IS学園の中心で「ロマン」を叫んだ男   作:葉川柚介

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第5話「お前の相手はこの俺だ」

 何事にも先達はあらまほしきことなり。

 

 昔の人は良いことを言った。

 山の上にある有名処を参ろうとした坊さんがそうと気付かずに、ふもとで満足して引き返してしまったという古典の一節に習うまでもなく、物事を修めようとするならばそれなりに話の通じる指導者が必要ということである。

 

『こう、がおーっ、とやってから、ガンガンギギーン! でギンガマーン! という感じだ』

『考えちゃダメ、感じなさい。フィールよ』

『防御のときは優雅に5度旋回。回避の時はしなやかに20度左斜め上へ回転ですわ!』

 

 間違ってもこんなのを指導者に選んではいけないと言う事実を、一夏は今身をもって噛み締めていることだろう。

 

「それじゃあ一夏、試しにこれを撃ってみてくれるかな」

「お、おう。わかった」

 

 本当の意味で理路整然とした説明。

 相手の理解度を把握した上でなされる実践を交えた教義。

 本来訓練とはかくあるべきだと一夏が涙ぐむのも無理からぬことだろう。

 

「でも、ちょっと意外だったよ。真宏がいるんだから射撃に対する訓練もやってるかと思ってたんだけど」

『それも考えたんだけどな。ファーストシフトしかしてないのにワンオフアビリティを使えたり、近接格闘用の武装しかなかったり、そのために理不尽な出力のブースター付けてたりな白式の性能をまずは体に覚え込ませないと話にならなかった』

「……あー、それちょっとわかるかも。白式の推力は軽量の高機動型ISとはいってもちょっと異常なくらいだよね」

 

 さりげなく箒達三人のアレな指導については触れず、先の模擬戦で見せた一夏の変態機動を思い出したのだろう。得心がいったという顔で苦笑いを浮かべるシャルルであった。

 

 本当に一夏の機動は頭がおかしい。

 どうしたら相手が引き金を引く瞬間を予測して回避し、あらかじめ準備してあったイグニッションブーストで接近戦に移行したりできるのだろうか。おのれニュータイプ。

 まあ、それだけのものがあってもまだ安定した勝利に届くほどのものではなく、シャルルあたりと戦えば為す術なくやられてしまうのが難しいところなのだが。

 

「それでも勝てないのは、やっぱりまだ完全には慣れ切ってないからかな?」

『確実に、な。イグニッションブーストの制動が上手くなれば化けるぞ。それこそ、刀一本で世界最強の座を射止められるくらいには』

「……なるほどね」

 

 教えられた射撃姿勢を必死に保ちながら下手くそな射撃を続ける一夏を少し離れたところから眺めつつ、そんな会話を交わす俺とシャルル。

 経験値で言えば一夏と大差ない俺ではあるが、それでも目の前の白い装甲の主が未完の大器であると思えば、その成長の一助となっていることが誇らしい。

 友として、またわずかながらの先達として、後の一夏の大成に思いを馳せるのはなかなかどうして悪くない心持ちだった。

 

 ……その直後、俺とシャルルは「どうしてこんな年寄り臭いこと考えてるんだ……」と気付いて溜息をつくことになるのだが、それはそれ。気にしない気にしない。

 

 そして同時に俺は知る。

 平穏と安定は破られるためにあるのだと。

 

 

「ねえ、アレ」

「ドイツの第三世代ね。……肩に大口径レールガンとは、ハイカラじゃない」

「銀髪に黒いIS……いかにもライバルポジションな感じね!」

 

 他の訓練者達から微妙にシリアス度の低いざわめきが広がり、マガジン一つ使いきった一夏がピットを振りかえる。

 そこに姿を現したのはドイツ代表候補生にして千冬さんの薫陶厚く、転校初日に一夏へ平手打ちをかました女傑、ラウラ・ボーデヴィッヒであった。

 

「……」

「……」

 

 その視線はちらとも逸らされず一夏に向けられており、それに気付いた一夏も真っ向から見返している。

 互いにISを展開した状態で、場所はアリーナ。

 二人の間に漂うただならぬ雰囲気は瞬く間に周囲へと伝染し、放課後の訓練に使われている最中のアリーナ内に重苦しい沈黙を敷き詰めている。

 一触即発。

 紛れもない、その四字がこの場に集った全員が共通して感じた危惧である。

 

「……おい、」

「……なんだよ」

 

 で、あったのだが。

 

 

「デュエルしろよ」

 

 

「……すまん真宏、すごく頭が痛くなってきたんだが」

『この状況で俺に振るんじゃねぇよバカ野郎』

 

 なんかもう涙が出そうになるくらい一瞬で弛緩した。

 固唾を飲んで成り行きを見守っていた周りの生徒達もなんだとばかりに興味を失いそれぞれの訓練へと戻って行き、もはや拭いがたい間抜けな空気へと入れ替わってしまった。

 

「何? このセリフを言えば即座に戦闘が始まるのではないのか!?」

『うん、どこから仕入れた知識かは聞かないけど明らかに間違ってるからね、それ』

 

 ラウラへの視線に隠しようもなく混じっていた緊張と警戒が生暖かいそれに変わるのもむべなるかな。そりゃあ反射的にツッコミを入れもするという話だ。

 

「え、ええいっ! それよりも織斑一夏! 私と戦え!」

「理由がないだろ。嫌だよ」

「……貴様にはなくとも、私にはある。織斑教官の偉業を阻んだ貴様の存在、断じて認めるわけにはいかん」

 

 しかしそこはさすが軍人と言うべきか、すぐさま張りつめた空気を取り戻して一夏へと言葉を飛ばす。

 口にしたのは挑発の体すら成していないようなものであったが、それでも一夏の神経を逆撫でするには十分すぎるほどの話題だ。

 

