IS学園の中心で「ロマン」を叫んだ男   作:葉川柚介

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第53話「ロケットメテオパンチ」

 わずかに時間を巻き戻そう。

 俺が宇宙でシャトルに追いつき、バグ軍団をISロケットドリル宇宙キックで蹴散らすことになる前。地上でシャトルを見送った直後、マスドライバー建設と防衛戦闘の指揮を終えて援護に来てくれたワカちゃんと合流したときまで。

 

『もう準備は始めてますから、すぐに追いかけられますよ。だからそれまでバグを焼いておきましょう!』

『オッケーワカちゃん!』

 

 ワカちゃんから聞かされた、俺がするべき「次のこと」。その内容を聞きはしたものの、生憎とまだしばらく準備のために時間がかかるらしい。しかし致し方のないことだ。いつもの蔵王重工らしい突飛さを秘めたその行動、すぐのすぐに実行出来るはずはさすがにない。

 だが同時に我らが蔵王であるならば必ずややり遂げてくれるはずと確信するに足ることなのも事実であり、俺はそう信じているし、そのためならばいくらでも待てる。

 とりあえず、暇つぶしがてら相変わらず押し寄せてくるバグ共を強羅・迦具土と強羅・白鐡の2機で真正面から大火力で殲滅しながらな!

 

 

 周囲の砲台から上がる火線と、強羅2機のみが吐き出すそれらに匹敵する火薬量。蔵王重工本社ビル前の空は赤々と爆炎に照らされ、濃く漂う炸薬の匂いが風で運ばれ草木を揺らす、異様な空間となっていた。

 

 ではそんな時、蔵王重工社員は。マスドライバーを急ピッチで建造していた社員は何をしていたのだろうか。

 難を逃れるために避難していた? 疲労困憊して倒れていた?

 

 ……それがあり得ると思う人は、いまだ蔵王がどれほどの変態かを知らない極めて正常な人達だ。

 

 

 彼らはこの時、先ほどのマスドライバー急造に勝るとも劣らない仕事を為していた。

 

『――ワカちゃんっ、準備完了よ!』

『待ってました! 真宏くん、行きましょう!』

『わかった、ありがとうワカちゃん! ……ちぇー、1000機くらいしか焼けなかった。ワカちゃんはその倍くらい焼いてたのに』

『えへへ、年季の違いってやつです』

 

 その吉報はほどなく届いた。ワカちゃんと事前に話をつけておいた通り、俺はすぐにその場を防衛火器に任せてワカちゃんとともに一旦引き揚げ、これまで守ってきた後方の蔵王重工本社へ向かう。

 

 さきほどまで戦っていたのは本社ビル正面にてのこと。そこから本社へ向かって飛んでいけば必然的にビルを取り囲む円形遊歩道、そしてその内側に広がる芝生地帯からビルへと接近することとなり。

 

 

『さあ真宏くん、覚悟はいいですね? 今から皆に追いつくために使う宇宙への超特急。蔵王砲……垂直発射モードです!』

 

 いつの間にやら本社ビル前で天を突いてそびえたつ、砲口を真上に向けた蔵王砲の勇姿をその目に見た。

 

 

『うひょー! かっけえ!』

『うひょー! やっぱり蔵王砲はいいですよねっ! しかも実は、これが本当の姿なんですよ?』

『――こらそこのバカ二人! こっちは忙しいんだから遊んでないでとっとと準備しなさいよ!?』

 

 作業監督者の人からのお叱りに、はーいと声を揃えて謝る俺たち二人。

 しかし俺達が興奮するのも無理のないことだと主張したい。なにせそこにあるのは蔵王砲。それも、通常運用の時と異なり仰角を取っての遠距離砲撃のための状態ではなく、筒先が垂直に天を突いているのだ。その美しさたるや、筆舌に尽くしがたい。

 

『さー、それじゃあちゃっちゃと残りの準備を済ませちゃいましょう。綿火薬つめるんでちょっと待ってくださいね』

『商品名「綿火薬」の蔵王特性火薬ですねわかります。しかしすごいな。これなら月までだっていけそうだ』

 

 超重量の蔵王砲を精密に動かすための巨大かつ複雑な機構を備えた基部は今、ただひたすらに砲身を支えるためのウェイトとしての機能しか期待されていない。今の蔵王砲が目的とすることはただ一つ。まっすぐこの空のさらに上まで弾を……というか俺をぶっ飛ばすことだけだ。

 

『地上のことは全部私達に任せてください。その代り真宏くんは千冬さん達と……地球のことを、頼みます』

『……ああ、任された』

 

 自分で望んで選んだこととはいえ、結果として一夏達から置いていかれることとなった俺を仲間に追いつかせるため、ワカちゃんは方法を用意してくれた。

 さすがに安全無事を絶対保証とはいかないが、今の俺と、そして強羅には十分すぎるほどに確実な方法だ。

 

 だから、いつも通りふらふらとついてきているように見えて、その実蔵王砲でぶっ飛ばされ、地球圏屈指の激戦へと向かうことになる俺の身を真剣に案じてくれているワカちゃんと、強羅の拳を打ち合わす。

 ゴツンと固い音は、俺達を守ってくれる強羅の頼もしさと、このISがある限り決して諦めもしなければ負けもしないという俺達の硬い決意の証。

 

 最後にほんのわずかの間、互いにじっと見つめ合う2機の強羅。お互い仮面の奥の表情は読み取れないが、それでも燃える闘志ははっきりと伝わってくる。ならば、大丈夫。

 そう信じて、俺達は互いに背を向ける。俺は蔵王砲の装弾室へ。ワカちゃんは再び迫りくるバグの迎撃へ。

 ここで俺達の道は分かれるが、信頼という絆は固く結ばれている。そしてそれは今頃宇宙に出ているだろう一夏達との間でも同じことだ。

 

 

『――発射までのカウントを始めます。……真宏くん、ご武運を』

『心配してくれてありがとう。神上真宏、がんばります!』

 

 俺が収められたのは蔵王砲砲身の底。遥か上方にぽつんと小さく空の青さが覗く宇宙への入り口だ。

 炸薬として詰め込まれたのは、ワカちゃんが綿火薬と称するハイパーPNT。正五泡体ベースの結合構造を持つ超次元化合物で、TNTの1兆倍の威力があるとかないとか。そんな与太話はさておいて、発射の時はすぐそこまで迫っている。砲身を通して伝わってくる外の音は絶えず轟音ばかりが響いて、ワカちゃんとバグとの戦闘の激しさを思わせる。

