IS学園の中心で「ロマン」を叫んだ男   作:葉川柚介

70 / 95
番外編 その六「となりの神上くん」

「……行くぞ、真宏」

『いつでもかかってこい、箒』

 

 アリーナ中央で対峙する2機のIS。紅椿と強羅。

 世界の最先端を行く第四世代機と、専用機とはいえ第二世代機。世代差、性能差は歴然として存在する。だがその差を埋めるものも、強羅の操縦者たる真宏は確かに備えていた。

 

 強羅の仮面越しにも暑苦しいほどに伝わる、真宏の気合入りまくった闘志。不屈の戦意。自機への信頼。

 機体性能を比べれば、箒が圧倒的に有利だ。真宏はそのことを知っている。いまだ底知れず成長を続けていることを含め、紅椿が強羅を軽く超える性能を持つISであること、箒の剣の腕が自分のおよびもつかない境地にあること、全て。

 それでも、真宏は自分の勝利を疑わない。必ず勝つと信じ、そのために必要なあらゆる努力と戦術と無理無茶無謀とネタの数々を惜しまない。

 

 箒もまた、そんな真宏のことを知り尽くしている。

 ISよりむしろ重機と言った方が正確な気さえする重量級の強羅が誇る圧倒的な防御力。それを操り、被弾を全く恐れない真宏の胆力。扱う武器の油断ならない火力。表面上の実力差だけでは推し量れない真宏の強さを、箒は子供のころから味わってきた。

 

 だから今日も、二人は本気で試合に臨む。隙あらば食らいつく。なければこじ開けてでも切り捨てる。避けるならばどこまでも追い縋ろう。守りを固めるならば砕いて見せよう。勝利を目指して貪欲に。勝負の時までもうあとほんの3カウントの時を待ち……。

 

「それではいざ、尋常に……!」

『……勝負!』

 

 アリーナに鳴り響くバトル開始の号砲を合図に、二人は同時に飛び出した。

 

「行くぞ……ついてこれる奴だけついてこい!」

『その武器、ガングニールだとぉ!?』

 

 ……ただし、なんかあきらかにネタくさい武器を携えていて。

 

『だが甘い! ここからは俺のステージだ!』

\スイカアームズ! 大玉・ビッグバン!/

「そういう真宏は二回りくらい大きい鎧を着こんでいるではないか! なんだそのISの未来を不安にさせるパッケージは!?」

 

 結局、こいつらにシリアスなど存在しねえのである。

 

 

◇◆◇

 

 

『ふぃー、暴れた暴れた』

「ISは等身大を少し超えるくらい。ついにそんな常識すら破壊するようになったか……」

 

 真宏と箒という珍しい組み合わせの二人が、試合を終えての休憩のためアリーナの隅にあるピットに集まっている。専用機持ちである箒達はISの訓練時間を多く取れるとはいえ、実際にISを動かすためのアリーナの使用には物理・時間の両面から制約がある。一度に二組以上が模擬戦を出来るほどの広さはなく、無制限に使い続けられるほどの時間もない。となれば限られた時間と空間で効率よく、それでいて今後必要となるだろうあらゆる状況を想定した訓練をこなさなければならないのが、この専用機持ち一同による自主訓練なのだった。

 

「それにしたって真宏が使ってのはすごかったな。なんだよあの鎧。ウェポンバトルでそれを引き当てる運もだけどさ」

『一夏だってノリノリで鍵みたいな形した剣使ってたじゃないか』

 

 そして今日の訓練の内容は少々特殊な戦闘方式、ウェポンバトルであった。

 ルールは簡単。普段装備している武装を封印し、くじ引きによって選ばれた武器を使って戦うというものだ。その実例がさきほどの巨大槍ガングニールを使う箒と、スイカアームズを着込んでまさしく巨人となった強羅との戦いであった。

 ちなみに箒と真宏の戦いは、鎧モードによるパワー、ジャイロモードの機動力、大玉モードの丸さを生かして縦横無尽に戦う真宏が優勢であったが、最終的には一瞬の隙をつかれて兜割りならぬスイカ割りをされて真宏が敗れていた。開発中の装備を引っ張り出してきたものであったため、完全な性能を発揮するには至っていなかったようだ。

 

「今日こそ貴様とも決着をつけてやる! 行くぞハサ次郎!」

「ラウラちゃんさっそくそのハサミに名前つけたの!? えーっと私の武器は……ホチキス!? これでどう戦えっていうのよ!?」

 

