IS学園の中心で「ロマン」を叫んだ男   作:葉川柚介

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第46話「ISサッカー」

 四月。それは出会いと別れの季節。

 四月。主にアニメとの出会いと別れの季節。

 四月。スーパーヒーロータイムが戦隊もライダーもちょうど軌道に乗ってきて、いつだってワクワクでドキドキしっぱなしの、そんな季節に。

 

「皆さん、進級おめでとうございます。IS学園は2年生になるとき、1年次はなかった整備科が一クラス編成される都合もあって毎年クラス替えがありますが、皆さんなら……皆さんなら、きっと、すぐに仲良くなってくれると……信……じて……」

「大変、山田先生が引きつった笑顔で立ったまま気絶してる!」

「誰よ、このクラスに専用機持ち全部ぶっこんだの!」

「しかも相変わらず副担任の山田先生に年度初めのあいさつ任せるなんて織斑先生本当に鬼なの!?」

 

 一年一組あらため新生二年一組の生徒となった俺を含む、旧一年生専用機持ち、全員がこのクラスに揃い、それに伴って山田先生の胃が早くも溶けてなくなりそうになっていた。

 

 

 先ほど山田先生が語った通り、IS学園は毎年クラス替えがある。2年進級時はそもそも整備科ができる関係上当然として、3年次もクラス替えがあるのはポケットの中の戦争ならぬクラスの中の戦争に配慮してのものらしい。

 

 なにせIS学園は多国籍。クラス編成には細心の注意を払っているとのことだが、どのクラスの生徒も国籍を見ればバラエティに富むことになるのは必然。

 それだけならばいいのだが、たまにその中に不倶戴天の敵同士、あるいはそうなるくらい仲の悪い生徒同士が混じっていたり、そんな彼女らがそれぞれの国を背負う代表候補生であったりする。

 こうなると危ない。彼女らの間で日々交わされる視線には火花が散り、背後に控える祖国同士では砲火が交わされることになる可能性が極めて現実的だ。そしてそういうヤバさを何とかするための苦しい方策が、このクラス替え。毎年クラスをシャッフルして、そういう傾向があればすぐさま引き離すという事なかれ主義。そんな涙ぐましいことをしているのだという。

 立場上中立を可能な限り貫かなければならないIS学園の取りうるほぼ唯一の手段なのだそうな。

 

 ……が。

 

「それで俺達みたいな専用機持ち全員まとめるとか、いくらなんでも無茶すぎるだろ」

「ククク……狂気の沙汰ほど面白い……!」

「おい真宏、簪と同じクラスになれてうれしいのはわかるが自重しろ」

「ふふ……私も、嬉しいよ」

「簪さんはそろそろ周りを気にせず二人の世界を作るってこと覚えたんだね。昔の恥らってたころが懐かしいよ。サッカリン吐きそう」

「まあまあ、いいじゃないの箒にシャルロット。今日くらいは許してあげなさいよ。真宏も簪も、ようやく好きな人と同じクラスになれたのが嬉しくてしょうがないのよ。……しょうが、ないのよ……っ」

「ええ、ええそうですわね鈴さん。あなたは今、泣いていいですわ。嬉し涙ですものね」

「歓迎するぞ、鈴。お前が来るのを待っていた」

「……あー、なるほど。これでこいつは二組だからいないって言われなくなるわけか」

「それ以上は言うなよオータム。幸せから一転、今のセリフで去年一年分の古傷をえぐられて白目をむいて痙攣している鈴の精神に致命傷を叩きこむことになる」

 

 教室の中は既にして収集つかないレベルの大混乱なので、俺たちがこうして多少私語を交わしていても誰も気にしない。

 ……しかしこうしてみると壮観だ。一つのクラスの中に実に10人もの専用機持ちが雁首揃えているのだから。このまま教室内の戦力だけで軽く一つ二つの国は落とせそうだよなーという考えは、妄想でもなんでもなく本気でできることなのだから恐ろしくてしょうがない。

 下手にクラスを分散させて影響を拡散させるのも危険と判断したか、専用機持ちはこうしてまとめられてしまったわけだが、まあ犠牲になるのは山田先生くらいだからいいんじゃないかね?

 

 

「……すまない、山田先生。辛いことをさせた」

「おっ、織斑先生……っ!」

 

「来た! メイン担任来た!」

「これで勝つる!」

 

 そんな傷心の山田先生を救うタイミングで現れた人こそ、我らが千冬さんだった。ちなみにこの状況作り出したのもこの人なので、ひどいマッチポンプである。でも山田先生的にはオッケーらしく、キラキラした憧れのまなざしを向けていたからまあいいや。でも気を付けてください山田先生。それはヤクザの手口だから。

 

 まあこんな感じの新クラス。今年も楽しく学園生活を満喫できそうだ。

 

「というわけで、このクラスの担任の織斑千冬だ。見知った顔も多いがこれからは心機一転勉学と修練に励め。わかったか」

「はいっ!」

 

 

◇◆◇

 

 

「じゃ、新入生歓迎行事しに行こうぜ!」

「真宏、張り切ってるなー。春休みからこっち輝きすぎだろ」

「今回の首謀者だからな、そうもなろう」

 

 そして新学年始まってすぐの俺達一番の仕事と言えば、新入生の歓迎に他ならない。

 IS学園激動の一年をやたらと多い専用機とともに潜り抜けた先達として、前年度のうちから着々と準備を進めたこの行事。せっかくISの専用機なんて面白いものがたくさんあるんだから使わない手はないだろうと企んだのだ、何はさておき成功させなければならない。

