IS学園の中心で「ロマン」を叫んだ男   作:葉川柚介

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第37話「スフィンギッド」

 セントエルモ艦内。

 

 当初は豪華客船そのものの見た目を誇り、事実そういった評判を隠れ蓑として世界中の港を回っていたファントム・タスクのミサイル艦。ワカが開けた大穴から入りこんだばかりのころこそ内装にも豪華客船だったころの名残を残していたが、一夏達が段々と船内を下方に進んでいくにつれ、軍艦然とした狭い通路と必要な分だけの照明という風景に変わってきた。

 配線は保護されているもののむき出しで、ここまでくればこの艦がこうして運用されることを当初から念頭に置いて設計されたのだろうということがひしひしと伝わってくる。

 

 だが、ただそれだけのものとは思えない巨大な違和感があった。

 

「しかし……なんで誰もいないんだ?」

「室内、廊下の先ともにクリアだ。……私達が接敵してから退艦できるような状況ではなかったことから察するに、元から誰も乗っていなかったということか」

「ちょっと、なによそれ。マリーセレスト号じゃあるまいし」

 

 そう、艦内に侵入してからこちら、ただの一人も船員に遭遇しないのだ。

 セントエルモは全長300m以上の、実質戦艦。運用にあたっては数百人に上る乗員がいなければおかしいというのに、こうして艦内に潜入してからこちら、一人も出くわすことがない。

 しかも何故か艦内に入ってからオープン・チャネル、プライベート・チャネル問わず通信状況が悪く、ハイパーセンサーの感知範囲も狭くなっているが、それでも無数に存在する部屋の中を扉越しに走査する程度のことは可能で、その結果はこれまで進んできた範囲には人っ子ひとりいない、と伝えていた。

 

 明らかに異常だ。ここまで人がいないのであれば、これだけの規模の戦艦をまともに動かせるはずがない。

 だが事実として今も外ではワカと千冬が対空火器を潰し回っているらしく、時々ワカのグレネードあたりが着弾したのだろう鈍い振動が、ISを展開し油断なく進む一夏達の腹を突き上げる。そしてそれは逆説的に、いまだこの艦の火器管制が生きていることの証明でもある。

 

「ですが、いずれにせよ進むしかありませんわ。不本意な戦闘がない分助かったと思うことにいたしましょう」

「ええ、それがいいわね。……こういう場合、確実に一番奥で一番シャレにならない手合いが待ち受けてるから」

「そうですね、会長。……あーあ、せっかく船の中なんだからスニーキングアクションできると思ったのにー」

「真宏のようなことを言うな、シャルロット」

 

 がちゃりがちゃりとISの装甲を鳴らして戦艦内を進んでいくのは中々どうして難儀なもの。いつもより狭い範囲しか感知できないとはいえハイパーセンサーもあるのだから奇襲を受ける可能性は限りなく低いが、一夏達大多数にとってみれば敵地への侵入という慣れない作戦行動だからストレスも溜まる。……まあむしろ、外壁に近づきすぎて外からグレネードをブチ込んだワカの攻撃に巻き込まれる、という脅威をこそ警戒しなければならないくらいなのだが。

 

 だからこそ一夏達は侵攻のペースを上げ、あっさりと最深部にまで到達した。

 

 

「……で、なんか変な扉の前に来たわけだが」

「扉の向こう側はかなり広い空間があるようだ……。このあたりは船体中央部分。おそらく、武装類の格納庫だろう」

 

 結局、ここまでの道中で誰一人として出会うことはなかった。エンジンの轟きや機器の駆動音などはあちこちから感じられていたが、生体反応は一切なし。まるでこの艦がすべて自動で動いているかのような不気味さのみを感じながら辿り着いた場所。

 探索中に作成したマップと、こういったことに関して専門の知識を持っている楯無、ラウラの言によれば、おそらくこの先に「何か」があるだろうとのこと。外からの攻撃と艦内探索時の様子からして通常の艦橋にはロクな機能がなく、おそらく艦の中枢とも言うべきものはこのあたりにあるはずだ、と。

 

「――よくおわかりね、その通りよ」

「!?」

 

 せめて内部の様子がわずかにでもわからないかと気を張り詰めていたその時、扉の向こうから声が響いてきた。

 極めて落ち着いた、女性の声。この場に似つかわしくないことこの上ないものであるが、だからこそ誰もが確信する。この声を発した者こそが、この艦の支配者なのだろうと。

 

「ほらほら、早く入っていらっしゃい」

「っ! ……熱烈歓迎、痛みいるわね」

 

 しかしながら一夏達に迷う時間は与えられず、機先を制するように扉が自動で開かれた。

 扉の向こうは薄暗いが、それでもハイパーセンサーが直ちに視覚を補正し、がらんとした異様に広い空間の中央に立つ一人の女性の姿を浮き上がらせる。

 

 先陣を切って踏み込んだのは、楯無。無造作であるように見えてその実周囲に水の防壁を張り巡らせた周到な警戒の元の行動であったが、そんな態度をあざ笑うかのように罠はなく、続々部屋へ入っていく一行を招き入れた女性はくすくすと笑っている。

 

 これだけの数のISを目の前にしても、生身のままで不敵に笑う妙齢の女性。強い警戒を抱くには十分すぎるほどに不気味な相手であり、一夏達は全員が得物を構えてその女性の一挙一動に注目した。

 

 そして、一夏が気付く。

 

「ん……? あの人、どっかで見たような……」

「あらヒドイわね。余の顔を……じゃなくて、私の顔を見忘れたの、織斑一夏くん?」

「……時代劇被れなのか、あの女は?」

 

 その女性に、何故か見覚えがあることを。ファントム・タスクの構成員であることが確実な人間など文化祭とキャノンボール・ファストの際に襲撃してきたオータムとマドカしか知らないが、それでもこの女性の顔をどこかで見た気がするのだった。

 

「……。……あ。あああぁあっ!? あんた、箒とレストラン行った時の!」

「やっと思い出したのね。あのバラ、プレゼントした相手には喜んでもらえたかしら?」

「なんだ、どういうことだ!?」

「箒さんとレストランとは……ひょっとして、専用機タッグトーナメントのときのことですの?」

 

 そして、ついに思い出す。

 豪奢な金髪と艶やかな微笑。聞き手の様子を気にしないマイペースでどしゃぶり雨のようにどこか一方的な語り口。

 この女性は、かつてドレスコードがあるレストランで待つ箒の元へ向かえず四苦八苦していた一夏にスーツと、待ち合わせに遅れたお詫びのバラの花束を用意してくれた、あの名も知らぬ女性だということを。

 

