IS学園の中心で「ロマン」を叫んだ男   作:葉川柚介

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第48話「セカンド・シフト」

 もう何度目になるかもわからない、IS学園を守るための戦い。

 いい加減なんか呪われてるんじゃないかというくらい襲撃に次ぐ襲撃を受けまくっているIS学園への今日のお客様は、虫っぽい姿をしたバグ様数万匹。こちらは莫大な火力でもって盛大に歓迎してやっているのだが、お客様におかれましては火を見てビビるレベルの生物的な共感すら抱けないご様子。どれだけの被害が出ようとも元気に驀進しておられる次第。

 おかげで海上で封殺することかなわず、すでに先陣はIS学園本島への上陸を許してしまう有様だ。

 

 そのため俺達の奮戦もますます重要なものとなるわけで。

 

『灼熱真紅の型ァ!』

「ジュエル・スケール、研鑽!」

「お前らそういう余裕あってうらやましいよ本当に……っ! あ、でも雪片がやけに軽い気がする。すぱすぱ切れるなあはははは」

「襲撃慣れした後輩たちがこうも荒むとは……さすがに今度の敵は恐ろしいっスねえ」

「この状況をその一言で済ませる……隊長の話に聞いていた通り、IS学園は伏魔殿なのですね」

「……私の時は襲った相手が織斑一人だけで本当によかったわ。こんなの全員相手にするとか死ねる」

 

 両手に持った爆裂短杖<烈火>でもって当たる端からバグを吹き飛ばす俺と、周辺一帯のレーザーを反射拡散させて無効化し、ついでに時々相手に打ち返して撃破するというこの状況に滅茶苦茶有効なワンオフ・アビリティ<ジュエル・スケール>の鱗粉を、手刀部分に収斂して作り出した刃で敵を切り裂くマドカ。

 一夏も機動力を生かし、しかしエネルギーを無駄遣いしないよう細心の注意を払って敵を薙ぎ払い続けている。その勢いたるや、敵の弱さを差し引いてもいまだかつて見ないほど。

 そもそも、どういうわけか一夏はやたらめったらバグに集中して狙われているので放っておいても敵が間合いのうちに飛び込んでくるのだ。どうしてあんなに好かれているのだか。

 

 こんな有様だから、一緒に戦っているみんなも引くだろう。最高学年となってますます実力と怠け癖に磨きが掛るフォルテ先輩や、ラウラの機体に良く似たシュヴァルツェア・ツヴァイクでいろいろ荒すぎる俺達のフォローに回ってくれているクラリッサさん、以前は襲撃する側だったクラリッサさんよりさらに年上で今回も最年長なオータムも驚こうというものだ。

 

 ちなみに先輩たちもかなりの活躍をしている。

 フォルテ先輩は、3月に卒業したダリル先輩から形見分けのような勢いでもらった白と黒の拳銃<ゴク>と<マゴク>で片っ端からバグを撃ち抜いているし、クラリッサさんはさすが本職の軍人だけあって遠近どんな距離でも対応可能であり、プラズマ手刀と手に持つマシンガンで極めて効率よく敵を粉砕していた。

 

「シュツルム・ウント・ドランクゥゥゥーーーーッ!!!」

『おぉ、すげー見事な回転』

「……あれ、特殊部隊って忍者のことだったっけ?」

 

 まあ、隙あらばプラズマ手刀でシュツルムウントドランクをかまそうとするあたり油断がならない人なのだが。あの技に巻き込まれて粉砕されるバグは幸運だわな、うん。

 

「神上真宏、こちらの敵は私が全て斬り捨てておきますので、向こうの敵をお願いします」

『おう、任せろ! ……って、あれくーちゃん久しぶり。そういえば束さんがいるからついてきたのか』

「はい。束様の命により、束様にいいところを見せるためにお手伝いします」

 

 しかもそれだけじゃなくて、いつの間にやら真っ黒いG3-Xを装着し、金色の両目を開いて一夏並みのペースでバグを斬りまくっているくーちゃんまでいたし。束さんがいるからもしかしてとは思ったが、まさか協力してくれるとは。いつぞやは敵として戦ったけどこうして味方になると、千冬さんの動きをトレースする真VTシステムが頼もしいことこの上ない。

 

『神上くん、バグの一団が右側から回り込もうとしています! 警戒を!』

『マジか!? マジで!? ……マジだ! えぇいしょうがない! ちょっとお前ら立ち往生してろ! ディフェーンド!』

「地面殴ったら壁が生えたー!? おいなんだその魔法(物理)!」

 

 敵の動きに合わせて西東。簪たちの活躍によって指揮官機の能力が鈍ったからこそこれでもなんとかなっている。俺達専用機持ちが前線を張り、その後方では学園所有の量産機を操る先生たちが撃ち漏らしを正確無比に片づけてくれているのだが、さすがにいつまでもつか。

 一刻も早い指揮官機の撃破を期待せざるを得ない、そんな状況になったとき。

 

――!

 

「!?」

「箒達の霊圧が……消えた?」

『なん……だと……!?』

 

 指揮官機撃破の命を受け、敵陣中枢へと斬りこんでいたはずの箒達のISの反応が、消えた。ハイパーセンサーを伝わったそれは、ぞっとするほど冷たい直感として俺達に知覚されるものであった。

 その瞬間、誰もが海を見る。遥か彼方、肉眼では水平線スレスレの位置にある巨大な構造物。その上部で目まぐるしく動き回っていたISの光点と、それを撃ち落とさんと上がっていたレーザーと熱線が今は一つもない。不気味すぎるほどに静まり返った水平線と、海面を埋め尽くさんばかりのバグだけがそこにあった。

 箒達は、簪は……どこにもいない。

 

「……おい、箒! 鈴、セシリア! 応答しろ!」

「シャルロット、ラウラ、会長! いったい何があった!?」

『……しょうがないな、約束は守らないと』

「ちょっ、待つッス神上! さすがに今あんたが我を忘れて暴れたら怪獣大決戦になっちゃうっスよ!?」

「おおお、落ち着け! 今のお前は勢いでこの島ごと沈めかねない気がするぞ!?」

 

 ぽつりとつぶやいた俺の前に、フォルテ先輩とオータムが立ちはだかって止める。

 ISには絶対防御がある。仮に致命傷を受けたとしても早く助ければ十分に命はつながるだろう。だからこそとにかく一瞬でも早く目の前のこいつらぶちのめさなきゃいけないってだけのことじゃないですかお二人さんはっはっは。

 

 こんな風に考えることからもお分かりの通り、この時の俺はさすがに少々錯乱していた。

 簪を助けるためならそれこそ目の前で数万にも上ろうかという敵すべてを一人で殲滅するくらいしてやる覚悟はあるのだが、勝っても負けてもまともな状態では終わるまい。

 

 熱くなる体に反してどんどんクールになっていく頭が今にも強羅をタイプテクニックにフォームチェンジさせそうで、俺の怒りを知った強羅はその感情をロマン魂のエネルギーに変え、さらに両手両肩両腰に続々と大火力の武装を展開しつつあった。漏れ出す莫大なエネルギーのせいでなんか空気がパリパリ言い出した気がするけど、今はいいよね。自重する気はないぞコラ。

 このときは、ただでさえ割と凶悪な面構えの強羅のマスクがまさしく魔神の形相であるかのように見えた、と後からフォルテ先輩とオータムに聞いた。実際そのくらい怒っていたのだから当然だろうよ。

 

 

 そんな感じで、うじゃうじゃと相変わらず波に乗って浜に上がってくるバグがただの的にしか見えなくなってきた。

 本気で我を忘れて暴れたりしたらいろいろ不都合はあるかもしれないけれど、あとで考えればいいや。押えきれない怒りがもういい加減そういう結論でいいやと判断しかけた、まさにそのとき。

 

『お嬢様、起きてください!』

『凰候補生、何をしているのです。その程度で倒れることが許されるほど、やわに鍛えた覚えはありません』

『隊長ー! 頑張ってください! 私たちがついてます!』

『箒ちゃーん!? 箒ちゃんが箒ちゃんがー!? どいてちーちゃん、あいつら殺せない!』

 

