IS学園の中心で「ロマン」を叫んだ男   作:葉川柚介

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第56話「凄乃桜」

「こんにゃろおおおおおおお!!」

 

 ベースステイツ中央広間に、響く叫びがあった。

 渾身の力を籠め、闘志に満ち、それでいてままならない今の状況を許せないとばかりに荒ぶる叫びだ。

 

 ザ・ワンから生まれた怪獣はとりあえずISキラーザウルスと名付けた。このISキラーザウルスの本体はどっしりと腰を据え、触腕を駆使し、光線を放ち、ミサイルを撃ち込んでくる。

 唸る触腕はISのパワーにも匹敵する力を込めて凶悪な鋭さを示すかぎ爪を振るい、ギザギザと軌道の読めないレーザーが行く手を遮り、ミサイルが迫る。

一夏も善戦こそしたが巨体が生み出すパワーと異形がもたらす手数にかなわず、今。

 

――ギャオオオオッ!

「がふっ!?」

 

 ついに4本の触腕に両手足を掴まれ、床に叩き付けられた。

 

 白式は機動力を重視した機体であるだけに、装甲は薄い。一本一本で人の一人や二人は軽々と振り回し握りつぶすだろう触腕にかかれば、無重力空間でISをおもちゃのように扱うなどたやすいこと。ましてやそれが4本。身をよじろうと、白式のスラスターの推力の限りを尽くそうと、がっちり装甲に食い込んだかぎ爪から逃げ出せない。

 壁、天井、床と叩き付けられること三度。そのたびに白式の装甲が砕け、骨身を叩く激痛に一夏の顔が辛く歪んだ。

 肺の中の空気は1㏄も残らず吐き出され、代わりに口の中に漂うのはむせ返るような自分の血の匂いのみで眩暈がする。

 

「このっ、舐めるな!」

――ギャオッ!?

 

 だが、いつまでもやられている一夏ではない。辛うじて手放さなかった雪片弐型を手の中で逆手に握り、叩き付けられると同時に床へ突き立てた。一夏を再び引きずり出してどこかへ叩き付けようとしていたISキラーザウルスは予想していなかった抵抗に会い、その隙に一夏は全力で身をひねって触腕の中から抜け出した。

 無理をしたせいで装甲の一部が触腕の爪についたままとなり引きちぎれたが、このまま体ごとミンチにされるよりはマシだと割り切るしかない。

 

 床を蹴り、天井で跳ねて可能な限り距離を取る。これほどまでに機体が損傷してしまえばPICやスラスターの出力が安定して稼働することをあてにはできず、半ば自分の肉体を駆使するこういった方法が最も確実だ。

 

 十分に距離を取って刀は正眼に。彼我の状況を素早く確認する。

 

 

 自分自身。

 体中痛まない場所はなく、おそらくさきほどそこらじゅうに叩き付けられたせいで肋骨が何本か折れている。腕は幸いにして骨折のような大きい怪我がないが、そもそも刀とは全身で振るうもの。腕一つだけが無事でも意味はない。

 視界が赤くにじむのは額の傷から出た血が目に入ったからだろう。重力がないから多少体にへばりつくだけで、あとは流れ出るまま宙に浮いていくので邪魔にならなくて助かった。

 

 一方、相手。

 おそらく巨大な図体のせいだろうが、部屋の中央付近に陣取り動かない。まるで自分にだけは重力が働いてでもいるかのように床面に足をつけて立ち、さきほどは周囲を旋回する一夏に対して振り向く以外は一歩も動かず、触腕とトゲミサイルで全方位への攻撃を繰り出してきた。

 そして、これまでの戦いでつけられた傷、ほぼなし。

 

「くそ……半端じゃなく強いな」

 

 それが、一夏の偽らざる本音だった。

 

 これまで戦ってみてわかったのだが、まずあの触腕が異常なほどに強い。単純にパワーやスピードだけで考えても、一本でIS一機とほぼ互角という信じられない代物だ。それにおそらくそんな触腕が自在に動く土台たる本体自身のパワーも強大だろう。これまでは触腕に阻まれて近づくことすらできていないが、それでも懐に潜りこめなければ白式に勝機はなく、近づいたところで触腕の間合いに隙があるとも思えず、仮に近づけたところでミサイルを筆頭にむしろ本体の方が武装は多い。

 白式では、というよりもIS一機のみでは勝機を見出すことが極めて難しい、そう判断せざるを得なかった。

 

「でも、みんなが待ってるんだ!」

 

 だがそれでも一夏はじりと前に踏み出した。

 距離は遠く、間合いを測る意味などない。ただこのわずかな前進は、不安に逃げようとする心を叱咤するためのもの。決して逃げない、戦い抜く。その決意を自分自身に知らしめるための小さな、しかし確実な一歩だ。

 

 一夏には、こんなところで負けていられない理由がある。

 

「俺はまだみんなに返事を……告白の返事を出来てないんだ、お前なんかに負けてる場合じゃないんだよ!」

 

 箒たちから寄せられた思い。それが、一夏の心を支えて意地でも引くかこんちくしょう、という真宏のような精神状態にさせていた。

 

 なんだかんだであのあとすぐにこうしてザ・ワンとの戦いに赴くことになったため随分前のことのようにも思えるが、一夏が箒たち6人から告白されたのは、ほんの昨日のことなのだ。

 次々に一夏の前に現れて思いのたけを告げていった少女たちのことが脳裏に浮かぶ。

 告白するときの決意を秘めた表情、緊張に震える声、触れた温もり。告白を受けたあの時は、その本気にただ戸惑うことしかできなかった。

 愛やら恋やらという感情は一夏にとってどこか遠いもので、そのせいもあって朴念仁だの唐変木だのなんだのと言われていた。想いに応えることが、できなかった。

 だが今は違う。真宏と半ば喧嘩するような勢いで思いのたけをぶちまけ、眠れぬ夜に考え、今こうして戦いの中でも彼女たちとの思い出がよぎるほどに考え抜いた。

 

 失くしたくない。この手で守りたい。

 好きだと、愛していると言ってくれた彼女たちの身を案じるたびに一夏の中で大きくなった感情が、それだ。そしてきっとこれがそのまま答えなのだろうと、今の一夏は思い始めている。

 

 箒の赤い顔を見て思ったこと。

 セシリアの凛とした佇まいに感じた思い。

 鈴が教えてくれた覚悟の強さ。

 シャルロットが慕ってくれること。

 ラウラの切なる願い。

 楯無がなんかヘタレっぽくなりながらも明かしてくれた本当の気持ち。

 