「あんたっ、どうして……!? いや、そういえば俺の名前もなんでか知ってたし……騙してたのか!?」

「ええそうよ。騙して悪いけど、お仕事なの。でもあの時は、ただあなたのお手伝いをしてあげただけよ」

 

 悪の秘密結社のある種の本拠地に突入して繰り広げるものとは思えないほど、ズレた会話。しかしながら誰にとっても一夏の言っていることは聞き逃せない。もしこの会話が事実を語っているのなら、この目の前の女はかつて一度正体を明かさず一夏に接触したということになるのだ。

 こうして今も理由をはっきりさせずに世界中へミサイル攻撃を敢行しているファントム・タスクの、おそらく幹部級だろう実力を持っていることが、隙のない立ち居振る舞いからもわかる女。そんな者が一体何を企んで一夏に接近したのか、理由はいかようにも想像できる。

 

 が。

 

「なんだと……っ! つまり、あのときのスーツもバラの花束も全てあの女の用意した物だったのかっ!」

「箒!? 今はそんなこと言ってる場合じゃないだろ!?」

「むぅ……。まあ、いい。そ、それに、誰が用意したかは問題ではない。……一夏からもらえたからこそ、嬉しかったのだからな」

 

 なんか一部で急にラブコメが始まっていた。

 かつての出来事を思い出したのか、機体の装甲よりも顔を赤くする箒と、それを見て名状しがたい感情が湧き出てうろたえている一夏。客観的に見れば珍しくラブコメらしいラブコメをしていると言えなくもないのだが、状況に合わないこと甚だしかった。何やってんだこいつら。

 

「……えーと、話を続けていいかしら」

「……いいわよ、更識楯無さん」

 

 仕切り直し。

 一夏と箒は鈴達残りのヒロインズ一同の目力で即座に黙らせられたが、まだ話は終わっていない。無論、長居をするつもりもないのだが。

 

「私達が聞きたいことは二つだけよ、スコール。『あなたはファントム・タスクの幹部ね?』。そして『艦の中枢はこの先ね?』」

「うふふ、答えはどちらもYESよ」

 

 聞いた内容自体には、大した意味がない。どちらも現在の状況と、ここまで来る間に調べた艦の情報から既に楯無の中で答えは出ているものだった。スコールもそんな楯無の意図は察しているだろうに、楽しそうに答えを返した。

 だがかまわない。楯無に取って重要なのはこの一瞬のために、仲間達の気息を整えること。

 

「でしょうね……ならっ!」

 

 防御のため周囲に張り巡らせていた水を一瞬にして槍へと引き戻し、同時にイグニッション・ブーストを発動。スコールの真正面から、水流が螺旋を描くランスを真っすぐに突き出しての突撃を敢行した。

 同時に鈴とシャルロットが左右から回り込む。各々両手に展開した近接武装の刃を振りかぶり、加えて三人を射線に入れないよう飛び上がったセシリアとラウラのレーザーライフルとレールガンが放たれた。

 生身の人間一人には過剰ともいえる戦力の投入。だがこれでなおスコールを「倒す」ためには不十分だろうと、楯無は考えていた。

 

 結果は、予想的中。

 ランスも計4振りの刃もレーザーもレールガンの弾体も、全てが一瞬のうちに現れてスコールを包んだ光の繭に阻まれた。

 キャノンボール・ファストの会場に現れた折、その場で楯無が繰り出した全ての攻撃を受けとめて見せたあの光だ。おそらく白式の零落白夜ならば突破はできるだろうが、それ以外の手段では貫きうるかも怪しいと、今も全力で突き出しているはずなのにピクリともしないランスの感触が伝えてくれる。

 

 

 だが、それがいい。

 

「一夏くん、箒ちゃんっ! 今よ!!」

「はっ、はい!」

「行ってきますっ!」

 

 この状況で手を出しあぐねているのはスコールも同じこと。一夏と箒を先に行かせることができるのならば、それで十分というものだ。

 

 元より今回の作戦の要はセントエルモ艦内中枢の制圧。こんなところに全員で足止めを食らうくらいならば、何人かを先行させた方がよほど賢明だ。

 それに何より、ここにいたのは織斑マドカではなかった。である以上一夏は先に進まねばならない。箒を一緒に行かせたのはせめてもの餞別。エネルギー効率の悪い白式が思いきり戦う為には、紅椿のワンオフ・アビリティが必要だったからだ。

 

 

「心配ご無用ですわ一夏さん、クリスマスプレゼントは用意してありますわ! 花束も用意してあったりしてですわ!」

「やっぱり私って、不可能を可能にするのよね!」

「大丈夫だ、問題ない!」

「もう何も怖くない!」

「ところでもうあと数カ月で進級するわけだけど、もう(生徒会長職を)ゴールしてもいいわよね……?」

 

「なんでそこであからさまに死亡フラグをっ!?」

「だがここまでされると逆に死なれる気がまったくしないっ!」

 

 などとまあ、少々アレな送り出し方であったことは否めないが、これもまた彼女ら流の励ましだ。これから一夏は自分の定めた宿命に立ち向かわなければならない。そんな時に自分達が心残りにならないよう、いっそ笑い飛ばせるようにしてやることが仲間としての手向けなのだと思う。

 

「学生には、友情があるのね。生きやすいもので、ふらやましいわ」

「それはどうもっ! ならいっそのこと、その友情パワーに倒されるがいいわっ!」

「ついでにハラワタをぶちまけなさいっ!」

 

 一夏と箒が部屋を抜けたのを感じ取り、ますます気合を入れる一同。しかしながらいまなおスコールの張り巡らせた光の繭はゆるがず、拮抗状態が続いている。専用機5機をもってしても押しきれない状況、代表候補生と国家代表揃いの胆力といえど不気味さを感じるに十分すぎる。一体どんな機体であればこれほどのエネルギー制御が可能となるのか。

 

 

 だが不運なことに、敵はスコールだけではなかった。

 

 

「スコールにっ、何してやがるっ!」

「! 新手か!」

 

 五機が揃ってスコールへ攻撃を集中させていたところに、また別の声が飛び込んだ。

 頭上に感じた気配が殺気を放つやいなや、全員即座にその場から飛び退る。これ以上攻撃を続けてもあの防御を突破することはできなかっただろうからちょうどいいと思ったからこそではあったが、直後に降り注いだ圧倒的な量の弾幕には肝を冷やす。

 ガラガラと床面をほじくり返すような勢いの鉄量がわずか数秒の間に叩きつけられているのだ。まともに逃げ場なくくらえばシールドバリアがどれほど削られることになったか、想像するのも恐ろしい。

 

 スコールの光の繭ならばそれを受けてなおダメージにならないと知っているからこその無茶な攻撃であった。

 真夏のゲリラ豪雨もかくやとばかりに叩きつけられた鉄量は半端なものではない。仮にガトリングのような連射力に特化した武装で何丁必要なのかと疑問に思うほどであったが、ほどなく理由は判明する。

