもようやくまともに受け答えをしてくれるようになってきた。……まあ、俺は何か簪の心を軽くするようなことを言ってやれるわけもないのだが、それでもかまわない。何もできないと思い込んでなにもせずにいるよりは、多分ずっとましだから。

 

「そもそも、強羅やら白式やらのデータも使ってるんだ。今さら会長のデータが混じったくらいどうってことないだろ」

「だ……だって、そうしたら……姉さんのデータがあったら、私の力で完成させたわけじゃ……っ」

「ああ。簪一人の力で完成させたわけじゃなくなる」

 

 実際のところ、簪の言うことは間違ってはいない。

 だがそれでも、一つだけ忘れていることがある。

 

 

「簪一人の力じゃない。簪の力になりたいと思う、みんなの力で完成させたんだ」

「っ!」

 

「俺も手伝った。一夏だって知識が無いなりに頑張ったし、のほほんさんはああ見えて頼りになった。黛先輩が人手を集めてくれなきゃ多分間に合わなかったし、京子先輩とフィー先輩は整備科がどんなにすごいのか教えてくれた。……そして会長も、そうやってみんなが助けてくれる簪の力になりたかった」

「……」

 

 はっきり言って、綺麗事もいいところだ。

 誤魔化していると言われたら、それ以上言い訳のしようもない。

 

 だがそれでも、簪はどんな時でも一人じゃないと、必ず見守ってくれている人がいるのだということだけは、知って欲しかった。

 

 

「……簪、こういうの知ってるか」

「え……?」

 

 しかしそれでもすぐには顔を上げられないのが更識簪。その筋金入りのネガティブさは、これまでの付き合いでよく知っている。

 だから、こんな簪の顔を上げさせるには物理的強制力に頼った力尽くか、あるいは興味を引かせる以外にない。

 

 そこで俺は、さっき簪から奪い取ったメガネを目の前でふらふらと振って見せて興味を引き、猫や犬でも釣るかのようにひょいと持ち上げて条件反射で顔を上げさせる。

 

 一瞬釣られたことに気付かずきょとんと不思議そうな顔をする簪にニヤリと笑い、事態を察して再び顔を下ろす前に、俺は簪のメガネを再び掲げる。

 

 

 これを、どうにも勇気の足りない女の子に捧げよう。

 

 

 右手に持った眼鏡を掲げ、そのまま自分の目へと勢いよく装着し。

 

 

「――デュワッ!!」

 

 

「そ……れ」

「勇気の出るおまじない。……忘れるな。お前は一人じゃない。そしてお前の周りにいる誰かは、きっと力を貸してくれる」

 

 ……実のところ、かなり恥ずかしい。

 何をやっているんだ俺は。SEKKYOU属性など持った覚えはないというのに、こんなことを口走る羽目になるなんて。こういうのは「※ただしイケメンに限る」っていう但し書きが付いてる行動なのに。

 あーもう、これも全部簪のせいだ!

 

 顔が少し熱い。そんなこと気付かれたら余計恥ずかしくなるから、半ば押し付けるような勢いで簪にメガネを返し、上を向く。本当に、慣れないことなんてするものじゃない。

 

「……あ、あの」

「ど、どどどどうした、簪?」

 

 だから、思わずどもってしまっても仕方が無い。ただしこれは自分で言ったセリフの恥ずかしさに動転していたからであって、真剣なまなざしで見上げてくる簪にちょっと見惚れていたりしたわけではないぞ、多分。

 

「あ……ありが、とう。……自信は持てない、けど。でも、頑張ってみる」

「……おう、そうか」

 

 ただ、その後ぎこちなくも浮かべて見せてくれた簪の笑顔には、正真正銘息が止まるかと思ったけど、ね。

 

 

「まあ、なんだ。せっかくだし、さっそく力ならぬお守りをやろうか」

「?」

 

 その後は、少しだけ他愛のない話しをした。最近の特撮やらアニメやらの話ばかりで、明日はタッグトーナメントだというのに大丈夫なのかと不安に感じる面も無きにしも非ずだったのだが、まあ今さらだ。あまり夜更かしし過ぎない程度には気をつけての、別れ際。

 部屋に連れ込んだりそこで説教まがいのことをしたりとちょっと似合わないことばかりして、しかもそれに付き合わせてしまったお詫びがてら、簪にお守り代わりの品を貸してやることにした。

