IS学園の中心で「ロマン」を叫んだ男   作:葉川柚介

45 / 95
第41話「伝統の試練」

 ざわ……ざわ……

 

 今日この日のIS学園1年1組教室内の空気を表現するにあたり、これ以上ふさわしいものはないだろう。

 

「限界速度域におけるISの機動性はPICの性能は無論のこと、操縦者自身の操縦技能による部分が極めて大きい。四肢を振り回すことによるAMBAC機動とスラスターの向き、彼我の位置関係と重力、慣性の方向。さらに装備によっては射撃時の反動も全て考慮に入れる必要がある。……昔対戦したとある相手は、機体の機動性こそ低かったが火力が絶大でな。砲撃の反動すら使いこなした機動を見せていたぞ。具体的には肩に背負った巨大なグレネードキャノン発射の反動で攻撃を回避し、ときに自分も巻き込むような距離でも起爆してその爆風で移動したりなど、だ。無駄に装甲の厚い機体でない限り、これは真似するなよ」

 

 教壇上にて、この時期にまでなると徐々に複雑になりつつあるISの理論と基礎構造の授業が繰り広げられている。かつて世界最強の座に就いた千冬さんの実体験混じりに語られる内容は興味深く、常ならば一部のファンが毎度眼の中にハートを浮かべて成人向けの顔になりながら聞いているこの授業。

 しかしながら今日はクラスの雰囲気がどうにも浮ついており、彼女達ですら集中できていないのが手に取るように分かる。

 

「……!」

 

 まあそれも仕方のないことだろう。

 何せ今日は冬休み明け初日。元々千冬さんの威光を持ってしても完全なる引き締めは難しいだろうこの日に、常ならぬ転入生が二人もいるのだからして。

 

 一人は、マドカ。

 最前列中央付近、俺とは逆の一夏の隣、教室中いたるところからちらりちらりと視線を送られる宿命にある席で今、鋭くも視線を察知する度にびくりと震えている。

 

 もう一人は、オータム。

 マドカとは逆に窓際最後列に座り……こっちはこっちでなんというか明らかに俺達と比較して年上すぎる見た目と、そのなりでありながらきっちり着こなしたIS学園の制服姿が災いして、意図的に眼を逸らされている。

 

「……つまり、いつも言っていることだが自分の機体の性能把握、敵の情報を知ること、そしてなにより自分自身が正しくISを使いこなすこと。それが必須だ。……わかったか」

「っ! は、はい!」

 

 そんな生徒の様子に千冬さんともあろう人が気付かないはずもなく、先ほどから時折こうして活を入れている。

 だがそれこそまさに焼け石に水。見た目から時期から色々と事情ありまくりなこと確実な転入生が二人も入ってきて、気にするなというのが無理な話。一時教室が静かになってもまた生徒たちの視線が教卓から外れ、ざわめくことこそないものの目線が交わされ、マドカに向かって視線が集う。

 

 ……そのうちマドカが爆発しないか、割と真剣に心配だ。

 

 

「……では、授業はこれまで。クラス代表、号令」

「きっ、起立! 礼!」

「ありがとうございましたー!」

 

 1限目から色んな人の色んな耐久力を削る授業がようやく終わる。千冬さんはこれから先のことに敢えて不干渉を貫くためなのか、今後の面倒を思い教室の隅で体育座りでめそめそしていた山田先生を引きずってさっさと教室を後にし、扉を閉じる。

 

 それから一拍の間。

 本当に千冬さんが行ったかを確認する妙に重い静寂の後。

 

「おいマドカ! お前どうしてうわあああっ!?」

「織斑さんっ、お話しよう! もしくはOHANASHIを!」

「貴様は何者だ!」

「織斑先生にすごく似てない!? というか名前があからさまに姉妹なのだ!」

 

 さっそくマドカの席へと、好奇心が雪崩を打って殺到した。ちなみに最初の悲鳴は一夏。いの一番で突っ込んでいったはいいが、直後に後ろから殺到する女子に押しつぶされたことによる。

 今もふぎゅふぎゅと押しつぶされ、時々目ざとい女子に胸を押しつけられて耳まで赤くなっているのだが、そのうちあいつ死ぬのじゃなかろうか。

 

「……というわけで、一体どういうことなんだ、オータム」

「まさか真っ先に話しかけてくるのがお前とはな、強羅の」

「神上真宏ってーんだ。よろしく」

「……ふんっ」

 

 ああいう渦中からは早々に離れるのが得策。一夏やマドカともそれなりに近いところに席のある俺は、難を逃れつつ実のところ彼女らとなんら変わらぬレベルで抱いている好奇心を満たすため、教室の後ろ窓際、オータムの席までやってきた。

 ちなみにお近づきの印で仲良くなろうと差し出した手は軽く無視された。ちょっと寂しい。

 

「私だってわからねえよ。今朝になって急にスコールからこっ……この制服渡されて……ここに来るようにって……っ」

「あ、あー……ああ」

「憐れむんじゃねええ!?」

 

 オータム。

 彼女はかつてファントム・タスクのIS操縦者であり、アメリカ製第二世代機アラクネを駆り文化祭にまぎれてIS学園へ侵入し、一夏から白式の奪取を試みた工作員。その際日本のIS関連企業の社員、巻上礼子と身分を偽っていたわけなのだが……それが通じるくらいには成熟した容姿をしているわけで、ぶっちゃけて言うと回りにほぼ女子高生しかいないなかで同じ制服を着ていると、コスプレにしか見えない。本当にもう……無茶しやがって。

 その事実を誰よりオータム自身が自覚しているということは、眼の端にきらりと光る涙の輝きが証明していた。

 

 

 だが、どういうことだろう。

 オータムとマドカがここにいるし今の口ぶりからするにスコールもまたしれっとIS学園関係者として紛れ込んでいるのだろうことはまず間違いない。だがそうだとしても、オータムのこの配置はどんな意味があるのか。

