IS学園の中心で「ロマン」を叫んだ男   作:葉川柚介

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第30話「刀殺法」

「おぉ~、今年の一年生は面白いだけじゃなくて中々やるんスね」

「らしいな。その勢いでもっとオレらに楽させてくれるといいんだけど」

 

 ひゅん、と風を切るスコップの切っ先を鼻先寸前でかわし、回し蹴りを叩きこむフォルテ・サファイアが軽い口調で言う。

 応えるのはそのすぐ隣で牽制のマシンガンを両手に持って当たるを幸いに撃ちまくる、ダリル・ケイシー。

 

 数十機の無人機によるIS学園襲撃の真っただ中、無人機の過半数が攻め寄せている1、2、3年生専用機持ちが待機を命じられた校舎への攻撃と応戦の場において、二人はどこか気の抜ける声を上げていた。

 

 スコップとツルハシという、どういう基準で選ばれたのかわからない武装で迫りくる無人機の間を縫うようにして回避を続けるフォルテのIS、コールド・ブラッド。

 さらには面制圧力に優れる弾幕を形成することによって敵の侵攻を許さぬダリルのヘル・ハウンドVer2.5。二人のコンビネーションは無人機達が校舎へ近づくのを巧みに阻み、実に4割近い数の敵機をたったの二人で押さえ込んでいた。

 

「うーん……やっぱり無人機相手だと効きがイマイチのような……うりゃっ」

「そりゃあ、お前の装備はこんな状況想定してないからなあ。逆にオレの方は暴れたがるのを抑えるのが大変だ」

 

 相手をしている敵機の数がひと際多いにもかかわらず、各々の専用機の搭乗時間が長く機体のことを知り尽くした二人に気負いはない。やたらと多い一年生専用機持ちたちのために一肌脱ごうと可能な限り多くの敵機を相手取る役を引き受けた以上、それにふさわしい仕事をするだけだ。

 

 

 首を捻ってフォルテへの相槌を返す最中も、ダリルの両手はマシンガンの掃射を的確にこなし、敵の一団を効率的に押さえ込んでいる。

 左手は防御を固める者がいればその動きが鈍ったとみて一端放置し、後方から隙を狙っている者を脅かすよう無人機同士の間を狙う、手本のような三点バースト。

 一方右手は獰猛に、ただひたすらランダムかつ無軌道。見敵必殺とばかり、フルオートの射撃を絶え間なく叩きつけている。

 

 注意力散漫な様子のダリルが、敵の位置はハイパーセンサーでわかるにしても右手と左手でこうまで特徴の違う射撃を撃ち分けられる理由。それこそが、彼女のISの特徴だ。

 

 

 ヘル・ハウンドVer2.5。

 積み重ねられたバージョン数が示す通り、このISは長きに渡って改良を続けられてきた第二世代機である。

 第二世代機らしい追加武装への汎用性に優れた設計をされていて、操縦者に合わせた調整も慎重かつ大胆に繰り返されたお陰で、もはやダリルの体の一部と言っていい馴染み具合に至っている。

 そして、そんなヘル・ハウンドの開発コンセプトは、「一機で同時に複数の火器を、最大効率で使いこなすこと」。

 そのために搭載された特殊FCS、通称「ケルベロスシステム」。これこそがヘル・ハウンド一機をして無数の無人機を相手取っての射撃戦闘を可能にしている立役者だった。

 

「おーおー調子いいじゃねえか。その調子で頼むぜー。でも暴れすぎるなー」

<ガウ!>

<ワウワウっ!>

「先輩も少しはがんばりましょうよー。その子らに任せっきりじゃないッスか」

 

 ダリルの声に応じた犬の鳴き声、それは両肩の装甲のようにも見える犬の顔から出たものだ。

 猛々しく叫ぶ右の首と、よく通る声を響かせる左の首。そこから響いた声である。

 

 ケルベロスシステムとは、ある問題を解決するためにヘル・ハウンド開発チームが出した答えの形。

 いかにISがハイパーセンサーを持とうとも、人が操る以上同時に複数の敵を相手取ることは難しいという現実を打破するべく生み出された、二機の学習型AI搭載式のFCSだった。

 

 開発当初は普通のFCSとしての機能しか持っていなかったが、ダリルが専用機としてヘル・ハウンドを受領してからの様々な経験を通し、あらゆる状況での照準補正と各種武装の特徴、さらには搭乗者の癖や戦況における適切な武装の扱いなどなどあらゆることを教え込み、一歩一歩育ててきた。

 

<ガアアウッ!>

<ヴゥ~、ワウ!>

 

 背後からダリルを狙っていた敵機に対し、両肩の首が即座に反応。接近すら許さぬとばかりに互いが制御の一部を担うヘル・ハウンドの腕を交差するようにして手に持つマシンガンの銃口を背後に向け、瞬く間に一斉射。隙を窺う無人機のシールドバリアを盛大に削ってのけた。

 

 今や、このようなことも可能となっている。あくまでAIの条件反射に過ぎないが、十分に練られたそれはもはや野生の本能を持つかのごとき反応を示すに至るもの。

 ゆえに、強い。二機の超獣を従え銃火器で武装する戦士。それがダリル・ケイシーの戦闘スタイルなのであった。

 

 彼女が育てたFCSの能力は折り紙つきであり、第二世代機であるため搭載可能な武装も多く、マシンガンのみならずそれらほとんどの扱いにも習熟している。

その経験値を利用し、彼女の本国ではこうして育てられたFCSの一部機能をコピーして量産配備されているISにも採用しているという。それだけの実力と実績を備えているのだ。

 

「よーしよし、よくやったなオルトロス。それに、バギクロス」

 

 ……ただ、ネーミングセンスだけは頂けないというか、どっかオチがあるというのもまた定評のあるところなのだが。

 

「いやはや……あたしも負けてらんねッス」

 

 そんなダリルと抜群のコンビネーションを見せ、ときにフォローしときに助けられているフォルテ・サファイアもまた、凡庸な操縦者ではありえない。周囲全方向を敵に囲まれていながらも常と変わらぬ飄々とした雰囲気を保ち、徒手の格闘と左手に携えたIS用大型拳銃<ジャッカル>による射撃でダメージを与え、なおかつ常に複数を相手取って一歩も引かない。

 

「それじゃあいつもより効かないみたいッスけど……せいっ!」

――ギッ!?

「はーいありがとうーッス」

 

 そして、時折不可解な現象を引き起こしてもいる。

 フォルテがしたことを客観的に見るならば、目の前適度な位置にいた無人機に気の抜けるような気合の声を叩きつけるという、ただそれだけ。

 だがその声の向かう先にいた無人機は奇妙にも、一瞬だが動きを止めた。

 全身の関節が突如として固まったような、無人機自身も何が起こったかわからぬとばかりの叫びを上げ、しかしその直後悠々と近づいたフォルテが額に突きつけた拳銃に撃ち抜かれ、頭部をひしゃげさせながら吹き飛んだ。

 

「なんだ、いけるじゃねーか」

「そうでもないッスよ。射程も短ければ効いてる時間も短くて……正直昔に戻った気分ッス」

 

 無人機のスコップをマシンガンで受けとめ、そのまま放棄しつつ新しくショットガンを右手に展開したダリルに言う。

 無人機は吹き飛びはしたもののまだ致命傷には至っていない。

 そんな仲間を庇う様に人垣を作りだした無人機達からフォルテはいったん距離を取り、ついでに背後から迫っていた無人機には振り向きざま右手に展開したこちらも拳銃<バッシャーマグナム>を胸郭ど真ん中に叩きこんでみた。

 が、いかにも装甲が硬く、それだけでは倒せないのがもどかしい。バッシャーマグナムは水圧銃であるため貫通力よりも衝撃力に優れているから目に見えるダメージは元々小さい。それでも超高圧の水の塊をぶつけられたのだから内部機構に損傷の一つも生じてしかるべきなのだが、そのような兆候は見えない。

 

 さっきからまともにダメージを与えられた記憶がないことに舌打ちしながらも、再び目の前の無人機を一瞬ながら止めて、比較的安全な位置へと咄嗟に下がる。

この、無人機の動きを止めるこれこそが、コールド・ブラッドの能力だ。

 

 

 コールド・ブラッドは、各国で第三世代ISの開発が始まった最初期に作られた機体である。

 そのため当時実用化の方向性を探る段階であった第三世代機の要諦、イメージインターフェイスの試験機としての側面が強く、実のところ戦闘はあまり想定されていない。

 搭載されている武装はIS学園への入学が決定したときになってから用意された大型拳銃ジャッカル――ちなみに、蔵王重工製。口径のバカげたサイズを見る人が見れば一目でわかる――と水圧銃バッシャーマグナム。そして両拳に備えられた、ある機能のみ。

 そして残るがこの機体最大の特徴、フォルテの頭部を覆うヘルメット状のイメージインターフェイス出力機構<クロムウェル>である。

 

 実のところ、全員で名乗りを上げたときのフォルテの口上はあながち間違ってはいない。

 コールド・ブラッドはイメージインターフェイスの研究のために作られた機体であり、そのため人の精神の動きを客観的に観測可能な形で出力する、という機能を持たされている。

 クロムウェルとはその制御装置のこと。もしも精神出力を何の制限もなしに行った場合、深層意識の表面化や原始的な本能の発現、あるいは自我の散逸が予想されていたため、厳重に為された一種の拘束の名残だ。

 

 通常ならば脳波の測定などによる人の精神を探る方法を、ISの装着によって密接に為された人と機械の繋がりからより客観的かつ具体的にし、後のイメージインターフェイス開発に大いに貢献したこの装備。本来ならばただ学術的な試験装置に過ぎなかったのだが……フォルテ・サファイアの熟練が、そこに新たな道を見出した。

 

「うりゃーっ、外道照身霊波光線っ!」

「お前いくつだよ。そしてどこの国の人間だよ」

「なーなー後輩ちゃん。ちょっとビット貸してくれないッスか? 無線式のナーブクラックってヤツやってみたいんスよ」

「ごめんあそばせ。ブルー・ティアーズにそういう機能はありませんわ」

 

 叫びの間抜けさとは裏腹に集中して放たれた思念が空間を飛び越え無人機に直撃。ISのコアを通してハイパーセンサーに干渉する精神衝撃波と化したフォルテの集中力が無人機のセンサーを狂わせ、一種の乗り物酔いに似た状況に陥らせた。

 

 それがコールド・ブラッドの能力。

 搭乗者の精神の在り様を外部に投影するという自身の機能の積極的な攻性活用たるこの技を編み出すことにより、コールド・ブラッドは一躍世代の狭間に揺れる不安定なISから、確たる戦闘力を得た専用機となる。

 

 精神衝撃波とはすなわち対象の精神に自身のそれの一部を投影する現象であり、本来ならば人間を相手に使ってこそ効果を発揮するものだ。

 状況が整い、フォルテがその気になれば、彼女の脳内フォルダに眠るスプラッタ画像集を送りつけて下手したら一生もののトラウマになりかねない恐怖を刻むことも、むやみやたらと面白可笑しい気分にさせて唐突に爆笑させることも可能となる。

