IS学園の中心で「ロマン」を叫んだ男   作:葉川柚介

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第31話「アクセスフラッシュ」

――一夏!

 

「……やっぱり、なんか聞こえる」

「へ? ……一夏くん?」

 

 倉持技研第二研究所、白式のデータ収集が行われている研究室の一角で、一夏はそう呟いた。唐突なことだったので隣でコーヒーを飲みながら部下の仕事を眺めているヒカルノはきょとんとした顔をしているが、一夏は構わずコーヒーを一気に飲んでカップをテーブルに置く。

 ごちそうさま、と丁寧に言う礼儀正しさは好感に値するのだが、淹れたてで熱いコーヒーを平然と飲み干して、すたすたと白式に向かって行くその冷静さにヒカルノは言い知れぬプレッシャーを感じた。さらっと白式に乗り込むその姿があまりにも自然で、かつ本気過ぎたせいだ。

 

「……って、ちょっとどうしたの!?」

「すみません。なんか呼ばれてるみたいなんで、今すぐIS学園に戻ります」

 

 すでにそこにあるISに搭乗するのは、通常の展開と違っていくつかの手順が必要になるが一夏はてきぱきと済ませていく。そして準備完了とともに、まるで待ちかねていたかのようにすぐさまジェネレーターが起動。一夏の様子はあまりに淡々としているのでわかりにくいが、どうやら極めて冷静に凄まじく焦っているらしい。

 

「……なるほど、わかりました。一夏くん、これを使ってください。チェンジ・グランカー!」

「ちょっと、ワカ!? 何そのロケットの発射台みたいなの……って壁壊したー!?」

 

 しかも、それをワカが後押しするから性質が悪い。おそらくワカの専用機である強羅の拡張領域に収められていたであろう、ロケット発射台付きのレーシングカーのような何かを生身のままさくっと展開。ついでに生身でグレネードぶっぱして壁をぶち壊しやがったのだ。

 しかもそれをIS自体は展開することなしに。さすがに歴戦のテストパイロットの年季が感じられる熟練の技だった。

 

「ごめんなさい、ヒカルノさん。一夏くんがこれだけ急ぐってことは、きっとIS学園に何かがあったってことです。……え、えーとつい勢いで壁壊しちゃいましたけど、ちゃんとうちで直しますんで勘弁してくださいっ」

「ありがとうワカちゃん。すみませんヒカルノさん。ちょっと急ぐんで、行ってきます!」

 

 一夏は迷わず発射台に乗り、大穴の開いた壁から弾丸のようにすっ飛んで行って、あっという間に姿が見えなくなった。ISの中でも高機動型の白式が発射台つきで本気を出せばそうもなろう。

 ぽかーん、と取り残されたヒカルノの周りには、せっかくの研究所の壁に空いた大穴。発進の際の噴射で盛大に散らかった研究室。ほこりまみれになったヒカルノと、発進の余波を受け部屋の隅でひっくり返っているワカ。

 嵐のように、荒れた部屋だけを残して一夏は唐突に去って行ってしまった。

 

「まったく、無茶してくれるわね二人とも」

「けほけほ。申し訳ないです」

「いいけどね。白式のメンテは済ませてあるからもしIS学園で戦うことになっても遅れは取らないだろうし、必要なデータはもう取れてるから。……それじゃあはじめようかしら、次世代量産機開発計画を」

 

 そしてもう一つ、ヒカルノが渇望してやまなかった白式のデータ。次なる時代へつながる布石である。

 ヒカルノはとりあえず気を取り直し、壁に空いた穴の向こうの空を、あるいはさらにその先を見つめる。その表情は恋する乙女のように甘く、果てなき夢を求める狂人のような熱にうかさていた。

 

 

「ヒカルノさんも相変わらず悪巧みしてますねえ。……どうです、次はうちと共同設計してみるっていうのは。世界中に重装甲の良さを広めましょうよー」

「……そういうのは蔵王だけでやってなさい」

 

 まあ、その熱をすぐに冷ましてくれる者もまた、すぐそばにいるのだが。

 

 

◇◆◇

 

 

「誰かが呼んでる……急がないと!」

 