 

 なにせ、卒業式でダリル先輩を送り出す前から企画は動き出している。

 色んなところから許可を取ったり言いくるめたり、たまにワカちゃんを召喚して無理を通して道理をひっこめたりとか。さすがにワカちゃんは蔵王重工のIS関連代表としていろいろやっているだけあって、こういうことになるとすごく頼りになりました。破壊以外のことも結構できる才女なんだよね、見た目は幼女だけど。

 

 あと余談だが、ダリル先輩はヘル・ハウンドのオルトロスとバギクロスと一緒に国に帰り、IS学園で得たデータを元にお国のISの強化と後進育成、本格的な国家代表となるための地獄の訓練が待っているのだそうな。

 元々フォルテ先輩とタメを張れるくらいの怠け者であったため、そうなるのがいやで必死に留年しようと画策していたらしいが、みんなに笑顔で叩き出されている。ご卒業おめでとうございます。

 

 

 しかしそうやって出て行った人がいた一方で、逆に入ってきた人たちもいたりする。

 

「お嬢様、既に万事支度は整っていますから、ご心配はいりませんよ」

「さすがですわ、チェルシー。頼りになりますわね」

 

「隊長っ、会場設営の準備は完了です。号令一下、我らシュヴァルツェア・ハーゼはいつでも動けます!」

「うむ、ご苦労」

 

「凰候補生、昨日教えた技は習得していると思ってよいのですね?」

「ま、任せてくださいよヤン管理官! きょ、今日さっそく使っちゃうかもですよ!?」

 

 セシリアの専属メイドであるチェルシーさん、ラウラの所属する部隊であるシュヴァルツェア・ハーゼご一行、そして中国の代表候補生管理官のヤン・レイレイさんである。

 なんだかんだで話に聞いたりすることはあるし、遠目で見たりもしたけれど直接会うのは今回が初めてであったこの人たち。実は、なぜか春休み中にIS学園を訪れていたのだったりする。

 

「すみません、手伝ってもらっちゃって」

「いいえ、お気になさらず。お嬢様がいつもお世話になっているようですから当然のことです。真宏さんのことは、一夏様の次くらいに良くお話しを聞くんですよ。真宏さんがロケットパンチをしただとか、ドリルを持ち出したとかISを合体させただとか」

「まったく間違ってないから反論の余地ないっス」

 

「ふっ、しかし内心喜んでいるのだろう、同志よ」

「もちろん、わかってきたじゃないですかクラリッサさん」

 

「ふぅ、凰候補生にもあれだけの打たれ強さが欲しいものです」

「ちょっ、何言ってるんですか管理官!?」

 

 無論、既にみんなと仲良くなっているともさ。

 チェルシーさんはいかにも優しいお姉さん風で癒されるし、クラリッサさんとは初めて出会い、目があった次の瞬間には弦ちゃん握手を交わすほどに通じるものがあった。そしてヤン管理官は油断すると鈴に課している地獄の特訓に俺まで巻き込んできたりする。

 さすがに1秒間に10回呼吸したり10分間息を吸い続けて10分間吐き続けるとか普通に要求しないでください。そういう波紋だか気功だか区別のつかないものは日本人には早すぎますからして。

 

 

 この色んな方面から来た人々、なんだかんだと春休みから今こうして新学期が始まる日になってもなおIS学園に居続けている。むろん不法に居座っているわけではなく、しっかりと許可を取った上でのことだ。

 だからチェルシーさんが英国仕込みのメイド技能をフルに発揮して寮内のセシリアの部屋のみならず全般的に綺麗かつ格式高い感じに掃除してくれているのも、たまに学園敷地内の適当なところでシュヴァルツェア・ハーゼが野営してて通りがかった生徒を驚かせるのも、ヤン管理官が生徒がISの訓練をしているアリーナにふらりと現れてはISを生身でバッタバッタとなぎ倒していくのも、もはやIS学園の新たな名物となりつつあった。

 

 

 ……さて、これは単なるにぎやかしなのだろうか。

 チェルシーさんやヤン管理官は身内補正や中間管理職補正によってギリでIS学園滞在がアリだとしても、ラウラのISスーツ姿を見るたびに鼻血でも垂らさんばかりの恍惚とした表情を浮かべる黒ウサギ隊の面々は、こんなんでもれっきとしたドイツの特殊部隊だ。彼女らの所業を見るたびにその信頼が揺らぐのだが。

 しかし腐っても外国の軍人がこうしてIS学園敷地内に駐留し、しかも部隊に配備されている3機中1機だけだがISを持ってきているのだとか。

 

 うん、明らかに過剰戦力。

 人質にしてるんだか逆に人質にされないよう先手を打っているんだか、いずれにせよなんらかの戦略的思惑があっての行動であると、俺は思っている。多分また千冬さんあたりが何ぞ面倒事を抱え込むかなんかしたのだろう。

 まったく、新学年始まって早々に物騒なことだ。

 

 

 ……と、何も知らなかったこのときはそんな風に簡単に考えていた。

 実際のところ、この一件……いや、この世界にまつわる事情の根の深さは、俺の想像を超えていたのだが。

 

 

◇◆◇

 

 

 今日のイベントもばっちり観戦させていただきます、と穏やかな笑みだったりアイドルのコンサートに参加する女の子みたいだったり懲罰部隊の指揮官みたいな目だったりでそれぞれらしい言い方をしてアリーナに向かって行ったチェルシーさんたちと別れた俺達一行も、ぞろぞろとアリーナへ向かいだした。

 