 

 とはいえ、人間と同じ精神を持つとは思えない無人機相手にそこまでのことはできない。せいぜいがISによって増幅された精神衝撃波の副次的な効果として、ハイパーセンサーに対するジャミングを起こす程度である。

 しかし、完全機械の無人機にとってセンサーを狂わされるということは人間に置き換えれば五感を断たれたようなもの。

 一瞬であろうとも感覚の遮断は戦場において致命的な隙となり、そこを突けばたとえ拳銃というISの装備としての威力はあろうともなお貧弱な武装しか持たずとも、一度の被弾もなしに戦うなど容易いことだ。

 

「う~ん、でもそろそろ首の一つも挙げたいッス……。よし、先輩ちょっと手伝ってもらっていいッスか?」

「ん? ……あ~、アレやるのか。よしわかった。適当なの釣れ。他の奴ら近づけさせねーから」

 

 そして今より二人は反撃に移る。

 敵の実力と戦力差。後方支援、遊撃、戦線維持と戦場のあちこちで自然と2人か3人の組となってそれぞれの役目を果たす仲間達がいる。

 しかしいまだ一機の撃墜もないこの状況を変えるためには、やはり自分達こそが上級生の意地を見せるべきだろう。

 

 その意思を発したフォルテに同意したダリルが、全身をぐるりと回して周囲一帯全方位に弾丸をばらまいた。

 身をかがめつつ高度を落としたフォルテには一発のフレンドリーファイアもなく、被弾して後退した敵と回避した者、さらにはその動きに巻き込まれた者たちを作りだし、均衡を破る。

 それぞれその場で最適に近い行動を自然と取る無人機達であったが、だからこそその動きの中には1機や2機、周囲から浮いてしまうことがある。

 

 たとえば、そう。まさに今フォルテの目の前で、周りの仲間が回避を選んだがゆえに退路を確保できず防御行動を取らざるを得なかった、無人機など。

 

「頂きッス!」

 

 フォルテは獣のようにその無人機へと飛びかかり、両肩を掴んでISの自重と下方向へのスラスター噴射を合わせて落下。無人機の肩越しに迫りくる地面は目を見開いて受け入れて、路面に敷き詰められたレンガを跳ね散らしながら荒々しく落着。そのまま反動で相手の体を突きとばして距離を取る。

 

 おそらく、ダメージは通った。しかしまだ倒していない。

 夜風にすぐさま吹き散らされる砂埃の向こうには早くも起き上がろうとする無人機のシルエットが見え、上空ではフォローに入ろうとする残りの無人機の一部と、それを阻むダリルの戦闘が激化している。

 

 せっかくのチャンス、逃がすわけにはいくものか。

 フォルテは内心で決意を固め、それと同じくらい強く、拳を固めた。

 

 それと同時にガシュンと響く手の甲からの音。

 立ち上がってもいまだふらふらとしている無人機に精神衝撃波を叩きつけて再度動きの自由を奪い、フォルテは大胆に相手の長い腕の間合いの内側、自身とコールド・ブラッドが最大の威力を発揮しうる位置へと、PICを使わずスラスターと脚力のみでステップイン。

 

 そのまま慣性と自重の全てを乗せた左拳を相手の頭部に叩きこむ体勢だ。

 

 とはいえ、本来ならばこの無人機にその程度の攻撃など通じない。それは自身の経験からわかっている。

 そのことは、さきほどからハイパーセンサーが捕える戦場の俯瞰風景の片隅で、相手が使ってくるスコップにこちらも同じく何故か拡張領域に収めていたらしいスコップを展開して応戦している強羅の様子からも明らかだ。

 

『なんでか知らないけど、こっちもスコップで応戦することを……強いられているんだ!』

 

 などとハイパーセンサーで見える映像上になぜか集中線をつけながらほざく面白すぎる後輩がスコップで無人機の頭を見事はたき飛ばしても首が飛ぶことはなく、平然と自分で捻り曲がった首を据え直している敵に、このままただのフックを入れるだけでは何発叩きこんだところでも無駄に終わろう。

 

 しかし、コールド・ブラッドのこの拳。

 クロムウェルがISに対する戦闘においても効果的に作用するということが分かってから搭載された、追加装備。相手の動きが止まった瞬間、遠慮なく近接戦闘の間合いに踏み込んでISの膂力をふんだんにつぎ込み、一撃で全シールドエネルギーを奪い去ることを基本戦術として想定された必殺拳ならば、どうだろう。

 

 腕部装甲に搭載された、パンチ一発につき一本を使いきる4本の高電圧バッテリーと、そこに追加で蓄えられた機体の余剰電力全てを叩きこむそれこそが、コールド・ブラッド最強の破壊力。

 その名は。

 

「聖なるかな聖なるかなっとぉ……! 神鳴る拳(クラックナックル)!!」

 

 カラカラ、ズガン!

 まさしく銘じられた通りに雷鳴の音を響かせて、白いアークがプロミネンスのように跳ねまわる左拳を叩きつけると同時、無人機の頭が光りに消えた。

 

「ひーっ、すげえ音。……あぁ怖がらなくていいぞオルトロスにバギクロス。……どうせ、まだ続くんだから」

 

 幾度となくこの拳で勝利を掴んできたフォルテは、上空から響く先輩の声を聞くまでもなくまだ終わりでないことをわかっていた。

 数億Vに相当する雷の一撃を頭部に受けてなお崩れぬ無人機は、いまだ健在。その感触を得たフォルテはしかし焦らない。

 クラックナックルのバッテリーは今排出されたものを除いてもあと7本。

 

 まだ7発も叩きこめる!

 

 最初の一発を振り抜いたあと、姿勢の安定はPICに任せて上半身は高速でシフトウェイト。全身全ての出力と重量を込め、∞のマークを描くように頭を振ってウェービングし、引き返す体の勢いを乗せた右が再び無人機の頭部に炸裂する。

 顕現した雷撃によって空気の急激な膨張が音速を越えることによって生じる轟音と、夜の闇の中に突如生じて目を焼く白光のなか、おそらくこちらも焦げているだろう自分の腕部装甲にかまわず相手の頭ごと拳を振り抜いて、さっきとは逆にもう一回。

 相手に逃げるを許さず、反撃しようなどと考えられる程度のやわなダメージなど一発たりとて与えない。

 二発目は一発目よりも強打。三発目、四発目は言わずもがな。指数関数的に威力を高める拳をまとめて相手に叩きこむ。

 

 アメリカンボクシング界、古のブロー。デンプシーロールをとくと味わうがいい。

 

「雷を握りつぶすようにぃ……! 打つべし! 打つべし! 打つべしッス!」

『まっくのうち! まっくのうち!』

 

「色々混じってます、先輩。……あと、それは雷神じゃなくて風神」

「そのツッコミはもっともだけど、お前はそのすげー嬉しそうな声で応援してる彼氏を速く引っ張ってけ」

 

 その拳、左右合わせて7発。そして最後の一発は、飛びきりの威力を込めて。

 

「エレクト……リッガーーーーー!」

 

 過剰な電圧に赤熱した拳を叩きつけ、ついに無人機の頭部を爆裂させたのだった。

 

 一機、撃破。

 

 

◇◆◇

 

 

「やっぱり先輩ってだけはあるわねー」

「現実逃避をしている場合ではないぞ鈴。私達は私達のするべきことをするだけだ。……あと、ああいう無茶苦茶なものは真宏で慣れているだろうが!」

 

 どのようなIS操縦者かは詳しく知らなかったものの、専用機持ちタッグトーナメントにおいて割と余裕綽々で無人機を倒したという噂を聞いていた先輩達の戦いを初めて目の当たりにして、遠い目をする鈴とそれをたしなめる箒。彼女らもまた、この乱戦の中にあって必死に戦っていた。

 

 先輩たちのあり様を見るに、ああいう傾向に落ちるのも明日は我が身かという切ない感情が心をよぎる。ただでさえ同級生に真宏という特大感染源がいるのだから、自分達は知らずそっち方面に舵を取っている可能性は高いと言うのに。

 

 そんな風に乙女心を揺らされながらも、二人は自分達が為すべきことを的確に為していく。

 甲龍と紅椿は互いに一定の距離を保ち、無人機の密集するところを中心に切り込み、それぞれ両手に持った刀と青龍刀で切りつけ、ブレード光波と衝撃砲の射撃をばらまき、敵戦力の集中を許さない。

 常々一人の男を取り合って虎視眈々と互いを監視しているから……というわけではなく、ごく普通に仲が良く一緒に訓練をするようになって半年も越えれば、このくらいのことはできるようになる。

 

 そして二人が任された役目は「遊撃」。敵の陣を乱し、味方に不利があれば即座に駆けつけて援護する役目は、燃費がよい甲龍とエネルギー回復のワンオフ・アビリティを持つ紅椿という継戦能力に優れた機体にこそふさわしく、ましてや二人は近接・射撃両種の兵装を持っているこの上なくバランスの良い機体を使っているのだ。他の誰にもできない役といえるだろう。

 

 目に入る景色は夜であることをハイパーセンサーの補正によって抜きにしても無人機の黒ばかり。進んで敵の密集地に飛び込むことは初めこそ正気の沙汰とも思えなかったが、かつて実際この機体とよく似たゴーレムⅠと戦った鈴も、その発展形であるゴーレムⅢと戦った箒も、以前のものより今の敵の方がよほど御しやすいのだと気付きつつある。

 

 量産による性能の低下が起きているのかどうかは知らないが、いずれにせよこちらにとっては幸運だ。ただひたすらに刃を振るい、砲を放ち、目の前の敵をくじくのみ。

 

 

 ……それに。

 

「グゥレイト死竜……バスター!!」

『うおおっ、連結荷電粒子砲!? 簪のにはそんな機能あったのか!』

 

 傍らでは両腰の荷電粒子砲を手持ちに切り替え、破竜の後ろに死蠍を接続。さらにはなぜか白鐡がその上に乗った形態の連結荷電粒子砲をぶっ放して無人機を一機光の中に消し飛ばした簪と、それに超感動してロマン魂の生み出すエネルギーをますます激しくぶちまけている真宏がいたりするのだから、緊張感など上がりはしない。

 確かに自分達なら敵をかく乱するということはできるだろうが、それ以上にカオスに陥れてくる者が仲間にいるのだから何ともやりきれないものがあるのだった。

 

 

◇◆◇

 

 

「か、簪ちゃん……どうしてこうなった……っ」

「会長、悪いですけど今は泣いてる場合じゃないですよ!」

「そうですわ。……それに、真宏さんと接すれば大なり小なりああなるものですっ」

 

 大事な妹が何だか遠くに行きつつあることにだばだば涙をこぼしている……ようにアクアナノマシンを操って演出している楯無と、それを叱咤するシャルロットとセシリア。

 ここも緊張感が足りないことこの上ないが、それでもこの戦闘において果たしている役割は大きい。

 

