IS学園の中心で「ロマン」を叫んだ男   作:葉川柚介

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第8話「OK, Lets's Party!」

「――皆さんこんばんわ、今週も神上相談所のお時間がやってまいりました。本日のお客様は、ドイツからお越しの代表候補生、ラウラ・ボーデヴィッヒさんです。よろしくおねがいします」

「ああ、よろしく頼む。……ところでその口上はなんなのだ、神上?」

「ただの趣味。セリフは気にするな。あと真宏でいいぞ」

「ならば、私のこともラウラと呼べ」

 

 夜のIS学園一年生寮の俺の部屋に、今日もまた来客があった。

 先にも述べたが、珍しい来訪者の正体はラウラ。

 客が来た時なんかに用意する背の低いテーブルの向こう側に腰を下ろし、先日までと比べれば幾分かは丸くなったようだが、それでも十分鋭い目つきで俺を見ている。

 不思議そうな顔をしてのツッコミに対してはメダル欲しそうな感じに右手踊らせてはぐらかしはしたが、本当にただの趣味なのだから他に答えようがない。

 

 主に一夏に惚れているヒロインズに大人気なこの部屋での相談事。今日また開催の運びとなったのは、シャルロットの再転入やラウラの一夏嫁宣言などが為された日の放課後、ラウラに呼びとめられてセッティングを頼まれたからである。

 俺と一夏が友人であるのはすぐわかるにしても、いつの間に俺がこういう相談を受け入れていることを知ったのやら。さすが本物の軍人さんは耳が早い。

 

「それで、話ってなんだね」

「うむ、その……だな。私と嫁との関係を祝福してくれたお前に、嫁と昔から仲が良いというお前に、ぜひとも嫁のことについて教えて欲しいのだっ」

 

 ガタンっとテーブルに手を突き、出してやった紅茶のカップとソーサーを震わせて詰め寄ってくるラウラ。

 今朝から事あるごとに思っているのだが、ついこのあいだまで「お前を○す」が決めセリフのガンダム乗りみたいだったのに、エライ変わりようだな。

 まあ俺としては楽しいのならばなんでもオッケー。既に一夏を狙う者としてのポジションを確保した箒達のライバル足らんと欲するラウラに、他の子達と同様の支援をするのもやぶさかではないが。

 

「もちろん、喜んで協力するとも。まずはこれを見てくれ」

「これは……?」

「ああ、それは……」

 

 ラウラが訪ねてくる理由など大体わかっていたため、あらかじめ用意してあった一枚の紙を渡す。

 これからも増えるかもしれないこの部屋の訪問者に、毎回一夏のことを説明するのはさすがに面倒ということで適当に作っただけの代物だが、一夏がどんな奴かを知るのにこれほど便利な物はないと確信を持っている。

 

 俺のこれまでの人生における一夏の生態を超わかりやすくまとめたこれこそが、

 

 

「これまでの織斑一夏伝説だ」

 

 

・3日間5フラグは当たり前、3時間8フラグも

・初対面に目が合っただけでルート確定を頻発

・一夏にとって告白されることはフラグの立て損ない

・初対面挨拶しただけで告白されることもチャメシ・インシデント

・卒業式終了後、クラスの女子全員に一人で告白される

・一回のウィンクで三人の女の子が失神

・歩くだけでフラグが立つ

・学校に登校してきただけで女の子が泣いて喜んだ。過呼吸を起こす女の子も

・告白されても納得いかなければ告白に気付かずフラグ立てからやり直す

・あまりにフラグ立てすぎるから目が合っただけでも告白扱い

・その告白も鈍感スキルでスルー

・女の子に挨拶するだけでハートをズキュン

・女の子と接触が無い日でも2フラグ

・直接会わずに女の子の夢に出演してフラグを立てたことも

・自分の立てたフラグに自分で気付かず鈍感力でスルー

・1度のフラグで複数人に惚れられるなんてザラ。そして全て気付かないことも

・名前を聞かれるよりフラグを立てる方が早かった

・出会う前からフラグを立てた

・告白しようとした女の子、その子の付き添いの友達、母親と姉ともどもフラグを立てた

・告白を見守っていた男友達にかまけて告白に気付かなかった

・グッとガッツポーズしただけで5人くらい惚れた

・フラグで修羅場が起きないことで有名

・IS学園が設立されたきっかけは一夏のフラグ管理のため

・IS学園の寮から有名私立女子高生徒会長にフラグを立てていた

・恋愛ごとに疎い軍人にも楽々フラグを立てた

・自分の立てたフラグを他人が立てたものだと勘違いするファンサービス

・一夏の通った後の道を歩いた奴がいたんだが、すれ違う女の人全てにフラグが立っていて驚いたそうだ

 

 

「……なんだ、これは」

「さっきも言ったが、一夏伝説。誇張と脚色があるのは認めるが、嘘偽りは一切ないと断言しよう」

 

 俺の知る限りの、一夏が築き上げた伝説的逸話の全てがここに。

 某外野手のコピペを置き換えたものだから多少の演出が入っているのは間違いないのだが、これまでの人生で遭遇した一夏関連のイベントは本当にこんな感じだったから困る。

 

「……なるほど、つまり私の嫁は多くの女に好かれ、またそのことに気付かないということか」

「その通りだ。『女房妬くほど亭主モテもせず』という言葉もあるが、一夏の場合はどれだけ妬いてもそれよりモテていないということはない。さすがにラウラほどストレートな告白なら勘違いされるという線はないだろうが、それでも何かの間違いだとか考えてなかったことにされる可能性はある」

「何だと……、ならばどうしたらいいのだ!?」

 

 ……それにしても、こうして見ると一夏が極悪外道の無責任ジゴロ野郎に見えてくるから不思議だ。

 実際のところは面倒見が良かったり、人のことに真剣になれるなかなかに良い奴なのだが、こと恋愛関係の逸話のみを抜き出すとこうもぶっ壊れているとは。

 そんな10年来の友人の生態に改めて脅威を抱きつつ、俺はラウラに一夏必勝の攻略法を授ける。

 

 箒や鈴、セシリアとシャルロットにも既に伝えてあるのだが、最終最後のところで乙女の羞恥心が残っている彼女たちでは実現できるかどうかわからないこの方法、それでもラウラなら、ラウラならなんとかしてくれるっ。……かもしれない。