 アリーナの中では次なる対戦、ラウラVS楯無が繰り広げられていた。ラウラの武器はなぜかハサミ。一方の楯無が引き当てたのはホチキス。ここまで来るともはや武器の体すらなしていない面白バトルとなり果てていた。

 だが実は、このバトルの形式には重要な目的がある。

 

「……なあ、これって意味あるのか?」

「あら、もちろんありますわよ一夏さん」

「ウェポンバトルはモント・グロッソの公式種目の一つよ。常識じゃない」

「マジで!?」

 

 大マジである。くじ引きの結果、ビットを緑色のビームを吐く球体に変えられて変態の汚名に耐えたセシリアと、トンファーを獲得したはずなのにそれを一切使わずトンファーキックやトンファービームなどのみで戦い抜いた鈴、ハンドソニックやディスト―ションなど音楽用語っぽい名前の機能を増設されるという謎な仕様を押し付けられつつもこの戦いをやり遂げたシャルロット達は当たり前のように語る。

 ウェポンバトル。これは、れっきとしたモント・グロッソの一種目だ。だからこそ、いずれ国家の代表としてモント・グロッソに出場することもあり得るセシリア達は現在進行形でハサミVSホチキスという異種格闘技戦を繰り広げているラウラと楯無も含めて至極真面目に戦っている。たとえ絵面がどれだけギャグになり果てようとも、それが代表候補生のプライドだ。

 

「……え、じゃあもしかして千冬姉もこんなことしてたのか?」

「してたよ。ちなみに武器はギターだったけど……映像、見る?」

「ありがとう簪さん。でもやめておく。……トラウマになりそうだ」

 

 しかも世界最強と名高い姉すら通った道だという。どうやらモント・グロッソの映像データを持っているらしい簪――先ほどの試合では巨大タービンで「ティム・フロッツ!」とか言いながら風を起こしていた――の言によれば、千冬が現役のころの公式試合ではギターを武器にしていたのだとか。歴史に名高いロックギタリストのようにギターごと相手を破壊すべくぶっ叩いたのか、それとも順当に三拍子でフィナーレしたのか、いずれにせよ心の底から見たいような、見たことを千冬に知られたが最後、記憶消去(物理)をされてしまいそうな。恐ろしい二律背反が一夏を苛んだ。

 

『モント・グロッソの種目は他にもいろいろあるぞ。いつぞや俺達もやったキャノンボール・ファストもそうだし、他にもロワイヤル、チームバトル、射的、玉入れなんかをやって獲得したポイントの合計でだな』

「おい待て、いま玉入れとか言わなかったか」

 

 俄かに強くなる頭痛に一夏は頭を押さえた。

 千冬の教育方針もあって、それこそ自分がISを操縦できると知る時までISについての知識が皆無に近かった一夏であるが、なんかいつまでもそんなことを言っていられないような気がしてならない。資料はIS学園内で探せばいくらでもあるだろうし、とりあえず近々モント・グロッソの種目を詳しく調べようと、何をどうやったのかホチキスでラウラを下した楯無のちょっとドキっとするくらい艶めかしい背中を見ながら一夏は決意した。

 

 

 

 

「ところで真宏。ウェポンバトル用の装備はお前……というかその背後で暗躍する蔵王重工が用意したのだろうが、やけに種類が多いな」

『暗躍ってなんだ暗躍って。あんまり否定できないけど。あと、種類が多いのは最近蔵王でやってる企画のせいだぞ』

 

 ラウラ達も戻ってきて、軽く雑談混じりの反省会の途中に、ふと箒が疑問を呈した。

 今日の自主訓練でウェポンバトルをしようと言い出したのは真宏であり、オモシロ装備の数々を持ってきたのもまた然り。となれば当然真宏を支援する変態企業、蔵王重工が関わっていると見て間違いない。

 答えはあっさり帰ってきたうえ、その予想は当たっていた。真宏が証拠として提出したのは一枚のチラシ。ただでさえカオスな商品ラインナップを誇る蔵王重工がさらなる新ジャンル開拓に勤しみだした理由を示す、そこに書かれていた内容とは。

 

<IS装備のアイディア大募集!>

<君の考えたISの装備、パッケージのアイディアを送ろう!>

 

