諸君は、幽霊というものを信じているだろうか。てかむしろ見たことがあるだろうか。
俺としては、生まれに関する諸般の事情から魂の実在を割と強く信じているので幽霊も普通にいるんじゃね? くらいに思っている。ひょっとしたら、そのうち眼魂を拾ったりなんてこともあるかもしれないと。……だがその認識、少々改めねばなるまい。
だって、見たし。
死を運ぶ亡霊ってやつを。
一瞬の停止が死を意味するという確信がもたらす緊張感に心臓を鷲掴みにされたまま、強羅のPICに白鐡のスラスター出力も合わせて必死に体を上下左右不規則に振り回す。
同時に視界内に移る敵位置を示すガイドマーカーに従って意識と体の双方を向けるが、振り向いた先には誰もいない不気味さが、またしても俺を襲った。
レーダーを見る限り自分のすぐそばにいることは確実なのに、ハイパーセンサーの全周知覚能力を持ってすら意識上の焦点を結べない相手。
それを幽霊と呼ばないならば、他に何と呼べばいい。
『右……いや、左っ!?』
「遅い。後ろだ」
『うぎゃあああっ!?』
わずかに白い影が過ったか、と思った次の瞬間にはマーカーの位置が変わり、フェイントに引っかかったのだと気付いたときには背中からばっさりと元祖零落白夜に切り捨てられて、シールドエネルギーが一気に底をついた。
千冬さんは戦闘の際、強羅を斬り捨てるタイムはわずか0.05秒に過ぎない。では、斬り捨てプロセスはあまりにも情けないのでもう二度と見ないことにしよう!
以上、千冬さんとの模擬戦を始めた直後に見失い、その後も一度としてロックオンできないままにバッサリやられた俺の感想でした。
……格上の相手と戦った、というより通り魔に刺されたかのような気分だったよ。
さていきなりのことですまないが、実は今、千冬さんから絶賛修業してもらっている真っ最中だ。暮桜を装着するは初代ヴァルキリーにして第二回モント・グロッソで不戦敗した以外には公式戦無敗を誇る、名実ともに最強のIS操縦者たる千冬さん。
先日篠ノ之神社地下で現在の地球とISを取り巻く環境を知らされて、俺達もまた決戦における重要な戦力となることが確定したため、少しでも強くなれるようにとこうして相手をしてくれているのだ。
……しかも、三人いっぺんに。
「真宏さん!? お行きなさい、ブルー・ティアーズ!」
「ふん、踏み込みが足りん!」
「ビットのオールレンジ攻撃における踏み込みってなんですのー!?」
ビットによる多角攻撃も、生身での一対多戦闘ですら刀一本で全員返り討ちにできる千冬さんにとっては大したものでもない。だからといって全てまとめて切り払われての言葉がこれであるならば、そりゃあセシリアでなくともツッコミの一つも入れたくなろう。
色んな人の心を代弁したような叫びとともに、ビットが一気に4機も斬られた。
「くっ、こうなったら奥の手を使うしか……! ストナァァァァァァ! サァァァァンシャイィィィィィィ……ッ!」
「それはありとあらゆる面で危険すぎるからやめんか馬鹿者!」
「ぎゃふんっ!?」
そして鈴。千冬さんの動きを捕えるのは無理だから広範囲をまとめて粉砕しようという考えは極めて正しいと思うし、甲龍ハイドロブレイザーの応用で出したのだろうその技ならば威力も十分だろうが、千冬さん相手にやるには隙と見逃せない度がありすぎたようだぞ。俺ならその威力をこの身に受けて試したい欲求に負けていたかもしれんが、千冬さんならば無理だろうて。
千冬さんに特訓してもらっているのは、俺とセシリアと鈴という珍しい組み合わせだ。
特訓自体を受けているのは一夏達も同様であるが、場所と相手が違う。それぞれにとって相性が悪い相手をあてて、何をしてくるかわからないザ・ワンの戦力に少しでも対抗できるようにするための地獄特訓が日夜続けられているのだった。
……うんまあ、割とキツイよね。仮想敵をやってくれているのはそれこそ現在の世界でも最強クラスの人たちだから、俺達は単騎でかなわないどころかこうして束になってすらまともに相手になれないし。
『鈴、大丈夫か!? しっかりしろ! あと今の技は超かっこよかったぞ!』
「一応ありがと……。それより真宏、これを……最後に残ったこの力なら……きっと千冬さんを倒せる……っ」
『こっ、これが……元気玉!』
「だから、やめろと言っているだろうが」
「あたしの元気玉がああああああ!?」
『零落白夜でぷすっとされて消えたあああああああ!?』
「……外れたアレを織斑先生に向かって弾き返せ、なんて言われなくてよかったですわー」
そして、ちょっと鈴を助けに来てみたらこの通り。せっかく頑張って確保しておいてくれた元気玉のごときエネルギー球も、直前まで粘っていたセシリアを落とした千冬さんがため息交じりに零落白夜をぷすっと刺したせいで雲散霧消してしまった。なんという悲劇!
