自分より圧倒的に強い相手に戦いを挑み、ボコボコにされてからどういうわけか復活する。どこぞの野菜星人みたいなことがこれで何度目になるだろうか。そんなどうでもいいことを、普段から使い慣れた相棒たる強羅以外のISを身に付け思う。
その度必ず劇的に強くなれているかというと、あまり自信はないのだが。主に幼少期、箒の親父さんと千冬さんにフルボッコかまされた剣道小僧時代を思い出すと、特に。
ともあれ今俺が使っているのは、打鉄。日本の傑作量産機だ。
噂によると千冬さんの暮桜を元に設計するという無茶をやらかしたらしく、基本武装はブレード一本しかない。だが機体は防御力を重視し、長期戦になっても十分戦いうるなかなかのポテンシャルを秘めている、らしい。あの剣豪通り越して剣心もとい剣神の域に至っている人の戦闘スタイルを真似ろだなんて無茶しやがって……と思うのだが、実のところ機体特性は極めて素直で、単純な分動かすだけならかなり使いやすいのだとも。
とはいえ、俺は学園に配備されてる打鉄使うくらいならば専用機の強羅を使ってコアとコミュニケーションをとるべきだし、ほかの専用機持たない子たちの分の機体を占有する理由もないから使ったことないのだが。
つまり、結論から言って。
「見るがいい、これがIS学園の伝統的な戦いの発想法!」
「そんなこと言いながら、結局逃げてるだけではないかっ! しかもなんだその妙にぬるぬるとした走り方は!?」
逃げるくらいしかできないのでありましたとさ。
あいにくと俺は普段から鈍重で鳴らす強羅を使っているため、慣れないISで狭い空間を機敏に動き回るなんてことは出来ない。追ってくるラファール・リヴァイヴは見事なターンを繰り返してするすると飛んできているが、俺には無理なので仕方なく地面スレスレを浮いて、スケートのごとく滑るように走っていく。
ついでに、相手を幻惑するため無駄に左右へゆーらゆーらと揺れてもいるから多分結構気持ち悪い走り方に見えているのだろう。見るがいい、これぞケムール人走り! パトカーより速ーい!
……とか余裕があるふりをしているが、慣れないISがこうも動かしにくいとは思わなかった。強羅以外はろくに使ったことのない俺じゃあこれが限界かとも思うのだが、あいにく状況はそんな弱気を許してくれない。
俺がISを展開したことで容赦は無用と知ったのか、相手がぶっ放してくるアサルトライフルは後ろに回した楯にさっきからカンカン当たってるし、俺は今自分がどこにいるのかも把握できていない。
打鉄を展開した瞬間から広い範囲を探査して、近くに一夏たちがいないことを確認してあるので万が一にも意図せず合流してしまうということはないが、こうなると今度は俺自身がこいつを撒くかなにかして脱出しなければならなくなる。最低でも外に出て仲間に何とかしてもらうくらいのことはしないと、生きて帰れない。割とマジで。
「おいこら、さっさと止まれ! そして帰り道を案内しろ!」
「俺が侵入者だってこと忘れてないか!? 俺だって帰り道なんてわからんわ!」
「……なっ! 騙したな!?」
「誰もマップ持ってるなんて言ってないだろうがあああっ!?」
……そして、この方向音痴とのやり取りも超疲れるんでなんとかしてください。
「……げっ、変なとこ出た!?」
「こ、ここは格納庫……! あとちょっとで外だ! やった!!」
そんなこんなで銃弾に追い立てられながらさ迷ううち、どうやら俺はそれなりに地表近くまで上がってきていたらしい。適当に目の前の扉を蹴り開けてみたところ、そこに広がっていたのはがらんと広い空間。しかも、追ってきたラファール・リヴァイヴ操縦者の言葉から察するに、ここは地上からの搬入物を一時保管する格納庫なのだろう。部屋の奥に見える、床全体が斜めに移動する形式の、基地とか御用達な巨大エレベーターを昇れば地上に出られるとみて間違いない。
これはある種俺にとっても光明だ。ここから出れば仲間に応援を頼むこともできるだろう。だから何とか助かる目が……あるとうれしいんだが。
「ふ、ふっふっふ……ここまでくればもはやお前は用済み。散々コケにしてくれた落とし前をつけてもらうぞ」
「ちぃっ、やっぱりそうなるか!」
この広い空間では相手が圧倒的に有利。すぐさま先回りしたラファール・リヴァイヴが出口側に陣取る。今更地下に戻ったところで意味はないから、退路はなくなった。
両手には、ラファール・リヴァイヴの汎用性の高さを示すようにアサルトライフルとショットガン。シャルロットほどではないが十分様になっていて威圧感もあり、今の俺がまともに戦って勝てるとは、間違っても思えない。
しかし俺がどうにか助かるためには、そして何より簪の元に帰るには、どうしたってここを越えていかなきゃならない。これで負けて大けがでもしようものなら、また簪を泣かせてしまう。
とはいえ勝てる見込みはどれほどか。また今回も、厳しい戦いになりそうだ。
「……急な話で悪いけど、よろしく頼むぜ打鉄。俺の命、お前に預ける」
景気づけ代わりに、腰回りの装甲のあたりを軽く叩く。帰ってきたのはカン、という小気味のいい音で、打鉄の機嫌は悪くないのだろうと思うことにする。強羅ほどうまく扱ってやれる自信はないが、それでも今はこの打鉄と一蓮托生。せいぜい生き延びるために、あがくとしましょうか。
打鉄は性能が安定しているから使いやすいという噂の通り、ここに来るまでの間でなんとか動かし方にも慣れてこれたし、防御型なところも強羅とよく似ている。
もっとも、ほぼフルスキンの強羅に慣れた身だと頭やら胴体やら剥き出しなのでなんとなく落ち着かないし、当然装甲強度も心もとないのだが、その分機体が軽くていつもよりは素早く動ける。だからやりようは、あるはずだ。
悠々と宙に浮かび、こちらを見下ろし銃口を向けてくるラファール・リヴァイヴ。対するこちらは打鉄持ち前の防御力と、ブレード一本のみが武器。俺はゆっくりと、しかし確実に展開したブレードを構える。
