IS学園の中心で「ロマン」を叫んだ男   作:葉川柚介

49 / 95
第45話「同じ味」

「ピクニック……?」

「そうだ。とりあえず遊びに行って来い、家族っぽく。今度はみんなで、ランチバスケットを持って。そして中にはパインサラダを入れて」

「おいばかやめろ。せめてパインケーキにしてくれ」

「私達は一応男女の双子と扱われてるんだからな!? そのセリフはかなり濃厚な死亡フラグだ!」

 

 なにかってーとネタこじらせなければいられない俺の性質もあり、カラーリング的にはラウラとくーちゃんあたりの命も危なくなりそうなセリフを混ぜつつではあったが、俺が一夏たちに提案した家族復活計画は、ピクニックだ。

 確かにこいつらの境遇でランチバスケットというのは死亡フラグすぎるんでやめておいたほうがいいかもしれないが、それにしたって悪くない手ではあると思う。

 仲を何とかしたい、と考えている両親とはまともに話すことすらできていないのだから、もはや何らかの強硬手段によって家族の時間を作る以外に接触の方法はない。だからといってその舞台がIS学園の取調室やら応接室というのも味気ないどころの話ではないし、ならばいっそいかにもそれっぽい形から入ってみるのはどうだろう。そういう話だ。

 

「つーわけで、どうよ。なんならあの二人と千冬さんには俺から話しつけとくぞ? いっそついていくのも……まあいざとなったらやってやらんでもない可能性があったりなかったり?」

「ほ、本当か……?」

「一夏、これはチャンスかもしれん。おそらく他に手はない。……真宏がこうも無条件に優しいところに罠の気配を感じなくもないが」

 

 なんでこの子らはこう、兄妹揃って似ているようで似ていないのだろう。顔つきとかモテモテなところは似ているのに、一夏は鈍く、マドカは鋭い。なんとなーくいろいろ見透かされてしまっているような気もするが、俺は鉄壁の笑みでもって胡散臭いものを見る目のマドカに相対する。分厚い面の皮には、「他にいい手があるんなら言ってみろよ」と表しつつ。

 

「……そう、だな。よしわかった。真宏、本当に悪いけど連絡頼めるか。あと当日も一緒に来てくれると嬉しいんだけど……」

「そこでヘタれるなよ。……しょうがない、ひょっとしたら行ってやるよ」

「すまん、助かる。……なんとなく一緒に来てもらうのは期待できない気がしてきたけど」

「だな」

 

 とまあ、しかしながら結局これ以上の妙案は浮かばなかった一夏とマドカ。そもそも俺に相談しにくる前から二人で頭をひねっていただろうし、それでも結局お手上げ侍だったのだから無理もあるまい。俺の出した案に飛びついて、次の日曜日に弁当持参でIS学園外の自然公園にピクニックに行くことが、このとき決まったのだった。

 

 

「それじゃあ真宏、よろしくな」

「この礼はいずれする。……よろしく頼む」

「はいはい、おやすみ」

 

 そんな話し合いの後、一夏とマドカはそれぞれの部屋へと帰っていく。ちなみに一夏は相変わらずの一人部屋で、マドカはオータムと相室。マドカオータム部屋に近い部屋に住んでる同級生によると、たまに壁越しに尋常ではない殺気が漂ってくるというからケンカするほど仲よくやっているらしく、オータムは保健室に、マドカは一夏の部屋にひょっこり顔を出すこともあるからなんだかんだで学園生活になじんでいるようだ。

 

 ともあれそんな二人を帰し、扉を閉め、しばらく無言でその場に立つ。聞き耳を立てて、二人の足音が遠ざかり、他の誰の気配もないことを確認。安全が確保されるのを待って踵を返し、すたすたと早足で部屋に備え付けられたクローゼットの前に立つ。

 一夏たちをあまり長居させられなかった理由である、

 

「……はい、お疲れ様です」

「ぶはぁっ!?」

「く、苦しかった……」

 

 中から転がるように出てきた織斑両親を、クローゼットの扉を開けて再び部屋に迎え入れたのだった。

 

 

 この状況に陥った事情は、織斑両親の手足のこんがらがり具合とは違って実のところ極めて単純だ。

 一夏とマドカがアポなしで俺の部屋に押しかけてくるその直前、この両親が俺の部屋にあいさつにやってきた。それだけのこと。

 一夏たちにしてみれば対応に困る家族なのだろうが、俺からしてみればふつうに友人の両親。廊下ですれ違えば挨拶くらいはしていたし、一夏の昔馴染みということを知ったのだろう。今日になって訪ねてきてくれたので、部屋に招き入れてせっかくだからとにかく話を聞いてみようと茶を出し、適当に当たり障りのない会話を交わしていた。

 しかしながら、そこへ一夏とマドカが襲来。顔を合わせづらい上に、許可もなく友人と話をしていたなどとなったら嫌われるのではと動転した二人を仕方ないからまとめてクローゼットに押し込み、一夏たちの応対をしていたという次第である。

 

 ちなみにこの両親が来た理由というのは挨拶だけではなく。

 

「というわけで、一夏たちも同じこと考えてたようで。ピクニック行ってもらいますけどいいですよね。答えは聞いてない!」

「や、あの、せめて是非は問うて欲しいのだが……」

「諦めましょう。それに、真宏君の提案は僕たちにとっても一番いいものです……多分」

 

 そんな感じの、一夏たちと全く同じ目的であったりする。

 

 長く離れていた家族と、仲よくしたい。

 三文ドラマにでも出てきそうな筋書きの脚本を任されたような気分になるが、さすがにリアルの出来事であると重みが違う。ぶっちゃけ俺に何を任せようとしているんだこの一家は、と半ば呆れのような気持ちが湧き上がってくる。