 俺のお宝が詰まっている棚の引き出し、9月から新しく色々詰めることが予測されるので綺麗に整理したその中に、きっちり詰め込まれたブツの一つを手にとって、簪に渡してやる。

 

「……っ! こ、これ!!」

「ああ、今度の多々買いもかなり激しかったが、なんとか制して手に入れた。気休めくらいにはなるかもしれないぞ?」

 

 いつぞやセシリアにも似たようなことをしたが、簪はセシリア以上にそれが何だかをよく知っている。だからこそこうして気軽に持ちだしてきたことに驚いているようだったが、気にすることはない。あのときのように、これが簪の力になってくれるのならば願ったり。

 

 明日の試合と、それに限らず簪自身を応援する気持ちを込めたそのアイテムを、簪は強く握りしめてくれた。

 

「それじゃ、おやすみ。明日は頑張れ」

「うん。……本当に、ありがとう」

 

 そして、涙のあとが消えた目を細める簪と別れて、ようやく一件落着。本番は明日であるのだが、今日はもう時間も遅い。備えるためにも、そろそろ眠るとしようじゃないか。

 

 

 ……なーんか、忘れてる気がするんだけどね?

 

 

◇◆◇

 

 

「どうも、みなさん。今日は楽しみましょう。……以上、開会の言葉終わりっ!」

 

「……しぃーまったぁー」

 

 何を忘れているのかは、翌日になって気がついた。

 

 現在俺が……というか俺達IS学園の生徒が集まっているのは、講堂。今日行われる専用機持ちタッグトーナメント開会の言葉やらなにやらが述べられるとともに対戦表が発表されるという、ドキドキワクワクの一幕に参加している。

 

 会長がどこぞの回廊に居座った巨大要塞の提督もかくやな2秒スピーチで開会のあいさつを終わらせるなり食券を利用した優勝タッグ予想の賭博を発表し、ざわ……ざわ……とした空気が流れたりもしたのだが、あの会長ならよくあることだ。

 

 ……てーか、このときになって昨日から気になっていたことをようやく思い出した。

 

 

 俺、誰ともタッグ組んでなかったわ。

 

 

 ……い、いやーついうっかりしてたね! 簪のタッグと専用機をなんとかしなきゃってそればっかり考えてたから、自分のタッグのことなんて完全に忘れてたよ。

 だって、会長なり千冬さんなり誰か教えてくれてもよかろうに、そういうことさえ一切なかったのだから仕方ない……ということにしておこう。

 

「いかんな……どうするんだこれ」

 

 さっそく一部の生徒がギャンブル魂に火をつけられたか、手に手に食券を握りしめて鼻とかアゴとか尖りそうな表情を浮かべている中、俺は軽く頭を抱えていた。

 

 

 実のところ、現在この学園に在籍する専用機持ちはそもそも11人と奇数であったりする。1年生に8人、2年に2人、3年に1人。だから元々一人余る計算なのだが、まさか学年別トーナメントでやらかしたのと同じミスを繰り返したりなどするはずもない。きっと何がしか考えてくれているのではないかと思うのだが、それでもこれまで音沙汰なしとはどういうことなのか。

 まさか運動会でハブられた子供のように誰か先生が組んでくれるのだろうか?

 

 ……と、いう考えが愚かにして甘いものだったと思い知るのは、実はほんのすぐ後のこと。

 

「ん? なーに虚ちゃん。……え゛っ!?」

 

 景気よく生徒達を博徒に仕立てんとあおりにあおっていた会長であったが、そそくさと傍に寄った虚さんに何事か耳打ちされて、表情を固めていた。

 ……はて、どうしたのだろう。あの普段から飄々としている会長があんな顔するのなんて、簪に「お姉ちゃん嫌い」とか言われた時くらいじゃないかと思っていたのだが。

 

「……えーと、突然ですがみなさんにお知らせがあります。本来ならばIS学園に所属する専用機持ちの生徒は11人であるため、少々変則的なタッグ編成になるかと思われていたのですが……たった今、その必要が無いことが判明しました」

 

 ともあれ、何かが起きたのは確実らしい。会長の言葉は漠然としていてよくわからず、生徒達も揃って疑問顔を浮かべている。話の内容からすると、タッグパートナーがいない俺にも関わりのある話のようだが、一体どうしたのだろう。

 

 

