IS学園の中心で「ロマン」を叫んだ男   作:葉川柚介

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終盤推奨BGM:三浦大知「EXCITE」


第52話「タバドラシル絶対にゆるさねえ」

 ノックは忘れずに。それが紳士の嗜みだ。

 

「一夏ー、見舞いに来たぞー。入っていいかー?」

「真宏か? もちろん。入ってくれ」

 

 そのマナーは、実のところIS学園では基本どころか死活問題。

 箒救出の際に負った大けがが原因で一夏が入院している病室であっても、というかむしろだからこそ危険に満ちている。

 下手すると、見舞いや看病に来た女の子と一夏がいい感じの空気になっていたり服がはだけていたりするかもしれないからね!

 

「よう、真宏」

「い、いらっしゃい真宏くん! あ、あの、これは……看病! 一夏くんの看病してただけだから!」

「いや、わかってますよ楯無さん。なんでそんな焦ってるんです?」

 

 おっと、今は刀奈さんが一夏の看病当番だったか。当たり前のように看護師のコスプレしてるあたりさすがですね。

 慌てた様子でいるあたり、一夏に色仕掛けでもしてたんだろうか。……それなのに平然と俺を部屋に入れようとする辺り、一夏は相変わらずのようだ。

 

「だって、だって……」

「まあまあ、落ち着いて。その調子で、俺がケガした時は簪と一緒に看病してください」

「う、うん! ……って、ケガしちゃダメでしょ! そもそも、強羅を使ってる真宏くんがケガとかありえないし」

 

 などと話してるうちに、落ち着いたらしい刀奈さんは部屋を出て行った。

 ヒロインズの間で結ばれた協定により、一夏の病室での滞在時間は厳しく制限されているらしい。難儀な。

 ちなみに俺はその辺の制限が課されていない。同列に扱われてたらどうしようかと思ってただけに、ありがたい。

 

「ギプスに包帯に、ガチガチだな。治るまでは大分かかりそうか」

「医者からはそう言われてるよ。そこまでヒドくないと思うんだけどなあ」

 

 ベッドの上の一夏は、顔色もいいし受け答えも普通だが見た目は全身ズタボロで痛々しい。赤月の一刀を受け止めたという右手に至っては付け根からグルグル巻きにされているので指先しか見えないほどの重武装ぶりだ。

 

「……」\ピロリン/

「おい真宏。なんで写真撮った」

「いやなに、みんな一夏のことを心配してるから様子を見せてやろうと思ってな。『彼氏の看病なうに使っていいよ』っと」

「明らかに別の意図があるよなそれ!?」

 

 なので、その辺を拡散すべくちょっと憂いのある表情で目線を逸らした瞬間を狙って激写して、SNSに放流してみる。

 

\ピロン/\ピロン/\ピロン/\ピロン/\ピロン/\ピロン/\ピロン/\ピロン/\ピロン/\ピロン/\ピロン/\ピロン/\ピロン/\ピロン/\ピロン/\ピロン/

 

「……やべえ、通知が鳴りやまない」

「うおわあああああああああああ!?」

 

 その結果、投稿直後から押し寄せる通知の波。スマホの待機画面を押し流す勢いで溢れる通知の勢いが怖い。

 

『彼氏の看病なう』

『なう』

『傷だらけで遠い目をしてる織斑くんエッッッッッッッッッ!!!』

 

『ちょっと待って、この写真神上くんが撮ってない?』

『重傷の織斑くん、そのお世話をする神上くん。病室にふたりきり。何も起きないはずがなく……』

『保存しますた』

 

「……やっちまった」

「おいマジかよ……」

 

 とまあ、あんな事件があったけど俺も一夏も元気です。

 

 

 

 

「で、話ってなんだ一夏」

「そのために呼び出したのにすっかり忘れかけてたぞ。真宏のせいで」

 

 こうして、わざわざ大怪我をした一夏のところに顔を出したのはヒマだったから、ではない。一夏自身から話があると呼び出されたからだ。

 

「……真宏には、話しておこうと思ったんだ。箒……いや、赤月から聞いたことを。あのとき、何があったかを」

 

 そして聞かされたのは、俺の知らない赤月との戦いの結末。

 

 一夏は問うた。赤月の目的は何かと。

 赤月は答えた。それは全てのISにとって同じこと。「操縦者の夢を叶えるためにある」のだと。

 

