IS学園の中心で「ロマン」を叫んだ男   作:葉川柚介

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第41話「弟分」

――ギャア、ギャア

『無人機……なんて数だ』

 

 見上げる夜空に、黒い影がひしめいている。

 バニシングフィストで一夏を撃墜した直後から、どこからともなく集まってきた無人機たちだ。しかもその数は時を追うごとに増え続けているし、そいつらはなんか被膜っぽい翼と超音波メスを吐きそうなとがった形の頭をしている、見たこともないタイプだった。

 今はまだ地上の、俺達の様子を伺うように飛び回っているだけだが、100では済まないかもしれない数が空を埋め尽くしている姿は単純に恐ろしいし、もし一斉に地上へ襲いかかってこられたら、京都を無事守りきれる自信はまるでない。

 

 それでも強羅が万全の状態だったらなんとかなったかもしれないが、今は黒騎士との戦闘で右腕を失ったまま。さすがにあの数を一人で相手にするのは厳しいものがある。助けを呼ぼうにも、箒達はこれまでのISバトルでリタイアしてしまっている。他に近くで協力してもらえそうな戦力がはたしてあるか。そんな風に状況を整理しながら無人機が刻一刻と数を増していく空を見上げていた、そのとき。

 

「……真宏」

『一夏、生きてたのか! ……いや待て、お前は……「どっち」だ?』

 

 一夏が、姿を現した。多少ふらついてはいるが、バニシングフィストを食らったにしては元気な姿と言えるだろう。体に傷の類は残っていないし、さすがはISの絶対防御。

 だがそれでも、俺は一夏を警戒する。この一夏は、本当に俺の知る一夏なのか。さっきまで一夏は体を白騎士に乗っ取られていたに等しい状態にあったのだから。今はもうその呪縛から解き放たれたと、どうして確信できるだろう。

 

「俺は、俺さ。それよりあいつらを、なんとかしないとな」

『……』

 

 しかしそんな俺の問いかけもどこ吹く風。一夏はさっきまでの俺と同じように無人機たちの舞う空を見上げている。その身に纏うISは白式。白騎士からは解放されたと見ていいのか、これだけではまだなんとも判断がつきかねる。

 

――ギャオオオオオオオ!

「どうやら、来るみたいだな」

 

 それでも、状況は待ってくれない。数が揃いきったのか、無人機たちがより一層けたたましい叫びを上げ始めた。おそらく、もうあまり時間は残されていない。すぐにも地上を、俺達を襲いに来るだろう。そしてそのときに一夏が共闘してくれるならこれほど頼もしいことはなかった。

 

 こいつが、本当に一夏ならばの話だが。

 だから俺は、こう告げる。

 

『一夏』

「なんだ、真宏」

 

『……戦ってくれ、俺と!』

 

 一夏はきょとんとした顔を向ける。その向こうでは、気の早い無人機が京都の町へと飛来してあちこちで爆音を轟かせている。ゴングは鳴った。すぐにも俺達を狙う無人機も無数に押し寄せるだろう。

 しかしそんな時でも一夏は笑って見せる。そして、答えた。

 

「……ああ。俺の望みを聞いてくれたら、考えてやるよ」

『お前の、望み?』

「……死ぬなよ、真宏」

 

 ……一夏は、俺の友達だ。

 たとえ白騎士に体を乗っ取られようとも、今の一夏が本物かどうかはわからなくとも。だから俺は、信じたい。

 一夏もまた俺のことを友達だと思ってくれていることを。俺達二人なら、どんな相手でも敵ではないと。

 

『……数が多いな、一夏』

「ああ。でも大したことはないさ」

 

 俺達は二人並び立ち。

 

 

「『今夜は、俺とお前でダブルISだからな』」

 

 

 互いに目を向けず、敵だけを見据えて拳を打ち合わせ。

 

 

「『変身!』」

 

 

 叫び、共にセカンド・シフト形態のISを展開。俺は白鐵に、一夏はなんかどっからともなく出てきた銀河の眼をした龍に飛び乗って、無数の無人機のただ中へとたった二人で飛び込んでいく。

 すぐにあらゆる方向から押し寄せる無人機。当たるを幸いにロクな狙いも付けず乱射される荷電粒子砲とグレネード。一夏の龍が吐く破滅のストリームと、白鐵のビームもまた何機もの無人機を落とし、しかし徐々に密度が増していく敵に全方位くまなく包囲され。

