IS学園の中心で「ロマン」を叫んだ男   作:葉川柚介

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第3話「ドリル」

 キン! キン! キン! キン!

 

「神上くん、試合も見ずに何してるの?」

「いや、ちょっと子供のころの夢を色褪せない落書きに」

 

 一夏と鈴のクラス代表対抗戦が始まった。

 試合開始の直後から激しいぶつかり合いが繰り広げられ、わーわーと歓声がアリーナに反響する中央で2機のISが甲高い剣戟の音を立てながら火花を散らす。白式も甲龍も近接戦闘を主眼に置いているから鋭い剣戟の音が途絶えることはない。俺なんて、思わず試合そっちのけで落書きを始めなきゃいけない使命感に駆られるくらいだ。

 ともあれ、一夏と鈴は互いに少しでも有利な位置を取ろうとISで鋭い弧を空中に描き、振り抜かれる白刃と青竜刀の刃は既に数え切れないほどの交差を経て、空に興奮と熱狂の飛沫を散らし続けていた。

 

 

 クラス代表対抗戦、その一戦目である一夏と鈴の試合が始まってしばらく、いまだ戦況は一進一退の様相を呈している。

 白く素早い一夏の白式と、衝撃砲による牽制と接近してきた一夏を迎え撃つ青竜刀の太刀筋も変幻自在に操る鈴の甲龍。

 代表候補生だけあって技量も機体性能の把握も高いレベルでまとまった鈴に対し、ロマンが溢れすぎてしまっている武装とピーキーな性能の白式をいまだ完全には扱いきれていない一夏の戦いという、ある意味勝負の見えているような試合ではあったが、一夏はとても粘ってみせている。

 

 

 距離を離せば弾どころか砲身すら見えない衝撃砲の射撃に晒され、近づいたとしても自分と同じかあるいはそれ以上の力量で近接戦を挑まれるという状況に置かれながら、一夏の目には焦りも油断もみられなかった。

 明らかに鈴が有利であり実際勝負も鈴の優勢で進んではいたが、一夏の動きも負けてはいない。

 なにせ、かなりの割合で衝撃砲を避けている。

 

 しかも高速かつ複雑な軌道を描いて移動することによって狙いをつけさせないランダム回避ではなく、鈴が狙いをつけた瞬間を狙って逆方向へと急速に方向転換。結果として明後日の方へ飛んでいった衝撃砲を置き去りに鈴へと急接近し、雪片で一撃。

 青竜刀と衝撃砲の追撃を振り切って距離を取り、再び同じような攻撃を繰り返すというヒットアンドアウェイで。

 技量の差は埋めがたく何度か被弾する局面もありはしたが、根本的な部分で一夏は鈴の射撃を見切っていることが、これまでの戦闘から窺えた。

 

「……一夏の奴、まさかここまでやるとはな」

 

 自然と、俺の口から感嘆の声が漏れる。

 観客も全てIS学園の生徒であるだけに、試合開始前の段階で鈴と一夏の間にある実力差ははっきりと理解されていた。

 ほんの1年かそこらでめきめきと実力をつけて一国の代表候補生になった鈴と、いかに千冬さんの弟で世界最初の男性IS操縦者とはいってもつい最近ISに触れたばかりの一夏。勝者がどちらとなるかは賭けにもならないと予想され、この場に詰めかけた観客達も専用機どうしの試合が見たいと思う者、物珍しい一夏を観察しようと思う者がほとんどで、まさか一夏がここまで健闘するとは誰も思っていなかっただろう。

 その証明は、時が経つごとに歓声の中に混じる驚きと困惑の響き。一夏の動きは専用機を使っていることを差し引いてもIS初心者のそれを越えている。

 

 だが、俺はどうして一夏がこうまで奮戦できているのか理解できる。

 というか思い当たるフシがある。鈴より箒より付き合いが長いのは伊達ではないのだからして。

 