こんなことならもう少し一夏に付き合って剣の特訓しておくんだった、という思いは完全な後の祭と言わざるを得なかった。
◇◆◇
「このおおおおっ!」
「甘い、静止結界! ……いまだ箒!」
「任せろ!」
月が照らす深夜の激闘。
山中に隠された秘密施設周辺にて勃発したIS学園に所属する9機の専用機と、この施設を防衛するファントム・タスクのISたちとの戦いはいまだ続いている。
性能と練度に勝る箒たちに対し、敵は数が多い。戦闘開始直後からこちら、勢い任せにIS学園勢が押してはいるが、それは相手に冷静な対応をされては危険であるからこそ。今も突撃してきた敵をシュヴァルツェア・レーゲンのAICが捕縛し、動けなくなったところを横から箒が切り捨て……ようとして、直後真上から降り注ぐ銃弾の嵐に攻撃を中止せざるを得なくなる。
箒の機動を邪魔した後、薙ぎ払うようにラウラへ向かっていく弾痕から逃れるためにラウラもまたAICを解除して飛びのき、仲間との間に割り込むようにすぐさま箒とラウラの前に立ちはだかる敵のISがあった。
この施設に配備されているISはいずれもラファール・リヴァイヴや打鉄といった量産機ばかりで、ファントム・タスクの構成員ながら専用機を持っていたマドカやオータムたちと比較すればお粗末な技量でもあったが、それでも互いに連携してこの戦いを互角に持ち込む手腕はなかなかのものだ。
「マドカ、そちらはどうだ」
『セシリアと二人で5機の相手をしている。時間は稼げるだろうが……すぐに撃破するとなると難しいな』
『こちら楯無。簪ちゃんのミサイルは結構いいプレッシャーになってるけど、相手の数が多いから火力も分散してて、仕留めきるには時間がかかりそうよ』
箒たちは一つ所で戦うのではなく、少しでも施設から敵のISを引き離すためいくつかのグループに分かれて、それでいて誰もが自分たち以上の数のISを相手にしている。あまり施設から離れすぎて疑問に思われるわけにもいかず、必然的に時折ちらりと施設が見える程度の位置にての戦いとなっている。
ゆえに、施設が視界に入るたびに思う。
あの中に、一夏と真宏がいるのだ、と。
二人であればよほどのことがない限り大丈夫……というかほぼ確実によほどのことに巻き込まれ、そのうえでしっかり生還しそうだという確信に近い思いがあるのだが、それでも心配が尽きるわけではない。
敵に斬りかかるときは無心であっても、ふとした時にそんなことを思い出さざる得ない箒。切っ先がぶれるのはまさしくその迷いが剣に伝わってしまったからで、戦いのさなかですら集中できない自分の未熟さが悔しかった。
『……大丈夫だよ、篠ノ之さん』
「簪……?」
『織斑くんには真宏もついてるから、きっと平気。大丈夫って、信じよう』
「……そうだな」
そんな箒を、この通信を聞く仲間たち全てを励ますように、そして何より自分自身の不安をかき消すように、簪がささやく。
簪が真宏に、憧れにして想い人である男に向ける信頼は、硬い。ISも持たず敵の基地に侵入するという無茶に等しい重責を担った真宏を案じる気持ちはもちろんある。だがそれでも、簪は真宏を心の底から信じることができる。
必ず帰ってきてくれるのだと、真宏はそういう人間なのだと。
簪は誰より強く、信じると決めたのだ。
『それに、真宏の場合多分死んでも生き返るから。99日間で15個の眼魂を見つけられなかったらまた死んじゃうだろうけど』
「お前は自分の彼氏を何だと思っているんだ」
たとえ、どんな形であろうとも。
「よし、せっかくだ。一夏たちが戻ってきたときにこいつらを残しておかないよう、片づけておくとするか!」
「任せろ。各個撃破だ」
叫ぶ箒の声に応え、ラウラはシュヴァルツェア・レーゲンのプラズマ手刀を伸ばし、ワイヤーブレードを蠢かせる。これまで箒のサポートに徹してきたが、それも終わり。ここからはもう遠慮も何もなく、時間稼ぎなど慮外に放り捨てて敵を倒すと決めた。
このまま敵を残しておいてはそろそろ地上へ戻ってくるはずの一夏たちが危険であるし、なによりこんな程度の奴らにてこずっていたなどと思われたくない。
その思いは鈴もセシリアもシャルロットも同じ。別に一夏に惚れてるわけでもないオータムはついでだが、周囲のノリに乗せられて。
だがそれでもむしろここからが本番と、彼女らは皆一様に、目の前の敵を見据えていた。
◇◆◇
いくつの角を曲がり、どれだけの階段を上ったか。
先導する一夏の背だけを見つめて、一夏と真宏に救い出され、IS操縦者に対して生身で囮になった真宏の作った好機を逃さぬため必死に駆けてきた二人は今も一夏を追いかける。
地上ではIS学園の生徒たちが専用機を操って陽動の襲撃をかけており、それと並行して一夏たちがこの施設のネットワークに外部から侵入できるようにする通信端末をセット。そこからネットワークを攻撃し続けているために今も監視カメラ類はまともに動かなくなっているとのことで、だからこそ三人固まっていてなお目立たず逃げることができている。
「神上真宏、といったか。彼は大丈夫なのか……その、一人にしてしまって?」
「心配ないって言ってましたけど……相手はIS、ですよね」
「……」
不安げな二人の言葉。一夏は行く先を見据えて警戒しているが、それでも気持ちは同じはず。なにせ真宏は一夏の友人なのだろうと、さっきまでのごくわずかなやり取りからも理解できた。そんな仲間を置いてこさせてしまったことを、二人は心の底から申し訳なく思う。
「……たぶん、平気ですよ」
「……え?」
「生身でISの相手をするなんてどこをどう考えたって正気じゃないですけど、真宏は、頑丈ですから。それに狂気の沙汰ほど面白いって考えるヤツです。以前銃で撃たれても生きてたくらいだし」
しかし一夏からの返事は予想外に軽い口調であった。