 俺たちがHRをやってる間に講堂では新1年生が入学式を行っていて、そろそろそれも終わって1年生たちが先生方に誘導されアリーナへの移動を開始するころ。俺達歓迎行事の主役もスタンバイしておかなければならない時間だ。

 

 

「う~、アリーナアリーナ」

 

 今アリーナを目指して全力疾走している俺はIS学園に通うごく一般的な男の子。強いて変わっているところを上げればISが使えたり全世界規模で妖怪ロマン男って呼ばれてるところかな~。名前は神上真宏。

 

 そんなわけでアリーナへと続く道の途中にあるベンチのあたりを通りかかったのだ。

 

 ふと見ると、ベンチに一人の新入生が座っていた。

 

「……じーっ」

 

 ウホッ、いい新入生。

 どっかで見たことあるけど。一夏と共通の友人とよく似た赤い髪を筒っぽい髪留めだかタオルだかでまとめてるけど。

 

 ハッ、そう思っているとその新入生は俺が見ている前で立ち上がりこっちにやって来たのだ……。

 

「お久しぶりです、真宏さん!」

 

「よう、蘭。入学おめでとう。まさか本当に入ってくるとはな」

「はい、頑張りました!」

「お、おお! 蘭! 入学できたのか、よかったな!」

「い、一夏さん……っ! お、おかげさまでっ!」

 

「……ねえ、今なんかすごく無駄な前フリが繰り広げられた気がしない?」

「きっと真宏もテンションが異常なんだよ。いつものことじゃない」

「真宏と一夏の知り合いの新入生か、なるほど鍛えがいがありそうだ」

 

 そう、その少女こそ見事IS学園の入試をわずか一年足らずの勉強と特訓により突破した、五反田さんちの蘭ちゃんである。箒達と同じくIS学園の制服が似合うこと。

 さっそく一夏に褒められて顔を赤くし、漂い始めたラブ臭を察知したヒロインズにライバル認定されている。今までいなかった妹キャラだけに、また新たな警戒が必要なのだろう。

 

「……待て、私も妹だぞ?」

「マドカはほら、千冬さんと同じ家族とか兄弟とかちゃちなもんじゃ断じてない、もっと恐ろしい何か枠だから」

 

 などなど、軽く話が弾んでいる。入学式もつつがなく終えた蘭は、クラスメートとなった生徒たちとの歓談もそこそこに、とりあえず一夏に制服姿を見せたく駆けつけてきたのだという。これからアリーナで新入生歓迎行事が行われるのは知らされていたし、それに俺たちが一枚噛んでいると聞き、いてもたってもいられなくなったのだとか。

 

「あ、それからもう一人いるんですよ、真宏さんにどうしても挨拶したいって言ってた子が。……って、あれ? どこ行ったんだろう。確か、迷子になって入学式にも遅れてきて、なんか寝ぼけた感じの人に閉まった校門乗り越える手伝いをしてもらったって言ってて、そのあと教室に行くときすら迷ってたんですけど……」

「……なんだろう、一夏。つい最近そんな感じのダメな迷子を見た記憶があるんだが」

「奇遇だな真宏、俺もだ」

 

 しかしながらそんな蘭には、さっそく友達ができたのだという。

 やたらめったら方向音痴で迷子癖のあるという、その少女。何となくつい最近ちょうど蘭くらいの年ごろでそういうのを見たこと、あるような。

 

「ぅう……こ、ここはどこ……って、いた! 五反田! ……そ、それに師匠!?」

 

 そして、道に迷う癖に自分の目的はしっかり果たせるところとかも。

 

「お会いしたかったです、師匠!」

「うおおっ、お、お前はファントム・タスクのラファール使い!?」

「えっ、まさかあのときの!?」

「真宏にISバスターされていたあいつか!?」

 

 俺達の姿を見つけ、ずどどどっと土煙を上げんばかりの勢いですっ飛んできた、一人の少女。

 蘭と同じIS学園の制服に身を包み、活発さを示すようなショートカットの髪をふわりとなびかせながら俺達の前でびしりと直立不動を決めた、彼女。

 

「……真宏さん相変わらずみたいですねえ。昔よくおにぃとケンカする度に神上ドライバーとかやってましたっけ」

「……今更ながら真宏がとても恐ろしいやつに思えてきたな」

 

 その正体は、なんと以前織斑両親救出作戦の際に俺が打鉄で戦ったラファール・リヴァイヴの操縦者であった。そういや確かに俺達より一つ二つ下くらいだと思ったけど、いったいなぜここに。

 

「はい、私達の身柄はIS学園に一時預かりとなったのですが、ほかにやることもないので適当な仕事に従事するか生徒になることを選べと言われまして、生徒になりました! 師匠にまた会いたくて!」

「へ、へー、そうなのか。……まあそれはいいとして、師匠って俺のことか?」

 

 聞けば、なんでもあのときとっ捕まったIS使いは適当にIS学園の生徒なり関係者なりとしてまとめて召し抱えられたのだとか。そりゃまあ、よその国にしてみればにっくきファントム・タスク関係者。仮に預けたところでそうそうまともな扱いしてもらえるとも思えないからいっそ抱え込んだのだろうが、IS学園だって人手は常に足りないのでまあ悪い話ではないのだろう。いかにも千冬さんらしい大雑把な手である。人にやさしいのも考えもんだ。

 

 ちなみにこれは余談だが、どうやら一夏の両親もIS学園で働いているらしい。さすがに千冬さんと親子揃って教壇に立つわけにはいかないのか教師としてではなく、それどころか表向きに出てくるような仕事でもないようなのだが。

 

