IS学園の中心で「ロマン」を叫んだ男   作:葉川柚介

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第38話「IS学園隊、西へ」

「それでは、秋の修学旅行について説明するわね」

 

 時は、風が涼しくなってきた秋のころ。場所はIS学園の講堂。居並ぶ生徒たちを前にして、檀上に立つ会長が語りかけてくる。その内容は、みんな大好き修学旅行。学園を飛びだしてちょっとした非日常に浸る、学生生活屈指のイベントの一つについてだ。

 

「本来ならもっと早くに行く予定だったのだけど、みんなも知っての通り今年はイベントごとの度に何かしら事件が起きていたので、これまで延期に延期を重ねてきたわ」

 

 そしてイベントということはすなわち、今年のIS学園の傾向から言って確実にファントム・タスクか束さんあたりの襲撃を食らうということでもあり、なおかつIS学園内ならまだしも修学旅行先でそんな事件が起ころうものなら町が火の海になることも十分にあり得ることを意味する。修学旅行の実施自体、学園側が慎重になるのも当然のことだ。

 

「なので……生徒会で選抜したメンバーで下見を行うことにしたわ。行先は京都。メンバーは専用機持ち全員。引率は織斑先生と山田先生。ばっちり安全を確保して来るから、まーかせて」

 

 ……でもその対策が下見の名を借りた露払いってーのはどうなんだろう。結局京都が炎上することになりそうなんだが。ここまでの話を聞く限りでは実質一夏との少人数旅行であることに羨望の声を上げるIS学園生たちの様子を見ながら、ある程度の事情を知っている俺はそんなことを考えていた。

 

 

「あー、京都かー。私、小学校中学校に続いて3回目なんだけど」

「あ、ちなみに鈴ちゃんとセシリアちゃんは一夏くんと同じ班ね」

「ッシャア! 会長最高ー!」

 

 一方、小中高と3度の修学旅行がことごとく京都という苦行に不満を漏らす鈴もいたのだが、楯無さん得意の話術によって一瞬で掌を返していた。両手を天に突き上げ、歓喜の声を叫ぶ。その生き生きとした姿、まさに水を得たゲッター3のようだ。

 

「そんな……! 楯無さん、私は!?」

「あー、ごめんなさい。箒ちゃんたちは一夏くんとは別の班よ」

「なん……だと……!」

「その顔が見たかった! 私に嫉妬するその顔が……! ははははははは!」

「落ち着け、鈴。アゴが伸びてるぞ」

 

 そして、一夏と同じ班になれないと聞いてショックを受けて跪く箒の目の前にぴょいーんとジャンプスライディングして、嫉妬の力で超進化してそうな顔で煽りまくっている。鈴……転入以来ずっと2組で一夏と同じクラス出なかったことがそんなにまでお前を歪ませたのか。

 あと、そのセリフ言ってると最終的に箒が一夏に一番愛されてると気付いて身を引くハメになるぞ。

 

「まあそういじめるな鈴。それに、秋の京都というのもまたいいものらしいぞ。……観光客の数を除けば」

 

 とはいえ、旅行として楽しみなのは間違いなく、元々日本在住だった鈴と箒はなんだかんだ言って楽しそうに漫才を繰り広げているわけで。おそらく脳内では一夏と巡る秋の京都の妄想がぎゅおんぎゅおん音を立てて回っていることだろう。

 しかし、一方で。

 

「ア、アイエエエ……」

「そんな……修学旅行の行先……テストに出ないぞ」

「うぅ、どうすればいいんですの……!」

 

「なあ、なんでシャル達はそんなにガクガク震えてるんだ?」

 

 シャルロット達欧州組は、行先を聞いてからなんか思いっきりビビっているのでありましたとさ。

 

「なんで、だと……!? 一夏こそ、何とも思わないのか! キョート……キョート殺伐都市! 悪のニンジャ組織がうごめく魔都なのだぞ! 私は詳しいんだ!」

「ちょっと待て。その話誰から聞いた」

「真宏だ。色々教えてくれたぞ」

「その情報源がそもそも怪しいってことに気付きなさいよ」

 

 そして一夏と鈴のツッコミが冴え渡り、日本の古都について間違ったイメージを植え付けた俺は箒のアイアンクローを食らう。IS学園の平常運転、ここにあり。

 

「真宏……! 相変わらずお前というヤツは……!」

「いたたたたたた! いやまさかあそこまで信じるとは思わなくってさ!?」

 

 

◇◆◇

 

 

「騙して悪いけど、仕事なのよね」

「だと思ったわよ!」

 

 そして、その後下見の打ち合わせと称して呼び出された俺達専用機持ち一同の前で、楯無さんは真の目的を告げた。鈴が涙ながらに叫んでいるが、甘いな。IS学園と地下と火星ではよくあることじゃないか。

 

「というわけで、本当の目的はファントム・タスクの掃討作戦よ。機体の修復を終えたフォルテとダリルも含めたIS学園の稼働可能な全戦力を投入することになるわ」

「あー、噂には聞いてたっスけどやっぱりやるんスね。私は面倒は嫌いなんスけどねえ」

 

 会長の言葉にやる気なさげに返したのは、ソファにぐでんともたれているフォルテ・サファイア先輩。最近知ったのだがギリシャの代表候補生で、長い黒髪を三つ編みにして首に巻いている小柄な先輩だ。とはいえ、俺はワカちゃんを見慣れてるんであんまり小さいって気はしないけど。

 あと、着崩し気味の制服の下に着こんでいるTシャツに「働いたら負け」って書いてあるような。思わずウサギのぬいぐるみを添えたくなる。

 

「なるほどなあ。ヘル・ハウンドを修復ついでにバージョン2.8にしてたんで予想はしてたけど、ついにかよ」

 

 そしてこちらはダリル・ケイシー先輩。宝塚の男役かというくらいにすらっとした長身美人で、うなじで束ねた金髪が良く似合っていらっしゃる。……んだけど、フォルテ先輩と並んでるとこう、自分の髪とフォルテ先輩の髪で三つ編みとかしそうな雰囲気を感じる。

 

「ま、そういうことよ。私は情報収集と全体の指揮をするから、ISの相手はお願いするわね。何か、質問は?」

「はい! バナナアームズはおやつに入りますか!」

「それを食べたら人間やめることになるからダメよ」

 