銃で撃たれても生きてるとかなにそれ怖いとおののく二人に、さすがに防弾の用意はあったうえでのこと、と慌てて言い募るくらいには、平常通りだ。
「真宏なら、たぶん死ぬほどボコボコにされたりはするだろうけど、死なない。あいつはそういうやつだし。……だから、俺たちは安全無事にここから逃げて、あいつを迎えに行ってやりましょう」
一夏が信じるのは、友の強さ。
きっと嘘はないのだろう。彼らの間の絆には、互いを強いと認め合えるだけのものがある。
だがその声が、笑って見せる顔が、震えている。きっと、今すぐ真宏のもとに駆けつけたいのに違いない。白式を転送して身に纏い、窮地に陥っている友の元へ馳せ参じたいと思っているはず。
だが一夏は自分たちを守らなければならない。任務だからか、はたまた彼自身の性格か、友に託されたからか。理由ははっきりとしなくとも、彼の中にある使命感が確かにそうすることを自らに強いていた。
そのことを、理解する。
自分たちを守ってくれるこの少年にしてやれることは、何もないのだと。
「……まあ、割と諦めてましたけど」
「寂しいな。だが、こうしてくれていることが、嬉しくもある」
「敵はいないみたいです。行きましょう……って、どうかしました?」
「いや、なんでもないよ」
「先導を頼む。私たちの離脱が早ければ早いほど、彼の安全が高まる。だろう?」
「……はい!」
だからせめて、足手まといにはならないようにしよう。
長年の運動不足がそろそろ足にき始めたことは笑顔で隠し、二人は更なるペースアップを提案する。
一夏と、一夏の友に悲しい思いはさせたくない。
二人を突き動かす理由は、まさしくそれであった。
◇◆◇
おそらくそう遠くないどこかで、一夏たち、簪たちがそれぞれの戦いをがんばっているだろうその頃、ラファール・リヴァイヴ操縦者と、そこそこ広い空間で相対することになった俺なのだが。
「はっはっは! 所詮その程度か! ビビって損したぞ!」
「余計な御世話だ!」
現在、打鉄を装着した俺一人が格納庫の中を全身全霊逃げ回っていた。柱の陰に隠れては相手が両手に持った銃の火力で文字通り柱を削り取られ、遮蔽の意味をなさなくなる直前に離脱。ろくに飛べもしないのでその際の被弾は免れず、強羅を装着しているときとは比較にならない衝撃が体に響くし、シールドエネルギーは減る一方だ。
「くそっ、せめて飛び道具があればこういう状況に一番有効な必殺技『トーチカに自分の射撃で穴をあけて隠れながら撃つ』ができたのに!」
「誰がインベーダーか!」
「いっそ、黒か赤のスーツに同色のサングラスで同じ顔のメンバー大量発生してみない?」
「それはそれで別のインベーダーじゃないか!?」
迷子になっていたことからしてこいつはオータム並みにアホの子なのではないかと思い、こうして軽口をたたき続けているのだが効果のほどは、微妙。さすがに仕事とプライベートは分けているというかなんというか、ISの銃撃の苛烈さは少しも変わらない。激しやすい性格らしいのに腕はきっちり仕事をするあたり、なかなかどうして侮りがたい実力を擁している。
……だから別に、いつものように考え無しにいろいろ口走ってるわけじゃないよ。
「ふんっ。だがお前、むしろさっきよりも動きが鈍くないか?」
「ぎくっ!? よーしよし、いい子だ打鉄。あんな言葉気にするなよ。これはむしろ俺のせいなんだからな。おまえはよくやってくれてる」
それに加えて状況を悪くしているのは、使い慣れた強羅と違ってただの量産機に過ぎない打鉄の性能、ではなく。
俺自身の技量にあった。
人間には、それぞれIS適正というものがある。
ISの理論については詳しくないのでこれが高いと具体的にどういうメリットがあるのかなんかはよくわからないのだが、少なくとも高ければ高いほどISを動かしやすくなるのだという。
千冬さんをはじめとしたヴァルキリーはSクラスで、代表候補性だとそれに次ぐAくらいはあるらしいのだが……俺は、適正Cだったりする。
こ、これでも入学したころよりはマシになったんだからな!?
ともあれ適正がそのくらいだと実際どうなるかというと、まさに今の俺のようになってしまう。
PICに自分が飛ぶイメージを今一つ上手いこと伝えられていないようで浮かび上がって足を離せばふらつき、武装の展開に時間がかかり、こうして防戦一方になってしまっている。
普段強羅を使っているときはもう少しマシだが、それは常々使い慣れていることと、そもそも複雑な機動が必要ない重装甲大火力な戦い方をしているからに他ならない。生半可な攻撃ならば直撃したって無視できるような強羅の防御力がなければ、しょせん俺などこんなもんだ。
それでも今まで何とかやっていられるのは、まさしく打鉄のおかげ。さすがは日本のベストセラー的量産機。さすがに強羅と比較するとスペックは低いようだが、それでもなかなかの防御力。おかげで今この時まで生き残っていられる。
「くぅ、しょうがない。こうなったらIS適正の低さによる致命的な精神負荷を受け入れることによって能力の底上げを……っ」
「いや、お前の機体の場合はそんなことをしても無駄だろう」
相変わらずがりがりと削られるコンクリート製の柱。いったいこれで何本目なのか。なんとなくどこぞの公安9課の少佐にでもなったような気分で柱から柱へ。コンクリ片や資材の破片と空薬莢で足の踏み場もなくなった部屋の惨状を見れば、先の展開など考えたくもなくなってくる。
勝つことを諦めたわけではないが、どうしても仲間たちが何とかしてくれることを期待しての持久戦とせざるを得ない。柱の間を移動する際は打鉄の楯を使ってダメージを最小限に抑えてはいるが、それだけではいつまでもつか。
反撃に出ることはさすがに難しく、あるいは一か八かの賭けに出なければならないか。そんな覚悟を決める段階に来たかとも思われた、そのとき。
――!