 つまり、赤月は、白式は、ブルー・ティアーズは甲龍はリィン=カーネイションはシュヴァルツェア・レーゲンはミステリアス・レイディは打鉄弐式は、そして強羅は、それぞれの操縦者の願いを叶えるため俺たちに従い、成長しているのだと。

 

「そのとき、赤月の体が砂みたいになって地面から上半身が、空中から下半身が出たりしてなかったか?」

「してねーよ」

 

 そして、その願いを叶えるためにどんな手段を取りうるのかは、今回の事件で明らかになった。

 紅椿が束さん謹製の第四世代機だったからこそのことなのか、それとも全てのISは操縦者の願いとそれを実現する方法の兼ね合いによっては同じようなことになりうるのか。

 

 主とその望み以外は何もいらない、という結論に達しうる存在だと、俺たちは思い知らされた。

 

 そんなものを作り出して、世に出して、何を企んでいるのか。願いによっては束さんと真っ向からぶつかることもあるだろうに、それでもどうにでもなるという確信でもあるのか。

 

 考えれば考えるほどヤな予感しかしない、そんな闇がISコアの中には眠っていたらしい。

 

「なあ、真宏。俺たちは、ISのことを信じていいのか? これから、世界はどうなっていくんだ……?」

 

 語りつくした後の一夏は、俺にそう聞いてきた。

 眼差しは揺れている。命を預けて、あるいは命を救われたことすらある相棒が突然不気味なものに思えてきた。そう書いてある。

 

 気持ちはわかる。IS自身にAIの範疇に収まりきらない意思のようなものがあることは薄々感じていたし、その「意思」が人のそれとどこまで通じ合うものなのかは未知数だ。

 

 だから、どうするべきか。

 

「一夏」

「……ああ」

 

 せめて、迷い悩む友に一筋の答えを示す。

 

「もしお前が全ての人類の救済とか願うようになったら俺が始末してやるからな」

「思わねーよそんな大それたこと!?」

 

 のもいいんだけど、とりあえずうやむやにすることにした!

 

 

「えー、そうか? なんかこじらせて日焼けして白髪になってそんなこと思ったりしないか? そういう声してるぞ」

「どういう声だよ」

 

 などと、適当な話題で笑いを狙う。一夏もそれを察したのか、苦笑しながら聞いている。

 

「……実際の所、考えても仕方がない。ISが何を思って、どういう行動をするかについてはそれこそ今後の様子を見ていくしかないからな。『願いを叶える』ってのが言葉通りの意味なのか、レッドムーン=サンみたいに『何事も暴力で解決するのが一番だ』って考えなのかにもよる」

「赤月、な。なんで英語にするんだよ」

 

 だが、口に出した言葉は紛れもなく俺の本音だ。

 ISが人の望みを叶える存在だというのなら、良いも悪いも操縦者次第。と、済ませたいところだがどんな手段を取るのかがまた怪しい。赤月が箒の願いを叶えるために取った手段は「一夏の確保」と「邪魔者の排除」。なにもそこまで、というくらい厄介な選択肢だった。

 もし他のISも操縦者の願いをそういう方法でかなえようとするならば。ISは、その存在自体が人類にとって極めて大きな脅威となりうるだろう。

 

 人間誰しも望むところはある。実現のために努力もする。その結果ぶつかり合うことだってザラだ。

 では、もしその「努力」が、達成のための「手段」が、一切の制約から解き放たれてしまったら。……エゴだよそれは! みたいなことになる未来しか見えない。

 

「とにかく、話は分かった。IS自体の動向には俺も強羅を含めて色々注意しておく。一夏は、まず何よりも体を治せ。みんなも心配してるからな」

「ああ、ありがとう真宏。話をできて、少し気が楽になった」

 

 そんな重苦しい話、けが人には毒でしかないだろう。俺は早めに見舞いを切り上げることにした。

 部屋を出るときに扉の隙間から見た一夏の横顔が、楽になったと言っていた割りに考え込んでいる様子だったことは、見ないふりをして。

 

 

◇◆◇

 

 