「……!?」

 

 

 そこで、俺に電流走る。

 何かきっかけがあったというわけではないが、思い出したことがある。

 

 タッグの編成に不都合が生じなくなったということは、おそらく俺の預かり知らないところで人数の問題が解消されたということ。

 そしてその問題を解決するための方法は唯一、専用機持ちの数を揃えること以外にはない。しかし誰かが棄権して数が揃ったなどということは考えにくいし、それならそれでタッグの編成を考え直さなければならなくなる。

 しかし会長の口ぶりからはそんな気配がうかがえないし、さらにもう一つ。今日まで俺にタッグを組めという督促が一切なされなかったという事実。

 

 それはつまり、俺はタッグ申請をする必要がなかったということではあるまいか。本来タッグ申し込みが締め切られるあの日、ギリギリ滑り込みでタッグが組まれていたのだとすれば。

 締切日は奇しくも、一夏と簪のタッグが結成され、そのまま打鉄弐式の開発を手伝いに行き……。

 

「こんな状況のため、頼んでもないのに神上真宏くんのパートナーとしてリザーバーが来てくれました。……ご紹介しましょう。――グレオン仮面ですっ!!!」

 

 ――ワカちゃんがわざわざ制服を着て学園に忍び込んだ、あの日だった。

 

 

「「「……ええええええええええええええええええええええええええええっ!!!??」」」

 

 

 会長の声と共に背後の空中投影ディスプレイにダンボールを被った強羅によく似たフルスキンタイプのISと、同じくダンボールを被り、長い黒髪を垂らしてIS学園の制服を着た少女の画像が映し出され、生徒達の叫びが講堂を揺るがしたのだった。

 

 

◇◆◇

 

 

「……ぁー、さすがだよワ……グレオン仮面」

 

 講堂での全生徒一斉の絶叫の後、今日のトーナメントに出場するチームごとに割り当てられたピットにて、ベンチにどっかりと腰をかける俺がいた。

 

 試合開始まではまだ時間があるとはいえ、ピットにいるのは俺一人。既にISスーツに着替えも済んで試合が始まるのを待つばかりだが、ワカちゃんはここにいない。

 別の場所で控えているとかそういうわけではなく、単純に到着が遅れているのだという連絡があったらしい。「いざとなったらISを展開してでも行きますから!」と言い張るのを、電話を受けた山田先生が涙目になりながら説得していたと虚さんが教えてくれた。

 

 ……イヤそれにしても、ワカちゃんすごいな。

 確かにIS学園の制服を着ていても違和感が無いとは思っていたが、まさかごく当たり前に俺とタッグを組んでくるとは。

 もちろんワカちゃんのお気に入り変装であるグレオン仮面を名乗って、強羅の兜の上からダンボールを被った画像を提供して正体を隠してはあったのだが、あのISはシルエットからして強羅の系譜に連なるものだというのがありありとわかる物であったから、バレていないはずがない。

 本当に、無茶ばかりする人だ。

 

 ……だが、今日ばかりはそんな無茶が純粋に頼もしい。

 

 専用機持ちタッグトーナメントは、この学園の専用機持ちにとって一切の手加減無用にその力を試す絶好のチャンスであり、俺も気合は十分にみなぎっている。

 おそらく他の皆も同じ心境であろうが……これは、「IS学園のイベント」だ。

 

 今年が始まってから、これまで一度の例外もなく妨害や襲撃の入ったIS学園でのイベントごと。一部の生徒からはそのジンクスに伴う不安がささやかれ、会長がわざわざ教師に根回しを行ってまで賭け事を推奨したのは、そういった面から目を逸らすための物ではないかと邪推できなくもない。

 

 ましてや、俺の知る限り今回も襲撃されたとした場合、これまでの事件とは規模の面で一線を画すものになる。

 複数の無人機同時襲撃という事態に俺程度がいるだけでは何ができるかは分からないが、ワカちゃんがいてくれるのならば話は違う。

 俺の知識と同程度の戦力が襲来した場合、ヘタをするとワカちゃん一人でもなんとかなるかもしれないと思えるくらいなのだから。

まあ、実際ワカちゃんに任せたらIS学園自体もただでは済まないだろうが。

 

 

 ……しかし、残念ながら当のワカちゃんはまだ到着していない。

 

 色々と抜けているところもあるが、それでも意外と時間や約束に関してはしっかりしているワカちゃんが、遅れている。

 

 

――ズドンっ!!!!

