「なにこれ」
「白式なのにブラックボックスとは……これいかに」
「いや、もう本当にお手上げなんですけど」
IS学園にいくつかあるIS整備室の一つにて、刀奈さんと簪、そして山田先生が雁首揃えてうなりを上げていた。
目の前にでんと鎮座する難題、クリスマスごろに起きた一連の事件で姿を見せた白式の第三形態『ホワイト・テイル』の意味不明さを前にすれば、そうもなるだろう。
「え、なんかよくないんですか?」
一夏と二人、休憩用にと淹れたコーヒーを運んで来たら、三人揃ってそんな有様になっていた。
整備用のハンガーに支持されている白式は、最初のころの姿と比べてあれこれ装備がついて一回り大きくなったような気がするが、それでも変わらず白く、綺麗な機体だと思う。
「良くない、というか本当にわからないのよ。内部構造からして様変わりしてるから、倉持技研の人たちでも何がどうなってるのか意味不明、って回答だったし」
「そのせいで整備もできない……。もし破損しても、機体の自己修復機能に任せるしかないかも」
「というか、スペックの算定すらできないから危険すぎます! 何が起こるかわからないんですよ!?」
が、その存在は厄ネタの塊だ。
白式は元々千冬さんのIS、暮桜のワンオフ・アビリティを再現することを目的とした零落白夜を持つ上に、機動力重視のやたらピーキーな仕様。そして今回のサードシフトに際しては、その時装備していた倉持技研のエネルギー増幅装備『O.V.E.R.S』を取り込んで、その結果ネックだったエネルギー消費の問題がぐっと軽減された。
そして。
「それにしても、新しいワンオフアビリティよね……」
「『全てのISを初期化する』……絶対使われたくない」
「そうです! これ大問題ですよ!?」
「いや、悪用とかしないですから……」
ISの機体性能の全てを発揮するためには搭乗者との相性、そして積み重ねた経験値が物を言う。単純に使い慣れるということ以上に、長い時間を共にすることで反応速度や性能の向上が確かにみられることは、すでにIS界隈での常識と言っていい。
それを、一方的に無に帰することができる白式の新たな能力。これは、ISの登場時と同じくらい世界を激震させかねない凶悪な代物だった。
「ともあれ、その辺の情報の取り扱いについては上の人に悩んでもらうとして、まずは機体自体の把握だろう。どんな感じだ、一夏」
「うーん、まだその辺はよくわからないな。装備がいろいろ入れ替わったりしてるから使い慣れてない。……あ、でもレスポンスは上がってるぞ、すごく。まるで機体全部が俺の脳波かなんかに感応して動いてるみたいに」
「そういえば、なんかフレームが発光してたな」
しかし、そんな状況だからこそとにかくできることはやっておくべきだ。下手をすると今日にもファントム・タスクの人たち辺りが白式のお預かりに来ましたーと遊びに来るかもしれないわけだし、動かし方くらいは速やかに把握しておくべきだ。
「そうね……それじゃあ、シャルロットちゃんとの模擬戦とかどうかしら。お互い新しい機体になったばかりなわけだし」
「いいかも。リイン=カーネイションもデータが必要だし、一石二鳥」
「デュノアさんの方は織斑先生とボーデヴィッヒさんがついていますね。場所は、第三アリーナです」
「なるほど……じゃあ、行ってきます」
「待ってくれ一夏、俺も見物に行くから」
そんなわけで、一夏と連れ立って第三アリーナへ向かう俺。
さて、新しい機体がどんな戦いを見せてくれるのか、楽しみだ。
◇◆◇
