「ふむ……大丈夫そうか」
遮断シールドのレベルが上げられ、シャッターも引きあげられたアリーナの中央を見通せる場所は、そう多くない。
アリーナ内部を監視し、教師部隊に指示を出す必要のある管制室の他は上空から肉眼で見下ろすか、あるいは増援を送り込むために使用されるアリーナ両側のピット程度であり、実際に俺が佇むこのピットからはアリーナ内を一望することができている。
ラウラのシュヴァルツェア・レーゲンに発動したVTシステムは未だ健在。
俺はいざとなればすぐにも強羅を展開して駆けつけるつもりだが、そうでないならば可能な限りここで様子を見ていようと考えていた。
なにせ、いかにIS学園の敷地内、しかもアリーナのピットとはいえ生徒が許可なくISを展開することは規則で硬く戒められている。
その上俺は以前の無人機乱入事件で、屁理屈をつけたものの実質無断展開をしてしまった前科があるため、今日も同じことをして千冬さんたちに余計な手間をかけたくはない。
一夏達の命の危機とあらば知ったことではないしその後の罰も甘んじて受けるのだが、同時に一夏達ならば、俺や先生たちの手を借りずともきっと何とかできるだろうという思いもある。
だからこそこうしてピットで成り行きを見守っていたわけであるが、どうやらそれほどの心配はいらなかったらしい。
箒の制止と説得を受けた一夏が立ち上がり、シャルルのラファール・リヴァイヴと白式をケーブルで繋いでエネルギーリンク。
一極限定モードで白式を再起動した。
それを見て、ほっと安心する。
この様子であれば、一夏がVTシステムを倒してくれる。
ついさっきVTシステム自身が使った、千冬さんから教わり、箒との訓練で自分のものとして昇華したあの技で打倒し、ラウラを助けだすだろう。
無人機乱入事件の時は思わず助けに駆けつけ、セシリアと鈴VSラウラ戦では俺が出しゃばらざるを得ない状況にあったが、どうやら今回はなにも問題はないらしい。
そう安堵して胸を撫で下ろし。
すぐに、表情が固まった。
「……なんじゃありゃあ!?」
思わず叫ぶ俺。
しかしその叫びはおそらく一夏達と、駆けつけた先生方やモニターで状況を確認しているだろう千冬さん達にも共通なものであろうという確信がある。
俺が驚いた原因は、再展開された白式の姿。
ラファールからのエネルギーで再起動した白式は、VTシステムを倒すために自身唯一の武装である雪片と、その運用をサポートするために最低限の装甲を起動するのだと思っていた。
思っていたのだが。
「で、でっかい雪片?」
現れたのは、普段より倍は大きい雪片「のみ」であった。
本当にでかい。
ただでさえIS装着時に振り回すものであるため刃渡り2mはあろうかという長刀雪片が、その長さと厚さを倍にして全長では5mに届こうかという、野太刀どころではない巨大な刀になっている。
しかも、白式の装甲なし。
おそらくあの大きな雪片の形成にラファールから受け取ったエネルギーの全てを回し、手甲などを展開する余裕がなくなったのだろう。
だがそれはすなわち一夏がISのパワーサポートを受けられないということであり、一夏自身の力で雪片を振り回さなければならないことを意味しているのだが、それだけの大きさの金属塊を振り回すなど、まともな人間にできるはずはない。
結果として、一夏は展開と同時に重々しい音を立てて地に着いた雪片をなんとか両手で持ち、それ以上はわずかも持ち上げることができないという状況になってしまっている。
「……白式、何考えてるんだ?」
もはや、呆れるより他にない。
シールドバリアを切り裂くことができる代わりにバカげたエネルギー効率の悪さを誇る零落白夜に始まり、後に開花するだろうセカンドシフト後の追加装備、雪羅は零落白夜のクローにシールド、荷電粒子砲とエネルギー管理が必要どころではない効率の悪さ。
元から白式は矯正しようもないほどの火力バカだと思っていたが、どうしてこの局面でもそんな性質をあらわにするのか。理解に苦しむどころではない。
……まあ、実用性には疑問符のつく数々のロマン武装を擁する俺と強羅も人のことは言えないのだが。
「……だけど巨大な剣っていうのも、ロマンか」
だから、結局俺が手伝わなきゃいけないらしい。
呆然としている一夏達三人と、それを見てどうしたらいいのか計りかねている先生方。