「まったく、貴様らときたら本当に緊張感のない……」
『いやあ、照れますな』
「真宏、天地がひっくり返ってもブレないのはあんたの美徳だけど、とりあえず謝っておかないと首の装甲継ぎ目に切っ先潜り込ませた雪片に斬られるわよ? 今の千冬さんは本気でやる目をしてるから」
『……マジすんませんでした』
などなど、ついついいつものノリが混じってしまっているが、その実俺達も千冬さんも極めて真剣だ。
そしてそれはきっと、別の場所でそれぞれに特訓している一夏や簪たちにとっても同じこと。
俺達のこの双肩には、まぎれもなく地球の運命がかかっているのだから。
スコールさんの予想では、あの「箱」が地球に飛来したことも含めて考えるに、遠からずザ・ワンの全戦力が地球を目指してやってくるのだという。行動原理は正確にはわかっていないが、これまでの活動内容からして地球人類に甚大な被害を与えに来るだろうことは確実で、俺達はそれを迎え討たなければならない。
『何かがまかり間違って月ごと落ちてくるなんてことはありませんよね?』
「……あらゆる状況に対応できるように鍛錬を積む。それが今のお前たちの役目だ」
などと不穏なくらい最悪を想定している千冬さん達による特訓はそのためのものだ。衝撃の事実であったとはいえ、ザ・ワンに関する話はいまだ公表されていない極秘事項の一つ。俺達は「新年度移行に伴う専用機持ちの基礎力向上」とかなんとか適当な理屈の元に駆り出されて、こうして千冬さん達極悪なレベルの実力者から直接の指導をうけている。
おかげで、毎日死ぬほど疲れて部屋に帰るから快眠できることったら。泥のように眠って朝まで目覚めもしないなんてある意味健康的だよね。
「その通りだな、神上。では特に体力だけは有り余っているお前はさらに特別講習をしてやろう。来い、一対一だ」
『えっ』
「真宏さん……無茶しやがってですわ」
「骨は拾ってあげるわ。……残ればね」
『熱い友情に涙が出るなおい。……死なばもろともおおおおお!』
……とまあ、こうして生死の境をさまよう勢いでの特訓は決して無駄なものではないはずだ。かなり過酷な内容ではあるが、それはこれから待ち受けるかつてない規模の戦いを生き延びて欲しいという思いがあればこそ。これもまた、千冬さん達なりの優しさなのだろう。
「はああああっ!」
『でもせめて姿が見えるくらいに手加減をぎゃああああっ!』
「……先が思いやられるわね」
「せめて、織斑先生の太刀筋とはいかないまでも機体くらいは補足できなければお話しになりませんわ」
うん、そう。
だから、それこそ昔の篠ノ之道場時代より一層酷いしごきを受けたのも愛ゆえだよね、たぶん! ……少なくとも、そう思わなきゃやってけないレベルのすさまじさなのは間違いない。
そして、それだけの実力を持つ千冬さんをしてすら、10年以上の歳月をかけてなお勝利の確信に至らない強大な敵。漠然と心の内に描かれつつあるその姿に、薄ら寒いものを感じたのもまた否定しようがないことだった。
◇◆◇
ちなみに、そのころ他のメンバーはというと。
「シャルロット、左っ!」
「! 光の翼!?」
「あら、見抜かれちゃったわ」
「助かるぞ簪! ディ・ヴェルトで……!」
「……っ! ラウラちゃん逃げて! 罠よ!!」
真宏達が千冬にボコボコにされているのとは別のアリーナにて。こちらも客席に誰かが入ったりしないよう貸切状態として、それでも隠しきれない大音量の爆音と時折天を突く閃光を伴い、激しい訓練が行われていた。
こちらで繰り広げられているのは4対1。簪、シャルロット、ラウラ、楯無の四名とスコールとの模擬戦だ。いずれも現在のIS学園専用機持ちの中では特に安定して戦力を発揮することができる堅実な実力者たちであり、……しかしその四名を、スコールは光の翼一枚にてあっさりと翻弄していた。
簪が戦闘の傍ら仙里算総眼図のデータを収集しようと努めているが、スター・グリント・アンサングの機動力と撹乱を中心としたスコールの戦術は切り替えが素早く、傾向を読むのは簡単なことではなく、隙を見ては全員に対して万遍なく反撃に出てくるため、機体自体の制御が疎かになってしまい、眼前をかすめる光の羽が放つちりちりとした熱量に肝が冷えたことも一度や二度ではない。