 一夏はまだ、そのどれにも答えを返せていない。そのまま終わるなど、許されるものか。

 

「俺は……俺はなあ……!」

 

 雪片弐型を肩に担ぎ、スラスターにエネルギーをチャージしてイグニッション・ブーストをスタンバイ。白式が持ちうる最大速度をこの一撃にかけるつもりでエネルギーを込めて、同時に腹の底へ気合をためる。

 この心の中に渦巻く思い。今ならそれを力に変えられるはずだと信じて。

 

 一夏が踏み込むより一瞬早くISキラーザウルスの触腕が伸びる。だが今更止まることなどできるはずもなく、わずかに身をよじり、立てた雪片の鎬で触腕をそらしながら問答無用で突き進む。

 頬がかぎ爪で裂けて血が飛んで、雪片と触腕の間からはまぶしいほどに火花が散って目をくらませる。しかしそのまま触腕に沿って螺旋を描くように突進し、触腕の内側に入り込むことに成功した。あとは、まっすぐあの胴体を切り捨てるのみ。一夏はもとからそれしかできないし、それが白式にとってとりうる最良の戦術だ。

 

 一夏は叫ぶ。

 勝利を掴むための気合の声を。

 混じりけのない自分の思いを乗せて。

 

 

「俺は、みんなが大好きだあああああああああーーーーーっ!!!」

 

 

 後に一夏は知る。このとき完全に勢い任せの無意識でちょっと外道なこのセリフを口走ったことが、自分の未来を決めたのだと。

 

 

「……やばっ!?」

 

 一夏決死の反撃は、しかし残念なことに失敗に終わる。

 攻撃のタイミングを完璧に読まれた。気づいた時には最初に打ち出された触腕が離れ、代わりに上下左右前後、あらゆる方向から一夏を握りつぶさんと触腕の先の図太いかぎ爪が迫っていた。罠である。

 まるでリア充滅殺に燃えるがごとく、かぎ爪に満ちる力は強大だ。彼我の速度差と絶妙な配置からして、逃れられる余地はない。袋の鼠とはこのことか、と自分の選択ながら肝が冷える。

 戦いの中で研ぎ澄まされた感覚は、未来予知にも似た精度に至っている。あの爪に捕まり、潰され、引きちぎられる姿が目に浮かんだ。

 こういう時はじたばたしても無駄だ。腕の一本も犠牲に触腕を一つでも破壊した方がむしろ生き残る確率は高くなるはず。……数字にしてみたらほんの数パーセント程度な気もするが、それでも何もせず諦めるという選択肢は、今の一夏の思考に浮かぶことすらない。

 

「おおおおぉっ!」

 

 窮地に陥り、一瞬のうちにそう判断して一夏はさらに加速する。狙うは正面の触腕一本。他のことは何一つ考えず、とにかくまっすぐ突っ込んで、腕や足の一本や二本を犠牲にしてでも切り抜ける覚悟で立ち向かい。

 

 

「危ないことばかりするな、馬鹿者!」

「っ! この声!?」

 

 全方位を包囲していた触腕が、ブレード光波、衝撃波、高出力レーザー、とっつきじみた攻撃オーラ、レールガン、回転するシャボン玉によって吹き飛ばされ、無事に切り抜けることに成功したのだ。

 一夏ひとりでは到底得られなったこの結果をもたらしてくれたのは、一夏にとっての勝利の女神たちである。

 

「なんか一部の攻撃にツッコミ所もあった気がするけど……無事だったのか、みんな!」

 

「ふっ、当たり前だ。あの程度の奴ら、私が本気を出せば真っ二つに決まっているだろう……いかん、また体が動かない!? 絢爛舞踏絢爛舞踏っ」

「そうそう、ちょっくら空間ごとぶち砕いてやったわ……あ、衝撃砲が片方しかないのは気にしないでね」

「わたくしの狙撃の腕は百発百中でしてよ? ……スラスターもいよいよ壊れてビットがなければ考えるのをやめなければいけないところでしたけれど」

「見て一夏! 新しい武器が合体してなんかすっごいことになったよ!」

「ゲルマン忍法……意外と有効なものだ。クラリッサに本格的に研究させてみるか」

「あら、じゃあ更識家に修行に来てみる? 歓迎するわよ」

 

「って、みんな割とボロボロだー!?」

 

 6種の攻撃は全て箒たち仲間のもの。それぞれの場所での戦いに勝利し、ベースステイツへと駆けつけて一夏の窮地を救ってくれたのだ。誰一人として、完全に無事といえる者はいなかったが。

 ついでに、箒がなんか盛り上がってきたのか紅椿から盆踊りの曲が流れてきている。絢爛舞踏ってそういうものだったのか。

 

 手足にしか装甲が残っていない箒や、衝撃砲が一つなくなっている鈴などなど。誰もかれも見るからに満身創痍なのだ。

 紅椿は妙に装甲が色褪せていて、ときどき絢爛舞踏を発動してエネルギーをくみ出さないとリミットダウンしそうになっているし、衝撃砲が片方しかない甲龍はそこはかとなく頼りなさげだ。

 

「わたくしたちも、大変でしたから。楽して助かる命がないのは、どこも同じですわ」

 

 困ったように言うセシリアは、額のブリリアント・クリアランスが割れており、ビットもなぜかセカンド・シフト前の小型のものに戻っている。なんでもビットが破壊されてしまったせいで、各ビットの中に隠されていたこの通常型ビットを引っ張り出して使う羽目になったのだとか。

 

「でも一夏も無事みたいで、本当に良かったよ」

 

 なんか妙に晴れやかな笑顔のシャルロットは左手を力なく垂らし、右腕に巨大なとっつきを装備している。どうやら、セカンド・シフトで現れた5種の装備をすべてまとめて合体させたものらしい。

 

「ふ、ふふ……なかなかのピンチだったらしいが、何とか間に合ったな」

 

 ラウラはISの一部が目立ってなくなったりはしていないが、ふらふらと落ち着かない。乗り物酔いでもしているかのような、どこかうつろな表情だ。ラウラはラウラでかなりの無茶をしてここまで来てくれたらしい。

 

「ここからは、反撃よ。……いたた」

 