今の状況を解決できる手段は多分、俺が持っている。
「強羅、部分展開。右腕部に全エネルギー集中」
顔の横に立てた右腕へと光が集まり、一回り太いどころではきかないほどゴツイ強羅の腕が展開される。
しかも、贅沢にエネルギーを最大レベルまで込めてあるため装甲の端々から光がこぼれ、腕から脈動のような力の高まりが感じられる。
「頼むぞ、強羅。……特別に貸してやるんだ。上手く使えよ、一夏」
湧き上がる力に高まっていく内圧に従い、右腕を大きく振りかぶる。
どこまで行ってもこの試合はラウラと一夏の戦いであり、千冬さんを模したVTシステムは一夏自身が乗り越えるべき壁だ。
ならば余計な介入は無粋。
この程度が、関の山だろう。
◇◆◇
「このおおおおおおおおおおおおっ!」
「一夏……」
アリーナ中央から少し離れた位置。
VTシステムの迎撃範囲からは辛うじて外れているらしい距離に陣取って包囲する教師部隊のISからさらに少し離れた位置にて、一夏が巨大な雪片を持ち上げようと必死になっていた。
ただでさえ生身で扱うのは難しいだろう雪片が、一極限定モードで再起動した結果どういうわけか通常の二倍ほどのサイズにスケールアップして姿を現している。
しかも白式自体の装甲は展開されなかったために、この雪片を振るうためには一夏自身の筋力しか使えない。
先日千冬がIS用の実体ブレードでラウラに斬りかかったことはあったが、今の雪片はあのときのブレードとしても明らかに大きい。
刃を下に向ければ自重でずぶずぶとアリーナの地面を押し切って沈み込むほどの重量は、間違っても一人の人間が持ち上げられるものではない。
一夏はさっきから何度も気合の声を上げて雪片を持ち上げようとするが、さすがに全長5mの特殊合金刀はまともに持ち上げることすらかなわず、叫びもむなしく柄を地面から離すのが精いっぱいだった。
「ご、ごめんね一夏! どうしてこんなことに……」
「気にするな、シャルル。本当ならもう奴には挑めないはずだったのに、こうしてなんとかなったんだ。あとは俺がこの雪片を使えば、大丈夫だろ」
「……しかし、使えるのか、一夏?」
「使ってみせるさ、箒。雪片がこんなサイズになったのはきっと、白式がこうでなきゃ勝てないと判断したからだ。それに……」
「それに?」
「箒が正気に戻してくれて、シャルルがエネルギーを分けてくれたんだ。これで勝てなきゃ……男じゃない!」
そう言って、ますます力を込める一夏。
箒もシャルルも、一夏が自分達の思いを力に変えてくれていることを嬉しく思うが、それでも未だ持ちあがらない雪片を見れば状況が絶望的なのは明らかだった。
箒には既に機能停止した打鉄。
シャルルには白式に全てのエネルギーを託し、もはや展開できないラファール・リヴァイヴ。
どちらもこれ以上一夏にしてやれることはなく、ただ彼の努力を見届けることしかできはしない。
決意を背に雪片へ挑む一夏を見れば、一緒に持ち上げようと助力することすら彼の想いを踏みにじることのように思えてしまう。
だから、わかっていた。
一夏を助けるためには、どうしてももう一手が必要だ。
二人は祈る。
どうか、一夏にあと少しの力を、と。
このチャンスを掴み取るための、ほんのわずかな奇跡を願う。
願うだけで叶うことなどこの世には何一つとしてありはしない。
しかし、ギリギリまで頑張る姿が人の心を打ち、力を貸してくれることもまた事実なのである。
だからそのとき、箒とシャルルの願いに応える者がアリーナの外にいたのだ。
「一夏ぁ!!!」
「!?」
一夏との長年の友誼に従い、友の危機を救うために力を貸してくれる奴がいる。
「これをっ、使えええええええ!!」
「うおおっ!?」
彼の名前は神上真宏。
一夏と箒の幼馴染であり少々突飛な性格をしている、大切な友人。
叫びに気付いた一夏達が振り向くなり、ピットに立つ真宏が叫びとともに振るった腕から、部分展開された強羅の右腕が飛び出した。
しかもそのままアタックブースターを吹かし、かつてセシリアと戦った時に見せたロケットパンチのごとき速度でまっすぐ一夏へと向かって飛翔。
突然の出来事に驚きはしたが、ISを展開していない生身の一夏は避けることなどできようはずもなく、反射的に右手を突き出し、
ブッピガン!
