IS学園の中心で「ロマン」を叫んだ男   作:葉川柚介

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番外編 その五「アウトブレイクカンザシー」

 ブーストの噴射炎が右、左と連続して瞬く。高機動型特有のこちらを幻惑する機動だ。しかも速度が予想以上に速いせいで、一瞬だが相手の位置を見失いそうになる。

 必死に照準を向けるも、パイロットがGで潰れるのではないかと疑うほど激しく左右への急速移動を繰り返されるせいでまともに捕えられず、半ばあてずっぽうに放った弾が届くころには、敵は既に別のところに移動している。

 相手は空中を素早く自在に動き、地上に張り付いているこちらをあざ笑っているかのよう。そして気づけば俺の機体の真上を通過。こちらの死角に入った途端激しい銃撃を叩き付け、振り向いた時にはもうそこにはいない。完全に弄ばれている。

 

『くっそ、なんだこの動き……一夏、そっちはどうだ!?』

『こっちも手一杯だ! 全然捕えられない!』

『この、この! とっつきを出す暇もないよ!』

 

 敵は三機。対するは俺、一夏、シャルロットの三人と、数の上では同じだというのにまったく勝てる気がしない。優れた防御力が自慢の俺も、ブレオンの道をゆく一夏も、バランスの良い武装の影にしっかりとっつきを常備しているシャルロットも、全員熟練の技量を持っているはずなのにまるで歯が立たなかった。

 反応速度が違いすぎる。尋常ではない高速機動とその最中でもブレないサイティング。一つ一つ全てにおいてこちらの動きを圧倒的に上回られては、手の出しようなんて……!

 

『……』

『……』

『……』

 

 プレッシャーに焦る俺達に対して、相手は無言。こちらの慌てぶりにも油断ひとつせず着実に攻撃を積み重ね、こちらが近づけば引き、隙あらば死角から強烈な一撃を叩きこんでくる。さっきから鳴りっぱなしの警告音は機体の活動限界が近いことを告げて、当たれば強烈なダメージを叩きこむ両手の自慢の武装はまともに敵に向けることすらできないまま。

 

『!? やばい、もう駄目だ……!』

『うわああああ!?』

『そんなああ!』

 

 そして俺達三人は、ほとんど為す術なく同時にトドメを刺され、荒野に爆炎の火花と散った。

 

 

◇◆◇

 

 

「……うう」

「……馬鹿な」

「……嘘だよ、夢だよ」

「……ぐすん」

 

「なにあれ。お通夜状態じゃない」

「一夏さん達は先ほどまで例のゲームをしていたそうですわよ?」

「朝からか……。なるほど、またぞろ強い敵にフルボッコにされたのか」

 

 例のロボゲで、そんなことがあったのさ!

 

 シリーズ新作が出れば熱中するのは紳士の嗜み。IS学園でも特に愛好しているという自負のある俺と一夏とシャルロット、そして最近仲間に入った簪は、日夜寝る間を惜しんで授業中に寝る勢いでロボのアセンと戦術構築と練習と実戦に励み、新しいシリーズにおいても自分のスタイルというものを確立しつつあった。まあいつも通り俺らはガチタンブレオンとっつきらーなんだけど。

 そして、そうなれば今度は対戦や協力してのチーム戦をしたくなるのが人情というもの。既にオンラインには普通に出没しているのだが、今日は少々趣向を変えて、学校のある平日の朝早くから全員揃ってオンライン。まずは朝の景気づけの一戦を、ということになった。

 ……なったのだが。

 

「どうした、お前たち。やたら雰囲気が暗いぞ」

 

 食堂のテーブル一つを占拠し、四人揃ってうなだれて闇のオーラを放っていることに気付いたヒロインズのうち、箒が代表して声をかけてきた。まあそうもなるだろう。俺が調子に乗って失敗してヘコむくらいならいつものことだが、一夏やシャルロット、それに簪までとなると話は別だし。

 

「いや、心配ないぞ箒。……俺もまだまだ未熟だって思い知らされただけだからさ」

「そうそう。……僕も、もっともっととっつきの練習しないと。あは、あははは」

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい……」

「……真宏くん、説明して。なんで簪ちゃんが鬱ってた時期よりも壊れかけてるの」

 

 ほら、楯無さんまで食いついてきたし。なのでここはひとつ、説明をせねばなるまい。

 

「俺と一夏とシャルロットの三人チームを組んで、ボロ負けしたのがショックで」

「なんだ、そんなこと……ちょっと待て、お前たちが!? ISでも代表候補生クラスのうえ、あのゲームの廃人一歩手前のお前たちが!?」

「一体誰にやられたんですの!?」

 

