IS学園の中心で「ロマン」を叫んだ男   作:葉川柚介

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第34話「大文化体育祭」

 IS学園、生徒会室。

 通常の学校であれば生徒による選挙などで選ばれた生徒会役員共が生徒会活動の拠点とするべき部屋なのだが、IS学園の場合は少々異なっている。そもそもからして生徒会長の座につく条件が生徒の信任ではなく実力的に最強であるという物騒な理由によっているせいか、会長以外の役員の選出は生徒会長に一任されている。

 

「神上くん、ちょっとこの書類を棚に収めておいてくれるかしら」

「お安いご用です虚さん」

「それが終わったらこっちの資料のホチキス止め、お願い」

「任せろ簪」

「まっひー、お菓子食べさせてー」

「自分で食べなさい。お茶は淹れてあげるから」

 

 その結果、今期の生徒会は会長である楯無さんを筆頭に、副会長の一夏という例外を除けば更識家に仕える家柄である布仏姉妹が役員を務めていた。

 

 楯無さん曰くその方がやりやすいから、とのことだがどこまで信じて良いのやら。日本の暗部を率いる更識家の当主にして、ロシアの国家代表でもあるというこじれにこじれきった立場にある楯無さんが身内で固めた生徒会。正直あからさまに怪しすぎて一体いかなる事情が絡んでいるのか、調べようという気もしないくらいに恐ろしい。

 ともあれそんな生徒会に今日、俺と簪は手伝いに来ていた。楯無さんも完全復帰したとはいえ病み上がり。俺達は入院中から手伝っていたこともあるし、まだ溜まった仕事が片付ききってはいないので、実質楯無さん不在の生徒会を回していた虚さんには大層感謝されている。

 

「……ま、真宏くん。こっちの計算を確認しておいてくれるかしら」

「はーい、ちょっとお待ちを」

 

 ただ、当の楯無さんはなんか渋ってたけど。一夏じゃないが、確かに最近の楯無さんは様子がおかしいような気がする。てっきり一夏に惚れた女性に特有の挙動不審だと思っていたのに、一夏がいない時でもこの有様とは一体どうしたことなのか。

 これまでの人生で一夏に落とされた女性を多々見てきた経験からして、楯無さんに現れている症状の原因が一夏への恋心であることはまず間違いない。それでいて、一夏と対面していなくても顔を赤くしたりちらちら視線を彷徨わせたりなんか切なげな表情をしたりとご覧のあり様。これは、もしや……!

 

「? どうしたの、真宏?」

「い、いやなんとなく。気にしないでくれ、簪」

 

 簪に対する、禁じられた感情……!? ただでさえシスコンの気がある楯無さんだし、あるいは。思わず簪を守るべく軽く頭を抱きしめてしまっても許されよう。

 

「……何かしら、すごーく失礼な勘違いをされている気がするわ」

「自業自得じゃないでしょうか」

 

 楯無さんと虚さんはなんか言ってたけど、楯無さんだけにありうる……!

 

 

 とかなんとか楽しい生徒会業務をやってしばらく。一夏も追々生徒会に顔を出すはずなのに妙に遅いなと思っていたら、ヤツは遅れてやってきた。それも、愉快な仲間達を連れて。

 

「というわけで、わたくしを生徒会に入れて下さいまし」

「私も忘れないでよね。中国の代表候補生も入れば箔が付くでしょ」

 

 今日の一夏は、セシリアと鈴を両手に花と抱えていた。あの様子だと教室から腕を組まれて来たのだろうか。三人仲良くて大変よろしいのだが、セシリアと鈴からほのかに香水の香りが漂うせいもあって、自分の獲物にマーキングしている肉食獣の絵面が浮かんでしょうがなかった。

 ともあれ、今の問題は二人の生徒会参入が許されるか否かなわけなのだが。

 

「却下」

 

 残念ながら、会長の返事は開いた扇子に書かれているのと全く同じ二文字だった。

 

「なんでや!」

「鈴、落ち着け。あんまり繰り返すとそのセリフが持ちネタになるぞ」

 

 病み上がりのせいか最近なんとなくポンコツぶりの目立っていた楯無さんだが、こんなときばかりはさすがにしっかりとした態度だった。きっぱりさっぱりざっくりと真正面から二人の要望を切って捨て、ついでにしっかりと理由も伝える。

 

「悪いわね、この生徒会5人用なのよ」

「今この部屋にいる生徒会関係者は6人のようですが」

「真宏くんはここにいるけど生徒会とは別口なの。それに、鈴ちゃんと箒ちゃんは入れたら生徒会がなんかこう、すごく下ネタまみれになりそうだし……」

「理不尽よ! そっちだって人のこと言えないじゃない!」

 

 ……しっかりしてる、よね?

