IS学園の中心で「ロマン」を叫んだ男   作:葉川柚介

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第47話「そう、スペシウム光線だ」

「ふー、天才も楽じゃないね。周りが本当に使えないから、その分たくさんお仕事して疲れちゃったよ」

 

 エクスカリバー破壊作戦が進行する傍ら、知ったことかとばかりに休憩室でのんきにカフェオレを飲んでいる女性が一人。

 休憩室前の廊下を今もあわただしく人が行きかっているというのに我関せずを貫き通せる豪胆というか無関心は、まさしく天災、篠ノ之束その人なればこそだった。

 

「束!!」

「あ、ちーちゃんやっほー。このカフェオレいまいちだね。やっぱりくーちゃんも一緒に来て欲しかったなー」

 

 千冬は束の戯言を取り合わない。

 つかつかと近づき、無言でテーブルを蹴り飛ばす。

 

 笑顔のままちゃっかりカフェラテを手元に引き上げている束と、壁に当たって砕けるテーブル。部屋の前を行きかっていた人たちがビクリと震えて足を止め、部屋の中を覗き込んで誰がいるかを理解するや逃げ出すように再び駆けていく。この状況に割り込む勇気がある者は、この場に一人もいはしない。

 千冬の手は束の胸倉をつかみ上げ、笑顔の束と憤怒の無表情となった千冬が至近距離から視線を交わす。

 

「……一夏が、死んだ」

「あ、そうなんだ? まあ危険な作戦だからね。そういうこともあると思うよ?」

「……っ!」

 

 叫びの形に開いた口を、しかし閉じる千冬。

 千冬から聞かされた一夏の死を疑わず、それでいて全く動じないこの態度。まるで、最初からこうなることをわかっていたかのようで。

 

「……何か言うことはないのか」

「言うこと? 束さんが、いっくんが死んだことに対して? ……ていうか、ちーちゃんもしかして束さんに怒ってる?」

 

 それでありながら千冬の思いは全くと言っていいほど察しないところにまた怒りを覚える。

 

「そうだ、と言ったら……?」

「えー……謝罪するようなことなんて……した覚えがない?」

 

 千冬は、目の前が暗くなるような感覚さえ覚えた。

 異常だ。この女は、割と最初からわかっていたが人とは相容れない生き物のような気がしてならない。

 

「お前……お前というやつは!」

「だって、ちーちゃんがいつまで経っても舞台に上がってきてくれないから、生贄が必要になったんだよ? それがたまたまいっくんだったからってそんなに怒られてもさー。それよりお仕事大丈夫? 作戦、混乱してるんじゃない?」

「やかましい! 余計なお世話だ!」

 

 突き飛ばされた束は、しかし予想通りと言わんばかりに軽くステップを踏んで下がり、壁にぶつかる、寸前で溶けるように姿を消した。

 全て、束の掌の上。そんなゾッとする懸念を覚えながら、しかし今の千冬に為す術はない。

 

「じゃーねーちーちゃん。暮桜にもよろしく言っておいて~」

「……」

 

 どこからともなく聞こえる束の声に、返事はしない。必要もない。

 一夏が死んだ。今の千冬に残されているのは、せめてこの作戦を成し遂げるという責任感のみなのだから。

 

 

◇◆◇

 

 

「一夏……一夏ぁ……」

「くっ……! うぅぅぅぅ!!」

「一夏はもうしゃべらない……もう笑わない、泣かない、怒らない。私たちは……どうしたらいい? この痛みをどうしたらいい!? 指先がチリチリする。口の中はカラカラだ。目の奥が熱いんだ!」

 

『……』

 

 衛星軌道上、大型デブリの影。

 エクスカリバー破壊作戦は仕切り直しを余儀なくされ、ようやく合流した俺とラウラ達一同は一度エクスカリバーから離れ、ステルスモードで潜伏していた。

 その場に立ち込める重く苦しい空気が、これだった。

 一夏の名を呼び続ける箒。悔し涙が止まらない鈴。そしてなんか錯乱気味のラウラ。

 目の前で一夏が光に呑まれたのを見たんだ。無理もない。

 

 一端エクスカリバーから離れる指示が出たこと、ちょうどよく俺たちの姿を隠せる大型デブリが漂っていたことは僥倖だった。

 このデブリは大分年代物のようで、ハイパーセンサーの解析によればそれこそ第二次大戦のころに打ち上げられたものだというが、そんな時代のものどうしてこんなところにあるのか、気になるが今は調べる余裕などない。

 

『……山田先生、詳しい状況の説明をお願いします』

『は、い……。現在、エクスカリバーは戦闘の影響で軌道がズレたため、再度宮殿を狙える位置につくために移動中です。そのポイントが特定出来次第みなさんにはもう一度攻撃を仕掛けてもらう……予定、です』

『方針は了解しました。……それで、一夏は?』

 

 一夏の名前を出すと、箒たちがはっきりわかるほどに震えた。

 通信に耳を澄ませ、地上からの観測結果がその目で見た事実と違うことに一縷の希望をもって。

 

『……生命反応、IS反応いずれもロスト、としか』

「で、ですがISには絶対防御があるはずです! 事実、一夏はシルバリオ・ゴスペルのときも、京都でも生きていました!」

『絶対防御と搭乗者の生命維持が働いているなら、その分のIS反応は観測できます。それすらない、ということはISが守り切れる限界を超えていたと……考えられます。もし攻撃を受けて探査範囲外に飛ばされたのだとしても、織斑くん生存の可能性は、1%程度です』

『そうですか……』

 

 そんな箒たちのわずかな希望が絶望で塗りつぶされた。

 1%。信じちゃいけない数字代表格のような気もするが、100に1つ。それは希望を失うのには十分な数字。

 で、あるが。

 

 

『よっしゃラッキーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!』

 

 

 知ったことか、そんなもん!