 

「答えは簡単だ。……どんなに鈍感な人間でも、勘違いできないほどの告白をすればいい。例えば、こんな風に」

 

 そう言いながら部屋に備え付けられたパソコンの中から映像ファイルを起動。

 ラウラの視線を吸い寄せて、こんなこともあろうかと用意しておいた俺編集の特選映像を映し出す。

 

 

『俺は……お前が……お前が……、お前が好きだ! お前が欲しい!! ――レイーーーーーーーーーーンッ!!!!』

『サラ、好きだー! サラ、大好きなんだ!! サラー!!!』

『エウレカーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!』

 

「……こっ、これは一体なんだ!?」

「世界三大恥ずかしい告白。これほどの告白力を持ってすれば、いかに一夏と言えど相手の好意に気付かざるを得まいよ」

 

 画面上に次々と流れる、ガンダムファイターやゲームキングや少年の恥ずかしすぎる告白の数々。箒に見せたら自分がこういう告白するところを想像してしまったのか竹刀でパソコンを破壊されそうになり、鈴に見せたら「バカじゃないのバッカじゃないの!? もしくはアホか!」と言われ、セシリアに見せたら赤くなって逃げられ、シャルロットに見せたらむしろロボのカッコよさに惚れていたので、そのうちラファール・リヴァイヴの実体盾をボード代わりにして波乗りするようになるかもしれない。

 シャルロットは何か乙女として致命的なネジを締め間違えている気がしてならないのだが、まあそんな彼女も愉快だからよしとしよう。

 

 ともあれ、俺からしてやれるのはこの程度だ。

 なにせ一夏は難攻不落の鈍感フォートレス。どれほどの好意を直撃させても気付いてくれる保証はなく、仮に上手いこと落とせたとしても、その後には世界最強の称号をその身に背負う千冬さんに対して「あなたの弟をください!」と言わなければならない。明らかに男女逆なのだが、一夏の場合は確実にそうなる。

 そんな二つもの難関を乗り越えることができるか否か。それは彼女たち自身の頑張り次第であり、俺には見守ることしかできないし、それ以上の手出しは野暮というものだろう。

 ……あくまでも浅く公平に。それが俺の一夏を狙う少女たちへのスタンスであり、それ以上の贔屓をしたらむしろこっちの身が危ないというのが、一夏の友人であることの難しさなんだよね、これが。

 

「ふ……む。なるほどな、参考になった。感謝するぞ」

「それは幸い。一夏を落とすのは大変だろうし、ライバルも多いが頑張ってくれ」

 

 さすがは軍人と言ったところだろうか。用事を済ませるなり残った紅茶をくいっと速やかに飲み干し、感謝の言葉を述べてから立ちあがって廊下へ続くドアへと向かっていく。

 あまりに颯爽としたその身のこなし、思わず惚れてしまいそうなほどだ。アニキとか姐さんとか呼びたくなるほうの意味でだが。

 例によって我ながらアホなことを考えつつ、せっかくだから廊下までは見送ろうと続いて席を立って後を追うと、ラウラはドアを開けることなくこちらに背を向けて立ち止まっていた。

 

「どうした、忘れものか?」

「……ああ、そうだな。忘れていた」

 

 くるり、と振り向いたラウラが一歩こちらに踏み出してくる。

 ただそれだけですら軍人らしいきびきびとした動作で、思わず感心しているうちに間合いが詰められていた。

 ラウラは割と小柄であるために、こちらの目を覗きこもうとすると少し見上げるようになるが、至近距離でまっすぐ見る彼女の赤い目は大層綺麗な色合いをしている。

 まあ、俺は一夏と違ってジゴロ体質ではないので口に出したりしないのだが。

 

「……私は、オルコットと凰と戦って傷つけ、二人を助けに来たお前とも戦った」

「ああ、そんなこともあったなあ。……正直二度とあんな戦いしたくないよ」

「それについては、すまなかった。……だが、だとするならばなぜお前は私に協力してくれる?」

「はい?」

「私はあのとき間違いなくお前の敵だった。今日の訪問も門前払いをされる覚悟もしていた。……だが、今のお前から私に対する敵意は感じられない。……なぜだ?」

 

 じーっ、と音がしそうなほどまっすぐに見られるとさすがの俺でもたじろぐのだが、ラウラはそんな俺の心情など一切斟酌せず、どうにも目を逸らし難い視線でこっちを見つめ続けている。

 最初扉の前で立ち止まった様子を見たときには何事かと思っていたが、こういうことを聞きたかったらしい。

 まあ、そのくらいなら簡単に答えられるから、問題ないんだけどね。

 

「ラウラが、もう俺達と戦おうとか倒そうとか思ってないからだ」

「……それだけ、か?」

「それだけ。最初から仲良くできるんならそれが一番良いけど、一度戦った相手とも手を取って仲間になれるならそれもアリだ。幸か不幸か、どこの国の人たちとも友達になろうとする気持ちは失くさない性質なんだよ。例えその気持ちが、何百回裏切られようともね。……それこそが、昔憧れたロマンだからな」

「……ふざけたセリフのはずなのだが、お前が言うと妙に納得できるのはなぜなんだ」

 

 おお、どうやら俺の発するロマンという言葉にはついに説得力まで付随したらしい。

 我ながら言っていることは少々アレだと思うが、本気でそう思っているのだから仕方ない。

 俺はロマンが好きだし、ロマンを発揮するための場として戦いを求める心も当然持っているが、だからといって怪我をしたりさせたりが好きなわけでは断じてない。だから人と敵対したいなどと思うことはないし、戦った後に仲間となるなどという少年マンガ的王道は、むしろ望むところなのである。

 

「ま、まあいい。最後の質問だ」

「こうなったら何を聞かれても答えてやるぞ。好きに聞いてくれ」

 

 うむ、と頷いて再び上げられた瞳にはこれまで以上に真摯な光がある。

 おそらく、これが本命の質問なのだろう。

 何を聞かれても答えられる範囲であれば困るものでなし、一体何を聞かれるんだろうね?