「なっ……、強羅の腕が!?」
その腕に、飛翔途中でくるりと反転した強羅の腕がしっかりと装着されたのだ。
一夏は強羅の腕が装着された瞬間から、自分の体に力が湧いてくるのを感じている。
ISを装着したときと変わらぬそれは、強羅から伝わってくる力強いエネルギー。
自分の専用機である白式とは違ってどこか違和感を感じさせるが、呆然としたまま手の動きを確かめると、意のままに自分に従ってくれる友の愛機。
胸の奥で真っ赤な炎がごうごうと熱く燃え盛るようなこのイメージは、紛れもなく真宏が普段感じているロマンと力であるのだろう。
その感覚から、真宏がこの腕に託してくれた強羅のエネルギーが宿り、自分に力を貸してくれているのだと、一瞬のうちに理解した。
「真宏……!」
ピットを振り向けば、そこには真宏の笑顔がある。
貸し一つだ。
わずかなりと起動したハイパーセンサーで強化された視界の中で、真宏の口の動きから読み取れるその言葉は、一夏の勝利を疑いもなく信じてくれているのだと伝わってくる。
「……また一つ、借りてる力が増えたな」
箒に、シャルルに、真宏。
次々と自分に力を貸してくれる友の顔を思い浮かべ、借りを返すときの大変さを思って、一夏の顔には自然と苦笑いが浮かぶ。
そしてそのついでとばかりの気安さで、強羅の腕を装着した右手で雪片を掴む。
今度はさっきまで感じていた重さが嘘のように、5mもの長さの刀をひょいと軽々持ち上げることができた。
自分の身長の2倍でも効かないほどの長さの刀を片手で持っているというのに、揺るぎもしない。
さすがに白式を装着している時とは違ってどこか馴染まないような感覚はあるが、それでも通常の倍ほどの大きさになった雪片を持ってもいつもと変わらない重さのように感じさせるあたりから、強羅のパワーが窺い知れた。
「一夏。……必ず勝て」
「任せとけ、箒」
「じゃあ、もし負けたら明日から女子の制服で通ってね?」
「……お、おう?」
箒からは激励を。
真宏のロケットパンチと、それを装着した一夏を見てキラキラと目を輝かせていたシャルルからは緊張をほぐす冗談――冗談だよな? と真剣に疑問に思ったが冗談に違いないと思うことにした――を。
それぞれ受け取り、VTシステムへと向かい合う。
おそらく相手が使ってくるのは、さっきと同じ一閃二断。居合からの袈裟斬りだろう。
さっきまでは同じ技で打ち勝とうと思っていた一夏であったが、やめた。
かつてモンド・グロッソで優勝した千冬の使っていた雪片と同型である雪片弐型を織斑一夏の身一つで振るうのであるならば、それも良い。
しかし今この手にあるのは友の力と信頼が形を成した長刀。
ならば、それにふさわしい戦いをするべきだ。
「零落白夜――起動!」
構えは上段。
強羅の右手に持った雪片の切っ先で天を突き、右のつま先を相手の正中線へと向けた立ち方は前進以外のあらゆる選択肢を排除した、絶対必倒のそれ。
一夏の意志を受けた刀身は瞬く間に展開し、全てのシールドバリアを斬り裂くエネルギー刃を形成する。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!」
裂帛の気合に応じて、刃が天を裂かんばかりに伸びる。伸びる。伸び上がる。
その長さはアリーナの観客席よりもなお高く、実に10m以上。
どんな敵でも真っ向から斬り伏せる……いや、斬り伏せられると信じる一夏の心そのもののような、巨大な剣である。
