IS学園の中心で「ロマン」を叫んだ男   作:葉川柚介

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最終話「ロケットパンチは外れない」

 スゴゴゴゴ、ズシン。グレート強羅が脚部からのスラスター噴射で勢いを殺して着地する。重力がないので本来起こりえないのに何故かなされたその挙動、物理的妥当性の有無はさておき、とりあえずかっこいいからよしとしよう。

 

 コズミックステイツの中で向かい合うグレート強羅とコアジャイアント。状況は初めて対峙した時とほぼ変わらない。

 お互いほぼ無傷で真正面からにらみ合っているがサイズの差は圧倒的で、見上げるコアジャイアントのうっすらと光を宿す両目ははるかな高みから見下ろしてくる。

 

 だが、はっきりと違うことが一つ。

 今の俺とコアジャイアントは、まぎれもなく対等だった。

 

――!!

『むっ』

 

 コアジャイアントの体からにじみ出るようにして現れたいつもの光弾。しかし少々数が多い。ざっと100個ほどがコアジャイアントの周囲を高速で旋回し、しかもバチバチとスパークしているところからして、あるいは先ほどまで以上の威力も備えているのだろう。

 そして、すぐさま全てがグレート強羅めがけて殺到した。光弾ひとつでも直撃すればISのシールドを盛大に削るほどの威力があるのは、先ほどまでの戦いで知っている。いかに強羅といえど、あれだけの数を受けてしまえば絶対防御の発動は免れなかっただろう。

 さっきまでの、強羅ならば。

 

 

 迫りくる光弾に対して俺が取った手段は単純だ。ずん、と一歩踏み出し両の拳を腰に当て。

 

『ふんっ!』

――!?

 

 雄々しく胸を張り、全弾この身にあますことなく直撃させたのだ。

 

『――真宏ー!? おいなにやってんだあのバカ!』

『――この期に及んでも、相変わらず過ぎるっ!』

 

 さすがのコアジャイアントにとっても、全く避けるそぶりすらなくむしろぶち当たってくるというのは予想外だったのだろう。次弾装填の準備はなく呆然と、あるいは警戒もあらわにこちらの様子を伺っている気配がわかる。

 

『まだわからないのか、コアジャイアント』

 

 まったく、賢くてつまらない。このまま畳み掛けようとしてくるならば、こちらも相応の火力で応戦してやったというのに。

 もうもうと立ち込めていた煙は腕の一振りで払える。クリアになった視界の中に姿を見せるのは、当然グレート強羅。あれだけの数の光弾の直撃を受けてなおびくともせず無傷の、美しいほどに分厚い装甲だった。

 

 ここまでたどり着くための力は、簪と俺の勝利を信じてくれる全ての人がくれた。

 グレート合体などという、もうテンション上がってしょうがないシチュエーション実現のための鍵は、一夏達がくれた。

 これだけの希望とロマンを託されて、それで滾らぬ男はいない。俺の力は、全て皆からもらったものなんだ。だから。

 

『俺は、もう一人じゃない!』

 

 負ける気なんてまるでしない。溢れる勇気が力に変わり、光弾では埒が明かないとみてか拳を握るコアジャイアントに向かって、俺も真正面から飛び込んだ。

 

 

『おっしゃああああああっ!』

――!

 

 比較するのもバカバカしくなるほどにサイズ差のある拳同士が真正面から打ち合った。速度こそ同程度だが質量はサイズ比そのままに差があり、パワーも同様……だった。さっきまでは。

 

 しかし今は違う。グレート強羅の出力は元々パワーファイターであった強羅の性質を生かし、さらに増幅したものとなっている。激突の瞬間周囲に衝撃波をまき散らしながらも一ミリとて退くことなく、見事にコアジャイアントの拳と拮抗して見せる。

 

 いや、それだけではない。

 

――キュイイイイッ!

 

 背部の白鐵が高くいなないた。白式の装備を直に受け取った白鐵は。自身のスラスターを高機動機体である白式のそれから学んでさらに効率的に大出力のスラスターへと変化させていて、白い噴射炎を吐きながらグレート強羅をさらに突き進ませる。

 

 拳の拮抗は雪崩のように崩れ去った。

 強羅の勝利という形と、自分よりはるか小さいISに拳を弾き飛ばされるコアジャイアントの姿を取って。

 

 

『ハッハー! 強羅は肉弾戦だけじゃないぞ!』

 

 コアジャイアントを殴り飛ばした勢いで両手に展開するのは、お気に入りのグレネードランチャー。倒れながらも体勢を無視して放たれる光弾の雨あられの中に迷わず突っ込み、しかしこれだけはかばって進み、弾幕を抜けるとそこは十分すぎるほどの射程圏内。グレート強羅の力強い驀進を止められるものはなく、相手のどてっぱら正面で情け容赦なく大口径グレネードをぶっ放す。

 

 轟音と熱風の炸裂。コアジャイアントを吹き飛ばし、同時に強羅も反対の壁まで吹き飛ばす巨大すぎるほどの爆発が起きる。しかしそれは元々織り込み済みのこと。グレート強羅の防御力からすれば自爆上等の攻撃も立派に戦術の一つだ。

 

――グオオオオオッ!!

『うおわー!?』

 

 だが、頑丈さで言うならばコアジャイアントも並ではない。一応はコズミックステイツの構造物と同じもので体ができているだろうに、流体金属のような挙動を示して体を構築していたせいもあってかグレネードの影響はほとんど見られず、巨体を噴煙の中から突き出してきた。今度は蹴り。しかも速い。

 進化した白鐵の恩恵もあってグレート強羅はこれまでよりもましな機動性を得ているが、それでも根本的に避けるということをしてこなかった俺に回避しきれるような速度ではない。真正面からすっ飛んできた壁のような足の裏が激突。そのままコズミックステイツの壁に叩き付けられ踏みにじられる。

 

――オオオオオッ!!

 

 しかも、それだけでは終わらなかった。グレート強羅の中で俺の体が痺れるほどの衝撃の余波が残っているのに、重力操作でもしているかのような飛行方法を取っているらしいコアジャイアントは俺を壁との間で踏みつぶしてもなお止まらない。壁にめり込んだのは一瞬だけで、巨体が持つ質量と速度はコズミックステイツの壁面をしてすら耐えられるものではなく、びしりとヒビが入りそのまま壁一面が砕け散った。

 

 まだ止まらない。コズミックステイツはザ・ワンの中枢であるため、壁の向こうは宇宙空間ではなくまだザ・ワンの中すぐに次の壁がある。

 その壁に向かって蹴りつけ続け、また叩き付け、破壊。さらにその先のもう一枚、そしてさらに次の一枚の壁を変わらずグレート強羅ごと蹴り破り、ついにグレート強羅とコアジャイアントは、宇宙空間へと飛び出した。

 

 

『……調子に、乗るなあっ!』

 

 おそらく、コアジャイアントにとって広いとは言えないコズミックステイツ内で強羅を相手にするのは分が悪いと判断したのだろう。グレート強羅はあの程度の攻撃ではびくともしないとこれまでの戦いで分かっているだろうから、これは単なる仕切り直しのための牽制だ。……牽制のためだけに壁ぶち破って宇宙へ出るとか、なんかますます俺好みになってくるな!

