IS学園の中心で「ロマン」を叫んだ男   作:葉川柚介

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第36話「ちょっとしたお手伝い」

 VOBによる高速接敵と、船の変形という両陣営ともに少々常識から外れた現象から始まったこの戦闘。

 第二世代と第三世代合わせて10機ものIS専用機を投入し、ファントム・タスクのミサイル攻撃船と判明した元豪華客船セントエルモ号への反攻作戦は。

 

 IS学園側に不利な状況から始まった。

 

『だああっ、近づけん!』

「くっ、せめてレールガンで狙える程度の隙があれば……っ!」

「さすがにこの距離、しかも海上ですとレーザーも減衰がヒドイですわっ」

 

 元々は白亜の巨船といった趣だったセントエルモ号であったが、俺達の接近を察知してバトルモードに変形などというロマン溢れることをしくさり、綺麗な外装に取って代わって突き出てきたありとあらゆる火砲が猛然と射撃を開始。全方位に形成される弾幕を相手取り、俺達は接近することすらできなくなった。

 

 無論、命の危機を感じるほどではない。

 俺達が装備しているのはISだからシールドバリアもあるし、絶対防御もいざというときは守ってくれるだろう。

 だがそれはあくまで守りの場合の話であり、俺達はここへファントム・タスクをぶち倒しに来たのだ。しかも白式のように燃費が悪い機体もあるのだから、こんなところで無駄にダメージを受けるわけにはいかない。

 

 なんとかして相手の攻撃力を削ぎ、その後侵入経路を確保する。既にして作戦はそのように方向転換を余儀なくされていた。

 

「神上っ……は心配するだけ無駄として、他の者たちは無事か!?」

『千冬さんヒドイです』

「大丈夫です、織斑先生っ」

「甲龍、健在です!」

「紅椿、問題ありません」

「俺も大丈夫だっ」

 

 しかしながら、その成果は芳しくない。

 なにせ相手の攻撃密度が常軌を逸している。こちらは火線に阻まれて一定以上は距離を詰めることすらできないし、実体弾は迎撃され、荷電粒子砲やレーザーは海面に近く湿度が高いせいか著しく減衰し、船体に届く頃にはまともな威力を発揮しない。

 

 おそらく、このままでも負けることはないだろう。これだけの数のISがいるのだから力押しで攻め落とすことは不可能ではない。だが今無理をすれば甚大な被害が出かねないのもまた事実。

 今はまだセントエルモの通常火器だけでの迎撃をされているが、ファントム・タスクは最低でも数機はISを運用している。仮に千冬さんや一夏が全力で切りかかって船を真っ二つに割いたとしても、その中から強力なISが出てくれば、どうなるか。

 そう考えると、まるで通常兵器であるかのような今の在り様にこそ不気味さが募る。

 ゆえに千冬さんは、なんとかしてこの弾幕をかいくぐり、艦内への潜入をすることを選んだのだ。

 

 

「簪ちゃん、大丈夫!?」

「私は、平気っ。お姉ちゃんこそ!」

 

 簪が神業的なマニュアル誘導でミサイルを銃座のいくつかに命中させたことを受け、射撃が集中。会長はそんな簪を守るため、海から水を引きあげてバルカンやらミサイルの盾とするなどという見た目に派手なことをやっているが、そうまでしなければ防げないほどの攻撃が押し寄せてきたことの証明でしかない。

 今の簪のように変則的な手段を使えば攻撃を届かせることも可能なのだが、直後にそうして潰した分の数倍が押し寄せてくる。

 俺の強羅あたりだと、ミサイルやら主砲やらの大物が殺到するのでもなければ機銃弾をカンカン弾いて近づいていけるのだが、実際にはそううまいこといくわけもなく、集中して主砲で狙われている。

 

 とはいえ、状況打破の手段はあまりない。

 セントエルモとの戦いではどんなことが起こるかわからなかったから、俺は火力に傾倒しすぎないよう汎用性の高い装備を中心に持ち込んできた。それはほぼ武装が固定されている第三世代機の面々やシャルロットについても同じで、継戦能力を重視して遠距離から迎撃をものともせず装甲をブチ抜けるような装備は持ち合わせがない。

 

『えぇいっ、どっかにビルとか沈んでないか!? あったら柱もぎ取ってきてあの戦艦ぶん殴ってやるのに!』

「誰かチェーンソー6本くらい持ってない!? ちょっと束ねて回してセントエルモ抉ってくるから!」

「絢爛舞踏をフルパワーで使えば、巨大なエネルギー刃くらいは……」

「シャルロットさんと箒さんは落ち着いてくださいまし!?」

 

 そうなれば、多少は焦れてくるのも仕方がなかろう。

 IS操縦者たる者、通常兵器相手にはあり得ないと思われていた防戦一方の戦況なのだ。いかにファントム・タスクの本隊すら控えている可能性があるセントエルモへの攻撃とはいえ、苦戦するとすれば敵のISくらいだろうと考えられていた。

 無論セントエルモとてISの迎撃には全能力を振り分けねばならないのだろう。先ほどから弾道ミサイル発射の気配はないためある意味で役目を果たしているとも言えるのだが、このままではいられない。

 

「いっそ雪片弐型だけじゃなくて、あんな戦艦でも真っ二つにできるくらい大きな刀があったらよかったのに……!」

『お、いいなそういうの。ちなみにもしあったら銘はどうするつもりだ?』

「そりゃあもちろん、俺が使うんだから白式斬艦と……」

『俺から話題振っといてなんだけど今すぐ辞めような一夏。その名前は超心惹かれるけど、いろんなところから怒られるから』

 

 半ば現実逃避ぎみにそんな軽口が出るのもある意味では自然なこと。

 変わらない目の前の状況に不平不満の一つや二つ、湧いて出ないはずもない。

 

 というか、一夏のはマジでやめてくれ。お前がそんなもん使いたがってたという話が束さんの耳に入ったら、俺は今度こそ改造されるかもしれない。具体的に言うと、馬型に変形して一夏の必殺技サポート用メカ扱いにされるとか。

 

