IS学園の中心で「ロマン」を叫んだ男   作:葉川柚介

31 / 95
オリジナルルート
第28話「トリックオアトリート」


 10月も終わりに近くなった昨今。IS学園は、常にない平穏のうちにあった。

 

 文化祭は夏休み後早々に終わらせ、続くキャノンボール・ファストと専用機持ちタッグトーナメントは例のごとく襲撃に遭って中断の憂き目にあったものの、とにかく終わった。そしてつい先日普通の学校のように生徒を待ち受ける中間テストを終え、IS学園らしい実技試験も済ませた。

 ちなみに、実技試験とは言っても専用機持ちの面々にとってはいつも通りの模擬戦や性能テストばかりだった。搭乗者たる生徒の資質を評価しようにも、専用機というのはそれぞれが得意分野に特化した性能を持っていることが多いために一般的な成績評価をするための尺度というものが作りづらく、かといって機体を熟知している開発した企業やら国やらに口出しされるのも面倒ということで、そんな形に落ち付いているらしい。ましてや今年は一年生の専用機が異常なほど多いから、技術情報の漏洩などにはより一層慎重にならなければならないのだろう。

 ……まあ、俺達の担当をしているのは千冬さんだったから、だからといってそうそう楽に済むはずもないが。

 

 なんにせよ、最近あったのはせいぜいそんなことくらいだ。IS学園の理事会だかなんだかが、何かある度に襲撃されるという妙なジンクスをいよいよ本気で信じ始めたか、ここのところはイベントの類が催されることもなくごく普通の日常が過ぎていき、祭り好きな会長は退屈な日々に拗ねて、未だ計りかねる簪との距離感におろおろと嘆いていることも相まって鬱憤を一夏弄りで発散している。先日も朝起きたら隣に裸ワイシャツの会長が寝ていた、とか一夏が泣きついてきたし。

 ちなみに一夏はよりにもよってそれを教室で口走ったため、翌日は全裸のラウラがベッドに潜り込んでいたらしい。

 

 いやはやまったくもって平和なものだ。

 こういう日がずっと続いて欲しいと心から思い……それと同じくらい強く、キャノンボール・ファスト以来動きを見せない亡国機業が不気味でならない。

 悪の秘密結社なのだからその行動が極秘裏に行われるのは当たり前のこととしても、その活動の標的が身近にあるとまた何とも言えない不安が常に付きまとって困るものだ。

 

 

 そしてこれは、そんなある日に起きた事件。

 IS学園がその存在の根幹を揺さぶられることとなる一連の事件の、序章である。

 

 

「そういえば、日本ではハロウィンというのはあまり一般的ではないようですわね」

「ああ、確かにクリスマスやバレンタインデーなんかと比べると普通の人はあんまり馴染みがないかな」

 

 IS学園は設立趣旨からして多国籍たることを義務付けられた学校であり、必然的に学園内には肌の色から風習文化、ジェスチャーなどなど国際色豊かな諸々が入り乱れることになる。

 たとえばくしゃみをしたとき「ヘックション……まもの」と呟く生徒がいたり、チェリーを食べるときに塩をふる生徒がいたり、角を握られる=プロポーズだと嘯く露出の高い生徒がいたりなどなど。……こいつらがホントに地球人なのか疑問だが、気にしたら負けだろう。

 

 そんなわけだから、例によって食堂に集った俺達一年生専用機持ちの間では時々こんな会話が繰り広げられることもある。今日のお題はセシリアが言いだしたハロウィン。貴族出身なわけだから気安く仮装してトリックオアトリートと叫んだことがあるとも思えないが、さすがに西洋の出身者らしく、このイベントが近いのに準備の気配がないのは気になるようだ。

 ちなみに他の例としては、シャルロットは7月ごろになると妙にそわそわしていた記憶がある。おそらくお国の一大イベントたる自転車レースのことでも考えていたのだろう。

 

 さてそれでは日本……というかIS学園におけるハロウィンはどうなのかと言うと、先の説明の通りこれといったイベントはない。日本におけるハロウィンの知名度は近年急速に増しているところであるが、俺たちくらいの年代だとさすがに仮装して町を練り歩きお菓子をねだった経験はないためか、とくにIS学園としてイベントを企画しようという意図がないようだ。起源がちょっと宗教的なものだから面倒にならないよう控えめになっていたりもするかもしれない。

 

「どうしたセシリア、イタズラしたいのか? ……一夏に」

「な、なぁっ!?」

 

 色々理由はあるのだろうが、残念なことにこの時期は特別イベント事がない。これまでほとんど休みなくなにがしかのイベントが連続していたことを考えると、このぽっかりと空いた時期に退屈を持て余しているのは一人二人ではないのは否定しがたい事実。

 だからというわけでもないが、セシリアが晒した隙にツッコミを入れて他のヒロインズの反応を引き出してみたり。ガタリと席を立った箒達から一斉にキツイ視線を向けられ、照れて赤くなった頬を隠すセシリアが実に面白い。

 

「なあ真宏、セシリアはなんであんなに赤くなってるんだ?」

「さあな。高校生になってトリックオアトリートってガラでもないんだろ」

 

 そして、こっそりとこんなことを聞いてくる一夏の成長しないことったら。いまだヒロインズの心の中にある感情の正体がわからないらしく、この手の状況になる度にきょとんとした顔をしている。一部の女子の間ではそういう天然ぽい顔も評価が高いようだが。本当にイケメンというのは得なものだよ。

 

「もう……あんまり、いじめちゃダメ。わかった?」

「お、おう」

 

 ところで、このよくある仲間内の雑談タイムに、最近もう一人加わったメンバーがいる。

 いつの間にやらケンカになりそうな雰囲気はなりを潜め、机の反対側で固まって「仮装が……」「それってコスプレ……」「誘惑のチャンス……」「合法的に部屋に押し掛け……」などなど不穏当な声が漏れ聞こえてくる女子会から離れて俺の隣に座っている、簪だ。

 状況は説明するまでもないだろう。専用機持ちタッグトーナメントの後、一夏とも仲良くなった簪はその後他のメンバーにも紹介され、なんやかんやで友達になり、こうして特に目的もなく駄弁るような場に加わることになったのだ。

 簪はあまり多くを語る性質ではないが、これまで俺達一同の中にあまりいなかったキャラクターだからか割とあっさり受け入れられ、こうして茶飲み友達のようになっている。

 

 ……や、もちろんISの訓練も一緒にやってるんだけどね?

 簪の打鉄弐式は打鉄に機動力と大量のミサイルを持たせた機体であり、以前のタッグトーナメントでほぼ完成した機体のとくに火器管制を現在進行形で改良中のため、ぶちまけられるミサイルの誘導性能が日々上がっていくという恐ろしい相手だ。強羅であっても絶え間なく降り注ぐミサイルに封殺されることがよくあるし、どこまでも食らいついて行く誘導性能は白式の機動力があろうと簡単には逃げ切れず、シュヴァルツェア・レーゲンのAICで数発が止められようとも残りの数十発が回り込んで本体に直撃するという有様。

 虫だか魚だかが大量に自分の体に群がってくることを想像して欲しい。その時感じる恐怖にミサイル弾頭の火薬量を乗算したものが俺達の抱く感情だからして。

 

 

 あとこれはまったくの余談なのだが、最近俺達がこうして食堂やなんかに陣取って無駄話に興じるときには、なんとなく席順的なものができ始めている。

 一夏の隣を巡って熾烈な戦いが繰り広げられているのはいつものことなのだが、俺が座ると一夏が当たり前のような顔をして隣に座り、そして俺の反対側の隣には簪が必ず押し込められる。

 先に語った通り、今もそうだ。最初にこの席順になった時は二人して赤くなったもんだけど、もうそんなこともないもんねー、ふーんだ。

 

「おー……。真宏と簪さんはいまだに方々から注目されてるな。ほら、あの柱の影とか」

「うっさいよっ!」

 

 ……ないもんねー。

 

 いや、なんてーの? 身から出た錆……なんて言い方をしたくはないんだけど、こうして簪が隣に座るようになった直接の原因たる例の「アレ」。人の噂も75日と言うが、その真っ只中たる現在IS学園でもかなりホットな話題として日々学園の隅のほうで語られているという話を、新聞部の黛さんから聞いたよ。言うまでもないが、超楽しそうにニヤニヤした顔で。簪を俺の隣に押し込む鈴と同じ顔してやがった。

 

 四方八方から降り注ぐ生温かい視線に対して思うところは無いでもないが、今こうして隣に簪がいてくれることに対しては、後悔など微塵もない。あのとき体中があちこち痛むのを我慢して泣きながら逃げる簪を追い懸けたのは正解だったのだと確信している。

 ニヨニヨとヤな擬音が聞こえてきそうなアレらも、裏を返せば認められているということにもなるだろう。

 だから、これはこれでいいんじゃないかね。

 

「――あぅぅ」

「……って、簪の顔がモノスゴイ赤くなってるー!?」

「うおおっ、だ、大丈夫か簪さん!?」

 

 ……元々引っ込み思案な簪が、もうちょっと人の視線とかに耐えられるようになったら、の話だけど。

 

 

 そんな日から、数日後。

 