第三アリーナ併設の整備室にて、一夏とシャルロットの模擬戦は割とあっさり成立の運びとなった。
なんか、ISスーツ姿で整備中のシャルロットがタマネギ大好き! と歌ってたのでこっそり後ろから近づいてその歌にふさわしい帽子をプレゼントしてみたり。
「!? なに……!? え、帽子? なんか『BC』って書いてあるけど……って、真宏に一夏! まさか、聞いてたの!?」
さすがの流暢なフランス語。新しいIS を前に、シャルロットも浮かれていたんだろう。かっかと顔を赤くして一夏をぽこすか殴って照れ隠ししているが、気持ちはわかる。俺だって強羅がセカンド・シフトしたときは小躍りしたし。ロマン魂の後遺症が抜けてからだったけど。
「模擬戦ね、うん。それは喜んで。リィン=カーネイションはまだ把握しきれてない能力がいろいろあるから、僕としてもありがたいよ。2機に分離して動かすのも、さすがにいまはまだ両方まとめてコントロールするのが難しいし練習したいな」
「えっ!? 分かれて行動できるのか! すごいな!」
「…………………………………………うん。一応できるんだよ。できるんだけど、ね?」
この申し出は、新機体の調整と把握に腐心しているシャルロットにもちょうどいい提案だったようだ。二つ返事でOKを貰った。
それはいいんだが、なんか様子が変だ。2機の分離運用の話になったとたん目が死ぬのは一体なぜなのか。
「せっかくだから、ちょっと見ててもらえるかな。……よいしょっと」
そう言って、シャルロットはISに乗り込み、いくつかの操作をする。その結果。
「はっ!」
「おお、分離するとシャルロットの方はラファールになるのか」
「てことはもう1機はコスモス……に、なってないぞ!?」
ぴょいーん、と飛び上がるようにして出てきたのは見慣れたラファール・リヴァイヴを身に着けたシャルロット。ということは残された側がコスモスのハズ……なのだが。
「こんなに手足太かったっけ。それに胸の辺りにこれはなんだ……目?」
「ちょっとコミカルだな」
「そうなの……どうしてか、分離するとコスモスの側がこんな感じになっちゃって……!」
シャルロットの嘆き。その正体は、分離後のコスモスがなんかマキシマムでマイティな感じになる事だった。
人が乗るはずだった部分には、なんかマネキン的な人体代わりのフレームが乗っているんだけど、あからさまにデザイン変わりまくってないかこれ。
「ま、まあいいんじゃないか? 使いこなせればすごく強いはずだし!」
「うん、ラファールの方も見た目は元と同じだけどスペックは圧倒的に上がってるから間違いなく強くなってるのに……なんだろう、納得いかない」
シャルロットも大変だなあ。俺や一夏だったら普通に喜ぶだろうけど、女の子だしね。複雑そうだ。
ともあれ、こんな感じで謎の満ちた機体同士の模擬戦の運びとなった。俺はそれを呑気に観戦していればいい……と、思っていたのだが。
「む、おぬしは神上真宏」
「おや、アイリス王女。こんにちは」
「アリスでよい。それより、おぬしに頼みがある」
なんか、ふらっと第三アリーナを訪れたアイリス王女改めアリスに声をかけられました。
お付きのジブリルさんを引き連れて、おそらく訓練か何かをしに来たんだろうと思ってたら、俺を見つけて声をかけて来た。うーん、こうしてしっかり話すのって初めてな気がする。
「その、な……少々わらわと戦ってみてくれんか」
「え、
「なんで紙束取り出しておるんじゃ」
「かっ、紙束じゃねーし!」
しかも、いきなり模擬戦申し込まれるんだから、これがわからない。
