IS学園の中心で「ロマン」を叫んだ男   作:葉川柚介

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第44話「いざとなったら襲撃しよう」

「行くのか、セシリア」

「……はい。チェルシーのこと、攻撃のこと、ブルー・ティアーズ3号機のこと。わたくしは、それを知らなければなりません」

「そうか……。じゃあ、俺も一緒に行くよ」

「一夏さん!?」

「セシリア一人だけに全てを背負わせるなんてできない。力になりたいんだ」

「……ありがとう、ございます」

 

 そんな会話と、こらえきれない涙をこぼす少女と、それをぬぐう男がいて。

 

 

◇◆◇

 

 

「かーっ、プライベートジェットとはブルジョアねえ。さすが貴族」

「おぉ……シートが柔らかいな」

 

「……なんで、みなさんついて来てますの?」

「やはりイギリスね……。いつ出発する? わたしも同行するわ」

「凰鈴音! ……というわけだ」

「意味が分かりませんわ……!」

 

 一夏と二人、手に手を取ってのイギリス行きなんぞを許すはずもないヒロインズを筆頭とするIS学園専用機持ちといつもの引率として千冬さんに山田先生。

 

「いやー、人のおうちの自家用機に乗るのって久々ですねえ。普段は自分ちの輸送機使ってばかりですから! 人が乗る用の飛行機って快適ですねー」

 

 そしてワカちゃんが、オルコット家所有の自家用ジェットにて一路イギリスを目指していた。

 

 

 先日、俺たちが遊園地で出くわした攻撃は後の調査で衛星軌道上からのレーザー砲撃によるものであると判明した。

 そう、レーザー。イギリスの十八番。

 そして当然、あの場でISを展開したのは自身並びに専用機の防衛だから! 正当防衛だから! ということにして避難誘導とかしていた俺たちは聴取を受け、セシリアのところのメイドさんがブルー・ティアーズ3号機らしきISを有しているという情報も提供している。こういう時、下手に隠すと余計面倒なことになるんだわ。

 

 ……と、なると。

 この状況、端的に言って宣戦布告モノである。

 なにせ日本の国土に対して、イギリス発の可能性が限りなく高い攻撃を受けたわけであるのだからして、そりゃもう国際社会が荒れに荒れて、下手をすればISが世に出てから初めての公式な戦争が勃発しかねなかった。

 

 が、そこはそれ。

 三枚舌外交をお家芸とするイギリスと、戦争なんて外交手段を真面目に検討するだけでも時の政権にとって自殺となる日本。

 ましてISを導入した戦争の第一号なんてまっぴらごめんだしなにより国土が離れすぎている、という事情から両国の利害はがっちりと一致。

 

『これも全部ファントム・タスクってやつらの仕業なんだ』

『ファントム・タスクの仕業だ!』

『ファントム・タスク絶対に許さねえ!』

『さあ、ファントム・タスクの罪を数えろ!』

 

 という感じの声明が速やかに両国共同で発表され、この事件が例によってファントム・タスクによるものと早期に断定。日本とイギリス、そしてIS学園によって事件を解決することになり、俺たちはそのためにイギリスへと向かうことになったのだった。

 

「それはいいとして、なぜワカさんまで……」

「私ですか? ヒマだったんでお手伝いに来ました!」

「ワカさん、蔵王重工のISテストパイロットで責任者でしたわよね?」

 

 ちなみにワカちゃんはアドバイザー的な立ち位置としてしれっと潜り込んでました。いつものことながらこういうのが本当に得意な子だ。

 

「あと真宏くんが京都で壊された強羅の右腕を新しくしたので、それを届けに。真宏くん、新しい腕です!」

『オッケーワカちゃん! ロマン百倍、強羅マン!!』

「やめんか、バカ者」

「真宏がその腕つけるまでに使ってた予備の腕もヤバかったけど、機内で新しい腕を試そうとするんじゃないわよ!?」

「負けたらワンオフアビリティ奪われそうな小さいエネルギー弾出す武器腕とか、完全に趣味だったろ。そして今度のヤツにも絶対新機能ついてるだろ」

「もちろんです」

『お披露目の機会を楽しみに待っておいてくれ』

 

 そしてお土産もくれる、俺にとっては愛すべきちびっこだ。本当はワカちゃんの方が年上だけど。

 