 なので俺もとりあえず叩き付けられる壁がなくなったのでこっちを蹴ってきていた足を蹴り返して距離を取り、ミサイルを両肩に展開して一度に10発ほど叩き込む。相変わらずその程度ではろくなダメージにならないが、今のは単なる憂さ晴らし兼仕切り直し。お互い周りを気にせず戦える場所に来たここからが、情け容赦のない本番だ。

 

 眼下にザ・ワン。左右はるか離れたところにそびえる崩れかけた塔のような残骸は、箒たちに機能を破壊されたロケットステイツのなれの果てで、風穴があいているものや輪切りになっているものなどなど、破壊の爪痕が凄まじい。というか5つあるそれぞれのロケットステイツ一つに一人ずつ入っていったらしいのにあの破壊は一体どういうことなのか。人のことは言えないが、箒達も頑張りすぎだろう。

 

 そんな広く虚無の支配する宇宙空間で繰り広げられる最後の決戦は、崩壊寸前の宇宙要塞を足元に。そして、青く輝く地球を天に掲げて、終局を迎えようとしていた。

 

 

『いけ、白鐵! フェザーファンネル!』

――キュイッ!!

 

 グレート強羅は一夏達の力と技を受け継ぐ機体。ゆえにその武装もまた豊富だ。宇宙空間に出たことで思う存分動けるようにもなったことだし、俺は迷わず強羅が教えてくれるがままに新しい武装を使う。

 その一つが、これだ。

 白鐵の翼を形成する羽の一つ一つが分離独立。鋭角の軌道を描く変態じみた動きで周囲に散り、コアジャイアントに向かって殺到する、ブルー・ティアーズのビットの再現だ。

 

――!!

『無駄無駄ぁ!』

 

 強羅が珍しく手数に頼ったとみてコアジャイアントも光弾をこれまた無数に生成。一斉に放ってくるが、生憎と今度はこっちも負けてはいない。

 ブルー・ティアーズのビットと遜色なく……とは言えないが、それでも強羅の一部とは思えないほどの速度で飛び交う無数の羽が宇宙を飛翔し光弾の群れに真正面から激突。交差の瞬間、羽は自ら光弾に飛び込み崩壊させ、グレート強羅とコアジャイアントの中間に無数の光の花を咲き誇らせた。

 

『――ビットの扱いも、まあ合格ですわね。お見事ですわ、真宏さん』

『お褒めに預かり光栄の至りっ!』

 

 それはまさに宇宙の花道。今の強羅が突き進むのにふさわしく、背中に残った白鐵本体のスラスターで加速し突撃すれば、高速で背後へ流れる光が美しい。セシリアからのお褒めの言葉を受けながらコアジャイアントへすぐさま接近する。

 いかに白式と合体したとはいえ、それでもグレート強羅の速度はたかが知れている。だが強羅であると考えれば驚愕に値する速度で、コアジャイアントが振るった拳が空振りするのも無理はない。そして懐に入り込んでしまえば、あとはその巨体が災いして対処することもまた不可能となるのが巨人の弱点。少なくとも、次の一手を繰り出すくらいの時間は稼げたはずだ。

 コアジャイアントの腹に右手をついて、逆の左腕にはいつの間にやら戻ってきていた羽を集めていく。羽は整然とフライホイールを形成、白鐵の左翼が変形した長々とした杭つきの装備を右手に装着し、コアジャイアントのどてっぱらに風穴を開けるべく高速で回転しだした左腕のフライホイールを右腕に叩き付ける。

 準備は完了。放つ技の威力は絶大。長大な杭の破壊力と、そのときついでに杭の加速で圧縮された空間自体も叩き付ける、その名も。

 

『さあお返しだ、しっかりくらえよ……ノットパニッシャー、インパクトオオオオ!!』

――!!??

 

『――やった! きっとやってくれると信じてたよ真宏!』

『――なんでシャルロットのとっつきと甲龍の衝撃砲混ぜてるのよ!? より一層変態っぽいじゃない!』

 

 コアジャイアントの鳩尾が、その一撃を受けて抉れたかのようにヘコんだ、ように見える。実際にはそんな変形をしたわけではなく、圧縮した空間を開放し、その反発によって歪んだ空間が視覚的にそう見えただけだ。

 とはいえ視覚的な変化は幻のようなものだが、物理的にそういう現象が起きてもおかしくないほどの衝撃が発生してもいたりする。続いて飛び出した杭が突き刺さったコアジャイアントは体をくの字に折り、グレート強羅とのサイズ比を考えれば滑稽なほどの速度でぶっ飛びその背をザ・ワンに叩き付けられた。

 それを見て喜ぶシャルロットと嘆く鈴。変種とはいえシャルロット的にはこれも立派なとっつきなのだろう。変態的な威力に対して、二人から惜しみない賞賛が浴びせられた。

 

『――おわあああっ!? ゆ、揺れるううう!?』

『――きゃあああっ! い、一夏何故そこで私の胸に顔を押し付ける!』

『――しょ、しょうがないだろ事故だ事故……って、またか!?』

『――なんで今度はこっちに……っひゃああん!? お、おしり触ったわね一夏!?』

『――真宏っ、私は大丈夫だから! ……一夏の代わりに、真宏だったらよかったのにとは、ちょっと思うけど』

『――簪ちゃんの貞操は私が守る! って、きゃぁんっ!? い、一夏くんの手がISスーツの中に!?』

『――うわあああ、すみません楯無さんっ!』

 

 しかし、さすがにお互い凄まじい火力の戦いをしているだけに一夏達もただでは済まない。コアジャイアントが激突したことによる激震は一夏達のいるマグネットステイツにも届いているようで、どうやら一夏が平常運転で大変愉快なことになっているらしい。箒たちの悲鳴もいつものような照れてばかりのものではなく、どこか満更ではないような声色になっているあたり、関係に進展があったようで嬉しい限りだ。

 

 ようし、せっかくだしコアジャイアントへの勝利をお祝いに飾るとするかね。

 

――ガオオオオオッ!

『よっしゃこいやあああ!』

 

 ギャグのごとくコアジャイアント型にひしゃげたザ・ワンから身を離したコアジャイアントが、コアネットワークに響く咆哮とともに打ち付けられたベースステイツ部分から離れロケットステイツに向かった。そこではさっきまで箒あたりが戦っていたのか、ロケットステイツが半ばからすぱりと輪切りにされていて、あたりをはがれた構造材が漂う危険なデブリエリアとなっている。

 コアジャイアントはそれらにぶつかるのも構わずそのまま巨大なガレキの一つに取りつき、壁を引きはがし、投げつけて来る!