 

 他のメンバーが二人組を作っている中で彼女らが三人でいるのは、決して無意味なことではない。

 セシリアを中心に据え、その左右を守る楯無とシャルロット。揃って戦場の背後に控える校舎よりもさらに高い位置にあり、そこから下方の戦況を俯瞰したセシリアがビットの射撃による援護と、ライフルの高威力狙撃により敵後方で熱線砲による射撃をメインに前線の仲間を支援しようとしている無人機の牽制を行い、楯無とシャルロットはそんなセシリアを狙って接近してくる敵機を蹴散らしていた。

 

 本来ならば、今のセシリアは敵の後衛を狙うためであったとしても、このように高度を上げて戦場を俯瞰する必要はない。フレキシブルを習得して射線という概念から解放された狙撃手たるセシリアにしてみれば、乱戦状態にあろうとも敵味方入り乱れる戦場の隙間を縫ってレーザーを放つことさえ可能である。

 ゆえに今こうして高い位置に陣取っているのは自分が相手を撃つためではなく、相手にこそ自分達を狙わせるためだ。

 

 

「威力は中々ですけれど……狙いがわかりやす過ぎですわ」

「いや……いくらハイパーセンサーあるっていっても、複数目標から同時に狙われてるのを正確に感知できるのなんてセシリアちゃんくらいなものだと思うわよ?」

 

 それをなすことができるのは、フレキシブルの成功がもたらす自信かはたまた狙撃手としての天性か。

 一夏達と乱戦状態になっている一団の後方に整列し、代わる代わる熱線を放つ無人機を優先して狙撃して回っているセシリアは一番狙いやすい位置にいることもあり、束になって放たれる熱線砲の数は10や20ではきかないだろう。

 だが、セシリアはその全てを回避し、そうやって狙ってくる相手から優先してレーザーの狙撃を叩きこむ。相手の発射直後の硬直は格好の狙い時であり、フレキシブルが複雑な機動を描いて無数に存在する無人機の影に隠れて死角を狙い打つ。

 その的確な援護があればこそ、圧倒的な数の差がありながら乱戦状態を保っていられるのだと、仲間たちは心の底から理解している。

 

「……! セシリア、ちょっと動かないで!」

「わかりましたわ」

 

 ゆえに、セシリアをまずは沈めんとする敵の数も多い。遠距離からの射撃ではかなわないと見て乱戦の只中から隙を見て抜けだしセシリアを狙う者も数限りなく、いまもセシリアの周囲を護衛するビットの射撃が止んだ時を見計らって直下から迫る無人機がある。

 

 しかしセシリアは慌てない。

 なぜならこうなることが予測されたからこそ、この場にはシャルロットと楯無という、あらゆる状況に対応可能な二人が護衛についてくれているのだ。

 

「女の子を下からのぞくなんてよくないよっ、天罰降臨!」

「私も手伝うわ、シャルロットちゃん」

 

 これまでもセシリアに迫ってきた全ての敵は二人によって撃墜とまではいかないまでもことごとくを撃退されてきた。事実今も、下方からの接近という無粋をとがめた二人のマシンガン二丁とランス内蔵ガトリングによる銃弾の雨あられを受けあえなく落下していった。

 

 セシリアはその顛末に目もくれない。

 スナイパーに必要なのは敵を屠る集中と、自分を守る仲間への絶対の信頼だ。

 

 

『クソっ、キリがねえ! ……よーしお兄さんいい加減グレネード使っちゃうぞー!』<ガチャン、ウィーン>

「ああっ! 真宏の肩についてるの、ハンガーユニット! いいないいな!」

『ふふーん、どうよ。俺はシャルロットと違ってラピッド・スイッチなんてできないから、こうやって先に用意しておくのさ』

「あら、装備切り替えも案外スムーズね。ワカちゃんに作ってもらったのかしら?」

『……いや、作ってもらおうと思って言ってみたら、「こんなこともあろうかと!」って既に用意されてました』

「流石……ワカさん、ですわね」

 

 ……などと呑気にやっていたとしても、一応信頼はできるのだ。一応は。

 

 

◇◆◇

 

 

 この激戦が始まってどれくらい時間が経ったのか、既に把握することはできなくなっている。

 

『どっせぇい!』

「もう一回……一斉発射!」

 

 相手に合わせて展開したスコップ<塹壕万里>で頭をはたき飛ばした無人機はこれで何機目か。簪が、周囲に寄りすぎた敵機を牽制するためにミサイルを一斉発射するのもこのあとはもう一回しかできないとさっき教えてくれていたし、いい加減かなりきつい。

 

 しかしそれでも、倒した敵の数は驚くほどに少ない。

 

 最初にフォルテ先輩が撃破し、その後の勢いで一夏とラウラが共同して斬り倒したのが数体ほど、箒と鈴が方々で援護して回るさなかに倒したのが同じくらい、セシリアは後方の無人機を何度か仕留めているようだが、俺達の組はと言えばさっき簪が破竜と死蠍を連結させた荷電粒子砲で消し飛ばした一機の他、俺が撃ったグレネードが直撃した一機と簪のミサイルを集中させて倒した一機のみ。まだまだ唸るほどに敵は残っている。

 

 が、対するこちらは疲労がきつい。

 俺やシャルロットのように実弾系の武器を多用するISは残弾が心配になってきたし、かといって近接戦闘を主体にするには周囲の敵が多すぎる。

 一夏はなんか妙な覚醒の仕方をしたらしく、会長に言われた通り零落白夜もイグニッション・ブーストも使わず文字通り剣一本で渡り合っているのだが、それだっていつまでも続きはすまい。

 

 俺も強羅が大量に格納している武装を色々使って対抗しているが、さすがにそろそろ弾数が不安で敵はまだ多い。白鐡も強羅の機動をサポートしたり自律飛行で牽制してくれたりと頑張ってくれているが、それだけの奮闘があっても状況は不思議なほどに均衡を保ったまま。

 

 ……これは、きっかけが必要だ。

 揺らがぬ天秤の片方に、勝利を呼び込む錘をどかどかと乗せなければならない。

 

 その手段は……実のところ、あったりする。

 

『仕方ない……みんな、ちょっと抜けるから簪の援護を頼む!』

「ええっ!? な、なんですの……!?」

『すまん簪、行ってくる!』

「……うん、わかった。頑張るっ」

 

 しかし理由を説明している時間はない。勝利の鍵はここにはなく、直接俺が取りにいかねばならない。

 これだけ敵の数が多いところで俺一人とはいえ離脱するのは無理がありすぎると思っていたのだが……今は、むしろその弱気こそが敗北へとつながるだろう。だから簪と仲間を信じて、少しだけ大変になるだろうが、支えてもらおう。

 

 

「簪さんのフォローは僕がする! 何をするのかわからないけど、真宏はなるべく早めに戻ってきてね!」

『ありがとう、シャルロット! ……戻れ、白鐡!』

――キュイ!

 

 久々に本来の姿となり、ファンタム・アビエイションで周囲の無人機をかく乱していた白鐡が俺の声を聞いて即座に戻り、背部に接合。これでISとは思えないほど鈍重だった強羅もそれなりの機動力を得ることができる。

 白鐡がなければPICを起動していてもジャンプくらいしかできないほど装甲の重量がキツイ強羅も、こうなれば大丈夫。無人機の軍勢に背を向け、助走の後に踏み切って、校舎の屋上の高さまで一気に飛び上がる。

 

――ギギッ!

――ギィ!

 

「おっと、真宏の邪魔は!」

「絶対させないっ!」

 

 背後にそんな頼もしい声が届くんだ、必ず最速で戻ってみせる。

 その決意を足に込め、放物線を描いて降り立った校舎の屋上を踏み割らんばかりの勢いで蹴り飛ばし、簪とシャルロットの追撃も逃れて背後に迫った無人機を、ハンガーユニットに付けたグレネードをそのまま掴んで後ろ向きに発射。見事吹き飛ばしがてら、セカンド・シフトをして装甲がさらに強力になったことでワカちゃんから使用の許可が下りた久々のエクスプロージョン・ブーストも使って、目的地へと急いだ。

 

 

『えーっと確かこのあたりに……あった!』

 

 強羅の場合、白鐡を装着していても普通のISよりは加速も最高速度も遅い。

 だが機体自体が秘めたる出力はセカンド・シフトを経たことによってこれまで以上に高い物となり、地面やら壁やらを蹴り飛ばして進める状況ならばそんじょそこらのISには負けない速度を得ることができる。

 相変わらず開けた空中における機動力はお察しくださいレベルなのだが、それでもこうしてIS学園の敷地内を駆け、校舎の壁やらそこらに立っている木の幹やらを足場にして次々と加速してくれば通常時の三倍くらいの速度で突き進むことが可能であり、数分と経たずに目的の場所、第三アリーナの格納庫に到着した。

 

『上に物置かれてなくて助かったよ……。機体認証、パスワード入力、起動設定をインストールから直接装着に変更っと……!』

 

 ここに来たのは他でもなく、あの無数の無人機をまとめて撃破しうる装備を手に入れるためだ。手に入れるとは言っても、元々ここに置かれていた装備を取りに来ただけのことなんだが。

 

 格納庫の片隅に鎮座する、強羅がすっぽり入ることができそうな棺桶状のコンテナ。ここに、それがある。

 本来ならばこの輸送用コンテナの端末を通して強羅にインストールしてから展開する仕組みになっているのだが、今はそんな段階を経ている余裕がないからこの場で直接装着していくよう設定を変更したのだ。

 

 強羅から装着申請が為されたことを確認したコンテナが上部の蓋を開く。

 急いでいたため明かりもつけなかったのだが、それでも俺は強羅のハイパーセンサーによって何が起こっているのかをはっきりと知覚できる。箱のシルエットが帯状にほどけるようにして分解し、その一本一本がパーツを掴むアームとなったのが。

 きゅいんきゅいんとアクチュエータの唸りを上げる細いアームが極めて正確に動き、内部に収められたパーツを強羅のボディに存在するハードポイント目指して伸ばしてくる。

 

 この装備……というかパッケージは、強羅のセカンドシフトに伴って再設計されたものだ。

 元はパッケージとして登録されていたわけではなかったのだが、以前使った時になかなかの威力を示したためパッケージ扱いで制式採用することが決まったのだが、おりしもその直後に強羅がセカンドシフトを果たした。そのため新たに装甲が増え、形状が色々変わってしまったことに合わせて接合形態などの見直しが行われ、つい最近送られてきたばかりの最新装備。

 強いには強いのだが、むしろ強すぎてアリーナの中ですらまともに使うのは躊躇われるような代物で、今日まで接続試験はしても実際に撃ったことは一度もない。やってみようとしたら山田先生が半泣きでやめてやめてと縋ってくるのでさすがにできなかった。

 

 ……だが今は止める者もなく、ためらうべき時でもないはずだ。

 

<パッケージ、接続始め!>

<パーツ各部、戦闘モードへシステムを移行!>

<肩部よし!>

<胸部よし!>

<脚部よし!>

<背部よし!>

 

<起動。各部異常なし!>

 

 全身を取り巻くアームが瞬く間に作業を終え、コンテナが元通りの形に戻るときには、既に強羅のシルエットが明らかに変わっていた。

 ……いや、正直いつの間に? なんか視界に接続状況を知らせるメッセージは出たんだけど流れるの滅茶苦茶早かったし。ぶっちゃけ量子化したものを展開するより早いんじゃなかろうか。

 

 ま、まあいいや。今はそんなことより、早くみんなのところへ戻らないと!