 この世界でも、第二回モント・グロッソ決勝当日の一夏誘拐事件は起きている。

 その事件が起きるだろうと知っていた俺は、せめて少しでも助けになればと思い一夏と行動を共にしていたのだが、そこはまだ当時ISを使えるはずもなかった一人の子供とプロの仕事。あっさりと為す術なく一夏がさらわれるのを止められるはずもなく、俺は即座に千冬さんへ連絡を入れることしかできなかった。

 あれは、姉から世界大会二連覇の栄誉を奪わされた一夏のみならず俺にとっても無力を思い知らされた忌まわしい事件である。

 

「……嫌だと言ったはずだ。また今度な」

「ほう。――ならば、戦わざるを得ないようにしてやる!」

 

 そう叫ぶと同時、戦闘状態へとシフトしたシュヴァルツェア・レーゲンの大口径レールガンが火を吹いた。

 起動から発射までのタイムラグの短さ、さすがはドイツ軍でトライアル中の実証機である。

 

 そのとき、着弾までのわずか一瞬のうちに驚き目を見開く一夏と、割り込み盾で弾体を弾こうとするシャルル、そして。

 

『ISホームラン!!!』

 

 シャルルよりさらに前に割り込んだ俺が、ドクロのマークが描かれた近接戦闘用バット「黄金」で弾体を撃ち返した音が響き渡った。

 

「……」

「…………」

「……………………」

 

 ああ、三人分の沈黙と打ち返されバックネット……じゃなかった遮断シールドに直撃したレールガンの弾体が立てる音が心地よい。

 高校野球にて聞くような金属バットの快音には程遠いが、剛速球を真正面から打ち返すというのは紛れもないロマンであり、快感だ。

 まあ、打ったのは剛速球どころか超音速の特殊徹甲弾だったのだが。

 

 やった当人が言うのもなんだが常識外れのこの現象、ISのハイパーセンサーと強羅の第二世代型とは思えないバカげた強度と腕力があって初めて可能となる力技だ。わざわざ可能にする必要性はどこにもないが。

 それはもう、プロの軍人であっても……いや軍人なればこそ目を疑うような光景であったのは間違いない。

 

 どのくらい衝撃的だったかと言うと、当事者ならざる素人の言葉がするりと入り込めるくらいに。

 

『ヘーイ、フロイライン。戦ってもイイけどサー、時間と場所をわきまえなヨー!』

「……ふっ、見た目だけの日本のクズ鉄とフランスのアンティークで私の前に立ちふさがるか」

「おい、俺を忘れるなよ」

 

 多少表情を引きつらせつつも皮肉を言い放ったラウラに対し、これまでの言葉に無関心を払っていた一夏が噛みついた。

 おや、ここで前に出るとは思っていなかったんだがな。

 

『一夏?』

「真宏の使う強羅はすげーカッコいい。……正直俺は色んな意味で使えないけど、それでもバカにされたらムカつきもするさ」

 

 ……なんとまあ。

 俺は強羅を使い、ロマンを体現することにこの二度目の命をかけている。

 この世界で報われない日々を生き、ロマンを失った男と男の子たちにとってわずかなりと希望になればと思い、いかにもな見た目を誇るこの機体を使っているが、どうやら理解者はすぐそばにいたらしい。

 

 こちらに笑いかける一夏と、黙って並び立ってくれるシャルル。

 ……いいね、このシチュエーション。

 ラウラ・ボーデヴィッヒとシュヴァルツェア・レーゲンは間違いなく強い。

 だが、俺たちは多分もっと強い。

 この身にまとった強羅と、頼れる二人の仲間がいれば、今の俺達に敵はいない。

 根拠なんて何もないけど、それでもはっきりと確信できた。

 

 そう、それこそが男のロマン。「友情パワー」だ。

 

 

『そこの生徒! 何をやっている! 作戦目的とIDは!』

『ロマン、強羅2号』

「おいこら真宏」

「……ふん、今日は引こう」

 

 スピーカーから聞こえてきたアリーナ担当の先生の声を面倒と思ったか、あるいは俺達のしたことが軍人上がりのラウラには興ざめの茶番に見えたか。いずれにせよラウラはISを解除し、姿を消した。

 

 大口径とはいえレールガン一発。

 私情の占める割合が大とはいえ、本物の軍人がかなり本気で排除しようと考えていた対象への攻撃としては軽く済んだと見るべきだろう。

 直接目の当たりにした彼女の一徹さや、何より垣間見えた彼女自身の身につけた技量など脅威と認識すべき点は多々あるが、それも全て対面するのは一夏。

 二人の事情に無関係な俺が余計なちょっかいを出しても関係と事態が好転するはずもない以上、例によって俺は今日のように傍から支えるに留めておこう。

 それで十分なはずだ。

 

 ――はずだった、のだが。

 

 

◇◆◇

 

 

 その日の夜。

 寮の食堂で夕食を取り、自室へと帰る道すがら。前方から妙なシルエットの物体がよたよたと歩いてくるのを目にした。

 

「二枚のヒトデを横に連結して真ん中に蝙蝠の顔を張り付けたような形をしたペスターという怪獣がいてね?」

「……今の俺達が似てるって言いたいのか、真宏」

 

 その正体は中近東から油田やタンカーを襲いながら日本に現れた油獣。ではなく、箒とセシリアが左右から一夏と腕を絡めた三人組であった。

 ……ああ、そう言えばこのイベントが起きる日だったな。

 

