IS学園の中心で「ロマン」を叫んだ男   作:葉川柚介

9 / 95
第9話「改造手術」

「ヒャッハー、海だぁー!」

「さあ、遊ぶわよ! 今日のために用意したこのガマクジラのフロートで!」

「なにそれ!? 超キモい!」

 

 青い海と空を向こうに眺める灼熱の砂浜に、年頃の少女達が走り出せばどうなるか。

 答えは言うまでもなく「遊び倒す」である。

 色もデザインも千差万別の水着に身を包んだ少女達が波打ち際に向かって駆け出す姿は見ているこっちまで元気を貰えるようであり、ワクワクと弾む心をかき立ててくれる光景で、思わず朗らかな笑みが浮かんでしまう。

 一部、15歳の少女達が使うには不適切なセリフやアイテムがあったような気もするけどIS学園ではよくあることなので一々気にしてはいけない。

 

「いやあ、若さっていいねえ。夏の海に映える映える」

「そういう真宏は行かないのか?」

「もちろん、満喫させてもらうさ。……海以外の物も、ね」

 

 隣に現れた一夏に反した言葉のうち、小声で呟いた後半は波音にまぎれ、一夏の耳には届いていないようだった。

 俺が楽しみにしているのは海で遊ぶことだけではなく、趣味と実益と使命を兼ねたことも含まれている。

 防水などの対策をしっかりして持ちこんだ、俺のデジカメが火を噴くときももうすぐである。

 

「というか、なんで真宏はそんなカッコしてるんだ?」

「臨海学校に来るんで水着新調しようと思ったはいいけど、トーナメントのごたごたで学園の外へ買いに行く時間が無くなってな。学園の購買で適当に見つくろってきた」

 

 今の俺は、柄物のTシャツ、水陸両用ハーフパンツ、アロハシャツという、臨海学校に来た学生というよりも海の家の従業員と言われた方が納得できるんじゃないかと自分でも思うような格好だ。

 ちなみに、Tシャツは胸のところに丸くシャチ、ウナギ、タコっぽい紋様が描かれている。あまりの海っぽさと、水辺で最強になれそうなこの紋様に惚れて衝動買いしてしまいました。なんでIS学園はこんなの売ってるか疑問に思うが、他にもタカトラバッタの紋様が書かれているものもあったので全部一枚ずつ買っておいたけど。

 

「そうなのか……。まあいいや、それでも真宏なら上さえ脱げば泳げるだろ? あとであのブイの辺りまで泳いで競争しようぜ」

「ああ、受けて立とう。……だが、一夏はまずあっちを片づけるのが先だな」

「あっち?」

 

 オウム返しに俺の指差した方向を振り向き、一夏は固まった。

 

「おおっ、織斑くんだ! あと神上くんも!」

「さすがにいい体してますなぁ~」

「神上君はTシャツ着ててよくわからないわね……脱がすか?」

「脱がすか」

 

「……」

「……」

 

 例によって一夏が女子の集団に襲われることになるのかと思っていたのに、しかし話を聞いていたらどういうわけか俺まで獲物に勘定されていた。そんなバカな。

 だが目の前でじりじりと近づいてくる少女達の眼は至って本気であり、この場にとどまればどうなるかわかったものではないこと、それだけは確実だ。

 

「……なあ真宏、さっそくだが泳ごうぜ!」

「気が合うな、俺も急に泳ぎたくなったんだ!」

 

「ああっ、逃げた!」

「追えっ、ひっ捕えろ!」

「波打ち際のみんな、回りこんで!!」

 

 俄かに始まる大捕物。俺と一夏も鍛えているとはいえ、さすがに相手は軍人にも匹敵すると一部で噂されるIS学園入学可能な女子達の集団。ほーら捕まえてごらんなさーいなどとお約束のセリフを言う暇すらなくとっ捕まったのはさすがに驚いた。

 そして、一夏はいつの間にやら包囲に加わっていたセシリアと鈴に連れ去られ、俺はアロハとTシャツをはぎ取られてしまいましたとさ。

 

「いやー、今回の触れ合いで神上くんとも仲良くなれた気がするわね!」

「うんうん、なんかぐっと距離が近くなった感じ?」

「……俺はむしろトラウマ植え付けられそうなんだが?」

 

 あー背中熱いなーとか思う今の俺は、アロハとTシャツを奪われハーフパンツ一丁で砂浜に転がされております。

 IS学園に入学して以来……というか今生と前の人生全てを思い出してみても女子にもみくちゃにされるのって初めてかもしれない。いつもは一夏を盾にしていたのがこんなところで裏目に出ようとは、さすがに予想もできなかった。海って怖い。

 

 ちくしょう、一夏だったらいくらでも手玉に取れるというのに。これだけの数で襲われたらさすがにさばききれないっつーの。

 

「情けないなあ。織斑くんを見てごらん。セシリアにサンオイルを塗って、今は鈴と沖のブイまで競泳してるよ?」

「……さすが一夏。我が友ながら女の扱いはすげーな」

「まっひーも大変だねえ。いい子いい子してあげるー」

 

 むくりと体を起こした俺の頭を、水着なんだか合羽なんだかきぐるみなんだかわからない狐的な何かの袖で撫でてくれるのほほんさんの手に癒されながら海の方を見てみると、確かに一夏と鈴がブイに向かって泳いで行っていた。

 

 あれ、待てよ。確か鈴って今日泳いだら……足を攣らせるんじゃっ!