 

 スコールの隣に降り立った、攻撃の仕掛け人。

 ガシャリとISの装甲の擦れる音を立てて着地した、一機のISの姿を見れば。

 

「その機体……! アラクネ!?」

「ん? ……ちっ、文化祭のときの水使いかよっ!」

 

 不機嫌な表情を隠しもせずに言ってのけたのは、楯無の言葉の通り、アラクネを操るオータムであった。

 

 しかし厳密には、機体はかつて文化祭の時に見た物と同じではない。

 アラクネの意匠を引き継ぎ、8本のサブアームを背負っていることは変わりないが、その先端。

 かつて見たときは射撃用マシンガンと近接格闘用のクローが備えられていた部分が、今は違う。

 

 8本全て、ガトリングである。

 先ほどの攻撃はそれらによる一斉発射だったのであろう。十分に納得できるだけの弾幕量であったのは間違いない。まさにガトリング・モンスターといった風情だ。

 

 

 だが、一体どういうことかという疑問は残る。

 確かにあの時、オータムは窮地を脱するためアラクネの機体を爆発させ、コアのみを辛うじて抜き取っていた。そのためISとしてはしばらく再起不能の状態に陥っていたはず。

 仮に機体の予備があったとしても、コアが機体とマッチングできるようになるまではまだまだ時間がかかるというのが、IS学園研究部の調査結果であったはずなのに。

 

「あんときは随分世話になったなぁ……。おかげでこいつのコアはこの艦の火器管制くらいにしか使えなくなって、ISとして使えるのは艦の中だけだよコラ」

「艦の火器管制!? ……まさか、この戦艦全体をISのコアで運用しているというのか!?」

「あら、しゃべっちゃったのねオータム」

「……うぇいっ!? ま、まずかったか、スコール……?」

 

 などと妙にいちゃこらしたやり取りをしながらではあったが、驚くべき答えが混じっていた。

 先ほどのオータムの言葉を信じるならば、このセントエルモはアラクネのISコアによって動かされていたのだという。

 

「ですが、あり得ない話ではありませんわ。ISコアの演算能力をもってすれば戦艦一つの運用も不可能ではないはず。ISとして使うのでなければ、負荷もかからないでしょう。ここまで乗員を見かけることなく、逃げ出した形跡もない理由。……あの方のISが動かしていたんですのね、ある意味納得ですわ」

「迎撃が妙にうるさかった理由もね。……あんな強羅みたいに武装くくりつけたISなら、そりゃあハリネズミみたいな大量の武装も使いこなすわよ」

 

 セシリアと鈴がほんの二、三の情報から現状を分析するが、実のところ今はそんなことはどうでもいい。

 暢気に話しているように見えて、どちらの陣営も相手への注意は逸らさずじりじりと陣形を整えつつある。スコールの入った繭を見ながらもアラクネのサブアームは周囲ににらみを利かせ、楯無達はゆっくりと取り囲むように位置を取る。

 戦いは既に、始まっているのだ。

 

 

「それよりも、スコール。そろそろ出てきたらどうかしら。まさかそのまま防戦一方ってわけじゃないんでしょう?」

「そうねえ。……あまり見せたくはないのだけれど、仕方ないわね」

 

 準備を済ませれば、あとは拮抗してしまうもの。

 艦の管理を一手に引き受けているがため、おそらく自身の体の一部と認識されるセントエルモの艦内でのみ活動可能だというアラクネの制圧力は、今見た限り少なくとも5機のISをして正面からの押し合いを躊躇わせるだけのものがあり、だからとて先に動けば討ち取られるほどの戦力差だと、オータムも理解している。

 しかしこうしてこの場に留まってばかりもいられない。だからこそ楯無は言葉を投げかけ、状況の変化を促した。

 

 スコールも、それに応えるにやぶさかではなかったようだ。

 IS学園勢の胸中に走る緊張など知らぬげに呟き、光の繭を、解いた。

 

 

 するすると光がほどけ散り、スコールはISを展開したその身を現した。

 

 繭状に体を包んでいた光はどうやら背中が発生源であったらしい。ふわりと広がっていくその姿、まさしく天使の羽のごとし。自然と脳裏に「光の翼」という言葉が浮かぶのも無理からぬ光景で、しかしシャルロットなどごく一部は直後に「いやいや光の翼ならピンクっぽくないと」とか思って訂正したりしているのだった。

 

 だが、あらわになったその機体。

 それは、驚愕をもって迎えられた。

 

 

「……なにっ!?」

「そ、その機体……まさか!」

 

 外見上の特徴は、光の翼を持つこと以外にさほどISの常識から外れたものではない。手足の装甲、数年前に流行ってよく見られた天使の輪(ハイロゥ)型のヘッドセット、そして背部を覆い翼を伸ばすスラスターユニット。どこか天使にも似た装いで、手持ちの武装が見当たらないことを別にすれば第二世代あたりのISの標準的な構成と言っていい。

 無論このISもスコールの専用機であることは確実。光の翼などという珍しいものもあるため絶大な力を持っているのは確実だが、何より驚くべきはそこではない。

 

 セシリア、鈴、ラウラ、シャルロット、そしてもちろん楯無も。

 

 一人の例外もなく、「この機体のことを知っている」のだ。

 

 

「やはり、あなただったのね。『栄誉なきヴァルキリー』」

「その名前はあまり好きじゃないのよね。せめて機体の名前、<スター・グリント・アンサング>で呼んでくれないかしら」

 

 楯無が口にした称号と、スコールの機体名。

 それらはいずれも世界のIS関係者ならば当然知っているだろう、悲劇のヴァルキリーにまつわる名前なのだった。

 

 

◇◆◇

 

 

 ISの歴史上、重要な意味を持つ世界大会「モント・グロッソ」。

 全世界規模で開催され、歴代の総合優勝者はその実力を称えて<ヴァルキリー>の称号を贈られる、名誉ある大会だ。

 第一回大会で優勝し、第二回大会においても無敗のまま決勝へ駒を進めた千冬はさらなる畏敬を持って<ブリュンヒルデ>と呼ばれているが、彼女以外にも、世界にはモント・グロッソの回数に等しい数のヴァルキリーが存在する。

 

 

 だが、その中でたった一人。

 あるいは侮蔑、あるいは憐憫の感情と共に「栄誉なきヴァルキリー」と囁かれる者がいる。

 

 第二回モントグロッソ決勝。

 危なげなくその場へ到達を決めた、公式戦無敗を誇る最強無敵の織斑千冬駆る暮桜。この大会においても当然のように決勝へと進出した彼女であったが、決勝においても同じように勝ちを収められるとは、当時思われていなかった。

