IS学園の中心で「ロマン」を叫んだ男   作:葉川柚介

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第38話「闇に抱かれて眠れ」

「ははははっ! どうした一夏、篠ノ之箒! 防戦一方だな!?」

「悪かったな!」

「くっ! さすがに避けきれんっ!」

 

 IS3機を収めるには小さすぎる、薄暗い司令室風の部屋の中で一夏と箒、そしてマドカとの戦闘が続いていた。

 一夏達が持っていた当初の有利もどこへやら、今この密室の支配者は紛れもなくサイレント・ゼフィルス……いや、セカンド・シフトを果たしたマドカの機体、サイレント・ゼフィルス・スフィンギッドだった。

 

 セカンド・シフトに伴う大出力のエネルギー放出によって機体のダメージが回復したことに加え、何より一夏と箒を苦しめているのは、セカンド・シフトに伴う最も特徴的な変化。サイレント・ゼフィルスを取り巻く光の粒子だ。

 その正体はいまだ不明。これまで直接触れてしまった感覚などから考えて何か結晶質の粉末のようだが、キラキラとわずかな光を反射するこの粒子、室内を満たすほどの量がある。

 無論それだけならば本来大した問題にはならない。一夏と箒を同時に相手取り、それまでの不利を逆転できるこの粒子の性質は、別にある。

 

「ダメだ、やっぱり零落白夜が発動できない!?」

「こちらもだ。雨月も空裂も、エネルギー斬撃を飛ばせん!」

「だが、こちらからは届くぞ。……さあ、次はどこから狙うかな!」

 

 この粒子が満ちる室内において、先ほどから一夏と箒が何度試そうとも零落白夜が発動せず、紅椿自慢のブレード光波は発生こそするものの室内のわずかな距離すら飛ぶことなく拡散し、霧消していた。

 しかもそうして攻撃手段を封じられている二人に対し、当然のようにマドカには制限がかからない。それどころかライフルとビットから放たれるレーザーはBTレーザー特有のフレキシブルとはまた違う鋭角の軌道を描き、これまでの経験がまるで役に立たない予測不能な角度から二人を襲う。

 まるでこの部屋自体がマドカの手中にあるかのような、変幻自在ぶりであった。

 

 

 この現象を引き起こしている物の正体。それこそがサイレント・ゼフィルス・スフィンギッドのワンオフ・アビリティ、<ジュエル・スケール>だ。

 室内に充満する粒子は、元を辿ればライフルとビットからBTレーザーを発振するために使われている結晶体の剥離物質。セカンド・シフトに伴ってサイレント・ゼフィルスのレーザー特性が変質し、それに合わせて砲口奥に備えられたBTレーザーの元となる結晶も粉砕され、再生成された。この結晶体はレーザーの威力を受ける度に表面が剥離し、その度に再生成される。

 そして剥離して空中を漂う粒子はある程度マドカの意思で自由に操作され、さらにはエネルギーを拡散させ、BTレーザーを反射する。言うなればチャフとミラー両方の性質を持つ物になっていた。サイレント・ゼフィルスの背にまだ大量に残っている粒子が蝶の羽根のように広がっていることも合わせ、まるで鱗粉のようだという感想が一夏と箒の脳裏をよぎる。

 

 この鱗粉の影響下においては、零落白夜やブレード光波と言ったエネルギー系の武装が無力化され、逆にBTレーザーは縦横無尽に反射してあらゆる方向から一夏達を狙う。

 フレキシブルの軌道変更と鱗粉への反射を駆使した射撃の完全な回避は、部屋の狭さもあって白式と紅椿の機動性をもってしても不可能だった。

 

「だあああっ、いきなり覚醒したと思ったらチート臭いぞ! それになんとなく零落白夜に似てるし、パクリか!」

「えぇいこんなもの! 横浜で怪獣王相手にばらまいておけばいいのだ!」

「お前たちはさっきから本当に何を言っているんだ!?」

 

 軽口を叩く余裕はまだあるが、このままではそれもいつまで続くかわからない。この場で数少ない安定した遠距離攻撃手段である紅椿のブレード光波が封じられている以上、雪羅の荷電粒子砲も同じ道を辿るか、あるいはあちこち反射して自分達の元へと降りかかるかもしれず容易には使えない。

 かといって本格的にブレードのみで挑めるような相手ではない。6機のビットからなるレーザーの弾幕とライフルの高威力射撃による狙撃。この狭い室内ですら、近づく隙を見いだせない。

 

「そういえばゼフィルスって蝶の名前だったらしいけど……実は蛾だったんだな」

「勝利の暁には鹵獲して、蔵王重工に頼んで触角をつけてもらうとしよう。きっと似合うぞ」

「……一斉射撃っ!」

 

 挑発のセリフで意識を乱そうとするも、なんか逆に攻撃が一層苛烈になっただけであった。能力も似ているから相手を蛾の怪獣扱いしたのだが、むしろそいつを齧り殺す怪獣王の方にこそふさわしいような苛烈な攻撃が返ってきたような。

 

 どうやら、まだまだピンチは終わらないようだった。

 

 

◇◆◇

 

 

「おらっ、トドメだ!」

「私とオータムからの集中砲火、受け取って頂戴」

「あ、きゃあああ!?」

 

 ガトリング8門と、それと同数以上に相当するほどの光弾がアラクネとスター・グリント・アンサングから放たれ、最後に残っていたミステリアス・レイディに炸裂する。辛うじて残った水の防御膜も既に薄く、全てを受けとめることなどできるはずもなかった。ただでさえ装甲の薄い機体にいくつもの実体弾と光弾が直撃して、甚大なダメージを与える。

 

「あ……ぁ」

 

 スコールとオータムからの射撃が止んだ時、かろうじて立っていた楯無もついにガシャリと膝をつき、倒れ伏す。その背後、同じく既に満身創痍で倒れた仲間達と、同じように。

 

 この場に挑んだIS学園勢の全員が、敗北を喫していた。

 

 

「ハッ、案外あっけなかったなあスコール。あたし一人でもよかったんじゃねーか?」

「そうねえ、思ったより不甲斐なかったわ。……これは、セントエルモを動かして正解だったかしら」

 

 ここに至るまでの戦いは苛烈であった。単騎としてみればブルー・ティアーズ以上の手数で弾幕を形成するアラクネに鈴とラウラが苦戦している間に、ヴァルキリークラスの実力を持つスコールが楯無達を各個撃破するという至極単純な戦法で、それゆえに勝機を見出すことができなかった。

 一人が倒れて戦線が崩壊し、あとは堰を切ったように一人また一人と倒れ、ついにはこうして最後に残った楯無もが二人分の射撃を叩きこまれて倒れ伏す。

 敵地でこれ以上無防備にならないためか、絶対防御が発動して既にエネルギーも尽きかけた状態ではあるがなんとかISを展開したまま、それでも動くことすらできず倒れる楯無達。もはやまともな抵抗すらできはしないだろう。

 