 

「真宏……? いま、なんと言った。一夏が生きている確率がわずか1%だと言われて、何がラッキーだ!」

 

 突然のことに一瞬呆けて、しかしすぐに正気を取り戻した箒が掴みかかって来る。

 その目に涙。妙なことを叫んだ俺への怒り。一夏を失ったという悲しみがそのままあふれ出ている。

 そうだろうよ。気持ちは死ぬほどよくわかる。

 だがな、箒。だからこそなんだよ。

 

『わかってないな、箒。鈴もラウラも同じか?』

「……真宏に空気読めってのも無理な話だけど、返答次第じゃタダじゃおかないわ」

「なにをわかっていないのか教えてもらおうか。ただし、言葉には気を付けろ」

 

 鈴もラウラも、なんか割と本気で今にも俺のことくびり殺しそうな顔してるから、教えてやる。

 

『じゃあ聞くが、ここで泣いててなんになる。このままエクスカリバーを放っておけば、さらに地上が焼き払われてシャレにならない被害が出るだけだ。それでもお前たちは、ここで泣き続けるのか』

「それは……! だが、だがそれでも、一夏が……一夏が死んだんだぞ!」

『一夏は死んでない。ただ、今も生きてる確率がせいぜい1%ってだけだ』

「ほとんど死んだも同然じゃない!」

「1%という数字がどれほど絶望的か、お前にはわからないのか! 命中率の話をしているのではないのだぞ!」

 

 絶望も悲しみも、超えていく方法はあるんだってことを。

 

 

『わかってるさ、そんなこと。……だがな! 宇宙空間で! 極太レーザーにぶち抜かれて! おまけにISでも感知できないくらいどっか行って!』

 

 箒の手を掴み返す。

 鈴を、ラウラを睨み返す。

 一夏を思う恋する少女に、そんな顔は似合わない。

 それに、なによりも。

 

『それでも、生きてる可能性がまだ1%もある!! ……どうだ、ラッキーだろ?』

「真宏、お前……」

 

 声は震えてない。震えてないったら震えてない。

 あのとき俺が遅れなかったらなんて、思い上がりもいいところだ。

 だから、いまここにいる俺たちにできることはエクスカリバーを止めて、一夏が戻ってくると信じることだけだ。

 

『お前たち、エクスカリバーが行動を開始した。エネルギーが急速に高まっている。これより作戦開始時間を繰り上げ、即座に攻撃を開始してもらう。……行けるな、真宏』

『任せてください、千冬さん。……箒、鈴、ラウラ。どうする?』

 

 問いかけたのは、ただの確認だ。

 箒たちが何と答えるかなんて、決まってる。

 

「この指令は私達に下されたものだ。真宏一人に任せるわけにはいかないな」

「そうよ。一人で突っ走られたらたまったもんじゃないし」

「一夏から先のことを頼まれたのは私も同じだ。というか一応私がリーダーだからな?」

 

 不安はきっと、まだ消えていない。

 確率だって、少しも期待できない。

 それでも前に進めるからこその箒たちだ。

 

『行こう。ジーっとしてても、ドーにもならねえ!』

『作戦のサポートは任せてください。全力を尽くします』

『簪、なんでちょっと機械っぽい棒読み口調なの?』

 

 比喩ではなく、ある意味地球の命運がかかったこの戦い。必ず勝って見せようじゃないか。

 そして一夏。お前の運、試してやるぜ。

 

 

◇◆◇

 

 

『だあああ! 子機ウザい! あと宇宙空間だとグレネードが思ったほど派手じゃない! 不満!』

『すみません真宏くん。今度宇宙でもめっちゃ爆発する弾頭開発しておきます!』

『よろしくワカちゃん』

「先のことより今この瞬間をどうにかしろ!」

 

 俺にとっては実質初めてとなる、エクスカリバー戦。

 一夏たちが戦っているのを遠目に見てわかったつもりではいたが、本当に子機が厄介だ。数はたったの3機だというのに、さすがBTシリーズの開発元たるイギリス製だけあって動きの機敏さ、レーザーの出力、各機の連携と極めて完成度が高い。

 グレネードの火力で一気に焼き払おうにも速過ぎてとらえきれず、一瞬でも見失えば予想外の方向から波状攻撃を食らう羽目になる。

 数はこっちの方が多いってのに、冗談じゃないぞ……!

 

『た、大変です! エクスカリバーのエネルギー反応急速に増大! また砲撃するつもりです!』

『……こちら地上の砲手、ブルー・ティアーズ。粒子加速器のチャージにはもう少し時間が掛かりそうですわ』

 

 しかも間の悪いことに、エクスカリバーの方が一足早くチャージを終えそうだった。

 火力的には地上からの砲撃だって負けてないだろうが、時間だけはどうにもしがたい。先手を取られればそれだけで終わる。

 だからなんとしてでも止めなきゃならないってのに!

