「っしゃああああああ!」
『おぉっとおー! IS学園大文化体育祭最初の種目、50m走! 第一レースにいきなり登場の中国代表候補生、凰鈴音選手、凄まじい速度でぶっちぎりだー! いかがです、解説の神上さん』
『さすが鈴、元々身軽なだけあって速いですね。ツインテールをいつもより下の位置で結んだ高速フォームのフォーラーチェインにしていることからもその決意がうかがえます。いっそ軽功の使用を疑うレベルですよ』
前だけを見てゴールまで圧倒的な速さを見せる鈴に上がる大歓声。体育祭は最初からクライマックスの盛り上がりを見せている。具体的には、インベスを引き連れて戦うアーマードな箒達の姿を幻視するくらい。
一年生専用機持ちによる一夏と一緒のクラス、寮での同室権を賭けた体育祭は、生徒たちの高まる欲望も反映してそりゃもうガンガン燃えている。その最たる実例として、鈴は最初の競技で真っ先に選手として飛びだした。なびくツインテールを置き去りに、最速で最短で一直線にトップでゴールを決め、一夏へのアピールを欠かさないところからも気合のほどがうかがえる。
『さて、それでは解説その二の織斑さん、今の結果はいかがでしょう。ちなみにただの感想なんざ求めてねーので、どのあたりがかわいかったかを重点的に』
『なんでそういう方向性のコメントに!? ……あー、普段あまり見ない髪型なのがかわいいと思います。どうしてあれで速くなるのかはさっぱりわかりませんけど』
「……っ! ふ、ふふーん。一夏ったら、わかってるじゃない」
「……すまないが、次の出走を譲ってくれ。私が出る」
「あら箒さん、わたくしの勝利に花を添えてくださいますの?」
「僕だって、負けないよ」
そして、勝者は一夏との甘い生活を得られるのみならず直接ご褒美コメントももらえるとあって、専用機持ちの闘志も俄然燃え上がる。最初から飛ばして行く者あり、たきつけられる者あり、冷静にチーム全体の勝利を伺う者あり。様々な思惑を含み、勝負はいかなる様相を見せつけるのか。俺も楽しみでしょうがない。
『それでは、続いての競技はIS学園伝統の「玉落とし改」!』
「……なんですかそれ。とくに改の部分」
「説明しよう! 玉落としとは、玉出しマシーンから空に向かって放り出される玉をISで打ち落とし、その得点を競うIS学園伝統の競技なのだ!」
「そして、それを俺がちょっとアレンジした特別バージョンがこの体育祭で披露されるのだ!」
「……大体わかった。特にオチが」
そして、さっそくお楽しみ競技の始まりだ。一夏は何かを察したようだったが、おそらく合っているだろう。ヤツと俺の付き合いは長い。俺が一夏の考えを見透かすように、一夏もまた俺が何を企んでいるかを読む程度のことはしてのける。
さてこの競技、参戦するのは箒達専用機持ちの面々となる。さらに大文化体育祭特別ルールにより、今日はISを使う際もISスーツではなくノースリーブ上着にブルマという、やたら露出の多いIS学園指定の体操服でなければならないというルールが楯無さんによって制定されている。結果、ISを展開してスタンバイするブルマの美少女たちという、なんか頭の痛くなるような光景がそこにはあった。
「よし、さっそくISを使って高得点を狙える種目。紅椿の性能を見せるときだ」
「狙い撃ちなら任せてくださいまし」
「近接もありなんでしょ? 余裕よ」
「ふふふふふふふ、どの武装を使おうかなあ。とっつきが向いてないのは残念だけど、ワカちゃんから借りてきたのもあるし、楽しみだなー」
「AIC、レールキャノン、ワイヤーブレード。あらゆる武装が私をこの競技の制覇に導くだろう。勝利は既に我が手中にある!」
「一応、私も。複雑な動きをしない相手ならマルチロックも、できるし」
「ああ、ノースリーブの簪かわいいなあ。二の腕触りたい……」
「ああ、ブルマの簪ちゃんかわいいわねえ。太ももに挟まれたい……」
『はい、更識簪選手の姿にメロメロになって変態としか思えないセリフ口走ってる解説二人は放っておいて、さっそく始めると致しましょう! 全自動標的投擲機、出ませい!』
「……なんかどっかで見たことあるな、あの標的ピッチャー。前面にチェーンソー生えた走る結界みたいだけど」
「当然、標的はただの玉からバージョンアップしてふわふわ浮かぶ自律兵器だ。反撃してこないただの的だけど」