 一夏が今やっていることを、俺もしょっちゅうやられた経験がある。

 手に持つ銃のロックが完了したところを見計らってブーストをかけ、ロック可能範囲自体から離脱。

 瞬時に視界から外れた一夏を狙うために方向転換をすると、ブーストの余勢を使って接近し、ブレードの一撃をかましてくる。

 そういうニュータイプかと思うほどの予測機動戦術を、一緒にやっていたロボゲで何度となくやられた。

 

 一夏が今やっているのは、それをISに応用した動きだ。

 三次元機動が容易であることや速度の緩急などは放課後の訓練で身につけたIS独自のものだけど、鈴の狙いを外すあの呼吸はゲームで培ったものに間違いない。

 俺は生まれ変わりを経験しているから良くも悪くもゲームと現実をごっちゃにしている。だからセシリアとの試合においてゲームの動きをISでのそれとつなげることができたというのに、一夏までやってのけるとは。本当に原作主人公のポテンシャルは半端じゃない。

 

 この事実を知ったら千冬さんあたりが頭を抱えることになりそうだけど、なんにせよ今俺の目の前では見ごたえのある戦いが繰り広げられている。

 ならば友として一夏と鈴を応援してやるべきだろう。

 

 

 そう、せめてこの試合が続いている間は。

 アリーナの遮断シールドを一瞬赤熱させ、直後に轟音とともにぶち破り、試合に乱入するという無粋者が現れてしまう、この瞬間までは。

 

「……はぁ」

 

 ……俺がそう考えたことがフラグになったんじゃないと信じたい。

 

 

 それまで少女達の声援と歓声に満ちていたアリーナに、尋常ならざる衝撃と轟音が響き渡る。

 試合を中断し、警戒もあらわに合流する一夏と鈴の向こう側、ステージ中央からもくもくと昇る土煙。アリーナの遮断シールドを無理矢理ぶち破って入り込んだ、招かれざる客。

 

 間違いない、来やがった。

 一夏と鈴、俺の友人たちが繰り広げる激戦に文字通り割って入ったとんでもないヤツ。

 これは、相応のお出迎えをしなければなるまいて。

 

 

 異常な事態を感じ取ったのだろう。待機状態にあり、ベルト型をしている強羅から強い意思が送られてくるのをなんとなく感じる。

 

 こんなことを許してはいけない。

 仲間を守りたい。

 

 ひどく純粋で、純粋過ぎて逆にわかりづらいが敢えて言葉に直すとそんな感じ。

 ヒーローに憧れる子供が、彼らにならって目の前の不幸を見過ごせないとでもいうかのような、どこかくすぐったい感情だった。

 

 

 ざわざわと、突然の事態によって訪れた沈黙があちこちから上がるざわめきによってかき消されだした。

 さっきまで笑顔を浮かべて応援の声を上げていた少女達の顔には不安と怯えが浮かび、近くにいる友達と手を取り合っている。

 

「本当に……気に入らないよ」

 

 席からひょいっと立ち上がり、客席の階段を上がって行く。

 観客席は箒とセシリアがいるだろうピットと違ってすぐ目の前に遮断シールドがあり、あいつがシールドを破った地点も視認できる。

 アリーナの中へ侵入しようにも、強羅には雪片のように遮断シールドを切り裂く武装はない。無理矢理押し通る手段もないではないが、それよりもっと簡単な方法がある。

 観客席の最上段へと上り、真正面にシールドの裂け目を見ながら肩幅に足を開き、背筋を伸ばす。

 

 許せぬ敵を倒す。

 危地にある友を救う。

 

 決して楽ではないが大切なことを、それでも為したいと思うとき。

 勇気と力を貸してくれる、この言葉を叫ぶといい。

 俺は、ヒーローたちからそう教わった。

 

 腰へと引き絞った左の拳。

 眼前を斜めに横切る右の手刀。

 