 

「しかし何も生徒にしなくたっていいだろうに。実戦経験なんて目も当てられないくらい豊富だろうから、教師に回した方が適材適所だと思うんだがなあ……」

「てきざい? ……なんだそれ、美味いのか?」

「……!?」

 

 スコール、あるいはさらに千冬さんの不可解な選択に首を傾げていた俺であるが、なんか雷に打たれたかのような直感が降ってきた。

 それはマドカを巡る狂乱から距離を取り、ちょっとこっちの様子を気にしていた耳聡い一部の生徒達も同様だったようだ。

 ちなみにマドカの方はあいも変わらず机に身を乗り出した生徒達が折り重なって壁を作るというホラーな状況が進行中であり、助けを求めて人壁の下からよろよろ伸ばされた一夏の手が、恐慌状態に陥ったマドカに思いっきり噛みつかれていた。あの子やっぱり噛み癖あるのか。

 

 

 ともあれ。そんな一団からは可能な限り距離をとりつつササッと自分の机にある物を取りに行った俺。突然の行動にきょとんとしていたオータムの元へと舞い戻り、ぱらりとめくったのは教科書の一冊。IS関連科目の一たる、理論の基礎。

 

「オータムさん、問題です。ISが主に空を飛ぶために使っている機能、PIC。これは一体何の略でしょう」

「あん、PICだ?」

 

 このレベルの問題ではちょっとしたクイズにしかならないような気がしてくるが、敢えて俺は問うた。

 そしてオータムは一度眼を丸くして、目を細めて、眉根を寄せて、指先でこめかみのあたりを押えて唸りを上げて。

 

「う~、ん……。! わかった、『パペティアー! アイスエイジ! サイクロン!』!!」

 

「……」

「…………」

「……あれ、なんだよこの空気!?」

 

 一体誰がガイアメモリの名前を挙げろと言ったのか。

 IS関係者であれば常識と言っても差しさわりないであろう用語に対するこの理解力。彼女がファントム・タスク関係者であろうということはIS学園生の理解力をもってすれば言われずとも想像の及ぶところであり、なれば自分たちとは異なる道筋によってISに関わってきたのだろうとも思う。

 だがこの状況で自信満々にこの回答を披露してドヤ顔を見せてくれた彼女に対して向けられる生温かい目にこもる感想は、一つ。

 

(――ああ、この子バカなんだ……)

 

「だからなんで憐れみの目で見るんだよおおっ!?」

 

 いずれにせよ、オータムがクラスに馴染み始めた瞬間なのであった。

 

 

 そんなこともあったりなかったりであるが、授業の合間の休み時間は短いもの。すぐに質問タイムは過ぎ去って、次なる授業が始まった。

 今度はさっきまでほど浮ついた空気はないもののそれでもまだマドカや、実はやたらと親しみやすいことが判明したオータムに対しても聞きたいことが山とできたか、結局クラスの空気は落ち着かない。

 マドカは次の休み時間に待ち構えている更なる苦難を思ってびくびく震え、オータムはよくよく見ると授業にまともに付いていけていないのか必死に教科書をめくっており、なんだか慈愛の眼差しを向けられている。

 

 授業の内容がどれほど生徒の頭に入っていたか。そのことを思えばこの授業を受け持った先生の頭も痛くなることだろうが、さすがにそのあたりは事情を把握しているのだろう。授業時間終了のチャイムと共に小さくため息をついて、先生はそそくさと教室を出ていった。

 

 そして。

 

「さあ織斑さん今度こそ……ってさっそく逃げたー!?」

「だめよマドカちゃん! スカートのプリーツは乱さないように、白いセーラーカラーは翻らせないように、ゆっくりと歩くのがここでのたしなみよ!」

「いつの間にそんな優雅な校風が育った。あとセーラーカラー付いてないだろここの制服」

「あら、わたくしはいつもそう気をつけて歩いているつもりでしてよ?」

「私とて、無作法は働かんぞ」

「ラウラ、タイが曲がってるよ」

「む、すまんなシャルロット」

「言っとくけど、ラウラって本当にネクタイだからその光景夫婦にしか見えんぞ」

 

 教師が出るが早いか、クラスメートが集結するよりも早く席を立ったマドカがばびゅんっと教室を飛び出していく。割と短めのスカートがひらりひらりと舞うのもなんのその、一瞬で姿が見えなくなるその様はさすが千冬さんの妹という暗黙の理解をより一層深めるものであった。

 

「まずいっ、見失う! 真宏、追うぞ!」

「え、俺も!?」

 

 そしてそんなマドカを見過ごせないのが一夏である。さすがに休み時間のうちに当てもなく校舎を探す気はないらしい他の生徒と違って一夏は俺の腕を引っ掴み、マドカを追いかけて飛び出していく。

 

「オータムさ~ん、さっきの授業大丈夫~? わからないところがあったら教えてあげるよ~」

「マジかっ!? すまん、ここなんだが……」

「あ、そこね~。これは私達も最近習ったばかりだから大丈夫、すぐ追いつけるよ~」

 

 一方、教室内ではさっきのやり取りでさっそくオータムへの警戒を失くしたらしいのほほんさんが、授業についていけてないっぽい彼女をフォローしに行っていた。のほほんさんの癒し系オーラはさしものオータムをしてすら脅威を感じるに値しなかったか、既に普通に話してるし。

 ……うん、これならあとはマドカをなんとかすればよさそうだ。

 

 

「泣く子はいねがぁ。もしくはクラスメートに追い詰められてついうっかり兄の指二本くらい齧り取りかねない勢いで噛みついちゃう子はいねがぁ」

「やめてくれ真宏、さっきの割と本気でそのくらい痛かったから」

 