 全身のパワーを振り絞ってはがした壁は巨大で、今の強羅の機動力でも避けられるサイズではない。まさしくの文字通り壁が迫ってくるのだ。

 

『なんの、壁があるなら壊せばいいだけのことだろうが!』

 

 しかしそんなものは牽制だろう。グレート強羅にとってこの程度の障害を越えるなどたやすいこと。体の中の内なるダーク強羅に力を借りるぞと囁いて、壁に向かって突き出したのは左足。瞬時に形成されるのは雄々しいドリル。

 今になって考えてみれば、蔵王砲で一夏達のシャトルを追いかけた時にドリルモジュールを使ったときも、同じくダーク強羅が力を貸してくれたいたのだろうと思う。だから今度もありがたくその力、使わせてもらう。

 

『ISドリルキィィーーーック!!』

 

 一応金属のように頑丈なその壁を、しかし絞るような模様を残して蹴り貫くグレート強羅。今の強羅をその程度でどうにかしようと考えるほうが間違いではあるが、残念ながらコアジャイアントも馬鹿ではない。最悪なことに、コアジャイアントは壁のすぐ向こうで俺を待ち構えていた。

 

――ガアアアアアッ!

『おおおおおっ!?』

 

 ここにきてコアジャイアントはなりふり構わなくなったのか、行動に変化を見せた。これまで断固として人型を崩すことはなかったが右腕が変形。手首から先がブレードとなって真正面から垂直に斬り下してくる。

 なんだあれでけえ! まともに食らったらさすがにジョーカーエクストリームだぞ!?

 

『白鐵ェ! ふんぬっ!!』

――キュイイイイッ!

 

 死なないため、ビビるより先に瞬時に白鐵に命令。両翼が俺の手の中で変形して羽を刃とした長剣形態となり、刀身10mはあろうかという光が固まったようなブレードを真っ向から受け止める。

 

『――……なあ、剣術ってああいう風に巨人の剣を気合で受け止めるものだったっけ?』

『――わたくしは剣術のことはよくわかりませんが、強羅と真宏さんなら仕方ないのではなくて?』

『――しかも、今は合体までしちゃってるし。きっと不可能なんてないんだよ』

『――それに、あれは技ではなく単純な力だ。気を落とすな、一夏』

 

 PICで何もない宇宙空間に足を踏ん張り、力を拮抗させるコアジャイアントとグレート強羅。コアジャイアントの巨体とパワーに任せたブレードは巨大でありながら刃が鋭く目の前にあると正直かなり怖いが、今の俺とグレート強羅ならば、相手がどんなに強大なパワーを秘めていようが負ける気なんて全くしないッ。

 

――ガアアアアアッ!

『うおっ、折れた? ……って、マズイ!』

 

 とかなんとか思って気合を入れたのが逆に悪かったのか、気づかぬうちに罠にはまっていた。ブレードにコアジャイアントの力がさらに強く込められたそのとき、右腕ブレードが白鐵の長剣と斬り合っている場所からぽきりと不自然なほどあっさり折れた。これはチャンスか、と思っていられたのはほんの一瞬。コアジャイアントは初めから織り込み済みだったかのようにいつの間にやら距離を取っていて、折れた剣先は俺のすぐそばで球体となって光が漏れ。

 

 予想に違わず爆発し、グレート強羅を軽く飲み込む巨大な白光となった。

 

『――真宏ー!? 死ぬとは思えないけど一応大丈夫か!?』

『……よくわかってるじゃないか一夏! 少々焼け焦げたがなぁ!』

 

 爆発が収まるより先に飛び出るグレート強羅。さすがに無傷とはいかず装甲のあちこちが焼けたが、別に頭に火が付くわけでもなし。むしろエクスプロージョンブーストの要領で加速する。

 爆発させることはあってもさせられるなんて珍しい目にあわせてくれたんだ、お礼はたっぷりしないとなあ!

 

――ガオオオオッ!

『またガレキか、しつこいっ!』

 

 そんな俺を迎え撃ったのはまたしても巨大なロケットステイツの一部。今度は壁一枚と言わずあたりを漂っていたコアジャイアントの体以上に巨大な、ビルひとつと表現しても差し障りのないレベルの残骸だった。強羅もコアジャイアントも、ザ・ワンの周囲をぐるぐる飛び回っているからそういうのだけはいくらでも手近にある。

 

 もちろん、俺も負けるわけにはいかない。

 

『目には目をおおおおおおっ!』

『――すごーい……同じくらいのガレキで殴り返してる。しかも片手で』

『――いや、待って! よく見たらガレキにはアンロックユニットをつけて加速してる……あれは、マスブレード!』

『――真宏、かっこいい……』

 

 最高速度のまま適当に同じくらいのサイズのガレキをひっつかみ、勢いをそのままガレキに乗せ、白鐵のアンロックユニットも使って振り回し、殴りつける。数百トンはあろうロケットステイツのなれの果てが二つ、宇宙空間で音もなく激突し、崩壊し、バラバラに砕け散った。自分でやったことながらスケールのでかさに頭が痛くなってくる、素晴らしい光景だ。

 

――ゴオッ!!

『うごわっ!?』

 

 しかも、コアジャイアントはどうやらだんだん俺のことを理解してきたらしい。この程度では倒せないと行動に移る前から見切りをつけていたようで、激突の直後にはガレキを回り込んで迫り、再びの蹴りが直撃する。

 

 だが。

 

『今のグレート強羅に! 同じ技が二度通じると思うなよ!!』

――ガアアアアッ!?

 

 蹴られたのは事実。だがそれと同時にグレート強羅のたくましすぎる両腕で足を掴み、力いっぱいぶん回してやった。脚一本を掴んで宇宙でのジャイアントスイングである。コアジャイアントはあたりを漂うザ・ワンのガレキにがっつんがっつん当たっている気がするが、気にしない。ダメージが増えて好都合だ。

 

『どうりゃああああああ!』

『――きゃああっ! い、一夏どこ触ってんのよ!』

 

 放り投げた先はベースステイツ。先ほどまでの戦闘の流れ弾や何かでぼっこぼこになっていて、それら着弾の度に響く激震によって一夏が箒の胸を掴んだりセシリアの太ももを撫でたりシャルロットとキスしかけたりとTo Loveるの限りを尽くしていたが、手近にちょうどいいのはそれしかなかったんでまたしても叩き付ける。

 ちなみに今度は鈴にセクハラをかましたらしい。うまいこと簪には一夏の魔の手が伸びないようかばってくれているらしい会長には頭が下がる。

 

