シャルロットの将来を決めるに等しい、ラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡとデュノア社の新鋭機、コスモスとの戦い。
「やべえ。これシャルロットがめっちゃ不利だわ」
「シャルー! がんばれー!!」
それがどのくらいヤバいかってーと、一夏がそれはもう必死にシャルロットを応援するくらい。
シャルロットを苦戦させているコスモスの強みは、一言で現すならば「単純な性能の高さ」だ。
元々ラファールをはじめとして堅実な機体や製品で知られたデュノア社。新型も当然のように高い安定性と拡張性の高さがうかがえる代物だった。
見た目こそ名前通りに花のようで派手だが、おそらく中身の方はシャルロットがこれまで蓄積したラファールのデータをもとに更なる発展を遂げているのだろう。
実弾兵器が直撃してもどういう仕組みでか受け流している装甲に、実弾とエネルギー弾双方を使用可能らしいライフル。
そして第三世代らしい高い基礎性能。第二世代機に実弾兵器を多く詰め込んだシャルロットのラファールでは、単純なスペック差に加えて装備の相性が悪すぎる。
「第二世代以前の機体に対しては基本装備の時点で優位に立って、第三世代対策は新開発のライフルとショットガン。地に足の着いた設計思想だ」
「ラファールであの防御を貫けるとしたら……やっぱり、とっつき?」
「だろうな。もっとも、相手のテストパイロットの腕もそれなりだ。あの性能差でシャルロットの接近をやすやすと許しはしないだろう。……くっ、自分でも使っている第三世代機の強みをこういう形で思い知ることになるとはな」
2機ともに設計段階から機動力を重視されている。
必然的に戦いの過程は超高速で、慣性に捕らわれないISの機動はアリーナ内を三次元的に目いっぱい使って動き回るから目で追うことすら難しいが、ISのハイパーセンサーも駆使して何とか把握する。
得意のサークルロンドに持ち込もうとするシャルロットに対して、コスモスの側はそれに乗る様に見せかけていっきに速度を上げて引き離し、シャルロットが近づけば逆に接近してすれ違いざまに背部を撃つ。
シャルロットが振り返ったときにはすでにそこにコスモスの姿はなく、地面スレスレで起動したイグニッション・ブーストによる土煙だけがたなびいて、再び側面からショットガンの連射が実体シールドをビリビリと震わせる。
ここまでの決して長くはない戦いでシャルロットも痛感したのだろう。このまま続けていても、どうあがいたところで勝ちの目はないと。
「……はああああ!」
「突撃!? それしかないけど、無茶だ!」
そんな状況を打開するためにシャルロットは覚悟を決めたのだろう。分の悪い賭けは嫌いじゃない子だからね。
制圧力が高い代わりに火力は通常兵装相応のショットガンの射撃時を狙い、真っすぐ相手に向かってイグニッション・ブースト。当然ショットガンの火力増し増しで被弾するが、そこは左手の実体盾でカバー。当然盾はズタズタになって離脱するが、シャルロットはその盾の下にこそ奥の手を隠し持っている。
「パイルバンカー……! 頼む、当たってくれ!」
「……いや、無理だ」
被弾を覚悟の突撃でひるませ、とっつきに意識を向けたうえでダブル・イグニッション。更なる加速が相手の虚を突き必殺の間合い。
……が、外れる。
いかに虚を突いても、ラファールの装備は全てデュノア社が把握している。シャルロットがとっつきらーであることも当然知っていたのだろう。かなりビビってはいるようだったが、コスモスのパイロットは大きくのけぞってとっつきを辛うじてかわしてしまった。
そう、かわして「しまった」。
「はあああああああ!!」