「……はぁ、わかりました。みなさんのお力を借りられることは素直に嬉しいので、感謝いたしますわ」

「なあに、礼には及ばないよ。……ところでセシリア、今この飛行機はどのあたりを飛んでるんだ?」

「現在位置、ですか? 東ヨーロッパ、ちょうどロシア上空ですわね」

「ああ、道理で。おそロシア」

「ちょっと真宏くん何言って……え、この反応……ミサイル!?」

 

 なんてのんきな空の旅を最後まで続けられるわけがなく。

 各人のISが捕えたロックオン警報と、このジェット機に迫るミサイルの反応に全員揃って顔を青ざめた。

 

「会長! ロシアってばなに考えてるんですか!?」

「私に言わないで!? こっちだって聞いてないわよ!」

 

 こんな状況でも冴えわたる鈴のツッコミと、まさか国家代表が乗っているジェット機にミサイル叩き込まれるとは思っていなかっただろう刀奈さんの悲鳴が響く。うーん、控えめに言って阿鼻叫喚。

 

「神上! ISで扉を破れ! オルコットはパイロットの保護! 全員脱出するぞ!」

『はい!』

 

 そんな中でも冷静さを失わずに的確な指示を出せる千冬さんの頼もしいことったら。

 俺は昔からの習性で、千冬さんに命令されると考えるより早く言われた通りに体が動く。

 ワカちゃんから新しい腕を受け取った流れで展開したままだった強羅でジェット機の扉を殴り飛ばし、ついでに体当たりかまして周りの壁ごとぶち破って機外へ飛び出した。

 

「って、千冬姉はIS持ってない!? 待ってろ、今行く!」

「その必要はない。神上、邪魔するぞ」

『へ? って、わああ!? なんで背中に乗るんですか!?』

 

 俺に続いて続々とISを展開して空中に飛び出るIS学園の仲間たち。

 なんかもう信じられないくらいの専用機持ち密度なので当たり前のようにぞろぞろと飛び降りたが、セシリアに保護させたパイロットの人はいいとして千冬さんもISを所持してはいない。

 だから一夏が心配した声を出して飛んでいこうとしたというのに、なんで千冬さんてば俺の背中にすたっと着地するんですかね。

 

「お前の機体が一番安定しているからだ。織斑の白式では抱きかかえられるしかないからな」

『さようで。千冬さんの乗り物になれるなら光栄だからいいんですが。では改めて……風を掴め、千冬さん!』

「うるさい、黙って飛べ。あと乱気流に飛び込もうとするな」

 

 げし、と頭を蹴られてしまった。

 

「真宏くーん、ついでに私に白鐵貸してくれませんかー?」

『ワカちゃんはなんでIS展開しないで落ちていくの!?』

 

 一方、我らがワカちゃんはIS持ってるはずなのに当たり前のような顔して地面に向かって自由落下していった。

 眼下は一面黒い森が広がる針葉樹林。落ちたら即死確実だってのに、さすがベテランのIS操縦者だけあって高い所は慣れてるな!?

 

『行ってこい、白鐵!』

――キューキューキュー!?

「わーい! えへへ、一度こうやって白鐵に乗って飛んでみたかったんです」

「それだけの理由で1000m以上落ちるな」

 

 速度面では強羅本体と比べ物にならない白鐵が、慌ててワカちゃんを回収に向かってなんとか保護に成功。当のワカちゃんは最初からそうしたかったらしく、嬉しそうに白鐵の首にしがみついている。そういえばいつぞや白鐵に乗って飛びたいと言っていたし、夢がかなったんだろう、うん。そのために命かけるなんて、IS業界じゃよくあることだよね。

 

『……ところで、ミサイルは一体どこから? 後続が来るんだったら急いでこの空域を離脱しないと』

「それなら、ロシアの元国家代表からの攻撃だったらしい。楯無さんの知り合いみたいで、いま相手してるよ。俺たちは先に行けってさ」

『おお、ほんとだ。ドンパチやってる』

 

 そう言われて後方にセンサーを指向してみれば、確かにその辺の空域でぼんがぼんが爆発させてる刀奈さんと、刀奈さんのミステリアス・レイディに似た形状のISが戦っている。