 

 

「……お前は、どうして強いのだ?」

 

 

「強い? ……いや少なくとも普通にラウラよりは弱いぞ。生身じゃ勝てる気がしないし、この前戦ったときだってあと一歩何かを間違えてればボコボコにされてただろうし」

「いいや、お前は強かった。第二世代型のISを使い、これまでの人生をただの学生として過ごしてきた身で私とシュヴァルツェア・レーゲンの前に立ちはだかって戦いを挑み、伍して見せた。そして事実として私の力では倒しきれなかったお前は、少なくともあのとき私よりも強かった。何故だ」

 

 ……なるほど、そうきたか。

 確かにラウラ・ボーデヴィッヒという少女の人となりを考えれば、いずれあってしかるべき問いであったかもしれない。

 生まれたときから強さを追い求めることを宿命づけられ、自分の理想とする強さを持っている千冬さんに会い、ついでに千冬さんに優しげな表情を浮かべさせた一夏が気に入らないという理由で海を越えたくらいなのだからして、そんな彼女と戦ってしまった以上この疑問を持たれるのも無理からぬことか。

 

「そう……だな。俺は自分を強いと思ったことはないけど、敢えて言うなら……」

「敢えて、言うなら?」

 

「ロマンだな」

 

「……お前にはそれしかないのか?」

 

 あ、ラウラがいい加減うんざりした顔をし始めた。

 そんなバカな。俺にとってロマンという言葉は「なぜなら私はアメリカ合衆国大統領だからだ!」というセリフなみの説得力を与えてくれるはずなのに!

 

「残念ながら、俺にはこれしかないな。……どうにもISなんてものが生まれて以来、この世は男にとって生きづらいことばかりだ。ロボ物のアニメからは漢らしさが消えて美少女パイロットばかりが出てくるし、特撮を見ていても『このヒーローよりISの方が強いんじゃね?』って疑問が付いて回る。だから、そんな世界でISを使える男である俺は、世界に男のロマンを示さなきゃならんだろ」

 

 ふむ。案外言葉にすればすらすらと出てくるものなんだな。

 俺自身、自分がこの世界でしたいことははっきりしていたけどそれを支える理由については割と無自覚だった。

 でも、こうしてラウラに言われて口に出してみたら、何となくわかってきた気がする。

 

 俺は、昔俺自身が好きになったヒーロー達のように、誰かが憧れてくれるような、かくありたいと願えるような、道標になりたいのかもしれない。

 

「一夏は意識してないだろうが最新鋭機のブレオンっていう尖ったロマンを体現してくれているから、俺は旧世代機で新型を打倒するっていうロマンを実現する。ロマンの数だけ強くなれて、ロマンの数だけ優しさを知るんだから、できるはずだ。強羅の鋼の拳は、憧れてくれる誰かと、助けたい誰かのために握るものだしな」

「……そ、うか?」

 

 さすがに無茶苦茶に過ぎる理屈だっただろうか。ラウラは不思議そうな顔をして首を傾げている。

 だけどまあ、つい先日までまさに軍人然とした厳しい表情しか浮かべていなかったラウラがこうしていかにも女の子らしい表情もできるようになったんだから結果オーライ。まったく、一夏様々だね。

 

「わかりやすく言えば、『強い奴ほど笑顔は優しい』ってことさ」

「そうか……。なるほど、そうか。感謝するぞ、真宏。一つ疑問が解消できた」

 

 本当にわかりやすく言えたかどうかはイマイチ自信がないが、それでもラウラは納得してくれたらしい。

 きっと千冬さんや一夏のような、ラウラが強いと思う人達の笑顔でも思い出したのだろう。

 そう言って満足そうにするラウラ自身、とても優しい笑顔でこくこくと頷いていたのだから。

 

 

「色々とためになる話だった。また話をしに来てもいいか?」

「いつでもどうぞ。神上相談所は年中無休だからな。……あ、でも一夏が妬かない程度にしてくれよ?」

「ふっ、任せろ。私の嫁への愛は無限大だ」

 

 今日こうして話すことで、ラウラとも本格的に仲が良くなれたと思う。

 廊下でそんな風に気安い言葉を交わせることをその証明のように感じるなか、今度こそラウラは自分の部屋へと帰って行く。

 

 

 ……その手に、参考資料として借り受けたいと申し出たGガンダムのDVDBOXを入れた紙袋を下げながら。

 

 妙に興味を持ったので軽く説明したところ、ガンダムファイトとISの有り様が似ているから一見の価値があると言い出したあたり案外才能があるのかもしれない。同室のシャルロットにはビッグオーのDVDを貸してあるから、テレビの取り合いを起こさずに仲良く見てくれればいいのだが。

 ……正直なところネオドイツのガンダムファイターを見たときのラウラの反応を思うと恐ろしすぎるのだが、もはや手遅れ。気にするだけ無駄だ。

 ま、上手いこといけば同好の士が増えるということで納得しよう、うん。

 

 

◇◆◇

 

 

「それじゃあ、神上君。次はあなたの試合ですけど……くれぐれも、くれっぐれもやりすぎないでくださいね!?」

『いやですねえ山田先生。ISには絶対防御があるんですから操縦者の安全は保証されてますよ。……あ、でもアリーナの遮断シールドはレベル上げといてもらえますか?』

 

 だから言ってるんですっ、と叫ぶ山田先生の言葉をふははははと高笑いで軽く聞き流しつつ、強羅を展開した俺は縮小開催される学年別トーナメントの会場であるアリーナへ向かってピットから飛び出していった。

 

 ラウラのシュヴァルツェア・レーゲンがダメージによる暴走を引き起こしたことが原因と発表され、とりあえず全学年全生徒一回戦のみ試合を行うと発表された学年別トーナメント。

 ここ第三アリーナでも続々と一年生の試合が行われ、最終試合として俺の出番が回ってきたのだ。

 

 本来ならば一回戦第二試合を予定されていた俺の試合は最初に行われるはずだったのだが、山田先生が最後に回すべきだと必死に主張してその意見を通したらしい。

 さっきわざわざピットまで来て「激励」してくれたことも考えるに、俺が張り切り過ぎて後の試合ができなくなることを心配していたのだろう。

 

 いやあ、そんな風に思って貰えると、こっちとしても頑張らざるをえないじゃないか。

 

 強羅の兜の中でニヤリと笑う。

 以前の宣言通り本当にワカちゃんに事情を説明したら「弾薬費は気にしなくていいので、思いっきりやってください!」と、さすがの俺も引くほどたくさんの武装を送ってもらえたので、中でも今日の試合に使えそうなものを見繕い、持って来てある。