 扇を描くように右手を回し、瞬時に左右の手の形を入れ替える。

 

 

 さあ、叫ぼう。

 ロマンに溢れたこの言葉。

 

「変身!」

 

 ベルトのバックルから光が迸り、0.5秒の早技で俺の体を強羅の装甲が包み込んだ。

 

 

 その声に振り向いた女子が数名。

 しかしその視線が声のした位置に届く頃、俺は既に地を蹴って宙へと飛んでいた。

 ISの飛行能力を使うことなく、ただ強化された脚力のみで空へと舞い上がり、修復されつつあるシールドの切れ目へとその身を滑り込ませることに成功する。

 いまだ土煙は晴れず、正体不明の闖入者は姿を見せようともしない。

 これから直面するのは強大にして容赦のない敵。当然不安はある。

 

 だがそれ以上に仲間の危機を助けたいと言う気持ちと、強羅を、ロマンをこの身に背負いながらこの場を見過ごすことはできないという心の方がずっと強かった。

 

 

◇◆◇

 

 

 破られた遮断シールドと、同時にアリーナの地表へ激突し砂煙を上げる何か。

 何が起こったのかはさっぱりわからないが、異常事態であることと試合を続けられる状況にないことははっきりしていると理解した一夏と鈴は互いに近づき、状況の把握に努めていた。

 IS同士の戦闘を、アリーナの客席から肉眼で観戦できるほどの安全性を確保する遮断シールドの強度は言うまでも無く、それを力づくで破り突入したものが友好的な存在だとはどうしても思えない。

 

 そして、その疑念は砂煙の中から現れたISの姿を目にしたことで確信へと変わる。

 

 普通のISとは一線を画すフルスキンの装甲。

 異常なほど長い両腕は立ったままでも地に着くほどで、頭部に複数備え付けられたセンサーアイは異形の面貌をさらしていた。

 

 くすんだ銅色の装甲といい、控えめに言って悪役にしか見えない姿である。

 

 さっきから真耶が通信越しに退避を訴えているが、そんなことをしている余裕は無い。

 なにせ遮断シールドを平然と破る武装を持った相手である。ここで自分達が逃げてはアリーナの観客席にいる生徒達に危害が及ぶかもしれない。

 増援が来るというのであれば、せめてそのときまで持ちこたえなければ。

 

 

 決意を胸に秘め、警戒感もあらわにそんな謎のISを注意深く観察していた一夏と鈴はしかし、上空から振ってきた声に驚きとともに振り返った。

 

『手こずっているようだな、手を貸そう』

「……え。この声、ひょっとして真宏?」

『いかにも』

「おおっ、来てくれたのか真宏! ……でもなんでそのセリフを使う」

『状況にぴったりだろ?』

 

 そこには、強羅を展開した真宏の姿があった。

 重々しい口調と状況に空気がシリアスになりかけるも、しかし一夏のツッコミと真宏の発言によって一瞬にして弛緩する。

 なんだこの状況、とは鈴が抱いた感想である。

 

『か、神上くんなにしてるんですか! ただでさえそこは危険なんだから、織斑君たちと一緒に早く逃げないと!』

『そうは言われても、山田先生。なんかシールド張りなおされてません?』

『え? ……ああっ、遮断シールド、レベル4で再起動!? しかも全ての扉がロックって……こ、これじゃあ!』

「増援が来るのにも時間が掛かる、ってわけね」

「ひょっとして、あいつがやったのか?」

『そのようだ。織斑、凰。しばらく貴様らが持ちこたえさせろ』

 

 紛れもない非常事態に、千冬が表面上は冷静な声で判断を下す。

 現状敵と思われるISに対し、ぶつけられる戦力はアリーナの中にいる者たちのみ。ならば、せめてその戦力で時間を稼ぐしかない。

 

『そして、神上』

『なんでしょう』

『なぜ、貴様がそこにいる』

 