 IS学園へと急ぐ一夏は、イグニッション・ブーストを併用しながら可能な限りの最速でドヒャドヒャとIS学園の上空へとたどり着いた。誰かが、何かが自分を呼ぶ声の導きに素直すぎるほど率直に従ったせいで倉持技研には迷惑をかけてしまったが、ここまで来てその判断は決して間違っていなかったと確信する。

 ハイパーセンサーに捕らえられるIS学園の様子が、一夏の知る普段の物とは全く異なっているからだ。昼間だというのに人の姿がどこにもなく、校舎やその他施設の窓には防御シャッターが下りて、電気すらまともに通っていないらしい。昼間だというのに静まり返った学園は、まるで廃墟のようで背筋に薄ら寒い恐怖が走った。

 何かが起きている。それだけは間違いない。

 

「あれは……!」

 

 そのとき、ハイパーセンサーが地上に生命反応を感知。校舎内に生徒らしき反応は多数確認されているが、白式のセンサー感知圏内において屋外を移動する人間はそこにしかいない。そして視界の隅のウィンドウに映った望遠画像には、簀巻きにされ猿ぐつわをかまされ、えっほえっほと怪しい男たちの肩に担がれ運ばれている楯無の姿があった。

 

「楯無さん……!」

 

 一夏は即座に機体を反転させ急降下。一団の正面からの接近だったのが災いして接近はすぐに気付かれ、男たちが慌てて動き出す様子が見て取れた。

 いかに白式が機動力に優れるとはいえ、多少の距離もある。こうなってしまえば、あるいは相手の判断次第では楯無に危害が加えられることや人質にされる可能性もあり得る最悪の状況になってしまった……わけではなかった。

 なぜならば、白式のハイパーセンサーが自機のほかにもう一機、ISとしては異常なほどに遅く、しかし敵集団の背後から迫る仲間の存在を見つけていたからだ。

 

「その人を、離せえええええ!」

「あれは、白式!? まずい、人質を……!」

『悪いが、もう返してもらったぞ』

 

 白式が迫ってくるのに気付いたリーダーは楯無を人質に使うことを決め、部下に命令を下そうとした。だが帰ってきた返事は、聞きなれた部下のものではなく機械を通したような重々しい声。慌てて振り向けば、そこに本来いるはずの部下はなく、腕に楯無を抱える重厚な装甲のロボにしか見えないIS、強羅がいつの間にか立ち、生身より高い位置にある顔から輝く目で見下してきていた。

 ちなみに部下は全員強羅にはっ倒された、壁に張り付いている。

 

「強羅だと……!? う、撃て撃て! こうなれば生身の操縦者だけでも始末する!」

『無駄なことを。強羅が普通の銃弾なんて通すわけないだろう』

「お前らの相手は俺だ! せりゃああああ!」

 

 そして自分もまた運命を同じくするのに時間はかからなかった。部下たちの撃つ弾は全てが楯無を抱え込んだ強羅の装甲に阻まれ、その間に迫った白式に一瞬で蹴散らされる。一応死なない程度に加減はされているが、今度こそすぐには目を覚まさないだろう。

 

「真宏、楯無さんは!?」

『どうやらあいつらに不意を突かれて撃たれたらしい。さっきの銃撃からは守ったが……』

「なんだって!? 楯無さん!」

 

 強羅の腕の中で力なく目を閉じている楯無へ必死に声をかける一夏。猿ぐつわと拘束を外して、それでも揺らしたりはしないよう気を付けて、何度も呼びかける。しかし、一方の真宏は声をかけずに見ているのみ。

 

 だがそれは薄情だからではない。ハイパーセンサーで生命反応がモニターされているので死にはしないとわかっているのが一つ。そして何よりも。

 

『……心配させたうえにそういうフリは良くないと思いますよ、楯無さん』

「へ?」

 

「……あはは、やっぱりバレてたんだ」

「うおおおおおおっ!?」

 

 とある理由から、真宏は楯無が無事なことを知っているからだった。

 

「た、楯無さん!? 無事だったんですか!?」

「うん、おかげさまで。……背中から撃たれたんだけど、助かったのは割と本気で真宏くんのおかげよね」

『役に立ったのなら幸いですよ。ありがとな、白鐵』

――きゅー!