 あのあと、何やら話がまとまったのか固く手を握り合っていたヒロインズ一同は確実に面白いことを企んでいるので放っておいて、俺は最近発売したばかりのロボゲの最新作にヤバいくらい耽溺してから眠った。むせるぜうへへ。

 一夏とシャルロット、そして簪も当然のように購入してオンラインでの協力プレイ等を連日楽しみ、ついでに秋も深まってきたから日の出の時刻が遅くなったとはいえ、それでもなお外が暗い早朝のうちから廃テンションで跳ね起きて、さっそくロボゲをもうワンプレイ。

 ……しようと思ったんだけど、ガレージの中にたたずむ愛機を組み替えて動かしてあらゆる角度から見ているだけで時間が過ぎてしまった。いやはや、このゲームは変態度がこれまでの物をはるかに凌駕していて楽しすぎるから困る。

 正直言って、もしIS学園が全寮制を採用しておらずなおかつ千冬さんが担任でなかった場合、寝食を忘れて没頭していたかもしれない。一夏達と一緒にオンラインに出没するのも楽しいし、ホント最高だ。

 ちなみに、チーム名はそのまま「IS学園」。一部ネットなどでは「お前らまさか……」「大人げない!」「これが、IS学園生の実力!」など評判になっているようだった。

 ついでに、よく対戦するライバルチームの名は「蔵王重工」という。

 

 とかなんとか思いつつ教室へと向かう俺の足取りは当然寝不足と軽いトリップに伴って左右にふらつき、はたから見ていれば危ない人以外の何物でもない。

 幸か不幸か部屋を出る時間が遅れて朝のホームルームまであとわずかという時間のため、あたりに生徒の姿は無いから目撃される心配はあまりないのだが、それは同時に遅刻の危険があるということだから、そろそろ急がねば。

 

 決意とは裏腹に、酔っ払いのようにあっちへふらふらこっちへよろよろと泳ぐ体をどうにかこうにか御しながら、珍しく人気の無い道を歩く俺。

 

 

 こんな状況にあったせいもあるだろう。

 その時見た人影を、最初は幻の類ではないかと見誤ってしまった。

 

 IS学園はよく整備された教育施設であるためか緑も多く、道のわきに樹木が生い茂り林のようになっている場所も少なくない。中でも特に俺が寮から校舎まで向かうときに通る道はひと際鬱蒼としていて……その茂みのそばにいた人影をはじめ、妖精か何かかと思った。

 

 

 突拍子もない考えが浮かんだのには理由がある。

 国際色豊かなIS学園に入学して以来さまざまな人種の友達ができた俺をしてすら、その子は一瞬目を奪われる後姿だったからだ。

 

 向こうを向いているので顔はわからないが、背丈は小柄。ワカちゃんと同じかもっと低いくらいで、IS学園では早々お目にかかれないレベル。ゆえに、生徒ではないだろう。

 よくよく見れば着ている服も制服ではない。そもそも改造自由であるため制服が原形をとどめている生徒などほとんどいないのだが、それでもあの子が着ているのはブラウスと腰のあたりから広がるシルエットを持つ紺のスカート。童貞を殺しそうな一揃いだ。

 さらにはなにより目立つ銀の髪。俺の知る限り、ラウラ以外にはそんな色の髪をしている人はIS学園にはいないはずだった。

 

 あんなところで、あの子はなにをしているのだろう。きょろきょろとあちこちを見ては時折林の奥をじっと見つめ、またすぐに視線を逸らす……ようなのだが、ちらりと見えた横顔からは目蓋を閉じたところしか見えない。両目を閉じたままで探し物とは。

 ……この時点ですでにすごーく嫌な予感がしてはいたのだが、だからといって迷子っぽい女の子を無視するような回路は俺の中にない。ということで、不審者呼ばわりされない程度に声をかけてみることにした。

 

「探し物はなんですか」

「見つけにくいものですから、お構いなく」

 

 ……いきなり完璧に返してくれたよ。なんだこの子。

 目を閉じながらでも探し物ができるだけあり、俺の接近にも割と早くから気付いていたらしい。声をかけられたことに驚くでもなく、至極当然の用に応える声音からはこちらを拒絶するような冷たい意思と……案外仲良くなれそうな気配が感じ取れる。あくまで、俺が一方的に感じているだけだろうが。

 

「そうなんだ。探してるのはひょっとして……コンタクトレンズとか?」

「違います。勘が鈍いですね」

 

 にべもない。

 地面に這いつくばるわけでもなく、まるでどこに何があるかを把握するための下調べ、とでもいうかのようにちらりちらりとあちこちに顔を向けている様子に迷いはなく、何かの確信があってここにいるだろうことがわかる。

 ……世界でも最強の兵器の扱いを教育する機関として、本来部外者の出入りには厳重なチェックと警戒が為されているはずの、IS学園に。

 

「さようで。……もし人手が必要だったら手伝うから言ってくれ。俺は神上真宏。1年生の寮に住んでるから」

「……そうですか、あなたが。ところで、時間はいいのですか? そろそろ授業が始まる頃と記憶していますが」

「……うん、もう諦めた」

 

 しかし、疑問はひとまず脇に置いておこう。

 遠く校舎の方から響き渡る授業時間開始の鐘の音が、遅刻と千冬さんによるお説教が確定した俺の未来の終焉を告げているような、悲壮な気分がむくむくとわき上がってきたからそれどころじゃないんだよ。

 

 

「う……うぅ」

「頭蓋骨へこんでそうだな」

 

 IS学園一年一組の教室、1時間目の授業が始まろうとしている休み時間。

 頭頂部から全身の神経をビリビリ震わせて広がる痛みにうめきながら机に突っ伏す俺と、それをわりかし本気でビビった目で見ている一夏の二人が喧騒の中にいる。

 いかにIS学園のカリキュラムがIS関係のものの多い特殊なものとはいえ、若く順応性の高い少女達が半年も通っていればもはや平常運転。今日の授業の内容や次の実習でやらされるだろう無理難題、提出が迫るレポートにつづるべき理論に関しての専門用語が羅列されまくった会話などが、恋バナとテレビの話題と最近発売されたお菓子の味の寸評に混じって聞こえてくる。

 

 

 ちなみに、俺は遅刻が原因で千冬さんから頂戴した出席簿アタック(縦)によって体が真っ二つに裂けるのではないかと思うようなダメージを受け、1時間目の授業中から今この瞬間までずっとご覧の通り死にかけている。でも座学の授業だったんで一応ノートは取りました。でないと常々俺に対しては容赦の無い千冬さんから追加の課題を申しつけられるだろうことは固いし。

 まあ、千冬さんが担任してるのに遅刻したからにはしょうがない。たとえ「通学路で何かを探しているらしき銀髪糸目の女の子に話しかけてたら遅れました」なんて事実を正直に述べたとしても、自分自身それが言い訳として通るものでありえないってのはわかってるし。

 ……とはいえ、実のところ想像したほど痛くは無いんだなこれが。長く続いてはいるけど。

 

 これでも俺は千冬さんとの付き合いも長い。まして生来の鋭さが尋常ではない千冬さんだ、俺が言った内容が遅刻を誤魔化すための嘘ではなく事実であるのは伝わったと思う。

 

 これが意味することはすなわち、IS学園にそんな目立つ不審人物が侵入したということ。

 女の子であるということはISを使える可能性があり、堂々としているのは逃げる手段を考える必要がないほどのナニかを持っているという証明以外のなにものでもなく、まして常に両目を閉じている銀髪の少女、などという怪しい子供をここに送り込んで来そうな人物など、千冬さんの頭には一人しかよぎるまい。

 

 千冬さんにしてみれば、俺にとっての一夏と同じくらいによく知っているだろう存在。しかし脳裏に浮かぶ彼女の笑顔は常に災難とともに目の前に現れるものであったせいか、振り下ろされる出席簿の軌道にはわずかな乱れがあったように感じられる。……いや、千冬さんの太刀筋って、たとえ得物が出席簿なんかの場合でも俺じゃ見えないんだけどね?