「そういえば、父さんたちって普段どんな仕事してるんだ?」

「うええっ!? え、えーっと……そのー……、ISコアの中に眠る機械生命体的なものの研究、かな?」

「大変だ一夏、この人致命的に嘘が下手だ」

「みたいだな。真宏とは大違いだ」

 

 ためしに一夏が聞いてみたらこんな感じである。どうやらIS学園の地下施設で研究とか開発とかやってるみたいなのだが、詳しいことはまだ知らされていない。だがどうせまたいずれ俺達が駆り出されることにもなるだろうから、まあ気にしないに限る。

 せっかくだから、机に彫った穴にメダルをはめたら校舎が変形してロボが出てくるようにしてくれないかなー。

 

 だがそれはいいとして、さっきから暑苦しい目で俺を見上げて師匠と呼んでくるこいつ。今はそっちが気になる。確かに初対面というわけではないが、いきなり師匠と呼ばれるような出会い方をした覚えもないのだが。

 

「そうです、師匠。あの日、師匠に敗れた私は気付いたんです。……ISって気合いだな、と」

「大変だ、一発で真宏に感染した奴がいる!」

「そこに気付くとは……やはり天才か」

「真宏も乗ってるんじゃないわよ! これ以上真宏みたいなのが増えたらどうするつもり!?」

「そうだよ!」

「……いや、シャルロットは人のことを言えんだろう」

 

 よし、弟子入り決定。いやむしろ弟子とか関係なしに、仲良くなれそうだった。

まさかあの技を受けて俺を恨むどころかそんな真理に開眼するとは……こいつは面白くなってきた。俺はまだまだ弟子など取れない未熟者だが、こうして気合と根性とロマンを信奉する生徒が入学してくれるだなんて、ISの未来は明るいね!

 

 ……そして、明るい照明にはいろいろと引き寄せられるのが宿命らしく。

 

「そういうことでしたらどうでしょう、ぜひ蔵王重工の製品を使ってみませんか?」

「あるいは、束さまの実験台になってみるのはいかがでしょう。生身でIS並みのパワーを得られるかもしれませんよ」

 

 にょきっと、この暑苦しいラファール少女の両脇から新入生っぽい二人の少女の顔が伸びてきた。

 

「うわあああ! ワカちゃんだー!?」

「しかも貴様は、くー! 久しぶりだな妹よ!?」

「ちょ、待ってくださいませんこと!? なんでお二人とも当たり前のようにIS学園の制服を着ているんです!」

 

 突如として現れ、一瞬で場を混乱に叩き込んだのは、IS学園の制服を着込んで新入生ってか中学生くらいじゃないかと思われる背格好をした二人の少女。

 制服姿は似合ってるけどその実千冬さんの一つ下というばっちり成人かましてる我らがワカちゃんと、例によって両目は閉じたままそれでも普通にしている、いつでもどこでも束さんの刺客、くーちゃんであった。

 こうしてると同年代にしか見えない二人だが、その実下手すると千冬さんと一夏以上に年齢の開きがあるのだから恐ろしい。蔵王の一族って年取らないのだろうか。

 

「……ああっ、いました不審な新入生もどき! 今すぐ捕まってくださいワカさんと篠ノ之博士の娘さん!」

「おやいけない、真耶ちゃんに見つかっちゃいました。それじゃあくーちゃん、二手に分かれて逃げましょう! もし弾薬が足りないときはいつでもうちに遊びに来てくださいね!」

「ありがとうございます、ワカおねーさん。お礼には型遅れになったゴーレムⅠの量産型をいくつか持っていきます。的くらいにはなるでしょう」

 

「……あの、すみません師匠。今のなんだったんですか」

「よくわからないけど、とんでもない人たちが来てとんでもないこと口走ってたってことでしょうか。ていうかあのワカちゃんって子、なんとなくグレオン仮面さんに似てるような……」

「蘭、色んな意味で正解」

 

 それなりのインパクトをもって登場したはずの新入生だったのに、案の定というべきか見事IS学園に新入生のふりして忍び込んでいたワカちゃんたちの衝撃にいろいろかっさらわれていた。

 なにを言っているのかはお分かりいただけると思うが、何が起きてるのかはわからなかった。フリーダムとか合法ロリとかチャチなものでは断じてない、もっと恐ろしいものの片鱗を相変わらずぽろぽろこぼしていく子達であった。

 

「な、ななななんだいきなり出てくるからほほほんのちょっとだけ驚いたけど、大した用事じゃなかったみたいだな」

「ららららしいな。……よかった」

「む……そうか、オータムとマドカはいつぞやワカに焼き尽くされかけたことがあったのだったな。……あれは、トラウマになるな、うん」

 

 特にワカちゃんなんて、以前文化祭の時のどさくさでちらっとやりあっただけのマドカとオータムにこんなトラウマまで植えつけてるくらいだし。さすがである。

 

 

「ま、まあいいや。気を取り直してそろそろアリーナに向かうとしよう。俺達は歓迎イベントの準備があるし、蘭たちも早めに行って良い席とっておいた方がいいぞ」

「はいっ、師匠のご活躍、かぶりつきで見させてもらいます!」

「……あの、すいません。新入生歓迎イベントって真宏さんが企画してるんですか? あの真宏さんが? ……大事なことなので二回聞きました」

「真宏よ。残念ながら真宏よ。……ごめん、なんだかんだで真宏ってこういう悪巧みさせたら上手いから、みんな乗せられちゃって」

 