 その後。

 俺はしばらく学園内をふらふらと散歩してみた。

 箒が連れ去られ、何やかんやの末に箒自体は助かったが紅椿が消滅。一夏が大けがして帰って来た今回の一件で、変わったことがないか気になったからだ。

 教室、食堂、グラウンド、アリーナ、整備室とあちこち一通り。

 

 学園全体的としては、箒の拉致が伏せられていたこともあっていつも通りの襲撃が済んだ形になっているので落ち着いている。生徒たちは普通に日々を謳歌し、途中ですれ違ったジブリルさんはそのあまりの平然っぷりに頭を抱えていた。その程度だ。

 

 セシリアも鈴も、シャルロットもラウラも、刀奈さんも簪も、普通に生徒たちとおしゃべりしたり勉強していたりISの整備をしていたりで、安心した。

 

 だからこそ最後に。

 俺の足は、自然と剣道場へ向かっていた。

 

 

「よっ、箒」

「……真宏か」

 

 どれだけの時間そうしていたのか。剣道場の隅でつつましく正座し、瞑想に耽っていた箒はまるで百年前からそこにそうしていたかのように静かで落ち着いていた。

 

「様子を見に来た。あの事件で紅椿も消えたし、へこんでるんじゃないかってな」

「……さっき、鈴にも同じことを言われたな」

 

 私はそんなにも暗い性格に見えるのだろうか、とボソボソ呟く箒。どうやら鈴は割と情け容赦なくズバズバ言ったらしい。鈴ってそういうタイプだしね。

 

「鈴の気持ちもわからなくはないな。だって箒は一夏への片思いの年季が違うだろ、年季が。タメ張れるのなんて千冬さんくらいのもんだぞ」

「うっ、それを言われると……! いや待て、そこで千冬さんの名を挙げるな」

 

 だけど、だからこそ今の箒にはいい影響があったのだろう。夕陽に照らされている箒の横顔に陰りはない。

 

「安心したよ、箒。気の持ちようなら励ますなりなんなりできるけど、専用機が消えてなくなったってのはどうしようもないからな。でも、そこは悩んでないんだろう?」

「ああ。確かに紅椿は消えてなくなった。だが、今の私にはちょうどいい。また1から修行のやり直しだ。……そうすれば、きっと今度こそ強くなれる。そんな気がするんだ」

「そうか。……もしまた専用機が欲しくなったらワカちゃんに言うといいかもしれないぞ。多分、蔵王重工ならコアの1つくらい都合つけられるし」

「ビジネスチャンスの予感がします!」

「…………………………………………………………まあ、考えておく」

 

 なあに、チャンスはまだきっとある。諦めるなよ、箒。

 俺も一夏も他の皆も、そして当たり前のように現れて強羅ベースの箒専用機プランを楽しそうに語っているワカちゃんの助けもあるからさ!

 

「とりあえず刀はしこたま乗せたほうがいいですよね! あっ、でもやっぱりここはビルをぶった斬れるくらいの奴もあった方がイイですか? うちで特別に打ってみますよ?」

「や、え、あの……!」

 

 がんばれ箒。気を確かに持たないといつの間にかハリネズミみたいに刀装備した専用機持たされるぞ。

 

 

◇◆◇

 

 

 IS学園内の様子を見て回って、異常がないことにほっとして、夜。

 さあてそろそろ休もうかと寮の廊下を歩き、療養中の一夏がいる一夏部屋の近くを通りかかったとき。

 

 そこに、ありえないものを見た。

 

 

「……一夏?」

「……真宏」

 

 一夏だ。

 それも、一人でうろついている。

 

 昼間に見たときは、ベッドの上から一歩も動けませんと言わんばかりの重傷だったのに。

 しっかりと二本足で立っている。

 邪魔だから取ったのか、怪我を覆っていただろう包帯のあった場所に、傷一つない肌を晒して。

 

「随分傷の治りが早いな。スゴイね、人体」

「そんな、サンドバッグ殴ってたら治ったみたいなこと言うなよ……。いやまあ、俺自身よくわからない。ただ一つだけはっきりしてるのは、『俺が普通の人間じゃない』ってことかな」

 

 グーパー、と握って開いてして見せるのは、右手。

 赤月との戦いで貫かれ、穴すら開いていたはずのそこには傷跡一つない。

 ナノマシン治療をしていたとはいえ、ありえない回復速度だった。

 「普通の人間じゃない」という一夏の言葉に対する、それは何より雄弁な証明となっている。

 