 

 何故なら、対戦相手もまたそれに匹敵する実力を示していたからだ。

 その相手となる、もう一人の決勝進出者のISこそ、<スター・グリント・アンサング>。当時のアメリカ代表の機体である。

 

 スター・グリント・アンサングは、搭乗者も機体自身も異色の経歴を持っていた。

 搭乗者は元々軍属で、極秘のIS開発計画に携わっていた専属の操縦者であった。

当然彼女もISも存在は秘匿され、長く陽の目を浴びることなく鍛錬の日々を過ごしていたのだという。

 しかしながらその機体が見事セカンド・シフトを果たしたのを境に、状況が変わった。

 

 セカンド・シフト後にスター・グリント・アンサングが示した性能と機体特性が、エネルギー系という零落白夜に対して不利なものでありながら、それでも当時最強の座にあった織斑千冬にも対抗しうるものだと目され、急きょ国家代表に抜擢。表舞台へと躍り出ることになったのだ。

 

 彼女とISはその期待に応え、見事大会を勝ち抜き、決勝へと至る。

 誰の目をも魅了する激戦の果てに、勝つにせよ負けるにせよ輝かしい名勝負を生みだすだろうと期待された彼女とIS。

 

 だが結果は、織斑千冬の棄権による不戦勝。

 彼女は華々しい勝利を勝ち取ることなく、その手にヴァルキリーの称号が落ちてきた。どれほどの虚無を抱えて受け取ったことだろうと、世の人々はその心中を察した。

 

 

 そしていつからか囁かれた名前が、「栄誉なきヴァルキリー」。機体の名前の通り、称えられない名前(アンサング)をその身に刻む、ヴァルキリーである。

 

 

◇◆◇

 

 

「第二回モント・グロッソ決勝を不戦勝した、称えられる栄光を持たないヴァルキリー。……まさか、ファントム・タスクに所属していたとはね」

「人生というのは色々あるものなのよ。でも今はあなた達の敵。もし私に勝てたら、ちょっとは昔話をしてあげるかもしれないわよ?」

 

 楯無達は、警戒を最大限にまで一挙に引き上げる。

 なぜならば相手は仮にもヴァルキリーの称号を持つ者。機体は数年前のものなれど、セカンド・シフトを果たしたものだということは当然理解している。

さらには搭乗者の実力も世界に広く知られているものであり、かつて資料映像を見た限り、今の自分でなお勝てると思えるものではまるでなかったと代表候補生全員が脳裏にかつての記憶を反芻する。

 国家の代表であり、世界の頂点まであと一勝というところまで迫った者の実力は遥かな高みにあるのだ。

 

「さあ、それじゃあ始めましょうか。……お相手するわ」

「ハッハァ、殊勝な羊は帰れねえぜ!」

 

「来るぞ!」

「みんな、気をつけて!」

 

 光の翼を打ち振るって浮かび上がるスター・グリント・アンサングと、高らかな叫びと共にサブアームを広げる地上のアラクネ。

 たった二機のISのみとは思えぬほどの威圧感を振りまく彼女らを相手に、一夏を守るためこの場に留まった少女たちの戦いが、始まった。

 

 

◇◆◇

 

 

 楯無達が世界最強の一角たるヴァルキリーを相手に戦闘を開始したのと、ほぼ同時刻。

 

 そこよりさらに進んだ、元はオータムが愛機と共に控えて火器管制を担当していただろう中枢と思しき区画にて、一夏と箒もまた敵と対峙していた。

 

「……ようやく来たか、遅かったな」

「ああ、待たせて悪い」

 

 まるで、デートの待ち合わせでもしていたかのような気安い言葉を交わすのは一夏と、マドカの二人。隣で箒がそんな二人の態度にちょっと目付きを険しくしているところなど、まるで三角関係のようですらあった。

 

 だが一夏とマドカ、お互い言葉とは裏腹に眼差しに油断の色はなく、鋭く相手の挙動を見つめている。

 一夏は、部屋に入る前からここにマドカがいるという予感があった。

 マドカは、もう一夏がここに辿り着くという確信を感じていた。

 

 二人の中で引きあう何かが宿命となり、この場に織斑の名を持つ二人と、その結末を見届けうる者として箒を呼び寄せたのだろう。

 

「私は、お前が許せない」

「俺は、お前の手を取りたい」

 

 マドカは元々サイレント・ゼフィルスを展開していた。一夏と箒もまたここに来るまでISの展開を解除などしていない。

 初めから、二人の手には剣と銃。言葉を交わしはしたものの、話し合いの余地など元よりないのだ。

 一夏の存在自体を憎むマドカと、そんなマドカを受け入れようとする一夏。この二人にとって戦いは不可避であり、いかなる結果に帰着するにせよ、やらねばならないことだった。

 

「……一夏、やめろとは言わん。だが、勝つぞ」

「当たり前だろ。……でも、ありがとうな、箒」

 

 箒もまた、覚悟を決めている。家族かもしれないと聞かされた相手と戦う一夏の心境は察するにも余りあるもので、この期に及んでやめろなどとは言えるはずもない。

 できるとすればただ一つ、この身を一夏のための刃となして、何も考えずに全力で戦うことだけだ。

 

 全員の覚悟は、定まった。

 

 

「さあ、初めての兄妹喧嘩と行こうか、マドカ!」

「誰が兄妹だっ!」

 

 一夏が叫ぶ。バカの一つ覚えのように、それでいて並のISを凌駕する鋭さで踏み込み、それに見事対応して飛び退くマドカ。しかしながらここは船内の一室であり、さきほどスコールが現れた格納庫のような空間と同じくらい天井は高いが、それでも艦中枢らしく巨大モニターやコンソールが立ち並び決して広くない。

 サイレント・ゼフィルスの機動力をもってすれば背後はすぐに壁へとぶつかり、それ以上の後退は不可能となる。

 が、そんなことはマドカとて無論知っている。

 

「落ちろっ!」

「くっ!」

 

 一夏の軌道を遮るように、二方向から迫る青いレーザー。いつの間にやら部屋の隅へと移動していたサイレント・ゼフィルスのビットからの、しかもフレキシブルで放たれた歪曲レーザーだ。

 機動力命のため装甲など飾りのような白式にとって、装甲の隙間を正確に狙ってくるそのレーザーは細く鋭く急所を狙う針にも等しい。無視して突撃すれば打ち負けるのは確実である以上回避を選ぶより他なく、狭い室内にスラスターが吹かせた爆風をまきちらしながら軌道を変えた。

 

「なんのっ!」

「お前は失せろ、篠ノ之箒!」

 