「両手に花だな、一夏」

「いや、これすごく歩きにく……痛っ!?」

「お前には失望したぞ、一夏」

「ここまで来る間に一度として幸福を感じなかったなど、わたくしのプライドにかけて言わせませんわよ?」

「……しかも棘付きか。扱いには気をつけろよ」

 

 そして言葉をかわしはするものの、俺は足を止めることなくスルー。

 後ろのほうから「この裏切り者おおおおおおおおっ!」という手札が満足してそうな声など断じて聞こえない。

 俺は友人を大切にする性質だが、ドナドナが聞こえてきそうなオーラを放つイケメンに差し伸べる手はあいにくと持たないんだ。

 

 ……それに、おそらくおもてなしの準備がいるからね

 

 

「……真宏、起きてるか」

「起きてるぞー。勝手に入ってくれ」

「……」

 

 一夏との遭遇からしばらくして、俺の部屋に来客があった。

 客は二名。一夏とシャルルの二人であり、決然とした一夏と疲れたような照れたような表情を浮かべるシャルルという組み合わせだった。

 

 ああ、間違いなくビンゴだ。

 

「……茶でも淹れよう。座っててくれ」

「……助かる、真宏」

 

 親しい男がわかり合うのに言葉は無粋。

 真剣な話には真面目な顔で応じてやれば、それが何よりの手向けなのだ。

 

 

「――僕の境遇は、こんなところかな」

「なるほどねえ」

 

 そして語られる、シャルルの生まれと育ち。

 俺にとってみれば既知の情報ではあるが、そんなものはクソ喰らえだったのだと理解した。

 今目の前で男装という頸木から解き放たれ、服こそいつもの通りであるが、それでもまぎれもない一人の女の子としてここにいるシャルルの口から語られるその人生は、彼女の父である人への複雑な感情を駆りたてるのに十分なものだった。

 

 俺は、強羅という自分のISを企業から譲り受けている。

 当然世界で二番目の男性IS操縦者として、またその企業の製品たる強羅をIS学園という世界でも有数のIS関係施設で使用する者としてらしく振舞い、その企業の利益に貢献することを求められてもいる。

 

 だが、あの人たちは決してそれだけを望んだわけではない。

 強羅という、見た目にもカッコよく、子供達の憧れたりうるこのISを正しく、良く使うこと。それをも等しく……いやむしろそれをこそ望んでくれている。

 俺が望んだのと、まったく同じように。

 

 デュノア社の社長がしたことは、そんなIS関係者に対する、俺の大好きな強羅を作ってくれた恩人たち全てに対する冒涜だった。

 そんなの絶対、ロマンじゃない。

 

 シャルルの男装が、IS学園に三人しかいない男子生徒である俺にも遠からずバレるであろうと判断し、俺も含めて一度に説明を済ませようとシャルルを説得してくれた一夏には感謝している。

 ただ聞くだけでも胸糞の悪くなるこの話。シャルルのような女の子に二度も話させていたら、俺は友として一夏を殴らずにいた自信はない。

 

「……だがまあ、良かったと思うよ」

「良かったって何がだよ、真宏」

「シャルルの男装が今日この場でバレて。もしも幸か不幸かシャルルの言う通り男装が隠し通せて白式のデータが盗まれていた場合、白騎士事件以来の『IS無双2~パリは燃えている(断定)~』が始まってたと思うぞ?」

「……」

「……あれ、一夏否定しないの!?」

 

 しかしいつまでも辛気臭い空気を発散しているのは俺の望むところではない。軽く冗談の一つも飛ばしてやれば、俺たちはいつも通りになれるのだ。

 

 だから、本来正体不明のIS操縦者が中心となった白騎士事件の話をしてもなんら問題ないよ?

 俺だって、別に白騎士の操縦者の名前をはっきりと出したわけではないのだからして。あー、白騎士の操縦者、通称ミス・キシドーの正体は誰なんだろうなー(棒

 

 ともあれその後の一夏による説得の甲斐もあり、シャルルは外部からの影響を可能な限り遮断できるIS学園で身の振り方を考えると言ってくれた。

 せっかくできたばかりのロマンを理解してくれる友達がいなくなるなど、俺としても許しがたいこと。今度ばかりは、いつもはうんざりさせてくれる一夏のイケメン力に感謝した。

 

「まあ何にせよ、俺達がIS学園を卒業する頃にデュノア社の本社施設が未確認のIS三機によって壊滅させられるかもしれないってことで」

「何怖いこと言ってるの!?」

「じゃあ俺はその事件が終わった後試作型ISに乗って真宏かシャルルに戦いを挑まなきゃいけないのか? IS白いし」

「うーん、それはなしで頼む。一夏がやると洒落にならん」

「……あ、ああ。この前やったゲームの話だね。……話だよね!?」

 

 だから、俺は話にオチをつけるだけで済む。

 これもまた、友情ってもんでしょう。

 

 俺が望むのは強羅とロマン。そして友の笑顔だけなのだからして。

 

 

「ところで一夏。シャルルが女の子だと気付いたのはシャワーシーンを覗いたからか?」

「なっ、なぁ!?」

「ど、どうして知ってるの!?」

「待てシャルル! その言い方だと誤解を招く! 俺は決して覗こうと思って覗いたわけじゃない!」

「シャルルの髪が湿気ているのをみれば風呂上がりだろうと予想はつく。そしてそんなシチュエーションで男装が判明する状況なんて一つしかないだろ。……それに」

「そ、それに……?」

「一夏なら、女の子のシャワーシーンに出くわすくらいのことは平然とやってのけるだろ」

「……ああ、なるほど」

「納得するなよシャルル!?」

 

 焦った一夏の様子に、シャルルはくすりと笑う。

 強張っていたシャルルの表情に笑顔が戻ってくれたから、今夜は少しはまともな気分で寝られそうである。

 