 とにかく、これが今回の作戦の参加メンバーだ。

 俺達いつも騒動に巻き込まれる一年生組と先輩を加えた専用機持ちのメンバーで挑むファントム・タスク掃討戦。さて、どんな戦いになるのやら。

 

「そういえば今回の作戦に参加する専用機持ち、11人いる!」

「シャルあたりが謎の病気にかかって死にかけるような目に会いそうなこと言うなよ真宏」

 

 何はともあれ、まずは行くとしよう。

 IS学園隊、西へ。

 

 

◇◆◇

 

 

「7時~30分発~、京都行き新幹線、お乗り遅れのないようご注意ください」

 

 なぜか片手に車掌の服を着た猿のパペットをつけた駅員がアナウンスをする、東京駅の新幹線ホーム。そのころすでにIS学園の生徒たちは新幹線に乗り込んでいた。途中ラウラが東京駅名物の名菓ひよ子にやたら執着したのを一夏が苦労して引きはがしたりしたが、なんとか出発時刻に間に合った。生徒会副会長たる一夏としては、こういう時に乗り遅れる者がいないように努めることも仕事の一つだ。

 

「ふう。少しドタバタしたけど、欠員はいないよな」

 

 発車はもうすぐ。今のタイミングで欠員などいようものなら確実に乗り遅れるだろうから、一夏は改めて全員いることを確認する。箒と鈴の幼馴染組。セシリアとシャルロットはひよ子を買えなかったラウラを慰め、更識姉妹はなんだかんだでぎくしゃくした姉妹仲が改善されたようで隣り合って座っている。フォルテとダリルはまだあまり話したことがないのでどういう人たちなのかはよくわからないが、これまた仲が良さげに隣同士で座っている。当然引率の教師二人もいるし、自分も含めて生徒はこれで10人。

 

「……ん?」

 

 そこで、違和感に気付く。ラウラのひよ子騒動に気を取られて気づかなかったが、そしてすでに新幹線は発車してしまったが。嫌な予感に襲われた一夏は、新幹線の車窓から東京駅のホームを見る。するすると加速しながら後方へ流れていく駅の柱。次の新幹線を待つ人達。

 

 

 そして、当たり前のような顔をして新幹線に乗った一夏達の写真を「ホームから」撮っている真宏。

 

 

「……真宏が乗り遅れたー!?」

「なにぃー!?」

 

 IS学園の修学旅行下見御一行様。

 のっけから欠員1名である。

 

 

◇◆◇

 

 

「ちょ、一体どうすれば……!? ……そうだ! 俺が白式で拾いに行けば!」

「落ち着け一夏! まずは全員のISで協力して新幹線を力づくで止めてだな」

「ホームから発車する新幹線の写真を撮ってどうする気ですの真宏さんは!?」

 

 走り出した新幹線はもう止まらない。東京駅のホームに真宏一人を残したままの車内では軽い混乱が巻き起こっていた。

 何せこれから行くのはただの修学旅行の下見ではない。ファントム・タスクという悪の秘密結社の拠点へカチコミをかけに行くのだから、貴重な戦力が出発と同時に脱落したなどシャレにならない話だ。

 

「落ち着け織斑。相手は神上だぞ。どうせ自転車で新幹線を追い抜くくらいのことはするだろう」

「むしろ、強羅で新幹線と並走してないかを疑うべきよね」

 

 しかし、慌てているのは一夏を筆頭にごく一部。千冬や楯無と言った年長組は落ち着いたものだった。

 確かにあっさりと乗り遅れた真宏の行動はむちゃくちゃであるが、むしろあの男の行動が常識を外れていなかったことなどない。荒事を前にした心境としては、真宏の平常心がむしろ頼もしくさえあるのだろう。

 

「……無論、合流したら説教だがな」

「……真宏、無茶しやがって」

 

 もっとも、真宏がその頼もしさを発揮するには一つ大きな試練を乗り越えなければならないようだが。

 

 

「少しは落ち着いたみたいっスね。じゃあ、これでも飲むといいっスよ」

「おっと……ありがとうございます、フォルテ先輩」

 

 千冬たちに諭され、過去の真宏の行状を思い出して落ち着いた一夏の目の前に、ぽんと放り出されたアルミ缶。それは2年の先輩フォルテ・サファイアからの物だった。

 一夏からしてみると、鈴やラウラ並みに小柄なこの先輩について知っていることはとても少ない。ギリシャの代表候補生で、専用機の名前はコールド・ブラッド。フランクな口調とこうしてジュースをおごってくれるところからすると意外と面倒見のいい先輩なのかもしれない。

 この下見旅行で少しでも仲良くなれたらいい。そう思いながらプルタブに指をかけ。

 

 どれだけ力を加えても開かないことに、この時初めて気が付いた。

 

「……? あれ、なんだこれ開かない……って冷たい!? いたたたたたた!」

「あー、ごめんっス。私のISの能力で冷やしといたんスけど、やりすぎたみたいっスね」

 

 凍傷になりかけた手をぶんぶか振って缶を無理矢理引きはがすと、ガンゴンとすさまじい音を立てて床を跳ねまわっている。その挙動、間違っても中に液体の詰まった缶のものではなく、どう控えめに見ても凍り付いている。

 

「やられたな、織斑。フォルテのISコールド・ブラッドは液体をすごい勢いで気化させて凍結させる気化冷凍法が使えてな」

「後輩に嘘を教えないで欲しいっス!? コールド・ブラッドは分子活動の抑制で凍らせてるっス!」

 

 種明かしをしてくれたのはダリル・ケイシー。3年生唯一の専用機持ちで、ヘル・ハウンドは先日バージョン2.8になったと言っていたので、おそらくその扱いにもかなり熟練しているのだろう。自信に満ち溢れた所作からそんな様子がうかがえる。

 ちなみにプロポーションにも多大な自信があるらしく、一夏よりたった2歳年上なだけとは思えないほどの野性的な色気を放っている。足を組み替える所作だけで、エロいOLを前にしている錯覚に陥りそうだった。

 

「……パンツ、見えますよ」

「よかれと思って、見せてやってるんだよ。あ、もっとセクシーなやつのほうがよかったか? 今度見せてやってもいいぞ。フォルテのあとにだけどな」

「ちょっ!? 何言ってるんスか!?」

 