 さすが、二人とも国家代表クラス。遠目に見てもレベルの高い戦いで見学するだけでも勉強になるだろうが、いまの俺は千冬さんを背中に乗せているのであまり長居はできないわけで。

 

「ぐずぐずしている暇はない。行け神上。お前たちもついてこい」

「はい!」

 

 イギリス到着前に、一名脱落。

 これがギャグのようなホントの話である。

 

 

◇◆◇

 

 

「――ああ、迎えは任せた。教官、シュヴァルツェ・ハーゼへの連絡を完了。ドイツの特殊空軍基地で我々の受け入れ態勢を取ります」

「ああ、ご苦労。あと教官と呼ぶな」

 

 その後。

 とりあえずロシアに捕捉されているとロクなことにならないと思い知った俺たちは、千冬さんの指示により低空を飛行。とりあえずISを持たない千冬さんとパイロットさんのためにも落ち着ける場所を探す……ことになったのだが、これがまた大変だった。

 

 なにせ俺たちはIS学園に在籍する専用機持ち御一行様。

 下手なところに降りると、その国の軍やらISやらに手厚い歓迎(比喩)を受けて、そのまま長々と引き留められることになりかねない。

 なのでとりあえず安全確保には細心の注意を払う意味もあって、ラウラが隊長を務めるドイツの特殊部隊、シュヴァルツェ・ハーゼに白羽の矢が立った。

 幸いドイツならせいぜい国を1つか2つ横切るだけで済む。この場にいるのは全員ISだから、ステルスモードにすればレーダーにも引っかかることなく国を横切るくらいちょろいもんだ。

 そうしてひとまず地面に降りて、そこで今後の方針を決定する。イギリス直行のはずが、どうしてこうなった!

 

 

『というわけでさっそくドイツの特殊空軍基地に到着したってあでででででで! 千冬さん、強羅で滑走路の上を滑らせないでください!』

「どうせ装甲には傷一つついていないだろうが」

 

 そして、道中ヒマなんで一夏と新ルールでのスピードデュエルをして、一夏が最近使ってるエースに翻弄されたりなどしつつドイツへ到着した。

 

『おい一夏ァ! なんでお前毎回初手でウィング出すんだ! デッキの中に20枚くらいそのカード入ってるんじゃないのか!?』

「知らん。そんなことは俺の管轄外だ」

 

 などという楽しい旅行でした。

 

 

「あの、隊長。あそこで織斑教官が乗って来たボードみたいになっているISはもしや……」

「ああ、神上真宏。世界で二人目の男性IS操縦者だ」

 

 そんな声が聞こえてくる中、強羅の展開を解除して起き上がる。

 ここまで下手な国の地面に足をつけるとそれだけでいちゃもんつけられる可能性があったのでノンストップだったから千冬さんやパイロットさんが疲れていないか少しだけ心配だったが、幸いそっちは問題ないようでよかったよかった。

 ケロッと立ち上がった俺を見るシュヴァルツェ・ハーゼの隊員の子たちの目が変なものを見るときのものになったような気がするけど、いつものことなので気にしない。

 

「……コホン。お待ちしておりました、隊長。受け入れ準備は整っていますので、みなさんもゆっくり疲れを癒してください。……アキヤマ、案内を頼む」

「了解であります! みなさまのお世話役をおおせつかりました、オッドボール三等軍曹と申します。よろしくお願いするであります!」

「いまアキヤマって呼ばれてましたよね?」

 

 ピシリと軍人らしい敬礼をラウラに見せた後、俺たちには一転して優しく微笑んで見せる、シュヴァルツェ・ハーゼ副隊長のクラリッサさん。ふわふわした髪質で、ドイツ人らしからぬ名前の隊員への引継ぎもスムーズ。まさにできる女という感じだ。

 ……が。

 

「……神上真宏くんと、更識簪さんですね。お噂はかねがね。お会いできて光栄です」

「こちらこそ。ラウラにアレな知識を植え付けている副隊長さんとして日本でも有名ですよ。かくいう俺もいろいろ教え込んでますけど」

「よろしく」

 

 スタンド使いが引かれあうように、オタクは互いの魂が共鳴するものだ。

 俺と簪とクラリッサさん。がっしと握手を交わし、仲間なのだと理解し合う。

 

「ところでクラリッサさん、これからの年末年始にかけて、ラウラにどんな知識を授けようと思ってます?」

「IS学園のある国、日本の年始には素晴らしい習慣があると聞きました。すなわち姫はじ」

「貴様ら、何を企んでいる」

 

 調子に乗り過ぎたときはどこからともなく千冬さんが止めに来てくれるしね!