「セントエルモを動かして……? まるで、別の手段でもあったみたいな言い方ね」

「あぁ? なんだまだ口が聞けたのかよ。おら、潰れてろ!」

「くぅううっ!」

 

「か、会長……っ!」

「くっ、ガッツが足りない!」

「エネルギーが足りませんわ、少しだけ足りませんわ」

 

 背中を踏み潰さんと振り下ろされるアラクネの足ですら、楯無は避けることができない。鈴達もそれは同様で、セリフこそアレなものの再び戦いを挑むにはエネルギーが足りていないのは紛れもない事実だ。オータムは凶相を浮かべて楯無を踏みつけているがアラクネのサブアームは油断なく鈴達を牽制し、一歩離れたところで相変わらずの微笑を浮かべるスコールもまた警戒を解いてはいない。

 

「別の手段、ね。まあそのあたりはノーコメントとさせていただくわ。あなた達がもう少し強ければ、話も違ったのだけれど」

「へぇ、そうだったの……」

「だから喋んなっつってんだろ! ……あぁもうメンドくせえ。スコール、そろそろこいつら仕留めてコア奪っていいよな?」

「っ!」

 

 スコールの言葉は謎めいているが、今はそれを追求できるような状況ではない。オータムの言葉で思い出したが、ファントム・タスクは世界中からISを強奪してまわっているのだ。こうして敗れてしまった以上、それは自分達もまた例外ではあるまい。

 唇の端を吊りあげるオータムの顔には愉悦に満ちた表情が浮かび、躊躇なくそれを実行するだろうことは疑う余地がない。

 

「さぁて、それじゃあまずはお前からだ、ミステリアス・レイディ。いつぞや世話にもなったしなあ、機体の維持もできないくらいズタボロにしてからISを奪わせてもらうぜ」

「あら、剥離剤(リムーバー)はもう使わないのかしら。さすがに懲りたみたいね」

「っ! うるせえ!」

 

 楯無の言葉に、文化祭の時の屈辱が蘇ったか激昂してさらに強く足を踏みしめるスコール。既にダメージが蓄積していたミステリアス・レイディの装甲がみしみしと悲鳴を上げ、楯無の顔に苦悶の色が浮かぶ。

 しかしそれだけではオータムの怒りは収まらなかったか、アラクネのサブアーム全てが楯無に向けられ、砲身が回転を始めた。この距離からあれだけの集中砲火を受けてしまえばISと言えど大破は免れず、絶対防御によって命こそ助かるだろうが、それだけのこと。あるいは命にすら関わるかもしれない。

 

「さあ、くたばりな!」

 

 セシリアも、鈴も、シャルロットもラウラも手出しができない。機体はボロボロで、体は痛み、そんな物を無視して動こうにもスコールが油断なく状況を窺っているため、出しぬいて楯無を助けることはできそうもない。

 

 万事休す、打つ手なし。

 楯無は助けられず、自分達もまたISを奪われる。そんな未来ばかりが想像される。

 

 

 ……かといえば、さにあらず。

 楯無達には、ある確信があった。

 スコールの口にした言葉の真意を探り、オータムを挑発し、この期に及んでなお一か八かの特攻に出ずにいるべきだという考えの根拠。

 必ずチャンスが来るのだという、半ば絶対の予感が。

 

 

――ミシリ、と。楯無達が当初入ってきた扉がきしむ音がした気がする。

 

『――ギガァ……』

「ん?」

 

 ハイパーセンサーの鋭敏な聴覚が捕えたその音に混じった違和感に従い、スコールとオータムの意識が一瞬だけそちらに向く。

 

『ドリルゥ……!』

「……何かしら、すさまじく嫌な予感がするわ」

「多分逃げた方がいいぞスコール!?」

 

 そして聞こえてくるアレな予感しかしない声に背筋が冷えて。

 

『ブレイクウウウウウウウ!!!』

 

「なんかでっかいドリルが飛んで来たー!?」

 

 隔壁を貫いたのは、開口部とほぼ同直径の巨大なドリル。どこから持ち込んだのか、金属製の頑丈な隔壁を障子のように抉り抜いて突っ込んできた。しかも、オータムの方へ。

 そしてそのドリルが喋ったのでは、などと一瞬考えてしまうほどに人間離れしたあの暑苦しい声、楯無達は覚えがある。

 

「うおおおおっ!?」

「……ああ、そういえば他にもいたわね、とんでもないのが」

 

 目の前に自分の体より大きなドリルが高速で回転しながら迫ってくれば、いかにISを装備していようともビビる。そこで恐慌状態に陥らず即座に横へ飛び退くことができたあたりオータムも非凡なIS操縦者だ。

 だが遮るものがなくなれば、オータムに避けられた次はその後ろにいたスコールへと向かっていく。

 

「スコール!?」

「大丈夫よ、オータム。心配いらないわ」

 

 自分が避けたせいで、と状況を理解して叫ぶオータムに、しかしスコールは笑顔を見せる。確かに新手が来たことは警戒すべきだが、この程度の状況に恐れをなすようなスコールではない。光の右翼を機体前面を覆うように生成して打ち払い、ドリルの軌道を逸らす。ただそれだけで、終わりとなる。

 ……はずだったのだが。

 

『頂きィ!』

「!?」

 

 払ったドリルの向こうに、ドリルを飛ばしていたヤツがいた。

 強羅・白鐡。

 スコールもオータムも今まで一度として戦ったことはないが、IS業界のごく一部では有名な強羅の機体の新たな一機。重装甲と超パワーと大火力を旨とした、お前本当にISなのかと各方面から疑問を持たれているその機体が、巨大ドリルと一緒になって飛び、ここまできていたのだ。

 ドリルの一撃こそ外れたものの、それでも慌てずスコールの間合いの外から振りかぶった剛腕に溜めこんだ力はどれほどか。もし直撃すれば並のISなど一撃で絶対防御が発動しかねないと思えるだけの脅威を、この機体は持ち合わせている。

 

 だが。

 

「悪いけど、お見通しよ」

『何っ!?』

 

 強羅全力の拳は、スター・グリント・アンサングの左の翼に真正面から受け止められていた。

 スコールが操るのは攻防一体の力を持つ光の翼であるし、なにより強羅の、真宏の戦闘スタイルはいつでも真正面から挑む物ばかりで読みやすい。機体に秘められた(有効性が)謎の装備や手持ちの武装については警戒してもしきれない部分があるが、それでもこの状況なら正面からまっすぐに来るだろうと予想は簡単についていた。そうであるならば、あとはスコールの技量で受けとめるなど容易いことなのだ。

 

「てめえっ! スコールに何してやがる!?」

 

 そして一度動きを止めてしまえば、オータムも正気に戻って迎撃に加わる。強羅の装甲強度は並ではないが、側方からISのガトリング8門をまともにうけて無傷でいられるほど物理法則を無視してはいないはず。この奇襲は失敗に終わるのだ。

 

 

 しかし忘れてはいけない。

 ここに駆けつけたのは、決して真宏一人ではないことを。

 