 面白いことではあるんだけど、と蘭に語る鈴の背が少しすすけているのを見て、蘭はそっと涙をぬぐった。やっぱりこの人らも苦労してるんだな、と。

 失敬な。俺はいつでも自分が楽しいことをすることに全力を尽くして、それが人にとっても楽しいものならなお嬉しい、そう思ってるだけだっての。

 

「いろいろ候補はあったんだけどな。昔千冬さんたちが高校生時代にやってたみたいな、トンデモ戦国時代劇とか。千冬さんと束さんが二人して織田ノブナガを演じていたあの劇、超面白かったよな?」

「やめてやれ真宏。千冬姉は思い出したくないって言ってたし」

 

 脳裏に思い描くは、昔千冬さんと束さんが通っていた高校の文化祭に行った時のこと。何を血迷ったか彼女らを擁するクラスは時代劇なぞを出し物として選び、しかもさらにどういうわけか織田信長役を束さんと千冬さんのダブルキャストで演じさせるということをやっていた。ある意味似合ってたよね、声的に。

 

「まあいいや、それじゃあ行ってくる!」

「期待してます、師匠!」

「それじゃあな、蘭。またあとで。よかったら、近いうちに弾も交えて入学のお祝いさせてくれ」

「へっ!? あ、は、はい! 嬉しいです!」

「……むー」

 

 ともあれ、そろそろ今日のメインイベントである新入生歓迎行事の場であるアリーナへいい加減向かうとしよう。新入生に楽しんでもらうためのことだが、俺達専用機持ちがいなければ始まらないのだからして。

 一夏はさっそく別れ際に軽く蘭を口説くみたいなこと言って箒達から嫉妬交じりの視線を向けらているが、それは紛れもない平常運転。IS学園の日常であり、新入生にも早く慣れるかその一員になってもらいたいもんである。

 

 

 そんな思いも込めて企画した、今日の一大イベント。

 では楽しんでいただこうじゃないか。

 世にも面白おかしい、ISの使い方を。

 

 

◇◆◇

 

 

「わ、もう結構集まってる」

「おぉ、これがIS学園のアリーナ……さすがに広いな、席にたどり着けるか不安だ」

「うん、というかすでにスタンドから出ていこうとしないでくれるかな。ほら、手をつないで」

「うぐぅ、すまない。私、どうしてかすぐ道に迷っちゃって……」

 

 実は師匠ともそれが原因で出会ったから、そんなに悪いものでもないかなーと思うんだけど、とはこの少女の弁。

 IS学園への入学という狭き門をくぐり、入学式に参加するともなれば緊張で固まるかわくわくと胸ふくらませるハイテンションに身を任せるのは確かによくあることであろうが、最初っからかなり興奮していたこの少女、蘭がさっそく仲良くなったのは全くの偶然であった。

 真宏達に会えないかと学園の中をうろついていたのを見つけて、多分一夏たちが通るだろう校舎とアリーナの中間あたりの場所への道案内を買って出た、それだけのこと。この子はIS学園入学前はかの悪名高きファントム・タスクに所属していたらしいとさっきの真宏達の会話から察せられてもいたが、まあ真宏に心酔してるようだし問題なかろうと蘭は思う。

 出会ってからのわずかばかりの時間ですでに何度となく迷子になりかけている彼女を見ていると、なんか悪人かもしれないと考えるのがバカらしくなる。

 

 そして、手をつながれてきょろきょろ周りを見渡しながらついてくる彼女を見るにつけ、思う。一夏はともかく真宏は昔から誰彼構わず仲良くなる手合いだった。気が強いというか変な性格をしているので誰かとケンカをすることも多かったが、その相手とも翌日になれば笑い合っている。兄の弾とは、あるとき怒鳴りあってケンカをしていたはずなのにいざ拳が交わされ始めるととたんにプロレス技の掛け合いに発展していたのだから、真宏にはある意味敵などいないのではないかと思う。

 

 実際、その考えはIS学園においても割と浸透しているらしい。

 IS学園にただ二人しかいない男子である一夏と真宏は、当然今年の新入生にとっても注目の的だ。だからというべきか、入学式の際に生徒代表の言葉を述べた、今年から3年生となる生徒会長の更識楯無は、そんな少女たちの心情を汲んでいまやIS学園では常識になりつつある通説を教えてくれた。

 

『ISが浸透した今の世界では、男女に分かれて戦争をすれば男は三日ともたないだろうと言われています。……ですが今のIS学園生は、そこに織斑くんがいれば一週間はもつと思っています。神上くんとタッグを組めば一か月はもつでしょう、とも。ですが……』

 

 それまで優しい笑顔と巧みな話術で生徒の心をがっちりキャッチしていた彼女が、この時ばかりは超真面目な顔をして。

 

『二人がそろって本気を出せば……世界中全ての女性が三日でたらしこまれます。多分』

 

 IS学園的見解を、述べた。

 

 あり得ない、と笑う声が大半であった。

 しかしながら楯無の表情がギャグのフリではないガチ本気であると気付いた者から声を潜め、ついに講堂は静寂に包まれるに至った。それだけの説得力を感じさせる言葉だったのだ。

 

 無論それは、以前からあの二人を知る蘭にとってもあの二人ならやりかねねえと素直に思えるものだった。

 8割の女性を一夏が無意識のうちに口説き落として誑し込み、それを良しとしない硬派な女性は真宏と殴り合ってるうちにどこからともなく熱い友情が生まれて固く握手を交わし合う。そんな光景が目に見えた。かなりリアルに。

 

「戦争して全員ぶっ殺すより、全員と殴り愛のあとに仲良くなる方が早くね?」

 