 ベースステイツにめり込むコアジャイアント。これまでだっていろいろやってお互い無傷じゃないというのにまだまだ健在なその力、やはりどうしたって侮りがたい。

 だがそれでも、俺の勝利はゆるぎない。そう信じ、両肩にとっておきの武装を展開する。

 

『コアジャイアント、お前は確かに強い。その強さ、おそらく1000万ISパワーはあるだろう。……しかしっ!』

 

 ISパワーって何さー、と遠くで聞こえる気がするがどうでもいい。たぶんグレート強羅の示すパワーに感動した束さんあたりの言葉だろう。

 ともあれ今はコアジャイアントの撃破が先決。あの強大な敵を前にこれまで互角の戦いをすることはできたが、グレート強羅の力も無限に続く保証はない。ここらで決着といこう。

 

『今のグレート強羅は、その上を行く。……まず、ダーク強羅と合体したことで装甲が通常の2倍の200万ISパワー!』

 

 苦し紛れに放たれた光弾を避けることもせず、全て受け止める。当然、ダメージになどなるはずもない。グレート強羅の装甲はまさしく無敵なのだ。中身に響く衝撃とかを我慢できれば、だが。

 

『さらに、いつもの2倍の火力が加わって200万×2の400万ISパワー!』

 

 そして光弾が止んだあとのグレート強羅は、両肩からにょきりと冗談のように巨大な大口径砲を突き出している。もう1年近く前、ラウラと初めて戦った時に使った大グレネードより、さらに大きい。そしてそれが2本。これを使えるのもグレート強羅の悪夢じみた頑丈さとパワーがあればこそ可能な奇跡の共演だ。

 

『そして強羅、ダーク強羅、白式を合わせて3倍のコアを搭載すれば400万×3の! コアジャイアント、お前を上回る1200万ISパワーだあああああああっ!!!』

 

 うなりを上げるISコアのトリプルドライブ。どういう計算だー!? と一斉に叫ぶ箒たちのありがたいツッコミに応えるためにもくみ出したエネルギーの全てを右肩のレールガン、左肩の荷電粒子砲に送り込み。

 

『くらええええええええええ!!!』

――ゴアアアアアアアア!!??

 

 強羅の全身を覆い隠す極太の光としてしか視認できない、強羅史上最強の砲撃を叩き込んだ。

 

 

 シュウシュウと煙を吹く荷電粒子砲とレールガンを量子化して格納する。どちらもISコア三個分のエネルギーをフルに叩き込まれただけあってただでは済まず、あちこち焼け付いてしまったため、修復しなければ使えない。

 だがその甲斐はあった。ベースステイツに貼り付けになったコアジャイアントは、レールガンと荷電粒子砲を受けたことで両腕を失っている。

 2つの超威力砲撃が、押しとどめようとした両腕を丸ごとちぎり飛ばしたのだ。腕がなければ戦えないような体の構造はしていないようだが、それでもこれまでで一番巨大なダメージを与えたことは間違いない。

 

『――や、やったか、真宏っ!?』

『――それはいいから、は、早くどけ一夏っ! いつまで私のむ、むむむ胸を掴んでいるつもりだっ!?』

 

 一方一夏達の方は、さっきの衝撃でマグネットステイツが大層揺れて相変わらずのエロハプニングっぷりらしい。まあ、女の子ばかりのところに一夏を放り込めばそうもなろう。……ただそこに簪もいると考えると、何も起きていないとはいえ説明のしがたい感情が湧いてくるので、あとで一夏は一発殴っておこう。極めて妥当な権利の行使と考える所存だ。

 

 

 ……しかし、皆さんお気づきだろうか。

 一夏が、ばっちりフラグ立てやがったことに。

 

――……ゴゥ

『ちっ、やっぱりまだ終わってないか!』

 

 先ほどまでの気合の入りっぷりからすれば、控えめなくらいの唸りが聞こえた。その唸りの正体はもちろんコアジャイアント。両腕ごとベースステイツを半壊させられても、まだ動けるらしい。やはり、胸部中央からわずかに露出していて、その体の内側の大部分を占めているだろう、隕石本体を破壊するかえぐり出さなければならないのか。あの体自体はザ・ワンの構造物が粘土のようにうごめいてできたものだから、おそらくいくらでも代えが効いて……。

 

『……って、おい待てまさか!?』

――ウオオオオオオオオオオオゥッ!

 

 腕を亡くしたコアジャイアント。半壊しているベースステイツ。そしてコアジャイアントの体を構成するのは、ザ・ワンの構造材と同じ。

 この素材が並んでいると考えたところで俄かに俺の中で湧き上がる不安があり、それを肯定するかのようにコアジャイアントは不気味な唸りを上げた。

 

 コアジャイアントの体はザ・ワンと根本的に同一のもので、それがコアを中心に形を変えて巨人の形となったに過ぎない。

 つーことは、あの腕の代わりとして今まさにめり込んでるベースステイツが使えるんじゃないのか。腕を再生するという方法に限らず、むしろ自身と一体化させるような方向でも。

 

 最悪なことに、その予想は見事的中した。

 めり込んでいた体を引き起こしたコアジャイアントの両肩に腕はなく、代わりにそこへ癒着したベースステイツの壁面がべきべきと引きはがされていく。しかも腕のみならず下半身もすでにベースステイツと融合していて、もはや人型とは言えない姿になっていた。

 これはまさに、コアジャイアントとザ・ワンの完全融合体だ。

 

『ああくそっ! ……ラスボスらしい姿になってくれてうれしいぞコラァ!』

――キュイイイイッ!

 

『――ビビらないのはいいけど、こっちがヤバいぞ真宏! なんか壁がざわざわ言ってる。……時間をかけると、ここまでコアジャイアントに浸食されるかもしれない!』

『なんだと!?』

 

 変わり果てた姿でこちらを睨み、ベースステイツを起点にザ・ワン全てをこちらへの攻撃に振り向けたのか、ロケットステイツの残骸が飛んで来たりザ・ワン自体に搭載された火器が火を噴き始めるのを避けたり無視したりしている俺に一夏が伝えてきたのは、割とシャレにならない現実だった。

 コアジャイアントはまさに今ザ・ワンと再び一体になろうとしている。そして姿を変えてまで俺を倒そうと躍起になっているヤツが、マグネットステイツに避難している一夏達のことを気遣ってくれるとはまったくも思えない。

 

 すなわち、あんなラスボスらしい第二形態になったコアジャイアント相手に、長々戦っている時間はないということだ。

 

 強羅では歯が立たず、グレート強羅の強烈なパワーがあってなお互角がやっとだったコアジャイアント。あいつをすぐにも始末する方法は……一つしか、なさそうだった。

 

『一夏、簪、みんな。なるべく隅の方にいてくれ。すぐに片づける』

『――……何か、手があるんだな。わかった、任せるぞ』

『――真宏、あれを使うんだね……わくわく』

『――簪がわくわくしているっ!? みんな、ひと塊になれ! また真宏がろくでもないことをする予兆だ!』

 

 信じてくれる一夏と簪、そして同じくらい俺のことをよくわかってくれている箒達。誰も彼もが大事な仲間だし、俺は今地球を背負って戦っている。このままコアジャイアントの侵攻を許せば、おそらくザ・ワンごと地球へ落ちるくらいのことはやってのける。あそこまで覚悟を決めたんだ、俺ならやる。だから滅ぼさねばならないのだ、今、ここで!