 

「……ならば!」

「ラウラ!?」

「あいつ、無茶して!」

 

 そんな状況を打開するため、ラウラが賭けに出た。

 全ワイヤーブレードを射出して、箒に、鈴に、そして俺に向かってきていた全てのビットを同時に攻撃する。

 当然のごとく避けられるが、これによって子機の攻撃目標がラウラに集中した。

 四方八方から放たれるレーザー。AICでも防ぎようがない光条がシュヴァルツェア・レーゲンの装甲を焼く。

 

「待っていろ、今行く!」

「私に構うな! お前たちはエクスカリバーをやれ!」

「でも、ラウラが……!」

『言い争ってる時間はない。箒と鈴はエクスカリバー本体を頼む。……あ、でもあまり近づきすぎないように頼むな?』

「言ってるそばからなぜお前は離れていく!?」

「忠告が不穏すぎるんだけどおおお!?」

 

 決まってるじゃないか。

 一夏がみんなを守るためにそうしたように、ラウラがエクスカリバー破壊のためにそうしたように。俺も同じことをするだけだ。

 

 見てろよエクスカリバー。

 決めるぜ、覚悟!!

 

 

『……強羅の両腕は、セカンド・シフト以来特殊な回路が内蔵されている。この両腕を左右から組むことで回路が直結して高出力のシールドを展開する。それが強羅シールデュオだ』

 

 俺が向かったのは、エクスカリバーの真正面。地球を狙う魔剣の切っ先を見据える射線。

 衛星砲の最奥からうっすらと漏れる光は俺が背負ったこの星を狙う破壊の意思。ただの一瞬で大地を焼き、都市を滅ぼす絶望の顕現。

 何があっても、止めなきゃならない。

 

『防御特化のその機能。だが今は違う。マドカに叩き斬られた右腕を新造してもらうときに、ある機能を追加してもらった』

『真宏くん、もしかしてアレを……!』

 

 地上から通信に乗って届くワカちゃんの声。

 期待してくれてるねえ。わかるよその気持ち。俺だって同じだ。

 みんなを守る使命感と、それに勝るとも劣らないワクワク。それが俺の力の源なんだから。

 

 まして、この技は。

 

『両腕部接続形式<クロス>。最大出力。粒子加速、開始』

 

 右手を縦に。左手は十字を組むようその前に。手首を重ねて狙った敵は。

 

「……いつかやると思ってたわ」

「そ、その構えはまさか……!」

 

 エクスカリバーのエネルギーが膨れ上がる。

 光が眩しいほどにきらめいて、だがこっちだって負けてはいない。

 縦にした右腕、手首から肘にかけてのシャッターが開く。両腕の間でエネルギーを蓄えつつ加速した粒子の出口となって、聖剣にも負けないきらめきを放つ。

 迎え撃ってやろうじゃないか、この技で。

 

 そう。

 

 

『スペシウム光線だ』

 

 

 極光、激突。

 エクスカリバーのレーザーと、強羅の腕からの光線が、真正面からぶつかり合った。

 

 

『おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!』

 

「……地上の頭のいい人たち、教えてください。レーザーとはああして正面から撃ち合うものなのですか?」

『そんなわけはない』

 

『俺に物理法則は通用しねえ!』

 

「宇宙の法則を乱してるんじゃないわよ」

『新武装をこんなに早く使ってくれるなんて! さすが真宏くんです!』

 

 両腕を熱く燃やして迸るスペシウムのスパーク。

 エクスカリバーが放つ強力なレーザーと真っ向からぶつかり合って、宇宙空間にすさまじい熱をぶちまける。

 正直キツい。宇宙空間で踏ん張りも聞かないからPICも最大出力で踏みとどまり、それに加えて攻撃に回すエネルギーが一瞬でも尽きれば俺の方こそ黒焦げだ。

 

 だが負けない。

 一夏はさっき、やられるまで耐えて見せた。

 そして何よりこの技を、地球を背負って使うとき、敗北なんて許されるわけがない!

 

『うおおおおおおおおおおおお! この星を、舐めるなよ!!』

「なんか混じってるわよ」

「いや、エクスカリバーも実質この星生まれだからな?」

「だが押し返し始めたぞ」

 

 ロマン魂、最大出力。

 強羅、力を貸してくれ!

 

 

◇◆◇

 

 

「……なんか、こういうパターン割とよくある気がするな」

 

 一夏は、全く見知らぬ場所にいた。

 辺り一面、人工物が全く見えない草原地帯。

 丈の高い枯れかけたような色の草原にまばらな木々という植生からして、いわゆる一つのサバンナというヤツなのだろうか。

 少なくとも、一夏は自分がどういった経緯でここにいるのか全く分からない。

 が、これまでもこういうわけのわからない謎空間に降り立った経験は何度かある気がする。

 

 そして、そのあるようなないような経験が告げる。

 こういう時は、よくわからない出会いがあるのだと。

 

 たとえば意味深なことばかり呟く謎の幼女。

 たとえば一言もしゃべらない甲冑姿の女性。

 

 そしてあるいは。

 

 

「おい、そこの男。……お前、人間か? こんなところで何をしている」

「いやあ、道に迷ったみたいでさ?」

 