 一夏と二人、さして長くもない休み時間であるというのに廊下を練り歩いて過ごしている。その目的は、教室をスタコラサッサと飛び出していったマドカを捕まえること。さっきの休み時間中はクラスのみんなもいたお陰でロクに話もできなかったが、一夏はしぶとく今もマドカと何とか話をしようとしているらしかった。

 

「当たり前だろ。話さなきゃ何にもわからない。俺はあいつのことをわかってやらなきゃ……いや、わかってやりたいんだ」

「お前なら言うと思ったよ。……普段の箒達に対する態度見るに、望み薄だろうけど」

「ん、何か言ったか?」

「まずは話を聞くために耳を鍛えろと、な」

 

 ……その態度自体は極めて正しいものだと思うのだが、一夏の場合重要なことを聞き逃したり逆に変なことを言ったりして極めてややこしくするのではないかという危惧が絶えないのが困ったものだ。

 

 

「……ふぅ」

 

「ん、保健室から誰か出て来たぞ」

「……待て一夏、気になるところはそれだけか。なんで保健室から出てきた生徒があんな夢見心地の賢者タイムな顔してるんだよ」

 

 とかなんとか言いつつ偶然通りがかったのはここ、保健室前。

 一夏あたりは結構イベント事≒襲撃事件の度にお世話になっているが、やたらと体が頑丈な俺はあんまり入ったことがないそんな部屋。

 だがなぜか今はその部屋から、一人の女子生徒がふらりと姿を現した。

 それだけならばおかしいことなど何もないのだが、その生徒の顔を見てもなおそうと思うことは難しい。忘我の境地にあるトロンと潤んだ目、胸の高鳴りが汲みあげた熱い血が赤らめる頬、そしてなんか保健室の中で何があったのか想像する気をなくさせるそこはかとなく着乱れた制服。

 そして、極めつけに。

 

「それじゃあ、また。……お姉さま」

 

 開いた扉の向こうにそう言って頭を下げて、ふらりふらりと去っていったのだった。

 

「……なあ一夏、とりあえずとっととマドカ探しに行かないか」

「奇遇だな真宏、俺も今そう思った」

「そんなこと言わないで、入ってらっしゃい」

 

 この光景を見てなお保健室の様子を探るのは、いい男が出没するという噂の公園でトイレを覗くようなもの。俺と一夏はスピードワゴンのようにクールに去ろうとした……のだが、ばっちりと俺達二人の気配を察していたらしい部屋の主に呼び止められてしまった。

 なんか聞き覚えのある声だし、多分ここで無視するのは色んな意味で得策ではない。顔を見合わせた俺達は、一つため息をついて保健室へと恐る恐る入っていくことにした。

 

 すると、そこには。

 

「ようこそ、健康な男子生徒諸君。今日からこの学園の保健医をやることになった、スコール・ミューゼルよ。よろしく」

 

 保健室備え付けの安椅子にタイトスカートに包まれた足を組んで腰かけ、長い白衣の裾を垂らし、不必要に胸元の開いた服を着た色気たっぷりの金髪美人、スコールさんがいたのでしたとさ。

 

「言っとくけど保健医って言葉はただの通称ですからね」

「らしいわね。でもこっちの方が……エロいでしょう?」

「……真宏、朝から色々あって今滅茶苦茶頭が痛いんだが」

「なんならベッドで休んでいくか? だが無事で済む保証はないぞ、貞操とか」

「おっとなんか急に元気が出てきたなあ!?」

 

 頭痛を耐えるように頭をおさえた一夏を見るなり眼をギラリと光らせてカモーンカモーンと両手を広げているスコールは、本当にあの日セントエルモにてIS学園の専用機持ち複数を相手に圧倒したヴァルキリーの一人なのだろうか。

 こうして見ていると、いたずら好きのお姉さんにしか見えないのだが。

 

「二人でこの時間にわざわざ……ということは、マドカあたりを探しているのかしら。生憎だけど、こっちには来てないわよ」

「さようで」

「……いや待て真宏、ちょっと忘れてたけど俺達はなんでこいつと普通に会話してるんだ。こいつファントム・タスクだったんだぞ!? それに明らかに今回のマドカ達の一件も知ってるし!」

 

 一夏の言うことがよほど楽しいのか、あるいは性格が悪いのか。スコールはニコニコと笑顔の鉄面皮で一夏を見ている。その腹の底にこもる感情は聖か邪か。

 

「まあその辺はどうでもいいんだよ敵じゃないなら。……というか、マドカやらオータムさんやらの件、スコール先生の差し金でしょう」

「さっそく先生と呼んでもらえるとは、嬉しいわあ……じゅるり。……そしてマドカ達の件は、そうよ。織斑先生に便宜を計ってもらったわ」

「つまり、社会人に変装できる人を高校1年生として叩きこんだのもあんたですか」

「それも私よ」

 

 堂々と胸を張って無駄に自慢げに言うスコール。確かに自慢できるくらいの胸なのはわかるが、少しは慎め。そしてやはりあんたの仕業か。

 

「マドカはもちろんぴったりの年頃だし……オータムもあの年まで学校という物に通ったことがない子だから。この機会に、少しでも平和な日常を味わってほしかったのよ……」

「スコール……」

 

 聞けばオータムは、スコールがファントム・タスクに所属してから見出したIS操縦者であり、二人が出会うまではストリートギャング崩れというのがふさわしい野良犬のような暮らしをしていたらしい。親から与えられた名すらも知らず、自分が付けたオータムというコードネームをこそ本当の名前と心に刻み、生きてきたのがオータムという女性。

 かつてのどん底から逃げ出すことを望んだ彼女に手を差し伸べ、生きのびる糧と力を与えはしたが、平和と日常だけは与えられる環境になかったのだという。

 敗北を経て、降ってわいたこの好機。オータムのためにも、逃す手はない。

 

 らしいのだが。

 

「本音は?」

「育ちのせいもあって、あの子バカだから。少しはお勉強しておかないと将来心配でしょう?」

「ドストレートにひどいっ!?」

 