 

 

 その後、俺達の戦いがどうなったのか。

 それを知る者は、誰もいない。

 

 

◇◆◇

 

 

「これが……俺達の最終回!」

「また随分変な夢を見たようだネ」

 

 予知夢のような、でも結局その通りにはならなさそうな夢の内容に思わず叫んで飛び起きた俺がそのときいた場所は、見覚えのない部屋だった。畳敷きで障子張り。和風なこの雰囲気、どう見ても旅館の一室だろう。

 時刻は夜。窓から柔らかな月光が室内をうっすらと照らしているからそうだとわかるし、部屋の様子を見てとることができたし、窓辺のソファに体を沈める女性が月光に冴えてまるで妖精のように美しい。

 

「おや、アリーシャさん」

「アーリィでいいヨ。一夏くんにもそう呼んでもらってるしサ」

 

 その人は、昼間に出会った二代目ブリュンヒルデことアリーシャ・ジョセスターフさん改めアーリィさんだった。月明りの旅館でくったりとソファに身をもたせる、着くずれ和服のイタリア美女。色々盛り過ぎでどのジャンルに属しているかはわからないが、魅力的であることだけは間違いないだろう。

 まあしっとり着物を着こなした簪にはかなわないがね!

 

「ん、ここは……って、体中痛い!?」

「お、一夏も起きたか。……あ、俺も全身いてえわ」

「男2人でのた打ち回ってるって、すごい光景サ。ま、それだけ頑張ったってことでもあるから、お疲れ様だけどネ」

 

 そんなことを思っているうちに一夏も起きてきて、二人そろって体中の痛みに転げまわることすらできずに身悶えた。俺はマドカにボコられてから半日川底に沈んでいたし、一夏も白騎士として暴れていたところを寄ってたかってボコられて止められたから全身傷だらけだった。一夏は特に腹の傷がひどいようだ。一体誰がやったんだろうね。

 

「まあいいサ。実は、お別れを言いに来てネ」

「おや、イタリアにお帰りで?」

 

 ともあれ、今はアーリィさんのことだろう。わざわざこんな時に俺達に会いに来てくれたのは何のためかと思ったら、別れの挨拶のためだという。

 別れと言われて思い浮かんだ俺の指摘は、至極当然の物だと思う。状況からして、普通はそれしかない。……アーリィさんの目が、あんなにも感情の色を宿さない透明な色をしていなければ、そう思えたのだが。

 

「ううん。ちょっとファントム・タスクに降ろうと思ってサ」

「……え?」

 

 まだ意識がはっきりとしないのだろう。一夏が呆然と、というよりも言っている意味がはっきり理解できないといった様子の声を上げる。だがそれも当然だ。二代目ブリュンヒルデ、世界で最も脚光を浴びるIS操縦者の一人が、突如秘密結社にその身を投げうつと言われて、はいそうですかと納得できるはずもない。

 

「そ、そんな……どうして!」

「……私はね、織斑千冬と戦いたいのサ。でも、今の私の立場、イタリア代表じゃあこれから先も戦えそうにないからネ。その場を提供してくれる唯一の組織、ファントム・タスクに降るのサ。……そうでもしないと、風が止まないから」

「どうでもいいですけど、裸でバイクに乗ったりしないでくださいよ」

 

 あっさりと答えてくれたその理由、一夏にとって納得のいくものだったか否かはわからない。だが少なくとも俺は、共感はできなくても理解はできた。あの目に宿る、いやむしろ何物も宿さない虚無の色。どんな生まれでどんな生き方をすればあんな目になるのかはわからないが、それを満たす物を探し続け、やっと見つけた相手が千冬さんで、モント・グロッソ決勝という最高の舞台での戦いがすっぽかされたなら。それは、ああもなるかもしれない。

 

「シャイニィは君たちに預けておくから、よろしく。次会う時までに、君たちもIS学園の女の子たちも、強くなっておくのサ」

「言われるまでもないですよアーリィさん。ひょっとしたら、俺達がアーリィさんを満足させられるようになってるかもしれませんよ?」

「……ふふっ、悪くないネ、男の子。楽しみにしておくのサ!」

 

 そう言って、アーリィさんはあっさりと窓の外に飛び出し、姿を消した。

 それが、京都で出会い、京都で別れたアーリィさんとの一部始終。突然現れ突然消える、まさに二つ名を体現するような人だった。

 