<優秀賞受賞者には豪華景品プレゼントと、君の考えた武器を「実際に作ります」!!!>

<ISはどんな自由な発想で作ってもいいんだ!>

 

 

「……また蔵王重工か!」

『悪いがまたなんだ。これでも飲んで落ち着いて欲しい』

 

 すぱーん、と差し出したチラシを地面に叩き付ける箒と、その程度想定の範囲内だよぉとばかりにスポーツドリンクを差し出す真宏。箒は渡されたドリンクをごくごくと一気に飲んで憂さを晴らした。周りの面々も気持ちはほぼ同様。蔵王重工なら仕方ないと思いつつも、世界を左右するほどの戦力を備えたISの装備を開発する計画がこんな理由で始まることに眩暈がする。

 

「……つまりなんですの、今日使った装備の数々は実際に蔵王重工に寄せられたアイディアを具体化してみたもの、ということでしょうか」

「ちなみに、他はどんなのがあるのよ?」

『ワカちゃんに聞いた話だと、二人のIS操縦者で動かす身長80mくらいの巨大パッケージ<イェーガー>とか? オラワクワクすっぞ』

「クソが! 変態だらけかこの国は!」

「……何もないことを祈ろう。もし蔵王重工がまかり間違って作っても、それを使うような状況が来ないことを祈ろう」

「そうなったらそうなったであの企業は自分たちでふさわしいシチュエーションを作ってでも使いそうな気がするのは私だけか」

 

 蔵王重工恐るべし。おそらく今この瞬間も続々とアイディアが寄せられ、その中でも特に面白そうでかつ実用性がなさそうなものを大真面目に開発の俎上に載せているに違いない。今開発が進んでいるという数々の武装を簪と話している真宏を見ていてますますその念を強くする。

 

『あとは、砲身が40本ある拡散ロケット砲とか、超広範囲に妨害電波を発する大型レーダーとか、紅椿の絢爛舞踏を再現しようとしたはいいけど自分は動けなくなるオーバードジェネレーターとか三連レールガンとかSマインとか大和とかが現在進行形で開発中らしいぞ?』

「すごい……今度見学しに行こう!」

 

「……千冬さんに蔵王重工襲撃の提案をした方がいいのではないか」

「やめたほうがいいわ箒ちゃん。企業壊滅はISの華だけど、蔵王の場合はいざとなったらきっと本社が飛行分離変形合体してグレート強羅オーとかいう感じの全長100m級のロボになったりするに違いないから」

「反論の余地が全くないことを言わないでくださいまし!?」

 

 IS学園は今日も平和であった。

 

 

◇◆◇

 

 

 席替え。

 それは、退屈な学校生活にもたらされるちょっとしたスパイス。仲が良かったり悪かったりなそれまで近くの席だったクラスメートと別れ、くじ引きなどのランダムに導かれまた新たな誰かと近づいたり遠ざかったりするイベント。

 あるいは友人と席が近くなれたと喜び、あるいは不倶戴天の相手と隣り合って険悪な雰囲気をにじませる、そんなドキドキワクワクのひと時。

 

 だが、IS学園1年1組における席替えがそんな生易しいものになることはありえない。

 席替えの頻度はせいぜい数か月に一度。これまでも何度か繰り返された席替えは、その度に少女たちの一喜一憂を招いてきた。なぜならばこのクラスにはみなさんご存知、織斑一夏というイレギュラーがいるからだ。

 

 少女たちは、一夏の近くの席を狙う。

 何せ相手はあの一夏。世界で最初の男性IS操縦者という激レアな性質はもとより、かの有名なブリュンヒルデにして世界最強のIS操縦者たる千冬の弟にしてイケメン。ハーレムラノベ系主人公式突発性難聴という難病に侵されてこそいるものの、黙っていれば目が合うだけで下腹部がキュンとするようないい男なのだから、精神的にも物理的にも可能な限りお近づきになりたいという思いを抱くのは至極当然のこと。

 まして、席が近ければ授業時間中常にそばにいることができる。放課後は専用機持ち連中に連れ去られてしまうことを考えれば、専用機を持たず代表候補生でもない生徒たちににとって席替えは一夏との距離を一気に縮めるまたとない好機となる。

 結果、1組の席替えにおいて一夏近くの席を得る手段として己のくじ運のみを頼りにする生徒はごく少数となり果てた。お菓子という名の実弾と事前のロビー活動を駆使して一夏近くの席を獲得する策謀に邁進し、さながら丁々発止の外交の場の様相を呈する砲火を交えぬ戦場。それこそがIS学園1年1組の席替えなのだ!

