IS学園の中心で「ロマン」を叫んだ男   作:葉川柚介

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第46話「エクスカリバーって、日本語で約束された勝利の剣って意味ですよね?」

 セシリアの家の車に全員乗り込んで、たどり着きましたイギリスの空軍基地。

 そこはたくさんのスタッフがわちゃわちゃと忙しそうに走り回っている、まさに最前線といった趣の場と化していた。

 

「リミッター外しちゃいますわよー!」

 

 などと叫びながら、なぜか紅茶入りのカップを片手にすごい速さで駆け回ってる整備士らしき女の子もいるくらいだし、そりゃあもう大変なのだろう。

 

「ここで一旦作戦の準備を整える、んでしたっけ。ISのリミッター解除に追加装甲の装着、それから極秘のパッケージ、と。てんこ盛りだなこりゃ」

「強羅はいつものことだけど、白式にそういうのって乗せられるのか?」

「出来る。出来るのだ。……ま、無理矢理外側にくくり付けるんだけど」

「うひぃ!?」

 

 そういう準備はさすがに整備の専門家でもないと手が出せないので、邪魔にならないところで眺めていた俺と一夏。

 そんなときに隣の男がいきなり気色悪い声を出したらさすがにちょっと引くところだが、ぐっと我慢。これは仕方ないと思う。

 

「か、篝火ヒカルノさん!? どうしてここに!」

「私もこの作戦にお呼ばれしたんだよー。パッケージ、うちの開発だから」

 

 なにせ、背後に忍び寄ったスク水白衣に銛を持った女性にいきなり尻を撫でられたのだから。

 ……なんで一夏が尻を撫でられたかわかるかって? 後ろから近づいてくる怪しい女の人がいたけど、まさか軍の基地でこんなセクハラに走る人がいるなんて思わなくて黙ってたからだよ。

 

「一夏、このあからさまに変態な人は知り合いか? ……友達は選べよ」

「引くな真宏! この人は倉持技研の所長さんだって! この前話しただろ!」

「……ああ、いつでもどこでもスク水でうろつくという噂の。こんにちは。さっそくテムズ川にでも潜って来たんですか?」

「ああうん。篝火ヒカルノだよ。君、神上真宏くんだよね。いろんな所業が噂になってる君にドン引きされるのって納得いかないんだけど」

「鏡で自分の姿を見てから言ってください」

 

 などとお互い警戒しつつの初対面でした。

 嘘みたいだろ、これでも日本のIS開発企業の総元締めで所長やってるんだぜ。

 

「あ、ヒカルノさんこんにちは。そういえばこっち来るって言ってましたっけ」

「やっぱいるのねワカも。むしろなんであんたいるのよ。別に呼ばれてないでしょ」

「そこはホラ、楽しそうだったので」

 

 そして通りがかったワカちゃんとは顔見知りらしく、始まるのは同業トーク。

 ワカちゃんはにぎやかし兼戦力として来てるのはいいとして、ヒカルノさんは仕事しなくていいんだろうか。

 

「いいのいいの。どうせ白式にパッケージ外付けするなんて束さんしかできないんだから。というわけで、いっくんたちはもうしばらくヒマなのでしたー」

「うわ束さんが来た」

 

 そんな疑問を抱いていたが、どうやら問題ないらしいと教えてくれたのは、これまたひょっこり現れた束さんだった。本当にこの基地、人材のるつぼと化してるな。とんでもないカオスだ。

 

「そんなわけでいっくん、時間あるからイギリス観光でもしてきたら?」

「い、いやこんなときに観光なんて……」

「まあまあそう言わずに。んーと……おーい」

 

 各国の専用機持ちがいて、日本のIS関連企業の重要人物が二人いて、千冬さんがいて束さんがいて。

 

 

「セシリアちゃーん。いっくんを案内してあげてー」

 

 

 束さんが、箒でも織斑家の人間でもないセシリアの名前を、口にしたのだから。

 

 

「え……え?」

「ほらほら、はやくー。あ、束さんへのおみやげはフィッシュアンドチップスでいいよ」

 