 

 

◇◆◇

 

 

「状況を説明する」

 

 そんなこんなで当初の予定通り、一休みしたあとに黒ウサギ隊が駐留する基地の一室を借りて、現在の状況とこれからの行動についての説明がなされることとなった。

 

「まず、ロシアは例によってロシアなので放置する。楯無が取り残されているが、幸い国家代表として顔が効く。そのまま独自ルートでイギリスへ向かうので、これは放っておく」

 

 さすがはISを配備する特殊部隊が居座る基地だけあって、空中投影ディスプレイを標準装備。

 そこに映し出されたのはヨーロッパの地図で、ジェット機の撃墜地点あたりに刀奈さんの顔、世界中で放映された「ロシア代表痴話喧嘩!」のニュースの見出し、そして刀奈さんがどうにかしてイギリスへ行くだろうことを示す適当な矢印が伸びている。

 

「対して、我々は二手に分かれる。ドイツ経由の海路と、フランス経由の空路だ。……道中一筋縄でいかないということがよくわかったからな。全員まとめて足止めをくらって誰もイギリスへたどり着けないという事態を避けるため、それぞれに向かうこととする」

 

 さもありなん。

 確かにロシアではよくあることだったかもしれないし、なんか元国家代表さんの私情に基づく襲撃だったような気がしないでもないけど、IS操縦者が固まって国の間を移動するなんてサファリパークを生肉スーツ着て歩くようなものと身に染みた。千冬さんが警戒レベルを引き上げるのも当然だろう。

 

「ドイツルートは山田先生の引率でオルコット、凰、篠ノ之の三名。ついでにワカもこちらだ。フランスルートは私が率いる。織斑、ボーデヴィッヒ、デュノア、更識、神上。ついてこい」

「ちょっと人数偏ってません?」

「ドイツは比較的情勢が安定しているからな。フランスルートはデュノアに対してデュノア社から最新装備受領の指示が来ているためだ。……これからの事件対応に使えるかどうかは微妙だが、無視するわけにもいかん」

「デュ、デュノア社に……」

 

 ああなるほど、と千冬さんの説明に納得する俺たち。

 この采配、何かが起こったときにどうにかなるようにじゃなくて、確実に何かあるだろうフランスという厄ネタが来たからせめて最低限の人員だけでも先にイギリスへ向かわせるためだわ。

 

「大丈夫だ、シャル。俺たちがついてる」

「その通りだ。私も力になるぞ」

「一夏、ラウラ……」

 

 既にして青い顔をしているシャルロットと、それを慰める一夏とラウラ。うーん、なんて憂鬱な実家帰り。

 

 

「ところで、教官!」

「なんだクラリッサ」

「ドイツルートはそちらの山田先生が引率とのことですが、ドイツ国内の移動です。私も随伴した方がよろしいのでは」

「あ、あはは……」

 

 国内事情に精通した特殊部隊副隊長からのありがたい申し出……のフリをしているが、その目は山田先生に対する猜疑の色に染まっている。

 仕方ないね。山田先生は俺と一夏の入学試験の時に自滅した過去があるほんわか癒し系女教師だから。

 

「ふむ。そういえば、クラリッサの専用機もロールアウトしたのだったか」

「はっ、黒い枝(シュヴァルツェア・ツヴァイク)、いつでも実戦投入可能です」

「ちょうどいいな。ここから移動するための鉄路の確保にはまだ少し時間が掛かる。ドイツ特殊部隊の実力と、IS学園教師の実力を見せてもらうとしよう」

 

 そして、そういう疑問は実際にぶつかり合って解決するのが一番。

 千冬さんの鶴の一声で、ここに日独対戦が開催される運びとなるのだった。

 

 

 

 

「アレどこにしまいましたかね。えーとえーと……あったー!」

「……ワカ、念のために聞いておく。なにをしている」

「え? だって、ドイツルートを引率する真耶ちゃんと私の火力が気になるから模擬戦って話ですよね? なのでせっかくだから新しいパッケージを使おうかなって。見てください、我が社の新製品! ダイヤルを回す方向で2つのパッケージを使い分けることができるんです! 私は戦艦並みの火力をバンバンシミュレーションできる方しか使わないですけど」