 そしてもう一つ、フォルテとの仲が怪しい。

 一夏に向ける顔はニヤニヤと楽しそうなのに、真っ赤になって詰め寄るフォルテへはむしろ欲情していそうな表情を見せている。

 一夏は、気にしないことにした。IS学園はほぼ女子校。そういうこともある。

 

 

「了解。でも帰りは新幹線も一緒に乗ろう……っと。お姉ちゃん、真宏にメール送っておいたよ。京都で合流できるって」

「ありがとう、簪ちゃん。さすが、真宏くんのことよくわかってるだけあって冷静よねー」

 

 そして、真宏とのやり取りは既に簪がメールで済ませているのであった。

 

 

 新幹線の車内の時間はそんな風にして過ぎていった。

 箒達と持ちこんだトランプやUNOで遊んだり、簪がヴァンガードで勝負を挑んできたり、そのときなぜかデッキを腕にずらーっと広げてカードをサーチしたり、駅弁を食べたりなどなど。これからファントム・タスクとの戦闘が不可避だろう作戦を控えているとは思えないほど、旅行らしさを満喫したひと時だった。

 

 戦いの前のわずかな平穏。その時間を、誰もが楽しんでいた。

 

 真宏のことなど、すっかり忘れて。

 

 

◇◆◇

 

 

 そして、到着した京都駅。

 

「よっ、遅かったな」

「こいつ本当に先回りしてやがった!?」

 

 そこには、当たり前のような顔をして一夏達IS学園一行を迎える真宏の姿が!

 

「神上……貴様、どうやって先回りした。まさかISを使ったりしていないだろうな」

「その辺は心配ないですよ織斑先生。新幹線が出発してからさてどうやって追いかけようかと考えてたら、親切な人が京都駅まで連れてきてくれただけですから」

「親切な人……?」

「どうも、千冬さん! 通りすがりの親切なISテストパイロットのワカです!」

 

 明らかに置いて行かれたのに先回りしていた理由は、この小柄なグレオン女の子にあったらしい。真宏の後ろからひょっこり姿を現したのは、蔵王重工のISテストパイロットである、ワカ。普段から真宏に色々な装備を供給したり時には自らIS学園に潜り込んであれやこれやとロクでもない暗躍をしているワカであるが、どうやら今回は真宏を拾ってきたようだ。どう考えても計画的犯行だった。

 

「よかった……真宏を連れて来てくれてありがとう、ワカちゃん。でも、どうやって俺達よりも先に?」

「大したことじゃないです。元から電車でこっちまで来る予定があったんで、そのついでに真宏くんも拾っただけなんですよ。ほら見てください! あれがここへ来るときに使った蔵王重工専用輸送列車<グレートウォール>ですよ!」

「……そういえば、新幹線に乗ってる途中でやたらとでかくて黒い電車に追い抜かれた気がしたけど」

 

 にっこにっこと笑いながら、ワカが自慢げに示して見せたのはなんか新幹線のホームの一つを占領しているやたら黒い列車。最近の新幹線が空気抵抗を極限まで減らすために流線型の車体を持つことを惰弱と切り捨てるかのような黒い直方体の形状は箱そのもので、積載量がとんでもないことであるとうかがえる。

 あんなものまで所有しているとは、蔵王重工は一体どこまで趣味で生きているのか、一夏達の戦慄は計り知れない。

 

 だが。

 

「……ワカ。お前には、私達が修学旅行の下見をしている間IS学園近くで待機することを依頼してあったはずだが?」

「ぎくー!? ま、待ってください千冬さん。別に忘れていたわけじゃないんです。専用機持ちである真宏くんが一人だけはぐれてうろうろしていたら危ないと思ってですね?」

 

 そんなワカでも怖がるものはある。

 さりげなくIS学園周辺にもワカという防衛戦力を残していたらしい千冬の采配はこの作戦への本気の度合いが伺えて、一夏達は自然と気を引き締める。ここから先は、まぎれもない戦場なのだから。

 千冬によってグレートウォールに蹴り込まれ、東京へ向かって送り返されるワカの姿に致命的なまでに緊張感を削がれながらも、IS学園の生徒たちはそう思ったのだ。

 

 

◇◆◇

 

 

「お、一夏もカメラ持ってきたのか。久しぶりだな」

「ああ、最近は真宏に任せてばかりだったけど、やっぱり自分のカメラも使いたいからな」

 

 京都駅で一夏達と合流出来た俺は、みんなと連れ立って改札を出る。のっけから飛ばしてしまったが、本来はこうやって集団行動をするべき場面だったんだ、一応。そして、一夏が首から下げているカメラに気が付いた。このご時世には珍しい、フィルムを使うアナログカメラ。折に触れて千冬さんやその時仲のいい人たちと一夏が、織斑一家が写真を撮ってきたカメラだ。

 一夏がそのカメラに寄せる思い入れは強く、あるいは俺がじーちゃんからもらったカメラに寄せる思いと同じくらいだろう。

 

「なるほど、それなら俺と一夏のどちらがいい写真を取れるか勝負ってことだな」

「いいぜ、受けて立とうじゃないか。まずはこの京都駅名物の長い階段での集合写真からだ」

 

 そしてその分お互いにこだわりも強い。俺と一夏がカメラを持てば、意味もなく張り合うのもいつものことだった。

 

「へー、真宏がカメラを持ってるのは時々見たけど、一夏も持ってたんだ」

「ああ、そうなんだよ。俺も真宏も、昔から結構写真は撮ってたな」

「その通り。シャルロットもやってみるか? カメラはいくつかのコツを抑えておけば簡単だぞ。例えばフィルムは『トライXで万全』」

「それモノクロフィルムじゃない。真宏のカメラはデジタル一眼でしょーが」

 

 とかなんとかいつものノリでやりながら、どやどやと集合した専用機持ちと千冬さん、山田先生の写真をパチリ。美人とイケメン揃いだから実に絵になる写真だ。

 

「はーい取りますよー」

「俺も行くぞー」

「動くなよ」

 

 パチリパチリパチリ。シャッターを切る音が次々に響く。その数、3回。

 

「……ん?」

「ちょっ、誰よあんた!?」

 

 俺と、一夏と、そしてもう一人。なんかしれっと混ざってマゼンタ色の2眼カメラで写真を撮っている人が。

 