 とりあえず目につく敵は片っ端から焼き尽くそうと思っていた俺の耳に、チェルシーさんたちの声が届いた。

 

 主の身を案じる必死な声。冷静でありながら隠しきれない声の震えをにじませる大人の声。きゃあきゃあと甲高い声援を上げる少女たちの声。そして珍しく動転し、千冬さんに挑みかかる束さんの声。

 

 色々と差はあるが、それは紛れもなく箒達の身を案じる声。こうして戦いの場にあるわけではなく、地下の司令室で戦況を見守り、それでいてなお彼女たちの無事を信じて叱咤激励する、仲間の声だ。そのうちIS学園の校歌とか歌って箒達のISをXDモードにしそうなくらい、尊い声援。

 

 頑張って、立ち上がって、声を聞かせて。手が届かない画面の先へ向かって、それでも届けと声を張り上げている。

 

 ……そんな人たちがいる。では俺は、何をすべきか。

 

『……一夏、バグから出てる電磁波が通信を邪魔してるらしい。少し盛大に数を減らす。手伝ってくれ』

「……任せろ、真宏。…………お前は本当に単純なやつだよ」

『筋が通っていると言ってくれ』

 

 少しだけ、落ち着くことができた。

 俺だって簪の無事は信じていたし、必ず助け出すつもりでいる。だが、ああして皆がまだ負けていないと、勝って帰ってきてくれると信じているのなら、勝者の役を奪ってしまうわけにはいかない。

 気が付いたら強羅の全身ハリネズミのように武装を展開していたので、せめて身動き取れるくらいまで量子格納して減らす。目の前すべてを火の海にできるくらいの武装量から、選んだ一帯をまるっと消し飛ばせるくらいまでに。

 そしてそのまま、俺は全砲門を敵目標に向けて多重ロック。一夏もこの戦闘で初めて雪羅を砲撃モードで展開し、バグを一気に薙ぎ払う体勢に入る。

 相手の数が多すぎるし、既に姿を隠さなくなった指揮官機の誘導もあるからさすがに全てを倒し切ることはできないだろう。だが、かまわない。

 

 これは簪たちの獲物なんだ。

 あまり横取りするのも無粋だから、ね。

 

『早く起きてこい。……待ってるぞ、簪!』

「頑張れ、みんな―――――!」

 

 励ましの気持ちは火力に乗せて。

 両手両肩両腰両足、強羅のハードポイントが許す限りの部位から広範囲に放ったグレネードの砲弾と、海面を蒸発させてモーゼの伝説のごとく海を割りながら薙ぎ払われる雪羅の荷電粒子砲。レーザーによる迎撃など役にも立たないその火線でもって一気に数百機のバグを消滅させ、その倍くらいの数を行動不能にしてのける。

 一夏は盛大にエネルギーを消費したから継戦能力が大幅に落ちたし、今の一斉射撃は強羅の瞬間火力としては最大級のもので、これ以上効率よく敵を倒すことは難しく、それでもすぐに今倒したくらいの数は箱から湧いて出てくるだろう。

 

 なんだかんだで、IS学園がさらされている状況はかなり悪いのだ。

 そう、もしもこのまま

 

 

『さあ、ショータイムだっ!』

 

 

 倒れたはずの簪たちが、セカンド・シフトしたんだから絶望しなかったのではなく、絶望しなかったからセカンド・シフトできたのだと言わんばかりの叫びとともに、復活することがなかったらという、あり得ない仮定の上での話だが。

 

 

◇◆◇

 

 

 海中から飛び上がってきた箒達の姿は、遠くにいる者たちははじめはっきりと目視によって捕えることはできなかった。

 なぜならば、彼女たちは一人の例外もなく全身を金色の光に包まれていたからだ。それは、現在世界唯一の第四世代機たる紅椿が誇る、無限ともいえるエネルギーをもたらす奇跡のワンオフ・アビリティ、絢爛舞踏に特有の現象。

 

 箒の諦めない心が生み出す力は惜しみなく仲間達に与えられたのだと、彼女らの機体を包む眩い光が何よりも雄弁に、広く四方へ語っている。

 ただ一機のISが放つエネルギー量としては破格を誇るその光に、IS学園の防衛をしている者たちのみならず、バグや指揮官機ですら意識を引きつけられた。

 

 その光に包まれているのは、傷だらけのISのはず。つい先ほどシールドエネルギーがほとんど尽きかけて海中へ没した敗残兵に過ぎない。

 過ぎないはずだ、と。もし指揮官機に人間と同じ感情があるならば必死に自分に言い聞かせていただろう。

 

 なぜならば。

 

「ここからが本番だ、無人機共!」

「新生したわたくしたちの力、改めてお見せいたしますわ」

「体が軽いわ。これならいける……!」

「さっきのお返しをするから、覚えておいてよね」

「感謝するぞ。今日私は、また一つ強くなれた」

「聞こえたよ……真宏の声が!」

「セカンドシフト……いいものね」

 

『すごい……。紅椿以下全機のシールドバリア完全回復、それにほかの6機はみんな一斉にセカンド・シフトしています!?』

 

 復活した彼女らは、一人の例外もなく強くなってきたのだから。

 

 箒達は一度、負けた。

 完膚なきまでに、数の不利だなどとは言い返せないくらい力に違いがありすぎた。一時的にとはいえ拮抗していられたのが奇跡のようだと思うほど、海中に沈みゆく最中目蓋の裏に蘇る敵の動きの一つ一つは明らかにこちらの上を行っていて、機体性能は無論のこと、戦術もまた凌駕していたのだという事実を噛みしめた。

 

 諦めるつもりは、ないはずだった。だが体にもISにも立ち上がるだけの力は残っていないこともまた、覆しようのない事実。

しかし、だからこそ。

 

『お嬢様、起きてください!』

『凰候補生、何をしているのです。その程度で倒れることが許されるほど、やわに鍛えた覚えはありません』

『隊長ー! 頑張ってください! 私たちがついてます!』

『箒ちゃーん!? 箒ちゃんが箒ちゃんがー!? どいてちーちゃん、あいつら殺せない!』

 

「!?」

 

 仲間の声が、身に染みた。

 奮起しようと心が叫んだ。

 その心に、ISが応えてくれたのだ。

 

 

◇◆◇

 

 

『お嬢様、意識をしっかり持ってください。大丈夫です、チェルシーがついています。聞こえていますか? ご無事ですか、お嬢様!?』

「ええ、チェルシーの声が励みになりましたわ」

 

 ISのオープンチャネルを介した通信は、ずっとセシリアの元へ届いていた。

 セシリアに響いたのは幼いころからずっと一緒にいてくれたチェルシーの声。母とも姉とも親友とも思っていたが、極めて優秀なメイドであるが故にいまだ底知れないようなところがあったチェルシーの、いまだかつて聞いたことがないほど必死な声だった。

 

『お嬢様……!』

「心配をかけましたわね。もう大丈夫ですわ。……残念ですけれど、もうあなた方に後れを取ることはありません。……どうぞお楽しみあそばせ、わたくしセシリア・オルコットと、ブルー・ティアーズ・セラフの奏でるワルツを!」

 

 新たな姿と力を得たブルー・ティアーズ・セラフはセシリアの意に忠実に動いて見せる。

 腰を取り巻くスカート状の装甲に4つ、両肩のアンロックユニットに2つ収められた合計6機のビットは、セラフの名の通り熾天使の翼のごとくブルー・ティアーズの機体を包む、人の腕ほどの大きさの大型ビットだ。

 当然被弾の危険は増すことになるが、ビット自体の機動力と火力の増加はそのデメリットをはるかに上回るだけの戦力をセシリアに約束することとなる。

 

 一斉に機体から解き放たれたビットたちは鋭角的な機動を描いて指揮官機のうちの一機へ殺到。瞬時に取り囲み、レーザーをビット1機あたり5本放って焼き抉る。

 

――!!??