 一夏の背中をぐいぐい押してセシリアに押し付け、くるっと回れ右。再び当たり前のような顔をして自分の作業に戻る束さんを前に、俺を含む束さんと付き合いのある面々、そしてセシリアたち多少なりと束さんの性格を知っている組は言葉を発することができなかった。

 あの、頭がいいくせにバカというか、天才となんとかは紙一重って本当なんだなというか、束さんは人の心がわからないを地で行くあの人が新しく人の名前を覚えたなんて。

 

「ところで束さん、俺の名前は?」

「……やだなー! まーくんの名前を束さんが忘れるわけないじゃないか! 今更確認するまでもないでしょ? まーくんと束さんの仲なんだし!」

「つまり覚えてないんじゃねえかどういう脳みそしてるんだこの人」

 

 記憶容量が多いんだか少ないんだか。

 ……もっとも、名前を覚えられる=束さんに目をつけられるということなので、セシリアにとっては決していいことばかりでもないのだが。

 

 

◇◆◇

 

 

「それでは、これより本作戦に参加するISに搭載される特殊パッケージ「O.V.E.R.S.」について説明する」

「異世界に干渉でもするんですか?」

「ボーデヴィッヒ。そのバカが条件反射でボケたら締めておけ」

「了解しました。……真宏、わかっているな?」

「そんなことはわかっている!」

「わかってるけどなにかが私たちを動かしてるの」

「……更識も監視対象に追加だ」

 

 その後。

 束さんプロデュースという騙して悪いがの予感しかしないデートに送り出された一夏とセシリアの帰りを待つことなく、作戦の要となるだろうパッケージの説明会が始まった。

 これはつまり、千冬さんとしては束さんの謎の行動を警戒しつつ余計な刺激を与えないようにするということですねわかります。

 

「ハイハイ! ヒカルノお姉さんが開発した外装パッケージ『O.V.E.R.S.』! これは少量のエネルギーを増大・反転! 大きなエネルギーを引き出すことができるのです!」

 

 自信満々のピースを千冬さんに向けるヒカルノさんと、ガン無視する千冬さん。

 そういえばワカちゃんに聞いたことがある。篝火ヒカルノさんという人は、千冬さんたちの同級生でなんとか二人に食らいつこうとしている努力の人なのだと。

 

「そういうのうちにもありますよー。ばりばりエネルギー生産して、周りのISに供給するんです。……まあ、エネルギー振り絞り過ぎてこのジェネレーター装備した機体は動けなくなりますけど」

「作戦に使わない装備の話はやめろ、ワカ」

 

 そして混じる蔵王トーク。世間が考えるようなことは蔵王が脳筋方式でとっくに考えているのだ。使い物になるかは別として。

 

「えー、まあ、そんでもって周りの機体にもエネルギーを供給できるので、今回の作戦で必要とされる大量のエネルギーをですね」

「すっごーい! 紅椿の真似が得意なフレンズなんだね!!」

 

 なおもめげずに説明を続けるヒカルノさんに、ぶすりと刺さる束さんからのトドメ。説明聞いてる最中から思ってたけど、「紅椿の真似」と言われてギクリと固まるあたり案の定か。

 

「紅椿のワンオフ・アビリティにそっくりだねー。白式の零落白夜もそうだけど、まるで束さんの作ったものを真似て量産しようとしてるみたいだよ」

「う、うぅ……」

 

 ちらりと垣間見える倉持技研の闇。

 そういえば、俺の知る限り倉持技研の作って来た機体は白騎士コピーの打鉄、そして束さん謹製機体のワンオフ・アビリティを再現することに主眼を置いた白式と今回のO.V.E.R.S.。……ヒカルノさんの執念を利用しつつ、束さんの技術を落とし込もうとしてるように見えるなあ。

 

「ふふーん。この束さんに黙って面白いことをしようなんて、十年早いんだよぉ!」

 

 束さん、天空に輝く八つの星を見るような構えでヒカルノさんを威嚇している。まあ確かに、紅椿の量産なんてした日にはイヤな予感しかしない。

 