 

『行くぞ、白鐵。お前に秘められた本当の力を、今こそ見せるときだ!』

――キュイッ!

 

――ウオオオオオオオオッ!

 

 巨大なラスボスを相手に、最大の必殺技で決着をつける。そのシチュエーションに俺のテンションは際限なく上がり続け、ロマン魂がエネルギーに変える。

 コアジャイアントはザ・ワンとさらに同化し、掌握できる領域を一気に増やして装甲表面をうごめかせる。

 おそらくやつも確信しているのだろう。これが、最後の一撃だ。

 

 

 コアジャイアントが変形……いや、変質する。

 人の姿を捨てたのはいまさらだが、辛うじて巨人だったころのままだった上半身の、胸部がばくりと開いた。そこは元々コズミックステイツに安置されていたコアを修める中枢部分。当然今も光を放つ巨大なISコアとでも呼ぶべき鉱石が収められており、胸部が解放されたことで露出する。

 ISコアはエネルギーをくみ出す源泉であり、あれだけ巨大であればそのエネルギー総量は推して知るべき。それがむき出しにさらされているのだ。

 

――オオオオオォォォォッ!!

 

 そしてそのコアを中心に、ベースステイツの壁が寄り集まっていく。長く、まっすぐに、螺旋を描いて伸びるそれは巨大な円筒、砲身だ。出来上がった黒い筒の奥底に光るコアの輝きは増すばかりで、もはや元の面影をわずかしか残さず、しかしギラギラと燃えるコアジャイアントの瞳に、ヤツの覚悟のほどが知れる。

 

 さらに言うならば、この渾身の一撃を避けることは許されないということも。

 

 今の俺たちの位置は、ザ・ワンの進行方向に砲身を向けるコアジャイアントと、その先にグレート強羅。そして……グレート強羅のはるか後方には、青く輝く地球がある。もしコアジャイアントが照準の向きを変えないならば、そして俺がもし砲撃を避けてしまえば、ハイパーセンサーが必死に警告をがなりたてるほど、かつてない巨大なエネルギーを込めて放たれる砲撃が地球を直撃してしまうだろう。

 つまり、逃げることは許されない。真っ向から立ち向かい、砲撃をかき消して、そしてちょっとやそっとの攻撃ではすぐにダメージを修復するあいつを二度と復活できないように消滅させねばならないのだ。

 

『かなり難しいが……それはそれで、燃えるよなあ!』

――キュイイッ!!

 

 だからこそ、俺は奥の手の封印を解く。

 

 白鐵は強羅のセカンドシフトに伴って現れた、白式の力と機能を受け継ぐ独立武装だ。そのため、一応第二世代に分類される強羅の武装でありながら展開装甲的な変形能力を有し、これまで長剣形態や砲撃形態を披露してきた。

 白鐵が持ついくつかの形態。その中には、まだ誰にも見せていない形態がある。

 セカンドシフト後の蔵王重工による調査で存在が明らかになったが、あまりの破壊力となにより当時の白鐵ではどうやってもパーツが足りずに変形不能と思われ封印された、最後の切り札。今こそその力を使う時だ。

 

 

 グレート強羅の背部に接続されていた白鐵が分離し、尾翼を揃え、胴体を折り畳んで柄となった。アンロックユニットとなっていた両翼はそれぞれ箱型となって胴体の両側を挟むように接続。

 そして、解放。箱型のパーツが砕けるように飛び散り、しかし各パーツをエネルギーラインで連結。元の形をそのまま拡大したそれは、巨大な光のハンマーだ。

 

『これぞ、強羅ディオンハンマー! さあ、受けて立つぜコアジャイアントォ!』

――ウオオオオオォォォォォッ!!

 

 互いに準備は整った。ロマン魂も全開、オーラのように機体からあふれるエネルギーを全て強羅ディオンハンマーに注ぎ込み、コアジャイアントは魂を引き裂かれる悲鳴にすら聞こえるほどの叫びをISのコアネットワークに響かせる。

 

 ……感謝するぞ、コアジャイアント。

 最後にこうして最高にカッコいい戦いを繰り広げられることと、お前と決着をつけられること。俺たちはどちらも、元を辿ればじーちゃんの想いが生んだ存在だから、いわば兄弟のようなものだ。じーちゃんがかつて見た夢のなれの果ては俺が終わらせる。そしてまた新しく人類全てにその夢をもたらす。そのためにっ。

 

『これで終わりだあああああああああ!!』

――ガアアアアアアアアアアアアアっ!!

 

 アンロックユニットが変形した、ハンマーの一端からのイグニッションブーストに導かれるように飛び出すグレート強羅。

 太陽よりも強い破滅の光をついに解き放つコアジャイアント。

 その二者が、激突する。

 

 

『うおおおおおおおおおっ!』

 

 光の奔流に飛び込んだのは強羅ディオンハンマー。白式の力を受け継ぐ白鐵の究極形態たるこのハンマーは、零落白夜はさすがに使えないが似たようなことはできる。

 莫大なエネルギーをつぎ込むことによって、大質量天体が高速に近い速度で移動するときに発生するのと同じ重力波を生成。その破壊力を直接叩き付けることにより対象を光に返す、ぶっちゃけ見た目と名前通りの能力を有しているのだ!

 

 ハンマーを前面に突き立て押し進むグレート強羅。ザ・ワン全体からエネルギーをくみ出した超大出力ビーム砲撃は実体をもつかのような圧力を生じさせるが、強羅ディオンハンマーが弾き、グレート強羅は止まらず、地球にビームも届かせない。

 

 コアジャイアントのビームが強羅ディオンハンマーの出力を上回るか、グレート強羅がこのままコアジャイアントにたどり着くか。ザ・ワンという巨大構造物を作り上げたあのISコアの持つエネルギーと、ロマン魂がくみ出す俺の心のロマンのどちらが強いか。ただそれだけが勝負を決める。

 地球の命運を託された、しかし極めて単純な力勝負。

 ザ・ワン全体から搾り取った渾身のエネルギーを注ぎ込むコアジャイアントのなれの果てと、ロマン魂がオーバーロードして金色に輝きだしたグレート強羅。

 その、決着は。

 

『――いっけええええ、真宏おおおおおお!』

『――がんばってえ!!!』

 

 仲間の声に背を押される俺の勝利に決まってる!