「通りすがりの写真家だ、気にするな。じゃあな」

「アッハイ」

 

 そして、撮るだけ取ってまたあっさりと去って行った。

 おいなんだあの世界を破壊しそうな人は。

 

 とまあ、そんなこともあったが、いい写真が撮れた。

 大切にしよう。たとえこの先どんなことがあっても、この瞬間の尊さは嘘ではないはずだから。

 

 

 

◇◆◇

 

 

「さーて、それじゃあファントム・タスクを殴りに気合! 入れて! 行きます!」

「あ、ごめん一夏くん。それはもうちょっと待って」

「へ!?」

 

 なんやかんやで駅を出て、さあファントム・タスクの掃討作戦だと意気込む一夏だったが、そのやる気はさっそく楯無さんに砕かれた。

 

「掃討作戦とはいっても、まだファントム・タスクの所在に関しての決定的な情報が手に入ってないのよ。情報提供者を待ってるんだけど、昨日から連絡がなくて。……あ、その人のコードネームはホゼ=サンっていうんだけどね?」

「その人大丈夫なんですか。主に命が」

 

 そして俄かに湧き上るこの作戦自体への不安。情報全部筒抜けになってないだろうな。

 

「とにかくそういうわけだから、まずは普通に修学旅行の下見として観光してきてくれるかしら。一夏くんも真宏くんも、秋の京都の写真撮りたいでしょう?」

「それは、まあ……」

 

 しかし一夏が口車で楯無さんにかなうはずもなく、あっさりと丸め込まれてまずは普通に京都観光をすることになった。

 例によってヒロインズは誰が一夏と組になるかでもめたが、そこはそれ。最近いい加減に抜け駆けと足の引っ張り合いが時間の無駄だと気付いたらしく、適当に二人組を作って散策し、適宜融通しあって一夏を呼び出すという形式になった。その強かさ、嫌いじゃない。

 

 

「じゃあ一夏、俺達もぼちぼち行くか。もしどこかで合流したらよろしくな」

「おう、いい写真撮って度胆抜いてやるよ」

「ふん、言ってろ」

 

 そして俺もまた、一夏と同じく一人でぶらついて、いい感じの写真を撮る枠に任命された。簪と京都を回れなかったのはちょっと残念だが、もし許可されていたら下見やファントム・タスク掃討をそっちのけでデートになっていた可能性を指摘されたら否定できないので、致し方ないことなのだろう。無念。

 

 そんなわけで、ぶらぶらと秋の京都を歩いてみる。あちこち観光客だらけで凄まじい人の数だったが、あちらの古刹をパチリ、鮮やかな紅葉をパチリ、観光客に頼まれて集合写真のシャッターをパチリとやっていると、それなりに楽しい物だった。

 

 

「……ん、メールだ。シャルロットからだな」

 

 各自の行動となってからいい感じに時間が経った頃、俺の携帯電話に1通のメールが届いた。差出人はシャルロット。京都観光の組み分けで簪と一緒になっていたので、さっそく俺を呼んでくれたようだった。

 

『美味しい和菓子屋さんを見つけたからここに来てみて。ちなみに、簪さんと僕は今振り袖を着ています』

「急がなければ。……くっそ、今だけは強羅の機動力が全IS中最低レベルであることが憎い!」

 

 メールを読み終えると同時に走りだしました。

 あえて写真を送らず最初のひと目は俺自身の目で見られるようにしてくれたシャルロットの心遣い、一秒だって疎かにはできない。メールに添付されていた地図に記された和菓子屋とやらに向かい、俺は最初から全速力で向かった。

 

「……えーっと、この赤丸がついてるところでいいんだよな?」

 

 ただし、シャルロットが送ってくれた地図にはなぜか目的地と思われるマークが複数書かれている。赤丸を西とした場合、北に白い四角、東に黄色い三角、南に青いバツと余計な記号までついていた。シャルロットは京都で謎のエナジーでも集めようと企んでいるのだろうか。

 

 

◇◆◇

 

 

「はぁっ、はぁっ……」

 

 シャルロットが示した和菓子屋までは、走ってくるとさすがに少々息が切れる程度の距離があった。とはいえ二人に無様な姿を見せるわけにはいかない。目的地の少し前で足を止め、息を整えてから和菓子屋へと向かう。

 

 

「……あ、真宏。待ってたよ」

「……!」

 

 

 そうしたことは正解だったと、思い知った。

 息が詰まった。死ぬかと思った。そしてこのまま死んでも悔いがないかもしれないと思えるくらいに、幸せだった。

 

「……? 真宏?」

「あ、ああ。すまん、見とれてた」

「そ、そうなんだ。……照れるけど、嬉しい」

 

 簪の、振り袖姿。

 シャルロットのメールにその言葉を見て想像はしていた。だが現実は、想像をはるかに超える幸福を伴って俺を打ちのめした。

 

 水色の地に紅葉の柄が舞い散る振り袖。簪の髪の色に似合いつつも柄が華やか。そして、そういった振り袖の持つ美しさを着る者である簪がさらに高めている。

 姿勢と所作、そして滲みえる雰囲気。そういった一朝一夕では身につかないだろう物全てが着物姿の簪を彩っていた。

 

「来てよかったよ。こんなに綺麗な簪を見られるなら、それだけで来た甲斐があった。……どうしよう、すごくお礼したいんだけど、俺も和服か何か着た方がいいかな?」

「ううん、気にしないで。私が真宏に見て欲しかっただけだから。……だから、コスプレの機会は取っておいて」

「そこで迷うことなくコスプレと言い切るあたりさすがだよ簪」

 

 笑いあう俺と簪。いつも通りのことだが、実のところ俺は今も心臓がドキドキしている。好きな女の子がとんでもなく綺麗になってすぐ目の前にいるんだ。平然としていられる方がどうかしてるだろう。

 

「ボリボリボリ……はぁ、うらやましい」

「うおっ!? シャ、シャルロット!? どうしたんだ、そんなやさぐれた顔でコンペイトウ貪り食って。振り袖できれいに着飾ってるのに台無しだぞ」

「いやー、二人の雰囲気を見てるとついねー。僕が呼んであげたのに無視されるとなおねー。……ふう、あとで一夏を呼んで、僕も褒めてもらおうっと」

 