 振り向いた先にいたような、少女とか。

 長い黒髪に、一夏の胸くらいまでしかない小柄が特徴。そして日焼け、ではなく生来のものだろう褐色の肌に、宝石かと見違えるほどきれいな紅の瞳。

 ……そして、なんか親友と一緒になって爆発を背後に笑ってる幼女っぽい年上の女の人にそこはかとなく似た顔立ちの子であった。

 あとついでに、なんか全身に装甲がついている。

 ISとは雰囲気が違い、戦車か何かのような陸戦タイプと一夏は推測した。足にキャタピラついてるし、右肩には滑腔砲もついてるし。

 

「ふん、まあいい。私には関係ないが、人間がここに長居すると体が光の粒子になって死ぬぞ。まだ生きていたければこの蔵王ちほーからさっさと出ていくんだな。出口はあっちだぞ」

「いまめっちゃ聞き覚えのある言葉が聞こえた」

 

 しかも、口は悪いのに割と重要なことを教えてくれた上、出口とやらまで案内してくれるようだ。右も左もわからない状態の一夏としては、この上なく助かる話だった。

 

「ありがとう、助かるよ。……えーっと、強羅、でいいのかな?」

「……あ?」

 

 そんな感謝の気持ちを言葉にして、同時に地雷を踏みぬいた。

 

 

「……オイ待てコラ。誰が強羅だ。私のどこが強羅だ。あぁん? 私はダ……轟雷だ。少なくとも強羅と呼ばれるよりはその方がマシだ」

「い、いやでも……」

「でも、なんだ!」

 

「……肩に『GOU-RA』って書いてあるんだけど?」

「…………デカールを貼るときに、間違って最後の「I」を切り落としたんだ」

「それデカールだったんだ」

 

 そしてショボくれる少女。案外かわいい子のようだった。

 

「ええい、そんなことはどうでもいい! お前のような奴がここにいてもロクなことにならん! さっさと出ていけ! ……このコアネットパークは、性質の悪いウサギのフレンズが支配する無法地帯だからな。お前には、帰る場所があるんだろう? あの、迎えの先に」

「……え?」

 

 少女が指さすその先にいたのが、誰かはわからない。

 一夏の目は急速にかすみだした。ただ見えたのは、白いシルエット。

 

――目覚めて

 

 そして、どこか懐かしく温かい声。

 景色がぼやけ、頭がくらくらする。

 だがそれでも一夏は理解する。

 

 この願いには、応えてあげなければならないと。

 

 

◇◆◇

 

 

『くっ……! 仕留め損ねた!』

「いや、完全相殺しただけで十分すぎるほどすさまじいということに気付け」

 

 エクスカリバーの砲撃はなんとかした。

 何とかしたが、こっちもどうにもならなくなった。

 

 エネルギーの方はロマン魂があるから十分に供給できたが、さすがに腕の方がもたなかった。光線の射出口は焼きついて、ぶつかり合ったエネルギーの余波で強羅もボロボロ。俺自身指一本動かせず宇宙空間を漂う体たらくだった。

 マズい。このままでは宇宙のどこかにあるというIS墓場まで流れて行ってしまう。

 

『……!? た、大変です! エクスカリバーに再び大規模なエネルギー反応! もう一発撃つつもりです!』

「なんですって!?」

「あれだけのレーザーを連発できるのか!?」

 

 しかも最悪なことに、相手はまだまだ元気らしい。くそ、体さえ動けば俺がどうにかできるのに……!

 

「真宏、何をボーっとしている! そこはまだエクスカリバーの射線上だ!」

『いやだからね、体が動かないとさっきから』

 

 おまけに逃げることすらできないと来たよ!

 白鐵の方でなんとかならないかと聞いてみたら、さっき全身に回った過剰なエネルギーであちこち不調なのだとか。くそう切り離しておけばよかった。

 何としても止めてやるって気概とともに睨みつけたエクスカリバーの砲口から、今度は抵抗すらできないレーザーの光がちらちら見える。なにこれ怖え。俺さっきまでよくこんなのに真っ向勝負挑んでたな。

 

 他人事のような感想が出るほどどうしようもない状況。

 箒たちは一端仕切りなおしたもののまたしても襲い掛かる子機の相手を余儀なくされ、俺はご覧の通りのポンコツと化した。

 地上のセシリア達から狙撃の準備が整ったという連絡はまだない。

 つまり、万策尽きた。

 

 くそう、どうすればいい。どうにかならないか。

 俺は虚空に漂いながらなお何とかする方法はないかととにかく周囲にハイパーセンサーの目を向けて事態を打開しうる何かがないかと探して。

 

 

『……ん?』

『神上くん、どうしました!?』

 

 なんか、変なものを見つけた。

 

『……いや、もう消えたんですけど、いま月面にカラフルな文字で「CONTINUE」って書かれた紫色の土管が生えてたような』

『そこはせめて星条旗くらいにしておけ。幻覚にもほどがあるぞ』

 

 千冬さんのツッコミも当然のことだ。正直言ってる俺自身ねーよと思う。

 だって、それじゃあまるで。

 

『作戦領域に新たな反応を確認! すさまじい速度で交戦地点へ接近してます!』

『なに!? 新手か!?』

『ほら言ったじゃないですか! エクスカリバーは一杯あるって!』

『ち、違います! IFFに反応あり! 微妙に違うみたいですけど、これは……!』

 

