IS学園の中心で「ロマン」を叫んだ男   作:葉川柚介

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第43話「誕生日とクリスマスと忘年会」

「おっはよー」

 

 IS学園とは、篠ノ之束博士のIS発表と白騎士事件後のどさくさで設立されることになった、ISの公的教育機関。一応日本が運営資金を出しているが、立場上各国から中立という名の緩衝地帯で、多数のIS実機や専用機持ちの少女たちが在籍する華やかにして厳しい学園である。

 その中でもここは1年1組。世界で二人しか確認されていない男性IS操縦者二人ともに加え、なんやかんやあって今では1年生すべての専用機持ちが集結する魔窟。担任を務める千冬の厳しい指導とそれをご褒美と受け止める猛者たちと一夏を巡る少女たちの恋の鞘上げが火花を散らす、ある種の煉獄だ。

 

 いささか締まらないあいさつとともにそんな教室に入ってきたのは、中国の代表候補性にして一夏のセカンド幼馴染、鈴だった。

 当初は一夏と違い2組の所属だったため、クラスが統合された際はそれはもう喜んだものだが、今ではいい意味で1組での学園生活が日常となっている。だから今日も、月曜の憂鬱な朝を憂う少しけだるげな挨拶を教室に投げて足を踏み入れ。

 

「……ねえちょっと、なによそれ」

 

 教室の中の、正しくはすでに登校していたクラスメートの姿を目にとめて、声の纏う温度が一気に氷点下まで直滑降することとなった。

 

 

「おはよう、鈴。なにって……なんのこと?」

「どこかおかしなところ、ある?」

「……そう、みんな私の敵なのね」

 

 鈴は激怒した。

 必ずかの邪知暴虐のクラスメートを殴らねばならぬと決意した。

 鈴には理由がわからぬ。

 

 

 けれども鈴の目の前でおっぱいの上にスマホを乗せるがごとき邪悪に対しては、人一倍敏感であった。

 

 

「今すぐそこに乗ってるスマホをたたき割ってやろうかしら……!」

「ああ、なにを気にしてるのかと思ったら、これのこと?」

「そういえば鈴はやってないの? 今日は月曜日だから、たわわチャレンジの日じゃない」

「たわわチャレンジ、ね。これからその言葉を聞くたびに誰かの血を生贄に捧げることを誓ってやるわよ!?」

 

 不思議そうに首をかしげるクラスメートに湧く殺意。

 落ち着けクールになれと自分に言い聞かせなければ、鈴はこの場で破壊の化身となり果てていたかもしれない。青く貧乳なツインテールの破壊神よ、我に力を。

 

 IS学園に集う生徒たちは一人残らず国の威信を背負った、あるいはそれに匹敵する能力を有する才女たちである。その優秀さは肉体や精神のみならず容姿にも影響しているのか、誰もが負けず劣らず見目麗しい。

 当然鈴もその中の一人であり、母国に帰れば代表候補性の務めもあってモデル稼業に駆り出されることもよくあるほどの、異論の余地がない美少女である。

 

 が、鈴には胸がない。

 かわいらしく慎ましやかな胸のふくらみは清楚と未成熟な青い色気があるにはあるのだが、服の上からわかるような質量の暴力は、ない。

 結果として、いま鈴の目の前でおっぱいの上にスマホを乗せている少女たちにまごうことなき惨敗を喫しているのであったとさ。

 

「どうしたのだ、鈴?」

「朝から賑やかですわね。おはようございます、鈴さん」

「……おはよう、箒、セシリア。いますっごく振り向きたくないわ」

 

 加えて、さらにやってきた二人に至ってはクラスでもトップクラスの相手。振り向けば塩の柱になるのは紛れもなく鈴の方なわけで、既に塩になり始めたのか頬を伝う滴がしょっぱい。

 

「負けるな、鈴! 私がついている!」

「ラウラ……! そうよね、負けてられないわよね!」

 

 そんな悲しい味をどうにかする魔法の調味料とは、すなわち友情。

 駆けつけてくれたラウラと固く握手を交わし、なんかもう世界にたった二人だけになった最後の人類として強く生きることを誓い合う的な状況になっているのだが、彼女たちは極めて真剣だった。

 ひしと抱き合う絆は固い。

 

