IS学園の中心で「ロマン」を叫んだ男   作:葉川柚介

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第40話「転入生」

 わいわいがやがやと、肌が切れそうなほど寒い年末の深夜にわざわざ外に出ようとする酔狂者が、この国には俺を含めて大量にいるらしい。コートにマフラー手袋装備で白い息を吐く男女がうろつくこの界隈。おそらく今日の日の出ごろに某所で繰り広げられた毎年盆暮れ二回の聖戦のように熱いだろう。

 そんなうんざりするほどの人ごみの中、かの地とここの違いは、時々振袖姿の艶やかな女性が目に入って楽しませてくれること。

 市街地のただなか、特に有名なわけでもないのにそれなりの人出を誇るここ、篠ノ之神社は今、二年参りに訪れた人々で賑わっていた。

 

――スリー!

 

 そしてついに、カウントダウンが始まる。

 今年が終わり新年が始まるその瞬間を、どうして三秒前からなんだよもっと早くカウント始めろよとか、なぜ英語のカウントなのかとか、ありとあらゆるツッコミがこの場に集った人の内心に宿ったことだろう。

 

――ツー!

 

 ちなみにこの時点で色んな人がいる。

 このカウントダウンの意味がわからず首をかしげる人、意味なんかどうでもいいから盛り上がろうと静かにテンションを上げる人、ベイブレードを構え近くで同じことしてるやつを見つけてベイバトルの体勢に入るバカ、そして俺を含めた一部の人間と子供達が左右の手で拳を握り、左手は曲げて体の前、右手は腰だめに構えるというポーズをとっている。

 近くで同じポーズをしている子供にちらりと目を向けたら、「わかってるじゃねえか、兄ちゃん」みたいな顔をされた。

 

――ワン!

 

 そして。

 

「変し……っ!」

「あけましておめでとうっ!」

「へぶぁっ!?」

 

 1月1日0時ちょうど、せっかくだからカウントダウンに合わせてフォーゼごっこをしようとして、鈴に後頭部はたき飛ばされる俺がいた。

 

 

「痛いじゃないか、何するんだ。というか超反応だな鈴」

「新年くらい普通に祝いなさいよ……あと真宏なら必ずやるだろうからスタンバってたのよ」

 

 それまでのどこかわくわくと緊張していた空気が一気に弛緩し、喧噪がより一層大きくなった。列が動き出してさっそく初詣をする人もいて、大変賑やかだ。ハッピーニューイヤー、あけおめ、アウグーリオ・ボナーノ、ゴーシュート! 統一感がまったくない新年のあいさつがあちらこちらで木霊する。ここは日本なんだからせめて日本語使え。あと足元をかすりもせずに猛スピードで駆け抜けて行きつつカキンカキン激突し合うベイブレードはなんとかしろ。

 

「それでは真宏さん、鈴さん。わたくしたちもお参りにいきましょう」

「えーと確か、二礼二拍一礼だったっけ」

「むぅ……やはりこの格好は慣れんな」

「大丈夫か、ラウラ?」

 

 ご多聞に漏れず二年参りにやってきていた俺達も、その賑やかさの一部であることは変わらない。カウントダウンを終えたのだからさっそくお参りすんべーかということになり、賽銭箱に向かう人の流れからは少し離れた、元々待ち合わせ場所と決めておいた場所へと向かっていく。

 この場にいるのは、俺と一夏と、今日も巫女を務めている箒を除く女子組。まあ基本の面子であるのだが、少々事情は違っている。

 

 

 何故なら明日……いや、既に今日は元旦。

 元旦、日本、初詣ということで、彼女らが選んだ装い。

 

 それすなわち、振袖である。

 

「寒くないか、簪」

「うん、平気。人、多いんだね」

「ああ。はぐれないように気をつけよう」

「いっそ手を繋いだらいいんじゃない……って言ってからかおうと思ったら既にしっかり繋いでた時、お姉ちゃんはどうしたらいいのかしら」

「笑うしかないと思いますよ」

 

 もちろん簪も振袖だ。傍にいてくれるだけで落ち着ける、優しい雰囲気を纏う簪が華やかな振袖に身を包んでいる姿というのは得も言われぬ感動を呼び、IS学園を出るときに初めて見たらしばらく見惚れてしまったほどのもの。というか、今でも横を歩いている簪に目をやるとしばし見惚れる。

 なにせ、そうして見詰めていることに簪も気付いて目があったりすると、照れた風ではあっても笑いかけてくれるんだ。これが嬉しくないはずがない。

 ……まあ、そんな俺達を会長が後ろから心底疲れたような目で見ているのだが。

 

「うふふ……振袖、というのも中々に綺麗ですわね。気に入りましたわ」

「そうだよね、結構いいかも。……ねえ簪さん、楯無さん。今度着付けを教えてくれますか?」

「かまわないわよ。私達、家の事情で和服の着付けもだいたいできるし」

「慣れればそんなに難しくないから、大丈夫」

 

「……一夏、いいもんだなあ」

「真宏はほぼ簪さんしか見てないだろーが。……でもまあ、確かに。みんな綺麗だな」

 

 きゃいきゃいと着物談義に興じる女子一同。元々いずれ劣らぬ美少女達だけに、周囲からの視線も根こそぎ集める勢いの華やかさであった。色とりどりで柄も美しく、振袖に合わせるため髪を結っていることも相まって普段とは全く異なる装いで、まさに眼福この上ない。

 セシリアやラウラのように長い髪の子の場合はうなじも見えてポイント高く、そりゃあ一夏だって多少はどぎまぎするだろう。

 

 簪は控えめな性格だから華やかな衣装は慣れないのか、じっくり見てると照れてしまうのがもう可愛くて可愛くて。これだけでもこうして二年参りに来て良かったと思える。

 

「それだけで満足されるというのは、こちらとしては複雑なのだがな」

「お、箒」

「お勤めご苦労」

 