「三位、一体ッ」
白式の雪片。
シャルルのくれたエネルギー。
真宏が託してくれた強羅の腕。
この剣にはその全てが宿っている。
そして自分を奮い立たせてくれた、箒の思い。
全てを重ね合わせ、一夏が持ちうる力をここに結集し、今の自分にできる最高の一撃を放つのだ。
一夏の声が届いたか。
VTシステムが一夏の手から伸びる雪片に気付き、ブレードを居合の型に構えて迫る。
機械によるトレースと言えど、それは初代世界王者の動き。
ISを身につけることができずに見守る箒とシャルルにとっては目で追うことすら敵わない速度で間合いを詰めようと走り抜けるが、遅い。
「真っ向! 唐竹割り!!」
稲妻のごとき疾さで天から振り下ろされた零落白夜の長大なエネルギー刃に、為すすべなくその身を切り裂かれた。
◇◆◇
カポーン。
強羅のベルト部分にセルメダルを投入し、レバーを回してドリルアームを装着。最大トルクでドリルを回し、目の前のヤミーからセルメダルをえぐり取る
……というわけではなく、ただ単に風呂に入っているだけである。
この音がしたらそこは風呂場、と最初に考えた人は誰なのだろう。
IS学園学生寮が誇る大浴場の湯船の一つにつかりながら、そんなことを考える。
時は夕食後。
初っ端から諸々面倒が起こった学年別トーナメント中止が決定され、一夏達ともども事情聴取やらなにやらを受けて夕食を食いっぱぐれかけた後、山田先生から今日は大浴場が使えることを知らされ、こうしてIS学園に入学して以来久々の広い湯船を堪能しているというわけだ。
夕食時には、トーナメント中止に伴い一夏との交際権が流れてしまったことを嘆く女子や、「付き合う」という言葉を「買い物に付き合う」のだと勘違いしていた一夏にボディーブローと体が浮くほどの蹴り上げをかます箒など、大変見ごたえのあるイベントが起こったりもしたから、疲れはしたものの退屈はしなかった。シャルルじゃないけど、一夏の鈍感はいっそ病気なのではなかろうかという気さえしてくるね、ホント。
そしてやはりというべきか、その夕食の合間、一夏がISのクロッシングでラウラと話をしたような気がする、と言っていた。
「IS同士の情報交換ネットワークの影響で起きるクロッシング・アクセスのことじゃないかな。ISにまつわる都市伝説みたいな良くわかってない機能の中にそういうのもあるっていう話だよ」
「平たく言えばニュータイプ同士の共感現象みたいなもんだ。白式とシュヴァルツェア・レーゲンは白と黒だし、ビームトンファーみたいなのもあるしちょうどいいかもな」
「……妙に納得できる、わかりやす過ぎるたとえだなオイ」
何やら魂で理解できるところがあったのか、ふむふむと頷いている一夏。
……シャルルは一夏とラウラの対話をISの機能によるものだと考えていたけれど、実際のところはどうなんだろうね。
ISにそういう機能があることは事実なのだろうけれど、それを成したのが一夏であると言われてしまえば、むしろラウラが奴のモテフィールドに取り込まれただけなのではないかという気さえする。
説明しよう! モテフィールドとは一夏が時々展開する不連続時空間であり、触れた者は例外なくフラグを立てられることになる。しかもその中に取り込まれてしまえば一夏のフラグ建築能力は通常の約3倍となり、一夏ルートを必ず確定させることとなるのだ!