『――なんなら白鐡を変形させて後ろ脚にして、ペガサスセイバー型にするっていう手もあるよ?』

『間に合ってますっ!』

「な、なんだどうした真宏!?」

『……いや、ちょっと幻聴にツッコミを』

 

 などと、とりあえず明らかにプライベート・チャネルっぽかった空耳は否定をしておいて、と。改造人間化というのも楽しそうではあるが、さすがに束さんにこの身をゆだねるのは勇気が必要すぎる。

 

 ともあれ、何かが必要だ。

 この不本意な均衡を突き崩す、圧倒的な破壊をもたらす、何かが。

 

 

 そんな願いを、きっとグレネードの神様あたりが聞き届けてくれたのだろう。

 

 

『――ム!? IS学園の諸君、警告だ! 君達のいる海域に超高速で接近する物体がある!』

「なんだと!?」

『――君達の後方、日本側から……VOBよりも早いだと!?』

 

 突如として俺達全員の耳をつくオーカ・ニエーバの叫び。作戦中ずっと管制を担当してくれている彼女は、俺達の状況の把握と後方IS学園とのやり取りは無論のこと、持ち前の索敵能力を生かして周辺の警戒もしてくれている。

 そんなオーカ・ニエーバの広域レーダーに感知される反応があったという。今も必死に強羅の遅い機体を動かして回避と防御を繰り返しながら視界の隅に映しだされたマップを見てみると、確かに何かが近づいていた。

 マップ中央には、セントエルモとその周りを動きまわる俺達を表す光点。そしてそのはるか後方から、グリッドの一辺が10km単位の広域マップ上とは思えないほどの速度で近づいてくるまた別の光点があった。

 未だそれがなんなのか詳細は分かっていないらしいが、飛行機にしては小さすぎ、弾道飛行の軌道ではあるが、予想される発射元にそんなミサイルを運用するような施設はないはずらしい。

 

『……これ、まさか』

「どうした、神上!?」

 

 だが、一つ気になることがある。

 何故かというと、予想発射元が日本の国土内だからであり、さらに言うなら地図的に見ると山の中の方だからであり……ある程度の大きさで描かれている予想円の中に、いつぞや俺達みんなで行った蔵王重工本社施設があったりするからであった。

 

 

『――千冬さぁん、仲間外れはよくないですねえ。私も入れてくれないと』

「こっ、この声、ワカか!? 貴様、何をする気だ!」

 

 そしてその予感はあっちゅー間に確信に変わる。

 てーか千冬さん、何聞いちゃってるんです。

 ……答えなんて、決まってるでしょう。

 

 いったいどうやってかこんなところまでやってきたワカちゃんは、既にハイパーセンサーの望遠を最大にすれば姿を確認できるような位置に来ている。

 弾道飛行してきたのだろう、落下に近い軌道で迫りくるIS。当人が小柄なせいもあろうが、あの機体がやたらと小さく見えるのは、間違いなくその手に掴んでいるモノのせいだ。

 

 機体の全高を軽く超える長砲身。背中に背負う形になっているジェネレーターでは謎のパーツがぎゅいんぎゅいん回ってエネルギーを極限まで高め、バチバチと紫電の爆ぜる砲口には危険な青白い光が宿っている。

 

 何をしに来たか、など決まっている。

 

 

『――いやいや、ちょっとお手伝いをですね?』

 

 

 明らかに笑い混じりの声を返し、同時にトリガーを引き、セントエルモの主砲でもここまではいかないだろうという凄まじい爆音を響かせて、その巨大砲(ヒュージキャノン)を発射。

 なんかワカちゃんが参上した段階から呆然として戦闘を忘れていた俺達の視界を横切って、放たれた光がまっすぐセントエルモに突き刺さった瞬間。

 

 

 セントエルモの船体半分くらいのサイズの爆炎と、それにあおられ45度くらい傾く戦艦という、極めて面白いモノをこの目にすることができたのだった。

 

 

『みんなー、大丈夫ですかー?』

「……ハッ!? わ、ワカ! 貴様一体どうやって!? なぜここに来た!? その物騒すぎる武装はなんだっ!」

 

 爆炎が海風に吹き散らされるまでにかかった時間は、せいぜい十数秒。

 だがその間俺達はピクリとも動けず、ただ呆然とセントエルモの惨状を見ていることしかできなかった。一応千冬さんは我に帰るなりワカちゃんに詰め寄っていったようだが、そっちに意識を向ける余裕もない。

 

 ワカちゃんが放った巨大砲。その威力は端的に言うと、セントエルモに風穴を開けるレベルだった。

 直撃した上部甲板前側左寄りの位置は、見るも無残に穴が開き内部を露出させている。それだけではなく、爆発の余波で転覆しかけたせいもあってか、今もだっぽんだっぽんと盛大に波を作りながら左右に揺れている。

 どうやらあれだけのダメージを受けながら航行には支障がないようでなんとかバランスを保っているが、凄まじい一撃だったのは間違いない。少なくとも火器管制はダウンしているらしく、今のところ反撃が再開される気配はなかった。

 

 物理的なダメージが甚大なのはもちろんあろうが、どっちかってーと「なんかいきなり空飛んできたヤツにとんでもない攻撃された」という精神的ショックが乗組員を襲っている可能性のほうがデカイんじゃなかろうか。

 

『そ、そんなに一度に聞かないでくださいよ千冬さん。……いえね、みんなが頑張ってくれてるからIS学園の方にはミサイルが飛んでこないし、オーカ・ニエーバからの通信によると苦戦してるみたいでしたから……ちょっとお手伝いを、と思いまして』

「手伝い? アレが手伝いのつもりか……っ」

 

 ほぼ等身大で世界最強の兵器たるIS自体割と非常識なものだが、それに輪をかけた非常識現象を叩きだして見せたワカちゃんは、現在千冬さんに説教されている。

 

 そして俺達は、特に俺以外はほとんど見たこともないだろうワカちゃんの機体に目を奪われていた。

 

 機体の見た目は、俺の強羅によく似ている。

 それもそのはず。俺の強羅は元々、ワカちゃんが使っている強羅一号機の予備パーツと試作パーツを寄せ集め、さらに俺向けの改造を施した言わば兄弟機なのだから。

 