 そんな風に正月特有の嬉しさを堪能していると、後ろから声がかけられた。

 俺と一夏が二人揃って振り向けば、そこにいたのはつい先ほどまで巫女装束で奉納の舞を舞っていた箒である。

 が、今は箒もばっちり振袖に身を包んでいる。鮮やかな紅の着物はいかにも日本風な箒にとてもよく似合っていて、一夏は思わず頬を染め、しっかりそのことに気付いた箒が満足そうな笑みを浮かべるという一連の流れ。思わずお前今言ったことさっそく忘れてるぞ箒、と指摘したい衝動に駆られるがぐっと我慢。

 

「さて、それじゃあそろそろ賽銭入れに行こうぜ。……これ以上ここに留まると、神社が大変なことになるかもしれん」

「うっ……。そ、そのようだな」

 

 しかしながら、あいにくとこの場で談笑ばかりしているわけにはいかない。

 そもそも俺達はお参りに来たわけであるし、いつの間にやら美少女集団の放つオーラに吸い寄せられた一般人が周囲に人垣を作りつつある。このまま留まり続けたら迷惑にもなるだろう。

 そういう事態を避けるためにも、俺達はひとまずとっととお参りを済ませることにするのであった。

 

 

 これまでの経緯からおわかりの通り、今日は新年を迎えた1月1日。

 ファントム・タスクとのごたごたから一週間近くが経ち、俺達IS学園の専用機持ちもようやく落ち着けるようになってきた。

 

 正直なところ、今ファントム・タスクに関してどういうことになっているのか詳しいことは機密として伏せられているのでわからない。事件翌日から長ーい取り調べを受け、他言無用を言い含められ、どこぞの大使館に呼びつけられて簡易的なものながら感謝の言葉を受けたりなどなど。

 さすがにあれだけの事件ともなると後始末も超大変らしく、IS学園が主導で為すべきことに俺達も役者として駆り出された形だった。同じ日にアポ取ろうとした複数の国に対して、俺達専用機持ちが先生達付き添いの元分散して出向いて行くとか、そういう対処をしたわけだ。

 

 だがそこは終わった事件の話。後々の主導権を握らんとする政治的暗闘は今も丁々発止で繰り広げられているだろうが、そういう目で見ると駒でしかない俺達は既にお役御免。晴れて暢気に正月を祝えるようになったわけだ。

 

 いやーホント忙しかったね、俺はクリスマスイブのその夜から。

 ちょっと強羅を展開してサンタクロースっぽい帽子かぶってヒゲつけて、1年生寮のワカちゃんが泊まってる部屋に忍び込んで枕元にプレゼントを置いてみたり、白鐡がどうしてもと頼むからこっそりひとっ飛びしていつぞや迷子の白鐡助けてくれた少年の家にお邪魔して、白鐡の羽根(もちろんISの装甲と同じ材質)を一本置いてきたり。

 ワカちゃんは翌朝さっそくプレゼントを見つけ、あんた本当に俺より年上なんだろうなって思うくらい無邪気に喜んでたし、少年からはお礼の手紙が来たし。やってみるもんだね。

 

 

 まあなんにせよそんな感じの年末年始。

 昨日までの間に大掃除もおせちの用意も終わらせてあるから準備は万全。この正月は思いっきり怠けることも楽しむことも自由自在だ。

 

 その一環が今日この状況。

 ひとまず年始はみんなで楽しく過ごそうということでまずは篠ノ之神社での二年参りをかまし、その後はIS学園に戻って浜辺から初日の出を拝む予定なのだ。

 

「……ということで、さっそくIS学園に戻ってきたわけだが」

「……け、結構大変だったわね」

「日本の新年というのは、どこも人が多いのですわね」

「うん、びっくりしちゃったよ」

「あそこまで人が密集しているのなど、初めて見たぞ」

「うちの神社も例年になく人手が多かったな。何かあったのか」

 

「……というか、アレって確実に私達が目立ちすぎてたわよね」

「みんな可愛いし。それに、代表候補生でもあることに気づいていた人、結構いたみたい」

「あー、それはあるかもな」

 

 さすがは元旦だけあり、どこもかしこも人がすごかった。

 しかも俺と一夏以外は例外なく美人の振袖集団だったんでただでさえ目立ちに目立ち、行く先々で人だかりの中を動くような羽目になってしまっていた。

 そんなだから、学園外にいた時間というのはあまり長くない。そそくさと篠ノ之神社で賽銭してお参りして、甘酒飲んで帰って来た次第。そして今はIS学園のある島の東側海岸にて、日の出を待っている。

 そこらを見渡すと、さすがに振袖まで着ているのはいないが、ちらほらとIS学園に居残っている生徒がいたりする。同じく初日の出を見ようと早起きしてきた手合いなのだろう。

 海風は少々冷たいが、それでも日の出まではあともう少し。この後部屋に戻ってあったかくしておけば、風邪をひくこともないだろう。

 

 

「とかなんとかいってるうちに、出てきたな」

「綺麗……ですわね」

「ああ、よく晴れているからな」

「……今年も一年よろしくね、みんな」

「当たり前じゃない。一夏も、よろしく」

「良い年にしよう」

 

 水平線が明るく輝くとともに、太陽がゆっくりと上がってくる。寒さがほんの少しだが和らいで行く感覚に浸りながら見る初日の出は、どこか神々しくすらあった。

 そんな日の出を見ながら、俺達は今年一年の幸福を願う。ファントム・タスクの暴走という事件は去年の内に片付いたのだ、今年は平和で良い年になって欲しいと願うのは当然のことだろう。

 

 

「あれ? そういえば、真宏どこ行ったんだ」

「さっきから見ないね……って、いた。あっちのベンチに座ってるよ」

 

 だがそんな空気をブチ壊す男が一人、何故か砂浜に据えられたベンチに座っていた。まあ、俺なのだが。

 初日の出をしっかり拝んだあと、なおも感慨にふけるみんなからちょっと離れてこっそりこっちに来てみたり。最近は色々あったからね、そのせいで疲れたということにしておいてくれ。

 どれもこれもワクワクすることばかりで、やってる最中は疲れたなんて思ってるヒマもなかったけれど、あれだけのことを経てなおみんながこうして揃っている事実をしみじみ噛みしめていると、色々湧き上がるものがある。何してるんだと呆れ顔でこっちに向かってくる仲間達の顔が、よりいっそうそんな日常を強く俺に思わせてくれた。