 

「あっ、鈴がおぼれた」

「でも織斑くんがさっそく助けに行ったみたいよ。さすがよねー」

 

 と思ったのに杞憂だよ、チクショウ。

 一夏のイケメン力を持ってすれば、割とシャレにならない海の事故もイベントに早変わりか。無事なら何よりなんだけどさ。

 

「ふう。ほら陸に着いたぞ、大丈夫か、鈴?」

「ええ、もう平気よ。それにしても、メインブースター……じゃなくて足がいかれるなんてね。水没するかと思ったじゃない。狙ったわね、一夏!」

「何をどう狙うって言うんだよ!?」

 

 どうやらいらん心配だったようだ。

 一夏に背負われてこそいるが、赤い顔で元気に照れ隠しの八つ当たりしているのを見て、少し安心する。

 さすがに恥ずかしかったらしく一夏の背から降りるなり小走りに波打ち際から離れて行ってしまったが、そんな鈴の背中を見送りながら、俺はほっと胸をなでおろしていた。

 

 

「あっ、一夏に真宏、ここにいたんだ」

「ん、シャルか? ……って、うおっ!?」

「なにそのシュラウド」

 

 砂浜の上なのに妙に素早い鈴の走りを眺めている最中、ふいにかけられた声に振り向いた俺と一夏が目にしたのは、スカート部分がトラ柄に見えなくもない黄色い水着を着たシャルロットと、全身をバスタオルでぐるぐる巻きにしてどういうわけか目の部分にサングラスをかけた謎の人物であった。

 

「ほら、早く出てきなってば」

「ま、待て。私にも心の準備というものが……」

「あれ、その声ラウラか? どうしてそんな格好してるんだ」

「っつーか、そのサングラスには何の意味がある」

「……翔太郎とフィリップはかっこいいよね」

 

 俺のツッコミに対しては、シャルロットが明後日の方向を向いて答えてくれた。

 やっぱりお前の仕業か、シャルロット。以前のラウラ戦でもそれっぽいセリフを言ってたとは思ったが、まさかこんな所にまでネタを挟むか。

 だがとりあえず、IS学園に帰ったら劇場版を見せるとしよう。翌日から帽子被って来たりしないか不安だが。

 

「うーん、でもラウラがその格好のままでいたいんならしょうがないよね。一夏っ、僕と一緒に泳ぎに行こ」

「ああ、別に良いぞ」

「そ、それはいかんっ! ……ええい、キャストオフ!!」

 

 そう叫び、体に巻き付けていたバスタオルをはぎ取って水着姿をあらわにするラウラ。……IS学園の学園放送では仮面ライダーの再放送でもやっているのだろうか。学園に帰ったら時々送られてくる番組表を見直さなければならない気がする。

 

「……おお、ラウラの水着も可愛いじゃないか」

「かっ、可愛いだと!? 私が!?」

「ああ、すっげー似合ってるよ。なあ、真宏」

「そうだな。髪型も可愛らしいと思うよ。シャルロットが整えてやったのか?」

「うん。せっかくの海だし、おしゃれしないとね」

 

 こちらを向いて得意げに笑うシャルロットの笑顔は大変眩しく、とっつきらーにしてライダーマニアである中身の片鱗すら感じさせない愛らしさであった。……ホント、なんだかんだでこの子の将来が一番心配な気がするね、うん。

 そして、幼い体型をしたラウラに不釣り合いなようでいて良く似合っているこの水着。これを選んだであろうドイツの副隊長さんとは、いずれじっくりと話してみたいものである。

 すごく話が合いそうであると、そう思えてならない。

 

「おーい織斑くーん、ビーチバレーやろー!」

「おっ、いいな。えーと、こっちは……」

「一夏とシャルロット、ラウラでちょうど人数が合うだろ。行って来い」

「え、それじゃあ真宏はどうするんだ?」

「俺か? 俺は……」

 

 さすがに海とあって一夏もあっちこっちから声をかけられてとても忙しそうにしている。

 一方で俺の方は最初の物珍しさから弄られる時期を抜けだせたらしく余裕が出てきた。だから、そろそろ自分の役目に専念させていただこうと思う。

 

 一夏の言葉に答える代わりに砂浜まで持ち込んでいたバッグを開け、中身を取り出す。

 ずるりと引き出されたのは、大人の腕ほどの太さを誇るレンズ。俺を育ててくれたじーちゃんの遺品なのだが、受け継いで10年経っても未だ現役というわけのわからない頑丈さと性能を誇るデジタル一眼である。

 

「写真でも撮ろうと思ってな」

「……またそのカメラか。っていうか、それで撮った俺の写真をこの前の写真やらポスターやらにしたんだな!?」

「その通り。いいじゃないか、千冬さんとの写真なんかを撮るのにも使ってるんだし、ついでだよついで」

「……そのついでの扱いについて、今度じっくりと話し合う必要があるから覚えとけよ、真宏」

 

 一夏の目つきがこれまでになく鋭くなっているが、こうして一夏を弄っては睨まれるのなど小学生時代からの恒例行事だから、俺にとっては柳に風。さらっと流させていただこう。

 

 

 ……なにせ、今回の臨海学校におけるカメラマン役は割と真剣に俺の身の安全がかかっているのだから。

 

 IS学園はその特殊な立ち位置から外部の人間を関わらせることなどが厳しく制限されており、こういったイベントごとの時にカメラマンを呼んで集合写真やスナップ写真を撮ったりということがかなり難しくなっている。

 そのため、記録に残せるのはそれこそ生徒個人が私的に持ちこんだカメラくらいの物で、ましてや今回は織斑一夏の参加する臨海学校。

 こういった境遇とイベントであるからして、以前から写真手裏剣や一夏等身大ポスターを披露した俺に、2年や3年の先輩方から臨海学校における一夏の写真を撮ってくるように、という「お願い」がなされるのも当然のことなのである。