「!?」
被弾のダメージ、ダブルイグニッション、そして奥の手さえも囮にした三重の罠。その果てに隠れていたのは純粋な体術。空振りの勢いさえ利用した回し蹴りがコスモスを直撃。
それでさえ飽き足らず、いつの間に展開したのか両手に構えたショットガンが密着するような距離でコスモスに炸裂する。
シャルロットの強みは装備を使いこなす戦術の妙にこそあると、まさに見せつけるようなコンビネーションだ。
完全に体勢を崩されてのゼロ距離射撃は第三世代機でさえ防御しきれるものではなく、コスモスのテストパイロットを務めるショコラデ・ショコラーダさんの顔を覆い隠していたバイザーを割った。
……のだが。
「ちぃっ! せっかく顔隠してたのに台無しじゃねえか!」
「あなたは……ファントム・タスクのオータム!?」
まさかその下に、割と見慣れた悪の秘密結社の構成員、アラクネ使いのオータムの顔があるというのは予想外もいいところだった。
「何度も出てきて恥ずかしくないんですか?」
「客席でうるせぇよ!? これが仕事なんだから仕方ねぇだろ!」
さすがISのハイパーセンサーってば地獄耳。ぼそっと呟いた俺の言葉にも的確にツッコミを入れてくる。
が、そんな風に遊んでいる場合ではない。割と見慣れた顔だったので俺たちは平然としてるが、状況は最悪もいいところ。デュノア社の最新鋭機が悪の秘密結社に使われているなんて、冗談ではない。
「社長! 更衣室でショコラータが簀巻きにされてるのを発見しました!」
「わかった。そちらは社員ともども退避。安全を最優先にしろ」
「イギリスに加えて今度はフランスか……。ひょっとして、欧州って裏でファントム・タスクとずぶずぶだったりします?」
「今はそんなことを考えている場合ではない! デュノア社長、アリーナのシールドのロック、あるいはコスモスの強制停止を!」
「やっている! ……が、無理だ。これは、ハッキング!? システムをこちらから操作できない!」
「くっ……! 更識、ISの展開を許可する。デュノア社のシステムを取り戻せ!」
「わかりました。頑張ろう、打鉄。……デュノア社のデータベースにこっそり不明なユニットの設計図を置いていってもいいよね」
「うん、やめておこうね簪。そういうの蔵王以外には荷が重いから」
状況は目まぐるしく動いている。
アリーナはシールドこそ健在でオータムに逃げられる心配も今のところないが、それもいつまで続くか。それに、この状況は逆にアリーナ内のシャルロットを助けに行けないこと意味している。一夏の零落白夜でシールドを叩き斬るという手もあるが、その場合一歩間違えただけで逃げられる。
つまり、シャルロットが自力でオータムを制圧するか、簪がデュノア社のシステムを取り戻してくれることを期待するしかない。
「また……また、私は娘を危険な目に……!」
「……おい、どういうことだ」
そんな無力感に誰より苛まれているのが、他でもないデュノア社長だった。
握り締めた拳は震え、操作を受け付けないコンソールを叩く。その顔に浮かぶ表情は、絶望にすら届く悔恨。
「……シャルロットの存在を、極めて大きなリスクと見る一派がデュノアグループ内にあった。それこそ、排除のためには多少の非合法手段も辞さないほどに」
「排除、って……おい、まさか!」
「……暗殺だ」
一夏にもラウラにも、そして俺にも少なからぬ衝撃が走る。
思い浮かぶのはシャルロットの明るい笑顔。それを血に染めようという計画が、企業の利益のために理詰めで進められていたというのは、何ともゾッとしない話だ。
「なんで……なんでそんなことを!」