 そしてつい眼中から外れていたシャルロットは超不機嫌そうにしてました。

 すまん、完全に忘れてた。それくらい、簪の振り袖姿が綺麗だったんだよ。

 

 

 その後、二人の振り袖姿を写真に撮ってから、俺はまた別のところをふらつくことにした。一夏に「いいものが見られるぞ」とメールを送って呼び出したのはシャルロットへのせめてものお礼。簪の振り袖姿を堪能させてもらったのだから、このくらいしなければ気が済まない。とりあえず、次の正月には簪にまた振り袖を着てもらおう。そう考えるだけで、スキップしたくなるほどに嬉しくなった。

 いいモノを見て、いいことをする。幸せいっぱいの気分で空も紅葉もさっきより一層鮮やかに見えるような気分を味わいながら、俺はまた秋の京都を写真に収めつつ当てもなく歩き出した。

 

 

「にゃあ」

「ん? 猫だ。よう、首輪つき」

 

 そうして歩いて行くうちに、歩くにも止まるにも難儀しそうな人ごみを避けていたらいつの間にか路地裏に入り込んでいた。そこで俺を待ち受けていたのは、一匹の白い猫。人を恐れる様子はなく、首輪もついているからきっと誰かの飼い猫だろう。にゃあと俺に一声かけて歩きだし、少し行ってこちらを振り向く様子からは、俺をどこかに連れて行こうという意思が感じられる。なんだこの猫。

 京都の路地で出会ったこんな猫、面白すぎて追いかけずにはいられない。

 

「おー、来た来た。ありがとネ、シャイニィ」

「にゃ」

 

 すると猫の導きの先には案の定、面白い人がいた。

 

 日本人では五反田家でもなければ早々見られないくらい綺麗な赤い髪を持っているが、なぜか着物を着ている。ただし、あちこち着崩して露出度は高い。右目は鍔の眼帯で覆われ、右腕はなく、火傷のあともちらほらと。それでも紛れもない美人なお姉さんが、ぷかぷかとキセルをふかしていた。

 

「キミ、わかりやすい子だネぇ。思ってることがそのまま顔に出てるのサ」

「よく言われます。それより写真1枚いいですか。千冬さんの写真はよく撮らせてもらってますけど、2代目ブリュンヒルデさんと会える機会なんてそうそうないんで」

「……ありゃ、バレちゃった。キミはさっき会ってきた織斑一夏とは大分違うサね」

 

 しかしこの女性が誰なのか、俺は既に知っている。

 面識はないが、世界のIS関係者なら一夏並みの鈍感でもない限りきっと知っている。

 第一回モント・グロッソで準優勝、第二回モント・グロッソでは千冬さんの棄権による不戦勝という形とはいえ、優勝。現時点で千冬さんの次くらいには強いと公式に認められているIS操縦者。イタリアの国家代表、<テンペスタ>を駆るアリーシャ・ジョセスターフその人だ。

 

「ええ、あなたはかなり有名ですから。……だがその知名度、日本じゃあ二番目だ」

「知ってるサ、そんなこと! 織斑千冬がいるからネ! むきい!」

 

 千冬さんを引き合いに出されて地団駄踏んでる姿からは、そんな名声と結びつかないけど。まあ仕方ない。IS操縦者なんてのは大なり小なり変な人なんだから、気にしない気にしない。

 俺の知る中でも屈指の変態IS操縦者である小柄なあの子の屈託ない笑顔を思い浮かべて、そう納得した。

 

「まあいいや。今は君にあんまり用がないから、また今度話でもしようじゃないサ。旅行中、気を付けるんだね」

「わかりました、ご忠告どうも。……それはそうと、思いっきり京都観光満喫してるみたいですけど、どうです日本は」

「嫌いじゃないネ。せっかくの織斑千冬からのご招待だから、お楽しみはこれからだろうけど。……ハァ。今回の一件で、少しは風が止むといいんだけど」

 

 俺がそんな印象を抱いているうちに、二代目ブリュンヒルデのアリーシャさんは言うだけ言って去っていった。なにしに来たんだあの人。

 

 会うのは初めてだったけど、不思議な人だ。イタリア人のイメージ通りの享楽的な雰囲気を漂わせているのはもちろんだが、その内側には全く別の物があるような。

 着崩した着物がだらしなさではなく色っぽさと映るほどの美人なのに、疲れ切った様子の左目の色。けらけらと笑っていながらも、どうしようもない乾きを抱えているような、そんな女の人だった。

 

 

◇◆◇

 

 

「さて、うろちょろしたけど、ここはどこかねっと」

 

 アリーシャさんと別れてからしばらく。一夏をおびき寄せるのに忙しいだろうヒロインズからの呼び出しはなかったので、そっち方面で忙しい一夏では撮れなさそうな風景や観光名所の写真を撮っておく。人を被写体にするのもいいが、これはこれで味わいがある。

 ……一つ問題があるとすれば、せっかく写真に収めたこれらの風景が、一体京都のどこなのか俺も把握できていないことだが。

 

 いやはや、秋の京都を舐めていた。右を見ても左を見ても観光客。町のいたるところで最大規模の同人誌即売会のような人口密度で、観光客と思しきおばちゃん集団に押し流されること数度。もはや俺は京都の町で完全に迷子と化していた。いやまあ、端末で地図を見れば宿への道筋くらいわかるんだけど、せっかくだから当てもなくふらふらしてみるのもいいかと思って。

 

 そんなこんなで横道を見るたび気の向くままに右左。観光客集団が作る人の壁に阻まれて誘導されて右往左往。

 気が付けば確実に観光名所ではない普通の路地に迷い込み。

 

 いつの間にか、あたりから完全に人の気配が消えていた。

 だから、ここらが潮時だ。

 

 

「……もういいか。出て来いよ、ファントム・タスク」

 

 

 俺は、唐突にそう呟いた。

 

「まさか気づいていたとは。思ったよりはやるようだな、神上真宏」

「当然。この程度の騙して悪いがの気配も感じ取れないようじゃきのこる先生……じゃなかった、この先生き残れないぜ」

「……どこをどう言い間違えたらそうなるんだ」

 

 その声を受けて、隠れる意味がなくなったと悟ったのだろう。頭痛をこらえるように頭を抑えながら物陰から姿を現したのは、いつぞや俺を殺しかけたあとはくーちゃんからのメールくらいでしか顔を見なかった、織斑マドカだった。