「白鐵……って、まさか!」

 

 その鍵こそが、楯無の背中のあたりからもぞもぞと出てきた白鐵だった。最近よく見るマスコットモードで姿を現したその背中が少しへこんでいるのを見て、一夏は事情を理解した。

 

『楯無さんが迎撃に出るとき、俺は一緒に行けなかったからこっそり白鐵について行ってもらったんだよ。……そしたらエクストリームメモリごっこしやがったこいつ。ついでに俺に楯無さんのピンチも教えてくれたから結果としては完璧な働きをしてくれたわけだが』

「撃たれたはずなのに全然痛くないからおかしいと思って気づいたわ。モルヒネ打たれたのは血中カラテ……じゃなかった元から血中に仕込んであったナノマシンで分解できたし、校舎を出れば近くに生徒がいないから本格的に反撃しようと思ってたんだけど……助けられちゃったわね」

 

 一夏と真宏にのぞきこまれ、照れたように笑う楯無。あるいは最悪の事態も、と恐れていた一夏はほっと胸を撫で下ろした。友人のファインプレーが大切な仲間を救ってくれたのならば、それが何よりだ。

 

「さ、それじゃあもう大丈夫だから下してくれるかな真宏くん」

『ダメです』

「えっ」

「当たり前でしょう楯無さん。白鐵が防いでくれたっていっても銃で撃たれたし薬品まで使われてるんだから、医務室に行かないと」

「や、ちょ……本当に大丈夫よ! だから改めてお姫様抱っこしないで真宏くん!?」

『ここからなら千冬さん達もいる地下区画の方がいいな。急ぎますよ。……よし白鐵、カミツキ合体だ!』

 

 とにかく今は楯無を千冬たちの元に送り届け、合流するのが先決。強羅がどこからともなく取り出した電池のような何かにブレイブを込め、放り投げると白鐵がガブリンチョとそれをひと呑みにして、巨大化。本来の姿に戻るやいなや変形して強羅の背中に合体し機動力を上げ、一夏とともに地下へと急いだ。

 

「もう……強引すぎるわよ」

『心配してたんです。俺も、一夏もね』

 

 そのころになると楯無も文句を言う気が失せたか、おとなしく強羅の腕の中に納まることにしたようだ。

 固くて太い腕の中はお世辞にも快適とは言えなかったが、不思議と安心できる。さらに戦いの昂揚は引いたはずなのになぜか胸がどきりと鳴るのが聞こえ、楯無は柄にもなく、照れた顔を強羅の腕で隠していた。

 

 

◇◆◇

 

 

 ピンチの会長を助けて、一夏とともに地下の千冬さんに引渡した俺と一夏であったが、その後もゆっくり休むというわけにはいかなかった。千冬さんたちが待ち受けている部屋に入るなり、すぐに次の指令が下されたからだ。

 

「更識は私たちが預かる。お前たちはすぐにアクセスルームへ向かって篠ノ之たちを救出しろ」

「え……箒達に何かあったのか!?」

「説明は後だ。時間がない、急げ!」

 

 現在IS学園が置かれている状況は、ここへ来るまでの道すがら一夏にもざっと説明してる。学園のシステムがダウンしていることと、おそらくそれとは別系統の特殊部隊が侵入してきていたこと。そして箒達が電脳ダイブをしてシステム復旧を目指していること。

 だが、どうやら箒達の方はいまだ侵入者を撃退できていないらしい。俺達は千冬さんに蹴り飛ばされるような勢いで部屋を出て、箒達の元へと急いだ。

 

「えーと……ここかっ! 簪さん、状況は!?」

「え、あっ。真宏、一夏……」

「箒達が出てこれなくなった話は聞いてる。アレか、学園のネットワークにクリアしないとログアウトできない100層からなる鉄の城でも空にそびえたか!?」

 

 たどり着いたのはアクセスルーム。俺達が騒々しく部屋に入っても目を覚まさない箒達と、必死に「UNIX」と書かれたコンピュータを相手に奮闘する簪がいた部屋に入るなり、俺と一夏は思わず簪に詰め寄ってしまう。箒達のピンチとあれば仕方のないことなのだが……何故だろう。眠っているように目を閉じる箒達の表情が、なんか妙に緩んでいるような。

 

「あ、う……えと……」

 

 だが残念ながら相手は簪。普段からのほほんさんほどではないがおっとりしたところがあるだけに、こうして捲し立てられて焦った状態で理路整然と説明できるはずがなかった。

 