 

 

「……遅れてるんじゃなくて、足止めされてる……のかな?」

 

 突如アリーナ全体に走った激震を感じ、ピット内の照明が非常事態を示す赤色に変わったのをどこか人ごとのように感じながらそう呟き、立ち上がる。

 

 覚悟は既に決まっている。

 幸いここはまだ襲撃されていない。

 

 だから、急ごう。

 本当ならそんなことをする筋合いじゃないかもしれないが……簪のことが心配だ。

 

 

◇◆◇

 

 

「あ……、な……に……?」

 

 タッグトーナメント開催直前の、ピット内。

 簪と一夏のタッグに割り当てられたその一室で、簪は一人意識を集中させていた。

 

 さきほど発表された対戦表。そこには、一回戦から箒と楯無のタッグと対戦する、とあった。

 誰とタッグを組んだとか言う話をしなかった真宏の相手役には簪も驚いたし、ちらりと様子を見た真宏自身もものすごく驚いていたようだから彼にとっても初耳だったのだと思うが、今はとにかく自分のことだ。

 

 なにせ、専用機をこのトーナメントに合わせて完成させると決めたときから覚悟していた対戦カード。昨日の真宏の激励を受けて、臆したりなどするものかと簪には珍しい意気込みを抱えていたが、しかしそれでもいざ目の前にするとどうしても心がざわついてしまう。

 だからこそ少しでも落ち着こうと、薫子につかまってインタビューされている一夏より一足先にピットにやってきて呼吸を整えていたのだ。

 

 しばらく嫌なことは意図的に考えから外し、今日までの打鉄弐式開発と訓練の日々を思い出した。

 真宏や一夏に本音、さらには整備科の人たちにまで手伝って貰い、夜も遅くまで熱中した日々。それらを思い、本気出して戦うのなら負ける気しないはず……とは簪の臆病な心が言わせてくれないが、それでもせめて善戦くらいはして見せる。

 

 その気概を静かにゆっくり育んでいた。

 

 

 だが、それはすぐに破られた。

 

 アリーナの各ピットに上空から超高速落下によって侵入した、漆黒の無人機。かつてクラス代表対抗戦において一夏と鈴を襲ったあの機体『ゴーレムⅠ』の発展形である、『ゴーレムⅢ』である。

 

 ごつごつとした装甲板に長い腕、大出力のエネルギー砲と、ある種大雑把な武装しか持たなかったかつての機体とはシルエットからして異なり、必要最小限まで絞りこまれた装甲は女性的な曲線を描き、まさしく鉄のヴァルキリーといった印象を見る者に与える。

 だが、禍々しくねじくれた羊の巻き角のようなハイパーセンサーはサバトに招かれた悪魔のようで、右肘から先に延びるブレードと、巨大な左腕の先端にぽかりと開いた超高密度圧縮熱線砲の4つの砲口が歪に寄せ集められたキメラを思わせる。

 そして何より、その頭部。戦乙女の兜のような装飾を持ちながら、黒い装甲の中でそこだけ赤く光るバイザー型のラインアイは、異形の匂いを隠しもしない。

 

 簪の目の前に降り立ったこの機体。

 並々ならぬ力と、そしてそれに見合っただけの恐怖を撒き散らし、ただただ黙してそこにある。

 

 

 それを見た簪は、怯えた。

 

 この相手は、異質であった。

 突如ピットの天井を崩して荒々しく現れるなり、人とは思えぬ奇妙にメリハリの利いた動きで室内を見渡し、そして簪の姿を見つけた。

 あのバイザーアイを向けられるだけで得体の知れない怖気が走り、すぐにも逃げ出したくなった簪であったが、それを許すような相手とは、間違っても思えなかった。

 見るからにISではあるが、それでもあの武装の形と大きさ。明らかに人を害するために生み出されたと見えるおぞましさを含んでいる。

 

 

 ゴーレムⅢは、焦らない。

 目の前の相手を獲物と定めはしたが、それでもたかが生身の人間。ISを持ってはいるようだからこそ標的に選んだが、ISを展開するそぶりを見せれば即座に仕留めることもできると考えたからこそ、ゆっくりゆっくりと近づいて行く。

 