「血統の乱れ。今の時代にそんなことを気にする輩がいるのだ! だから、私はシャルロットをテストパイロットにした! そしてあの子はフランスの代表候補生にまでなってくれた! そのうえでIS学園に送り込めば、もはや外部の手は及ばない。IS操縦者は保護されているッッッ!!」
「で、あんなふうに娘を疎んじているムーブですか。直接会いに来ることも連絡を取ることもなく、たまに一緒にゲームしてあげる程度、と」
「ゲーム? ……いやそれはいい。あんたたちのそんな都合のせいで、シャルがどれだけ辛い目にあったと思ってる!」
そして、ここまで聞かされては黙っていられないのが一夏という男。怒りの鉄拳がデュノア社長の顔面に突き刺さる。
「貴様……! ガキに何がわかる! あとシャルってなんだシャルって! そ、そんな呼び方してるのかお前は!」
「シャルロットが生まれを話してくれたときの顔! 正体を明かしたらフランスに強制送還されるかもって諦めたみたいな、泣きそうな声! 俺はそれを知ってる! あとシャルはあだ名だ!」
「そういうことを聞いてるわけじゃないということくらいわかれこの鈍感男がああああ!!」
そして始まる殴り合い。なんか方向性がズレつつあるような気もするけど、もうなんでもいいから思う存分やってなさい。
「……少し、意外だったな。お前も怒るかと思っていたが」
「シャルロットの親父さん一族に、ですか? 安心してください。何もしませんよ。……俺は。ワカちゃんには包み隠さず報告しますけど」
「…………デュノア社にはこれからもデュノアの支援をしてもらう。せめて物理はやめるよう、ワカに言っておけ」
「仰せのままに」
そういうのは任せるよ、一夏。
俺は頼れる支援企業に任せて、元凶の方をどうにかしてみるからさ。
……シャルロットが女の子であると打ち明けてくれたあの夜に、覚悟を決めたのが一夏だけだとは思わないことだ、デュノアグループ。
「織斑先生! システムの奪還はまだ時間が掛かりますが、ハッキング元は特定できました。……この場の上空、1000メートルです!」
「空、だと……!?」
そんな風にデュノア社の命運を考えている間に、簪の側に進展があった。さすが。
仮にもIS関連企業であるデュノア社だけにセキュリティもそれなり以上だっただろうから、そこに介入するとなればISの一つも使っていておかしくない。簪が特定した居場所はその予想を裏付けるものだった。
「千冬姉! シャルロットが……!」
しかし地上も大変だ。
コスモスのバイザーこそ割ったものの、それで仕切りなおされてしまった結果シャルロットは再びのピンチに陥っている。
基本性能の高さに加え、オータムの戦い方はさっきまでテストパイロットらしい教科書通りの動きをしていた演技をかなぐり捨てた荒々しいものに変化した。普段のシャルロットならその程度の切り替えは即座に追随できるだろうが、まさかのデュノア社最新鋭機の乗っ取りによる動揺は激しいようで、精彩を欠いている。
「オラオラオラ! とっととくたばれ小娘!」
「教官、アリーナの天井が開き始めました! このままでは……!」
簪が必死に食い止めてくれているが、完全に制御を奪われてからの対応となったため後手に回った分はいかんともしがたい。シャルロットが倒され、シールドが解除されればあとは逃げるのみ。貴重にして強力な第三世代機がまんまとファントム・タスクの手に落ちかねない。
「……もう見てられない! 俺は行くよ、千冬姉!」
デュノア社長とは存分に殴り合ったのだろう。顔を腫らした一夏が既に白式を展開している。零落白夜も発動して、あとは雪片を振り下ろすだけでシールドは切り裂かれるだろう。確かに、ここまで来たらとにかく俺たち総出でコスモスを取り押さえた方が……。
「来ないで、一夏!」
なんてのは、無粋だったかね?