……まあ、嘘だけど。
そんなどうでもいいことを考えながらの夕食は、疲れた体に妙に染みた。
俺が湯船にゆったりと浸かりながらついさっきのことを回想している間も、一夏は年甲斐も無く広い浴場にはしゃいで次から次へと様々な風呂をはしごして堪能しているが、そろそろ疲れてこの何の変哲もない大きな湯船へと来ることになるだろう。
長年の付き合いからすれば、その程度の行動予測など造作も無い。
だから、そろそろ行動に移すべきだ。
「一夏ー、俺はそろそろ上がるぞー」
「えっ、もうか? 相変わらず真宏は風呂が早いなあ」
風呂場独特の反響音を伴う声で一夏に告げ、風呂を出る。
俺も日本人として風呂が嫌いなわけではないが、一夏の長風呂は付き合いきれるものではないし、何より今日この風呂場の主役は俺ではない。
さすがに大人数での使用が前提であるため広々とした脱衣所に上がり、体を拭いて手早く着替えを身につける。男の着替えなど、ぱぱっと済むものなのだ。
そして何事もなかったかのように出口へと向かい、その途中でぽつりと独り言を漏らす。
久々の大風呂で気分が良くなっていたのだから、別におかしなことはなにもないはずだ。
「一夏はそろそろ大きい湯船でゆっくりしているころだ。健闘を、祈る」
「……う、うん。ありがとう、真宏」
脱衣所の隅からシャルルの声で返事が返ってきたような気もするけれど、振り向いて確かめたりはしなかったので真偽のほどは定かではない。ないったらない。
このあと風呂場で何が起こったかを俺は知らないし、知ろうとも思わないってことで一つ。
原作通りにシャルルが自分の本当の名前を打ち明けたのかどうか、それを知るのは当事者二人のみである。
「ゆうべは おたのしみでしたね」
「ぶふうううううっ!?」
「わあっ、一夏大丈夫!?」
まあ、翌日の朝食時に一夏が茶を飲んだタイミングでこのセリフを言うのだけは忘れなかったのだがね。
◇◆◇
そしてその後、朝のホームルームにて。
「えーと……それでは皆さんに転校生……かなぁ? を紹介します!」
「シャルロット・デュノアです。皆さん、改めてよろしく」
あ、山田先生がついにやけっぱちになった。
女子の制服を着たシャルルの隣でテンションが燃え尽き、教卓に突っ伏す山田先生には同情を禁じえないが、俺としては面白くなる一方の状況にニヤけ笑いを隠せない。
どうやら、シャルルは昨日の晩のうちにしっかりと決意を固めたらしい。
少し照れくさそうにしながらもしゃきっと背筋を伸ばして立つ姿からは、偽りのないこれからをまっすぐに生きて行こうという強い意志が感じられた。
おめでとう、シャルル……いや、シャルロット。
変わらぬ友情と縁の元に、新しい君を歓迎しよう。
とかなんとか俺は内心で思っていたのだが、他のクラスメートまでそういう反応を返せるわけがない。
例えば教室の後ろの方からセシリアの声で、
「ひょっとして、あの日感じた『やられたぁっ、あのアマぁ!』という感情はこのせいでしたの……?」
こんなことを言っているのが聞こえてきたり。それはむしろラウラのセリフではないのか。
そんなわけで、男と思われながらも実は女だったシャルルと一夏がしばらく同じ部屋で寝起きしていたことに気付いた女子を中心にざわめきが広がりだし、ただならぬ雰囲気を感じ取った一夏が顔を青くして、教室の扉が吹き飛んだ。
「一夏あああああああああ!!」
「げえっ、鈴!」
ジャーンジャーンジャーン、と小声で付け足してやりながら視線を向ければ、そこには教室の扉を一片の比喩も無く文字通り粉砕して入ってきた鈴。当然のように甲龍を展開している。
おそらくシャルロットが女子として再転入してくる話を聞きつけ、居ても経ってもいられずに後先考えずやってきたのだろう。
中学時代から変わらない、ひょっとすると一夏以上の直情傾向。嫌いじゃないわ!