「い、いいいいいえ! ワカさんの実力はよく存じていますので!」

「そうですよ! というかこんなところでワカさんが暴れたら基地が更地になっちゃいます!」

「ワカ、座って見ていろ」

「千冬さんのいじわる!」

 

 ちなみに、このようにして人知れずドイツ特殊空軍基地が崩壊の危機を免れていたのだが、それを知る者はあまりいない。

 

 

 

 

「うーむ、いい勝負だ」

「山田先生ももちろんだけど、クラリッサさんもすごいな。なんだあのうねうねしたワイヤー。すごい数だ」

 

 ドイツの特殊空軍基地に据えられた、IS用のアリーナ。競技用とはなんだったのかと言いたくなることこの上ないこの施設で、熟練の専用機どうしの試合が繰り広げられている。

 あわよくば三つ巴にしてくれようとたくらんでいたワカちゃんは千冬さんの監視の目に晒されていじけているが、試合の方は白熱している。

 

「それにしても、山田先生の専用機。お楽しみはこれからだ(ショウ・マスト・ゴー・オン)って名前だったとは」

「なんだかよくわからないけど、今度デュエルを挑みたくなって来る名前だな。サイファーデッキが疼く……!」

 

 ラファールベースのカスタム機だけあって、専用装備であるワイヤー操作の盾の外にもいろいろと汎用性の高い武器をしこたま積んでいるようで、マシンガンにチェーンソー的なブレードなどなど、的確に切り替えて戦闘を構築している。

 

「クラリッサさんのほうはシュヴァルツェア・レーゲンのAIC特化タイプってところか。20基のワイヤーブレードと、ブレード部分に出力先を限定したAICで対象物の内側に変な方向の慣性を発生させて自壊させてるみたいだな」

「俺はどっちとも戦いたくないぞ……」

 

 俺と一夏の二人で感想を言いあいながら見ている試合はどんどこ白熱していく。

 片や豊富な武装を駆使する山田先生と、同時に20基全てのワイヤーブレードを扱って見せるクラリッサさん。双方ともに自身の機体特性を十全に引き出した戦いで、なるほどベテランとはかくあるものかと思い知らされる。

 

「……ところで一夏。さっきから山田先生がちょくちょく使ってる、シールドにくくりつけたガトリングでの射撃。あれって白式でもできそうな気がしないか?」

「ああ。雪片以外の武装は詰めないけど、もし装備出来たら結構行けそうな気がするんだよな、なぜか。3つくらいまでならなんとかなりそうだ」

「お前たち、少しは緊張感を持て」

 

 千冬さんからの指導的ゲンコツが入るくらいに盛り上がった装備談義もほどほどに。

 山田先生とクラリッサさんの試合は結局お互いのISに結構な損傷与えて引き分けに終わりましたとさ。

 

 

◇◆◇

 

 

「それでは一夏さん、ごきげんよう。またイギリスでお会いしましょう」

「ああ、気をつけてな」

 

 その後。

 山田先生のISが結構なダメージを負ったため、リーダーは山田先生のままいざというときの戦力をワカちゃんとして、ドイツ海路組と俺たちは別々の列車に乗って進むこととなった。

 

「ワカ、言うまでもないと思うが無駄なグレネードは極力控えろ。いいな?」

「任せてください千冬さん! つまり、必要な分のグレネードはためらうなってことですね!」

「……頼んだぞ、山田先生」

「織斑先生!? 今『こりゃダメだ』と悟って私に丸投げしませんでしたか!?」

 

 とまあこんな感じなので、セシリア達は安全無事にイギリスまでたどり着けるだろう。

 暴れたくてうずうずしてるワカちゃんに喧嘩売るなんて、俺がファントム・タスクの幹部だったら絶対にしないし。

 

 

 

 

「……」

「シャル、大丈夫か?」

 

 そんな楽しい門出の先の、ヨーロッパ鉄道旅。線路沿いの景色からしてすでに日本とは雰囲気が違って大層楽しいのだが、祖国に向かっているというのに憂鬱そうな顔の少女が一人。言うまでもなく、シャルロットだ。

 