「……ん?」
胸のあたりに、カッと熱が灯るのを感じた。鼓動のように脈を打つその熱は、しかし俺の中から生じたものではない。
小さく、だが熱いそれは打鉄から伝わってきているのだと、感じられた。
「……そっか、そうだよな。不利な戦いも逆転の楽しみがあると思えば心躍るもんだ。付き合ってくれる相方がいるなら、なおのこと。」
ISには、ISのコアには意思があるのだという。
あくまで噂で、実際のところは束さんあたりに聞いてみなければわからない話だが、俺はそれが真実であると確信している。白式のようにやたらとわがままな機体がいることや、かつてダーク強羅と戦った時に見た夢。
そして今、たぶん俺を励ましてくれている、打鉄の心と触れたりすれば、疑うなんてできっこない。
打鉄は防御を重視しているため機動力はISとして考えればさして高いわけではなく、武装もブレードなどの近接がメインとなっている。そんな機体に乗せられているせいか、このコアは、ISは、俺を守ろうと必死に頑張ってくれている。偶然以外のなにものでもない理由で出会って使うことになっただけだというのに、頑丈なシールドバリアを張り、楯をかざす腕をパワーアシストで支え、急造タッグだから息が合っているとは言い難いながらも、しっかり俺の意思に応えてスラスターを吹かす。
そんな打鉄がいま、生きることを諦めるなと叫んでくれている。多分。
生き残れという意思を伝えてくれているだろうことを、わずかな時間ながらも一緒に戦った時間が教えてくれる。
「どうしたどうした、これで終わりか! ……いやむしろ変なことするなよ! おまえは何をしでかすかわからんからな!」
耳障りに重苦しいコンクリートの破砕音とともに削られ続ける柱から、再び駆けだして次の柱へと向かう。その際やっぱり敵の弾幕は見事こちらに追従し、走る足元をぐずぐずの砂利に変える勢いだった。スラスターを使って加速していてすらこれだし、身を隠せる柱ももう少ない。
……潮時か。
反撃に転ずるならば今しかない。おそらくそれは相手もわかっていることで、だからこそさっきからこちらをより一層警戒しているのだろう。つまり、今がチャンスだ。
相手が注意しているのならなおのこと度胆を抜いて隙を作りやすい。基本中の基本だ。
……昔友人一同にそう語ったら、「そんなもん頭悪い装備ばっかり持ってるお前だけだ」と言われたが。くすん。
とにかく。
状況は揃っているが、生憎と彼我の実力差はまっとうな手段でひっくり返せるものではない。こっちの武装はブレード一本だし、俺程度の腕じゃあ相手に近づこうにも速度やら何やらいろいろ足りず、引き撃ちに持ち込まれて削りきられることになるのがオチだ。
だが残念ながら、俺はそもそも真正面から近づいて、力の限りにぶちかますということしかできはしない。強羅であるならそれを強行することもできるんだが、さすがに打鉄でやるのはきつい。
せめてどうにか隙の一つも作らなければ……。
「……いてっ。な、なんだ……コンクリの破片?」
そのとき、まさに天から降ってきたものこそが俺の勝利のカギだった。
こつり、と割と痛い感じで頭に当たったのは、コンクリの破片。大した脅威でもないからとシールドバリアすら素通りしたようなものであるが、いったいどうしてこんなものが上から。そう思ってふと天井を見上げ。
「……! これはっ!」
ラファール・リヴァイヴに対抗する策が、一瞬にして決まった。
「それじゃあ行くぜ、打鉄。……かなり無茶するけど、よろしくな」
――……!
これから俺がやらかす、下手しなくても我が身さえ危険にさらす手段を講じる前に一言打鉄にも声をかけておく。すると、心配するなとでも言いたげな感情が帰ってきた気がして、その頼もしさに嬉しくなる。
それじゃあ、はじめようか。
削りきられるのも時間の問題となりつつある目の前の柱。俺は打鉄唯一の武装であるブレードを肩に担ぐように構えて、残り数本しかないもののうちの一本である、目の前の柱に向かい合った。
「さあて、そろそろ反撃だ」
「むっ、やっぱりまた何かやらかす気か!」
脳裏に描くのは、昔一夏たちと一緒に篠ノ之神社の道場で学んだ剣術の基礎。何度か真剣を振らせてもらったこともありはしたが、生憎と俺は一夏のように技を身に付けることができるほど器用ではなかったため、ただひたすらに基本中の基本ばかりを修練した。
刀を振る速さではなく、ひたすらまっすぐな太刀筋を描くこと。刃を立て、軌跡を揺らさず、まっすぐにまっすぐに。派手さはないが、それを完璧になせば大抵の物は切ることができるのだと、師匠である箒の父親、柳韻さんが実際に神社の庭にあった石灯籠を縦にぶった切りながら教えてくれた。そしてその直後、なにをしていらっしゃるのですか、と奥さんに滅茶苦茶凄まれて小さくなってたけど。
その動きを、大分錆びついてる気もするがとにかく思い出す。それだけでいい。
「……こんな感じだ、いけるか?」
――!
そうすれば、人間大好きなISの中でも特に搭乗者保護機能が充実した打鉄はその思いに応えてくれる。動きのパターンを解析して、打鉄の機体とコアに蓄積されたモーションパターンを変更。人間が持つ動きをISのパワーとスピードにて拡大実行してくれる。
十分な稼働時間を経て使い慣れた専用機ならばタイムラグ無しでしていることだが、さすがに今日初めて使ったばかりの打鉄ではそううまくはいかない。だがこのコアは、どうやら大分素直な性格だったらしい。ここまで俺みたいなへなちょこ操縦者の扱いにも拗ねることなく付き合ってくれて、今もばっちりOKと返事をくれるのだから大概だ。
うまいこと使い手がいなかったから倉庫に放置されていたらしいこの打鉄、出会いは完全な偶然だったが、なかなかどうしていい出会いだったらしい。強羅がいなければ俺専用にしたいくらい、得難い資質だ。
「はああああああ!」
気合とロマンと感謝をこめて、刀を振りかぶる。とはいえ無駄な力は入れないように。篠ノ之流の教えに反することなんてしようもんなら、日本のどこから柳韻さんの遠隔抜刀とか飛んできそうだし。
それでも今からやろうとする無茶のため、思いっきりパワーを溜めこんで。
「ぜえええええいっ!」
全力で切り裂いた。
真正面の、柱を。
「は……? お、お前いったい何を……!」
「見てわからないか? 斬ったのさ」