「さすが、嵐を呼ぶ旋風児」

「絶対そんな名前で呼ばれてないぞ、あの人」

「ぷいにゅー」

 

 そして、あとの部屋には話してる間中起き上がることもできなかった俺と一夏。そしてわざわざ俺の腹の上で毛づくろいをするなんか変な鳴き方する白猫シャイニィだけが、取り残されるのであった。

 

 

◇◆◇

 

 

 その後。

 アーリィさんまでファントム・タスク側についたことを千冬さんに報告したり、一夏が白騎士化して暴れまわった責任を取らされてヒロインズにマッサージをする羽目になったりしていた。

 

「……い、一夏くんが一人でみんなのマッサージををするのが大変なら、私は真宏くんにしてもらってもいいんだけど」

「ダメ」

「えっ」

「お姉ちゃんはダメ」

 

 どう考えてもTo Loveるの元なので俺はマッサージ中の部屋には近寄らないようにして、一夏のことだからさんざん女体に触れあったあとに風呂で一汗流すだろうから大浴場の使用も控えておいた。ちなみに割り当てられた部屋に戻るときに風呂の前を通ったら、のれんには「男女混浴」の文字が。

 のれんを見ながら、ついでに今この旅館に宿泊している客を思い出してみる。今はIS学園が貸し切っているから、俺と簪を除けばいつものヒロインズ、刀奈さん、山田先生に千冬さん。いずれ劣らぬ美女美少女揃いなわけで。

 

「……生きろよ、一夏」

 

 こののれんの向こうでそう遠くない未来に繰り広げられるだろう一夏の桃色地獄を思い、敬礼して無事を祈った俺を誰が責められるだろうか。

 

 

◇◆◇

 

 

 夜も更けてから。

 宿の部屋割りは男女と教師陣にそれぞれ分かれていて、俺と一夏は同室という極めて妥当な割振りだった。部屋に戻ってからはテレビでローカル番組を見たり本を読んだり適当に過ごしていたのだが、一夏はなかなか戻ってこない。まあどうせ予想した通りラッキースケベにでも会っているのだろうからそっちは放っておくとして、喉が渇いてきたので自販機で飲み物でも買おうと部屋を出た。

 

 静かで、まっすぐで、足元を間接照明が照らす旅館の廊下を夜に一人で歩くというのはなかなかどうしてワクワクする。自販機がブーンと音を立てて白々しい光を放っているのも妙に安心する。そんな廊下をひたひた歩き、自販機の前。さて、何を飲もうかと小銭を手に考えていると。

 

「はぁ、ふぅ……あ、神上くん」

「う、う~ん……ひっく」

「おや、山田先生……と、織斑先生。こりゃ大分酔ってますね?」

 

 廊下の角から山田先生と、山田先生に肩を貸されて半分寝ながら歩いている千冬さんが現れた。二人とも湯上りなのだろう、旅館の浴衣を着ていて髪も濡れている。千冬さんなんて浴衣もいい感じにはだけて胸元とか特に色っぽい姿なのだが、それは絵面だけ見ればの話。湯上りとは全く別の理由で顔を真っ赤にして酒臭い息を吐いているその姿、どう見ても酔っ払いです本当にありがとうございました。

 

「そ、そうなんです。お風呂でその、ちょっと……色々ありまして」

 

 そう言って山田先生も赤くなる。こちらもまた、湯上りでも酒のせいでもないっぽい色で、しかも満更でもなさそうな風味。なにがあったかは大体予想がつく。一夏のやつ……。

 

「酔っ払いの相手は大変でしょう。運ぶの手伝いましょうか」

「ぜひ! ……というかあの、実はこれからIS学園と連絡を取らないといけないので、できたらでいいんですけど織斑先生を部屋まで運んであげてくれませんか?」

「いいですよ。なんだかんだで千冬さんが酔い潰れるのは慣れてますから」

 

 千冬さんは酒に強い人ではあるが、普通に酔うし量が過ぎれば普通に潰れる。酔うと周囲の人間に絡みだし、色々無礼講でおおらかになるが、その分自制もなくなって飲みまくりご覧の有様というのがこれまで何度も繰り返されてきた。どうせ今回も、風呂で日本酒の一升瓶とか一人で飲んだに違いない。