シャルロットとラウラが果敢に挑みかかっても、手加減のためと片翼のみ展開した<シャイニング>による光の翼をある時は楯にし、ある時は羽根状のエネルギー弾を飛ばす攻撃によって易々とは近づけない。
楯無のアクアネックレスも、防壁や目くらまし、ダミーに攻撃と、セカンド・シフト直後と言っていい時期にもかかわらず見事駆使しての硬軟織り交ぜた攻め手を繰り出すが、シャイニングによって生み出された光の翼は輝くエネルギーの塊。アクアナノマシンに接触すると同時に爆裂されてしまえば水が飛び散って復元に時間がかかり、かといって装甲としての強度を持ったままにすれば楯無自身へとダメージが届く。
世間的には、スコールとスター・グリント・アンサングの評価は歴代ヴァルキリーの中でも高いものではなかった。その称号が勝ち取ったものではなく、不戦勝によって転がり込んできたものだったのだから妥当と言えば妥当だが、それすなわち実際の実力は評価の尺度に入っていなかったのだ、ということを物理的に痛いほど思い知らされていた。
「みんな、いい武装ばかりね。汎用性も高いけれど、だからこそ弱点はしっかり把握しておいてちょうだい。……ほーら簪ちゃん。こんな戦法はどうかしら」
「ひぅっ! ま、また新しいことを……っ」
スコールの戦い方は変幻自在だ。
体の動きと連動しない光の翼は第三第四の腕であると同時に攻防一体の万能武装。事実今も、これまで一度も見せたことのない「光の翼でシャルロットの体をぐるぐる巻きにしてラウラに投げつける」という戦法を見せた。これにより、仙里算総眼図の解析はまた一段と遅れることとなる。
当然そんなことをされたシャルロットとラウラはたまったものではなく抵抗もしようとするが、相手はさすがのスコール。回避が難しい最良のタイミングで投げつけられたため回避もAICでの停止も間に合わず激突し、その隙を狙った楯無には軽く振り向きざまに笑顔を向け、そのプレッシャーに楯無が怯むことすら計算づくの動きで懐へと侵入。
マズイと気付いた時にはもう遅い。トラックでも衝突したかと思うような、信じられない重いパンチがボディに突き刺さる。アクアネックレスを可能な限り集めて防御していてこれなのだ。もし生身で食らっていたら、確実に胴体に穴が開いていたと血の気が引いた。
スター・グリント・アンサングのスペックはセカンド・シフトを果たした歴戦の第一世代機として決して低いものではないが、セカンド・シフトを果たしたISであるのはシャルロット達にとっても同じこと。土俵は同じであり、ワンオフ・アビリティ<シャイニング>もさして特異な能力というわけではないのにこれだけの差が出るのは、そもそもの地力が圧倒的だからだ。
機体の挙動の完璧な制御と位置取り、戦術、武装の選択。ありとあらゆるものが卓越している。世界最高レベルの実力者との手合わせ。他のどこでもできないような最良の訓練であり。
「はいはい、後ろから狙うのはいいけど私だって動くわよー」
「はっ、速い!?」
至極あっさりと手玉に取られている現状、隔絶した実力差を思い知らされるとともに、比喩でなく人類の存亡がかかった戦いにこんな軽いノリでいいのか、と一抹の不安を抱かずにはいられない簪たちであった。
◇◆◇
さらにもう一方、残る一夏たちはと言えば。
『……あーっはっはっはっはっは! 楽しいですねえー!!』
「ぎゃああああ!?」
「おいなんだあの武装要塞! まったく近づけないぞ!」
「くっ、火が……火が壁になって迫ってくる!?」
「おいおいおいおいまじやべえよなんだよこれなんであたしがこんな目に会うんだよやめやめやめあの時のトラウマががががが」
「マドカとオータムが壊れたぞー!?」
一夏たちの心境を一言で表すならばまさしく「この世の地獄」であった。
IS学園のアリーナとは一味違う広大な敷地面積を誇る、山に囲まれた盆地。木々が青く川がせせらぐ一角もあり普通の山間に見える一方、ISで飛び回るとところどころにクレーターとか木の剥げた部分とか地割れ跡とかが見えたりする、恐ろしい某所。
場合によってはこの世の地獄。人はここを、「蔵王重工訓練所」と呼ぶ。