さすがに、なにをしているのかわからなかったのだろう。思わずとばかりに呆然とした表情で射撃もやめ、もともと滅多撃ちにされていたせいでもろくなっていた柱が俺の斬撃で瓦礫となってざらざらと崩れ落ちるのを、粉塵まみれになりながら見ているだけのラファール・リヴァイヴ。
そんな彼女に、俺は丁寧でありながらわかりやすく現状を説明してやる。
俺がやったのはただ一つ。ISの持つブレードの切れ味と腕力、速さに物を言わせてコンクリートの柱を一本叩き斬っただけ。
ただし。
その一本は、打鉄の計算によるとすでに何本もの柱が崩れたこの格納庫の天井を支えるため、決してなくなってはならない柱だったりするのだが。
そんな柱を斬られたら、どうなるか。
「なっ、天井が!?」
「言っただろ、斬っただけさ。……この格納庫自体をなぁ!」
ふはははははは。
致命的な柱を切り倒されたことで地上までの土砂の質量に耐え切れなくなった天井には、ラファールがばかすか柱を砕いたせいでそもそも無数のヒビが入っていた。そのヒビがさらに広がるが早いか、天井がガラガラと崩れだした。
据え付けられていた照明は火花を散らして落下し、格納庫内に散らばっていたコンテナや棚はコンクリートと土砂にまとめてつぶされていく。そんな中で高笑いを浮かべていると自分が悪役になったような気分になってくるのだが、まあいいや。こういうのも楽しいしね。
「くそっ、出口……出口はどこだ!? ああもう、こんなときまで方向音痴な自分が恨めしいっ!」
「そうか、なら俺が手伝ってやるよ」
「!?」
しかし、まだ終わりではない。最後の仕上げが残っている。
ISならば生き埋めになっても、あとでほじくり返せば命は助かるだろうからこのままラファールを置いてこっそり逃げてしまってもいいのだが、それではつまらない。
ここまで頑張ってくれた打鉄の根性に報いるためにも、よりにもよってこんなに優しいコアを乗せたこいつを放置していたファントム・タスクにどれほど愚かなことをしていたか思い知らせるためにも、俺はこいつに勝ちたい。打鉄と一緒に。
というわけで、引けなくなった。上から瓦礫が降り注ぐ中をかまわずラファール・リヴァイヴへ接近。それに気づいた相手が迎撃しようとこちらに銃を向けるが、発射の直前に上から降ってきた瓦礫に当たって使い物にならなくなる。どうやら運まで俺達の味方をしてくれているようだ。
色んなものに感謝を捧げ、そして俺はついにこの戦いが始まってから二度目となる格闘の間合いへの侵入を果たす。
「ぬおりゃっ!」
「きゃあっ!? なっ、お前何を抱きついている!?」
そしてそのままタックル。肩から相手の腹に突っ込んでいったのだが、別に抱きついたわけじゃないと思うぞ?
……なにせ。
「おりゃあああああああっ!」
「っきゃあああああああ!?」
そのまま相手を担ぎ上げ、竜巻でも起こさんばかりに回転し始めたのだからして。
ジャイアントスイングとは違い、あるいはアルゼンチンバックブリーカーのような体勢に相手を持ち替えてのスイング。勢いは一回りごとに増していき、降り注ぐ瓦礫も当たるそばから跳ね飛ばす。まさしく鋼の暴風だ。
だがあまり遊んでばかりもいられない。この格納庫は現在進行形で崩壊中で、そのうち頭上の土砂が一切合財まとめてこの空間を埋め尽くすことになるだろう。
さすがにそうなってしまえば俺とて納得のいく勝利を収めることはできなくなるから、すぐにも脱出する必要がある。
しかし既に外へとつながるまっとうなルートは土に埋もれてしまっている。
……だが、今まさに崩れているこの天井の向こう側は、大した距離もなく地上のはずだ。
「お、お前っ、まさか!」
「遠慮なくいくぜっ、ISハリケーーーーーーンっ!!」
気付いた時にはもう遅い、とはまさにこのこと。ラファール・リヴァイヴのいまの有様は竹とんぼかなにかか。回転の勢いをそのままに、打鉄の出しうる腕力全てをこめて、俺はかの宇宙恐竜をぶん投げたのと同じ技でもって、天井に向かって投げ飛ばす。
降り注ぐ土砂の質量は数万トンにもなるだろう。だが気合を込めたその一投は空が落ちたところで止められるものではなく、ラファール・リヴァイヴは瓦礫を貫き、そのまま夜空へと飛び出したのだった。
◇◆◇
「サァイキックウェィィィィブッ!」
「まあ、あながち間違いではないな……というわけでサイキック斬っ!」
「納得いかねえええええええ!?」
シュヴァルツェア・レーゲンのAICが空中に捕縛した最後のラファール・リヴァイヴを、紅椿の二刀が切り裂いた。それまで蓄積したダメージも合わさってシールドエネルギーが尽き、絶対防御が発動。操縦者の意識が闇へと落ちて、この場でのIS戦闘は終結した。
「なんとか一夏たちが戻ってくる前に片付いたか……こちらは終わったぞ。みんなはどうだ」
『わたしとシャルロットのところは片付いたわよ』
『こっちも、簪ちゃん、オータムさんともに無事よ』
『同じくですわ。……もちろん、BTシリーズの扱いは私のほうがエレガントでしたけれど!』
施設の中から現れてきたISはいずれもが残存兵力らしく量産機ばかりであった。搭乗者の実力こそそれなりであったが、スコールやオータムたちと戦った箒たちからすれば実戦経験も少ないと思われる者たちばかり。数の不利による苦戦こそあったが、終わってみれば各地点に散り散りになって戦っていた仲間たちにも、一人として欠損はなく勝利を収めることができていた。
「やったな、ラウラ」
「ああ。……やはりAICは仲間がいたほうが使いやすいようだ」
「ふふっ、まさかラウラからそんな言葉が聞けるとは、タッグトーナメントのときは思わなかったぞ」
今のメンバーは戦っているうちに自然と別れた組み合わせであるが、箒はラウラとのタッグという極めて珍しい組み合わせになっていた。
思い起こせばシャルロットとラウラが転校してきてすぐのタッグトーナメントで組んだことはあったが、あのときは互いに相手のことなど考えてもいなかった。正直箒にとってもまったく活躍できなかったあの試合は割と黒歴史なのだが、同じ組み合わせで全く違う戦果を出すことができたのだから、その辺はまあ及第点なのだろうと思いたい。
「しかし、こうなるとあとは一夏たちか……」
「予定のスケジュールに遅れているわけではないが……早く戻ってこい、一夏、真宏」