 だがそれゆえにこそ違いもある。搭乗者の体格差に伴いワカちゃんの機体のほうが少し小柄であり、ロボっぽい顔面部もそこはかとなくデフォルメ調の雰囲気がある。

 無論、あのワカちゃんが使う機体が可愛らしいものであるはずがないのだが。

 現に今も、先ほどセントエルモを狙い撃った巨大砲を折りたたんで背負っている姿は武骨そのもので、近づいただけで消し飛ばされそうなオーラがある。

巨大砲は折りたたんでも、容積だけならばワカちゃんの強羅に匹敵するのではないかと思われるほど巨大な物体。重量のことについて考えれば、いかにISであろうとアレを運用できるものが世界中に一体何機あるか、果てしなく不安に思えてくる。

 

 割とカラフルな俺の強羅に比べると装甲色の赤みが強く、ワカちゃんの心の中にあるグレネードへの情熱で染め抜いたかのようなファイヤーレッド。それがワカちゃんの機体の特徴である。

 

『あっ、真宏くーん! どうですかこれ。今回ちょうどいいかなって思って試作品持ってきてみました! いやー、まだ試作段階だからISの規格に合ってなくて、拡張領域にしまえないから、直接背負って持ってきちゃいましたよ!』

 

 俺の強羅と比較してすらなお高い防御力を誇り、火器類の格納量、同時装備量と全てを使いこなす操縦者の技量。それらあらゆる面で上回るであろうワカちゃんの強羅。

 

 <強羅・迦具土>であった。

 

『……うん、助かるには助かったよ。でも一体どうやってこんなところまで……?』

「そ、そうですわ! わたくしたち、VOBでようやくここまで辿りつきましたのよ!? 強羅の系列の機体があの速度でここまで飛んでくるなんて……一体どういうからくりですの!?」

 

 セシリアの驚きももっともなことだろう。

 彼女の機体であるブルー・ティアーズは第三世代の試作機であり、セシリア自身データ採取や開発に協力したことが何度もある。そのためISの機体特徴に関してはそれなりの知識があり、その常識が先ほどのワカちゃんの出現はあり得ないことであると叫んでいる。

 

『ああ、そのことですか。別に、大したことじゃないですよ……』

 

 

 だが一つ訂正しておくならば。

 

 ワカちゃんに、強羅に、そして蔵王重工に。

 常識など通じないということだけだ。

 

 

◇◆◇

 

 

『毎度お騒がせいたしております。社員の皆様は至急指定の避難シェルターに退避してください。繰り返します。社員の皆様は至急シェルターに退避してください』

 

 その日その時、山に囲まれた平地に建つ蔵王重工本社ビル一体に、そんな放送が響き渡った。

 どこか呑気な声音ながらも、山間にこだまする大音量からは本気の度合いが窺えて、事実この放送を聞くや否やビルの内外を問わず蔵王重工本社近辺にいた人間は一人の例外もなく走り出し、前々から教え込まれていた避難シェルターへと急ぐ。

 

 これから始まるのは、蔵王本社に勤める者ならば誰もが一度は聞いたことがあり、だが見ることはないだろうと半ば諦めていた一大イベント。それを使わなければならないほどの状況になってしまったことは嘆かわしいが、それでも社員一同妙に興奮した満面の笑みを浮かべている辺り、少なからずありがたく思っているというのが偽らざる本音であろう。

 

 

 放送に続き、まず最初に変化が起きたのは、本社ビル前庭部分。

 円形の遊歩道に囲まれ、青々と生えそろった芝生が敷き詰められた、その広場が。

 

 ……本社正面から真っ二つに「割れた」。

 

 ざらざらと土をこぼし、ちぎれた芝が落ちるのも構わず地面全体、いや地面の下に隠されていた隔壁が左右にスライドするのに合わせて割れていく。

 そして隔壁の下にあったのは、地下空洞。蔵王重工本社地下施設の中枢たる、遊歩道と全く同じ直径を誇る大空洞がぽかりと穴を開けていた。

 

『ご報告します。――全社、蔵王砲モードへ移行。全社、蔵王砲モードへ移行』

 

 再び聞こえるアナウンス。本社ビル内の避難シェルター内にもその様子は中継され、社員一同興奮と感動に喝采を上げる。

 

 なぜならば。

 地上二十八階建てを誇る蔵王ビル本社の目の前に、地下からせり上がってきたもの。

 それは本社ビルに匹敵する高さで天を衝く、威容。

 

 

 蔵王重工の歴史上最高を誇る戦力の巨大砲、『蔵王砲』がその姿を現したからだ。

 

 

 蔵王砲とは、蔵王重工が極秘裏に建造し、本社地下に隠していた超絶巨大砲である。砲身長100m超。口径2.5m。垂直に天を向いた状態でせり上がってきた巨大砲の長さたるや背後の本社ビルの高さに迫るほどで、周囲に放つ存在感は圧倒的というより他にない。

 

 だが実のところ、蔵王砲は撃つべき弾を持たなかった。

 蔵王重工とて直径2.5mに及ぶ巨大な砲弾は――作ろうと思えば作れるだろうが――作ったことはなく、この企業が作らないということは他のどの企業もそんな馬鹿げた代物は作らないということだ。

 蔵王砲の基本構造は火薬による発砲と電磁加速を併用したハイブリッド方式であり、その気になれば地表ほぼ全土、あるいは地球の重力を振り切り宇宙にまで「弾」を飛ばすことができるだろうが、その力によって撃ち出されるべき専用の弾はない。

 

 では、なぜこれが蔵王重工最高戦力たりうるのか。

 

 それはもちろん。この蔵王砲が世界中どこへでも届けられるモノ。それこそが蔵王重工の持つ最大火力。

 

『準備ありがとうございますっ! それじゃあ行ってきますね!』

 

 強羅・迦具土を身に纏う、ワカだからである。

 

 

『――強羅の薬室スタンバイを確認。照準補正、開始します。本社ビル、リフトアップ』

 