 

 こうまでして守ってくれるワカちゃんの期待、応えなければならない。

 

『それじゃあ、ワカちゃん!』

『はい、真宏くん!』

 

 

 

 

『ちょっと宇宙まで行ってくる!』

 

 

 

 

 俺がそう叫んだ直後、蔵王砲から強羅・白鐡が発射され、その際に生じた轟音と衝撃波によって蔵王重工本社ビル全体がびりびりと震え、周辺の草木が放射状に倒れ、バグの一部が空中で砕け散ったのだと、あとでワカちゃんから聞かされた。

 

 

◇◆◇

 

 

『とまあ、そんな感じで飛んできたわけだ! 文字通りに!』

「……文字通りにもほどがあるだろ」

「だけど真宏くん、ロケットドリルキックは確かダーク強羅の技じゃなかったかしら? いつの間に使えるようになったの」

『いや、なんか宇宙に出たら自然と。強羅も妙に調子いいみたいですし、やっぱりISは宇宙が向いてるのかもですよ会長』

 

 以上、マスドライバーで宇宙へ上がった一夏達に俺が追いついてこれた理由でした。いやーまさか蔵王砲にあんな使い方があるとはね。地球上どこにでも強羅を飛ばせるのが蔵王砲だと知ってはいたが、本気を出せばこうやって先行して宇宙へ上がっていたシャトルに追いつくなんてこともできるのだ。

 ……まあ、さすがにIS着込んでいても負荷が半端じゃなかったんだけど。というか発射と同時に意識を失い、強羅に賦活されて気付いた時には宇宙をすごい速さで漂っていて、ちょうど追いついたシャトルの目の前にバグが大量にいたから反射的に突っ込んで行って殲滅しただけなのだが。

 その時ロケットドリル宇宙キックをしたのは成り行きに近い。宇宙に出てから強羅にたたき起こしてもらい、なんとかしなきゃと思って気付いた時には手からロケットモジュール、足からドリルモジュールが生えていたのだからして。はて、ロケットはまだしもドリルは持っていなかったはずなんだけどね?

 

『ともあれザ・ワンも見えてるし、あと少しだ。今からテンション上げていくぜえー!』

「わかったからちょっとおとなしくしてなさい神上君。強羅はシルエットがかさばりすぎるから、そこにいられると前が見にくいわ」

 

 そして今、俺達ははるか後方にバグの残党を置き去りにしてザ・ワンへと向かってひたすらに邁進している。近くには何もないから速度を正確に察することはできないが、速度センサーがはじき出した速度を信じるならば、地球表面上でいう音速をはるかに超えた速度だ。

 しかしいまだザ・ワン本体との距離は遠い。本来月と地球の距離は普通に三日くらいかけなければ行き来できないことを考えればザ・ワンも直接出張ってきているから十分すぎるほど近づいているのだが、相手が見えていてなお何もできないというのはなかなかどうしてもどかしいものだ。

 

「焦っても仕方ありませんわ、真宏さん。いざというときのため、英気を養うといたしましょう。こちらに入って来てはいかがですの?」

「そうよ、ぶっちゃけそこにいられても暑苦しいし」

『優しいお言葉だなオイ』

 

 この期に及んでなおシャトルの舳先に立ち、真正面に位置するザ・ワンを睨み据えていた俺に対する仲間達からの言葉がコレである。

 なんだろうね、人間離れした頑張りでせっかく追いついてきたというのに、俺の場合それも割と当たり前のことと思われてしまっている気がするような。一応俺でも死ぬかと思うレベルだったんだけどね?

 

『まあ心遣いはありがたいが、中に入るのはやめておこう。いつ何が起こるかわからないし』

「……あ、なんか来た」

「っ! 動体反応感知! ザ・ワンの陰から何か……巨大なものが来るわ! また!」

「またかよっ! あいつ本当にそういうのばっかだな!」

 

『……言ってる傍からなんか来たし』

「真宏……気を付けて」

 

 俺がシャトルの中に入らずわざわざ舳先に立っている理由はいくつかある。

 まず第一にカッコいいからというのがあるのだが、それ以外の理由としてザ・ワンが決して油断のならない相手だということがある。

 話を聞く限りその正体はISに近い完全に無人の機械知性体らしいのだが、それなのにというべきかだからこそというべきか妙に知恵が回り俺達を苦しめてくることが多い。

 箱の侵攻やそのはるかに前の白騎士事件に、アサルトセルで地球を封印していたことと、さきほどのステルスバグによる待ち伏せ。これから先もそれに匹敵する、あるいはそれ以上のサプライズがあるだろうことは疑いなく、その警戒のためにもせっかく元から外にいた俺はここで待機しておくべきだと思ったわけだ。

 

 そしてその予想は見事的中する。

 束さんが呟いた直後、スコールさんが気付いたザ・ワンの繰り出してきた何か。

 

 さあて、そいつが次の俺の相手になるのかな。

 

 

「スコール、詳しい状況はわかるか」

「ちょっと待ってくれるかしら……出たわ。こっちに向かって飛んできているのはザ・ワンの軌道に隠れていた……岩ね。かなり大きい……おそらく以前の箱を先導していた隕石と同じく、小惑星を拾ってきたんじゃないかしら」

 

 解析結果がシャトル内のディスプレイと、情報を共有している強羅の視界に投影される。

 視界の隅のディスプレイに映る、ワイヤーフレームで表現された歪な楕円形に近い立体の主要な構成物質は岩石。つまり単なる岩の塊なのだが、問題はサイズだ。

 

「直径は50m弱。質量は数万トンといったところかしら。……もしあんなものが地球に落ちたら、町ひとつくらい軽く吹き飛ぶわよ」

「今計算してみたけど、このままの軌道だと地球の引力に引かれて落ちるよ。……まーくんが頑張りすぎでもしない限り、ね」

「姉さん、真宏に何をさせるつもりですか!? ……あと、計算などいつの間に」

「え? 暗算」

 

 束さんが無駄に天才らしさを発揮する間も、お互い向かい合って距離を縮めあうシャトルと隕石の相対距離は凄まじい速度で縮まって行っている。それでも50mサイズの岩塊がまだ豆粒程度の大きさにしか見えないあたりは宇宙のスケールの大きさなのだが、そのスケールの大きさは地球人類が受け止めるにはまだ少々早すぎる。