 まあ実際のところは国と国との複雑怪奇大作戦な力関係とIS学園及びその生徒トップがどうのこうのというのがあったりするのをのらりくらりと隠してるんだろうけど、楯無さんが言うと冗談みたいなことでも本当かもしれないと不安になるあたり、さすがの人徳だった。

 

 しかし、二人の要請は無視の出来ないところではある。セシリアと鈴が生徒会入りを目論んだのは一夏とお近づきになるためで、その欲求は大なり小なり形は違えどほとんどのIS学園生が抱いている。

 俺も人のことを言えるほど平凡ではないが、一夏といえば世界最初の男性IS操縦者で、千冬さんの弟で、専用機の建造には束さんが一枚噛んでいる。世界中あらゆる国と組織からの注目の的として、IS学園内においても本国の意向を受けてかはたまた当人のイケメンさにやられてか、接触を持とうとする生徒は数多い。

 それをうまい具合にいなすのも当代生徒会の役目ということで、楯無さんは一夏の部活貸出など様々に手を打っている、らしい。ひょっとしたら俺に対してもなにがしかしてくれているのかもしれない。

 そんな楯無さんからしてみれば、一夏とお近づきになるために生徒会入りさえ辞さない覚悟の生徒が出てくる状況を座視することはできないらしく、楯無さんは既に策を練っていたわけで。

 

「理不尽は百も承知よ。でも大丈夫。チャンスはあげるわ……みんなに、ね」

「チャンス……?」

 

 楯無さんはゆっくりと落ち着いた動きで立ちあがる。生徒会長の机の背後には窓。青空にさんさんと輝く陽光が降り注ぐのに加え、楯無さん自身の威圧感によっていっそ後光を放ちそうなほどのオーラを背負い、改めて開いた扇子には「決闘」の二文字。

 その意味するところを力強く、告げる。

 

「今日から一週間後、一年生代表候補生対抗、織斑一夏争奪大文化体育祭の開催を宣言する!」

 

「……束さんがラスボス一歩手前くらいになりそうだな」

「落ち着いてる場合じゃないぞ一夏。あの人はそもそもラスボス候補筆頭だ」

 

 今日ここに、代表候補生同士の勝負が高らかに宣言された。

 

 

◇◆◇

 

 

 その夜。IS学園一年生寮食堂。

 授業と部活動を終えた生徒達の憩いの時間。セシリアを筆頭とするイギリス出身の生徒達によって「Tea Timeは大事にしないとネー!」という概念が無駄に広められた結果、放課後ティータイムとしゃれこむ生徒も多くいる。そのため食堂内でこの時間帯に「カロリー」という言葉を口にするものはいない。

 そしてそんな女子会の一つとして今日、先の楯無の発表によって一週間後に決戦を控えることとなった一年生専用機持ちの面々によるお茶会が開催されていた。

 

「やはりそういうことか!」

 

 そこにはなぜかそう叫ぶなり、どこからともなく取り出したカードを投げるラウラの姿が。

 勢いよく回転して突き刺さったのは、テーブル上に広げられたIS学園の見取り図で1年1組の教室を占める位置。カードの柄は、トランプのキング。ただし何故かコーカサスオオカブトムシの絵が描かれている。

 

「大文化体育祭とやらで我々専用機持ちの雌雄を決し、優勝者は一夏と同じクラスになり」

「……そのうえ、一夏と寮で同室に」

 

 シャルロットも同様にカードを投げる。今度は1年生寮、一夏の部屋へ。カードの柄はクイーン。ヤギが融合しているような絵をした、ただのトランプではありえない何かである。

 

「なるほど、中々の条件だ……」

「チャンスは平等、ってことね。絶対に負けないわよ」

「鈴さんのお気持ちはわかりますが、それは私とて同じですわ」

 