振り上げられた一夏の手を止めたのは、シャルロットの叫びだった。
「デュノアのいう通りだ。織斑、ボーデヴィッヒ、神上。お前たちは上空のハッキング元へ向かい、そこにいる者を排除してこい」
「でも、千冬姉!」
「このままお前たちがここにいても状況は変わらん! 向こうはデュノアに任せろ。……それしか、ない」
「……行くぞ、一夏」
千冬さんの指示にも苦渋がにじむ。ラファール・リヴァイヴは満身創痍。装甲はあちこち抉られ、ついにはコアまで露出している。しかも、コアを狙い澄ましたライフルの一撃は致命的で、亀裂まで入っている。このままではこの戦いの趨勢以前に、ラファールのコアもシャルロットの命も危ない。
それでも、とシャルロットは意地を通す。
だから俺たちはそれを信じて、ISを展開。地上を離れて上空にいるだろうハッキングの元凶へと向かう。
「絶対に負けない……! みんなが見てる前で、<コスモス>に負けたくない。その名前は、誰かの光になるものだから! ……そうだよね、お母さん。そうですよね――あしながお父さん!」
ハイパーセンサーがあるからわかる、ビクリと震えるデュノア社長。
一夏に負けず劣らず顔を腫らしてうずくまっていたが、なんだ聞こえてるんじゃないですか。
「気合だけで勝てるほど、私は甘くないぜ!」
「うるさい、黙ってろ! 力を貸して……僕のIS!」
不滅の闘志が力に変わる。
それは、俺も一夏も知っていること。砕けかけたコアが放つ光はどこまでもまばゆく、振り絞ったエネルギーの強さを誰にも分らせる。
――セカンド・シフト。
人の想いと絆が重なって、ISはより強く進化する。
『強制的に成長するんだ……! オータムを倒せる強さまで!』
「言っている場合か神上! 無茶だデュノア、そのISの状態では!」
セカンド・シフトはIS自身に劇的な変化を促す現象。当然、負担も大きい。コアにまで損傷が入った状態で、ラファールが耐えられるかどうか。それはおそらくシャルロット自身にとっても賭けだろう。
「そして――コスモス!」
「なに!?」
ただし、それだけでは終わらせないのがシャルロット。
迫るオータムに、いやコスモスに向けて手を伸ばし、2機が最接近したそのとき、さらなる光が炸裂した。
「これは……
どうやら、千冬さんはその意味を知っていたらしい。
初めて聞くその現象はしかし、シャルロットへの祝福のはずだ。
パイロットを放り出してIS2機分のエネルギーが混じり合うその光に、シャルロットは手を伸ばす。
「おいで、ラファール、コスモス。君たちの、新しい名は――<
主は初めから知っていた。
そう告げるかのように、光は2筋の円を描き、シャルロットを包み込んだ。
「ラファールと! コスモスを! レッツ・ラ・まぜまぜ!」
『あ、俺ちょっと下の様子見てくるわ』
「ここまで来てそんなことしている場合か!」
『そこをなんとか頼むよラウラ! 後生だから! シャルロットの変身バンクだけ見たら戻って来るから!』
「大丈夫、真宏。真っ先に取り戻したカメラであらゆる角度から撮影してるよ」
『さすが簪!』
そんな一連のシーンを見たくて仕方なかったんだが、そこは簪が記録取ってくれてるというからあとで見ることで妥協しよう。俺ってば我慢の子だね。
◇◆◇
「ふむ、あちらは失敗しましたか。所詮蜘蛛。期待はしていませんでしたが」
デュノア社アリーナ上空。鳥さえそうは飛ばない高空に、人がいた。少女だ。
華奢な体に黒のゴシックロリータドレス。清楚なフリルに彩られ、しかしむしろそこは隠すべきだろというようなところに限って白磁の肌を晒す危うさのギャップ。
そう、彼女こそデュノア社襲撃におけるハッキング担当。
「束様のアイドル。くーちゃんですよー」
特に理由もなく無表情にぼそっと呟く、クロエ・クロニクルだった。
青い空のただなかに、足場もなく生身で浮かんでいるクロエ。生態融合型の電脳戦特化型IS<黒鍵>を有する彼女は、ISの能力を使用するために装備を展開する必要がない。人の姿のまま超科学の力を行使する、まさしく超人だ。