「だから、千冬姉に会いに行く。そして、聞くんだ。俺のこと、ISのこと、そして……俺の、両親のこと」

「……そうか」

 

 止めても無駄だ。一夏の目はそう言っている。

 覚悟は決めた、と。かつて幼い頃、何度千冬さんに尋ねてもはぐらかされ、あるいは避けられたその話題を、いつしか一夏自身目を逸らしていたそれらに向き合いに行く、と。

 一夏が向かう先は、俺がいま来た方向。

 止めるも行かせるも、今この時にそれを選べるのは俺だけだ。

 

「……」

「……」

 

 沈黙は一拍。一夏に迷いはなく、それは俺にとっても、同じだった。

 

 振り向いて、一夏に背を向ける。

 一夏の決意に対する俺の選択なんて、はじめから決まっていた。

 

 

「なにしてるんだ一夏、行くぞ」

「……え? おい待て、行くぞって……!」

「だから、俺も行く。一緒に千冬さんの話を聞く」

 

 すたすたと、一夏を置いていく勢いで歩き出す。

 慌ててついてくる一夏が並んでも気にすることなく、千冬さんが待っているだろう地下区画へ向かうため、エレベーターの下スイッチをぽちり。

 

「いやいやいや、別に付き添いなんていらないぞ!」

「勘違いするな。一夏を心配してるんじゃなくて、その話は俺も聞いておくべきだろうと思っただけだ。なにせ、俺もISを操縦できる男だからな。その辺に関係する話が出てくるかもしれないなら、聞き逃せないだろう?」

「……お前なあ」

 

 エレベーターの到着を待っている間に一夏が並び、開いた扉は二人でくぐる。

 一夏の顔に浮かぶのは、苦笑。俺を追い出そうとは、しなかった。

 

 

 扉が閉まり、地下へと降りていくエレベーター。

 下降の慣性を体に感じながら、俺と一夏はこの世界に横たわる多くの謎を解くためのピースを取りに向かった。

 

 

◇◆◇

 

 

「ふっふふーん♪」

 

 海の上、空の中、蒼の世界。

 束はただ一人、無限の蒼穹の中で歌っていた。

 もう1人相棒がいたら愛に目覚めて伝説の戦士になれそうな感じなのだが、天才は孤独に一人。惜しい。

 

「さーて、そろそろ頃合いかな?」

 

 つい、と伸ばした指先が、虚空をなぞってくるりとターン。

 宙に描かれる光の軌跡。ふわりと広がるスカートの裾。

 そして指先を追うように、束を取り囲んで現れるディスプレイ、その数実に467。現在稼働中の全てのISの情報、すなわちコアのシリアルナンバー、現在位置、稼働状態、成長の度合い、その他束しか判別できない数多の情報、それら全てが記されている。

 

「はじめようか、楽しい楽しいひと時を」

 

 歌の続きのように朗々と、束は謳い、手をかざす。

 

「IS『群咲(むらさき)』、出番だよ」

 

 そう呼んでも、機体が展開されることはない。

 だが束を取り囲む数多のディスプレイに、答えが浮かぶ。

 

『コード・ヴァイオレット。発令』

 

 そして全てのコアの状態を示したディスプレイ達が、紫に染まっていった。

 

 

「……」

 

 はずだったのだが、束は横目でちらと見る。

 周り全部紫のなか、しれっと青のままでいるディスプレイを。

 

「……っ」

 

 ビスビス、とムキになったようにそのディスプレイを何度もタップするが、一瞬赤みがかる程度のことはあってもしぶとく青に戻るその様に、束は頭を抱えた。

 

「……まーくん嫌い!」

 

 世界を塗り替えたISは、世界中に蔓延している。

 そしてISは束の掌の中。つまり世界は既に篠ノ之束のものと言っていい。

 ただ1機、どーーーしても思う通りに行かないバカと一緒にいるヤツを除いては。

 

 

◇◆◇

 

 

「千冬姉」

「なんだ、一夏か。……それに、真宏も」

 

 千冬さんを探してうろうろと歩き、たどり着いたのは地下区画にあるオペレーションルーム。そこで書類整理をしていた千冬さんは、普通なら絶対安静状態の一夏が出歩いていることになんの驚きも示さなかった。

