2015年4月12日投稿。
「……司令官」
「何だ」
台所に立っている、見るからに不機嫌そうなオーラを纏った司令官に、恐る恐る声をかける。
「……まだ、怒っているのか?」
「何の事だ。僕は、最初から怒ってなどいないぞ」
そう答えながらも、司令官の声色には明らかに怒りが含まれている。
――怒っている。間違いない。
「え、ええと。その、悪かったと思っている」
「だから、何の事だと言っている」
「いや、昨日の……久々に、夕食は美味しいご飯でも食べに行こうと、約束していただろう?」
「そうだったか?」
不機嫌な声のままとぼけつつ、司令官はてきぱきと朝食を用意する。ベーコンが焼ける香りが空腹感を刺激するが、今はそれどころではない。
「だが、昨日はその、学校の方で、ちょっと用事が出来てしまって――家に着いた頃には、もう夜も遅くだったんだ。済まない」
「そうだったのか。それはお疲れ様だな」
――駄目だ。まともに取り合ってくれない。
「本当に、済まないと思っているんだ! 折角、昨日の為に司令官が良いお店を探してくれて、予約も取ってくれて! 司令官が楽しみにしていたのは良く分かっているし、私だって楽しみだった! だが、どうしても用事が外せなかったんだ!」
「何の事やらさっぱりだが、急用が出来る事くらいは誰にでもあるだろう。そんなに必死に謝る事か?」
「――司令官っ!」
――火を止め、食器棚に皿を取りに向かおうとした司令官に、背後から抱きついた。
「……長月?」
「……頼む、許してくれ。その、埋め合わせなら、何でもするから……」
目頭が熱い。多分、私は今にも泣き出しそうな顔をしているのだろう。
だって、司令官に嫌われたら、私は――
「――長月」
「う、ん?」
司令官は私に呼び掛けると、顔をこちらに向け――
「――言質、貰ったぞ?」
――にやりと、笑みを浮かべた。
……ええと。あの。
「……その、もしかしてだが」
「ああ、最初から怒ってない。残念ではあるが、事情も無しに約束をすっぽかす長月じゃない事はよく知っているし、二度と機会が訪れない様な事でも無いからな」
そう語る司令官の声色には、既に不機嫌さは含まれておらず、至っていつも通りだ。
「ただ、ちょっと悪戯心がな?」
「……勘弁してくれ」
思わず、ため息を吐く。全く、この人は。
「しかし――何をして貰うかな。何でもしてくれるそうだからな」
「そ、それは――! し、司令官が怒っていないのだというなら、取り消させて貰うぞ!」
「じゃあ、やっぱり怒ってる。ぷんぷん」
「大の男が、口で『ぷんぷん』などと言うな! 気色が悪い!」
私が叫び――司令官が笑う。そんな、何でもない、どこにでもある様な喧騒。
――平穏を取り戻した世界の片隅で、今日も私と司令官は、平凡な日常を過ごしていた。