 ……しかし、お気づきだろうか。

 たったいま、束さんが地雷を踏んだことに。

 俺の隣でプレッシャーが増したことに。

 ついでになんかキラキラとした好奇心的な感情も爆発的に増大した。

 

 

「それはいいことを聞きました! 我が社も毎日面白いことやりまくってますよ篠ノ之博士! 是非一度遊びにきてください!」

 

 そう、面白いを作る変態企業、蔵王重工のワカちゃんの琴線を思いっきりかき鳴らしてしまったのだ。

 

「やだよ」

「例の、篠ノ之博士が作ったらしい無人機と一緒に来てくれてもいいんですよ?」

「だからやだよ。この束さんに向かって襲撃上等なんて言ってくるヤツのところなんて行きたくないもん!」

「そこをなんとか。我が社の技術顧問になってくれるだけでいいですから!」

「なんでそこで要求がエスカレートするの!? 助けてちーちゃん! こいつわけわかんない!」

「安心しろ。私もお前のことを理解できたためしがない」

 

 じりじりとにじり寄るワカちゃんと、全力で拒否する束さん。うわーすげえ珍しい光景。もはや作戦説明どこいったという状況だ。

 

「ご心配なく、篠ノ之博士。蔵王重工はホワイト企業です。働きに見合った報酬を約束しますよ?」

「だからヤだって言ってるでしょ!? ああもう、こいつんところ昔からこうなんだから!」

 

 ちなみに、蔵王重工と束さんとの付き合いは結構長い。

 束さんがISを発表してすぐ、世間的にはまだ眉唾扱いされていたころから大量の菓子折り持って話を聞きに行き、資金提供やら技術提携の申し入れをしたのだとワカちゃんから聞いた。

 蔵王重工は昔から新しもの好き珍しもの好きで、面白そうなものに手を出しては変態的な執念でその辺の技術を取り込んできた。商売的には大爆死になったものもあったらしいが、それと同じくらい成功したものもあって今日の地位にある、のだとか。

 

 

「……説明を続けるぞ。本作戦は部隊を2つに分ける。アタッカーとしてオルコットを含むBTシリーズ。そのサポートに山田先生と更識簪。新型機を受領したばかりのデュノアと、まだ合流できていない更識楯無は地上班のサポート。そして、それ以外の機体はO.V.E.R.S.を搭載して――宇宙へ上がる」

 

 そんな和やかな空気の反対側で、千冬さんが告げる次の作戦。

 ISに乗るとなったときからいつかそうなる気はしてたってか一度経験したような気がしないでもないけど、ついに宇宙だ。

 

 

◇◆◇

 

 

 千冬からの作戦説明の後、しばらくして。

 

「一夏、セシリア。帰ったか。……それと、チェルシーさん、だったか? 初めまして。私は篠ノ之箒という。会えて嬉しい」

「ただいま、箒」

「ご心配をおかけしてしまいましたわね、箒さん」

「……温かいお言葉、ありがとうございます」

 

 一夏とセシリアが基地へと帰って来た。

 出て行ったときと違い、チェルシーを連れて。

 祖国に帰って来たというのにどこか陰のあったセシリアの表情が少しだけ晴れていることを察した箒は、心からの喜びをもって三人を迎えた。通りがかったのは偶然とはいえ、こうなってくれたことは素直に嬉しい。

 

 が。

 

「……そ、それはそれとして一夏。さすがに野外でのプレイはどうかと思うぞ?」

「プ、プレイってなんだよ!?」

「そうですわ! 誤解ですわ!」

「黙れ今着ているコートの前を開けてから物を言え裏切者。見るからに一夏のコート以外着ていないような雰囲気で帰ってくるとは何事だ」

「あの、篠ノ之様。それには深い事情がありまして……」

 

 絶対零度に凍てつく箒の目。出掛けるときはドレス姿だったはずのセシリアがなぜか男物のコートを着て帰ってきて、しかも足元やら袖やらの様子からするに、そのコートの下にはあきらかに丈が短いか、あるいは何もないかといった有様。

 一体ナニをしてきたのか。返答次第では千冬への報告も辞さない覚悟とともに目尻がつり上がっていく。

 