 

 

「あ、今回は真宏の隣なんだ」

「そうみたいだな。よろしく、シャルロット。てっきりシャルロットはこの角の席の隣じゃなくて前になるかと思ってたけど」

「それだとIS学園が農学部になっちゃうよ」

「しかも束さんが17歳と自称して転校してくるのか……千冬さんの胃がストレスでマッハだな」

「そこの二人! さっさと席を移動せんかこの俗物!」

 

 だがこの話は、そういうのと一切関係がないのであしからず。

 ある席替えの際、最後列窓際の席を獲得した真宏と、その隣になったシャルロットとの間で繰り広げられる、ごくごく小さな話である。

 

 

◇◆◇

 

 

「このことからわかるように、ISの多対一戦闘においても結局のところ同時に向かってくる敵は前後左右の4機程度。すなわち4対1で勝てるようになれば相手がどれだけいようとも、負けはないということだ」

 

 今日の授業は織斑千冬の格闘講座。特に対多数戦闘を念頭に置いての状況についてがメインであり、ISは対ISであればタイマンもありうるが、通常兵器を相手にするとなれば相手の方が圧倒的に多数となることが想定されるため、とても有意義だ。……授業の内容が、そもそも人間離れした戦闘能力を持っていることが前提っぽいということを除けばだが。それは地上最強の生物にしか通用しない理屈です、というツッコミをはさめる勇者は残念ながらこのクラスの中にいなかった。

 というか、IS相手の多対一戦闘を実際に経験したことがあるのだろうかこの世界最強は。生徒たちの間に、誰も問う勇気が湧かないそんな疑問が渦を巻く。

 

 

 そんな状況でも、シャルロットは真面目に授業を受けている。

 千冬が披露する超人理論に苦笑しながらも、経験に裏打ちされた近接戦闘における適切な立ち回りやISの機能を生かした機動戦術を丁寧にノートに取り、自機での動きにいかにして反映するか、相手が千冬の言うような動きをしてきたらどう対応するべきかをシミュレートする。IS学園に入学を許される優秀な少女にして専用機を持つ代表候補生。その実力と向上心は折り紙つきだ。

 

 しかし、全ての生徒がそうであるとは限らない。

 悲しいことに人の集中力はいつまでも持続できるものではなく、授業の間に一度や二度は意識が逸れることもある。シャルロットにも、そんな瞬間が訪れた。

 

 ふと、シャルロットは隣に目を向ける。

 ただ単純に、何となく目が泳いだだけだ。同時に、そういえば真宏はこの授業中にどうしているだろうとも思う。この世におぎゃあと生まれ落ちた時からこっち、はじまった運命にはバックギアがないような人間で、それでいて変なところで義理堅いところもあるあの男。一夏とは古くからの友人でありシャルロットにとっても大切な友人だ。

 これまで座学の授業中に真宏がどんな態度でいるかを気にしたことはなかったが、偶然とはいえ席が近くなったのだ。ちらりと見てみるくらいのことは許されるだろうと何気なく目を向け。

 

 

「……!」

(なんか机の上に将棋の駒を並べてるー!?)

 

 

 そこに、机の上に四角いマス目の線を引いて各種駒を並べる真宏の姿を見た。

 

(そんな、真宏……織斑先生の授業でこんなに堂々と遊ぶなんて、死にたいの!?)

 

 即、真宏の命を案じるシャルロット。戦慄が背筋を駆け上り脳まで震えあがる。この男がこの状況で一体何をやっているのか、全く理解できない。

 今はIS学園の授業の中でも最大級に神聖で不可侵な千冬の授業中なのだ。この場での悪ふざけはすなわち死を意味すると言っても過言ではあるまい。そんなことを、千冬と10年近く前から付き合いのある真宏が気付かないとはどうあっても思えない。千冬の前で調子に乗ることがどれほど危険なのかは身に染みているはずだ。

 それでありながらこの暴挙。ぱちりぱちりと一つずつ机の上に駒を並べていく真宏と、檀上で重装甲とグレネードで武装した相手を叩き斬るのは難しいからとにかく近づいて斬れ何度も斬れあの手合いはたとえ必殺の一撃のつもりでも一発くらいなら耐える、と講義に入った千冬を見比べ、この授業の最中に開幕するだろう流血の惨事を思って頭を抱えた。

 真宏を止めなければヤツの命が危ない。だがもしうかつに声をかければ千冬に気付かれ、その時点で真宏が血祭にあげられるかもしれない。ジレンマである。

 

(……あれ? 真宏が使ってる駒って、将棋のとは違う?)