 この一言で大体事情をわかってくれるあたりからも、箒達の理解のほどが知れよう。一瞬流しかけるも、普段からやり込みまくっているせいか、俺たちが時々「空見上げればロッテンフライ……」とか「エヴァグリィィィィン……」とか口ずさんでるのを知っているだけに、これがちょっとした異常事態だと気付いてくれたのだろう。

 だから俺達も、誰がその偉業を成したのかを明らかにしなければならない。三人分の視線が向かう先。そこにいるのは。

 

「……くすん」

「簪!? え、簪が、一人で!?」

「正確には、簪一人が指揮する三機の無人機、だけどな」

 

 我らがIS学園のメカ乙女にして超可愛いと主に俺と楯無さんに評判の簪が、俯いているのだった。

 

 簪のゲームの腕自体は、さほど抜きん出たものではない。ミサイルが好きな高機動タイプで、自分に適した遠距離を保つタイプの使い手なのだがその分近づかれたりすると分が悪いという傾向が特徴なくらいか。……だが実は、簪には別の才能がある。オペレーターとしての技量が際立っていることと、もう一つ。

 そう、新たに加わった、無人機のAI編集機能だ。

 プレイヤーがロボを操縦するのとは別に、味方として自分でAIを編集し、行動を設定したロボを使うことができる。簪が何より得意とする分野が、それだ。

 

「……簪が組んだ3機のAI相手に、俺達三人。完膚なきまでに、ボロ負けだった」

「それは、すさまじいな……」

「簪ちゃんってそういうの得意だったのね……」

 

 いやもうね、すごかった。機体の組み合わせを完璧に生かすAIの挙動。機動も狙いも完璧で、逃げられず裏をかけず見事に三人それぞれ撃沈されてしまった。あれ、確実に作中のNPCより強いだろ。

 

「それはわかったが、ならばなぜ簪まで沈んでいるのだ? 真宏達をギタギタにのすほどのAIを組んだのなら多少は誇ってもいいことだと思うが」

「ああ、それは……」

 

「……私がやっても、自分で組んだAIに勝てないの」

「SFに名高いAIの反乱起こされていませんかしら」

「つーかそのAI、いつぞや襲撃してきた無人ISに乗せたらとんでもないことになるんじゃない?」

 

 そんな理由で割と本気でヘコむ俺達。いかにも平和な、いつものIS学園の一コマなのだった。

 

 

 ……ただ、このときの鈴の一言がのちにワカちゃんの耳に入り、IS学園が拿捕した例の無人ISを秘密裏に横流ししてもらって簪製のAIを乗せ、超強い無人ISを作ろうという通称<UNIS計画>に発展することになろうとは、まだ誰も知らなかった。

 

 

◇◆◇

 

 

 そんなこんなで朝っぱらから軽くヘコんだりしたが、その日の授業も普通に受けた。

 通常授業にIS授業。一般教科からしてレベルが高く、ISについても座学は俺の頭だときつくなり始めた今日この頃。それでも何とかくらいついて行かないと千冬さんに怒られるんで、死ぬ気でとにかくなんとかした。なぁに、ACパーツのステータス見て頭悩ませるのに比べれば!

 

 そして、放課後。

 一夏は例によって部活貸出しに駆り出されている。今日はダンス部で甲斐甲斐しく部員のお世話。汗を拭いてあげてヘブン状態にしたり特製ドリンクを配ったり、別のダンス部チームが練習場所を奪いに来て始まったインベスゲームに白式で参戦して追い返したりと大活躍だったらしい。

 そんなごく普通すぎる一日を終え、俺が自室に帰ってくるころ。

 今日の話は、実のところここからようやく始まる。ことになる。

 

 

◇◆◇

 

 

「お、お帰りなさいませ……旦那様」

「……へ?」

 

 自室に帰ってきたら、そんな言葉に出迎えられた。

 

 

 現状を説明しよう。

 時刻は夕方。授業が終わり、専用機持ちの日課である訓練もさっくり終わらせ、寮の自室に帰ってきたところ。使った機材を片付け、整備室で強羅のメンテナンスをしてシャワーを浴びて部屋に帰ってくるという良くあるパターン。特に何事もおかしなことはなかったが、それは自室の扉を開けるまでの話。

 

 ガチャリと開けた扉の向こうには、簪がいた。

 しかもセリフから想像できるものそのまま、メイド服姿で。

 