 箒達もまた、真剣にそのカードを睨む。突然開催の運びとなった体育祭。優勝者に与えられる報酬はラウラとシャルロットの語った通り、一夏との時間という彼女らにとっての「全て」と言っても過言ではない栄光だ。

 だがそれは、数多の敗者の屍の上で成り立つもの。負ければ最後、一夏と同じクラスでいることすらできなくなる。死して屍拾う者なし。勝って栄光を手に入れるか、負けて何もかも失うか。禁断の果実に手が届くのは誰なのか、天国と地獄を分かつまさに天下分け目の戦いだ。

 

 それだけのリスクを背負ってなお、箒達はこのイベントへの参戦を拒まない。さんざん二組だからいない扱いされた鈴は言わずもがな、一夏と同室でいる甘い時間を知る箒とシャルロットも、自身の実力に疑いを抱かないセシリアとラウラもまた、掴み取る幸福の時間だけを信じている。

 

「いつかはこうなると思っていた。私達は、戦うことでしかわかり合えない!」

「望むところでしてよ。……一夏さんの愛は全てわたくしのものですわ」

 

 闘志は十分。各専用機持ちに割り当てられるチーム割が発表されるのは翌日となるが、既にして戦いに臨む覚悟はできている。突然の出来事であってもなお、この戦いは身を投じるに値するものなのだから。

 

「……ただ、一つ不安なことがあるとするならば」

「真宏、だよね」

「一体何をやらかすつもりなのか、今から不安だわ」

 

 しかし、そんな彼女らをして最大の警戒心を抱かせるのは、ともに競い合う相手ではなかった。鈴が放ったカードこそ、このイベントをわけがわからない物にする一番の元凶の居城。

 突き刺さった場所は寮の一室、一夏とはまた別の一人部屋。カードに描かれているのは、ジョーカー。

 IS学園の二大イレギュラーの片割れ。第二の男性IS操縦者。妖怪ロマン男。

 

 そして大文化体育祭実行委員長、神上真宏だ。

 

 

◇◆◇

 

 

「というわけで真宏くん、実行委員長よろしく。競技の選定は任せるわ」

「あ、もしもしワカちゃん? IS学園で運動会やることになったんだけど、面白い競技のネタあったら一口かまない?」

『今すぐ輸送船に機材積んで持って行くんで待っててください! 超楽しい運動会にしましょうね!』

 

 

◇◆◇

 

 

「楯無さんは何を考えているんだ……!」

「死人が出ないよう、わたくしたちがしっかりしなければいけませんわ」

「ていうか一番ヤバいのは私達よ。実体装甲、中国から送ってもらったほうがいいかなあ……」

「真宏とワカちゃんは、相手が固めたら固めた分だけ火薬を増やせばいいって考える人種だから逆効果だと思うよ」

「ドイツ時代に教官から課された砲撃下の進軍訓練を思い出せば……!」

 

 乙女の切なる願いが渦巻く体育祭は、波乱の気配を含んで始まりの時を待つ。きっと、戦わなければ割とリアルに生き残れない決戦の日は、近い。

 

 

「……さて、話は終わりだ。では、これ食ってもいいか?」

「まだ終わってないわよラウラ」

 

 その辺まだ話し合わなければいけないのだが、話が終わったと勘違いしたラウラが普段は見せないような笑顔で食卓上のスパゲティを食べたがっていたので、とりあえず食事しながらの話に切り替えるヒロインズであった。

 

 

◇◆◇

 

 

「真宏ー、楯無さんのところに書類持って行くんだけど、一緒に行くか?」

「ああ、都合がいいな。行こう」

「行こう」

 

 そういうことになった。

 会長の体育祭開催宣言から一夜明けて、生徒会副会長である一夏となんか気付けば体育祭の実行委員長に任命された俺は、さっそく色々とやることに追われていた。イベントを行う為の申請書類を用意したり、先生方との調整をしたり、面白半分でスポンサーになってくれた蔵王企業から受け取るあれこれの準備などなど。

 その中には当然、最終的に楯無さんの判を貰わなければならない物もあって、一夏も俺もさっそくいい感じにそんな書類が溜まってきたからこうして2年生の教室を訪ねに来たわけだ。

 

「ところで真宏、さっき言ってた都合がいいってどういうことなんだ?」

「安心しろ、すぐにわかる」

 