「いやの、以前に鈴と箒と一夏を賭けて戦ったときに言われたのじゃ。わらわの機体、セブンス・プリンセスはおぬしの強羅によく似ていると。なのでその辺りを確かめてみたくなっての?」
「なるほど、そういうことか。もちろんいいよ。……一夏、シャルロット。アリーナ半分借りていいか?」
「ああ、俺は構わないぞ」
「僕も。IS4機が試合することは普通にあるからね」
とか思っていたのだが、以前の戦いのときに鈴たちから言われたことが気になっていたらしい。俺としても、アリスの重力を操る武装には興味があったからちょうどいい。喜んで受けさせていただきたい。
んだけど。
「……でも、気を付けてね? 心を強く持って。試合中は何が起きても不思議じゃないから、絶対に油断しちゃダメだよ」
「ISを相手にしてる、と思わないことが真宏と戦うコツだな。怪獣退治、くらいの気持ちでいた方がいい」
「お前ら流れ弾に気を付けろよ」
友人たちからアリスに対するありがたすぎる忠告に、とりあえず一夏たちを巻き込む覚悟でバンバングレネード使うことを決意した。覚えとけよお前ら。
◇◆◇
『じゃあ、とりあえずグレネードで!』
「いきなり過ぎんか!?」
試合開始の宣言直後、とりあえず様子見から始めるっぽいアリスに対して、俺が選んだのはグレネード乱射。小さい子相手に良心の呵責はないのかって? 大丈夫。アリスは見た目年齢的にワカちゃんと大差ないから、むしろ最初から全力でかからないとこっちの命が危ない気がしてくるし。すでにそういう認識は俺の魂にまで刷り込まれている。
『おお、全くの無傷。さすが重力障壁』
「ふ、ふん! この程度なんともないわ!」
『まあ、蔵王製グレネードでも一番小型なヤツだしね。じゃあ次は普及型いってみよー』
「へ?」
ということで、しばらくグレネード祭りとなりました。
「うおわー!? 真宏、流れグレネードがこっちまで来てるぞ!?」
『すまんすまん、手が滑って』
「向きが全く逆だよね!? ノールックで僕たちの方に撃ったね!?」
『一発だけなら誤射らしいよ?』
時々お邪魔キャラよろしく一夏とシャルロットの方にも放り込んでみたりしつつ、元々強羅とどっこいレベルで機動力が低いらしいアリスのセブンス・プリンセスをグレネードの爆炎で包む作業に勤しんでいたのだが……なるほど、やはり普通の装備じゃあのバリアは貫けないらしいな。
「普通!? これを普通と言ったのか貴様!? 全方位常に爆炎に包まれていたんじゃが!?」
『蔵王なら普通です』
「マジおっそろしいな!」
うーん、アリスの口調がめっちゃ砕けて来た。さすが、日本に馴染むのも早い。
なんか、客席のジブリルさんがめっちゃ叫んでるっぽいけど聞こえないなー。ISのハイパーセンサーの故障かなー?
「ま、まあよい。地に伏せい! <重力砲撃>!」
『お、お……ぉお!?』
と、せっかくの模擬戦でこっちばかりというのもなんだから適当にグレネードのリロードなどしつつアリスにターンを回してみたところ、その隙を逃さず防御中にチャージしていたと思しき重力砲撃を叩き込んで来た。
強羅はただでさえ機体重量が重いせいもあってか効く効く。抵抗する間もなく強力な重力に引き寄せられて地面に叩きつけられた。鈴と箒が食らってたのは見たけど、なるほどこれはかなりキツい。
「……なぜ強羅のシルエットの形の穴が開くんじゃ。まあそれはいい! どうじゃ、そういう重い機体にはよく効くじゃろう!」
『ああ、確かに。……あらかじめ分離しておいて正解だったよ。白鐵!』
――キュイ!