 

◇◆◇

 

 

「そ、それは本当ですの!?」

「嘘じゃないでしょうね? マジなのね!?」

「マジよ、マジ。マージ・マジ・マジーロ」

「マージ・ジルマ・マジ・ジンガ!?」

 

「……なあ、なんの話をしてるんだ?」

「「「きゃああああ!?」」」

 

 シャルルの秘密を知った翌朝、教室の片隅にて常軌を逸した言語で繰り広げられている会話に首を突っ込み、普段とは毛色の違った悲鳴を上げられる一夏がいた。

 大方、女子達は学年別トーナメントで優勝したら一夏と付き合える云々という話でもしていたのだろう。

 ちらりと噂の震源地であるはずの箒の席を見てみれば、そこには無表情ながらそこはかとなく不機嫌そうなポニーテールのお嬢さんが。やはりか。

 

 ……だからあれほど一夏にはドストレートな直球以外の告白は無意味であり、それどころか面倒な事態を招くと教えてやったのに。

 頭で理解することと乙女心が実行できることは違うという好例、なにも一夏に出会って以来ずっと続けなくてもいいだろうになぁ。

 

 

――などと笑っていられたのは、放課後までだった。

 

「えっ、一夏とシャルルは今日用事あるのか」

「ああ。白式のデータ取りだってさ。だから真宏は先に第三アリーナで訓練始めててくれるか」

「僕も、新しい装備を受領しなきゃいけないから。後から参加するよ」

 

 そうなのか、頑張ってこいよ。放課後の教室でそんなやり取りをあっさりと済ませた俺たちはそれぞれの目的地へと向かって別れる。

 

 そして。

 

(やっべえええええええええええええええええええ!?)

 

 別れた直後、シャレにならない原作乖離に冷や汗を流しながらIS学園の廊下を全力疾走する俺参上。

 今日はシャルルの性別暴露から一夜明け、朝の教室にて学年別トーナメントの優勝に一夏との交際権がかかっているという噂がまことしやかにささやかれていた日。

 すなわち、セシリア&鈴VSラウラのケンカが勃発する日だ。

 

 本来ならば一夏とシャルルが危機に陥った二人を間一髪で助けてくれるのだろうが、さっきの会話の通り用事が入った二人が間に合うかどうかはわからない以上、このままでは最悪の事態も考えられてしまう。

 

 もちろん、セシリアと鈴がラウラに倒されると決まったわけではない。

 俺がこうしてここに存在していることに始まり、今までも様々な形で見られた原作との相違点。それが作用してセシリアと鈴が今日は訓練をしないでいる可能性や、ラウラが二人を挑発しない可能性もある。

 仮に事件が起こったとしてもセシリア達が勝利することや、一夏とシャルルの用事がキャンセルになり、間に合うことだって同じくらいあり得る話だろう。

 

 

 だが、だからと言って見逃していい事態じゃない。

 そして現実問題として、専用機持ちと代表候補生を公的な用事から引っこ抜くことができる権限など俺にはない。

 

 つまり、必然的にこの事態に対応できるのは俺だけということだ。

 

 放っておいたら、セシリアと鈴が危ないかもしれない。

 もしそうであった場合、俺一人でラウラと戦わなければならない。

 

 それはつまり、実戦装備を豊富に搭載した第三世代型実証機のISを操る正規の軍人に対して、第二世代型のISを装備したほぼ素人の俺一人で立ち向かうことになる。

 

「……まったく、渡るには危ない橋だな」

 

 震える手は拳を握って抑え、教師に見つからないことを祈りながらIS学園の敷地を走る。

 第三アリーナは、もうすぐそこだ。

 

 

◇◆◇

 

 

 アリーナへと辿り着いた俺はすぐさまピットへと回り込む。客席へ入っても強羅では遮断シールドを破るなどという芸当は早々できないし、ならば多少時間のロスをしてでもピット側へと向かった方がよほど駆けつけるのが速くなる。

 

 プシュウ、と毎度無駄にカッコいいガス音を立てて開いた隔壁のような扉が開くのももどかしくピットの開口部へと走り込み、

 

 

「ああっ!?」

「きゃあああっ!」

 

 そこで、ラウラを相手に苦戦を強いられているセシリアと鈴の戦いを目にした。

 

 二人とも代表候補生であるために決して弱くはない。

 放課後の訓練ではその実力を遺憾なく発揮して、色々と偏ったところのある俺や一夏にISのなんたるかを教えてくれた恩人であり、同時に大切な友人でもある。

 しかも、以前二人がかりで山田先生に倒されて以来連携訓練も行いだし、最近ではそれなりの水準になってきたにもかかわらず、ラウラ一人に圧倒されている。

 

 無論相性の悪さや機体性能の差もあるだろう。

 衝撃砲とブルーティアーズのビットはAICで止められ、イグニッションブーストによる接近から繰り出されるプラズマ手刀の連撃が鈴を追い詰め、自在に動くワイヤーブレードすらも加わってしまえば両手の双天牙月のみでさばき切れるものではない。

 セシリアのレーザーライフルが狙い撃っても最小限の動きで回避され、すぐさま再び鈴への格闘戦の間合いへと持ち込む。

 一対多の戦いを熟知した、紛れもない戦闘のプロの動きである。

 

 そうして手をこまねいているうちにフォローに入ろうとしたセシリアともども徐々に被弾が増え、装甲が削られ、シールドバリアでも消しきれない痛みに顔を歪め、ついには二人揃って吹き飛ばされ、倒れた。

 