 俺の言葉に呆れている様子ながら、相変わらず隠しきれない狂相の残滓が張り付いた千冬さんそっくりの顔。おとなしくしていれば本当に瓜二つだろうに、薄皮一枚剥がせば狂気と言えるほどの激情が溢れることを知っている身としては、とても似ているとは思えない。具体的には、スタンダード次元と融合次元とエクシーズ次元とシンクロ次元の差くらい。瓜二つと言われてるのに全くそうは見えない感じ。

 そんなマドカが、姿を現した。

 

「それはそれとして、何の用だい。殺し合うにしても、お相手は一夏あたりを狙うんじゃないかと思ってたんだけど」

「私もそのつもりだったのだがな。まずは慣らし運転代わりにお前を倒せと言われた。だから……死ね!」

「!」

 

 言い終えるなり、マドカの背後からレーザーが伸びる。腐ってもレーザー、その到達速度は人間の反射速度を軽々越えていて、あらかじめISの展開を用意していなければ、そして直撃しても多少は耐えられる強羅でなければ、これだけでも致命傷になっていたかもしれない一撃だ。

 こいつ、慣らし運転とか言っておきながらもしこんな不意討ちで俺を倒してたらどうすんだ。生身のまま倒したって意味ないだろうに。進化への道は自ら切り開いてこそ価値があるんだぞ。

 

「ふん、防御したか。まあいい。そうでなければつまらんからな。今日が<黒騎士>の初乗りだ、ひとっ走り付き合え」

『ああ、そのセリフ! そのうち俺が言おうと思ってたのに!』

 

 レーザーの閃光がかき消えた時、マドカは既にISを纏っていた。

 なんだかんだでおなじみの、イギリス製BT2号機サイレント・ゼフィルス。自在に曲がるBTレーザーとビットを駆使する、回避しようという努力がことごとく無駄になりそうな、そしてセシリアの操る1号機以上の安定性と汎用装備を持つ強力な機体だ。

 

 だが、マドカはこの機体を<黒騎士>と言った。初乗りと言った。

 かつて世界にISの存在を知らしめた<白騎士>と対になるその名前。伊達で名乗っているとは思えない。

 

『ここで迂闊に動かないあたり、やっぱりまーくんは察しがいいね。想像の通り、この機体は束さんが作ったのでしたー!』

「うおっ、篠ノ之束を名乗っているくせになんだこの美声は!? それにこんなベルトがいつの間に!」

『束さん、ついに人格を電子化したんです?』

 

 その予想は正しかったようだ。なんかサイレント・ゼフィルスの腰の部分についているベルトから束さんの声が響いてきた。正面の液晶部分に赤く顔っぽいマークが浮かび上がり、コロコロと表情を変えている。まあ実際には、どこからともなく通信してるだけであのベルトの中に束さんの人格がインストールされたりしたわけじゃないんだろうけど。

 

『この黒騎士はねー、束さんがまどっちに作ってあげたんだよ。でもさすがにまだまどっちも慣れてないし、なのにちーちゃんと戦いたいなんて言うから。まずはまーくんが練習台になってあげてくれるかな』

『その結果俺が死んでも気にしてくれなそうですねえ』

『うん。それに、まーくんは殺したって死にそうにないから大丈夫だよ』

「くそっ、なんだこれ、外せない!?」

 

 束さんの声でしゃべるベルトを外そうと躍起になっているマドカをよそに、束さんは例によって俺に理不尽を押し付けてくる。この人昔からいつもそうだよなー。

 

『……これ使う? ベルト壊すのには一番いいぞ』

『なにその信号機のついた斧!? 妙に怖いんだけど!』

「いらん! ……よし、外れた! 妙な展開になったが、いくぞ神上真宏! 黒騎士のための贄となれ!」

『なっ、この光……セカンドシフト!?』

 

 とかなんとかやってるうちに、何とかベルトを外したマドカが本格的に戦闘態勢に入った。しかも、ISを展開したうえでさらに眩く輝く展開光。この現象、俺も身に覚えがある。

 セカンドシフトだ。

 

「くくく……これが、本当の黒騎士。いいぞ、力がみなぎってくる……!」

『方法はどうせ束さんがなんかしたんだろうけど、強制的に成長セカンド・シフトしたんだ。一夏を倒せるレベルまで……!』

「おい待てコラ。人の髪の毛が天井知らずに伸びるようなことを言うな」

 

 姿自体は、サイレント・ゼフィルスの形状を引き継いでいる。だがシールドビットがとんがったランサービットに姿を変え、大型のライフルは節くれだったバスターソードになり、万能かつ高性能の射撃型から近接重視の機体になったと見た。

 そして、そういった外観やハイパーセンサーの情報からわかること以上に、マドカが放つ殺気。千冬さんが使った白騎士と対になる名を与えられた黒騎士の姿に歪んだ愉悦を感じているだろうその全身から、近づくだけで切り刻まれそうな濃密な瘴気が湧き出るようだった。

 

 そんなマドカの目が、俺を、見た。

 

『!』

「初撃は防ぐか。鈍重なISの割にやるものだな」

『それができなきゃとっくに死んでるさ!』

 

 それと同時、飛びだしてきたのは2機のランサービット。左右から回り込むようにして迫り、螺旋状に収束したぐるぐるビームを斉射。俺は両腕の強羅ガードナーで受け止めるが、そうして腕が封じられたその時には既にバスターソードを振りかぶったマドカが目の前に迫っていた。速い!