 もし千冬さんの手にあるのが実際に刀か何かであった場合、強羅を装着していても一撃耐えられるかどうか。というか、斬られたことにさえ気付けるかどうか。そういうことをたまに考えてはいるのだが、未だ全く勝機が見えない想像だ。

 

「まあいいや。それより真宏、授業の準備したほうがいいぞ」

「……それもそうだな」

 

 だが今は、その程度でいいだろう。

 一夏あたりよりはまだ色々考えている自信があるが、それでも世界の裏やら進むべき行く末なんてものに触れるには程遠い若輩者。この手の届く範囲の誰かを守るためには気合を入れるが、世界とかそういうのを守るんだったら仲間とバカやる片手間くらいで十分だ。

 

「確か一限目は……素猫だったか」

「それを言うなら素描だ。字面じゃわかりづらいけど。あとIS学園にそんな美術科みたいな授業は無い」

 

 こうやって、色々わかってる友人との会話にネタを混ぜる日々を楽しむこと。それが今の俺の仕事なんだよ。

 

 ……だから窓の外にちらりと視線を向けたら、慌てたようでありながら統制の取れた動きで、これから授業が始まるはずの校舎から外へと出ていった教師の一団の行動の理由については、考えないでおこう。

 どうせ今は、考えたってしょうがないからな。

 

 

◇◆◇

 

 

「ところで、箒達は最近放課後何してるんだ?」

 

 その日の昼。IS学園の友人連中と適当に集まるのと同じくらいの頻度で行われる専用機持ち同士で集まっての昼食を食べている最中に、一夏がふとつぶやいた。

 もしゃもしゃと食べていた親子丼を飲みこみ、綺麗に口の中の物をなくしてからの一言。千冬さんしっかりしつけしてるんだなーと俺はさりげなく感心していたのだが、一方聞かれた側であるヒロインズの様子はどうかというと。

 

「なっ、なななな!?」

「何してるって、どういうことよ!?」

「やましいことなどありませんわ!」

「う、ううううううむ、そうだとも」

「……みんな、少しは落ち着こう?」

 

 ガターンと机の揺れる音。ガチャガチャと俺が咄嗟に退避した自分と簪のもの以外ほとんどの食器が中身をぶちまけかねない勢いでひっかきまわされた事実から、彼女らの受けた衝撃を推し量っていただきたい。

 まあ、驚きも仕方の無いことだろう。なにせ常から鈍さだけなら現時点でも世界トップクラスを狙えるだろうあの一夏の口から出た言葉なのだからして、多少大っぴらに動いたとしても一夏にはその行動の意味を隠し通せるだろうと楽観して主に寮内を暗躍していた彼女らにとっては驚愕だったに違いない。

 

 箒達の行動、いまさら一夏にバレたところで何の支障が出るものでもないがそこはそれ。ちょっと面白いことを思いついた場合、ギリギリまで秘密にしておきたくなるという気持ちは俺も大変よくわかる。実際一夏相手によくやってるし。

 そして傍からそんな考察を呑気にできる俺と簪は、既に箒達が考えていることを聞かされている。密かに一年生の間を飛び回り、さりげなく一年生寮のほとんどの住人から既に事の承認も得ているとのことだから、俺もこの企み事をより一層楽しいことにするために、そして何よりさっきからちらちらと向けられる「なんとかしろ!」という視線に応えるために、ここは一丁誤魔化しを請け負おう。

 

「そんなに慌てるってことは……やっぱり何かしてるのか?」

「こぉら、一夏」

 

 慌てているとは見抜いても、箒達の表情がさして切羽詰まったモノでもないとわかったからだろう。そこまで執拗に聞き出そうとはしていないと表情と声の感じから当たりをつけ、俺は一夏の後ろに回り込んで頭をぐわしと掴んでやる。

 そのままぐわんぐわんと首を支点に回してやっても一夏は割と無反応。俺との長い付き合いの中でこの手のよくわからない扱いを受けたことなど数え切れないほどだから、またぞろなんか変なリアクションを取った、程度にしか思われていないようだ。

 

「なんだよ真宏。……とりあえずそろそろやめてくれ。気持ち悪くなってきた」

「へいへい。しかし一夏、そこで問い詰めるのは野暮ってもんだぞ」

「……野暮?」

 

「そう。気になるってのはわからないでもないが……もし仮に、箒達が全員揃って一人の男を好きだとして男の方はさっぱりその気持ちに気付かないながら5人が揃いも揃って一人の男を想っていることは互いに周知の事実でこれまで何度となくアプローチを重ねるもことごとくをスルーされるという唐変木に今度こそ一世一代の告白をしようと全員ほとんど同時に覚悟を決めて後腐れや確執がないように話し合いを重ねている、とかだったら。……息切れた。ぜはーっ」

 

「すごい早口!? しかもなんだその具体的な内容!」

 

 話を逸らしたいときは、適当なことをツッコミ所満載の喋りで放ってやればいい。事実、今も一夏はキレのいいツッコミを繰り出すことに忙しいようで、元から大して強いわけでもなかった箒達を追求しようという気は完全に吹き飛んでいる。この程度の一夏操作術、造作もないわ。

 

 ……むしろ問題なのは、箒達のほうだろう。

 

「い、一夏っ」

「むしろよくそのセリフで息が続いたな……って、ん?」

 

 いつも通りのことだとばかりに胡散臭い物を見る目を俺に向けていた一夏が、箒の呼びかけに振り向いた。

 さっきまでどこかおどおどとしていた彼女らの居並ぶそちらはしかし、どうにも様相を変えている。

 

 動揺しながらも辛うじて席に収まっていた一同が揃いも揃って席を立ち、真っ赤な顔を一夏に向けていたのだからして。

 代表して声をかけた箒から鈴、セシリア、シャルロットにラウラと、目を見開いて耳まで赤くして、テーブルについた手をぶるぶるとふるわせている。

 ちなみに一部の視線は一夏ではなく俺を向いていた。その目の意味するところは疑いようもなく「何言ってくれやがる」。話をはぐらかすためにその根幹を言ってどうするんだという意思が隠しようもなく溢れ出ているのであるが、甘いなみんな。俺に物事を頼めば、大抵の場合誰より俺自身が楽しめる方向に流れていくのなんて既に知っているだろうに。

 

 今回は、その流れが期せずしてヒロインズの秘めたる胸中を晒してしまったことになる。もちろん想いの行く先まで言ってしまうほど外道なことはしないが、隣の簪が横目に見上げてくる視線がちょっと険しくなってふとももつねられるくらいにははしゃいでしまった。なんだよー、どうせ一夏なら気付かないからいいだろー。

 

 実際のところ、これまで長年一夏と付き合ってきた俺が「ここまでならバレない」と安全マージンを取った上で踏み込んだわけだから、彼女らの秘めたる胸中が一夏にバレることはないだろう。こいつの鈍さを侮ってはいけない。

 だがそれはそれで面白くないというのも、また乙女心の一つの形。そういう思いがあればこそ、箒は皆を代表して声を上げたのだろうよ。

 

「そ、その……だな。今の真宏の言ったことは根も葉もないいつもの戯言なのだが……」

「ああ、わかってるよ」

「もはや俺に対してヒドイこと言うのに躊躇ないよなお前ら」

 

 その決意は俺が茶々を入れた程度で止まるような物ではなく、顔と同じくらい血の回った脳が言葉を探すより舌が動くのが早いとばかり、箒は他の4人も含めて胸中に浮かび上がった言葉を、言ってしまう。

 

「もし……もし私達が、本当にお、お……っ、……誰かのことをす……好きだったら、どうする?」

 

 惜しい、箒さん。

 そこでヘタレずお前のことを、とか言えたらなおよかったのに。

 

「え? みんなが誰かのことをって……」

 

 しかしさすがに一夏なだけはある。年頃の少女達を前にして、誰かを好きになるという感情が芽生えている可能性を全く考慮していなかったとでも言うような、実にきょとんとした顔を見せてくれた。こいつ本気で恋愛に向いてねーな。

 とはいえ、だからこそという一面はあったようだ。これまで――下手すると人生総ざらいしてすら――ほとんど考えたことの無かっただろう「恋愛」という感情。箒達5人の不安とか期待とか色々な物に揺れ動く眼差しは、一夏をしてそういう物事を真剣に考えさせうるだけの力を宿している。

 

 一夏は考える。意味もなく天井を見上げ、顎に指を添え、眉根を寄せて驚くほど真剣に。これまで意識はしてこなかっただろうが、それでも心の中に確かにある感情に名前と色をつけるために。

 

 もし箒達が誰かを好きだったら、自分はどう思うだろうか。

 その答えを得るために。

 

「そりゃあ、俺が口出しすることじゃない……はず……って、あれ?」

「ど、どうしたんですの一夏さん」

 

 出てきた答えは、残念ながらあまりにも一夏らしいもので5人は落胆を隠せないでいた。だがそれも前半部分のみ。一夏は自分で言葉を紡ぎながらもそれに納得がいかないという表情を見せ始め、ついには首をひねりだした。内容自体はいかにも織斑一夏という男の口から出てきそうなその言葉に、しかし心と魂が異を唱えているのだ。

 

「いや……その、な。セシリア達には悪いかもしれないんだけど……なんか、嫌だ」

「え……、ちょっとどういうことよ一夏っ」

「そうだよ。説明して!」

「嫌、とはなにについてだ!?」

 

 それはもう、鈴達のくいつきと言ったらなかった。見ているこっちが驚くほどに身を乗り出して、鼻息荒く一夏に詰め寄っている。年頃の女の子としてそれはどうかと思わないでもないのだが、今は体裁を取り繕っている場合ではないのだろう。

 これまでずっと一夏を見つめ続けていた彼女達ならば、その表情の意味を読み間違えるはずもない。今この唐変木はわずかに頬を赤らめ、心の中に漠然と漂う感情に一つの形を与えようとしている。その、感情とは。

 

「あんまりはっきりとは分からないんだけど……みんなが誰かを好きになって、それでいなくなるかもしれないって考えたら……なんか、嫌だった」

「一夏……」

「――や、別にダメってわけじゃないぞ!? 箒達だって誰かを好きになるのは当たり前だし、それを応援しなきゃとも思うんだけどっ!」

 