「なっ!? 後ろから……ISじゃと!?」
セブンス・プリンセスは広域殲滅型のISだから、おそらく重力砲撃も広範囲に影響を及ぼすことができるんだろうが、今回は一対一だから効果範囲を絞っている。
つまり、別方向からの奇襲に対しては影響がないということで。
アリスの背後から迫る、なんか鳥っぽい顔のついた打鉄にはさすがに驚いたようだった。
「がふっ!? なんじゃこやつは!? 機体は打鉄で、じゃが人ではなく機械の……鳥? まさか!」
『お察しの通り、そいつが強羅の自律型支援ユニット、白鐵だ。……さっきシャルロットのリイン=カーネイションが2機に分離してるのを見て、白鐵も似たようなことできないか聞いてみたらできるらしいからやってみた』
――キュイキュイ
「貴様本当に常識外れじゃな!?」
アリスを地面に叩き落し、自慢げに鳴く白鐵。
今はボディ部分を変形させて打鉄の人が収まる部分にすっぽりと嵌まって、IS側の機能を掌握した状態にある。
手足はアンロックユニットとして使っているので完全にフリー。ぎゅおんぎゅおんと特に意味もなく体の周りを回しているのは、多分楽しいんだろう。
とはいえ、白鐵はまだまだ人型を複雑に動かせるほどではない。体当たりしたり持たせた武器を振り回すのが関の山。が、それで十分だ。なにせ、アリスがこっちに落ちて来た。
『さあて、それじゃあここからが本番だな』
「なっ、バカな! 貴様にはまだ重力砲撃の効果が残っているはず! なのに……何故立ち上がれる!?」
『え? パワーと気合』
「お前なあ! お前なあ!」
なので、お迎えに参上するのが礼儀。
圧倒的な重力に逆らって立ち上がり、ずしーんずしーんと地面に足をめり込ませながら一歩一歩近づくと、アリスは半泣きで悲鳴を上げながら後ずさる。くそうセブンス・プリンセス超遅い! とか叫んでるので、ちょっと罪悪感。
『つーかまーえた』
「ひいいいい! じゃ、じゃがこの超重力では装備も使えまい! そうして腕を振りかぶったところで……!」
でも、きっちり全力でお相手するのが礼儀ってもんだよね!
その興奮が俺を強くする。ロマン魂が強羅の手足にみなぎる。
そして、溢れる力はそのまま片手でアリスを機体ごとがっちりつかみ、もう片方の腕は拳を握って引き絞り。
『ロケットパ―――――――――――――――――――――――――ンチ!!!!』
「ぎゃーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー肘から火を噴いたーーーーーーーーーーーーーーーー!?」
重力の影響で弾も精密機器もダメなら、いっそIS自体で殴ればいいじゃない。重くて動かせない分を、肘からのロケット噴射で補って。そういう思考で思いっきりぶん殴りました。
◇◆◇
その後。
一応壁まで吹っ飛ばしはしたものの、気合で立ち上がったアリスが怒りに任せて全方位重力砲撃をかまして俺と白鐵とあととばっちりで一夏とシャルロットが地面に叩きつけられてのたうちまわり、模擬戦はぐだぐだのうちに終わった。
ついでに、その後勝手に打鉄を使ったことで千冬さんからめっちゃ怒られました。
申請とかせずに打鉄を持ちだしたのは事実です。ただ、これは我々の業界においてよく使うことで「無断出撃とか基本だよね」という意味です。誤解を招いたとすれば、言葉足らずであったと心苦しく思います!
「……鈴と箒が言っていたことがイヤというほどわかったぞ」
「それはなにより」
「アリスは一言も褒めていないからな、神上真宏」
そんなこんなを済ませてから第三アリーナから引き上げ、食堂へやって来た。
食堂、とはいっても世界中のエリート女子が集まるIS学園の食堂なわけだから当然おしゃれで料理も美味い。あと、今年はごたごたがあってうやむやになっているがフードギャラクシィなる各国料理を振る舞うイベントも開催されるとかなんとか。
そんなクオリティとラインナップはお姫様の口にも合うようで、テーブルに並べられたスイーツをぱくぱく食べている。
「いやー、それにしてもさすが第四世代機とそのパイロット、強いね。俺もあの重力に打ち勝つためにますます鍛えないと」