 先ほどからの印象通り、この人結構ヒドイらしい。

 ちなみに文化祭の時日本のIS企業の社員に変装して潜入した時は、スコールが付き合って必死にセリフと設定を覚えたのだという。なんだその微笑ましい裏エピソードは。

 

 

「うふふ、まあいいじゃない。私はもうあなた達の敵じゃあないんだし。信じられないかもしれないけど、存外それが事実よ?」

「そりゃよかった。スコール先生はもう一回戦うなら今度はフル装備で挑みたい人だし」

「あら、光栄ね。逃げない姿勢も褒めてあげたいし、仮にもヴァルキリーの称号を得た私に絶対勝つと言わんばかりの暑苦しい目もポイント高いわ。ちょっとこっち来てみない?」

 

 まあなんにせよ、今は彼女の言葉を信じるにしよう。

 こうしてここにいるということは千冬さんにも話が通っているということで、仮にも二心があるのであれば今頃雪片で三枚に下ろされてるだろうし。

 ……ただ、割と真剣な目でふんすふんす鼻息荒くしながらここに座れとばかりにベッドをぽんぽんするあたり、別の意味で全く信頼できないが。

 

「いや……スコール、だよな。真宏はそうやって誘惑しても無駄だぞ、簪さんがいるから。あとさっき明らかにここ出てきた女の子になんかしてただろあんた」

「それは大丈夫よ。……私、男の子も女の子もいけるから」

 

 ……信頼できないどころか、虎の巣に入ってしまったような気がしてきた!

 

「……」

「…………」

 

 じり、じりっ。

 なんとか距離を取ろうとする俺達と、いつの間にやら自然な動作で立ちあがっているスコールが対峙する。ただ立っているだけなのにその所作に隙はなく、殺気にあてられた者が自分の死ぬ姿を幻視するがごとく、色気にあてられた俺達はここから逃げ出そうと扉に手をかけた瞬間ズボン脱がされているんじゃないかという恐ろしい想像が脳裏をよぎる。

 いったいなんだこの意味のわからんプレッシャー。この人こんなキャラだったっけ!?

 

 さて、俺達がしびれを切らして動くのが先か、それともスコールがヴァルキリー自慢の技を無駄に駆使して間合いを詰めてくるのが先か。

 たらりと額を垂れる冷や汗の不快感を無視しつつ、何で学校の保健室でこんな絶望的な戦いを挑まにゃならんのだと二人して世界を恨んだ、その時。

 

「スッ、スコールっ! いま『お姉さま……すごい』とか夢遊病みたいに呟きながら歩いてる女がいたぞ! あ、あれはどういうことだ!? ……って、何してるんだお前ら」

 

 救いの神、オータムが現れた!

 

「あらオータム。制服姿、似合ってるわよ」

「そ、そうか? 実は私もちょっと気に入って……じゃねえ! さっきの女、説明してもらうぞ!」

 

 わあ、修羅場降臨。

 おそらくのほほんさん達に勉強を見てもらっている最中ふと我に帰り、酒も飲める歳をして女子高生に囲まれて自分も同じ格好しているという状況に気付き、スコールに泣きつきたくなるくらい気が動転したのだろう。

 ここにスコールがいることは知っていたのかどうか。いずれにせよこうしてやってきて、途中でスコールにナニカサレタらしき女子とすれ違ったと。大体わかった。

 

 激しく詰め寄る様はまさしく修羅場。しかしながらスコールは穏やかにオータムをいなし、そこはかとなく目尻が垂れてエロオヤジのような目でオータムの体を上から下まで舐めまわすように見ているあたりからして、オータム(推定20歳以上)を高校1年生としてぶちこんだのは先に述べた頭の出来という理由の他に、単にコスプレじみた格好させたかったという欲望があったことがありありとうかがえる。俺がグリードだったらちゃりちゃりセルメダルが溜まる音が聞こえていたに違いない。

 

「ごめんなさい、オータム。……私も寂しかったの。でもあなたが来てくれて嬉しいわ」

「そ、そうか……? わ、私だって……」

「うふふ、言わなくてもわかるわ。さ、こっちへいらっしゃい」

 

「……」

「……」

 

 ちょろい。

 今俺と一夏の心が一つになった。

 

 そそくさとカーテンで仕切られたベッドに促されるオータムと、鼻血でも垂らしそうな顔で手を引くスコール。これが悪の総本山とすら思えた巨大戦艦セントエルモにて、俺達の前に立ちはだかった悪のIS操縦者のなれの果てだなどとは間違っても思いたくない。

 

「……帰るか、一夏」

「だな。……ごゆっくり」

 

 からから、ぴしゃり。

 戸を閉めた途端に中の気配が窺えなくなる防音性の高いIS学園保健室。金が唸っているのかはたまた「こういう事態」が想定されていたのか。

 ……うん、この謎はIS学園七不思議として厳重に封印しよう。

 

 振り返ることすら恐ろしく、俺と一夏は次の授業に間に合うよう、もうすぐ休み時間が終わるIS学園の廊下を突っ走ったのだった。

 

 

◇◆◇

 

 

 そして、みんな大好き放課後。

 寮でダレるも部活や自主練にふけるも自由な、学生が学生たるために必須なこの時間。俺達専用機持ちは部活やら代表候補生の仕事やらがない限り大抵適当につるんで自主練の類をしているのだが、今日は少々様子が異なる。

 

「良く来たわね、マドカさん、オータムさん! ここが第二アリーナよ!」

「そして、あなた達にはここで我らが1年1組の生徒にふさわしいかどうかを試す、伝統の試練を受けてもらうわ!」

 

 学内見学がてら連れてこられたマドカとオータムの目の前で客席にずらりと居並ぶクラスメートたちが、揃って腕組み仁王立ちで待ち構えていた。

 