一夏、箒、マドカ、オータム。この4名の相手をしてくれているのは、IS学園関係者ではなく……ワカであった。
基本がブレオンであり遠距離の敵との戦いを比較的不得手とする一夏と箒。織斑一族の因縁か、エネルギー系の兵器であればどうとでもできるジュエル・スケールを持つマドカ、そしていつぞやの文化祭の一件以来大火力の爆発物にちょっとしたトラウマを持つオータム。彼女らの苦手を克服するためにふさわしい相手はワカしかいなかろうという、千冬とスコールの判断により、この場へ放り込まれていた。
……この訓練所へと向かうために用意されたバスに乗り込む四人は一様に顔を青くし、まさしくドナドナの様相であったと居合わせた者たちは語る。
『一夏くんっ、もっと勇気をもって踏み込んでこなきゃだめです! 一発や二発の被弾がなんですかっ』
「強羅の装甲と一緒にしないでくれよっ!? そんな人の体丸ごと飲み込めるような爆炎に突っ込んだら命すら危ないって!」
「隙があるとかないとかではない……物理的に近づける気がしないぞ!?」
「熱……! ISというのはああいうものだったか!? ……なぜ六脚なんだ!?」
「うわあああああああ!?」
阿鼻叫喚とはこのことか。流れ弾が着弾しては地面をえぐり飛ばすことにより、きれいさっぱり平らになった爆心地のど真ん中に、彼女はいる。
強羅・迦具土は今回、パッケージを装備している。
ワカちゃんが「ちょっとおめかししてきますっ」と言ってここにつくなりそそくさとどこかへ行った時から恐ろしい予感はしていたのだが、案の定というべきか。
今の強羅は、簡単に言って「シルエットが人型ではない」。
まず特徴的なのは腰部に取り付けられた補助脚。地に足をつくと自動で伸びてがしりと大地を掴む4本脚。強羅本体の脚部にすら匹敵するほどの頑丈さのそんなものが必要なほどの火力とは何か、と先ずその段階から恐ろしい。
そして次なるは背負った巨砲。例によってISの身長よりも長い砲身を持つ、大口径グレネードキャノンが左右3門ずつ、合計6門。それぞれ微妙な独立稼動が可能であり、長射程の精密射撃を可能としている。
さらに加えること全身くまなくミサイルポッドを搭載し、主砲による遠距離精密爆撃を万が一にもかいくぐってきた敵はあのミサイルによって熱烈な歓迎を受けることになるだろう。
これぞ強羅・迦具土のパッケージ、機動力なんぞなんぼのもんじゃいと見事ぶち捨てて火力のみを追い求めた求道者の至る境地、<マザーウィル>である。
しかも、一夏達にとってみれば相性は最悪と言っていい。
ISの歴史上を見ても最強クラスの威力を持つワンオフ・アビリティ<零落白夜>もブレードという武装の特性上間合いに入らなければ使い物にならず、箒の紅椿は基本性能こそ高いもののあれだけの火力のただなかに飛び込んでごり押しするのは物理的に不可能。
マドカのジュエル・スケールにしたところで拡散、無効化できるのはエネルギー系の武装であり、嫌がらせのように実弾武装しか使わないワカを相手にはあまり意味がない。それでもフレキシブルの効果を高めるように散布してみはしたが、グレネード一発で吹き散らされて終わりである。
そしてオータムは先ほどから怯えてばかり。いつぞや生身でグレネードをぶちこまれたのがよほど恐ろしかったのか、戦おうと威嚇するアラクネのドラゴンヘッドを引きずる勢いで逃げまくりであった。
というか、そもそも距離が離れすぎている。
主砲の狙撃は火力に似合わぬ精密さであり、既にワカとの距離は1000m以上離れている。肉眼ではかろうじて見えるかどうか。ハイパーセンサーの効果で望遠した視界の中では、完全に人の姿を捨てたシルエットが嬉々として長距離狙撃砲をぼんがぼんが撃っている。
『きゃーっ! やっぱり思いっきりぶっ放すとスカッとしますよね!』
「ワカちゃーん!? 訓練だっていう当初の目的忘れてないよね!? ないよね!?」
山にこだまする爆音。かなりの距離を隔ててなお望遠の視界越しにこちらを見据える真宏の愛機とよく似た強羅の眼差し険しい兜。まともに動けない鈍重さと矛盾なく両立する強大なパワーに任せて素早くこちらの動きに追従してくるやたらとデカい銃口。