 ピットに到着してすぐ、ほんの数秒の間にそれだけのことが起こった。

 おそらく原作通りのやり取りと戦闘が行われたのだろうとか、そんなことは考えもしなかった。

 そのとき俺が感じたことはただ一つ。

 

 俺の友達が。

 いじめられている。

 

 ラウラの握った拳が振り上げられ。

 その顔がニヤリと、笑う。

 

「変身!!!」

 

 それ以上のことを考えるより、叫んで飛び出す方が早かった。

 

 ガギン、とISの装甲同士が打ち合う音がする。間一髪、間に合った。

 

「ふっ……まさか貴様が割り込んでくるとはな」

『……セシリア、鈴。大丈夫か』

 

 ラウラの拳を止めるには、少々きついが強羅の腕一本で事足りる。

 だが今はそんなことなんてどうでもいい。二人の無事を確かめることこそ先決だ。

 

「なに言ってんのよ……これから、あたしたちの大逆転が始まるところだったのよ」

「そういうのを……真宏さんは『ロマン』と呼ぶのではなくて?」

『……ははっ、違いない』

 

 どうやら、なんとか無事なようだ。

 いくらかは怪我もしているようだが、軽口を返せるのなら心が折れてはいない。

 なら大丈夫。

 

「この状況で私を無視するとは……いい度胸だ!」

『ふんっ!』

「何っ!?」

 

 ラウラへの返答は、拳を受けとめた腕の一振りで十分。

 強羅のゴツイ見た目は伊達じゃない。

 

 白式のような機動力も、ブルーティアーズや甲龍のような第三世代兵器も、シャルルのラファールリヴァイヴのようなラピッドスイッチも使えないけれど。

 それでも、誰かを護るそのために、奮い立たせる力は無限大。

 

 俺がそうだと信じる限り、強羅は無敵のISだ、絶対に。

 

『二人とも、ここは危ない。逃げられるか?』

「ちょっと……きつそうね」

「足をくじいていますから、しばらくは動けそうにありません。ですから……」

『わかった、任せろ』

 

 言葉は少なく、ただただその場に仁王立ち。

 眼前に敵、その背には仲間。

 

 こうなっては欲しくないと心の底から望んでいたが、なってしまったからには致し方なし。

 身命を賭して全力で、仲間を護ることこそが漢の戦いだ。

 だから、言ってやる。

 

『……教えてやろう、ラウラ・ボーデヴィッヒ。日本ではこんなとき、こう言う』

 

 ロマンと決意と勇気にあふれた、このセリフ。

 

『お前の相手はこの俺だ!!』

 

 

◇◆◇

 

 

 シュヴァルツェア・レーゲンの武装である、両手のプラズマ手刀とワイヤーブレード。そして肩に備えた大口径レールガン。

 いずれもラウラにとっては自分の体同然に馴染んだ武器であり、その扱いも正道邪道を織り交ぜた軍隊式の流儀を我がものとしているために、間違ってもISを動かせるだけの素人が受け止めきれるものではない。

 

 それだけの修練を積んできた。

 それだけの実力を身につけた。

 

 しかし。

 

「貴様! ……なぜ倒れん!?」

 

 今目の前に立ち塞がる、たった一機の第二世代型ISを倒しきることができなかった。

 

 ラウラはIS学園に転入する際、織斑一夏と親しいこの男のデータも手に入れて、頭にたたき込んである。

 

 名前は神上真宏。世界で初めてISを動かした男である織斑一夏が現れたことで、彼の縁者を中心としてIS適性のある男性がいないかを調査され、その時に発見された二人目の男性IS操縦者。

 

 軍隊所属経験、無し。

 身体能力に関する特記事項、無し。

 思考能力に関する特記事項、無し。

 血縁者、不明。

 幼少期に織斑一夏、篠ノ之箒と共に剣道の経験あり。

 

 情報はこれだけであり、またそれだけで十分であった。

 この日本という国で血縁者が不明と言うのは解せない話であったが、その他の経歴を見ればこの男がなんら特別な戦闘技能を持っていないことは間違いない。

 IS学園に入学した直後に、さっきまで戦っていたセシリア・オルコットと模擬戦を行い勝利したという話を聞き、その際の記録にも目を通したが所詮素人の動き。最後の一撃で不意を突けねばその直後に敗北していただろうことは間違いないお粗末な戦いだった。

 

 また、使用しているISも第二世代型。

 日本のとあるIS関連企業が開発したこの強羅というISは生産数が少なく、国家代表などの専用機としての実働例も見つけることはできなかったが、カタログスペックを見る限り世代差もあってシュヴァルツェア・レーゲンの脅威たりえないものであると結論された。

 確かに先日レールガンの弾体を打ち返された時は目を疑ったが、それもISのハイパーセンサーと十分頑丈な関節があれば可能なことであり、強羅のスペックデータからはそれができると推測された。あのあと必死に確認したのだから間違いない。

 

 それらすべての事象を総合的に判断し、ラウラはこの戦闘の、敵の脅威を「極めて低い」と判断した。

 

 セシリアと鈴の危機に駆けつけはしたものの、こちらの不意を打てる状況をみすみす捨てたことや、その後にこちらの腕を取るでも武装を展開して反撃するでもなく、ただ腕を振り回してこちらを引き離したこと。

 いずれもその状況で最適な戦術判断であるとは言い難く、心身両面において自分に勝る点はないとラウラは認識した。

 

 だが。

 

「はああああっ!」

『なっ、こ、の! うりゃっ』

 

 左右からそれぞれまったく異なる軌道を描いて殺到したワイヤーブレードが両手で弾かれる。

 その直後、体ごとぶつかるようにして繰り出したプラズマ手刀の連撃にも一切怯むことなく真っ向から両手の装甲で受け止められ、第二世代型ISとは思えないパワーで押し返される。

 

 委細に違いはあれど、これまでの攻防は全て同様の結果に終わっている。

 ラウラの猛攻と、それを黙って耐える強羅。

 

 しかも、ラウラは今まで一歩たりとも強羅を退けることができていないのだ。

 

(バカな!)