 

「どうしたんだ真宏、疲れたか?」

「……いや、いい天気だと思ってさ」

 

 一夏の声に応え、段々と眩しい太陽の光に照らされ出した空を見上げる。つい先日まではいつミサイルが降ってくるかもわからなかった恐怖の空も、今はそんな不安と無縁になっている。俺達が、成し遂げたのだ。

 

 

「空が目にしみやがる……きれいな空だ」

 

 

 それはもう、こんなことを呟いてしまうくらいで。

 

「おい真宏おおおおお!?」

「お腹っ! お腹見せてっ!」

 

「どわあああ!? いきなり服ひんむくな簪っ!?」

 

 揃って顔を青ざめさせた一夏と簪によって、元旦早々に服をめくられるのでありましたとさ。

 

「大丈夫か!? どっかで引ったくり捕まえようとして腹刺されてないか!?」

「篠ノ之さんっ! あなたが織斑くんと結婚式なんてするからっ!」

「濡れ衣だ!? ……いやまあ、私としては濡れ衣でなくてもいいんだが」

「何を言ってますの、箒さん」

「どうして真宏は、誰かの誕生日になる度に死亡フラグ立てたがるんだろう」

「というか、これは既に死んでいるも同然の場合のセリフではないのか。そして私が言うべきではないのか、色的に」

 

 そんなこんなの1月1日。今日は元旦で、そして俺の誕生日でもあるのだった。

 

 

◇◆◇

 

 

「じゃあそういうわけで、改めましてみんな、明けましておめでとうございます」

「「「おめでとうございます!」」」

「そして真宏くん、誕生日おめでとう」

「ありがとうございます。祝うの俺の部屋でですけど。料理の大半が俺と一夏の作ったおせちですけど」

「仕方ないじゃない、一夏くんと真宏くんの作った料理も食べてみたいんだし。はむはむ」

「ってさっそく食べてる!? くっ、一夏の黒豆は渡さないわっ」

「わたくしは伊達巻を」

「ん、真宏の煮しめ美味しい……」

 

 初日の出を迎えて、俺のセリフに関してのひと悶着を終えた後、寮に引っ込み俺の部屋に集まっていた。

 目的は、せっかくだから元旦らしく適当に飲み食い駄弁りのヒマ正月を過ごすことと、ついでのように俺の誕生日を祝ってくれることだった。

 

 本来ならばみんなは代表候補生としてそれぞれの国での仕事もあるだろうに、今年は色々と事情があるのでその辺の事情はクリアされているらしい。

 シャルロットとラウラはいまだ本国でのごたごたが続き、落とし所が定まっていないので安定のスルー対象。会長は代表ではあっても基本日本人なのでその辺色々ごちゃごちゃしているらしく、鈴は旧正月にその辺のイベントを片付けるのだとか。

 そしてセシリアの場合だが……こっちはこっちで、今回のセントエルモ撃滅作戦によってサイレント・ゼフィルスが帰ってきた一件がある。それだけならば喜ぶべきことで、その喜びのまんまとっとと機体返せやオラとIS学園にケンカ売れば済むところなのだが、なにせ今回セカンド・シフトまでしている。

 できればセカンド・シフトしたままで欲しい。しかし操縦者は信じていいか微妙で、だからといって操縦者から引っぺがして機体を初期化するのは惜しい。惜しすぎる。というかファントム・タスクの構成員を引きこむわけにはいかない。そのあたりの葛藤が糸を引いて、セシリアもなんだかんだのうちで日本待機を言い渡されたのだとか。

 

「こうしてみなさんと日本のお正月を祝えるのですから、むしろ渡りに船ですわ」

 

 とはセシリアの弁だった。

 

 

 ちなみに料理担当は俺と一夏。箒や鈴、会長に簪とそれなりに料理ができる面々もいるのだが、せっかく日本の正月なのだからおせちを食べてもらいたいという考えの下、俺と一夏が作ったおせちが振舞われることとなっていた。

 二人揃って主夫歴は長いが、さすがにおせちなんざ10回もつくったかどうか。それほど種類も量も作れるわけではない。さっきからヒロインズや簪が集中して狙っている物は俺達が作ったものだが、あとは会長が更識家御用達の料亭品を持ってきてくれたものだ。マジうめえ。

 

「で、でも一夏が作ってくれたのも負けてないよねっ。すごくおいしいよ」

「うむ。初めて食べたが、味わい深い」

「そっか、ありがとな。……むう、かまぼこ一つとってもこれだけうまいとは」

 

 こんな事情なもんだから、一夏の手料理を集中的に狙うヒロインズと料亭の味を盗もうと超真剣に味わう一夏という見事なスルーの構造が完成していた。

 最近一夏もちょっとは鈍感さがなりを潜めて来たかと思ったが、料理一つですぐこれだ。「我慢……我慢だ……っ」「さっきまで振袖にちゃんと見とれてたんだから、大丈夫、大丈夫……」と自分に言い聞かせている箒達、哀れである。

 

 

「そろそろ真ん中開けてくれ。鍋いくぞー」

「いつの間にっ!?」

 

 この部屋は元々俺が住む一人部屋だが、さすがIS学園は金があるのか結構広い。なおかつ一夏と一緒にみんな揃って遊びに来たりということもあるので、炬燵はそれなりに大きなものを用意している。現に今も9人座ってなお余裕があるサイズの炬燵にみんなで足を突っ込んでいるのだが、こうなると今度は料理の方が問題になってくる。

 何せ食欲旺盛な少年少女。ただでさえIS学園の訓練やら何やらは激しく腹が減るものばかりで、日々食べる量については彼女らのプライバシーとプライドのために伏せておくのが無難なほどだ。

 事実既に今日の分として出したおせちは食いつくされる勢いで、こんなこともあろうかと用意しておいた海鮮鍋を持ち出さなければ、料理が無くなるという俺と一夏にとって敗北に等しい状況に陥っていたことだろう。

 