強羅のようにゴツいISを身に付けていてすら小柄に見えるワカであるが、その実力……というか火力は本物だ。噂によれば千冬とも戦ったことがあり、その時はかなり善戦できたというが、さもありなんと納得できる。
正直言って強いとか勝てないとかでなく生物的な恐怖心を感じさせられるほどなのだが、同時に思う。
ワカが身一つで放つ火力ははっきり言って人知を超えているが、では月の裏に巨大基地を築いているというザ・ワンはどうか。敵との一大決戦をするときに、この程度で済むものなのか。
そんなわけはあるまい。敵の攻撃はより一層激しいものとなるはずだ。
わざわざこうして鍛えてもらっているという意味。一夏たちはその真意を噛みしめて、ワカへと挑む決意を固める。
「そうだ、このくらいの火力……っ」
『お、いい心がけですね一夏くん。……それじゃあ、もうちょっと本気を出して行ってみましょうか!』
「……おい一夏あああああ!?」
「なにやってくれてんだ織斑あああ!」
「……余計なことをっ」
「……すまん、マジごめん。とにかく逃げろっ!」
『あははははっ、逃げ遅れたら割と本気で危ないですよーっ!』
……まあ、強羅自身が爆発したのでは、と錯覚するほどの勢いで放たれたミサイルと主砲の火力の前に、一夏達の心と体があとどれだけ無事でいられるかは、判断のしようがなかった。
◇◆◇
……千冬さんにボコられた俺達も大概だが、他のところも大体似たような感じの訓練風景だったらしい。いい気味だ。
などと、合流してから情報交換をしてせめて一矢報いることはできないかという対策会議を開いたりしていた俺達だったが、実のところIS学園自体は平常運転中であったりする。
ザ・ワンに関する話は火急の要件ではあるが、世界に広く公表されている事態ではない。さすがにいつまでも隠し通せるわけがないから最終的には知られることにはなろうが、下手に騒がれるくらいならばギリギリまで極秘で通した方が良いとの判断らしい。
それはそれで問題ありそうな気がするのだが、ザ・ワンとの戦いは人類が生き残るかどうかというレベルの話なのだから、先のことなんて考えてもしょうがあるまいという理屈には一理ある。
てなわけで、IS学園での楽しい日常も絶賛進行中だ。
「ではっ、いきますよマドカ先輩! ファントム・タスクにいたころは遠くから見ているだけでしたが……今日は勝ちに行かせてもらいます!」
「ふん、いい度胸だ。その改造した打鉄でどこまでできるか……やってみろ!」
「はいっ! 打鉄あらため、打鉄V3! 力と技で参ります! 見ていてください師匠!!」
「おう、がんばれよー」
今日の一幕は、先輩と後輩の心温まる交流(物理)。
とあるアリーナにて、いつぞや俺がファントム・タスクからパチった打鉄の改造型の模擬戦テストである。
対戦相手はマドカ。強羅みたいに無茶苦茶じゃない感じの相手を用意してほしいと頼まれたので、そこらを歩いていたマドカにちょっとお願いしてみたところ、あっさりOKしてもらえたのだった。
マドカは一夏の妹であり千冬さんにもよく似ているからなんだかんだでIS学園の生徒達からの人気は高い。少々とんがった性格でとっつき辛いところはあるのだが、その辺勢いで押し切れるのがIS学園生徒のいいところ。これまでも熱心なお願いに負けて模擬戦の相手をしてやっていることが多々あり、最近だんだん慣れてきたらしくもう軽く頼めばすぐ受けてくれるようになっているのだった。
ドM的下心を持って模擬戦の相手を望んでくる相手をSっ気たっぷりにボコボコにしてやっているあたり、慣れるを通り越して染まっていると思えなくもないのだが。
……ブルー・ティアーズの系列機に乗るとちょろくなるというジンクスでもあるのだろうか。
ともあれ、そんなマドカに対するは打鉄の改造機。通称、打鉄V3。
IS学園2年時から設立される整備科クラスに持ち込まれ、生徒をはじめとして倉持技研や蔵王重工のスタッフによるバックアップ、さらに打鉄弐式を組み上げた実績のある簪をアドバイザーに、次期量産モデルの検討用という名目で日々魔改造を受け入れつづける強い子である。
改造に関しては当初はどんな方向性とするかすら決まっていなかったのだが、最近ようやく定まってきたらしい。