 しかしそのためにもはっきりさせておかなければならないことがある。

 どうしてこの場に紛れ込んだのか分からないという点においては目の前の不明機と並ぶ、真宏の存在だ。

 一夏と鈴の友人ではあるため助けに来たといわれれば一見納得できそうだが、だからといっていきなりISを展開している理由を問い詰めないわけにはいかない。

 俄かに緊張が走る通信画面にフルフェイスの兜に覆われた顔を向けた真宏は、しかしごくあっさりと言った。

 

『アリーナの客席から落ちそうになりまして。こりゃあぶない、と思って緊急回避的にISを展開したんです。……それだけですよ?』

『……そうか。ならば神上も含めた三人で事に当たれ。いいな』

『了解です』

 

「「「……」」」

 

 三人分の沈黙は、当然一夏と鈴と真耶のもの。

 あまりといえばあまりにも分かり易い嘘を平然と言ってのけた真宏と、ひとまずこの場に限ったことだとは思うが受け入れた千冬。

 どちらの行動も常軌を逸しているが、おそらくそうして道理を曲げてまで戦力を増やさなければいけないほどの脅威の可能性があるのだろう。

 なればこその、二人のこの行動に違いない。

 

(((……せめて、そうであってほしいっ!)))

 

 あの見た目を誇る強羅を専用機とするに始まり、基本的に日々をノリで生きている節のある真宏と、それをあっさり許した千冬。

 主に真宏の性格を考えると「なんか楽しそうだから」とかの理由混じりではないかと不安になるが、決して事態を軽く見るような二人ではないことを信じようと、必死になる三人なのであった。

 

 

◇◆◇

 

 

 そんなこんなで俺も参戦することが許された、正体不明機との戦い。

 はっきり言おう。

 

 ヤバイ。

 

「このおおおおおおおお!」

『当たれっ!』

 

 鈴の衝撃砲が不可視の弾丸を撃ち放ち、俺が両手に持ったビームマグナムとマシンガンが火を噴いた。

 それぞれ微妙にタイミングをずらされた射撃は敵の機動に追随し、予測位置への偏差射撃も入り混じっているというのに、体の各部に装着されたブーストによる強引な機動でほとんどが回避され、集弾率の悪さが逆に幸いしていくつかヒットしたマシンガンの銃弾も表面装甲に弾かれている。KE防御たけーなおい。

 

「うぉおおおおおおっ!」

――!

 

 そして、そうやってこちらに注意を引きつけた隙を狙った一夏の攻撃もまた同様に回避されてしまった。

 これこのように、こちらの攻撃がほとんど有効打とならないのだ。

 原作では特別装甲の強固さについては指摘されていなかったが、いかにマシンガンの弾数発とはいえシールドすら張らずに当たり前のように弾いているところから考えて、おそらく装甲自体の防御力もかなりのものがあるのだろう。

 

 それでいて過剰なほどに搭載したブーストで機動力も十分に備え、攻撃力はシールドを破るほどのビームに加えてやたらめったら腕を振り回してそのビームを放つ擬似的な全方位攻撃と来た。

 なんだこのインチキ野郎。

 

「くっ……! 鈴、真宏! 残りのエネルギーはどうだ!?」

「あと180……ってところかしら。そろそろ厳しくなってきたわね」

『二人は試合の最中だったからな。こっちはまだ余裕があるから、危ないときは俺の後ろに隠れろよ』

 

 しかも、さらに悪いことにこっちはもはやエネルギーが切れかけだ。

 俺はさっき来たばかりだからまだマシなものの、一夏と鈴はそれ以前から激しい試合を繰り広げていたのだから、おそらく攻撃できてもあと一度。

 それが最後のチャンスになるだろう。

 

「どうする、一夏。このままだと私らが勝てる確率は一桁ってところよ?」

 

 だから、そんな鈴の言葉ももっともだ。

 決して勝てないような強さの敵ではないが、状況が悪すぎる。鈴の導き出した確率は極めて妥当といえた。

 