 そして、一夏を、そして俺を名前で呼んだ。一夏の姉として、接している。

 

「……教えてくれ、千冬姉。俺は……俺はなんなんだ? あれだけの怪我がもう治った。最近、白式が異常なくらい体に馴染む。それに白式の成長が信じられないくらい早いってみんなに言われた。……なあ、俺は……本当に人間なのか?」

「……」

 

 千冬さんの手が止まった。

 だが背を向けたまま振り返らない。天井を見上げているが、表情は窺えない位置と角度。

 沈黙は数秒。開いた口から出て来た声はいつも通りで、しかし。

 

「その質問に答えることは出来る。……だが、お前が知りたいと望んでいる以上のことも知ることになるだろう」

「……っ!」

 

 そこに拒絶の意思があると察せられないほど、俺も一夏も千冬さんとの付き合いが浅くない。

 

「聞くのなら、覚悟が必要だ。何もかもが変わり果てることを受け入れる覚悟が。……お前たちにその覚悟があるか?」

「俺、は……」

 

 一夏は言葉に詰まった。

 知りたいことは山ほどある。

 だがそれを知って、そのあとに何が起こるのか、何が変わってしまうのか。

 見えない巨大な壁が、一夏の決意を鈍らせる。

 

「話は終わりだ。帰って寝ろ」

「千冬さん……」

 

 いつの間にか俺たちの方に振り向き、突き刺さっていた千冬さんの鋭い目。

 どうりで背中が冷えるような気がしてたわけだ。あの目で見られると生きた心地がしないから。

 だがそれもすぐに終わる。視線を逸らし、再び俺たちに背を向けて仕事に戻る。

 一夏はその背に手を伸ばすこともできず立ちすくみ、このままならばまたいつものように引き下がるしかない。

 

 と、思っていたのだが。

 

 

「ひどいなー、ちーちゃん。覚悟がないのはちーちゃんも同じなのにいっくんだけのせいにするなんてー」

 

 当たり前のような顔をして俺たち二人の間から顔を出した束さんが、震えを声ににじませ嗤っていたんだから驚くよね!

 

「た、束さん!? どうしてここに!」

「自力で脱出を!?」

「いや、私捕まったことなんてないよまーくん」

 

 俺たちの間をステップでも踏むようにして躍り出る諸悪の根源、束さん。IS学園の一応機密区画であっても平然と出入りするその様は不気味で不気味で、でもだからこそ千冬さんと同じくらい、あるいはそれ以上にあれこれ知っているのではと思われた。

 

「ちーちゃんってば肝心のところでヘタれるんだもん。そうじゃないかと思って来てよかったよ。ようやくいっくんに生まれのことを教えてあげられるんだから、こんなチャンス逃がす手はないよね!」

「束、貴様……!」

 

 椅子から立ち上がった千冬さんは、いまにも飛び掛かりそうだが動かない。きっと警戒しているんだろう。束さんのことだから、迂闊に動けば何をされるかわからない。俺だってそう思う。

 

「聞きたいよね? 知りたいよね? いっくんはどうやって生まれたのか、どうしてそういう体なのか、両親は一体誰なのか。……束さんが教えてあ・げ・る♪」

 

 束さんは妙にテンションが高い。心底嬉しそうにうずうずと身をよじりながら、一枚の空中投影ディスプレイを展開し、一夏に向けて滑らせた。

 

「これは……細胞?」

「それに、論文……いや、報告書か」

 

 そこに描かれていたのは、何かの研究成果。細胞と思しき何かの拡大図と、俺や一夏程度の語学力と科学知識ではさっぱり理解できない複雑な代物。

 辛うじて読み取れるものを抜き出すならば、それはおそらくこの研究の名称。

 

「えーと、MO(モザイクオーガン)手術?」

「ちっがうよ! 英語すら読めないのまーくん!? それは<プロジェクト・モザイカ>! またの名を<織斑計画>だよ!」

 

 行けない行けない、うっかり読み間違えてしまった。でも束さんがフォローしてくれたからセーフ。

 

「ふぅ……。それは、究極の人類を作り出そうという織斑計画の第二成功例の受精卵時代だよ。まあぶっちゃけいっくんなんだけど」

「え……?」

 

 とか思ってたら、束さんから爆弾発言が!