 そして楯無は……なぜか半裸だった。やたらと顔色が悪いのだが、それはそれで儚げな色気を無駄に漂わせている。いったい何があったのか、もともと装甲の代わりに水を纏っているようなミステリアス・レイディなのに操る水も少なくなっていて、しかもISスーツがあちこち破けている。傷だらけなのが痛々しいが、脇とか臍とか下乳とかがびりびりに破けたISスーツに隠されているだけ、という光景が目に入ってしまい、こんな状況だというのに一夏は少々目のやり場に困る。

 

 

「ま、まあそっちもいろいろあったみたいだけど……無事でよかった!」

「当たり前だ、一夏。……それより、さっき言っていたことなのだが」

「ぎくっ!?」

 

 新たな敵が現れたと判断したISキラーザウルスが新たに伸ばしてきた触腕を片手の刀で切り飛ばしながら、箒はそう言った。一夏に目を向けたまま触腕を一瞥することすらなく、そのズタボロのISでどうして、という疑問が浮かぶ余地もないほど鋭い一刀である。

 さっきのこと、とはまさに箒たちが姿を現す直前の、一夏のあの叫びとみて相違あるまい。なんとなく頬を染めているのが気になるところだが、一夏はついつい勢いで口走ってしまったことを思い出し、顔を青くする。

 

 いったい、何を言ってしまったのか。みんなが好きだなどと。それも、見渡す限り全員そろって顔を赤くしていることからして、聞かれているのも間違いない。

 もちろんその気持ちに偽りはない。今ではそう気づいている。しかしだからといって本気であれば許されるかというと、そのあたりかなり微妙なわけで。

 

 しかし。

 

「あれは……俺の、気持ちだ。今わかった。俺は、箒が、鈴が、セシリアが、シャルが、ラウラが、楯無さんが……みんなが、好きだ」

 

 しっかりと一人一人の目を見据え、宣言する。

 戦いの興奮の中でこぼれた言葉ではあったが、それは紛れもない一夏の本心。今日この時まで気づくことこそなかったが、確かに一夏の中にあった愛なのだ。

 

「一夏」

「り、鈴」

 

 おそらく最初に引きずり込まれたロケットステイツにつながっているだろう通路から広間の中へと、鈴が入ってきた。それまで全方位から睨みを効かされていたISキラーザウルスは先の迎撃を受けてからこちら、ズタボロのありさまでも鈴たちはいまだ侮れない実力を秘めているとみて警戒している。隙あらばすぐさま攻めてくるだろうが、そんなものは鈴にも一夏にもない。

 

 一夏の目の前にたどり着いた鈴は、真正面から一夏を見つめる。

 よく見れば、あちこち傷だらけだ。両腕はやけどでもしたのか赤くなっているし、顔中煤か何かで汚れてしまっている。甲龍の装甲もボロボロになっていて、いつもの様子は見る影もない。きっと、激しい戦いを潜り抜けてきたのだ。

 そんな決死の思いで助けにきてくれただろう彼女たちに自分が聞かせてしまった言葉。あまりにも優柔不断ではなかろうか。一世一代の告白をしてくれたのに、これではまともに目を合わせることなんて。

 当然といえば当然の考えに囚われる一夏。こんなことをしていられるような状況ではないと心の一部で思っているが、それでも自分は不義理ではなかったか。

 

 だが生憎とそう考えていたのは、一夏だけだった。

 

 鈴は、一夏との距離をさらに一歩分詰め。

 まともに顔を見れないでいる一夏の予想とは異なり、優しい笑みを浮かべ。

 

「んっ」

「……んむぅっ!?」

 

 顔を無理やり自分に向けさせて、キスをした。

 

 

「なっ……鈴!?」

「気にすることないわよ、一夏。みんなを好きだって、いいじゃない」

 

 唇を離した鈴の声は優しい。そして送られた言葉は、にわかに信じがたいものだった。

 一体どういうことか。敵が怪獣としか言えないモノだった、と分かった時以上の驚きに慌てふためく一夏であったが、その頬が再び何かにつかまった。細く柔らかい指がやさしく触れてきて、向けられた先にはきれいな金髪。

 今度の犯人はセシリアで、またしても唇が奪われる。

 

「んむっ、……ぷは。言ったはずです。わたくしは一夏さんを愛していると。その思いに応えていただけるのならば、それはこの上ない幸せですわ」

「い、いやでもだな……」

 

 まさか、そんなことでいのか。自分のことをたった一人の愛すべき者と認めてくれたのに。

 しかしどうやらそんな細かいことにこだわるものはいないらしい。今度はどことなくぶっきらぼうに首が引き寄せられ、その先に待ち構えていたラウラの唇が一夏の反論をふさいだ。

 

「ふふっ、二度目だな一夏。男の人はいくつも愛を持っているとクラリッサも言っていたぞ」

「いや待て、それは確実に何かが違う」

 

 思わず冷静になってしまうほどのラウラ理論。クラリッサとは何度か話したこともあるが、ラウラの教育方針について今度しっかりと話し合う必要がることを、一夏はこのとき痛感した。

 

「一夏。んっ」

「え、シャル……? あの、これって…………ん」

「んむっ。……えへへ、ありがとう一夏。僕は、僕たちは一夏が好きだよ。だから一夏も僕たちのことを愛してくれると、うれしいな」

 

 そして、シャルロット。ひょいと懐に入ってきて、目を閉じ唇を差し出してくる。てっきりまたキスされるのかと思っていたところに突然のこの態度。思わず一夏の方からキスしてしまったとしても不思議はあるまい。実にあざとい。

 

「あ、あの一夏君? 私は別にそこまでは……」

「はい会長、あと詰まってるんだから早くねー」

「きゃああっ!?」

 

 やることやってさっと身をひるがえしたシャルロットの次に控えていたのは、楯無だった。だが存外ヘタレなため、赤くなってためらうばかりで一向に近づこうとしなかったせいで、鈴に背中を蹴り飛ばされて一夏の胸の中に飛び込む羽目になる。

 そうなれば、顔を上げた時目の前にあるのは一夏の、愛しい人の顔。やたらと露出が多くなってしまったために触れあう肌の感触まで伝わり、そうであれば自然と唇を寄せてしまうのも、無理からぬことだろう。

 

「~~~~っ!」

「ちょ、この状況で何も言わずに逃げないでくださいよ!?」

 

 そして、キスの後唇を離し、我に返って逃げた。簪との関係のことで知ってはいたけど案外ヘタレだな、という感想を一夏はより強く思う。

 

「……と、いうわけだ。私たちは一夏の答えに不満などない。それでも、まだ駄目か」

「箒……」

「一夏が私たち全員を好きになってくれるなら、それは私たちにとっても嬉しいことだ。自分が一夏を好きな気持ちと、他のみんなもお前を想う心。その全てが満たされるんだからな」