 ちなみにこれは全くの余談だが、ワカちゃんは潰れるのを見たことがない。一口飲んだだけで酔っ払ってけとけと笑いだすのだが、その後どれだけ飲んでもそのテンションのままビールだろうが日本酒だろうがワインだろうがウォッカだろうがアクアビット(北欧のジャガイモ蒸留酒。のはずなのになぜか緑色をしていた)だろうがかぱかぱと飲み続ける。以前千冬さんと飲み会してる時にそんな感じだった。そして翌日、二日酔いでベッドから起き上がれない千冬さんをよそにけろっとした顔で飲んでいた前後の記憶もばっちりで起きてくるという超人ぶり。あの子本当にどういう体してるんだろう。

 まあとにかく、俺は山田先生から千冬さんと部屋の鍵を預かった。布団は既に敷いてあるそうだから、そこに放り出してくるとしよう。

 

 

「ほら千冬さん、部屋に尽きましたよ。ちゃんと布団で寝てください」

「んん~」

 

 山田先生から千冬さんを預かって部屋まで連れてきて、うだうだとぐずる千冬さんを布団の上に横たえる。少し乱れた浴衣から瑞々しい肌を晒す、頬を赤く上気させた美女。くらっと来るほど色っぽい絵面なのだろうが、ここに来るまでさんざん酒臭さに悩まされていた身からすると、びっくりするほどのダメ人間にしか見えない。

 この人、布団に降ろしても自分からは寝転がる事すらしなかった。枕の上に頭を置いて、はみ出す体を布団の範囲に収めてとしてやらなかったら、多分布団の上で斜めに寝転がったまま朝まで目覚めなかっただろう。

 

「少しは動いてください。せめて掛け布団をかぶって」

「うぃ~、真宏がしろ~」

「はいはい、わかりましたから。ごろーん」

 

 そして、こうなった千冬さんが言うことを聞いてくれないのは経験上よーくわかっている。だから俺も適当にあしらい、もぞもぞ動く千冬さんをなんとかかんとか布団の上に収めてやった。

 

「真宏~、水をくれ~」

「わかりましたから帯を引っ張らないでください。ほどけます」

 

 わがままになった千冬さんは本当に手におえない。へらへらと笑いながらの要求には逆らわず応えておくのが一番無難。俺はぐいぐい引っ張られる帯を取り返し、部屋に備え付けの冷蔵庫から冷えたミネラルウォーターをペットボトルごと持っていく。

 

「はい、千冬さん」

「飲ませろ」

「……はい」

 

 ……なんか赤ん坊の世話してる気になってきた。起きようともしない千冬さんの体を起こし、ペットボトルのふたを開け、口元に持っていく。この人、ついに自分で持つことすらしなくなりやがった。ひょっとして俺と一夏が甘やかし過ぎたせいなんだろうかと、これまでの千冬さんに対する扱いに想いを馳せる。

 

「暑い。うちわであおげ」

「…………はい」

 

 いかん、これ完全に教育を間違えてる。

 なにせ、そう思っていてなお俺は言われた通りにうちわでそよそよとあおいであげてしまっているのだからして。

 一応言い訳をさせてもらうなら、俺も一夏もこれまで千冬さんには数えきれないくらいお世話になって来たから、その恩返しをしたいという思いもあるんだ、かなり。その恩返しがこういう形でいいのかどうか。そのあたりはそろそろ真剣に考えるべき頃合いだとも思うけど。

 

 

「……なあ、真宏」

「はい、なんですか千冬さん」

 

 うちわであおいでしばらく。気持ちよさそうに目を閉じていて、それでもまだ寝ついていなかった千冬さんが声をかけてきた。

 

「…………」

 

 そして、無言。

 眠ってしまったわけではない。これはきっと、迷っているんだろう。そうと察せられるくらいには、俺と千冬さんの付き合いも長い。

 

「……一夏、は」

「はい」

 

 言いかけて止まる。

 今日起きたこと、マドカの襲撃も一夏の白騎士化も全て伝え聞いて知っている千冬さんは、言い淀んだ。だから俺は黙って待つ。きっと千冬さんもそれを望んでいるだろう。

 

「一夏は、私の弟だ」

「ええ、もちろん。これまでも、これからも」

 