ISの装備展開システムのちょっとした応用か、光の粒子が集まって構成される標的投擲機。それを中心として等間隔に円を描いて配置につく箒達。この手のISを使った競技は他の通常競技よりも配点が高く設定されているから、観客たちが声を張り上げる応援の熱のこもり方も段違いだ。
「お願い勝って! 勝って私達を織斑くんと同じクラスにして!」
「がんばれ~、かんちゃ~ん! いざ出陣、えいえいお~!」
専用機の面々は、競技開始の準備としてゆっくりと浮遊し、円を描いて周回軌道に入る。徐々に加速し、一定の速度に達したときこそこの戦いの始まりだ。互いの位置を、表情を伺い、楯無さんの合図に精神を集中し、標的を吐き出す装置への注意はひと時たりとも逸らすことなく。
「それでは……はじめっ!」
合図の直後から、全開の機動が始まった。
「それじゃあ、さっそくいくよ!」
対象の捕捉において一歩先んじたのはオレンジ組団長、シャルロット。持ち前の武装展開速度を生かして素早く両手にマシンガンを呼び出し、躊躇なくぶっ放した。対象となるのは放物線を描いて落ちるだけのボールではなく、なんか投擲装置が展開して射出されると人型っぽく変形して滞空する自律標的。動きこそ鈍いものの軌道は単調ではなく、避けるような動きを見せる物も混じっている。
シャルロットはそれに対して精密な狙いをつけるのはなく弾数で対処することを選び、射出直後で密集している的がさっそく大量に餌食となった。
「悪いが先に行かせてもらうぞ! 扱いづらい第四世代だが、最新型が負けるわけがないだろうがああ!」
「ちょ! 箒どいてそいつ狙えない!」
そんな弾雨の中に迷わず突っ込んでいくのは赤い影。チェリーエナジー組団長、箒の紅椿だ。展開装甲を楯にしてシャルロットからの銃撃を邪魔しつつ、第四世代機らしい高速飛翔によって近づく端から次々と標的を切り捨てていくさまは、扱いづらいという言葉を裏切って美しい。
「まずはこちら。次は……そちらですわね。意外と高得点の的も多くて助かりますわ。このセシリア・オルコットにとってこの競技はまさに最適。絶好のチャンスですわ。……最高得点の羽が生えた金色の玉だけは異常に動きが素早くて捕え切れませんけれど」
それらの激しい動きと対照的なのがぶどう組団長のセシリアだった。標的が射出されると同時に後退し、的と射撃とISが入り乱れる領域を俯瞰できる位置から高得点の的だけを確実に射抜いている。ビットの牽制で追い込みフレキシブルでどんな位置にあろうと仕留める様はまさに狩人と言っていい。
「逃げんじゃないわよどっかの魔法学校で見たことのある玉ぁ! おとなしく斬られなさい!」
ピーチエナジー組団長、鈴のスタイルは箒に近い。両手の双天牙月で得点の高い的を中心に狙いながらも、踊るような動きで間合いに入った的は全て切り刻み、遠いものは衝撃砲でまとめて撃ち落とす。すさまじい勢いで撃墜数が伸びていっていた。
「あ、固まってるところ見っけ。いただきぃ!」
「そうはさせん。それは全て私の獲物だ!」
そんな鈴が見つけた的の密集地帯。しかしそれは松ぼっくり組団長のラウラが張り巡らせたAICの罠、静止結界に捕らえられた哀れな獲物の墓場だった。鈴が一網打尽を狙って放った衝撃砲もAICによって無力化され、その間に大口径レールガンを展開。不可視の網に捕らえられた的は全てまとめて塵と化す。
『いやー、白熱してますね。いかがでしょう解説の織斑さん。この中で特に有利なのはズバリ誰ですか?』
『みんな上手いから難しいですね……。あえて挙げるなら鈴とシャルの妨害をほぼ無効化できるラウラ、ですかね?』
「……ふふ、わかっているではないか!」
「ラウラ、貴様ぁ……!」
実況席から届く一夏のコメントにまんざらでもなさそうな顔のラウラ。そして当然のようにぐぬぬ顔の箒達。しかし専用機持ちたるもの、それで引き下がるほどやわではない。ここが一夏へのアピール所と知り、むしろ俄然闘志を燃やす。飛び交う弾薬、銀閃、衝撃波、そして犠牲となった的の爆発が一気に増え、スクリーンに表示される各人の得点が凄まじい勢いで増えていった。
◇◆◇
「……マルチロック、完了。一気に行くよ」
『おーっと更識簪さん、自作のミサイル管制システムの威力を披露だー! これまでおとなしくしていたと思ったらここにきてミサイル一斉発射で魅せてくれる!』
『いいぞー、簪ー!』
『簪ちゃんがんばってー!』
(くっ、これではダメだ……もっと一夏に私の強さを見せつける方法は……!?)