 

『せえいやああああああああ!!』

 

 ビームを抜けた。表情を示さないはずのコアジャイアントの顔が驚愕に揺れたように見えたのは、目の錯覚か否か。

 だが俺は迷わずハンマーを振りかぶる。そして、ビームを限界まで撃ち尽くし、焼け溶ける寸前の砲身にハンマーを思いっきり叩き付け、重力波で光に返しながら止まることなく突き進んで。

 バキンとはじけ飛んだハンマーの両面装甲がエネルギーフィールドで形成する、一辺100mはあろうかという超巨大な光のハンマーを。

 ロマン魂のエネルギーが天元突破し、コアジャイアントに匹敵する巨人の姿を一瞬見せた強羅の手で振りおろし。

 

 

 

 

『光に、なあれえええええええええええええええ!!!』

 

 

 

 

 コアジャイアントごと、ベースステイツごと。グレート強羅渾身のエネルギーを込めて振り抜いて、全てをまばゆい光へ変えたのだった。

 

 

◇◆◇

 

 

 光の粒子が舞っている。

 強羅ディオンハンマーで質量を全て光に変えられた元ベースステイツのど真ん中に漂うグレート強羅の視界は、蛍のようにあたりを漂う光に包まれるばかりだった。

 コアジャイアントの反応、消失。ザ・ワン自体も、一夏達がいるマグネットステイツをうまいこと避けつつ中枢区画をえぐられたことで崩壊しつつある。光となって暴れまわる莫大なエネルギーのただ中ではコアネットワークもつながらず、無重力の静かすぎる空間にただ体を浮かべて完全勝利の余韻に浸る。

 

『やったよ、じーちゃん。……褒めて、くれるかな?』

 

 ふとつぶやいた言葉に返事などあるはずもない。やりきった満足感と、確かな勝利の実感だけが、俺への唯一のご褒美だろう。

 

 そう、思っていたのに。

 

――ああ、よくやった。……ありがとう

『……うん』

 

 聞こえた気がしたその声は、きっと空耳だったのだろう。

 人の形を取った光が俺の頭を撫でていってくれたように思えたのは錯覚に違いない。

 でも俺は、ザ・ワンに残っていたじーちゃんの魂が最後に話しかけてくれたのだと信じた。

 

 強羅の装甲の中、宇宙の冷たさから守られた兜の内で、俺の頬へ妙に熱い涙が染みた。

 

 

◇◆◇

 

 

「真宏……真宏ー!」

『簪! 会いたかったぞ。一夏にセクハラされてないか?』

「誰がセクハラするかっ!? でも、無事でよかったぞ」

 

 セリフだけ見れば恋人同士の再会なのだが、絵面敵にはどがしゃーんと激突する強羅と打鉄・蓮華というひどいモノになってしまったが、また簪とこうして会えたことは何よりうれしい。

 直接触れ合えないのは少々残念だが、ISを着込んでいるせいで小さいとは言えないが、それでも腕の中にすっぽり収まる簪の体を強く抱きしめる。通常時にフルパワーを出せばサバ折りになってしまうほどのパワーを誇る強羅だが、今は白式との合体が解除されてボロボロに戻っているし、そもそも簪相手にそんな危険なことをするはずもないからほどほどだ。

 だがどういうわけか手を離す気にはなれなかった。体温も匂いも感じられないが、簪がまたこの手の届くところにいて、涙を流して再会を喜んでくれる。そう思うと、ついついもっと一緒に、と思ってしまう。

 てーか簪かわいい。ちゅっちゅしたい。

 

「おーい、真宏、聞いてるか?」

『……ハッ!?』

 

 などと少々錯乱したりもしていたが、何はともあれ一夏達とも合流できた。ザ・ワンを消し飛ばした後、再び転送で一夏のもとへ戻っていった白式の後を追ってたどり着いたのは、マグネットステイツの跡地。体育館くらいはあっただろう空間が半分くらいえぐれていたのが強羅ディオンハンマーの端っこがこの辺りまで届いていたからなのは確実で、力加減間違えたらちょっとヤバいことになってたな、と肝が冷えたのは秘密だ。

 

『――全員無事のようだな』

『――まーくん……ISって惑星級の敵とケンカできるように作ったつもりはないんだからちょっとは自重してよ!』

「千冬姉、束さんも!」

 

 ともあれ、結果を見れば万々歳だ。ザ・ワンは壊滅、コアジャイアントも復活の気配はないし、衛星軌道上のアサルトセル、地上を襲撃していたバグともにほとんど片付いているらしい。

 

 つまり、俺たちは勝ったのだ。

 

「やった……やったのだな、私たちは」

「ええ、まぎれもない大勝利ですわ」

「これで胸を張って帰れるってもんね。……ちょっと、張るほど胸がないだろって考えたのは誰よ!?」

「あー、さすがにちょっと疲れたかも。しばらくは何もせずにお休みもらいたいな」

「大きな戦いのあとはその後の処理こそが重要なのだが……今度ばかりは、シャルロットに同意見だ」

「それもいいけど、何人かはISの展開解除したら即座に病院に行った方がいいわよ、大怪我してる人もいるわけだし……私とか。……お腹痛い」

「お姉ちゃん、それお腹が痛いっていうか穴開いてるんだよね!?」

 

 腕の中で向きを変えた簪を、後ろからぎゅーっと抱きしめながら眺めるみんなの会話。さっきまで熱血バリバリで大暴れしていたのが嘘のような日常風景に、俺はようやく帰ってこれたのだと理解する。

 ずっと待ち望んだ、死ぬ気で頑張って取り戻した光景がこれなんだ。体に残っていた最後のこわばりがすっと抜けていきそうな、そんな気持ちに満たされ。

 

 

 そのせいで、視界の端を凄まじい速さで横切る白い閃光に、一瞬反応できなかった。

 

 

『何!?』

 

 俺たちのすぐそばを、ロケットの噴射炎を引きながら通り過ぎて行ったのは巨大な円筒のように見える何か。ISのハイパーセンサーがあるとはいっても完全に意識の埒外から現れたその物体の軌道は、元を辿ればザ・ワンの残り少ない構造物の中心、一部を消し飛ばされたコズミックステイツから始まり、さらに予想進路を辿ると……地球に向かってる!