「さて食おう。さすがに酒は出ないけど」

「あっちゃ駄目よ真宏くん……。まあいいわ、これもおいしそうだし」

 

 ぐつぐつと海老やら貝やら野菜やら、正月だからと用意した中々に良い食材がおいしく煮られて部屋の中にいい匂いが満ちていく。寒い日に大人数で炬燵にもぐって鍋をつつくというのは、やはり何といっても冬の醍醐味。さあさあ楽しくなってきた。

 

 

 ……ただ、こうやっておいしい料理を用意した場合の宿命。部屋を出て外にも漂ういい匂いに釣られる人がいるのである。具体的には。

 

「この鍋を作ったのは誰だあっ!」

「「「っ!!!?」」」

 

 今日も元気にウサミミ巨乳な箒の姉、世界で一番トリックスター、束さんとかね。

 

「俺ですよ文句あるんですか。ほら小鉢と箸あげますから大人しくそこ座んなさい」

「わーいっ」

「お邪魔します」

「はいいらっしゃい。……束さんと違って行儀いいね君は。おせちもまだあるから食べるといい」

 

 そして何事もなかったかのように箒の隣に滑り込み、炬燵に足突っ込んでぬくぬくしながらさっそく鍋に箸をつける束さん。ひょっこりついてきていた銀髪で目を閉じたくーちゃんも束さんの隣に入り、さっそく黒豆とかくりきんとんとか甘いもの中心に味をみ始める。世界中からお尋ね者になっているという自分らの立場を全く顧みないとんでもないやつらが、ここにいた。

 ……何しに来たんだ、本当に。

 

「……って、姉さん!? 一体何をしに、というか何故ここに!?」

「しっ、篠ノ之博士がIS学園に!? これって実はとんでもないことではありませんの!?」

「ねえまーくん、束さんが今食べたのって何なの? エビみたいな味だったけど」

「ツインテールです」

「この貝は……サザエですか?」

「いや、ダイクウマリュウキングガイってすごく珍しいヤツだよ」

 

 さも当たり前と言わんばかりの表情で、驚き炬燵から抜け出るみんなに構わず鍋をつつきまわす束さん。さすがは世界にISと大混乱をもたらした束さん。さっきまで平和だった俺の部屋が既にひどいことになりつつある。

 

「今ここに束が来なかったか!? バカモン、それが束だ!」

「今度は千冬姉まできた!?」

「千冬さんまで正月だからってテンション高くないですか」

「あ、ちーちゃん。まーくんの作ったお鍋美味しいよ。一緒に食べよ~」

 

 そこへさらに、束さんの気配を察知したのか千冬さんまで現れたとなれば、どうなるか。

 ……もはやここに、この世界における全ての事件の元凶が集まったと言っても過言ではあるまいよ。

 

「貴様、こんなところに現れておいて何を……っ!」

「まあまあちーちゃん。どうせ束さんを捕まえるなんてこの世の誰にも出来ないんだから、久しぶりに一緒にご飯食べようよ~。知ってる? ルパン三世もゴルゴ13も何度も投獄されてるけど、その度に出所したり脱獄したりしてるんだよ」

「ああ、捕まえておけない(物理)ってことですね、ビスケット・オリバみたく」

「束さんを捕まえて筋肉ダルマと同類呼ばわりするのなんてまーくんぐらいだよ……」

 

 鍋奉行、という言葉は往々にして聞く。

 鍋を囲むにあたり、具材の投入タイミングやら食べる順番やらについて一家言を持ち、それら全てを支配する専制君主。

 ……だがこうやって、鍋の匂いに釣られて来た人々を次々炬燵に座らせる俺のような人間を評する言葉、この世のどっかにあるのだろうか。まあ、そうでもしなければ収拾つかないようになってるのが一番の原因なんだけどさ?

 

「ふん、まあいい。どうせ私も今日は仕事を山田先生に丸投げしてきたからな。神上、酒を出せ」

「寮住まいの高校生の部屋で酒を要求しないでくださいよっ!? もー……はい、日本酒です」

「なぜあるっ!? 真宏、なぜ当たり前のように一升瓶を出す!?」

「いや、料理用。だから何の問題もない。それから束さんは焼酎好きでしたよね。『魔王』があるんですけど、飲みます?」

「チョイスに悪意を感じるよ! くやしい、でも飲んじゃうっ」

「束さま、水割りお作りします」

 

 そして、カオスは加速する。酒なんぞ出してしまったのが運の尽きとお思いかもしれないが、俺の部屋はたまにこっそり千冬さんが居酒屋代わりに酒とつまみを漁りに来るのでしょうがないことなのだ。おそらく同じIS学園の敷地内にて例によって地獄を見ているだろう山田先生に冥福を捧げつつ、半ばやけっぱちに楽しむことにした。

 

 なぁに、賑やかな誕生日というのも、嫌いじゃないからね。

 

 

 そこからは、食っては飲み作っては食べられの繰り返しだった。

 単純に二桁に届く人数がいるというだけでも食べる量は尋常なものではなく、束さんも普段どんな物を食べているのかやたら美味そうに食べてくれるからついつい気合が入ってしまった。千冬さんも基本的に体育会系の人なのでいい食べっぷりだし、元旦から正月分の食材ほとんど使いつぶす勢いだ。

 

「今日はお前と俺でダブルコックだからな……っ」

「わかったから思いっきり腕つかむな真宏。……お前を一人にはしないさ」

「一夏……っ」

 

 などというアホな友情が台所で繰り広げられたりもしたのだが、幸か不幸か見ている人はいなかったようだった。

 

 

 さらには、誕生日のプレゼントももらったり。

 

「はい、真宏」

「ちなみにそれは簪ちゃんの手作りケーキよ。私達はこっちのお店で買ってきたヤツを食べるから、二人で楽しんでね、あーんとかして♪」

「は、計ったな会長!? 箒もラウラもキャラ崩壊してるんじゃないかってくらいニヤニヤしてるしっ!」

 

 みんなからも色々貰ったけど、特に目玉としてシチュエーションまで整えて渡されたのはこの簪手作りケーキだった。いかにもオーソドックスなショートケーキだが、会長に教わって作ったというこのケーキ、実においしそうだ。