 それは箒にとっても同じだ。現行のあらゆるISを超越した性能を持ち、ここしばらくはワンオフ・アビリティ絢爛舞踏も安定して発動できるようになってきた箒からしても、サイレント・ゼフィルスのレーザーは十分に脅威。少なくとも手数の面では両手の刀を主武装とする一夏と箒の二人に対し、自機のみならず6機のビットも同時に扱えるサイレント・ゼフィルスの方が上だ。

 ましてや軌道の限定されるこの閉鎖環境下。数の有利はむしろ的を増やしただけに過ぎないとも言える。

 

 だが、一夏も箒もそんなことは分かっていた。

 この場にマドカが必勝の決意と共に待ち構えていることも、それが自分達にとって不利な戦いとなるだろうことも。

 いかなる困難があろうともマドカと相対し、今度こそしばき倒してでも言って聞かせる。そんな覚悟と共にこの艦へと乗りこんできたのだ。ゆえに二人は、引くことがない。

 

「せえええいっ!」

「穿千! 行け!」

 

 左右に鋭くブーストをかけてレーザーを回避し、直撃を避けられないものはエネルギーを削って零落白夜で斬り伏せる。箒もまたそんな一夏にマドカが集中している隙を見て穿千の強力なブラスターライフルによって牽制する。回避されてしまい壁の一部が溶解しているが、どうせ敵陣中央なのだから被害を気にする必要はない。

 そもそも艦内に入ってからもずっとワカのグレネードによるものと思われる振動が感知されているのだ。むしろこんなことをするしないに関わらず、自分達が脱出するまで艦が浮いていられるかが心配だ。

 

 この部屋の容量は、一辺20mもあるかどうか。サークル・ロンドの技術を使ってすら狭すぎる、IS同士の戦闘には全くそぐわないその空間に、白と赤と青の機体が入り乱れ、レーザーと剣閃の光が千々に舞い散る異空間。

 いっそ美しくすらあるその光景、おそらく長くは続くまい。

 

 

◇◆◇

 

 

「まだまだいけるぜっ! スコォォォオオオオオルッ!!」

「だああっ、鬱陶しいわね!」

「弾数が多すぎるっ!」

 

 ファントム・タスクが誇る巨大戦艦セントエルモ。

 世界に甚大な脅威をもたらしたこの戦艦を巡る攻防も、ファントム・タスクとIS学園両陣営のISが直接戦闘するに至り、最終局面の様相を呈してきた。

 

 一夏と箒がサイレント・ゼフィルスを駆るマドカを制圧するか、あるいはこの場にて2機のISに5機で挑む楯無達が勝利して援護に駆けつけるか、いずれかがIS学園の勝利に最も近づく道筋であろう。

 

 

 しかし、おそらく後者が現実のものとなる可能性は限りなく、低い。

 なぜならば。

 

 

「あら、もう終わりかしら」

「そんなわけっ、ありませんわ!」

 

 鈴とラウラがオータムの弾幕相手に攻めあぐねている一方、気合を込めて叫んだセシリアの声に応じ、室内を縦横に飛び回るビットが各位置から筒先を揃え、スコールの機体をレーザーで狙い撃つ。途中複雑に軌道を変えたのは相手の回避に追従して急所を狙う為で、今のセシリアであれば4機のビット全てのレーザーにまったく別々の軌道を取らせることすらできる。

 その光の網目たるやいかにISであろうと完全回避は不可能なほど。近頃では白式にすら届きうるほどまでに磨き上げられた、IS狙撃の技の粋である。

 

 それが放たれた先にいるのはスター・グリント・アンサング。セカンド・シフトを果たした機体であるがゆえに性能は無論のこと高いが、複雑に走るレーザーをくぐり抜けることは物理的に不可能。ゆえに多少のダメージは免れ得ないはずの攻撃。

 直撃の光条がその機体へと迫り。

 

「はい、残念」

「光の翼っ! またですの!?」

 

 しかし軌跡は自在に翻る光の翼に阻まれた。先ほどまでのように高い密度で圧縮して殻を形成するまでもなく、数本のレーザーをあしらう程度のことは容易くできるという事実、これまでに何度も攻撃してきた度に目の当たりにさせられた。

 

「それと、邪魔よあなた」

「なっ!?」

「シャルロットさん!」

 

 それだけではない。この翼は汎用のエネルギー体であるらしく、防御のみならず攻撃にも転用できる。事実としてセシリアとは逆サイドからショットガンを手に迫りつつあったシャルロットに対し、一度大きく打ち振るわれた翼から羽状の光弾が無数に飛散。

 ラファール・リヴァイヴの行く手をふさぐのみならず、ショットガンと同等以上の威力と攻撃範囲を持って迎撃し、無数の着弾がダメージを与えた。

 

 先ほどから、これの繰り返しだ。

 攻防いずれにも高い能力を示すスター・グリント・アンサングの光の翼。密閉空間に誘い込まれたという点と、スコールもオータムも共に広範囲攻撃が可能な機体であるという不利。それを差し置いて考えても、かつてモント・グロッソ決勝にまで至ったスコールと、彼女の信頼を持ってこの場に居合わせるオータムの技量は図抜けた物があった。

 

「あら、ミステリアス・レイディ。そんなところでなにをしているの?」

「っ!?」

 

 セシリアとシャルロットを軽くいなしたスコールの視線が楯無を射抜く。水の膜にてオータムの射撃を防ぎ、鈴とラウラを援護してまずはそちらを撃破しようと計っていたタイミングがその一声で潰され、動く気配に顔を向けた瞬間、目の前にスコールの美貌が迫っていた。

 後方に吹き飛んだ艶やかに長い金の髪が翻り、ルージュの引かれた唇が美しく弧を描く。

 背後になびく光の翼で起動した四重同時瞬時加速。まさしく瞬間移動としか思えない、人類が有史以来築き上げてきた戦いの技法を全て置き去りにする常識破りの縮地であった。

 

「ふんっ!」

「きゃああっ!?」

「楯無さん!?」

「おっと、スコールの邪魔はさせねえよ!!」

 

 その間合いから楯無を襲った拳の一撃は、咄嗟に張り巡らせた水の防御膜を貫いて腹部へ突き刺さる。

 いかにISの強化された腕力による物とはいえその威力たるや想像を絶するものだ。極めて高い汎用性と防御力というチート臭いミステリアス・レイディのアクアナノマシンが形成する守りをいともたやすく貫いて壁際まで殴り飛ばすなど、強羅でもできることではない。まあ、強羅の場合は動きが鈍すぎて楯無に格闘戦を挑めないだけなのだが。

 

 天使ように美しい翼を広げ、振り抜く拳は歴戦のボクサーのそれ。正直シュールどころではない光景なのだが、威力は紛れもなく絶大。かつて第二回モント・グロッソでも猛威を振るった戦術である。

 