 

 そう思いながら、織斑両親を見る。

 まずもって、二人とも若い。千冬さんの親でもあるわけだからそれなりの年であろうに、見た目が若い。というか美男美女と呼ぶにまったく差支えのない容姿をしている。そのあたりは、さすがにあの姉弟の両親といったところだろうか。

 父親はメガネをかけた細身の男性で、目に宿る知的な光と、垂れ気味のおっとりしたまなざし、丁寧な言葉づかいが分け隔てない優しさを感じさせ、若いころには一夏とまた違った意味で超モテたのだろうと思わせる。というか、IS学園の教壇に上らせればふつうにノーマルな女子生徒を夢中にさせられるだろう。

 

 一方の母親は、鋭い。そう評するのが手っ取り早い。千冬さんやマドカに似たショートカットの髪は首を傾げたりするだけでもさらさらと流れ、いつでもまっすぐ相手を見据える目のきれいなことと言ったらない。ただし、息子と娘に対するときは除くくらいに案外ヘタレだし、さっきクローゼットから出てからも一夏パパに髪を梳かしてもらっていたので、実は結構抜けたところもある人なのかもしれない。

 

「そうだと思いますよ。……子供たちの印象を良くする絶好の機会です。そちらにとっても、悪い話ではないと思いますが?」

「いや、事実その通りなのだがなぜそうも上から目線なのか」

「あんまりやる気ないからですよ。自分ちのことは自分らで片づけてください」

「め、面目ないです……」

 

 とまあこんなわけで、どうやら俺が織斑家存亡のカギを握ることになったようなのでありましたとさ。

 

 

「でも、一夏達のご両親がいい人で良かったです。……おかげで、これを使わなくて済みました。しまっておかないと」

「あの、そのやたらゴツくて柄に歩行者用信号みたいなのがくっついている斧は一体……」

 

 人となり次第ではライダー殺しの評価も高い斧で叩き割らないといけないかもしれないと思っただけに、一夏達の両親がいい人っぽいのは、いいことだ。

 

 

 

 

「じゃ、千冬さんも今度の日曜空けておいてくださいね。最悪山田先生に仕事丸投げしてもいいんで」

「いきなり話があると押しかけてくるなりそれか……!」

 

 そして俺は、さっそくピクニック実行のため行動に移ることにして、寮監室でもある千冬さんの部屋にやってきた。

 なんだかんだで主にヒロインズ、そして今回ついに一夏たちの両親からすらよろず相談請負をする羽目になっている俺だが、本来ならばそういうのは千冬さんがやるべきこと。当然この寮にも千冬さんの部屋があり、ラブコメ主人公のようにノックなしで突入とかしないのであれば、生徒は普通に迎え入れてもらえるようになっている。

 しかし、類稀な戦闘力と引き換えに生活力という物を失ってしまったらしき千冬さんは。

 

「なっ……! どうしたんです千冬さん、まさか何者かの襲撃でも!?」

「お前は何を言っているんだ」

「だって、この部屋の荒れよう……あっ(察し)」

「……言うな」

 

 こんなやり取りが勃発するくらい、部屋が汚い。一夏がいないとすぐこれだ。さすがに恥ずかしいのか、赤くなって俯いて可愛い顔してもダメです。

 てなわけで、相談の前に部屋の掃除から始まった。

 

 なんとか二人が座れるスペースを確保して、俺が自分の部屋と大して作りの変わらない台所で茶を入れて相談を持ちかけ、開口一番の会話が先の無茶振りのとおりとなるわけだ。

 

「いやなに、メンツがメンツですんで一応織斑先生にも許可とっておかなきゃならないでしょうし、千冬さんにもぜひ参加していただきたいですから」

「……であるならそもそも勝手に決めるべきではないと思わなかったのか、貴様は」

「……それを言うなら事情知ってる千冬さんがもっと早く手を打っておくべきだとは思わなかったと?」

「うっ」

 

 織斑千冬という人は、極めて優秀だ。

 武芸の腕は言うに及ばず、全世界から生徒を集めてISに関する教育を施すなどというバルカン半島真っ青の火薬庫において、自らの名が持つ威光も含めていろいろと有効活用して運営に一役買っている。いろいろと元凶である束さんとの付き合いも長いためIS自体への理論的な理解も深く、教師たるに十分な技術と知識を備えている。

 時々ちょっと言葉足らずで実技に偏り、この人教師ってーより師匠だよね、という認識を生徒に持たれていたりもするが、まあそういう先生がいてもいいんじゃなかろうか。

 

 なにはともあれそんなやり手の千冬さんなのだ。今後の世界情勢的に救出必須の要人とみなして助け出した自分の両親を放置しておけば、一夏たちを中心にとんでもない不破の種になりかねないことなど、理解していないはずもない。

 

 身体能力だけならば無双シリーズ出演上等の千冬さんであるが、しかしさすがにそこらへんは人の子。普段の一夏への、好きで大事でしょうがないんだけどついツンツンしてしまう態度やマドカ関連でやらかしたことの例を見るまでもなく、家族関係は超不器用だった。

 そのせいで俺が親子揃って相談受ける羽目になったんですがねぇ、という意思を目に込めてじとーっと睨んでみると、珍しく千冬さんが怯んだ。これまで自分がしてきた対応も、さすがにないわーと千冬さん自身思っておられるのであろう。

 

「何も難しいことは言いません。家族そろってピクニックに行って、一夏とついでに母親さんが作ってきた弁当食べてくるだけですよ。……千冬さんにも事情はあるんでしょうが、今回はそれを知らないバカな俺が勝手にした約束に付き合ってください。お願いします」