 

『よし、今すぐに……って、相変わらず重ぉっ!? 白鐡、大丈夫か!?』

――キュ、キュゥイイイイ……ッ!

『わかった、わかったからあんまり無理するなよ!?』

 

 とはいえさすがの重量感。いつぞや使った時よりもさらに重量を増している気もするが、それもまた頼もしさの証明だろうと思う。思いこむことにする。

 気合を入れ直し、いつまでも立ち止まっていると床が壊れそうなのでPICと白鐡のスラスターを起動して移動を始める。

 

『よっ……はっ……ほっ……!』

 

 帰路は、さっきまでと同じようにとはいかない。

 元々鈍重な強羅なのだから移動速度など程度が知れていて、ましてや今は通常以上に重い装備をつけている。正直ここまでなら量子化して持って行って現場で展開したほうがよかったんじゃないかともうっすら思うんだが、それは心が弱っているなによりの証拠。そんなことを考えて不安になるよりも、増加装甲が干渉して稼働範囲が狭くなった足をより一層強く踏みしめて一刻も早く仲間達の元へ駆けつけるのが先決だ。

 

 だから俺は来た時よりも強く壁やら木やら街灯やらを蹴る。

 ……そのせいか、背後で壁が崩落する音やら木が倒れる音やら街灯がへし折れて割れる音が聞こえたような気もするけど……あとで千冬さんに謝るってことで!

 

 

『すまん、待たせた!』

「真宏! ……またとんでもない物取りに行ってたんだと予想はしてたけどお前何持ってきた!?」

 

 校舎を回り込むよりは、今の状態でも飛び越えた方が早いと判断した俺は白鐡のスラスターを最大出力で吹かしてほぼ垂直に上昇。するといよいよもって複数機の無人機に取り囲まれつつあるセシリア達の近くに飛び出たので、手の届くところにいた無人機を引っ掴んで地上に落ちざま下敷きにして踏みつぶし、それでも勢いが止まらず路面の石畳を2mほど砕きながら必死に慣性を殺して立ち止まったところで、一夏が俺の帰還に気付いたようだ。

 

 その言葉、もっともなことだ。

 今の強羅はいつぞや披露したのとほとんど同じ、機体前面全てを覆い尽くす暗灰色の追加装甲、両腕のシールド、そして両肩から突き出る二門の荷電粒子砲を身に纏っていたのだからして。

 

 

 これが、今回俺が選んだこの状況を打開する装備だ。

 以前の学年別トーナメント時、これら追加装甲型マイクロミサイルラックやら何やらを組み合わせた即席のパッケージが高い評価を得たことで再設計された殲滅大火力パッケージ<パーティータイム>。

 両肩に搭載されていた各8発のミサイルを廃止し、その代わり最初からエメラルドバスターを突き出したこの形態、ミサイルを打鉄弐式でも使われているものに換装してあるから破壊力も機動力もさらに上がっているし、さりげなく前より装甲が大きくなっていることからして、おそらくミサイルの搭載総数も上がっているだろう。

 セカンドシフト後に色々再調整して送ってきてくれた物の中でも特大の危険度を誇るこの装備。今使わずにいつ使う。

 

『簪、これを!』

「うん……わかった!」

 

 しかし、この装備の使用には一つ問題があった。

 パーティータイムは多対一……というか自分以外は全て敵という状況で後先考えずにとりあえず目につくもの全部ぶっ潰せ、というコンセプトの装備だ。ある意味蔵王の意思を的確に表しているといえる。

 

 だがそんな物をこの状況で使えばフレンドリーファイアの危険もある。いやむしろそれしかない。

 大量のミサイルは敵を倒してくれるだろうが確実に味方も巻き込み、両手のガトリングの弾幕は味方の退路をも断つだろう。

 

 ゆえにこの使用をためらっていたのだが状況はそんなことを言っていられなくなったし、それになによりこんなこともあろうかと、俺と簪の二人で既に対策は考えてあったのだ。

 

 それこそが今簪に投げ渡した、ハンドガン。

 緑色をベースとして、IS用の物であるにしても少々ゴツイ印象のあるこの銃は、トリガーの前、銃身の下側に突き出たパーツがある。

 ここはスライド式になっていて、受け取った簪が俺の後ろ側に回り込んでそこを引っ張り、さらには拡張領域に収めていた一枚のカードを展開し、蔵王重工の社章がきらきらと光るそれを中へと収めた。

 

 このハンドガンとカードが、勝利の鍵だ。

 カシャコン、と軽快な音をさせて簪がカードを装填。外部メモリとしてカードに格納されていた機能がFCSリンクデバイス<マグナバイザー>に開放され、そのことを告げるアナウンス音声が、鳴り響く。

 

 無人機達の終わりを告げる、無慈悲な声で。

 

 

<<ファイナルベント>>

 

 

「……! おい真宏、まさか!」

『ハッハァ! みんな、逃げるか適当な無人機でガードベントするかしてくれよっ!』

 

 その電子音にも似た声は、かつて何度となく聞いたもの。

 否応なく最大攻撃力への期待を膨らませてくれるのだが、それは単なる期待ではなく、紛れもない事実だ。

 

 簪はカードを装填したハンドガンを、白鐡の背部にあるコネクタへと接続。これを持って強羅と打鉄弐式の間にFCS機能のリンクを形成。強羅と打鉄、二機分のハイパーセンサーで敵をロックし、打鉄の火器管制能力をフルに駆使しての一斉射撃が可能となった。

 

 もしパーティータイム単独をこの場で使えば敵より味方のほうが危険になりそうなものだが、打鉄弐式の未完成とはいえマルチロックを採用した火器管制があれば話は別。

 強羅の前面に備えつけられた無数のウェポンラックのカバーが開いて顔をのぞかせるミサイルと、両腕のシールドガトリング合計四丁と肩の荷電粒子砲。さらに俺の後ろに隠れながらもばっちりウィングスラスターの中に収められたミサイルをスタンバイさせ、強羅の両腕の下から破竜と死蠍の砲口を突きだす簪。

 俺達二機のISの、全火力を今この瞬間に開放しよう。

 

『フルバースト、いきまーす!』

「やっぱりそれかああああああっ!!」

 

 叫んだ俺達の声は届いても、姿を見られたものはそういまい。

 同時に発射した無数のミサイルの噴射煙が、一瞬の後には俺と簪の姿を丸ごと包み隠してしまったうえ、……そもそもミサイルやらガトリングやらその合間を割く荷電粒子砲の光を避けるのに必死であったことだろうから。

 

 規格統一というわけではないが、パーティータイムの搭載ミサイルは打鉄弐式のものと同じであるから簪印の誘導性能を丸ごと受け継いで、しかも機動力とかまともな積載量とか一切考えず強羅に詰めるだけ積んであるのだから瞬間最大火力はおそらくこの場のISでも一番。

 無謀にも発射を止めようとスコップを楯に迫ってきた無人機がまず真っ先に全身くまなくミサイルの嵐を受けて鉄クズになって落下し、その向こう側にいたせいで進むべきか全身全霊逃げるべきか迷っていた二機が強羅と打鉄弐式の荷電粒子砲によって腕と足を仲良く焼き飛ばされ、まだミサイルが届かないだろうとたかをくくっていられるような距離にいた奴らはくまなくガトリングの弾幕の足止めとその後きっちり後ろから回り込んできたミサイルに挟まれて押しつぶされるように撃墜された。

 

 

 そんな阿鼻叫喚の地獄絵図が目の前に顕現してしまったのでした。

 

 そして、少しの静寂。

 ……いかん、動く物がない。

 

「ちょっと……やり過ぎた?」

『かも、しれん』

 

「かもしれんで済むかぁっ!」

 

 目標を見失ったミサイルがひゅるひゅると落下しては小さなクレーターを作り、そこらじゅうの草木が黒くすすけているその只中から、何とか生き残った一夏の声がする。

 よかった無事だったのか、と自分のしたことをちょっと棚上げ気味に、ミサイルを撃ち終わった追加装甲やらシールドやらをバラバラとパージしつつ、強羅の体の横からひょこりと顔を出した簪と一緒に声の聞こえた方を見れば、そこには元がなんだったのかわからないくらいボッコボコになった無人機を楯代わりになんとか生き延びた一夏の姿が!

 

『おっ、やっぱりガードベントしたか。さすが一夏だな』

「あぁしたともさっ、さすがに死ぬかと思ったしな! ……学年別トーナメントで真宏と戦った子達の気持がわかったぞ」

「あ、あのころすでに真宏と和解していてよかった……」

 

 さらにはそんな一夏が守ったらしいラウラも白式にしがみついていたりするのだが、うむよかった。元々上空に位置していたセシリア達はもちろん、俺が戻ってきた時点ですでにろくでもないことをすると察していたらしい箒と鈴はいち早く距離を取っていたし、先輩らはミサイルが飛んでくる度に手近な無人機をコールド・ブラッドの能力で動けなくしてミサイルのほうに投げつけていたからほぼ無傷。

 うん、よかった。簪の協力があってこそだなこれは。もし無計画にぶっ放してたら確実に巻き込んでたよ。

 

「そんなもの使うなよ……と言いたいところだけど、すごいな。大体片付いたじゃないか」

『まあな。それくらいできなきゃ使う価値はないさ。……実は俺も結構きついんだけど。大量に使った火薬爆発とミサイルの軌道計算やら何やらで発生した熱でかなり暑い』

 

 その俺の言葉で初めて気付いた、とでも言うように強羅が慌てて冷却材を投入させ、すぐさま蒸発。ぶしゅーっと胸部装甲のあたりから蒸気が噴き出した。

 

 どこかコントのようなこの状況。しかし実のところ事態はかなり好転している。

 なにせ、今の攻撃であらかたの敵を倒すことができたのだから。

 

 当初数十体はいたはずの無人機のうち、しっかり確認できているわけではないが撃墜したものと戦闘続行不能と思える損傷を負ったものが8割ほどで、まともに動けるだろう機体はもう20体もいないだろう。

 それでもなおこっちより数は勝っているのだが、こちらは一人の欠員もなく、あちらは圧倒的な数で押していたのが今はご覧のあり様。戦況は紛れもなく逆転している。

 