 

 この隕石のサイズがどのくらいのものかを類推するには、謎の多い事件として知られるツングースカの大爆発を挙げると良いだろう。

 原因には諸説あるが、もしあれが隕石の爆発によるものであったとした場合、その隕石のサイズは直径60~100mで質量10万トン程度のものだったろうという。

そして今回の隕石はそのツングースカ(仮)のモノより少々小さい程度。もし地球の引力に引かれるがままに落ちていき、地表近くで爆発などすればどれほどの被害が出るかわかったものではない。少なくとも半径数kmは火の海になること、確実である。

 

 俺達の進路上にある、巨大な岩。

 避けて進むには大きく邪魔で、放置してしまえばはるか後方の地球が危ない。

 求められている最善の結果はただ一つ。

 

 今この場であの隕石をなんとかすることであり、そんな無茶ができるのは、わざわざシャトルの外で待機している強羅のみだ。

 

『ふっふっふ、それじゃあ束さんの期待にお応えするとしようか。スコールさん、シャトルの軌道は変更しなくていいですよ』

「そうあることを祈っているわ。……気を付けて」

「真宏。私、ここで見てるから……がんばって」

 

 簪たちに見守られながら、強羅はシャトルからふわりと離れる。あまり強く蹴るとシャトルの軌道を変えてしまいかねないから、あくまでゆっくりと。

 真空の宇宙空間では体をシャトルから放した程度ではさして後れを取ることはなく、ただ彼我の距離だけが徐々に開いていく。お互いまるで動いていないようにすら思えるが、その実俺達は着実にザ・ワンと、奴が繰り出してきた隕石に近づいて行っている。

 シャトルから目を離し、進行方向へ向けて顔を上げればその事実は一目瞭然。先ほどと比べて、隕石が大分大きく見えるようになった。

 

 だがそれでもまだ距離は、加速するための距離は、十分にある。

 

『いっくぜええええええええ! 白鐡えええええええ!!!』

――キュイィッ!

 

 強羅のPIC、白鐡のスラスター、ロマン魂が生み出すエネルギー。それら全てをフルスロットルで叩き込み、絡め手も武装も何もなく、俺は真正面から隕石に向かって突っ込んでいった。

 

 

 宇宙空間における物体の挙動に関して、俺はそう深い造詣を有しているわけではない。だが一つだけはっきりとしている、地上だろうが宇宙だろうが変わらない真理。

 

 それすなわち、「加速すれば速くなる」。

 

 今の強羅が体現していることが、まさにそれだ。ISが持ちうるすべての推進力をもって、隕石の予想軌道を遡ってまっすぐに突撃。遠距離から削るとか、でかいミサイルを用意しておくとか、接触した後穴彫って中心に核爆弾を埋めて爆破するとかいった策をすべて放棄した、単純な突撃だ。

 

『ちょっ、真宏何考えてるの!? 大体わかる気もするけど!』

『距離が凄まじい勢いで縮まっている。このままでは……すぐに衝突するぞ!』

『……いいえ、違いますわラウラさん。真宏さんは、最初からそのつもりなんですわ』

 

 隕石の地球落下を防ぐ方法はいくつかあると思う。

 もっとも手っ取り早いのは破壊すること。ある程度以下のサイズにまで砕いてしまえば、あとは地球の引力に引かれたとしても大気圏突入時に燃え尽きてしまうだろう。

 しかし今の強羅の装備でそうやすやすと破壊できるサイズとは思えないし、ましてやこれからザ・ワンとの決戦が控えている状態でそうホイホイ使い潰すわけにもいかない。これから先何が起こるかわからないのだから、今は可能な限り消耗品を温存するべきだ。

 

 では使っても減らない、それでいてあの隕石をどうにかできるほどの力を持った者はないか。

 

 ある。

 あるのだ。

 

 この、強羅そのものには、それだけの力がきっとある。

 

 地上では見たこともないような数値を示す速度計の表示を意識の隅に置き、既に視界を覆い尽くすほどに、その巨体を余すところなく示す距離まで近づいた隕石に向かい、俺は強羅の腕に全ての気合を込めて、突き出した。

 

『うおおりゃあああああああああ!』

 

 その時、俺と隕石の相対速度はどれほどのものがあったのかはわからない。

 だが一つ確かなのは、巨岩を殴りつけた強羅の腕は隕石に、まるでこちらこそ隕石だったのではないかと思うようなクレーターを刻み付けたことだけだ。

 

 激突の瞬間は、さすがに一瞬意識が飛んだ。

 それでも強羅の機体は頑丈で、おそらく地球で言えば数千mの高度から地上へ落下したに等しい衝撃にも見事耐え、その拳をめり込ませることに成功した。

 

 

『……すげー光景だな、スコール。隕石にISが突き刺さってる。ここからでも見えるサイズのクレーターまでできてるし』

『ちなみに、今のでちょっと隕石の速度落ちたわ。……質量差どれだけあると思ってるのよ』

 

 シャトルから通信で伝わる呆れ気味の声が俺の意識を繋いでくれた面もあるのは間違いない。仲間というのはありがたいものだし、驚いてくれるとより一層やりがいもある。

 

 とはいえ、まだ終わったわけではない。強羅は拳をめり込ませただけで、隕石の動きが止まったわけでもなければ、大気圏で燃え尽きるようなサイズに砕けたわけでもない。つまりここからが、本番だ。

 

『白鐡、気合を入れろ! たかが石ころひとおおおおおおつ!!』

――キュゥウウウッ!!

 

 難しく考える必要はない。今俺がするべきことはただ一つ。隕石に取りつくことはできたのだから、あとは力の限りこいつの動きを止めるだけ。そのためには、ただひたすら全力で押し返せばいい!