「! 織斑くんだー! 者ども、であえであえ!」

「囲め!」

「脱がせ!」

「くんかくんか!」

「うおわー!? こういうことか真宏おおお!」

「はっはっは、はーい二年生のお姉さま方、一夏はあの人だかりの真ん中あたりですよー」

 

 俺と一夏はともに1年生。必然的に上級生との付き合いは薄くなり、そんなところにうっかり顔を出せば俺でも先輩方にとっ捕まりかねない。そんなとき、一夏は絶好のエサとして周囲の注目を一身に集めてくれるわけだ。

 いつの間にか他のクラスからも集まってきた二年生にもみくちゃにされている一夏になむなむと両手を合わせつつ、俺はさも当たり前のような顔で教室への侵入に成功した。一夏、お前のことは忘れない。配管工が奈落へ落ちそうになったときに乗り捨てる緑の恐竜くらいには。

 

「というわけで楯無さん、書類持ってきましたー」

「……そう、ありがとう。別に放課後でもいいんだけど」

「……あり?」

 

 書類の手渡し自体はさっくりと終了。だが、楯無さんの様子がなんだかおかしかった。ぶすっとした顔でそっぽを向き、たまに横目で俺と、一夏が女生徒に埋もれているあたりを見る程度。随分とご機嫌斜めなご様子だが……ああ、そういうことか。

 

「うぅ、ひどい目に会った……」

「お疲れ一夏。半裸にされるだけで済むとは、思ったより幸運だったな」

「お前はどんな惨状が想像される場所に俺を放りこんだんだよ!?」

「キスマークが一つもついてないことを不思議に思うくらいの場所かな?」

「お前ってやつは……!」

「……ふーん、満更でもなさそうに思えたけど。いっそあのままちやほやされたかったって思ってるんじゃないの?」

「楯無さんまで、やめてくださいよ……」

 

 ほうほうの体で逃げ出してきた一夏に対するヤキモチの発露なのだろう。これまでの人生で箒たちヒロインズや千冬さんを筆頭に何度となく見てきたものだから、大体わかる。一夏からも差し出された書類を受け取りはしたもののむくれているあたり、さんざんクラスメイトにもみくちゃにされるがままでいたのがよほどお気に召さなかったらしい。箒や鈴が一夏と出会ったばかりの頃を見ているようで、ほっこりとした気分になるものだ。ならばせっかくだし、サービスの一つもしておこうか。

 

「一夏。この書類のここ、ちょっと間違えてないか?」

「ん、どこだ?」

「ほらこのあたり」

「良く見えないぞ。えーと……」

「……ちょっ!?」

 

 一夏が楯無さんに渡した書類の一枚を指差して、顔を寄せる。そうすると、同じように顔を寄せてくるのが一夏の一夏たるゆえん。無意識に人との距離を詰める傾向がある一夏がこれをするとどうなるか。傍から見た絵面は、一枚の書類に顔を寄せ合う男女の図があっという間に完成することになる。俺という異物も混じってるけど、まあ気にしない。

 間近でちらりと見た楯無さんの顔はというと、そりゃもうトマトかりんごかというほどに赤い。瞳は潤み、軽く唇を噛んで恥じらいに耐える様は俺から見ても可愛いと思うほど。恥ずかしいのだろう。離れようと思ってもいるのだろうが、一夏の息遣いすら感じられる距離から身を引き離すことは、あまりに惜しいのだろう。楯無さんは書類を覗き込む一夏を切なげに見て……まったく同じ目を俺にも向けた。

 

 ……ん?

 

「も、もういいから! あとは私が確認しておくから、二人は戻りなさいっ!」

「うわ!? ……わ、わかりました。予鈴も鳴ってるし、帰ります。それじゃ楯無さん、よろしく」

「あ、そ……そうだな?」

 

 なんだろう。これまで俺の人生ではつい最近まであまり経験のない目を向けられたような気がするんだが。すぐに鳴り響いた予鈴でどちらにせよ今回の訪問はこれにて終わりだ。単純に恋心満載な目で一夏を見て、その隣に俺がいたからというだけなのだろうが、なんだか違和感があるような……?

 ともあれ、妙な感じが残るのであった。

 

 

◇◆◇

 

 

(はう……胸、苦しい……!)