 

 しかし、おかしなことに気が付いた。真宏が机に並べている駒は、よくよく見ると将棋のものではないようだ。

 

 将棋とは、日本のボードゲーム。

 西洋で言うところのチェスにあたり、駒の動きも似たものが多い。取った相手の駒を再利用できるところが特徴で、駒は形ではなく表面に書かれた名前で区別され歩兵や金将などの名称が書き込まれているらしい、という程度のことはシャルロットも知っている。だが、何かがおかしい。……まあ、真宏の行動でおかしくなかったことを数える方が難しいのだが。

 見てはいけない、気にしてはいけないと思いつつも、そう考えれば考えるほど興味を引かれるのは人の性。シャルロットは教科書で顔を隠しつつ、横目で真宏の机の上をより注意深くうかがってみた。

 

 よくよく見れば駒の並びの陣形からして偏っている。おそらく真宏陣営だろう真宏の手元にあるのは、駒が一つのみ。机の中央付近にいくつもの駒が散らばり、そして敵陣営と思しき机の反対側では駒が整然と陣形を組んでいる。しかも、筆箱やらノリやら消しゴムやらで積木じみた立体的な砦の上に。その中央部分に、まるでそれこそがこの砦のコアだと言わんばかりに堂々と収められているひときわ立派な駒には。

 

 「母」。

 

 と書かれていた。

 

(……あれマザーウィルだー!?)

 

 どうやら、根本から違っていたらしい。相手陣地にあるのは、他の駒も将棋のものではない。「主砲」や「普通」などと書かれた駒が「母」の駒を取り囲んでおり、合戦を模した将棋ではなく、巨大な要塞を思わせるありさまになっている。

 そうだとすれば、机の中央にある駒はおそらくただの障害物。しかも真宏の手元にあるたった一つの駒には墨痕たくましい「強羅」の文字が。これは間違いなく、机上に再現されたアームズフォート戦。それも、真宏自身が強羅にて挑むならばと仮定した高度なシミュレーションなのだ。そしてそれを一瞬で見抜くシャルロットも大概である。

 ちなみに、机の反対側で対面しているのはマスコットモードの白鐵だった。どういう対戦形式なのか。システムがフィーリングに頼りすぎていそうな気がして、傍から見ているとさっぱりわからない。

 切羽詰まったりしたら、いきなり時を操る魔術師が魔法カード扱いとしてプレイされ出したりするのだろう。

 

(で、でもどうしてこんなところで……? それにVOBもなしにISでマザーウィルに挑むなんて無茶だよ!)

 

 しかしそれでも段々とツッコミ所が間違っていくのはシャルロットもまたそちら側の人間なせいであろう。顔を隠す教科書を握り締め、今まさに始まらんとする戦いを固唾を飲んで見守っている。最初に止めようとしていた優等生のシャルロットはどこに行ってしまったのか。箒達他のヒロインズが知れば変わり果てた友の姿に涙を流すことだろう。

 

 

「……!」

(始まった!)

 

 何故か深呼吸などして集中力を高めた真宏が白鐵と丁寧におじぎをしあい、まず真宏が先手を打つ。人差し指と中指で摘まんだ「強羅」の駒を持ち、まずは1マス前へ。ビルのつもりであろう障害物ゾーンまでの距離は数コマあり、その区画を抜けてから先、マザーウィルまでも同程度の距離がある。

 この初期位置はマザーウィル側の射程範囲内だが、ISの有効射程のはるか外。一方的に攻撃されるだけの領域を、真宏は一体どのように進むつもりなのか。

 

 次の一手は白鐵。しばしの思考の後、駒を咥えて動かした。

 選んだ駒に書かれているのは「弾」の一文字。それを「主砲」の駒の前に置き、そのまま一挙に強羅の鼻先まで進めた。既に将棋のルールがどこかに消し飛び、ウォーゲームの類に片足を突っ込んでいるのは疑いようもない。

 いかに強羅と言えど相手はマザーウィルの主砲。直撃すればひとたまりもないのだろう。真宏は次の手番で即座に横移動で回避。しかし白鐵は主砲のみならずミサイルも次々と放って攻め立てる。極めて単純でひねりがなく、それゆえに効果的な戦い方だ。