 そしてハイパーセンサーの認識力で見まわしてみれば、アリーナの観客席には一夏を中心として箒、セシリア、鈴、シャルロット、ラウラ達5人組の姿があり、応援してくれているのが感じ取れる。

 

 ああ、ますますカッコいいところを見せないとならなくなった。

 カタパルトで射出されてから地上へ降りるまでの間に、量子化して持ち込んだ武装を展開し、全身に纏う。さすがに今回の装備は数が多く大物であるため、先に展開しておかなければ試合に間に合わなくなってしまう。それほど数が多く、でかい。

 正直取り回しが効かないどころの騒ぎではなく、まともに使うのは今日が最初で最後なのではないかと言う気さえする。

 

 だがその価値はある。

 きっと友人達に良いところを見せられるだろうという確信を抱いたままアリーナ中央付近に着陸し、目の前に立つ二人の同級生と対峙する。

 

 さあ、IS学園入学以来初めての公式戦。一切の遠慮はなしでいこう。

 

 

◇◆◇

 

 

 学年別トーナメントの優勝には、織斑一夏との交際権がかかっている。

 

 そんな噂がどこから、いつごろ流れ出したのかは定かではないが、今まさに試合を迎えんとする二人もその話を聞き及んでいた。

 

 織斑一夏である。

 世界で最初の男性IS操縦者にして、IS学園を目指す全ての女子の憧れと言っていい初代モンド・グロッソの覇者、織斑千冬の弟。

 一年一組のクラス代表に就任し、その後非公式に行われたイギリス代表候補生セシリア・オルコットとの試合では辛くも敗北を喫したらしいが、自分がISを使えることを知って数カ月と経っていないにも関わらず、セシリアをあと一歩のところまで追い詰めることができたのだという。その後のクラス代表対抗戦は事故で流れてしまったが、その試合中の健闘などで彼は自身の実力と才能の高さをまざまざと見せつけている。

 

 そしてなにより、イケメン。

 イケメンで強いのね。嫌いじゃないわ!

 

 お年頃の少女達なればその存在に夢中になるのも無理からぬことであり、しかもクラスが異なり専用機も持たない二人にしてみれば、この学年別トーナメントは一夏との接触を持つ絶好のチャンス。

 トーナメント当日、一回戦の対戦相手が専用機持ちだとわかった時には絶望したが、よくよく考えてみれば相手は一年生の生徒総数が奇数であるために特別措置として出場している、織斑一夏の友人たる神上真宏ただ一人。

 その上一回戦第二試合であるここで勝てば、次は一夏との試合である。

 さすがに専用機を持たない二人が次の試合に出てくるだろう一夏とシャルル、ないしラウラと箒の組に勝てるとまでは思わないが、それでも上手くすれば一夏と戦い、あまつさえ勝利を収めてそのままの勢いで優勝を。

 二人がトーナメント当日の更衣室でニヤけながらそんなことを考えるのも無理からぬ試合の組み合わせであった。少なくとも、相手が誰であろうと負けるつもりで戦うことはない。鍛えた技と臨機応変な戦術と連携で必ず勝利を狙うつもりだった。

 

 あいにくとトーナメントは開催自体が流れて織斑一夏との交際権は宙に浮くこととなってしまったが、せっかくの戦う機会。生かさない手はない。

 

「……敵は強大よ」

「ええ、もちろん。でもそれを言うなら第一試合の織斑くんたちだって同じことだった。あたしたちだって負けないわよ」

 

 なにせ、辛うじて開催された第一試合では大方の予想を裏切り一夏達がラウラに勝利を収めていたのだ。相手が専用機といえど、自分たちだってやってやれないことはない。

 トーナメントの形式がタッグであると知ったその日からチームを組み、特訓を行ってきた二人ならばできるはず。

 その思いを糧にして、二人は今この場に立っているのだ。

 

 強羅を展開した真宏との距離は約15m。ISを装備した状態では決して遠いとは言えない距離で、試合開始の時を待つ。

 

 

 目の前の強羅は、常とは違う姿をしていた。

 一夏ほどの注目を浴びてはいないものの、真宏もまた世界で二人だけの男性IS操縦者。その専用機の名前も特性もIS学園どころか世界中に噂となって駆け巡り、二人も当然知っているのだが、今日はその知識と当てはまらない装備を身につけている。

 

 フルスキンに近い装甲面積の多い機体であるのは元からだが、今日の強羅は輪をかけた重装甲だ。

 特徴的なブレストアーマーを含め、体の前面を全て覆い隠す暗灰色の追加装甲。

 平面的な装甲を張り合わせた形状はまるで重厚な門を前にしているかのような印象を抱かせ、ただでさえ防御力に優れている強羅をまさしく難攻不落の要塞と化したかのようにすら思える。

 ピットから飛びだして着地するなり、ズゴゴゴと地面を抉りながら滑ってようやく止まったことからも、その重量が推し量れた。

 

 しかもそれだけでは飽き足らず、両腕には実体盾が取り付けられている。

 肘の前腕部側に取り付けられた幅広の盾は、着地した状態で腕を下げれば二つに分かれた先端が地面を擦るほどの長さがあり、盾としての防御の役割と同時にクローとして攻撃の役割も担うのだろうということが予想される。

 

 その様子を見るだけではたんなる防御特化装備であるが、これらに加えて両肩に武装が見える。

 左右それぞれに、顔より高く積み上げられた八連装ミサイルコンテナ。

 計16発のミサイルが、発射の時を待っている。

 

「多分、敵の数の方が多いから防御を固めてミサイルで制圧、って作戦なんでしょうね」

「近づいたら近づいたで装甲が分厚いからロクにダメージは与えられないし、しかも強羅のパワーならあの重装甲でもシールドを振り回して格闘ができる、か。……そつがないわね」

 

 いかに入学したての一年生と言えど、そもそもIS学園に入学を許されるほどの少女達であれば、状況からそれだけの分析はできる。

 そして、自分達が取るべき道を導き出すのもまた速やかだ。

 

「ミサイルを掻い潜って、シールドを避けてひたすら斬る、くらいかしら」

「それしかないわね」

 