「……のう、ジブリル。もしやこやつ、ISの装備への対抗策として筋肉を使おうとしておらんか?」
「おそらく、お察しの通りかと。真似してはいけませんよ」
なぜだろう、話せば話すほどドン引きされている気がする。
……よし、ここは一つアリスの気を引くような話をしよう。さっきから、別のテーブルで拗ねた様子のシャルロットとラウラにパフェを食べさせようと画策しているらしき一夏のことをちらちら見ているし、きっといつもの手が使えるな。
「ところでアリス。俺は一夏とは昔からの付き合いなんだけど……あいつの好みとか、知りたくない?」
「っ。……苦しゅうないぞ。言え。さあ言え。洗いざらい教えろ。ジブリル、なにをしておる! 早く真宏に茶を!」
「は、ははっ!」
うーん、ちょろい。
これまでも一夏に近づきたがる女の子たちからの信頼を勝ち取って来た信頼と実績の手法だけはある。
とりあえず、こんな感じでアリスとも話すようになりました。
お近づきの印に一夏の半脱ぎ胸元チラ写真を献上しようとしたら不健全過ぎるとジブリルさんに斬りかかられ、仕方ないから健全写真に切り替えつつこっそりセクシー写真の方も渡したらアリスから「わかっておるのう」みたいな目で見られたりした。
うん、これでアリスも立派なIS学園生だね。
「アリスの機体はやっぱりすごいよなー。重力だよ、重力。ところで、重力を操るってことはこんな技出来たりしない……?」
「なんじゃ? ふむ……ふむ……可能性はあるな」
「あの、アリス……? そいつの言うことはあまり真に受けない方が……なんだかとんでもないことになりそうな予感がするのですが!」
IS学園生らしく活躍してくれる日も、きっと間近のことだろう。
◇◆◇
翌朝。
前日アリスたちと話したり、一夏がヒロインズにパフェで餌付けしようとしていた食堂に入ると、一夏が首を斬られそうになっていた。
「おはようおばちゃん。今日の朝食は和食のセットでよろしく」
「真宏おおおおおおおおおおおお! この状況を無視かよお前えええええええええ!?」
ごはんにみそ汁。海苔とか梅干しとか卵焼きとか漬物なんかがバリエーション豊かで、メインは焼き鮭。うーん、日本の朝食だなあと追加した納豆を混ぜながら、一夏の悲鳴を聞き流す。
「えー、どうせいつものことだろ? どうしたんだ、今日は朝から箒の胸にでも顔を突っ込んだか? それともシャワーを浴びようとしたらセシリアが先に入ってたとか?」
「……織斑一夏は、アリスと床を共にしていた。故に、死刑だ」
「判決早いですね」
「言ってる場合じゃないだろおおおおお!?」
ジブリルさんの分かりやすい説明を聞きながら椀を取る。油揚げ入りのみそ汁って揚げから出た油がいい味だしてるよね、とひとすすり。うーんごはんが進む。
「なるほど、さすが行動が早いなアリス。早速同衾するとはやるじゃないか」
「う、うむ。『IS学園女子はなんだかんだでヘタレだから、無理矢理にでも一夜を共にすれば一歩リード』というおぬしのアドバイスのおかげじゃ。……よい、夜じゃった」
うっとりとほほ笑むアリスに対し、ますます一夏に対するガン付けが険しくなる箒たちヒロインズ。
やれやれ、最近は刃物ではなく色気で一夏に迫る方向になりつつあったというのに、やはりまだまだ甘いな。
さすがに一夏が俺に向ける目も捨てられた子犬通り越してギロチンにかけられた死刑囚みたいになってきたことだし、朝飯も食い終わったから助け船を出してやるとしよう。
「はいはい、皆の衆冷静に。一夏のことだからどうせ一緒に寝ただけで手出しなんてしてないから」
「なぜそう言い切れる!」
「男は狼なのです! 気を付けるようにとチェルシーも言っていましたわ!」
手を叩いて注目を集めながら騒ぎの中心へ入っていくと、こっちにまで箒たちの殺気が飛んできた。怖い。
が、だからこそ一声かける必要がある。このままじゃ本気で勢い任せの行動に出かねないからね。
「それでも、一夏の場合は安心だ。……考えてもみろ。もしも一夏が一夜を共にした女の子に手を出すようなヤツだったら、今頃IS学園はベビーブーム到来してるだろ」