 簪が着ているのは少々変則的なメイド服だった。フリルのカチューシャが髪を飾りたてる点や全体のシルエットはまさにメイド服だが、何故か肩はエプロンの肩紐が掛かっているだけで肌が露出しているのが眩しい。スカートも短めで膝丈。簪にはロングスカートの清楚な姿が似合うかと思っていたけど、これはこれでいいモノだと深く思い知らされる。

 

 そして、頭の先からつま先まで下げていった視線を今度はゆっくり上げていく。両手は前で揃えて出迎えのお辞儀をした時のまま。そういう姿勢から育ちの良さというのはにじみ出るモノなのだろうか。むしろ簪はメイドにかしずかれる側のお嬢様なはずなのだが、やたら様になっている。さらにその上、簪の顔はさっきから真っ赤で目を伏せているのだけれど。そんなに恥ずかしいのか。だがそれがいい。

 

「な、何か言ってよ……!」

「お、おう、ごめん。びっくりしたからさ?」

 

 まあつまり、いきなりの出来事に驚いて錯乱していたのだけれど要するに簪がメイド服のコスプレをして俺の部屋にスタンバイしていたという状況なわけだ。

 この時点で俺は半ば無意識のまま部屋に入って後ろ手に扉を閉めていた。視線は当然簪に固定。瞬きの時間すら惜しむレベルで簪を凝視している。そのせいで照れた簪は両手で顔を覆ってしまった。ああもったいない、簪の照れた顔は超可愛いからもっと見たいのに!

 

 しかしまあ、メイド服だ。簪が。しかもお帰りなさいませと。旦那様と。

 どうしろと。俺にどうしろと。この欲望、解放していいのか。

 

「いろいろ言いたいことはあるんだけど、簪」

「は、はいっ」

 

 でも何より今すべきことはただ一つ。

 

「可愛いよ、ありがとう」

「ひゃうぅっ!?」

 

 ぎゅーっと抱きしめて、耳元で俺の本音を囁くことだ。

 

「可愛い。すっごく可愛い。なあこのままお持ち帰りしていいか? ていうかここ既に俺の部屋だったよな。それじゃあずーっとこうしてようか。可愛いぞー簪ー」

「ず、ずっとはダメええ!? ちょ、ちょっと落ち着いてっ。近すぎる、……ふぁ、息が耳に当たってくすぐったいからぁ!」

「大丈夫、ちょっとくんかくんかしてるだけだから」

「それはダメ!」

 

 もじもじごそごそと腕の中で動く簪を抱きしめたまま可愛い可愛いと連呼し続けた。当然抵抗はされるのだが、せいぜい身をよじるくらいなあたり本気で嫌がってはいないのだろう。そういう子なのだ、簪は。

 で、思うさま簪に俺の心境を伝えきってからゆっくり体を離すと、案の定顔は真っ赤になっている。ちょっと涙目で睨んでくるところなんてますますプリティー。でもあまり嫌がってないのか、逃げようとはしない。……ちょっとやりすぎたかなーと思ってたんで安心した。

 

「も、もう……! いきなり何するの!」

「それはむしろ、玄関明けたらメイド服でお出迎えされたこっちが聞きたいところなんだけど。もしくは何も言わずに愛でさせて。もう一回抱きしめたくなってきた」

「あう……。で、でもダメ。少し我慢してっ!」

 

 とはいえ、簪がそう言うので我慢することにした。少しだけ。

 

 スゥーッ! ハァーッ! と深呼吸をして落ち着いた簪ととりあえずさらに部屋の奥へ入る。いつまでも扉の前でいちゃいちゃしているわけにはいかないし。いや俺はそれでも一向に構わんッ! のだけど。

 簪のような引っ込み思案の子がいきなりこんなことをするということは、確実に背後で何者かが暗躍しているので、しっかり事情を聞かなければならない。別に報復するとかするわけではもちろんなく、こんないい思いさせてもらったんだから今度菓子折り持ってお礼しにいかないとだしね! そしてスカートを整えて椅子に座り、ちょこんと両手を揃えて膝の上に乗せる簪の説明に曰く、犯人はなんとのほほんさんなのだという。

 

 

「ねえねえかんちゃ~ん、まっひーにはもうご奉仕してあげた~?」

「ご奉仕……?」

「うん。かんちゃんは~、おとなしくて控えめで尽くす女で私なんかよりもずっとメイドに向いてるから、メイド服でまっひーを『ご主人様』とか『旦那様』とか呼んであげたらきっと、すご~く喜んでくれるよ~」

 