「憎たらしいですがさすが、といったところですわね。セカンド・シフトを成し遂げていることも含めて、あの時のシルバリオ・ゴスペルのようですわ」

「それだけじゃないよ、セシリア。あの格闘の技、まるでファング・クエイクみたいだ……まさか」

 

 楯無への追撃を阻むためにビットとライフルからのレーザーを放つセシリアと、ショットガンを瞬く間にマシンガンに持ち替えたシャルロットの弾幕がスコールを牽制する。生憎と先ほどまでと同じように光の翼によってかき消され、回避されてしまったがそれでも楯無との間に割り込むことには成功した。

 そして、同時にあることに気付く。これまでスター・グリントが見せた戦い方の一つ一つ。機体持ち前の機能に技も含め、どこかで見た覚えがある。いやむしろ、こちらにこそ源流があるような。

 

 いくつかの事実が脳裏をめぐる。

 アメリカが開発した機体であるスター・グリントと、先に挙げたアメリカ製の第三世代機。あるいは、と想像がよぎるのだ。

 

「あら、気付いたのね。ご想像の通り、このスター・グリント・アンサングの機体特性とワンオフ・アビリティを2機のISに分けて再現しようとした機体。それがシルバリオ・ゴスペルとファング・クエイクよ」

「やっぱり……!」

「つまり、実質あの2機を同時に相手にするようなものということですか!」

 

 スコールの口から出た言葉は、二人の想像した通りのものだった。

 軍属であるため表に情報を開示されることこそ少なかったものの、シルバリオ・ゴスペルはかつての戦いから広域殲滅型であるということがわかっているうえに、あの機体がセカンド・シフトを起こしてから発現したエネルギー翼はスター・グリントの光の翼によく似ている。さらに思い返せば福音も手足の四点同時イグニッション・ブーストなどもやっていた。

 そして先ほど楯無を殴り飛ばした拳の一撃。あれだけ汎用性のあるエネルギー兵器を持ち合わせながら近接格闘能力もあるなど反則もいいところだが、いかにもボクシング然としたスタイル。ここへ来る間に通信で見たファング・クエイクの勇姿によく似ている。

 

「まさか、さきほどファング・クエイクの使っていた豪熱マシンガンパンチという技は……」

「懐かしいわね。ガイアクラッシャーと一緒によく使ったものだわ」

「やっぱりいいい!?」

「というか……それはむしろ私が使うべき技じゃないかしら……?」

「くっ、なら私が真・流星胡蝶剣を使わざるを得ない……!」

「やめろ、鈴」

 

 めり込んだ壁からようやく這い出してきた楯無のツッコミも聞こえているかいなか。相変わらず余裕綽々の態度で艶やかに微笑んでいるスコールの態度はセリフさえ無視すればいかにも悪のラスボスといった趣であるが、事実状況はかなり悪い。

 成り行きでオータムに鈴とラウラ、スコールに楯無とセシリアとシャルロットの三人で挑む状況になっており、オータムは二人でも十分押さえきれる。

 密閉空間内でやたらと大量にガトリングの弾をバラまかれているので攻めあぐねてこそいるが所詮はそれだけ。アラクネは艦内ならばISとしても使えるとはいえ本調子ではないらしく、制圧射撃の精度が甘い。そこを手数で押し切るためにサブアームを全てガトリングに換装してこの場に臨んだのであろうが、それでも衝撃砲を持つ鈴の甲龍と、ワイヤーブレードとAICを駆使できるラウラのコンビであるならば地の利に劣る不利を押してなお勝利を収めることができるだろう。

 

 しかし問題はこのスコールだ。

 第二世代機ながらこの場で唯一セカンド・シフトを果たした機体であり、搭乗者の実力は世界屈指。いまだ代表候補生でしかないセシリア達からすれば雲上の実力者といえる。

 これまで技量と機体性能の全てをつぎ込んでのあらゆる攻撃は軽くいなされ、今もまだ底知れぬ笑みをたたえたスコール。修行中の身でヴァルキリーの実力に匹敵するなどとは間違っても思っていなかったが、この状況はまず過ぎる。

 

 あるいは一夏がこの場にいれば、零落白夜で光の翼相手にも善戦できたのでは、と思わないでもない。

 だがそれは考えても意味のないこと。あの場で一夏を先に行かせたのは絶対に正しかったことだと確信がある。

 

「さて、セシリアちゃんにシャルロットちゃん、ますます気合入れて頑張りましょうか」

「もちろんですわ。スター・グリント・アンサング……。大げさな伝説も、今日で終わりにしてさしあげますわ」

「こんな船を浮かべて喜んでいるくらいだからね。君達には水底がお似合いだよ」

「あら、言ってくれるじゃない」

「……というか、どうしてここまで負けフラグがこむことを言うのかしらこの子たちは」

 

 決意は軽口で叩きつけてやるのが今のIS学園風。一体どこのバカのノリに感染したのかはまあこの際気にしないことにして、セシリアとシャルロットは各々得物を構え、二人に合流した楯無もまた水を自身の周囲に還流させてランスを立てた。

 

 三人共に既にダメージの蓄積はあるが、相手に付けられた傷など数えるほど。このまま戦いを挑んだとして、あるいは時間を稼いだとしてどれほどもつか、そう考えなければならない状況だ。

 

 しかしセシリアもシャルロットも、勝利を収めるつもりでいる。この部屋の先では一夏がきっと戦っているし、あるいは自分達が駆けつけるのを待っているかもしれない。そう思えば、恋する乙女の心は燃え上がる。

 それは確かな力となって彼女達を後押しするのだ。ロマン魂のように物理的にエネルギーを生み出す機構などなくとも、少女にはそういう奇跡が標準装備されているものだから。

 

「私達も負けていられないぞ、鈴」

「あったり前でしょラウラ。タコの一匹がなんだってのよ。大人しくノンマルトに操られてなさい!」

「だからなんで揃いも揃ってIS学園の連中はあたしをタコ扱いするんだよ!? アラクネはクモだ、クモ!」

 

 ……まあ一方ではコントじみたやり取りが行われていたりもしたのだが、それもいつものこと。

 こんなことがあっても平常心は失わず、しかして緊張感もまたみなぎっている。ファントム・タスクの野望をくじくため、世界に平和を取り戻すため、そして何より一夏の元へと駆けつけるため。

 

 5人の戦いは、始まったばかりだ。

 

 

◇◆◇

 

 

 一夏と箒がマドカと激突している部屋の大きさは一辺約20m。数値的に見れば剣道の試合場のほぼ2倍の大きさであり、ISの機動力を持ってすれば狭いどころの話ではない。下手にイグニッション・ブーストを使えば一瞬後には壁に激突しているような超限定空間で、高機動型の機体の特性など全く生かせない……かといえば、必ずしもそうではない。