 うん、ごく平和的なお願いだったよ。扇子持ってる青い髪した二年生の先輩が出てきた時点で抵抗を諦めたからね、身の安全は保障されました。

 

 というわけで、一夏よ。

 俺の趣味と実益と命のために被写体になってもらうぞ。

 

 

 そこからしばらくは、ビーチバレーに興じる一夏を中心に写真をたくさん撮っていった。

 不自然にならないように他のクラスメートなどもフレームに収めてごく普通の写真も撮りつつ、時々一夏と一緒に撮って欲しいと言ってくる子たちとの写真も撮影したりなどしていたのだが、誰一人としてツーショットの撮影を許さないあたりはさすがの連携と牽制だと思う。

 

「お前はまた写真か、神上」

「それはもう。どうです、織斑先生も一枚」

「ふんっ、遠慮しておく」

 

 そうしていると、じきに千冬さんがやってきた。

 シャルロットと同じ店で一夏に選ばせたという黒の水着。スポーティーというかセクシーというか、普段からかっこいい千冬さんの魅力をそのままに、さらなる美しさを加える見事なチョイスであった。

 

「あっ、織斑先生」

「わ、きれーい。すごいなー憧れちゃうなー」

「私のことはどうでもいい。そら、お前たちは昼食を取ってこい」

 

 一夏に限らずそこらにいた生徒を軒並み虜にした千冬さんであったが、どうやら教師に許された限りある自由時間を堪能したいらしく鬱陶しそうに食堂へと追い払っていた。

 千冬さんに逆らってしまうと俺の体とこのカメラが無事である保証はないので、俺も早々に退散しますかね。

 

「ああ、神上。貴様は残れ」

「なん……ですと……?」

「えっ。織斑先生、どうして?」

「ただの雑用だ、織斑。……神上、とりあえず何か飲み物を用意しろ。お前のことだ、荷物の中のクーラーボックスにでも入れてあるだろう」

「えー……」

 

 とか思っていたのに、まさかのパシリ認定である。確かに、旅館で借りたクーラーボックスに色々入れてきてるけどさ。

 いかに海とはいえ夏だし、いざというときの水分補給のためにも飲み物は必須であるから用意しておいたのだ。

 しかしバカな。なぜここまで来て俺がパシリに!? いや、これまでも千冬さんの俺に対する扱いはこんなだったけど!

 

「でも、それだったら俺が……」

「いいから織斑は食堂に行け。オルコット達が呼んでいるぞ」

「う……わかりました。それじゃあ真宏、頼んだぞ」

「うん、わかった。わかってる。だからそんな仇でも見るような目はやめろ、な?」

 

 名残惜しげにこちらを振り返りながら去って行く一夏を最後に、ビーチに少しの静寂が訪れた。

 寄せては返す波の音や海風が体に当たる感触が感じられ、遠くで鳥も鳴いているから決して無音というわけではないのに、さっきまで辺りにたくさんいた生徒達がいなくなると途端に静かになったように感じられる。

 

 俺としてはこういう穏やかな海模様も割と好きなのだが、隣の麗人の内心がわからなければ落ち着いて堪能することなどできやしないわけで。

 

「……織斑先生、こういうのやめてくださいよ。一夏が俺のことを悪い虫でも見るような目で見てたじゃないですか」

「ふっ、なんなら本当になってみるか? 一夏も私に彼氏ができないかと随分気にしていたからな」

「勘弁してください千冬さん……」

 

 どうやら今は千冬さん的にオフタイムらしい。一夏のことを名前で呼ぶし、試しに千冬さんを名前で呼んでも訂正されないのはそういうことだろう。

 クーラーボックスから冷たい缶のブラックコーヒーなど出して、パラソル下のシートに座る千冬さんへと恭しく手渡しながら、うんざりした声を出す。

 ただでさえ一夏以外で千冬さんと二人きりになれる男である俺は一夏に警戒されているというのに。

 それに、そもそも千冬さんの相手なんて身が持ちませんよ。

 

「……貴様、失礼なことを考えているな?」

「滅相もない」

 

 しかもこの読心術。

 悪い虫云々はからかうつもりで言っているらしいからいいものの、もし本当にそういう関係になったとしても、千冬さんは俺程度の手に負える女性ではないのである。

 

「まあいい。……それよりも、一夏の様子はどうだ」

「やっぱりそれが本題なんですねこの弟大好きっ子は……ひでぶっ!?」

「私は身内のネタでからかわれるのが大嫌いだ。山田先生にも言ったが、気をつけろ」

 

 横に控えながら言った軽口には鮮やかな動きで跳ねあがったおみ足の甲に鼻を叩かれて止められました。さすがは千冬さん、生身の身体能力も半端じゃない。

 

「ちょっとプライベートな時間作って自分から聞いてやればいいでしょうに。……一夏は見ての通りに元気ですよ。相変わらず呼吸するだけで女の子に好かれるような体質してますけど」

「やはりか……。あいつにも本当に困ったものだ。それに加えてあの鈍さ、男友達などほとんどいないのではないか?」

「えーと、一夏の男友達と言えば俺と弾と数馬と……あれ?」

「やはりか……」

 

 一口コーヒーをすすり、悩ましげな顔をする千冬さん。綺麗な顔をしかめてしまったのは、決してコーヒーの苦みが原因ではないはずだ。

 

 だからこそだろう。

 誰よりも弟に対して厳しく優しい千冬さんが、ああ言ったのは。

 

「……真宏。私からこういうことを頼むのはなんなのだが、奴の友達でいてやってくれ」

 