 と、そんな感じで余りまくった袖を振りながらの話に丸め込まれたらしい。恥ずかしがる簪を口八丁で言いくるめ、サイズぴったりのメイド服を用意して部屋に放り込むところまでのほほんさん主導で、簪はのっぴきならないところまで追い込まれてやけっぱちになった末の行動がさっきのお出迎えだったのだとか。

 のほほんさんは簪専属メイドのはずなのにそれでいいのかとは思うが、今回はひたすらにグッジョブだ。さすが見た目の割に優秀なことに定評のあるのほほんさん。今度お菓子を山ほど持ってお礼に行かねばなるまい。

 

「だけどそれよりまずは簪か。その衣装、すごく似合ってるよ。30分前の異世界でメインヒロイン張れるくらいに」

「そ、そう? よかった……喜んでくれて」

 

 何せ簪はこの通り、自分がしたいからコスプレしてるのではなく、俺が喜ぶだろうという理由でこんな可愛くなってくれたのだからして。ちょっと立ち上がって、スカートをつまんで片足上げながらくるっとまわってお辞儀して見せてくれたりなんかして。この子は本当にマンガやアニメの見すぎだ。どのくらいかというと、俺が喜ぶツボを完璧に抑えているくらい。これは湧き上がる喜びに身を任せるしかない。後頭部に空いた穴にセルメダルを入れられたような気がするから、この欲望を開放しないと!

 

「うん嬉しい。だからもうちょっと……」

「それはダメ。本当はおさわり禁止なの。今お茶を入れてあげるからおとなしく待ってて……ください、旦那様」

「はい、いい子にしてます!」

 

 

 と思ったけど、簪にいい子にしててと言われたら従うしかないのです。とりあえずメイドの嗜みとしてお茶を淹れてくれるらしいので、俺は正座して待ってることにしました。簪の仕事ぶりをガン見しながら。

 スカートの裾を揺らし、時々こっちを横目に見てその度に照れながら台所的スペースでお茶の支度に興じる簪。ちなみに紅茶を入れてくれるらしい。わくわく。

 

「……ところで、なんで旦那様? こういう場合ご主人様がオーソドックスだと思うけど」

「それは、その……ご、ご主人様って呼ぶのは、恥ずかしくて」

 

 ちなみに、俺の呼び名が旦那様な理由はこんな感じらしい。うん、さっぱりわからん。

 ……だけどなんかもうね、幸せ。ただでさえ、目が合うとはにかんだ笑みを浮かべてちょっと赤くなるくらい可愛い簪が、メイド服を着て俺を旦那様と呼んでくれるときたもんだ。なんか、俺のことを旦那様と呼ぶたびに言い慣れていない感が漂うけど、かわいいからどうでもいいや。振り向くたびに螺旋を描いて広がるスカートと、可愛らしく揺れるあちこちのフリル。既にして「可愛い」という言葉を何回使ったのかカウントしきれやしないんだが、簪がメイド服を着てるんだからしょうがない。

 

 そして、そんなに可愛いわけだから。

 

「簪ちゃんが萌え萌えきゅんなメイド服でご奉仕するにゃんと聞いて!」

「お、お姉ちゃん!?」

「それはどっちかってーと箒の場合でしょうに」

 

 何かアレなモノを呼び寄せてしまうこともあるのです。

 

 

 刀奈さん、襲来。コンコンバンッ! とやたらテンポよく、申し訳程度のノック直後に扉をぶち明けて入ってきましたよこの人。しかもそこはかとなく情報間違っているあたり、簪がメイド服を着ている匂いとか嗅ぎつけてきたんじゃなかろうかという疑惑がぬぐえない。

 

「失礼ね、本音ちゃんが教えてくれただけよ。『かんちゃんがメイド服で勝負をかけてるから、見に行くときはたっちゃんもかんちゃんと一緒にまっひーに身を捧げる覚悟でね~』って」

「簪のメイド姿に釣られて迷いなく来るあたりさすがですよね刀奈さん。つーかのほほんさんがとんでもないこと言ってませんか」

 

 いそいそと俺の隣に正座して簪をガン見する列に加わるIS学園最強の生徒会長にして、その実態はシスコンお姉ちゃんな更識楯無改め最近本名を教えてもらった刀奈さん。この人もまた俺に劣らず簪大好きすぎる人だ。

 

「とりあえず、まずは簪ちゃんを抱きしめていいかしら」

「わかりました、こうしましょう刀奈さん。俺が簪の左肩をハスハスする。刀奈さんは右肩をハスハスする。これで半分こです」

「ハムエッグみたいに半分こね、乗ったわ。……ここが私の、魂の場所よ!」

「乗らないでっ!」

 

 そして二人そろって怒られてしまった。いかん、また理性が飛んでいたようだ。しかも二人して。

 

「もう、しょうがないから見ててもいいけど……二人とも、おとなしくしててね」

「はい!」

「わかりました!」

 

 でもちょっと困ったような顔で簪に言われたら、デレっとした顔で素直に言うことを聞いてしまう刀奈さん。もちろん俺も、人のことは言えないけどな!