 

 だが、鈴は一つ計算に入れていないものがある。

 今この場にいるのが俺と一夏という、世界でも二人しかいないISを使える男の子だということだ。

 俺たちは、こんな程度の困難で折れるほどやわな心は持っちゃいない。持ってちゃいけない。

 

 鈴のこの言葉を聞いた俺と一夏は互いに目を向け合い、にやりと笑う。

 俺の顔は隠れていたが、雰囲気は伝わったはずだ。

 

 さぁ、言ってやろうじゃないか。

 

「確率なんてものは単なる目安!」

『あとは勇気で補えばいい!!』

 

「……あー、そういえば二人揃うとこういうバカになるんだったわよね」

 

 へーい、とハイタッチを一夏と。

 仕方ないだろう。そんなことを言われたらこう応えるのがロボマニアの務めなのだからして。

 

『だが一夏、そろそろ気付かないか?』

「……ってことは、やっぱりか」

「なによ、何に気付いたっていうの?」

 

 俺はこの世界で何かをするたびに、どうしても原作で起こった事件や現象のことが脳裏をよぎる。

 それが助けとなったことはこれまでにも数多いが、同時に本当に目の前の事件が原作に有ったものと同じなのかを慎重に確認する必要があるのもまた事実だ。

 

 今の状況がまさにそれ。

 原作におけるこの襲撃は出所不明の無人機によるものであったが、今目の前にいる敵が本当に無人機であるという保証はない。

 だからこそ最初は一夏と鈴と共に相手の正体を探るためにも普通の攻撃を繰り返していたのだが、戦闘開始から時間が経った今、相手の動きも大方把握できて来るのにあわせて確信を持つことができた。

 

「あいつ、きっと機械だ」

「何言ってるのよ。ISは機械じゃない」

『そういう意味ではなくて、ISを動かしている中身まで機械、つまりUNAC……じゃなかった無人機だってことさ』

 

 そう、おそらく間違いない。

 奴はやっぱり無人機だ。

 鈴がそんなことはあり得ないとかなんとか言っているが、現実として目の前にいるあいつはまず間違いなく無人機だろう。

 一夏の同意も得られたし、なんとなく強羅がそんなことを言ってきているような気もする。

 そしてなにより、奴の動きはこれまで何度となく画面の向こうで戦ったロボゲのNPCみたいな動きに似ているように見えるのだ。難易度はベリーハードどころじゃ済まないが。

 

「だったら、やることは一つだな」

『ああ』

「なによ、まさか無人機だったら勝てるとでもいうわけ?」

「ああ。あいつが無人機なら……」

『胴体に風穴くらい開けても問題ないよね!』

「あんたら……」

 

 決意を込める一夏と、これまでの戦いで溜まった鬱憤を噴き出す俺。

 何とも両極端な二人の様子ではあったが、少なくとも俺にとってはこれが正直なところなのだからしょうがない。

 ただでさえ苦戦が必至であった敵だというのに、俺が加わっても有利になるどころか向こうも妙に強くて有利と不利は±0もいいところだ。

 こんな風に無駄に手こずらせてくれたのだから、やはりここはひとつ盛大なお礼をしなければなるまいて。

 そう思いながら、俺は一夏と鈴にプライベート・チャネルを開く。

 

 一夏と鈴と俺がいれば、奴を倒すくらいのことはできる。

 こちらが話をしている間は情報収集のためかほとんど動きのない無人機を前に、手短に作戦を伝え、その時へと備える。

 

 

 さぁ、無粋な闖入者に最後の出し物を見せてやろう。

 本日の演目は、「誓いのフォーメーション」だ。

 

 

◇◆◇

 

 

「おっりゃああああああああ!!」

 

 一夏と鈴に作戦の承認を貰い、すぐさま散開した俺達三人の中で先陣を切ったのは、鈴。

 