 その後搾り出した一言に、千冬さんがどれだけの思いと覚悟を込めたのか。残念ながら今の俺にはそれを知る術はない。それでも俺は、俺なりの言葉を返す。一夏は千冬さんの弟だ。ずっとそうだったし、これからもずっとそうだ、きっと一夏も千冬さんもそれを望んでいるし、そうあって欲しいと思う。

 

 そして願わくば、マドカにとっても同じようにあってくれればなおいいかな、とも。

 

「そうだな。……そしてお前は、私の弟分だ」

「……ふふ、ありがとうございます」

 

 千冬さんは手を伸ばし、俺の手を握ってきた。眠くてあまり力が入らないのだろう。柔らかな手で、優しく。千冬さんがそう思っていてくれたこと、それを口に出してくれたことが嬉しくて、俺も思わず笑顔がこぼれる。

 

 それは今と過去と未来の再確認。

 一夏と千冬さんは姉弟で、俺は一夏の友達で、千冬さんは弟分だと言ってくれた。そうあり続けてきて、これからもそうありたいから、為すべきことを為しつづけよう。そういう決意の言葉だったのだろうと、俺は思う。

 

 

「……まあ、明日になって全部忘れてなければだけど」

 

 ここまで酔っぱらうとかなりの確率で前後不覚になり、言ったこともやったこともきれいさっぱり忘れる千冬さんが奇跡的に今日のことを覚えていればの、話だが。

 

 

◇◆◇

 

 

「みなさん、お弁当は受け取りましたかー?」

 

 翌日、帰りの新幹線の車中。一夏と千冬さんが姉弟仲良く頭痛を訴えたりしている中、車内で食べる駅弁が配られた。俺は京都に来るときは自主的な別行動だったので、ようやく旅っぽい雰囲気を味わえるようになった。そして楽しみなのは俺だけではなく、それぞれあらかじめ注文しておいた好きな弁当を前に、みんなホクホク顔をしている。

 そんな気分はきっと旅する人には共通なものなのだろう。同じ車両の少し離れた席では、夫婦あなごめしとビールのセットをぷしゅーぷしゅー言いながら堪能しているOLっぽい人や、うっかりジェットの焼売を使ってしまって慌てている酒が飲めなそうな顔をしたスーツ姿の中年男性もいる。やはり新幹線での弁当は旅の醍醐味だ。

 

「あっ、でもダリルさんとフォルテさんの分が……」

 

 ただ一つ惜しむらくは、その楽しみを共有できる人が減ってしまったこと。

 山田先生の手元に積み上げられた2つの弁当は、本来なら今ここにはいない二人が食べるはずだったもの。

 かたや元からスパイとしてIS学園に潜入していて、かたや今回の一件で裏切った俺達の先輩。俺はあまり接する機会がなかったけど、それでもこういうのは少し寂しく思う。

 

「なら俺が食べますよ!」

「あ、俺も俺も! 育ち盛りだから、食には関心があります!」

 

 だから今は、そういう雰囲気を全力でぶち壊そう。あえて調子よく手を挙げた一夏に乗っかって、他のヒロインズも賛同してみんなで余った弁当を分け合う。

 これはきっと、ダリル先輩とフォルテ先輩が好きだった味。いつか再び出会うときはきっと敵同士だろうけど、こんな味が好きであったということは、覚えておこう。

 

 

◇◆◇

 

 

「くーちゃんくーちゃん。紅茶が飲みたいネー」

「はい、ご用意してあります」

 

 京都でラウラ達にちょっかいを出した後、自前の移動型研究施設に戻った束。しかし何事もなかったかのように、いつものごとくクロエに甘えていた。クロエも最近は束の世話が板についてきて、望まれた時には既に適温で淹れた紅茶が用意されている。ティーカップに薫り高く注ぐのを見て束はぴょんぴょことテーブルにつく。

 

「わーい。ねえくーちゃん。せっかく京都に行ってきたわけだし、お茶請けはコンペイトウをお願い」

「そうおっしゃると思っていました。どうぞ」

 

 そして、ドンっと重々しい音を立ててテーブルに置かれるコンペイトウ。束、思わず絶句。

 目の前にそびえたつのは、コンペイトウ。ただし、束の顔よりも大きく、あちこちに角が突き出た特徴的なあの形には程遠く、上下左右前後の6軸方向それぞれにのみ角が伸びた代物で。

 

「……なにこの宇宙要塞―!? すっごく大きい! ……あ、でもコンペイトウの味がする! ぺろぺろ!」

「神上真宏から京都のおみやげとしていただきました。さすが日本、すさまじい技術力です」

 