 真宏の声でそんな幻聴が聞こえるくらいには。

 

 そしてその噂の張本人たちが今日こうして何かを企んでいる。

 いったい何が飛び出すのか、これまでの幼馴染的な付き合いをもってしても見通せない不安と、それに倍する期待が今の蘭の胸の内を満たしているのであった。

 

 

「ふう、やっとたどり着けた……なあ五反田、もうすぐ始まるんだよな?」

「そうみたいだね。ほら、ちょっと落ち着いて」

 

 ざわざわと、アリーナの中は騒がしい。

 なにせ、この場に集っているのは新1年生のみならず、2年生と3年生も勢揃いだ。どんなことをやらかすのか詳しい話は聞いていないが、専用機持ちの生徒が総出で新1年生にISのスゴさを見せるイベントを用意したのだというから、この集まりも当然のこと。ましてや主犯は強羅を使うあの真宏と聞けば、きっと面白おかしいことになるだろうという考えはむしろ在校生にこそ強い。

 

 ゆえに、いまだ誰もおらずなにもない空のアリーナに向けて生徒たちはわくわくとした期待を寄せまくり。

 

 

 突如空からアリーナへと降ってきて、地面と激突した何かの巻き上げる土砂と轟音に、今度は悲鳴を上げさせられる羽目になった。

 

 

「っきゃあああああ!?」

「なに、いったい何が起きたの!?」

「ま、まさかこれがIS学園名物『イベントの度に起きる襲撃』!」

 

「ご、ごごごごご五反田大変だ! なんか変なの来たらしい!」

「あー、そうね。……でも多分あれ真宏さんの仕業だから心配ないわよ。それと、私のことは蘭でいいよ」

「なんと、師匠が!? あとありがとう蘭! 私は名前ないから弟子と呼んでくれ!」

「……なんだろう、この子まずものっそい基礎のしつけから始めなきゃいけない気がする」

 

 きゃあきゃあわあわあと阿鼻叫喚の地獄絵図と化したアリーナ客席において、これが客の度肝を抜くための真宏の策略であると見抜いたのは新入生の中では蘭一人。在校生はすぐに真宏の仕業に違いないと察してふつうに苦笑いを浮かべていたが、それだけの胆力を新入生に期待するのは酷というものだろう。

 そんな蘭にとっては割と真宏達の中学時代の日常茶飯事だったこのときが、自分が言うのもなんだがこの子どうしてIS学園に入れたのだろうと疑問に思うレベルのこの友人の、面倒を見る的な意味での長い付き合いが決定した瞬間でもあった。

 

『はっはっは、驚かせてすまない新入生諸君!』

「え、えーと……今日は新入生歓迎イベントに来てくれてありがとう!」

 

 かなりの高度から落下したらしい何かの衝撃で、もうもうと舞い上がっていた土煙がようやく晴れてくる。戻りつつある視界の中には、アリーナの中央付近と、なぜかアリーナ両端のあたりに影が見えた。

 次第に輪郭がはっきりしてくるアリーナ中央のそれらの正体は、まさしくIS。無駄に雄々しく腕を組んで仁王立ちに並び立つ強羅と白式。そしてその後ろにずらりと並ぶ、その他専用機達の威容であった。

 

「お、おお……っ!」

 

 各国専用機見本市。これほどのISが一同に会する機会などそれこそIS学園の外ではモント・グロッソくらいしかなく、新入生たちから思わず感嘆の声が漏れる。

 

 

 ……それが呆然とした声に変わるのも、すぐのことなのだが。

 

 

『長い前置きは入学式で散々聞いてきただろう。だから俺は今日君たちに見せるべきことを、多分俺よりIS適正高い子ばかりだろうけど先輩として伝えられるものを一言で説明する! 今日俺たちがやってみせるのはISのスゴさをこの上なく生かした!』

 

 叫ぶとともに天へと掲げられた強羅の腕が眩く光る。拡張領域に格納されていた装備を展開する際特有の現象であり、いったい何をするのかとわくわくしながら注目した生徒たちの目の前で、そこに。

 

 

『ISサッカーだ!』

 

 

「……は?」

 

 人の頭サイズの球形をした、見間違えようもないサッカーボールが、出現していた。

 

 

◇◆◇

 

 

「では……プレイボール!」

 

 そこはキックオフじゃないのか、というツッコミをするには1年生たちは驚きすぎていた。

 高々と自慢げにサッカーボールを掲げる強羅が無駄にかっこよかったことも含めて呆然としていたら、今度は見るも美しい光の翼をはためかせるISが、降臨、満を持して。しかもそのISは二代目ヴァルキリーであるスター・グリント・アンサング。こんなのまでいると聞いてなかった驚きに浸っている間に、スコールは首からホイッスルを下げて審判やります宣言。

 よくよく見ればアリーナにはいつの間にやらサッカーゴールが突き刺さり、ラインまで引かれている始末。あまりの展開に、既にして新入生は呆然とするしかない。

 

 ちなみに、ここらでチーム分けを発表しておこう。

 

 まずは、一夏チーム。一夏を筆頭に、セシリア、鈴、シャルロット、ラウラ、楯無というドリームチームというよりはハーレムチームと呼ぶしかない陣営。即席のフィールド上に適当に散らばり、ゴール前にはシュヴァルツェア・レーゲンのラウラが陣取っている。

 

 もう一方は、真宏チーム。当たり前のようにゴールキーパーの座に収まり、なんかものすごい安定感を醸し出している強羅の前に立つのは、箒、簪、マドカ、オータム、フォルテ。箒が一夏陣営でないのこそ意外だが、中々どうして実力は侮れそうにないチームだ。……なんの実力なのだか、まったくわからないが。