 

 

「ちょっと真宏くん、そこが簪ちゃんを観察するベストポジションなんだからもうちょっと詰めてよ」

「それはできない相談です。簪の一挙一動を舐めるように味わい尽くすのが、ああしてメイド服でご奉仕してくれている簪への一番のお返しなんですから」

「ズルいわよ!? この前も簪ちゃんと一緒に映画見てデートしてきたのに!」

「刀奈さんは生徒会の仕事あるって虚さんに引きずられていっただけじゃないですか。あと厳密にはデートじゃありませんよ。見てきたのも娯楽映画で、そもそも俺と簪とワカちゃんの三人で行ったんですし」

「ああ、あのロボットと怪獣が殴り合いをする……。あれから簪ちゃんが、私のラスティーネイルをうっとりした目で見てくるのよね」

「蛇腹剣ですからね。そうもなります」

 

 俺は簪に告白してOKをもらった身であるのだが、それ以前に簪とは同好の士でもあるわけで、たまには色気のない付き合いをすることもあるし、そうすると必然的にワカちゃんが混じってくることもある。というか俺達からお誘いすることもたまにあったりする。

 今回のお題は、話題になっていた巨大怪獣を同サイズのロボで殴り倒すという、俺達みたいなのにしてみれば神の贈物だけど貧弱一般人には地獄の宴みたいな超好みの映画鑑賞。前日興奮して眠れなくて遅刻しそうになったけど、当日は簪もワカちゃんも全く同じことをやらかして三人そろって待ち合わせに遅刻しかけていたので何も問題がなかった。それこそ一番の問題という気もするが。

 ともあれ、そうやって男女二人でデートをするよりも趣味を同じくする人が大勢で行った方が楽しいことの場合は簪と二人きりでいくわけではなかったりもするのです。

 

「ところでワカちゃん、強羅の腹部分にジェットタービンみたいなエンジンつけられない? もちろんブレストファイヤー機能付きで」

「任せてください!」

 

 などという会話も繰り広げられたりするくらいに堪能してきた。でも刀奈さんはそんなことでも根に持つから困る。ワカちゃんなんて、楽しそうなことがあれば優秀な部下の人に仕事押し付けてでも駆けつけてくるから、見習えばいいんだよ。

 

「でも今はそんなことより簪ですよ簪。……はぁ、可愛いなあ」

「本当よねー、実家の人に見せたらちょっとアレかもだけど、メイド服の可愛さはもうそんなしきたりを超越してるわ」

「……二人とも、ナズェミテルンディス」

「バッチリミナー!」

「バッチリミナー!」

「……やめて」

 

 またたしなめられてしまった。台所スペースに入ったら邪魔になるかと思って、刀奈さんと二人で上下に並んで角から首だけ出して覗いていたのだが、どうやらお気に召さなかったらしい。ぷくっ、とちょっと膨れている。今日は簪のいろんな表情が見られるなあ。

 

「刀奈さん、叱られてるのになんでそんな嬉しそうなんですか」

「真宏くんだって、メイドな簪ちゃんに叱られて超気持ちいいと言わんばかりじゃない」

 

 もう、とか呟いて顔を赤くしつつも湧かしたお湯をポットに注ぐ簪。カップもすでに用意してあるみたいだし、俺と刀奈さんはそそくさとテーブルの前に戻って待つことにした。楽しみ楽しみ。

 

「……で、なんで刀奈さんはどこからともなく猫耳取り出してるんです?」

「え? メイド服に猫耳って似合うじゃない」

「何を言ってるんです。確かに猫耳もいいですけど……この場合はどう考えてもこのエルフ耳を使うべきでしょう!」

「その気持ちもわかるけど、でも私は猫耳簪ちゃんを見たいのよ! 猫耳モードでーす!」

「じゃあ間を取ってウサ耳はどうかな? ミミミンミミミン」

「うーさみん! ……って、ハッ!?」

 

「どうしたの?」

「い、いやなんでもない」

「そうよ簪ちゃん。この部屋に余計な人なんていなかったわ。ただ、簪ちゃんには猫耳もエルフ耳も首輪も似合いそうだなって真宏くんと話してただけよ」

 