「なっ、なんだと!?」

「試練? ……それは奴らの中の一部が三度笠に外套姿なことと関係があるのか」

「ただのギャグだ、流してやれ」

 

 一部おかしな格好してるのもいるが、基本的にいつものメンバーがいつものごとく何ぞ企んでいる時の顔を雁首そろえて並べている。無論、こんな伝統があるなんて聞いたこともないし、転入組であるシャルロットとラウラは身に覚えがない。

 これまで二人を複雑な顔で学園内を案内してきたヒロインズと簪も呆然としている。……本当に、何してるんだろうねこの子ら。

 

「やることは簡単、この場でISの模擬戦を行い、私たちに実力を示してもらうだけよ。……そう、我らが刺客、神上くんと織斑くんと戦って!」

『というわけだ、騙して悪いが仕事なんでな』

「真宏があっさり寝返ったー!?」

『仕事なんでな』

「二回言った!? でも嘘だ! お前は絶対『こりゃ面白そうだ』とか思っただけだろうっ! いつの間にか変身してるから顔は見えないけど、絶対ニヤニヤしてるだろ!」

「いいわね。IS学園生徒会長の名において、許可します」

「楯無さんまで乗ったー!?」

 

 ちなみにここまで一連のコント、打ち合わせ一切なしのぶっつけ本番総アドリブである。既にして1年近くを共に過ごしてきている仲間達だ、このくらいはできて当然だろう。

 

「ちょっと待て! マドカはともかく、私は手元にISないぞ!? ……あの一件で、またコアが不調になってIS学園に没収されたからな」

 

 しかしながら、こんな問題もあったりする。

 オータムのIS、アラクネは文化祭で一夏と会長に喧嘩を売ってから不遇続きだ。そのときは機体の大破と引き換えにコアを持ち出し、セントエルモの火器管制に使うことで一時的にあの船の中でのみISとして使うこともできるようになっていたが、セントエルモも物理的に失われた今再びまともに使う手はない。

 どうせ元々アメリカから奪った物でもあるということでコアと機体のパーツは回収され、今はオータムの手元から離れてしまっている。

 

 ついでにマドカのほうだが、こっちはサイレント・ゼフィルス・スフィンギッドを専用機として拝領している。昼休みの時専用機持ち一同が集められて千冬さんからちらっと聞いたのだが、なんでも今のマドカの身分はイギリスの代表候補生、らしい。

 イギリス本国でどのような議論が為されたのかは知るよしもないが、マドカからサイレント・ゼフィルスを取り上げてコアを初期化してセカンド・シフトを果たした第三世代機の貴重なデータを全てお釈迦にすることよりも、元ファントム・タスクにして織斑千冬の関係者であるマドカを、すごーく微妙な待遇ながら取り込むことを選んだらしい。

 一応本名そのままで登録するのはまずいということで、対イギリス向けには「黒川エレン」と名乗っているらしいけど。……先日千冬さんになんか適当な偽名考えろと言われて俺が挙げた名前そのまんまな気もするけど、気にするだけ無駄だろう。

 

 

 ともあれ今は戦うべき状況にあるオータムのISがないことの方が問題だ。

 俺はハナからその気だし、実は結構ノリがいいのかマドカもオータムもやる気だということがわかり、一夏もそんな二人を見て諦めて右手で待機状態の白式をさすっている。

 

 さて、あとはオータムのISがなんとか工面できればすぐにも戦えるわけなのだが……。

 

 

「こんなこともあろうかとっ、です!」

 

 そこは、我らが救いの神がなんとかしてくれるらしかった。

 

「ゲェッ! ワカ!? 何しに来やがった!」

「どうもどうも~、オータムさん。あなたのIS、アラクネの修理が終わったんで届けに来ましたよー」

「修、理……?」

 

 いつの間にやらアリーナの客席の高いところに現れて一身に注目を集めたのは、こういうときに役に立つこと神のごとしなグレネーダー、ワカちゃんであった。キャーワカちゃーん、待ってたよー、と生徒達から上がる黄色い声援に手を振り返すあたり、この前のクリスマスパーティーの一日で完璧に馴染んでいるらしかった。

 そしてひょいひょいと俺達の方へ飛ぶように降りてくるなりニコニコとオータムに告げたのは、アラクネを蔵王で修理していたいう事実。

 ……ちなみに、アラクネが修理にかこつけて魔改造の一つもされていない可能性は、限りなくゼロに近い。オータム自身そのことが分かっているのだろう。差し出された待機状態のアラクネらしいリストバンド状のデバイスを見る目は、自分の愛機に向けるものとはとても言えない、胡散臭い物を見る目になっていた。

 

「なあ、アラクネの待機形態変わってないか? 前はこんな、変なクモに噛まれた学生が作ったクモ糸発射装置みたいな形じゃなかったと思うんだが……」

「あ、一応糸出せますよ。さすがに摩天楼の間をストリングアクションするのはキツイでしょうけど」

 

「さあ、これで準備は整ったわね。……それでは各々がた、ピットに入りなされい!」

「……なぜああも時代がかった口調なんだ」

「というか、私達完全に置いてきぼりよね」

 

 箒達の表情が煤けるのもなんのその。いつのまにやら客席について観戦モードになっていたクラスメイトと、さらにどこからともなく集まってきたその他クラス学年の生徒達に見守られつつ、俺達はそれぞれのピットへ引っ込んでいったのでありましたとさ。

 

 

『……で、タッグマッチだからカタパルトを使ってもしょうがないんでさっそく揃って出てきたわけだが……何、その機体』

「私が聞きてえよ!」

 

 アリーナ中央にて10mほどの距離を置いて対峙する俺達白式・雪羅と強羅・白鐡に、サイレント・ゼフィルス・スフィンギッドともう一機。

 アメリカ製の第二世代機にして、クローやマシンガンを備えた八本のサブアームが特徴の機体アラクネは……。

 

――キシャ―!

――シャギャー!