「……そうか」

「そうだ。……だ、だからその証拠を……キスを、くれ」

 

 箒たちの覚悟と優しさ。その全てを一夏は知った。

 そして決めた。この思い、ひとつ残らず自分が叶えて見せると。

 このキスはそのための誓い。新たな決意とともに、一夏は箒に口付ける。

 

 

 そんないい雰囲気になった、直後。

 

「……そろそろ終わった?」

「うおおおっ、か、簪さん!?」

「い、いつの間に!」

「キスし始めたくらいから。あの怪獣が襲ってこないように見張ってた。……ふう。私も、早く真宏に会いたい」

 

 いつの間にやら一足遅れで合流していた簪に、一部始終を見られていたりする。別に隠すような間柄ではないし、ついうっかり自分たちの世界に入っていたさなかにISキラーザウルスをけん制していてくれたことは素直にありがたいのだが、この生暖かい視線たるや。

 真宏ならばいざ知らず、簪にはネタにするつもりなどまるでないのだが、同年代の少女に恋の成就をやさしく見守られるとかそれなんて羞恥プレイだ。

 

「……と、とにかくっ。あいつを倒す。まずはそれからだ!」

「そうだなっ! 可及的速やかに奴の存在を抹消してくれる!」

 

 簪の慈愛の視線に耐えきれず、無理やりテンションを上げる一夏たち。こうしている間にも紅椿の絢爛舞踏でエネルギーを回復し、準備は万全。もしISキラーザウルスが人間だったならばリア充を爆発させるべく怒りに震えていただろうが、あいにくとザ・ワンが生み出した防衛機構に過ぎないがために、しっとの力に目覚めることはなかった。

 

 

 気を取り直した一夏たち一同が並び立つ。無事な機体こそないものの、一夏たちは総勢8名。体に満ちる気合は十分すぎるほどで、勝利を信じて迷いがない。

 

――グゥルルルルル!

「触腕が増えた!? ……すごいエネルギー。触腕一本でISTD1機分に相当するエネルギーだなんて」

「簪ちゃんが言うなら間違いないわね……まったく、ボロボロの私たちにはちょっと荷が重いわよ」

「すごいことになってきたな……。まあいい。なら俺も、奥の手を使わせてもらうぞ!」

 

 しかしISキラーザウルスもまた、今が勝負の時だと理解している。周囲の床や壁の構成物を取り込み、箒たちによって切り落とされた触腕の全てを復活させ、さらに無数の触腕を生やしてきた。いつの間にか肩やら腰やらのトゲミサイルも復活し、復活というよりも完全体に進化した、とでもいうべき有様だ。

 しかし、口では弱音を吐いていても表情まで曇っている者は一人もいない。

 おそらくこの敵はこれまで倒してきたISTDよりも強い。先の戦いでは苦戦を免れえなかったが、今はもう不安など吹き飛んだ。

 仲間がいる、助け合える。

 

 そして何より、思いが通じた。

 唇に残る感触と、胸に灯る暖かさ。100万枚の装甲よりも頼りになる力が、今の箒たちには宿っているのだ。

 

 

「ここが正念場だ、もう出し惜しみはしないからな!」

――シギャアアア!

 

 動いたのは、怪獣と一夏たちでほぼ同時。かぎ爪を広げて迫る触腕に対し、ひるむことなく一夏が先陣を切って飛び込み。

 

「いくぞ、雪片弐型。そして……雪片!」

 

 愛刀雪片弐型を右手に。千冬の暮桜唯一の武装たる初代雪片を左手に顕現させる。

 雪片まで持っていることを知らなかった箒たちすらも驚かせた、一夏の二刀流である。

 

 

◇◆◇

 

 

「俺に、雪片を!?」

「そうだ」

 

 それは、この決戦に赴く直前、IS学園から蔵王重工本社へと大気圏離脱用のシャトルを移す算段をしていた時のこと。

 千冬に呼び出された一夏は、そこで雪片を託された。

 

「でも、一体どうして」

「わかっているだろう、一夏。これが、本当の最後の戦いだ。厳しい戦いになるはずだが、敗北は決して許されない。……本当はお前を巻き込むつもりはなかった。だが今となっては、お前も一緒に戦ってくれることを嬉しく思う。だからせめてもの手向けと思って、受け取ってくれないか。私が一番信じている刀なんだ」

「千冬姉……」

 

 そっと差し出された千冬の手に一夏が触れる。ひんやりとしていて細い、女性らしい手だ。しかし一度刀を握れば鬼神のごとく力強いものになることを、一夏は知っている。

 その力で何を斬ってきたのか。何を守るために戦ってきたのか、たった一人で、この手に余るどれだけのものを抱えてきたのかを、今の一夏は少しだけ理解していた。

 

 10年間。ISが生まれてからずっと、地球に危機をもたらした罪悪感にさいなまれ、自らに強くあることを課していた姉が、自分を信じて託してくれる、刀。暮桜と白式の間で滞りなくデータが転送され、待機状態の白式が空中に投影するスクリーンに雪片壱型の受領完了が示される。

 これで白式は雪片の壱型と弐型、双方を同時に持つことになった。

 

「……わかった、しばらく預かるよ。必ず勝って、帰ってくるから。千冬姉も、気を付けて」

「誰にものを言っている。私の周りでは誰一人死なせん。……だがとりあえず、このことはマドカには秘密にしてくれ。もしバレたらいつぞやのように『今夜いっしょに寝てくれないと許さない』とか言われそうだ……」

「言われたことあるんだ。そして言うこと聞かなきゃ許してもらえなかったんだ……」

 

 姉と妹の関係性について思うところがないでもない一夏であったが、ひとまず聞かなかったことにした。

 今重要なのは、千冬の信頼に応えること。自分たちみんなでこの星の未来を守るためにするべきは、それだけだ。

 

 

「じゃあ俺からの餞別はこれで」

「おい待て真宏。なんだその『食事処 ゆきひら』って書かれた幟」

「いざ出陣するわけだしな。背中に刺しとけ。ちなみに武器にはなるけど特別な能力は何もない、ただの幟だ」

 

 友からももらったわけだし。それを使うことはないだろうが。

 

 

◇◆◇

 

 