 待ってる間にお互い用意したつけ耳のどちらがより簪に似合うかで激論を交わしたり、いつの間にやらさらに別の誰かが割り込んでいた気がしたけれども気にしない気にしない。ベッドの上にメカっぽいウサ耳が突き刺さってる気もするけど、あれは幻覚だ。

 

 俺達がそんなアホなことをやってる間も、簪はちゃんとお茶を用意してくれていた。丁寧に並べられるティーカップ。ポットからはかすかに湯気が出て、お茶菓子はオーソドックスにクッキーだが、多分手作り。なんだろうこの至れり尽くせり。

 というか、のほほんさんにそそのかされただけなのにこんな風にご奉仕してくれるなんて、もう泣いていいんだろうか。

 

「ダメよ真宏くん、まだ簪ちゃんのメイドを堪能しきってないんだから! エンディングまで、泣くんじゃない!」

「そうですよね、刀奈さん! ありがとう簪、たとえ命尽きても俺は簪のご奉仕を受けてみせる! 命、燃やすぜ! あと後日お礼するから楽しみにしといてくれ」

「うん、期待しておく」

 

 簪ってば、動じないなあ。姉が自分の姿見て興奮でハスハス鼻息荒くしてるというのに軽くスルーして俺に微笑みかけてくれるあたり、たくましくなったものだ。

 

「ともあれ簪も座って座って。一緒にお茶しよう」

「ありがとう。それじゃあ、お言葉に甘えて」

 

 俺が立ち上がって引いた椅子にスッと腰かける簪。なんか衣装からすると立場が逆な気がするけど気にしてはいけない。簪とついでに刀奈さんと楽しくお茶をするのが今の最優先事項なのだからして。

 

 

「……ふう、美味しいな。簪が入れてくれたから、特に」

「虚ちゃんに淹れ方を教えてもらったのね。いいわぁ……」

「まだ、全然敵わないけど。でも口に合ったみたいで、よかった」

 

 三人そろってお茶を飲む。さっきまでは主に俺と刀奈さんのテンションがぶっ壊れていたが、美味しい紅茶の作用かだいぶ落ち着いた。この味ときたら、セシリアに知られたら簪の部屋に入り浸られてしまうかもしれないほどだ。

 

 

「で、簪。急にどうしたんだ?」

「……う」

 

 お茶を飲んで興奮がだいたい落ち着いてきた頃合いを見計らって、俺は簪に今日のこのありさまの理由を聞く。いや、メイド服ご奉仕なんて感謝してもし足りないんだけど、あの簪が、コスプレしたいと思っても恥ずかしくてできないこと確実な簪が、わざわざこんなことをしてくれるなんてどうしたのかと思ってさ。のほほんさんの唆しだけじゃちょっと説明がつかない。

 

「よくよく考えたら今日は昼ごろからそわそわしてるとは思ってたけど、これが原因だろ? のほほんさんに乗せられたにしても、なんでまた」

「……」

 

 確かに、簪の様子が変だとは思っていた。休み時間に姿を見てもぼーっとしていたし、放課後に整備室で見かけたときはキーを叩く手を時々止めて何かを考えているそぶりだったし、ちょっと顔が赤かったようにも思う。いつもだったら結構遅くまで残って機体の調整をしているのに割と早い時間に姿が見えなくなってもいた。今にして思えばこの準備があったんだろうけどさ。

 でも刀奈さん、なんでお茶啜りながら半目で俺を見てるんです?

 

「その……真宏に元気を出してもらおうと、思って」

「元気とな」

 

 まあいいや、と思いつつ簪の話を聞けば、そんな答えが返ってきた。

 

「最近は夜遅くまでゲームしてるから、ちょっと心配で。たまに眠そうにしてるよね。資料を見てる時にうつらうつらしてたり、装備のスペックを調べてる時に眠気覚ましに頭をぷるぷる振ったり」

「……」

 

 ……言われてみれば、心当たりはあった。あのシリーズではいつものことながら、寝る時間を削って熱中してしまうのは割とよくある。アセンに頭ひねって気づけば窓の外が明るくなっていた、などということも一度や二度は経験した。それで昼間に眠くなって簪に心配されてしまった、ということかなるほど。

 それはいいけどなんで刀奈さんは簪のことも半目で見てるんだろう。

 

「だから……元気、出た?」

「もちろん。むしろこの状況で元気出なきゃ男じゃない。ありがとう」

「……うん、よかった」

 

 ともあれ、簪は俺の返事に満足してくれたようだ。赤くなった頬をそっと手で隠してふにゃっとほほ笑む。ああもう、元気になるけどそれ以上に癒される。こんなに幸せでいいんだろうか。

 

 

「……お互い、よく見てるわよねー」

「へ?」

 

 そんな空気をひとしきり堪能したのち。刀奈さんはカップを置いて、ボソッと呟いた。

 いかん、なんか刀奈さんの目が一夏をからかう時のあの超楽しそうな目になってる!?