とはいえ、巻き込まれるのはご勘弁。
そそくさと一夏のそばから机をがたがた動かして移動しておけば、甲龍自慢の衝撃砲がジャキンッと展開。外しようもない至近距離から一夏へと狙いをつける。
「死ねよやあああああああ!!」
「待て、それは本気で死ぬぞ!?」
冗談ではなく俺から見ても本気で死ぬと思うが、自分を差し置いて箒に続いてシャルロットとも同棲していた事実にキレた鈴には必死の言葉も届かない。
慌てる一夏になすすべは無く、チャージされた衝撃砲が決して広いとはいえない教室の中で火を吹いて、轟音と爆風を撒き散らした。
「……あれ、生きてる?」
衝撃砲の一撃が放たれてしばし。
沈黙した教室の中に一夏の声が響く。
鈴が衝撃砲を展開するのを見るなり速やかに伏せていた優秀なる一年一組の生徒達もその声にゆっくりと顔を上げ、そして気付いた。
「……」
「ラ、ラウラ?」
鈴と一夏の間に割り込み、得意のAICで衝撃砲を打ち消した、ラウラの姿に。
「あ、IS大丈夫だったのか?」
「フレームは恐ろしいほどに全損していた。だが辛うじて……本当に辛うじて奇跡的にコアだけが無事だったのでな。予備パーツで組みなおした」
「へ、へー。それはよかっ……むぐっ!?」
ラウラのシュヴァルツェア・レーゲンは一夏の真っ向唐竹割りで本格的にヤバいんじゃないかと思っていたのだが、どうやらギリギリ無事だったらしい。
安心した俺とは別に、おそらく事態についていけなかったのだろう一夏が口にしたどこか的外れな言葉は最後まで続かなかった。
なぜなら、その口はラウラの唇によってふさがれたのだからして。
クラス中のあちこちから息を飲む声があがり、時が止まった。
たっぷりと10秒は深く唇を重ねた後ようやく離されたラウラの顔は赤く染まり、昨日まで厳しい表情ばかり浮かべていたときからは考えられないほど可愛らしくなっている。
……さすが一夏。女心を虜にすることにかけては世界屈指の実力者である。自覚は一切ないけれど。
「きっ、貴様は私の嫁にする! 決定事項だ、異論は認めん!!」
そして、高らかに嫁宣言が為されるのであった。
本当に、面白いことになってきた。
くつくつと喉の奥で笑う俺の表情は、多分新世界の神もかくやと言うほど邪悪であったに違いない。
「あ……あう……へ?」
おお、一夏の奴あまりの衝撃に言葉を失ってしまったようだ。
ギギギギ、と錆び付いたロボットのような動きでこちらを向き、助けを求めるような視線を向けてくる。
ちらりと教室内の様子を見てみれば、呆然としている鈴、セシリア、箒、シャルロットあたりがそろそろ激発する頃。確かに、このまま放っておけば確実に悲劇が幕を上げるだろう。俺からすれば喜劇だが。
仕方ない、友のよしみで助けてやろう。
「ラウラ・ボーデヴィッヒ」
「む、なんだ。神上真宏」
ゆらりと立ち上がり、声をかけるとラウラがこちらを向く。
俺が一夏の友人であるから取られるとでも思ったのだろうか。その視線にはわずかながら警戒の色がある。
まったく、心配なんていらないのに。
俺が助けるのは、お前のほうなんだから。
「今の告白、実に素晴らしい! 新たなラウラ・ボーデヴィッヒ……いや、ラウラ・織斑の誕生だよ! ハッピーバースデー!!」
「ちょっ、真宏おおおおおおおお!?」
「ああ、一夏・ボーデヴィッヒのほうが良かったか? まあその辺は二人で話して決めてくれたまへ」
「……!」
ぱくぱくと魚のように口を開いては閉じる一夏。