「よし、これなら一気にたたみかけられるぞ!」

『ああ、その通りだ……と、言いたいところなんだがね』

 

 逆転しているのだが、……俺は素直にそう思えなかったりもする。

 確かに無人機は強かった。これだけの数を揃えてくるというのは脅威だったし、事実かなり苦戦もした。

 

 しかし、それだけだ。

 技術的、世界情勢的にこの大量の無人機が襲撃してきたことは確実に緘口令敷かれるだろうほどの影響力を持っているだろうが、俺は知っている。

 無人機を陰で操っているのが、束さんだということも。

 

 さらには今朝IS学園の敷地内で見かけた一人の少女。

 ただ遊びに来ただけなどとは考え難く、あの子が現れた日にこの事件が起こったことが無関係だと思うほど、俺はフロム脳をやめていない。

 

「根拠もないでしょうに、それでも警戒を解かないのはいい判断です。……私からすれば、忌々しい限りですが」

「なっ!?」

「何者だ!」

 

 驚愕の声は近くに寄ってきていた一夏とラウラから。ISを展開している状態で不意を突いて接近されるなどほぼありえないことで、その二人の反応は極めて自然なものだ。

 

 だが、俺は少々事情が違う。

 聞き覚えのある声と、半ば予想していた事態。驚かせようとわざわざこっそり近づいてくれた彼女には悪いが、それでも俺はゆっくりと振り向く。

 

 そして、そこには。

 

「お久しぶり……というほどでもないですね、神上真宏。噂にたがわぬ無軌道ぶり、しかと拝見しました」

『いやあ、そんなに褒められると照れるな。……それより、探し物は見つかったかい?』

「あなたならよく言われているでしょうが、敢えて言います。褒めていません。ですが、探し物の方は問題ありません。あとは時間が解決してくれるでしょう」

 

 朝に出会った銀髪の少女がいる。

 あの時と全く変わらない、銀髪に閉じた瞼という出で立ちで。

 

「真宏……? お前、こいつを知っているのか?」

「そういえば、今朝女の子に会ったとか千冬姉に言ってたな」

 

 この場にいるのは俺と簪、一夏とラウラ。他のみんなも少し離れたところからこちらに気を配っているのはわかるのだが、そっちのほうにはミサイルの難を逃れた無人機達も居て、容易くこちらへ近づいてくることはできないようだった。

 

 警戒もあらわな一夏達と並び、俺は改めて少女を観察する。

 

 俺達と同年代、と判断するには低い身長と幼げな顔。肌の白さは雪のようという表現がぴったりで、うっすらと静脈が浮かんで見えるほどに線が細い。

 中学生かもっと下に見える可愛らしい容姿は、似合ってこそいるものの適当に用意した感が溢れるごく普通のワンピースに引き立てられるでもなくそこにあり、長く太めの三つ編みがひと際目を引く少女だ。

 

 しかしそれは普通の人が見た場合に抱くであろう感想であり、この場にいる俺達の場合は少々事情が異なっている。

 彼女を見て真っ先に想起される印象は、それとはまた別の物。すなわち。

 

「ラウラに……似てる?」

 

 半ば無意識に一夏が口にしたものこそがそのまま答えだ。

 

 白磁の肌に銀の髪。幼げな容貌が漂わせるどこか冷たい雰囲気は、俺達のよく知るラウラのそれにとてもとても、近いのだ。

 

「確かに……な。貴様、何者だ」

「通りすがりの束さまのアイドルです」

『こいつ……できる!』

「真宏、ちょっと黙ってろ」

 

 その事実は、誰より当のラウラこそが真っ先に気付いたことであろう。

 ラウラの全身から発散される戦意は今や無人機の大群を前にしたときの比ではなく、表情の抜け落ちた軍人の視線が油断なく少女の額を射抜いている。

 ……無理からぬことか。ラウラの出生は、この子の存在を他人の空似と断じるには後ろ暗いところがありすぎるし、ましてこの状況で当たり前のように現れた。黒幕、あるいはその刺客としての可能性は天井知らずと言えるだろう。

 

「せっかちですね。生憎と私は名乗るほどのものではありません。ただ……イレギュラーとは予想していましたが、それにしても神上真宏の行動が目に余るのでやむなく出てきただけのことです」

 

 ラウラの言葉に応えているように見せかけて半ば以上無視しながら、目を閉じた顔が俺に向く。瞳の色すら分からないながら、こちらを指向する意思は強烈で、ある種の圧力にも似た感覚を味合わされた。

 

『そりゃまたどーも。歓迎の花火になるんだったらもうちょっと派手にするべきだったかい?』

「必要ありません。本来ならば、もう少しゴーレムⅠに付き合っていてくれれば、それでよかったのです」

 

 ゴーレムⅠというのが無人機の名前だというのは知っているし、状況からしてみんなもそれを指しての言葉だというのは理解しただろう。……同時に、その名を出したことから、ゴーレムⅠを差し向けたのがこの少女だということも。

 

「真宏、お前あの無人機とかこの子のこととか、知ってるのか!?」

『知らん。が、予想はつく。……そういや言ってなかったな。いつぞやのダーク強羅と無人機達。アレ作ったの、束さんらしい。ダーク強羅の中から出てきたセップクしたクロウサギが言ってた』

「なにぃ!?」

「姉さんが!?」

「……仲間にすら言っていなかったのですか。しかも忘れていたという理由で。やはり読めません」

 

 俺のカミングアウトに驚愕の叫びが再び上がる。

 みんな薄々そうじゃないかなーと思ってはいてもイマイチ確信を持てなかったであろうそのことを、あっさりとバラしたのだからさもありなん。

 しかし、もはや問題もあるまい。この子がこうして出てきたということは、おそらく束さんもそろそろ本格的に暗躍し始めたということ。あの人の目的はさっぱり分からないが、それでも何かが始まろうとしているのは確実で、仲間達にだってそのことは知っておいてもらいたい。

 

「おい、一体どういうことだ貴様!」

「答える義理はありませんよ、ラウラ・ボーデヴィッヒ。……ですが、あえて言うならば一つだけ」

 

 どこか間の抜けたやり取りをしながらも、実は俺たちは一夏とラウラ、俺と簪の組になってこの子をはさむように位置を変えている。

 気付いていないわけもなかろうが、それでも好きにさせるのが余裕の表れなのはまず間違いなく、何故か無人機達が箒達を牽制してこちらに近づけないように動いているのが不気味でしょうがない。

 

 不穏な空気は少しも減じさせないまま、俺達の包囲が完成するのを待っていたようにして少女が口を開く。決定的な、一言を。

 

「あなた達には、まだまだピンチになってもらわなければ、困ります」

『よし、スーパーピンチクラッシャーを呼ぼう』

「そこでギャグにするなよ!?」

 

 ついつい勢いで呟いてしまったその言葉と一夏のツッコミは、しかし大して広がることもなくかき消える。目の前の少女を中心に前触れなく炸裂した眩しい光と、耳を聾する爆音によって。

 

「IS反応……! 一夏、気をつけろ!」

「わかってる!」

 

「真宏……っ!」

『簪、俺の後ろに』

 

 その正体がISの展開時に起きる現象であることは、誰にとっても周知の事実。

 口ぶりからはこの一件の首謀者であることを隠す風もなく、さらにことここに至ってISの一つも持たないということもありはすまい。さて鬼が出るか蛇が出るか。

 俺もまた彼女の目的が不明ながらろくでもないことを企んでいるだろうことは間違いないと、背後に簪を庇っておく。

 

 

 こちらの視界から隠れた状況を利用しての奇襲の可能性も考えていたのだが、どうやら相手はそんな手段を選ばなかったらしい。

 おそらくISに絶対の自信を持つが故のその態度。

 

 ……嫌になるくらい納得できる。

 光が収まったその場所に現れた、黒いISの姿を目にすれば。

 

 少女のISは操縦者に合わせて小柄な印象を与えてくるが、手足を覆う装甲とアンロックユニット、そして既にして展開されてその手に収められている実体ブレードと、いかにもISらしい装備が揃っている。

 装甲は多いほうではなく、防御力よりも機動力に重点を置いているのは明らかで、彼女の体の小ささからするに接近戦に持ち込まれたら逆に厄介かもしれない。

 そんなことを戦いに慣れた頭の一部が冷静に考えるが、それ以上に俺たちは強く想起される記憶がある。

 

 あのISの姿。黒く、滑らかに湾曲した女性的なシルエットを持ち、頭を守る兜と広げられた翼のようなウィングスラスター。

 見覚えがあるなんてもんじゃない。

 これはつい最近、専用機持ちタッグトーナメントに現れたばかりの無人機を、有人機仕様にしたような姿だった。

 

「前の無人機! それに乗ってるのか!」

「失礼な。まるであり合わせのものを使っているかのように言わないでください。これはゴーレムⅢではなく、れっきとした私の専用機です」

 

 ヒュン、と振るう刃が空を切る音が届く。一夏の指摘には不満げな様子であったが、事実その通りなのかもしれない。

 見た目こそダーク強羅と並んでIS学園を襲撃してきたあの無人機と共通する意匠が多々見られるが、そもそもISというのは人間と共にあってこそ最大限の力を発揮しうるもの。あの子が一緒であるならば、かつての機体とは別物の力を持っていると見るべきだろう。

 いや、そもそも未だ閉じられた瞳の存在だってある。あの目を開いたときそこに何があって、何が起こるのか。……今から考えておきたくはないものだ。

 

「せっかくですので、ご紹介しましょう。このISは、束さまが私のために作ってくれた専用機で、あなた方も知っている無人機ゴーレムⅢはむしろこの機体をこそ元にして無人化されたものです。ゆえに名前はゴーレムⅢのプロトタイプということで、<G3-X>といいます」

「おい真宏。……おい真宏」

『落ち着けラウラ。俺もすげー嫌な予感してるから』

 

 そして、まさかの名乗りである。

 別に青いボディに赤い目でもないというのにその名前。一体何を企んでいるんだ束さんは。ましてラウラによく似たこの子。アレか。アレを使うのか。

 

「さて、自己紹介も終わったことですが……どうやら、まだ足りないようですね。致し方ありません。あなた達には、少し痛い目にあっていただきます」

「なんだかよくわからないけど、そう簡単にはいかないぞ!」

 

 こうまでなったからには、さすがに平和的な解決などあり得ないだろう。

 頭部装甲の下からちらりと走らせた視線が俺達の後方で箒達とにらみ合っている無人機達の元へと向いたのと同時、再び派手な剣撃の音が響いてきた。

 

「箒!?」

「一夏っ、よそ見をするな!」

 

「まったくです。……呆れ果てますね」

「!?」

 

 おそらく、少女の視線を引き金として無人機達が再び暴れ始めたのだろう。それをブラフとする意図があったか、それとも一夏が単純過ぎたのか。片手にブレード一本しか持たない少女のISが黒い疾風のような残像を残して瞬時に一夏の懐へと飛び込んでいった。

 正直俺の目だとあとを追うのがやっとだったその動き、いつの間にやらブレードは居合のように腰へと引き絞られ、ガラ空きになった一夏の胴を一瞬後には綺麗に薙ぎ払えそうな位置にある。

 ゴーレムⅢの系譜の機体だっていうからあのブレードも選択肢の一つくらいかと思ってたのに、なんだこの速さ!?