 

 一夏と真宏が去った後、楯無はそっと自分の胸を押えている。心臓はどれだけ落ち着けと念じても激しく鼓動を打って止まらず、吐き出すため息は熱く甘い。すぐ目の前に寄せられた一夏と、そして真宏の顔。クラスメートにもみくちゃにされていた一夏に感じたヤキモチも、その原因を作ってまでいち早く来てくれたのに平然とした様子の真宏に感じた不満も、一瞬で吹き飛んだ。

 胸が苦しいのに嬉しくてしょうがないなど、こんな感情は今まで味わったことがない。手を伸ばせば触れられるどころではない。ほんの少し顔を寄せればキスだってできただろう距離に、大好きな人がいた。

 

(い、いけないいけない! 邪念を捨てて落ち着かないと! ……スゥーッ! ハァーッ!)

 

 更識家に代々伝わる謎の呼吸法をすることで、ようやく少しは頭が働くようになってきた。あれはただの偶然のようなもの。一々気にしていてはしょうがない。

 

「……落ち着いたのなら、そろそろ教科書を開いてもらえるかしら」

「は、はいっ!」

 

 そうと気づいた時には思った以上に時間が過ぎて、既に授業が始まっていたのだが。

 

「……更識さん。教科書、逆さだぜ」

「なんで男口調なんですか先生」

 

 ここでネタ振りをするのは教師としてはどうなのかと思うが、雰囲気を変えてくれたことには感謝したい楯無なのだった。

 

 

◇◆◇

 

 

「いやー、追加の買い出し手伝ってもらって悪いな簪。楯無さんもありがとうございます」

「ううん、気にしないで。私も楽しいから」

「そ、そうね。たまにはこういうのも気分転換になるんじゃないかしら」

 

 体育祭開催までの期間は楯無さんの宣言からわずか一週間。元々ある程度の根回しがあったとはいえ大っぴらに動ける期間の短さはいかんともしがたく、今日の俺達はIS学園の外へと買い出しに出て来ていた。

 

「それにしても失敗した。一夏にも買い出し頼んだってのに、その後もりもり伝え忘れが出てくるなんて」

「さすがにちょっと急過ぎたかしら……負担、かけちゃってるわよね」

「いえ全く。気にしないでください楯無さん。これはコレで楽しんでますから。……俺も、ワカちゃんも」

「……それが一番不安を掻き立ててくれてるんだけど」

 

 本来ならばしなくてもいいというか、買い出しは一夏に頼んで俺はさっそくワカちゃんが専用輸送船<うわばみ>で持ってきてくれた資材の受け入れを担当するはずだったのだが、一夏を送りだしてから出るわ出るわ追加で買い出ししなければいけない物の数々。

 一夏に連絡して追加を頼んでもいいのだがどうしたものかと迷っていたところ、簪が会長も連れ出して息抜きがてら自分達で買いに行こうと提案してくれて、現在に至るわけだった。

 

 やってきたのはIS学園から適当に交通機関を乗り継げば辿り着ける距離にあるショッピングモール。近場ではそれなり以上の規模を誇り、テナントとして入っている店舗の数も品揃えも中々のものと評判だ。

 

「へー、こういうところって初めて来たけどすごいのね。なんでも揃ってそう」

「そうでもないらしいよ、お姉ちゃん。あれ見て」

 

 しかし妙なところで奥ゆかしいらしく、売り文句にすらなんでも揃うとは謳っていない。

 

『すごいなこのショッピングモール。なんでも揃うんだな』

『なんでもは揃わないよ。揃えているものだけ』

 

 このショッピングモールのイメージキャラクターという、片目を隠す前髪とアホ毛がトレードマークの男と、家庭環境が複雑そうな優等生風の女の子がショッピングモールの広告でこんなことを語りあっている。こう書かれるとそれこそ本当になんでも揃っていそうな気がしてくるから。広告効果とは複雑怪奇なものだ。

 

 

 その後、買い出し自体は問題なく進んでいった。いかんせん用意までの時間は短いものの、本来だったらどう考えても間に合わないような飾りのハリボテやら競技に使う大物はどういうルートでかワカちゃんが仕入れて来てくれたので、俺達が用意するのはよくある物ばかり。パン食い競争の外れ用のやたら硬いフランスパンとか、まあそんな程度のもの。一夏達に買い出しを頼んだのは同じく簡単なものだが数が多く注文が必要なものが中心だったので、それ以外の今日買ってそのまま持ち帰る程度のものが主だったし、気分転換という名目もあるので遊びに来たようなものだ。