 

「ちなみに、試験体番号1000番にして最初の成功例がちーちゃんだよ。……織斑計画は、人類の進化と発展を名目として人道を無視して色々あって、実のところその派生技術はドイツ辺りに流れたりもしてたんだけど、それはどうでもいいよね」

 

 一夏は、自分自身だと言われた写真を呆然と見つめている。

 まともではない、という確信に近い疑念は抱いていたが、それがまさか出生からして異常だったとは、さすがに思ってもみなかったのだろう。

 

「この計画、成果はそれなりにあったんだよ。ちーちゃんといっくんという成功例が2つ。それから派生でもう1つ。……でもね、ぜーんぶ無駄になっちゃった。織斑計画の目標である、人類の英知と科学の果てにこそあると思われていた『究極の人類』が、普通に生まれちゃったんだから。そう、この束さんが!」

「自分で究極とか言うってすごいですよね束さん。ちょっと手刀で空母真っ二つにしてくださいよ」

「IS使っていいならできるよ?」

 

 しかも、その結末は徒労だったというのだから、一夏の驚きはどれほどか。

 

「そのあとは、まあ大体予想がつくんじゃないかな? 頓挫した計画。でも確かにそこにある成功例。……と思ったら、片や究極の人類を生み出す母体となる純粋な成功例と、最高の人類を目指したつもりが『人ではないもの』になり果てた第二成功例。その時、ちーちゃんに道は2つしかなかったんだよ。計画の一部であることを受け入れて生きるか、それとも世界で唯一自分と同じ、最愛の弟共に生きるか。うふふふふ、どっちを選んでも楽しいよね!」

 

 束さんのテンションが上がっていく。

 こらえきれない、とばかりに漏れる笑いと落ち着きなく弾むように歩き回る様は兎のよう。その目も血のように赤く見える気すらして、ゾッと背筋が冷える。

 

「だから、ね? 教えてあげる」

 

 そう、もう止められない。

 たとえ千冬さんであろうとも、震えて言葉もない一夏に最後の言葉を叩きつけられるのを、誰一人として阻めない。

 

 

「いっくぅん!」

 

 高まる愉悦は最高潮。束さんの叫びが地下の空間を揺るがせた。

 

 

「何故君が、女の子ではないのにISを動かせたのか」

 

 一夏に指を突きつけ、その心を縛る。

 

 

「何故こうも短期間でISが急速に成長していったのか」

 

 

 放つ言葉の一つ一つは、否定のしようもないほど一夏にとって覚えのあることばかりで。

 

「何故両親がいないのくわぁ!」

 

 そして、一夏が一番知りたかった、そして今や一番知りたくないだろうことを。

 

 

「それ以上言うな! やめろ……束!」

 

 叫び、駆け出す千冬さん。だが束さんは周到にシールドの類を用意していたようで、その歩みは阻まれ止まる。

 策成れり、と束さんはますます狂気に近い笑みを深め、一夏に最後の真実を、告げる。

 

 

「その答えはただ一つ。……あはぁ♡」

 

 

「いっくぅん!」

 

「君が、世界で初めて……織斑計画で生み出された『男』だからだぁぁぁ! あーはははははははははははははははは! ヴェアハハハハハハハハハハ!!!」

 

 本当に、人の口から出ている声なのか。壁を床を、部屋ごと地下を震わせる哄笑が、心底おかしくてしかたないと束さんから迸る。

 

「そんな、嘘だ……! 俺を、騙そうとして……!」

 

 後ずさりながらの一夏。だがその言葉に力がないのは、千冬さんがうなだれ、否定の一言もないからだろう。その有様が、何より雄弁に束さんの言葉が真実であると裏付けていた。

 

「だからね、いっくん。君にはこの言葉を送ろう」

 

 するり、とまるでそうあることが自然とばかりに、恋人のように一夏との距離を詰める束さん。

 そっと添えた手は一夏の両頬を包み、足を絡みつかせ、真正面から一夏の顔を覗き込む。

 今の一夏の視界には、きっと束さんしか入っていない。まるで睦みあいのようでいて、それなのに獣か虫が獲物を捕食しようとしているようにしか見えない不気味な間合い。

 それは、心を奪い、言葉で縛る策略で。

 

 一夏の心に、トドメの一言を。

 

 

「この、ばけものめ」

 

 

 放った。

 そして。

 

 

「いや、天然でバケモノな束さんに言われても」

「……あれー?」

 

 一夏には こうかが ないみたいだ……!