 

「フッ!」

「このぉ!」

 

 俺達とてただ突っ立っていたわけではない。何かあれば互いにフォローしあう心づもりではあったが、この領域の剣術を使うのであれば、対応できるのは一夏だけだ。

 俺が何か動くより、ラウラが割って入ろうとワイヤーブレードを射出するより早く、一夏の右脇腹目指して振るわれた刃が、全身をその場で回転させることで無理矢理相手の剣の軌道にねじ込まれた雪片とかちあい、勢いをそのままに互いを弾き飛ばした。

 

「ふむ……なるほど、さすがにこの程度では難なくさばかれますか」

「あいつ……一体なんなんだ!? それにその技!」

 

 下がる一夏の前にはラウラが庇うように立ち塞がって相手にレールガンを放つもあっさりと弾体を切り裂かれ、元の位置まで下がった少女は腕の感触を確かめるように軽く刀を振っている。

 その動きに気負いはなく、さっきまでの動きがまるで嘘のようだった。

 

「真宏……何か、変」

『変?』

「あの子の動き……全然意識の変化がなかった。まるで、斬りつけてからはじめて自分の体が動いたことに気付いた……みたいな」

 

 そして、簪がこっそりとそう教えてくれる。

 簪はこれでも更識家の次女。幼いころからその手の訓練は重ねていたという話だし、子供のころに篠ノ之道場で剣術をかじっただけの俺なんかよりよほど洞察力は鋭いだろう。

 

 ……さらに加えて言うならば、簪は俺と同じくある特定の方向に関して色々なことを知っている。

 以前は人がいなくても動いていた無人機の元となるISを操り、しかも機体名はG3-Xだという。そして極めつけに、ラウラに似たあの容姿。

 

 ある一つの可能性が脳裏に浮かぶのも、無理からぬことだろう。

 

「その動き……やはり教官のもの! VTシステムか!」

「ラウラ・ボーデヴィッヒが気付きましたか。妥当なところです。訂正したい部分もありますが」

 

 苦々しげに吐き捨てるラウラの言葉に淡々と返す

 G3-Xを名乗るあの機体に、VTシステムが搭載されていること。一夏とラウラは今の一合でそう気付いたようだった。

 

『マジか……。機体の名前の時点でそうじゃないかとは思ってたけど、な』

「VTシステム……本当に存在したんだ」

 

 ただでさえ束さんの関係者である以上ISの性能が高いのは当然で、しかもそれがVTシステムを搭載していると来た。そんなもの、戦慄を覚える以外にどうしろというのか。

 

「このシステムの力は知っているでしょう。存分に味わってください」

『うおっ、こっち来た!?』

 

 結論としては、どうする暇もなく相手の攻め手が始まった。

 まずはラウラと一夏を無視して俺に肉薄。俺は以前ラウラがVTシステムを発動させた時も近くで見ていたわけではないし、そもそも千冬さんクラスの斬撃など目で追うことすら不可能なのだから、踏み込んできたと思った次の瞬間には相手の顔が胸元に瞬間移動していた。

 マズイ……!?

 

「――真宏!」

『っ! 簪!!』

 

 為すすべなしかと思われた俺を救ってくれたのは、なんと簪だった。

 さっきまで背後に庇っていた簪が、強羅の脇から超振動薙刀<夢現>を突き出し、このときになって初めて逆袈裟に斬りかかっていたのだと気付いた相手のブレードを受けとめてくれていた。

 

『よい……しょぉ!!』

「そこで迷わず打ちおろしとは、動きは鈍重なわりに判断は悪くありませんね」

 

 そこを好機と見た俺の追撃はしかし、実を結ばない。

 丁度こちらの間合いにいるのだからと両手を組んでハンマーのごとく思いきり相手の脳天に振り下ろしたが、さすがの機動力。こちらは影すら踏むことができず、空振りした両拳が路面を砕いて爆散させるだけだった。

 くそっ、当たればそこそこのダメージだったろうに!

 

「このっ、好き勝手はさせないぞ!」

「貴様には聞きたいこともある、大人しくしろ!」

「残念ですが、お断りです」

 

 舞い上がった砂埃を振り払いがてら展開したグレネードを突きだした時には既に敵の姿はなく、少し離れた場所で一夏達と斬り結んでいる。一夏の雪片弐型とラウラのプラズマ手刀。いずれも手数、威力共に優れているはずなのだが、相手が振るうたった一本の刀を押しきれていない。

 

「一夏ぁ! ……くっ、邪魔をするな無人機!」

――ギギっ!

「落ち着け一年! なんかあの子供が来てからこいつらの動きもやたらよくなってるんだ、集中しろ!」

 

 VTシステムを使う束さんの刺客という存在に気が気でないのは、なにも一夏とラウラだけではない。再稼働した無人機と激戦を繰り広げる箒達も、どういうわけか数が減ったくせにさっきより強くなったらしい無人機を抑えるのに手いっぱいで、こちらの応援はできそうもない。

 

 つまり、ここは俺達が戦うしかないってことだ。

 

『くそっ、一夏達と近すぎてグレネードも使えない!』

「荷電粒子砲も……同じ。ミサイルもほとんど残ってない」

 

 しかしながら、援護もろくにできはしない状況だ。俺も簪も火力には自信があるが、引けば追い、向かってくればいなす高度な近距離戦闘をISの機動力を生かして目の前の空間全てを使う勢いで縦横無尽にやらかされてしまえば、大火力のものであればこそ狙いをつけることさえままならない。

 マズイな……どうしたらいい。

 

 しかしそれほどの激戦、一夏もラウラもそう長く続けられるものではない。

 正面から突きを放ってくる一夏を避けると同時に、避けた先から迫るラウラの二刀を受けることなくカウンターで胴を薙ぎ、慌ててプラズマ手刀でガードしたラウラを一夏の方に弾きとばして距離を取った。

 

『一夏、大丈夫か!?』

「ああ、なんとかな! でもおかしいぞ……。どういうことだ。お前、明らかにラウラの機体に仕込まれてたVTシステムより強いじゃないか」

 

 そこが戦闘の分水嶺。わずかながら距離を取ってくれたことでようやく俺も割り込める余地ができたかと、一夏とG3-Xの間に割って入ってグレネードを構える。相手が相手だけに牽制としてすら役に立つかは微妙だが……それでも一夏とラウラの楯くらいにはなれるだろうと思いたい。

 

「……先ほどは敢えて否定はしませんでしたが、やはり不愉快ですね。私のG3-XがVTシステムなどという不完全なものを搭載していると思われるのは」

「どういう意味だ!」

 

 ゆらゆらと不規則に動きながらも、奇妙な安定感がある相手の動き。

 一夏とラウラの言葉にもどこか夢見るような様子で応えているのだが……いかん、隙がない。確かに道場で千冬さんを前にしたかのような圧迫感だよ、これは。

 本当に一夏の言う通り、以前遠目ながら見たVTシステムのそれとはまるで違う。

 

「そのままの意味です。私の機体が使うのはかつてシュヴァルツェア・レーゲンに搭載されていたVTシステムのように不細工なものではなく、束様が作り上げた完全にして十全なもの……真のVTシステムです」

「た、束さんが……!?」

『マジっすか……』

 

 そして、存外あっさりと明かされたその違和感の正体は予想の範疇ではあったが……絶対現実になって欲しくない類の物であった。

 

 あの子の言う真のVTシステムが再現するのは、過去のモント・グロッソ優勝者たるヴァルキリー達の動き。しかも、これまで剣一本で戦っていたことからするにメインのモデルとなったのは第一回優勝者たる千冬さんに間違いなく、もし束さんが千冬さんの動きを再現しようとしたならば、それこそ「完璧」になるだろう。

 元々千冬さんや一夏達以外の人間などガン見したことのないだろうあの人が、唯一盟友と認める存在。「違うよこのデータ! ちーちゃんの動きはもっとこう!」とかなんとかノリノリで作っていった姿が目に映るようだ。

 束さん、あんなんでも箒の姉だから篠ノ之流も多少は使えるらしいし。やってるの見たことないけど、あの人なら物理計算を駆使して正確無比に自分の体を操るという、地下1200mの研究所に引きこもってる天才少女じみたことくらいはしそうだ。

 

「し、しかし……! たとえそうであったとしても、なぜそこまで使いこなせる! VTシステムを極限まで使うには、逆に操縦者の意思が邪魔になる。……無我の境地にでも至らなければならないはずだぞ!」

 

 ラウラの動揺の声。

 ただでさえ因縁のあるシステムが更なる進歩を遂げているなどと聞かされれば虚心でいられないのは当然のことであり、その指摘ももっともなものだった。

 

 VTシステムはヴァルキリーの戦いを再現するとはいっても、相手まで過去のデータと同じ動きをしてくれるなどということはあり得ないため、目の前の状況においてどのような動きを取るべきかの判断を必要とする。

 だがその半面、もしそうして選んだヴァルキリーの機動に操縦者が付いていけなければ。当然今度は操縦者こそが枷となるし、そうでなくとも操縦者本来の癖や呼吸とは違う動きを強いられるのだから劣化が発生するのは避けられない。だからこそ、シュヴァルツェア・レーゲンのVTシステムはそういった操縦者の自由意思がない甚大なダメージを受けた場合に発動するようになっていたのだろうと、以前ラウラが推測を語ってくれていた。

 

 では、なぜあの少女はそんなVTシステムを自在に操っているんだ……?