「む、むぅ……」

 

 だからこそ、頼み込む。

 ISなどという、それまでの世界の常識をぶち壊すものに長く携わり、公式でこそないものの白騎士事件という中でも特にヤバい事件の下手人でもある千冬さん。やったことは人の命を救うことであったろうが、それによってISが世界に認知され、勢力図とかいろいろ一変させてしまったキーマンであることも確か。

 さらに10年前のあの事件は、一夏が小学校に入学する前でかつ一夏の記憶があいまいな時期であり、両親失踪の時期もそのころと見える。

 

 何かある。絶対に。

 それが両親に対する千冬さんの常ならぬ態度なのだろうし、俺なんかが立ち入れる程度の軽い話でもないだろう。しかしだからといって放置するのは性に合わない。無理やりだろうとなんだろうと、ともあれ家族仲良くしてほしい。

 

「……わかった。おまえに免じて、日曜の仕事はすべて山田先生に押し付けよう」

「ほんとですか。助かりました」

 

 その思いは、どうやらちゃんと通じたらしい。昔から一夏と比較すると扱いは悪いけど、真剣に頼んだことは出来うる限りかなえてくれたんだよね、千冬さんて。おかげで、なんだかすでにして滅茶苦茶緊張している様子だったが、言質はとった。

 これが吉と出るか凶と出るかは織斑一家それぞれ次第だが、少なくとも一本前進することはできたはず。願わくは、それがウルトラハッピーな感じになってくれることを祈るばかりである。

 

 

「ところで千冬さん、あの打鉄のコアどうなりました?」

「あれか……また面倒を押し付けてくれたものだ」

 

 やることやって、閑話休題。

 重たい話ばかりしていたら胃がもたれそうなんで、ここらでちょっくら話題を変えるとしようかね。今日のお題は、先日の織斑両親救出作戦の時に俺が手に入れた打鉄のコアについて。

 

「回収後、研究やら企業への貸し出しやらで経歴ロンダリングしたあとIS学園整備科での打鉄次期量産モデル開発のために使うなどと。本来ならば回収したコアはもろもろ政治的な面も含めて処遇が決まるというのに、お前ときたら……」

「まあまあ、いいじゃないですか一つくらい。どうせあそこ、ファントム・タスクの本隊でも見つからなかったコアがちゃんと全部あったんでしょう? 多少ちょろまかしたってわかりゃしませんって」

「まあ、蔵王と倉持が嬉々として関わって来たからな。既にそんじょそこらの諜報機関では経歴を洗えないほどにあちこちを飛び回っているだろう」

 

 事件の後始末をしてわかったことだが、あのファントム・タスク残党はどうやら残党の中でも最大規模の勢力を誇っていたようだ。施設の見取り図やらなにやらの用意周到さも考えるに、スコールさんあたりが一網打尽にしようとした陰謀を感じるところでもあるのだが、ともあれこれで行方不明になっていたISの回収という一連の対ファントム・タスク動乱における至上命題の一つは成った。

 ファントム・タスクは、各国が「ISコア奪われちゃいました。てへぺろ」などと国際社会で口にしようものならやれテロの支援だお前らにコアは任せておけねえだ俺によこせだと言われることになるという理由から、盗まれた国やら企業は泣き寝入りしなければならないのをいいことに結構な数を盗んでいたらしい。マドカ達の専用機分も合わせると、実に20個近いとかなんとか。

 

 つまり、表向き存在するコアの5%近くが闇に消えていたわけだ。おっかねえ。そんなコア達であるが、セントエルモ事件後、ファントム・タスクの本隊解体時にすでに持ち出されていたらしいコアも大部分がここにあった。

 ……正直ここまでコアが集まってることを考えると、泣き寝入り以外の横流し的な理由もありそうな気がしてくるんだが。

 とはいえ、そうして回収されたコアの返却を主導するのは面倒すぎるので国際IS委員会に放り投げて、今や政治的暗闘の中で揉まれに揉まれていると風の噂に聞こえてきている。

 

 だがそんな扱いをしては忍びないと思うのが、俺を助けてくれた件の打鉄のコアだ。

 俺の命の恩人なわけだし、もともとの持ち主はいたのだろうが、だからといって帰ってきた盗品扱いされたり、ましてや初期化などされるのもかわいそうな話。なのでちょっくら交渉してみたのだ。

 

 

◇◆◇

 

 

「というわけで、千冬さん。このコアをIS学園の整備科教材として引き取ってあげてくれませんか。なあに心配はいりません。俺の知り合いの企業に頼めば、大抵の改造は受け入れられるようにコアを洗の……もとい教育してくれますよ」

「わーい」(←自分の頭の上でぷらぷらされてる打鉄に両手を伸ばし、ぴょんこぴょんこ飛び跳ねているワカちゃんの図)

「……わかった、わかったからほどほどにしておけよ貴様ら!?」

 

 

◇◆◇

 

 

 こんな感じで。

 第二第三の強羅の誕生を恐れたか、千冬さんは割とあっさり許してくれましたとさ。

 これで来年度から整備科には打鉄一機と倉持、蔵王のバックアップがつき、生徒と力を合わせての次期量産モデル制作が開始されることになるのだったりする。

 簪が打鉄弐式の開発に一応成功したということで、白式や弐式のデータをもとに第三世代一歩手前くらいの性能を持ち、それでいて第二世代のような扱いやすさを持った次期モデルを求めだしたのだとかなんとか。そこにつけ込む……もとい、協力する形だ。倉持技研の第二研究所所長の篝火ヒカルノさんという人が、なんか野心丸出しの獣みたいな顔で乗ってきてくれたので話は早かった。