 

 ともあれそんなメンバーで、かつ観客の1年生をほぼ置いてきぼりで試合が始まった。

 

 最初のボールは一夏チーム。フィールド中央からボールが蹴り出され、ドリブルとパス回しで相手の陣地に切り込みつつ、真宏チームのメンバーがディフェンスに入る。ISを着込んでいるためその動きは機敏かつダイナミックであるが、やっていること自体は普通のサッカーと大差ない。人数からして中途半端で、フットサルにすらなっていないのではあるが。

 

 しかしながら、これではつまらない。

 走る速さやボールの勢いなどなんかすごいということはわかるが、それはあくまでサッカーの枠で見ればの話。多少スポーツに詳しい生徒であればよいが、ここは女の子ばかりのIS学園。ただの退屈な球蹴りに成り下がりかけたのは、試合が始まってからわずか一分後。

 

 そして当人自身サッカーのルールを詳しくはわかっていない真宏が、先輩の威厳を示すために新入生の度肝抜いたると企み、ISのスゴさをより強調するため、前フリとして自重するよう決めていたのはその1分の間。

 

 つまり。

 

 

「行くよっ、鈴! パス!」

「オッケーシャルロット!」

 

「って、真上にパスをしたー!?」

「しかも飛んで受けたー!?」

 

 ここからは、脳細胞がトップギア。

 パスの進路に「真上」が選ばれるようになり、PICによって常人では絶対無理な高さまで飛び上がった鈴がそれを受け止め、フィールド真ん中のあたりからシュート打つのもザラとなる。

 

「くらいなさいっ、不可視の弾丸、衝撃砲シュート!」

「足を使ってなーい!?」

 

 シャルロットによって空中高く蹴り上げられたボールに、鈴が接近。そしてそのまま足なんざ使うこともなく、両肩のアンロックユニットから放たれた衝撃砲がボールを叩く。空間圧縮作用を使っているため目に見えることない純粋な衝撃が幾度もボールを加速させ、直接相手のゴールを狙うのだ。

 蹴ってない、とか言ってはいけない。ISがオールウェポンフリーでサッカーをすれば、こうもなろう。

 

『なんのそれしき、気合ガード!』

「おおおっ、さすが師匠! あのシュートを止めたー!」

「しかも、胸板ど真ん中で受け止めて。真宏さん、変わってないなあ」

 

 そしてそんなシュートを止めるのは鉄壁の強羅。真正面から突っ込んでくるボールを胸部装甲ど真ん中で受け止め、その勢いで体ごとゴールの方へと押し込まれかけるが、止める。あのボールの質量どんだけだよ、とか気にしたら負けである。

 

『行くぞ、今度はこっちの番だ! どうりゃあ!』

 

「片手で投げたのにすごい飛距離……って途中でありえない軌道で曲がったー!? ……あ、よくよく見たらボールをつかんでた手がそのままくっついてる! あれ、かの有名なロケットパンチだ!」

「ちょっと、あれってルール的にありなの審判のお姉さま!?」

 

 ここしばらくファントム・タスクの構成員などという血生臭いことをやめてエロ保健医を続けて得た貫録か、既にしてお姉さまという呼び名を新入生からすら賜ったスコールは、一応審判役でありながらこれまでのサッカー的に致命的な事態を完全にスルー。しかしながらさすがにルールの説明が必要な頃合いのため、客席に向かって艶やかな笑みを浮かべる。

 

(この顔見て頬を染めた子はチェックしておかないと……)

 

 と思ったか否か、いずれにせよ今回のISサッカーにおける特別ルールを、説明する。

 

「疑問もあるだろうから説明するわ。ISサッカーのルールは、ただ一つ。それは……」

 

 一つってなんだよもっといろいろあるべきだろ、とか生徒も思うところはあったろう。だがそこまで言うからには一体どんなものが飛び出すのか。既にしていやな予感しか感じない程度には訓練されつつある新一年生たちが固唾を飲んで見守る中、出た発言は。

 

 

「ボールを相手のゴールにシュゥゥゥゥーーーーーッ!! 超! エキサイティン!!」

 

「えええええーーーー!?」

 

 生き残れ、とかでないだけましだったかもしれない。驚きつつもそう思えるようになった一年生の成長は目覚ましい。

 しかし何が恐ろしいって、このルールはどこも間違っていない気がするところが一番恐ろしかった。

 

「あと、あのロケットパンチは本体から離れてるからハンドとしてはノーカウントよ」

 

 とのことである。もはやなんでもありなのだと、この期に及んでは魂で理解するよりなくなりつつあった。

 

「いいシュートだ、だが甘い! AICセーブ!」

「慣性無効化の無駄遣いすぎる!? ていうかナチュラルに反則級の技ばっかりなんだけど!」

「きゃー! 隊長頑張ってー!」

 

「そして食らうがいい、キーパーが直接ゴールを狙えるのは強羅だけではない証明のため……。とあるサッカーの超電磁砲レールガン!!」

「させるかよ! スパイダーストリングス!!」

 

 ……そんな感じの、ISイレブンな試合が繰り広げられていた。

 両陣営から次々と繰り出される必殺技の数々は、ボールを介していなければ普通に相手のISを撃破してもおつりが来そうなすさまじいものばかり。大体1分置きにそんなものがぼんがぼんが披露されていれば、新入生たちの心境にも変化くらい起きようというもので。

 

(……あ、IS学園ってこういうものなんだ)

 