 それでも、簪はなんだかんだで優秀だ。

 焦りながらも、しゅぱっと取り出したのは携帯電話。そしてめるめると何か操作して、直後に俺と一夏の携帯がメールの着信を告げた。まさか、と顔を見合わせた俺達二人が着信したばかりのメールを確認すると、そこには。

 

『現在学園のシステムは外部からの攻撃を受けてシステムダウンを起こしています。箒達はコントロール奪還のため電脳ダイブを敢行しましたが、再度攻撃を受けたらしくこちらからの連絡がつかない状態です。学園のシステムの復旧と箒達救出のため、真宏と一夏もダイブしてください。私が全力でサポートします。 簪』(0.5sec)

 

 簪がメール文面で懇切丁寧に説明してくれた文章が! ちなみにカッコ内はこの文面のタイプにかかった時間である。

 

「わ、わかりやすいけど……なんだこれ、あの一瞬でここまで書いたのか?」

「さすがは簪。既にヤバイ級ハッカーのワザマエだな。だけどそれでもこうまで押されてるとは……一夏、気を引き締めていこう」

 

 まあ、IS学園にいる人間が非凡なのは今に始まったことではないからか、一夏もさくっと流すことにしたらしい。何より、いま俺達の周りにはまだ目覚めない箒達がいるのだから、とにかくすぐに助けてやりたいと思うのは当然のことだろう。

 

「それで、いったいどうやってダイブするんだ? ベッドチェアは全部塞がってるみたいだけど……」

「安心しろ、これを使えば一発だ」

 

 そして急ぐ一夏に、俺はさっそく電脳ダイブの補助ツールを手渡した。それはなんとなくメカメカしいブレスレットであり、さっきからしているパワワンパワワンという音は警告音。電脳世界で異常が起きたことを知らせるメッセージだ。

 このブレスを見る一夏の目の生暖かいことといったらない。俺を見て、ブレスを見て、「またかよ」とでも言いたげな目を向けてくるが今は詮索している場合ではないと気付いたのだろう。溜息一つであっさりと受け取ってくれた。

 

「……えーと、左腕につけて?」

「そうそう。モニタに向き合って」

「ブレスを掲げて」

「わくわく。二人とも、頑張って」

 

 準備は完了。簪もサポートのため端末の前に張り付き、俺と一夏は並んでブレスレットを構え。

 

「アクセース……!」

「フラッシュ!」

 

 モニタから溢れる閃光のシャワーを浴びて、俺達の意識はなんかメカメカしい円形のダクトのようなところを通るイメージとともに、電脳空間へと入り込んでいった。

 

 

◇◆◇

 

 

「ん、う……」

「起きろ一夏、どうやらダイブに成功したらしい」

 

 意識が混濁したのはほんのわずかな間。徐々に視覚や聴覚が機械的にピントを合わせるような違和感を伴ったあと、しっかりとした像を結ぶ。どうやらダイブが成功したらしいと判断した俺は、そこらへんで唸りながら転がっている一夏を起こし、周囲の様子を伺った。

 

 どうやらここは森の中であるようだ。涼しい風と木洩れ日の温かさ、土の匂いと木々を揺らす風の心地よさ、そして頭上に輝く黄金立方体の美しさはとても電脳世界の物とは思えないリアルさだが、ここが今まさに攻撃を受けているというIS学園のネットワークだ。

 不思議なものなど何もない、森の中の風景と言える。ただ一つ、不自然にたたずむ五つの謎の扉と……その扉のすぐ向こう側で、だらしなく蕩けきった寝顔で転がっているヒロインズの面々を除けば、だが。

 

 

「やん、一夏……電気つけたら、胸……見えちゃう」

「あふ……んっ。一夏さん、もっと下まで……マッサージしてくださいましぃ……」

「らめぇ、ご主人さまぁ……」

「ふ、ふふふ……おねだり券の効果で……今日は一日らぶらぶちゅっちゅだ……」

「んんっ、はぁ……んっ。いいぞ、一夏……腕を上げたな」

 

『……とりあえず、今の音声記録は削除しておくね』

「……そうしておいてくれ、箒達の尊厳を守るためにも」

「ん……。あれ、ここどこだ?」

 