地獄に仏と思ったら仏面が実はマスクで、そのマスクをフェイスフラッシュして出てきたのが閻魔大王でした、とでも言わんばかりの表情、面白いねぇあっはっは。
では、ついでにもう一押し。
「ところでラウラよ。一夏を嫁と宣言するからには必要なアイテムがあるのだが、わかるかな?」
「む、なんだ。ケッコンのための書類一式か?」
「いいや。『嫁と宣言する』ために必要なのはそれではなく、これだぁっ!」
「「そ、それはーっ!?」」
ぶわさぁっ、と俺が机の中に用意しておいたものを引っ張り出すのを見て、ノリ良く叫び声を上げてくれたクラスメート一同に感謝を。
原作から得た知識を方々で生かす俺ではあるが、今日この日のために仕込んでおいたこのアイテム、きっと更なる女難を一夏に送りつけてくれるだろう。
広げられた縦長の上質紙が翻り、教室中の女子の視線を釘付けにしたそれこそが。
「そう! 部屋の壁なり天井なりに貼りつけるためのっ、嫁への愛を世に示すためのっ、一夏等身大ポスターだっ!!」
「「お、おおおおおおお!?」」
「これだけの人がいる中で告白した君の勇気に敬意を表し、これを贈らせて貰いたい。受け取ってくれるかな?」
「う、うむ。お前からの祝福、ありがたく受け取ろう」
「っていうかなんで真宏はこんなの持ってるんだよ!? いつ作ったんだ!」
そんなもの、IS学園への入学と同時に一夏がさらなるフラグを立てまくることが決まった時に決まっているだろうに。
答えは心の中だけに収め、かつて口八丁で丸めこみ、ちょっと決め顔でポーズを取らせて撮った写真の等身大一夏に見惚れているラウラにポスターを贈呈する。
大事そうに捧げ持つその手つきからは、本格的に一夏に惚れている様子が見て取れた。
「一夏……」
「一夏ァ……」
「一夏さん……」
「一夏」
しかし一方で、その頃には既に復活した箒、鈴、セシリア、シャルロットが一夏を四方から取り囲み、乙女の処刑フォーメーションを形成していた。
セシリアとシャルロットの背中でゆらゆらと揺れている、スタンドでも従えていそうなオーラはおそらく主の激しい感情に呼応して量子展開しつつあるISの装甲だろうが、一夏にしてみれば自分を滅さんとする殺意の波動にしか見えていないと思う。
「まっ、真宏! 助けてくれ!!」
そんな包囲網の中から俺に向かって救いを求める手を伸ばす一夏。
強羅の使い手たる俺は基本的に弱者の味方だから助けてやりたいところなのだが……。
――ギンッ!×4
はい、無理。
一夏を取り囲む四人から、声をかけようとした俺に向けられた視線はもはや悪鬼羅刹のそれであり、ここから一歩だって近づける気がしない。
こうなってしまえば、俺に出来ることはただ一つ。
一夏の冥福を祈ることだけだ。
「一夏……無茶しやがって」
「……ちくしょおおおおおおおおお!!!」
窓に目をやり、青空に一夏との思い出を映しながら背後で断末魔の声を聞く。
いつもより5割増しくらいでイケメンなその姿、箒達にも見せてやりたかったよ。
空の青さと陽ざしのまぶしさが夏を感じさせるようになった今日この頃。
シャルルとラウラを加え、IS学園での生活はますます賑やかになりそうだった。
ちらほらと流れる雲の数を数えながらこの後に来たるべき臨海学校を思い、そこで起きるだろう楽しいイベントの数々に胸を沸き立たせ、多分確実にやってくるあの人の扱いについては必死に考えないようにする。
背後で上がる一夏の悲鳴が一時だけだが厄介事を忘れさせてくれるのを感じながら、夏の海で生まれるだろう次なるイベントとロマンへと思いを馳せる、俺なのだった。