 そうして託された雪片の封印を、一夏は今こそ解き放った。

 両手に構えるのはよく似た二刀。かたや千冬をモント・グロッソ優勝に導いた伝説の刀、雪片。かたや一夏とともにずっと戦い続けてきた、展開装甲技術を導入された最新鋭の必殺剣、雪片弐型。どちらも最強のシールド破壊能力・零落白夜を使用可能であり、その莫大なエネルギー消費を恐れ、一夏はこれまで千冬から託された雪片を使うことができなかった。

 だが、もはや構いはしない。仲間が来てくれたのだから、恐れることなどあるものか。

 二刀を携え真っ先に敵に飛び込む今の一夏の目に迷いはない。

 

 

「いっくぜええええええ!」

「フォローするわ、一夏!」

 

 最先鋒は一夏と鈴。刀と青竜刀という違いはあれど、お互い二刀流にて剣を振るうため、呼吸はぴたりと合っている。

 鈴は連結させた双天牙月を投擲することも可能だが、今はあえてそれをしない。ISキラーザウルスから延びる無数の触手を前に武器を手放してしまっては、再び手に戻ってくるより先にやられてしまう。

 一夏と互いの背を守るようにめまぐるしく位置を変えて切り込み、正面から迫ってきた触腕を後方へ下がりながらひきつけ、伸びきったところで切り替えし、下方へもぐりこんでから一気に斬り飛ばす。

 

 だがまだまだ触腕は多い。一本を相手に二人で挑むならば好都合とばかり、背後から3本の触腕が新たに迫った。

 

「一夏さん、掴まってくださいまし!」

「わかった、セシリア!」

 

 しかしその触腕は、さらにその後方から迫るレーザーによって焼き切られた。高速巡航状態のセシリアによる狙撃である。一夏たちを助けざま、一夏はセシリアに言われるがままブルー・ティアーズにしがみつき、その場を離脱する。

 ビットを腰部装甲に取り付けたブルー・ティアーズの機動力は、本来のスラスターが使えなくとも並みではない。ましてや今はしがみついた白式の分の推力も合わさっているのだからISキラーザウルスの触腕であろうとも捕えられはしなかった。次々とあらゆる方向から迫る触腕をかいくぐり、空を掴んだ触腕は一夏によって切り捨てられる。

 その間も進行方向に狙いをつけていたレーザーライフルが、再びチャージ完了。高速移動をしながらも研ぎ澄まされたセシリアの集中力は、レーザーの射線上に5本の触手が同時に存在する瞬間を見事とらえ、一度にそれらすべてを焼き切った。

 

「一夏、今度はこっちに!」

「おう、いくぞシャル!」

 

 セシリアはそのまま速度を維持して牽制と狙撃に戻り、一夏は正面からやってきたシャルロットとすれ違いざまにセシリアから離れ、今度は右手のショットガンを乱射するシャルロットに飛びついた。

 すでに数本の触手を引き連れていたシャルロットは狙いやすい獲物と判断されたか、触腕が正面からも迫ってくる。だがそうなることはすでに予測済みで、だからこそ一夏をセシリアから預かったのだ。限界まで触腕を引きつけ、一夏がイグニッション・ブーストを起動。目の前から目標が認識不可能な速度で消えてしまった触腕は止まることもできず正面から激突して絡まり、その間に上方へ逃れていたシャルロットと一夏が武装をそれぞれ構えているのに気づいても、もはや逃げ場はどこにもない。

 雪羅の零落白夜クローが至近に迫った触腕をまとめてえぐり、後続の触腕は腰に一夏をしがみつかせたまま、まともに動く右腕のみで持ったバズーカでシャルロットが的確に撃ち落とし、熱風をあたりにぶちまけた。

 

「一夏、今なら近づける!」

「行くよ、一夏! せぇ……のっ!」

「って、いきなり投げるなよシャル!?」

 

 一夏たちのさらに上方から、加速をつけた箒が怪獣本体めがけて高速で迫る。千載一遇のチャンスと見たシャルロットはそのまま腰にしがみついて一応守ってくれていた一夏を容赦なくふん掴み、投擲。十分な初速をつけて箒に託した。

 なにはともあれ合流し、今度はしがみつくことなく並んで飛ぶ白式と紅椿。箒がちょっと残念そうな顔をしていたが目の前の怪獣に集中する一夏に気付かれることはなく、しかしきっちりとブレード光波で露払いを務めた。

 2機のISはどちらも高速機動を旨とする機体だ。仲間達の奮闘もあり触腕がだいぶ減った今ならば、刀の間合いに潜り込むことも不可能ではない。

 

「せええええいっ!」

「はああっ!!」

 

 斬撃一閃。しかし二刀を持つ二人であるため一度に4つの斬撃となり、そのうち二振りはあらゆるシールドを切り裂く零落白夜。たとえISであったとしても耐え切れないほどの威力である。ISキラーザウルスも涙目な踏み込みっぷりだった。

 しかし。

 

「耐えやがった!? ……こいつ、シールドじゃなくて装甲だけで防御してるのか。真宏みたいなやつだな!」

「馬鹿な、流し斬りが完全に入ったのに……っ!」

 

 二人の刃はその全てが弾かれた。驚いたことにこのISキラーザウルス、シールドの類は一切持たず装甲のみで体を守っていた。どこぞのロマンバカでもあるまいに。

 だが呆けてはいられない。ここは敵の懐なのだ、いつまでも残っていれば危険では済まないことになる。事実触腕の一部が胸部近くへ集まろうとしていた。

 

「一夏達は、やらせん!」

 

 その窮地を救ったのは、ラウラであった。怪獣の後方から正面へと回り込み、AICで一夏と箒が離脱する際邪魔になる触腕を次々拘束。そのままほかの触腕もろともISキラーザウルスの正面に着地した自分に引き寄せた時には、既にレールガンの発射準備が整っている。

 

「くらえっ!」

――シギャアアア!?