 箒達の表情は、それはもう見ていられないものだった。だらしなく緩む頬、にへらと開いた口、幸せそうにまどろみ閉じた瞼。よだれが垂れずに済んでいるのはまさしく奇跡。なんかもういろいろダメすぎる寝言が一夏に聞かれずに済んだのも、彼女らの普段の行いが良ければこそだろう。

 

「えーと、とりあえず見ての通り箒達はあそこで倒れてる。おそらくそれが敵の攻撃ってやつなんだろう。詳細はわからんが」

「じゃあ、どうやって助ければいいんだ?」

『こちらから、箒達の意識のあるポイントへ行くための鍵を転送するから、それを使って。向こう側で意識をとどめている原因を取り除けば、戻ってこられるはずだから』

 

 とにかく、箒達がこんな状況にあるからには急いで助けなければならない。こんな夢に頼らなくても、うまいことすれば一夏に直接夢のような世界へ連れて行ってもらえるんだから、がんばれヒロインズ。

 内心励ましの言葉を送ったその直後、ちょうど簪からのアシストアイテムが送られてきた。俺達がここに来た時と同じようなパイプ通路が森の中に突如開き、そこから光の塊が飛んできて一夏の手の中に納まる。光が収まった時、そこにあったものは。

 

「……指輪じゃないか。エンゲージリングじゃないか。いいけどさ、好きだし」

「だよな。毎週一度は『ハルトオオオオオ!』って叫びながら見てるし。よし、それじゃあさっそくアンダーワールド行って来い」

 

 絶望を希望に変えてくれそうな魔法の指輪だったりした。

 

「真宏はほんとブレないな。……あれ、でもひとつしかないぞ?」

『ごめんなさい、時間がないから鍵は一つしか用意できなくて……』

「大丈夫だ。俺はここで箒達の体を見張っておく。体がこうしてある以上、万が一敵に直接襲撃でもされた日には本体にどんな影響があるかわからないからな。……だから一夏、頼んだぞ。みんなを助けて来てくれよ」

「……わかった、ちょっと行ってくる」

 

 とかなんとかやってるうちに役割分担をさくっと決めて、一夏はさっそく鈴の指に指輪をはめ、鈴のアンダーワールドに入っていった。

 それを見届け、俺は。

 

「……さて、それじゃあ俺はやることないし、ソードスキルの練習でもするか」

「私も手伝う。とりあえずスターバーストストリームから始めようか」

 

 暇になったんで、後々この電脳ダイブ技術を応用して世に出るかもしれないVRMMO時代を睨んで電脳剣術の開発に勤しむのであったとさ。

 一夏達が心配じゃないかって? 大丈夫だろあいつなら。どうせ適当にTo Loveるの一つも起こして愛のパワーが解決してくれるはずだから。

 

 

◇◆◇

 

 

 そのころの鈴。

 

「よくもだましてくれたわねニセ一夏……っ! 絶対に許さない! 甲龍、私に力を貸しなさい!」

「おいなんかいつもの甲龍と違うものになってないか!?」

 

 胸にドラゴンヘッド、背中に翼、両手に爪、腰にしっぽが生えたオール甲龍とでも呼ぶべき新しいフォームとなり、白目が黒く瞳が金色という人間離れした目の謎一夏をぼっこぼこにしていた。

 

 

◇◆◇

 

 

「ふぃー」

「お、戻って来たか一夏。どこにいるのか見えないけど」

「ああ、真宏か。何とか鈴は助けた……って、なんで簪さんに目隠しされてるんだ?」

「それは、その……鈴が」

「私? ……って、なによこの格好!?」

「うわっ、どうして中学の制服半脱ぎのまま……っ」

「説明するな、バカ!」

 

 簪が用意してくれたアシストウェポンでソードスキルの練習をすることしばし。一夏が鈴を連れて帰ってきたようだ。簪の方が一足先に二人の帰還に気付いたようで、何故か即座に後ろから目隠しをされてしまったのだが、声を聞いて入れば大体事情は分かるな、うん。やっぱりまたやったのか一夏。

 

「まあいいや。とりあえず一夏はとっとと鈴の服着せてやって、次行くぞ。時間ないんだから」

「ちょっ、なんで俺が着せる必要が!?」

「なによ、イヤだって言うの!?」

 

 などというやり取りは毎度のことなので省略しよう。俺の方は、鈴が半裸でいる間中簪が頑として目隠しを外してくれないので、背中から抱き着かれるような体勢を存分に堪能しつつしばし待っておいた。実は結構夢心地である。