 

「お互い普段から相手をよく見てるんだなーって、思ったの。実際今も、簪ちゃんを見てると真宏くんを見てるし、そうかと思えば真宏くんも簪ちゃんのことばっかり見てるし。……そっかぁ、ついつい目で追っちゃうのね」

「……。お、お姉ちゃん!? 何言って……!」

 

 一泊の間。そして顔を真っ赤に沸騰させる簪。だがおそらく俺の顔も見えていないだけで似たような有様なんじゃなかろうか。首から上が妙に熱い。

 刀奈さんの一言で、普段の自分の行動を反射的に振り返ってしまう。普通に生活をしているつもりだったけれど、確かにふとした授業の合間に廊下や校庭に目をやっては、簪の姿を探していた。休み時間の人ごみの中に、刀奈さんともよく似た青い髪を見るとついつい目が引き寄せられているのは間違いない。最近整備室に顔を出す頻度が上がった気もするけど、もしそこが簪の根城でなければ今ほど通い詰めていただろうか。

 一瞬のうちに脳裏を過るそういう自分がやらかしていたこと。なにこれ、少女マンガかなんかじゃあるまいし!?

 

 ちらり、と簪の様子を伺ってみる。

 するとタイミングが良かったのか悪かったのか。まさに簪も上目遣いにこちらを見ていたおかげでばちりと音がするような勢いで目が合った。さっきよりもなお頬が赤い。露出多めのメイド服で肌の白さが際立っているから、余計にはっきり赤くなって見える。照れてる女の子ってどうしてこんなにかわいいんだろうなあ。

 

 

「はいはい、そういうのいいから。……なにかしらねもう、さっきからお茶がサッカリン入れたみたいに甘いわー」

「うおぅ!?」

「ひぅ!」

 

 そして、気づけばそのまま見つめ合っていた。ああもう、今日は一体どうしたってんだ俺!?

 

「んふふ、いいんじゃない。二人が仲良くしてくれると私も嬉しいし。それじゃあ簪ちゃん、お茶ごちそうさま。あとは二人で、ごゆっくり」

「ちょっ、この状況にしてからいなくなるんですか!?」

「これ以上いたら本格的にお邪魔になっちゃうもの。じゃあね~」

 

 しかも刀奈さんは刀奈さんで、引っ掻き回すだけ引っ掻き回して帰っちゃうし! この空気の中簪と二人きりって、嬉しいけど恥ずかしいんですが!?

 

「……」

「…………」

 

 パタン、と扉が閉じることで部屋に取り残された俺と簪。椅子にちょこんと腰かけた肩出しメイド服の少女と、普通にIS学園の制服姿の男。何とも奇妙な取り合わせだ。最初に簪が待ち構えていた時と状況としては大差ないはずなのに、この空気の違いは一体なんなのだろう。

 

 何となく、俺も椅子に座り直す。お茶は既に飲み干した。簪はうつむいたまま顔を上げない。

 うなじが見える。白くてスッとして、きれいなうなじだ。触ってみたいなー……ってちょっと待て、これがまさに刀奈さんに言われた「つい目で追う」ってやつじゃないのか!?

 

「あの、ね……」

「はいっ!?」

 

 沈黙を破ったのは、簪の方だった。

 何かを決意したかのように顔を上げ、キリッとした表情を浮かべている。なにか、言いたいことがあるのだろう。俺も居住まいを正して聞かねばならない。刀奈さんにあんなこと言われた後だからどんな言葉が飛び出すのか、全く想像はつかないがそれでも必ず受け止めようと覚悟を決めておく。ヘタレと言うなかれ。今の俺にできることはそのくらいしかないんだ。

 

「私、ね」

「ああ」

 

 簪は、すう、と息を吸い込んで一息に。

 

「真宏に見られるの……イヤじゃないから」

「……マジか?」

「……マジで」

「……(じっと見る)」

「……あぅ」

「……マジだ」

 

 そんなことを言って、実際に見つめても嫌がらず、証を示してくれた。

 

 