 

「せっかくです、教えて差し上げましょう。その答えの内の一つは……コレです」

 

 どうやらこの子は自分の素姓その他について、一切隠す気がないらしい。

 もしそうでないならば、これまでかたくなに閉じていたその両目をごくあっさりと開き、……ラウラの左目にとてもよく似た金色の両目をさらすことなど、なかっただろう。

 

「では、改めて挨拶代りに」

『って、また俺ぇ!?』

 

 しかも、そのままこちらの驚きが冷めやらぬうちに相手はまた踏み込んできた。PICとスラスターの加速を併用したイグニッション・ブースト並の加速を無挙動で実現するという、ついさっきまで一夏がやっていた篠ノ之流の歩法を応用した動き。そういえば千冬さんもやっていたような、などと考えるより先に衝撃が腹部に炸裂する。

 ブレードの柄で殴られたのだと気付いた時には全身が揺すられ、手放しそうになった意識を気合でつなぎ止めたときには目の前を追撃に走る一夏の雪片とラウラのワイヤーブレードが見えた。

 

「真宏っ!」

『うぐ……すまん、簪。大丈夫だ』

 

 まさか、強羅を使っていて近接戦闘を挑まれ、しかもこんなあっさりとダメージを貰うとは。そんなことはないだろうという油断があったのはもちろんだが、そこを容赦なく突けるあたりあの子と機体の性能も並じゃない。

 今だって、何故かこの戦闘の過程においてむやみやたらと白式を使いこなせるよう成長している一夏が繰り出す同門の技を容易くさばいているし、それと連携するワイヤーブレードの変幻自在な攻撃すら合わせて難なくあしらっているのだから。

 

「貴様、その目……! 両目ともヴォーダン・オージェだということか!」

「いかにも。普段から目を開いていると頭痛がしますから、閉じていてちょうどいいくらいです。それでもG3-Xに搭載されたVTシステムを完全に使いこなすには、この目によって強化された反射神経が必要ですが」

『ああそうかいっ! 一夏、ラウラ、下がれ!』

「おわああ!? グレネードなんか使うなよ!」

「まったくです。危ないでしょう。……そもそも、私ひとりに4人がかりで挑んでいるのにそこまでしますか」

『うっせえコンビニの芋ようかんぶつけんぞ! 俺たちは一つの力を五分割して戦ってるだけだ!』

「……ごめん、真宏。今はツッコミきれない」

 

 相手のセリフについついネタで返してしまいはしたが、その実力たるや恐ろしい。

 俺の未熟な眼力では彼女の動きが本当にかつてモント・グロッソで千冬さんが見せた動きと瓜二つにしか見えず、苦し紛れに放ったグレネードは途中で切り裂かれ、爆炎に捕まる前に効果圏内から離脱された。

 しかも一つ一つの動きは見覚えがあっても、その組み立ては今この場に最も適した物と来ている。

 これが本当のVTシステム。厄介なんてもんじゃないぞ……!

 

 不意に斬撃がやみ、向こう側とこちら、明確に線を引いたかのように陣営が別れた。

 こういう場合取り囲んだ方がいいのだろうが、そんなことをすれば確固撃破されるだけだから、むしろ戦力を集中しなければという俺達の本能が働いた格好だ。

 雪片、プラズマ手刀、グレネードに薙刀。それらを全て揃えて突きつけていても、相手が持つ一振りのブレードに敵う気がしないって……悪夢にしても性質が悪い。

 睨みあい……というには覇気がない金色の目を見つめての対峙。こちらが攻めあぐね、あちらは攻める気があまりないらしいその瞬間は、沈黙に覆われる。

 

「貴様、一つだけ答えろ。その目は……やはり」

 

 その沈黙を破ったのは、ラウラだった。

 おそらくずっと気になってはいたのだろう。どこか不安に揺れる眼差しで自分の眼帯を気にするようなしぐさを見せながら、相手に問う。

 自分にとてもよく似て、しかし決定的に違う両目の色。それはラウラにとってもつらい質問には違いない。

 

「ご想像の通り、私もドイツの遺伝子強化兵計画の一環で生み出された試験管ベビーです。もっとも、あなたよりはあとにロールアウトした個体ですが。……ちなみに、つい最近束様に拾われるまではVTシステムの研究施設にて被検体をしていました。この目もその研究の一環で、おそらくあと数日拾われるのが遅ければ、さらにシステムへの適合を高めるため私の自由意思は抹消されていたでしょう。今私がVTシステムを使いこなせているのはそういった処置の積み重ねと、束さまを心から信じればこそのことです」

「……!」

「そ、そんな……」

 

『あれ、ラウラの姉さんじゃないんだ』

「なぜそう思ったのかは知りませんが、違います」

 

 しかし相手にとってはどうでもいいことであるようだ。俺の疑問をさらっと流すくらいに。

 至極あっさりと語られたその内容はこちらに衝撃を与えるに十分で、一夏とラウラは愕然としている。

 ドイツがVTシステムの研究をしていたのはラウラのかつての機体を思えば明らかで、そのために人体実験じみたこともあったろうと予想はしていた。だがまさか、そこまでのものとはね……。

 

「……ああ、勘違いをなさらないように。私はこれでも感謝しているのです」

「感謝……?」

「ええ。このような人生を歩んだおかげで私は束さまに、自分の全てを捧げるべき方に出会えたのです。そこまでの全てに感謝していますとも」

『なんとまあ、前向きなことだ』

 

 彼女の言葉は慰めにはなるまい。

 だが心の底からそう思っていることはわかる。

 

 である以上、あとはもう決まっている。

 

「ですので、そんな束さまのため、あなた方にはもう少し付き合っていただきます」

「っ! 来るぞ!」

 

 再びの攻撃。

 攻め手は先ほどと変わらない苛烈な踏み込みと単純な斬撃。いかに操縦者の意思によってその場で取るべき動きを選べるとはいっても、その動きは千冬さんのもの。下手に絡め手を使うよりも基本の技を繰り出したほうが強いという判断であるのは間違いなく、それはこの上なく正しい。

 今度はなんとか反応出来た俺達が必死の形相で飛び退るのにも、もう一歩だけ踏み込んで瞬く間に追随。標的に選ばれた一夏が振るう雪片弐型と真っ向から切り結び、そのまま二機はとどまることない高速の斬り合いを開始した。

 

 薙ぎ、突き、払う。一つ一つの動きは双方とてもよく似ているのだが、いかんせん一夏の方が不利だ。

 相手が繰り出す千冬さんの技は、そのどれもが今さっきかつて学んだ篠ノ之流の技を思い出したばかりに等しい一夏にはしのぐのがやっとで、反撃の隙などありはしない。

 しかも二機ともに機動力がすさまじく、急上昇したと思えば水平に数百メートルを移動し、またはPICを全開にして慣性など置き去りにするかのように鋸歯状の機動を描いて移動されては、こちらからの手出しなどほとんどできない。

 

 

 ……これは、マズイ。一夏の精神的な動揺ももちろんだし、この状況を打開するためには、ちょっとした小細工が必要かもしれない。

 

『簪、ラウラ。ちょっと手伝ってくれないか』

「どう、したの……?」

「それは一夏を助けられる策と思っていいのだろうな。そうであれば、協力は惜しまん」

 

 一夏が時に俺達の目の前で、時に箒達の方に突っ込んですら斬り合いを続けるさなか、俺は簪とラウラにこっそりと相談する。相手の戦闘スタイルを見るに、多勢で打ちかかっても一蹴されるのがオチだろう。

 

 ならば、手段は一つ。

 

 

◇◆◇

 

 

「一夏、代わるぞ!」

「はあああああっ!」

「ラウラ、簪さん!?」

『一夏、ちょっとこい』

「ま、真宏……! あの二人、大丈夫なのか!?」

『少しならな。だから一夏、話を聞け』

 

 ラウラと簪がイグニッション・ブースト、俺がエクスプロージョン・ブーストで後先考えずとにかく突撃して、一夏とG3-Xを引き離す。

 度重なる斬撃は白式にそれなり以上のダメージを与えていて、装甲はあちこちボロボロ。一夏は斬り合いに夢中だったので気付いていなかったようだが、あの場で止めに入らなかったら、あるいはそのまま押し切られていたかもしれない。二人の戦いがどういうことになっていたのか正確には把握しきれていなかったのだが、あるいはこれ以上ないタイミングだったのかもしれない。

 

『いいか、一夏。おそらく今の俺達じゃ、真っ向から挑んでもあのISには勝てない』

「そんなことっ! ……ある、かもな。悔しいけど」

 

 背後から剣戟の音が響く。簪とラウラが二人がかりでも抑えきれないだろう必死の奮戦の気配が痛いほどに伝わってくるが、その頑張りに応えるためにも一夏への言葉をやめるわけにはいかない。俺は、一夏に伝えなければならないことがある。

 

『だけどな、一夏。それはお前が篠ノ之流の技でしか戦ってないからだ。確かにお前が学んだ篠ノ之流は強いし、今のお前はすごい速さで成長してもいるが、全て向こうの手の内だ』

「わかってる。わかってるけど、でもどうしたらいいんだ!?」

『決まってる。……篠ノ之流が確実に想定していない、そんな技で挑めばいいのさ』

「……あー、大体わかった気がする。真宏、いますげーニヤニヤしてるだろ」

 

 失礼な。至極真面目な提案だぞ。白式の両肩をがっしと掴んでまっすぐお前の目を見てまで言っているというのに。

 まあ俺が真面目になるときなど、ことごとくロマン的な何かが関わっている気がしないでもないが。

 

『大丈夫だって! ISがあるから体は十分だし、篠ノ之流を思い出しつつある今なら技だってある。……それに、一夏。お前はもうVTシステムが千冬さんの動きを真似てても、それだけで心乱されたりはしないだろ』

「まあ、な。実際に何度も斬り合ってわかった。あれは確かに千冬姉の技だけど……盗んだのでもなんでもない。ただ真似てるだけだし……それを使ってるのは、紛れもなくあの子自身だ」

 

 しかしながら、一夏とて成長しているもの。

 以前シュヴァルツェア・レーゲンが暴走してVTシステムが発動した時のように激昂する様子はない。それは、ISの扱い方を知るにつれて、ただ技を真似るだけで勝てるほど勝負は生易しい物ではないと知ったからだろう。

 しかしあの模倣の技を自分の意思で使いこなして見せる少女。今まで交わした剣戟の数々が、血の通わぬシステムが映し出す虚ろな技でないことなど、一夏が誰より知っているはずだ。

 

『それだけわかってればいい。……俺達がもう少しあの子を押さえておく。その間に……アレの準備を頼むぞ』

「……アレって言葉だけで何することを期待されてるのかわかる自分がちょっといやだぞ、真宏」

『なぁに、俺達ならいつものことだろ。小学校の頃、二人でさんざ練習したしなっ!』

 

 ともあれ、こっちはもう心配がない。それならばあとは最後の締めを一夏に任せて、俺は簪達の救援へと向かって行った。

 

 路面を爆裂させる勢いで地を蹴り、それによる加速で簪達が戦っている場所へと2歩で接近。そして防御を弾かれた簪へと振り下ろされようとするブレードの前に、俺はギリギリで腕を突きだした。

 

『俺も混ぜてくれよっ!』

「来ましたか、神上真宏。……なるほど、それが強羅ガードナー。噂にたがわぬ頑丈さですね」

 

 間一髪、簪の眼前で強羅ガードナーにブレードがブチ当たる。

 その斬撃はいかにISを使っているとはいえ少女の細腕が放ったものとは思えないほどやたら重いのだが、強羅とてパワーなら負けはしない。そのまま全力で腕を振り抜き、後方へと投げ出されるままに距離を取る相手に隠し持っていたショットガンを発射。

 まともに当たるなどと思ってはいなかったが、それでもこちらを見据える金色の瞳が一層輝きを増したと思えば、ありえないほど冷静にショットガンの弾が描く軌道の全てを読み切られ、あっさりと全弾避けられてしまう。

 嘘だろオイ。単発のライフルかなんかじゃないんだぞ!?