 

「で、鈴は帰ったわけだが……次のセシリアのアンダーワールドに入れないな?」

「どういうことだ。簪さん、何かわかる?」

『……解析完了。おそらくセシリアのアンダーワールドの中に既に存在する『織斑一夏』の存在にプロテクトがかけられてる。だから、別の織斑一夏が存在することはできない、みたい』

 

 ところが、簪に鈴を現実世界へ連れ帰ってもらっている間に次ぎのセシリアのアンダーワールドへ向かおうとしたところ、指輪が反応せずアンダーワールドに入ることができなかった。

 おそらくさっき鈴を救出したことを受けて、敵が対策を講じたのだろう。つまり相手はこちらの状況を把握しているということだ。……こりゃあ、俺がこっちに残ってて正解だったかもね?

 

「まさか、新手のスタンド攻撃!?」

「ど、どうすればいいんだ。俺はスタンドなんて使えないのに!」

『大丈夫。一夏くんのアバターの外装を変更して、別のキャラとして扱えば侵入できるはずだから、アイテムを送る。……メタウィルス、「変装する」インストール』

「……で、出てくるのはドレスアップリングと。万能だな!」

 

 

 ……と、そんな感じで一夏のヒロインズ救出珍道中が始まった。

 

 帽子が似合うどっかのナゾとき教授みたいな恰好で助けに行ったセシリアには、中で何があったのか戻ってくるなり追い回されてオレジャナーイーオレジャナイーと歌いながら逃げ惑い。

 なぜか笑い声が「あきゃきゃきゃきゃ!」になるマスクとバネ足のコスチュームで助けに行ったシャルロットとは、シャルロット流あざとい術の奥義が炸裂してデートの約束をさせられ。

 ドイツ国旗模様の覆面をかぶってゲルマン忍者としてラウラを助けに行ったら何故かラウラまでゲルマンくノ一の姿で「今の私はネオドイツの女……」とか言いながら出てきたり。

 そんな感じで、何とか全員助けることに成功したのだった。一体中で何があったんだ。

 

 

「わざわざ私がいる方向に避けようもなく倒れてくる偶然。何故か都合よく篭手が脱げて素手になる奇跡、そして正確に人の胸を掴むラッキースケベ……お前、一夏か!?」

「ちょっと待て、どうしてそれで俺だって思うんだよ!?」

「やかましい! 胸に手を当てて普段の行いを顧みてみろ!」

「む……」

「……誰が私の胸に手を当てて揉めと言ったこのスケベがああああああ!!」

 

 などという感じの平常運転も交えて箒も無事救出したし、さすが一夏と言わざるを得ない。

 

 

「……で、みんな揃って現実世界へ帰ってきたわけだが」

「一夏、起きないわね」

 

 そうやって箒達を助け出すのと時を同じくして、学園のシステムが解放された。とはいえ、救出の過程で侵入者を撃退したというわけではなく、どうも向こうが勝手に手を引いたような感触だ、とは簪の弁。ともあれこれ以上電脳世界にいてもしょうがないからと引き上げた俺達だったのだが、何故か一夏が目覚めない。揃って眠る一夏を囲んで覗き込んでいるが、すやすやと眠る瞼がなかなかどうして開かなかった。

 

「電脳世界に捕らわれてるわけじゃないんなら……一体どうやって起こしたらいいんだろう」

「……ふむ」

 

 事態を打開する方法はありやなしや。あーでもないこーでもないと一夏を起こす方法について議論は百出するが決め手にかける。

 ならば、こういう時は俺が何とかしなければなるまいて。

 

「真宏、悪い顔してる」

「へっへっへ、心配することはない」

 

 簪にそんなこと言われるくらいには、楽しんでるんだけどね。

 

 

「さて諸君。人間はよく『やらなくて後悔するよりも、やって後悔したほうがいい』と言うが、これをどう思う?」

「いきなりですわね。また悪巧みですの?」

 

 セシリアのツッコミが的確すぎるが、強羅の操縦者たる俺は迎撃されたところで止まったりしない。

 

「まあそう言うな。たとえ話なんだが、現状を維持するままだとジリ貧確実だがどうすればいいかはわからないとき。そういう場合、何でもいいから変えてみようと思うだろう? 上の判断から切り離されている以上、現場の独断で強硬に変革を進めてもいいんじゃなかろうか、ってね?」