 それは、おそらく千冬さんにとってかなり大切な頼みだったのだと思う。

 目線こそ彼方の水平線に向けたままであったが、その口調から一夏を心配する響きを感じ取れないほど浅い付き合いではない。

 

 織斑家にどんな因縁があって今のような姉弟二人だけになったのかは知らないが、千冬さんが一夏に対して抱く思いの強さくらいは知っている。

 そんな千冬さんがこんなことを言ってくれたのだ。

 だから、正直に言わなければならない。

 

「嫌ですね」

「……なに?」

 

 うわぁ、言っちゃった。

 真剣な千冬さんの言葉にはこちらも真剣に返すべきだと思ったのだが、返ってきた睨み上げる切れ長の目とか押し殺した声とかすごく怖い。

 

 しかしそれでも俺は言う。

 こんな弱音にも似た思いのたけをぶつけてもらったのだから、俺だって心の底から思うことをそのまま伝える必要があるのだ。

 

「生憎と、他人に友人を勧められる趣味はありませんので。……いやじゃないですか、人に頼まれたから友達でいてやるのなんて。だから今も昔もこれからも、俺が一夏の友達でいるのは俺自身の意志です。誰かに言われたからじゃありませんよ」

「……」

 

 はい、無言が怖い。

 これはあれか、滑ったのか!? 珍しく普通にいいこと言ったつもりだったのに!

 

「……ふっ、お前は、本当に面倒な奴だな」

「寮監としての監査名目で俺の部屋に入り込んでは、一夏の最近の写真を漁っていく人にだけは言われたくなげふぅ!?」

「そして、余計な言葉の多い奴だ」

 

 どうやら滑ったわけではなかったらしいが、あまりの緊張に耐えられなくてつい千冬さんの個人情報を口走ったらさっき蹴られたのと同じ場所に裏拳が突き刺さった。

 さすがの痛さではあるのだが、夏の日差しに照らされたことを差し引いてもなおはっきりとわかるほど頬を赤くする千冬さんなどという珍しい物が見れたから、まあ良しとしよう。

 

「雑用は十分だ、神上。お前も昼食を取ってこい」

「はい、了解です」

 

 そして、聞くだけ聞かれて本日のお務めが終了となったのか、はたまた赤くなっている千冬さんをニヤニヤしながら見ている俺が鬱陶しくなったのか、これにてお役御免になったらしい。

 ひらひらと手を振る千冬さんにはそう長くない自由時間を楽しんでもらうことにして、俺も食堂へ行くかね。

 

 なにせIS学園の臨海学校。きっと美味い刺身とか食えることだろう。

 

 

◇◆◇

 

 

 そして、その日の夜。

 夕食時の大広間にてシャルロットがわさびをひと山丸ごと食べたり、一夏が正座に苦しむセシリアを部屋に誘うのを確認し、織斑家の部屋で面白イベントが行われているだろうと予想しながら部屋でのんびりと過ごす俺。

 

 今回の臨海学校において、俺は例によって一人部屋を拝領する運びとなった。

 というのも、本来ならば一夏と俺で適当な部屋に二人揃って押しこまれるはずであったのだが、連絡の手違いか何かでその部屋が用意されていなかったのだそうな。

 そこで急きょ本来は宿泊用の客室として使われていない離れの一室を使わせてもらうことになったということで、山田先生が涙目になって俺と旅館の人に謝っていた。

 なんでも作家を缶詰にするときなどに使われている部屋らしく、最低限の家具以外何もなく、狭い。そのため俺と一夏のどちらか一人しかその部屋で寝泊まりすることはできず、ならば一夏のほうは千冬さんと同じ部屋にしてしまおう、という話になったのだとか。

 

 まあ俺としては雨風がしのげるならば一向に構わないし、夜はその日に撮影した写真を整理する必要もあるから、むしろちょうどいい措置なのである。

 

 そんなことを考えながら取り急ぎ、一日ごとにその日の写真を電子メールで送ってほしいという依頼を寄せてきたIS学園先輩陣の代表である、コードネームYCNANに今日の分を送りつける。

 ……なんか既に正体バレバレというか隠すつもりなさすぎな気もするけど、依頼料はなかなかの高額だったので俺としては文句を言うべきところではない。

 どうせ前もって一夏の弱みという名の情報を握ろうとか考えてのことだろうし、後で困るとしても一夏だけだから目をつぶっておくとしよう。

 

「真宏、起きてるか?」

「一夏? 起きてるぞー」

 

 そうやって一人充実というには後ろ暗い時間を過ごしていたら、一夏がやってきた。

 

 はて、どうしたのだろう。さすがの俺も織斑姉弟のスキンシップを邪魔する趣味はないから今夜のイベントへの参戦は遠慮しておこうと思ったのだが。

 ちなみに、一夏が俺の部屋に遊びに来たという可能性は、奴のシスコンの度合いから考えてありえない。

 

「どうしたんだ、一夏」

「いや、千冬姉が真宏を呼んでてさ。部屋に行ってくれないか?」

「部屋に?」

 

 ふむ、どうやら本当にお呼ばれしたらしい。

 おそらく一夏は適当な理由で部屋を追い出され、今まさに千冬さんはヒロイン達に一夏に関する話を吹きこもうとしているだろうに、俺を交えて何をしようというのだろう。

 ……まさか、俺も一夏を狙ってるとか思われてないよな。

 

「俺はちょっとこれから風呂に行ってくるけど、変なことするなよ」

「一夏じゃあるまいし。誰がするか」

 

 なんだとこのやろ、と軽くふざけ合いながらも風呂に向かう一夏と別れて、俺は教員部屋のある一角へと向かって行った。

 ……軽くふざけ合っただけだよね、うん。なんか一夏の目が、昼間千冬さんに雑用を申しつけられた俺を見るとき並にマジだったような気もするけど。

 だから俺は織斑家の姉弟を狙ってないと、何度言えばわかってもらえるのだろうか。

 