 

 これが、ブルー・ティアーズ・セラフのビット、セラフィムだ。

 ナンバー1からナンバー7まで、セシリアの極めて個人的な嗜好により4を飛ばしてナンバー付けされたこのビットたちの特徴は大型化に伴う大火力のみではなく、それぞれのビット自体が判断能力を持つことが最大の特徴だ。

 

 もとよりセシリアがビットから寄せられているように感じていた忠義の心。

 セカンド・シフトに伴ってブルー・ティアーズはそれを現実のものとした。それぞれ異なる個性と簡易な判断能力を与えられたビットたちは、1機当たり5門備えられた発射角可変式のレーザーで敵を焼く。

 ナンバー1はリーダー格、ナンバー2は明るいお調子者、ナンバー3は短期な暴れん坊、ナンバー5は気弱な泣き虫、ナンバー6はクールで冷静、ナンバー7はサブリーダー。それぞれの特性が異なるために、セシリアの下した指示に応じるだけでも様々な行動のパターンが生まれ、敵を翻弄する。6機の大型自律行動可能なビットの生成。それがブルー・ティアーズ・セラフの新たな力、ワンオフアビリティ<ナイツ・オブ・ラウンド>であった。数が足りないとか言ってはいけない。

 

 セシリアは、自分を励まし続けてくれていたチェルシーのことを思う。物静かで、凛として、セシリアがオルコット家の当主であろうとするように、チェルシーもまたそのメイドとしてふさわしくあろうと、今もし続けてくれている。

 幼くして失った両親から家督を継ぎ、オルコット家の当主になる。そう打ち明けたあの日、チェルシーはセシリアの未来に待ち受けるだろう苦難を思い、それでも笑顔で支えることを誓ってくれた。

 

 そのチェルシーを、あんなに心配させてしまった。

 

 こんな有様で良いわけがない。

 二人で誓い合った、いつかたどり着くべきセシリア・オルコットのあるべき姿ではない。

 

 いつでも優雅に、美しく。

 貴族の誇りを失うことなく強くある。

 そのために今すべきことは何か。敗北の汚名をかぶったのならば、それを雪ぐためにどうするべきか。

 答えは戦いの中で示そうと決めたのだ。

 

「あらあら、そんな程度の機動では、回避できませんわよ?」

 

 高慢な物言いでこそあるが、その実セシリアの攻撃は苛烈で隙も容赦もない。

 6機のビットはセシリアの命を受け、独自の判断も交えて正面から突撃するもの、そのフォローをするもの、敵の死角に潜り込んで致命の一撃を狙うものなどさまざまな動きを見せる。

 指揮官機は、その動きに対応できない。これまでのセシリアのビットの動きは学習しているが、セカンド・シフトに伴って途端に動きが変わった。先ほどまでのデータからはあり得ないと判断される位置にいつの間にかビットがいて、そこから放たれるレーザーの威力は優に数倍。気づけばブレードは手からもぎ取られ、熱線砲はチャージする暇すらない。

 まるで光で編まれたかごの中の鳥。自在に動ける道理はなく、仮に回避に成功したと思ってもその先にまた別のレーザーが待ち受け、次々装甲とシールドを削られたその果てに。

 

――こつん

 

――!?

「チェックメイト、ですわ」

 

 背中に当たるレーザーライフルの銃口の硬さに、指揮官機の電脳はもはや自己の保存は不可能と断じ、ならばと捨て身の行動へと移る。

 しかし。

 

「遅いですわ。……ばぁん」

 

 セカンド・シフトの恩恵により威力の増したスターライトmkⅢ改のフルチャージレーザーにより、細くしかし眩い青のレーザーに胸部中枢を跡形も残さず破壊され、その機能を停止した。

 

 

◇◆◇

 

 

『あなたが修練に明け暮れた1年は何のためのものです。ここであのような得体のしれない人形に敗れる程度の無駄な時間でしたか。そんな鍛え方をした覚えはありませんよ』

 

 冷徹な声だ、と鈴は思った。2年前から何度そう思ったか今ではもはや数え切れない。

 

 中国に渡り、IS操縦者としての訓練を受けることになってから丸1年の間、鈴はヤン・レイレイ管理官のもとで特訓に励んだ。基礎となる体作りからあらゆる武器の扱いを学ぶための武術、サバイバル技術、座学とこなしていくのに、時間はどれだけあっても足りなかった。

 あの管理官にはその度何度叱られ、組手で殴り飛ばされたことだろう。女だてらに武術の造詣深く、重厚に勁力のこもった崩拳をどてっ腹に叩き込まれて反吐を吐きながらのたうちまわるなどという経験を、よもや自分がしようとは思ってもみなかった。

 

 打撃の一瞬のみならず、その後しばらく内臓をかき回されるような苦痛に腹を抱えて転げまわる自分を見下ろし、せめてこのくらいはできるようになってもらうと言い放ったあの眼は忘れられない。あの目を驚愕に見開かせてやろうという気持ちが、一夏に会いたいという思いに次いで鈴を強くした原動力なのだから。

 

『復活が遅すぎます、凰候補生。あの程度で倒れることがそもそもの間違いです』

「はいっ、すいませんでした管理官! その代り今からこいつをボコって汚名返上します!」

 

 そんな管理官が、どうだ。今も冷静さを装っているが、それでも隠しきれないくらい喜色に溢れた声を出している。それが鈴にはわかる。

 

「ってなわけで、とっととくたばりなさいよコラァ!」

――!

 

 せっかくなのだ、新しく得た力も示したいことだし、手っ取り早く適当に目の前にいたこの指揮官機にはデモンストレーションの相手を務めてもらうとしよう。

 イグニッション・ブーストでまずは接近。セカンド・シフトはもともと燃費と安定性に重点を置いた甲龍の基本性能も底上げしているためにその速度はこれまでよりも格段に速い。さっきまでの甲龍と同じに見ていたわけではなかろうが、それでも意表を突けるほどの速度。

 しかしそれだけではまだ足りない。相手の機体性能もまた並みのIS以上に優れているのだからたやすく距離を離される。

 

「ホワチャアッ!」

 

 だがその予想は外れ、ガゴン、と重い金属のぶつかり合う音を響かせ、当たらないはずの距離にあった甲龍の拳が何故か指揮官機の目の前に迫り、そのまま頭部に強烈にぶち当たった。

 

――!?

「ほらほら、まだ行くわよ!」

 

 その怪現象は以後も続く。距離の測定に誤差が生じたか速度を見誤ったか、センサーの異常と判断した指揮官機はより一層距離を取る。

 だがそれでも変わらない。武装を使わず体術を駆使する鈴の動き自体は合理的でこそあれ特異な点は見られないというのに、攻撃を避けられない。それとは逆に、反撃で振るうブレードは確実に攻撃可能圏内にいたはずの甲龍にかすりもしないのだ。

 客観的事実の観測からはまるで自分から当たらないはずの位置にある相手の攻撃に当たりに行っているかのような現象であり、その度に距離センサーの数値が狂う。

 

「この間合いなら、私と甲龍の<万象縮地>からは逃れられないわよ!」

 

 ワンオフ・アビリティ<万象縮地>。

 それが、無人機がいまだ正体をつかめないこの現象の正体だ。

 

 甲龍に備えられた、両肩の衝撃砲。空間に圧力をかけ、その反発によって生じた衝撃を不可視の弾丸として全方位に放つことができるこの機能の拡張こそが、万象縮地の肝。

 空間に圧力をかけ、さらに圧力をかけることにより、空間を実際に圧縮してのける。自機と敵機の間の空間を圧縮すれば間合いは縮まり、解放すれば距離は開く。能力に覚醒したばかりである今はまだ近接戦闘の間合いのうちでわずかな距離を変えるのが精いっぱいだが、鈴ほどの功夫を積んだ手練れにとってこれほど適した能力もない。

 その事実は、徒手格闘をもって指揮官機を圧倒していることが何よりの証明となるだろう。

 

 鈴は願う。この戦いが、管理官への恩返しとなることを。

 厳しすぎるくらいに厳しいが、その10分の1くらいは優しいところもたまに見せてくれるあの管理官が見ている前で、自分がこの機体と力で勝利をおさめたら。春休みから日本に長期滞在するようになり、中国にいたころは教えてくれなかったような技をこれまで以上の厳しさで叩き込んでくれるあの管理官に、喜んでもらえるだろうか。