 

「じゃ、じゃあ真宏……あーん」

「そして乗るのか……まあいいけど。あー……ん」

 

 元より俺に抵抗の意思などない。一夏が見守りヒロインズと会長と束さんがニヤニヤして千冬さんとくーちゃんが我関せずな態度でありながらばっちり見ている中ではさすがに恥ずかしいのだが、同じく恥ずかしいのを我慢してフォークにさしたケーキを差し出してくれている簪の心を無駄にはできない。

 覚悟を決めて口を開き、甘くとろけるクリームと、ふわふわのスポンジ。甘酸っぱい汁をこぼす苺を口に含んでもぐもぐもぐ。

 

「んー、美味しい。ありがとな、簪」

「うん、口に合ったら……良かった」

 

「……主導しといてなんだけど、ああも二人の世界を作られると辛いものがあるわね」

「理不尽ですが正当な感情ですね、楯無さん」

「くーちゃん良く見ておいて。アレがいわゆるバカップルってやつだよ」

「なるほど、勉強になります」

 

 すぐ近くでなんか会長達がげっそりしてるけど気にしない。ケーキを美味しく作れたことを喜ぶ簪と、そんな簪手ずから食べさせてもらった喜びに浸っている俺にしてみれば他のことはほぼすべてどーでもいいのである。

 

「あー、せっかくだし真宏くん、こっちのケーキも食べる? 簪ちゃんのには負けるだろうけど、美味しいわよ」

「お気遣いなく。……もう喰ったさ。ハラァ……いっぱいだ」

 

「ってだから真宏おおおおおおっ!?」

「お腹っ! やっぱりお腹見せてっ!」

 

「本日二度目ええええ!?」

 

 ただまあ、ついつい無意識でやってしまうんだよね、こういうの。

 

「……あれは癖というより持ちネタですわね」

「そういえば昔っからそうだったわよね」

「よくよく思い出してみると、それこそ出会った頃からああだったな」

「ラウラ! 防空圏内におかしな反応はないねっ!」

「接近する生体反応、円盤反応なし、しばらく警戒を続ける!」

「今日は誕生パーティーだから、シャルロットちゃんとラウラちゃんなんて余計怖がってるじゃない。IS学園丸ごと飲み込むような円盤生物来るんじゃないかって」

 

 ……結果として見れば、楽しいもんだと思うよ、うん。

 

 

「真宏くん、本当にあと片づけはいいの……?」

「いいんですよ会長。これから更識家のほうでも年始の挨拶とかあるんでしょう? さあさあ早くいかないと。簪も、気をつけて行って来い」

「うん……わかった。すぐ、もどってくるから」

 

 そして宴会も終わりを迎える。

 食べるペースが自然と落ち着いて行き、ゆったりとした空気が流れだすのが昼を過ぎた頃。まだまだ日も高いところにあるのだが、そのあたりはさすがに多忙な代表候補生やらなにやら。千冬さんはばっちり昼酒かっくらっていたくせに仕事があるからと当たり前のような顔で出て行き、それから色々と新年初日からみんな用事があるということで徐々にお開きと相成った。

 

 会長は片付けのことを心配してくれているけど、ほとんどみんなが手伝ってくれたからあとは洗った食器が乾いたら棚に戻し、人数が多いので食堂から借りてきた分の食器を返すだけ。大した手間なんかありゃしない。

 たっぷり食ってたっぷり楽しんで、あとは簪が帰ってくるまでの間はヒマを持て余して、みんなに誕生日プレゼントとして貰ったフィギュアとかプラモとかゲームとかを楽しんでおけばいい。

 だが。

 

 

「ねえまーくーん、みかん取ってー」

「……」

「束さま、みかんでしたら私が」

 

 ……一番の問題は、触らぬ神にたたりなしとばかりに半ば放置されたのをいいことに、未だ炬燵に下半身をつっこんでみかんをむさぼり食っている束さんくらいであろう。

 

「あーもー食い散らかして。ほれくーちゃん。世話するんならこういうのもちゃんと片付けないとダメだよ。甘やかすとすぐつけあがるんだから」

「なるほど、貴重なご意見です。……では束さま、次からは綺麗に筋を取ってお渡しします」

「あれー……。くーちゃんがすっごく素直にまーくんの言うこと聞いてる。しかもペット扱いされてる。何これ束さんの立場的なピンチ!?」

 

 娘とみなしている少女からの扱いに驚く束さん。普段から生活能力がないだろう束さんの世話を何くれとなく焼いているだろう少女であれば、既にして一夏に近い主婦のオーラが漂い出すのは無理からぬことだろう。

 実際この子は中々しっかりした娘さんになると思うよ。さっきも料理を食べてるときはしっかり味わってどんな料理なのかを理解しようと努めていたし、千冬さんと束さんのつまみを作るときに手伝ってくれて、料理を覚えようとしていたし。

 とりあえず今日は機会がなかったけど、今度遊びに来たら束さんも大好きな卵焼きを伝授しよう。

 

「いや、これでも心配してたんですよ。束さんとこの子だっていうくーちゃんがまともに育つのかって。なんなら無理矢理にでも引き取って育てないと人として道を踏み外すんじゃないかと不安だったんですけど……どうやら大丈夫みたいで安心しました」

「恐縮です」

「束さんは小学四年生じゃないから大丈夫だよ! ホントだよ!?」

「精神年齢はそのレベルでしょーが」

 

 とまあ、天下の束さんともそれなりの付き合いがあるからこそできる無駄話。俺もとりあえずこれ以上の片づけは後回しにすることにして炬燵に足を入れ、のたくっている束さんをいじり倒す。

 気付けば束さん用のみかんをむきむきしているくーちゃんが俺の前にもみかんを置いといてくれたので、一言お礼を言ってむいていく。冬場になると常にみかんの10kg箱を常備しておくのが俺の流儀です。ワンシーズンでみかんに費やす金額は、聞くな。

 