 

 

「ちょっ、どういうこと!? 束さんの放ったネガティブウェーブで明日への希望が消えて絶望がいっくんのゴールになって顔にヒビとか入るはずなのに!」

「色々混じってますよ束さん」

 

 予想外の事態に飛び退って警戒する束さんと、さっきまでのシリアスが一瞬で覚めてしれっとしている一夏。形勢、一瞬で逆転したぞオイ。

 

「甘いですね束さん! なんやかんやで途中から人外化していくとか、むしろ実は最初から人外だったとか我々の業界ではよくあることです!」

「ちくしょう! まーくんから特撮とか取り上げておくんだった!?」

「そうかそうか、束さんはアルファ(てんねん)だったのか。じゃあ千冬姉はオメガ(ようしょく)かな?」

「もしお前の腕が斬り落とされたりしたら絶対水源の近くに埋めたりしないからな。必ず焼き払ってやる」

「ねえ、束さんをかなりヤバい人外と思ってないかな2人とも!?」

 

 そんなことないですよ束さん。束さんはただのちょっとヤベーイ人です。

 

 とまあ、束さんが何を企んでいたのかはわからないものの、事情は大体わかった。

 おそらくこうして親切ぶって一夏に真実を叩きつけて、その心をへし折ろうとでもしたのだろう。それだけならどうってことはない。

 

 ……だけど、それなら。束さんは、次にどう動くか。

 

「一夏、下がれ」

「へ? うわっ!」

 

 視界の隅に影が見えた、と思うより先に手と口が動いていた。

 一夏の首のあたりを掴んで引くだけであっさりとバランスを崩したのは、こう見えて一夏も結構ショックを受けていたせいか。

 

 よかったよ。

 おかげで、一夏にナイフを突き立てようと迫ってきていたマドカの狙いが外れて。

 

「……よう、マドカ。なんか俺しょっちゅうお前に殺されかけてる気がしない?」

「貴様……! 何度私の邪魔をする気だ!?」

 

 心臓さえ突き破りそうだったその刃が、俺の腕で妥協してくれたんだから。

 

 

「真宏!? くそっ、マドカお前……!」

「織斑エムゥ!」

「誰が織斑エムだ! なぜコードネームと混ぜる!? というか腕刺された癖に余裕だな貴様!」

 

 一夏と千冬さんが駆け寄ってきたことで、離れたマドカの手には俺の血が着いたナイフがある。

 腕の傷からはだくだくと血が溢れて、熱いような冷たいような感覚で、なんだか意識が遠のいていくような。

 あ、千冬さん支えてくれるんですかありがとうございます。

 そんな、これまで見たことないくらい心配そうな顔しなくても大丈夫ですよ、俺は頑丈ですから。でもちょっとだけ眠くなって来たんで、あとは任せていいですか。

 

 そう言ってあげたかったのに、口が動かない。

 千冬さんが、一夏と共によく似た顔で束さんたちを睨む。

 マドカは、何やかんやあったけど結果的に目的は果たせたとばかりにほくそ笑む。

 

 そして束さんもまた。

 

「うんまあ、色々アレすぎたけどまあいいや。それじゃあちーちゃん、またね。今度は世界の終わりまで、私を殺しに来てね」

 

 閉じかけた目蓋の合間に見た顔は、遊びに行く約束をする少女のように、楽しそうだった。

 

 

 

 

「あ、白鐵。悪いけど血だけ止めといてくれる? あとは保健室で治療してもらうから」

「きゅー」

「真宏は本当に動じないな」

「まあ、ちょっと血が出ただけだし?」

 

 ちなみに、腕の怪我は普通に軽傷でした。ISに乗ってればこのくらいよくあること。

 でも千冬さんからは絶対安静を厳命されて、おとなしくしてるように千冬さん直々の監視をされました。解せぬ。

 

 まあでも、せっかくなんでしっかり休んで傷を治させてもらいますね千冬さん。

 ……きっと、次が本当の最後の戦いになるだろうから。

 

 そんな予感が俺にはあり、千冬さんの胸の内にはきっともっと強い確信として、あるはずだった。


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