「……まあいい。早く着替えて千冬さんのところに行け。この基地からの出発時間も迫っているからな。急いだほうがいいぞ」

「あ、ありがとう箒! この説明はあとでちゃんとするから!」

 

 しかし、箒の怒りはさらっと消えた。

 正しくは収めただけなのだが、ひとまずは。一度は敵に回ったチェルシーを連れてきたことだし、きっとセシリアをしてそうせざるを得ない理由があったのだろうから。その程度察することはさすがの箒でもできる。

 

「ところで、箒」

「なんだ一夏」

「……なんで、束さんと真宏が頭にでかいたんこぶ作って倒れてるんだ?」

「ああ、この二人か。さっきまで結託して悪だくみをしていた。紅椿を展開するたびに、どこからともなく『レッドファイッ!』という声が聞こえてくる機能をつけようとしていたので、しばいておいた」

「お、おう」

「安心しろ、峰打ちだ」

「真剣持ってそう言うってことは、本当に峰打ちしたのか。抜いたのか」

 

 作戦結構までの時間は、もうさほどない。

 イギリスに来た目的を果たすべき時が、迫っている。

 

 

◇◆◇

 

 

「作戦の概要は先に伝えた通りだ。織斑、篠ノ之、凰、ボーデヴィッヒ、神上が地上の重力偏向盤で衛星軌道上の攻撃衛星『エクスカリバー』の元へ接近して注意を引きつける。その間に地上のオルコットが地上のBT粒子加速器によって狙撃する」

 

 イギリス空軍のヘリにて千冬さんの話に出てきたBT粒子加速器なる施設へと向かいながら、無線越しに作戦の最終説明を受ける。

 ちなみに、このヘリにはファントム・タスクのメンバーであるマドカも同乗しているので空気は最悪です。せめてファントム・タスクとそれ以外で分乗するとか気を使って欲しい。千冬さんは別のヘリに乗ってるんだから、もう1機調達できなかったんですかね。

 

「目標の画像が入手できた。よく見ておけ」

 

 そして、千冬さんは微妙な空気をわかっているだろうにその辺をどうにかできるような器用さの持ち合わせがない。何とかしなきゃと思いはしても、どうしようもないから仕事に逃げる。難儀なお人だ。

 ともあれ、俺としても千冬さんの説明を無視するわけには行かないし、とりあえず話に集中する。空中投影ディスプレイに表示されるエクスカリバーの外観。これから戦いに行くわけだから、しっかり覚えておかないと。

 

「全長は約15m。展開し、地上に向かって高出力のレーザーを放つ狙撃衛星だ。詳細については……チェルシー・ブランケット」

「はい、説明させていただきます」

 

 宇宙空間を漂う一振りの剣。そんな趣のエクスカリバーががしょんがしょんと変形してレーザーを放つ様はなかなかに見応えがあるなあと感心しつつ、千冬さんから説明役を引き継いだチェルシーさんに目を向ける。

 

「で、この衛星の中からロボットに変形する巨大な剣が射出されるんですね?」

「いえ、レーザー兵器です。……あの、神上様は日本でエクスカリバーの砲撃現場に居合わせましたよね?」

「そのバカのことは気にするな」

 

 俺たちが空軍基地で待機している間に、セシリアがなんやかんやで説得に成功したらしく戻ってきてくれていた。日本でエクスカリバーの砲撃時に居合わせたことから考えて、何か情報も持っているようだ。

 

「攻撃衛星エクスカリバー。イギリスとアメリカが共同開発した兵器……ということになっていますが、その実態は生体融合型のISです。そして生体パーツとして組み込まれているのは……私の妹です」

「なんですって!?」

 

 セシリアの驚愕が無線に響く。

 幼いころから一緒にいたというメイドの裏切りと暗躍。そしてここにきて存在すら知らされていなかったらしき妹がいたこと、しかも攻撃衛星に組み込まれているという事実。正直俺も割と驚いたくらいだから、セシリアの受けた衝撃は大きいだろう。

 

「エクスカリバーはファントム・タスクがその制御を掌握し、先日お嬢様と一夏さんを襲撃するために使われました。しかし、現在は原因不明の暴走状態にあります。どこからの制御も受け付けず、狙いをバッキンガム宮殿に向けつつあります。急ぎ制御の復活、無力化、あるいは破壊が必要です」