 

 素早く迫る触腕の、その何十倍も速い弾丸が放たれた。レールガン全体から火花を散らすほどの出力で加速された弾体はかすめるだけでも触腕を引きちぎり、真正面から一夏達が離脱したあとのISキラーザウルスの胸部にぶち当たる。

 これでなお貫通して風穴があかない強度は驚くべきものだが、それでもまったくダメージが届いていないわけではない。叫びの声色が変わり、確かに苦しげな響きが混じった。倒せない敵ではないのだ。

 

「私のことも、忘れないでよね! 水圧カッター、受けてみなさい!」

「一応、私も。ミサイルはほとんど撃ち落しておいたよ」

 

 更識姉妹もまた大暴れの真っ最中だ。楯無は高圧の水流を放ち、残り少なくなった触腕をその後ろの壁ごと切断して回り、簪も実は怪獣が触腕の隙間から放つミサイルをことごとく打鉄のマイクロミサイルで迎撃してのけた。このサポートがあるからこそ、一夏達は触腕の撃破だけに集中することができていたのだ。

 

 

 その戦いのさなか、一夏は思いのほか軽く振るえる雪片二振りの感触に驚愕していた。エネルギー消費がいつもの二倍になったことは恐ろしいが、それも時折すれ違いざまに箒が絢爛舞踏で発生させたエネルギーを補給してくれるために何とかなっている。

 こうなると、雪片はまさしく無敵だった。触れるそばから切れ飛ぶ触腕。斬撃の感触はほとんど抵抗もなく、巻き藁を斬るよりなお軽い。

 雪片が切り上げ、雪片弐型が横に薙ぐ。思った通りに体が動く感覚は、まるで刀に体が導かれているかのようだ。

 

 かぎ爪を斬った雪片がリンと鳴る。

 触腕を根元まで縦に裂いた雪片弐型がシャリンと響いた。

 

 楯無が最後の触腕を断ち切った時点で、ISキラーザウルスの攻撃能力はほとんど失われていた。

 全身に生えたトゲミサイルの影が薄かったのは発射とほぼ同時に仙里算総眼図によってあらかじめ読んでいた簪の放つミサイルに即座に迎撃されて弾が尽きていたからで、残る手段は本体の格闘くらいのもの。無論それもまた強力ではあるが間合いは狭く、そこまで近づかれてしまえば今度は小回りの利くISの一夏達が圧倒的に有利となる。

 

 ISキラーザウルスは、自分を取り囲む一夏達を前にして、そう理解した。

 

 そのことを一夏達は後に、この状況を分析して把握していた簪から聞かされた。

 だがこの瞬間、ISキラーザウルスの行動は簪が警告を発するより早かった。

 

――シギャオオオオオオッ!

「な、なんだ? ……よくわからんけどヤバい!」

 

 突如、全身をまばゆく発光させる怪獣。ハイパーセンサーは莫大なエネルギーの暴走を感知し、それを見るまでもなく状況が異常だと気付いた一夏達は一目散に距離を取る。ISが飛び回れる広さがあるとはいえ密閉空間。もしあの怪獣のやろうとしていることが予想通りならば、危険ではすまない。

 

 

 そして直後、ISキラーザウルスの光が最も強く輝くと同時に、爆発した。

 

 

「なんだ、自爆!?」

「いや、違う……奴は床を破壊したんだ!」

 

 爆風に吹き飛ばされながらも姿勢を制御し、相互に通信をつなぐ一夏達。幸いISのシールドバリアがあれば耐えられる程度の衝撃でしかなかったが、爆煙の動きが異常だった。ほとんど風が吹くはずもないザ・ワンの中にありながら、すさまじい勢いで煙が爆心地に向かって吸い込まれていく。というか、一夏達自身も周囲の空気ごと引き寄せられた。

 それはまさしくラウラが叫んだとおり、怪獣が自分の床を破壊し、宇宙空間へ脱出したことの証拠である。

 

「きゃああああっ、す、吸われるぅぅう!?」

「いや、むしろチャンスだ! 追いかけて一気に倒す!!」

 

 渦巻く気流に逆らわず、一夏達は宇宙空間へと飛び出していく。通り道となる隔壁類は全てISキラーザウルスが破壊していたらしく、破壊しきれず突き出て障害となっている部分にさえ注意すれば飛び抜けるのは容易だ。噴煙と暗さで視界は当てにならないが、ハイパーセンサーの導きを信じて一夏を先頭に一列になって突き進み、光が見える出口へと飛び出し。

 

――シギャアアア!

「ここで光線使ってくるのはバレバレなんだよ!」

「簪ちゃんのおかげでね!」

 

 簪が仙里算総眼図で予測していた、目の前に迫る怪光線を零落白夜のシールドでかき消して、ついに一夏達も宇宙空間へと飛び出した。

 

 眼前には、月。ザ・ワンの進行方向に対して後方に向かって飛び出したため、地球で見るのよりも幾分大きい月が光を放っている。そしてその月の光の中に浮かぶ邪悪な形の影こそが、ISキラーザウルスだ。触腕こそ再生しきれていないものの、優しい色の月の光を遮る禍々しい姿には、どこか肝の冷える恐ろしさがいまだ漂っている。

 

 だが、追い詰めた。あの広間の中ではもはや勝機がないと悟っての逃げの一手、待ち伏せの光線だったのであろうが、それも相手の考えを読むことにかけては随一の簪と、エネルギー系の攻撃を丸ごと無効にできる一夏がいるため切り抜けられた。

 もはやISキラーザウルスに勝機はない。箒たちが集結したときの焼き直しのように対峙するが、状況はまさしく一変している。

 

 ただ惜しむらくは、相手もまたそのことは理解しているということだ。

 敗北するくらいならばすべて道連れに、と考えるほどに。

 

「っ! ISキラーザウルスから巨大なエネルギー反応!? これは……まさか、進化するつもり!?」

「なんだって!?」

 

 ISキラーザウルスの姿が、変わった。月の光を背に、暗く沈んでいたシルエットがぐにゃりと歪む様はまるで泥人形が溶け崩れるようで、しかし時を追うごとに肥大化していくのを見れば、人は根源的に恐怖する。最初は月の中に見える一点に過ぎなかった影が、異形のものへと変貌していった。

 

「なん……だと……」

「大きすぎるんじゃないの、あれはっ」

「狙いやすくていい……のですけれど、さすがにエネルギーが心配ですわ」

「さ、さすがに一発じゃ打ち抜けないかもしれないね」

「あれだけの巨体になると、AICでも全身を一度に止められんぞ」

「私も、宇宙空間だとすぐに水が凍りそうで大変なんだけど……ここは氷属性にクラスチェンジするべきかしら」

「名前はISキラーザウルス・ネオで決まりだね」

 

 おそらく、ベースステイツから逃げ出す際に開けた穴は破壊するだけではなく取り込んで自分の体の材料にしていたのだろうと、一夏達は推測する。あれだけの体と質量を保持するには他に方法がないはずだ。

 一部コメントに緊張感というものがまるでなかったりもしたのだが、ともあれ事態が悪化したのは間違いない。せっかく残らず処理した触腕もまた続々伸びてきている上、さっきまでの戦いをもう一度繰り返すようなエネルギーはさすがに残っていないのだ。怯えることなどない仲間達は頼もしくてならないが、状況はまずい。