 負けたと思っていた自分が不屈の闘志で立ち上がれた理由の一つは、今日まで自分を強くしてくれたあの人がいてくれたからに他ならない。

 自分を強くしてくれた、落ち込む暇なんてないくらいに鍛錬に打ち込ませてくれた、自分が悪役になってまで奮起させてくれたあの人への、恩返しができるだろうか。

 

 凰鈴音の拳は敵を打つ。

 獲物を駆る猛虎のように。

 

 凰鈴音の足は蹴り上げる。

 天へと駆け上る飛龍のように。

 

『悪くありません、凰候補生。……許します、あの技を使いなさい』

「っ! ……わっかりましたぁ!」

 

 その姿を見た師からの許可に、鈴の心は奮い立つ。

 蹴り飛ばした敵を前に、鈴はPICにより両足を大地に縫いつけるようなイメージとともに沈墜して自身を固定。腰を落とし、気息を整える。

 

「すぅ……ふぅーーーっ」

 

 丹田へと意識を集中すれば、充実した力の流れが体のうちに感じられる。ISの訓練と並行して続けた武術の鍛錬の成果だ。「氣」と呼ばれることもあるそれらを、鈴は全身を一個の錬成機関として練り上げていく。

 

 両手の軌跡は体を中心にゆっくりと円を描いて胸の前で向かい合わせに。まるで陰陽を現す太極図のような動きは師から学んだ氣の運行の極意の一つ。

 そして、その両掌の間に生まれるのは、灼熱の業火。

 甲龍の空間圧衝撃砲はセカンド・シフトに伴い更なる進化を遂げている。空間すら圧縮してのけるその力によって押しつぶされた空間は、鈴の練氣の作用を受けてさらに圧を増し、限界を超えた超高圧超高温を作り出して内部の分子をプラズマ化させ、極小の太陽のようになる。

 

 言うなればそれは陽の氣の極限。

 目の前で体勢を立て直した指揮官機がこちらへ筒先を向けている熱線砲の奥で収斂されている熱線にも負けない至高の絶技。最近ヤン管理官から教わったばかりの奥義である。

 

 ――それこそは、かつての中国代表ヤン・レイレイが目指した境地。

 国の威信を背負って第二回モント・グロッソに出場し、数々の激闘の果てにたどり着いた準決勝。対する相手は最強の名をほしいままにする日本の代表、織斑千冬。

 瞑目し、大樹のごとき威容で気を圧縮し続ける鈴の姿に、ヤンはあの時夢見た理想の自分の姿を垣間見る。

 

 あの技があのとき自分の手の中にあれば、あるいは千冬に勝利を収めることができたかもしれない。

 しかし機体の完成度もその身に宿す才覚も足りなかった彼女には現実として為しえなかったこと。千冬に敗れ、代表を辞し、後進を育てる代表候補生の管理官となってしばらく。綺羅星のような才能を小柄なその身に宿す鈴を見出したあの日の感動は今も覚えている。

 

 まあ、ついついかわいさ余って本気で鍛えまくってしまったりもしたのだがそれも愛ゆえのこと。かつての自分の愛機の後継たる甲龍を託したことも、自分の持てるすべての技を伝授したことも間違いではなかったと、今この瞬間に確信した。

 

「行きなさい、凰鈴音!」

「はい――師匠!!」

 

 煌々と熱線砲の砲口が光をこぼし、発射の時が迫ったそのときに、鈴は閉じていた目を見開いた。さあ、絶技を今こそ解き放とう。

 自身の功夫と、新たな力を得たIS甲龍・剣星(シェンロン・ジェンシン)で。

 

「拳峰、楊麗々直伝!!」

 

 叫びに応えて、甲龍の両腕が唸りを上げる。

 さらに圧縮された空間球はまさしく光の塊と化し、ついに周囲へ熱量を放射しはじめる。

 

 それと同時、チャージが終わった指揮官機の熱線砲もまた解き放たれる。空を赤く染め上げる熱線の威力は絶大。触れるものすべてを焼き尽くす破滅の光となって鈴へと迫る。

 生き残れるのは、勝利できるのは、この手の中の光の玉が破壊球に触れ、砕き、敵をも屠ったその時だけだ。

 

 そして鈴は、それが可能であると確信している。

 この技ならば、必ず。

 

 練り上げた氣に思いを乗せて、鈴は放った。

 そしてこの絶技の、名を示す。

 

 

「甲龍! ハイドロブレイザァァァァアーーーーーーー!!」

 

 

 迫る極太の熱線に真正面からぶつかる圧縮空間球。甲龍の手元を離れたことで徐々に空間圧縮作用が解けだし、ほどけて噴き出すプラズマエネルギーは熱線に当たると同時、その熱量を吸収。進めば進むほどに威力を増すさまは、指揮官機をしてすら完全に予想の埒外。しかし熱線のフルチャージにすべてのスペックを費やす判断が裏目に出て、回避はできる状態にない。

 

 まるで怯えるように突き出した手はプラズマ火球と化したそれをわずかにも止めることなどできはせず、手が砕け、腕が飛び散り肩を失い、全身すべてを飲み込まれ、跡形もなく焼き尽くされた。

 

 

◇◆◇

 

 

『隊長! 頑張って、頑張ってください!』

『シュヴァルツェ・ハーゼ一同、ここにいます! 隊長の勝利を信じていますから……立ち上がって!』

 

 ラウラの心に、部下たちの声援が届いた。

 こらえきれない涙声で、IS3機を擁するドイツ最強の特殊部隊にあるまじき軟弱さだと言えるだろう。……ましてや、ほんの一年前まではまともに会話すらできない間柄だったというのに。

 

「案ずるな、お前たち! 私は健在だ!」

『待ってました、隊長ー!』

『いよっ、ドイツ一!』

 

 ……今ではご覧の有様である。

 

 IS学園に来て、敬愛する千冬の指導を受け、何より一夏と出会ったラウラはそれまでの自分と大きく変わったことを自覚している。

 兵器同然に生み出され、ナノマシンと適合できずに挫折して、千冬と出会って立ち直って、それでもあのころの自分は兵器のままだったと、割と黒歴史的に思い出すくらいには。

 今ならば、それでも冷静に分析できる。自分に足りなかったのは、理解できていなかったのは、愛だ。

 

「貴様らに愛はあるか? ……ないならば、勝つのは私だ!」

 

 復活したシュヴァルツェア・レーゲンのプラズマ手刀で敵に斬りこみ、背後に迫る別の機体はワイヤーブレードで斬りつける。肩に備えたレールガンで目の前の指揮官機の背後、別の誰かを狙って怪しい動きをしていた機体を狙撃し、その間も敵のブレードと手刀が斬り結ぶ。

 背後に目があるよう、どころの話ではない。ISにそもそも備わっている全周囲知覚能力の完全な発露がそこにはあった。

 

 ISのハイパーセンサーならば全方位のことがわかると言っても、そこは本来目が二つしかない人間。通常ならばISを通していてすら意識を集中させる方向というものが存在するために、生身での「死角」に相当する反応の遅い位置というものがある。

 

 だが今のラウラにそれはない。背後であろうと頭上であろうと真下であろうと、自在に動くワイヤーブレードの存在もあってあらゆる方向の敵に完全に対応しきっているのだ。

 

 

 ラウラは生まれのあり方のため誰かに愛されることを知らなかったから、自分が誰かを愛するということもできなかった。

 だから守りたいものもなく、たった一つ見つけた織斑千冬という光にすがっていただけでしかなかったかつての自分。

 そんな自分をすら守ってくれると言ってくれた一夏。愛する人と出会った今のラウラは、一味違う。

 

 あるいは弱くなったかもしれない。

 周り全てが敵に見えていたころと比べて何かが変わってしまったのは間違いないだろう。

 だがその悩みを何の気なしに打ち明けられるくらい気安い友もまたできた。

 そしてそれを聞いた友は、こう言っていた。

 

『おじいちゃんが言ってた。人は人を愛すると弱くなる。けど恥ずかしがることはない。それは本当の弱さじゃないから』

 