 

 冷静に考えてみれば、確かに目の前の現象はありうることだとラウラは理解している。

 いかに彼我の戦力差があるとはいえ、ラウラはいまも全力を出しておらず、近接戦闘用の武装のみを使っての様子見に近い攻撃しかしていない。

 それに対して強羅の装甲を十分に生かして防御に徹すれば、確かに今このように耐えきることができるだろう。

 

 だがそれも、全ての攻撃を防御し、急所への攻撃をことごとく外させることができてこそのものだ。

 この男は、ISに乗れるようになってから数カ月と経たないはずのこの男は、それをやってのけている。

 

(そんなはずはない! こいつはただの日本人の学生のはず! それがどうして……!?)

『……自惚れるなよ、ラウラ・ボーデヴィッヒ』

「!?」

 

 『日本のアニメーションに出てくるような』と報告書にて評されていた見た目のISから、久々に声が上がる。

 最初は喋る余裕がないだけだろうと考えていたが、声を聞いてそれは間違った認識だったと確信した。

 

 この、声。

 

 これは恐怖に震えて竦み上がった人間の出すものではなく、恐怖を感じながらもそれをねじ伏せ敵に立ち向かう、強い心を持った者のみが出せる声だ。

 

 まるで、ドイツの軍隊で自分にISのなんたるかを教えたあの人のように。

 そう思ってしまった事実を振り払おうと思うより先に、真宏はその声のままに叫ぶ。

 

 

『俺の後ろに、守るべきものがいる限り……。ここから! 一歩も!! 下がらない!!!』

 

 そして、それを皮切りに戦闘が始まって初めて真宏が反撃に転じた。

 

 自分より遥かに格下の相手と侮っていた者から叩きつけられた怒涛の気合に一瞬だけ怯んだラウラへの、真正面からの突撃。

 素人に隙を突かれるような訓練はしていない以上このタイミングがたんなる偶然なのは間違いないが、それでもこの状況で最善の行動をしてのけた真宏に、ラウラは初めて脅威を感じた。

 

(なぜ今になって!? ……? っ、そういうことか!)

 

 ラウラのハイパーセンサーが真宏の後ろから後方へと走って行く二つの生命反応を感知。

 言うまでもなく、セシリアと鈴。ようやく動けるようになった二人が互いを支え合い、ピットへと必死に向かっていく姿が感覚上に浮かび上がってくる。

 

「舐めた真似をおおおおおおおお!」

『うるせえ! 人の命は地球の未来なんだよ!』

 

 真宏がこれまで一切反撃をせずに耐えていた理由。

 それは単純に自分の後ろにいる二人を危険にさらさないための物だったのだ。

 

 確かに当たり前のことではある。

 二人を助けるために割って入ったのだから、そのために必要なことはなんでもするだろう。

 必要であると判断し、ドイツで正規の軍事訓練を受けたラウラを相手に。反撃をすることもなく、一歩も引かず、耐えて守って見せたのだ。

 

「調子に、乗るな!!」

『うおっ!?』

 

 急速に接近する強羅へと、怒りのままに掲げた右手からAICを発動。空中でぴたりとその動きを静止させた。

 

 強羅が止まるのを確認し、ラウラは急速に冷静さが取り戻されるのを感じる。

 敵戦力はほぼ無力化。もはや勝利はゆるぎない。

 

「ふっ、こうなってしまえばどうにもならん。貴様も所詮、停止結界の前では有象無象の一つだ」

『……それはどうかな』

「何?」

 

 展開した武装はなく、AICに全身を絡め取られて動くことはできない状態。

 このままラウラが至近距離からレールガンを直撃させればそれだけで大幅にシールドエネルギーを削られ、そのままあとは為す術なく敗北する以外に道はないはずだというのに、真宏から返ってきた声は奇妙なほどに落ち着いたものだった。

 

『確かに、AICに捕えられた以上俺は動くこともできない。衝撃砲やブルーティアーズのビットすら止めたAICなら当然のことだ。……だが』

 

 俯いていた強羅の顔がラウラに向けられ。

 

『お前は、セシリアのレーザーは避けていたな?』

「!?」

 

 その時ラウラが気付いたことは二つ。

 

 一つは、真宏がAICの欠点の一つ――実体弾と違い、光学兵器やエネルギー兵器には効果が薄いこと――に気付いたという事実。

 

 そしてもう一つは、真宏が喋るのと連動して点滅するはずのデュアルアイが、眩い光を放ち始めたことだ。

 

『なら、これは止められるかな?』

「くっ!?」

 

『喰らえ、ゴウラビィィィーーーーーーム!!!!』

 

「くっそおおおおおおお!」

 

 ビームだ。それも、目から発射された。こいつ大して容積のない頭部になんてもの仕込みやがる、という怒りを叫びに変えて、ラウラは必死で身をよじる。

 強羅の両目からビームが射出される寸前にAICを解除していたことも合わせて、なんとか離脱することに成功。

 しかしそれに伴って体の自由を取り戻した真宏は即座に首を旋回させてその機動に狙いを追従させ、後退して空中へ飛び上がったラウラの軌跡にガラス化したアリーナの地面と遮断シールドにビームが触れたことによって発生する閃光を生み出した。

 しかしこのままならば捕えられるかという危惧を抱いた直後、数秒の照射の後にビームはその姿を消してしまう。

 

(エネルギー切れか? ……ならば、チャージの隙を狙う!)