 こうすれば、あのコアもまた新たな力で活躍することができるようになるだろうと思う。躍進を願うばかりだ。たまには使わせてくれたりしないかなー。

 

 

「それじゃあ千冬さん、日曜日はよろしく」

「ああ、わかった。……世話ばかりかけるな、真宏」

 

 そんな会話を楽しんで、部屋を辞す際にかすかに聞こえた言葉は、普段から強がりな千冬さんのために聞かなかったことにしてあげよう。

 ……さて、楽しいことになってきた。

 

 

◇◆◇

 

 

 そして、日曜日。

 週末にして休日。世のお父さん方と学生共が惰眠をむさぼるこの日、わざわざ早起きして弁当をこしらえた一夏と、ピクニックが決まってから箒達にも見立てを手伝ってもらい、あわてて用意したちょっとおしゃれなコートを着たマドカが、朝のIS学園モノレール駅にいた。

 いわゆる一つの待ち合わせというやつである。少々早く着きすぎてしまった感はあるが、このあと千冬と、そして両親とついでに真宏もが来てくれて、近場の自然公園へと揃って向かう算段になっている。道中まともな会話ができるかどうかはかなり不安だが、それを見越した一夏は気合を入れて弁当を作ってきた。これならば、少なくとも美味しいと言ってもらえる……はずだと思っている。

 マドカはマドカで、今から緊張で顔を青くしている。まだ2月でそもそもピクニックには少々寒いかと思われたが、幸いに今日は天気がよく、風もさほど冷たくない。十分に服を着込み、日の当たる場所を選んでシートを広げれば寒さに震えることもないだろう。

 季節外れのピクニックにしては、まあ悪くない天気に恵まれた今日この日。

 しかし。

 

「真宏が……来ないっ」

「お、落ち着けマドカ。まだ準備とかいろいろしてるのかもしれないし……」

 

 そう、真宏が来ない。

 そろそろ集合時間だというのに、いまだ姿を見せないのだ。千冬たちもまだではあるが、実際のところは一夏とマドカが集まったのが早すぎるだけでまだ余裕はある。しかしながら言いだしっぺの真宏がいないといはいったいどういうことなのか。

 まさか、という危惧を抱くのも無理からぬことである。

 

「おーい、おりむ~、まどっち~」

「む、この聞くだけで無駄に癒される間延びした声は」

「あれ、のほほんさん……こんな時間に起きてるなんて意外だな。休みの日はそもそも起きることがないかと思ってた」

 

 そんなとき、一夏たちのもとにのたのたと、カタツムリのほうがまだましなのではとすら錯覚するほどにふらふらのろのろとやってきたのが、のほほんさんであった。休みの朝であるせいかいつもより3割増しで眠そうな顔をしており、あれは自分たちに用があるのかそれとも寝ぼけて出歩いているだけなのかと、割と本気で不安になる。

 

「おりむーひどすぎー。私だって女の子なんだよ~、日曜日だって普段は8時くらいには起きるよ~」

「……朝の?」

「夜の~」

 

 ダメだこいつ。一夏とマドカは同時にそう思った。

 だがそんな冬眠ならぬ週末眠する性質を持った生き物が、いったいこんな時間に何用なのか。なんとなく、いつも通りの長すぎる袖に隠れた手がつまんでいる手紙のようなものの存在感が怪しいのだが。

 

「あのねー、まっひーからこの手紙預かってきたのー。読んでね~」

「あ、ああ……ありがとう」

 

 いったい何のために現れたのか。手紙を渡すなり、また寝るからじゃーねー、と袖をパタパタ振りながら眠そうにあくびをしつつ戻っていくのほほんさん。いつも通りのマイペースさに疑問を挟む余地すらなかったが、ひょっとするとこれも有無を言わせぬための真宏の作戦なのだろうか。いや、何をしでかそうとしているかはわからないのだが。

 

 そんなことを思いつつ、封筒に入れられた手紙を取り出し、開く。マドカも横から覗き込んでくる、そこに書かれていた内容は。

 

 

『今日はお前たちについていくつもりだったんだが、膝に矢を受けてしまってな……』

 

 

 原文ママである。

 

「やっぱりか……っ!」

「ここまでお膳立てしておいてからはしごを外すような真似を!」

 

 半ば予想はしていたが、見事やらかしてくれよった。

 これはどちらかというとドタキャンというより強制的に家族水入らず状態を作り出そうとする真宏の罠なのだろうが、実際やられると腹が立つ。

 

「いや、逆に考えるんだ。『真宏に頼ってばかりではいけない』そう考えるんだ」

「そ、それもそうだな。よくよく考えればこれは私達の問題。真宏に頼ってばかりではよくない」

 

 しかし、冷静になってみればこれもある意味では当たり前のことだ。

 この話題に関しては一家揃ってヘタレている自分たちに対して、真宏がとった方策は単なる荒療治。獅子が子を千尋の谷に突き落とすというか、泳げない子をとりあえず海に放り投げるとかそんな感じである。ヘタすると死ぬのが共通点、というところが問題だが。

 

 ともあれ、こうなったからには致し方ない。なんとかピクニックに行って、話をして、いろいろ理解を深める。ただそれあるのみ。

 ここまでお膳立てを整えられてようやく、一夏とマドカはそれぞれに覚悟を決めた。

 

 

◇◆◇

 

 

 両親と千冬は、待ち合わせの時間に遅れずやってきた。

 千冬はさすがにスーツではなくセーターにジーンズ、コートの私服姿。両親は長年のファントム・タスク暮らしが祟ってか、今日のことを聞いて買い揃えただろう冬の装い。そんな5人が、モノレール駅にて顔を合わせることとなった。

 

「……そ、それじゃあ、行こうか」

「う、うん。そうですね」

 