 蔵王砲基幹部に存在する薬室に、ワカが収まった。IS学園の防衛任務がファング・クエイクと居残りの専用機持ちのみで達成できると判断し、セントエルモ攻撃部隊の援護に向かう為本社に舞い戻って来た彼女の「装填」と同時、蔵王砲が動き出す。

 

 ただ動いただけで中継を見守る蔵王社員のどよめきが起こるほど長大な砲身が、目標地点へとワカを飛ばすために照準を開始した。

 実のところ、いざ蔵王砲発射の際には砲身を上下させるためのカウンターウェイトとしての役目を任されていた本社ビルがゆっくりと上昇し、それに合わせて砲身が下がっていく。

 さらには発射の方向を合わせるため、蔵王砲と本社ビル全てが一体となり、わざわざこのために真円を描いていた遊歩道ごときりきりと向きを変えて行く。呆れるほどに壮大な光景だ。

 

 しかもそれらの挙動は全て同時並行で行われ、全体としては数分とかからずに照準補正を終えた。

 それと同時、蔵王ビル本社壁面に無数に存在する窓の全てにシャッターが降りる。蔵王砲発射の衝撃は強化ガラスですら粉砕しかねないがための防衛策だ。

 

 これにて準備完了。かくなればもはや、発射のみ。

 

『――強羅・迦具土、PIC最大出力での作動を確認しました。カウントダウン開始。発射まで、10、9、8、7……』

 

 カウントダウンを始めるころには本社地下施設全体のエネルギー供給を担う発電施設からの全エネルギーが回され、電磁加速の準備は万全。火薬による発砲は、蔵王自慢の爆発力を約束する。

 

『ワカ、行きますっ!』

『――蔵王砲……発射!』

 

 溜めこんだ力は余すところなく発揮され、空気を、ビルを、山を震撼させる轟音と共に、遥かな空へとワカと強羅……そして、セントエルモ攻撃部隊を援護するため、急きょ試作品を引っ張り出し、格納領域へ収める間もなく直接背負った巨大砲を海の彼方の戦場へとぶっ飛ばしたのであった。

 

 

◇◆◇

 

 

『……とまあ、こんな感じで来ました。ちょっと急いだんですよー』

「……」

「……………」

「…………………………」

 

 よっこいしょ、とばかりに背負っていた巨大砲を眼下の海面に落っことし、身軽になったワカちゃんが説明してくれた。いやーさすがにPIC全開にしてもGがキツかったです、とかなんとか。

 

 どこが「ちょっと」なのか、などと突っ込める人間がこの場にいるだろうか。

いるわけがない。

 根っからのツッコミ体質の鈴も、こういうときに率先して常識を提示するべき千冬さんも、呆然と目を見開いてワカちゃんを見ている。

 というか、いまだセントエルモすら沈黙している。単にダメージが回復しきれていないだけなのだろうが、なんとなく空気読んでいる気がするあたり、ワカちゃんのすさまじさは尋常なものではない。

 

 話を簡単にまとめると、IS学園の防衛をほっぽり出して、ISの基準で見てすら火力過多な装備を背負い、おそらく他の追随を許さないであろう史上最大の巨大砲から人間大砲のごとく撃ち出され、ここまで来たのだ。

 装甲にダメージ一つなく、けろっとした様子で。

 

「……真宏」

『何も言わない方がいいと思うぞ、ラウラ』

 

 軍人として、あるいはかつてドーバー海峡横断する巨大砲を作った国の人間として言いたいこともあったのかもしれないラウラであったが、多分その辺の常識だって、ワカちゃんに当てはめるのは難しいから。

 

『――セントエルモに熱源反応! そろそろ警戒したほうがいいぞ、ブリュンヒルデ!』

「……ハッ! そ、そうだ。えぇいワカ、来てしまったモノは仕方がない。お前にも働いてもらうぞ!」

『まっかせてください!』

 

 しかしながら異常な静けさは長く続かなかった。受けた攻撃の威力にビビってか、俺達よりも早く正気に戻ったらしいセントエルモが再び攻撃の気配を見せ始めた。

 盛大に装甲の一部をめくり返されたというのに元気なことで、先ほどよりわずかに勢いが落ちた程度で弾幕を再び形成してくる。その根性たるやあっぱれである。

 

「ですが、どうするんです千冬さん! このままでは先ほどの繰り返しです!」

「そうだよ、マズイぞ千冬姉!」

 

 こうなってしまえば、さっきの二の舞になりかねない。

 内部への侵入口になりそうな部分はでかでかと開いているが、近づけなければ結局同じこと。箒と一夏が言いたいのは、そういうことだろう。

 

 ……まあ、既に心配はいらないのだが。

 

『じゃあちょっと私が行ってきます。なぁに、元々この作戦には参加しないはずだったんですから、ちょっと無茶してダメージ受けても問題ないですよ』

「え……ワカちゃん!?」

 

 当たり前のようにそう言って、ふらーっと強羅らしい鈍速でセントエルモに近づいて行くワカちゃんと、それを見て素で驚いているシャルロットが俺の横にいた。

 

 無理もあるまい。セントエルモには近づかなければまともに攻撃が通らないのはこれまでの戦闘で知れたことだが、だからといっていまのワカちゃんのように気易く近づけるほどのぬるい攻撃をされているわけではない。

 これまでの経験からそう分かっていた。

 

 のだが。

 

 カカカカカーンっ! と音がする。

 その音の正体はワカちゃんの機体、強羅・迦具土の表面に直撃した機銃弾があっさりと弾き返された音である。

 

『あらら、結構鬱陶しいですね』

「……わたくし、夢を見ているのでしょうか」

「だとしたら確実に悪夢よねー……」

「KE、CE、TE全部桁外れだねきっと……」

 

 たかが機銃ごときで強羅の歩みを止めようなどと笑止千万。勢いを止めることすらできはしない。さっきまで俺の強羅もやっていたことであるのだが、こうして客観的に見ると凄まじい光景だな。セントエルモに乗ってる人ら、今頃絶望してるんじゃなかろうか。

 しかしながらその辺はさすがの戦艦的なナニカ。続々と機能を復活させる砲座がワカちゃんに向かって火線を集中し始める。

 

『むっ、なんか抵抗が強くなってきたような……。しょうがないですねえ』

 