「……む」
眼下の作戦が、シャルロットのセカンド・シフトによってすさまじい勢いで失敗に傾きつつあることを憂う様子もなく呆れていた彼女だったが、唐突に自分の体1つ分後ろに下がる。
『やっほーくーちゃんひっさしぶりーーーーーーーーーーーー!!!』
「はい、お久しぶりですね神上真宏。まさかいきなり蹴りで登って来るとは思いませんでしたが」
そして、さっきまでクロエがいた空間を抉る勢いでかっとんでいく大質量。
言うまでもなく、強羅である。地上からここまで重力を無視した加速を続け、あいさつ代わりの蹴りで突き抜けて行った阿呆の姿がまばゆく宙に輝いた。
「貴様が犯人か! ……待て、その顔は!?」
「ラウラと……同じ!? ……か? 別に同じってほどじゃないように見えるんだけど」
『いやいや、人によっては見間違えるくらいなんだろう。シンクロとエクシーズと融合とスタンダードの差くらいには似てるし』
「そこ、シリアスが続かないので黙っていなさい」
遅れて追いついてきたラウラが目にしたのは、千冬の命によって排除するべき敵。それ以上でも以下でもない、と思っていられたのはその顔を目にするまでのこと。
顔つきも、髪の色も、肌の色も。アレは自分と同じものだと、本能が理解してしまった。
「改めまして、はじめまして
『前にラウラになり損ねたとか自己紹介してなかったかいくーちゃん』
そして、あちらは何かを知っている。ラウラが知らない、「ラウラ・ボーデヴィッヒ」についてのなにかを。
ラウラは、そのことがとてつもなく気味の悪いことのように思えてならない。
「そして、そちら。織斑一夏」
「お、俺か? ていうか君は誰」
「それはあとで神上真宏にでも聞いてください。あなたは、存在そのものが私のマスターのためになりません。ですから、いずれ消えていただきますね、イレギュラー」
『ダメだよくーちゃん。そこは「消えろイレギュラー!」って言わないと』
「ああ、惜しいな」
「だから本当に黙っていなさいバカ二匹」
なんか一夏たちは平常運転のようだが、とにかくあの女はどうにかせねばなるまい、とこの場で唯一ツッコミ枠のラウラは決意する。
「――何をしている、そこには誰もいないぞ! 幻覚だ!」
「え!? わああ、なんだここ、空の上なのに、海!?」
「ワールドパージか!」
が、その決意もむなしく初めからクロエの掌の上だった。
周囲の景色が、地上から1000mの空の上だというのに海のものに見えている。完全に幻覚にはまってしまっている。
「ハイパーセンサーに反応なし。逃げられたか」
「ふざけるな! あれだけ思わせぶりなことを言っておいて逃げるだと!?」
『まあまあ落ち着けラウラ。アツクナラナイデ、マケルワー』
「顔色悪いぞ、大丈夫か?」
突如現れて、謎の言葉を残していった自分そっくりの存在に対して、ラウラは何かいろいろ大事なことを思い出しそうになっていたのだが、妙な棒読みで冷静になれと言ってくるいつも通り過ぎる真宏と、心配そうに顔を覗き込んでくる一夏に毒気を抜かれて、忘れてしまった。
特に一夏。距離が近い。唇を尖らせるだけでキスができそうで、心臓が跳ねる。この無防備な距離感の近さに、なんどときめいたことか。
(まったく、こいつらと来たら)
疑問は残った。不安もある。
だがそれらもきっと乗り越えて行けるはずだと、IS学園での日々がラウラに確信させてくれる。
仲間と、友と、そして想い人がいる、この場所でなら。
「一夏、ラウラ、真宏! こっちは終わったよ」
「ちくしょおおおおお! またこういうパターンかああああ!」
一方、アリーナではさきほどまでの憂さを晴らすかのように傷一つないシャルロットがアラクネをボッコボコにしていましたとさ。
『ちっ、使えない悪のIS使いめ。シャルロットの新型が活躍するところを見たかったのに』