そして、打鉄V3の搭乗者は、なんと元ファントム・タスクのIS操縦者であり、この打鉄を装着した俺と戦い、最近では俺の弟子を名乗るあの子であった。一年生屈指の暑苦しさを誇り、蘭をはじめとして友達が多いらしく、さらにはもともとIS操縦経験があるということでたまにこの打鉄のテストパイロットを買って出ているのだとか。まったく、どういう因縁か。
もっとも、この打鉄はこういう試験の名目さえあれば使用に関しての規則は緩めらしいので、学年を問わず色んな生徒が使っているのだが。人による差異を図ることもまた、この研究の目的らしい。
「真宏さん、あの子……大丈夫なんでしょうか?」
「平気じゃないか? 普通に強いし。マドカは興奮すると我を忘れて暴れ出すけど、……そ、そこまではいかないだろう。もしそうなったら、俺が止めるし」
「一抹の不安があります。……本当に頼みますよ、真宏さん。あの子はあの子で、諦めるってことを知らないですから」
そんないろいろ因縁ありまくりの模擬戦を観戦しているのは、データ採取や何かで忙しい整備科の面々と、暇な放課後に起きた面白いイベントということで集まってきた1年生をはじめとする生徒多数。そして俺と蘭であった。
役者は最近セカンド・シフトを果たしたサイレント・ゼフィルスのマドカに、何かと目立つ弟子。面白い組み合わせだけあって注目度も高いが……この二人、大丈夫なんだろうかという不安が微妙にあったりする。
先にも語った通り、マドカはファントム・タスク時代から気性が荒い。最近は大分丸くなっているが、それでも模擬戦とかしていると高笑いとともにレーザーばすばす撃ってくることがあってたまに怖いし、対する弟子はISを動かすのに必要なのは気合い、という俺やワカちゃん以外からはあんまり共感を得られなそうな思想に染まっているから、諦めるということをするまいよ。
……ま、まあISなら大丈夫じゃないかな?
この模擬戦を通して有益なデータが取れたり、あの自称弟子が成長してくれることを願うばかりだ。
「……そう思っていた時期が、俺にもありました」
「言ってる場合じゃないですよ真宏さん!?」
気楽に構えていたのから数分後、半眼の死にかけた眼でアリーナを眺める俺と、そんな俺の襟首を掴んでがっくんがっくん揺すってくる蘭の姿が、そこにはあった。いやー、蘭もIS学園への入学が許されるくらいだから腕力強くなったな。これなら弾もツッコミ入れられる度にボコボコだろうよあっはっは。
などと現実逃避をしたくなる理由。
それは、マドカと弟子の繰り広げた戦いのせいだった。
マドカとサイレント・ゼフィルス、弟子についてはまあ大体語ってある通りだから説明の必要がないとして、打鉄V3のことについて、少々語っておこう。
打鉄V3はその名の通り、打鉄から始まり簪の弐式へ派生し、それらのデータや使用者の要望を元に更なる改良を施す機体という意味と、「3号の名前はこれっきゃない!」という俺の意見に満場一致の賛成を得たことによって名づけられたものだ。
では、そんな打鉄V3のコンセプトはなんなのかと言えば。
それは、「展開装甲武装の運用」であったりする。
何せこの打鉄V3の開発には一部展開装甲を適用したISたる白式の開発元の倉持技研と、セカンド・シフトによって白鐡という地味に展開装甲に分類されるらしい装備を発現させた強羅を擁する蔵王重工が関わっている。
そこで、次期量産モデルとなるこの打鉄に求められたのは展開装甲技術を適用した武装の使用による、全局面対応能力の獲得。そのため蔵王がISコアを色々な武装を受け入れられる包容力を得られるよう教育し、倉持技研が作り上げた展開装甲技術を適用した武装を持たされている。
その武装は、展開装甲らしくいくつかの形態を持っている。
まず第一の形態は身の丈あまりの巨大な剣形態。赤く、ナイフのような形の刀身をした巨大剣はISの膂力によって振り回されることでその刃の前にあるものをまとめて薙ぎ払う。
第二形態は銃形態。大剣としてのサイズはそのままに、刀身を割って突き出る砲身は、複数種類のバレットを運用可能であり、ものによりさまざまな効果を発揮するとかしないとか。
あの弟子はその展開装甲武装を中々上手いこと使いこなしている。