 

『――束、なんだあれは!?』

『――今調べて……ミサイル!? それもこのエネルギー……絶対普通の弾頭じゃないよ!』

 

 混乱から立ち直り、詳しい情報が入ってきてみればそれはまさしくミサイルだ。ロケットステイツの東京タワーじみた巨大さからすればはるかに小さいが、それでも弾道ミサイルどころでは済まないサイズをしているし、弾頭も何やらヤバいものを積んでいるらしい。それが地球へ向かっている。

 

 しかも位置が非常に悪い。ミサイルは俺たちの隙をついて発射されたため既に地球へ向かっていて、なおかつ束さんたちが近づいてくるのとは逆の方向へ向かって射出された。千冬さん達だってバグとの戦いでISのエネルギーが尽きかけているからすぐには動けず、ザ・ワン自体すでに地球へ近づいていたので地上から迎撃のISを打ち上げている時間の余裕もないほどの距離へと迫っている。

 

 

 この瞬間、地球の運命は致命的な分岐点にあった。

 

 

 あのミサイルのサイズならば当初想定されたような、地球全土に及ぶ破滅的な災害が引き起こされることはないかもしれないが、もし仮にロケットステイツの狙いと同じく噴火寸前の火山やマグマ溜りに突き刺さり、噴火を誘発されればどれほどの被害が出るか想像もつかない。

 地球からも宇宙からも迎撃は間に合わず、一番近くにいた俺たちは連戦の疲労と消耗でミサイルの発射を防ぐ機会を逸し、ミサイルはますます加速して地球へ向かって行く。

 

 結論として、ミサイルを止められる者はいない。

 

『一夏、簪を頼む!』

 

 ずっと抱きしめていた簪を一夏に託し、茫然とする仲間達の中で誰より早く我に返って飛び出した、俺を除いては。

 

 

『――真宏!? 何をするつもりだ!』

『ちょっと止めてくる! なぁにすぐ終わる!』

 

 白鐵に無茶を強いての最大加速。強羅の機動力はIS全体を通して比較すればしょぼいの一言だが、重く鈍い機体にそれなりの動きをさせてくれる白鐵の推力は実のところかなりの大出力で、こうして空気抵抗が生じない宇宙空間で一直線に加速するだけならばそれなりの速度になる。それはもう、あっという間に一夏達が小さな点にしか見えなくなるくらいに。

 

 一夏達は追ってこない。追うことができない。ISTDとISキラーザウルスとの連戦でエネルギーを使い果たし、紅椿の絢爛舞踏で辛うじて機体を維持できるぎりぎりのエネルギーを供給してもらった今の状態では、無茶な機動をすれば即座にリミットダウンを起こして生身のまま宇宙に放り出されることになる。

 強羅も損傷の度合いでいえばどっこいだが、しかし俺達にはロマン魂がある。やると決めたら、やる。強い意志がそのまま力に変わるこのワンオフ・アビリティは心を削る代わりに、くみ出すエネルギーの量も瞬発力も限りがない。

 

 後先のことを考えると不安になるが、もともと俺はそんな難しいことを考えるようには生まれていない。今考えるべきは、どうやったらあのミサイルを止められるかだけだ。

 ……生憎と俺の想像力では、今の強羅が上手いことミサイルだけを破壊できる方法はあまり思いつかないのだが。

 

『……って、なんだまた加速!? ……あれ、グレート強羅になった!?』

 

 まっすぐミサイルを追うそんな俺に、しかし届く何者かがあった。

 全身を後方から追いかけてきた光が包み、気づいた時には強羅にグレートパーツが装着されていて、白鐵のブースト出力が劇的に上昇。ミサイルとの距離がグングンと縮まっていく。

 

『一夏、お前……』

『――真宏に止まれって言っても無駄なのはわかってる。だから、絶対に生きて戻れよ! でないと簪さんは俺がもらうからな!?』

『そんなこと死んでもさせるかぁ! 簪、ちょっとだけ待っててくれ! 割と本気の危機感持ってなんとかしてくるから!』

『――……わかった。でも、戻ってきたら、たくさん言いたいことがあるから。怒るから。……泣くから。覚悟、しておいて』

 

『――それはそれとして一夏、お前もしっかり私たちにつかまっていろっ! 宇宙空間でISを手放すなんて真宏じみた無茶をするんじゃないっ!』

 

 悲壮な決意もなんのその。なんかもう色んな意味で生きて帰らなきゃいけないという決意を固め、俺はますます加速してミサイルを追った。自分の身を危険にさらしてまで白式を再び託してくれた一夏と、引き止めたいのだと声を聞くだけでわかるほど切に願っていながらも送り出してくれた簪のためにも、行かなきゃならない。

 さあて、改めて地球を救いに行くとしようか。

 

『――軌道計算完了! まーくんの強羅にミサイルの予想軌道を送ったから使って! あのミサイル……富士山を狙ってるよ!』

『――確実に落とせ、神上。私が言えるのは、それだけだ』

『任せてください束さんに千冬さん! 富士山を狙うとは何たる罰当たり! 絶対に許せん!』

 

 束さんからの通信と千冬さんの激励が届き、ミサイルを射程圏内に捕らえたちょうどそのころ、ミサイルと俺が順次大気圏に突入して大気との摩擦で赤熱し始めた。装甲表面温度が冗談のような勢いで上がっていくが、グレート強羅の装甲ならばなんとかもつだろう。

 だが問題はミサイルを止める方法。ここまでくれば地球の重力に捕らわれているため破壊するくらいしか手段がないが、ミサイルを追いかけている今の状態では相対速度こそあまり差がないものの、大気圏上層というロケーションがあらゆる火器の選択肢を失わせる。

 追い越しざまに剣でずばっと、という方法もあるのだが、白鐵は推進力としてがんばってもらわないといけないし、なんか炎のようにぐにゃぐにゃしたビームを出す剣も持っていない。

 

『なら、まずは追い越してから考える!』

 

 そこで俺はこれまた単純に、後ろから狙えないなら前から狙えばいいと考えてさらに加速した。大気との摩擦がさらに増し、視界が真っ赤に染まって装甲内まで熱さが伝わってきて肌が焼ける。

 

『うおーあっちぃー!?』

 

 しかしグレート強羅は揺るがない。むしろ中の俺の方が先に音を上げてしまいそうな、あらゆる物質が燃え尽き流れ星になる空の中でミサイルに追いつき、胴体を抱えるには強羅数機が手をつながなければならないほどのミサイルをかすめ、瞬く間に追い越した。

 強羅はミサイルの進行方向のまさに前方で真後ろに振り向き、稼いだ距離を徐々に減速しながら距離を詰める。背中側が熱くて熱くてしょうがないが、ここが絶好のポジションだ。

 

『とはいえ、どうするか……! 武装がほとんど使えない!』

 

 しかし、問題が一つ。使える武装がほっとんどないのだ。

 ここに至るまでの間、地上から宇宙に上がる過程で無数のバグを蹴散らし、その後コアジャイアントとの戦いまで連戦に次ぐ連戦。強羅の持ちうる武装量は豊富で大量に持ち込んでいたのだがさすがにほとんどが弾切れで、残っているのはハンドガン程度。だが強羅の射撃補正は大雑把だからこんな状況でピンポイントにミサイルの急所を狙えるはずがないし、エネルギーが辛うじて残っているビーム類も大気が安定しない状態ではまっすぐ飛ばないだろうと診断された。

 視界の一角に映る、一機のISが持ちうるものとしては破格の数を誇る武装リスト。その項目が今、ほとんど赤く塗りつぶされていて使用不能であることを示している。

 

 これはマズイ。非常にマズイ。

 ミサイルとの距離は縮まっていて、地球に落着するまでの時間もあまり残っていない。このままではいっそ直接ミサイルを殴り飛ばしてでも破壊しなければならないか。

 そんな覚悟を決めたのと、ほぼ同時。

 

『あった、使える武装! ……って、おいおい』

 

 大気との摩擦とシステムメニューの双方が真っ赤に染まる中、希望の光を灯すグリーンアイコン。この状況で唯一使える武装が見つかったのだ。しかも威力は十分ミサイルを破壊するに足るもの。まさに俺が求めたいたもので……それは、思わず笑ってしまうくらいに因果を感じる代物だった。

 

――キュイッ!