「……ふむ、つまり?」

 

 何となく警戒しながらも俺の言葉に耳を傾けてくれているヒロインズに。

 

「キスしろ。目覚めのちゅーで叩き起こせ」

「なぁっ!?」

 

 爆弾を、落とした。

 

 驚愕が走り抜け、顔が赤く染まる少女たち。しかし素早く走る視線が互いの抜け駆けをけん制するあたり、箒達もたくましくなったものだ。そんな感想を抱きながら、爆弾を投げ込むだけ投げ込んだ俺はさりげなく一歩下がる。あとはもう、放っておいても雪だるま式に面白くなっていくであろう。

 

「クラリッサが言っていた。眠っている者の目を覚ますのは古今東西キスか涙のしずくだと。行くぞ一夏、覚悟しろ!」

「させませんわ! そういう場合はむしろこのわたくし、英国貴族たるセシリア・オルコットが……!」

「いや待て、ことこの局面に至ってしまえばこれはもはや医療行為だ。私に任せておけ」

「別に箒は医者でもなんでもないでしょ! こ、こういう場合は私の出番よ。中国四千年の神秘で内力を送り込んで活性化させて見せるから」

 

 それ見たことか。加速度的に顔を赤くしながら一夏の唇を狙う乙女たちの騒動ときたら何とも言えない。こうして平和でいてくれると、俺としても安心できるよ。

 

「これは……好機!」

「かもしれないけど落ち着けシャルロット。目があざとい」

 

 目があざといって何!? と悲鳴を上げるシャルロット。でも目が実際あざといのだからしょうがない。生憎と騒いでしまったせいで鈴に気付かれ事なきを得たのだが、一番抜け駆けしやすいタイミングに気づくあたりさすがシャルロットだ。

 

「させるかぁ!」

「わあ、危ない!」

 

 そして鈴のツッコミドロップキックが炸裂。何故かぱしーんと床を叩いてから飛び、両足を揃えてひねりも加えた見事な蹴りだったのだがさすがに前フリが長すぎたのかシャルロットには避けられてしまう。

 

「どうしたお前たち、作戦が成功したのならさっさと報告に……む?」

 

「あ」

 

 そして、ちょうどタイミングよく開いた扉から入ってきた千冬さんの腹に直撃するのであった。

 しかしもちろん千冬さんにはノーダメージ。自分のしでかしたことに絶望しかけている鈴を見下ろす顔があまりにも、無表情で恐ろしすぎる。……思い出すなあ。昔一夏と遊んでて、エスカレートして、千冬さんにぶつかったりとかして叱られた時を。死ぬかと思ったね、あのときは。

 

「さすがだな、凰。お前のその勇気、尊敬に値する」

「あ、あわわわわっ……!」

 

 そんな千冬さんが直後に浮かべた表情が笑顔だったのだからたまらない。鈴は死刑を宣告されたかのように怯えて腰が抜けている。

 鈴を助けたいとは、確かに思う。だが今の千冬さんのド迫力は凄まじく、俺達は決して千冬さんと目が合わないよう顔をそむけ、心の中で鈴の冥福を祈るしかないのであった。

 

「い、いやああああああああ!」

「鈴……無茶しやがって」

 

 

◇◆◇

 

 

「と、いう感じで大体片付きましたよ」

「鈴の生死は不明だけど」

「そうだったの……鈴ちゃん、無事かしら」

 

 そんな感じの騒動があったものの、今回の事件も大体片付いたので医務室に連れ込まれた会長の見舞いに来てみた。いつまで経っても目覚めない一夏を医務室に担ぎこんでみたらカーテンの向こうからお声がかかり、当たってはいないものの一応撃たれたので同じく医務室で安静を言い渡されている会長を見つけた次第。

 顔色を見る限り元気そうだし、特に怪我もないとのことでようやく安心できたよ。

 

「そして一夏くんは電脳世界でラッキースケベの限りを尽くしてきた、と。……IS学園は今日も平和ねえ」

「まったくです」

「もう、二人とも……。お茶、入ったよ」

 

 簪が入れてくれた茶を飲みながら、まったりと語る俺達。一夏の身にエロハプニングが降りかかる限りこの学園は平和である、という一夏にとってはた迷惑だろう認識がそこには確かにあるのだった。

 

「んー、でも、ねえ。みんなが……そう」

「どうしました、会長?」

 

 ただ、会長的には何やら思うところがあるようでもぞもぞしていた。座りが悪いというか落ち着かないというか、何か居ても立っても居られない様子でいる。

 しかしそんな会長も、俺が声をかけるとぴたりと止まり、なぜか半目でこちらを睨んできた。……あれ、怒らせるようなことしたか?