 ちなみに、たわわチャレンジに成功しているクラスメートたちが抱き合った場合、どんなに硬く抱擁しても二人の体の間にやわらか時空が発生することは避けられないのだが、鈴とラウラの場合そんなものはなかった。熱い友情のなせる業である。

 

「おはよう。お、また今日も面白いことが起きてる気配」

「一体、……何の騒ぎ?」

「簪! 待ってたわ、ようこそ1年1組へ!」

「今日もこのクラスはどったんばったん大騒ぎだぞ!」

 

 今はまだたった二人きりの仲間だが、しかし決してそれだけではないはずだ。理不尽と暴力(胸囲的な意味で)が支配するIS学園の支配に抗う同志は必ず他にもいる。

 例えばそう。日本の代表候補生、更識家の次女、マニュアル板野サーカスなどなどの異名を欲しいままにして、しかし一番通りがいいのは「真宏の彼女」。更識簪なども仲間となってくれるだろう候補の一人であり。

 

 

「このふざけたチャレンジとやらを私たちの……ちか、らで……?」

「あ……あ……?」

 

 きっと自分たちと同じく辛い思いをしているだろう。

 慰め、励まし、しかる後に怒りの炎を燃やしてIS学園壊すべしと誓いを立てよう。

 そう思っていたと、いうのに。

 

「? なあに?」

 

 こてん、と首をかしげる仕草もかわいらしく。

 

 つられて少しだけ傾いた上半身。

 それでも揺るがずおっぱい上に鎮座する、簪のスマホがそこにあった。

 

「そんな、そんなバカな……! 簪、あんたまでどうして……!」

「ああ、これ?」

 

 鈴が震える指を向ける先に何があるか気付いたのだろう。そっと胸元を抑えるようにたおやかな指をスマホに乗せて、簪は微笑んだ。

 少しだけ恥ずかしそうにはにかんで、ちらりと横目に見たのは常のごとく何を考えているのかわからない、というか常人ではトレースできない愉快型思考の真宏で。

 

 

 簪は、スタート地点では鈴やラウラに近かった少女は。

 トドメを、刺す。

 

 

「最近、大きくなったから」

「こっち見て言わないでくれるかな、簪」

 

 赤くなりながら、隣に立つ真宏の袖をつまんで応えてくれるに至り、鈴とラウラは人間が誰しもその身に秘めているはずで、しかしなぜか自分たちの身には一向に覚醒しない可能性という名の力に殴り飛ばされて。

 

 

◇◆◇

 

 

「ちくしょおおおおおおおおおおおおおおおおお!!! ……おぉお?」

「鈴、どうしたの鈴! めっちゃうなされてたよ!?」

 

 その日の鈴は、死ぬほど夢見が悪かったのでありましたとさ。

 

 

◇◆◇

 

 

「一夏、お前何やってんの? またいつもの風呂覗き?」

「しょっちゅうそんなことしてるみたいに言うなよ!?」

 

 ある日のこと。

 なぜか朝から鈴の機嫌が悪く、クラスメートがスマホを出すたびに射殺さんばかりの目つきで睨んだりする程度には平和だったその日の夜、事件は起きていたようだった。

 

 IS学園一年生寮、その中でも最も通行量が多いだろうメインストリート的な廊下の端に、一夏が座っていた。

 正座で。

 首から「私は女風呂をのぞきました」と書かれたプラカードを下げている。とりあえず「ゴチでした」と書き加えておいてやろう。

 

「おい馬鹿やめろ。真剣に俺の命が危ない」

「えー」

 

 極太マジックで目立つように書いてやろうとした手は一夏に掴まれ止められてしまった。まだ書いてないのに、君のように勘のいいガキは嫌いだよ。

 

「で、結局どうしたんだ。箒……はさっき部屋に来たから、今日はセシリア辺りを覗いたのか?」

「確かにセシリアが風呂入ってるところに飛び込んじゃったけど、覗いたんじゃないって言ってるだろ!? 不可抗力だ! ……というか、箒が真宏の部屋に? 珍しいな」

「ああ、さっき工具を借りに来た。なんでも、ワカちゃんからプラモを貰ったから組んでみることにしたらしい」

「ワカちゃんからってことは、強羅のプラモ化なんかもしてるって噂の……」

「その通り。蔵王重工と癒着してる、あの立川にあるメーカー製のヤツだ。上手く組めたら動き出すかもしれないらしいから至高のニッパーを貸しておいた。心が躍るな」

「……それ、本当にプラモデルなのか?」

 