競技時間も半分ほどを過ぎて、いまだ得点は横並び。ある程度時間が経って的の動きのデータが揃ったか、パイナップル組団長の簪が放つミサイルの命中率が段違いに上がり、得点を一気に稼ぎ始めた。楯無と真宏は思いきり簪をひいきした解説をしているが、あの二人はそれが芸の一種なので放置しておいていいだろう。ちなみに簪が優勝した場合は一夏、というより真宏と同じクラスになり、寮も真宏と同室になる予定だ。
機動と攻撃というISの基礎を問われるこの競技において、実力伯仲の専用機持ち同士で抜きん出た活躍を示すことは難しい。箒も打開策を探し……そして、一つ気が付いた。他のメンバーを出し抜き勝利を確実とする術。
(あの射出装置……的がまとめて吐き出される瞬間を狙えば!)
紅椿に最近出てきた追加装備、ブラスターライフル<穿千>。その火力があればあの的など、撫でるだけで蒸発するだろう。密集している中に打ち込めば、それはもう点数がっぽがっぽ。成功の暁には、一夏も箒の知略に感動すら覚えることは疑いない。少なくとも、箒の脳裏にはその図式が確たる現実として描かれた。
「ちょ、ラウラ! ワイヤーブレードで立体機動するのやめなさいよ狙いづらい!」
「妨害は禁止されていない!」
『おぉっとここにきてボーデヴィッヒさんがこれまで以上に縦横無尽! ワイヤーブレードで自分の体を引っ張って機敏に飛び回る!』
『この前ラウラに聞いたんですけど、あのワイヤーブレードの巻き上げ機構は日本のメーカーで作られてるらしいですよ。ドウグ社製って言ったかな』
『すげえ納得だわ』
(……チャンス!)
都合のいいことに、周囲は進撃のラウラに夢中になっている。協力プレイやスコアを取り合う対戦プレイをする際にはむしろ妨害こそが主となる。配管工兄弟がカメやらカニやらを蹴り飛ばしていた時代からの基本法則だ。
そんなわけで、さりげなく高度を下げた箒に注目している者は誰もいない。これならば、狙える。箒は決断した。
射撃の反動が大きい穿千は接地状態でなければ撃つことができないという、肩武装にふさわしい性質を持っている。なので箒はこっそり地上に降り立って肩部ユニットを展開し、穿千を手に取った。……もとはクロスボウ型の肩武器であったはずなのだが、いつの間にか取り外して弓っぽい何かとして使うようになっていた。弓部分に刃までついてとても使いやすいのだが、そこはかとなく妙な方向に成長している気がしてならない。
(む、的が出る気配……よし、出力最大!)
だが生憎と嘆いている暇はない。とりあえず、射撃体勢に入ってエネルギーをチャージする。弓を引けばピロリ、ピロリと無駄に音が出たりもするのだが心頭滅却して無視だ、無視。
ハイパーセンサーが察知する射出装置の異常振動と、箒自身の直感。それらが告げる最高のタイミングはチャージ完了の瞬間とぴたり一致する。わずかな隙を探り合う剣士たる箒がそのタイミングを逃すはずはない。まさに今、というそのとき、引き絞られた弓から超エネルギーの光線が放たれようとした。
しかし、次の瞬間!
「セシリア、そこ危ないよ!」
シャルロットがうっかりセシリアの軌道上にグレネードを放り込み。
「そもそもなんでこの状況で蔵王製品なんて使いますのー!?」
一瞬で血の気の引いたセシリアが咄嗟に、しかし正確に信管をレーザーで打ち抜き。
「きゃああ!? ちょ、当てたわねセシリア!?」
貫通したレーザーが、広範囲に衝撃砲を拡散照射しようとしていた鈴に命中し。
「!? ミサイルが……!」
あらぬ方向に放たれた衝撃波がちょうど打鉄弐式から放たれたばかりのミサイルを軒並み押し流し。
「うおわー!?」
ラウラにまとめて襲いかかり。
「な、なんだ!?」
狙いが逸れたレールキャノンが箒の足元をえぐってバランスを崩させ。
『ちょ、射出装置がー!?』
穿千の狙いがほんのわずかに逸れ。
高熱を孕んだ光線は射出装置に見事命中。哀れ爆発四散の結末と相成った。
『……すごいな、コントみたいだ』
『それはさすがにひどいだろう。せめてピタゴラスの定理的なスイッチとだな』
『はーい、箒ちゃんのチェリーエナジー組はマイナス200点でーす』
「そんなああー!?」
青空に響き渡るは少女の慟哭。それもまた、体育祭の醍醐味だろう。
◇◆◇
その後も、様々な競技が行われた。
どこの運動会でも見るような一般的な競技から、IS学園ならではの他では決してお目にかかれない伝統的なものまで色々ある。
『さあ、それでは次の競技は軍事障害物競争です! 分解して置いてあるアサルトライフルを組み立て、障害の設置されたコースを走り、最後に自分で組み上げたアサルトライフルで的を撃ち抜いてゴールです!』
『IS学園らしいですねえ』