 

「しっ!」

「はぁ!」

 

「このっ……! 二人揃って鬱陶しい!!」

 

 この部屋の中では、白式と紅椿にしてみれば最大限距離を離されたとしても十分一足一刀に相当する間合いの内。イグニッション・ブーストなど使わずともサイレント・ゼフィルスの位置を捕えることなど容易いことで、ましてやいつぞや真宏がやっていたように壁蹴りやら何やら駆使すれば、多角攻撃すら可能となる。

 

「行けぇ、ファング……じゃなかったBTビットぉ!」

「どこのトリニティの次男だ!」

「いや、ヒゲ傭兵かもしれんぞ!」

「人のことをバカにするのも大概にしろ!?」

 

 その点はマドカも負けてはいない。セシリアのブルー・ティアーズ以上の数のビットを同時に、しかも自在に操るマドカの技量はこの密室内ですら各ビットに適切な動きを取らせ、一夏と箒を狙い撃つ。

 

 だが悲しいかな、相手が悪い。

 

「むっ、後ろか!」

「箒、ちょっとしゃがめ!」

 

 織斑一夏と篠ノ之箒は、奇しくもそれぞれ剣による近接格闘を重視した……というかほぼそれしかない機体を使っている。さらに加えて、二人は幼少の頃から篠ノ之流の剣術を習っていたという経歴がある。

 篠ノ之流は元を辿れば戦場にて生まれた実戦剣術。流派として編纂され、道場で教え継いで行く物になったとはいえその源流は確かに息づき、一対一の状況でしか力を発揮できない技などありはしない。運足と呼吸と間合いと太刀筋。全周感知可能なハイパーセンサーを搭載したISでその術理を振るえばまさしく全方位敵なしの鬼神の技ともなるだろう。

 

 背後からの攻撃を察知した箒は、まさにそのビットが放つレーザーを零落白夜で消し去らんと振りかぶった一夏の斬撃が放たれる直前にかがみこんでやり過ごす。二人の息と技量はこれ以上ないほどに合っていた。

 

 その力、秘密結社亡国機業ファントム・タスクの尖兵として数え切れないほどの実戦を経験したであろうマドカとの差を埋めうるものだ。

 ビットとライフルから伸びるレーザーの青い光は白と赤の残光を貫いて壁を焼くばかりで、時に零落白夜にかき消され、雨月と空裂のブレード光波とぶつかりあって消滅する。

 

「箒っ!」

「わかった、一夏!」

 

 しかもなお悪いことに、この二機の相性は最高だ。

 もしこの場にいるのが白式のみ、あるいは白式とコンビを組むのが紅椿以外の機体であったのならば、密閉空間で自在に歪曲するBTレーザーが反撃すら許さずに完封することすら可能であっただろう。だが現実にこの場にいるのはあらゆる面で燃費の悪い白式と、そうして消費されたエネルギーをワンオフ・アビリティ絢爛舞踏によって実質無限補給することが可能な紅椿。

 今も、すれ違いざまハイタッチのように両手を打ち合わせるだけで白式のエネルギーが回復した。さきほどからマドカの攻撃の合間を縫ってあのように回復し、また全力での機動が繰り返されている。

 

 一夏に対する敵愾心と、それを押してなお冴える冷静な高速狙撃戦術を駆使して、それでも明らかに一夏と箒にこそ分があった。

 

 

「くぅううっ! ……何故だ、なぜ私は勝てない!」

「悪いが俺にだって負けられない理由があるんでな! それにどうせ、話してどうこうなるようなことじゃないっ、まずは一発思いっきりぶん殴ってやるから、そのあとゆっくり話そうぜ!」

「待て一夏! それでは姉さんの理屈と同じだ!」

 

 ライフルの乱射とビットの連携。それらを狭い室内で高速移動と並行してこなすマドカの技量は並ではない。これまで幾度もファントム・タスクの作戦にて実戦を経験し、ましてや今は憎き一夏を前にしてますます勢いを増すはずのそれらが一向に届かない。

 

 

「イライラするんだよ……ッ! 落ちろっ、落ちろ落ちろ落ちろおおおおお!!」

「悪いがそれは出来ないな! 真宏と千冬姉と、俺達をここまで来させてくれた、みんなのためにも!」

 

 どこぞの超光戦士が闇堕ちした死刑囚のごとく、ついにイライラが頂点に達したマドカが持てる全火力を一夏に差し向けた。

 箒とて機体性能とそれにマッチした搭乗者自身の剣技が侮りがたいものであるということはこれまでの戦いからイヤというほど知っていたが、もうマドカはこれ以上目の前に一夏がいることに耐えられない。

 今この場で奴を殺せるのなら、この命など。もとより惜しむつもりもなかった命をここで全てすり潰す覚悟が、マドカにこれほどまでに無謀な策を取らせた。

 

 

 そしてそのことを誰よりも――あるいはマドカよりも――早く理解したのは、他でもない一夏だった。

 

 突如自分に対して異常なほどの隙を見せるマドカに、箒は一瞬ながら戸惑った。誘いとも思えないほど全てを賭した一夏への集中砲火に対し、ガラ空きのマドカ本人へと箒の側からならば渾身の一撃を叩きこめるだろう。

 剣士としての本能がここを絶好の好機と断じ、しかし少女としての優しさが両手の刀を鈍らせる。

 

 その一瞬があったことを、マドカと箒双方の動きに全神経を集中していた一夏は理解する。

 ここだ、と。

 

「うおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」

「真正面から挑むかっ、愚かな!」

「っ! 一夏!?」

 

 イグニッション・ブースト。これまで機を窺うばかりで本来の出力を発揮できなかったスラスターに鬱憤を晴らさせてやるがごとき最速の機動。

 レーザーが嵐と降り注ぐが、相対速度からすればそれも所詮は一瞬のこと。箒が咄嗟に放った雨月の打突ビームがビットのうち数機をかすめて射撃を逸らしてくれたことで生じた間隙に、アンロック・ユニットを目いっぱい機体に引きつけて投影面積を小さくし、わずかに装甲と皮膚を焼く痛みを無視して、すり抜けた。

 本来ならば、サイレント・ゼフィルスの能力とマドカの実力が合わさっているのだからこの後さらにレーザーを反転させて迎撃することも可能だったかもしれない。

 

 だが相手は白式、当代屈指の高速機。反応が追い付く速度ではない。

 まして使うは織斑一夏。その目に真正面から射抜かれて、マドカが集中できるわけはない。

 さらにはその手の零落白夜。IS殺しの必殺剣。

 

 