 お前、祖父の声なんてほとんど聞いたことないと言っていたではないか、というツッコミ待ちなのは明らかなボケだったためにあえてスルーしたが、言われたことには妙な説得力があって納得できた。

 実際ラウラ自身、仮想敵と戦うことを考えるとき、自分が強くなることではなく友や部隊の仲間とどう協力して戦うかと自然に考えるようになったのだから。

 

 これが、強さか。

 ラウラはIS学園に来てそう悟った。仲間とともに強くなる意味をラウラは知っている。

 

 だから、たとえ負けても諦めない。

 ともに戦う、仲間がいる限り。

 

「それが私の得た力。私の出した答えだ。……ここはもはや私の世界。お前たちに勝ち目は、ない」

 

 敵の動きを誘導しつつ三次元機動を駆使したラウラは一気に降下。それを隙と見た指揮官機は追従しつつバグに指令を下して迎撃のレーザーを上げさせる。もはやその程度でラウラを止められると思ってはいないが、それでも先ほどとは段違いの速度を示すシュヴァルツェア・レーゲンを少しでも減速させればとの判断だ。

 予想は覆らず、ラウラに対するレーザーの被弾は皆無。しかし水面に近づいて機首を起こしたこともあって、なんとか熱線砲の射程には収められるようになった。このまま背後から強襲すればいい。ワイヤーブレードが迎撃に来たとしても構わずぶち当たり、海面に叩きつけてしまえばあとはバグの数に物を言わせて封殺可能。極めて合理的にそう結論を下し。

 

「待たせたな。……招待しよう、私の世界へ」

 

 振り向いたラウラの金と赤の両目に見据えられ、機械の身でありながらビクリと怯えるように体が静止した。

 

――!?

 

 否、それは錯覚ではない。事実として指揮官機は、そして節足を伸ばせばラウラに届きそうなほど近づかれている周囲一帯のバグたちもまた、全く動いていないのだ。

 どれほど四肢に力を込めても動けない。空中に張り付けにされたようなこの状況は、指揮官機の想像を完全に超えるもの。何が起こったのか全く分からない。

 

 ただ一つ確かなのは、体を空中に横たえ向かい合うラウラの色違いの目が自分を見据えて離れないことだけだ。

 

「これが私の新しい力だ。シュヴァルツェア・レーゲン・ディ・ヴェルトのワンオフ・アビリティ、全方位静止結界<ディ・ヴェルト>。この影響範囲内で私以外に動けるものは、いない」

 

 AICはこれまで、ラウラが集中して目標と見据えた一体にしか効果を発揮しないものだった。

 だがこのセカンド・シフトによって得たワンオフ・アビリティによって、これまでISとの親和性が低かったヴォーダン・オージェの力の全てを引き出すことが可能となっている。反応速度、視界の範囲、認識できる光の波長や分解能。視覚に関わるありとあらゆる感知能力が拡張され、ISの補助を受けてその影響範囲は全方位に及ぶ。すなわち、AICの射程が許す限り視界に入る諸物一切の慣性を奪い、全ての行動を封殺することが可能となるのだ。

 

 無論、これはAICの影響範囲を拡張したものにすぎないため、エネルギー系の武装はその限りではない。事実今も範囲外のバグからはレーザーが上がっているが、完全全周知覚能力を手に入れたラウラにとってみればそれらの回避などたやすいこと。

 ひらりゆらりと回避して、その度に指揮官機へと近づいてくる。

 

 まるで舞うような動き。黒い機体が翻ってはその度に手刀から延びるプラズマ刃がバグを薙いで、ついには指一本動かせないままラウラが眼前へと迫り。

 

「終わりだ」

 

 視界の中で赤と金の光が揺れて、その軌跡を追うように振りぬかれたプラズマ手刀の一閃で、指揮官機は一切抵抗することのできないまま真っ二つに切り裂かれ、機能を完全に停止した。

 

 

◇◆◇

 

 

(みんながちょっと……羨ましいかな)

 

 仲間に励ましの声が届くのを聞きながら、シャルロットは一抹の寂しさを感じていた。

 最初はデュノア社のスパイとしてIS学園へ入学してきたシャルロットには、サポートメンバーのようなものはいない。今でもデュノア社からの物資を調達することこそできているが、それは暗黙のうちに許されているに過ぎないこと。

 事実上シャルロットとデュノア社との……家族との直接の関係は、半ば断ち切られていた。

 

「はあああっ!」

 

 さっきまで散々苦戦させてくれた指揮官機に雪辱を果たす。その気合とともにシャルロットは<ラファール・リヴァイヴ・アルカンシェル>の持つブレードを、アックスを振るい、ランチャーとレーザーで敵を撃つ。

 シャルロットが操るのは、ラファール・リヴァイヴのセカンド・シフトに伴って現れた新たな武装<サンク・クルール>。五色を示す名の通り、赤いサーベル<ルージュ>、絶大な威力を誇る緑の斧<ベール>、青いエネルギーランチャー<ブラウ>、黒いレーザーガン<ノワール>、そして元から左手に備えられたとっつき<ジョーヌ>。これら五種の武装を使いこなして敵へと挑む。

 

 しかしそれは使いこなすなどという簡単なものではない。近づいてはブレードで斬りつけ、少しでも敵が距離を取ろうとしたときには肩に展開されていたランチャーが退路を塞ぐように放たれ、チャージの隙をバズーカが補い、気付けば接近していて大威力の斧が熱線砲をたたき折る。

 ラピッド・スイッチすら越える展開速度と、それらを見事操りきる器用さは機械の正確さと反応速度をもってしても捕えきれるものではない。剣士の間合いから即座に砲撃が飛び、その爆炎の向こうから迫るのは巨人の振るうような斧の一撃だ。

 

 それらを可能とするのが、シャルロットのワンオフ・アビリティ<パラレル・スイッチ>。武装を切り替えるのではなく、常に量子の重ね合わせのような状態で待機させておくことにより実質切り替え時間を0にする、驚異の技術であった。

 正直なところシャルロット自身量子力学的な概念を正確に理解しているわけではないが、素早い出し入れに相当するラピッド・スイッチと異なり、常にどちらも展開しているともいないとも言えない状況で待機させている、そんなイメージを抱いている。

 

 先ほどまで苦戦していた敵を圧倒しながら、シャルロットは思う。

 フランスには母との思い出もあり、良い国だと思う。

 母が死んで父に引き取られてデュノア社のテストパイロットとなってからの2年間、IS開発のため体の良い道具扱いされていたのは事実だが、それでも自分を鍛えてくれたトレーナーや技術者の全てがシャルロットを人間扱いしなかったわけではなく、恩を感じている人もいる。そんな人たちと会えなくなってしまったことは、少しだけ寂しい。

 

(……)

 

 そしてシャルロットは、そんなときいつも左手のとっつきを見る。苛烈な戦いのさなかであればこそ、ちらりと視界に入った頼れる相棒の姿は心を落ち着かせてくれる。

 鈍く輝くとっつきは無論何も語らない。苛烈な攻撃で敵のシールドと装甲を削るさなかにちらと見ても相変わらずだ。

 だがシャルロットがその威力に全幅の信頼を置く武装、<ジョーヌ>と名を変えた<フルコース>。今もって差出人不明のままの多段とっつき。

 ……もっとも、証拠がないから不明ということにしてあるだけで、見当すらつかないのかと聞かれればそんなことはないのだが。

 

 シャルロットは孤独だ。だが決して一人ではない。

 自分と同じように敗北から立ち上がった仲間がいる。IS学園のすぐそばで、必死にバグの侵攻を押しとどめている想い人と友がいる。

 

 ……そして、ものっそい不器用ながらきっといつでも見守ってくれている人もいるわけで。

 ならばシャルロットが戦うことにいったい何の憂いがあろう。

 

 いつかあの人にとっつきのお礼を言うためにも、こんなところで負けるわけにはいかないのだ。

 

「それじゃあ、そろそろ終わりにしようか!」

 

 叫びざま、シャルロットは両手にバズーカを、両肩にブラウとノワールを展開。もはや動きすら悪くなっている指揮官機に容赦なく全弾を叩きこむ。無論、回避すらできない指揮官機は為すすべなく全弾直撃し、左手と右足が千切れ飛ぶ。