 

 チェルシーさんは淡々と言葉を続ける。

 それしか、できないのだろう。チェルシーさんが奪ったというISはBT3号機。この作戦においては地上班に配置されているから、直接妹さんがいるという衛星軌道へ上がることはできない。その胸中の感情はどんなものか。もはや天涯孤独の身の上にある俺では推し量ることすら難しい。

 

「状況は分かったな。この火急の事態に対応するため、我々が選ばれた。……まあ、どこかのバカが協力の条件としてIS学園の参加を要求したようだが」

「へー、誰なんだろうね。束さんから見たら基本的に全人類頭悪いけど」

 

 天才となんとかの紙一重をたやすくぶち破る筆頭が何か言っているが気にしてはいけない。千冬さんのジト目をキラキラした眼差しで真正面から見つめ返せるあの猛者に、皮肉なんぞ通じるわけもないのである。

 

「こちらから説明しておくことは以上だ。何か質問のある者はいるか」

「はい! 一つ聞いておきたいことが!」

「……なんだ」

 

 そんな空気を切り替えて、質問タイムに入った千冬さん。

 イヤそうな目で見ないでくださいよ。これでもちゃんとした質問するつもりなんですから。

 

「攻撃衛星エクスカリバー破壊作戦。地上からの狙撃と、そのためにエクスカリバーの注意を引き付ける宇宙組に分かれるという形なら、どうしても聞いておかなければならないことがあります。極めて重要なことです。チェルシーさん、あるいはこの無線を聞いている英国軍のお偉いさん。正直に答えてください」

「は、はい……」

 

 俺の真剣な表情に気圧されてか、少したじろぐチェルシーさん。だけどすみません。この作戦において懸念される極めて重要なことを、確認しておかなきゃならないんですよ。

 

「単刀直入に聞きます」

 

 そう、この作戦における、「エクスカリバー」破壊作戦の実行における極めて重要な点。

 

 

 

 

「エクスカリバー、あと何本あるんですか?」

「あるわけなかろう愚か者!」

 

 

 なのになんで鼓膜破れそうな声で叱られるんですかねえ!

 

 

「え、えーと……。一応答えておきますと、エクスカリバーはこれ1機のみです。他にはありません」

「えぇー、ほんとにござるかぁー? 作戦中に知らされてなかった別のエクスカリバーが出てくるとか勘弁なんですけど。この際だから言っちゃいましょうよ。モルガンとかモルガンとかヴィヴィアンとかえっくすとかクロスとか13種類の封印が施されてるプロトタイプとかあるんでしょう?」

「我が国における伝説の剣が複数あって当たり前という認識はやめてくださいませんこと!?」

 

 えー。

 ごく当たり前のことを言ったつもりなんだけどなあ。

 

 

「……まあいい。他に質問のある者はいるか」

「はい! もう一個質問あります!」

「貴様は少し懲りるということを覚えろ」

「いや本当に! これが一番重要なことなんで!」

 

 それでもめげないのが俺の良い所なもんで。

 この作戦が極めて重要なものだということはわかっているのだが、だからこそここまでの間に明かされていない、どうしても知っておかなければいけないことがある。

 そう、もちろん。

 

「……作戦名は、どうしますか?」

 

 この質問だ!

 

「宇宙と地上とサポートの3チーム編成なんだから、三種のチーズピザ作戦だネ」

「教官! グリューワインとアイスバイン作戦を提案します!」

「フィッシュ&チップス&ビネガー作戦と名付けましょう。……って、言えばいいんですの簪さん?」

「間を取ってすき焼き作戦なんていいんじゃないかな」

「そのどこが間なのだ一夏」

 

「貴様ら全員叩き斬るぞ。あと言い忘れていたが作戦名は聖剣奪壊(ソード・ブレイカー)だ」

「別のヘリに乗ってるのに首を斬られる幻覚が!?」

 

 無線越しに聞こえる声だけで首のあたりを日本刀がすぱっと切る感触を確かに感じたんですが! さすが千冬さんマジ怖え!