 

 なんか、8本のサブアームの先端全てに龍の頭みたいなパーツがくっついていた。

 

――キュイィィっ!

『張り合うな、白鐡』

 

 さっそくそれぞれの頭が何故か無駄にこっちを威嚇し、驚いた白鐡も同じく威嚇し返している。なんだこの怪獣小決戦。超可愛いんだけど。

 

「ご説明しましょう! あれこそ蔵王のISコア宥めすかし技術によって装甲やなんかを再び搭載し、ついでに改造を施したIS、<アラクネ・オロチ>ですっ!」

 

 そして俺達の耳には、客席の一番前でドヤ顔で説明しているワカちゃんの声が飛び込んでくる。……まあ、そうだと思ったよ。

 蔵王の技術力と人様のISを勝手に魔改造しでかす根性に称賛の声があがり、自分の味方は一人もいない現状を認識してorz状態になるオータムが哀れだった。

 

 

「……神上、一体どういうことだ」

『俺のことは真宏でいいぞ。……あと質問の意味がわかりかねるね?』

 

 なんかもう、今日は色々ありすぎたせいかすでに燃え尽きた表情をしだしたオータムに対し、マドカは活力十分。だがそんな彼女も腑に落ちないところがあるらしく、つつっとこちらへよって来た。

 

「なぜこうも無駄に大々的なことを起こす。私は……」

『マドカは、俺達のクラスメートだ。でもまだ少し馴染めてないからその緊張をほぐそうっていうみんなの気遣いと、それに便乗したバカが二人いただけさ』

「……そうか」

 

 ふ、と笑うマドカ。

 常日頃凛々しい顔に厳しい表情を浮かべているマドカの緊張がわずかなりと緩んだ気がした。それは千冬さんがたまに見せる優しい笑顔ととてもよく似ているのだから、この表情をみんなに向けることができればわだかまりなんてすぐにも消えてなくなるだろう。

 マドカが元々どんな人間だったのかなんて、この学園では関係ない。俺達の仲間がより一層らしくなれるための通過儀礼。楽しく派手にいこうじゃないか。

 

『まあそういうわけだ。手は抜かないから、思いっきりやろう。……ぶっちゃけ1日語り合うよりも、1度拳を交えた方がわかり合うのに手っ取り早いからなっ』

「えぇい、暑苦しいっ! ……というか強羅のデュアルアイから火が出てないか!?」

 

 しかしそれは結局理屈の話。

 なんだかんだとこれまでそれなりに長い間因縁があったにも関わらず、一度としてまともに戦う機会の無かったマドカのサイレント・ゼフィルスとオータムのアラクネ。しかもどちらの機体もパワーアップしているとなれば、男の子として戦ってみずにはいられない。

 それはもう、燃えに燃えるというものじゃないか。

 

 

「それじゃあ、始めるとするか」

「くそう……くそう……っ! このやり場のない怒り、全部お前達にぶつけてやる!」

『よッしゃあ、全力でかかってこい!』

「このノリに既に慣れつつある私は一体……」

 

「織斑くんがんばってー!」

「オータムさんくじけないでー!」

「真宏、ふぁいとっ」

「マドカさん私を罵ってー!」

 

 各人各様、温度差様々。

 しかしアリーナを取り巻く観客の熱気はとどまるところを知らず、自然と俺達の集中力も高まっていく。

 こちらは二機ともセカンド・シフトを果たしているが、相手もまたセカンド・シフトした機体と蔵王の技術の粋を凝らした魔改造を受けた機体。何しでかすかわからないという点では強羅にも負けず、油断はできない。

 そんな、紛れもない真剣勝負が今。

 

「それでは……始めてくださいっ!」

 

 いつの間にやら仕切っていたワカちゃんの声で開始され、4機のISがそれぞれの最大速度で踏み込んで、激突した。

 

 

◇◆◇

 

 

「行くぞ!」

『先手必勝ってな!!』

 

 容赦は無用、油断は敗北必至。

 IS学園においては新参であるマドカとオータムであるが、IS操縦歴で見れば確実にこちらの方が負けており、しかも白式と強羅という極端に過ぎる機体の俺達。総合的な戦力で見れば勝っているとはお世辞にも言えず、ゆえにこそなりふり構わず先手を取った。

 

 全機正面から突撃している最中に一夏が素早くイグニッション・ブーストを起動して切り込み、零落白夜の一刀にて即座に決着をつける構えだ。

 最近箒や千冬さんとの訓練の成果が身につき始めたか、踏み込みの深さと速さは入学時とは段違い。最強の斬撃ただそれのみを頼りとする一夏のスタイルはますます磨きがかかっている。

 俺はそんな一夏を援護するためまずは手始めにマシンガンを片手に展開し、とりあえずぶっ放す。強羅の戦いに様子見など不要。とにかく撃って撃って撃ちまくり、当たれば幸い当たらなければもっと撃つ。たまに近くに来たら殴る、それだけだ。

 

 しかしながら、そこは割と目立つ白式と強羅の宿命。元々単純な戦法であることもあって一瞬で見抜かれ、少なくとも表面上は仲が良いわけでもないオータムとマドカはすぐさま連携。マドカが減速して後衛に、オータムがそのまま一夏に向かって突っ込んで前衛となった。

 

「おぉおっ!」

「狙い撃つぞ……!」

 

 一夏の剣に迷いはない。目の前にいるのが敵ならば誰であろうと一刀両断。単純明快なその意思は太刀筋にも表れて銀光が風切り音に変わって振り抜かれるのが常のこと。

 

 だが今は、ガギ、と不協和音によって遮られた。

 刃を止めたのはアラクネ・オロチのサブアーム。その先端に新たに据え付けられたドラゴンヘッドの牙が食らいついて止めていたせいだ。

 