 

 強羅の後方に噴き出す、白鐡のスラスターからの噴射炎はかつてない最大出力での連続使用によって、強羅の機体を隠すほどの大きさとなって背後へ広がっていく。さらにめり込む拳によって砕けた隕石の破片が強羅の装甲へ次々と当たって弾け、拳を起点に生じた亀裂から噴き出す粉塵が視界を隠し、装甲を汚す。だがむしろそれこそ誉れ。俺の気合いがその程度で減じるはずはなく、宇宙の砂煙をすら貫く強羅のデュアルアイセンサーの光がさらに眩く輝くだけだ。

 無論、それでも隕石の大きさからすれば小さなものにすぎない。突き刺さった拳とて、巨体と比較すれば針のごとし。

 

 だがそれでも、これはただの拳ではない。強羅の腕で、俺の腕。望み、願い、それに向かって死ぬ気で頑張れば、これまでどんなことでも可能にしてくれた、俺の自慢の強羅の拳だ。

 

 だからきっと、今だって。

 

『押し返してやらああああああああああ!!』

 

 思い出すのは、さっきちらりと振り返ってみた地球の、圧倒されるほどの美しい青さ。じーちゃんと過ごした幼いころ、一夏達と騒いだ思い出、強羅とともに駆け抜けたIS学園の日々。そして、今もシャトルの中で俺を信じて見守ってくれている、簪との出会い。

 ただ心の中にそれらの情景を浮かべるだけで俺の心は奮い立ち、強羅が力に変えてくれる。

 気合一喝。はるかこの背のずっと後に背負った地球を守るそのために、更なる力を絞り出す。

 

 

「いけ、真宏!」

「今それをできるのは……というか、地球全土を探してもおそらくこんな無茶をできるのはお前だけだ! 気合を入れろ!」

「そんなものくらい、軽く押し返ししてやりなさいっ!」

「わたくしも応援していますわ、真宏さん!」

「信じてるから……頑張って!」

「不可能を可能にする力……お前から教わったその意味をもう一度私に見せてくれ!」

「地球の未来を拳一つでどうにかしようなんて……私の未来の義弟はすごいわね」

「真宏……っ! やっちゃえ!」

 

「すげーな強羅。……ていうか宇宙に出てますます元気になってないか」

「私にもそう見える。アレか、太陽から出る微量なディファレーター線を吸収でもしているのか」

「神上くんの場合なら十分あり得るのが恐ろしいわね」

 

「……ねえねえちーちゃん。一個だけいいかな。いくらまーくんでも、まさか本当にあんなことできるとは思わなかったんだけど」

「甘いな、束。普通のISにできないことでも……それこそ白騎士ですら不可能そうなことでも奴ならやってのけるぞ。奴が燃えるシチュエーションであれば、の話だが」

 

 スラスターはオーバーヒートしかけて冷却が間に合わず、機体内部にまで熱が回りはじめた。突き刺さる拳とそこへ至る腕、さらには強羅の装甲自身も凄まじい負荷にぎしぎしと異音をたて始めている。

 

 いかに強羅の超合金ニューZのように頑丈ボディといえど、こんな奇跡のような無茶をするのはさすがに無理があったということだろう。このまま自分の推力に耐え切れずバラバラになるという未来が割とリアルに想像できて真剣に恐ろしい。

 その一方、正直自分でも割と信じられないことだが、順調に隕石は止まりつつある。だが完全に止まるのが早いか、それとも俺と強羅が自壊するのが早いか、それはまだわからない。

 

 だが、そんなもの。

 

『すぐに終わらせれば問題ない! 止まれええええええええ!!』

 

 

 最後の気合いを一気に込める。

 スラスターの噴射炎がこれまでよりもさらに一回りは大きく背後に伸びて、白鐡の苦しそうな呻きが聞こえ、叫んでいなければ俺の喉も苦痛に悲鳴を上げていたかもしれない。

 強羅の拳を中心に小さなクレーターが新たに穿たれ、やばい感じに震えだした強羅の腕と肘が限界に達するかと思われた、その時。

 

 

「……信じられない。本当に隕石を止めたわ」

「あんなに巨大な隕石を、IS一機で……人間の可能性って、すごいね」

「おまえが言うな束。仮にもISの発明者だろうが」

「いくら束さんでも、蔵王の変態っぷりにはかなわないよ」

 

 いい加減限界に達したスラスターから唐突に噴射炎が消え、負荷から解放された腕の痛みが突如意識に上り、全身各部から蒸発した冷却液が吹き出る端から凍り付いて宇宙に散る中で、くたりと力の抜けた体が真空の宇宙に泳ぐ。

 相変わらず腕は突き刺さったままだが、そんな強羅と隕石の絶対速度は、ほとんどゼロだ。

 無論、引力の網が縦横に走る宇宙空間のこと、絶対的な静止などし続けることができるはずもない。いずれはどこかの星に捕まることにはなるだろうが、これで地球への落下はほぼなくなった。

 俺は隕石を受け止めることに、成功したんだ。喜び叫んだり呆れていたりする仲間達の声が誇らしくてたまらない。

 

 

 ……しかし、いい気分に浸れていたのは、実のところほんのわずかな時間でしかなかった。

 

「えーと、ね。みんな。すごく言いにくいんだけど……まだ終わりじゃないわ。隕石の後ろから同じ軌道で、今度は箱のお出ましよ」

「またですか!?」

「存外ワンパターンだなあいつらも!」

「ですが、危険なのは間違いありませんわ。今の地球の状態にあの箱の分の戦力まで加わったら、間違いなく防衛線が破綻します」

 

 なんとなくそうなんじゃないかなーと、俺たち一同考えてはいた。どこかから引っ張ってきたらしき小惑星を地球に向けて送り込み、それを露払いとして箱を送り込むという以前の襲撃と全く同じザ・ワンの戦法。あのときは隕石をオーカ・ニエーバに、箱の中のバグと指揮官機を俺達IS学園一同に破壊されこそしたものの、いまだ有効な戦術であると判断したのだろう。

 確かに、今の地球にあんなもんが落っこちた日にはそれこそただでさえてんやわんやの状況がますます悪化すること請け合いだ。悔しいが確かに有効性はいささかも減じていない。

 

「どうする、千冬姉。今度こそ俺達も行くか?」

「しかし、まだザ・ワン本体との距離はある。ここで出た場合航続距離が……」

「紅椿の絢爛舞踏でエネルギーを補給できるにしても、時間がかかるぞ」

 

 しかも困ったことに俺達の目的は本来こんなところでドンパチすることではなく、この隕石の向こうで今も地球へ向かって突き進んでいるザ・ワンを止めることだ。強羅ですらここまで来れたのだから、他のみんなのISだって宇宙を渡ってザ・ワンへ向かって行くことは不可能ではなかろうし、たとえ途中で箱から敵が出てきたとしても振り切ることくらいわけないだろう。