 楽しいとはいえ準備期間が短い体育祭の実行委員長になったから、簪とこうして一緒に過ごす時間がなかなか取れなかったのでちょうどいい。

 

「真宏、気にしてたあの競技用の最高得点ボールの自立飛行AI、私が組もうか?」

「丁度頼もうと思ってたんだ。助かるよ簪。……せっかくだから、常時二段QBの軽二くらいの機動で頼む」

「うん、私もそのつもりだった」

 

「お、簪あれ見てみ。新しい眼魂が出てるぞ」

「ちょっと多々買ってくる!」

 

 結果として、俺達は何くれとなく話しながら、ショッピングモールを巡る。途中でちらちら買い出しにきた一夏とその付き添いとして事実上のデートを楽しんでいるラウラを見かけたりもしたが、その度にさりげなく簪と楯無さんを誘導して一夏に見つからないようにすることも忘れない。最近の一夏は代表候補生カッコカリということになったので女の子をデートに誘えるくらいには懐が潤っているし、そうでなくても一夏と二人きりならラウラはきっとそれはそれは楽しい時間を過ごしているだろう。邪魔をしてはいけない。

 一夏の方は俺達が近くにいることに気づいてなかったらしいが、ラウラは俺が二人を気づかっていることを察知して、ぐっと親指を立てて健闘を祈ったら敬礼を返されたりとか、そんなことも色々あった。

 

「申し訳ありません、ご注文の品は残り1個だけでして……」

「そうなんですか。じゃあもう一つはこっちを」

「はい、それでは抹茶スパーキングと抹茶オーレですね」

\ソイヤッ! 抹茶スパーキング!/

\ソイヤッ! 抹茶オーレ!/

 

 ……とりあえず、一夏達が入った喫茶店には近づかないようにしよう。ベルトっぽい何かについているブレードをがしょんがしょんと動かして作られたメニューがこの世界のものだという確信がどうしても持てない。

 

 

「……やっぱり仲いいわよね、真宏くんと簪ちゃん」

「そうですか? 楯無さんにもそう思ってもらえるならうれしいです」

 

 なんだか今日はおとなしいように思っていた楯無さんが声をかけてきたのは、簪がガチャガチャをやりに行って俺と二人になった時だった。簪が楽しそうに硬貨を入れてレバーを回しているのを見ながら、楯無さんはしみじみと呟く。

 

「その……どうなのかしら。二人は仲良くい続けるためにしてることとか……あるの?」

 

 そして、こちらを窺うような上目遣い。なんだろう、最近うちの生徒会長の様子がちょっとおかしいんだが。とはいっても、俺に出来ることは限られている。悩みごとでもあるなら相談に乗るくらいはしてあげたいのだが、さしあたって今この場でできるのは、ただ聞かれたことに正直に答えるくらいなもの。簪と仲良くいるためにしていることとな。さて何かあったけか。

 

「あんまり、気にしたことはないですね。元々簪とは趣味も合うんで、話してるだけでも楽しいですし」

「そうみたいね。簪ちゃん、真宏くんと話してるときはすごく楽しそうだもの」

「俺も同じくらい楽しませてもらってますよ。……ただ、困ってもいます」

「へえ、きっと贅沢な悩みなんでしょ」

「それはどうだか。ただ、簪にしてあげたいことが多すぎて。たまに時間が足りないって思います」

「……して、あげたいこと?」

 

 楯無さんはきょとんとした顔で俺を見る。あれ、そんなに変なこと言ったかな。

 

「一緒にしてもらいたいこと、でもあります。特撮見たりマンガ読んだり例のロボゲで強い相手と当たってボコボコにされたり。そういうことを簪と一緒に出来たら嬉しいですし、それで簪も喜んでくれたら、もっと嬉しいです」

「へえ、真宏くんって優しいのね。……して欲しいことじゃなくて、してあげたいこと、か」

 

 俺の言葉を吟味するように、楯無さんは真剣な表情を浮かべている。特におかしなことだとは思わないんだけどな。簪を好きなことは運命のあの日にぶちまけてしまった通りで今も変わらない。いや、むしろもっと好きになっているかもしれない。そういう場合の感情として、これは至極自然なものじゃなかろうか。