 八つ首のうち4本が雪片弐型の刀身に食らいつき、全力で受けとめている。

 突進の勢いを殺されるとともに真正面から止められたことに驚愕する一夏と、そもそも本気で止められるとは思っていなかったことでそれ以上に驚くオータムの二人の思考がしばし停止する。

 

 そしてこの隙を逃すようなマドカではない。ライフルとビット双方からオータムの背中越しに狙いを定めてレーザーを照射。本来ならば味方もろともに一夏を貫いたであろうその光、しかしイギリス本国の目に留まるほどにフレキシブルを修めたマドカからすれば遮蔽物の有無など関係がない。

 アラクネ・オロチの機体とサブアームの全てを避け、万が一にも逃げられぬよう複雑怪奇な軌跡を残して白式の装甲がない部分を正確に狙い撃つ。

 

『どぅりゃあっ!』

「うおわーっ!?」

 

 だがそれも、白式のあとから追いついたんだか止まれなかったんだか傍から見てる限りではわからないであろう勢いで突っ込んでいった俺によって失敗させられる。白式とアラクネはまとめて蹴り飛ばされ、一夏を狙っていたレーザーはその全てが強羅に着弾した。

 

 

『……相変わらず熱いレーザーだ。燃えるね』

「そちらこそ、いつもいつも無茶苦茶なことを……!」

「鬱陶しいんだよ、強羅!」

 

 一応、腕やら足やらでガードする防御姿勢は取った。だがそれでもさすがに骨身に染みる熱量で、すぐさま一夏を振り払って追撃に来たオータムの相手もあるとなるとさすがにキツイ。

 どさくさまぎれに一夏がマドカに接近することに成功したためそっちから余計な手だしをされる心配はあまりないが、それでも目の前でサブアームを全開に広げ、その一つ一つについた龍の顔が威嚇してくるオータムが強敵でないはずがない。

 

『上等だ……来い!』

 

 相容れない悪の手先だったはずの相手と、今はこうして実力を確かめるための真剣勝負。その状況に弾む心を押えるなんて、無理な話だろう。

 

 

◇◆◇

 

 

「……楽しそうですわねー」

「本当にな。真宏はどうせああなるだろうと思っていたが……マドカも一夏の血縁、ということか」

「その点オータムは哀れね。無駄にテンション上げてる真宏についていけてないし」

「ああなってしまえば、むしろ勢いを合わせて必殺技名の一つも叫べばいいのだと最近知ったぞ」

「ラウラも変わったよねえ」

 

「……さすが、みんな真宏くんのことよく理解してるのねー」

「うん。真宏も楽しそうだし、よかった」

 

 ビットからのレーザーが空を割き、それらを打ち消す零落白夜の剣閃。

 八頭龍が強羅の鎧に噛みつき吐き出す弾丸の雨に晒し、ソードモードになった白鐡がそれらをまとめて薙ぎ払わんと大きく振るわれる。

 

 アリーナで繰り広げる戦いは観客となった生徒達を魅了し、大きな歓声の渦中にあった。

 

 

「やっさいもっさい!」

「全部狙い撃ってるんだな、わかった!」

 

 それも当然のこと、口々に叫ぶセリフさえ無視すれば繰り広げられる戦闘自体は見事なモノなのだから。

 一夏の白式の機動力がIS学園随一なのは言うに及ばず、それに対して虚実入り混ぜた機動でアリーナ外周を巡るように動きながら引き打ちをしつづけるマドカの技量は、そこそこ眼が鍛えられた生徒達にも感じ取れるほど卓越している。

 ブルー・ティアーズのものとは少々色合いの異なるレーザーが時にまっすぐ、時にねじ曲がって白式を狙い撃ち、一夏はその全てを切り捨てる。

 サイレント・ゼフィルスの通った後には、高威力レーザーの発振に伴ってレーザーを増幅する結晶体が剥離して発生した微小結晶片が尾を引き、二機が美しくも激しい攻防を繰り広げ。

 

「デスファイヤー!!」

『それ超兵器ヘッドだったのか!? うおーあっちいいっ!?』

 

 一方の強羅VSアラクネは曲芸大会の様相を呈している。

 もとより搦め手など使えるはずもない強羅に対するアラクネは8本のサブアーム……いやアラクネ・オロチとなった今はサブヘッドと呼ぶべきだろう、それらを自在に操る変幻自在のISだ。当初こそ新たな愛機の武装をおっかなびっくり試しつつであったが、色々と慣れた今となってはむしろ縦横にその力を駆使している。

 

「はい、今使ったのがサブヘッドのうち4本に装備されている高熱火炎放射砲、デスファイヤーです。残りの頭は2本がマシンガン、2本がミサイルを吐くことができます。もちろんそれぞれ噛みつきも使えますし……腕が一杯ついてたから、色々搭載しちゃいました☆」

 

 観戦に華を添えるのは、待ってましたとばかりに機体解説を買って出たワカの説明。さりげなく蔵王重工製装備のプレゼンと化している。ただでさえほぼ大破状態のISを短期間でこうまで復元し、さらに色々と武装も追加して見せた技術力。さすが蔵王は変態だとより一層生徒達の心に刻みつけ、将来絶対蔵王に入社しようと一部生徒の心に誓わせた。変態はこのようにして増殖していくのである。

 

 この模擬戦を見て、箒達は思う。

 あの四人の、なんと楽しそうなことか、と。

 

 一夏は顔と言わず手足と言わず、レーザーがかすめる度に獣が牙を剥くように笑う。

 マドカはそんな一夏の隙を逃さぬため、バイザーを外してその視線を真っ向から受け止める。

 真宏はさっきから無駄に大声を張り上げて強羅の装甲強度を誇示し、炎には炎とばかりにいつの間にやら展開した火炎放射機で『汚物は消毒だー!』と叫び真正面から対抗している。

 オータムはそんな周囲について行けず半ば涙目になりつつも、強羅の無茶苦茶さにこうまで対抗しうることに尊敬の視線を集めつつある。

 