『ちなみに今回は、はしごだの鉄骨歩きといった定番の障害のみならず、校舎の向こう側から謎の砲撃も降ってきますんで選手の皆さんは気を付けてくださいねー』
『みんな逃げろー! ワカちゃんがグレネードの雨を降らす気だー!?』
ISを使わず、それでいてIS学園独特の競技として先陣を切ったのはこの競技。単純な身体能力のみならず、軍人じみた武器の取り扱い技能まで要求されるというなかなかにハードな種目だ。
「まっひー、おりむー! 私頑張るから見ててねー!」
第一走者たちの中で俺達とかかわりが深いのは、のほほんさんだろうか。いつものごとく締まりのない癒し系の顔を浮かべ、ぴょんぴょこ飛び跳ねながらこちらに手を振っている。そして、それに合わせてゆさっと重たげに揺れる胸。
『さて、それではここでコメントをどうぞ』
『巨乳な子はIS学園に多くいますが、中でものほほんさんは群を抜いて重量感がありますね、と一夏が言ってます』
『人のコメントとして何言ってんだこの野郎! それはむしろ真宏の本心じゃないのかよ!? 見てみろ、簪の目つきがどんどん悪くなってるぞ!』
ちなみにのほほんさんだが、足はやたら遅い一方で銃の組み立てはあまりに速く、俺と一夏は何をどうやってたのかさっぱりわかりませんでした。
「あ、ありのまま今起こったことを話すぜ? 『のほほんさんが銃のパーツを並び替えたら既に組み上がっていた』何を言っているのかわからねーと思うが、俺も何が起きたのかわからなかった……」
「あれはただの超スピードだけどな。この前ミニ四駆渡したら90秒で組み立ててたぞ」
まあ結果として、射撃がとんでもなく下手なのほほんさんはロスしまくってビリになってしまったわけなのだが。それでも楽しそうにしてるし、体育祭的にはこれでいいんじゃないだろうか。
「まっひー、私の活躍見てくれた~?」
『すごいんだかすごくないんだかよくわかんないけど、頑張ってたと思うよー』
「わーい、褒められちゃったー! 私はかんちゃんの専属メイドだから、まっひーにもいいとこ見せるよー!」
「本音、それ以上跳ねて胸を揺らしたら……怒る」
……いいんじゃないかな! そう思わせてくださいお願いします。のほほんさんの気持ちは嬉しいけど簪は怒らせたくないんです。
そんなこんなの軍事障害物競争。銃の組み立てという普通なら考えられないような工程も入り、さらに先の宣言通り校舎の向こう側の見えない位置から火薬は使わず光と音だけは派手に出るようにしたナニカが飛んできて妨害するという激しい競技となった。
その中で最も勝ち星が多かったのは、ラウラ率いる松ぼっくり組。どうやら事前の訓練が功を奏したらしい。「銃の分解整備とそれ持っての行軍訓練とかさせられたけど、まさかほぼ同じことを本番でやることになるとは思わなかった……」とは松ぼっくり組に配属された生徒の証言だった。
◇◆◇
『はーい、騎馬戦は織斑くんが安定のラッキースケベをかましたせいでうやむやになって、特別ボーナスの500ポイントを獲得したチームがいなかったようですが、キリキリ行きましょう!』
運動会の華、騎馬戦。
多数の騎馬が入り乱れて戦を繰り広げる様はまさにヒロイン戦極時代の様相を呈している大文化体育祭にとってこの上なくふさわしい競技であったのだが、いつの間にか巨乳VS貧乳の最終戦争じみた戦いとなり、いつぞやの文化祭で生徒会が主催した演劇のときのようにボーナスポイント枠として出陣した一夏が群がる女子とエロハプニングの限りを尽くし、勝負はつかずに終了となった。
「大変だったな一夏。箒とセシリアの胸に顔をはさまれたり、抜け出したらシャルロットの胸に正面から飛び込んだり」
「言うなよ! 俺自身信じられないけど、全部事故なんだ! 箒とセシリアに至っては二人の方から抱え込んできたんだぞ!?」
「相川さんの胸を両手で鷲掴みにしたのもか? 鈴とラウラが自分にはその手のハプニング少ないってキレてたけど」
一夏の分のポイントが誰かの物になる前に強制終了させられた理由はこれが大きい。ことあるごとに嫉妬してISすら使ってのツッコミを入れていた箒達はもはや過去の存在。いまや一夏がエロハプニングを起こしたと見るや否や、負ける物かとばかりに自分達もアピールに走るという極めて前向きな姿勢を取るようになっている。
……その結果、あれ以上続けていれば健全な青少年が繰り広げる体育祭の範疇から逸脱すること確実なピンク色空間が発生したりしていたわけなのだが、詳しい描写は割愛しよう。
『さあ次なる競技は、大文化体育祭実行委員長、神上真宏くんの発案による「空中騎馬戦」!』
『また真宏がやらかしたー!?』
『概要も聞かないうちからやらかしたとは、失礼な』
説明しよう!