 

「お待たせ、二人とも。……お姉ちゃん、どうかしたの?」

「ううん、なんでもない。それより行きましょ。もうちょっと買い物が残ってるわけだし、ゴーゴー!」

「おぉっと!? 急に元気になりましたね楯無さん」

 

 小さい手に掴むにはあまるかもしれないくらいの大きいカプセルを持って簪が戻ってくる頃には、楯無さんの様子はいつも通りのテンションになっていた。俺と簪の腕を取り、笑顔でショッピングモールの中を練り歩く。残っていた買い出しを済ませ、楯無さんもノリよく品を選んでくれたりして、三人揃って中々に楽しく買い物ができた。

 

「してあげたいこと、か。……ちょっといいかも」

 

 体育祭までの時間は短いが、こうして忙しなくも充実した時間を過ごせるなら悪くない。簪と一緒に楯無さんに手を引かれてながら、俺はそう思っていた。

 

 

◇◆◇

 

 

「一夏さん、今日はわたくしとランチをご一緒してくださいませんこと? 答えは聞いておりませんけど」

「いや、別にいいけどなんでそんな強引に……」

 

 翌日。昼休みに入るなり、誰よりも早く一夏の元へと駆けつけて昼食をともにする約束を取り付けるセシリアの姿があった。元々自分が一夏を誘えばエスコートしてもらえるという点に疑問を抱かない自信満々なセシリアだったが、なんか今日はいつにもまして積極的なような。さすが、銃使いだけあって人の都合を顧みない。

 

「それはもちろん、今日のお弁当はわたくしが作ってきたからですわ」

「えっ」

「さらばだ、一夏。お前との思い出は忘れない……」

「逃げるな真宏おおお! こうなったらお前も道連れだああ!」

 

 その言葉を聞くなり、一夏の周囲全方位でクラスメートが一歩引いた。当然俺もその流れに乗ろうとしたのだが、一夏にしがみつかれて失敗。ええい離せ、俺が死ぬときはでっけえおっぱいに埋もれてと決まってるんだ! お前の胸板みたいにカチカチの筋肉と違ってな!

 

「……真宏?」

「あ、なんでもないです」

 

 訂正。簪のおっぱいに埋もれてでした。

 

「今日のお弁当はとくに自信がありますわ。味見もしてきたのですから」

「なん……だと……!?」

「動くな、セシリアの偽物め」

「変装の腕は一級だが、対象のリサーチが足りなかったようだな。セシリアに化けるのであれば、最低限口にした瞬間意識を失う程度の料理を作ってくるべきだ」

「ちょっ、箒さんにラウラさん!? 首筋に刃物を突きつけるのはやめてくださいませんこと!? わたくしは偽物などではありませんわ!」

「信じるなよ、ラウラ。最近の銃使いを信用するとロクなことにならん」

「わかっている。闇の皇帝よりも暗い目で別人に成りすまして、人間関係を破壊する(サークルクラッシャー)程度のことはたやすくやってのけるからな」

「冤罪ですわー!」

 

 セシリアの一言が、ただでさえ軽く引いていた教室を驚愕で襲った。爆心地近くに居合わせた俺と一夏はセシリアの言葉が放つ衝撃をまともに受けて身が竦み一歩も動けず、素早く冷静さを取り戻した箒とラウラはこのセシリアっぽい誰かを即座に偽物とみなした。箒は日本刀、ラウラはナイフでセシリアの首を前後から挟んでいる。このままくるりと一回転すれば、ハサミのようにすぱっといくだろう。二人とも、なんて冷静で的確な判断力なんだ……!