 あるいは、嫉妬や独占欲と呼ばれるものなのかもしれない。

 俺自身も覚えがある。人なら当然持っているはずの感情だし、最近簪と一緒にいて笑いかけてくれたりすると、この笑顔を俺だけのものにしたい、とふと思ってしまうことがある。ただ、会長も全く同じことを思うことがよくあるらしいからシャレにならないのだが。決戦の日は近い……かもしれない。

 

「……べっ、別にいいわよ、一夏がそう思ったって!」

「そうですわ、一夏さん。ご自分に正直になってくださいまし」

 

 一夏にしてみれば、それがこの上なく自分勝手な感情であるという意識があろう。なにせ彼女らの想いの向く先を知らない以上、友達――とまでしかまだ一夏は思っていない――の恋路に文句をつけたも同然のこと。鈴がツンとそっぽを向きながらもどこか嬉しそうに、セシリアが居住まいを正して微笑みながら言ったことを信じられない気分であったとしても不思議はない。

 

「そうそう。その欲望、解放しなきゃ」

「うむ。嫁の欲を受けとめるのも私の務めだ」

 

 そして誰かシャルロットとラウラの手綱握ってくれ。こいつらは常々静かにダメになる子らだから。

 

 

 まあなんにせよ、ただの昼食時の雑談のハズが思いもよらぬ結果を生んだ。

 ふとしたきっかけで投げかけられた問いは一夏にとってもヒロインズにとっても大きな意味を持つモノであることは疑いようがない。

 ……どうやら、一夏も少しは成長していたらしい。みんなの想いに気付いたりそれに応えたりという段階にはまだまだ程遠いようだが、それでも少しずつだが前進しているとわかった。そのことが、俺はすごくうれしいよ。

 

「……織斑くん、変わったね」

「ああ、俺もびっくりした」

 

 そしてそんな一夏の変化に気付きながらリア充死ねとか思わずにいられる安らかな心は、俺の胸中を察して呆れたような顔になりながらも隣にいてくれる簪がくれたものだと思えばこそ、心の底がムズかゆくなってくる。

 

 ああ、これこそが幸せだ。

 友も思い人もみんなが笑っている。そんな時間の尊さを、俺はなによりうれしく思うのだった。

 

 

◇◆◇

 

 

「今ですわ、ブルー・ティアーズ!」

「くっ、素早い!」

 

「今度こそ勝たせてもらうぞ、シャルロット!」

「おっと、危ない。……本当に、あの時とは見違えるね箒!」

 

「はいだらあああ!」

「なんのおおおお!」

 

『おー、派手にやってるなあ』

「うん……そうだね」

 

 時は過ぎ、放課後。

 知識の詰め込みと基礎訓練とIS技術の習得などなど密度の濃い授業を終えた俺達一行は例によってアリーナへと集まり、訓練がてらの模擬戦を繰り広げていた。戦域がかちあったりしないように高高度でセシリアVSラウラ、中高度で箒VSシャルロット、地上付近で鈴VS一夏という組み合わせで、ついさっきまで別の組み合わせで混じっていた俺と簪は休憩がてらそんな戦いを観戦している。

 

 こうして放課後みんなで集まって訓練するのも、もはや普通の日常の一風景となるほどになじんでいる。互いに手の内を知り尽くした……というにはまだ早いが、それでも普段から俺もまた晒されている技の数々が日を追うごとに洗練されていく様を見ていると感慨深いものがある。

 

「ラウラさん、最近グレネードを使いすぎではなくて!?」

「そういうセシリアこそ、フレキシブルを習得して以来接近戦に持ち込めた記憶がないぞ!」

 

 高高度にて繰り広げられているのは目もくらむような射撃戦。フレキシブルを成功させてからこっち、レーザーは曲がるわビット使いながらでも動けるようになるわと調子のいいセシリアが、いよいよもってファンネル使いの機体のように自分もビットもびゅんびゅん動いて曲がるレーザーを乱射し、一方のラウラはそれを必死によけながら数少ないチャンスに最近お気に入りのグレネードをぶっ放している。AICも時々は使っているようだがセシリアのビット捌きはここのところ成長する一方で、1機を捕えたと思えばこれ幸いと次の瞬間に別のビットから狙われるという有様だ。

 目に映るレーザーの閃光の青さと、アリーナのてっぺんより高い位置に太陽のごとく生まれる爆炎が地面に落とす影が濃い。ぶっちゃけ強羅を装備していても、あの二人がタッグを組んでいたら真正面から挑みたくはない。

 

「くぅっ……! さすがに格闘じゃあもう箒に敵わないね」

「そうとわかるなり距離を離すとは……やってくれる!」

 

 対するこちらは、第二世代のラファール・リヴァイヴと第四世代の紅椿という世代差がかなりある戦いだ。いかにシャルロットのラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡがかなりのカスタマイズをされていて第三世代にも負けない性能を誇るとはいえ、シャルロットという優秀な搭乗者の実力なくして箒の駆る紅椿と互角に戦うのは難しい。

 事実今も小手調べとばかりにナイフで数度斬り結び、刃物の扱いでは箒の方が一枚上手と見るやいつの間にやら持ちかえたマシンガンの弾幕を置き土産に、空裂と雨月のビーム斬撃を容易くかわしながら距離を取って牽制のアサルトライフルと必中必殺のスナイパーライフルを両手に持って距離を縮めさせない。

 とはいえ箒もさる者で、弾幕の方はことごとくをかわしてスナイパーライフルによる狙撃は一つ残らず斬り払っている。お前らもうそのままスパロボ出れるんじゃないかというレベルの戦いだ。

 

 

「ほらほらどうしたのよ一夏、もっと荷電粒子砲とかイグニッション・ブーストとか使ったら!?」

「だあああっ、その手には乗らないぞ!」

 

 さらに地上付近で戦っている一夏と鈴。なんかいつの間にやら一回り大きくなったような気がする肩の衝撃砲から不可視の空間圧縮弾を放って一夏をいいように飛び回らせてご満悦の鈴は、しかしその余裕綽綽な様子とは裏腹に両手の双天牙月を隙なく構えて懐に飛び込んでくるだろう一夏への備えをむしろ見せびらかすようにしてプレッシャーを与えている。

 そんな状況に置かれた一夏としては、ついさっき撃ったばかりでチャージが終わっていない荷電粒子砲のエネルギーが回復するのを待つか、あるいは一か八かで接近戦を挑むよりほかなく、エネルギー残量に一定の注意を裂きながら小刻みにイグニッション・ブーストを使って龍砲を回避し続けている。

 状況はいつも通り不利であるが機体の描く軌道は鋭く高速でときに白い雲の尾を引いて、自機の最高速度をはるかに凌駕する物体をも捕えられるように調整された強羅のハイパーセンサーの助けがなければ、俺の目は白式の残像すら捕えられなかっただろう。

 

「みんな、すごいね」

『ああ、まったくだ。しかもこれでまだ成長中だって言うんだから、恐れ入る』

 

 そんな風に呑気なことを言いながら休憩がてら見学中な俺と簪であるが、そういう簪も侮れない。

 なにせメインの武装はミサイルであるのだからして、白式のような高機動型ならばいざ知らず強羅はその手の誘導性能を持った武装はほぼ確実に避けられない。白鐡を背負っていても普通のIS程度の機動力で、もし分離すれば追加装甲の重さもあってISとは思えないほどに遅い強羅だ。もちろん、そんな機体特性である以上それらの攻撃にも十分耐えられるように設計されてはいる。

 10発や20発程度の小型ミサイルが飛んできたくらいならばどうということはないのだが、なにせ打鉄弐式が同時発射可能なミサイルの数は48。弾頭が小さいから再装填も速く、時間差をつけて発射されればその継目も無くなる道理だ。

 今のところ、有効な手段としては白鐡を分離して二手に分かれ、強羅自身を囮に白鐡に隙を作ってもらったところに高火力の武器をぶつけて流れを変えるくらいでしか対抗できない。手持ちの火器で多少は迎撃したりもできるのだが、なにぶん数が多く軌道も複雑だから対処はし辛いし、近接戦闘用の薙刀や荷電粒子砲も忘れてはいけない。

 もしミサイルを数発まとめてくらって硬直すれば、あとは一方的。強羅・白鐡の装甲はただそれだけで削りきられることはないが、まだ個別ロックのシステムが未実装の状態であってもご覧のあり様なのだから簪が今も鋭意作成中のプログラムが完成した暁には俺などでは対抗しきれなくなるのではないかと思う。

 コンプレックスをかなぐり捨てた簪というのは、それほどに強敵なのだった。

 

『……ところで、もし今この場でミサイルぶっ放してみんなまとめて撃墜するとしたら、何発くらい必要かな』

「なんて想像してるの……。でも、パーティータイムと私の打鉄弐式を合わせてやっと……くらいかな?」

『そこできっちり考えて返事してくれるあたりが流石だよ簪』

 

 性根は相変わらずこんな感じの、俺と相性良すぎる子なんだけどね?