 口火を切ったのは一夏と父親。なんかいろいろ複雑らしい女性陣は、最初にあいさつを交わせただけでもまあ大健闘と言っていいだろう。その後、移動中のモノレール車内を含めほぼ無言であった点はいただけないが。

 

 

 そのまま自然公園へと到着したのは、よかったのか悪かったのか。最悪の事態として予想された衝突がなかったとみるべきか、この期に及んでお互いに初心な中学生カップルじみた目配せのみで一言も発しなかったこの一族の意外なヘタレっぷりを呆れるべきか。

 ともあれ、一行は今回の決戦場である自然公園へと、やってきた。

 

 

 この自然公園はIS学園および一夏たちの自宅から数駅離れたところにある、それなりの大きさの公園だ。IS学園入学前などは一夏も友人たちとたまに遊びに来ていたし、小学生のころは千冬に真宏ともども連れてきてもらってそこらじゅうを駆けずり回り、ちょっとしたアスレチックになっている遊具に飛びついてサルのように遊びまわったこともある。どちらがより高いところまで登れるか、とかバカみたいな競争をして、二人して遊具のてっぺんで片足立ちのポーズを決めて危なすぎると殴られたものである。

 そしてこの手の場所の常として、木々に囲まれた敷地面積の大部分を占める草原がある。外から吹く風は木が遮り、よく晴れた空から太陽がまっすぐ照らしてくる今日はそれなりのピクニック日和と言えなくもない。

 

 さあ、ここからが本番だ。

 足首くらいまでの高さに草が生い茂っている草原の一角に一夏が持参のシートを敷いて、一夏手作りの弁当と、さらに実は母親も作ってきていたらしい弁当を並べ、家族が腰を下ろす。

 楽しい楽しい食事の時間。ここでも会話がないならばおそらく二度と関係修復不可能になるのではないかという危惧がかなりのリアリティを伴って迫りくる、食事の時間である。

 

 

「えっと……弁当は、おにぎりと卵焼きとから揚げとゆでたブロッコリーとかと……」

「わ、私もおにぎりを……神上君に言われて、作ってきた」

 

 広げられた一夏の弁当は、それはもう気合の入った一品揃いだった。海苔香るおにぎりはふわりと握られて、色よく揚がったから揚げが食欲をそそり、きれいな金色に焼き上げられた卵焼きはさぞや柔らかく美味しいだろう。

 箸休めとしてゆでたブロッコリーに人参のグラッセと漬物、タコさんウィンナーも完備。至れり尽くせりのピクニック弁当であり、一夏がこれまで積み上げてきた主夫歴の長さを物語っている。

 

 一方母親持参の弁当は、おにぎりのみ。しかし長年囚われの生活をしていた割にきれいな三角形に整っており、意外と料理は得意なのかと思われた。

 

「そ、その……口に合わないかもしれないけど……食べてみて、くれないか?」

 

 じっと弁当を見つめる五対の視線。しかしそんな弁当の品評会ばかりを続けるわけにはいかない。そう思ったか、今度は母親が意を決した。つつ、といかにも自信なさげではあるが自分の作ってきた弁当を差し出し、食べて欲しいと告げる。

 実際のところ、一夏も興味はあった。この、いまだあまり実感が湧かない自分の母親がどんな料理を作るのか。見た目はそれなりに整っているので、セシリアのように特殊な料理の腕前をしていなければ、少なくとも食べられる程度の味にはなっているだろうと思われるのだが。

 

「それじゃあ……いただきますっ」

 

 ゆえに、まず真っ先に手を伸ばす。一番手前、しっとりと海苔が巻かれたそのおにぎり。手に取り口元に持ってきても何の変哲もないそれに、大口を開けて、がぶりと食いつき。

 

「……」

 

 目を見開いて、固まった。

 

 

「お、おい一夏、どうした!?」

「……もぐもぐ」

 

 様子がおかしいことに気付いたマドカが声をかけてきても、再起動した一夏は構わず咀嚼する。そのままついでにもう一口。今度は具に当たり、中から鮭がのぞいた。それでもかまわずがつがつとおにぎりひとつを瞬く間に平らげた一夏は、いったい何ごとかと家族の注目を一身に集めながら黙っておにぎりを飲み込み、呟いた。

 

 

「……俺のと、同じ味だ」

 

 

 おにぎりの作り方は極めて単純だ。

 材料は米と塩と海苔と具。それだけでありながらバリエーション豊かで、日本人にとって極めてなじみ深いものであるからか、家により人により味が違う。

 事実、一夏の作るおにぎりは昔篠ノ之道場に通っているときに箒の母親が作ってくれたものとは違う味になっている。

 

 だが今口にした、母親のおにぎり。

 それは一夏が作るものと、同じ味だった。

 

 一夏は小学校に入ったころ、千冬と一緒に写っている一番古い写真以前の記憶がほとんどない。当然それより前に姿を消した両親のことも覚えておらず、だからこそ二人を救出したあのときは、ただの見知らぬ要人として接していた。

 両親の顔も声も何一つ覚えていなかったこと。それが今の一夏と両親の間の溝の一つであることは間違いない。

 だが今の味。ずっと、自分の味だと思っていたそれが、ここにもあった。

 

 記憶は何一つなくても、覚えていたのだ。

 母の料理を。父とともに食べた食事を。姉と妹と一緒に、みんながいた時間が、確かに体に刻み込まれていたということを。

 

「一夏、お前泣いて……」

「え、あれ……? な、なんだこれ」

 

 思わずこぼれた涙は、失われた過去を洗い流す雫であったか。ぽろぽろと零れ落ちる涙は止まることなく、しかし一粒ごとに一夏の心を晴らす慈雨となっていた。

 おにぎりの味で思い出すとは、何とも一夏らしい話である。

 