 あと数秒で試合開始を告げるシグナルが鳴る。

 緊張感を高めながらその手の実体ブレードを握り締め、闘志を燃え上がらせていく。

 ただでさえ強力な相手であったというのに、念の入った準備の様子からしてますます勝ち辛くなっているだろう。

 これまでの訓練の成果を全て出し切り、勇気を振り絞らなければ勝利はない。

 しかしそのことを思う二人の内心に満ちているのは、決して暗い感情ではないのだった。

 

 手短に作戦の打ち合わせを済ませた二人の元に、真宏からオープン・チャネルでの通信が届いたのは、そんなとき。

 

『……今のうちに棄権しろ、なんて言うつもりはない。だが気をつけな。今日の俺は、最初っからクライマックスだ』

「……ふふ。宣戦布告とは、粋じゃない」

「ご忠告、ありがとうございます。いい試合にしましょう」

 

 そして、秒読みが始まった。

 

 

 0へと近づいていくカウントダウンの音を聞きながら身をかがめ、先手必勝の心を同じくする二人の少女。

 

 専用機を持たないごく普通の新入生の中でも、決して抜きんでた実力を持つわけではないこの二人。

 しかしタッグトーナメントという試合形式を十分に理解し、それに対応するための訓練を積んできた二人は、紛れもない優勝候補の一角として教師陣に認識されていた。

 

 それほどの正しい努力と自己への認識を持った彼女たちは。

 トーナメントが正常に行われ、対戦相手に専用機持ちさえいなければ決勝まで上がることも夢ではないと思われていた二人は。

 

 しかし不運であった。

 

 なぜなら、一回戦の相手が「山田先生の言葉で自重を投げ捨てた真宏」だったのだから。

 

 

 学年別トーナメント一年生部門最終試合。

 

 開始直後に飛び出した二人の打鉄を出迎えたのは、まっすぐに持ち上げられた強羅の腕。

 当然肘に取り付けられたシールドも腕と連動して上がり、さっきまでは見えなかったその盾の内側を晒す。

 

 そして、シールドの内側に隠されたガトリング砲の砲口をジャキンッと伸長し、自らに迫りくる二人へと向けてきた。

 

「なっ!」

「シールドガトリング!?」

 

 シールドに隠されていたのは、両腕それぞれの上下に2門ずつ、計4門のガトリング砲。

 既に回転を始めた、12.7mm弾を吐きだす6本の銃身からなるガトリングはそれぞれが量子転送された弾丸を毎分2000発の速度で吐きだし、試合開始のアラームが鳴り終わるより先に正しくその4倍の弾丸を自身正面の空間へとぶちまけるのだ。

 

 

『最悪の制圧兵装「パーティータイム」のお披露目だ。さあ、派手に行くぜ!!』

 

 

 目の前にいたはずの強羅がすぐさま見えなくなるような、圧倒的密度の弾幕。

 実体盾とシールドに爆ぜる弾丸の衝撃は重く、しかも一切途切れることがない。一つながりになったそれはもはや銃声ではなく獣の咆哮にこそ近い。

 ISの機動性と防御力に任せて振り切ろうとしてもその狙いは正確に追従し、常に体のどこかがガトリングの射撃に晒されている。

 試合開始から数秒で既に強羅の左右には吐き出された薬莢がうずたかく山を築いていることからもその消費弾薬量は明らかであり、この瞬間まで生きてたあたしたちエライ、と二人が現実逃避をしたくなるのも無理からぬことだろう。

 

 流れ弾が容赦なくアリーナの遮断シールドにぶち当たって絶え間ない轟音を上げているが、真宏はそんな物に頓着する様子もなく、二人は気にする余裕がない。

 生半可なISではあれほどの口径の弾丸を4門ものガトリングで放ち続ける反動を抑えられるはずもないが、強羅のパワーはそれを可能とする。

 

 いやむしろそのためにこそ、強羅のパワーと防御力はあるのかもしれない。

 あらゆる武装を装備し、扱うための頑丈な装甲と強力無比なパワー。

 IS本体の建造歴こそ強羅以外にないがIS関連技術に劣るわけではなく、自社製品以外にも様々な企業との共同開発や技術提供を行っている強羅の開発企業が、わざわざ強羅を第二世代型のISとして製作した理由はそんなところなのかもしれない。

 

 そんな状況の認識はしかし、今なすべきことではない。

 防御型の打鉄をもってしても瞬く間にシールドエネルギーが削られて行くのを見て、二人は即座に作戦を切り替えることを選んだ。

 

「このままじゃまずいっ! 一端引くわよ!」

「ええ、せめて挟撃くらいしないと近づくこともできないもんね!」

 

 そのやり取りを合図に二人は完全同時に左右へ散開し、強羅から距離を取る。

 

 当然その間も射撃は続けられているが、それでも距離を取った分いくらかは回避しやすくなっている。

 このまま回避運動で相手を翻弄し、隙を突いて接近する。

 試合開始前の想定よりも大分やりづらくはなったが、基本的な方針は変わらない。後退・散開の時に得た速度を殺すことなくお互いの位置を入れ替え、左右に回り込むためにISのプライベート・チャネルで情報をやり取りし、タイミングを計ってまさにそれぞれの軌道を交差せんとしたその瞬間。

 

 

 少女たちは、さらなる絶望を目にする。

 二人が回避に気を取られていた隙に、強羅は次なる攻撃の準備を整えていた。

 

 両手をガトリングの射撃に使ったままではできることも肩に備えたミサイルの発射程度しかあるまいと半ばやけっぱちに思っていたのをあっさりと覆し、強羅の胸部、肩、大腿部を覆っていた暗灰色の装甲がぱかりと開いている。

 

 否、装甲と呼ぶべきではない。

 あれは、カバーだったのだ。

 

 

 強羅が全身に備え付けたのは、追加装甲に見せかけたウェポンラック。展開したその装甲の内側には、みっしりとマイクロミサイルがその弾頭を二人に向けている。

 

 強羅に向けられた二人の顔色は青く、これから繰り広げられるだろう惨劇を思って硬く強張る。

 両肩のミサイルポッドも合わせた総数はどれほどの物なのか、もはや数える気にすらなれはしないが、同時に一つだけ気付く。

 

 ああ、「パーティータイム」ってこういう意味か、と。

 

 ミサイルカーニバルに巻き込まれる、我が身の不幸を呪うよりなかった。

 