 ゴーレムⅢにとって、目の前の相手が浮かべる恐怖にひきつった表情は何の意味もない画像データの一つに過ぎない。ただ確実に追い詰め、背後に壁を背負わせ、逃げ道が無くなったところで始末する。その身に備えられた熱線砲も、周囲を浮遊する防御用のエネルギーシールド発生球も使う必要が無い。ただ右腕のブレードのみで事足りる。

 だから、すぐにも片付けて次の獲物を探そうと、涙をとめどなくこぼしながら、目を閉じることもできず呆然と見上げてくる簪の前に立ち、高々と右手のブレードを掲げ。

 

――……。

「……た」

 

 簪が呟いたのを知りながらも動きは止まらず。

 

 

「助けてえええええええええええええええええええええっ!!」

 

 

 ピシリ、とその背後の壁に入ったヒビにこそ注意を向け。

 

 

『「任せろぉっ!!!!」』

 

 

 壁をぶち破りつつ現れた二機のISに対して、即座に臨戦態勢へと移行した。

 

 その二機は、すなわち白式と強羅。

 粉塵の尾を装甲の端に引きながら中へと躍り出るなり、そのまま膝を抱えるようにして空中で前転する。

 本来ならば、その動きがぴたりと揃うはずはない。重量も推力もバランスも、何もかもちぐはぐな二機が全く同じ機動をするなど、不可能に近いからだ。

 

 だが、一夏と真宏の長年培ってきた呼吸の一致がそれを可能にする。新しい特撮が始まる度に変身ポーズを練習してきた友情は伊達ではない。伸びた膝、回転の速度、高度と描く放物線、いずれも美しいほど完全にシンクロして、見る物を魅了する。

 

 舞い散る強化コンクリートの破片に打たれながらその白式と強羅が頭上を越えていくのを見上げた簪は、そのとき胸に大きな期待を膨らませた。

 もしや、これは。

 

 

 

 そしてその思いは、正しく報われる。

 ぐるりと前転した二機のISはそれぞれ右足と左足を無人機へと伸ばす。

 

 背に備えたスラスターはこれまで溜めこんだエネルギーの全てを解き放つ瞬間を待ちわびて震え、主の許しが出るまでを堪え抜く。

 

 時は、まさに今。

 

 

『IS!』

「ダブル!!」

 

『「キィィィィーーーーーーーーーークッ!!!!」』

 

 

 白式と強羅が寸瞬と違わぬ完全な同期を持って加速し、突き出された最強の蹴りが炸裂する!

 

――!!!

 

 無人機の反応は早い。

 自機の周囲を滞空していた防御ユニットを素早く引き戻し、白式と強羅の蹴りの軌道上で円状に並ばせ、強固なエネルギーシールドを展開。ジェネレータの負荷もかまわず咄嗟に出力を最大限へと引き上げ、普通のISでは貫くことなど適わないだろう障壁を作り出す。

 

 だが、ああ。

 

 なんと愚かなのだろう。

 

 

「はあああああああああああああああああああああああっ!!」

『せいやあああああああああああああああああああああっ!!』

 

 この技が、その程度で止められるはずがない。

 

 シールドは二機が触れたと見えた瞬間にガラスと変わらず砕け散り、それに驚く暇も与えずに無人機へと直撃。

 白式と強羅、そして一夏と真宏の全身全霊全ロマンをかけた二身一撃を真正面から叩きこまれ、そのまま一切の抵抗を許されずピットの壁へと吹き飛ばされ、それでも止まることなく、轟音と共に壁を突き破った。

 

――ガ……ギ……!

 

 かすかに聞こえたその声が断末魔であった。

 白式と強羅が現れたときそのままに分厚いコンクリートをぶち破ったその向こう側、ピットからは見えないその場で大爆発が巻き起こり、その熱風をもって無人機の最期と知れた。

 

『簪!』

「危ないっ!」

 

 この場に生身で居合わせた簪が危険なのは一夏も真宏も承知の上。二機のISが楯となり、その装甲とシールドバリアで簪の身を守りきる。

 

 その姿を、簪は目を逸らさずに見ていた。

 危機に現れ、助けを呼ぶ声に応え、そして強大な敵を一撃のもとに打ち倒す、二人の姿を。

 

 その目に、さっきまでの涙とは違う、熱い雫をこぼしながら。

 

 

◇◆◇

 

 

 ……なんとか、間に合ったか。

 