 健気の一言である。その程度の攻撃で進行を止めることはできないと知りながらも、ありったけの弾薬をつぎ込まねば破壊の化身が近づいてくるのだから。ワカちゃんとその乗機のことを少しでも知っているならば、きっとまともな精神状態ではいられまい。

 

 だが無意味だ。

 

『じゃー、手っ取り早くいきますかっ』

 

 そう言うなりワカちゃんが両手に取り出したのは、もちろんグレネード。リボルバー状に弾を装填してあり連発が可能……ではあるが、口径のバカでかさは反動もまた巨大であることを想起させ、たとえISであろうとも二丁持ちするようなサイズではない。

 まあ、強羅であるならば話は別なのだが。

 

 そして熟練の操縦者、ワカちゃんが使えばどうなるか。

 

『えいっ』

「いきなり爆裂加速(エクスプロージョン・ブースト)!?」

 

 近くにいたシャルロットが何かやらかすのだと気付いて逃げた直後、まず前振りなく自分の背後で一発グレネードを起爆させ、イグニッション・ブーストに匹敵する速度でセントエルモへ接敵。さきほどから一夏達が何度か試みていたことであるが、その場合加速中にも被弾してダメージが増えるからとためらっていたのだが、ワカちゃんはダメージを警戒して退くなどという思考回路を持ち合わせていない。

 多少の障害には構わず最大火力を叩きこむ。それが蔵王の神髄だ。

 

『はーいそれじゃあお片づけしましょうねー』

 

 カシャッ、ドガン! カシャッ、ドガン! ……その時俺達が見た光景は、そんな音と共に繰り広げられる極めて単純なルーチンワークであった。

 

「れ、連続エクスプロージョン・ブースト……?」

「セントエルモの攻撃ユニットを攻撃して、その爆風でまた加速っ!? どんだけ頑丈な装甲があればできるのよっ!」

 

 セシリアと鈴が、ワカちゃんへの対処の残りの火線が伸びてくるのを回避しながら驚愕の声を上げる。

 それも仕方あるまい。ワカちゃんがやっていることはそれだけの驚きに値する。

 

 セントエルモに接近直後、至近距離からまずはもう一発グレネードを発射。当然狙いを外すわけもなくセントエルモに着弾し、数機の機銃砲座を巻き込む規模の爆発が発生する。

 そしてワカちゃんは、最終回だからって余った火薬も全部突っ込んで行ったラスボス撃破の爆発に巻き込まれた太陽の子のように、その爆発影響圏内にいた。当然爆風に晒されることになるのだが、そこは蔵王の系譜の総元締めたる頑丈なIS。自分の爆撃程度ではびくともせず、むしろその勢いをかって再度エクスプロージョン・ブーストを敢行し、セントエルモと並行に高速スライド。

 新たに目の前に現れた新品の銃座にまたしてもグレネードを叩きこみ、爆風に乗って移動し、エンドレス。瞬く間にセントエルモ船体左舷、中央から船首にかけての迎撃兵装が壊滅状態に陥った。

 

「す、すごい……」

「本当に……って、織斑先生が反対側の銃座全部切り飛ばしていってるわよ!?」

『マジっスか!? ……うわ本当だ、刀一本で片っ端から切り捨ててる!』

 

 しかもその反対側では、この隙に……といっても俺達代表候補生か専用機持ちでは見いだせない程度のわずかな隙に接敵を果たした千冬さんが、至近距離からの対空砲火をひらりひらりとかわしながら、しかし自分の刃は迅速確実に走らせて無力化を続けている。

 時に銃身を叩き切り、あるいは根元ごと抉り抜きといった行動を高速で飛びぬけながら行った。

 さすがだぜ千冬さん、あなたなら次のエネルギーを吸収するまでの0.1秒のラグすら隙とみなせますね! 雪片で刺されたら太陽数個分のエネルギー流しこまれそうで超怖い!

 

 停止と加速を繰り返すワカちゃんに対し、一定の速度で全くペースを乱すことなく刀一本でくぐり抜ける千冬さん。……いずれにせよ俺達からすれば二人ともはるかな高みの技量であることに間違いはなく、さっきまで悪の居城に見えていたセントエルモが哀れに思えてくるのであった。

 

『……よーっし、それじゃああとはあのVLS潰しておきますか』

 

 そして、全弾撃ち尽くしたリボルバー式グレネードを拡張領域へしまいながらワカちゃんがオープンチャネルに乗せた言葉の響きを聞いた瞬間、俺の背筋に恐怖が走った。

 あの目線、手ぶらな状況、さすがにグレネードの一発くらいでは全てを破壊しきれないくらいずらりと並んだセントエルモ甲板上のミサイル垂直発射管。全て総合して考えた俺は、これまでの経験からワカちゃんがやろうとしていることに気が付いた。

 

『ぜ、全員離れろ! ヤバい! 千冬さんも早く逃げてーっ!』

「な、何が始まるんですのっ!?」

「そんなことはどうでもいい! ワカがいて、真宏がこう言っているのだ! ろくでもないことに決まっているっ」

 

 俺の叫びは唐突だったが、ラウラあたりは大体理解してくれたらしく、おそらくワカちゃんがやろうとしていることに気づいているだろう千冬さんも含めてセントエルモから距離を取った。ISならば既にめっきり少なくなった迎撃の銃弾も余裕を持って回避できる距離。

 ワカちゃん一人をセントエルモの近くに残してしまった形になるが、これでいい。

 

 ワカちゃんは、そして強羅・迦具土は。

 すぐ近くに仲間がいた方が本気を出せない手合いなのだ。

 

『それじゃあ行きますよっ、私のワンオフ・アビリティ!』

 

 そう叫び、ワカちゃんはぐっと体をたわめて力を溜める。

 瞬間、機体を覆うシールドバリアが強く発光してバチりと火花が散った。

 ……あぁやっぱり、やるつもりなんだ。

 俺の知る全てのISの武装中、屈指の爆発力を誇るワカちゃんの、強羅・迦具土のワンオフ・アビリティ。

 

 これこそ。

 

『爆裂散華ぇーーーっ!!』

 