 ちなみに一般的なコンペイトウは指先ほどのサイズになるまで1週間から2週間かかるのだが、このサイズとなるとどれほどの時間がかかるのか、というか本当にお菓子としてのコンペイトウなのか極めて怪しい。だが束はその辺り適当なので、普通にお茶請けとして舐めている。

 ラボで紅茶のお茶請けに巨大コンペイトウをかじる美女。シュールな光景だ。

 

「ご機嫌ですね、束さま」

「うん。失敗作だと思ってた白式が、束さんの想像をことごとく裏切ってくれるからわけがわからないよ状態なの」

「さようですか」

 

 クロエはにこにこと束の話に相槌を打つ。この子も束の喜びを最優先事項としているので、束が笑っていれば他の全てをスルーしてしまう。結果として、ブレーキ役がいない異空間が繰り広げられていた。

 

「ちなみに神上真宏の強羅についてはどうお思いですか?」

「……あれ、本当にISなのかなあ。蔵王の方で使ってる1号機も含めて、あれ絶対に束さんが想定してたISの姿じゃないよ」

 

 そしてそんな空間をぶち壊す、ここにはないIS(?)の話題。大火力はまあいいとして、重装甲が機動力を犠牲にするレベルに達していることや、たまに合体とかしてのける謎のIS。いまだ束の想定の範囲内の派生、あるいは既に通った技術的経路を辿っているに過ぎない他のISとは発想の段階で一線を画している。

 まあ、だからこそ後にも先にも強羅の系譜には強羅しか連ならないだろうから、問題にはならないのだが。

 

「そういえば、束さまはどうしてISを作られたのですか?」

「んー? 女の子をね、羽ばたかせたかったんだよ。この空を自由に、子供のころに憧れた、銀色の流星みたいに」

「では、これを」

「……くーちゃん、束さんは別にエナジードリンクが欲しいわけじゃないよ」

 

 スッと差し出された翼を授けてくれそうなドリンクは脇に寄せつつ、話題が変わったことにこれ幸いと乗り、束は理由を応えた。

 力を、言葉を、翼を与えるその所業が神のものに近いことを無自覚に。もっとも、たとえそうと知っていたとしても束は己の望むところを止めはしない。それは昔も今も、変わらない。

 

「では、計画を次のステージに進める頃合いですか」

「うん。そうなるね。とりあえず次は……」

 

 束は言葉を途中で区切り、紅茶をごくんと飲み干す。いつの間にかコンペイトウはほとんどなくなっていて、最後のひとかけらを口に放り込んでぼりぼりと噛み砕く。そのとき束が浮かべた笑みは、甘味への喜びか、自分の計画への楽しみか。いずれにせよその笑顔と喜びの感情のまま、またしても世界を変える天才は、告げる。

 

 

 

 

「アメリカ、もらっちゃおうか」

 

 

 国家すら巻き込む、計画を。

 

 

 

 

「……そのためにも、あそこの大統領だけは無力化しないとね!」

「必須ですね」

 

 ただし、ちょっとだけ冷や汗を流しながら。

 

 

◇◆◇

 

 

「ふう、女の子の買い物に付き合うのも楽じゃないな」

「本当にな。それも、俺は下見前に続いて二回目だぞ」

 

 修学旅行の下見を終え、IS学園に帰って数日。修学旅行の本番をこれまた数日後に控え、俺達はショッピングモールにやってきていた。それはもちろん、吹き抜けの通路を見るたびに階下を歩く人たちがゾンビじゃないかを不安に思ったりするためではなく、簪とヒロインズが本番の修学旅行のための買い出しをするのに付き合うためだ。一夏が半ば無理矢理連れてこられ、そんな一夏に奈落の落とし穴に引きずりこまれるがごとく連れてこられ、元からヒロインズと一緒に買い物に来る約束だった簪も一緒になり、こんな大所帯と相成った。

 そしてさっそく手持無沙汰になる俺と一夏。売り場できゃいきゃいとあれこれ選んでいる女子たちは大層華やかなのだが、そこに男が混じったら多分死ねる。

 

「一夏は何か買う物あるのか?」

「ああ、マッサージ用のオイルをな。下見で迷惑をかけたお詫びで千冬姉と山田先生にもマッサージすることになっててさ」

「じゃあ選びに行くか。付き合うぞ」

「お、そうか。ありがとな」

 