 

「というか、いまの声。アーリィさんもいたんですね」

「いるよー。織斑千冬と戦えるわけじゃないから、顔出しただけなんだけどネ」

「さようで。あとで最近のシャイニィの写真見ます? 元気ですよー。この前も一夏を女湯に誘い込むという策略を見せてくれましたし」

「どういうしつけしたんですかアーリィさん!?」

「楽しそうだネぇ」

 

 そして、しれっと通信に割り込んできたことで明らかになったアーリィさんの出席。ものすごいやる気のない声出してるんで本気で手出しする気がないんだろうけど、IS関係者なんて軒並み変わり者だからしかたないね。

 

「フン、相変わらず妙な奴め」

「そう言うなよマドカ。つーか京都以来だな、久しぶり。さっき一夏と『君の名は』とかお互いに聞いてたけどあれなんだったんだ?」

「……知らん。私も知らん。というか知っていたとしても教える義理はない」

「まあ確かに。……ところで、最近また千冬さんの写真をいろいろ撮ったんだけど、いる?」

「仔細は問わん。全てよこせ。データでもフィルムでもいい!」

 

 そしてマドカはめっちゃ不機嫌そうだったので俺が接待しておきました。千冬さんの写真を貢いだら、険のある表情が少しだけ和らいで、千冬さんが一夏に見せるような笑顔になった。

 ……本当に一夏たちの妹とかなんじゃなかろうか。詳しい正体はまだわからないけど。

 

「それより調子はどうよ。マドカのIS、白騎士にボコボコにされてただろ」

「心配される筋合いはない。とっくに修復を完了している」

「それはよかった。……って、どうした一夏。苦しそうに胸押さえて」

「……いや、よくわからないんだけど、最近『白騎士』って言葉を聞くたびに心臓を機銃でブチ抜かれたみたいに痛くなってさ?」

 

 一方、我らが一夏は謎の痛みに悩まされているのでしたとさ。前世で白騎士に殺されでもしたかのような訳の分からない痛がり方だなあ。

 

 

 

 

 その後。

 ヘリは目的地へと到着し、各ISへのO.V.E.R.S.の装着、セシリア達BT組の粒子加速器への接続などがあわただしく行われていった。

 

「神上。お前の出発地点はそこではない。一人だけ別だ」

「え、なにゆえ」

「あの重力偏向盤は4人用なのでな」

「え、定員とかあるんですか」

「ご心配なく! こんなこともあろうかと、簡易発射台<パワーダイザー>持って来てますから!」

 

 なんか俺だけ別の方式で宇宙へ行くことになったけど、まあ強羅使ってるとよくあることだ。普通のISの規格に合わないということが割とあってさ。

 

「それで、追加装甲もなしなのか? ワカちゃん、強羅は頑丈だけど、大丈夫かな?」

「? ……一夏くんが言っている意味がよくわからないです。エクスカリバー程度のレーザーで強羅がダメージ受けるわけないじゃないですか」

「あの、ワカさん。イギリス軍の幹部たちが絶望的な顔してるのでそのあたりにしていただけませんこと……?」

「あははは、冗談ですよセシリアちゃん。さすがにあそこまでの威力だと耐えられないです。……3発くらいしか」

 

 なんて会話が為されるくらいには。

 まあそういうのも、装備したいですと蔵王にお願いして一週間もすると装着可能なアタッチメントか、同等以上の性能を持った新武装を作ってくれるんだけどね!

 

 

◇◆◇

 

 

「よう、セシリア」

「あら、真宏さん。お話しに来てくださいましたの?」

 

 あちこち急ピッチで進められる準備の傍ら、俺はセシリアを見かけて、声をかけた。

 胸に手を当て、深呼吸。重圧を感じてはいるが、過度の緊張はしていないらしい。大きな責任はむしろ力に変わる。貴族の意地を見た気分だ。

 

「簪がすごい勢いでシステムの最適化しててさ。話しかけづらいし整備も俺じゃ手が出せないから見て回ってたんだ」

「そうでしたの。いかがかしら、この粒子加速器は。うっかり破壊したくなってはいけませんわよ」

「ああ、一目見てすげえとわかったよ。あと防衛ミッション側だと必死に自分に言い聞かせれば大丈夫」

 