「……っぷ。くくく、ふふふはは」

「え、ちょ……どうして笑うの?」

 

 そんなこと言わないでくれ。きょとんとしている簪の顔がかわいくて、余計笑えてくる。まったく、心配してたのがバカみたいじゃないか。

 

「ごめんごめん。嬉しくて、つい。ありがとな。俺も、簪が見てくれてるのは嬉しいよ。ただ、それなら今よりカッコつけないといけないかな」

「あ、そ、そう……よかった。あ、でも大丈夫。真宏は今でもカッコいいから」

「……ちょっと待って。なにそれ照れる」

「うぇっ!? あ、う……で、でも真宏だって私のこと可愛いなんて言ったりするから!」

「それは事実だからしょうがない」

「……もう!」

 

 簪も、よく俺のことを見ている自覚があったのかもしれない。あからさまにほっとした様子で胸を撫で下ろして、そして笑っている。

 まったく、本当にどうしてこんなにかわいいんだろうなあ。二人でくすくす笑いあいながら、俺は改めてそう思っていた。

 

 

「お茶、もう一杯もらえるかな」

「うんっ」

 

 

◇◆◇

 

 

 そして、その数日後。

 

 

「お帰りなさいませ、お嬢様」

「……へ?」

 

 自室に帰ってきた簪を、ばっちり執事ルックで決めた俺がそんなセリフで迎え撃ってやった。あの日俺が浮かべたのとそっくりだろう、簪のきょとんとした顔を見て内心ガッツポーズを決めたのは秘密だ。

 

「お荷物をお預かりします。お茶の用意ができていますので、どうぞこちらへ」

「え、あ……なに!?」

 

 甲斐甲斐しく簪の世話をしているように見せかけてちょっと強引に部屋に連れ込み、同室の人に許可を取って用意しておいたティーセットの準備を進める。あんなことしてもらったお礼に、今日は無理矢理にでも簪に傅く日だと勝手に決めていたのでね。異論は認めないから覚悟しておくように。

 戸惑う簪の手を笑顔で引いて、俺は彼女をテーブルへと案内する。

 あんないい思いをさせてもらったんだから、ただではすませない。

 そう。これこそまさに最近流行りの、やられたらやり返す。倍返しだ。

 

 

◇◆◇

 

 

 そんでもってさらに数日後。

 

「……なあ、真宏」

「どうした一夏、妙にげっそりして」

 

 なんか一夏から相談を持ちかけられた。どうせまたヒロインズになんぞされたんだろうけど、妙に憔悴しちゃいないかねこいつ。

 

「何かがおかしいんだよ。ここんところ、毎日部屋に帰ると……」

「帰ると……?」

 

 頭を抱えた一夏はまるで怪奇現象にでも悩まされているかのよう。そんな一夏の語るところによると。

 

「箒達がメイド服で『お帰りなさいませ』って出迎えてくれるんだ。一日一人、日替わりで……」

「……マジか」

「しかもそんな異常事態なのに俺はまだ一発も殴られてないんだ」

「それはすごいな!?」

「もしこのままの勢いで千冬姉までメイド服で出迎えてきたりしたら、俺はどうしたら……」

「ちょっと期待してるみたいな顔してるんじゃねえよ」

 

 ……どうやらこの学園に、サプライズでメイド姿でのご奉仕が流行りつつあるらしい。当然、対象は一夏オンリーだが。

 

「さ~、メイド服のレンタルはいらんかね~。各種サイズ取り揃えてるよ~」

 

 そしてどこからともなく聞こえてくるこのやたらのんびりした売り口上と盛況らしいきゃあきゃあという黄色い悲鳴。ヒロインズの様子の違いっぷりに戸惑う一夏は気づいていないようだが、どうやらまだまだこの流れは留まるところを知らないらしい。……千冬さんまでやらかす可能性も、それなりに高いと見たね。

 

「……あ、そうか」

「なんだ、何かわかったのか?」

「ああ、まあな」

 

 そして俺は、ふと気づく。

 この一夏の悩みの原因。おそらく簪のしたことが漏れ聞かれ、噂となって学園を駆け巡っているのだろう。尾ひれ背びれがつくのはいつものこと。メイドのコスプレをすれば合法的に一夏にご奉仕できるとか、そんな感じに捻じ曲げられたに違いない。

 そうして発生したこの状況を説明するのに、あまりにも的確な言葉を、俺は気づいてしまった。

 

 これこそが、後にIS学園で伝説となるメイドコスプレご奉仕週間。「アウトブレイク・カンザシー」の幕開けなのであった。


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