 叫びと共に強羅・迦具土を中心に広がった光は、一瞬の後にセントエルモの前半分を飲み込む、ワカちゃんらしい力だった。

 

 

「……目を開けたらセントエルモが消し飛んでるとかないだろうな」

『安心しろ一夏。さすがにそれはない』

 

 ワカちゃんが繰り出した、余りにも眩しい光はISですら防ぎきれるものではない。俺達はみんなそろって腕で顔を覆って外界の認識はハイパーセンサーに頼り、やり過ごした。

 だが光が収まったということを感じながらもしばらくは誰も腕を下ろそうとしない。なにせあのワカちゃんがワンオフ・アビリティをぶっ放したのだ。何が起こっているか恐ろしくて見れないのも無理からぬこと。

 

『おーいっ、みんなー! 大体片付きましたよーっ!』

 

 ワカちゃんの言葉に、みんなおそるおそると手を下ろす。

 一体どれほど恐ろしい光景が広がっているのかと戦々恐々としているのだ。

 が。

 

「……? 案外普通だな」

「ようやく加減を覚えたか……バカ者め」

 

 そこには、甲板前半分にならぶVLSの発射口がちょうどいい感じに壊れているだけのセントエルモだった。俺達が最初に見たときから比べるとダメージ甚大なのは間違いないが、あの様子ならばまだまだ沈没の心配はあるまい。

 

 

 この破壊を為したもの。それこそが強羅・迦具土のワンオフ・アビリティ<爆裂散華>だ。

 

 性質はある意味白式の零落白夜にも似ていて、簡単に言うと「シールドバリアを爆発させる」力だ。

 しかしながら汎用性はなかなかのもので、どういう原理でか装備している武装の弾体にもシールドバリアを付与することができる。目標に着弾するまで迎撃されないよう守ったり、残ったシールドバリアを爆発させて威力をプラスしたりすることも可能という優れモノだ。

 そして今やったのは機体自体を守っているシールドバリアをまるっと爆発させたわけだから威力も絶大。まさに自爆技といっていいだろう。強羅は頑丈なので、びくともしないけど。

 なんでも昔は、ひたすら大破壊が好きだから自爆時に威力の調節が効かなくてよくクレーター作ったりしてたということだが、少しは自重して狙った威力に抑えることができるようになったのだとか。

 

 ちなみにこの技、もしも試合で使ったら即座にシールドが切れて負けになる。実際のところ強羅は機体の装甲が頑丈なのでそうなっても何ら問題なく戦えるのだが、試合の場合はルールがあるからしょうがないね。

 

 

『それより、これで対空砲火はしばらく封じました! 中に入るなら今ですよ!』

「っ、そうだった! 早く中を制圧しなきゃ!」

 

 ワカちゃんがやらかしたことは無茶苦茶以外の何物でもないが、そうして生じた今このときが好機なのもまた間違いない。

 俺達の目的はミサイル発射の阻止であり、そのための手段としていかなる妨害があろうともセントエルモを撃沈するというのもありなのだが、実のところ最優先目標はそれではない。

 

 俺達が可能な限り遂行するべしと提示された目標は、「セントエルモ船内に潜入しての制圧・無力化」。

 相手は謎の秘密結社、ファントム・タスク。これまで各国の諜報機関が血道を上げてなお尻尾くらいしか掴めなかったという話で、今回の一件によって全世界規模の攻撃能力まで有していることが判明した。

 かくなればもはや猶予はなく、この反撃を契機としてファントム・タスクの本隊へと続く証拠を掴み、根元から断たねばならないというのがIS学園、ひいては国際IS委員会を通した各国の意思なのだという。

 

 てな訳で、こうして近づけるくらいの状況になったのだから後は中へ入っていくのだが。

 

「よし、それでは部隊を分ける。ワカ……は間違っても密閉空間に押し込められないとして、振り分けは……」

「千冬姉! 俺を行かせてくれ!」

 

 一夏が千冬さんに待ったをかけた。

 内部への侵入を誰が担当するか、千冬さんの中に無論腹案はあったのだろうが、相手にするのは未知の敵。いざ侵入可能な状況になったときに味方がどんな状況になっているかわからなかったため、現場において直接割り振りを決める算段になっていた。

 幸いにして今は全員健在であるが、だからこそ一夏はそこに自分の意見を入れた。

 どうしても、引けない理由があるからだ。

 

「……どういうことだ、織斑。お前は外に残そうと思っていたのだが」

「多分そうだと思ったよ。……でも、行かせてくれ。多分あそこには、マドカがいる」

 

 そう、織斑マドカの存在だ。

 

 セントエルモはおそらくこのミサイル攻撃の要。そして現在の世界情勢において、ミサイル攻撃をなんとかしようとするならISが出てくるのは当然のこと。

ファントム・タスクとてそれを想定していないとは思えず、そうである以上防衛のためISが配備されているのは間違いないだろう。

 しかもファントム・タスク側は一体何を考えているのか、この期に及んでなおISが出てこない。確実に、中で待ち構えられている。

 

 その防衛を任されたIS操縦者の中に、マドカがいるのだろうと一夏は踏んだ。何かの確信があってか、はたまた単なる勘か。いずれにせよ彼女と再び会いたいと願っている一夏にしてみれば、出てこないのならば自分から会いに行くというのはもはや決定事項なのだろう。

 そして瞳に宿る闘志の炎を真正面から見据える千冬さんに、その思いが伝わらないはずがない。

 

「……本気か」

「もちろんだ」

 

 二人の間で為された会話は、それだけだった。だが十分に伝わった。この姉弟の間でならば、交わした視線は万言にも等しい意味を持つ。

 時間を無駄にするのは惜しい。

 千冬さんが黙考したのはわずかに数秒。結論を下す。

 

「ワカ、私とお前の二人でセントエルモの武装を全て潰すぞ。それ以外は全員セントエルモ内に侵入。艦内から無力化と可能な限りの情報収集、敵ISの撃破を行え。更識楯無、ラウラ・ボーデヴィッヒ、お前達が率いろ」

「任せてください、織斑先生」

「ハッ、了解しました、教官!」

 