 そんなことをした場合、背後の地球がまたしても危険にさらされる、という可能性を無視すればの話だが。

 

 では、どうするべきか。

 ザ・ワンを狙えば地球が危険。箱を落とせばエネルギーが不安になる。

 二者択一のこの状況、千冬さんに任せておけば最悪を回避する次善の策を、それこそ自分の身を犠牲にしてすら示してくれるかもしれないが。

 

 

 ……生憎と、それは俺のやりたいことじゃあない。

 

 俺がやりたいこと。それは、いまだ拳から前腕部までが隕石にめり込んだままの腕を見てたった今思いついた、新必殺技である。

 

 

『そのことなら心配はいらない。俺に任せておけ』

「……真宏くん!? まさか、まだ何かする気なの!?」

「さすがに無茶だよ真宏! 隕石を止めるのにもすっごくロマン魂を使ったはずなのに、これ以上なんて……」

『大丈夫! 今度はさっきのとは別腹だ!』

 

 何せ今日は最終決戦。出し惜しみなんてしている余裕は元々ないし、ロマン魂は俺の心の高ぶりがそのまま力に変わるワンオフ・アビリティ。その代償として使った後に精神が消耗こそするものの、それでもやりたいと思ったことを際限なくやってこその強羅と俺だ。

 ……まあ、さすがに全く不安がないわけじゃないんだが。これまでもロマン魂を使いすぎたことで廃人同然となりかけたこともあるし、今回だって地上での時間稼ぎからISロケットドリルキック、今回の隕石止めと既にロマン魂を活用しまくっている。

 今から強羅の装着を解除した時自分がどんなことになるのか恐ろしくてたまらないし、会長たちもそのことを心配してくれているようだが、そんなのは今に始まったことじゃない。やりたいことを、やりたいようにやるだけだ。

 

「……ま、真宏っ」

『ん、どうした簪?』

 

 それに、何とかする方法がないでもない。

 たとえば、シャトルの窓越しにはるか遠く、隕石に埋もれかけている俺をまっすぐ見つめてくれている、簪の言葉とか。

 

 簪のことならばどんなに遠く離れていてもはっきりとわかる。強羅のハイパーセンサーが望遠してくっきりと俺を見つめる表情を見せてくれているのはもちろんのこと、優しい声が少し不安げに震えてしまっていることから、俺を信じながらもしかし不安を拭いきれずにいることが伝わってきた。

 だが簪はもう不安におびえるだけの弱い女の子じゃあない。

 自分にできることをひたと見据えて為すことができる、ひょっとすると俺より強く、そして可愛い、最高の恋人だ。

 

「あの箱を何とかできたら、あとで……」

『あとで?』

 

 

「キ、キスよりすごいこと……していいよ?」

『よっしゃやったるでええええええ!』

 

 

 たった一言でかつてないほど俺をたぎらせてくれるんだから、本当に助かるよ。

 

「ちなみに、キスよりすごいこととは何をするつもりなのだ?」

「えっ!? そ、それは……お、お姫様だっこ、とか?」

 

「……なあスコール、悪いけどそこらへんの壁殴っていいか? 普段からあれだけカップルしてるくせにいまさらこんなのないだろ。そこはファイナルフュージョンだろ」

「やめておきなさい。確かにあの二人はもうハンマーコネクトでヘルアンドヘブンしててもおかしくないという気持ちはわかるけど、壁ドンで故障したらたまらないし……それに」

 

「ふむ、なるほど。あれはいいものだからな」

「あ、やっぱり? ……えへへ、楽しみ」

「ほほう……少し、羨ましいな?」

 

「……ねえ、ちーちゃん。箒ちゃんってどうしてこんなに純情なんだろう」

「言うな。マドカまで同類だったことに私も衝撃を受けている最中だ」

「うぅ、束さんの頭脳をもってしても理解できないよ。だからちーちゃんお姫様だっこで慰めてー」

「おとなしく座っていろ、バカ」

「ひでぶっ!? 愛の裏拳!?」

 

 などというやり取りが聞こえてくるくらいシャトルの中はシャトルの中で大変なことになってるみたいだけど、まあいいや。束さんがくるくる回りながら座席にホールインワンしたー!? とか聞こえる気もするけど気にするな。

 簪とのキスよりすごいこと……もとい地球の未来のため、やってやるぜ!

 

 とはいっても、実のところ大して特別なことをやるわけではない。

 あの箱をどうにかするにあたって俺がすること。それは、実質さっきまでと全く同じ。

 

『うおおおおおおおおおおおおっ』

 

 簪からもらった気合を込めて、宇宙の冷たさによっていい感じに冷えてくれた白鐡のスラスターを再点火。隕石を止めようとしていた時のように、ひたすら全力で押し始める。

 

「ああっ、なんだか白鐡のスラスターから出てる光がピンク色に見える気がする!」

「……いつぞやセントエルモからのミサイルを殴り壊した時も空にピンクのハートを描いていたな。そのノリか」

「ていうか何するつもり……まさか!?」

 

 隕石にめり込んだ腕を抜くでもなく、何か装備を展開するでもなくさっきまでと同じことをし始めた俺の様子に、シャルロット達は怪訝そうな言葉を交わしている。

 

 ターゲットは、いかに強羅であろうともIS1機の火力では殲滅しきれるか疑問な頑丈さと搭載戦力を誇る箱。強羅単騎の殴る蹴るは無論のこと、持ってきた火器全てを使ってすらそうそう倒しきれるものではないかもしれない。俺もそう思う。

 

 ……だがそんなものに頼る必要はない。

 あるじゃないか、地球上ではお目にかかれないくらい強い武器が、ここに。

 

 

 気合の叫びを上げながらスラスターを吹かし、それのみならず全身の力も込めて愚直なまでに押し込む巨岩。人の体よりはるかに大きく、山ひとつと相対するにも等しい質量差。

 さすがに強羅のパワーでも山を動かすことまではできないだろうが、宇宙空間であるならば多分大丈夫。たとえ微々たる力でも、押せばその分動いていくはずだ。こうして止めることができたんだから、動かすことができないはずがない。

そしてそう信じる限り、ロマン魂が実現のための力を与えてくれる。

 

 

 俺がやろうとしている、宇宙空間でしか使えないだろう大技(物理)。

 

 

『How do you like me now!!!』

「真宏ー!? それロマン魂じゃなくて大統領魂だ!」

 