 

『ミサイル、全弾ロック完了。……待たせたな、開宴しよう』

「なっ……!」

「嘘でしょぉ……っ」

 

『オウケェイ、レェッツパァリィィィィィィイイイイイイイイイイイイイイイ!!!!』

「「っきゃあああああああああああああああ!?」」

 

 ミサイル全弾一斉発射。

 全身各部から飛び出したミサイルの噴射煙が強羅の姿を覆い隠すが、それをチャンスと認識するには状況が危険すぎる。

 先ほどのガトリング砲だけで攻撃されていたときですら回避には難儀したというのに、そこへ誘導性能を持った無数のミサイルが混じればさらなる被弾は免れない。

 加えて、ガトリングの脅威から退避するために後方へと下がり、すぐ背後にアリーナの遮断シールドを背負ってしまった今の状況も裏目に出て、自由な回避運動などできようはずもない。

 

 まさか、最初からこうなることを想定していたのでは。

 そんな疑問が脳裏をよぎりながらも、二人は必死にミサイルを回避した。

 

 打鉄の実体盾でガトリングガンの射撃を受けとめ、避けきれなかったミサイルの爆風に敢えて吹き飛ばされて二人にとっては文字通り一片の比喩もないキルゾーンから抜け出そうとする。

 シールドエネルギーの減少は止められないが、しかし強羅もあれだけ大量のミサイルを装備していた以上、他の装備があるとは考えられない。

 ガトリングガンもあれだけの速さで情け容赦なく弾を消費しているのだからそれほどの継戦能力があるはずもなく、この大量のミサイルを掻い潜れば勝機はある。

 

 もしその後であのウェポンラックをパージして格闘戦に持ち込まれたとしても、最後の一瞬まで諦めない。

 というか、あんにゃろうにせめて一太刀入れなければ気が済まない。

 その決意とどうしてか湧き上がる怒りを胸に、遮断シールドを震わせ、地面に無数のクレーターを穿つミサイルから必死に逃れて、二人は永遠の地獄にも思える数十秒を生き抜いた。

 

「ミサイルが切れた!? ガトリングも!!」

「チャンスよ! 一気に行くわ!」

 

 あれだけの数のミサイルの弾幕に晒されながらも耐えきったことと、その後に発生したチャンスを正確に見切って攻撃に転じられたこと。

 これらのことからも二人の一年生離れした技量と判断力と訓練の密度は明らかであり、彼女らに対する教師たちからの評価を上げる一因となった。

 

 いかに強羅がパワーと防御力に優れたISであるとはいえ、装備を格納しておける拡張領域には限りがある。

 事実、真宏が試合開始前に展開しておいた装備だけで拡張領域は一杯になり、予備となるような装備は一つも持ちこんでおらず、今から展開できる装備は一つもなかった。

 である以上強羅にはもはやシールドを振り回す程度しか戦いようがないはずであり、それならば打鉄二機のこちらにこそ勝機があるに違いない。

 

 二人の考えは正しく、圧倒的に不利な状況からその考えを信じて耐え抜いた心根は称賛に値する強靭だったと言えるだろう。

 

 しかし。

 だがしかし。

 

 彼女達二人にとっては重ね重ね不幸なことに。

 

 

『バレル、展開』

 

 

 真宏はミサイルだけではなく、あらかじめもう一つの装備を用意してあった。

 

 背中からぐるりと頭上を回り込むようにして両肩から突き出され、今にして思うと怒りを覚えるほどにぴったり砲身を支えられる位置に始めからあった両肩の支持架に受けとめられた大口径砲。

 全弾撃ち尽くしてパージされたミサイルコンテナがあった位置から、二本の砲身が長く突き出された。

 

『これぞ、男のロマン』

 

 レールガン、グレネード、滑腔砲。

 その形状から想定されるあらゆる武装の概要が瞬時に二人の脳裏を走り抜けたが、次の瞬間には思考を放棄した。

 

 だって、と。

 この試合を振り返った二人は友人達に語った。

 

 バチバチバチバチッ。砲身からスパークしてあふれ出る緑色の光が、あまりに綺麗すぎたから、と。

 

 悪夢を見るような瞳でそう言った。

 

『ごんぶとビーム!』

 

 試合開始直後から実弾兵器のみを使い、シールドバリアすら展開せずに全てのエネルギーを回してチャージしていたビームキャノンがひと際輝き、溜めこんだエネルギーを開放する。

 その様はまさしく、空を裂く光の二柱。

 

『エメラルドッ、バスタァァァァァアアアアアアアアアアッ!!!!』

 

 砲撃の反動は強羅の重量とパワーを以ってしても完全には抑えきれず、その重厚な脚部装甲で十数メートル地面を削りながら押し下げられ。

 

 その日アリーナに集った観客たちは、人が光の奔流に「飲みこまれる」光景を生まれて初めて目にしたという。

 

 

◇◆◇

 

 

「ふう」

「ふう、じゃありません。あれほどやりすぎないでって言ったのに……! 遮断シールドのジェネレーターが過負荷起こしかけて、穴だらけになったアリーナの整備に三日はかかるんですよ!?」

 

 ピットに戻ってISを解除するなり、俺の勝利に喜んで涙目になった山田先生が熱い出迎えをしてくれた。

 いやあ、冥利に尽きます。

 

「喜んでません!」

 

 と思ったら心を読まれてしまった。さすが山田先生、鋭い勘をしておられます。

 

「うう……後処理、書類倍増、睡眠時間半減……」

 

 あー、さすがにほんのちょっとやりすぎただろうか。試合終わった直後はアリーナの観客も全員が沈黙してたくらいだし。

 とはいっても、強羅は専用機だが第二世代型。ましてそれを使っている俺は、100倍とも言われるIS学園入学の狭き門をくぐる実力があったからここにいるわけではなく、男でISを使えるからというだけの理由で入学を許されただけの一般人。

 そんな俺が数に勝る相手に勝つ方法など、それこそ装備の圧倒的な火力に頼るしかない。

 

 だから俺は悪くない。

 悪いのは、全身追加装甲型マイクロミサイルコンテナなんていうフルアーマー的ロマン溢れる装備を送ってくれたワカちゃんだ。

 こんなの送られたら使うしかないでしょう。

 