――ガオンッ!

『うおっと! ……白鐵、それにダーク強羅?』

 

 武装を見つけたその直後、全身に響き渡る振動。それは強羅のグレートパーツがパージされ、強羅後方にてダーク強羅として再合体したことによるものだった。

強羅よりわずかながら先行する形になったダーク強羅の意図は、すぐに知れる。強羅の軌道上を先行し、両手を大きく広げ、俺の楯になってくれている。おかげで表面温度の上昇が緩やかになり、多少なりと気流によるブレがなくなった。身を挺してのサポートだ。

 

『っ! ありがとう白鐵、ダーク強羅! ……おかげで「これ」を使える!』

 

 何も言わずにそうしてくれる相棒たちの行動に胸が熱くなる。そしてその高まる熱量をそのままロマン魂でエネルギーに変え、俺は拳を握りしめた右手を頭上に掲げた。

 

 

 ミサイルを前に落ちる俺は今青い地球を背負い、太陽のようにまばゆい光をこの手に握る。全身全霊、出し惜しみなしの最後の力の全てを込めて。

 きっと見ていてくれる一夏達。千冬さんや束さん。そして流れ星となって地球へ落ちていく俺達を見上げてくれているだろう地球の人たち。その全ての未来を掴む、この技を使おう。

 

 

『あの時以来……ってわけじゃないのに、随分懐かしい気がするもんだ』

 

 

 キイイィィ、と音がする。大気の中にいるため、空気に音が伝わり始めたのだろう。発信源はもちろん、右手。ジェットエンジンのような高周波が耳に心地よく、地球に響く勝利の凱歌となる。

 その音に耳を傾けながら、俺は掲げた右手を全力の右ストレートを放つ寸前のように引き絞る。

 全身全てをこの拳のために、体の軸を捻りISの動力にエネルギーを蓄えていく。

 

『地球を背負う最終局面。大気圏に突入しながら、最初の技での決着。……ああそうだ、これこそが、男のロマン!』

 

 そうだとも。この星を救う決着は、この技でつける。

 

 

『ロォケットォオオオオオオオオオオオ!!!!!!』

 

 

 IS学園で初めて強羅を使って戦った、あのときのように高らかに。

 そしてあのときよりもはるかに多くのものを背負い、背負ったものから力をもらい。

 

 世界を救う、一撃を。

 

 

『パァァァァアアアアアアアアアアアアアアンチッ!!!!!!!!!!!!!』

 

 

 放たれた強羅の右拳。超音速で飛翔する鉄拳を正確にミサイルへ命中させることは極めて難しい。大きく、重い強羅の拳は大気の影響を受けやすく、今も軌道がぶれている。あのままではミサイルへまともに到達することすら危ういだろう。ハイパーセンサーによって時間を引き延ばされた知覚の中での分析は、その結果を伝えてくる。

 

 だが、それでも忘れてはいけない。

 俺が放った技はロケットパンチ。ロマンに満ちた最強の拳。行く手を遮る全てを砕く威力を秘めて飛ぶものだし、そして何よりも。

 

 この技にまつわる世界の真理を、忘れてはいけないのだ。

 

 

 

 

『ロケットパンチは、外れないっ!!』

 

 

 

 

 俺が叫んだのと、ロケットパンチがミサイルに真正面から激突したのはほぼ同時だった。

 

 

◇◆◇

 

 

 世界中の人たちは空を見上げ、あるいは中継を移すテレビにかじりつき、見守っていたミサイルがその瞬間、空の彼方で爆散した。

 

 おぞましいほどに赤黒い爆炎を悪い冗談のように巨大に広げる姿は恐ろしく、だがそれは同時に地上へは影響を及ぼさないほどの高空で爆発したことをも示している。

 示す事実は端的で、つまり地球は、救われたのだ。

 

『どうだ……まいったか!』

 

 

◇◆◇

 

 

 人類の勝利に、世界中ありとあらゆるところで歓声が弾けた。

 いくつもの言語で喜びの言葉と感謝が叫ばれ、神への祈りが渦を巻いて地球を揺らす。

 助かった、よかった、ありがとう。嬉しい、やった、間に合った。かつて人類の史上類を見ないほど善の感情がこの星に満ちた瞬間だった。

 誰もが家族と、あるいは身近にいる見知らぬ誰かと抱き合って喜びを分かち合い、涙を流して命あることに感謝した。大地を踏み鳴らし、喉が枯れても構うものかと、いつまでも終わることなくその騒ぎは続いていった。

 

 

 しかしそんな喧噪の中、他とは違う眼差しもまた空に注がれていた。

 

 あるいは両親に抱きしめられながら、兄弟の手を握りながら、一人浮かれ騒ぐ大人たちから離れて。

 子供たちが、静かに空を見上げている。

 

 晴れた空の下、雲の底から。朝日の中、太陽に手をかざしながら、月に照らされながら。外で、避難所で、浜辺で。

 子供たちは一斉に窓を開け、空を見上げた。

 

 たとえ直接見ることがかなわなかったとしても、子供たちは心で幻視する。

 

 空に大きく広がる禍々しい爆発の先に、比較にもならないほど小さく、しかしまばゆく輝き、落ちていく光を。

 光はどんどん強くなっていく。それは今まさに燃え尽きようとしているものが放つ、最後の輝きだ。

 その有様を見て涙をこぼす子供がいた。必死に泣くのを堪える子供もいた。だが誰一人として目を逸らさず、しかとその目に焼き付ける。

 

 その光の勝利を祈った。きっと勝ってくれると信じて思いを託した。そして見事に応えてくれた。あれこそまさに、本当のヒーローだろうと思う。

 子供たちは生涯忘れない。世界を救った、あの銀色の流星を。

 

 そして、流星を追いかけ、寄り添い飛んでいく8つの光の美しさを。

 

 

 この日人類は、ついにザ・ワンの呪縛から解き放たれた。

 本当の意味で宇宙を手にした、新たな時代が幕を開けたのだ。


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