 ロマン魂のエネルギーは天井知らずに増え続けている。簪が見てくれていること、キスよりすごいこととやらへの期待、これからやろうとしている技の面白さ、全てが全て、俺の力になる。

 強羅の全身からはエネルギーがオーラのように噴き出して、あちこちでパリパリとスパークしている。そこまで無理に無茶を重ね、頭の血管が切れそうなほど気合を入れて。

 

 隕石自体にエネルギーを浸透。PICも適用して後押ししつつ、強羅の推力と腕力、そして何より気合いによってこの大岩を、箱に向かって押し出した。

 

「う、動いてますわ……まさか、それをぶつけるつもりですの!?」

『その通り! 見るがいい、これぞ俺の宇宙限定必殺技!』

 

 わずかなれど動いてしまえば、あとはその勢いに乗せて加速するのみ。まさしく山を押すがごとき手ごたえにくじけそうになりながらも、強羅のパワーを信じることだけは決してやめず、白鐡の頑張りも加えて隕石が元来た方向へと徐々に動かしていく。

 そして、力を加え続ければその動きが加速していくのは自然の摂理だ。……人間サイズの強羅が直径50mの隕石を動かしている現実が自然なことか、というのは置いといて。

 

 この動き、おそらくザ・ワンの側でも感知したのだろう。なんだか箱のあたりが妙に騒がしくなっているような気配がハイパーセンサーによって捕えられている。あるいは中にいるバグや指揮官機が慌てて逃げ出そうとしているのかもしれない。

 そうはさせるか。

 

『いくぜっ! ISゥ……!』

 

 全身を駆け巡っていたエネルギーを右前腕に集中させる。文字通り山をも動かすほどのエネルギーが集まって眩く光を放ち始め、ぶわっと隕石と腕の隙間から粉塵が噴き出してきた。

 真空の宇宙では音が響かないのが残念だ。強羅の主であるこの俺には、装甲を伝わってこの荒ぶる右手の叫びが全身に轟いているというのに、他の誰にも届きはすまい。

 

「輝く右の拳……まさか、あれをやるつもりですの!? ぶるぶる」

「落ち着けセシリア!? 何やるつもりなのかは俺も分かったけど、こっちには飛んでこない! ……多分」

 

 主にこの技を受けたことのあるセシリアと一夏が最初に気付いたようだ。規模とか色々、かつて見せたものと同じもの扱いできないレベルになっている気もするが。

 

 だが準備はすべて整った。

 少しずつ動き始めた隕石。十分なエネルギーを込めた右腕。そしてこの身に満ちる意思。わくわくと、自分がやることに自分で期待しながら、俺の全身全霊をこの右の拳に注ぎ込み。

 

 背中を押すスラスターの推進力と、強羅のISらしからぬ腕力で。

 腕がめり込んだまま、隕石を。

 

 

 

 

『ロケット! メテオ! パアアアアーーーーーーーーーーンチッ!!!』

 

 

 

 

 力一杯殴りつけ、ロケットパンチで殴り飛ばす!

 

 

 強羅の腕から離れた右前腕部はしばし隕石にめり込んだまま前進。どこからも力がかからず、速度ベクトルの変化しないゆるゆるとした動きであったが、それもわずかな間のこと。

 

 強羅のエネルギーを詰め込めるだけ詰め込まれた前腕部のアタックブースターが点火。わずか腕一本でありながら、先ほどの白鐡のスラスター最大出力にも迫る噴射炎を吐き出し、猛然と巨岩を加速させはじめた。

 

 巨大であるがゆえに、最初は動いているかどうかわからないほどだった動き。しかし徐々に加速するにつれ、その動きが目視で実感できるようになる。

 隕石の重心を正確に貫く強羅右腕のアタックブースターによる推力ベクトルが目指す先。そこにはこの隕石の後ろにこそこそ隠れてここまでやってきた箱だけがぽつんと、宇宙の真空に漂っている。

 

 

 一応言っておこう。

 箱にも推進装置くらいは存在する。地球に降り立ってから安全に着陸するためや、宇宙空間を航行するためのロケットはあるらしいのだが、しかし今この状況がそんな程度の策で回避できようものか。

 

 回頭、減速、どちらも間に合わない。中のバグを外に脱出させようにも数が多すぎる上にハッチを開くのすら遅いから、自分に向かって加速し続ける隕石から逃れるすべはもはやない。

 待ち受ける運命は、まさしく奴らがやろうとしていたことの因果応報、隕石の激突という結末だ。

 

 俺達が見守るその先で、箱は当初と全く逆方向に同じくらいの速度で飛んでいく隕石と見事激突。無音のためイマイチ迫力は伝わらないが、衝撃のほどは見るだけでも伝わってくる。山のように見えていた岩が面白いよように砕け、同時に地上ではあれほど苦しめられた箱がバグと指揮官機の残骸をはね散らしながら空き缶のようにきりきり舞いですっ飛んで行く光景に、ものすごく胸がすっとした。

 

 

『ハーッハッハァ! ザマァないな!』

 

「……」

「…………」

「……………………誰かツッコミ入れろよ」

「いや、もうそういうのいらないんじゃない? 物理的にあり得ないとしても、強羅的にはあり得るってことで」

「……おいやめろ馬鹿、一瞬それで納得しそうになったじゃねえか!?」

 

 後方のシャトルからは、勝利を祝うそんな声が聞こえてきた。

 俺の方はさすがに疲れてそちらに軽口を返す所ではないのだが、胸に満ちる達成感は何とも言えないものがある。あれだけ巨大で重たいものをただパワーのみで押しとどめ、押し返し、相手に叩きつけたんだ。その爽快感たるや言葉で表しきれるものではない。

 いつの間にか、隕石が砕けたことで抜けたのだろう右腕部が戻ってきていたのでとりあえずドッキングさせ、これにて強羅も元通り。

 

 隕石と箱が一気に片付いたことにより、地球への脅威は大分削がれた。となれば後はザ・ワン本体を何とかするばかり……と行きたいところなのだが。

 

「あら、残念だわ。箱の中にいたバグと指揮官機の一部が健在のようね。こちらへ向かって来ているみたい」

 

 くるくると回りながらどこへともなく飛んでいく箱からまきちらされる小さな粒。それらの一つ一つは意思持つ無人兵器たるバグやその指揮官機であり、動ける物たちは多軸回転に陥っている自機の姿勢を必死に制御。