「そう嘆くな、山田先生。私も手伝ってやる」

「おっ、織斑先生!?」

 

 そんな悩める子羊達の前に現れた救世主が千冬さんであった。

 いつも凛々しいスーツのお姿、今日も決まってますね。

 

「神上」

「はい」

 

 さて、どうなることやら。

 つかつかと俺の真正面までやってきた千冬さんにこれからどんなことを言われるのか、正直想像のつくところではない。

 運が良ければ注意で済むし、悪ければ謹慎くらいはあるかもしれない。

 

「……」

「……」

 

「……一応、よくやったと言っておこう」

 

「「えぇっ!?」」

 

 しかして実際は、予想に反してお褒めの言葉を頂けた。

 どのくらい予想に反していたかというと、思わず俺と山田先生の言葉がハモるくらい。

 

「えーと、一体どういう理屈で? 我ながらかなり無茶したと思うんですが」

「ああ、それは間違いない。正直お前の対戦相手の被っただろうトラウマや挫折のフォローを考えると頭が痛い……が、今回のトーナメントでお前に求められた役割は、まさにアレだ」

「……ああ、なるほど。そういうことですか」

 

 褒められたこと自体は予想外であったが、案外納得のできる理屈がちゃんとあったらしい。

 

「今回、学年別トーナメントがタッグ形式になったのはより実戦に近い空気を生徒達に知らしめるためのものだ。そして、実戦では『何が起こるかわからない』」

「だから、ちょっとそそのかしたら何をしでかすかわからない俺を一人でエントリーさせた、と」

「そ、そんな理由が……」

「これで一年生達も、何をしてくるかわからない相手の脅威というものがわかったはずだ。そういう意味で、お前はこちらの期待通りによくやった」

 

 いやはや、意外とIS学園でも俺の性格の理解者は多いらしい。

 そもそもからして存在自体がイレギュラーなこの俺。何かするたびに原作で綺麗にまとまっていた歴史を歪めるのではないかと不安に思いつつも軽く無視して大暴れしていたのだが、まさかこうやって有効活用してくれるとは。

 さすがはIS学園。どうやら使えるものは何でも使い、転んでもただでは起きないようなお歴々が上層部に軒を連ねているようだ。

 

 てっきりISの開発者である束さんやどこぞの秘密結社に振り回されてばかりの冴えない組織かと思っていたのだが、どうやらそういうわけでもないようだった。

 

「じゃあ、何も問題はないと。それじゃあワカちゃんに今回の試合と装備のレポート送らなきゃならないんで、俺はこれで……」

「まあ待て」

 

 とはいえ向こうから接触してこない限りアクションを起こす必要もないし、起こしようもない。そう考えてとりあえず新装備を使うときの常としてレポート作成のために戻ろうとした俺の肩を、千冬さんが掴んで止めた。

 

 ……あれー?

 

 なんで褒められたはずなのに呼びとめられるんでしょう。

 なんで肩を掴まれただけなのに骨がみしみしいってるんでしょう。

 なんで背後の千冬さんが青筋立ててる光景が見える気がするんでしょう。

 

「……えーと、織斑先生?」

「確かにIS学園はお前に暴れることを望んだ。望みはした、が……」

 

 肩から手が離れ際にくんっ、と引っ張る。

 どういう力加減なのか俺は抵抗することもできずに反転。

 

 そして、なす術なく俺の視界を左右に両断する出席簿が眉間に突き刺さるのを見届けた。

 

「それにしてもやりすぎだ、バカ者」

「……ごふぅ」

 

 溢れるお約束の香りに酔いしれ、俺の意識は一瞬ブラックアウトするのでありました。

 

 

◇◆◇

 

 

「海だ! 海が見えたよ!」

「サイコー。海……サイッコー」

 

 そして、臨海学校である。

 

 学年別トーナメントで「ちょっと」暴れてしまった俺はあの後、千冬さんにアリーナ整備の手伝いを命じられて肉体労働に駆り出された。

 重機が地ならしをする横で、生身のままアリーナに手作業でトンボがけするという珍妙なことをやらされ三日間。

 その間に一夏がシャルロットと共に水着を買いに行ってしまい、セシリアと鈴とラウラがその様子をストーキングするというイベントをスルーせざるを得なかった。

 できることなら、俺もその場に居合わせてさらに盛り上げてやりたかったのにっ。

 

 そんなわけで、トーナメントで自分がしたことには一切の後悔がないが、それでもちょっと惜しいかなーと思いつつ、俺はバスの座席に疲れた体を沈めていた。

 

「ふ、ふふふ……ついに来たぜ、臨海学校」

「おっ、ようやく元気出てきたな真宏。やっぱりお前も楽しみなのか?」

「んー、まあな。……どちらかと言うと、臨海学校に関連して発生するイベントが、だけど」

 

 一夏はクラスの女子に呼ばれて俺のセリフの後半は聞こえなかったようだが、むしろ好都合。

 この臨海学校はあの人が湧いて出るだろうから一抹の不安もあるのだが、それでも海である。

 夏の日差しに焼かれた砂浜ともなれば、アバンチュールを期待する少女たちの欲望も合わせて一夏のフラグ建設能力は否が応にも引き上げられ、引き起こすイベントの数々は間違いなく必見の物ばかり。

 

 座席に深く腰掛けたまま足元の旅行バッグに手を這わせれば、そこにはバッグの生地越しに俺愛用のデジタル一眼の感触が。

 IS学園においてそれはもう色々な使い道を誇る一夏の写真。海ともなれば、またいい画が撮れることになるだろう。

 ますます増える手札の数を予感して、俺はバスに同乗するクラスメイト達が浮かべるのとは違うどこか邪悪な笑みを浮かべていた。

 

 

「……」

「……」

『おいっ、抜いてくれよ~』

 

 臨海学校の三日間お世話になる旅館の、更衣室がある別館へ続く渡り廊下にて。

 俺と箒という珍しい組み合わせの二人が揃って苦い表情を浮かべて、旅館の庭先に生えている喋るぬいぐるみを見つめていた。

 

『頼むよ~、俺を助けると思って、な!?』

 

 安っぽいフェルト生地に包まれたその体で短い手と寸胴の体をもふもふとよじらせながら、地面に埋まっている下半身を引っこ抜こうと頑張っている。

 ちなみに、見た目はウサギのような何か。

 黒いウサギのようなのだが、腹の部分に切腹でもしたかのようにスパッと切れ目が入り、中から妙にリアルな造形の内臓がでろりとこぼれ出ているあたり作成者のセンスを疑う代物である。