「あなたこそ、真宏に何するつもりっ!」

「ミサイル!? 打鉄弐式か!!」

 

 真宏を横から狙ったオータムという構図の焼き直し。先ほど真宏が扉をブチ破って入ってきた通路の奥からこの格納庫内へと、ミサイルがいくつも殺到した。

 格納庫内からは見えない位置から発射されたと思しき小型のミサイルは急角度で曲がって室内へと入りこみ、そのまま一つ一つが複雑な機動を描いてオータムへ食らいつこうと迫りくる。

 

「ハッ、その程度の数で今のアラクネに届くかよ!」

 

 不意を打たれこそしたが、さすがはスコール。強羅と拮抗した今の状態ならばすぐの危険はないと判断し、オータムはサブアームの大半の狙いをミサイルへと移し、迎撃を開始した。いかに小型で高機動のミサイルといえど、こちらも吐き出す弾数で負けてはいない。

 オータムが睨んだ視界に入るミサイルの一つ一つ、ハイパーセンサーに認識させたその全てと射撃管制システムを連動させ、計算された未来位置に向けて大量の弾丸を躊躇なく発射。

 銃弾が作る破壊領域に為す術なく飛びこんだミサイルは殺到する弾丸によってズタズタに破壊され空中で爆発し。

 

 なんか、煙とかチャフとかやたらネバネバする粘液だとかをブチまけた。

 特に、粘液はそのほとんどがオータムに引っかかるような感じで。

 

「な、なんじゃこりゃああ!?」

「一体いつから、私のミサイルが通常弾頭だけだと錯覚していたの……?」

 

 これに伴い急激に室内へ充満するチャフと煙幕によって、一気に視界はほぼゼロへ。通常のレーダー類はかく乱されたためFCSも効かなくなった。すぐにハイパーセンサーと連動させるようにして回復はしたが、今度は機体に付着する粘液が関節を覆ってやたらとねばつき、まともに動くことができなくなった。

 

「スコール! 無事か!?」

「ええ、なんとか……っ。でも本当に強羅は重いわね」

『いやあ、照れるね!』

 

 ハイパーセンサーのサポートによってなんとか把握している敵機体の反応は7。すぐ近くのミステリアス・レイディを含めた5機はかろうじて目に見える範囲にいることも考えて、スコールは強羅と交戦中で、打鉄弐式はおそらくこちらを狙っている。

 打鉄弐式はミサイルによる追撃は可能だろうし、それ以外にも武装はあると聞いた。一方自分はかなり動きが制限されていて、だからとて今より不利な状況をもたらすことはできない。

 ゆえに、オータムは至極あっさりと決める。

 

「てめえっ……! もう許さねえ、お前達の仲間は皆殺しだ!!」

「っ! お姉ちゃん!」

 

 床と足の間にまで速乾性接着剤に似た性質を持つらしい粘液が入りこみ、体の向きを変えるだけでも一苦労な状況であるが、オータムは気合で半身をねじり、楯無達5人の機影を視界に収めサブアームを向ける。

 いくつかのアームは動作不良を起こして狙いをつけることすらできなかったが、それでも動かない的に弾丸を叩きこむだけならば十分すぎる。仕度は打鉄弐式からの追撃が来るより早く終わり。

 オータムは迷うことなく意識上のトリガーを、引いた。

 

「はははっ……はーっはっはっはぁ!!」

 

 アラクネの機体から突き出たサブアームの先端で光るマズルフラッシュが様々な角度から哄笑するオータムの顔を照らし、煙とチャフが満ちた空間を無数に穿って空隙を刻む。

 弾丸が向かう先にはいまだピクリとも動かない楯無達五人。ズタボロになったISの装甲などやすやすと貫いて弾丸が血肉を抉るだろうという想像が、怒りと興奮に煮え立つオータムの脳裏を鮮やかに染め上げて。

 

――バシャッ

「……は?」

 

 着弾確認と同時に響いた水音を耳にして、水をかぶったように血の気が引いた。

 人の体には血が詰まっているわけだから撃たれれば血が出るし大量に零れればこんな音もするということはよく知っているが、オータムの経験上今の射撃ではこんな音がするわけがないとはっきりわかる。

 

 ……そこで、ふとオータムの脳裏に浮かぶ記憶があった。

 

 ダメージを受けて倒れていた5人のIS使い。

 その中の一人は、かつて文化祭の時にやりあったミステリアス・レイディの更識楯無。

 ヤツは確かあのとき、最初生身で自分の前に現れたと見せかけて、ISの能力である水の操作によって作ったダミーを出して、攻撃させた。

 

 強羅が突っ込んできたことで、一瞬楯無達から意識を外した事実。

 自分の目はもちろん、通常のレーダー類からハイパーセンサーまで軒並み信用できなくなるほどのチャフと煙幕。

 今になってなお追撃も妨害もしてこない打鉄弐式と、仲間のフォローに回らず――そんなものは必要ないとばかりに――スコールと拮抗しているらしき強羅。

 そして今の、「まるで人間サイズの水の塊を床にぶちまけたかのような音」。

 

「――またまたやらせていただきましたァん」

「やべぇっ!?」

 

 あちこち反響してどこから聞こえてくるのかわからない楯無の声が耳に入るに至り、オータムは自分が見事楯無の術中にはまったのだということを理解した。

 

「この……!? なんだ、体が動かねえ!?」

「AICだ。いつぞやのリベンジだな」

「もちろん、私もいるわよ」

 

 この場にいてはまずい。センサーが狂っている状況は相手も同じなのだからこの隙にせめて移動しなければと無理矢理足を床から引きはがそうとして、体が全く動かないことに初めて気付く。

 いかに接着粘液を全身に浴びているとは言ってもあり得ないこの状況を作り出したのは、背後から聞こえてきた下手人たるラウラの声が説明してくれた。AICによる拘束だ。

 

 そして、目の前に現れた鈴。ガトリングで打ち抜いた標的こそ水のダミーであったが、元々深刻なダメージを受けていたことは変わらない。機体はボロボロで体中に擦り傷をつくり、それでもなおギラギラと燃える瞳でこちらを真正面から見据えてくる鈴の中に熱い闘志が燃えていることは間違いなく、よくよく見れば両肩の衝撃砲にはほとんど損傷がないため、十分以上正しく駆動するだろうことが察せられた。

 

「さっきまでのお返しよ、喰らいなさい!!」

「ぐっ、あああああああ!?」

 

 そして、その予想が正しいことは身をもって思い知る。甲龍怒りの衝撃砲が不可視の弾丸をオータムの体に叩き込み、先ほどまで自分がしてきたことの再現のように全身無数に着弾する。

 AICによる拘束もまとめて吹き飛ぶほどのダメージだったが、そうして自由になった体も今度はまともに動かず吹き飛ばされる。

 