 一夏は胡散臭そうな顔をしているが、まあ割とよくあることだから気にしちゃいけない。蔵王重工のそっち方面に関する技術は世界一ィィィイイイだから。そして例のメーカーもその技術についていく変態性癖の持ち主だから。

 

「それより一夏。そろそろ覚悟は決まったか?」

「覚悟?」

「いやだって、お前結果としてセシリアの裸を見たわけで、そのプラカードやら顔のひっかき傷から察するに制裁は受けたんだろうけど……いま話した通り箒はさっきまで俺の部屋にいた。……まだここに来てない。つまりその話をこれから知るんだろう?」

 

 俺が状況を整理してやると、一夏の顔がみるみる青くなる。

 

「そういえば、さっきから生徒が集まってきてるのはそのせいかな。ただならぬオーラが近づいてくる気配が……」

「お、おい真宏……頼む、箒を説得してくれ!」

 

 一夏、必死の懇願である。

 いつの間にか辺りを取り囲んでいる生徒たちの口から「ハラキリ」だの「セプク」だのという言葉が聞こえてきている事実が恐怖を煽っているのだろう。そりゃそうだ、俺だってそんな立場に置かれたら超怖いしな!

 

 

「それには及ばん、一夏」

「ヒィ!?」

 

 そしてフラグの回収は早い。

 さらりとポニーテールを揺らして人並みを割り、噂をすれば影とばかりに箒が現れる。一夏を一声でビビらせるほどの迫力を背負い、その手には日本刀……のごとくと評される至高のニッパーが!

 

「あ、俺が貸したヤツだ」

「うむ。いい切れ味で助かっている。……それはそれとして、一夏。話は聞かせてもらった。猫を追いかけるという口実でセシリアの入っている風呂に乱入したのだと」

 

 誤解だー、と叫ぶ一夏。が、首筋にひたりと押し当てられるニッパーの刃の冷たさに固まっている。

 ……あれ、プラモのランナー以外を切るのに使えるんだろうか。この場でその疑問を抱くのは俺だけらしい。箒の腕なら大丈夫だろうけど、そのニッパー薄刃だから気を付けてね。

 

「選べ一夏。この場で一晩中晒し者になってそのうち千冬さんに見つかるか、それとも……責任を取るか、だ」

「せ、責任……? 何だかわかんないけどそっちで頼む! だから千冬姉には……千冬姉にだけは言わないでくれ!」

 

 そして、この選択肢を出された時点で一夏の運命は決している。こんな状態で千冬さんに見つかったらどうなるか。俺と一夏は幼少のころからその辺身に染みている。

 

 

「よく言ったな、一夏。……では、セシリア」

「……はい。感謝いたしますわ、箒さん」

「へ? せ、セシリア?」

 

 なんと、箒がセシリアを呼んだ。てっきりいつも通りのお仕置きタイムかと思ったのに……これは一体!?

 

「そ、その……一夏さん!」

「はい!?」

「わたくし、あ、あのことは怒っていませんわ。ですが、もしよろしければ、その……わたくしと、ここに行ってくれませんか?」

 

 なん……だと……!?

 あの、一夏を巡る戦いに関しては血で血を洗うことがデフォなヒロインズの一人である箒が、セシリアにデートのお誘いをする権利を譲っただと!? なんだこれは、天変地異の前触れか!? さては束さんが化けた偽物だな!?

 

「何かとても失礼なことを考えているようだが……私とて人の子だ。誕生日が近いセシリアにチャンスを譲るくらいのことはする。それに、一夏に見苦しい姿は見せたくないからな」

 

 と思っていたら、そうでもなかったらしい。

 すごい……! 一夏と再会してそろそろ1年が見えてくるころになると、箒でも成長するんだ!

 そして、言われて思い出す。そういえばセシリアの誕生日ってもうすぐ、クリスマスイブだった。

 

「ほんとこの子らいつの間にか立派になって……! ついでにさっき、一夏の首筋にあてるのがニッパーじゃなくておっぱ……」

「……真宏?」

「……………………やあ簪、こんばんは。風呂上りで髪がしっとり濡れた姿も可愛いね」

「ありがとう。……うふふ」

 

 そして、俺だってギリギリで失言を思いとどまったりはします。後ろから可愛い可愛い彼女の声が聞こえてきたりすればね!