 あの、月から飛来する真っ白い光の蕾が。

 

『白式、織斑くんです!』

 

「ごめん、待たせた!!!」

 

 一夏の、復活を告げているみたいじゃないか。

 

 

 

 

「一、 夏……? 一夏!?」

「あんた、無事だったの!?」

「あれは……間違いない、一夏だ! ISは微妙に変わっているが!」

 

 織斑一夏、復活。

 ISの理論限界を超えた速度を体現して、光に飲まれたはずの一夏が帰って来た。

 

 身にまとうのは当然、白式。だが外観が変わっている。

 さっきまで外付けで無理矢理括り付けていたO.V.E.R.S.がまるで初めから白式の一部だったかのように取り込まれ、その効果によってか劇的な速度の向上とエネルギー効率の改善がなされているらしい。

 コアネットワーク上に白式の反応が復帰。それに伴って、各ISに情報が共有される。

 白式、サードシフト。その名は<ホワイト・テイル>。溢れるエネルギーの残光を白い尾のように引き連れた、一夏の新たな力だった。

 

「いくぞ、エクスカリバー。さっきまでの俺と思うなよ……!」

 

 戦闘領域内に突入した一夏に対し、エクスカリバーは全ての子機を差し向けた。

 確かに倒したはずの敵が、強力になって戻って来た。その脅威の度合いを測るためにも、最優先で狙うべき。そう判断したのだろう。

 

 だが一夏はひるまない。一夏の前方から半包囲するように広がって迫る子機に構わずますます速度を増して突撃。

 迎撃のレーザーが宇宙空間を細切れにする勢いで縦横無尽に闇を裂き。

 

「――遅いな」

 

 視界に残ったのは、鋭く螺旋を描く白の残光のみ。

 レーザーをかいくぐり、ロクに迎撃どころか反応すらさせず、稲妻のような鋭角の軌跡を引いて子機を置き去りにすれ違い。

 

「なっ、エクスカリバーの子機が!?」

「全部爆発って、まさか……!」

「すれ違いざまに、全て斬ったのか!?」

『すげーなおい』

 

 しばらく静止し、しかしすぐに一夏を追うべく反転したその瞬間、全ての子機が中央から斜めにズレて、直後爆散した。

 つまり、一夏がやったんだ。あの一瞬で、全て切り裂いた。

 サードシフトが伊達ではないと思い知らせるに十分な、白式の正統進化である。

 

 

「こっちはこんなもんでいいだろう。――狙いはどうだ、セシリア」

「――完璧ですわ」

 

 

 そして、一夏が戻ってきた時点で、勝利は確定していた。

 子機を失って身動きが取れなくなったエクスカリバーに、一夏の復活を知って滾ったセシリアが放つレーザーを避ける術はなく、さっきまでのお返しとばかりに空より青く澄んだ光が、エクスカリバーを貫いた。

 

 

「ふう。まさか、ニールさんに教わった衛星軌道狙撃のコツが役に立つとは思いませんでしたわ」

「セシリアの狙撃の先生だったっけ。……なんで、その人たちはそんなコツ知ってるの?」

 

 

◇◆◇

 

 

「一夏……一夏! よく生きて……!」

 

 感極まって言葉が続かない箒。それは鈴もラウラも同じで、まるで眩しいものを見るように、触れれば消える夢を前にしたように、近づくに近づけない複雑な乙女心の現れた距離感で一夏にじりじりと近づいている。

 が、残念。そいつばっちり完璧に生き返った一夏だから。

 

「悪い、ちょっと行ってくる!」

「って、ええー!? ここは感動の再会するところじゃないの!?」

「どこへ行く気だ!?」

 

 当然、そんな雰囲気に気付くわけがないのであった。

 箒たちに一言謝って、向かった先はエクスカリバー。セシリアのレーザーが貫いて出来た破壊口をべりべりと引っ剥がし、その中へ入っていく。

 

『手伝うぞ、一夏。……お、ダリル先輩とフォルテ先輩発見』

「真宏! もう大丈夫なのか? ずいぶん消耗してたみたいだけど」

『俺は頑丈だからな。……地上に降りたら精神力枯渇しそうなのが不安だが』

 

 白式と強羅、次々とエクスカリバーの装甲やら機材やらを剥いて、たどり着いたのは中枢部。

 エクスカリバーは攻撃衛星であると同時に生体融合型のIS。つまり、搭乗者であるチェルシーさんの妹さんがいる。それを助けなきゃこの事件は終われない。

 

「……見つけた! もう大丈夫だ。今助けるよ。このワンオフアビリティ<夕凪燈夜>で」

 

 エクスカリバーの全長は約15m。ISと比較すればとんでもなく大きいが、宇宙空間を漂う攻撃衛星としては機能を搭載するのに必要十分でしかなく、この機体と同調しているエクシア・カリバーンがいたのは棺桶のように窮屈な空間だった。

 いくつものケーブルやら計器やらが蔓延って、まるで寄生されているかのよう。

 いや、間違いなくその通りなのだろう。少なくともこの機体を暴走させた「何か」にはむしばまれているわけで、助け出すにしてもそれだけはどうにかしなきゃいけない。

 さあ、出番だ一夏。

 

\マキシマムビャクシキ! クリティカルフィニッシュ!/

 