 だがそれは好都合でもあった。衝撃砲の威力は絶大でダメージも凄まじいものだったが、お陰で機体にこびりついていた粘液の大部分も消し飛んだ。この状態ならばサブアームも十分に動く。いくつかダメージで使い物にならなくなった物もあり、先ほど以上に心もとない火力ではあるが、それでもスコールだって見ているんだ。せめて一矢報いることだけはゴツン。

 

「……ゴツン?」

「鈴にばかり銃口を向けていたな。私のことを忘れていたのではないか?」

 

 背中、というか背骨のど真ん中に伝わる音と衝撃。そこを中心に体は止められたのに慣性で後ろへ流れる手足。ついでに首もそっくりかえってしまったのでちらりと目を後ろに向けてみると、自分のことを串刺しにでもするかのように長大な黒い砲身が背中から伸びていた。

 

 というか、シュヴァルツェア・レーゲンの肩に備えられたレールガンが背中に突きつけられていた。背部装甲があるから痛みこそ感じることはなかったが、思考をそっくり切り替えてくれたこの状況。ゼロ距離なんてもんじゃない。

 

「ちょっ、待っ……!」

「ファイエルッ!!」

 

 問答無用、とばかりに砲火が答えに代えられた。

 至近距離からのレールガンの直撃を受けて絶対防御が発動し、アラクネは戦闘機能の停止を余儀なくされ、オータムは気絶。弾種にグレネードを選ばなかったのはラウラの優しさか、はたまた周りへの被害を危惧しただけか。

 

 いずれにせよ、一つだけはっきりしていることは。

 

 

 アラクネ、撃破である。

 

 

 

 

 オータムが落ちたことを、スコールは未だ完全には回復しきれていないハイパーセンサーからの情報で感じ取った。視界が全くと言っていいほど効かない中でも聞こえた声と銃声などからして、ほぼ倒したと思っていた楯無達の振る舞いが偽装であったことは既に理解している。

 

「まったく……一杯喰わされたわね。とんだ役者だわ」

『何の話だ!? 俺にはさっぱりわからん!』

 

 となると、今ピンチなのは間違いなく自分のほうだと、スコールは冷静に分析する。

 正面から戦った場合の実力で言うならば、この程度の学生たちが何人束になってかかってこようと軽くあしらえる自信はある。

 だがセンサーをほぼ全て潰された状態で、それでもなお圧倒的な存在感を放つ強羅が目の前にいる。薄暗い煙幕の向こう側、光の翼を未だ押し込もうと全力を込めている剛腕と、その先の煙の奥で光るデュアルアイ。スコールをヴァルキリークラスだと知らないがゆえに……いや、たとえ知っていてもやることを変えないだろうほどにまっすぐな突貫の意思が、ISを通じて伝わってくるようだった。

 

 この状態はよくない。スコールの中の何かがそう告げる。

 強羅は動きも操縦者も単純だが、パワーは並はずれた物があり警戒を怠れない。

 オータムのことも少しは心配だし、だからと言って真正面からこのまま強羅を下すのにかかるリスクは現状許容しがたいものがある。

 

 そう、迷った直後。

 

「この隙!」

「頂きますわ!!」

 

「っ!」

 

 スコールの左右両サイドから気合の声が上がる。

 見るまでもなくその声からしてラファール・リヴァイヴのシャルロットとブルー・ティアーズのセシリアだということが分かり、条件反射で右の翼をセシリアに、左の手を煙幕の中から突き出されたシャルロットの左腕に向かって伸ばした。

 

「くっ、レーザードリルが!」

「うぅ~、大人しくとっつきくらってよ!」

「そうはいかないわよ、さすがに……」

 

 手負いのIS二機には過剰かと一瞬思ったが、実際にはそれより早く体が動いていた。

 しかし、ブルー・ティアーズの腕で高速回転する4機のビットが形成するレーザードリルと削り合う光の翼と、掴んだ左腕の中でズ太い杭の鈍い輝きを見せるラファールのパイルバンカーを見れば、自分の直感が極めて正しかったのだとわかる。

 いずれも自分の急所を狙い、至近距離から致命的なダメージを与えられるであろう装備。さすがのスコールも額に冷や汗が垂れた。

 

「というか、どうして動けるのよあなたたちは」

「それはもちろん、なんだか妙に合流が遅い真宏ならきっとこういうタイミングで丁度よく出てくると思ったから!」

「その時のため、最後の力は残しておいたのですわ。本当の切り札は最後まで取っておくのが、淑女のたしなみでしてよ?」

『そういうことらしい! 正直状況はよくわからんが!!』

 

 シャルロット、セシリアともに機体のダメージまで回復したわけではない。だがこの一撃にかける信念は紛れもなく本物で、特に前方の強羅の暑苦しさが極めて強いプレッシャーになっている。

 

 そして、スコールは思う。

 自分が明らかに格上と知ってなお、仲間が駆けつけてくれることを信じて力を温存し、そのチャンスを逃さず見事な連携をもってオータムを下し、自分にまで刃を届ける寸前まで至った若きIS操縦者達。

 懸命なその姿に、スコールは一つの希望を見出した。

 

「そしてあなたがここにいるというのも、ある種の運命なのかもしれないわね」

 

 スコールの呟きは誰にも届かず、光の翼と強羅の腕、レーザードリルの干渉音にかき消されていた。

 

「行きますわよ!」\トォリガァー! マキシマムドライブ!/

「15連、釘パンチっ!」

『俺は今回特にそういうの無いけど! いくぜおらああああっ!!』

 

 ふ、とスコールの体から力抜け、三人はその隙を逃さず全力を叩きこむ。

 レーザードリルと、<フルコース>の多段ヒットとっつき、そして強羅の拳がスター・グリント・アンサングに突き刺さり、絶対防御を発動させ、スコールの意識を駆り取った。

 

 

 スター・グリント・アンサング、撃破である。

 

 

◇◆◇

 

 

「あー、疲れたー!」

「だが、なんとか勝利だ。……まさか、数で勝っていたとはいえかつてのヴァルキリーに勝利を収められるとはな」

「本当ですわ。正直、まだ信じられません」

「うん。でも真宏と簪さんが来てくれたおかげだよ」

 

『いやあ、それほどでも』

「遅れてごめんね。……お姉ちゃんも、大丈夫?」

「ええ、全然平気……とはさすがに言えないわね。アクアナノマシンも、だいぶ使っちゃったし」

 

 完全に無力化されたスコールとオータムを部屋の隅に転がし、楯無達と土壇場で合流を果たした真宏と簪は、ようやくまともに言葉を交わす余裕ができていた。

 機体のダメージが大きくもはやまともな戦闘はできそうもない楯無達5人であったが、それでも自らの力で打倒した敵の強大さに、今さらながら疲労が押し寄せてきたのだ。

 

「ところで、真宏」

『ん、どうした?』

 

 だがまあそれはそれとして。

 

「遅いじゃない」

「遅いですわ」

「遅いよ」

「遅いぞ」

「遅いわね」

 

『なにこれヒデェ』

「まっ、真宏!」

 