「……ふう、本当に騒がしかったな」

「はい、私はこういう場自体が初めてでした。……嫌いじゃないです。嫌いじゃないです」

「んー、それは良かったよくーちゃん。ちーちゃん達以外もなんかいっぱいいたみたいだから、そんなところにくーちゃんを連れてくるのもどうかと思ったんだけどねっ」

「束さんのそば以上に教育に悪い所なんてないから、その点は大丈夫ですよ」

 

 娘の教育を案じる母の顔になっている束さんをいたわるように笑顔を浮かべる俺に対し、なぜかだーだー涙を流して見せる束さん。自業自得です。

 しかしこうやってやたらと絡んでくるのは、さっきまで腫れもの扱いだったのが気に入らないのだろうか。箒の隣でウザがられるくらい絡んでたんだから、それで満足しておけばいい物を。もしくはもうちょっと他の皆とも会話を成立させればいいものを。

 相変わらずセシリア達に話しかけられる度にグロンギ語とかメルニクス語とかアルベド語とかオンドゥル語とかでわざと伝わらないように喋るんだもんなあ、この人。

 

 そんな時間を過ごす。

 中々どうして珍しすぎる組み合わせだとは思うけれど、別に俺は束さんにもくーちゃんと呼ばれていまだ本名を知らないこの子にも、何らわだかまりはない。

 適当に本棚から引っ張り出してきたマンガを眺める束さん、そんな束さんに甲斐甲斐しくみかんをむいてあげている銀髪の少女くーちゃん。彼女らが誰憚ることなくこうして穏やかな時間を過ごせるのがこの場所であるならば、それも悪くないと思う。

 

 

 俺は炬燵を出て机に向かい、そこに置かれていた写真立てを手に取った。

 普段は写真の面を下にしてあるその写真立て。ちょくちょく人が来るこの部屋にそのまま飾っておくには少々恥ずかしいそれに収められているのは……じーちゃんの写真だ。

 

 俺の記憶の中にあるのと寸分違わぬ無表情の仏頂面。写真の中でひょろっと細い長身をめいっぱい屈めているのは、当時まだ2、3歳くらいだっただろう俺が首にしがみつこうとしているからだ。

 いたずら小僧のような顔で満面の笑みを浮かべる俺と、無表情のじーちゃん。今もってじーちゃんの姿を残す、ほんの数枚しかない写真の内の一枚だ。

 

――俺も少しは大きくなったよ、じーちゃん。友達もいて、楽しいし。

 

 言葉には出さず、心で伝える。ランドセルを背負う姿も見せられず、じーちゃんが死んでから練習したから手料理も食べてもらえず、酒を酌み交わす機会もなかったじーちゃん。

 せめてもの孝行になればとこうして楽しいことがあった日には写真に向かって報告してはいるものの、さてあのじーちゃんが生きていて俺のこんな報告を聞いたら、一体どんな顔をしただろう。

 

 ……自分が一体何者なのかという疑問と共に、俺は時々そう思う。

 思えば不思議なものだ。親もいなくて血のつながらない年寄りと生活していた子供が一人。後に長じて一夏や千冬さん、箒に束さんといった凄まじい面子と縁ができ、今ではこうしてISを動かせる男としてIS学園に通っている。

 人生とは数奇なものとか言うだけでは説明しきれないような何かを感じても、無理はないだろう。

 

 そして俺はどうにも気になっていることが一つ。

 脳裏にフラッシュバックする、光の翼とそれに拮抗する強羅の腕。左右から迫るレーザードリルとフルコースの杭。三方向から全力で突っ込んでくるISを前に一歩も引かない力を持ったIS操縦者、スコール。

 あのとき、最後はまるで敗北を受け入れるように防御を解いたように見えたのは気のせいだろうか。そしてその直前、俺を見て何かを言っていたような……?

 

「おっ、それがまーくんのおじいちゃんの写真かー。見せて見せてー」

「ぉおうっ? 背中からのしかからないでください束さん。背中でおっぱい潰れてますよ?」

「ふふ、あててんのよ」

「そうですか。写真は見ていいですから重いんで降りてください」

「……まーくん最近超冷たい。彼女ができたからってひどくない?」

 

 物思いにふけっていると、不意に束さんが背中からのしかかってきた。炬燵に根でも生やしたんじゃないかと思ってたけど、ちょっと意外。あと今の俺に色仕掛けは効きませんよ。

 そんなことを思いつつ、例によって邪険に扱い、束さんにじーちゃんの写真を渡す。俺がまだ束さん達に会う前の写真だ。そういえば見せたこともなかったし、少しは気になるもんなのだろうか。

 

「……ふーん。まあ、そうだよね」

「どうしたんです?」

「なんでもなーい。返すね、まーくん」

 

 しかし束さんの中でどんな納得があったのか、至極あっさり返してくれた。元々大事なものだからあんまり長いこと貸しておくわけにはいかなかったんだけど、さてさてこの天才は今の写真に何を見たのか。大変興味深いが、その辺聞くのはまた今度にしておこう。正直何が飛び出すか怖くて聞けたもんじゃねえ。

 

 じーちゃんの写真を元あったように伏せて、さも当たり前のように炬燵を堪能している束さんと、束さんがそうしている限りてこでも動かないであろうくーちゃん。この二人ならぶぶ漬け出したところで平然と平らげておかわりを要求してくるだろうと思われる安定感だ。

 

 ……だからせっかくだし、ちょっと話をしておこう。

 

「ところで、束さん」

「なーにー、まーくん?」

 

 何気なく話を投げかけ、束さんがそれに同じくらい気の抜けた返事を返す。さっきまでとなんら変わらぬその雰囲気のまま。

 

 

「束さんは今、何を企んでるんです?」

「んー、人類の流通支配とかかなー」

 

 ……ストレートを投げてみたら、ピッチャー返しが帰って来たっぽい。

 

「……」

「地球全天を覆うようにたくさん人工衛星飛ばして、それで地球をくまなく監視するの。GPSも封鎖して、ついでにその他衛星通信なんかも徹底的に潰してあげれば、今の時代飛行機も船も立ち往生になるよね。せっかくだから、ヨルムンガンド計画って名付けてみたよ!」