「全てのISプログラムを初期化する、この能力なら……!」

『おい待て。いまクリティカルとか聞こえたぞ』

 

 なんか割とヤバげな音声付だったけど、まあいいやいつものことだ。

 光り輝く手がエクシアの体に刺さり、しかしその身には一切の傷をつけず、病巣となっていたプログラムを破壊。

 ISに捕らわれていた眠り姫が、ただの女の子に戻った瞬間であった。

 

『それにしても、その能力。ネットの二次創作小説に出てくるオリジナル主人公みたいな名前だな』

「お前の名前もな!」

 

 

◇◆◇

 

 

「さて、これで契約は終了だ。チェルシー・ブランケット、ダイブ・トゥ・ブルーを引き渡してもらおうか」

「お断りします。……と言ったら?」

「大歓迎だ。……無理矢理奪う方が、私の好みだからな!」

 

 そのころ、地上ではファントム・タスクとの共闘関係が切れ、マドカがチェルシーに襲い掛かった。狙いはBT3号機、ダイブ・トゥ・ブルー。一時的とはいえファントム・タスクに下ったはずであるチェルシーの離反は決定的と見て、お得意の強奪に切り替えた。

 

 そして地上で始まるIS戦闘。

 BT3号機と、元BT2号機。同系統の機体ながら能力は全く異なり、黒騎士と名を変えて性能も格段に上がった機体を有するマドカが、空間潜行能力によって姿なくミサイルを放つチェルシーを追う。

 

「姿を隠してばかりで鬱陶しい! ……もっとも、この国のメイドはどうやら勇敢らしい。いつまでも隠れ潜んでばかりはいないようだな?」

「……!」

 

 マドカの言葉がチェルシーの攻撃を乱す。

 姿を隠し、マドカの死角からミサイルを放ち続けるチェルシーであったが、ダイブ・トゥ・ブルーの能力には欠点がある。攻撃の際、通常空間に体の一部だけでも出す必要があるということを、マドカは既に見切っていた。

 

「どこから出るかはさすがにわからんが……そこだ!」

「ああっ!?」

 

 それは観察かあるいは勘によるものか。

 種が割れたのならば致命的なものとなる前に決着をつけるべくさらに苛烈さを増すミサイルの雨あられ。

 しかしマドカはそれを悠々と避ける。

 右に、左に水面で揺れる木の葉のように舞い、かと思えばイグニッションブーストで瞬時に距離を離し、追いかけてきたミサイルをビットで撃ち落とす。

 そしてついにチェルシーの出現位置を捕捉。ミサイルを放つより先に持ち手を撃ち抜くレーザーの早打ちとそれを追うビットがチェルシーの腕を亜空間から引きずり出した。

 

「チェルシー!」

「ほう、エネルギー切れ寸前とはいえ、ブルー・ティアーズまで献上してくれるとはありがたいな?」

 

――……ォォォ

 

 そこに駆け付けるセシリア。

 戦闘が激し過ぎる上に、ブルー・ティアーズは衛星狙撃砲の一部として組み込まれていたため抜け出すのに時間が掛かったこともあって手が出せなかったが、チェルシーの危機とあっては見過ごせない。

 チェルシーを奪い返すべく必死に手を伸ばして駆けつけるが、相手はマドカの駆る黒騎士。一方セシリアのブルー・ティアーズは対空砲のBT粒子制御に大半の機能とエネルギーを使った後で動くのが精いっぱい。とても戦闘を行える状況ではなく、あっさりとかわされ、チェルシーともども地面に投げつけられた。

 

「ああっ!」

「お、お嬢様……!」

「弱いな。意味がない。やはり力こそ全て。そのためにも、貴様たちのISをいただこう」

 

――ォォォォォォォ

 

 ライフルを突きつけ、機体を破壊してでもコアを奪おうと歩み寄る。

 寄り添いあい、かばい合うセシリアとチェルシーの姿に何ら感慨を抱くこともなく、マドカはただ自分の力しか信じない。

 そう、ISこそ何より確かな力だ。それを得ることが、マドカの望み。他の不確実なものは全て切り捨てる。

 

 だから。

 

「あ」

「へ?」

「……なんだ? 私の気を反らそうとしても無駄だぞ」

 

――ゴオオオオオオオオオオオ

 

 なんか微妙にマドカの背後に視線を吸い寄せられたセシリア達の小細工にも耳を貸すことはなく。

 

「そう思うのも無理はないですわ。正直わたくしも呆れています。……まあ、だからこそあの人らしいのですが」

「え、あの人いつもあんな感じなんですかお嬢様」

「ええ、こちらの予想を軽く超えてくる方でしてよ」

「……」

 

 銃口を突きつけられて絶体絶命。そんな状況でありながら、なんか余裕というか緊迫感を失くした様子がマドカには演技と思えず、ついでに猛烈に嫌な予感がした。

 セシリア達に向けた銃口は下ろさず、しかしちらっと背後の上空に目を向けて。

 

 

 

 

『我が魂は、IS学園と共にありいいいいいいいいいいいいい!!』

「またこのパターンかあああああああああああああああああ!?」

 

 

 そこに、大気圏突入時の断熱圧縮で赤熱しながらまっすぐ自分に向かって落ちてくる強羅を見たのでありましたとさ。

 

 

「ああっ、地面にくっきりと強羅のシルエット型の穴が!」

「こ、古典的な……」

 