『つまり私は、千冬さんと一緒にあの船を沈めない程度にボコボコにすればいいんですね。……気をつけないと』

『本当に気をつけてよねワカちゃん。盛大に揺れるくらいならいいけど、あの船ごと爆発に巻き込まれたりしたらシャレにならないから』

 

 思いが通じた一夏がガッツポーズを決める一方、更識家当主である会長と軍属であるラウラが先導役に任ぜられ、ワカちゃんが割と真剣に手加減の算段をしていた。邪魔さえされなければあの規模の船を一人で沈められるくらいの火力はあるだろうから、ついうっかりで俺達が船内にいる間に撃沈されたりしないことを祈るばかりだ。

 

 なんにせよ、これでお膳立ては整った。あとは死力を尽くすだけだろう。

 一夏も、俺達も。

 

 

 

 

「それじゃあ千冬姉、行ってくる!」

「急ぐぞ、一夏!」

 

 そして、作戦が新たな段階に入る。

 俺達専用機持ちによる船内突入と制圧。これこそがこの作戦本来の肝であった。

 

 侵入経路は、幸いワカちゃんが来るなり風穴を開けてくれた場所があるから入っていくのに支障はない。さすがに船内マップなどありはしないが、それでもISの機動性があればあの程度の船内をしらみつぶしに探すことは難しくあるまい。

 

「よっしゃ急ぐぞ!」

「ええ、行くわよ……って、一夏! なんか隔壁閉まり始めてない!?」

「何っ!? ……本当だ!!」

 

 しかしそれも、入れればこそ。

 なんか、先ほどのワカちゃんと千冬さんにさんざんボコられたダメージからようやく回復しだしたらしいセントエルモがダメコンに動きだしたようだ。今さらそんなことして何になるのかとも思うのだが。

 とはいえ、外からでも見えるようになっている艦内通路の一角に隔壁が降りようとしていやがった。……マズい、あれが降り切ったらまた中へ入る手段なくなるぞ!?

 

「くっ……、間に合うか!?」

「ダメだ、箒! 隔壁の閉まる方が早い!」

 

 箒とシャルロットがイグニッション・ブーストまで使って接近を試みるも、セントエルモの攻撃と、それよりヤバいワカちゃんのやらかした自爆技を警戒して距離を取っていたことが裏目に出た。このままでは俺達全員が届くよりさきに隔壁が降り切り、いかにISであろうとも侵入には再び時間がかかることになるだろうと思われる。

 侵入を任された俺達全員が揃って飛び出しているが、このままでは間に合いそうもなかった。

 

 仕方ない。

 

『ワカちゃん、頼む!』

『任せてくださいっ! 特大の威力でどうぞ!』

 

 多分この状況をなんとかできるのは、俺だけだ。

 だからワカちゃんに助力を願う。状況を理解してくれているワカちゃんは即座に反応し、普段のちゃらんぽらんさからは想像もできない速度でもって、さっきまでとはまた別のグレネードをクイックドロウ。速度の違いから集団の最後尾を追っていた俺の背に向かって情け容赦なくぶっ放した。

 

「まっ、真宏っ!?」

『心配するな簪ぃぃぃぃーっ!』

 

 背後には必死に意識をやらないようにしていたからどれだけの規模の爆発が起きたのかはよくわからないが、ともあれ俺は背中で炸裂したグレネードの爆炎により、エクスプロージョン・ブーストを発動。さすがは蔵王の化身たるワカちゃんが使うものだけあって火力は十分。強羅をしてすら白式やなんかのイグニッション・ブースト並の速度領域へと叩きこみ、隔壁が閉まりかけた通路へこの身を一気に叩きこんだ。

 ……慌ててたからすっかり忘れてたけど、背中の白鐡大丈夫だよね?。

 

『ぃよし間に合ったっ! ふんぬりゃあああああっ!!』

 

 とはいえ今はこの場をなんとかするのが先決だ。

 床、壁、という順番でゴガゴガンと凄まじい音を立てつつ激突し、しかしそれでもってなんとか減速して止まることに成功。そのまま俺本来の身長くらいまで降りていた隔壁の下に強羅の機体を滑り込ませ、隔壁を肩に担ぐような形で掴み、止めた。

 

「ちょっ、真宏くんなにやってるの!」

「潰されたいのか!? 早く離れろ!」

『そう思うんならとっとと通り抜けてくれ! ……うわこの隔壁重っ! 強羅のパワーでもそんなにはもたないぞ!』

 

 まず前提として、隔壁が閉じきるまでの時間では俺達全員が船内に入りこむことはできなかっただろうという状況にあった。

 最悪の場合、ギリギリのところで隔壁と床の間に挟まれてしまうことが誰かもいたかもしれない。だからこそ高機動型のISを持つ一夏達ですら躊躇っていたのだが、解決の方法はある。

 

 まさしく今俺がやっているように、力尽くで隔壁が閉じるのを止めてしまえばいい。

 もちろん、超危険なので強羅みたいに頑丈なISでなければやめた方がいいのだが。良い子は真似しないでね!

 

 ……だけど、これホントにキツくね!? 強羅って第二世代の割にかなりのパワーがあるはずなのに、それでも押されてるっ! 最初は立っていた脚が震え出し、膝をつき、しまいには装甲がみしみし言い出した!?