 

「おーい真宏ー、簪さーん。次は4対4に分かれてチーム戦しないかー?」

『おっ、いいなそれ! ……最近オンライン対戦で磨いた実力を見せてやろうぜ、簪!』

「うんっ。普段はオペレーターだから、楽しみっ」

 

 だがそんな簪も他のみんなも、俺の頼れる仲間達だ。

 その力に対抗する手段よりも、生かす手段を。敵にまわってしまったらなどという考えはする必要もなく、どうやればよりみんなの力を生かせるかということを考えていられるのは、とてもとても幸せなことだった。

 

 そしてこんな幸せな日の放課後は、まだまだ終わらない。

 

 

◇◆◇

 

 

 暗い部屋。

 話し声一つなく、しかし何人もの人間がひしめく気配が満ちた、どこかの一室。目を凝らしたところで何も見えず、聞こえる音もない。しかしその部屋には確かに何人もの猛者達がある一つの目的を持ち、絶対的な統制の元にひしめき合っているだろうことを居合わせた誰しもに感じさせる、異様な空間。

 

 暗黒と沈黙の時間は、どれほど続いたか。

 今日このときまでの忍耐と隠遁を思い、それら全てが開放される一瞬を待つ時間は長いかはたまた短いか。

 いずれにせよ宴の始まりはもうすぐそこで、参加者にして計画者たる一人一人が待ち望んだ時は、まさに今だった。

 

「……諸君。私は一夏が好きだ」

 

 まず声が響く。

 そしてその声の元に光が落ちる。

 スポットライトが円錐状にくっきりと闇を切り取った一角は部屋の壁際であることが反射する光から知れ、その明りの中へと歩み入る小柄な少女は威風堂々、隠しきれない悦びに唇の端を吊りあげて滔々と語る。

 

「諸君、私は一夏が好きだ

 諸君、私は一夏が、大好きだ」

 

 語る言葉は少女の口を借りて、しかしその内容はこの場に居合わせた全ての少女達の想いと同じこと。程度や方向性に違いこそあれ、だからこそ集い、力を合わせ、この瞬間を作り出すことができたのだと一人の例外もなく理解している。

 ……一部、それでもお国柄的にあなたがその演説して本当に大丈夫なのかと静かに冷や汗を垂らす者もいたらしいが、いまとなっては何もかもが手遅れだった。あそこまでノリノリなラウラを止めるほうが怖い。

 

「笑顔が好きだ、優しさが好きだ、かっこいいところが好きだ、強さが好きだ、料理が好きだ、声が好きだ、教官の弟であることが好きだ、教官が好きだ、真宏がくれたポスターの中の一夏が好きだ。

 教室で、廊下で、アリーナで、寮で、自宅で、道端で、茶道部への部員貸し出しで、整備室で。この地上で出くわすありとあらゆる一夏が、大好きだ」

 

 一つ一つ謳い上げられる一夏の好きなところ。中には誰もがうんうんと頷ける部分があり、一方で好意の対象が厳密には一夏でなくなっていたり、いつの間に自宅まで上がり込んだこいつという驚愕が混じっていたりもするのだが、この演説の主は問答無用で一夏の唇を奪って嫁宣言までしたのだから、今さらだろう。

 

「雪片弐型を構えた一夏の白式が、イグニッション・ブーストで対戦相手に肉薄するのが好きだ。踏み込まれた相手が為す術なく零落白夜に斬られた時など、心が躍る。

 雪羅を操る一夏の格闘が相手を翻弄するのが好きだ。悲鳴を上げて距離を取ろうとする相手をクローの一閃でなぎ倒した時など、胸がすくような気持だった。

 ふとしたことで二人きりになった一夏が何気ないことで微笑んでくれるのが好きだ。夕陽に照らされ澄んだ横顔を見つめているのに気付かれて、どうしたのかと問いながら笑ってくれる様など、感動すら覚える。

 授業でミスをして教官に吊るし上げをくらう様などはもうたまらない。慌てて弁明をする一夏が、教官の振り下ろした出席簿とともに風斬り音を上げる一閃に涙目になっているのも最高だ。

 燃費の悪い武装の数々で健気にも立ち向かってきたのをシュヴァルツェア・レーゲンのレールガンが周囲の空間ごと木端微塵にグレネードで焼き尽くした時など、絶頂すら覚える」

 

 相変わらず共感できるような、したら人間として終わりなようなといったところを的確についてくるその表現の数々はこの短い間で既に芸風として受け止められている気配があった。とはいえ演説の巧みさが各自の脳裏に浮かべさせる一夏の表情は一々イケメンであるらしく、あちこちからほうと熱いため息が漏れている。

 

「そこらじゅうの女子に滅茶苦茶にモテるのが好きだ。必死のアプローチがスルーされ、ちょっと目を離したらまた別の女に好かれていく様はとてもとても悲しいものだ。

 無自覚な優しさに晒されて胸が詰まるのが好きだ。特にそんな意図もないだろうに嬉しくなるようなことを言われ、人前でりんごのように赤くなるのは屈辱の極みだ」

 

 や、それは別に屈辱じゃないんじゃねーの自慢かオイという意思が芽生えるも、自分で言っときながらそのシチュエーションを思い出したか少し赤くなり始めたところが可愛いので許しちゃおう、とか思うあたり今年のIS学園一年生は強者が揃っている。

 

「諸君。私達はイベントを、極楽のようなイベントを望んでいる。

 ……諸君。私と志を同じくするIS学園一年生寮住民の諸君。君達は一体何を望んでいる? さらなるイベントを望むか? 情け容赦の無い、自重を捨てたイベントを望むか? ハロウィンという時事ネタに拡大解釈の限りを尽くし、仮装という名のコスプレを披露する、嵐のようなイベントを望むか?」

 

「「「「イベント! ハロウィン!! レェッツパァリィィ!!」」」」

 

 唱和の声は一分の乱れもなく、掲げた手の袖元は一人として揃っている者のいない気合の入ったコスプレ衣装が闇の中に浮かび上がる。手袋が、フリルが、着物が、ありとあらゆる衣装がそこにはあった。

 

「よろしい。ならばトリック・オア・トリートだ。

 我々は満身の意思を込めて今まさに奮い立たんとする乙女達だ。だがこのIS学園の寮の中で、一週間もの間暗躍し続けてきた我々にただのイベントではもはや足りない!」

 

 演説の方向性が外れ、それに伴い帯びる熱量が増していく。ここまで来てしまえば、もはやだれにも止めることなどできないだろう。

 

「大イベントを! 一心不乱の大イベントを! 我らはわずかに一学年。200人に満たない最下級生に過ぎない。だが諸君は一騎当千の恋する乙女だと私は信仰している。ならば我らは、諸君と私で20万と53万の軍集団コスプレイヤーとなる」

 

 さりげに自分一人でほかの全員より戦闘力があると申すか、などというツッコミは既にして熱狂の渦中にある生徒達から出るわけもなく。本当に大丈夫なのかこいつら、とラウラが大演説をぶっているのとは反対側の部屋の隅で闇の中に沈む俺は思わざるを得ない。

 

「我々のアプローチに気付かず眠りこけている一夏を叩き起こそう。部屋の扉をぶち破って引きずり出し、目を開けさせ見せてやろう。一夏に私達の魅力を思い知らせてやる。一夏に私達の想いを思い知らせてやる。恋と乙女の間には唐変木の哲学では思いもよらないことがあることを思い知らせてやる。200人のIS学園生のハロウィンで、一夏を萌やし尽くしてやるっ!」

 

 最後の一言の字面は、おそらく説明するまでもなく全ての生徒に伝わっただろう。嫌な以心伝心、ここに極まれり。

 IS学園でここのところイベントが自粛されているからって、鬱憤溜まりすぎだろこの子ら。

 

「全寮生、作戦開始。照明始動!」

「電源入力! 全飾り付け、カモフラージュ解除!」

「IS学園一年生寮独自ハロウィンイベント指揮官より、全寮生へ。目標、織斑くんの部屋」

 

「第一次コスプレ☆ハロウィン作戦、状況を開始せよ。……征くぞ、諸君」

 

 オオオォッ、と気合が入っているのはいいんだが女子高生が上げるのには少々不適切なほど気合の入った鬨の声が上がる。それが許されるのはプリキュアの必殺技くらいだろ。

 ともあれ照明が付けられ、一年生寮の談話室を埋め尽くさんばかりに集結したハロウィンの仮装というにはコスプレ色の強すぎる同級生達の姿があらわとなった。

 

 そのまま一部がハロウィンパーティー会場たる食堂を出て一夏の身柄を確保しに行き、残る生徒達が部屋の飾りつけの最後の仕上げと完成された料理の運び出しを速やかに行っていく。

 毎度思うことだけど、IS学園の生徒達って優秀さの使いどころを明らかに間違えている。

 

 

 ……もはや、説明の必要はないだろう。

 今回のイベントの名目は、ハロウィン。日本ではさして本格的にやるようなところもないだろうが、ここはIS学園。人種的に万国びっくりショーな生徒が在籍しており、なおかつ日本の風土に慣れ始めたこの時期になると自分の国にない風習だろうがなんだろうが面白ければいいやという日本的な図太い神経が着々と醸成され、今日のパーティーへと結実したらしかった。