「すごかったよ。実弾とエネルギー弾の組み合わせで、シールドの内側の装甲をめりめり抉ってたから。あと新しく出てきたショットガン<タラスク>ごと殴って爆発させたり」
『見たかったなー! これだから最近のファントム・タスクは!』
「強羅てめえ覚えてろよ!?」
◇◆◇
シャルロットの新装備を受け取るはずだったフランスへの寄り道が、なんだかんだでラファールとコスモスのコアが融合した新型を受け取り、ついでにオータムをまたとっ捕まえてなんか頭数さえ増えることになったという騒動の末、ようやく、本当にようやく俺たちはイギリスへとたどり着くのだった。
「くっ、先走った……! 本物のビッグベン、見てみたかっ……た……」
「真宏! 大丈夫か!?」
「俺の旅は、ここまでみたい……だ……」
「おい更識。今すぐ神上の腹にジャンプして膝を叩き込んで起こしてこい」
「イギリスの気候が寒すぎるだけなので、温かくしてあげたら直ると思います。あとそれ以外の部分はきっと生まれつきだから直りません」
「真宏はすごいな。簪にすら匙を投げられるとは」
「ほら、一夏も寒いんでしょ? 帽子貸してあげるから」
とまあイギリス到着の喜びも吹っ飛ぶ冬の寒さに凍えつつ、ブリテン島の土を踏んだ俺たちなのだった。
「一夏さん! 無事に合流出来てなによりですわ。本当に」
「そっちも大変だったみたいじゃない。フランスで一悶着あったみたいだし」
「シャルロットの新型IS……になるのか? 新聞にも載っていたぞ」
それからほどなくして、俺たちは箒たちと合流。
純粋にお互いの無事を祝うにはいろいろあったので、それぞれの道中での話題が早速熱く語られる。
とりわけ、シャルロットの新型はそれこそ世界的に見ても大ニュースだ。
「なになに、『フランスの
「きゃああああああああ!? なにそれ、何その写真!? 一夏は絶対見ちゃダメ!」
「お、おう」
欧州各国に出回っているだろう聞き覚えのある新聞の一面に超デカい写真を飾るシャルロットの記事。じっくり読みたいところだったが、シャルロット自身にあっという間に奪われてビリビリに破かれてしまった。残念。
「ていうか世界初のデュアルコアってなに!? それを言うなら強羅だって……!」
「おっと、そこまでだシャルロット。世界初のデュアルコア搭載機はリィン=カーネイション。それでいいじゃないか。そうすれば、色々面倒な部分のあるシャルロットの立場は今後ますます安定する。そうだろう?」
「真宏、そんな風に僕のことを……考えてるわけじゃないよね。本音は?」
「俺は面倒が嫌いなんだ」
「だと思ったよ! そうだと思ったよ! あああもおおおおおおお!!!!」
シャルロット、地団駄。
仕方ないじゃないか。シャルロットの方はまだしも正式なコアの融合だけど、白鐵が食べちゃったコアは束さんが作ったらしき定数外のコアなんだから表沙汰にするわけにいかないんだし。
それに、強羅と白鐵はあくまでそれぞれがコアを持っているだけで、融合しているわけでも協調しているわけでもない。白鐵の側にあるコアは白鐵自身の存在を維持するためのエネルギー源として使われている様子はあるが、本来ISのコアが持つ機能のほとんどは封印されている状態にあるということが調査で分かっている。
あのコアが力を貸してくれるのは、まだ相当先のことになるんじゃないかなあ。
「……でも、ごめんね真宏」
「ん? 何がだ?」
「お守りにってもらったカード、返せなくなっちゃって。……なんかよくわからないけど、ラファールとコスモスのコアが融合するときの触媒になったみたいで、がっつり絡んで取り出せないみたいで。なんだったの、あのカード」
「いいってことよ気にするな。アレは昔束さんからもらったカードでさ。ISの実験の最中に宇宙へ上げて謎のパワーを浴びせたんだってさ」
「それってヤバい奴だよね!?」
まあ、そのときにうっかりあのカードが変な仕事したりしないよう、処分できてよかったね!