 

 上半身、というか腰より上の部分は先ほどまでと変わりないが、足から下は盛大に変化したISキラーザウルス・ネオ。巨大な円盤状の下半身から上半身が生えて、宇宙空間で進化したというのになぜか下半身には6本の脚が。

 デザインにツッコミ所は多々あるが、それでもハイパーセンサーは相手が保有する圧倒的なエネルギー量に警告を発している。あれでもラスボスレベルの力はあるのだろう。

 

 

 だがそれでも、一夏達は負ける気がしない。

 確かにISキラーザウルスは強いだろうが、どうやら地球出身ではないだけあって、世の真理を知らないようだ。

 

 

『いっくん。月は、出ているか』

『構うことはない。やれ、一夏』

 

「――おうっ!」

 

 最後の手段で巨大化した敵に勝ち目などない、ということを。

 

 

 ここはザ・ワンの外、宇宙空間。巨大な要塞であるザ・ワンの近くであるために影響を受けないわけではないが、仮にも地球の大気と同じ環境が保たれていた密閉空間である内部とは比較にならないほどに開けた空間だ。

 

 つまり、多少の妨害はあれどISのコアネットワークが外部とつながるということ。

 オープンチャネルに響いた束と千冬の声が、その何よりの証拠だ。

 交わした言葉は少ないが、長い付き合いなので大体意味は伝わった。束からの助力を得られるのだから百人力だ。

 ISキラーザウルスもその通信を傍受したか、一も二もなく一夏を狙って触腕を伸ばしてくるが、遅い。

 

 一夏は直上方向に飛び上がり、両手の雪片二振りを高く掲げる。白い刃が交差して、きらめく月の光を反射してこぼれる光は雪のよう。

 一夏が得た力と、千冬に託された信頼。そして今そこにもう一つの力を加える。

 

 

 何をする気かまではわからないし、そもそも何を言っているのかすらよくわからないが、一夏はとにかく束を信じた。月が出ているかと聞くからには月が見える位置に行けばいいはずだ。ISキラーザウルスを置き去りに高々と舞い上がった一夏に触腕が追従してくるが、そもそも白式の速度に追いつけるはずもなし。

 箒たちの目にもまぶしい光を放つ雪片に、今もう一つ。月から一直線に伸びる光が突き刺さった。

 

『月面に放置されてたザ・ワンのエネルギー施設を、ちょろっと遠隔で乗っ取ってエネルギーを送るよいっくん! これでそんなやつやっつけちゃって!』

『お前ならできる。斬り捨てろ、一夏!』

 

 はるか遠方、地球を守るためにバグと戦い続けていた千冬たちの声がする。

 気づけばだいぶ地球との距離も縮まっているが、どうやら千冬たちはバグをあらかた片付けることができたらしい。無事の声援に安心し、一夏はますます力が湧いてくる。

 

 そしてその力、すべてをこの刀に注ぎ込もう。

 

「輝け、雪片!!!!」

 

 気合と光が、爆発する。

 

 

 

 

 光が収まったとき、誰しもが一夏を見上げて言葉を失った。

 繭がほどけるように散りゆく光の粒子、その中に包まれていたのは、一夏の白式。自慢の刀を高々と掲げているのは変わらない。

 だが一夏の手の中に残っていたのは、ただ一振りの刀のみ。

 

 雪片のようでいて、雪片弐型のようでもある。月が照らすのと同じ、黄金色の光を花弁のように散らす、この世のものとも思えぬほどに美しい、刀であった。

 その内に秘めるのは、莫大という言葉ですら言い表せないほどのエネルギー。全てのエネルギーと対消滅する零落白夜そのものが質量をもったかのごとき威圧感は、ただそこにあるだけでISキラーザウルスを圧倒し、触腕の動きを止めさせた。

 

 これこそが一夏の持つ力の究極形。

 暮桜の雪片と、白式の雪片弐型が融合して生まれた新たな近接戦闘用ブレード。その名は。

 

「銘、<凄乃桜(スサノオ)>……っ!」

 

 しゃらん。

 振り下ろす一挙動で光の粒子をまいて、その名がここに刻まれた。

 

 

「ぉおおおおおお!!」

――!?

 

 一夏はさらに上昇する。イグニッション・ブーストを起動し、大気圏内であれば音速に相当する速度を軽々越える。ただひたすらにISキラーザウルスの上方へと飛び上がっていき、我に返ったISキラーザウルスが箒たちのことを無視して全ての触腕で一夏を追いかける。

 箒たちもまた本来は侮りがたい戦力なのだが、ISキラーザウルスは感じている。あの刀は、よくないと。冷たい制御装置に刻まれる戦闘頭脳の中を駆け巡る、戦いの本能ともいうべき本来ありはしない直感が、そう告げているのだ。

 

 触腕は一夏を追う中で全てをねじり、より合わせていく。たとえ一本や二本が切り裂かれたとしても、最後に一本でも届きさえすれば、白式の脆弱な装甲をズタズタに引き裂くことも可能だ。それだけの力が触腕には備わっている。

 だが。

 

「ふんっ!」

――! ギャオオオオオ!?

 

 シャン、と燐光が軌跡を辿る一閃が、触腕に向けて振るわれた。その時触腕は刀の間合いのうちになく、より合わさった太さは人を丸ごと飲み込む龍のよう。ちょっとやそっとで斬られることなどありえない。そうと信じた触腕が、ぞっとするほどなめらかな切り口を残して切り裂かれたのだ。

 

 凄乃桜に斬れないものは、理論上存在しない。

 刃の先端に単分子上に反物質が生成されており、触れた物質はことごとく対消滅してしまう。本来ならば反物質と通常の物質が触れた際に莫大なエネルギーが発生して一夏もただでは済まなくなるが、それを支えるのが刀身を形成する零落白夜である。

 全てのエネルギーと対消滅する零落白夜。その性質をもったエネルギーが反物質と通常物質のうち消滅によって発生したエネルギーを消し飛ばしているのだ。

エネルギー体は光と散らし、質量をもつものならばその質量すらもエネルギーと化してゼロへと返す。それが千冬と一夏のワンオフ・アビリティ、その行き着く先。

これぞ<月光剣・零落白夜>である。

 

 