 突然の激震を感じてすぐ、強羅のハイパーセンサーを起動して周囲を探ったところ、この事件が予想通りISによる襲撃であることはすぐに知れた。学園側のシステムは即座にロックされたらしくロクな対策が取れなかったようではあるが、それでも俺のところに無人機がやってこないということはすぐにわかり、ならばと簪の元へと急行することを選んだ。

 その結果が、御覧の通りだ。すぐそこで一夏と合流して、壁の向こう側から簪の悲鳴が聞こえたのでついつい二人揃って壁をぶち破り勢いでISダブルキックなどしてしまいロマンに震えているのだが、事態が好転したわけでは決してない。

 

 

「二機目……!? 簪さん、ISを起動してくれ。このままじゃ危ない!」

「う……うん!」

 

 一機目の無人機の撃破は、ハイパーセンサーからの反応消失で確認が取れている。だがそこは人間の搭乗者を必要としない無人機の怖さ。量産に成功しているのかは分からないが、それでも複数機が襲撃してきたことは間違いなく、今ここにももう一機のゴーレムⅢが現れたのだから。

 

――……

 

「おおおおおおっ!!」

『ふんっ!!』

「力を貸して……打鉄弐式!!」

 

 一夏と俺が新手に挑みかかる間に、簪が打鉄弐式を展開する。

 先ほどのゴーレムⅢには怯えていたようだったが、それでも俺達が現れたことで少しはその恐怖が拭われたか、眦を決して対複合装甲用超振動薙刀<夢現>を呼び出し、ゴーレムⅢとの戦闘に加わってくる。

 

「……ハッ!」

『よしいいぞ! 簪風塵流の技を見せてやれ!』

「そんな流派っ、ないっ……!」

 

 さすがの無人機も、3機連携に対しては手数が足りないか、防御、ブレード、左腕の熱線砲全てを駆使してなお押されつつあるようだ。この調子ならばなんとかなるかもしれない。そう思わせるに十分な戦況であったが……。

 

「おわっ、熱線砲!? ……くっ、やっぱり狭すぎる! 真宏、簪さん! アリーナに出るぞ!」

 

 時折放たれる熱線砲は狭い室内では危険にすぎる。

 一夏に向けて打ちだされた熱線は回避こそされたものの、その背後の壁と天井に直撃してコンクリートを熱した砂礫として飛散させ、さらに室内の気温をぐんと上げる。ISがあるからこそ耐えられているが、もし生身だったならば数分といられる環境ではない。

 それに加えて簪の打鉄弐式の真価はこの狭い空間ではどうしても発揮できない以上、あらゆる面でこの場に居残る理由はない。

 なんとかさきほど一機目の無人機が開けた壁の穴に向かって蹴り飛ばして時間を稼いだが、ピット内にいたままではさっきまでの繰り返しが延々と続くことになるだろう。

 

「え……? でもシールドはロックされて……あっ」

「そうだ、シールドは零落白夜でぶった切る! だから行くぞ!」

 

 

『……いや、すまんが俺は無理そうだ』

 

 

 ただし、それは一夏と簪だけの場合だ。

 

「真宏? 一体どうし……っ!?」

「な……に?」

 

 一夏と簪と、アリーナへ続く壁の穴に背を向けた俺は、一機目の無人機が侵入してきた際に開いたのだと思われる天井の穴を見ている。

 部屋に満ちる粉塵が、そこから差し込む太陽の光に照らされている光景は戦場とも思えぬ神々しさを持っていたが、今そこに、さらにもう一機のISがいた。

 

「あ……あれは!」

「強……羅?」

 

 ゆっくりと降りてくるその機体は、フルスキンの装甲を搭載している。

 それだけならば先ほどまで相手をしていたゴーレムⅢと変わらないが、こちらは女性的な雰囲気など微塵も感じさせない無骨な直線形状の装甲板なのだ。

 ブレストアーマーは雄々しく張り出し、腕と脚の堅固さはあらゆる攻撃をはじき、自らの腕力と脚力を最強の武器に変えてくれるだろうことに疑いの余地が無く、額から伸びるブレードアンテナは天を突き、その切っ先のきらめきは並ぶ物とてありはしない。

 

 その姿、まさしく強羅の物。

 だが。

 

 

『よく見ろ、目つきが悪い。……真っ赤な偽物だ』

 

 