 

 

「えーと、横浜のテーマパーク……セシリアと、ここに行けばいいのか?」

「はい、もしよろしければ、ですけど……」

「行ってやれよ、一夏。セシリアの誕生日はクリスマスイブだ。めでたい日だけど、他と抱き合わせされやすい日なんだから今のうちに祝っておいてやらないと」

「ああっ! このまま一夏さんに断られてしまったら、その勢いでわたくしの誕生日とクリスマスパーティとIS学園の忘年会がひとまとめにされてしまいますのね!」

「ほら」

「ほらじゃねーよ真宏。あとセシリアも良く忘年会なんて日本語知ってるな」

 

 悲嘆にくれて崩れ落ちるセシリアと、ジト目で俺を見てくる一夏。何がおかしい。クリスマス近辺が誕生日だとこういうことになるって、日本のおまわりさんの中では有名な話のはず。

 

「まあ、断らないけどさ。その、今回のお詫びもかねてちゃんとエスコートするから、一緒に行こう」

「……はい!」

 

 その返事は、セシリアにとってどれほど望んだものだったのか。

 まさに花咲くような笑顔に、喜びのほどがうかがえた。

 

 

 

 

「ところで、箒たちは本当にこれまでみたいに邪魔しないのか?」

「無論だ。私たちとて成長しているからな。……まあそれとは別の話で、実は最近遊園地スタッフのアルバイトというものに興味があってな?」

「……搦め手覚えやがった」

「なに、以前セシリア自身が紅茶を飲みながら言っていたことだ。イギリス人は恋愛と戦争では手段を選ばない、と。ならばその言葉は宣戦布告と判断するまでだ」

「迎撃の用意ありだなオイ」

 

 そして、結局一波乱起きることは確実なようであった。

 

 

◇◆◇

 

 

「おー、やってるやってる。あのマスコットの中に入ってるのは箒たちだな」

「たぶん、さっき一夏たちのそばを通って行った清掃員はお姉ちゃんだと思う」

 

 一夏がセシリアとデートの約束をした、まさにその日。

 その辺の事情を知っていた俺と簪もとりあえずデートしようかという話になり、テーマパークへやってきていた。しかも、横浜の。

 他意はないよ。ちょっと蛾の怪獣が観覧車を武器にしてた映画を見た勢いで聖地巡礼したくなっただけだよ。

 だから、このテーマパークにデート中の一夏とセシリア、そしてその監視と邪魔をしている箒たちらしききぐるみマスコットやら清掃員さんが視界に入って来るのも偶然だよ。

 

「あ、セシリアがIS展開した」

「あれでよく周りから気付かれないよね……」

 

 自分たちを取り囲むきぐるみに業を煮やしたか、セシリアが素早くISを展開してその勢いで包囲を突破し、一夏をお姫様だっこして飛び去って行った。どうせパーク内の別の場所に行ったんだろうが、さすが代表候補生。ISの展開は慣れたものらしく、周囲の目が離れた一瞬の隙をついての出来事だった。

 ……あれ、絶対一夏をしばき倒すときにIS展開して身についた技だよな。

 

「さて、ひとしきりショーも楽しんだことだし、俺たちもアトラクションに乗ったりしようか」

「うん。私、あのパンジャンドラムみたいな形した空中ブランコがいい」

「どうしてこの遊園地、世界初の空母みたいな海賊船とか超巨大戦車みたいな外観のゲームコーナーがあるんだろうね?」

 

 ともあれ、せっかく簪と来た遊園地。楽しまなきゃ損というものだろう。

 

 

◇◆◇

 

 

「そして、特に意識してたわけでもないのに一夏たちとニアミスすらしなかった件について」

「ある意味すごいよね」

 

 この遊園地は横浜の中でも海に面したところにあるので、水辺であることを生かしたコースターやら屋内型のライド系アトラクションがいろいろある。せっかくだからと用意したフリーパスであれこれ楽しむとそれはもうあっという間に時間が過ぎていき、遊び倒した結果空は夕暮れ色に染まる時刻となっていた。

 ちなみにその間、一夏とセシリアは遠めにアトラクションを物色したり犬と触れ合えるドッグパークに入っていくのを遠目に見かけることはあったが、接触することはなかった。なんという運命力。いま、確実にセシリアに向かって風が吹いている。

 