 しかしそれでは終わらせない。無人機がその程度の欠損で止まる道理はなく、とどめを刺さねばならないのだから。

 シャルロットはそのままイグニッション・ブーストで急速接近。腰だめに構えたルージュで一閃し、胴を薙ぐ。それでもかろうじてブレードを振り上げたあたりは敵もさすがであった。元より指揮官機のパワーは絶大。ルージュと打ち合えばあるいは弾くこともできたかもしれない。

 しかし、シャルロットはすれ違った直後に振り向いて、振り上げると同時に切り替えたベールで後ろから縦に振り下ろす。重量級のその斬撃は、大木であろうと真っ二つに切り裂き、岩があればかち割るようなパワーを秘めている。たかがブレード一本で、支えきれる道理はない。

 そしてその破壊力に耐えられないのは、指揮官機の機体も同じこと。

 結果として、ブレードごと斧で真正面から叩き潰される。全身を四つに砕かれて、もはや機能を維持できる道理もないのであった。

 

「悪いね。今の僕に、武装の優劣なんてありえないんだよ」

 

 

◇◆◇

 

 

「いい気分だわ。……簪ちゃんをいじめてくれたあなたたちに、思いっきりお返しできると思うと実にスガスガしい気分になれるわね?」

 

 更識楯無は怒らない。

 IS学園最強生徒の証明たる生徒会長の座にあるものとして、穏やかに、そしてしっかりとした芯の強さをもって万事に当たるべし。楯無は自分にそうあることを課している。

 これまでは、ついついそれを徹底しすぎて妹に接し辛い姉だと思われてしまっていたという黒歴史もあったりするが、それはそれ。

 楯無は基本的にいつでも笑顔でいる。優しい笑みであることもあれば、何かを企んでいるようにほくそ笑むこともあり……今のように、目が全く笑っていない威圧目的の笑顔を相手に叩きつけることもある。

 

 楯無とて完璧超人というわけではない。

 けん玉を渡されるとついつい時間を忘れてやり続けてしまうし、編み物は完成こそさせられるがどうしても歪な形になってしまう。

 そんな楯無の弱点。それは言うまでもなく、簪だ。

 

 簪には泣いて欲しくない。いつも笑っていてほしい。

 その思いは誰にも負けないくらい強く、真宏と張り合って「どっちのほうが簪を好きか」とかでケンカになると照れて真っ赤になった簪が必死に止めてくるくらいレベルの低い言い争いになったりもする。

 

 そんな楯無の目の前で、ついさっき起きたことはなんだ。

 自分が不甲斐ないばかりに、簪が落ちた。

 ISがあるから命に別条はない、などと言い訳にもならない。IS学園最強が聞いて呆れる。大事なものも守れないで、将来義弟になること確実な友との約束も守れないで何が専用機持ちか。

 

 その思いが、楯無を強くした。

 

「さっきから何度もやってわかったでしょう? ……あなたの武器はもう私には通用しない」

 

 楯無は攻めずにただ相手との距離を保つ。

 セカンド・シフトを果たした愛機<ミステリアス・レイディ・エーテリアル>の持つランスと、指揮官機の持つブレードはどちらも攻撃範囲内。事実相手は何度となく斬りつけてくるが、楯無はその度に必要最低限の動きで体に触れる刃だけを避けていく。

 

 そう、体に触れるものだけ。

 機体を切り刻もうとする刃は避けようともしない。事実今も、生身の人間ならば数人まとめて胴体真っ二つにできるだけの膂力が込められたブレードがミステリアス・レイディ・エーテリアルの肩を守る装甲を斬り取らんと迫り。

 

――バシャン

「ほら、ね?」

 

 まるで水を切ったように……いや、まさしく水を切る感触だけを残して傷一つ残せなかった。

 装甲は一瞬透明になり、ゼリーのように切り裂かれた部位だけが砕け、直後時間を巻き戻したように元の位置へと戻って色と装甲としての性質を取り戻す。

 

「さすがに生身の体までは無理だけど、今の私に、ISに、物理的なダメージは一切効かないわよ? このワンオフ・アビリティ<アクア・ネックレス>がある限り」

 

 アクアナノマシンによる液体制御能力を有するミステリアス・レイディのワンオフ・アビリティ。その正体は、機体すべてをアクアナノマシンが構成するようになった今のミステリアス・レイディそのものだ。

 もともと液体制御を行っていたアクア・ナノマシンがセカンド・シフトに伴って爆発的に増殖し、さらに分子間力制御能力にまで手を出して液体分子の結合度合を操作できるようになった今、装甲が通常時は十分な強度を持つことと、相手の攻撃を受けたときに流体として振る舞いダメージを無力化することの両立など造作もない。

 時に液状化して無色の液体となる様はまさしく水の羽衣だ。

 

「悪いけど、あなたにかける慈悲はないわ。……これでっ、トドメよ!」

 

 ばしゃばしゃ、とブレードと熱線がかすめるたびに液体として飛び散り、またすぐ元に戻る装甲を置き去りにする勢いで接近する楯無を止めるすべはもはや指揮官機にはない。

 もし人間であるならばあらゆる対策が無駄となる敵を相手に絶望するだろうが、そこはただの機械の幸か不幸。最後の瞬間までただ黙々と己が最善と判断した試行錯誤を繰り返し。

 

――ぞぶり

 

 破れかぶれで突き出したブレードが楯無の腹部をまっすぐに貫き。

 

「……うふふ」

――!?

 

 にやりと笑った意味が理解できず、その顔がぐにゃりと解けた意味を理解した時には、いつの間にか本体と入れ替わっていた全身アクアナノマシンで構成された水の身代わりにまとわりつかれ、一瞬の後にはアクアナノマシンの一つ一つが発した熱量によって液体成分が膨張。クリア・パッションによる水蒸気爆発によって爆発四散するのであった。

 

 

◇◆◇

 

 

「真宏、私は無事だよ!!」

『簪、無事か! ……勢い余って海干上がらせなくてよかったよ、うん』

 

 簪が復活してまず真っ先にしたことは、真宏に自分の無事を告げることだった。

 心配させたくなかったのは無論のこと、放っておくとさっき言っていた通り間違いなく真宏はあたり一帯の地形を変えてでも自分の仇を取ろうとするからだ。

 だがそれだけの理由ではもちろんなく、復活の直前に聞こえたあの声を、もう一度はっきりと聞きたかったからでもある。

 

 全身に被った海水を振り払い、各所から絢爛舞踏によって与えられたエネルギーの残光を零す機体の状況を、自己診断と目視によってざっとチェック。機能の復元は完璧で、機体との適合率もいまだかつて見たことない数値。さすが、セカンド・シフトを果たしただけのことはある、そう1秒にも満たない時間のうちに判断し、さっそく放たれた熱線砲とバグからのレーザーに対する回避軌道に移る。

 

 その際の挙動からして、機体が軽い。スラスターの出力はもちろんのこと、命令を伝達する、などと考えるまでもなく体の一部と遜色ないように動いてくれる。

 

 これは、ずっと夢見ていた瞬間だ。

 半ば学生である自分の自主制作という、プロの仕事には及びもつかないだろう打鉄の性能が、追従性が、こんなにも上がってくれるとは。これまでずっと機体の調整を本音たちに手伝ってもらいながらしてきた日々が報われたのだと、心の底からそう思える。

 

 だが残念なことが一つ。

 この新たな機体、打鉄・蓮華は他の機体と異なり、ワンオフ・アビリティを発現しなかった。

 

 それ自体は、おかしなことではない。むしろセカンド・シフトを果たした機体の中でもワンオフ・アビリティに目覚める機体の方が少ないくらいで、自分以外全ての機体が割と反則くさいワンオフ・アビリティを発現しているこの仲間達がむしろ異常なのだ。

 

 だがそれで事足りるかと言えば、否。

 機体の状態は戻ったとはいえ、指揮官機は強力だ。しかも簪に対する相手はバグの指揮も複合してあらゆる方向から狙い撃ってくる遠距離攻撃タイプ。それも指揮官機本体は高速で飛び回って補足しづらいと来れば、ただスペックが上がっただけの打鉄で対応できるものではない。