 

「え……な、何か会長の気に障ること言っちゃいましたっけ?」

「……それ」

「それ?」

 

 ベッドの上で上半身を起こしていた会長はもぞもぞと立てた膝で口元を隠し、目だけを俺に向けてくる。ありありと不満の様子が感じられるが、どうしたんだ一体。

 

「会長って、何。……さっきは名前で呼んでくれたじゃない」

「へ? ……あ。あー、あーあーあー」

 

 そして、言われてようやく原因に気が付いた。確かに、よくよく思い出してみると普段は「会長」と呼んでいるのに、さっき助けに行ったときは焦っていたからうっかり「楯無さん」と呼んでしまったような。

 

「もう、名前で呼んでくれないの……?」

「や、前々からずっと会長って呼んでたでしょうに。……まあ、お許しが出るんなら名前で呼びますけど」

 

 ぶすー、っと。口元は見えないがふくれっ面になっているのが目を見ればわかる、会長にしてはやけにわかりやすい表情だった。……でもなんだろうね、この感覚。なんかいつもの会長とは明らかに様子が違って、心臓がバクバクと強く脈打ってしまう。

 

「……簪ちゃん、いい?」

「いいよ、お姉ちゃん。前に相談された時も言ったけど、お姉ちゃんなら」

「簪?」

 

 そして極めつけに、なぜか言葉は少なくとも分かり合っている更識姉妹。口ぶりからするに、どうやら会長の方から簪に何事か相談を持ちかけたことがあるようだ。しかも、どういうわけかこの状況にかかわりのある内容の相談を。

 

 俺はそろそろ覚悟を決める。会長が一体何を言おうとしているのかはわからないが、多分大事なことのはずだ。

 

「あの、ね。真宏くん。前にも言ったことがあったわよね。私の楯無という名前は、更識家当主が受け継ぐ名前だって」

「らしいですね」

「だから、本当の名前は別にあって……それをあなたには、知っておいて欲しいの」

 

 あとで一夏にも教えるつもりだと、姿勢を正した会長がまっすぐ俺の目を見てくる。

 なにがしかの決意を秘めた瞳で、優しく微笑む簪に手を握ってもらいながら、赤い唇をそっと開いて。小さく、しかしはっきりと心に届く声で彼女の本当の名前を教えてくれた。

 

「私は、更識――刀奈(かたな)

 

「……そう、ですか。それじゃ、これからは刀奈さんか楯無さんて呼びますね」

「……うん」

 

 よほど恥ずかしかったのだろう。会長あらため刀奈さんは簪にしがみついて顔を隠してしまった。なんだか普段の刀奈さんからは想像もできないほどかわいらしい姿だ。

 

 

 ……本当の名前を教えてくれるということが刀奈さんにとって、簪にとってどういう意味があるのかは、残念だがわからない。だが、きっと悪いことではないだろう。よしよしとばかりにしがみつく刀奈さんの頭を撫でてあげている簪がこっちを見て、ぱちりとウィンクしてくれたから、俺はそう思うことにした。

 

「じゃあとりあえず刀奈さん、このお面あげます」

「……なんでそうやって準備良く、顔の右半分だけ覆う妙なお面を用意してるのかしら」

 

 というわけで、改めてお近づきのしるしをあげてみたり。紅白に塗られ、目の部分は白目が黒く瞳が金色になっているちょっと不気味なお面をプレゼント。ある意味ぴったりですよ。

 

 

 一夏が隣のベッドで眠っている医務室でそんなやり取りを繰り広げたりしてこそ俺達の日常。いろいろきな臭い世界の情勢を考えるに、いつまでこうしていられるかはわからないが、この平和が少しでも長く続いて欲しいと俺は思う。

 

 

 だからあとほんの少し。

 俺にとってこの事件は終わったに等しいが、実はまだほんの少しだけ後始末が必要なのだった。


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