空中騎馬戦とは、ISを騎馬として空中で繰り広げられる三次元騎馬戦のことである!
『各チーム、専用機持ちはもちろんのこと学園保有の量産機も使ってのチーム戦です。IS側からの攻撃は危険すぎるため禁止となりますので、騎手とISの連携がカギになります』
『……もし振り落されたらどうするんですか?』
『先生方がフォローしてくれるしネットも張ってあるんでその辺はご安心を。……失敗したら? その時は、そいつが死ぬだけだ』
『……安全第一ー!』
アリーナ内に各チームから3騎ずつ出された精鋭たちによる、なんかもう騎馬戦とは確実に違う何か。誰一人としてこの競技の勝手は知らず、しかし得点の高さに釣られて出てきた彼女らの気合は十分だ。
『よーっし頑張っていこうかー』
「おい待て真宏おおおお! なぜお前まで出てくるのだ!?」
『えっ、そりゃ自分で企画したんだから、責任を持たないと』
「……強羅を展開してるから顔は見えないけど、声がニヤけてるわよ」
「がんばろうね、真宏」
「いいなー、私も出たかったです」
「貴様は学生ではないのだから断じて許さん」
当然のように簪の騎馬として混じっている俺に対してのツッコミも嵐のように巻き起こったが、お祭り騒ぎなんだし、気にしない気にしない。こういう大戦的なイベントの場合には、お互いが戦う理由とか気にしないのが楽しむコツだ。
でも千冬さんに首根っこ掴まれてるワカちゃんだけは勘弁な。生徒たちと同じノースリーブにブルマな見た目的には違和感ないけど、ワカちゃんまで乱入されたら収集つかなくなるんで。
ちなみに空中騎馬戦の方は、それはもう盛り上がった。
「後ろを取ったぞ真宏! これで終わりだ!」
『こういうときは、慌てず騒がずオープンゲット!』
「なんだとぉ!?」
「ハチマキ、ゲット」
『やったぜ簪! えーっとっとっと、よいしょっと!』
強羅を圧倒する機動力を駆使して後ろを取ったラウラに対し、簪は自分の意思で強羅の背中から飛び離れ、驚き追い抜くラウラ達との擦れ違いざまに騎手から勝利の証であるハチマキを奪い取るという荒業を見せてくれた。さすがだ。その後落ちてきた簪の方はといえば、見事お姫様抱っこでのキャッチに成功。客席からの歓声はより一層大きくなったのが誇らしい。
「こんなに面白そうなことにたば……じゃなかった私を呼ばないなんてどういう了見かな! こうなったら乱入しちゃうよ!」
『で、出たー! IS学園名物、イベントでの乱入者! しかも今回はなんと、仮面をつけてるので顔はわかりませんが、あれは間違いなくISの発明者、篠ノ之束博士! 自作っぽい四足のIS的な何かに戦車を牽かせての登場だー!』
「ち、ちがうし! 私は束さんじゃなくて謎のウェイトレスじゅうななさいだし!」
「何をしているんだ姉さーん!?」
「あ、しののー隙ありー。ハチマキもーらいっと」
「しまったぁー!?」
「おお箒ちゃん、やられてしまうとは情けない」
そしてIS学園のお約束、イベントあるところに侵入者アリの法則を満たすために謎の仮面ウェイトレスが現れたり、それに気を取られた箒がのほほんさんにハチマキを奪われたり。それにしても本当に正体隠す気ないな束さん。
『正体は置いといて、乱入して来るとはとんでもない奴だ! 止めるぞ簪!』
「うん、一緒に行こう!」
「ふっふーん、いい度胸だねまーくん! 空中騎馬戦をやると聞いてから大突貫で作ったこの空中騎馬戦用無人IS<ガッテンオー>に勝てると思ってるのかな!」
呼ばれてもいないのに乱入してきた謎の仮面ウェイトレスの相手をしてみたり。
つーかこの人空中騎馬戦用なんて他の使い道がなさそうなのまで作って来たのか。
『この日のために簪が組んでくれたプログラムで完成した新フォームのお披露目だ、白鐵!』
「輝羽ドライブ、インストール!」
――キュイキュイイ!