 現在、一夏とセシリアは観覧車に搭乗中。

 これまでちょくちょく箒たちに絡まれていたので、ムードたっぷりなこの時間帯に二人きりになれるのはとてもいいことだろう。

 

「……セシリア、告白するかな?」

「するかもな。いろいろ千載一遇の好機だ。これを逃すようなら、スナイパーは名乗れないさ」

 

 夕焼け空に茜色の雲が泳ぐ。

 ゆっくりと回る観覧車には電飾が灯りはじめ、かつては世界一大きい時計だったその雄大さを存分に見せつけてくれている。

 あのゴンドラのどれかに一夏とセシリアが乗っていて、二人が再び地上に降り立つときにはその関係が一変しているかもしれない。どんな結末が待つにせよ、楽しみだ。

 

 そんな期待のドキドキを胸に、俺と簪は空を見上げる。

 この辺りは夜でも明るい。太陽が西に沈もうとする今くらいの時間では星の一つも見えないだろうが、人の叡智の光に包まれるというのも悪くはない。

 

 

――ほら。いまもまた、夜空に星のような光が一つ。

 

 

「……ん?」

「……真宏、危ない!!」

 

 違和感を覚えたのと、体感では同時。

 星とか夜景とかでは済まない網膜を焼かんばかりの破壊的な光、衝撃、轟音、体当たりするようにして俺を引きずり倒して庇ってくれる簪の体の柔らかさ。

 一度に起きたことが多すぎて何が何だかわからないけれど、それでも一つだけはっきりしていることがあると、俺には、この1年近くIS学園で生き延びてきた俺にはわかる。

 

「だああああ! また襲撃か!?」

「そうみたい! 攻撃の正体はわからないけど……遊園地に被害が出てる!」

「えぇい、堅気の皆さんに迷惑かけるとは不届きな!」

「真宏、ISを展開しよう。私が通報と救助をするから、真宏は一夏たちと合流して!」

「わかった!!」

 

 そう、これは襲撃だ。

 攻撃だけで下手人の姿は見えないが、この感じは間違いない。どっかの馬鹿が喧嘩売って来たこと、疑いの余地がない。

 

 

「真宏!? どうしてここに!」

『簪とデートだ。偶然だな』

「いえ、真宏さんはわたくしが一夏さんを誘った場にいらしたのでそのとき知っただけでは……まあかまいませんけど。それより、被害にあったみなさんを助けに行きませんと!」

 

 ISを展開すればそれはもう目立つ。観覧車から飛び出してきた一夏とセシリアとの合流も素早く状況を説明して、手分けして救助と避難誘導に乗り出す算段はすぐついた。

 が、もう一つ。

 

『そっちは頼めるか。俺は、ちょっと次を警戒しておく』

「次……? また、ここが狙われるのか!?」

『その可能性は高い。簪の分析によれば、あの攻撃ははるか上空から来たレーザーの狙撃らしい。ISのハイパーセンサーでもレーザーを撃った本体を捕捉できない距離からの超遠距離狙撃。続けて他の場所を狙うとは考えづらいし、なによりこの近くに観測役がいると見た方がいい。救助はもちろん、警戒役が必要だ』

 

 そう、これがいつもの襲撃だった場合、遊園地をレーザーで焼いて終わりなんてことはあり得ない。

 この後無人機が突っ込んでくるのかファントム・タスクが俺たちのISを狙ってくるのかはたまた特に理由のない破壊工作かは知らないが、確実に次の一手もあると見るべきだろう。これ以上の被害を出さないためにも、こんな日でもいろいろ便利な装備を積んである強羅は周辺警戒に注力した方がいい。

 

「……わかった。気を付けろよ」

『任せろ。もし次にレーザーが来ても相殺してやんよ』

「真宏さんお待ちを。その弓はなんですの」

『え、そりゃもちろん対エネルギー砲撃迎撃弓<流星一条(ステラ)>だけど。これなら空から降ってくるレーザーとかビームを地上からきれいに相殺できるぞ。下手すると死ぬけど。俺が』

「なんでそんな物騒なもの持ってるんだよ!?」

『へーきへーき、ガッツがあれば一回だけなら耐えられるから』

「無茶しすぎじゃありませんこと!?」

 

 

 結論から言って、その後レーザーのおかわりが来ることはなかった。なので、俺も警戒は続けつつ被災者の救助を手伝った。瓦礫をどけたり親とはぐれた子を慰めたりその子を抱えたまま空を飛んで親を探したり。