 

『舐めるな! グレネードは肩でも使えるんだよ!』

 

 だが、強羅の武器は腕だけではない。

 両肩ハードポイントにグレネードを展開。そのままロクに照準も付けずにぶっ放した。

 

「うおわー!? 貴様、自爆だと!?」

『強羅なら耐えられるからな! 基本だ!』

 

 マドカに命中することはなかったが、元々当てるつもりはない。発射直後に自爆するよう設定しておいた弾頭は即座に爆風をまき散らし、マドカに回避を強いた。ちなみに強羅は当然逃げ遅れて巻き込まれたが、好都合。爆風に乗ってというか普通にふっとばされてその場を離れたことで、ビームを追って迫っていたランサービットの突撃から逃れることができた。左右から強羅を突き刺す機動、直撃していたらと思うとぞっとする。

 

『まだまだ行くぞ! ミサイルもおまけだ!』

「私が言うのもなんだが、市街地だというのに容赦ない火力だな貴様!?」

 

 そのまま俺は次々と武装を展開。両手にもグレネード、脚部にミサイルを装備して一斉に発射。目の前の空間に灼熱の地獄を作り出す。マドカはさすがの高機動ぶりでまともにダメージを与えることはできなかったが、それでもとにかく相手に反撃の隙を与えるわけにはいかない。

 

『そうでもないぞ、一応どれも町に被害を与える前に自爆できる弾だし』

「……ほう、私を相手に武器を選ぶとは、余裕だな」

 

 しかしそんな俺の考えを一瞬で打ち砕くように、マドカが迫る。

 まだ残るグレネードの爆炎を突っ切って、正面からまっすぐに。ただそれだけだというのにとんでもなく速い。迎撃のために向けたグレネードは横から割り込んできたランサービットの突撃で狙いが定まらず、ならばいっそ捨てて別の武器に切り替えるべきかと迷った一瞬でバスターソードの間合いに踏み込まれた。

 上段から、袈裟懸けに一閃。

 

「はあああ!」

『くっ、なんてパワーだ!?』

 

 強羅ガードナーでシールドを張るのが間一髪間に合った。が、黒騎士のパワーは予想以上だ。咄嗟のことで片腕しか使えず、相手はイグニッション・ブーストの勢いも合わせているせいもあってPIC程度では踏ん張り切れずに押し切られる。

 マドカがバスターソードを振り切った勢いで吹き飛ばされるが、何とか空中で半回転。地面に激突する前に上下を正し、足から着地すると同時にあらかじめ展開しておいた両肩のミサイルをぶっ放す。

 誘導性能が高いはずのミサイルだったが、相手は白式にも迫る機動力を持っている。右へ左へとかわされる度に近接信管が作動する間もなく振り切られ、ランサービットも囮として織り交ぜた機動に追従できるミサイルはなかった。

 

『くそっ、やりづらい!』

「ははははは! 火力と装甲頼りと思ったが、中々やるな!」

 

 とはいえ、いつまでも地上にいるわけにはいかない。マドカはどうせ容赦なんてしないだろうから、地上への被害なんて気にせずビームとか放ってあたりを火の海に変えるに違いない。

 俺は撃つだけ撃ったら再び飛び上がり、マドカとの戦闘領域の高度を上げていく。その間も次々飛来するランサービットと速度を落とさずすれ違いざまに斬りつけてくるマドカの斬撃に、強羅ガードナーで受け止めたり迎撃にバズーカをぶっ放したりとせわしない。

 

「言っておくが、IS学園からの助けが来るとは思うなよ。あいつらの相手はスコールたちが既に別のところではじめているからな」

『そんなこったろうと思ったよ! 通信もつながらないし、準備のいいことで!』

 

 俺への牽制や直接の攻撃にと飛び回るランサービットを落そうと、全弾撃ち尽くしたミサイルに変わって展開した拡散ロケットもむなしく目標を外れて空中で自爆をさせざるを得ない。くそう、当たれば超強いのに。

 

『ええい、鬱陶しい! 宇宙怪獣みたいなやつを侍らせやがって! うちの白鐵の方が強くてかわいいんだぞ! 見せつけてやれ!』

――キュー!

「どこで張り合ってるんだ貴様は!?」

 

 なので、俺は白鐵に相手をさせることにした。白鐵単体ならその機動力はISを相手にしても引けを取るものではなく、ランサービット2機を相手にしても自律型である白鐵の判断と行動と翼の方が早い。事実、強羅の背から分離するなり白鐵はランサービットを追ってすぐさま背後を取った。別のビットにさらに後ろを取られるも、巧みな空戦機動で相手の攻撃も寄せ付けない。……さすが白式由来。強羅の強化ユニットとは思えないくらいの空中戦だ。

 

「ふん、白鐵とやらは少しは厄介なようだが、まあいい。これだけ黒騎士が使えるとわかれば十分だ。遊びは終わりにしよう」

『……!』

 

 一方、そんな状況になってもマドカに焦りはなかった。いやむしろ、覚悟が定まったのだろう。眼差しの色が、変わった。

 冷徹に決着へと最短で突っ走る、結果のみを見据えた闇色の目。その目が見通す未来に描かれているのは、きっと俺の敗北。下手すれば死。何のためらいもなくやってのける。そんな目をしていた。

 俺や一夏と大して年の変わらない、少女が。

 

「……」

『……』

 

 マドカがバスターブレードを構え、俺は両手両肩両足に展開したグレネードとミサイルの銃口を逸らさない。だが撃ちもしない。そんな隙、晒そうものなら即座に食われる。

 気付けばいつの間にか京都の市街を少し外れて、足元には鴨川。あちこち移動しながら戦っていたせいでこんなところまで流れ着いていたことを、今の今まで知る余裕もなかった。

 

 マドカの構えは我流の物だろう。見覚えはない。

 だが対峙して思い出すのは千冬さんとの立会いだった。顔が似ているとはいえ構えも流派も違うだろうに、それでも逃げ出したくなるほど冷たいこの殺気、マドカが織斑を名乗るのも納得だ。

 

 互いに構えていたのは数秒。伺っていた機は、すぐに訪れた。

 

 はるか彼方、京都市街地の中で爆発の光。

 

『!』

「遅い」

『しまっ!?』

 

 もしや一夏や簪が。そう考える暇すらなく、わずかに意識を乱した俺の脇まで瞬間移動のようにマドカが迫る。両手に構えたバスターソードは動き出している。間に合わない!?