 

「そういえばマドカは、お薬足りてますか? ファントム・タスクから出るときにいくらか持ち出せたんで、もう大丈夫ではあると思うけどなくなりそうだったら……」

「薬……? ま、まさか私が真宏に変なガウンを送られるくらいしょっちゅう大量に投薬していたナノマシン治療薬は!?」

「そ、そんな風に使ってたんですか。……ごめん、マドカ。君は幼いころ持病があって、ファントム・タスクに行く僕たちが連れて行かなきゃいけなかったんだ。今ではなんだかすごく元気になったみたいだけど、一応ね」

「し、知らなかった……。スコールからは、あの薬を服用すれば生身でグリズリーを一ひねりできるくらい強くなると言われていたのだが……」

「いや、よくわからない薬を過剰摂取するなよ。だから真宏にそういう扱いされるんだろうが」

 

 そして、なんだかんだでマドカの方も両親に忘れ去られていたわけではなかったようだ。

 まだ詳しく話せない事情があるらしいが、マドカがかつて一夏や千冬と引き離されてファントム・タスクに所属することになったのは、マドカの身に宿った病が原因だったのだという。当時民間の病院での治療は難しいが、いろいろ非合法なものも扱っているファントム・タスクのナノマシン治療ならば、あるいは。

 とある理由からかの組織に身を寄せなければならなかった両親は、自分たちが進むことになる修羅の道に子供たちを巻き込むわけにはいかず一夏と千冬を残し、そんな理由もあってマドカだけは手放すわけにいかず、家族がバラバラになってしまったのだという。

 後にマドカはいろいろな交渉の元ファントム・タスクの工作員となる羽目になり、けがの治療用含めて自分の持病も治療するナノマシン治療薬を渡され、薬を使うことに全く抵抗なくなってしまったりもしたのだが、まあそれはそれ。

 なんにせよ病は治り、何かというと薬をぶすぶす注射もいとわず摂取する癖が残ったくらいで解決したのだという。

 

「ところで、ファントム・タスクでは何を研究していたんだ?」

「えーと、うーんと……ちょっと異世界の研究を」

「そ、そうだとも。マドカを守るためにアストラル次元を滅ぼす方法をだな?」

「マドカアアアアアア!」

「屋外で人の名前を叫ぶ一夏は嫌いだ」

 

 研究の内容については今はまだ語るつもりはないようだが、それも時間が解決してくれるだろう。

 両親の想いは常に傍らにあった。マドカもまた、そのことを知った。

 

 

「千冬も……すまない、苦労ばかり掛けた」

「……いや、その言葉で救われたよ、母さん」

「……っ! ありがとう」

 

 そして、千冬さん。

 こちらはこちらで何やら複雑極まりない事情があるのだろう。一夏とマドカがいることを気にしてか言葉は少なく、見つめあう。

 お互い、余人には計り知れない思いがあったのだろう。目に映るのはきっと、悔恨、謝罪、歓喜と他にもいろいろ。まあそのあたりは、いずれ機会があれば知らしめられることになるだろう。

 ただ今は、まだぎこちないながらもこの家族が仲よく食事に興じられるようになったことを喜びたい。

 

 

「……ところで、そろそろ姿を見せたらどうだ」

 

 なんとかかんとか楽しいと思えるようになってきた食事。一夏と母親が作ったおにぎりを食べ比べて本当に同じ味であることに驚き、おかずの出来のよさに舌鼓を打って、美味しいお茶で一息つく。

 かろうじてピクニックらしい空気になってきたその時、千冬が声を発した。すっと細められた目が向けられるのは近くの茂み。まるで狩人が獲物を狙うような冷たい視線の圧力は強い。そんな目で見られれば誰であろうと平静を保つことは難しいもので、何事かと千冬の視線の先、特に変わったところがない足首丈の草が生える草原に家族そろって目を向け。

 

「……アハトゥング」

「ヤヴォール!」

 

 千冬のドイツ語での呼びかけに応え、「草の塊」が直立した。

 

「うおわああああ!?」

「な、なんだこのおばけええ!?」

 

「……ハッ!? ま、待て私は怪しいものではない。私は……そ、そう野良マクミラン大尉だ。鳴き声はステンバーイとビューティホーだぞ!?」

「ぎ、ギリースーツ……! こんなに近くにいるのに全く気付かなかった! ……てかその声ラウラだろ。何やってるんだいったい」

「だ、だから私は野生のムックだと……」

 

 全身草だらけで顔も見えないからさっぱりわからないが、必死にごまかそうとするその草の塊は、なんか人っぽいシルエットの口があると思しきあたりを盛大にもふぁっさもふぁっささせている。どういう構造なのか不明だが、しかし声からするに正体は明らかにラウラである。

 ドイツ軍御用達なのかそれとも自作なのか、踏むまで存在に気付かなそうなレベルのギリースーツを着込み、気付けばものっそい近場に潜むなどということができるという時点ですでに会長かラウラくらいしか候補がいないし、会長だったらそこらの木にへばりついて隠れるくらいのことはしそうであるからして、なおのことラウラ以外にありえない。

 

「……なるほど、マイクにカメラとは……真宏の差し金だな」

「ギクッ!? さ、さすが教官の妹。察しが良いな」

 

 そして、目ざといマドカがラウラの手にある小型のマイクとカメラに気付く。スパッと一発で背景までバレてしまってはしょうがない、とばかりにギリースーツの頭部分を外して顔を出すラウラ。そこはかとなく申し訳なさそうにしているのは、さすがに家族のプライベートに首を突っ込むような真似をしてしまったせいか。