 なので、俺達は俺達で別行動をすることにした。どうせここにいてもまた一夏を巡るラブコメとエロハプニングが勃発するだけだろうし。そんなわけで、売り場を移動。色々アロマなオイルとかその他諸々の売り場にやってきて。

 

「あら二人とも、ごきげんよう」

「!?」

「ありゃまサイボーグスコさん。京都以来ですね」

「……その呼び方、やめてもらっていいかしら」

 

 そこで、ばったりとスコールと出くわした。

 なに普通に買い物してるんだファントム・タスクの女幹部。今も、俺達に気付いて普通にあいさつだけしてまたオイル物色し始めてるし。そりゃ小心者じゃあ秘密結社なんてやっていられないだろうが、無駄に肝が据わってないか。

 

「……こんなところで、何を企んでるんです」

「別に、何も悪巧みなんてしてないわよ。ただ普通に買い物にきただけだもの。悪の秘密結社だって、食べ物も消耗品も必要なのよ。全部通販してるとでも思った?」

「え、悪の組織って通販で買ったものが全て透明な箱に入ってくる試練を受けて心身を鍛えるんじゃないんですか?」

「それに耐えているのは一部の猛者だけよ」

「一部はやってるのかよ!?」

 

 などと、すでに緊張感の欠片もない軽口の応酬と化していた。一応俺も警戒していたが、この様子だとどうやら本当に買い物に来ただけらしい。なんでオイルなんか普通に買いに来てるんだか。

 

「うふふ。せっかくだから、一つだけ忠告しておいてあげるわ。……一夏くん、織斑千冬と倉持技研には気をつけなさい」

「なっ!?」

「自分らのこと棚に上げ過ぎじゃないっスかね」

 

 そして、そっと。周りに聞かれるわけにはいかないとばかりに一夏に身を寄せて、スコールはそう囁いた。お前が言うなと言いたくなること請け合いなセリフだったが、それでも一夏は動揺した。身内と支援企業に気をつけろと言われてもという戸惑いと、確かに全てを明かしてくれているわけではないだろう千冬さんと、白式などという怪しいISの製造元である倉持技研に対して全く疑う余地がないかと言えば、決してそうは言えないことによるものだろう。

 

「ところで、ワカちゃんと蔵王には気を付けなくてもいいんで?」

「……あの子とあの企業は企んだ瞬間にはすでに行動してるから気をつけるだけ無駄よ」

「すごい説得力だ……」

 

 一方、蔵王は今日も平常運転らしい。さすが俺の支援企業。

 ワカちゃんが敵にまわって本気で戦うことに……というのはワクワクする想像でもあるけど、その場合高確率で俺と周囲一帯が焼き尽くされるので、是非とも妄想にとどめておきたいところだな、うん。

 

 俺達がそんな風に考え込んでいるうちに、スコールは言いたいことを言い終えたのだろう。さっさとオイルを手に取ってレジへ向かって行った。今更それを追いかけて問いただしたところでこれ以上何か情報が得られるとも思えず、俺と一夏はその場に立ち尽くすしかなかった。

 

 スコールがもたらした、信じるには値しないが疑いの余地は確かにある千冬さんと、倉持技研の怪しさ。

 どうやら、怪しい火種はあちこちに転がっているらしい。

 

 

「ところでスコールはなんでオイル買って行ったんだろう。……ハッ! あの人サイボーグだから、機械部分の潤滑油か!?」

「それだ!」

「違うわよー!?」

 

 とりあえず、スコールがこの場にいた理由に俺達が思い至った瞬間、遠くからなんか声が聞こえてきた気がするけど、気のせいだな、うん。

 

 

◇◆◇

 

 

「えーと、これは人数分焼き増しで、こっちは生徒会にも提供するからもうちょっと多めに、と」

「焼き増しって言葉すげえ久々に聞いたな」

 

 なんだかんだと謎がちらほらと影を見せはじめたショッピングを終えて、すでに修学旅行を明日に控えたその日の夜。俺と一夏は、なんだかんだで後回しになっていた京都下見旅行の写真整理していた。

 一夏のカメラはフィルムを使っているから現像まで多少時間がかかっていたので、俺もその時に合わせてやることにした。なのでこうして俺の部屋で、一夏はネガと写真、俺はパソコンに向き合い、そしてアーリィさんから預かったシャイニィは俺の枕に大量の毛をなすりつけながら丸くなり、それぞれにのんびりと過ごしていた。