もともと箒たちの役割は陽動と時間稼ぎ。最悪の場合敵のISを施設外部にとどめ置いていればよかったのだが、出発前に真宏が千冬に向かって「別に、倒してしまってもかまわんのでしょう?」などと自分が戦うわけでもないのに言っていたのが現実になってしまった。
こうなればあとは箒たちは周囲ににらみを利かせて、余計な増援などがないように気を付ければいい。もうじき施設から出てくるだろう一夏は白式を転送することも可能だが、人質と真宏はそうもいかない。この場合ただの通常兵器ですら十分な脅威となりうるのだから、警戒は必要だ。
そう思って、それなりの距離をとって戦っていた仲間たちがハイパーセンサーであたりを走査しつつ集結しようとしていた、そのとき。
「箒、ラウラ!」
「一夏!? 無事だったか!」
「ああ、俺は大丈夫だ。人質も救出した。みんなも怪我はないみたいだな」
紅椿のハイパーセンサーに反応が出るのと同時に、自分たちの姿を見つけて声を上げる一夏が施設の中から現れた。情報を共有している仲間達もISを通して一夏の姿を見て、怪我ないことを確認し、さらにその後ろに二人の男女がついてきているのを見つけて作戦を果たしたのだと理解した。
「やりましたわね一夏さん。……って、あら。真宏さんは……?」
「そ、そうだよ真宏だ! 早く助けに行かないと、真宏は俺達を逃がすためにISに向かって行って……!」
「なんだと!?」
「あー……強羅の操縦者って、やっぱ命知らずのバカなのか」
互いに無事とわかり喜んだのもつかの間、一夏は箒に縋り付かんばかりに慌てだした。整然としているとは言い難いながらも必死に叫ぶ言葉を聞けば、真宏が施設の中でISを相手に立ち向かっていったのだという。しかも生身で。
一夏たちの元へと向かいつつあるオータムの、呆れたような言はまだまだぬるい。野郎またやらかしやがった、とそっちに驚いてこそのIS学園生なのだが、まだ転入してきて日が浅い上に年齢的にも彼女らと同じ感性を抱くには無理がありすぎるオータムには難しいだろう。
「……なんだろう、いま無性に腹が立った」
とにかく。
真宏のことを助けに行かねばなるまい。幸い外に出てきたISはすべて掃討したのだから、一夏たちの護衛を残しつつ施設内に突入するには十分な戦力がある。真宏がまた無茶をしでかして腕の一本くらい犠牲に一矢報いようとか考える前に、どうにか救出に行かなければ。
そう算段をつけ、この場を取り仕切る立場にある楯無が素早く一夏たちの護衛と突入班にメンバーを分けようとした時。
「なっ、なんだ、地震……!?」
「いや、違うよみんな! 向こうを見て!」
突如地面から異様な振動が突き上げてきた。地震のようではあったが、なんとなくタイミングが良すぎるこの状況。イヤな予感を覚えはしたのだが、シャルロットが何かに気付いた。予測される震源の位置は施設の東側、そこでは彼方に見える山の向こうに太陽が控えているのだろう白み始めた空の下、地面が土煙を上げながら沈み込んでいくという、かなり信じがたい光景が目に飛び込んできた。
おそらく、何らかの原因で地下部分が崩落したのだろう。地滑りとか、液状化現象とか……あの真下でバカが大暴れして、地下の空間を崩したとか。
「っきゃあああああああああ!!」
「……あ、ISが飛び出てきた」
「ものすごい勢いで変な回転してますわ。あれはきっと、投げ飛ばされたんですわね」
「さすがに自分であんな飛び方はしないでしょうよ」
原因は不明ながら、そんな崩れつつある地面の中から1機のラファール・リヴァイヴがほぼ垂直に飛び出した。ぎゅおんぎゅおんと多軸回転をしているため、PICをもってしても制御できていないのだろう、悲鳴を上げながら天高く舞うISの姿はいっそ哀れですらあった。
なにせ、あんなことやらかした奴の心当たりが、箒たちにはあるのだから。
「シュワッチ!」
「あれは……打鉄みたいね。どっかの光の巨人みたいな叫びだけど」
「真宏……無事だったんだ」
「どういう経緯かはわからんが、打鉄を手に入れて戦ったようだな。さすが真宏」
「……なあマドカ。IS学園のやつらっていつもこんななのかな」
「きっと、そうなのだろう。少なくとも真宏に関しては」
その心当たりとはまさに、ラファール・リヴァイヴを追って飛び出してきた、なぜか打鉄を身に付けている、真宏である。
両手をV字型に伸ばして足を揃え飛び出すポーズは美しすぎて、叫びと合わせ狙ってやっているとしか思えない。あまりにも「らしい」ので、多分地下から地上へと力任せにぶん投げたラファール・リヴァイヴにとどめの必殺技をかまそうとしているのだろうと察せられた。
そしてその予想は、あいつに限って外れるはずがない。
空中高く飛び上がったラファール・リヴァイヴに真宏の打鉄が追いついたとき、ちょうどラファールは上下逆さの体勢になっている。だが真宏はためらわずそんなラファールに、頭から激突。
否、相手の首と自分の首を交差させて肩からぶつかり合っている。その勢いで普通ならば相手の背は折れ曲がるだろうが、それを許さず背骨にダメージを与える絶妙な角度での激突だ。代わりに物理法則に従ったのは、慣性に従って体の前方向へ突き出されるように曲がる足。
「あっ、あの技は!」
「シャルロット、ノリノリだな……」
そして、なんかすでに感染者……もとい観戦者モードに入ったシャルロットがお約束の声を上げる。そして真宏は観客の声援に応えるがごとく、付け根から垂れ下がってきた相手の足をがっちりと掴んだ。
その瞬間、山の稜線から顔を出す太陽。
日の出に照らされ、眩いばかりの輝きとともに美しすぎる完成を見る、その技は。
「首折、背骨折、股裂きを同時に成し遂げる、48の殺人技のうちの一つである五所蹂躙絡み! またの名を……っ!」
バカも極めれば神になる。
天すら味方につけるその貫きっぷりと、実は結構美しく決まった技の姿にちょっと見惚れた箒たち一同の前で、真宏は相手を逆さに抱えたまま重力に従い自由落下。数十mの距離を減速などまったくせずに地面へ激突して相手を完膚なきまでに粉砕する、それこそが。
「ISッ! バスタアアアアアァァァァッ!!!」
地面が崩落した時以上の噴煙を吹きあげ、落下地点にクレーターを刻み、一瞬で絶対防御発動まで至らしめた、強羅を使えない状況で偶然から手にした打鉄と真宏、渾身の反撃なのであった。