「私は束さまと旅をしました」

「束さん、くーちゃん遠まわしに束さんのことが殺したいほど憎いって言ってますよ」

「はいごめんなさい嘘ですくーちゃんそこに乗らないであとみかんちょうだいっ!」

「どうぞ」

 

 ……と思ったら、ミットの中に収まっていたのは「ハズレ」と書かれた紙をくしゃくしゃに丸めたもんだったようだ。

 

「まあそれは冗談として、束さんは今ちょっとコロニー作りに凝っててね。これが完成するとすごいよー。地球なんか放っておいて自分達で経済回せるくらいの考えてるの。これをサイド共栄圏思想って名付けて地球封じ込め作戦を進めてる最中なんだよ。ジィィィクジオ」

「これは……昔私が作ったパン(?)を褒めてくれた束さまはもう少し人間味があった、と罵るべきなのでしょうか」

「やっちゃれやっちゃれ。ていうかそれはむしろ一夏に言ってやってください」

 

 そこからも束さんはすらすらと御託を並べたてた。

 曰く、篠ノ之神社の地下に収められた兎聖杯に467個の魂を捧げたらどんな望みもかなえてやろう、お前が払う代償はたった一つ……。

 曰く、白騎士事件を起こさなくても、ISは地球上にいくつか存在する世界樹をちょいちょいとつついてやれば、地球人類の認識がちょこっと変わってISの存在を受け入れられるようになっただろう。

 曰く、昔ISの動力源の研究をしているときにあらゆるエネルギー機関を静止させる現象を起こしかけたので、今はそれを起こさないようにアンチタバネドライブは三つに分けて厳重に保管してあるとか。

 曰く、ISってさりげなく搭乗者にも影響与えているけど、あれは人類の革新を促して来るべき対話に備えるためのものだとか。

 

 一々ツッコミを入れていたらキリがないので、途中から俺は洗った食器の片付けに席を立ち、手伝ってくれたくーちゃんと一緒にがちゃがちゃと食器棚に皿を戻し、鍋をしまい、あとで食堂に返しにいく分の食器をまとめておいた。

 この子、本当にいい子だなあ。こうやって手伝いもしっかりしてくれるし。あとでおみやげにお菓子あげよう。

 

「まーくーん? 聞いてるー?」

「はいはい聞いてますから静かにしてくださいね、ニュース聞こえないですから」

 

 仮にも娘と呼ぶ子に家事を任せ、自分は炬燵で飲んだくれてくだを巻くダメ人間の姿がそこにはあった。これでいておそらく世界最高の天才であり、今もってISの根幹技術をただ一人で握り、多分色々と悪だくみをしているだろうとはにわかに信じがたい。

 俺はこれまで束さんがしてきた悪行の数々を知っているから理解はしているのだが、炬燵に体突っ込んでちょっと赤くなった顔を幸せそうに緩めてる姿を見ると無条件で納得するのは、さすがに難しい。

 

 だが、それでも。

 

『このように、国際IS委員会は先日逮捕されたファントム・タスク構成員の証言や押収した証拠を元に組織の上級幹部を確認し、捜査を進めています。既に一部証拠が固まった人物は拘禁されているとの情報も入っていますが、捜査が終了するまで情報は非公開とされるとのことで、各国からの注目が――』

 

 今まさにニュースで流れている、この話。

 テロップには「亡国機業、解体」と題されているだけあって、先の攻防戦にてセントエルモのみならず一部IS戦力すら失ったあの組織の顛末が、緊迫感を伴うアナウンサーの声によって告げられている。

 はっきり言ってこのニュースでも詳しいことは分からないが、あの事件にかかわった俺達専用機持ちであってもこの機密を知る権限はなく、千冬さん達教師陣から聞かされる情報を待つくらいならばこうしてニュースを見た方が手っ取り早いくらいだ。

 

 無論、それはこのニュースで報道されている内容が事実であるとするならば、だが。

 

 

◇◆◇

 

 

『――寄せられています。約一ヵ月間続いたミサイル攻撃の終焉と、それを主導していた組織の壊滅。この二つをもって世界に平和が取り戻されたと国際IS委員会は声明を出していますが、仮にファントム・タスクの解体が為されたとしても今度は残党が本格的なテロ行為に及ぶのではないかと懸念の声も上がっており、いまだ状況は予断を許さないものとなるようです』

「ありがとう、ブリュンヒルデ。お願いした通りの内容ね」

「まるっきりの嘘というわけではないからな。この程度の工作は容易い」

 

 同時刻、IS学園地下機密区画の一角。

 いつぞや真宏がマドカを訪ねたときと同じような間取りの狭い部屋に、二人の女性がいた。

 

 一人は、薄暗い部屋に無理矢理置かれたテレビが流すニュースの画像に目も向けない黒髪の美女、織斑千冬。持ち前の鋭い視線をわずかにも緩めることなく正面に座る女性に向けている。眼差しに宿る色は警戒か緊張か。いずれにせよ友好的とは言い難い。

 

 対するは金髪の美女、スコール。豪奢な髪はここ数日の拘留生活においても乱れることがなかったのか陰りを見せず、ニュース画面を満足げに眺めていた。余裕の態度は彼女が放つ年相応の色香を際立たせ、蟲惑的な香りが部屋に満ちるかのようだった。

 

 勝者と敗者、拘束する側とされる側が、ともすれば逆であるかのようなこの状況。

 しかしながら二人はともにテレビから流れ続けるニュースに耳を傾けている。

 

 キャスターが読みあげている内容は千冬もスコールも既に知りつくしている。千冬と、そしてスコールの思惑がマスコミどころか国際IS委員会自体を動かしてこの状況を作りだしたのだ。それも、当然のこと。

 これまで世界の裏にて暗躍を続けた秘密結社ファントム・タスクの解体が公にされるということは、大なり小なり世界のあらゆるところに影響を及ぼすことになろう。

 ミサイル攻撃に対する即時対応体勢の解除による平穏に始まり、一夏の処遇を含めた国際IS委員会において一時棚上げとなっていた議題の再審議。

 