「な、なんとおお!? 白鐵にあんな形態があったなんて! さっそくうちの技術屋さんにも新しい変形を考えてもらわないとです!」
「やめろバカ者」
「ふっふっふ、さすが、わかってるねまーくん。まーくんならガッテンオーにそれで応えてくれると思っていたよ。それじゃあ、行こうか!」
一応千冬さんに目配せしてみたら、千冬さんのとなりで白鐵の新フォームに目をキラキラさせているワカちゃんの首根っこ引っ掴んで押えながら、頭痛を堪えるように額を抑えて「やれ」とばかりにひらひら手を振っていたので問題なし。この奇妙な乱入者を止めるため、騎馬戦用突撃武装モード<輝羽>に変形した白鐵を手に持ち、真正面から向かい合う。
『輝羽ストライカー!』
「ガッテンオー!」
エネルギーチャージは双方ともに完了。避ける意思など毛頭なく、ただの力比べがご所望の様子のVIPに対しては、こちらも相応の礼儀で挑まねばならないだろう。持ちこんできたISからすると騎馬戦らぬ戦車戦がお望みらしいのだが、そこはIS学園式と言うことで勘弁してもらおう。
「ファイナル……!」
「スパイラル……!」
唸りを上げるタービン音。相手と俺達の技はくしくもよく似た物であるらしい。きっと、そもそも考えた人が同じだったりするのだろう。あとで記録映像を見直したら、双方ともにカット割りから溜めのタイミングまできっちり一致したりするに違いない。
そんな技がぶつかり合って、勝敗を決めるとするならば。その境目は、どちらが覚悟を決めているかにほかならず。
『アタック!!!』
「ダッシャー!!!」
空中騎馬戦の最後を飾る激突は、やんやの喝采で迎え入れられたのだった。
◇◆◇
「ふう、死ぬかと思った」
「真宏、それ言っとくだけであらゆる死亡フラグを回避できると思ってないか」
空中騎馬戦は乱入者排除という例外を除いてIS武装禁止という点が上手く働き、古式ゆかしい戦闘機同士のドッグファイトじみた見事な空戦が繰り広げられて大いに受けて、大文化体育祭午前の部を締めくくった。途中で現れた謎の乱入者(自称)は俺と簪の「歓迎」で満足したらしくさっくり帰っていったし、ここまでは大成功だ。
そして、現在は昼休み。競技会場であるグラウンドから離れて生徒たちがめいめい適当に集まり、昼食を楽しんでいる。今日はよく晴れた秋の一日。体育祭らしい雰囲気にもあてられてか、芝生にシートを広げてピクニック気分としゃれ込む集団があちらこちらに見受けられる。当然俺達もその例に倣うべく、早起きして作ってきた弁当の包みを持っていつもの面子との待ち合わせ場所に向かっていた。
「いっちかー! 見つけたわよ!」
「*おおっと* ……なんだ、鈴か。いきなり飛びついてくると危ないぞ」
「いしのなかに転送されそうなほどの危険があるのか。……しかし鈴は相変わらず身軽だな。一飛びで肩車とかそうはお目にかかれないぞ」
そんな俺達に後方から迫る影が一つ。正体は鈴。片手に自作の弁当らしき包みを持ったまま後ろから一夏の肩に飛び乗るという地味に離れ業なことをしてのけるあたり、さすがは中国代表候補生と言えよう。そういえば鈴が中国へ行ってしまう前もよくこうして一夏の肩に乗っていたのだったか。あのころはよじ登っていたことを思うと成長が著しい。
……にもかかわらず、鈴を乗せた一夏が平然とスタスタ歩いて行くことを気にしてはいけない。鈴が飛びついてくるのは一夏にとってよくあることだし、身体能力的には成長しても、頭にしがみついてなおドギマギさせることのない一部の成長のなさを指摘するのはあまりにも残酷すぎるから。
「おっ、みんな揃ってるな。ほら、鈴も。そろそろ降りてくれ」
「しょーがないわねー……」
「……あの、鈴さん? 足で俺の首を抱えるように肩の上で胡坐をかいてどうするつもりで?」
「え? 降りろって言うから、このままごろんと横に転がって……」
「お、いいなそれ。ぜひ今この場で」
「受けてみたい気はするけど命に係わるからやめてくれ!?」
そんな俺と一夏の邪心が見透かされでもしたのだろうか。さりげなく致命傷を与えうる技をチョイスするあたりが鈴のヒロインズたる証だろうか。
ともあれ、一夏と箒達が集まれば騒動の一つも起きるのはもはやお約束。例によって今回も、一夏を巡る争いが繰り広げられる。
「一夏、私も弁当を作ってきた。味を見てくれないか?」
「いえそれならわたくしが。料理下手を克服したのですからもう大丈夫。一夏さんにもきっとご満足いただける特別料理を作ってまいりましたわ」