 声援の大きさは高まるばかりで、それぞれの健闘をたたえる声は等しく4分されて聞こえる。誰もが誰もを応援し、仲間と認めている。

 IS学園への入学を許されるほどの生徒達であれば、彼女らがファントム・タスク関係者であることはとうに知るところで、それでもなお受け入れているのだ。そのための手段が明らかに真宏あたりに毒されている物ではあるのだが。

 

「くっ、零落白夜が効かなくなってきた……ジュエル・スケールか!」

「その通り、撃てば撃つほどエネルギー拡散粒子が周囲に充満し、相手のエネルギー武装を封じるとともにこちらのレーザーを自在に反射・屈折することが可能になり……しかも、脳波コントロールできる!」

「なんとおおおーーーっ!」

 

「くっそ、頑丈すぎる……! こうなったら一気に勝負をつけてやる! ソードビッカー!」

『おい待てエエェェ! 俺を秒殺する気か!? ……仕方ない、そっちがその気ならこっちにも考えがある! ソロモンよ、私は帰ってきたーーーーっ!!』

 

 そして、戦いは加速する。

 アリーナ内の空気をキラキラと光輝かせるジュエルスケールの中で、高らかに宇宙世紀な叫びを上げる一夏とマドカ。

 その片隅でエネルギー兵器なんぞ関係あるかとばかりに実体弾の応酬を繰り返し、終いには双方色んな意味でヤバい武装を使おうと、右足から剣を出すアラクネと、いつの間にやら展開していた巨大な盾から取り出したバズーカを肩に接続する強羅。

 やんややんやの喝采は際限なく盛り上がり、オータムと真宏が持ち出しやがったものに悲鳴が響く。既にして今日転入したばかりのマドカ達と一夏達を区別する気もあるかどうか。

 

 

 この戦い、真剣勝負。

 それを見せてくれたマドカ達は、既に紛れもなく1年1組の、IS学園の仲間となっていた。

 

 

◇◆◇

 

 

「オータム、頑張ってるわね。やけっぱちになってるあの子も可愛いわ」

「……そのせいで際限なくとんでもないことになっているがな」

 

 IS学園のアリーナの様子は常に管制室で監視することが可能であり、そこは外の喧噪と無縁の防音設備が整っている。それはすなわち外部から中の様子を探られることもないということで、またぞろ1年1組の生徒が始めたロクでもないことを監視する意味でも、こうして密談を交わす意味でもスコールと千冬にとって、渡りに船といえる場所だった。

 

 画面に映し出されるアリーナ内の戦況は目まぐるしく情勢を変える。

 オータムが放り投げた剣が強羅を外れて白式をかすめ、強羅が放った弾体が何なのか考えたくないバズーカがアラクネに回避されてサイレント・ゼフィルスと白式をまとめて吹き飛ばし、これを好機とばかりに強羅から分離した白鐡が翼を展開し、その中に格納されていたファンを回して発動するベンチレーション・ボルテクサーでジュエル・スケールの剥離片を吹き飛ばす。

 

「首尾はどうだ」

「上々よ。ファントム・タスクの残党、私達と対立していた派閥は着々と勢力を糾合しつつある。ISも何機か持ち出してるみたいだし、ちょっとした戦力ね」

「場所は」

「今はまだお隣の大陸、とまでしか。中国の山の中かもしれないし、中東の砂漠の下かもしれないし、欧州の森の奥かもしれないわ。でも、あと1月もすれば掴めるはずよ」

「……長いな」

「ええ、相手にも準備は整えられてしまうけど、私達にとっても必要な時間よ」

 

 モニターを見たまま語る言葉はいまだIS学園内ですらこの二人の他に知る者はいない。そしてまだ日の目を見るべき話でもまたなかった。

 

「ふーん、ちーちゃん達も大変だねえ」

 

 しかしそんなことに我関せずを貫く者がもう一人、この部屋にはいた。

 適当な椅子を占有し、背もたれに体を預けてくるくると壁を蹴って無意味に回っているウサミミ巨乳の垂れ目美人、篠ノ之束だ。

 回りに害を為さず、自分の目の届く範囲に入る限りはもはや目くじらを立てることをやめた千冬と、束の人となりをある程度理解しているため丁重に無視しているスコール。これまで綺麗にスルーしていたのだが、さすがに声をかけられてはそうもいかない。緊迫こそないが、それでもざわりとした空気が満ちる。

 

「それよりも、束。お前の方の準備はどうだ」

「フフーフ、私を誰だと思ってるのかなちーちゃん。ばっちり進んでるよ。そっちの件もあんまり協力はしないけど、最後の時は任せといて~。あ、あとせっかくだからくーちゃんもIS学園に入学させるっていうのは……」

「却下だ」

「ちーちゃんのいじわる!」

 

 会話のレベルこそ低いが、その実交わされる内容は世界の行き先を決めうるもの。

 世界最強にしてIS学園の重要人物たる織斑千冬。

 元はファントム・タスクの幹部であり、今はIS学園に身を寄せるスコール。

 そしてISを生みだし世界を変えた千冬の盟友、篠ノ之束。

 

 世界中でまだほとんど誰も知らない。

 彼女らの目指すところは同じで、これまで違ったそれぞれの道が徐々に一つになろうとしていることを。

 

 

 見つめるモニターに映るのは、真宏の作った好機を逃さずサイレント・ゼフィルスを撃破する一夏と、結局お約束に従うべきと判断したかアラクネ・オロチのソードビッカーをまともに受けてこっそり隠し持っていたグレネードで自爆演出をかます真宏の姿。

 頼りになるんだかならないんだかわからない生徒達であるが、彼らが強くなることもまた、彼女達の目的のためには必須のこと。

 

 

 目指すべき行き先、掴むべき未来。

 そしてそのために成し遂げるべき、第一歩。

 

 

「必ず成功させましょう。――織斑博士救出作戦を」


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。