「いけっ、一夏!」

「しっかり決めないと、承知しないわよ!」

「勝利は、すぐそこですわ!」

「一撃で、やっちゃえ!」

「教官の力もあるのだ、負けるはずがない!」

「頑張って、一夏君!」

「一夏の究極必殺っ、真宏のためにも録画しておかないと!」

 

 十分な距離を稼いだ一夏は、今度はそのまま急転直下。重力こそ働かないものの、白式渾身の加速はISキラーザウルスの対応できる速度をはるかに超えている。

 一夏が目指す先は凶悪な面構えを備えた本体。だが、その途中を邪魔するものがある。一夏を狙って伸ばされ、より集められた触腕の残りだ。天へと延びる龍のごとく、太く強靭なその全て。極めて邪魔である。

 

 ゆえに一夏はまっすぐに、自分と一緒に刀もまた振り下ろす。

 自分の魂そのものであるこの刀に、自分が守りたい全ての人たちの希望を乗せて。

 

 これぞ、一夏の必殺剣。

 

 

「陽派、篠ノ乃流!!」

 

 凄乃桜に斬れないものは存在しない。刃の触れるところ、あらゆるものは両断される運命にある。

 白式の最高速度で飛び抜けた一夏は、一切止まることなく数十メートルの長さに延びた触腕を真っ二つに切り裂いて。

 

 

「衝天七星!」

 

 

――シ、ギャアアアアアアア!!?

 

 そのままISキラーザウルスの体が真っ二つに断ち割って、宇宙の虚空に散らすのであった。

 

 

◇◆◇

 

 

「か、勝った……?」

「やった、やったぞ一夏!」

「あっ、箒ずるい! 一人だけ絢爛舞踏でエネルギー回復してるからって抜け駆けするんじゃないわよ!」

 

 コアネットワークに響くISキラーザウルスの断末魔の叫びが途絶え、宇宙に本来の静寂が戻る。その静けさを破ったのは、珍しく歓声を上げた箒だった。一も二もなく一夏に飛びつき、力いっぱい抱きしめる。

 咄嗟のことで対応しきれない一夏は、PICで制動することも忘れて箒とくっついたままくるくると回っているばかり。だがしっかりと腰のあたりを掴んで支えているあたりは、ハーレム願望を自覚して吹っ切れた証だろうか。

 

「箒さんの行動はあとで話し合う必要があるとして……まずは、お疲れ様ですわ一夏さん。ご無事でなによりです」

「雪片がまさかなんでも斬れるようになるなんて、驚いたよ」

 

 セシリアとシャルロットが安堵の笑みを浮かべて近づいてくる。戦いの中にあっては頼もしい彼女らだが、まぎれもなく一人の少女。一夏の身を強く案じてもいたのだ。

 

「教官と一夏の力が一つに……感慨深いな」

「反物質なんて、また恐ろしいものを使うのねえ。お姉さん驚いちゃったわ」

 

 表情の変わらないラウラと、表情からは内心が読めない楯無もまた一夏のそばに寄ってきた。どちらも体中あちこち傷だらけで、どれほど厳しい戦いを潜り抜け助けに駆けつけてくれたのか、考えるだけで頭が下がる。

 

『いっくーん! 束さんも頑張ってハッキングしたんだよー、お忘れなくー!』

『よくやったな、一夏。……雪片がどうなったかは、今は聞かないでおいてやろう』

「うぐっ!?」

 

 そしてザ・ワンから現れたバグを駆逐していた千冬たちとも通信がつながるようになった。マドカやスコール、オータムにくーちゃんの活躍もあり、既にあらかた倒し終わったのだという。

 展開したままだとエネルギーをバカ食いするためにしまってあるが、一度融合したものを再び分離して千冬に返せるかどうか。いざとなったら束に泣きつくか、真宏にその時不思議なことが起こったでもしてもらうしかないだろう。ヤツなら何とかできる気がする。

 

 

「ありがとう。みんなが来てくれたから勝てた。すごく、力になったよ」

「ん……、そうか」

 

 ともあれ、今は勝利を祝う気持ちを素直に伝える。今までもずっとそうしてきたことだが、思いが通じていると不思議と感じ方も違うもので、何故だろう。いつも通りのみんなの笑顔が、今は妙にくすぐったい。

 

 

 などと甘い勝利に酔っていられた時間は、実のところそう長くはなかった。

 

「! 楽しんでいるところを悪いけど、見て! コアネットワークがザ・ワンの中ともつながるようになってる!」

「ザ・ワンの中……真宏!?」

 

 それまで、一夏達の世界に入るような野暮はせず離れたところで陰ながら祝福していた簪が、突如として叫びをあげる。

 打鉄が告げてきた状況の変化、これまでザ・ワンの影響で遮断されていたISのコアネットワークの障害が除去されたのだ。おそらく、ザ・ワンの核ステイツをつなぐ要であるベースステイツの主、ISキラーザウルスが機能を停止したことで妨害が止まったのだろう。今ならばザ・ワンの中にいまだ残っている真宏とも連絡が取れるはずだ。

 

 一夏達とて、真宏のことを忘れていたわけではない。目の前の脅威が片付けば、むしろあんなに美味しい場面に顔を出さなかった真宏の身が案じられる。なんだかんだでタイミングのいいあの男が、これだけ派手な戦いに出てこないとはいったい、何が。

 ちょっとやそっとでは死ぬはずがないという確信もあるにはあるのだが、それでも急いでコアネットワークにアクセス。強羅の反応を辿ってリンクを形成し。

 

 

 視界に投影された強羅の映像は。

 人ひとりくらいならばたやすく握り潰せるだろう巨大な拳に殴りつけられ、力なく壁に埋まった姿であった。

 

 

「……真、宏?」

「おい……どういうことだよ、真宏っ! 返事しろ!!」

 

 

 砕け、ところどころ内部構造を露出した装甲。白鐵はその背になく、周囲を漂う白く薄い破片はおそらく白鐵の翼の一部だろう。普段から無駄に力に満ち満ちた四肢はだらりとのびて、首はゆらゆらと揺れるばかり。

 暑苦しいほどに光を放つはずのカメラアイはひび割れて影の中に沈んでいる。

 

 完全敗北。

 

 諦めるという概念をそもそも知らないのではないかと思われる真宏と強羅に似合わぬその言葉が、一夏達の脳裏を過って言葉を奪う。

 

 真空の闇より冷たい沈黙に包まれながら、一夏達は、はるか彼方の千冬たちは冷水を浴びせられた心地で思い知る。

 

 戦いはまだ終わっていない。

 真宏にピンチが、迫っていた。


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