 そんなわけでやってきました、織斑千冬、一夏と書かれた紙の張り付けられた扉の前。今現在部屋の中がどんなことになっているか想像もつかないから、一応ノックしておこう。

 

「どーも、神上です」

「ああ、来たか。入れ」

 

 失礼しまーす、とIS学園入学時の面接を思い出させる及び腰で扉を開くと、そこには針のむしろがありました。

 

「……」

「…………」

「…………」

「…………」

「…………」

「…………」

 

「どうした、神上。お前も座れ」

 

 室内にいたのは、千冬さんに振舞われただろう飲み物を手に持ち、きっちり一列になって正座している一夏ラバーズ5名と、彼女らの前で男らしく胡坐をかいている千冬さんが全員揃ってこっちを見ていた。怖いって。

 

「えー、と?」

「そう怯えるな。変なところで小心だなお前は。ほら、お前にもジュースを奢ってやろう。9本でいいか?」

「じゃあ、とりあえず生ビー……るべっ!?」

「教師の前で飲酒を望むとは良い度胸だ」

 

 いやあ、お約束として言っておかなければいけないと思いまして。

 

 そんな言い訳を口にしつつ、突き刺さらんばかりの勢いで投げ渡されたコーラの缶の冷たさで直撃した額を冷やす。多分今蓋開けたら確実に大惨事になるからしばらく安静にしておこう。

 さすがの俺も臨海学校で浮かれているのだろうか、なんか今日は千冬さんの前で失言が多い気がする。

 

「それより、どうしたんです? 一夏がいなくてこの面子が揃ってるってことは大体どんな話してるのか予想つきますけど……俺は別に一夏を狙ってませんよ?」

「当たり前だ、バカ者。ただ単に一夏の代わりにつまみを一品作らせようと思っただけだ。私は久々にお前の卵焼きが食べたいぞ」

「ビールに卵焼きって合うんですか……?」

 

 俺もコーラを受け取ったから口封じは済んだと判断したか、体の影に隠してあった缶ビールを取りだしてごっきゅごっきゅと飲んでいく千冬さん。相変わらずいい飲みっぷりですね。

 

 どうして呼び出しを食らったのかと戦々恐々だったのだが、わりとまともな理由で安心したよ。……召使い扱いがまともというのもどうかと思うのだが、俺は昔からそんなもんだからしょうがない。

 さすがに、勝手がわからず設備も適当な旅館の一室に備え付けられた程度のキッチンではまともな料理など作れるはずもないが、教師用の部屋だからなのか最低限の調理器具が揃っていて、卵と調味料も冷蔵庫に入っていたのでご注文の卵焼きはなんとかなりそうだった。

 

「それじゃあ適当に作りますんで、ちょっと待っててくださいね」

「ああ。その間に私はこいつらに一夏の過去でも教えておいてやろう」

 

 ニヤつく千冬さんを見るに、つまみはそれで十分なんじゃね? という思いが湧きあがってくるが、ひとまず胸の奥にしまって俺は無心に卵を溶く。

 料理はいい。料理に集中していると、背後で酔い始めた千冬さんが一夏の少し恥ずかし目の過去エピソードを語るのが聞こえない気もするのだから。

 

「……一夏、すまんっ」

 

 千冬さんの話に目を輝かせながらがっつり食いついている五人の少女たちを視界の隅に認め、そんな言葉が口を突く。

 俺に出来るのは、今頃温泉に浸かっているだろう一夏が原因不明の悪寒に襲われて体を冷やさないのを祈ることだけである。

 

 

◇◆◇

 

 

「それでは、今からISの装備試験を行う。各班ごと迅速に行え。専用機持ちはそれぞれ専用パーツのテストだ。始めろ」

 

 明けて翌日、四方を崖に囲まれた入江のようなビーチにて。

 臨海学校二日目のメインであるIS新装備の試験が行われようとしていた。

 

 一般の生徒達はこの臨海学校に持ち込んだ打鉄やラファール・リヴァイヴの、ちょっと特殊な装備の癖を確かめ、専用機持ちはこの日のために開発企業や国からわんさか送られてきた装備やパッケージのデータ採取が待ち構えている。

 機密保持という観点からか、それとも周りに被害を出さないために選ばれたのかは知らないが、声を反響させるごつごつとした岩肌に囲まれ、天頂から太陽の光が降り注ぐこの入江のような場所はなんとも秘密基地的男心をくすぐってくれた。

 今日はいつものごとくワカちゃんに頼んで送ってもらったロマン溢れる装備もあるし、楽しみでしょうがない。

 

 本来ならば千冬さんの前でそんな風に浮かれているのは命取りにもなりかねないのだが、今だけは大丈夫だ。

 なぜなら。

 

「ああ、篠ノ之。実は今日からお前には……」

「専用機が与えられるのだー!」

 

 まずはじめに、それ以上のイベントがあるのですからして。

 

 突如あちらこちらに反響しながら割り込んだ叫びに、一年生全員が驚いてあたりをきょろきょろと見まわす。

 この臨海学校は、仮にもIS学園の公式行事。下手に首を突っ込めばあらゆる国家からその身柄を狙われかねないことをしでかす者がいるとは思えないが、事実として響き渡った恐れ知らずな声の主を探し、じきにその視線が一方向に集まって行く。

 入江の崖上に、さっきまでなかったはずの人影があるのだ。

 

「とうっ! さあっ、ちーちゃん私を受けとめてー!!」

「……ああ、任せろ」

 