 

 簪自慢のミサイル群も、数と威力こそ敵を屠るのに十分なものがあるが、それでも相手に食らいつけずに無力化されるだろうことは先ほどまでの戦闘からも明らかで、事実今も牽制に放ったミサイルはまともに相手を捕えられていない。

 

 では、どうすればいいか。

 相手を倒せる力はあるのに、そこに届かない、そんなとき。

 答えは簡単だ。ただ、自分から手を伸ばせばいい。機体に頼るだけではなしに、自分も一緒に。

 かつて夢で見た真宏が、そう教えてくれたことをそのままやればいいだけだ。

 

「あなたが速くて捕まえられないなら……私は、その先を見つけるっ」

 

 簪は、手慣れた動きで眼前にディスプレイとキーボードを展開。ミサイルを主武装とする機体特性を生かすため、索敵兵装がこれまで以上に充実した<打鉄・蓮華>の能力をもってすれば、戦闘領域内の敵味方の位置や状況をハイパーセンサーで把握することなど造作もない。

 

 そして簪は、その全ての情報を駆使する。

 

 敵の位置、移動のベクトル、これまで使った武装とそれらが狙った位置。彼我の位置関係によりどのような行動に出たか、攻め手は、防御傾向は。相手が重視するもの、軽視するもの、何を好みどのような状況を嫌うか。表立って見えてくる行動と、観測されるエネルギー反応の変動。類推される思考のロジック。

 敵に関して得られるありとあらゆる情報を、簪は見逃さない。

 

 無論、その間も攻撃は続く。

 ブレードの斬撃、バグのレーザー。どれもこれも単調でありながら数と力は凄まじく、さっきまでの自分では全く太刀打ちできなかった。

 

 だが、今。

 

「くぅっ……! 今のじゃあ、避けきれないんだね、わかった」

 

 指揮官機が、深く簪の肉を斬りつけるとみなした剣がわずかにかすっただけに終わった。

 それも、こちらに一切の注意を向けることなしに。目は今も無数のディスプレイ上を休みなく走り、両手の指はそれ以上の速度で打鍵を続ける、そんな状態で。

 真正面から唸りを上げるブレードに一切目もくれず、しかも指揮官機の捕えた記録が正しければ、ほんのわずかにブレードを振り下ろす前に回避して。

 

 何か尋常ではないことを企んでいるとみなした指揮官機の判断は極めて正しく、しかしそこで警戒して攻め手を緩め、簪に時間を与えたことは致命的なまでの失策だった。

 今の簪にとって戦場での一分一秒は、その全てが貴重な財産なのだから。

 

 簪は、打鉄を通して得た断片的なデータの一つ一つを、記憶し、記録し、展開し、判断し、発想し、発祥し、計算し、創造する。

 

「――完成」

 

 膠着の数秒の後、簪はそう呟く。

 一体いかなる意味なのか、それを指揮官機が知るのは、これもまたほんの数秒先のことだがその直後、今から10秒とかかることないわずかな未来に機能を停止するので、意味はない。

 

 簪は、既にそこまで見通した。

 

「フィナーレだよ」

 

 戦場とは思えないほど静かに囁いた直後、打鉄・蓮華が同時に発射可能な全ミサイルが一斉に発射される。

 噴射煙によって一瞬打鉄の姿が隠れるが、簪の近接戦闘能力を把握している指揮官機は本体を無視してミサイルへの注意を割く。打鉄の攻撃の要はあのミサイル。全弾に殺到されてしまえばいかに重厚な装甲があろうとただでは済まないだけの火力だ。

 

 機械の判断は常に冷徹だ。一時的に行動基準のうち回避を最優先として、機動力を最も発揮できるよう機体の姿勢とスラスター出力を制御。一気にミサイルからの距離を取って包囲されることを避けるとともに、それでも追いすがってきたミサイルをギリギリまで引きつけてから即座に逆方向へと転身。慣性制御機能があったとしても、もし人間が乗っていれば耐えられないほどのGがかかろうと構うことなどなく、回避を確信したその瞬間。

 

「見えた、あなたの終着駅」

――!?

 

 まるでその考えを見透かすかのような簪の言葉に驚くより先に、背部に殺到するミサイルの衝撃を受けて、一瞬回路が停止した。

 

 わずかな時間のフリーズから復帰した直後に状況を認識。今起きた出来事は、自機の移動方向に回り込んでいたミサイルに着弾したのだ。まるで、自分からそのミサイルの軌道に飛び込んでしまったかのように。

 

 そしてそこからは、もはや自分の意思で動くことすらままならなかった。

 避けたと思った瞬間に、逃げた方向にミサイルがいる。その反動で吹き飛ばされた先にもミサイルが待ち構え、まるでピンボールの玉のようにミサイルの爆発に巻き込まれ続けるだけで、反撃などできる状況になかった。

 

 どこで爆発が起き、どの方向へ吹き飛ばされるか、完全に理解していなければこうはならない。その現実を目にして、どんな状況であろうとも自機の状態を客観視する役割を負った電脳の一部が結論を下す。

 簪は、全てを読んでいる。

 指揮官機がミサイルをどう回避するか。その際どこにミサイルが着弾しどのような爆発が起きどちらへ吹き飛ばされるか。まるで未来の全てを知るかのように、読まれている。

 

 もはや敗北は、避けられない。

 きっとそういう未来を、簪は見ているのだ。

 

「そうだとわかっても、もうどうにもならない。私はあなたの全てを知った。……これが私と、打鉄・蓮華のワンオフ・アビリティ。<仙里算総眼図>」

 

 誰に聞かせるつもりもなく、背を向けた簪は囁いた。

 爆炎に包まれ、全身を微塵に吹き飛ばされた指揮官機は、もうこの声を聞き届ける機能など持っていないとわかったうえで。

 

 

◇◆◇

 

 

「行くぞ……抜剣!!」

\ダインスレイフ!/

――!!

 

 無人機の持つブレードは右手の直刀一本。鋭さはそれなりで、十分な膂力さえあれば生木だろうと切り倒しうる実用性のみを追い求めたようなもの。扱いも極めて単純で、ただ力任せに振るうのみ。

 しかしだからこそ速く、重い。機械特有の迷いなく正確な太刀筋は熟練の剣士が持つ変幻自在の変化をこそ持たないものの、ただひたすら一刀一刀が人の体を豆腐のように斬り砕くに十分な威力を持つなど、剣術を持たざる者のあがきとあざ笑うかのような所業である。

 

 篠ノ之箒は、そんな邪道の剣に己が剣術をもって異を唱える。

 手にする刀は身長にも匹敵する刀身を誇る反りが薄めの日本刀型のもの。以前一夏の白式が何かの間違いで展開したことのある巨大雪片にも似たその刀を、箒はISの膂力で縦横に操り指揮官機のブレードと切り結ぶ。

 

 距離を取らせるような真似はしない。相手が引けばその分距離を詰め、踏み込んでくれば脇をすり抜けるようにいなしてかわす。それらの運足斬突、全ては父から学んだ篠ノ之流の動きである。

 ISと、ISに匹敵する人型の機体の戦いは空中を縦横無尽に駆け巡る。気圧がさがり装甲に霜が立つほどの高空へ上がった敵の上を取って叩き落とし、海面がまるでコンクリートの路面のように見えるほど高速で超低空をかすめるように飛びもする。その間、一瞬も休むことなく銀光が二者の間で弧を描く。

 

 箒が新たに手にしたこの三本目の刀は、名を<緋宵>というようだ。抜剣した途端になんか別の剣の名前が聞えてきたのだが、良くあることだから気にしない。専用機持ちタッグトーナメントを襲撃した無人機との戦いで手に入れたブラスターライフル穿千と同じように、箒と紅椿の戦闘経験値が一定に達することで現れた新たな武装。

 ……だが、箒はこの刀に見覚えがある。

 箒の実家たる篠ノ之神社に奉納されている「女のための刀」と呼ばれる実用刀。かつて見せてもらったことがあるその刀も、このように巨大な刀だったのだ。

というか名前も同じではないか、とツッコミたい。

 

 初めて見た子供のころは、こんな野太刀のような大きさで何が女のための実用刀か、と思いはした。だが父の話を聞くところによると、篠ノ之神社の始祖ともいうべき「剣の巫女」は戦国の世をこれと同じような巨大な刀を振るって駆け抜け、後光を背負って宙を舞い、凄まじい力を示したのだという。

 

 眉唾もいいところの伝説にすぎないと、箒はずっと思っていた。

 この刀を手に、戦うその時まで。

 

――ガアアアアッ!!