 らしかった、というのも俺はこのイベントにあまり積極的に関わっていないので詳しくは知らない。発案者が箒達一年生専用機持ちだというのはいつぞやの昼休みの時点でわかっていたが、いつのまにやら寮生全員からこのイベント開催の了承を取り付け、根回しを済ませて開催の支度を整え、代表候補生らしい財力を駆使してコスプレ衣装やら飾り付けやら料理やら色々揃えたというのだから、その行動力たるや端倪すべからざるものがある。

 

「いやー、本当にすごいわねえ」

「そうですね。……っていうかいつの間に混じったんですか会長」

「もちろん、最初からよ。こんな久々に楽しいこと、私が見逃すわけないじゃない」

 

 瞬く間に部屋のメイクアップを進めていく同級生達の迫力に押された俺はちんまりと部屋の隅で邪魔にならないようにしていたわけだが、そんなところにするりと寄ってくる一人の生徒がいる。

 それこそ誰あろう、IS学園二年生にして生徒会長の役職にある最強の生徒、更識楯無さんだ。

 

 実のところ、今回のこのハロウィンは一年生寮でのみ行われている極めて独自色の強いイベントだ。

 なにせIS学園自体としては以前の専用機タッグトーナメント以来、イベントを自粛する傾向にある。

 既に学園外部ではIS学園のイベント=テロリストホイホイという噂が流れているとこの前ワカちゃんに教えてもらった。となれば各国から集う生徒の安全を確保するという観点からも、IS自体を保護するという本音からも今の状況は至極まっとうな理論の帰結であるといえよう。

 

 だがそうなれば、エネルギーを持て余すのが生徒達。

 この時期は元々目立って大きなイベントがあったわけではないが、それでも俺の隣でニヤニヤと笑っている楯無さんは何がしか企んでいたらしく、それらをお流れにせざるを得ない状況に苦虫を噛んだような表情をしていた。

 

 今回のイベントはそんな事情も大きく関係している。

 IS学園自体がイベントを行ってくれないならば、自分達で企画立案実行をしてしまえばいい。そういう理屈をぶちたてたのだ、この子たちは。

 あくまでこのハロウィンパーティーは消灯前の自由時間に偶然寮生全員がコスプレして偶然食堂に集ってしまった、という体で黙認してもらうという約束を既に寮長たる千冬さんから取り付けてある。

 ちなみに、対価は最近の一夏の写真一杯。提供したのが箒達に頼まれた俺であることは言うまでもなく、交渉役まで押し付けられた。まあ時々部屋に押し入ってくる千冬さんに勉強に疲れて机に突っ伏している寝顔などの無防備な表情を中心にいつも通り紹介しつつ、さりげなーく話を向けただけだけど。葛藤の末許可してくれましたとさ。

 寮長室に備えつけられている本棚の棚の一つ一つが実は奥と手前に本を二重に収められるくらい深い作りになっていることと、その奥側に大量に収められているものがなんなのか。……知る者はあまり多くないだろう。

 

 そんなこんなで、今日この通りとなったわけだ。

 ここに集いし生徒達は、不退転の覚悟を持ってイベントを遂行している。その覚悟が否応もなくテンションを上がらせ、普段ならばありえないような格好をしていることも相まって色々タガが外れているだろうことは疑いなく、何も知らされないままこの場へ連行されてくる一夏の浮かべる表情が楽しみでしょうがない。

 

「ま、主役はあくまで一年生のみんなだからね。私は精々一参加者として楽しませてもらうわ」

「……でしょうね、そんなに気合入ったコスプレしてきてるんですから」

「うふ、似合う?」

「それはもう」

 

 ……嘘はない。なんとなく似合う感じはしてるんだけど、おそらくこの人は方向性を間違えている。

 なにせ会長が着てきた衣装は、紋付き袴。借金地獄にある人々を地下帝国の建築現場に放りこみそうな大物っぽい和服なのだからして。会長は会長でも何か違いませんかね。

 

「ありがとう。真宏くんのもすごいじゃない。……それにしても今年の一年生は本当に面白いわね。学園側がイベントをしないとなったら自分達でこんなものを企画するだなんて」

「いやまったく。俺はあんまり関わっちゃいませんでしたけど、せっかくだからばっちり楽しませてもらいますよ」

 

 そんな風に蚊帳の外にいる俺達が益体もないことを話している間も準備は着々と進められていく。こんな祭りの渦中に入らずに済んだことが嬉しいような、ちょっとさびしいような複雑な気分である。

 

 ちなみに、俺と多分会長もものすごい楽しみにしている簪の姿はまだ会場の中にない。簪は当然のようにこのイベントに参加する、つまりはコスプレをすることを恥ずかしがっていたのだが簪のいつもと違う姿がみたいと必死にお願いして参加の了承は得ているので、多分そのうち来てくれることだろう。

 簪のことだからさほど突拍子もない衣装は着てこないだろうが、まあそういうネタ要員は他に吐いて捨てるほどいるからむしろ望むところだ。

 さて、簪まだかなー。

 

 

「お、おい一体なんなんだよ!?」

「黙って歩け、一夏」

 

 会長と二人して壁際でほくほくと簪の到着を待っていた、そのとき。

 食堂の扉の向こうから聞こえてきたその声に、ほぼ準備を終えていた生徒達全員の手が一瞬止まる。

 

 声の主は聞き間違えるはずもなく一夏と、一夏連行隊を指揮しに行っていたラウラ。今回のパーティーの主賓に近い一夏がついにこの場へとやってきたのだ。

 そのことを知ってからの生徒達の行動はこれまた素早い。全員所定の位置へつき、同時に次々と手渡されていくクラッカー。通常サイズのもの、大きなもの、三つ四つまとめられたものなどなど、めいめい気に入った物を持っては一夏が入ってくる手筈となっている談話室の入口へと向け……照明を、落とした。

 

「んふふ……ちょっとわくわくするわね」

「そりゃあそんな1眼レフカメラのレンズみたいなサイズのクラッカー持ってればワクワクするでしょうよ」

「あら、そういう真宏くんだって今配られてるのとは別にバズーカみたいなの用意してるじゃない」

「ちなみにワカちゃんに分けてもらいました。こういうの集めるの大好きらしくって」

「……実弾、出ないわよね?」

「……多分」

 

 パーティーはいつでもサプライズ。

 状況が分かっていない人間を盛大に驚かせるというのは俺の趣味で、会長のライフワークで、そしてどうやら同級生達全員にとって最大の楽しみごとであったらしい。生贄となる一夏は少々不憫だが、まあそういうことに気付かないくらい驚かせて、その後楽しませてやろうじゃないか。

 

 

「さあ一夏、ここだ。入るがいい」

「入るがいいって……一体何を企んでるんだ?」

 

 いぶかしげな一夏の声は尽きないが、それでもラウラの口調から何を言っても無駄だと理解したのだろう。観念したような溜息に続いて入口のドアノブが捻られ、ゆっくりと開けられていった。

 

「……」

 

 そっと開いた隙間から女々しくも中を窺ってくる一夏。

 しかし生憎と闇に沈んだ部屋の中で身をかがめた俺達を見つけることはさすがに無理な話で、すぐに諦めた一夏は腹をくくって部屋の中へと足を踏み入れる。

 両手をふらふらと前に突き出して歩き、事前の打ち合わせ通りもはや一足で部屋の外には出られない位置へと立った、その瞬間。

 

 

「「「トリック! オア! トリート!!」」」

 

「うわああああああああっ!?」

 

 眩い照明の点灯と、わずかにも乱れぬ叫び。そしてそれをかき消す勢いで打ち鳴らされたクラッカーの破裂音が、狙い通りに一夏の度肝をブチ抜いた。

 

「な、なんだなんだ!?」

「織斑くん、トリックオアトリート!」

「お菓子をくれなきゃイタズラするよ! ……むしろイタズラしたいよ!」

 

 響き渡る一夏の悲鳴が、パーティー始まりの合図となった。

 一夏が混乱している今こそチャンスと思ったか、特に手の早い手合いがさっそくクラッカーの放ったテープまみれで雪山に出る怪獣ウーみたいになっている一夏に群がっていき、混乱に拍車をかけた。

 冷静にしていれば一夏とて、トリックオアトリートという言葉とテーブルに鎮座するジャック・O……じゃなかったジャック・オー・ランタンの威容からこれがハロウィンの催しだということには気づけただろうが、むしろそうやって冷静になる前に言質の一つもとったらあという邪悪な意思が一夏に迫る背中から透けて見える。

 

 まったく、しょうがないな。

 

「はーい、少しは自重しようねー」

 

――ドパンッ!