 

 ではなぜこんなことをしてまで一夏たちの様子を探っていたのか。その理由は、もちろん。

 

 

「バレてしまっては仕方がない……! 者共、であえであえ!」

「待て真宏、それは私達全員千冬さんに切り捨てられるフラグだ!」

「日本のお約束なのかもしれませんが、わたくしたちまで巻き込まないでくださいまし!」

 

「あ、真宏達だ」

「なるほど、ラウラちゃんから中継して僕たちの様子をうかがっていたんですね」

 

 一夏の親父さんが察した通り、実はばっちり俺達一年生専用機持ち+会長の一行が、この状況を監視していたからであったりする。

 千冬さんが実際上様並みに強いことを知っている箒が慌て、セシリアが呆れ、鈴とシャルロットが苦笑いしながら姿を見せ、会長は事態がこじれたらどうしようと流していた冷や汗を簪に拭いてもらいながらなんとか笑顔を見せている。なんだかんだでのオールスターズだ。

 

 

「真宏、お前やっぱり来てたのか。それにみんなも」

「そりゃあ、一応気になったんでね。どうやら無用の心配だったみたいだけど」

 

 どやどやと姿を現した俺たち一同に、そこはかとなく呆れた表情の一夏。そりゃあまあ、わざわざギリースーツのラウラをかぶりよりに潜ませてカメラとマイクで遠くから様子をうかがうなんて面倒なことをしていれば、さすがにそうもなろうよ。

 とはいえ、俺だって心配だったんだ。荒療治が必要だとは思ったが、それで本当に親子関係などという複雑怪奇な縁が修復されるかは五分五分もいいところ。もし万が一のことがあれば飛び出して余計なことをしましたと、俺の必殺技の一つである猛虎落地勢(いわゆる一つの土下座)でもかましてうやむやにしなければ、と危惧していた。

 

 しかし蓋を開けてみれば、何とかなった。

 一夏はおふくろの味を思い出し、マドカは自分がファントム・タスクにいた意味を知り、千冬さんも少々打ち解けたらしい。これなら、あとは時間に任せるだけでいいんじゃなかろうか。

 

「いやでも、よかったよ本当に。……というわけで安心したら腹減ってきた。俺達も弁当用意してきたんだけど、一緒に食っていいか?」

「とか言いつつすでにレジャーシート敷いてるだろおい。……まあいいけどさ。ありがとな」

「なんの」

 

 そしてその時間を縮めるには、みんなで楽しく仲良く騒いでしまうのが一番手っ取り早い。それが俺の信条だ。俺たち一同が腰を下ろし、持参の弁当も広げる。ここからは多国籍な感じになるので、一夏とかぶらないようにする意味も含めて用意したのはサンドイッチ。朝から具を用意してパンを切って挟んで押えての繰り返しをしつつ、一夏たちはちゃんと仲直りできるだろうか、手紙を託したのほほんさんは一夏たちに元へたどり着く前に道端で寝たりしていないだろうかと気をもむのは稀有な経験だった。

 

 その辺の憂さを晴らすためにも、さあさあみんなで食べようじゃないか。

 

「てなわけで、みんな揃っていただきます!」

「ああもうやけだ、いただきます!!」

 

 どうにも一夏の両親はまだ全てを話したわけではないらしい。なぜマドカだけが連れて行かれたのかは分かったが、そもそもファントム・タスクに合流しなければいけなかった理由に関しては話題にしなかった。

 だがそれもおそらく、いずれ知るときが来るだろう。

 

 なので今は気にしない。珍しく千冬さんもしおらしくしていることだし、ここはひとつ盛大に飲み食いしようじゃないか!

 

 

 てなわけで、その日はみんな揃って楽しんだ。

 さりげなく一夏や両親の隣に座る権利をめぐる乙女の暗闘が発生したり、千冬さんとマドカという鉄壁のガードがそれでも突き崩せない不動の要塞として一夏の両サイドを守ったり、俺と簪が並んでそんな顛末をニヤニヤしながら見ていたり、ついうっかり簪に甲斐甲斐しく世話してもらって砂糖吐きそうな顔されたりなどなど。

 一時はどうなることかとなった織斑家騒動。これにて一旦の解決を見たとみていいのではなかろうか。

 

「はい、父さん母さん、俺の作った料理も食べてみてくれ」

「……うん、ありがとう一夏」

「心して、味あわせてもらおう」

 

 家族仲が良いってのは何よりだよね、うん。

 

 

◇◆◇

 

 

 さて、そんな心温まる一幕から数日後。生徒指導室でのこと。

 そろそろ3月、来たるべき新年度へなんとなく思いを馳せるこの時期に、おれはちょっくらやってみたいことがあった。

 

「というわけで千冬さん、新入生歓迎のイベントなぞ是非やりたいんですけど、やっていいですか」

「おまえが首謀者というのが気になるところだが……教師として、断る理由はあまりない、な」

「ちょっ、織斑先生!?」

 

 それこそが、新入生歓迎のため生徒が持つ専用機を駆使したちょっとしたイベントである。

 IS学園に入学する生徒であれば、中学時代から理論やら何やらについての勉強をしているのは割と標準的なことらしい。その一方で、生でISが動くのを見たことがあるかと聞いてみると、実はあんまりそんな機会もないらしい。

 モント・グロッソは世界中から注目を集めるイベントだが、開催するのは数年に一度。野球やサッカーのようにプロリーグがあるわけでもなく、下手すると軍事機密のベールに包まれて自国にどんなISが配備されているかも一般人レベルではあまりわからない、という話もままあると聞く。

 