 普通の人間だったらそんなところ立つだけでも怯むだろうに、一切の迷いなく平然と飛び降りて見せる当たり不思議の国のアリス的なシルエットの衣装に身を包んだあの人はさすがである。

 千冬さんもそんな闖入者へ敬意を表してか、顔面から突っ込んでくる彼女に対して黄金の右手をもって迎え、惚れ惚れするようなアイアンクローをかました。

 そしてそのまま勢いを殺すようにぐるりと大人一人の体を腕一本で振り回して着地させる握力と腕力は、はっきりと驚愕の一言に尽きる。

 

「や~ん、ちーちゃんってば相変わらず愛情表現が過激だねえ! 私を愛する心でちーちゃんのこの手が真っ赤に燃える! 私のハートを掴めと轟き叫ぶ!! ハァァァァトキャッチ!!」

「黙れ」

 

 地面に激突するのを防いであげた辺りは千冬さんの優しさなのだろうが、その後少し離れた位置でも頭蓋骨がみしみしときしむ音が聞こえるほどの千冬さんフィンガーをかますのは、これまで散々被った面倒に対する怒りなのだろうか。

 まあ、こっちに飛び火しない限り俺は不干渉を貫かせていただくのだが。

 

「一年共、こいつのことは気にせず作業を続けろ。山田先生はフォローを」

「えーと、えーと……はい」

 

 千冬さんに言われ、そそくさと自分達の作業に戻る生徒一同と山田先生。この人の正体が「あの」篠ノ之束博士だということには気付いたようだが、それ以前にあまりのアレっぷりを見せつけられて関わらないことを選んだらしい。うむ、賢明な判断です。

 

「さあ、ひとまず自己紹介くらいしろ」

「えー、めんどーい。まっ、いいや」

 

 ひとまず、とばかりに千冬さんの掌から解放された、箒と似ているような似ていないようなお姉さんはどこの淑女かと思うほど無駄に優雅な動きでターン。笑っているのかやる気がないのかわからない半眼の目をさらに細めて一夏と箒、そしてついでに俺に向け、当然のように他の専用機持ち4名は無視し、言った。

 

「ジョソギブ、ガン、タバネ、ザジョ」

 

「せめて人類の言葉を使え、馬鹿者」

「ちなみに今のは『よろしく、束さんだよ』だそうだ」

「……真宏さん、どうして解読できますの?」

 

 そんな感じの自己紹介でした。

 どうやら、束さんは他人を拒絶するところから進化だか退化だかして、普通の人には通じない言語を使うことにしたようだ。あからさまな無視や拒絶をするよりはましかもしれないが、千冬さんの言うようにせめてリントの言葉を使ってほしいところである。

 

 既にこの時点で束さんに話しかけようという勇気は専用機持ちの中にいなくなっているようだったが、それでもこの人を呼びだした責任からか、箒が一歩前に出て、声をかけた。

 

「……それで、頼んだ物は」

「もっちろん、用意してあるよ箒ちゃん! それではみなさん、空を見上げよう!」

 

 そっくり返らんばかりに背筋を反らして天を示した束さんの指に従ってみんなが視線を上げると、そこには昼間だというのに眩く輝く何かが。

 まあ、もはや何かなどというまでもなく、箒の専用機なのだがね。

 

 腹に響く轟音と巻き上がった砂を周囲に撒き散らしながら砂浜へと降り立ったのは、四角いコンテナだった。

 そしてその中から無駄にメカメカしいアームに掴まれて現れたのは、紅いIS。機嫌良さげに語る束さんの言によれば現行のISをあらゆる性能で上回るという新型機。

 色といいその性能及び立ち位置といい、なんとも言葉では表しがたいカッコよさと、ついでに世界情勢的な面倒を内包した機体である。

 

 紅椿などという名前と赤いカラーリングなのだから、特に速さは通常の3倍だったりしないかなーとか考えているうちに、束さんはフィッティングとパーソナライズ、さらには身内の縁で専用機を得ることができた箒への嫉妬の言葉を口にした生徒への皮肉返しなどをして、次の獲物を俺と一夏に見定めたようだった。

 

 

「さって、それじゃあとはしばらく待つだけだし、その間にいっくんと……えーと……、っそう、まーくん! のISを見せてもらえるかな?」

「ええもちろん良いですよ束さん。……でもその前にちょっと俺のフルネーム言ってみましょうか」

「ぎくっ」

 

 だけど、せっかくだし昨日から気になっていたことを聞いておこうと思う。

 

「束さんは元から他人に興味ない人ですけど、俺のあだ名は覚えてたんですから当然フルネームも言えますよね、天才なんだし」

「もっ、ももももちろん! この超! 天! 才! ドォクタァァーーーーッ! タバーネ!!! にかかれば人の名前の一つや二つ! 大怪球の三つや四つ!」

「作れるんですね、わかります。でもまあさておき、名前をどうぞ」

 

 そして、どこぞの西博士みたいなテンションで叫んだ束さんが固まる。

 眼球が高速で動いているところからするに、おそらく必死で俺の名前を思い出そうとしているのだろうが、出てこないようだ。

 

 どうにも、昔から俺と束さんの関係はこういう感じなのだ。

 一夏や千冬さん、箒などと同様俺も他の人間との区別はつくほうのカテゴリーに入っているようなのだが、名前のほうはうろ覚えらしい。

 昨日も結局俺のことを「君」としか呼ばずに名前を出さなかったからもしやと思っていたが、あだ名を辛うじて覚えていただけの様子。

 

 おそらく俺は、見分けはつくけど余り覚えていないという、束さんの認識における「他人」と「身内」の境界線ぐらいにいるのだろう。これまでの経験からするに、束さんにとっての俺は「時々引っ張り出して遊びたくなる気に入ったおもちゃ」程度の物のように思う。