 おそらくは指揮官機の号令があったのだろう。何事もなかったかのように陣形を整え、こちらへの進軍を開始したのだ。

 

「総員出撃準備! 敵の数が減っているのに加えて、神上の無茶に付き合っているうちにザ・ワンへも十分接近した。あとは敵を殲滅しつつ一気に接敵! 内部へ侵入して各重要施設を破壊しろ!」

「了解!」

 

 しかし、もはや奴らの数はいつぞや地上侵攻に来たときと比べて見る影もなく減っている。あちこちぼんがぼんが爆発させながらすっ飛んで行く箱が隕石と激突した影響で大部分が稼動不能状態に陥ったのだろう。

 それでもまだ向かってくる心意気は立派だが、生憎その程度で止められるほどこちらの戦力も柔じゃない。

 

 千冬さんを筆頭としたIS学園専用機持ち軍団。次々とシャトルから飛び出しこちらへ向かってくるのは、俺の頼りになる仲間達。

 

「ここからは俺達も一緒だからな、真宏!」

『ああ、全戦力を結集ってのも燃えるぜ!』

 

「真宏、かっこよかったよ!」

『おっと。あ、ありがとな』

 

「あの、簪さんが真宏さんに抱きつくのはいいですけれど、IS着たままですわよね?」

「ガッツンていったわよ。男女が抱き合う音じゃないでしょ」

「でも強羅の装甲に頬ずりして幸せそうだから、いいんじゃないかな」

「……さすがは簪。剛の者だな」

 

 真っ先に飛び出してきた一夏とはISの硬い拳をぶつけ合い、そのあとに飛びこんできた簪は強羅の腕で抱きしめる。強羅越しで触れ合えないのが残念でしょうがないが、こうして近くに簪がいてくれるだけで俺の心のエネルギーはぎゅんぎゅん回復しようというものだ。

 そんな俺達の姿を箒達は呆れたような安心したような目で見てきているが、それはすなわち俺達がいつも通りである証。

 最大の敵、最悪の脅威のただなかにあっても変わらず勝利を信じるままにあるということだ。

 

「神上、まだ行けるな」

『ハイ、そのつもりです。むしろこれからが本番。滾ります』

「そうか。いい返事だ」

 

 そしてそんな俺達の勝利を信じる心を支えてくれるのは、俺達の先頭で敵の前に立ちふさがる一人の女性。世界最強にして、一振りの刃のみで天下を取り、今その世界を救わんとする千冬さん。

 世界で初めてISによって宇宙に飛び立ち、ザ・ワンという名の災厄を呼び寄せてしまった贖罪の時がようやくやってきたのだ。あるいはこの中の誰より千冬さんこそが悲願を達成できる喜びに震えているのかもしれない。

 

 誰しも心に秘めたる思いは異なり、しかし強さでは他の誰にも負けはすまい。

 あの星のため、未来のために力を振るう。これほど誇らしい戦いはないのだから。

 

 

 その喜びと誇りを胸に、俺達を勝利に導く女神ブリュンヒルデは、叫ぶ。

 

「難しいことは言わん。……どこかの誰かの笑顔の為に! 全軍突撃、ガンパレード!」

 

――オオオオオォォッ!

 

 迫るバグと指揮官機、迎え撃つ暮桜のブレードと俺たち全てのあらゆる武装。

 

 ザ・ワンと地球をめぐる戦いの最終局面の火蓋が切って落とされた。

 

 

◇◆◇

 

 

――破局噴火、という言葉を知っているかしら。

 

 まだ俺達がIS学園地下でバグの侵攻とザ・ワン出現の報を聞いたばかりのあのとき。ザ・ワンのざっとした概要を一夏ママが教えてくれた後、スコールさんが最初に言った言葉が、これだった。

 

 学術上の用語ではないのだけれど、と前置いて言葉を継ぐ。

 

「全部で5つあるロケットステイツは確かに巨大なミサイルだけど、それだけではおそらく町の一つも壊滅させて終わるだけでしょう。仮に核弾頭だった場合、そこを半永久的に草木も生えない焦土に変えることがあるかもしれない。……でも、それで終わり。人類、あるいは地球上の生命全体、あるいは地球全体で見れば、滅びを迎えるほどの脅威にはならないでしょうね」

 

 ザ・ワンに怒りをあらわにしていた時から幾分落ち着きを取り戻したか、誰に聞かれたわけでもないのにスコールさんは淡々と語る。いったい何を言いたいのかはまだわからないが、このタイミングでこんなことを言い出したのだ。それが聞き逃していいもののはずはない。

 

「それでもその“地球”なら、生命を誕生させたこの“地球”なら、生命を滅ぼしうる力を持っているのよ」

 

 まるでこれから究極生物とでも戦うかのような物言いだったが、状況から見ればあながち間違ってもいないのが恐ろしいところだ。俺達は固唾を飲んでスコールさんの言葉に聞き入り、一人だけ半分も話を理解できていないオータムが後ろの方で頭を捻っている。安定のバカっぷりである。

 

「その方法が、破局噴火だと?」

「破局噴火、というのは地下数kmにある巨大なマグマ溜まりが一気に噴火することよ。その被害は文字通り破局的で、全方位に広がる火砕流、太陽光を遮り地球環境を変化させるほどの莫大な火山噴出物、いずれをとっても今の地球上に住まう生物に深刻な影響を与えるものばかりだわ。……そして今一番有力な破局噴火候補は、アメリカのワイオミング州にある、イエローストーン国立公園地下のマグマ溜まりね」

「ワイオミング州……って、まさか!?」

 

 スコールが挙げた候補は日本においての知名度はそれほどでもないアメリカ合衆国西部にある山岳部の州と、そこにある国立公園。

 だが俺達は少なくとも以前に一度、確実にその名を聞いている。

 

「確か、セントエルモ事件で最初にミサイルが狙ったのが……」

「ご明察。イエローストーン国立公園のマグマ溜まりを監視していたザ・ワンの地上ユニットよ。残しておいてもいいことなんて一つもなかったから」

「あ、反陽子爆弾とか埋まってるわけじゃなかったんですね」

 

 そう、この名を聞いたのは、あのセントエルモ事件の折。世界各地が弾道ミサイルによって狙われた、ある種白騎士事件の再来とすら思われていたあの攻撃。実際の目標がザ・ワンの地上ユニットと篠ノ之神社の地下で聞いてはいたが、まさかその地上ユニットの目的が人類どころか地球生命全体の抹殺を企むほどのものだったとは、その時さすがに思っていなかった。