 シャルロットはそれを見て冷や汗をかく。真宏が猪突猛進するのはいつものことだが、まさか白鐵がこんなにもまともな思考を持っているとは。確かに人間並みとまではいかずとも動物程度の知能はあると思っていたのだが、予想以上だ。真宏がしょっちゅう単独行動させている信頼も頷ける。一進一退の攻防は白熱の度合いをどこまでも強くする。

 

 

 その後も、シャルロットは真宏と白鐵の戦いを観戦し続けた。障害物を楯に主砲とミサイルを無駄撃ちさせつつ着実に近づき、ついに懐へ。そこからは強羅の反撃が始まる。装備はことごとくが遠距離仕様であるため、近場となればおそらくノーマルを示すだろう「普通」の駒くらいしかまともに戦える駒がなくなってしまう。それはシャルロットもよく知っていることだが、やはり巨大な相手には近づくに限り、迎え撃つ側はいかにして近づかせないかが勝負の鍵となるのだろう。ほどなく真宏が操る強羅の駒はマザーウィルの周辺に存在する主砲やミサイル、ノーマルの駒を倒しつくすのであった。

 

 

「さて、こんなところか。……時間が余ったな。では実際にあった試合の話でもしてやるとしよう。あれはそう、私が戦った中でも特に強かった相手だ。あのISを見た者は口々に語っていた。何もかもを黒く焼き尽くす、死を告げる鳥……と。私は焼き鳥と呼んでいたが」

「さすが千冬様! そこに痺れる憧れるゥ!」

 

(ほっ、織斑先生に気付かれずに済んだみたい。……もう、真宏ったら授業中ずっとやるなんて)

 

 白鐵がうなだれて投了するまできっちり見届けておきながら、終わった途端に見守っていたかのようなことを思いだすシャルロットの未来はどっちだ。しかしそんなツッコミを入れる者もこの教室の片隅にはいるはずもないのだから困りものである。

 なんにせよこれで終わりだ。授業の時間は残り少ないから真宏もそろそろ駒を片付けるだろうし、次の授業はせめてもうちょっとちゃんと受けるよう休み時間に言っておかねばならないだろう。シャルロットは今度こそ真宏に説教しようと心に誓う。

 そして、ちょうどそのとき。

 

(……ん?)

 

 視界の隅に映る何かを見つけ、猛烈に嫌な予感が湧いてきた。

 なぜならそれは、シャルロットや真宏といった人種がとてつもない恐怖を感じる形、「浮遊する球体」だったからで。

 

 自分の顔の真横にサッカーボール大の球体が浮いているのを見れば、そりゃあ驚きもするというものだ。

 

(なんか新しいのキター!?)

 

 それは、人の頭大の球体。よくよく見ればサッカーボールそのものなのだが、空中にふよふよと浮かんでいるのだから異様に過ぎる。真宏がまた変なことをしているからこんなものまで呼び寄せてしまったというのか、とシャルロットは戦慄する。

 サイズ比で言うならばまさに強羅の駒と比べて怪獣サイズ。さっきの遊びの続きであるならば、こんなものを相手にどう戦えばいいものなのか。しかもこのボール、どういうわけか周りを浮遊するビットまで引き連れている。

 

(このビット、ブルー・ティアーズ!? ボールを浮かせてるのもビットだ! セシリアまでなにやっちゃってるの!?)

 

 ぎゅおん、と振り向く先はこの席替えでちょうど教室の対角線方向、廊下側最前列の席になったセシリアのいるあたり。そこには淑女然と姿勢を正して真面目に授業を聞いているセシリアの姿がある。だがちらりとこちらに横目を向け、机の下でビシ! と親指を立て、それを下に向けるという貴族の令嬢としては少々お転婆に過ぎるジェスチャー。この変態くさい球体とビットの塊は、無理ゲーな難易度に震えあがるがいいですわ似たようなものを使わされた仕返しも兼ねて、というセシリアからのプレゼントであることはもはや確定的に明らか。真宏の行動に気付いての粋な計らいというやつなのだろう。熱い友情だ。感動的だな。授業中にしているという点を除けば。