 そんなISについて詳しくはあるがあんまり実物を見たことない新入生たちに、まずはISというのがどんなものなのか、どれほどすごいことができるのか、一年前までほぼ知識すらないへっぽこぷーな新入生だった俺と一夏程度でも、ここで学べばこんなことができるんだと見せてあげたい。そう思った次第。

 などという説明を千冬さんと山田先生にしてみたわけだ。

 

「……その間常に目がニヤニヤ笑っているあたり、何を企んでいるのか不安でしかたないのだがな」

「いやあ、そんな風に褒められると照れますな」

「褒めてません……! 褒めてません!」

 

 ちなみに俺が相談を持ちかけたのは、こういうことにかけて結構な権限を持っている千冬さんと、そのあおりでいろいろ面倒事を押し付けられる苦労人の宿命を背負う山田先生。またぞろ何かやらかすのではという疑惑の目で見られているが、失敬な。今の俺は来たるべき後輩のことを思う良い先輩予備軍ですよ?

 

「別にいいじゃないですか、どうせ今の一年には専用機いっぱいあるんですし、来年度の生徒は今年よりまともにふるいかけられたんでしょ? ……まあ、その分偽装に気合入ってるのもたくさんいるかもしれませんが」

「そのことを思い出させないでくださいよぅ……。うぅ、ぽんぽん痛くなってきました」

「……ちなみに参考までに聞きたいんですけど、ワカちゃんとかくーちゃんとか紛れ込もうとしてませんでした?」

「……してました。ばっちり。隠す気もなかったみたいなんで書類選考の段階で落としましたけど。あれ絶対ただの嫌がらせですよぅ……」

 

 今年度は入試終了間際になって一夏や俺といったイレギュラーの存在が明らかになったため、そんな段階になってから色々ねじ込もうとしてきた国やら組織やらが多く、それを突っぱねるのにも結構苦労があったらしい。

 一方今年は相変わらず俺と一夏という男のくせにISを使える、できることならお持ち帰りして分解して調べたいなーと割と本気で思える存在がいるので、その籠絡やらなんかを目的とした新入生の皮をかぶった工作員が紛れ込む可能性が高い。それも、去年のように土壇場でむりくり経歴でっち上げたようなのではなく、一年かけてじっくりがっつり仕込んだり経歴詐称したりしたのが、である。

 無論、そのあたりIS学園やほかの国家も把握してるので諜報合戦とチクリ合いが常態化しているのではないかなーと妄想しているのだが、山田先生のこのありさまを見るにあながち間違いではないのだろうと思われた。

 

「大丈夫です、山田先生。先生たちの努力でヤバいのは多分いなくなってます。それに俺が企画してるのはそういうのと関係ない愉快痛快娯楽イベントですから、まったく問題ないですよ。ぐるぐるぐる」

「はへぇ~、そ、そうなんれすか~?」

「落ち着け山田先生。洗脳されるな」

 

 そんなお疲れモードの山田先生。がっしと肩をつかんで真正面から目を覗き込み、真摯に説得したら聞いてくれるのではないかなーと思ってみたら千冬さんに止められました。ちっ、あと少しだったのに。

 

「だが、まあいいだろう。こちらとしても新入生に教育する手間が少しは省けるからな、あまり無茶苦茶なことはするなよ」

「いやっほうお墨付き! さっそくワカちゃんにちょっと調達してもらわないと!」

「……あれでよかったんですか、織斑先生?」

「……すまん、少し後悔してきた」

 

 許可を得て、部屋を飛び出し際にそんな会話が聞こえた気もするが、来たるイベントごとに集中している俺はまったく気にしない。

 例によってイベント=襲撃フラグの絶えないIS学園だが、年度が変われば少しはましになっていることを信じて、どうしても用意しなければならないものをワカちゃんに頼むのであったとさ。

 

 

 俺にとっての新年度は、そんな感じに始まろうとしている。

 なんだかんだでIS学園やISそのものにも慣れてきて、さあこれからという時期だ。

 

 しかし、何もそんなお気楽に過ごしている者ばかりではないというのもまた、世の中よくあることなわけで。

 

 

◇◆◇

 

 

 ある日の夜。

 

「……」

 

 IS学園の敷地内には充実した……を通り越して充実しすぎてるんじゃないかと思われる施設が、実はかなりある。

 その中の一つに数えられる、「天文部もないのにある天文台」に一人の女性がいた。普段ならば稼働していない時間でありながら、青空に向かって筒先を伸ばす望遠鏡。レンズの先に見える暗夜を睨む豪奢な金髪と色っぽい唇の美女は、旧ファントム・タスクメンバー随一のフリーダムさを誇り、今やIS学園内において生徒たちから「お姉さま」と呼ばれるのがデフォルトになりつつあるスコールだ。

 そんな彼女が今、普段生徒たちと、それを餌に釣り上げたオータムを美味しくいただくときの余裕に満ちたものとは違う、真剣な表情を浮かべていた。

 

 空の向こうの宇宙を探り、傍らに用意した端末に表示されている記録と照らし合わせ、分析結果を確認する。

 IS学園に来て、そして織斑両親を救出したことでこれまでもずっと続けていたこの行為の精度はますます増した。そしてだからこそ、今気付いた違和感が見間違いではないのだと、スコールは疑念を挟む余地すら抱けなかった。

 

 決して歓迎できない事実。

 いつか来るべき時が来たのだという実感とともに、スコールは胸の苦さを噛みしめる。

 望遠鏡から目を離し、己の両目で空を見上げ。

 

「バカな……早すぎるわ」

 

 ……真宏あたりが近くにいれば、確実になんかツッコミ入っていただろうセリフを呟いた。

 

 いずれにせよ、一部の者たちは知っている。

 ここが分水嶺、終わりの始まりであるのだと。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。