 ちなみに、強羅の墜落にしっかり巻き込まれたマドカはその後ISが辛うじて無事だったので、自力でスコールが待つという回収地点まで逃げて行ったそうな。

 

 

◇◆◇

 

 

「よう、セシリア。誕生日おめでとう。一夏を探してるのか?」

「あら真宏さん。ありがとうございます。お察しの通りですわ」

 

 今日は12月24日。セシリアの誕生日だ。

 エクスカリバーを巡る騒動でイギリスへ来ていた俺たちは、そのままセシリアの実家で開催される誕生夜会へも招待されることになった。

 いやすごいね。城だよ城。招待客がひっきりなしにこの城を訪れて、ホールに集うのはなんかもう格式と血筋と保有資産の高そうな人たちばかり。ごく普通の日本の男子学生に過ぎない俺としては浮いてばかりで仕方がない。

 

「一夏からのプレゼントは期待しておくといい。さっき『キラっと閃いた!』とか叫んで厨房に飛び込んでいったから」

「まあ、一夏さんたら。楽しみですわ」

 

 ドレスで着飾ったセシリアと、周りに誰もいない城の廊下で談笑する。ホールのなんとも言えないセレブオーラにやられて退散してきたわけだけど、これはちょうどよかったかもね。

 

「じゃあ、俺からのプレゼント。……ごたごたしてたからこっちに来て買ったものになっちゃって悪いけど」

「ご心配なく。とても嬉しいですわ。そういえば、さっき箒さんからプレゼントをいただいたとき、町で真宏さんと会ったと聞きましたわね」

「ああ、プレゼントを探してるときに、偶然な」

 

 

◇◆◇

 

 

「お、箒もセシリアのプレゼント探しか?」

「真宏か。その通りだ。……看板も聞こえる言葉も英語だらけでさっぱりわからんな」

「そりゃ、イギリスだからなあ。それはそれとして、正直迷ってる。金額で選ぶのは無粋だし意味がない。かといって俺が好きなものなんて女の子のプレゼントにはふさわしくないしな」

「ああ、それで喜ぶのは簪だけだろう」

「だからなにかいいものはって探してるんだけど……お、あれいいかも。ショーウィンドウにたくさん並んでるし、中にもいっぱいあるだろ。ああいうのも案外喜んでもらえるんじゃないかな。……テディベア」

「おい馬鹿やめろ」

「箒?」

「ガラス張りになっているテディベア屋には近づいてはいけないというのが篠ノ之家の家訓なんだ。行くぞ真宏」

「え、おい、ちょっと!?」

 

 

◇◆◇

 

 

「こんな感じで」

「……無性に箒さんグッジョブと思うのはなぜなのでしょう」

 

 と、セシリアは頭痛をこらえるように頭を押さえていたが、どうしたってんだろうね?

 

「やれやれ、ファントム・タスクのせいでセシリアの誕生日のために用意してたものが受け取れなくなってなあ。仕方ないから、IS学園の忘年会の景品にでも提供するかね」

「それがいいですわ。……ところで、一体どんなものを用意していたのか聞いてもよろしくて?」

「大したもんじゃないさ。『白いシーツの上に半脱ぎで横たわっている上正面からの全身図で、両手は頭の上で縛られていて、脇を強調して、表情は『くっくやしい』と言いつつ発情している感じ』の一夏くっころ抱き枕だよ?」

「いくら積めば譲っていただけまして?」

「落ち着けセシリア。貴族的にマジな目になって俺の両肩掴まないで。指が食い込んで割とマジで痛い。あといつの間にか現れたチェルシーさんは白紙の小切手持ってこないでください」

 

 そんなこんなの楽しいパーティー。セシリアもここんところ色々あったけど、たくさんの人たちに祝われてとても嬉しそうにしてるから安心だ。

 

 

◇◆◇

 

 

「だーれだ?」

「きゃっ!? ……もう、一夏さんですわね?」

 

 あのあと、真宏は簪のドレス姿を堪能しに行くと言ってホールに戻りセシリアは一人になった。きっと、気を使ってくれたのだろう。一夏と二人きりになれるように。

 一体どんなプレゼントを演出してくれるだろう。ホールでは招待客への挨拶があったのでちらと見ただけだったが、正装した一夏を間近で見たら心臓が爆発してしまうかもしれない。

 乙女な期待に胸を高鳴らせながら、それでも淑女として貴族としてしずしずと廊下を歩いていたセシリアは、いたずらっぽい声と共に目を塞がれた。

 

 ちょっとしたサプライズ。

 触れ合う肌と背中から抱きしめられるような感触。

 パーフェクト。さすが一夏さんってばパーフェクトですわレディの夢ですわ、とすでにおなか一杯になりつつあるセシリアだったが、デザートは別腹。一夏ならこの喜びをさらに膨らませてくれるに違いないと、離れていく一夏の手の感触を名残惜しく思いながらも振り向いて。

 

 

「少女の嘆き、少女の喜びを聞いたとき、駆けつけ三杯、寿司食いねえ。サンタアイランド仮面、参上……!」

「なにしてますのーーーーーーーーー!?」

 

 そこに、妙ちきりんな仮面をつけて変なことをのたまう一夏を見つけていろいろ木端微塵に砕かれるのでありましたとさ。

 