「……たしかに!」
「すごい説得力だわ!」
「織斑くんが肉食パリピだったら、いまごろ1クラス分……いいえ、1学年丸ごとおめでたでも不思議はないもんね!」
「不思議過ぎるわああああああ!?」
一夏、黙っておけ。気持ちはわかるけど今否定すると命が危険だぞ。
「た、確かにそうかもしれんな。一夏は、私と同室だったときも事故以外では不埒な行いをしてこなかったわけであるし……」
「そうだよね。夜は普通にお話するくらいだったかな……」
「箒、シャルロット……さっそく寝返りやがったわねあんたら……!」
なんとなくみんなうっすらと顔が赤くなり、一夏と同室で生活した経験のある箒とシャルロットは髪の先端を指でくるくるしたりしながらぽやぽやしている。うーん、ちょろい。
よし、最後の一押しと行こう。
「でも、そろそろ女の子に慣れてきた頃合いの一夏が本当に紳士なのか疑う気持ちはよくわかる。だから、その辺を解決できるプランを提案させていただこう」
「プランとは……いったいなんですの?」
プレゼンに必要なのは、具体的な施策の分かりやすい説明と、それによって相手が得られるメリットの提示。それさえできれば。
「今夜より、希望者に対して『一夏と一晩同じ部屋で過ごす権』を発行するッッッ!!!」
世界は、この手の中に。
「えええええええええええええええええ!?」
「ちょっと待てえええええええええええ!?」
乙女の絶叫と一夏の悲鳴、震天動地。俺の放った一言で、食堂は大混乱に陥った。
「おい真宏! なぜそうなる!?」
「決まってるだろう? 一夏が紳士かどうか、言葉だけじゃみんな納得できない。だから、実際に試すのさ。同じ部屋で一晩過ごしたとしても、一夏は手出ししてこないヘタレ……じゃなかった紳士だと」
「おい真宏今なんつった!?」
「誰にとっても幸せな提案だよね、と言ったのさ一夏。なあに心配はいらない。アリスと一緒に同じベッドで抱き合って寝たりしたんだろうが、それを箒にもセシリアにも鈴にもシャルロットにもラウラにも、そしてもちろん他の希望者全員にもしてあげればいいだけだ」
「はい! 順番はどうやって決めますか! そ、その……実は、色々と『調整』したくって」
「その辺は任せるから、平和的に決めてね」
「はいはい! 何人か一緒に泊まってもいいかな。その方が『確実』かなって……♡」
「もちろんいいよ。一夏なら、何人でも相手にできるだろうから」
やめろ、やめてくれ……! という一夏の悲痛な嘆きが聞こえてくるような気がしなくもないけど、幻聴だな。
というか、状況を収める手段はもうこれしかないからね。一夏は覚悟をキメてくれ。どっち方向に、かは知らんけど。
と、ここまでやって俺は一夏の側を離れた。もはや誰も一夏を処刑しようとはしていないピンク色時空と化しているし、俺の役目は終わった。と、呑気してたらなんか袖をくいくいと引かれた。
「簪? どうかしたか」
その正体は、簪。俺の制服の袖を可愛らしくつまみ、ちょっと上目遣いでこっちを見ていた。なんだろう。かわいい。
「うん、一夏に言ってたあの話……」
「一夏との泊まり権?」
まあ、その話だろう問うことは察しがついた。だからといって、簪も一夏の部屋に泊まりたいわけじゃないだろうに。……ないよね?
「そう、それ。……私も、泊まるから。真宏の部屋に」
「えっ」
なかったです。
けど別方面の爆弾発言されたような!
「や、ちょっと待って簪。……なんで?」
「あの話は、一夏が変に手出ししないことを示すためのものでしょう? なら、同じ男の子である真宏も証明しないと……ね?」
「ね、じゃなくて」
「本音も手伝って。お姉ちゃんも」
「うぇええええ!?」
「何言ってるの簪ちゃん!?」
しかも連鎖的に状況が悪化していく!? どういうことなの簪さん! いつの間にかしっかりと腕を抱え込まれて逃げられないし! くそう感触が幸せ過ぎて逃げようって気がそもそも起きない!
でも何この状況!? 俺はただ、いつも通り一夏を修羅場に叩き込んで楽しもうとしていただけなのに!