 対する真宏も、敵が大きく強ければそれだけで嬉しくなってしまうよう既に脳をナニカサレている男。満面の笑顔でサムズアップを返している。さっきまで対戦者だった白鐵も真宏陣営に戻って強羅の駒と合体。真宏も両手の人差し指をこめかみにあてて白鐵を脳波コントロールの構えとなり、ここに第二戦が始まろうとしていた。

 

 今度の相手はセシリアプレゼンツの巨大浮遊球体と砲台、人呼んでコンゴウデーススター。ボールに突き刺さったビットが貫通して砲口がのぞいていることからして砲撃能力もあろうし、周りを浮遊するビットもばしゃんばしゃんと開いて閉じて、と超重力砲的なナニカが使えることをアピールしている。ブルー・ティアーズのビットにそんな変形機能はなかったはずだが、きっとセシリアも成長したのだろう。シャルロットはそう考えて無理やり自分を納得させる。IS学園においては、この程度の自己暗示ができなければやっていけない。

 

(で、でも相手は本体も大きいしビットも複数。これならさすがの真宏だってひとたまりもないよね。授業中にさんざん好き放題したんだから、ハードモードな相手に徹底的に叩きのめされればいいんだよ! ジャイアントキリングは奇跡の親戚なんだから!)

 

 ツッコミ所はそこではなく、専用機持ち二人が授業中にこんなバカげたことをしていることなのだが今のシャルロットは気づかない。

 教卓では相変わらず千冬がかつて戦った数多のIS達との激闘を語っている。ことあるごとに「世に平穏のあらんことを」とほざく黄色と黒にカラーリングされたISの一団、ISを使っての武術を「機甲道」と称していた集団。大胆にも千冬に対して「クソ傭兵がぶっ殺してやる!」と叫んで襲い掛かってきた女。いずれ劣らぬ強者揃いだったという。ISの軍事利用を禁止したアラスカ条約どこ行った。

 

 しかし真宏の机の上では、それらと比べてあまりにも小さな、しかし激しい戦いが再び繰り広げられようとしていた……!

 

 

◇◆◇

 

 

(す、すごい戦いだった……!)

 

 ビットが一発で使い捨てになるほど出力限界まで振り絞った超レーザー――という設定だったと思われる――や本体のボールから放たれるごん太ビーム――に見えたけど実際はただの光――。白鐵を背負った強羅の駒はそれらをときに回避し時に受け止め接敵しての攻防。愚直に進む以外の方法を持たず、しかしそれが自分にとっての最強だと信じ抜いたからこそ、全てのビットを沈め、本体にブレードモードとなった白鐵を突き刺し沈めた今の勝利があったのだろう。

 最初から最後まで観戦し続けたシャルロットの目にははっきりと見えた。レーザーがかすめて泡立つ海面を滑るようにしてデーススターに迫る強羅と、空を埋め尽くす勢いで迎撃の火線を伸ばすデーススター。凄まじいまでの激闘の記録は、シャルロットの脳裏にくっきりと描かれていた。……言うまでもなく、全てイメージなのだが。

 授業の時間は残りわずか。このタイミングでこの決着が来るあたり真宏とセシリアの演出力も見事なものだ

 

「……ふぅ」

「うふふ」

 

 集中していたのだろう。額の汗をぬぐう真宏と微笑を浮かべたセシリアは教室を斜めに横切る距離を隔ててお互いの健闘をたたえ合う。イイハナシダナーと、終わっていただろう。これだけで済んでいれば。

 

 ――しかし、真のラスボスが待っている。

 

 

「……デュノア、さっきからなにをよそ見している?」

「ヒィ!?」

 

 シャルロットは、千冬からの声を受けて初めて気が付いた。ついうっかり、自分もまた授業そっちのけで真宏の遊び観戦に夢中になってしまっていたことに。ちらり、と目だけを向ければシャルロットをまっすぐ射抜く千冬の目。特に睨まれているわけではないのだが、元々クール系美人な千冬のこと。鋭い眼差しはただじっと見ているだけでも人の罪悪感をえぐり抜く作用がある。

 

「ふむ……。ひとまず最後に私が挙げたIS操縦者の特徴を言ってみろ」

「あ、あうあう……」

 

 そしてこの追い打ちである。授業内でごく自然に行われる生徒への指摘と見せかけて、応えられなければ注意力散漫を認めることとなる踏み絵。普段のシャルロットであれば難なく答えられたであろうが、今日ばかりは分が悪い。今日の授業の時間を思い返しても、覚えているのは真宏が繰り広げた手に汗握るおもしろおかしい将棋めいたなにかの記憶のみ。応えられるはずがない。

 

(ま、真宏……何とかならないの……って、机の上がきれいさっぱり片付いてるー!?)