 

 距離こそ離してしまったが、レールガンを装備したラウラからすればまだ十分射程範囲内。反撃が可能だ。

 

 展開したままのレールガンへと命令を送り、チャンバー内に弾体セット。コンデンサ開放、磁力最大。照準補正、微小。ISに搭載されたFCSのサポートも合わせて、射撃に必要な全てのことを瞬時にこなして相手に狙いをつける。

 ハイパーセンサーによってわずかだが望遠された視界の中に強羅を映し出して照準レティクルを向け、

 

『これぞ、男のロマン』

「なっ!?」

 

 強羅が、自身の身長よりも、シュヴァルツェアレーゲンのそれよりも長大な砲身を持つ展開式のキャノン砲を肩に備えているのが見えた。

 

『大口径肩キャノン!!』

「くっ、小癪な!」

 

 いつの間に、と思うよりも先に抱いた危機感のままトリガーを引いたのはさすがに積み上げた訓練の賜物。

 レールガンとは比較にならない轟音を吐きだした真宏の大口径肩キャノンと同時に撃ち出された互いの弾体は空中で交差し、既に回避機動を取っていたラウラと、発射の反動を無理に殺さず逆に利用して後退回避した真宏のすぐ近くをかすめる。

 

 回避成功、とラウラが思った直後。

 強羅から放たれた弾体は空中で紅蓮の業火へと姿を変えた。

 

『……しかも、グレネード』

「なっ!?」

 

 近接信管が作動し、十分な距離を取ることができなかったラウラを爆風と炎が薙いだ。

 直撃こそしなかったものの大口径グレネードの効果範囲と威力は並ではなく、シールドエネルギーを削り、装甲に煤をつけ、――そしてなにより、ラウラ自身のプライドと意地に火をつけた。

 

「貴様あああああああああ!!」

 

 爆炎の中から垂直降下して地に足をつけると同時に二本のワイヤーブレードを展開。

 主の激情が乗り移ったかのように激しくワイヤーをうねらせて強羅へと凄まじい速度で殺到する。

 しかも、ただ怒りに支配されただけの攻撃ではない。一本は囮としてわざと弾かせるためのものであり、もう一本を地面スレスレで接近させて足元から跳ね上げ、強羅の左腕に何重にも巻きつかせる。

 

「これで……っ」

『捕まえたぞ!!』

「なっ、バカな!?」

 

 そのまま動きを封じるなりワイヤーを巻き取って態勢を崩すなりをするつもりだった。

 しかしそれに対して強羅が行ったのは、PICと足の踏ん張りで自身をその場に保持していたシュヴァルツェア・レーゲンを、左手の腕力のみで思い切り引き寄せるという、あまりにも単純で強引な力技であった。

 

 ワイヤーの強度が災いし、引かれるまま宙に投げ出されるラウラ。

 カタログスペックで調べた強羅の出力ではせいぜい互いのパワーが拮抗する程度であったはずなのに、それとは全く違うこの状況。

 先ほどから予想を覆されてばかりで、精神状態はいかに軍人であるラウラをしても平静と集中を保てるものではなく、AICは使えない。

 

(だが……、勝つのは私だ!)

 

 そう、AICは使えないが、それだけがラウラの武器ではない。

 無理矢理引き寄せられるということは、同時に相手もまた自分の間合いに近づいてくるということであり、まして相手は再び無手に戻っている。

 

 ISのハイパーセンサーが感知する限り顔面へのエネルギー充填はされておらず、さっきの大口径グレネードも一度に装填できるのは一発限りなのか、あきれるほどに大きな薬莢を排莢直後に量子化されて姿を消している。

 さきほど見せたキャノン砲の展開速度を考えればまだ隠し玉がある可能性は捨てきれないが、左腕でラウラを引き寄せると同時に右腕を引き絞ったあの姿を見れば、バカ正直に右の拳で殴りつけようと考えているのは明白だ。

 

(それに……もはやそれしか選択肢はあるまい)

 

 強羅は防御力に目を見張るものがあるが、それでもこれまで一方的にシュヴァルツェア・レーゲンの攻撃を受け続け、至近距離に大型レールガンの着弾を受けて無傷でいられる道理はない。

 辛うじて直撃を回避しただけなのは真宏も同じ。

 むしろそれまでのダメージの蓄積を考えれば、すぐ足もとの地面に着弾したレールガンの弾体が放ったソニックブームと抉れ飛んだ砂礫によってもはや満身創痍と言っていい状況にあるだろう。

 

 そしてそうであるならば、勝機はこちらにあるとラウラは内心でほくそ笑む。

 

 強羅のパンチは機体出力と装甲強度から考えて紛れもなく強力だろうが、それも当たればの話に過ぎない。

 宙を引かれながらも体勢を立て直したラウラにすれば、相手のパンチに合わせて左手のプラズマ手刀を伸ばしてカウンターを狙うことなどたやすいことであり、拳を握って放つパンチと指の先へと伸びて行くプラズマ手刀のどちらが先に相手に届くかなど、それこそ考えるまでもない。

 

 だからこそ敢えて抵抗せずに空中で身を捻り、相手の思うがままにさせたのだ。

 

(私を手玉に取ったと考えただろうが、それが自惚れであったと思い知れ!)