 とりあえず、文句の一つも言いたくなる5人なのであった。

 

『いやさ、ちゃんと理由はあるんだよ? 俺と簪が進んだ別ルートがそもそも遠回りだったとか、ところどころワカちゃんあたりの攻撃のダメージかなんかで道がふさがってたり。あと……』

「あと?」

『バンダナつけた黒子豚とか、チーターなんだかバイクなんだか分からないメカっぽい何かだとか、角みたいなアホ毛の生えたこたぷーんな感じの小人とかの人形が案内板を持っててね? それに従ってたら何故か迷いに迷って』

「……むしろどうしてそれが正解の道を示してくれてるって思ったのさ、真宏は?」

 

 まあ、結局安定のアホらしい理由で遅れたようであるが。

 

 

「それより、そろそろ一夏くん達の様子が気になるわ。……私が行ってくるから、真宏くんは付いてきてくれるかしら」

『あ、忘れてた。そういえば一夏と箒がいないってことは、この奥ですか。……よッしゃあ行きましょう!』

 

 だがいつまでもここにばかり関わっているわけにもいかない。おそらく今もこの奥では、一夏と箒がサイレント・ゼフィルス辺りと激闘を繰り広げているはずなのだ。自分達のことが片付いたのならば、次はあの二人の救援に向かわなければ。

 ダメージは残っているが汎用性の高い能力を持った楯無と、遅れてきたことが幸いしていまだ元気百倍な真宏を連れて行けば大抵のことはなんとかなるだろう。最悪の場合でも、真宏なら勝手に一夏達の盾になるくらいのことはするだろうし。

 

「ラウラちゃん達はここに残って、スコール達を縛りあげておいてくれるかしら。簪ちゃんは、念のためみんなの護衛をお願い」

「うん。わかった、お姉ちゃん。真宏も気をつけて」

「了解した。縛るモノはシュヴァルツェア・レーゲンのワイヤーブレードでいいか。先端の刃を外せば事足りる。……なんでも日本には亀甲縛りなるものがあるとクラリッサから聞いた。試してみるのもいいかもしれん」

「ちょっと待て! 縛るんだったらアラクネ乗りの私の仕事だろ!」

「へ、へぇ。ラウラって縛り方知ってるんだ?」

「ぼ、僕もちょーっと興味あるかな」

「後学のため、わたくしにも縛り方を教えていただけないかしら。……か、勘違いしないでくださいましね! これは純粋な知的好奇心ですわ!」

 

「……お姉ちゃぁん」

「……ごめん簪ちゃん、あとよろしく」

『……力になれなくて、すまん』

 

 むしろ戦闘後でテンションがヤバいことになっているラウラ達こそ危ない気がしてきた。オータムの言うことも無視してさっそく機体からワイヤーを取り外して捕虜二人ににじり寄っていく4人を簪一人に任せるのはそれこそ無茶じゃないかなーと思わなくもないのだが、とりあえず今は一夏達が優先だ。

 戻ってきたときスコールとオータムがどんな有様になっているかは必死に考えないようにして、楯無と真宏はこのやたらがらんとした格納庫の奥へと飛んでいくのだった。

 

 

◇◆◇

 

 

 セカンド・シフトを果たしたマドカのIS、サイレント・ゼフィルス・スフィンギッド。

 この機体との激闘は白式と紅椿の二機をもってしても互角に持ち込むのがやっとであった。

 だがその状況も変わる。一夏と箒は徐々に追い詰められ、現在に至っては明確な敗北が二人に迫ろうとしていた。

 

 

「ははははっ、慣れてくると狙いやすいな!」

「こっちは逆にさっぱりだけどな、鬱陶しい!」

「しかしこの粒子(?)密度……汚染されたりしないのだろうな?」

 

 縦横無尽に飛び回るビットと、そこから走るレーザー。もとよりフレキシブルを習得したBTレーザー使いを相手にした場合、砲口の向きが射線と一致しないのは一夏も箒もセシリアとの模擬戦で理解していたが、今のサイレント・ゼフィルスの場合はそれ以上だった。

 この狭い室内ですらフレキシブルによる歪曲をするのに加え、鱗粉状に散布された結晶片によってあちこち反射することにより、完全に予想外のところからの射撃が飛んでくる。

 

「さあ落ちろ織斑一夏! 貴様の代わりに私が姉さんの妹として君臨してやる!」

「それが本音か!? 別に俺達二人ともが兄妹だっていいだろうが! ……言っても聞かないお前には、そのことを直接叩きこんでやるよ!」

 

 これまでに被弾した数はどれほどか。BTレーザー以外のエネルギーは吹き散らかされる現状、零落白夜は攻防いずれにも使えず、距離を取って仕切り直せるほどの広さもこの部屋にはない。

 

 一夏と箒は部屋の中央で背中合わせになり、迫るレーザーを雪片と雨月空裂で受けとめてなんとかしのぐより他なかったが、無論手数でかなうはずがなくダメージも徐々に蓄積していく。

 どれほどの速さで刀を振るおうと、相手に刃が届かぬ以上白式と紅椿にとって今の状況はジリ貧の時間稼ぎに過ぎない。エネルギーこそ絢爛舞踏があって融通し合うこともできるが、今やマドカはその隙すら与えぬとばかりの乱射を繰り返している。

 レーザーの軌道が全く読めない以上どれがブラフでどれがダメージを与えるための本命かも判断できず、勘に任せての切り払いでは迎撃精度もたかが知れている。

 

「できるものならやってみろ! 私は勝つ! 勝って姉さんと添い遂げる!!」

「……一夏、何やら急に雲行きが怪しくなってきたのだが。何故あいつは今になって急に頬を染める」

「……別の意味でも負けられなくなった気がするのはなんでだろう」

 

 マドカの真意が知りたいような知るのが怖いような気もしてきたが、一夏と箒はおそらくもってあと数分。それを越えればもはや抵抗もままならず、無数のレーザーにズタズタに貫かれることになるだろう。

 確定した敗北の未来が、そこにある。

 だがそれでも一夏と箒は必死にレーザーを斬り払い続けた。勝利への道筋は見えていないが、それでもあきらめることだけは絶対にしない。

 額から滴る汗を拭いもせず、いつ終わるともしれない、終わるとしたら自分達の敗北になるだろう攻撃を、いっそ不敵な笑いすら浮かべて切り裂き続けていくその強さ。ここまで心が折れないのおかしいとマドカがようやく疑問に感じたが、もう遅い。

 

 なぜならば。

 

 

『だあらっしゃあああああああああああああっ!!!』

「っ! なんだ!?」

 

 こういうときに限ってタイミングの良い、ドアを蹴り破って現れた頼れる友がいるからだ。

 とはいえ。

 

『一夏、箒っ!』

「真宏っ! ……ってその手に持ったグレネードっぽい物はなんだ!?」

「やっ、やめ……!」

 

 入ってくるなりロクに状況確認もせずバカでかい口径のグレネード向けてくるというのは、さすがに一夏達ですら予想外だったが。

 