「まあまあ、二人とも落ち着いて。一夏、喉乾いてない? お茶用意してきたよ」
「少し待っていろ、いま嫁のために新鮮な食材を仕留めてくる」
「ちょ、ちょっと待ってくれみんな! そんないっぺんに言われても!」
「……埒が明かないわね。ねえ、提案なのだけど。私にいい考えがあるわ!」
「お姉ちゃん、それ絶対ロクなことにならないフラグ」
◇◆◇
「……なんで箒は屋外に持ち出した氷の塊で刀を研いでるんだ?」
「違う、よく見て。あれ、刀を研いでるんじゃなくて、逆に氷を削ってかき氷を作ってるみたい」
「セシリアちゃんの料理がここから見てもわかるくらい辛そうだったから、一夏くんの口の中を冷やしてあげるためかしら」
昼休みの屋上。時には一夏達と昼食を取ることもあるこの場に今いるのは俺、簪、楯無さんの三人のみ。心地よく吹く風を浴びながらそれぞれの手作り弁当をつついている。
「それにしても、楯無さんはこんなところにいていいんですか? 一夏と二人きりの昼食デートはもうすぐでしょうに」
「まだシャルロットちゃんとラウラちゃんが控えてるから大丈夫。それに、簪ちゃんと真宏くんともご飯食べたかったし。ん、真宏くんの出汁巻き卵おいし」
この日のために用意した快心の出来の卵焼きを頬張って笑顔になってくれる楯無さん。現在俺達がここにいるのは、楯無さんが一夏と二人きりの昼食をする前の待ち時間に当たることによる。
一夏を巡るヒロインズの騒動は、放っておけば加熱の一途をたどる。最近は強引かつ暴力的な手段に訴えることこそなくなったものの、その代わりのように他の誰かを出し抜こうとエロ方面でのアプローチが盛んになった。おそらくさっきも、放っておけばラウラあたりが口移しを要求する事態にまでなっていたに違いない。
それを仲裁した楯無さんによる大岡裁きの内容は、一人10分一夏独占タイム。厳正なるじゃんけんの勝者から順に、一夏と二人きりでの昼食を楽しめるようにするという提案だ。せっかくの体育祭、ただでさえ競い合う相手に生々しくも激しいやり取りを見せつけるよりは、二人きりでゆっくりとアピールした方がいい。その計算が箒達の間で共有されるまでに要した時間は、まさに一瞬だった。
「私の順番は最後になったわけだし、簪ちゃんと真宏くんのお弁当もゆっくり楽しめてお得よね」
「俺も楯無さんの料亭顔負けの料理のお相伴にあずかれてありがたいです」
「本当に。この炊き込みごはんのおにぎり、おいしい」
楯無さんの順番は一番最後。偶然か譲ったかは詮索するべきところではないが、他のメンバーが一夏と二人きりの時間を楽しむのを邪魔しては悪いからと屋上に上がる俺達についてきて、鈴といちゃいちゃしたり、セシリアに遠目からでもわかるほど変な料理食べさせられて口から火を噴きそうなほどのた打ち回っている一夏を上から見下ろしながら、俺たち三人はそれぞれが用意してきた弁当の味を楽しんでいる。
「口にも合ったみたいでよかったわ。一夏くんにも気に入ってもらえるといいんだけど……」
「大丈夫ですよ。あいつは幸せごはんがあればいつでもハピネスで幸腹グラフィティなやつですから。その点、このおにぎりはすごくおいしいんでばっちりです」
「真宏くんのお墨付きがもらえたなら安心ね。愛情たっぷりこめて作って来た甲斐があったわ」
俺の言葉に、いつものどこかしら邪悪なことを考えていそうな気配など微塵もなく、ただ優しく微笑む楯無さん。その横顔を見て、思う。やっぱりこの人は美人だ。ふいにドキっとさせられることがあるほどに。
しかし楯無さんはそんな俺の感想に気付く様子もなく、いつの間にかシャルロットとラウラに囲まれて楽しそうにしている一夏をやさしく見守っている。
「……安心しました」
「へ? どうしたの?」
そんな楯無さんの様子を見ていたら、無意識のうちに思っていることが口に出た。楯無さんはきょとんとした顔でこっちを見ているが、実のところ俺の表情も大差ない。決して言ってはいけないことではなかったが、うっかりしていた。
「いや、すいませんつい。ただ、最近色々悩んでるみたいだった様子がなくなったな、と思って」
「……そう、なんだ。うふふ、気にしててくれたの?」
「そ、そりゃあもう……なあ、簪?」
「うん、そうだね。気にしてたよね、真宏は」
「簪さーん!? 別に変な意味はないからねー!?」
いたずらっぽい笑顔と色っぽい表情でしなだれかかり、俺をからかってくる楯無さん。俺としては精いっぱいクールに返したつもりだったのだが、さすがに少々顔が赤くなっていたか。