 

 近づけば近づくほど損傷の多いことが分かる強羅の装甲を間近に見て、自分の考えが正しかった確信を抱く。

 

 ギリギリまで引き付け、間合いに入った瞬間にそれまで展開せずにおいたプラズマ手刀へとエネルギーを最大出力で注入し、ラウラはこれまで自らが磨き上げた技量の全てを込めた貫手の要領で、左腕を一直線に相手の急所へと突き出す。

 

 強羅の拳に、わずかに遅れて。

 

「なっ!?」

 

 左手に手ごたえを感じることなく、目の前1cmとないところでシールドバリアを削る強羅の拳を目にし、ビーム、グレネードに続く三度の衝撃がラウラの精神を揺るがせる。

 

 バカな、ありえない、確かにこちらの間合いの方が遠いはず。

 

 軍人としてはあるまじき思考停止がついにラウラを襲いだす。

 圧倒的に有利なはずの装備と自分の実力を持ってして挑んだ相手にこうまであしらわれ、しかも勝利を確信した攻撃に先手を取られた。

 

 どういうことだ、わけがわからない。

 現実をどうにか噛み砕こうとするそばから疑問が浮かび、ついには目に見える強羅の拳すら歪むように回って見えてしまう。

 

(……? っいや、違う!)

 

 しかし、すぐに気がついた。

 目眩によって回って見えるのではない。

 

『ブロウクン……!』

 

 本当に、強羅の拳が回転している!

 

『マグナム!!!』

 

「あああああああ!?」

 

 ブルーティアーズを打倒したロケットパンチ、という強羅のデータに記載されていた武装を思い出すより早く、拳自体と前腕部が互い違いに回転する強羅の腕が本体を離れ、ラウラごとアタックブースターの速度でアリーナの空へと飛び出した。

 

 即座に我に返ったラウラは、空中でいまだ回転を続けながらシールドを削っている拳を振り払って脱出。

 何とか着地するが、その頃には頭上へ掲げた強羅の腕へとロケットパンチが舞い戻っている。

 

 プラズマ手刀は強羅の兜をかすった程度であり、与えられたダメージは少ない。

 元々のダメージ蓄積を考えればあと一息で勝利へとたどり着けるだろうが、それでも真宏がこの状況で諦めずにまだ手を残していたことには驚嘆せざるを得ない。

 

『これが、強羅の誇るロケットパンチのバリエーション、「ブロウクンマグナム」だ。……感想は?』

「すっごくカッコよかったよ、真宏!」

「!?」

 

 そして、その驚きが消えないうちに背後から気配を感じた。

 

「シャルル・デュノアだと!?」

「俺もいるぞ!」

 

 乱入してきたのは、両手に持ったアサルトライフルを乱射するシャルルと雪片弐型を振りかぶる一夏であった。

 その背後、遮断シールドに裂け目が入っているのを見るに白式の零落白夜でシールドを切り裂いて入ってきたのだろう。

 

 軍人の常として、即座に為すべきことを判断。

 イグニッションブーストで接近した一夏の斬撃をかわして距離を取ろうとしたところへ、即座に上空から浴びせられアサルトライフルの弾幕が降ってくる。

 一撃必殺の威力を秘めた武器を手に猪突猛進する一夏と、それを絶妙の射線でサポートするシャルル。

 シャルルの優秀なサポートあればこその拙い連携攻撃ではあったが、背後に残してしまった真宏からの挟撃もありうる今の状況では、少々危険にすぎる。

 

「……っふざけるなあああああああ!」

「うおっ!?」

 

 しかし、それを認めることはこれまでプロの軍人として生きてきたラウラのプライドが許さない。

 多少の被弾を覚悟の上で一夏へとイグニッションブーストで接近。両手のプラズマ手刀で強引に斬りつけて吹き飛ばし、すぐさま一夏へ肩のレールガンを照準。体勢を崩した状態ならば、いかに白式を展開していようとも搭乗者ごとただでは済まない。

 前のシャルルと後ろの真宏からの攻撃を思考の外に追いやったその行動、たとえ一夏を倒せたとしても二人から挟撃の上倒されるかもしれないが、知ったことか。

 

 第二世代型ISを使う素人にこれまで散々こけにされたところに出てきた憎き織斑一夏。せめてこいつだけでも排除しなければ気が済まない。

 

 

 その瞬間のラウラはただそれだけしか考えておらず、だからすぐそばまで迫った影に気付けなかった。

 気づいた時には、切れ味を持った光が喉を狙っている。瞬時に冷える背筋の反射に従い、かざしたシュヴァルツェアレーゲンの腕部装甲に食い込む刃とそのまま腕ごと首まで両断されそうな重い感触。そして、生身でそれだけの一撃を繰り出した。

 

「なっ!? ……織斑教官!」

「面倒を増やすな、ガキどもが」

 

 咄嗟の反射で掲げた腕に受けとめられたのは、IS用の近接実体ブレード。

 それを振るったのは、常と変わらぬスーツ姿の織斑千冬であった。

 

「訓練結構、真剣上等。だが、けが人を出した上にアリーナのバリアを破られては止めざるを得ない。続きは学年別トーナメントでしろ。いいな」

「……教官が、そうおっしゃるなら」

「織斑、デュノア、神上。貴様らもだ」

「でも……っ!」

『了解です、織斑先生』

 

 食い下がろうとする一夏よりも先に、真宏が返事を返した。

 既にセシリアと鈴はピットへと退避が完了し、ラウラも矛を収めた以上真宏が戦う理由はなくなった。

 長い付き合いでそのことを察した一夏は、いまだ収まらない感情をもてあましつつも雪片弐型を引く。友を守るために戦ってくれた親友の意思を無にすることなど、できようはずもないのだ。

 

「では、学年別トーナメントまでの間一切の私闘を禁ずる。解散!」

 

 パァン! と打ち鳴らされた掌から響く快音がアリーナに満ちて、この戦いが本当に終わったのだということを知らしめる。

 

 この決着は、学年別トーナメント。

 その時がラウラとの決戦となるだろうと、アリーナに集まった全ての者達へと理解させていく。


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