「あれ、受けなかったか? 真宏が『お前がクリスマスを祝うならこれ』って仮面をくれたんだけど」

「真宏さん……! あとで抱き枕は没収させていただきますわ……!」

 

 抱き枕? と疑問に思う一夏は放っておく。どうせ鈍感だからすぐ忘れるだろうし。

 それより今は、この瞬間だ。クリスマスイブにして誕生日。夜の城に今この場だけは二人きり。さっきまでどこに持っていたのか、一夏の手には手作りと思しきケーキが一つ。優しく灯るろうそくの火を吹き消したとき、きっとなんか素敵なロマンスが始まるのだ。そう信じることにした。

 

「それじゃあ、改めて。誕生日おめでとう、セシリア」

「……はい。ありがとうございます、一夏さん」

 

 仕切りなおせばそこは途端に乙女時空。

 染まる頬と甘い空気。かわす言葉ははにかみ混じり。

 これこそ天がもたらしてくれた最高の誕生日プレゼントなのだと、セシリアは魂で理解した。

 

 

◇◆◇

 

 

「もー、箒ちゃんったらナズェミテルンディス! 乱入しちゃえばいいのにー」

 

 そんな少女漫画のような一連のやり取りを物陰から箒が目撃して瞳を紅くしている様を、さらに遠くから無駄に技術をつぎ込んで作った高性能高倍率望遠手ぶれ補正機能つきオペラグラスで出歯亀している者がいた。

 そう、篠ノ之束である。ついでに、上機嫌な束をニコニコと目を閉じたまま笑って見守るクロエ。

 

 全てが、上手くいっている。

 束はそう確信した。

 やるべきことは全てやり、望んだとおりになり、箒の「成長」も確認できた。これで紅椿のスペックもますます引き出されるだろうとほくそ笑む。

 

 しかし、ただ二つ。

 思っていたのと違う結末になった事象がある。

 

「それにしてもおかしいなあ。……いっくんのことは、きっちり殺したはずなのに」

 

 まず一つ。一夏の生存。

 エクスカリバーの暴走から始まる今回の事件は、例によって束の差し金だった。

 事件を起こし、IS学園を引きずり出し、今回は一夏を殺すべき状況だった。だからそうした。

 なのに、生きている。束をしてすら予想していなかった何らかの因子が働いたことは間違いない。それがなんなのか。どうやら気になることができたようだ。

 

 そして、もう一つ。

 

 

「やっぱりですか。もしかして、ついでに俺も殺そうとしてました?」

「うん。手が届く誰かを狙えば、必ず助けようとするからね。狙いやすかったよ。いっくんも……もちろん、まーくんもね」

 

 ついでに殺しておこうと思った真宏が、なんか完全に自力で生き残り、こうして束の居所へふらりと現れたことだった。

 

「なっ、どうしてここが!?」

「束さんが考えてることはよくわからないけど、たぶんこういうときは覗きの一つもするかなって。趣味が悪いですよ」

「えー。箒ちゃんが心配なだけだよ?」

 

 クロエは驚くが、束は動じなかった。

 なにせ束が殺そうと画策したのに生き延びるような男なのだ。この程度の想定外は軽くしてくれなければ面白くない。

 

「まあ、なんでもいいですけどね。お痛はほどほどにしてください。束さんが敵に回ると、色々面倒ですから」

「それはちーちゃん次第かなー。じゃ、今回はこの辺で。またねまーくん!」

「はい、さようなら。くーちゃんもばいばい。今度は普通に遊びにおいで」

「……あの会話のあとにそういうことを言えるあたり、あなたも束さまに近い精神性を持っているのかもしれませんね」

 

 楽しいことばかりだ。

 束の心は喜びに満ちたまま、イギリスの夜へと姿を消した。

 

 

◇◆◇

 

 

「……一夏、いるか」

「千冬姉?」

 

 夜も更けて。

 用意されたゲストルームで一息ついていた一夏のもとを千冬が訪れた。

 ノックされて、扉を開けて、一夏の視界に飛び込んできたのは思いつめたような表情の千冬。

 詰め寄られ、ぺたぺたと体を触られ、心配させてしまったことに一夏の心は痛む。

 

「無事、なのだな。傷一つない。それはいいことだが……なぜ、お前は生きている? あの時宇宙で何があった。まさか赤青黒黄色ピンクの光るコインでも見つけたのか?」

 

 それも無理からぬことだろう。

 観測されたデータからも、あの場に居合わせた箒たちの証言からも、一夏の死はほぼ確実なものだった。

 しかし、一夏はこうして生きている。そのことは涙が出そうになるほど嬉しいが、千冬はどうしても理由を知らなければならない。

 

「それは……助けられたんだ」

「一体何者にだ? あの宙域にお前たち以外の反応はなかったはずだ」

 

 一夏を助けた、何者か。

 およそ尋常な者であるはずはなく、一夏が何と言っても動揺すまいと覚悟を決めて。

 

 

「ISだったよ。真っ白な」

 

 

 覚悟ではどうにもならないことが起きていたのだと、千冬は思い知らされた。

 

 

 

 

「あと、白くて顔の部分を半透明のマスクが覆ってて虹色の一本角が生えたのもいたな。『魂は……永遠に不滅だ!』とか言ってた」

「それは死に際に見た幻覚の類だから忘れておけ」


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