『避けろっ!』

「無茶言うなっ!」

「くっ、展開装甲、シールドモード!」

 

 蹴り込んだ扉が壁に激突するのも無視して真宏が打ち込んだグレネードは大した弾速のものではないランチャータイプ。弾は部屋の中を山なりに飛んで丁度マドカと一夏達の中間ほどの地点に飛び込んで、その場で炸裂。

 小型ながらさすがは強羅の持ち物。室内全域にまで爆発範囲が及び……それにより、逃げ場を求めた爆風が部屋に充満していたジュエルスケールの鱗粉と共に強羅がこじ開けた入口から飛び出していった。

 

「し、しまった!?」

 

 これにより、この室内はサイレント・ゼフィルスの支配から逃れたことになる。真宏のことだからどうせ勢いでグレネードぶっこんでみただけなのだろうが、それが良い方向に転じるのだから侮れない。いずれにせよ、一夏はこの状況を利用するだけだ。

 

「真宏っ! ちょっと力を貸してくれ!」

『おう、任せろ!!』

 

 さすがに味方がいることを意識してか、真宏の放りこんだ一発は効果範囲こそ広いものの威力はそこまで高くない。お陰で今の白式の残り少ないシールドでも耐え抜くことができ、さらには爆風に乗って入口間際で爆風を浴びながらも平然と立っていた強羅の元へと突っ込んでいくことができたのだから。

 

 いつかの約束に従い、一夏は真宏に手を伸ばす。マドカの手を掴むため、真宏の力を借りるべき時がついに来た。この友と力を合わせるならばと差し出された手を掴むべく精いっぱいに伸ばし。

 

『ほい、がしっとな』

「……へ?」

 

 なんか、腕をスルーされて胴体鷲掴みにされた。

 

『ぃよし、勢い付けていくぜ一夏ああ!』

「色々間違ってるぞ真宏おおおおお!?」

 

 そして飛んできた勢いを殺すことなく、一夏を掴んだまま一本足でグルグル回り出した。

 さらにはそのまま一本足で踏み切って、何故か空中から一夏をぶん投げる。仮にも人一人とIS一機分の重量を片手で持っているとは思えないその力。強羅の無理無茶加減がよくわかる。

 

『シャイニングッ! ソードブレイカーッ!!』

「確かに光の剣は持ってるけどさあ!?」

 

 やらかしたことこそ予想外でかつ真宏らしいことであったが、強羅の腕力はさすがの超パワー。イグニッション・ブーストを使った時ほどではないが、それでも今の一夏が考えた策を実行するのに十分すぎるほどの速度をもって白式を投げ込んでくれた。

 

『うむ、我ながらいいチャージインだ!』

「今度は昆虫相撲おもちゃかっ!」

 

 できることならばもっと念入りにツッコミを入れておきたいところだが、今はそれよりマドカのことだ。爆炎の中でもなお蝶の翼のようにサイレント・ゼフィルス・スフィンギッドの背に結集した鱗粉は見えている。今はマドカの元へ向かって飛んでいくこと。それだけを考えろ。

 

「くっ! 神上真宏、そして……一夏ぁあああああ!!」

「マドカあああああああああああっ!!!」

 

 ばさりと振るった鱗粉の翼が風を起こして煙を払い、まっすぐにこちらを射抜くマドカの視線が一夏の眼差しと交差する。一夏が強羅によって放り投げられたことは理解していたのだろうが、マドカは迫る一夏を避けようともせずBTライフルの砲身を開き、フルパワーで撃ち抜こうと狙っている。

 

 今の一夏の速度と彼我の距離ならば交差は一瞬後。おそらくそれで決着がつく。

 

 一夏は右手の雪片弐型を背後へ振りかぶり、同時に逆手に握り直す。いつぞやはマドカに見せることができなかったが、決着にはこの技がふさわしい。

 

「落ちろおおおおおおおおおおおっ!」

「うおおおおおおおおおおおおおっ!」

 

 ライフルで撃ち抜くための援護だろう、ビットからのレーザーが一夏へ降り注ぐが、今の白式の速度を捕えるには足りない。元よりこの一合はわずか一瞬で終わることなのだ。それほど多くの火力を投入できるはずもなく、すぐに白式の間合いへとサイレント・ゼフィルスは捕えられた。

 

 この場において、勝敗を決める要素。

 マドカが一夏に突きつけたライフルのフルバースト。

 一夏が今まさに振り抜かんとする、真宏のグレネードによって鱗粉が消えたお陰でようやく発動できた零落白夜。

 

 そして、いま一つ。

 

「行け、一夏!」

「っ!?」

 

 すっかり忘れられかけていた箒が、何故か一夏と同じく逆手に握った空裂から放たれたブレード光波、なんかいつの間にか習得していたらしきアバンストラッシュアローの一撃だ。

 

 驚愕は一瞬。

 箒がいまだ戦意を残していたことに対してか、この絶妙すぎるタイミングでの援護をできたことに対してか、はたまたこいつまで真宏や一夏のやることに付き合って妙な技を使ったことに対してか。

 

 だがいずれにせよわずかに、しかし致命的な一瞬をマドカは奪われ、その間も止まらず迫っていた一夏の刃は既にライフルの内側、サイレント・ゼフィルスでは対処しきれない距離にまで入り込んでいた。

 

 

 そのことを認識した瞬間に、マドカは思った。

 

――また、負けたのか

 

 一夏に、真宏に、そして箒に。さっきと同じように。

 あるいは一夏をこの場に辿りつかせるためにスコール達と戦った楯無達と、セントエルモ艦内へ送り込んだ千冬にも。

 百万の言葉よりも確かな実感が、一夏の斬撃によって刻まれる。

 

 

「ストラッシュ……クロスッ!!!」

 

 

 一夏にあって自分になかったもの、仲間との絆。

 きっとそれが勝負を分けるカギだったのだろう。

 

「闇に抱かれて……眠れ」

 

 刃を振り抜いた一夏がそっと囁く言葉が聞こえる。そして自分にはなく一夏にはあったその力と意味が、サイレント・ゼフィルスの胸部装甲に穿たれたXの字の形と共に、マドカの心に強く強く響き渡った。

 

 

◇◆◇

 

 

『なんとか間に合ったか……遅れてすまんな、一夏』

「全くだぞ、真宏。死ぬかと思った」

 

 決着がつき、静寂が満ちた部屋の中に分け入って、白式を展開したまま膝をついた一夏の元へ歩み寄る。俺が来たときには既にマドカとの戦いが佳境で、ついつい勢いに任せてグレネードをブチ込んでみたらそれがいい方向に働いて一夏の勝利に貢献できたようだったが、割と危ないところだったのかもしれない。そう思えるくらい、今の一夏は憔悴していた。

 

「でもそれより、マドカの方は……」

「……ふん、私のことは気にするな」

『お、あれだけくらって意識があるのか。ISも乗り手も根性あるな』

 