 

 

「……ひどいですわ。ひどすぎますわ」

「いや、本当にごめん。謝るから許してくれ、な?」

 

 それからしばらく。色々誤解が解け、半泣きのセシリアの頭を撫でて一夏が必死で慰めていた。セシリアが手料理の味見をしたというあまりの事実に半信半疑のままだったものの、いくつかの質問ののちにセシリアが偽物ではないということが証明され、こうして無事当初の流れの通り屋上での昼食の運びとなったわけだ。

 

「『今夜はビート・イット』のパロディ『今夜はイート・イット』を歌ったのは?」

「どうして真宏さんはわたくしの人格や趣味と無関係にな質問を出しますの!? わたくしがイギリス人だからですか!?」

 

 その結果、せめてもの罪滅ぼしとしてヒロインズは晴れた屋上のランチタイムで一夏の隣をセシリアに譲り、おかげで段々機嫌も直ってきた。そんなセシリアが用意したメニューは、サンドイッチとスープ。至極まっとうなメニューであり、もし見た目通りの味であればとても美味しいだろう。……セシリア料理の見た目ほど当てにならない物はないのだが。

 だから、バスケットの中身を前に一夏が息を飲んだのは、決して食欲のせいではあるまい。その手に持ったハムサラダサンドイッチを見る目は真剣そのもの。しかしサンドイッチを口元へと寄せ、覚悟を決め、一夏は勇気を持って……食べた!

 

「……あ、うまい」

「嘘ぉ!?」

「ええ、これがわたくしのこれまでしてきたことの報いなのですわね……」

 

 ……その日、世界は破滅から一歩遠ざかった。

 セシリアのプライドとかなんかそういうものと引き換えにして。

 IS学園の全ての生徒は、セシリアを教育してくれた遠くイギリスのチェルシーさんと、セシリアにレシピ本を貸して指導監視したというシャルロットへの感謝を捧げるのであった。

 

「おっ、楯無さんちょうどよかった! 学園の危機が一つ去った記念の宴やりましょう宴!」

「良いわね真宏! 私の酢豚もじゃんじゃん食べて!」

「え、ちょっ……そ、それじゃお邪魔しようかしら、私もお弁当作ってきたし」

 

 この幸せは祝わにゃ損だ。なんか隠れてこっそりこちらの様子を窺っていた楯無さんも巻き込んで、みんなで青空の下の昼食を楽しんだ。なんか挙動不審だった楯無さんをさりげなく一夏の隣に放りこんでみたら段々機嫌が良くなってきたし、本当にいい日になったものだ。

 今日からしばらく天気もいいという予報がある。体育祭も、楽しい一日になることだろう。

 

 

◇◆◇

 

 

「それではこれより、1年生対抗織斑一夏争奪大文化体育祭を開催する!」

「いえーい!」

 

 楯無さんの宣言により、ノースリーブ体操着にブルマという大層眼福な姿でグラウンドに集いしIS学園生の歓声が秋の高い空に弾けた。……一応言っておくけど俺と一夏は普通にハーフパンツだからね?

 ともあれ派手に鳴り響く花火の音とファンファーレ。そして空に光のラインで描かれる絵図の数々。一夏とお近づきになる絶好の機会に昂ぶる少女たちの心を現すかのごとく、体育祭の開催が今ここに、ド派手に彩られていく。

 

「……セシリア、フレキシブルで何やってんのよ」

「真宏に頼まれて余興に協力してるんだって。フレキシブルは結構鋭く曲がるから空中に文字を書いたりもできるらしいよ」

「なるほど、確かに見事なもの……おい待ていま一瞬『I love you, Ichika』と書かれたような気がするのだが」

「おのれセシリア……!」

 

 ちなみに、協力はイギリス代表候補生、ブルー・ティアーズのセシリア・オルコットさんでお送りしております。

 

「それでは続いて選手宣誓、織斑一夏!」

「え、俺ですか!?」

 

 そして楯無さん得意の無茶ぶりが炸裂。選手宣誓をするなど一切知らされていなかった一夏の腕を抱きしめる勢いで絡め取って二人で壇上に上がり、けしかけている。そこはかとなく恋人的な雰囲気を醸し出しているのはわざとだろうか。生徒達の闘志がさらに一段と燃え上がったような気が。

 

「え、えーと……宣誓! 俺達ISファイターは!」

「この手にIS・ザ・ISの栄誉を掴むため!」

「己の技量の全てをもって戦うことを、今ここに誓う!」

 

 一夏が、楯無さんが、そして全員が唱和する。なんか方向性はアレなのだが、気にしてはいけない。いつものことだ。

 

 とにかくこうして、ある意味IS学園の行く末にも関係しそうな一大イベント、大文化体育祭が始まった。

 

 

「えー、ではまず最初の競技としてISを使った自由落下チキンレースを……」

「それはさすがに危ないから却下したはずよね真宏くん」

 

 ……始まったのだ、一応。


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