 見つけたときは親を求めて泣いていた子が、強羅の顔を見るなり驚きに固まり、その後すごく喜んでくれたのはせめてもの救いだった。

 結果的に、今回の一件は何者かがレーザーで遊園地を襲ったという、ただそれだけの事件ということになる。

 

 

 これから先の、悲しい再会を知らないほとんどの人にとっては、だが。

 

 

◇◆◇

 

 

 それは、後始末が大体終わったときのこと。

 一夏とセシリアが保護した子供を両親のもとへ送り届け、笑顔を取り戻した様子をほっと見守っていたその横から、声がかけられた。

 

「避難誘導は終わったようですね、お嬢様。お疲れ様です」

「……チェルシー? なぜチェルシーがここに!?」

『自力で脱出を!?』

「真宏さんは黙っていてください」

『ハイ』

 

 セシリアがネタを振るようなことを言うからつい乗ってしまい、叱られた。

 だがセシリア自身が言った通り、これは驚くべきことだった。

 

 現れたのはセシリアのメイドをしているチェルシー・ブランケットさん。セシリアの口ぶりからするに、日本にはいないはずの人。

 瀟洒なたたずまいにお辞儀の姿勢も美しく、まさしくメイドの鑑と言った様相で……ISを展開している俺たちに、気付かれることなく接近を果たしていた。

 

「本日はお迎えに上がりました。イギリスへお越しください」

「……どういう意味ですの? 帰国の予定はまだ先のハズですわ」

 

 表情は笑顔。しかし語り口はどこか無機質で、セシリアも警戒している様子が見て取れる。……状況からして、チェルシーさんの出現をセシリアに対するサプライズ、と思うのはいくらなんでも無理があるよなあ。

 

『メイドだからISに察知されないことも余裕、とか言われたら納得せざるを得ないけど』

「真宏の中のメイドの認識ってどうなってるんだ?」

 

 いやでも、チェルシーさんなら束さんがワールドパージパート2をしかけてきても、ハッキングで電脳空間に割り込みかけてこれそうだし?

 

 

「意味はお教えできません。ですが、これを見ればわかっていただけるかと。……変身」

「ISの展開!? ……というかなんでチェルシーまで変身とか言いますの!?」

 

 その疑問に対する答えはすぐに与えられた。

 チェルシーさんの体を包む、俺たちにとっては見慣れたIS展開時に発散される光の色と、その後に現れる見慣れないインフィニット・ストラトス。

 俺はすぐに強羅のデータベースを照合。完全一致するケースが存在しないため推測になるが、セシリアのブルー・ティアーズとの類似点、開発中ということで一部のみ公開されていたデータとの一致からイギリス製の第三世代機、ブルー・ティアーズ三号機「ダイヴ・トゥ・ブルー」の可能性が99%と出た。

 

「チェルシー……どういうことですの!?」

「その説明も含めて、イギリスで。それでは、お待ちしております」

「くっ、行かせるか!」

 

 戸惑うセシリアと、何をするかわからない中で周囲への被害だけは出さないよう身構える俺に先んじて退散の気配をにじませたチェルシーさんに突撃する一夏。

 一瞬でイグニッション・ブーストを発動させて距離を縮める様はまさしく縮地。仮にあの機体がブルー・ティアーズ、さらにはマドカが使っていたサイレント・ゼフィルスの後継機に当たるものだとしても、単純な速度で白式に敵うとは思えない。取った、と思えたその瞬間。

 

「……ふふふ」

\インビジボゥ!/

「な……すり抜けた!?」

『いや、インビジブルって不可視って意味だから言葉通りなら触れられなくなるわけじゃないんだけど』

「わたくしもちょっと頭痛いですわ……」

 

 ここ数時間で立て続けに事件が起きたんだから、セシリアの頭痛も無理ないよね。そういうことにしておこう。

 チェルシーさんを捕まえ損ねて盛大にすっ飛んで行った一夏が瓦礫に突っ込んで止まり、遠くで警察と消防と救急が押し寄せてくるサイレンの音が鳴り響き、ISの反応に気付いてやってきた簪と合流した俺たち。

 それでも状況はさっぱり理解できていない。

 

 だがしかし、ただ一つこれだけははっきりしている。

 

 次の舞台は、イギリスだ。


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