 結論として、交差はわずか数瞬のこと。

 レーザーが白式の装甲をわずかに焼くも、それだけではシールドバリアを削りきれない。

 イグニッション・ブーストの加速力でトップスピードに達した白式の突撃はマドカとて回避しきれるものではなく、そのまま二機は交差。白式が直後壁に激突して紅椿が駆けつけるが、サイレント・ゼフィルスは空中に静止したままで。

 

 

「……ぐぁ」

 

 わずかなうめきと共に、ガシャリと床面へ崩れ落ちた。

 

「くっ、ぐ……! くそぉ……っ!」

「マドカ……」

 

 零落白夜による一閃。強羅のように常識外れの頑丈さを誇るISでもなければ一撃で戦闘不能になるだろうそれを受けたマドカとサイレント・ゼフィルスは、立つことすらままならずうめき声を上げ、身もだえていた。

 

 シールドバリアが切り裂かれた上での斬撃から搭乗者を守るために絶対防御を発動し、サイレント・ゼフィルスは満身創痍。マドカの体に浸透したダメージもまた尋常なものではないだろう。

 だがそれでも、箒に支えられて立ちあがり、歩み寄ってきた一夏を見上げるマドカの目に宿る光は激しく強い。

 這いつくばりながらも見上げる、憎しみのこもったその光。一夏の一刀をもってしても未だ拭い去りきれてはいなかった。

 

 これでは、望んだ勝利には至らない。そのことに気付く。

 

 だから一夏は箒から離れてマドカへと歩み寄り……サイレント・ゼフィルスの胸部装甲を掴み、腕一本で引き上げ睨みを利かせた。

 

「一夏っ!?」

 

 額を突き合わせんばかりに近づけた、千冬によく似た顔。悔しげに食い縛られた歯と血走った目は姉と全く違う印象を与えてくるが、それでも本当にこの少女は自分達によく似ている。

 

 そんな彼女が、納得できないと無言のうちに叫んでいる。自分の、家族かも知れない少女が。

 

 こんなときに一夏がしてやれることは、ただ一つ。

 

 

「まだやるかい?」

「……っ!」

 

 たとえお互いどんなにズタボロであろうと、マドカの気が済むまで殴り合ってやることだ。

 

 

「ふっ、ふざけるなああああああ!」

「うおっ!?」

「危ない!」

 

 一夏の言葉で、マドカの中で消えず残っていた闘志に火が付いた。サイレント・ゼフィルスの腕をがむしゃらに振るって一夏の腕を払い、再び宙へと飛び上がった。

 

 この現象に、一夏と箒は距離を取って警戒する。

 

 

 明らかにおかしい。

 いくらマドカの闘志がいまだごうごうと燃えているとはいえ、それでもこれまでのダメージと絶対防御発動によるエネルギーの消耗は、PICの起動すら容易に許さない物のハズだった。

 事実白式と紅椿のハイパーセンサーの見立てではこれ以上まともな戦闘は不可能である、と出ていた。

 

 だが目の前でサイレント・ゼフィルスは立ちあがり、飛びあがり……というか、なんかマドカの怨念パワーに後押しされてエネルギーが溢れてさえいるような。

 

 

 異常なほどのエネルギーの高ぶりと、威圧感の高まり。この現象を、一夏と箒は何度か見た覚えがある。

 

「これって、まさか……」

「土壇場で、セカンド・シフトか!?」

 

「私は、勝ちたいィィィ!」

 

 マドカが咆哮する。

 サイレント・ゼフィルスの機体から可視光となって噴き出たエネルギーがその周囲を還流し、ビットを、装甲を修復していく。主人の感情の爆発に合わせてコアもまた激しく鳴動する。その勢いたるや、白式と紅椿のコアにも震えが走るほど。

 

「お前の懐にある勝利を奪い取ってでも、私は!!」

「待て、それは色んな意味で死亡フラグだ!」

「攻撃力インフレでも招くつもりか!」

 

 一夏と箒のツッコミもむなしく、マドカの叫びはサイレント・ゼフィルスに更なる変化を呼んだ。

 

 

 機体の周囲を巡るビットと、その手に持ったレーザーライフル。その砲口内から破裂音が響き、きらめく粒子が噴き出した。

 あるいは何かの故障かとも思える光景だが、それを上回る常識外れがそれに続く。

 

 噴き出た粒子がサイレント・ゼフィルスから吹き出す風に舞い散る……かに見えたのも一瞬、機体の背後へと集まり、そして一定の規則性を持って滞空したのだ。

 明らかに通常起こりうる物理事象ではなく、なんらかの作為が働いている、おそらくはサイレント・ゼフィルスのワンオフ・アビリティ。

 

 この土壇場で、マドカの執念がISを進化させたのだ。

 

 

「ほう……、これがセカンド・シフトというものか。……いいな、想像を絶する」

「おい箒、実は今の状況ってかなりヤバくないか」

「元々ヤツの怒りは有頂天だったのだ、紛れもなく、ピンチだ」

 

 マドカ自身の怪我まで治ったわけではなかろうが、それでも機体のダメージはセカンド・シフトに伴い大幅に回復されたように見える。まして今まで二機がかりでようやく優勢だった戦況がサイレント・ゼフィルスの進化によってどう転ぶかなど、想像もしたくない。

 ……というか、元はレーザー発振のための結晶体か何かであったらしいサイレント・ゼフィルス背部の輝く粒子が段々と明確な形を作り始めたよーな。そしてそれがどことなく、蝶の羽のような形に見えるよーな。

 もしあれが火薬だったり、顔にもパピヨンマスクみたいなの出てきたらどうしよう。そんな変態っぽい妹はさすがに嫌だ、とか一夏が心の隅で思ってしまったのも無理からぬことだろう。

 

「まだやるか、と言ったな織斑一夏。……無論だ。むしろこれからが本番だ。……さあいくぞ。この機体、<サイレント・ゼフィルス・スフィンギッド>は――絶好調であーーーーーーーーーるっ!!」

 

「そのセリフ本当は月光蝶って叫んでるんだからな!?」

「言っている場合ではないぞ一夏ぁ!」

 

 真宏のおかげかはたまたせいか、なんか最近慣れた気はしてきていたがどうにもシリアスにはなりきれない戦闘の数々。

 今回も結局それになりそうではあるが、それでも終わりが近い。

 

 

 ファントム・タスクのミサイル攻撃から始まる一連の事件。

 その結末はおそらく、この戦いの趨勢によって決する。

 

 マドカに対峙する一夏と箒。スコールとオータムを相手取る楯無達。セントエルモ外部で火器という火器を潰しまわっている千冬とワカ。

 それぞれの場所で、誰もがそのことを、確信していた。

 

 

『……迷った』

「ここ、どこ……?」

 

 別ルートでの侵入を試みはしたものの、ばっちり迷子になっていた真宏と簪を除いて、ではあるが。


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