形態を入れ替える必要はあるが、遠近両用。ビットの攻撃を剣で弾いてから銃形態へと変形させて射撃の応戦。元々ラファールを使っていただけあってさまざまな武装への適正もそれなりにあるらしく、中々そつのない戦いを、どれほど苛烈な攻撃にさらされてもひるまない不屈の闘志で繰り広げている。
開発者が求めるようなデータが取れるかはわからないが、見応えのある試合だ。
……ちなみにこの展開装甲武装だが、実は剣形態と銃形態だけではなく、もう一つ捕喰形態なるフォームもあるのだとか。いったい何を喰い何と戦うつもりなのかわからないが、そんな武装の名前は<神喰>。……仮にザ・ワンを倒したとして、その後また別の敵が出てきそうなのでやめてほしいこと甚だしい。
「まだまだああああ!」
「ははははは! やるな貴様!」
そして模擬戦はますます盛り上がり、マドカ大歓喜のド根性たっぷりな奮戦となる。
今回の模擬戦は当初神喰をどれくらい振り回せるかを軽く試してみるだけ、というものだったはずなのだがそこはほれ、俺の弟子を自認する暑苦しい子と、テンションあがってくると残虐ファイターになるマドカのこと。
「っきゃあああああ!?」
「どうしたどうした! 真宏ならばその程度の被弾、気合の一言で乗り越えてみせるぞ!」
「っ! そうと聞いては負けていられませんっ!」
「……どうするんですか真宏さん、あの二人際限なくテンションあがってるんですけど」
「だな。俺もいざ模擬戦となったら人のこと言えないくらいには暴れるけどさ。……ちょっとスタンバイしておくわ」
それはもう、あくまで模擬戦、などという建前を忘れるほどの激戦になるのであったとさ。
マドカはさすがに手加減している。同時に使うビットは2本までで、ジュエル・スケールも展開しない。それでも、セカンド・シフトまで果たした第三世代機に織斑一族が乗っているのと、これまでせいぜい量産機のラファールくらいしか使っていなかったファントム・タスクの一戦闘員では技量にも天地の差がある。
その差を埋めているのは確実にあの弟子が俺の姿を見て力の源と信じた気合であり、実際にそれでマドカ相手に食いついて行っているのは本気ですごい。
しかし、それはダメージを受けても気合で動けるというだけであっていつまでも無事でいられるわけではない。
……どうやら、そろそろ万が一の時のことを考えた準備をしておかなければならないらしい。
「ふはははは、よく粘ったと褒めてやろう! その実力と根性、将来が楽しみだ」
「そ、それはどうも……っ。でも、ただで負ける気はありませんよっ」
調子に乗ってもはや完全に悪の心が戻りきったマドカは、ダメージの大きい機体を抱えて膝をつく自称俺の弟子を前に高笑いを浮かべている。周囲にはサイレント・ゼフィルス自慢のビットが6機。同時に射撃をするのは2機と限定していても、自機の周囲を滞空させておくのはセーフであるためびゅんびゅんと飛び回らせている。
模擬戦開始直後と比べれば、いろいろと高ぶっているのかビットの動きからして速くなっている気さえする。
そしてそんなマドカに、この弟子は本気で戦うべき相手と認められたのだろう。機体性能の差をしてなお勇敢に戦ったことを考えればさもありなん。その精神に敬意を表するマドカは、最後の技を繰り出さんとその右手を、すっと真横へ突き出した。
「いい心がけだな。……真宏、見ているか! 貴様の望みどおりだ! だがそれでも……」
放つはまさしく必殺の一撃。
多分、なんだかんだで同型機使いの縁から最近はそれなりに仲のいいセシリアあたりが直伝しただろう、6機のビットすべてを袖口に接続し、レーザーを発振しながら回転させるという、どっかで見たような超絶破壊力を感じさせる光景。
ただしセシリア得意のアレと違うのは、こちらはビットを外向きに配置して、さらにビットを円錐上ではなくただの筒状としていることか。
ともあれ右手に生み出されたのは破壊の顕現。規格外の破壊力を生み出す、ブルー・ティアーズに似つかわしくない近接破壊力を追い求めた、まさしくグラインドブレード。あんなものを食らえば五体満足のISとて無事ではすむまいと思えるもので。
「……勝ったのは私だ!」
『やめんかーーーーーーー!!』
真後ろから強羅による膝蹴りを敢行して、無理やり止める他ないのでありました。