……そしてそんな俺の体温と反比例して下がる簪の眼差しに宿る温度。睨まれるだけで凍えそうな絶対零度の冷たさが俺を突き刺している。決してやましいところなどないのに、それでも簪に半目で睨まれるともはや何も言えなくなるのは何とかしたい。だがそれでも、実のところあまり悪くない気分なのがちょっと悔しい。これがいわゆる惚れた弱みと言うヤツなのだろうかちくしょう。
「大丈夫よ、簪ちゃん。真宏くんは私から見てもはっきりわかるくらい簪ちゃん一筋なんだから」
「否定はしないですけど、そうもはっきり言われると超恥ずかしいですから勘弁してください」
くそう、一夏さえ、一夏さえここにいてくれれば、楯無さんのからかいの対象を全て一夏に持っていくことだってできたのに……! 元々状況を楽しんでいた楯無さんと、少し機嫌が直ったらしい簪が2人して赤くなった俺の顔を指でつんつくつついてくることに無抵抗を貫きながら、一夏のありがたみをひしひしと感じていた。当人がこの場にいれば、「そんなことでありがたみ感じるなよ!?」と悲鳴を上げていたに違いないが。
「……ふぅ。真宏くんも堪能したし、そろそろ時間みたいだから行ってくるわね。ありがとう、楽しかったわ」
「それは幸い。午後の競技でも楽しませますんで、乞うご期待です」
そんなこんなしているうちに、楯無さんが一夏と食事をとる時間がやって来た。荷物をささっとまとめて行く手際の良さ一つをとってもそつのない育ちの良さ的なものが感じられる楯無さん。屋上を立ち去る颯爽とした、そしてちょっとうきうきした身のこなし。よっぽど一夏との昼食が楽しみなのだろう。
さて、楯無さんは楯無さんで、一夏とどんなラブコメを繰り広げるのやら。その場でデバガメできないことが少し残念だ。
「……ねえ、真宏」
「ん、どうしたかん……ざし!?」
例によって呑気にそんなことを考えながらひらひらと手を振っていたら、不意に横から簪の声。振り向けば、身を乗り出してびっくりするほど近くまで寄せられた顔。花のかんばせが、視界いっぱいに広がっていた。
メガネ越しの瞳が近い。吐息の甘い匂いがする。唇は、今の俺があと少しだけ理性の足りないヤツだったならば衝動的にキスをしていただろう程に近い。
驚いた。それはもう驚いた。見惚れつつものけ反る、という半ば矛盾した行動を取るほどに。
だが簪は俺を逃さない。俺の膝に手を突き、のけ反った分顔を寄せて、俺の顔を覗き込む。簪がかけているメガネは実のところディスプレイで、簪自身は目が悪いわけでもない。だからこうまで近づいているのは、一見キスでもしそうな体勢でありながらとても真剣な表情をしているのは、俺の中から何かを見出そうとしているからか。
気づけば心臓は一気に心拍数を増していた。決して嫌ではなく、だが苦しい。このまま抱きしめるべきか、あるいは何かの覚悟を決めるべきか。そんな感情が頭の中でピンボールのようにあちこちぶつかって、考えが全く定まらない。
だから当然、頭がオーバーフローしてボンクラに堕した俺よりも、簪が口を開く方が早かった。
「真宏は私のこと……好きって言ってくれた、よね?」
「お、おう……」
俺の返事が満足のいくものだったのか、ふふ、とこぼれた柔らかい吐息が俺の頬を滑る。ところで、鼻先が触れあいそうな距離でこんな風に嬉しそうな笑顔を見せられたら男の精神状態がどうなるか、簪には遠からず身を持って味わってもらいたいと思います。
「私も、好き」
「ああ、知ってる」
後日になってから、あまりにもあっさりこう答えられて恥ずかしかった、と時間差で叱られたのはちょっと理不尽だとさすがに思う。かわいいから許すけど。
「……だから、誰かの『好き』っていう気持ちも、大事にしてあげて」
「……よくわからんけど、わかった」
真面目な言葉だった。
簪との間でこれから何が起こるのかという予想に茹っていた頭のままではいられず、俺も真剣に言葉を返すくらいには。
楯無さんは美人だけど、姉妹である簪も本当に綺麗だということを間近でみて改めて思い知った。きれいで大好きな女の子にこう言われたからには、決意を固めなければならない。男と言うのは単純なもので、事情は分からないままあっさりと心が定まった。
おそらく近々、何かそれっぽいことが俺の身の回りで起きるのだろう。
いつか来るその時を、俺はどんな心境で受け止めることになるのかはさておき、せめて真面目に考えよう。それがきっと、こうして妙に真剣な簪の思いにも応えることだと思うから。
一夏を巡る恋の大文化体育祭は、間もなく後半戦が始まろうとしている。
波乱はまだまだ、終わらない。