 作戦会議を終えるなり即座に高速で無人機へと接近し、両手に持った青竜刀を左右から連続で殺到させる。

 大きな得物と目を引く動きでありながら隙のないその攻撃は紛れもない熟練のそれであり、真正面からしのげる者などそうはいない。

 

 だがそれも、本当に「真正面から」ぶつかればの話。

 無人機はそもそも積極的な攻勢の意思がないらしく、あっさりとブースト移動で距離を取ることを選択した。

 

「逃がさないわよっ!」

 

 しかしその反応は予測済み。

 鈴の両肩の衝撃砲が唸りを上げ、無人機の機動を追撃する。不可視の弾丸の連射はいかに無人機とはいえ察知して回避しきれるものではない。鈴がぶちまけた衝撃砲のうち、数発が直撃して足を鈍らせる。

 しかし、それだけ。決定打には至らない。無人機もさすがに連射の利く衝撃砲を受けてしまってはその後の追撃が怖いのか、速度を上げて弾幕を振り切り、両手からのビームで反撃に転じた。

 

 追撃をかわす緊急機動、長く重いだろう両腕をやすやすと振り回す腕力、瞬時に狙いをつける射撃管制能力。いずれも鈴の戦闘スタイルと遜色ないほどの完成度であり、であるならば必然的に武器の威力が明暗を分けることとなる。

 人の目から見ると異常なほど体も機動もぐねぐねとした回避の中で、熱線砲を備えた腕が鈴を向く。

 

「きゃああああ!?」

 

 接近戦を挑んだために高度を下げることとなった鈴の周囲へと、3mほどの高さに位置する無人機からビームの雨が降り注ぐ。

 どうやら威力よりも命中させることを重視したようでシールドバリアを貫くほどの威力はないが、それでも既に少なくなっていた鈴のシールドはますます削られる。

 

 しかし鈴は敢えてそうすることを選んだ。

 広い範囲にばらまかれたビームは避けるのが難しく、むしろその場にとどまって防御の体勢を取った方がダメージは少なくなる。

 

 考えてみればその通りであるが、実際にあの瞬間で咄嗟にその判断ができた鈴の冷静さと度胸には正直驚きを禁じ得ない。

 目の前に迫りくるビームなんて恐怖以外の何物でもなかろうに、それをISのシールドだけで真っ向から受けとめるなんて。

 

 その頑張り、応えなければ。

 

「うおおおおおおおおおおっ!」

――!

 

 無人機の真後ろから、一夏が迫る。

 これまで鈴に無人機を引きつけてもらっていた間に加速をつけ、あらかじめ予定してあった位置に誘い出された無人機の背後を取った。

 

 その手には当然、零落白夜。

 あらゆるシールドを霞と散らす、白式最強の力である。

 

 この場において、無人機が敵対する三機のISの持つ武装の中でも脅威は極大。

 早急な対処が必要と判断した無人機はしかし、一夏を視界に収めてより数瞬の観察から、感じ取った脅威を下方修正しただろう。

 

 敵はただまっすぐにこちらへと向かっている。

 確かに速度と武装は自分の身を害するに十分なものであるが、あの程度の機動ならば十分に引きつけた上で回避し、反撃に転じることができる。

 

 ――あの無人機は、そう考えたはずだ。

 

「ふんっ!」

――!?

 

 だから、その考えを外してやる。

 

 零落白夜を起動し、なけなしのシールドエネルギーをさらに減らしながら突進していった一夏は無人機の直前で突如軌道を変更。

 鋭いカーブを描いて空へと向き直り、そのまま垂直上昇へと移行した。

 

 無人機は、当然その動きをトレースして顔を上げる。

 零落白夜という、相手だけでなく自分にも一撃必殺となりうるリスクの高い武器を持ちながら、エネルギー効率を考えれば無意味過ぎるその行動を取った意味を推しはかろうと全てのセンサーアイを向けた。

 

 ハイパーセンサーによってその背後に何がいたかを知りながらも、そうせざるを得ない。

 

『かかったなぁあああああ!』

――!!