 

『ぐあ!?』

 

 斬撃は早い。強羅のシールドを一撃で抉り取ったブレードの一閃は正面装甲に袈裟懸けの傷をつけ、振り抜く勢いを乗せた二撃目の蹴りが強羅を眼下に叩き落とした。

 

 

 PICが動かない。強羅が落ちるのを止められない。ダメージが大きすぎて武装の展開にも支障があり、反撃の手立てはない。こちらに気付いた白鐵はランサービットを振り切ってこちらに駆けつけて来てくれているが、それを追わずにマドカの元へはせ参じたビットが螺旋状の模様を光らせながらビームをチャージしている様子からすると、トドメを刺す気は満々だ。

 

 認めるしかない。負けた。

 マドカは強い。元々サイレント・ゼフィルスを完全と言っていいほどに使いこなしていたが、黒騎士の場合はそれ以上だ。技量と相性、そして狂気に近い激情を受け止めるだけのポテンシャル。全てが揃った今のマドカはきっと、一夏の前にも同じく立ちはだかるのだろう。そしてこの有様では、そのとき俺は一夏を助けることができないかもしれない。

 体と共に意識まで落ちそうになりながら俺はそう考えて。

 

 ならば、今ここで一矢を報いておくしかないと、決断した。

 食らえ、俺の悪あがき。

 

『土壇場だけど! ロケット……パンチ!』

「なに!? まだ動けるだと!?」

 

 落下しながら最後の力を振り絞って放つのは、ロマンの塊、ロケットパンチ。

 飛び出した強羅の右腕は、ランサービットから放たれたビームを受けても怯むことなく、一直線にマドカへ向かう。

 俺がまだ動けるとは思っていなかったのだろう。意表を突かれたマドカはビームでの迎撃まで失敗し、驚愕の表情でバスターソードで強羅の右腕を受け止める。

 

「く、うううううううう!」

 

 苦しげなうめき声をあげるマドカ。そりゃそうだ、ロケットパンチは伊達じゃない。その一撃は外れず、必ず相手を倒すという意思を込めて放った物で。

 

 

「……くくっ」

 

 

 しかし、そのときのマドカはかすかに笑い。

 

 

「ふんっ!」

 

 

 バスターソードを振り抜く。

 

 その軌跡に迷いも停滞も一切なく、つまり触れた物はことごとくを斬り裂いたことを意味し。

 

 マドカの背後に、真っ二つに斬り裂かれたロケットパンチの残骸が、舞った。

 

 

『……嘘だろ』

――キュイイイイ!

 

 思わずつぶやいた言葉は、とても自分の口から出た物だと信じられないくらい、弱々しい。ロケットパンチと同時に俺の心まで斬り裂かれたように感じる俺の元に駆けつけた白鐵すらまともに見られず、ただ俺は再びビームをチャージしたランサービットの輝きが迫るのだけを、見つめていた。

 

 

◇◆◇

 

 

 強羅が茫然自失といった有様で、為すすべなく鴨川に落下。盛大な水しぶきを上げる。

 そして、直後に落下地点へと殺到する螺旋のビーム。黒騎士のランサービットが放つ収束ビームだ。2発、3発、4発。2機のビットから次々と放たれるビームが強羅にとどめを刺すべく執拗に打ち込まれ、川の水が泡立ち、蒸発し、爆散していく。

 今のマドカに情けも容赦もない。確実に息の根を止める、そのためだけに行動する彼女の目はどこまでも冷徹だった。

 

「……む、黒騎士?」

 

 しかし、不意にビームが止んだ。

 その理由はマドカの、黒騎士の身に起きた変化。黒騎士の機体がISの展開光に包まれ、サイレント・ゼフィルスの姿に戻ったのだ。

 

『ありゃー、戻っちゃったみたいだね。改造でセカンド・シフトさせたようなものだから、やっぱりまだ機体が慣れきってないんだね。でも大丈夫、次に黒騎士を展開する時には、完全にセカンド・シフトできるはずだよまどっち』

「……そうか」

 

 その理由は、呼んでもいないのにふよふよと飛んで来たベルトがイケボで説明してくれた。黒騎士を作るにあたり、コアや機体は新造の物ではなくサイレント・ゼフィルスをベースにすることによって開発された。束はそれでも元の機体の武装や性能をまるで別物に変えるほどのことをやってのけはしたが、強制的なセカンド・シフトとなると、本来のそれと同様に機体とマドカ自身の適合こそが重要になってくる。どうやら、まだその点が完全ではなかったようだ。

 おそらく、束がまず真宏を狙えとそそのかしたのもそれが理由だろう。一夏や千冬と戦う時は万全の状態でありたいとマドカも思う。その意味ではこの戦い、無駄ではなかった。真宏はまさしく、黒騎士誕生のための生贄になったのだ。

 

「ふん、それはそれで構わん。せっかくだ、神上真宏の首でも手土産に……」

――エム、時間切れよ。

 

 そのまま真宏との決着を完全なものにしようとするマドカの元に、スコールから通信が入った。その内容に、マドカは露骨に顔をしかめる。

 

「少し待て、川底から神上真宏の死体をさらって首を切り落とすだけだ。そうすれば、織斑一夏に対する有効なカードになるぞ」

――レインが織斑一夏の暗殺にしくじったみたいだから魅力的な提案だけど、ダメよ。これ以上その場に留まったらIS学園側の連中が押し寄せるわ。それに、あなたの黒騎士はまだ完全じゃないのでしょう。戻っていらっしゃい

「……チッ!」

 

 舌打ちをもって返事として、通信を打ち切った。

 ここまで言われてしまっては、真宏の死を確認するのは諦めなければならない。いまのマドカはスコールの命令に逆らえないのだ。

 

 だが、すぐに気を取り直す。

 これで黒騎士は本当の意味でマドカのものになった。そして京都には今、織斑一夏も、千冬さえもいる。ならば、焦ることはない。おそらく真宏はもう死んだ。あとは一夏を殺し、千冬に挑む。思い描くだけで狂悦が顔ににじみ出るほど楽しみなその時は、きっとすぐに訪れるだろうから。

 それに土産自体は他にもないではない。ランサービットに回収させた、真っ二つになった強羅の右腕。これを見た時の一夏達の表情を想像すればマドカの心は愉悦で満ちる。

 

 川面に貼り付けていた視線を剥がし、マドカは強羅との戦闘空域を離脱する。

 

 

 はるか彼方の京都市街にはいまだ消えぬ爆炎の残り火。

 強羅が沈んだ鴨川はいまだぐらぐらと湧き立つ部分が残り、周囲にはいくつかクレーターも刻まれている。

 敗北を刻まれ、ロケットパンチを切り裂かれた強羅の、真宏の無事を示す物は何もなく、川が流れ続ければいずれ戦闘の痕跡すらなくなるだろう。

 

 

 IS学園による亡国機業掃討作戦。

 その幕開けは黒騎士の覚醒と強羅の敗北によって、始まった。


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