 まあ、状況から考えて作成者などあの人しかいないのだが。声も超似てるし。ひょっとするとリアルタイムでアテレコしているのかもしれない。

 

「……箒、どうするんだ」

「……知らん」

「あれ、真宏に箒。どうしたん……だ……、ってなんだこれ」

『おおっ、イケメンのあんちゃん! ちょっと引っこ抜いてくれ~』

 

 とかなんとか二人して扱いにためらっていたら、一夏がやってきてセップクした形跡のあるクロウサギに気付いたようだった。

 一夏とてあの人との関係は深い。この状況をどうするべきかは既に分かっているだろう。

 

「えーと、抜くぞ?」

「好きにしろ。私は知らん。関係ない」

「俺は触りたくないんで、頼むぞ一夏」

 

 すたすたと別館へ歩いて行ってしまう箒と、半ば丸投げの俺。

 頼もしい幼馴染達の反応に一夏は割と嫌そうな顔をしながらも、仕方なしに庭へと降りてウサギの体を引っ掴む。

 

「それじゃあいくからな。せ―……の、ってわあ!?」

 

 そして力一杯引っこ抜こうとして、予想よりもあっさり抜けた反動ですっ転んだ。

 

「いたた……」

「一夏さん、なにしてますの?」

「セシリア? ……いや、このウサギ……が……」

 

 来るかと思っていたら案の定やってきたセシリアが一夏の様子を覗きこみ、スカートの中をのぞかれたりしていたが、恥ずかしがりながらも満更ではなさそうな顔をしていた。

 いやはや、青春だねぇ。

 

「……一夏、セシリア、少し下がれ。危ない」

「え?」

「危ないって……?」

 

 ただまあ、それをじっくり鑑賞している余裕が無いのが辛いところだ。

 嫌な予感に従って空を見上げれば、そこには青い空と白い雲。

 

 そして、ミサイルのような赤い何かがこちらに迫ってきていた。

 

「うおわー!?」

「なっ、なんですの!?」

「……来たか」

 

 ミサイルっぽい何かはさっきまでウサギが埋まっていた位置へ正確に着弾。その衝撃で舞い上がる砂礫を渡り廊下の柱の陰に隠れてやり過ごしつつ、諦観と共に呟く。

 

 また厄介事を起こしに来たんですよね、篠ノ之束さん。

 

『あーっはっはっは、かかったねいっくん! どんな時でも意表を突くのが束さんなんだよ! 想像したまえ! でないと世界征服しちゃうよ?』

 

 ぷしゅー、と無駄に煙を吐き出す演出と共に、地上へ突き刺さったニンジン型ミサイルを真っ二つに割って、シャレにならない物騒なセリフを口にしながら出てきたのは箒の姉にしてISの開発者。

 他の追随を許さぬ超天才、篠ノ之束さんである。

 

「はろはろー、いっくん。久しぶりだねえ。イタズラ心ワクワクしてますか? いやあ、大きくなったしカッコよくなった! 最後に会って以来どれだけの女の子にどれだけのフラグを立てたのかを教えてごらん? うりうり」

「あー、お久しぶりです束さん。それよりも、今日はどうしてここに?」

「おおっ、さすがのスルー力! いままで食べたパンの枚数なんて覚えてるわけもないってか! それはそれとして、今日来たのは箒ちゃんに会うためだよんっ。さっきまでここにいたはずだよね、どうしたの?」

「えー、あー」

 

 突然の事態にテンパっていることと、箒があんた避けてますよという事実を伝えあぐねている一夏がもごもごと口ごもっている間に、束さんは一夏の手から例のウサギのぬいぐるみを自然な動作で受け取った。

 

「まあいいや。この箒ちゃんレェーダァー! があればすぐに見つかるし。それじゃあね、いっくん。またあとで!」

 

 そして、ウサギのぬいぐるみをこねこねと変形させてカチューシャ型にして自分の頭にセット。さっき箒が歩いて行った方向を指すその耳に導かれるまま、人間離れした速度で突っ走って行った。

 

「な、なんだったんですの、今のは」

「篠ノ之束さんだよ」

 

 ようやく正気を取り戻したセシリアに一夏が説明しているが、俺はそっちに加わらない。

 というか、加われない。

 

 なぜなら。

 

「そして、君とも久しぶりだねー。まさかいっくんだけじゃなくて君までISを動かせてIS学園に入学するなんて驚いたよ」

「ええ、むしろ俺のほうが驚いてますよ」

 

 どこをどう回り込んだのか、渡り廊下にこっそり隠れていた俺の前に束さんが現れたのだからして。

 

「うんうん、相変わらず面白いことを色々起こしてくれてるみたいだし、束さんも君には期待しているよ。あっ、でも今は箒ちゃんを探してるから、またあとでね」

「はいはい、それじゃあまた」

「その適当な返事、変わってないね。あっ、そうそう。この前君の部屋から借りたガイキングのDVD面白かったよ~。今度返しておくね」

 

 ああ、最近どうにも見ないと思ったらやっぱりあんたの仕業だったか。

 IS学園学生寮の俺の部屋にあるのに、学園のセキュリティにすら引っかからず平然と入り込んで勝手に持って行きよってからにこの人は。

 

 そして今度こそ箒を追って突っ走って行く束さんを見送りながら、ぶはーと緊張で詰まった息を吐きだした。

 俺としては束さんの人格自体は嫌いではない。やっていることの規模や性質の悪さを無視すれば、基本的に俺と同じ愉快なことが大好きな人なのだからして。

 ……ただ、なんてーの? 幼いころのトラウマは克服しがたいっていうか、天才が残酷な子供の頃に何をするのかという実例をこの身で理解したというか、ね?

 

 まあとにかく、嫌いにはなれないが苦手な人であるところの、束さん。

 

 彼女が来ることでどうあっても騒がしくなる臨海学校。

 ここでも起こるだろうシャレにならない事件を思い、せめて今度こそ穏便に終わってほしいなあと儚い願いを青空に託し、やっぱ無理だと自答する。

 

 今度も、覚悟を決めなきゃだめかもね。


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