「セシリア達はどうだった。何もなかったか?」
「……え、えぇそうですわね。特に何もしませんでしたわ。わたくしたちは」
「……そうだな」
「……そうね」
「そうですねー」
「……何があったか報告しろ。オルコットたちがげっそりしてワカがつやつやしてるとは何事だ。イヤな予感しかせん」
一方、セシリア達はなんかやつれてるような。何か怖い目にでも会ったんだろうか。
「いえ、その……実はこちらも襲撃されまして」
「なに!? 無事……ではあるようだが、状況を報告してくれ」
「ドイツ国内の移動は問題ありませんでした。襲撃を受けたのは、海上です。おそらくファントム・タスクだろうIS5機が私達の乗っていた船に急速接近。我々も即座にISを展開して迎撃……しようとしたん、ですが」
「迎撃をしようとした、ということは実際にはしなかったということか。一体なぜ……あっ」
「……はい? なんですか千冬さん?」
山田先生の報告を聞いて、何かを察した千冬さん。
その視線の先には、合流を喜ぶ一夏たちをニコニコ眺めていたワカちゃん。
……うん、まあオチが予想つくよね。
「私たちはお客さんだから、と代わりに迎撃してくれたんです。……ワカさんが。ISを展開して、その時乗っていた蔵王重工の輸送船を使って」
「IS対輸送船って斬新な絵面ですね」
「あ、あわわわわ……! あのパッケージの本来の使い道はそんな方法だったのか……!」
「海、干上がってたわねー……」
「哀れでしたわ。襲ってきた相手が」
「さすがワカちゃん。すっごーい!」
「そいつを調子に乗らせるな大馬鹿者」
うーん、どうやらドイツ組も大層見応えのあるバトルを見学していたようだ。
フランスルートだったことに後悔はないけど、それはそれで見てみたかったような、さすがの俺でもトラウマになるような。
千冬さんはあとで山田先生からより詳しい話を聞くことにしてとりあえず話を打ち切ったが、とにかくこれでなんとか当初の目的通りイギリスへたどり着けたことになる。相変わらず刀奈さんがいないけど、まああっちはあっちで出待ちとかしてるだろうから気にしない方がいい。
空港で話し込むような状況でもないし、とぼちぼち移動を始めれば、空港入り口で控えていたのはオルコット家の車と出迎えのメイドさん一同。
その中にチェルシーさんはいないことに気付いたセシリアが少しだけ寂しそうにしていたが、それをどうにかするのもイギリスへ来た目的の一つ。めげてなどいられない。
さてどやどや車に乗り込むか、というその段になって。
「待ってたよちいいいいいいいちゃああああああああああああん!!」
突如響いてきた聞き覚えのある声と、心底うんざりしてそうなため息を吐く千冬さん。
ただ一声で騒動の匂いを濃密に漂わせる人物。俺の知る限り割と何人もいる気がするが、それでもこの人はとびっきり。
「わーい一緒にお仕事するなんて久しぶりー! 会いたかったよハスハスしていい!?」
「ダメだ」
「じゃあ箒ちゃんちゅーしよう!」
「織斑先生、抜刀許可を」
「許可する」
「箒ちゃん!? ちーちゃん!?」
居合そのものといった迅さで部分展開した空裂と雨月の二刀で情け容赦なく斬りかかる箒と、それをひょいひょい避けていく束さん。
他のみんなが唖然とする中、加速する姉妹のコントが俺たちを全力で置き去りにしていった。
「ち、千冬姉。束さんが言ってた一緒に仕事、って……?」
「そうです、教官! 篠ノ之博士はいまやファントム・タスクに与しているはず! それがなぜ!」
「まあ、元から一人で悪の秘密結社とタメ張るくらいには迷惑な人だったからむしろマイルドになってね?」
「真宏さん、いまはそのことは置いておきましょうね」
そして千冬さんに詰め寄る一夏たち。
さもありなん。なにせ束さんは、京都の一件でマドカのISを黒騎士に改造していたことからもわかる通り、最近はファントム・タスクに協力しているらしい。危険人物度がさらに上がったこのお人が、どうして当たり前のような顔してこんなところをほっつき歩いているのか。それだけで大事件なのだからして。
しかし、実のところそれどころではなく。
「ここまで来れば説明もできる。今回の作戦に参加するのは欧州統合政府、IS学園。……そして、ファントム・タスクだ」
とんでもないカオスな状況に、なろうとしていた。
「改めて聞くけどさ、セシリア、シャルロット、ラウラ。ヨーロッパって実はファントム・タスクとずぶずぶじゃね?」
「否定できる気がしませんわ……」
「というか、共同作戦するってわかってたのにフランスとドイツでIS強奪しに来たの?」
「しかも片やシャルロットの覚醒を促すわ、片やまとめて返り討ちに会うわ、か。戦力になるか不安だな」
「うっせえよ!?」
……さすがの俺でも不安だぜ!