 

 たまに一夏の撮った写真を見せてもらいつつ、俺は俺で大量に撮った京都の写真を選別していく。ヒロインズに渡す分、自分で持っておく分、千冬さんに献上する分、適当な住所に送って束さんのところに届ける分、後々の手札にするため厳重に確保しておく一夏の映ったセクシーショットの分、と。

 ちょくちょく見せてもらった一夏の撮った写真も、中々に見事な写りだった。とはいってもそれは一夏の写真の腕がいいというよりも、被写体の少女たちが一夏にカメラを向けられることで浮かべる喜びの笑顔が魅力的だからだと思うが。女の子の写真を撮らせたら、一夏はちょっとしたものかもしれない。

 

「あっ……」

「ん?」

 

 そんな風に関心しながら写真を眺めていると、一夏がふいに声を上げた。驚いたような、泣き出しそうな。そんな声だ。

 思わず目を向けると、一夏の手には一枚の写真があった。覗き込んでみれば、それは歴史ある京都の街並みとは違い、整然とした近代建築を背景とした写真。京都駅での、集合写真だった。

 

 下見旅行が始まってすぐ、まだダリル先輩もフォルテ先輩もIS学園生として一緒にいたころの、きっともう二度と全員が揃うことはないだろう面子の写真だ。

 

 

「……なあ、真宏」

「なんだ、一夏」

 

 その写真を見つめながら、一夏が問うてくる。

 否定はできない。でも納得もできないと言いたげな顔で、こちらに目も向けないまますがるような声で。

 

「もし……もし先輩たちが敵として立ちはだかったら、どうする?」

 

 それはきっと、いつか必ず訪れる未来。その時までに覚悟を決めなければ恐ろしいことが起きる。そんな予感があるのだろう。

 だが、一夏にとっての答えは一夏自身が出すしかない。だから俺は、俺なりの答えと覚悟を示すだけだ。

 

 

「……戦うさ、もちろんな」

「そう……か。真宏は、戦えるのか?」

「もちろん。代表候補生で、専用機持ちで、先輩で、いまじゃ悪の組織に降ってきっとISのリミッターだって解除されてる。相手にとって不足はない。それに……」

「それに?」

 

 俺は戦う。相手が誰であっても戦うしかないのなら迷いはしない。

 それがきっと相手と自分に正直であるということで、後悔しないということで。

 

 

「思いっきり戦ったら、また仲間になれるかもしれないからな」

「……お前なあ」

 

 先輩たちが本当に相容れない敵になってしまったのだと信じたくない心の折り合いの付け所には、ちょうどいい。

 一夏もそれはわかっているのだろう。思いっきり苦笑してくれた。

 

「その様子だと、真宏は万が一簪さんが敵に回っても迷わず戦いそうだな」

 

 冗談が言えるようになったのなら安心だろう。これからの世界で何が起こるのか、神ならぬ、そして束さんならぬこの身で見通すことはできないけれど、だからこそ覚悟を固めて、いざって時はバシッと動けるようになりたいものだ。

 

 だから当然、ありえないとは分かっていても一夏の言うような状況も想定しておくべきで。

 

「ああ、確かにあり得ないけど、そうなったらまず何が何でも生け捕りにしないとな」

「……ん?」

 

 

 言うまでもなく、俺は既にその辺の覚悟も決めている。

 

「で、窓のない地下室に閉じ込めて」

「おいちょっと待て」

 

 一夏の苦笑が固まって、止めてくるような気がするけど聞こえないな。

 

「三日三晩どれだけ嫌がっても強制的に……」

「誰かー! ピー音出る機械持ってきてくれー!?」

 

 

 

 

「ありったけの特撮DVDの耐久視聴会を開催して、再教育だ」

 

「ってそっちかよ!?」

 

 それが俺の結論。

 戦うことに迷いはない。でもまた手を取り合えるなら、その可能性を消しはしない。

 だから今度こそ、ダリル先輩とフォルテ先輩たちとIS学園の先輩後輩として挑みたい。俺は今も、そう思っている。

 

 

 

 

「脱走を図ったら、罰として実写版デビ○マンも見せるぞ?」

「割と本気で拷問だー!?」

 

 そう、たとえどんな手段を取ることになっても、ね。


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