 

 証拠隠滅、という言葉を辞書に乗せる際の参考事例になりそうなほど、先ほどまでの痕跡がきれいさっぱり片付いた机がそこにはあった。よくよく見れば引きだしの中に駒とビットを抱えた白鐵が隠れているのだが、千冬の側からは決して見えまい。セシリアも澄ました顔で前を向いているので援護は期待できないだろう。気持ちはわかる。千冬と真正面から一対一で向かい合うことになった誰かがいた場合、そんな羽目に陥ったのがたとえ一夏であったとしても助けに入る勇気を出せるかは、シャルロットも自信がない。

 だから、仕方がない。真宏とセシリアは放課後の訓練の時に復讐するとして、今は正直にわからない、と告げるしかあるまい。シャルロット・デュノア、高校1年生にして死を覚悟する。

 

 しかし、天は彼女を見捨てていなかった!

 

 

「……神上?」

「ヒィ!?」

 

 代わりに真宏を見捨てたが。

 意を決して千冬に謝ろうとしたシャルロットのすぐそばから聞こえてくるその声。紛れもなく千冬のものだった。慌てて声のする方に振り向けば、そこには真宏の肩に手を置き頬に顔を寄せる千冬の姿がある。

 

(い、いつの間に!?)

 

 クラスの誰もが唖然として見ている。後ろ髪がふわりとなびいていることからして、真宏を怪しいと睨んで背後を取ったのだろう。その速さと呼吸、誰の目にも映らぬほどに冴えわたっていた。先ほどまで授業で語った激戦の様子をうなずかせる実力を垣間見て、まじめに授業を聞いていた面々は尊敬の念を露わにし、一部の女子が目をハートマークにしている。だが、気が気でないのが真宏である。

 

「ん? どうした神上。何をそんなに震えている。やましいところがなければ何も恐れることはないだろう。……机の上の白紙のノートと、机の中に隠れていく白鐵に何もやましいことがなければ、の話だが」

 

 千冬は淡々と囁いているだけだ。もとよりクールで美人な千冬が艶やかな声でこんなことを囁いているのだから、美女が少年を誑かしているかのような絵面になっている。ただ当の真宏は全てバレていることを既に悟っている。血の気の引いた顔でガクガクブルブルと震えている様はもはや哀れしか感じない。

 千冬が肩に添えた手がそっと首筋をなぞる動きはまるでいちゃいちゃしているようだが、その気になれば延髄やら頸動脈やらを一瞬にして掌握できるという脅しでしかない。今や真宏の生殺与奪は千冬のほっそりとした指の中に握られているに等しい。まさに蛇に睨まれたカエル。何かとフリーダムな真宏をしてすら頭の上がらない千冬の恐怖の前に、もはや真宏の絶望は時間の問題だった。

 

(あ、真宏の顔に紫のヒビが見える)

 

 それはもう、クラスの一部がファントムの生まれる予兆を幻視するくらいには。

 ……以後、元々皆無に近かった千冬の授業で不真面目な態度を取る生徒は皆無になったという。

 

 

 数日後。

 

(……うん、真宏はおとなしくしてるみたい)

 

 真宏は強羅装着の上パワーサポートなしでのグラウンド20週を言いつけられ、完走こそしたものの翌日はさすがに全身筋肉痛を堪えて授業を受けていた。見ているだけでも痛々しく、でもそれを口実に簪といちゃついていたので特に辛そうには見えず、シャルロットはそんな様子を見て少しだけ安心してもいた。

 本当は闇属性なシャルロットの心の闇ならぬ闇の心が顔を出したわけではない。この様子ならば真宏はもう千冬の授業中に遊んだりしないだろう、さすがに懲りたに違いないと思ったからだ。

 

「それでは授業を始める」

 

 千冬が教壇に立ち、生徒たちが注目し。

 

(さ、僕も集中集中……って、真宏―!?)

 

 教科書の代わりに旗を刺したチャーハンを取出し、白鐵を相手に時の列車のオーナーじみたチャーハン対決を始めるとなりの神上くんを見て、シャルロットは今日の授業もろくに聞くことができないだろうと、覚悟するよりないのであった。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。