 一方のマドカについてだが……こちらに関しては反抗の心配すらないだろう。機体はズタボロで、胸部装甲には一夏と箒の合体攻撃アバンストラッシュクロスの跡がくっきりと刻まれているのだから、しばらくは立ちあがれまい。よくよく見ると以前戦った時とは装甲の形やら何やら違うのでセカンド・シフトまでしてのけたのだろうが、箒と力を合わせていたとはいえ一夏に敵わなかったという現実を叩きこまれ、さすがに頭も冷えたようだった。

 

「気にするなって……お前、大丈夫なのか?」

「大丈夫なわけがあるか。絶対防御が発動したから指一本動かせん。……それに、おそらく私の命もあとわずかだ」

「っ!? どういう……ことだ!」

 

 マドカが何気ない風に口走った言葉に一夏が驚いて駆け寄ろうとして体勢を崩し、俺に続いて駆けつけた会長に肩を借りてこちらへ向かっている箒も目を見開いていた。傷もないしISもあるのにそれでももうすぐ死ぬとは、さすがに穏やかではない。

 ……まあ、大体予想はつくのだけれど。ちらりと会長に目を向けると、あちらもファントム・タスクのような組織のすることは想定済みなのか、小さくうなずいていたし。

 

「私はファントム・タスクの中でも全く信頼されていない。この体の中には監視用のナノマシンが注入されている。命令違反、あるいは任務失敗と判断される状況になれば数秒で脳中枢を焼き切られる。体の中のことだ、ISであっても防ぐことはできん」

「そんなっ……!?」

 

 おそらくマドカの言っていることは事実だろう。この期に及んで死ぬ死ぬ詐欺をするとも思えないし、ファントム・タスクほどの組織と、マドカほどの激しすぎる性格のIS操縦者を使うとなればその程度の首輪は必要になるはずだ。

 

 まあ、そんなときに役に立つ人がここにいるんだが。

 

『だそうです。それじゃあ会長、どうぞ』

「まーかせて。えーとマドカちゃんだっけ。それじゃあお薬飲んでくださいねーお口あけてー」

「ちょっと待てお前ら、話を聞いていなかったのか!? というかなんだその薬と言いながら鎌首もたげている水の鞭むがぼっ!?」

「まっ、マドカー!?」

 

 なんかシリアスな空気を漂わせている織斑兄妹をよそに、ふらーっとやってきた会長が問答無用でマドカの口にミステリアス・レイディの能力で操った水をぶっこんだ。おそらく量にして2リットル弱。飲めないことはないだろうが一気飲みにはキツイ量を無理矢理飲まされマドカは涙目になっているが、まあ我慢してもらおう。

 あとついでに絵面がスライムに絡みつかれた女騎士のイベントCGみたいなことになってるけど、命がかかってるんだから仕方ないよね。

 

「ちょっ、楯無さんなにするんです!?」

「何って、治療?」

「……へ? ち、治療って……」

『安心しろ一夏。会長のISはアクアナノマシンを操れるだろう。それでマドカの体の中のナノマシンをどうにかしてもらうって寸法さ。……ほら、ミステリアス・レイディってバイオライダーみたいなもんだから』

「……ああ、心の底から納得した」

「がふっ、ごふぁ……っ! な、納得していいのか……?」

 

 さんざ水を飲まされたマドカのツッコミもどこ吹く風。実際ただのナノマシンごときと、ISの制御を受けているアクアナノマシンではどちらが強いかなど自明の理。おそらくこのまましばらく放っておけばそのとき不思議なことが起こるだろうと、極めて漠然としていながらも頼もしい言葉を頂いた。実際にはアレって毒素を体に打ちこんで抗体作ってるらしいけど、まあ似たようなもんだろう。

 マドカは、自分の体の中で一体何が起こるのかと戦々恐々していたようだったが。

 良いじゃないか。ハッピーエンドが一番だぞ?

 

 

 ともあれこれにて一件落着。

 マドカと一夏の間にはまだうすーい壁があるというか、わだかまりが溶けきっていない感はあるものの、もう白黒はっきりつけたのだからあとは二人の間で交わす言葉と過ごした時間になんとかしてもらうのが一番いい。

 いつの間にやら会長が更識家当主として鍛え抜いた眼力でこのセントエルモ中枢の物色は済ませていたようで、書類やら電子機器やらぶっこ抜いて拡張領域に収め終えたからこれ以上の長居は無用とのこと。

 マドカは色んな意味で自力で付いてこさせるわけにはいかないので会長の水で一応の拘束をしてもらい、俺が強羅で担いで行こうとした、その時。

 

 ズズンッ、と。

 床……というか艦全体が沈みこむような感覚と共に、妙な振動が俺達全員の体を貫いた。

 

「……」

「……」

「……」

『……』

 

 無言の俺達。

 どこからともなくじゃばじゃばと水が浸入してきてるっぽい音が聞こえ、さっきから何故か急に感度が回復しつつあるハイパーセンサーの情報によると、俺達の立っている床は絶賛重力に引かれて沈下中とのことで、なおかつおまけのように強羅が今の衝撃波のパターンを解析し、おそらくワカちゃんのグレネードだと教えてくれた。

 

 まあつまり一言でいうと。

 沈没が、始まった。

 

 

『やべええええ!?』

「やっぱりか! ワカちゃんがいるからもしかしたらと思ったら、やっぱりか!!」

「つべこべ言っている場合ではない! 逃げるぞ!!」

「――。今連絡を入れたわ。簪ちゃん達もスコールとオータムを担いで脱出を始めたみたい。私達も急ぐわよ!!」

 

 そこからの珍道中は、まあ割愛させていただこう。

 まず真っ先に白式がエネルギー切れかけて箒に担いでもらいつつエネルギー補給を受け、強羅がその後すぐに集団から遅れだし、会長の集中も切れてきたために水で縛っていたマドカを落としそうになり、なんか船体がどっかで折れたらしくどんどこ傾いて行く船の中で、船内に入ってからしていたマッピングも忘れて右往左往。

 ぎゃーぎゃーわーわーとわめきつつ、そういえば昔こんな感じで沈みそうな船から脱出するゲームがあったなあと思いつつ……まあなんとか生きて脱出することができたのだった。

 

 

『ま、負け続けの私ですが、今度は私の勝ちです』

「自分で船を沈めておいて言うセリフか、馬鹿者」

 

 ぜーはーと荒い息をつきつつ、ISがあるとはいえ沈みゆく船の中に取り残されかねないという割りとリアルな生死の境を文字通りさまよいなんとか仲間達の元へ合流すると、さっそくワカちゃんがそんなことを言っていた。それは空母沈められた時のセリフでしょうに。

 

「だが、お前達で全員無事帰還だな。……よくやった、と言っておこう」

 

 最初から最後までツッコミ所だらけだったような気がするが、終わってみれば俺達IS学園勢は機体のダメージこそ少なくないものの全員が健在。セントエルモはワカちゃんが勢い余ってグレネード変な所にブチ込んだせいで半ば沈みつつあり、船の全乗組員にしてIS操縦者たるスコール、オータム、マドカの三人を確保することもできた。