 

 白式の装甲に隠れ、すぐ後ろから同じ軌道で飛んでいた強羅への迎撃は、致命的なまでに遅い。

 

 

 無人機はそれでも俺に対応しようとした。

 自分の上空にいる一夏にも一部の意識を割きながら、まっすぐに突き進む俺を避けようとブーストを吹かす。

 しかし、止まる。

 

「あたしを忘れんじゃないわよ!」

 

 鈴の衝撃砲だ。

 いかにビームの一斉射を受けたとはいえ、所詮チャージもろくにできなかった上に拡散させた程度の物。鈴は十分に余力を残すことができた。

 

 ことここに至り、無人機はもはや回避が不可能となったことを理解した。

 前には強羅。上には一夏。後ろには鈴。

 回避行動は鈴に潰され、一夏に挑めば零落白夜という最強の刃が待っている。

 となれば、取れる手段は一つしかない。

 

――!!!

 

 そう、俺の迎撃だ。

 代表候補生の駆る第三世代型ISよりも、零落白夜を持つ一夏よりも、俺の方が遥かに与しやすいという判断が、自分の身長並に長い右腕を振りかぶり直接殴りつけるという行動を選ばせた。

 

 全て、こちらの思惑通りに。

 

『お前が相手なら、これを使っていいよなぁ!!』

 

 こいつに怒りを感じたのも、無人機なら対人戦では使えないほど強力な武装を使えると思ったのも一夏だけじゃない。

 俺だって、ここぞとばかりに使わせてもらうぞ。

 

『ドリルアァーーーーム!!!!』

 

 

 振りかぶった右腕へと、叫びに呼応した量子光が集まり結実する。

 

 ただでさえごつい強羅の右腕の先に現れたのは、螺旋の力を宿した円錐。

 粉砕の意志を込められた鋼。

 

 男の子なら誰もが憧れてやまない、ロボットとあらば一度は装備させたいと願う、強羅のロボロボしいデザインにこの上なく映える、 ドリルだ!!!!

 

『うぉぉぉぉおおおおおおおおおっ!!!!』

――!!

 

 ギギリイイイイイィィン! 正面から撃ちあわされる拳とドリルの間で、金属が擦れる甲高い音と振動が強羅の装甲を伝わって頭に響く。

 拮抗した互いの力が押し合い、接触した無人機の装甲から盛大に火花が散る。

 継続的にダメージを与えることができるドリルに対してシールドを張ったままではエネルギー消費が激しいから、無人機は装甲で受け止めることを選んだらしい。

 

 おそらく無人機には勝算があるのだろう。

 

 自分の腕力ならば、強羅に勝っている。

 こんな実用性のない形をしたドリルに意味はない。

 少し耐えれば、至近距離からのビームを直撃させられる。

 

 そんな意思が強羅のコアを通して伝わってくるような気さえした。

 ……まったく、わかってないな。

 

 

 ゴリ、と押し込む。

 たかが無人機の冷たい腕ごときで、俺と強羅のロマンを込めた腕を止められるわけがない。

 無人機が予想した以上のパワーでドリルを押し進め、抉りこむ。

 

 シールドではなく装甲の硬さと厚さで耐えていた均衡がわずかに崩れる。

 回転する限り前進することを決してやめないドリルの先端が無人機の装甲にめり込んだのは、当然の真理。

 

 そう、甘い考えだよ無人機。

 教えてやろう。

 

 

『ドリルに貫けないものなんてないんだよ!』

――!?!?!?!?!?