 IS学園にいると忘れがちだが、シャルロットの立場は特に祖国においてこそ微妙だ。

 当初は三人目の男性IS操縦者と発表されておきながら、その実は男装。しかもめちゃくちゃ似合ってた。

 そのせいもあってか、ひところ調べた世論によると「これはこれで美味しい」的な実によくわかっている意見もあったものの、当然のごとく批判も多数あったわけで、シャルロットにとっては極めて複雑だろう。

 まして、今回はその騒動の元凶ともいうべき父親の会社であるデュノア社への訪問が目的の一つ。何事もなく装備を受け取って終わり、という考えは楽観が過ぎるだろう。

 

「心配するな、とは言えない。でもずっと俺がついてる。それだけは、約束する」

「一夏……ありがとう」

 

 しかしそんなときこそ光る一夏のイケメン力。

 物憂げな顔で車窓を眺める少女の手を取ってまっすぐ瞳を射抜く眼差しでこのセリフ。俺が女の子だったら惚れてたね。

 

「私もついているぞ、シャルロット。何も恐れることはない」

「ついでに俺らもいるぞー。なあに大丈夫だって。デュノア社はシャルロットの実家みたいなものとはいっても企業だから。いざとなったら襲撃しよう。一口乗るぜ」

「真宏はゲームと現実の区別をつけようね?」

「ワカちゃんに頼んだら、ライバル企業の排除依頼出してくれるかな?」

「簪さんも乗っかるのやめようよ!」

 

 などと、いつものノリで話しているうちにシャルロットも笑いをこらえられなくなって来る。このくらいが俺たちにはちょうどいいってものさ。

 

 

 ちなみに余談であるが、以前ワカちゃんに聞いてみたことがある。

 IS関連のあれこれも扱っているからには、蔵王重工も産業スパイ的なものには悩まされているのではないか、と。

 なにせ世の中には開発中の専用機すら強奪するファントム・タスクみたいな組織もいることだし。

 

「ええ、大変でしたね。でも安心してください。今はもう、蔵王重工の製品と技術と情報を狙う人たちは『いなくなった』ので」

 

 そんな不安は、ワカちゃんがこう言ってくれたことでかき消えた。

 ……逆に別の不安も湧いてきたけどね!

 かつて確かに存在したという蔵王を狙う人たちは、撃退され過ぎて諦めたのかそれとも「いなくなった」のか。想像するのはやめておいた方が賢明だよ!

 

 

 

 

「ボンボンボンジュール。サンドイッチはいかがですか?」

「へえ、バゲットサンドみたいな感じかな。美味そうだ……」

 

 務めて普通の旅行のように会話を弾ませていると、車内販売のお兄さんがやって来た。

 なぜか、電子回路みたいな模様が書かれたサングラスをかけている怪しい人だ。

 フランスの鉄道でも、車両によってはこういうこと車内販売があるらしい。このときのメニューはフランスパンで作ったサンドイッチ。本場の味、是非知りたいね。

 

「……失礼、もしやあなたは日本の織斑一夏さんでは?」

「えっ。そ、そうですけど……どうして俺の名前を?」

「もちろん知っていますよ。世界にたった二人しかいない男性IS操縦者として有名ですから。かくいう私もあなたのファンでして。よろしければサインをいただけないでしょうか。同僚に自慢できます」

 

 ちなみに、俺も一夏も気になったそのサンドイッチはお兄さんのおごりになりました。いやあ、一夏みたいな有名人がいるとこういうとき便利だよね!

 

「そして、母国の人に代表候補生だと全く気付かれなくて良かったような複雑なような気分になるシャルロットなのであった」

「そうだけどさ!? そうだけどそれ別に言わなくていいんじゃないかな!? というかむしろなんで真宏までスルーされてるの!? 二人目の男性IS操縦者なのに!」

「甘いな。俺はこれまで強羅を着込んでいないときに正体がバレたことはない。ネットでは『強羅に中の人などいない!』ともっぱらの評判だぞ」

「スーツアクター的な真宏も……素敵」

「目を覚ませ簪」

 

 半泣きのシャルロットと、冷静なツッコミの冴えるラウラ。

 旅はやっぱりいいもんだよね!