 

「きゃああ!?」

「なに今の!?」

「神上君のクラッカーよ! ……なにあれバズーカみたい! ていうかそもそもそのコスプレ何!?」

 

 気が向いたら助けてやるのが友のよしみということで、混迷極まる一夏の元へと助けに現れたのが俺である。……まあ、その方法というのがちょっと温存しておいた特大クラッカーを一夏ごとまとめてその子らにぶっ放すことだったのだが。とはいえこれでも調子にのった女子連中をびっくりさせるには十分だ。

 

「はっはっは、ここまでこうして連れてきたんだから、あとは状況くらい教えてやらないと。……この場で一人だけ普段の制服姿ってのもなんだからコスプレだってさせたいし」

「いや待て真宏、本当に状況どうなってる!? あと本当に真宏だよな? ……ガチタンにしか見えないけど」

 

 きゅらきゅらとキャスターの回る音をさせながら一夏のほうへ近づいて行った俺の姿を見て、さすがに驚いている女子連中と一夏。

 さもありなん、ネタやらガチやら色気やら、さまざまな方面のコスプレが集うこの場においてひと際異様を誇ると自負するコスプレをした俺の有様を見れば当然の反応だろう。

 

 一夏の言葉の通り、俺の姿はまさしくガチタン。

 ごつごつと平面主体の装甲形状をダンボールで作り、胡坐をかいて台車に座ることで動きもまさしくガチタンのそれにしたこの姿。さすがに笑いもすれば驚きもしよう。

 ちなみにさっきのバズーカ型クラッカーは肩装備。まだもう一つ残っているからいざとなったらぶっ放すぜー。

 

「いかにも俺は神上真宏だ。……このイベント、うっかりワカちゃんに漏らしちゃってさー」

「ってことは蔵王重工製!? またどっかにワカちゃん混じってないだろうな!」

「それは大丈夫だ。……ついさっき、忍び込もうとしてたんだけど部下の人にとっつかまって仕事抜けられないって電話で泣きついてきたから。お仕事がんばってねって言っておいたけど」

「部下の人ファインプレイ!」

 

 などなど、見た目こそアレではあるがそんなことを気にするようでは俺の友人など務まらない。そして事情さえわかってしまえばあとは楽しむだけ。周囲を見渡して、普段ならば決してみることがないような衣装の数々にめまいが起きそうな談話室の中に視線を飛ばす。

 

「ごめんね一夏。ちょっと無理やりすぎたかな」

「お詫びに、今日はたっぷりと楽しんでいただきますわ」

 

「お、シャルにセシリア……だってことはわかるんだけど、すごいな二人とも」

 

 さっそくやってきたのは、シャルロットとセシリアという珍しいコンビ。片手にグラスなど持っているところは大変優雅で社交界を知る上流階級っぽさが漂っているのだが、例によってばっちりコスプレ決めているからそういう雰囲気と結び付けるのは実のところかなり難しい。

 なにせ、

 

「うふふ、ぴったりでしょう?」

「こういうのも、案外楽しいよね」

 

 ぴらりとセシリアがつまんで見せるマントには吸盤付きの筋が生え、頭にかぶったシャチのかぶりものにしか見えない帽子など気合が入っているんだが、入れどころを確実に間違えている。まあ、声はぴったりすぎるしそこはかとなく妖艶な空気をまとわせてるんで一夏はちょっとドキッとしてるらしいのだが。……うん、まあぶっちゃけメズール様である。

 

 そして表情からしてご満悦なのが、シャルロット。こっちはこっちで、大変形容しがたいコスプレだなこれ。

 全体的な色は緑。セシリアとどこか似た雰囲気を感じさせる人外っぽい衣装なのだが、ライダースーツかなにかのように体のラインが割と出る服だが左右非対称なところが一番の特徴だろう。腰から上にかけて緑色の帯が巻きつき、顔なんかは同じ帯をぐるぐる巻き付けて右目しか見えなくなってるし。

 ただやたらめったら嬉しそうだから、まあいいとしよう。……日頃からサイクロンメモリを持ち歩いているシャルロットがどっからどーみてもサイクロン・ドーパントの格好しているのを見ると、体のどっかにガイアメモリの生体コネクタくっついてないか不安になるけどさ。

 

 とまあそんな感じの人外コスプレでばっちりキメてきたお二人さんだった。そりゃあ一夏も反応に困ろうよ。シルエットからして人型ではないガチタンやってる俺の言えたセリフじゃないけど。

 

 

「さて一夏、そろそろお前も衣装を変えろ」

「えっ、俺もか!?」

「あったりまえでしょ、せっかくのハロウィンなんだから」

「……まあ、これをハロウィンと言っていいのかはかなり疑問な有様……でござるがな」

 

 セシリアとシャルロットには負けていられないと思ったのだろう、続いて現れたのはラウラ、鈴、箒の三人である。彼女らもまた一夏に対する想いははちきれんばかりで、だからこそコスプレもまた色んな意味で気合が入っている。

 

 まずは、ラウラ。

 一夏を部屋から強引に連れ出す時からすでにコスプレをしていたのだが……なんというか、この場合コスプレなのか仕事着なのか微妙に判断がつかなくなる。その衣装を簡単に言い表すならば「青い軍服」につきる。シルエットはすっきりと直線を意識されたもので、襟元に折り返しがあることが特徴だろうか。銀色のラインに分けられたシンプルさがカッコいいが、混迷極まるこのハロウィンパーティー会場のコスプレ衣装の中では割と大人しい。

 何故かサーベルを腰に吊っていたりいつも通り眼帯をつけているところからして何のコスプレなのかは明らかで、ヒゲをつけなかったことに関しては思わず「大総統!」とかエールを送りたくなる。……アレか、強化人間的な生まれで左目がすごくて生まれてこの方軍隊一筋だけど好きな人は自分で選んだとかいう共通点を前面に押し出す体を張ったネタなのか。さっきの演説といい今回のラウラは色んな方面から怒られそうでかなり怖いんだけど。

 

 一方の鈴は、いかにも中国風だ。とはいえ、文化祭の時のチャイナドレスとは……違いすぎる方向で。

 裾の長い服は活動的な印象よりも知性をこそ武器とする軍師のそれ。鈴もまた一歩間違えばヒゲをつけたくなるよーな、手に羽扇を持って特徴的な形の帽子をかぶった姿からは思わずこのイベントが鈴の罠なのではないかと思ってしまうほど。

 

「とりあえず、鈴。諸葛鈴先生って呼んでいい?」

「誰があかいあくまよ!? あんまり似てないでしょわたし!」

「……そーかなー」

 

 髪型、中国要素、そして貧……げふんげふんっ。手に持っているのが宝石剣だった場合、確実にそっちだと判断されそうな格好であった。

 

「で、箒は今ござるとか言ってなかったか?」

「っ!? き、気のせいでござる!」

 

 箒が大人しくコスプレしているのは少々意外だった。おそらく最初は多少それっぽい格好で一夏の部屋に押し掛ける程度のイベントを考えていたのが、いつのまにやら一年生寮全体の行事になり果ててしまったからだろう。さっき友達の女子一同に更衣室へと連れ込まれ、「ほら篠ノ之さんコレ着て!」「そしたらござる口調でおねがいね!」などなど漏れ聞こえてたし。

 猫(?)耳をつけて刀を腰に差し、風来人のように縦縞のマントに三度笠という姿はなかなかに似合っていた。うん、セシリアもそうだけど声がぴったりな気がするねこのダルキアン卿は。

 

「さて一夏、そろそろ私達のコスプレ姿を堪能しただろう。次はお前の番だ」

「そこはかとなく悪役っぽいセリフだー!?」

「……ふむ、ならば行動もらしくしてやろう」

 

 パチーン、と打ち鳴らされる指。

 5人に取り囲まれ、もはや退路などどこにもない一夏が何をされるのかわからない恐怖にいやいやと首を振って後ずさるもすぐに壁にぶつかっているため、ラウラの合図に殺到した女子達から逃げる術はなく、群がる女子達を力技で引きはがすこともできずまとめて更衣室へとなだれ込んでいた。

 

「さあ織斑くん、お着替えタイムよ!」

「どの衣装にする? 織斑くん用にも色々用意してあるよ!」

「とにかくまずは脱いで! むしろ脱がさせて!」

 

「あああああああああっ!?」

 

 ……一夏の冥福を祈らざるを得ない。

 

 

「相変わらずすごい勢いね。私でも真似できないわ」

「いつぞやさんざ一夏の尻肉揉みしだいた人が何言ってますか」

 

 なんか最近の一夏はこうやって連行される姿が板についてきたなーとか思いつつ、それはそれで同級生達との間の垣根が取り払われたからいいことだろうと眺めていた俺の隣にまた会長がやってきた。

 しかも、いつの間にかお色直しをしたらしく「凛ッ」とか効果音がしそうな、胸元とかそこはかとなく露出過多などこぞの支持率98%で当選した生徒会長みたいな制服で。生徒会長だったり扇子持ってたりとか、まあ確かに共通点ありますよねー。

 

「でも今日は随分大人しいじゃないですか」

「まあ、ね。せっかく一年生のみんなが自分たちの力で作り上げたパーティーなんだから、私が出しゃばってもよくないでしょ。……ちなみに真宏くんの近くにいるのは、決して簪ちゃんならすぐに真宏くんのところに来るだろうからそのおこぼれにあずかって真っ先に会いたいなーなんて思ってるわけじゃないわよ」

「本音ダダ漏れですよ」

 

 などと言いつつ、携帯電話のカメラを向けてくる下級生には笑顔でポーズを決めている。勢い余って脱ぐなよオイ。

 

 ……とはいえ、そろそろ簪が来ないかなーと思っているのは俺も同じ。さっきからちらちらと食堂内を見渡しているのだが、参加自体かなり渋っていた簪はまだ会場に来ていないらしく姿が見えない。