際限なく高まるIS学園生女子の興奮とテンション。
なんかもう死んだ目になっている一夏を中心として渦を巻く熱気はさながら台風のようで、そこから外れた俺の周りもなんかじわじわ寄って来たのほほんさんと刀奈さんを含めて何とも言えない空気になり。
その混乱が最高潮に達した結果。
食堂中の窓ガラスが、粉々に砕け散った。
いや待て、違う。あれは食堂内からではなく、外からの攻撃だ。一瞬見えた光の感じからするに、レーザー辺りか。
「!? 敵襲!」
「おっと、最近IS学園には来ないと思ってたらようやく来たわね!」
「とりあえずお菓子持っていこう!」
「……なぜああも襲撃に慣れているんだIS学園生」
『やだなージブリルさん。無人機やらファントム・タスクの襲撃なんて、IS学園じゃ季節のイベントとセットみたいなものじゃないですか』
「私の在籍時と明らかに違う!?」
砕けるガラスを蹴散らして侵入してきたのは、見慣れないIS。
数は20を超えるというISにしては大部隊で、その全てが同じ機体であること、人が乗る部分には昨日シャルロットに見せてもらったリイン=カーネイションの無人モードのようなマネキンっぽいナニカがあることからして、量産無人機。
そこまで見て取るころには、既に俺たち専用機持ちはISを展開し、他のみんなはスタコラサッサと避難してくれていた。IS学園生は襲撃慣れしてるので、こういう時は早い。
と、思っていたのだが。
「目標視認。確保する」
「くっ!? なんだ、なぜ私にばかり群がって来る!?」
「箒!?」
先手は当然向こうにあり、何をしてくるのかわからないために警戒していたこちらよりも一手先んじられた。
敵の狙いは、箒。強引に俺たちの隊列に割り込み、箒を包囲し、謎のエネルギー的な何かを放出して、拘束。ISの展開すらできていない。
一夏が叫び、箒を助けに向かう。だが相手もすでにこちらに襲い掛かってきていて、一夏は元より他の誰も箒のフォローに行けない。なりふり構わず1体2体を殴り倒し撃ち倒し斬り伏せても、そんなものは織り込み済みばかりに次から次へと殺到してくる数の前に足踏みを余儀なくされ。
「一夏、一夏あああああ!」
「箒いいいいいいいい!!」
連れ去られる箒。必死に追いすがる一夏。
当然俺たちも黙っていない。手近な無人機を無理矢理引き剥がしてでも箒を助けるべくスラスター出力を上げ。
「……! ダメ、逃げて!」
ようとしたところで、敵機の情報を解析していた簪が上げた叫びに一夏たちは反射的に踏みとどまり。
その前、箒への進路を遮るように残った無人機たちの半数が居並び。
「特に念入りにぶっ壊しておく目標、捕捉」
『えっ』
ついでに、もう半数がなんか俺にがっしりしがみついてきて。
「――自爆装置、起動」
ISという貴重な兵器が、それも10機以上が、まさかの自爆。
食堂中の椅子が机がガラスが吹き飛び天井が壁が焼ける惨事の最中、慌てて室外へと飛び出しても、もはや当然のようにどこを探しても箒を連れ去った無人機の姿は確認できず。
俺たちは、ほとんど為す術もなく、箒を連れ去られ。
「箒……箒いいいいいいい!」
一夏の悲鳴が、まるで我が身を裂かれたかのように痛々しく響いた。
『ふう、死ぬかと思った』
「あれだけの数のISに絡みつかれて自爆くらったのにその一言であっさり出てくるとか貴様何者じゃ」
「気にしてはいけませんわ。真宏さんを物理的に死なせる方法はない、と思っておかなくては」
「メンタルも無駄に頑丈なんだけどね」
「どうにかしたいときは簪さんに頼むのが一番いいよ。……たまに二人そろって暴走するけど」
「どうしようもないときは織斑教官に頼れ。面白いほど行儀がよくなるぞ」
ちなみに、俺は思いっきり自爆に巻き込まれたが何とか生き残った。
さすが強羅だなんともないぜ!
『そーっと、そーっと……』
「……ところで神上真宏。爆発から生き延びたと思ったら早速何をしているのだ。無人機の残骸はそれほど警戒するようなものではないと思うが」
『いえ、ちょっと中身の確認を。謎肉は……よし、詰まってないな!』
とりあえず、今回の敵はこの世界の人間のようだ。ほっ。