 

 

◇◆◇

 

 

「そしてパリに着いた……と思ったらさっそくデュノア社行きか」

「観光に来たわけではないことを忘れるなよ神上」

「なに言ってるんですか千冬さん! IS関連企業からのお呼ばれなんて最高の観光じゃないですか! しかもなぜかISにとっつき乗せるような企業ですよ!? 蔵王重工の見学並みにワクワクしますよ! なあ簪」

「うん!」

「……逆効果だったか」

 

 車内での一泊を挟み、ドイツから到着したのはフランスの首都、パリ。有名な観光地を巡っているような余裕はないが、ドイツに続く異国の空気。これまた新鮮なものだ。

 パリの駅に着くなりデュノア社からのお迎えが着て本社まで連れてこられたわけなのだが。

 

「デュノア社の本社は割と普通だな」

「うん。戦艦でもないし、空を飛びそうでもないし、ワイヤーを切るだけで崩壊しそうな形でもないね」

「そこの二人。襲撃することを前提に会社を見るんじゃない」

 

 車から降りて、早速目に入るデュノア社の本社施設を眺めながらの世間話に千冬さんからのツッコミが突き刺さる。いいじゃないですかー。シャルロットのこともあって、デュノア社はそのうち襲撃するかもしれない企業筆頭候補なんですし。

 

 

「遅いぞ」

「……申し訳ありません。道が混んでいたもので」

「理由は聞いていない」

「…………はい」

 

 ……あっちでなんかものすごい闇と重力を発生させながらぎこちない会話をしているシャルロットと、その父親にしてデュノア社社長、スーツにあご髭がびしっと決まったアルベール・デュノアさんの姿を見れば、そんな選択肢を取り下げるのは時期尚早と思えてしかたない。

 一夏なんて露骨に目を吊り上げて何か言いたげにしては千冬さんに止められてるし。わかっちゃいたけど一悶着あるなこりゃ。

 

「それはそれとして、あの社長さんのこと、真宏は怒ってないの? 一夏みたいになるかと思ってたけど」

「最初にシャルロットの境遇を聞いたときは思うところがあったけど、家庭の事情はそれぞれだからな。様子を見てから判断しても遅くない。……それに、ね」

 

 そんな事情も踏まえて、とりあえず俺も挨拶をしておくことにしよう。

 

 色々、お世話になっているわけでもあるし。

 

「はじめまして、デュノア社長。日本のIS操縦者でシャルロットさんのクラスメート、神上真宏です。よろしく」

「……うむ。蔵王の機体を使っているという神上くんか。噂はかねがね聞いている」

 

 差し出した手を迷わず取るのは社長業の賜物か、力強く温かい握手だった。

 この辺の気遣いとかをもう少しシャルロットに向けてやったら少しは違うと思うんだけど、立場や性格、そして「こう振る舞うべきだ」と事前に固めたキャラ的に無理があるんだろう。

 ……なら、少し揺さぶってあげるとしよう。

 顔を少し近づけて、アルベール社長にしか聞こえないように、ぼそっと。

 

「お会いできて光栄です。――あしながお父さん」

「!?」

 

 お、すごい。表情を変えなかった。

 だが今の俺はがっちり握手をしているので、その手に伝わる震えまで抑えることはできなかったらしい。ビクリと震えたのははっきりとわかる。お返事、確かにいただきました。

 

「シャルロットがよく言ってます。あんな風にとっつきを使えるようになりたい。もし出来るならあしながお父さんと会って話がしてみたい、って。その夢がかなうといいですね?」

「……さあ、本題に入らせてもらおう!」

 

 振り払っているようには見えない程度に、しかし強引に手を放したアルベール社長は、千冬さんたちに向き直る。別に、そこまで意地張らなくていいと思うんだけどなあ。

 

「真宏、いま言ってたこと……」

「……知らない方がいい」

「いや、聞こえてたから。そう言いたくなる気持ちはわかるけど」

「バレたか」

 

 近くにいたせいか、アルベール社長との会話が聞こえていた簪が驚いた顔で聞いてくる。まあ、色々難儀な事情があるだろうさね。俺たちはシャルロットの友達として、いままでの冷血親父ムーブを続けられないように崖っぷちへ追い込んだうえでそっと見守ることにしよう。

 

「それ、見守るって言わない」

「知ってた」

 

 

◇◆◇

 

 