 

 咆哮を上げ、鉄槌よりなお重く、稲妻のように激しい真正面からの打ち下ろし。対する箒は後の先を取り、剣先よりもはるかに速度の遅い柄を横に斬って弾く。

 言うほど簡単なことではない。相手の剣に臆さぬ胆力、刃が自分に届くより先に斬る速さ、そして単純に相手以上の膂力が必要となるのだ。

 篠ノ之流の技の中に確かにあるが、実現は難しいと言われていたこの技。ISならば、それら全ての要件を満たすことができる。実際に箒もまさかこれが実戦で成功するとは思っていなかったのだが。

 

 ……では、それを平然と戦国の世の戦場で成し遂げていたという、篠ノ之家のご先祖はいったいどんな女性で、どのような力を持っていたのだろうか。

 

 箒の脳裏に、いくつかの断片的な言葉がよぎる。

 篠ノ之神社。篠ノ之束。束が開発したIS。紅椿。新たに現れた、神社に奉納されているのとよく似た刀。まるで天女か魔神のような伝説を持つ、神社の始祖たる剣の巫女。

 

「……これは、本格的に姉さんを問い詰めなければならないか」

――グオオオッ!?

 

 考え事をした隙に斬りかかってくる指揮官機に、気付いた時には体が勝手に動いていた。

 首をかしげてブレードを回避しつつ一歩分の距離を詰め、長大な刀の鍔元近くを跳ね上げ、相手が振り下ろしてきた手首に当てる。その結果は、紅椿の肩装甲に当たりはしても、ろくに傷をつけることなく跳ね返って飛んでいく、相手の手首から先がついたままのブレード一本。

 そのまま返す刀で熱線砲を持つ左手も断ち斬れば、相手は戦闘能力を失ったも同然だ。

 苦し紛れにバグが照射するレーザーは一歩引きつつその射線を刀身でなぞるようにすると、レーザーが反射されて関係ないバグが焼き切られ、ついでのように拡散したレーザーの一部が指揮官機の胸部中央を集中照射して、内部のコアもろともに貫いた。

 

 そういえば、こうやって野太刀で矢やら鉄砲の玉やらをはじき返す技も篠ノ之流に一応伝わってはいたな、とこれまで聞くだけ聞いても再現の仕様がなく忘れていた技を思い出し、ISがあればその再現が可能という事実に、箒は勝利の達成感以上の疑問を抱え、遠くIS学園を見つめるのであった。

 

 

◇◆◇

 

 

 一度は撃墜されながらも、気合でセカンド・シフトまで果たして復活した簪たちの奮闘によってIS学園は今回も守られた。

 

 

 さすがに無傷とはいかず、一部校舎の壁がレーザーですっぱりと斬られていたり、木が根こそぎなぎ倒されていたり地面にクレーターができていたりバラバラになったバグの残骸が山になっていたりもするのだが。

 

 

 いや実際、結構危なくもあった。7機の指揮官機が簪たちの手によってほぼ同時に撃墜され、バグの指揮系統も混乱したとはいえその辺は無人の機械がすること。押し合いへし合いで多少動きが滞ろうが構わず突っ込んでくる頭が痛くなるような物量はさすがに学園中のISを総動員してもそうそう押えきれるものではないのだ。

 単純な力押しだからこそ策を弄する余地もなく、お互いの地力の差が勝敗を決する。

 その辺を考えるとむしろちょっとこちらが不利と思われた状況。しかし指揮官機戦で疲弊している簪たちに無理をさせるわけにはいかない、何とかしなければと覚悟を決めたそのとき、なんとも頼りになる助っ人が現れた。

 

 

『呼ばれなくても私、参上ですっ!』

 

「わ、ワカちゃんだー!?」

 

 

 IS学園上空を通りがかったでっかい輸送機から元気よく飛び出してきた救いの破壊神、ワカちゃんが加勢してくれたので、大体何とかなりました。

 

 

『ライセンスフリーの武器をいっぱい持ってきましたから、じゃんじゃん使ってください。こうやって敵がたくさんいるときでも、みんなでグレネードとかガトリングで全部まとめて片づければトリガ……じゃなかったウルトラハッピーだと思いますから!』

 

「キュ、キュアグレネードがここにいる……ッ!?」

 

 

 マドカが呆然と呟くのも無理がないはしゃぎっぷりであった。

 こういう時になると輝くんだよね、ワカちゃん。大量に持ち込んだ火器を気前よく配り、自分はひときわでっかいグレネードキャノンを肩に担いで突っ込み、一度に数十機をまとめて吹き飛ばしていたのだからして。

 

 

『負けてらんねええええ! 行くぞ白鐡ッ、一気に薙ぎ払う!』

 

――キュイィィィ!

 

「少しは手加減しろよ!? 絶対しろよ!?」

 

 

 まあ、簪が無事とわかってテンションあがったせいもあって、ついつい俺も気合入れてがんばったりしたんだけどね!

 ……おかげで、ひと段落ついてから俺とワカちゃんはそろって千冬さんにお説教されました。相変わらず超怖かったです。ワカちゃん半べそかいてたし。

 

 

 

 

 だがそれはもうしばらく後の話。

 まず俺達は、どうしても知らなければならないことがある。

 

 

「全員無事だったようだな。なによりだ」

 

 

 指揮官機を倒し、バグをすべて破壊し、これ以上面倒が起きないようにとこの場に居合わせた全ISの総火力をもって箱を粉砕して、しばらく。怪我がないかなどの簡単な検査の後、俺達専用機持ち一同は再び地下の司令室に集っていた。

 そこには、バグたちの迎撃に向かう前と同じように千冬さんとスコール、チェルシーさんたちといった面々がいて、さらにいつの間にやら一夏達の両親もそろっていた。

 

 

 千冬さんの表情は至って冷静。一夏とマドカのことが心配でしょうがなくて、腕を組む手に力が入りすぎていたせいだと思われる、スーツのひじの部分のしわはひとまず見ないことにしておこう。

 

 

 今は、それ以上に大事な話がある。

 

 

「千冬姉、教えてくれ。どうしてバグは俺を……白式を、あんなにしつこく狙ったんだ」

 

「姉さん、紅椿が新たに出したあの刀、緋宵の意味……教えてもらいますよ」

 

「スコールさん、ひょっとしてこの襲撃、ある程度予想してたんじゃないですか?」

 

 

 それはもう、一夏でもわかるレベルの怪しさが今回の襲撃にはいくつも散見された。

 隕石とそれに続いてくる謎の箱に、中から湧き出た無数のバグは執拗に白式を狙っていたし、指揮官機はまるでISのような姿をしていた。

 しかもそれら全て無人であり、こういう時に一番黒幕として怪しい束さんが関わっていないときた。

 

 

 つまりそれは、これまで俺達が知りえた情報の中にはあいつらの正体を特定しうるものがないということであり、多分千冬さんたちは知っているのだろう。

 

 

 そしておそらく、そろそろその真実を、俺達も知るべき時が来ているのだという漠然とした予感が、俺達の心にはあるのだった。

 

 

「……いいだろう、教えてやる。アレらの正体を」

 

「そこまで聞かれちゃしょうがないね。聞かせてあげるよ箒ちゃん……どうして束さんがISを作ったのかを、ね」

 

「覚悟してもらうわよ、あなたたち。この星を取り巻く真実の重さを」

 

 

 自分で聞いといてなんだが、どきりと心臓が激しく跳ねた。

 どうやら、ついにいろんな疑問が解決することになりそうだ。


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