 セシリアに応えた通り、壮観と言っていい光景だった。粒子加速器というだけあって広大な敷地を使って作り上げられた科学の結晶が天を突く。

 そう、それはまるで……。

 

 

「ネオアームストロングサイクロンジェットアームストロング砲じゃねーか。完成度高けーなオイ」

「なんですのそれ!? 何の話してますの真宏さん!? これは絶対対空砲『アフタヌーン・ブルー』ですわよ!?」

 

 アレそのものだと思うんだけどなあ。

 

「知らないのか? 白騎士事件のときに白騎士を撃ち抜こうとしていいとこまでいったけど失敗して逆にぶった斬られた対空砲だ」

「白騎士事件のどこをどう調べてもそんな事実はない、とここに宣言しておきますわ」

 

 あれー、おっかしーなー。

 

「セシリアに真宏、なにしてんのよこんなところで。対空砲見てるの? ……おー、ネオアームストロングサイクロンジェットアームストロング砲じゃねーか。完成度高けーなオイ」

「鈴さんまで!? なんですのそのネオ……砲とやらは!?」

「まあ、セシリアが知らないのも無理ないかもね。IS開発以前、中国で開発していた人型決戦兵器に装備されていた主砲よ。大地のパワーを溜めて放つ必殺の一撃は山河を砕くと言われていたわ」

「そんな兵器歴史上どこ探してもあるわけないですわ!!」

 

「むむ、面白そうな話をしている気配がする。……ふむ、あれが今回の作戦の要か。ネオアームストロングサイクロンジェットアームストロング砲じゃねーか。完成度高けーなオイ」

「ラウラさんまでー!? しかもなんでセリフまで一字一句同じになりますの!?」

「なんのことだ? アレはかつて第二次大戦において、ドイツからドーバー海峡を越えてイギリスを爆撃した長距離砲と同じ形だろう。時を経てイギリスを守るためにその系譜が使われると思うと感慨深いな」

 

 あ、セシリアがついに頭を掻きむしりだした。

 でも、おかげで大分リラックスできたみたいだから、良しとしてくれ。

 

「いい話風にまとめてもダメですわよ」

「ちっ」

 

 

◇◆◇

 

 

「全機、発進!」

 

 カウントダウンの終わりを告げる千冬さんの声が、同時に作戦開始の合図だった。一夏たちが重力偏向盤によって周囲の空気ごと直上方向へと通常の重力の4倍の加速度で加速を始める一夏たちと、ワカちゃんが持ってきてくれた簡易発射台<パワーダイザー>で地上を飛び立つ俺。

 5機ともにこの作戦のために装備したO.V.E.R.S.の生み出すエネルギーで推進力を維持。一気に重力を振り切りにかかる。

 雲を抜け、空の色が深くなり、大気を通した音がだんだんと聞こえなくなって来る。地上は昼間だというのに空には星が見え始め、宇宙が近づいてくることがあらゆる面から実感されて。

 

『宇宙キターーーーーーーーーーーー!!!』

「言うと思ったぞ」

「ここで叫ばなかった場合、偽物と見なして攻撃するところだったな」

「この期に及んでもブレないわねえ」

「まあ、真宏だからな」

 

 ついついお約束を叫んじゃうけど、仕方ないよね。

 と、そんなとき。

 

『うおわー!? O.V.E.R.S.が爆発したー!?』

「真宏! 大丈夫か!?」

『機体は無事だけど失速した! 悪いが先に行っててくれ!』

 

 ある意味お約束。ぶっつけ本番なのが悪かったのか、それとも別の理由なのか。強羅に搭載されていたO.V.E.R.S.が突如火を噴いて、強羅の軌道に影響を与えた。

 ただでさえ鈍足で有名な強羅と、加速し続けている一夏たち。あっという間に引き離されてしまった。

 