 

「ロケットステイツが撃ち込まれれば、その爆発力で都市ひとつを破壊するのがせいぜいだとしても、マグマ溜まりに刺激を与えて破局噴火の引き金とすると考えればおつりがくるほどと推測されているわ。折しも破局噴火周期の60万年にも近いし、油断はできない。それが私達旧ファントム・タスクと、ブリュンヒルデ達のお母様、そしてIS学園の判断よ」

 

 つまりそれは、あのミサイルは、そしてザ・ワンは一つも逃さず粉砕しなければまさに地球が危ないということに他ならない。

 

 その時は、さすがの俺も言葉がない。

 ジワリと空気に沁み込むように広がるのは俺達から放出された重い不安の空気。負けられないのはいつものことだし、負けるつもりは毛頭ないが、どうやらかなり大変な戦いになりそうだ。

 

「えーと……つまりあれだ、あのデカブツをぶっ壊せばいいんだろ? 任せろよ、スコール。そういうのはあたしの得意分野だ」

「あー、それもそっか、やるなオータム!」

「……神上くんがいると、オータムが二人いるみたいでちょっと安心するわ」

 

 そして、この期に及んでなお話をあんまり理解できず、極めて単純な結論に至るオータムがスコールさんと仲良いのは、この底抜けの単純さが色々な重責を担うスコールさんにとっての癒しだからなんじゃなかろうか。

 俺たちは揃ってそう思ったのだった。

 

 

◇◆◇

 

 

 スコールから聞いたその話を、簪は思い出す。

 

 白々とした照明の光が隅々まで照らす、直径100mはあろうかというホール状の空間の中央。壁面には回路基板のようなスリットが精緻に刻まれ、時折光が走っているのが見える部屋に、簪はいた。

 

 まるで何かの研究施設のようなここはしかし、人の作ったものではない。

 大気組成を分析してみたところ、地球とほぼ同じという結果が出ている。施設同士を結ぶ回廊のサイズや天井の高さ、いずれも人が使うことを前提としたかのように作られているこの場所は、しかし構造物からして地球で生まれたものではなく……月で作られた、ザ・ワンの中だった。

 

 

 強羅がISロケットメテオパンチによって豪快に箱を殴り飛ばしたのち、わらわらと湧いてきた生き残りのバグや指揮官機との戦闘を開始してしばらく。今度ばかりはザ・ワン本体への侵入を優先しての行動を心がけていた中、簪たち元からIS学園に所属していた専用機持ち生徒に集中して絡んでくる敵の一団があった。

 最初は単なる陣形の偏りかと思い、まとめて薙ぎ払う算段でいた簪たち。しかし敵は包囲を完成させた時点で動きを一気に変え、簪や楯無を筆頭に9人が敵に絡み付かれ、ザ・ワンの中へと引きずりこまれていったのだ。

 

 一夏の母が長い年月を費やして調べ上げた資料と、突入前に確認した自分の位置が正しければここはおそらく火器管制区画<ファイヤーステイツ>。

 人が作った機械や施設とは異なり、何らかの装置を設置する場所というよりは、この部屋そのものが一つの機能を発揮する回路、あるいは内臓であるかのような雰囲気が感じられる。これが人と機械生命との違いというものなのだろうか。

 

 他の仲間達がどこへ行ったかはわからないが、第一から第五までのロケットステイツやエレキステイツ、ベースステイツ、コズミックステイツなどなど、おそらくそれぞれの場所に一人ずつ引きずり込まれているのだと思われる。

 

「……あなたは、ひょっとして」

――……

 

 なぜならば、簪は今一機のISと対峙しているからだ。

 

 大量のバグにまとわりつかれていたのは、ザ・ワンの中へと入るまでの間。内部へと入るなりバグ達が自然と身を引いていったことに罠の気配を感じながらも、元々中枢区画を破壊するつもりだったため好都合と考え、壁に囲まれた狭い無重力空間内での機体制動に徐々に慣れながらたどり着いたこの場所に、一機だけ佇んでいた黒い機体。

 

 装甲、武装、身に纏う雰囲気。いずれもかつて見た姿とは異なっているが、それでも簪にはわかる。この機体は。

 

「箱と一緒に現れて……私に倒された、指揮官機、ISTD――インフィニットストラトス・テリブルディザスター――」

――……

 

 もとより返事が返ってくるとも思っていなかったが、この沈黙はそのまま肯定に等しい。

 

 あの時現れた指揮官機は、篠ノ之束によってこう名づけられた。人類に起源を発しない、驚異そのものの存在たるIS。人にとっての看過しえない強大な災害、Terrible Disaster。

 真宏はこの名を聞くなり「いかん、そいつには手を出すな!」と叫んでいたのだが……どうやら、そのギャグは冗談では済まないらしい。

 

 このISTDは、かつて戦った時と姿が異なっている。体は装甲を絞り込んで細身になり、武装は両手ともに何らかの銃器。戦闘力は底知れないがこの改造、おそらく簪に敗北したことを受けて、再度建造するのに合わせて自身に改造を施したものだろう。

 ザ・ワンの巨大さと、これだけのものと箱やバグ、ISTDを建設した製造能力を考えれば決して不可能なことではあるまい。間違いなく、あの時より強くなっている。

 そしておそらく他の仲間達もまた、今の自分と同じようにかつての敵より一層強いモノと向き合っていることだろう。

 

「……真宏」

 

 簪と打鉄・蓮華の能力に対して、何らかの対策が講じられているはずだ。それでいてなお勝利を収めることができるかどうかは、わからない。

 

 だが必ず勝つと、胸の中にあり今も勇気を与えてくれる彼の勇姿に誓った。握りしめた拳を開き、じっとこちらをバイザー越しに見詰めてくるISTDを睨み返す。

 それを合図と見なしたか、ゆらりと動き出す敵。

 

 全身機械の体でありながら、ざわざわと総毛立つほどの殺気を感じさせてくるこの黒いISこそ、簪が今打ち倒すべき敵なのだ。

 

 簪だけではない。

 真宏も、一夏も、箒や千冬たちも。

 それぞれがそれそれの場所で、最後の決戦を始めるときは、今である。

 

 

「早く真宏達のところに行きたいから……私を邪魔しないで!」


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