 そして、このファントム・タスク狩りの手を逃れた者達の為すだろうこともまた、決して無視できないものだった。

 

「貴様の目論見通りだ、スコール。首尾も上々、魚は生き残りをかけてなりふり構わず動きだしているぞ」

「もう少し泳がせたほうがいいわね。巣に帰ったところを一網打尽にしたいし……それに、今はまだお宝のありかもわからないわ」

 

 千冬に目を向けることすらなく、優雅に足を組みニュースを見るスコールの目には微笑の色が絶えない。それがあらわすのは彼女の余裕か、はたまた全てを押し隠す笑顔の仮面の堅固さか。いずれにせよ、今の千冬にそれを知る術はない。

 

 

「さて、それじゃああとはしばらく待つとしましょうか。そっちの方の手続きも、つつがなくしてくれているのでしょう?」

「無論だ。……正直またああするのは山田先生に酷な気もするのだが……仕方あるまい」

「仕方ないのよ。だから諦めるしかないわ」

 

 にっこり。

 これまで浮かべていた笑顔とは明らかに毛色の違う表情を千冬に向けるスコール。なんだろうこの顔、ロクでもないことを企む真宏にちょっと似てるとか思いつつ、しかし千冬は無言を貫く。

 自分とこの上ない因縁があり、なおおくびにもその様子を出さないこの相手。鉄の意思と鋼の強さを持っているのか、はたまた愉快犯なのかすら判断はつかない。

しかしそう遠くない未来に起こりうる数々の出来事と、とりあえずあと1週間ほどで確実にIS学園に起きる激震を想うと、千冬は先ほど真宏の部屋で酒をかっくらったこととはまた別の原因で頭がくらくらするのであった。

 

 

◇◆◇

 

 

「……」

「…………」

「……ね、ねえ。誰か声かけた方がいいのかな?」

 

 その日は、冬休み明けの授業初日。

 国に帰っただ実家に戻って寝正月してきたんだ、と生徒達がわいわいがやがや近況報告にいそしんでいるさなか、最近聞いていなかったせいか懐かしくすら感じられるチャイムの音に続き、朝のHRをするべく山田先生が教室に入ってきた。

 

 その姿を見て、たまに千冬さんが続いてくることもあるから即座に自席に戻るよく調教された生徒達。俺も無論例外ではなくピシリと背筋を伸ばして座って待っていたところ。

 ……山田先生は教卓に辿り着くなり突っ伏して、そのままピクリとも動かなくなった。

 

 最初は、ここんところのファントム・タスク関連の事件でそれはもう忙しかったんだろうから、そっとしておこう……と思った俺達。しかしながらいつまでたっても起きてこなかったり、なんかしだいに嗚咽の声が聞こえるとともにプルプル震え出したり、「どうしてぇ……どうして私の担当するクラスにばっかりぃ……織斑先生のバカぁ……っ」とか聞こえ出せば心配にもなってくる。

 

 ……そして同時に、大体オチも見えてくる。

 

 

「む、揃っているな。……山田先生、何をしている」

「イエ……ナンデモナイデス」

 

 既にしてハートブレイク状態の山田先生だったが、傷心に浸っていられた時間は長くない。授業時間も迫っているせいか、続いて現れた千冬さんに促されて体を起こし、ちょっと赤くなった目を擦ってきりっと真面目な顔をした。

 元々が童顔の癒し系な雰囲気の人なので、千冬さんがやったら殺気すら飛んで来そうなその表情もどこか可愛らしい雰囲気が漂ってしまうのだが。

 ちなみにそんな山田先生、教室内を見渡してシャルロットとラウラに目が止まるとじわぁっ、と涙が滲んでくる。

 

「なあ真宏、すっげーフラグ立ってないか」

「ああ、オラワクワクして来たぞ」

 

 なんとなく教室の中に、生徒達が発散する期待のオーラが満ちてきた気がする。1年1組のノリのいい生徒達はお約束を嫌うはずもなく、久々に楽しいことになりそうな気配にうずうずと落ち着かない雰囲気になりつつあった。

 

「えーと……情報統制は完璧だったので、おそらくまだほとんどの人は知らないと思います。ですが……今の反応で大体予想付いてるみたいですね。……みなさんお待ちかねっ! 今日からこのクラスにまた新しい生徒が増えますよもおおおおーーーーっ!!」

 

 うわ、ついに山田先生がキレた。

 ぶんぶか腕を振り回してついでに乳も揺らし、そのまま勢いで教室の入り口を指し示す。

 

 

 少々ノリのよすぎる紹介ではあったが、それでもどうやら転入生は動じない性格だったらしい。

 今日の転入生は、ラウラとシャルロットのときと同じく二人。颯爽と歩いてきて教卓の横に立ち、黒板的な画面に自分の名前を書いて行く。

 おそらく急いで用意したのであろうにIS学園の制服は片方とても良く似合っていて、もう片方には……なんかそこはかとなく年齢的な意味で無理してる感が漂い、事実彼女自身結構恥ずかしがっているようだった。

 

 二人の顔を知っている人間はそれはもう驚き、そうでなくとも片方の顔はこのクラスの人間ならば誰もが息を飲むものだ。

 予想通りの展開と、少し予想を外してきた展開にニヤニヤしている、俺を除けば。

 

 長くもない名前を書き終えた二人はくるりと振り向き、務めて無表情を装っていることがわかる澄まし顔と、何か苦虫をかみつぶしたような表情で、このクラスの仲間となるため、順に名乗った。

 

 千冬さんを少し幼くしたような容姿の彼女と、あなた明らかに成人していませんかという年齢に見えるもう一人。

 これからの学園生活をさらに楽しくしてくれるだろう彼女らは。

 

 

「今日から転入することになった。……織斑マドカ、だ。よろしくたのむ」

「同じく……くっ、て、転入……生。オータムだ。……なんだよなに唖然としてんだよ文句あんのかてめえらあああ!?」

 

 そう、至極あっさりと名乗ったのだった。

 

 今日この日より、ますます楽しい学園生活と。

 

 俺達の本当の戦いが、始まる。


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