◇◆◇
「いたぞ、真宏とラファール・リヴァイヴの操縦者だ。絶対防御が発動しているらしい。命に別状はなさそうだ。……もちろん真宏も。二人揃って目を回している」
ISに生身で挑むというから心配していたのだが、ものすごく元気に殺人技をぶちかました姿を見て安心した一夏たち一行。だがさすがにひょっとすると万が一あるいは億が一、なんか死ぬ気はしないけど怪我の一つくらいしてることはあり得るので、ISを展開しているマドカ達が落下地点に急行した。
予想通りというべきか、そこにいたのは真宏ともう一人、ファントム・タスクの残党たるラファール・リヴァイヴの操縦者だ。二人そろってISバスターの衝撃によってできたクレーターのど真ん中で意識を失っているが、さすがはIS。無事である。
あの技は受けた側にもかけた側にも絶大な負担がかかり、両者ダブルノックアウトで絶対防御が発動。意識を手放すことになったが死なずに済んだようだ。
どうやって手に入れたのかは知らないが、身一つでISに挑んでいたはずなのにいつの間にやら自分もISを手に入れて逆転するあたり、本当に真宏というやつは度し難いと改めて認識させられる。一夏たちの護衛をする箒たちに先行し、もともとこの落下地点に近かったマドカ達が先行していたが、じきに一夏もやってくる。心配は無用だということを、その目で確かめればいいだろう。
「なんとかなりましたわね、マドカさん。IS学園はなにかと事件も多いですけれど、たいていの場合こうして乗り越えられますわ」
「……なあ、その場合神上は毎回こうなるのか?」
「大体そんな感じよ、オータムさん。真宏くん、頑張りやさんだから」
「そういう次元じゃなくねえか!?」
この場に集まったのは、マドカとセシリア。オータムと楯無と簪。鈴とシャルロットは箒たちに合流してからこちらに来ることになっていて、簪はすでに真宏の元へと駆け寄って体中の傷の手当を始めている。甲斐甲斐しいその姿はなんとなく若妻という風情ですらあり、見ているほうが恥ずかしくなるレベルのものだった。
ともあれ、これにてミッションコンプリート。
本来ならば要人救出とついでに敵のISを少々ボコるくらいが目的の任務であったが、気づけば敵のISや防衛戦力を根絶やしにし、施設も一部半壊させている。まあ決して悪くない結末であるだろう。
そう思えたのだが。
「みんな、無事だったか! それと真宏は大丈夫か!?」
「ああ、一夏。安心しろ、真宏はこの通り……!?」
駆け寄ってくる一夏の姿に微笑むマドカの表情が、一瞬にして凍りつくとともに空気が変わったことに、敏感な少女たちは気が付いた。
強張る体と見開かれた目。向かってくる一夏たちへと向けられたまなざしは震え、唇からは引きつれたような息がかすかに漏れる、明らかに異常な様を、マドカは晒していた。
「ま、マドカさん、どうしましたの?」
元は後継機を奪った憎き敵であったが、いろいろあった今では競い合うライバルとなったマドカを気遣うように寄り添うセシリアの声にも、マドカは耳を貸さなかった。あるいはそんな余裕がなかったのだろう。釘づけになった視線は真宏の身を案じる一夏が隣を通り過ぎてもそちらを見ることすらなく、一夏が来た方向、箒達がしっかりと守りながらこちらへ来る二人、今回一夏と真宏が救出した男女に向けられている。
この作戦は機密性がきわめて高いからと、救出すべき要人の情報は一夏と真宏のみに、しかも年齢や背格好など最小限しか知らされていなかった。そのため、いったいどんな人が助けられたのかすら、彼女たちは今初めて知ったのだ。
ゆえに彼らの名前も出自もまったく知らない。
……ただ一人、マドカを除いて。
ことこの状況に至るよりずっと前からその二人のことを知っていた彼女だけが、この作戦の本当の意味をこの瞬間に知ったのだ。
「父さん、母さん……っ!」
「……え?」
マドカの声に気付き、驚き、目を伏せる父と母と呼ばれた二人。
その意味を一瞬理解できず、それでも振り向いて呆然と自分が助けた二人の姿を目に映す一夏。
まさか、と視線を集中させる少女たち。
訪れる、沈黙。
この場あるのは今、まぎれもない驚愕だけだった。
◇◆◇
「神上真宏ですが、輸送機の空気が最悪です」
「言ってる場合じゃないわよ、真宏」
ゴーッとジェットの音が響く、行きと変わらぬワカちゃん専用輸送機<大掃除>の格納庫内にて、そう呟かずにはいられない俺がいた。
ラファール・リヴァイヴの使い手に決死のISバスターをかましたところまでは覚えていたんだが、それで俺が装着していた打鉄も絶対防御が発動したらしく、ばたんきゅー。気が付いたら輸送機の中で、気絶していた間に起きた出来事を簪たちから説明を受けた次第である。
輸送機に連れ帰られてからは、もともと絶対防御後も俺の体を治そうとしてくれていた打鉄に加え、みんなが待機状態の強羅も装着してくれていたようで、割と素早くかつ爽快に目覚めることができた。
打鉄は今回ものすごく頑張ってくれたからすぐに手放したくはなかったし、強羅もこの打鉄とケンカせずに俺の治療をしてくれた様子。仲が良くて大変結構だ。
……と思っていたのは寝起きすぐのころまで。
なんか輸送機の中の空気がやたらめったら重いのに気付いてあたりを見渡してみれば、格納庫内一番前側の隅に肩を寄せ合うさっき助けたお二人さん。そしてその真逆、可能な限りその二人から距離をとった一番後側に、一夏とマドカが座っていた。
4人とも、完全な無言。やたらめったら陰鬱な空気が発散されている。
その理由はいったい何なのかと聞いてみたところ、教えられたのが先ほどのような顛末だ。どうやらあの二人、案の定一夏とマドカの両親だったらしい。
「案の定って……真宏、気付いてたの!?」
「気付いてたってほど確信があったわけじゃない。何となく似てるかも、とは思ってたけどさ」
ちなみにここまでの声、すべてひそひそと顔を寄せ合っての密談である。飛行機の中なのでそれなりに騒音も響いているのだが、なんとなくそうせざるをえないような雰囲気があってさ。
「……まあ、仕方ないところか。一夏にしてみれば自分と千冬さんと、下手するとマドカまで捨てた両親なわけだし」
「マドカさんは……何か知ってるみたいだけど、何も言ってくれなくて。秘密主義で参っちゃうね」
「ん? 千冬さんはどうしたんだ?」