 

 このドリルが回り続ける限り、振り抜いた腕のあとには粉砕された敵の屍しか残らない。

 

 だから今も、装甲とビームの砲口と内部機構をまとめて粉砕された無人機の腕だけがドリルの軌跡に残されることになるのだった。

 

『これぞ、男のロマン!』

 

 

『ドリル!!!!!!』

 

 

◇◆◇

 

 

 奇妙な叫びと共に破壊効率が著しく悪いはずの武器で右腕を粉砕され、それでも無人機はこの状況を自分の敗北とは考えていなかった。

 

 確かに、予想外の敵に予想外の損傷を負わされたのは確かであるが、たかが腕一つ。

 本体へのダメージはほとんどなく、もう片方の手も問題なく残っている。

 

 しかも自分に手傷を負わせた相手は攻撃後に腕を振り抜き、自分に無防備な背中を晒してくれた。

 残った左腕を少し動かし、その背にビームを叩きつけてやればそれだけで形勢は逆転する。

 自分と似たフルスキンに近いISを着込んだ敵の戦果など、その程度のものでしかない。

 

 所詮この程度か、とあざ笑う様な意思を持ったか否か。

 体ごと振り返って左腕をその背に向け、チャージが完了したビームの砲口を突きつけ、

 

「鈴、やってくれ!」

「あーもう、ちょっとくすぐったいわよ!!」

――!?

 再びの驚愕に振り向いたときには既に、鈴の衝撃砲をその背に受けてイグニッションブーストを発動した一夏が目の前へと迫っていた。

 

 せめて左手だけはかばおうと、半ばまで吹き飛んだ右手をかざして零落白夜を受ける。

 当然シールド諸共右腕が今度こそ斬り飛ばされることとなるが、左腕が残った以上反撃はできる。

 左の拳で一夏を殴り飛ばし、とどめのビームの狙いを定めたその瞬間。

 

『「狙いは?」』

『完璧ですわ!』

 

 破壊された遮断シールドの向こうから飛来したブルーティアーズ四機の狙撃により、あらゆる方向からその体を貫かれた。

 

 

◇◆◇

 

 

『まったく。タイミング、ギリギリでしたわよ?』

「セシリアならできると信じてたさ」

 

 無人機――腕の中身がないんだからもはや確実――の沈黙を確認し、一夏がさっそくセシリアを口説くかのようなことをほざいている。

 本気でこちらを害する意思があったかどうかは怪しいものだが、突然の侵入者に襲撃を受けるという、実戦と言っても良いほどの戦闘を行ったあとでこれだけの軽口が叩けるのならまあ大丈夫だろう。

 ……それに、この後に起きることもまた、一夏にとっては良い経験だ。

 

――敵ISの再起動を確認! 白式がロック!

「!?」

 

 無人機だからこそ、というべきか。

 一度機能停止したにも関わらず無理矢理再起動し、残った左腕をバースト・モードで起動。無人機は最後の悪あがきをしてのけた。

 

 空中に滞空していた一夏に向け、暴走状態に近いほどの出力で放たれたビームが真正面から襲いかかる。

 

 

 ……なんてことを、俺が許すと思ったか!?

 

『ドリルブースト……ナッコォ!!!!』

「うぉぉぉぉおおおおおおおおお!!!!」

 

 いまだ右手に展開したままであったドリルを一瞬でトップギアにたたき込み、同時にその際送り込んだエネルギーで腕部装甲に取り付けられたアタックブースターに点火。

 

 そう、ドリルアームは右手に装着する武装。

 すなわち、ロケットパンチと同時に使うことができるっ!

 

 無人機の左腕にエネルギーが励起されるより早く、空を穿孔しながら飛翔したドリルアームが無人機の左手に突き刺さり、ビーム射出直前に狙いを狂わせる。

 

 見当違いの方向に放たれたビームはレベルの上がった遮断シールドに激突して眩い閃光と散り、

 

 

 無人機自身は、臆さず飛び込んだ一夏によって、一刀のもとに斬り伏せられた。

 

「これも、男のロマン!」

『合体攻撃!!』

 

 俺と一夏のロマンを込めたその声が、アリーナ中にこだました。


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