 しかしそれは同時に、強羅とは全く違っていた。

 

 装甲形状は強羅の物に似ておきながら、その端々がねじくれるように反り上がり、凶悪なスパイク状に変形している。つま先は尖り、ブレードアンテナは歪み、ブレストアーマーのファイヤーラインはほの青く人魂のような色。

 全身の配色も違う。本物の強羅は勇者の意匠を借りたカラーリングに染め上げられているが、この機体は闇がしみこんだかのような漆黒の装甲が全身を覆い、まるで強羅の影が実体化したのかと思わせる不気味さを引きずっている。

 

 そして何よりの特徴は、その目。

 強羅のとよく似た兜の中央に、熾火の色で揺らめく赤い光。

 本来ならばエメラルド色のデュアルアイセンサーがきらめくはずのそこには、人の掌ほどもあるモノアイセンサーが収められ、こちらを向いている。

 

 モノアイセンサーからまなじりのごとく広がるガイドはセンサーをまさしく目のごとく左右に動かすためのものでつり上がるように弧を描き、まるでそれ自身が黒い鋼の魔物の口のよう。

 紛れもなく邪悪な意思を込められた存在である。

 

 

 そして、俺達は思った。

 

 

(((こいつ、絶対<ダーク強羅>とかそんな感じの名前だーーーーーーーーっ!!!??)))

 

 

 色々とお約束をわかっている人が作ったに、違いないと。

 

 

『……よくは分からないが、どうやらあいつは俺と強羅を狙ってるらしい。さっきからロックオン警報が鳴りまくりだ。一夏と簪は先にアリーナに行っててくれ。もう一機の方を頼む』

「待て、確かにあの機体は変だけど……一人でなんて危険だ!」

 

 だが、その身が放つ雰囲気はこれまでの無人機達とは圧倒的に違う。おそらくこのダーク強羅もまた無人機なのであろうが、それでも俺だけを見据え、はっきりとわかるほどの戦意を示してくるのだ。どうあっても逃げ切れらせてはくれず、俺を狙って挑みかかってくるだろうことは、想像するまでもない。

 

 だから、こいつは俺の敵だ。

 

『危険というならどっちも同じだ。アリーナなら他のピットからも出入りがしやすいから、他の専用機持ちとも共同で戦えるかもしれない。……心配だって言うんなら、すぐに片付けてくればいいのさ』

「でも!」

『あーもー、うっさいな。……一夏』

「……なんだよ」

 

 

『男と見込んだ。簪を頼む』

「……!」

 

 最後にそれだけ呟いて、俺は本格的にダーク強羅と対峙する。

 一夏はほんのわずかだが飲まれたような表情をして、しかしすぐに背を向け、簪の手を掴んだ。

 

 

「……!? どうして!?」

「真宏なら、きっと大丈夫だ。それに、何故かホントなら俺のセリフな気がするけど、それでも簪さんのことを頼まれたんだ。だから、俺たちは先にもう一機を片づける! 協力してくれ!!」

 

 ダーク強羅は、どうしてか俺以外は眼中にないらしい。だからこそゆっくりと降下してきて地上に降り立ってからも、ただじっとこちらを見据えて動かずにいる。だがその内側に溜めこまれたエネルギーが莫大であることはハイパーセンサーに頼るまでもなく感じ取れ、一夏と簪が無人機のいる壁の穴の向こうへと飛んでいくのを待ってますます膨れ上がる。

 

 ……おそらく、こいつはとてつもなく強い。一夏と簪にあんなことを言った手前そう簡単に負けてやるつもりはないが、それでも俺一人でどこまで戦えるか。

 そんな不安がわずかに脳裏をよぎった、そのとき。

 

「あ……あのっ!」

「?」

 

 一夏とともに穴の向こうに姿を消そうとした簪が。

 

 

「頑張って!!!」

 

 

 ……珍しく大声を張り上げて応援してくれたんだから、頑張るしかないじゃないか。

 

『……ありがとう、簪』

 

 不安なんて、その一声でかき消えた。

 目の前の相手は強大たることが間違いのない、同型機。

 

 だがもはや臆するものか。

 

 

『待たせたな、無人機。……さあ、タイマン張らせてもらうぜ!!』

――オオオオオオオオオオオオオオッ!!!

 

 

 絶対負けないと覚悟を決めて、強羅とダーク強羅の激突が、始まった。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。