 ……さあて、どうしたもんかね。

 ここまで来たし、地上で状況をモニターしているだろう千冬さんから撤退指示が出ていない以上気合で一夏たちのところまで行くことは確定しているんだけど、なーんか胡散臭いなあ。

 

 IS学園が襲撃されるのはいつものことだが、今回の事件は普段のそれに輪をかけて妙だった。

 エクスカリバーというイギリスの秘密兵器、それを奪ったファントム・タスク。そこまではいいとして、それが都合よく暴走。しかもイギリスを狙って、挙句その破壊作戦に動員されたのが俺たちIS学園。そのきっかけになったのは、作戦に協力した束さんからの要望だという話。

 これで怪しいと思わなければ嘘だろう。

 

 だから俺は、驚かない。

 

「――エクスカリバーからレーザー、来るぞ!」

 

 一夏たちを狙って放たれただろうレーザーが、それなりに離れた位置を貫いた余波だけで装甲がビリビリと震えるような、想定以上の威力を見せたとしても、だ。

 

「ちょっと!? なにいまの威力! エネルギー総量……情報の3倍よ!?」

「どうせいつもの情報隠蔽か暴走の結果だ! うろたえるな!」

「絢爛舞踏を発動する、みんなエネルギーを受け取ってくれ!」

 

 始まった。

 エクスカリバーを視認できる程度の距離まで近づいただろう一夏たちの軌道が、それまでの一直線から弾けるようにそれぞれ独自の線を描く。

 それはつまりただ近づくことができなくなったということで、事実エクスカリバーの持つ防衛機構が作動していた。

 

「目標、子機を分離! 攻撃してきます!」

「意外と、速い……! これじゃ近づけないわよ!」

「――くっ……! 無理に接敵しようとするな。そうして注意を引き付けておけばそれでいい! 撃破は地上に任せろ!」

 

 悔しいことに、強羅はまだ戦闘に介入できるような位置にいない。白鐵のブースターを全力で稼働しているが、それでもまだ距離があり過ぎる。

 ……マズい。何かがマズい。俺の勘がそう叫ぶ。今あの場所にいないことが、致命的にヤバい気がする。

 

 気合でとにかく加速して、それでもどうしても届かない。

 エクスカリバーの子機が箒たちを牽制し、衛星本体が向きを変えることに気付いても、絶対的な距離の隔たりが俺にただの傍観者の座を押し付けて。

 

 

「ヤツの狙いは……セシリア達か! そうはさせねえ!!」

『一夏、待て!!』

 

 

 思わず叫んだが、言って聞くわけがない。俺だって、一夏と同じ立場だったらそうしただろうから。

 ISのハイパーセンサーが告げる、エクスカリバーの射線。エネルギーが急速に高まり、狙っていることが明らかなのは地上からエクスカリバーを狙い撃とうとしているセシリア達。

 箒たちは止めようとしているが子機に守られている本体には近づけず、それでも地上の仲間たちを守るためには。

 

「頼むぞ、雪羅! 最大出力!」

 

 白式が持つ零落白夜由来のシールドバリア、展開。

 一夏の選択は正しい。

 宇宙空間に来ているISの中で、現場に届かない俺を除けばレーザーを受け止めることに最も長けているのは、雪羅のシールドだ。

 

 だがそれでも、限度はある。

 放たれる極光。真正面から立ちはだかり、さらに眩しい光を放つ一夏のシールド。

 多重展開したそれが1枚剥がれ、2枚目が焼け落ち、俺は手を伸ばしてもそこに届かず。

 

 

「――ラウラ、真宏!」

『……おう』

 

 この声は、届いただろうか。

 

 

「……お前の運命は、お前が変えろ」

 

 光の中に飲まれる一夏を、為す術なく見届けた。

 

 

◇◆◇

 

 

「お、織斑くんの生命反応、IS反応、共に……ロスト……」

「あ、ぁ……!」

 

 衛星軌道と地上で、情報はリアルタイムに共有されている。

 作戦状況を示すモニターに映し出される、各ISとパイロットのデータ。

 その中に唯一暗転した名前。

 

 白式、織斑一夏。LOST。

 それが示すのは、すなわち。

 

 

 

 

 織斑一夏、死す。

 

 


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