 と、洗脳が始まりつつあった。

 

 

 そこから先も、

 

「ブルーティアーズの機動を、舐めないでくださいましっ」

「こっちのセリフだ!」

 

 ブルー・ティアーズとサイレント・ゼフィルスそれぞれのビットが四方八方から突き刺さり、ウニみたいになったボールが空中でピクリとも動かなくなる一幕があったり。

 

「もらった!」

「ボールは渡さん!」

 

 双方すさまじい加速でボールに食らいつき、その場で切り結ぶ一夏と箒がいたり。おい、サッカーしろよというツッコミはこのあたりからもう聞こえなくなったという。

 ISサッカーにはイエローカードもレッドカードもないので、ダイレクトアタックは普通にアリなのだ。

 

「行くよ真宏ぉ! グレネードシュート!」

「させないっ、ミサイルディフェンス!!」

 

 ラピッドスイッチを駆使して呼び出したグレネードで爆破しつつ吹っ飛ばされたボールを、簪が放った無数のミサイルが着弾してその軌道を逸らしたり。

 

「ツナミブースト!」

「あ、水ありがとうっス。これでバッシャーマグナムも活躍できるっスよ!」

 

 どこからともなく大量の水を出して、ボールに足を乗せて波乗りのごとく突っ込んでくる楯無を、その水も利用したバッシャーマグナム一丁で迎撃するフォルテなどなど、なんかもう普通のIS関係者ならば見ているだけで頭痛くなるような光景が続出したのであった。

 

 

 ただ、それを見ている生徒たちは揃って途中から考えることをやめたため、派手な必殺技の数々にやんやの喝さいを上げるようになっていたことだけは、記しておこう。

 

 

◇◆◇

 

 

『やあみんな、楽しんでくれたかなー!?』

「いえーい!!」

 

 試合を終えての、マイクパフォーマンス。既にして真宏の叫びにノリノリで呼応するくらいに調教されきった一年生たちの行く末を思う教師たちは頭を抱えているが、そんなもん全体から見れば少数派に過ぎず、数に押されて消えるが運命のようであった。

 

 ちなみに、試合結果は全員がそれぞれ一度ずつシュートを決めて、6-6の引き分けとなった。

 白鐡がボール抱えてファンタム・アビエイションで相手をかわしつつゴールに突っ込むという強羅の白鐡シュートに対抗して、ラウラがISゴールを放り出して前線へと飛び出してはなったISマーチシュートが決まったのが最初の攻防。

 簪の連結荷電粒子砲シュートで奪われた1点を会長の水鉄砲シュートが奪い返し、一夏が放った零落白夜シュートによって強羅のシールドバリアが消し飛ばされつつの1点を箒の十文字斬りシュートがチャラにした。

 鈴のドラゴンISシュートによる逆転をオータムのスパイダーストリングスシュートが盛り返し、シャルロット自慢のとっつきシュートによるダメージも気にすることなくフォルテの周囲まるっと洗脳ドリブルがゴールまで無人の野を行くようにして点を取る。

 そして締めは、マドカのBTペンギン2号とセシリアのBTペンギン1号の打ち合い。口笛を吹いたら地面からBTビットが生えてくる光景に目を疑うことなく歓声を上げる生徒たちはこれをもって洗脳が完成に至り、試合への賛辞だけがアリーナに満ちていた。

 

 実際どのくらい白熱していたかは、網が燃え千切れて骨組みしか残っていない両ゴールと、センターサークルが消滅して代わりに刻まれたクレーターの大きさが物語っているだろう。

 

『これで新入生のみんなも分かってもらえたと思う。ISのすごさが、搭乗者の持つ無限の可能性が。……そう。これが超次元サッカーだ!』

 

 わーっ。

 いつの間にISやめて超次元サッカーになったんだ、と常識的な反応をするものが消えうせた。

 これでISへの理解が深まったかどうかは知らないが、やる気は間違いなくカチ上がっている。だからまあよかったのだろうと、IS学園教師陣は涙を呑むのでありましたとさ。

 

『それではまた、今度はISテニヌかなんかを開催するその日まで! 以上、実は今回最強の防御力を誇ったボールの制作と協力は、蔵王重工でお送りしました!』

 

 ぱちぱちぱち。

 惜しみない拍手といいもの見せてもらったという歓喜の声。

 IS学園は紛れもなく、今日も平和なのであった。

 

 

◇◆◇

 

 

 しかし平和が尊ばれるのは、それが長くは続かないからだ。

 

 宇宙。

 地球の衛星軌道上。

 

 無限のコズミックエナジーが満ちているかは観測する術がないが、宇宙開発が本格化した時代から無数の人工衛星が打ち上げられた空間であり、いったい何がどれだけ漂っているのか、正確に把握している者など一人もない。

 

 だが、「それ」はそこにいた。

 

 ゆらり、と影が動く。

 真空の宇宙に音はなく、闇の塊のようなそれは存在を知らしめる警戒灯など付けるはずもなく、星の光を遮る黒々とした巨体をゆっくりと周回軌道に乗せている。

 人が作ったものしか存在しないはずのその場にありながら、それは人が作ったものではない。

 

 周囲を漂うデブリに構うことなく、地球を何度となく周回する軌道上にて静かに機を窺う、謎の巨大構造物。

 

 今の地上にそれの正体を知る者はごくわずかしかおらず、今ここにこれがあることを知っている者はもっと少ない。

 

 ゆえにこそ、ほとんど誰にも知られることがなく、幕が上がる。

 

 

 人類の存亡をかけた、最後の戦いの幕が。


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