 なんかスコールとオータムはさっきラウラ達が言ってた通りばっちり亀甲縛りかまされてるような気もするが、色んな意味で目の毒なんで視界に入れないようにしようね、うん。

 

 

 ともあれこれで事件は片付いた。あとは家に帰るまでが遠足の言葉の通り、なんとかIS学園まで帰りつければオールオーケー。ISにはハイパーセンサーがあるから気付くのが遅れたが、よくよく周りを見渡してみると星が出ていて、そろそろ日付も変わって12/24、クリスマスイブに入っているようだった。

 なんとまあ、丸一日がかりの大作戦だったわけだ。

 

 これはいけない。とりあえずさっさと学園に帰って、この一連の作戦のため休校になっているのをいいことに盛大なクリスマスパーティーをしようと準備しているだろうIS学園の仲間達の元へと混ざらなければ。

 

 そんな風に考えた、その直後。

 

「ああ、忘れるところだった。神上、セントエルモを完全に粉砕しろ」

『……はい?』

 

 なんか、千冬さんから変なオーダーが下された!

 

 

『……えーと?』

「セントエルモ、あんなものをたかが船体が割れた程度の状態で残しておいたら、以後どこの国が何をしでかすかわかった物ではない。元々作戦終了と共に粉砕する予定だったんだ。神上、やれ」

『さっすが千冬さん。真宏くんならそのくらいの火力は持ってきてると断定してますねー。……でもちょっともったいないです。せっかくだからうちで引き取って修復して改造して架空戦記に出てくるような変形合体戦艦にしたかったのにー』

「やめろ馬鹿者」

 

 いやまあ、珍しくちゃんと理由を説明してくれたのはいいんですけどいきなり一体なにを。そりゃあ、強羅ならできないわけじゃないんだけど……なんか、いつものように裏がありそうな、なさそうな。そんな気がする。

 というか、どこぞの国どころか、ワカちゃんの言うようにむしろアレは俺達が持って帰りたいんですけど。

 

 

「……」

『ふう、わかりました。……ところでみんな、このミサイルを見てくれ。こいつをどう思う?』

「すごく……大きいです」

 

 いずれにせよ、9割方本気の世迷言など、千冬さんの命令の前ではまさしく戯言。大人しく従うことにした。ちなみにセントエルモという全長300m近い船をぶっ飛ばす必要があるということで俺が選んだ兵器は、ミサイルだったり。

 ミサイル取り出しがてらのネタ振りに応えてくれたのはシャルロット。色んな意味で危ない返しなのだが、それを平然と口にできる胆力があるのは彼女くらいなもんだろう。

 

 しかしわざわざこんな小ネタをはさんだのは、決して伊達ではない。

 ついさっき、会長達と合流するよりさらに前、セントエルモ艦内を簪と一緒にさまよっていたときにスコール達との戦場となったのとはまた違う格納庫っぽいところに迷い込み、そこで見つけたのがこの巨大ミサイルだった。

 

 サイズは大体ISの身長と同じくらいなので2mほど。元々IS用の装備だったのか、はたまたセントエルモへ持ち込む際にISの拡張領域へ収めるためなのか、強羅の余った拡張領域へ取り込むことができたのでお土産代わりに貰って来たのだが、すぐに使いどころができてしまった。これはこれで、嬉しい誤算だ。

 

 このミサイル、ISの全長と比較するとデカすぎるためにそのままで使うわけにはいかず、拡張領域へ収納する際も弾頭側とロケット側に分けて収めてきた。つまり、ミサイル発射のためには組み立てねばならないのだ。今、ここで。

 

「うわ……強羅の背中でバカみたいに大きいミサイルが組み立てられてるー」

「鈴さん、思わず棒読みになっていますわよ」

「……壮観、だな」

 

『はぁ~!(みょみょみょ)』

「……ねえねえ、真宏の隣でワカちゃんが念を送ってるんだけど。あれって、ひょっとして爆裂散華のエネルギーを込めてるんじゃない?」

 

 ISが背負うものとしては明らかに場違いなサイズのミサイルが、がしょんがしょんと背中に生えたアームによって見事組みたてられていくのを感じながら、俺は結構ご満悦だった。

 さっき応援に来てくれたワカちゃんが使っていたヒュージキャノン。あんなものを見て男心をわくわくさせるなというのが無理な話で、似たようなものを使えたらなーとずっと思っていた。このミサイルもとりあえず持ち帰ってそのうち蔵王の訓練所で使わせてもらえたらと思っていたのだが、まさかこんなに早く使用の機会がくるとは。

 嬉しい誤算に高鳴る心はロマン魂が漏れなくエネルギーに変えられて、となりで両手を向けて変な気合を入れているワカちゃんのワンオフ・アビリティ爆裂散華によって目標到達と同時に爆発力へと変わる特殊なシールドバリアに変質させられていく。

 着弾時の威力がどれほどのものになるのか、楽しみでしょうがない。

 

 

『はーいそれじゃあいっきまーす!』

『わくわく』

「……ワカ、なぜおまえはわざわざ空中で体育座りをしている」

 

 ギャラリーは遠巻きにしている一夏達と、かぶりつきで近くにいるワカちゃん。カウントダウンも早々に、はやる心のまま俺はミサイルを、ぶっ放した。

 

 

 ずごごご、とロケットエンジンから眩い光と白煙の尾を引いて高く飛び上がったミサイルは、途中で急激に方向転換。重力に逆らわず、その加速度をも借りて弾頭をセントエルモの半ば海中に没した船体中央に向け、そのまま往時の迎撃火線など一本も上がるはずがない船へと。

 

 

『あはははははは! ちゅどーん!!』

『ワカちゃんが嬉しそうでなによりです』

「……あなた達を敵に回したのが間違いだったのね。よくわかったわ」

 

 さすがはファントム・タスクで制式採用されていたと思しきものに、俺の強羅とワカちゃんの強羅でドーピングしまくったミサイル。弾頭に核でも使われてたんじゃないかと思うほどの爆発半径でもって、セントエルモを包んでくれましたとさ。

 

 光が収まった時には少なくとも海面上には瓦礫の一つも浮かんでいないというのだから、恐ろしい。こんなことを引き起こした二機の強羅を見るスコール達目が覚めたファントム・タスク勢の目は死んだ魚のように濁っていたが、まあしょうがないね。

 

 

 だがこうしてセントエルモも消えてなくなったことで、事件はほぼ終結した。

 星降る夜のクリスマスイブ、世界全土をミサイル攻撃の脅威にさらしたファントム・タスクの戦艦の残骸が眠る海を後にする10機のISが夜空に描いた軌跡が、この事件の幕引きを告げていた。

 

 どうせまだまだトラブルや事件は起きるだろうけど、それでも俺達は、今だけは。この勝利を喜ぼう。

 仲間と一緒に。


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