「シャルロット・デュノアには我が社が開発した第三世代機への乗り換えを行ってもらう。準備は済んでいる。こちらだ」

「……え? ちょ、ちょっと待ってください! じゃあ、リヴァイヴは!?」

「当然、こちらで回収する。以後第三世代機のデータ収集をしてもらうことになるからな」

 

 とか思っていたら、なんか大変なことになってきた。

 

「そんな……! イヤです! 僕はリヴァイヴを降りる気はありません!」

「これは我が社の方針だ。そしてお前の存在も、リヴァイヴも、デュノア社の商品の一部に過ぎない」

「アルベール社長、シャルロットの一件で服役してたことあったっけ?」

「あるわけなかろうが」

 

 なんなんだろう、アルベール社長の中にある悪い社長のイメージってこんななのだろうか。経営者に徹しているように見えて、なんかこう変な影響受けてません?

 

「シャルロットは嫌がっています! それなのに押し付けるのが父親のやることですか」

「我々はこのあとイギリスで作戦を控えている。新型機と言えど、コアが持つデータを初期化された機体ではシャルロットの能力を生かすこともできない。同じ作戦に従事する者としても反対意見を述べさせていただこう」

 

 そして、そんな悪役オーラに友達がさらされれば黙っていられないのが一夏とラウラ。ずずいとシャルロットの前で盾になり、真っ向から反対している。

 よし、ここは俺たちも行こうか簪。

 

「たとえ新型のリファレンスモデルでも、ぶっつけ本番で使わされるくらいなら乗り慣れた旧型の方がいいって、日本の婦警さんも言ってます……!」

「そうですよ! 乗り換えなんて美味しいイベント、こんなお使いみたいな流れで済ませちゃもったいないです!」

「更識、お前もか。神上はいい加減ちょっと黙れ」

「うぎゃああああああああ!? なんで俺だけアイアンクローなんですか千冬さんんんんん!?」

 

 ここは美しい友情ってことで見逃してくださいよ千冬さん!

 なんか頭蓋骨がたわんでるような身の毛もよだつ感触と激痛に悲鳴を上げる俺。ほらほら、アルベール社長もドン引きしてますよ!?

 

「……では、模擬戦と行こう。こちらが用意するのは新型の第三世代機とテストパイロット。当然、コアに蓄積されたデータ量は実戦を経験したリヴァイヴほどではない。これに勝てるようであればリヴァイヴを使い続けることを許そう」

「わかりました。……必ず、勝ちます」

 

 千冬さんの手が離れてずしゃりと崩れ落ちている間に、そんな感じで話がまとまっていた。

 突然の強要の割りには妥当なところだろう。

 リヴァイヴの強みは機体性能も当然ながらこれまでシャルロットが蓄積してきた経験による部分も大きい。それを捨てろというからには、実戦を経験していないだろうテストパイロットの扱うその機体ですらシャルロットを上回るほどの性能差くらい見せてくれなければ、たとえシャルロットが許したとしても千冬さんが許してくれまい。

 

 そのまま、アルベール社長の先導でアリーナの中へと進む俺たち。

 待ち構えていたのは、まだ誰も乗っていないデュノア社最新鋭機。咲き誇る花のごとく可憐にして凄烈。

 

「勝って見せてもらおうか。この機体、<コスモス>にな」

「コスモス……だって?」

 

 綺麗な機体ではあるけれど、シャルロットはその名を聞いて見とれるどころか目付きも鋭く睨みつけた。

 ただし機体ではなく、アルベール社長を。

 ……ふむ。なんか因縁があるのかね。

 

 

 日本で衛星からのレーザー狙撃を受け、ジェット機で通りかかったロシアでは撃墜され、その後たどり着いたドイツでは山田先生とクラリッサさんの模擬戦が繰り広げられ、フランスではまたしても乗り換え騒動が起きる始末。

 イギリスにたどり着くまで、どんだけかかることやら。

 とはいえ、あんな顔してるシャルロットが心配だな。気負いすぎてることが傍目にもわかる。

 

「そう意気込むなシャルロット。もっと飄々としてないと実力だって出し切れない。とりあえず、お守りやるよ」

「ありがとう、真宏……って、何このカード。<超融合>?」

「がんばれよ」

「ちょっと、説明なしに渡さないでよ! フラグ!? なにかのフラグなの!?」

 

 がんばれシャルロット。応援してるぜ!


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