 この境遇が人生において吉と出るか凶と出るかは知らないが、まあ束さん自身は割りと好きなタイプの人だから、せいぜい楽しませていただこう。

 

 ……なにせ、束さんだって俺達「で」楽しんでいるだろうから、ね。

 例えば、子供の頃俺と束さんが二人きりになったとき、「束さん式、初代仮面ライダーごっこ」をされたりとか。

 あのときのトラウマは今も残っているが、その程度のことにいつまでも怯えている俺ではないのだ。

 ……いや、思い出すと本気で震えて来るんだけどさ。

 俺が望まれたのはひたすら「やめろぉー、ショッカー!」というセリフを繰り返すことのみで、その間終始ぐふぐふと不気味な笑い声を上げながら、出所不明の本物にしか見えないメスやら何やらの手術道具を振り回す束さんの姿は今でも時々夢に見る。勿論悪夢で。

 

 恐怖のあまりそのとき具体的に何をされたかは記憶に残っていないが、今日まで特に体に不調や違和感はないから、本当に改造手術されたりはしていないと信じたい。

 本当に何もされていないとは言い切れないのが束さんの束さんたる所以であるのだが。

 改造手術を受けて改造人間になるというのは確かに男のロマンであるのだが、今に至るまで一切その形跡や影響がないとしたらそれはホラーでしかない。

 

「うーんと、確か……。……っそうだ! 思い出した!」

「それでは問題です! 俺の名前は!!」

 

 そんな内心の葛藤を繰り広げているうちに、どうやら思い出したらしい。張り切って答えて貰いましょう。

 うーん、と無駄に気合を入れて、ずびしっと指で空を突き刺して叫んだ。

 

「キャプテン・マーべラス!」

「……誰が宇宙を股にかける海賊ですか」

「白い友達に力を託すと、いいことがあるぞよ~」

「それはもうやりましたから。あと声がすごく似てるのは分かりましたんでさっさとIS見てください」

「ううっ、まーくんがいじめる……。束さんをいじめていいのはちーちゃんだけだよ~。昔はあんなに一緒に遊んだのに……。ねえ、あの頃の続きで今度こそ改造手術受けてみない? 手足をサイボーグ化したらISを装着したまま変形とかできるかもよ?」

「………………お断りします」

「そこで悩むな、神上」

 

 悩んだのは束さんが怖かったからか、それとも強羅に変形機構がつくことの魅力に惹かれたからかは、自分でもよくわからない。

 

 ともあれ束さんはまだウジウジと文句を言っているが、人の名前も覚えない人には当然のことだし、何よりそれをダシに千冬さんへ縋りつこうとして鬱陶しそうに追い払われているのを見るに、ダメージを感じているとは思えやしない。

 

「じゃ、気を取り直していっくんとまーくん、ISを展開してくれるかな」

「はい……」

「それじゃあ……」

 

 束さんが強羅の様子を見てくれるのならば、俺としても否やはない。

 多分はぐらかされるか束さん自身わかっていないというオチが待っているだろうが、それでももしかしたら俺がISを動かせる理由もわかるかもしれない。

 そうと思えば速やかにISを展開するべきなのだろうが、それでもこのシチュエーション。ちょっとやりたいことがある。

 

 ちらりと隣の一夏に視線を向ける。

 すると、一夏も俺と同じような視線でこちらを見ていた。

 

――やるか?

――やらいでか

 

 言葉はなしに目線だけで確認し、お互いにニヤリと笑う。

 いつかやりたいと思ってたんだよね、コレ。

 

 二人でそろって前を向き、ザッと足元の砂を鳴らしながら肩幅に開く。

 一夏はいつか俺がやったごとく、左の拳を腰だめに、右の手刀で斜めに空をきりながら扇のごとくに旋回させる。

 俺は両手を真右に向け、ゆっくりと両方の腕を回しながら拳を握り、左手の肘を立てる。

 

 異なるポーズを奇妙にシンクロさせた俺たちは、その完成をもって声を揃える。

 さあ、言ってやろう!

 

「「変身!!」」

 

 ベルトのバックル型になっている強羅からいつになく嬉しそうな感情が伝わってくるような気がしつつ、並び立つ二人の体が量子光に包まれ、白式と強羅が展開された。

 

『……やはり、ダブル変身はいいものだな』

「ああ。なんかこう、誰にも負けない気がするよ。できればもっとらしいシチュエーションでやりたかったけど」

 

 そうやって、じーんと感慨にふけっている男二人と、それを軽く無視してISにコードを刺してデータを弄る束さん。

 なんともアレな光景であった。

 

「……相変わらず一夏さんと真宏さんは仲がよろしいですわね」

「でも多分ツッコんだら負けよね」

 

「一夏と真宏、ダブル変身できていいなあ……」

「なるほど、真宏はああして嫁との絆を深めてきたのだな」

 

 ……セシリア、鈴。ツッコミが必要なのはむしろ俺たちよりもシャルロットとラウラだと思うぞ。

 

「うーん、二人のISはどっちも面白いフラグメントマップを作ってるねえ。そこはかとなく男らしい感じがするような」

「どういう感じですか。……ていうかどうして俺と真宏はISを使えるんです?」

「どうしてだろうねー、よくわかんない。ISは自己進化するように作ってあるから、そのせいじゃない?」

『大方そんな事だろうと思いましたよ。……それにしても、自己進化ですか』

「そうだよ~。それに自己再生機能もあるわけだし、あとは自己増殖できるようになったらまさに究極――アルティメット――だね!」

『……さもなくば、悪魔――デビル――にでもなりそうですね』

 