 

「気をつけろ、真宏! ヤツの両目は私と同じヴォーダン・オージェだ。初速の低い弾は全て避けられると思った方がいい」

『だから避けにくいだろうとショットガン選んだってのに……!』

「真宏……ありがとう。私も頑張るから」

『ああ、簪の薙刀捌き、期待してるぜ』

 

 そこからの戦いも、これまでの焼き直しと言っていいものだった。

 相手にはどうやらすぐに俺達を倒そうという気はないようで、不思議と絶好の隙を晒してしまってもトドメになるような一撃を放ってはこなかったが、それでもこちらからの攻撃はほとんど効かない。

 かつて篠ノ之道場で千冬さんと立ち会ったときに見たことがあるような、あるいは見せられたけど目で追えなかったような技の数々が襲いかかり、その度に打鉄弐式の装甲が抉れ、シュヴァルツェア・レーゲンのAICが容易くかわされ、強羅の拳を打ち込む隙に胴打ちが重い衝撃を俺の体まで響かせる。

 

 はっきり言って、相手になっていない。

 VTシステムはその性質上動きのパターンは決まっている。もちろん操縦者側からの適宜修正などは行われているのだろうが、基本的にはモント・グロッソ以下かつて千冬さんが繰り出したことのある技を状況に合わせて再現しているだけにすぎないのだが、一つ一つの完成度が半端じゃない。

 達人の拳はゆっくり突き出されても素人は避けられないとか聞いたことがあるけど、まさにこういうことかと思う。

 

「それにしても、頑丈ですね神上真宏。誰より前で攻撃を受け止め続けるなど正気の沙汰ではないと思いましたが、よく耐えるものです」

『生憎と、これが強羅の仕事なんでね……っ。まして大火力の武装を使えないなら、そうするしかないのさ』

 

 刀一本で冗談のように弾き飛ばされた強羅と入れ替わりに左右からはさみこんでの近接戦闘を挑んだ簪とラウラが、またしてもいなされる。

 突きだされた薙刀を敢えて引きこんで反対側のラウラへ向かう軌道を取らせ、おそらく眼帯を取ってヴォーダン・オージェを使っていなければ反応すらできなかっただろうその刺突を首を捻って辛うじてかわし、そうして体勢を崩したところに蹴りを一発。慌てて薙刀を引き戻そうとした簪もその力に合わせて押し込まれ、またあっさりと吹き飛ばされた。

 

 俺はなんとか体勢を立て直して二人の軌道に先回りして抱え込んだが、二人ともダメージが大きい。致命傷はないのだが、だからこそISはあちこち傷だらけで息も荒い。

 機械が再現しているものとはいえ、達人級の技に何度も挑んでいるのだから、当然のことだろう。

 

「なるほど。だから敢えてG3-Xがいくつも技を出すようにしむけていたのですか。……あちらで控える、織斑一夏に私の使える技を見せるために」

『ギクっ』

 

 しかも、あっさりと思惑が見抜かれた。

 まあ、さっき引き離して以来一夏はずっと後方にいて積極的な攻撃に参加しなかったのだから気付かれるに違いないとは思っていたのだが、こうして改めて指摘されるとやはり心臓に悪い。

 こちらの手の内がバレてるのは確実だからと隠す気もなかったし、向こうも敢えて乗ってくれていたようだったんだが、ね。

 

「ふむ、いいでしょう。織斑一夏。そろそろかかってきてはいかがです。今なら受けて立ちますよ」

「……そうかい、助かるよ。これ以上お前を暴れさせるわけにはいかない。この一撃で、決める」

「どうぞ。出来るものならば」

 

 そしてついに、その時がやってきた。

 

 するりとPICでスムーズに近づいてくる一夏と、それに向かい合うG3-X。

 互いに真正面から相手を見据える二人が手に持つのは一振りの刀のみ。まさしく真剣勝負の立ち会いが、始まろうとしている。

 

「見たことのない構えですね。VTシステムのデータにもありません。搦め手は、あまり有効とは言えませんよ」

「……」

 

 G3-Xの構えは正眼。篠ノ之流においても入門した者が最初に習う、基本にして全ての技へとつながるある種の到達点。おそらくVTシステムがそう形取らせているだけのことであろうに、昔道場で千冬さんにボコボコにされた時のことを思い出すほど堂に入っている。

 一方、向かい合う一夏の構えは違う。体の左側面を相手に向けた半身で、右手の雪片は逆手に握られている。

 ……やはりやってくれるのか、あれを。

 

 相手の言葉にも付き合わず、一夏は腰を落として刀を引き絞り力を込める。

 そんな構えなど、篠ノ之流どころかどこの流派にも早々あるものではないだろう。

 

「真宏……! あの構えは!」

『ああ、その通り』

 

 

 かつて偉大な勇者が編み出した、とある刀殺法の奥義を除いては。

 

「……ハッ!」

 

 先手はG3-X。

 動き出す瞬間を悟らせない無拍子の動きで、スラスターの噴射すらなくPICのみで瞬時に一夏との距離を詰める。

 一夏も続いてスラスターを噴射。セカンド・シフトした白式由来の極めて高出力なスラスターが全力稼働し、イグニッション・ブースト。もはや肉眼では追いきれないような速度となった。

 ISの機動力は生身の人間の比ではないため、二人の距離はいわゆる一足一刀よりもはるかに離れていたが、気付けば既に刀を振るだけで相手を斬りつけられるところにまで迫っている。

 

 そして、決着は一瞬だ。

 

 正眼の構えからまっすぐ振り上げた刀を振り下ろすという所作を一挙動のうちに為すという、単純でありながら千冬さんレベルになると必殺となる一撃。おそらく一夏の代わりに俺があの場にいたならば為す術なく斬り伏せられていたであろう。

 それを、一夏は避けることなく踏み込み続ける。

 相手のより自分の技こそが強いと信じ、逆手に握ったその刀に己の心技体、全てを詰め込んで。

 

 

「アバン……ストラーーーーーッシュ!!!」

 

 

 男なら誰でも一度はしたことがあろう、あの技で真っ向から迎え撃った。

 

 

◇◆◇

 

 

「……」

「…………」

 

 交差の瞬間どちらの攻撃が届いたのかは、わからない。二人の動きはあまりにも鋭く、ヴォーダン・オージェを持つラウラですら正確なところを把握できていないだろうことは、呆然とした表情から明らかだ。

 

 勝ったのは一夏か、少女か。その結末は、互いの立ち位置を入れ替えたまま背を向け合う二人のどちらがくず折れるかでしかわかるまい。

 

「――くぅっ……!」

「っ! 一夏!!」

 

 均衡を崩したのは、一夏だった。

 逆手の雪片を振り抜いたままだった体勢を崩し、PICの出力が下がっているのかふらふらと高度を下げていくのを見て、ラウラが弾かれたように駆けつけて抱き上げた。

 

 一夏が、負けたのか。しかし、そう思ったすぐ後に。

 

「中々……やります……ね」

 

 ぐらり、と。絶対防御が発動したG3-Xが、一夏の攻撃で切り裂かれた腹部装甲を晒しながら地面へ落下していった。

 なんという王道な……って、まっ逆さま!?

 

「真宏、行って!」

『おう!』

 

 いくらISの絶対防御があるとはいえ、むしろ絶対防御が発動しているからこそこんな高さから地面に落ちたんじゃ危なすぎる。そう思うと自然に体が動き、そんな俺の背中を簪がミサイルで後押ししてくれた。

 そして着弾時の衝撃をありがたく頂戴してエクスプロージョン・ブーストを発動。地面に落ちる寸前になんとかG3-Xの手を掴み、そのまま体を引きあげて反転。強羅が下になるよう斜めに地面に激突し、そのまま数十メートルを滑り、ようやく止まった。

 

「ん……。意外、ですね。……まさか私を助けようとするとは。一応、敵ですよ?」

『悪いが、本当にそうなのかも疑わしい相手を見捨てるなんて、できるわけないんでね。俺も、簪も』

 

 強羅の腕の中に収まった少女は額に汗が光り、銀髪が張り付いている。息も荒く、これまでの激闘がこの少女にとっても決してたやすいものではなかったことがはっきりとわかる。

 そして何より、この体の小ささ。ISを装着していても……いやだからこそなおはっきりとわかる線の細さに、改めてこの子が見た目通りの年齢の女の子なのだと思い知った。

 

「真宏……! その子、大丈夫!?」

『ああ、軽口叩けるくらいにはな』

 

 すぐにこちらへ駆けつけた簪にG3-Xごと少女を託し、俺も起き上がる。

 向こうではラウラに支えられた一夏もこっちに来ているし、無人機達の戦闘もやはりというべきか箒達が圧倒的有利に進めているようだ。

 

 この分なら、どうやらこの一件ももうすぐ幕引きとなりそうだ。

 

「――ですが、そろそろいいでしょう。時間は稼げました」

『……!?』

 

 ――そう、思っていたのだ。この瞬間までは。

 

「! きゃあああああああ!?」

「鈴!?」

 

 その叫びに、凍りつく。

 突如響き渡った鈴の悲鳴は明らかにさっきまでの戦闘では聞かれなかったほどの危機を感じさせるもので、……さらには強羅がすさまじい勢いの警告を発している。

 曰く、IS接近。機体は、サイレント・ゼフィルス。

 

「サイレント・ゼフィルス……! また現れましたわね!」

 

 俺達全てを見下ろす空中に浮かぶ、ブルー・ティアーズによく似た深青の機体、サイレント・ゼフィルス。おそらく鈴を狙撃したであろうレーザーライフルの熱反応が拡大された視界に映り、周囲を取り巻くビットの砲口はそれぞれ別個に箒達に狙いを定めている。

 

 キャノンボール・ファストの時に現れて以来となるが、その身にたぎらせる戦意はどういうわけかかつてとは比べ物にならない勢いで噴出して、周囲を睥睨するバイザーの向こうの視線が俺達を射竦める。

 一瞥でたじろぐような手合いはこの場にはいないが、一体どういうことだ。

 あの気合の入りようはどうして……?

 

 

 ――その時感じた疑問の答えもまた、すぐに現れた。明確な実体を持って。

 

「……やはり、こうなったか。これ以上織斑達だけに任せておくわけには、行かんな」

『この声……っ、千冬さん!?』

 

 ああそうなのか、と納得する心がどこかにあった。

 かつて織斑マドカと名乗った、千冬さんに似た顔を持つサイレント・ゼフィルスの操縦者が放つ壮絶な殺気。

 その行く先が一夏であっても納得はできたが……一本の刀を携えふらりと現れた千冬さんの姿こそが、何より雄弁にマドカなる少女の目的を語っていた。

 

 

 先の激闘により、決して万全とはいえない俺達。

 今だ数機が健在の無人機。

 殺る気十分で現れたサイレント・ゼフィルス。

 

 ……そして、満を持して戦場に自ら出陣した、千冬さん。

 

 どうやら、夜はまだまだ終わらないらしい。


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