「あーるでぃー!?」
さすが、強羅は重量級。完全な不意打ちで為すすべなく蹴り飛ばされたサイレント・ゼフィルスはアリーナの端まですっ飛んで壁に激突し、普段のクールで済ましたマドカの様子からは想像もできないくらい珍妙な叫びを上げて動かなくなった。
「し、師匠……お恥ずかしいところをお見せしましたっ」
『ははははは! 見てたぞルーキー。なかなかやるじゃないか。ちょーっと時間かかったけどな。ま、ちょうどいい腕かな。……いやむしろ良すぎたかな、マドカの相手にはさ』
「真宏さーん!? 真宏さんまで乗ってどうするんですっ! そのうちその子を柱で殴り飛ばす気ですか!?」
『……はっ!?』
などと、そんな一幕もあったりするIS学園の日常もまた、しっかりと営まれているのでありましたとさ。
去年と変わらず、楽しい日々だ。
いや、気心の知れた仲間とかわいい後輩が増えたのだからもっと楽しくなったと言っていい。
……だから、この幸せを壊したくはない。必ず守り抜いて見せようじゃないか、俺たち皆の力で。
蘭にツッコミを入れられ、今度は俺にも一手ご指南、とか言い出しそうにしている弟子の視線を感じながら、心の底からそう思った。
だがそのためにはまだもう一つ、片づけておかなければいけないことがある。
◇◆◇
「……真宏、入れてくれ」
「おう、入れ。……入っていいからその地獄の底から響いてくるみたいに陰気な声やめろ」
その一件は、夜。俺の部屋を一夏が訪ねてきたことから始まった。
いつものように朝起きて、さっそく朝練と称して千冬さんとスコールさんに専用機持ち一同まとめて特訓でボコられて、授業を受け、放課後になり、そこでもみっちり訓練して、たまに他の生徒の訓練の相手をして、部屋に引き上げてしばらく。
なんら変わりない日常であり……同時に、もう明日にはザ・ワン撃滅作戦が始まると伝えられている、まさに決戦前夜でもあった。
何かが起こるなら今日しかない。そう覚悟していたし、実は既に色々状況を把握している俺は、これも予想の範囲内であったので例のごとくあっさりと一夏を部屋に招き入れた。
一夏にとってもこの一人部屋は勝手知ったるもの。珍しく思いつめたような顔をしてふらりふらりと部屋に入り、人のベッドに勝手にボスンと倒れ込む一夏を尻目に、俺はキッチンでゆっくりと湯を沸かす。
客を待たせるのはあまり褒められた作法ではないが、今の一夏にはちょっと落ち着く時間が必要だろうから、例外だ。
「ほれ」
「……ありがとう」
ちょっとぬるめの茶を淹れて戻ると、既に起き上がってベッドの縁に腰を下ろしていた一夏は、頭をがっくりと垂らしたまま受け取った。湯呑を掌で包むように持つのにちょうどいいくらいの温度だから味と香りはイマイチだが、今の一夏に味を気にする余裕なんかなかろうし、手を温めるカイロとしての役割の方が心を落ち着かせる役に立つだろう。
思い詰めたように湯呑の水面を見つめる一夏にそれ以上声をかけることはなく、勉強机の椅子に腰かけて自分の分の茶をすすりながら一夏の次なる言葉を待った。
うーむ、やっぱりちとぬるいかな?
「……今日、さ」
「ああ」
湯呑に口もつけない一夏と違ってこちらはそろそろ茶を飲み干すか、というころ。ぽつりと一夏が呟いた。
これから話そうとすることに対する心の整理は、たぶんまだついていないのだろう。迷いや葛藤をにじませる声で、それでも誰かに言わずにはいられないとばかり、自分の内に溜めこみきれない言葉を吐いた。
「今日……告白、された」
「……へえ、誰に」
平静を保つのは、割と大変だった。
一夏の口から出た「告白」という言葉。その重みを感じ取れないほど、俺は冷血な人間ではない。
この「告白」は朴念仁たる一夏がいつも認識している文字通りの意味ではない。まさしく世に広く使われる、愛の告白という意味だ。
一夏が正しく告白を受け止められたのだということを考えると、その事実に思わず泣きそうになってくるね、ほんと。
なにせ、これはまた別の側面から見れば。
「……みんなから、だ」
箒達もまた、勇気を出せたということなのだから。
くい、と湯のみを傾けて一口。
一夏の語る顛末に意識を向ける。
これから語られるのは、少女たちの勇気と決意の顛末だ。