 他の誰にも聞かれないように小声で零したその言葉も、束さんはしっかりと聞き取ったらしい。

 空間に浮かび上がったディスプレイの一つを見るついでに俺の顔を見上げ、

 

 にっ。

 

 と笑う。

 我が意を得たり、とばかりに。

 

 ……勘弁してほしいな。

 ただでさえ束さんはそこにいるだけで世界のバランスを崩壊させうる人なんだから、ISにこれ以上変な仕込みとかしてあったらシャレにならんぞ。

 以前束さんが原因と思われるGガンダムのDVDが無くなっている時期があったから単なるネタで俺を惑わせている可能性も否定はできないが、それでもISが地球規模での危険物になる可能性を捨てきれないあたり、さすがの天才っぷりである。

 

 俺がそんなことを考えて密かに震えているうちに、束さんはフラグメントマップの確認と、さっきから束さんが見せる近寄りがたさにもめげずに勇気を振り絞って話しかけてきたセシリアの撃退を終えていたらしい。

 

「あー、はいはい気が向いたらね。多分56億7000万年くらい気が向かないけど」

 

 完全な拒絶ではなく鬱陶しそうにするだけで済んでいるあたり、対人関係も多少はマシなのだろうか。

 

「とかなんとかやってるうちに三分経った~。箒ちゃーん、パーソナライズ終わったから、さっそく試しに飛んでみよう!」

「はい、わかりました」

 

 パシュパシュッと無駄に軽快な音を立てて各部に接続されていたコードが弾かれ、紅椿が完全に箒のものとなった。

 白式がファースト・シフトをしたときのように、変身という言葉を思い浮かべるほどの変形はしていないが、それでもシルエットが箒の体に合わせて少しスマートになったような気がする。

 

「紅椿で空を飛ぶときはね、コーラリアンの中に入っちゃった好きな子を助けるような気持ちでアーイ、キャーン、フラーイって」

「いきますっ!」

 

 さっそく適当なことを口走った束さんをさくっと無視して、箒が空へと舞い上がった。

 

 現行機を全性能で上回るという言葉を証明するかのようなその垂直上昇力は、周囲に巻き起こった衝撃波が吹き飛ばす砂の量と、余波をくらってころころとすっ転がっていく束さんの姿からも明らかであり、一瞬のうちに強羅のハイパーセンサーが無ければ捕えられないほどの高空へとその身を移していた。

 

『これは……すごいな』

 

 オープン・チャネルに箒の呟きが入ってくる。

 その声音は自身の愛機となる紅椿の性能に心底から驚愕し、そして喜んでいるとわかる震えがあった。

 

「それじゃあ箒ちゃん、武装も試してみて。今データ送るから。打突がエネルギー刃を放つ右の雨月と、斬撃に合わせてブレード光波……じゃなかった帯状の攻性エネルギーを出す左の空裂だよ。このミサイル迎撃してみてくれるかな」

 

 ぽんぽんと説明し、そしてそれを噛み砕いて理解する暇も与えずに束さんが着込んでいたIS的な何かが16連ミサイルポッドを展開し、ミサイルを発射。

 青空に噴射煙の白い航跡を縦横に残し、あっという間に箒へと迫って行った。

 

「箒!?」

『大丈夫だ、この紅椿なら!!』

 

 そう叫び、左の空裂を瞬く間にニ閃。

 十字を描いて発生したブレード光波がミサイルの軌跡と真正面から行き過ぎ、直後16の爆炎が空に咲いたのであった。

 

 機動力、攻撃力いずれも秀逸。

 これまでの動きからも束さんが言った通り現行のISを凌駕するという性能がはっきりとわかる箒の専用機、紅椿。

 どこの国の代表候補生でもない箒の立場も考えれば、これは間違いなく世界に激震を呼び起こすことになるだろう。

 

 これだけの物を見せつけられれば、箒と束さんを見つめて言葉をなくした生徒達の姿も当然のこと。

 

 そして、これまで生きてきた中でも屈指の怖い目つきで束さんを見つめる千冬さんの内心も、わかろうというものだ。

 

 ……俺は篠ノ之束さんという人間を嫌ってはいないし、その性質が悪だと思ってもいない。

 あの人は自分の能力を生かし、その上で欲望に忠実に生きているだけで、俺はそういう生き方を否定する気はない。

とはいえ、せめて自分の能力を自覚してもう少し穏便な方向で頼みたいのだが……。

 

「おっ、織斑先生! 大変ですっ!!」

 

 その思いが通じないだろうことは、山田先生が大慌てでやってきたことからも明らかだ。

 

「な、なんだ……?」

『さあな。どうせ面倒事が起こったんだろう』

 

 山田先生と千冬さんが暗号手話だかなんだか、ハンドサインで会話を始めたのを見てざわめく周囲に掻き立てられるように不安げな声を出す一夏と、その隣に降り立つ箒。

 

 いつの間にやら束さんの姿が消えていることも考えるに、どうやら本当にあの事件が起きようとしているらしい。

 

「……またお前に頼ることになりそうだな、強羅」

 

 強羅の内より外には出ない声で、そう呟く。

 IS学園に入学してからこっち、何度かイレギュラーな戦闘や事件が起きてはいたが、中でも屈指の危険と脅威を誇るであろうこの事件。

 今度も何とか無事に乗り切るためには俺と強羅、そして仲間達全ての力を出し切らなければならないだろう。

 

 山田先生とのやり取りを終えた千冬さんが生徒達へ指示を出そうと振り向くのを見つめながら、珍しく緊張と不安で高まる心臓の鼓動を感じていた。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。