「……スコールさんとワカちゃんと一緒に操縦室よ」
「逃げやがった……!?」
しかも、あるいは状況を打破しうる鍵を握っていそうな千冬さんはこの期に及んでヘタレたらしく操縦室に引きこもったのだとか。勘弁してくれ。
これが実戦への不安で鬱ってるとかいうのだったら気合一発雄叫びも上げれば解決できる俺なのだが、さすがに人様の家族の問題となるとそういうわけにもいかない。しかもなお悪いことに、この場にいる人間は大抵家族に問題を抱えているから役に立たない。アドバイスをしようにも、親と数年来離れ離れになっていたり、離婚していたり死別していたり断絶状態だったり、あと親が誰なのかわからないのも俺を含めて何人か。ことこういう問題ではまったく役に立てそうにない。
「……なあ、到着まであとどのくらいある?」
「……優に、2時間は」
すなわちそれが、この最悪な空気の続く時間。
あまりの憂鬱さに、俺達はそろってため息を吐くしかできないのであった。
◇◆◇
そんなことがあってから、数日。
幸か不幸か事態は淡々と動いていく。
ワカちゃん専用輸送機<大掃除>は都市ひとつ壊滅させられる量の爆弾を乗せられるとまことしやかに噂される積載量を誇るため、帰りに人が十数人――人質になっていた一夏の両親と、ついでにひっ捕えてきたファントム・タスク残党のIS操縦者とかその他諸々――が増えた程度で速度が変わるはずもなく、粛々と日本へ帰ってきた。
なんとかかんとかIS学園に帰り着き、さすがに助けた人たちの素性とかについてそろそろ千冬さんから説明あるかなと思っていたら。
「解散」
「二文字で済まされたー!?」
こんな感じで、決して俺達と目を合わせない千冬さんによって解散を命じられたのでした。
さすがに気になることが山積みになっていたのだが、だからといっていろいろ事情知りまくっているうえに肉親であること確実な千冬さんがご覧のありさまなのだ。相変わらずうつむいたままで何も言えずにいる一夏とマドカ、そして申し訳なさそうなオーラを迸らせている両親と合わせた織斑一家に対しては、もはや何を言うのもはばかられた。
ゆえに、このときは何もしようがなかったのである。
「……で、そのままずるずると数日過ごしたわけかお前らは」
「すまん……」
「面目ない……」
なんだかんだで2月も終わりが見えてきた今日この頃。いまだ炬燵が部屋の中央にて圧倒的な存在感を誇示している俺の部屋にて、仲よく並んで炬燵に入り、全く同じポーズで頭を抱えている一夏とマドカがいた。
特に前フリもなく二人して暗い顔でやってきたのはついさっき。とりあえず招き入れ、茶の準備をして、ついでにみかんも用意して戻ってくるまでの間、ずっとこのままである。
「まるでここ数日、両親にたまに会う機会があるのにそのたびに言葉に詰まるお前たちの姿を暗示しているようだな」
「自覚はある。自覚はあるからその傷えぐらないでくれ……っ」
「だがどうしろというんだ……!?」
一夏とマドカの両親を救出してからこっち、あの二人はIS学園に招かれた。
とはいっても教壇に上るわけではなく、あくまで保護の一環として学園内に居室を与えられ、今はまだいろいろと事情を聞かれたりとかしているのだという話だ。千冬さんはどういう心境なのか、一夏とマドカにすらろくに説明することなく仕事の鬼と化し、主にIS実習の授業を地獄に変えて生徒に恐れられ、一夏とマドカは日々悩みに悩んで箒達に心配されまくっている。
まあ、無理もなかろう。
なにせ10年来会うこともなく、顔すら覚えていなかった両親が実はファントム・タスクなどという秘密結社に捕まっていたと判明したのだ。生き別れの妹もそこに所属していたし、これはひょっとして自分は捨てられたのではないのではないか。そんな淡い期待が一夏の胸に宿るが、そうであればどうしてマドカもご覧のありさまなのか。
こういう時に無駄にやさしい一夏は、マドカの辛そうな顔を見て理由を問い詰めることはできず、マドカもまた色々思うところがあってかまともに話せないでいる。
そんな状態でありながらたまに両親と学園の中で顔を合わせることがあるのだから始末が悪い。そのシーンに出くわした生徒たちは皆織斑一族の間に漂う何とも形容しがたい雰囲気に震え上がっているとか、いないとか。
「だから、さ。なんとかならないか」
「それをなんで俺に聞くんだよ。家族の問題に巻き込むんじゃねえよ」
「そう言わないでくれ、真宏。……正直、かなり参ってる」
この期に及んでなお相談相手が俺、というのもいかがなものか。そりゃまあ、千冬さんが頼りにならないんで他に誰に聞くかといえば、なんだかんだで仲は良いけど家族の話題を切り出すには重い背景がありすぎるヒロインズよりも先に俺が来るだろう。
確かに俺もいまや天涯孤独の身だが、じーちゃんに良くしてもらってたおかげで悔いも悩みもあんまりないし。
だが生憎と、ヒロインズに一夏へのアプローチ方法を聞かれたら真贋織り交ぜていくらでも吹聴できる自信があるが、さすがにここまでシリアスな問題ではボケようもない。くっ、ボケられない会話とか滅茶苦茶自信ない!
「で、そもそも一夏とマドカはどうなんだよ、あの両親について。まずは好きなのか嫌いなのかから行ってみようか」
「……よくわからない。そもそもそういうこと考えに至らないくらい、あの人たちのことを知らなさすぎる」
「……私も、実のところ一夏とあまり変わらない。か、家族って何するものなんだ?」
「ダメだこりゃ」
こんな状況でもしっかりと出された茶をすすり、みかんをむしむしと剥いて食べているこの兄妹ならほっといてもそのうち何とかなるとは思うのだが、まあさすがにそれもひどすぎる。
……それに、こいつらをあまり長居させられない理由もあるし。
「わかった。ではお前たちに策を授けよう」
「お、おおっ! 本当か!」
「助かるぞ、真宏! ……だが、おいデュエルしろよとかは無しだからな」
すでにして今のIS学園に完全になじんだことがうかがえるマドカのセリフにちょっぴり嬉しくなるとともにギクリとしつつ。
それでもまあ、結局のところこれしかあるまい。
「今がまさにお前たちにとっての『来たるべき対話』だ。……親御さん誘って、ちょっとピクニック行って来い」
「えっ」
「えっ」
結構投げやりな気がしなくもないこの提案。
これが俺のできる、精一杯の応援だ。