 

『うおおおおおっ、は、早くしてくれ!!』

――キュイ、キュイイイイッ

 

 ヤバい、マジやばい。

 強羅ならなんとかなるかもと思っていたんだが、やべえ。背中の白鐡がスラスターを吹いてなんとか援護しようとしてくれているのだが、それも焼け石に水だ。

 くそっ、あと少しなのに……っ。必死にこちらへ迫ってきてくれる仲間達を通すためにはほんの数秒もあればいいのに、それだけの時間がいやに長かった。

 

 

 そんな、紛れもないピンチ。

 仲間達を招き入れるためには時間が足りないと思った、そのときに。

 

「――手伝うぞ、真宏っ!」

『っ!? 一夏!』

 

 目の前に滑り込む、白く眩い機体があった。

 

 正体はもちろん、一夏の白式。持ち前の無鉄砲さと機体の加速力を存分に発揮して、一歩間違えばすりつぶされかねないこんなところに飛び込んできたのだ。まったく、知ってはいたけど俺並のバカじゃねえか。

 

「真宏一人にいいカッコさせてられないからな。みんなもすぐ来るから、一緒にいくぞ!」

『……ああ、いいだろう。気合入れろよっ!』

 

 それでも、こうしてきてくれれば百人力に思えてくる。男二人で根性込めて、仲間の道を作り出す。こんなシチュエーションになれば、俺のロマン魂は唸りを上げるのだ。

 

 やってやろうじゃん、俺達二人の力があれば、こんな隔壁一枚持ち上げられないはずがない。

 その思いを込めて、俺達はますますパワーを上げてくれるだろう、男臭い魔法の呪文を叫ぶのだ。

 

 

 

 

「ファイトオオオオオオォォーーーーっ!!!」

 

 

『いっぱあああああああああーーーーつ!!!』

 

 

 

 

「……えーと、それでは失礼いたしますわ」

「そのセリフを言ってみたかった気持ちはよくわかるが、ほどほどにな」

「あんたたちも、さっさと来なさいよね」

「ぼ、僕はいいと思うよ!?」

「くっ、シュヴァルツェア・レーゲンに強羅並のパワーがあれば……いや、やはりいらんか」

「真宏……カッコいい」

「簪ちゃん、あばたもえくぼはわかるけど、ちょっとメガネ拭いた方がいいと思うわよ?」

 

 いまだ隔壁は尋常ではなく重いが、それでもなんとか仲間達一同が通り抜けるまでの間は立ち上がって隔壁を押し返し、隙間を確保することができた。

 これで艦内への侵入は成功。あとはおそらく中で待ち構えているだろうファントム・タスクのIS操縦者、マドカと愉快な仲間達を撃破するだけだ。

だけ、などと簡単に言えるような相手では間違ってもないのだが。

 

『よし、それじゃあ一夏』

「ん、どうした?」

 

 だから、一夏は今すぐみんなと一緒に行かなきゃならない。マドカに会って、今度こそ思いの丈をぶちまけ、手を取らなければならない。こんな隔壁一枚ごと気に阻まれている場合ではないのだ。

 

『お前も……行ってこいっ!』

「真宏、何を……!? うわっ!」

 

 友情を込めたミドルキックでもって一夏を隔壁の向こう側へぶっ飛ばす。

 これが俺の決めた、俺の役目だ。

 

 当然隔壁を押えながらそんなことをすればバランスは崩れる。

 今この状況ではかなり致命的なその行動、下手をすればそのまますっ転んで上から降りてくる隔壁に押しつぶされたりなどということも想像できる。

あるいは命に関わりかねないが、それでもやらねばならないことだし、悔いなどありはしない。

 

 それに。

 

「――真宏っ!」

『簪っ!』

 

 なんか俺の行動をばっちり読んでいてくれたらしい簪が、危険も顧みず飛びついて強羅ごと隔壁の反対側に押し込んでくれたから、心配なんていらないさ。

 

 

『真宏、大丈夫か!?』

『ああ、簪のお陰で無事だ。……そっちもみんないるみたいだな。じゃ、さくっと中枢へ向かってくれ。俺と簪は、こっちから別ルートを探してみる』

『! ……わかった。色々言いたいことはあるけど、終わった後にしておいてやるから覚悟しろよ。今の蹴り、効いたからな』

『ハッハッハ、早くしないと忘れるぜ』

 

 降り切った隔壁越しに大声を張り上げる、俺と一夏。

 当初はオープン・チャネルで呼びかけようとしたのだが、どうにも調子が悪いようで、こうして原始的な力技で意思疎通を計るよりなかった。

 あくまで感覚的なものだが、この船の建材かはたまた別の何かがISの通信機能を阻害しているような感じがする。原因が何かまではわからないが、あるいはこれから先、この艦の中を行くにしたがってわかってくるかもしれない。

 

『こっちに隔壁が閉じかけの通路があるみたいだ。俺と簪はなんとかそっちから入りこんでみる。出来たらあとで合流しよう。警察署のあたりで』

『船の中にゾンビが溢れ返ってそうだからやめろ』

 

 そして冷静になってあたりを見回すと、俺と一夏が必死になって支えた隔壁以外にも艦内へ侵入できるルートがあるっぽいことを発見。……ま、まあ往々にしてこういう場合はあぶれたルートというのは遠回りになるものだから、これでいいんだよ多分!

 

『さて……ありがとな、簪。助かった』

「ううん、無事でよかった。真宏なら、きっと無茶するってわかってたから」

『うっ』

 

 結局、俺と簪がこちら側、一夏を筆頭とした残りは全員向こう側と、ある意味ぴったりな陣分けとなった。俺の無茶に対しジト目で睨んでくる簪には悪いことをしたと思う一方、なんか新鮮な表情でまたちょっとドキドキしたりもする。

 

 だが隔壁の向こう側では一夏達が移動を開始した気配もあるから、俺達も千冬さんに任された作戦の実行のために動くべきだろう。

 

『と、とにかく行こう。なんとかして一夏達と合流もしたいしな』

「うん、そうだね……。マッピングは私がするけど、無理はあんまりしないで……?」

『ハイ、さっきはホントごめんなさい』

 

 心配してくれることを申し訳なくもくすぐったく感じながら、自然と俺が前、簪が後ろのフォーメーションとなり、閉じかけたままになっていた隔壁をくぐり抜ける。

 さっきまでのダメージで電源がイカれたか、ロクに照明も灯っていない艦内通路へと入りこみ、ハイパーセンサーの恩恵で通常と変わらない視界を確保して、一息。覚悟を決めて潜入ミッションを、開始するのだった。

 

 

 進むは敵の蔓延る魔窟。

 俺達は油断なく視線を走らせ、一歩を踏み出した。

 

 

「なんとなく……秘密基地への潜入みたいだね」

『俺もそう思ってた。段ボールどっかにねーかなー』

 

 ……まあこのシチュエーションで俺達二人にシリアスを求めろってのは無理な話だと思いはするのだが、ね?


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