 衣装は用意しているらしかったが、試しに聞いてみても赤くなって首を振るだけで絶対に教えてくれなかったからどんな格好で現れるのかは俺も知らない。だからこそ楽しみで、さっきからどうしようもなくそわそわする。えぇい、ここは落ち着くために一発残ったもう片方のバズーカサイズクラッカーを脈絡なくぶっ放すべきだろうか。

 

「……お待た、せ」

 

「「!!」」

 

 しかしてその半ばトチ狂った思考が現実の行動となるより先に、背後から待ち望んだ声がかかった。

 その時の俺と会長の反応の素早さたるやない。背後を取られたゴルゴのように俊敏に振り替える会長と、QBが出たんじゃないかと自分でも思うくらいに素早くダンボール装甲の内側で床を蹴って反転した俺は、すぐさま目の当たりにする。

 

「そんなに……見ないで」

 

 そこにいた、文学少女を。

 IS学園のファンキーな物とは違うごくあっさりとして、水色のセーラーカラーが特徴となるセーラー服。濃い茶色のカーディガンを着込んでいるためによりいっそうその色が強調されるおとなしめの衣装。

 ……おそらく、一応ハロウィンの仮装ということで人間ではない物の衣装から選んできたのだろうが、メガネなこととかも合わせてぴったりすぎるだろう、その情報統合思念体の有機生命体インターフェースさんの格好は。

 

「……感慨深いですね、会長」

「ええ、素晴らしいわ簪ちゃん。あなたにぴったりだもの。……と、ところでひとまずメガネ取ってみてくれないかしら……?」

「お、お姉ちゃん? 鼻息荒いよ……」

 

 ハァハァ言いながら詰め寄っていく会長は簪が怯えるから襟首ふん掴んで止めておくとして、簪へと向き直る。

 

「ようこそ簪。……その格好、なかなか似合ってるな」

「あ……ありがとう。真宏も……カッコいいよ」

「そこで迷いなくそう言えるあたりさすがだよな」

 

 俺の言葉にはにかんだ表情のままそう返してくれる簪の表情は大変に可愛らしく、そんな顔のままで素直に俺のガチタンコスプレを褒めてくれるあたりやはり簪である。……ま、そんなところも可愛いと思えるあたり、俺も大概なのだが。

 

 

「ところで、織斑くん達は?」

「あぁ、一夏なら……」

 

「はぁっ……はぁっ……着替え、できたぞ」

「わーい、待ってたよ織斑くーん」

「もー、照れないで私達に手伝わせてくれればよかったのにー」

「せめて脱いだ服くらい預けてくれればよかったのにー。……大丈夫、ちょっとくんかくんかするだけだから!」

 

 このイベントについて知らされていなかったのは、一年生の中では一夏のみ。当然簪も一夏へのサプライズが仕込まれていることは知っていたから、既にこの場にいるはずの目立つその姿を気にしたのは当然のことで、説明するまでもないタイミングで一夏が更衣室から出てきたので手間が省けた。

 

 ちなみに、一夏の格好は白いコートに角(?)みたいなカチューシャだかカツラだかをつけて髪を逆立て、左目のあたりに隈取りのような模様をつけた格好で、元々イケメンなだけあってこのパーティー会場の中でも上位に位置するだろうトンガった衣装をなんなく着こなしている。

 

「織斑くん、それじゃああのセリフ言って!」

 

「えぇー……、こほん。――狩らせてもらうぞ、お前の魂ごと!」

「きゃああああっ!」

「狩って、私の魂でよかったらいくらでも!」

「私のハート、解錠(アンロック)!」

 

 などと、なりきりもばっちりで更衣室から姿を現すなりぐわわっと寄り集まっていった女子達から歓声が上がる。気持ちはわからんでもないな。

 

「見立て通りだな。似合っているぞ、一夏」

「そりゃどうも……。ってラウラ、衣装変えたのか?」

「ああ、お前に合わせた」

 

 そんな一夏の元には当然のようにいつもの五人もいたりする。ラウラはいつの間にやら着替えていたようで、青いスーツにコートを羽織って手にはナイフを持っている。……あ、よくよく見たら眼帯も左右付け変えてる。普段は赤い目というイメージだけど、こうすると金色の目が見えている。

 ……ナンバーズね、はいはい。さっきの大総統コスプレよりもこっちの方がぴったりじゃねーかあらゆる意味で。確か5番目のNo.は結局出てこなかったはずだけど。

 

 

◇◆◇

 

 

「よーう一夏、楽しそうだな」

「どうなんだろうな。や、こんなイベント楽しげでいいんだけど何も知らされて無かったから戸惑うよ。……あ、簪さんも来てたのか。似合ってるな」

「うん、ありがとう。織斑くんも……色んな意味で似合ってるね」

 

 コスプレして出てきた一夏に対し、怒涛の写真撮影依頼が殺到したのがひと段落ついたのが、ついさっきのこと。携帯電話のカメラやらバカデカいレンズのついた気合入りまくりのデジタル一眼やらのフラッシュとシャッター音が絶えず一夏に降り注ぎ、ポーズを決めさせられたりツーショットになったりと大変そうだった。

 今になってようやく解放されたので、ガチタンコスプレの積載力を生かして料理など持ってきてやったのだが随分気疲れしているようだ。

 

「まあでも……楽しいよな、こういうの」

「そうだな。最近は学園側主催のイベントがあんまりなかったし、ちょうどいい」

 

 がやがやと騒がしく、普段ならば決して見られない衣装が乱舞する食堂の中を見回して呟く一夏に、相槌を打つ俺。その感想、全く同意見だよ。

 

 俺が持ってきた料理の皿から唐揚げをつまむ一夏に並び、俺も頭部パーツを外してサーモンのマリネを食べ……ようとして装甲手袋状態の手ではまともに箸を使えず、そんな様子を見かねた簪――いつの間にか部活でアイドルやってるようなふりふり衣装に着替えてた。超可愛い――に食べさせてもらった。

 簪が余りにも自然に差し出してくれたもんだからついつい違和感を覚えずに食べてしまったのだが、なにこれ恥ずかしい。二人揃ってやった後に気付いて真っ赤になるとか、なにやってるんだ俺らは。

 

 そんなこっ恥ずかしい一幕があったりもしたが、それはそれは楽しい時間だった。

 このイベントの開催許可を千冬さんにお願いしに行ったとき、もしよかったら参加して欲しいという意思を込めて衣装を渡しておいたのだが、さすがに来てはくれないらしい様子なのが少々残念ではあったけど。

 ちなみに、魂の調べを爪弾いてくれそうな感じの衣装ですよ、ええ。あっちでプリティでキュアキュアなコスプレをしてるセシリアとラウラと並んだらそれは映えただろうに、残念だ。

 

 あとこれは全くの余談だが、この日このときのIS学園のどっかで「ずっきゅ~ん」とか叫びながらうろちょろしてる赤ヘルコスプレのほにゃっとした巨乳のおねーさんが目撃されたらしい。

 ……迷い込んでこなくてホントよかったわ。

 

 

 そんなことを思いながら色んな人と談笑に興じ、料理を食べ、時々気が向いたら肩に備えた大物クラッカーをぶっ放して景気づける。やたらエロいライダースーツ姿になった会長が一夏に絡み、箒が「ついてこれるやつだけついてこい!」と叫んで一曲歌う。

 誰もが笑い、楽しんでいられる最高のパーティー。ハロウィンという初志は割と最初の頃から忘れられていた気がするが、騒ぐための口実などそんなもの。最近はイベント毎の度になにがしかの事件が起きて中断されていたというジンクスを打ち破れるかもしれないという無意識の共感があればこそパーティーは盛り上がり、司会もおらず余興がなくともあちらこちらで撮影会やら何やらが繰り広げられる今日このときは最高に楽しい時間だった。

 

 一夏や会長はあちらこちらから引っ張りだこで、いつの間にやらアイドルっぽい衣装に着替えた鈴がポニーテールを下ろした箒の演奏するベースに合わせて歌って踊り、食べるだけ食べてテーブルに突っ伏し眠ってしまったのほほんさんが銀髪ショートヘアのかつらをかぶせられ、猫耳をつけられ、肩のあたりに4連装のミサイルランチャーを担がされて夜間哨戒魔女っぽくされていた。

 テーブルに並ぶ料理は俺も含めた一年生の手作りながらしっかりしていて、割とサラダが多かったりするのが9割女子校なIS学園の特徴か。ボウルの中の盛り付けも綺麗で食べるのがもったいないほどで、だからこそ簪に教えてもらって作ってみたカップケーキ類が結構なペースで消費されて行っている。我ながら中々良くできてくれたから今でも甘くいいにおいが漂っているせいもあろう。サラダで軽く節約した程度のカロリーで押さえ切れる甘さじゃないんだけどなぁ。

 

 どれもこれもバカバカしくも愛しく、楽しい思い出となるだろう出来事の数々。

 

 だからこそ。

 

――ビイイィィーーッ! ビイイィィーーッ!

 

 その時鳴り響いた警報には、どうしようもない諦めと怒りを感じた。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。